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空色の眸に竜が飛ぶ

/空色の眸に竜が飛ぶ


空色の()に竜が飛ぶ



目次




作者注:二話目以降官能描写があります。描写として「強姦に準ずる行為」が含まれます。






序幕 


 深い闇を切り裂くように森を駆け抜ける。
 夜は獰猛な悪属性(タイプ)が跋扈するから嫌いだと、皆は言うけれど。妖精(フェアリー)なら自らの光で蹴散らしてしまえと思う。必要以上に怖がることはない。
 とはいえ――私の不甲斐なさが皆の自信を奪ってしまったことは否めない。皆の期待を一身に背負うリーダーの私がアイツに敗れてから、この森の広大な妖精の縄張りがヤツらのものになってしまったのだ。
 あの憎き三つ首の悪竜が現れてから――すべてが変わってしまった。
「……殺してやる」
 もはやそれほどの覚悟なくしては、皆を安心させることなどできまい。
 アイツにとどめを刺す会心の一撃をひたすらに心のキャンバスに描き、自らを鼓舞する。それが地面を踏み抜く一歩一歩に力強さを与える。高まった集中力で、森に蠢く虫や霊たちの微かな気配さえパステルカラーの触覚で容易に察知できた。
 森が開けた。
 見晴らしが丘。清澄な夜空に、雲の一切かかっていない(おお)きな満月が望める。
 アイツは、妖精の象徴とも云うべき月を、丘の一番高いところで静かに眺めていた。
 月による淡い逆光で、アイツの輪郭(シルエット)が朧に、しかし鮮明に浮き立っていた。
 その浮遊感は、悪属性特有の獰猛さも凶暴性もまるで感じさせない。気品すら持ち合わせているように思えた。
「今宵の月は美しいな」
 後ろに立った私を一瞥もせず、悪竜は言う。
「こんな穏やかな夜に、わざわざ血染めになりに来ることもないだろうに」
 いつものことだが、アイツは紳士然として挑発めいた言葉を繰り出すのが一々腹立たしい。だが、頭に血が上りやすい私がそれで冷静さを失って精彩を欠くのは、私自身がよく知っている。
 努めて平静に。激情は相手に利するだけ。
「あなたの飛び散る鮮血がさぞ美しく映えるでしょう月夜を思うと、居ても立ってもいられなくなってね」
 触角をしならせる。パステルカラーの鞭で、乱暴にアイツを連打した。
 しかし、そのすべてがいとも容易く弾かれる。
 "守る"だった。野生でこんな技を使えるポケモンはほとんどいない。
 こんな小賢しい技を使えるということが、コイツが人のもとで育ったポケモンであることの証左であった。
「さ、今晩も悪い妖精退治といこうか」
 ずっと月を眺めていた悪竜が、ようやくこちらを振り返った。
 凜と整った顔立ち。不敵な笑み。吸い込まれそうなほど綺麗な、深紅(ガーネット)の瞳。
 この森の悪属性たちを圧倒的な力で率いる首魁。
 ――相性は抜群に有利なはずなのに、改めて対面すると、あれほど勇んでいた勢いが萎れてしまう。
 勝利を手中に収めるイメージは、これっぽっちも湧かなかった。



空色の眸に竜が飛ぶロゴ_wiki.png

作者:朱烏




 小高い丘から、自分たちの領地を一望する。
 なだらかな草原は緩い傾斜をもって、遙か遠くの森まで続いている。その森に至っても、蔓延っていた余計な輩を雪解けの季節とともに排し、妖精(ようせい)たちの占住の地とした。
「悪属性(タイプ)どものいない景色は絶景ですわね、ルル様」
「……そうね」
 真っ赤な花弁の飾りを首回りに蓄えたフラージェスのウララは私のそばに立ち、眼下で戯れるフェアリーポケモンたちをうっとりとした様子で眺めている。
 まだ肌寒い空気は透き通っていて、柔らかな日差しが草や木々の端を萌黄色に照らしていた。
「ただ、森の中で残党を見かけたとの報告が上がっていますわ」
「雑魚どもは相手にしなくていいわ。時間の問題よ。どうせヤツらは今の窮状にしびれを切らして突っかかってくるでしょう。取られた縄張りを一気に取り戻そうと馬鹿正直に正面から挑みに来るはずだわ」
 この地に暮らすフェアリーたちは、生息地が被っている悪属性の群れと熾烈な縄張り争いを繰り広げていた。相性有利でありながら、悪属性特有の卑劣な手段により縄張りの一部を明け渡してしまう事態もあり、歯痒い思いをすることもあった。
 だがヤツらは調子に乗ると決まって自分たちのボスを連れてきて、一対一の決闘を仕掛けてくる。
 私はそれを受けて立つのだが、夜襲や不意打ちならまだしも、逃げも隠れもできない真正面からの勝負となれば妖精が負ける道理などない。当然返り討ちにする。そしてボロボロになるまで滅多打ちにすれば、怯えたヤツらは自分たちのボスの命と引き換えに縄張りの一部を寄越してくる。
 そのようなやりとりがいい加減馬鹿らしく感じてきた折り、あえて悪属性のような夜明け前の奇襲を仕掛けたところ、これが面白いようにハマってしまった。
 ヤツらは奇襲が悪属性の専売特許だとでも思っていたらしい。妖精だってその気になれば狡猾に立ち回れるのだ。
「今はまだ静観よ。森はもともとヤツらの領域(テリトリー)、下手に追い込もうとして、罠や仕掛けに引っ掛けられる可能性もある。餌や果樹の豊富な場所だけは押さえて、こちらから派手な動きはしないようにして」
「皆にはそのように伝えますわ」
 ウララがいそいそと草原を下る。十分に距離が離れたのを確認して、私はため息をついた。
 妖精たちのリーダーとして、毅然とした立ち居振る舞いをするのは皆を不安にさせないための責務だと思っているが、それにしても肩が凝る。元来そんな性分ではないのだ。
 自らの示した指針が果たして正しいものなのかと相談できる相手はいない。ウララはほぼ私のイエスマンだし、他のフェアリーたちも私に対しては度が過ぎるほど恭しい態度だ。
 しかしそんな彼女たちを責めるのはお門違いというもの。私が肩肘張るせいで、無用な堅苦しさを纏ってしまっているのが原因だろう。
 悪軍団を完全に排除できた暁には、皆と和気藹々と楽しく暮らしたい。そんな夢想が、今の私の支えだった。


  ◆


 事件が起きたのは、麗らかで(かぐわ)しい春の最中だった。
「ルル様」
 ただならぬ声音で私の名を呼んだウララの指し示す方角は、例の森だった。
 その森からこちらの草原に向かって、黒色の群れが遅々とした足取りで向かってくる。
「皆!」
 空に響き渡るよう甲高く鳴いた。眼下で遊んでいた妖精たちが一挙に私のもとへと集まってくる。
 冬の終わりから今日まで、彼らとの諍いはほぼなかった。諦めて大人しく森の端で密やかに過ごしていたのかと思っていたが、どうやら爪を研いでいたらしい。
「まったく、懲りないヤツらですこと」
 忌々しさに顔をしかめるウララは、それでも勝利を確信しているように見えた。私もまた同感だった。
 ヤツらは真正面から挑むことを選んだようだが、自殺行為に等しい。 
 ややあって、黒い群れの全貌が見えてきた。
 殿(しんがり)を務めるグラエナ。その後ろに、ニューラやらレパルダスやらワルビルやら、変わり映えしない有象無象がいた。だが、私は少しだけ自らの目を疑った。こんな隊列を組むような輩ではなかったはずだ。
 百匹程度と見積もられる悪属性軍団の中央に、一際大きな体躯の、見慣れぬポケモンがいた。
「サザンドラ……」
 竜。卓越した能力で食物連鎖の頂点に君臨する存在。長命だが、個体数が少ないため、見かけること自体が稀だ。
 ――もっとも、妖精(フェアリー)竜属性(ドラゴンタイプ)に対して有利を取れる数少ない属性だ。恐るるに足りない。
頭領(ボス)、コイツらですぜ」
 殿は一吠えし、ボスと呼んだ悪竜の後ろに引き下がる。互いの群れが、それぞれのリーダーを先頭にして相対した。
「あら、こんな気持ちの良い昼下がりに、負け犬たちが何用かしら?」
 ウララの先制口撃に、場の空気の熱量が増大した。
「テメエらに新しい俺たちの頭領(ボス)を紹介しようと思ってよォ。今までのお礼参りも兼ねてなァ!」
 グラエナが威勢良くメンチを切ると、悪の群れが轟と盛り上がった。しかし彼らの熱気とは裏腹に、ウララを始めとした妖精たちは、私の後ろで鷹揚として佇んでいる。
「ルル様に勝負を挑むなんて、相変わらずの身の程知らずね」
 ウララの挑発に、悪軍団たちがいきり立った。
「言ってろクソフェアリー! 頭領がテメエらを血の海に沈めてやるぜ!」
「まあ、なんて下品で粗野で(いや)しい言葉遣いなのかしら。これだから悪属性と関わるのは嫌なの。近くにいるだけで心根の醜さが移ってしまいそう」
 言葉遣いが多少上品なだけで、ウララの心根だって相当なものであろうと内心でツッコむが、それはともかくとして、私は目の前の悪竜の佇まいに違和感を覚えていた。
 サザンドラは、竜であることも相まって、獰猛さは悪属性の中でも随一だ。旺盛な食欲で大小さまざまなポケモンを食い散らかし、気の向くままに暴れては屍の山を築く。
 同じ悪属性のポケモンすら、その存在を恐れるほどだと言われているのだ。
 そんなポケモンが――非常に行儀良く、静かに私を見つめている。悪らしさとは程遠い、洗練された雰囲気。
 悪竜が静かに口を開けた。私は身構える。
「名を伺ってもいいか」
「へ?」
 拍子抜けした。どんな悪辣非道な切口上を並べ立ててくるのかと思ったら。
「ルル……だけど」
 そんなことをわざわざ訊いてどうする。というか、私の後ろでルル様、ルル様と応援している妖精たちの声を聞けばわかるだろうに
「俺はジルガ。妖精たちに虐げられて困っているという彼らに助けを請われ、致し方なく参じた」
 こちらが訊いてもいない名前を勝手に名乗り、挙げ句の果てには一切の威勢を感じない言辞。下手に出て油断を誘う作戦なのだろうか。
「それはご愁傷様ね。負け戦に駆り出されてやる気をなくすのは心底同情するわ。手加減はしないけど」
「別にそんなものは期待していない。俺としては穏当に話し合いで済ませたい。どうだろう、お前たちの縄張りの半分をこちらにくれないか?」
 妖精たちがわっと沸き立った。馬鹿も休み休み言え! 八つ裂きにするぞ! この際根絶やしにしてやろうか!
 悪属性たちに負けず劣らずの罵言に、ジルガの後ろに控えているヤツらが少し後ずさった。
 さすがに要求が過剰ではないかと、頭領の言葉に一抹の不安を抱いたと見える。押し通れば大勝利だが、通らなければ――
「ただでそんな条件飲むわけないでしょ? 話し合いなんで却下よ。勝負なら受けるわ。こちらが勝ったら森から出ていってもらう。もし姿を見かけるようなことがあれば容赦なく殺す。これで五分な条件だと思うけど?」
「ああ、構わない」
 ヒートアップする妖精たちに、露骨に盛り下がる悪属性たち。まさか自分たちの祭り上げた頭領がここまで大きな賭けに出るとは思っていなかったのだろう。
 決闘という形式において、私たちは彼らに一度たりとも負けたことはない。賭けというには極めて分が悪すぎる。
 同情すべきは頭領ではなく率いられた腰巾着たちのほうだったか。
「忠告するけど、このままだと部下たちの恨みを買うわよ?」
「それは不思議だな。これから広大な縄張りを取り戻せることが定められているというのに。これでは矢面に立たされた甲斐もない」
 恐ろしいほどに絶大な自信。何か秘策でもあるのか。気を緩ませる気など初めから毛頭ないが、戦闘では細心の注意を払う必要がありそうだ。
「退く気はないのね。では決闘しましょう。正々堂々、一対一で。あなたたち、こういうの好きでしょ?」
 わざとらしく馬鹿にする口調で威圧した。しかし悪竜は動じる様子もない。
「了解した。お前たち、下がれ」
 悪竜は、たった一言で悪軍団たちをまるで露払いするかのように下がらせた。まるで王のような所作だった。口では矢面に立たされたなどと言っていたが、その実、圧倒的な力で彼らを統べたのではないか。
 只者ではないのかもしれない。が、それでも負ける気は微塵もしなかった。
「ルル様、頑張ってください!」
 黄色い声援を背に、私は悪竜を睨みつける。
 悪竜は、なおも悠然としていた。穏やかな表情。これから戦闘に突入する者の顔ではない。他の悪属性たちのように、妖精に対する憎悪や厭忌の念を内に秘めているようにも見えない。
 六枚の黒翼の優雅でシンメトリックな羽撃(はばた)きは、こちらの攻撃を誘っているようで。
「……ムカつく」
 思わず頭に血が上った。
「"ムーンフォース"!!」
 得意技を打ち出す。淡く光る巨大な球が、悪竜に襲いかかる。
頭領(ボス)っ!」
 控えていたスカンプーが首魁を呼んだのも無理はない。ジルガは私の技を避ける素振りもなく、真正面から受けたのだから。
 桃色の爆風と衝撃波が草原を薙ぐ。――一撃で決まった。
「いい威力だ」
「……!?」
 巻き上がった煙が晴れて、私は自らの目を疑った。技は間違いなく悪竜に直撃した。だが、倒すには至っていない。
 いや――体力は半分も削れていない。
 咳払いする悪竜は、右腕をかざした。
「それではこちらからもお見舞いしよう。"悪の波動"」
 黒々とした巨大な闇の波動が一瞬で右腕の口に形成され、瞬く間に発射された。
 飛び退こうとしたが、間に合わなかった、
 気づいたときには私の体は、後方に下がっていた妖精(フェアリー)たちのところまで吹き飛ばれていた。
「やはり気持ちがいいな、力と力のぶつかり合いは。正々堂々が一番だ」
 有利な技がほとんど通らず、不利な技で瀕死寸前のダメージを負う。
(こんなの――レベルが違いすぎる)
 生まれて初めて、圧倒的実力差というものを味わわされた。
 悪軍団も妖精たちも、予想だにしなかった展開に静まり返っている。この場は、悪竜のたった一手により瞬時に飲み込まれた。
 怯むわけにはいかないのに、立ち上がれない。痛みで体が言うことを聞かない。
 顔を上げると、既に悪竜は二発目を撃とうと右腕を構えていた。まずい――
「待って!」
 ウララが両手を広げて私の前に立つ。
「降参するわ! だからもうやめて!」
 悪竜の右腕に収束していたエネルギーが霧散した。
「約束は飲んでいただけるということか」
 悪竜の静かな低い声に、私の動悸がかつてないほど速くなる。敗北した――? 私が悪属性に――?
「……ええ」
「待って……ウララ……私は屈しない」
「ルル様、これ以上は命に関わりますわ。悔しいですが、今のルル様が敵わないなら――私たちは退くしかありませんわ」
 ウララは細い両腕で私を抱きかかえる。顔を見やると、ウララは歯ぎしりしていた。悔しさを押し殺して、冷静な判断を下した副リーダーの胸で、私は気を失った。

 私の、私たちの華めくはずの日々は、この日突如として終わりを告げられた。


第一夜 


 どれだけ癪に障ろうが、誓約を反故にすることはできない。結局、妖精の縄張りの半分――森と、草原の一部を悪属性(タイプ)どもに明け渡すことになった。
 撤退するときの、ヤツらの高笑いがいつまでも耳に残っている。悔しさと無念さで頭がおかしくなりそうだ。
「あの悪夢は忘れてしまいましょう。アイツらもこれ以上こちらに攻めてくる気はないようですから。あのサザンドラをなんとかする方法が見つかるまで、辛抱強く耐えなければいけませんわ」
 敗北から一週間経った今も未だ沈痛な面持ちを崩さない私を慮ったのか、ウララは慰めのような言葉で私を諫めた。
「……分かってる」
 言われずとも、何度だって自己暗示のように自分に言い聞かせた。あの悪竜との絶大なレベル差など、一朝一夕に埋められるものではない。奇襲や夜襲の類も二度目は警戒されるに決まっている。強行すれば返り討ちにあって余計な犠牲まで出しかねない。今はこの状況に甘んじるほかないのだ。
 だが――寝ても覚めても腹の虫が一向に収まらない。
 これほどまでに誰かを憎んだことなど生きてきて一度たりともなかった。たくさんの仲間たちに愛され、支持され、挫折らしい挫折も経験しないままの順風満帆な半生だった。
 それを、あの憎たらしい悪竜に完膚なきまでに()し折られた。相性を難なくひっくり返され、(あまつさ)え領地の半分を奪われるなど、私の歩いてきた優美な道のりに糞尿をぶちまけられるが如き盛大な汚点だ。
「今は我慢の時……ね」
「その通りです」
 憤懣やるかたない思いを、気を抜けばウララにぶつけてしまいそうになる。
 諫言を聞き入れた体で彼女を安堵させつつ、私は憎き悪竜への復讐を画策していた。


  ◆


 夜半、私は目を覚ました。妖精たちは一匹(ひとり)残らず寝静まっている。
 小高い丘の端で、しんと冷えた空気をゆっくりと肺に取り込んで、夜空を見上げた。月が、いつものように私たちの領地を白く照らしている。
 だが、その光は下劣な悪属性どもの拡張された領地をも同時に祝福している。その不愉快な事実が、瞋恚(しんい)の炎となり私の心をひたすらに焦がし続けている。
「差し違えてでも、アイツを……!」
 自分を奮い立たせるために敢えて口に出そうとした言葉は端が切れ、一陣の風に浚われた。
 行く末の凶事を暗示しているかのようなそれに、足が竦んだ。嫌な想像を振り切るために、私は柔らかな深い緑色に覆われた地面を音もなく蹴る。
(まずはヤツの寝座(ねぐら)を探さなければ)
 リボンのような触角を風に靡かせ、丘を下る。私を見つめるのは、(まど)かな月のみだった。


  ◆


 昏く妖しい森は悪属性どもに明け渡されても、変わらぬ姿を保っていた。
 色とりどりの蛍光を発する大小さまざまな(きのこ)。誰も知らない時代から植わっている樹齢不明の巨木。繁茂する湿り気を帯びたシダ。乾くことを忘れた黒い土。
 ――しかし、悪属性の雑輩が見当たらない。適当に一匹二匹をぶちのめして首魁の居場所を聞き出す算段だったが、当てが外れる。
「いやに静かね……」
 虫たちのものと思しき羽音はかすかに聞こえるが、あとは夜風に揺れる葉の音がいたるところで響くばかり。
(まるで誘われてるよう……)
 まさかとは思いつつ、森を音も立てず駆け抜ける。
 ややあって、眼前にぽっかりと真っ黒い穴が口を開けているのが見えた。迷いなく飛び込むと、煌びやかな満天の夜空が、視界全体に広がった。
 見晴らしが丘。以前私が悪属性どもから奪い取った場所。
 丘から見下ろす山々の景色もさることながら、月輪の美しさを真に堪能できるのはこの丘しかない。
 玲瓏たる月の巨影を戴く神聖な丘が、どういうわけか悪属性どもの縄張りになっていたという事実は、私には堪えがたかった。
 苦労に苦労を重ね、私たちの縄張りとしたときの嬉しさは言葉にできないものだった。
 ――絶対に手放すまいと誓ったのに。
「今宵の月は美しいな」
 私を衆目の前で叩き潰した張本人が、丘の上にいる。
 ――私を待っていたのか、それとも。
「こんな穏やかな夜に、わざわざ血染めになりに来ることもないだろうに」
 息を整える。私はヤツの真後ろを取っている。まだこちらを向いてはいない。
「あなたの飛び散る鮮血がさぞ美しく映えるでしょう月夜を思うと、居ても立ってもいられなくなってね」
 あのときの決闘のような始まりの合図など要らない。ルールなどなく、相手を打ち砕いたほうの勝ち。
 何の躊躇(ためら)いもなく、しなる触角を放った。いかなる相手でも反応できないよう、ありったけの強さと速さを込めて。
「"守る"」
 悪竜の背面を覆った青白い壁が、私の攻撃をすべて弾いた。
(人間のもとで育ったポケモン……!?)
 通常、"守る"を野生で覚えられるポケモンはほとんどいない。というより、自然な状態でポケモンが取得できる技というのは存外に限られている。
 だが人間に育てられたポケモンは別だ。人間の課す訓練で、野生では到底到達できないような強さを手に入れたり、人工的な手段で強力な技を覚えるポケモンはいくらでもいる。
(いるけど……普通は野生に戻ってこない。戻されない、はず)
 だから、驚いた。どう考えても、私はアイツに歯が立つわけがない。
「さ、今晩は悪い妖精退治といこうか」
 満ち溢れた自信を思わせる、凜と響く声。あたかも私が悪党(ヴィラン)で、アイツが英雄(ヒーロー)であるかのような錯覚。

 かつて人間の元で暮らしていた一匹の妖精の子が、面白おかしく教えてくれたことがある。
 人間が語り継ぐお伽噺(フェアリーテイル)に、暴れ回り暴虐の限りを尽くす悪竜(サザンドラ)妖精の獣(ニンフィア)が退治し、平和を取り戻すというものがある、と。
 その内容にとりわけ関心があったわけではないが、悪属性たちを滅さんとする私たちの戦いがいかに正当であるかという証を与えられたようで、得意になったことを覚えている。

 ――だが、所詮お伽噺はお伽噺だった。
 見事なまでの惨敗。
 攻撃は簡単にいなされる。接触技が避けられると同時に、太い尻尾で横っ腹を強かに打ち付けられる。
 明らかに手を抜かれていたが、それでもこのザマだ。自分の弱さにも、悪竜の驕慢な戦い方にも頭が茹だっていた。
「死ね!!」
 特性のフェアリースキンで妖精属性(フェアリータイプ)と化した捨て身の体当たりも、ヤツの胸の黒い羽毛を掠めただけに終わった。
 無様に転倒して、なんとか立ち上がろうとしたところで、見たことのない技で貫かれた。
 妖精の使う光とは異なる、冷たく硬質な光線だった。少なくとも、野生のサザンドラではまず覚えられない技であろう。
 弾き飛ばされた体は丘を転がる。仰向けに倒れた私は、敗北を悟った。
「げほ……お゛ぇ……」
 酷い咳き込みと吐血。内臓へのダメージが深い。投げ出された四肢はぴくりとも動かなかった。
 このまま追撃されたら再起不能だ。こんな真夜中に、あのときのウララのように止めに入る者はいない。そもそも、悪属性どもの縄張りで私に味方する者など存在するはずがなかった。
 雲一つない満天の星空のど真ん中に、銀色の満月が煌々と輝いていた。
 闇夜の世界は、霊属性や悪属性に(くみ)している。だが、その夜が侍らす月という天体――月が夜を侍らせているのかもしれないが――その力は、どういうわけか妖精(フェアリー)にも備わっていた。
 私は月光浴が好きだ。体の調子もしなやかさも格段に変わり、ムーンフォースの威力も増大する。
 見晴らしが丘は、遠望する翠黛(すいたい)の美しさは言うまでもなかったが、輝く月の銀色が際立って見える場所だった。
 なのに――ジルガという不愉快なサザンドラにその神聖な場所を奪われ、私は地面にくずおれている。月の煌めきはまるで私を嗤笑(せせらわら)うよう。
 あれだけ温かかった月は、今や身に凍みる冷光を放っている。まるで悪竜の放った技の光のようだ。
 私の真上に、黒い影が覆い被さる。三つ首の竜が、私を見下ろしている。
 とどめを刺すつもりなのだろう。彼の両腕が迫り来る。私はぎゅっと目を瞑った。
 しかし、悪竜は私の両前肢の根元を掴むと、そのまま木陰に私を連れていく。
「ここまでするつもりはなかったんだがな」
 悪竜は独り言のように呟くと、背を木に寄り掛けて座る。私はというと、悪竜に抱きかかえられていた。背中に硬い鱗が(たと)えるなら、ガルーラのように嬰児を腹で抱えるような――そんな体勢だった。
(とどめを刺さないのか……?)
 意図が分からず混乱する。体内に残響する激痛がそんなことを考えさせる余裕も奪っているのだから、なおのこと狼狽していた。
「さて」
 悪竜の低い声が、私の耳の底を、恐ろしいほど心地よく鳴らす。
 私の秘所に、悪竜の右腕の頭が触れた。
「ッ!?」
「暴れるなよ、体が痛むだろ」
 声が出ない。何をされたのか、一切の理解が追いつかない。ただ一つ諒解できたのは、反射的に悪竜の腕の中から抜けようとして、全身の関節に針を打ち込まれたような激痛が走り、意識を失いかけたことだった。
「いくら宿敵相手だからって、こんな風に異常に昂ぶっているのを見ると流石に心配だからな。この季節だし、発情期なんじゃないのか? 俺が発散させてやるよ」
 悪竜の右腕が、私の目の前で口を開け閉めしている。そのたびに、ぬちゃ、と淫猥な粘性の高い音がして、唾液が口内で糸を引いているのが見えた。
 ひどく汚らわしく思えるそれに、私はなぜか――喉を鳴らした。
 悪竜の行動の意味も、自分の反応も、すべてが靄に包まれているように意味が判然としない。
 ただ、悪竜の右腕から伸びた舌が、私の秘所を舐め上げたことで――ようやく自分の置かれた立場を認識するに至った。私は今から犯される――。
「ッッ!!」
「暴れるなって」
 悪竜の左腕の締めつけが俄然強くなった。
「喉鳴ったの、無意識だろう? 命の危機に瀕したときほど、生き物っていうのは自分の剥き出しの欲望に対面することになる」
 悪竜が私の耳元で囁く。その地鳴りにも似た重低音が、体の芯を揺らす。――雌の、子を宿すための大切な部分を。
「まあ……その大半は性欲なんだけどな」
 反抗の意思を示そうとしたが、声が出ない。たったそれだけのことさえ、がちがちに強ばって痛む首がさせてくれないのだ。
「浅いな……これ、処女膜か?」
 右頭の肉厚な舌が、ぬるりと私の股ぐらに侵入してくる。
「ひっ……」
 誰にも許したことのない場所に、不躾(ぶしつけ)に掻き分けて入り込んでくるそれは、舌先でちろちろと味見するように、(ひだ)を舐め回す。
「邪魔だから破るぞ」
「や……だめっ」
 ようやく口をついて出た反抗の意志など何の役にも立ちはしなかった。私の奥にあったらしい膜とやらは、ぷちぷちと妙な感触を残して破られた。
(こんなの……嘘だ……)
 物理的な痛みはさほど感じられなかった。だが、純潔をよりにもよって忌まわしき悪竜に穢されたショックで、私は茫然とした。
「年頃のくせして未経験か。見る限り、お前のとこの群れはほとんど雌だったし致し方なし、か」
 悪竜は私が脱力したのをいいことに、さらに奥深くまで舌を侵入させた。ざらついた舌の感触がこの上なく不快で――あってほしかった。
「イーブイ系統は……確か、&ruby( ・ ・ ){ここ}だったな」
 肉壺の、腹側の一点。
「いっ!?」
 体が飛び跳ねた。舌先が、内側から腹を突き破らんばかりにぐりぐりと圧力をかけてくる。
「当たりだな。前に相手したリーフィアもエーフィもここでよがってたからな」
「あぐっ……」
 腰が浮きそうになるが、悪竜は左腕で私の体を強く抱き込む。逃がしたい快楽が下腹部に留まって、ぐるぐると回っている。
「ふぅー、う゛ーっ……」
 自分でも聞いたことのないような低い声で息を吐き出し、腹圧を下げようとする。少しでも痛みのような快楽を軽減するためにできることは、この程度しか思いつかなかった。
「気持ちいいか? もっと悦くしてやるから力抜けよ」
 執拗な悪竜の責め。私はなすすべなく膣内をまさぐられ、隅から隅まで悪竜の右腕に味わい尽くされる。
 無理矢理舌を突っ込まれているのに痛みをまるで認知しなくなっていく自分の体を呪いながら、迫り来る悦楽に身をよじらせる。
 ふぅー、といくら深く息をついたところでまったく快楽を排斥できず、もどかしさで歯噛みする私の姿を、悪竜は心底楽しそうに観察する。
「だんだんほぐれてきたな。そろそろこっちを突っ込んでも大丈夫か?」
 こっち? 左腕のことか? などと馬鹿になった私の頭は呑気に構えていたが、ふわふわと悦に酩酊した瞳が捉えたものに、私は慄然とした。忘れていた体の痛みがぶり返してくる。
 いつの間にか、悪竜の股ぐらには、(おぞ)ましい太さと長さの逸物が、不穏な棘々を携えて屹立していた。私の体長の半分ほどはありそうなそれが、私の後肢の間で脈打っている。
 まさか――こんないやらしいものを私の中に入れるつもりなのか――? 悪い冗談じゃないのか――?
挿入(はい)るかどうかの心配なら全然要らないぞ。お前より小さい雌とも散々ヤってきたけど、怪我させたこともないし二度目がなかったこともないからな」
 私の内心を見透かしたのか、それとも踏んできた夥しい場数を勲章のようにひけらかしたいだけなのか、いずれにせよ三つ首の怪物は本当に私を犯す気なのだと、目を逸らしたい現実を突きつけられる。
 再度隙を見て抜け出すことも考えたが、羽交い締めにされたこの状態では困難だ。
(触角を動かして……首を絞められれば……)
 脚が動かせないなら、それしかない。悪竜に犯されるなんて死んでも嫌だ。
挿入()れるぞ」
 触角が――動かない。首のリボンから生えている二本も、左耳の付け根から生えている二本も、全部駄目だった。
(結わえられてる……?)
 いつの間にそんなことを。
 絶望に沈められたのと同時に、めりめり、と逸物が私の膣口を大きく押し広げた。
「かはっ……」
 筆舌に尽くしがたい痛み。明かりの乏しいはずの景色がサイケデリックに明滅して、いっそ失神したかった。
「流石にちょっときついか。ま、これでめでたく処女喪失だな。おめでとう」
「う゛ぅー……」
 痛い。苦しい。さっきまで感じていた快楽はどこへ行ってしまったのか。気絶が許されないのならせめて快楽に変換されてほしい。もはや矜持とか屈辱とか、そんなことを云々言っている余裕はない。
「おいおい、自分から動く気か?」
 今のままではにっちもさっちもいかない。せめて、さっきまで感じさせられていたポイントに、この腹立たしい逸物を誘導させなければ。
「焦るなよ。こういうのはじっくり慣れていかないと気持ちよくはなれないぞ。全部俺に任せておけばいい」
 なんでこんなヤツにささやかな抵抗の権利さえ委ねなければいけないのだと憤るが、どう動いても膣内に激痛が走って涙が出てくる。
「ほら、力抜いて……もっと脚を脱力して……」
 そんな私の気持ちなど知る由もなく、悪竜は甘く囁いてくる。
 全力で拒みたい。だが、悪竜の発声する重低音は、子宮を細かに揺らし、膣口を緩ませる。情けないくらいに、私の意に反して私の体は悪竜の逸物にすべてを明け渡そうとしていた。
「うん……いい感じに緩んできたな……いい仔だ……」
 悪竜の右腕が、私の頭を撫でた。私はそれに体をくねらせて、喉を鳴らす。
 ――また、勝手に体が反応した。嫌なはずなのに。ムカつくはずなのに。腹立たしいはずなのに。
 なんでこの体は全身全霊で悦びを表現するのだ――!
「……ほら、もう痛くない」
 悪竜の声にハッと我に返ると――あれほどまで私を苦しめていた痛みは、嘘のように霧消していた。
 それどころか、悪竜の逸物は気がつかぬうちに私の中にすでに半分ほど埋まっていた。私の膣内で、獰猛な肉棒が静かに、だが力強く脈打っている。
 その定期的な振動が、私の奥を揺らし、快楽の波として脳髄に伝わる。
「んぅ……」
「もっと気持ちよくなろうな。今まで溜めてた鬱憤も欲求不満も、全部発散させてやるから」
 苛々をずっと募らせていたはずなのに、宿敵に手篭めにされるという屈辱に死にたいぐらいだったはずなのに、そんな気持ちを堅持しようとすればするほど、馬鹿馬鹿しく感じてしまう。
 コイツは私を意のままに蹂躙したかったのではないのか。ぐちゃぐちゃに陵辱してボロボロになった私を、妖精たちの前に晒して笑い物にしたかったのではないのか。
 渦巻く思いは徐々に強くなる快楽のうねりに掻き消されていき、もはや難しいことを何も考えられなくなった私は、ただ悦楽を享受するだけの獣と化した。
「すっかりとろとろになってるなァ。だらしなく涎垂らして、いけない仔だ」
 意地悪な言葉とは裏腹に、悪竜の両腕は私を優しく包んでいる。一方は私の陰核を柔らかく刺激し続け、もう一方は逸物によりぼっこりと膨らんでしまったお腹を、まるで愛情を込めるようにしっとりと撫でている。
 膣内の刺激も、陰核へのフェザータッチも、お腹を舐める舌の触感も、それぞれが溶けて混ざり合い一つの蠱惑的な快楽として私の芯に流し込まれる。
「ゆっくり動くぞ」
 静かに肉棒を引き抜かれたかと思うと、ずしりと、深々と突き入れられた。
「~~~~っ!」
 肉棒の至るところについている柔らかい棘が膣内全体をぞりぞりと擦り上げ、今までの柔らかい悦楽とは別種の激烈な快感に、激しく身をよじらせる。
 ――戦闘で受けたダメージがぶり返せば、私はまだ正気に戻るチャンスがあったかもしれない。だが、悪竜から与えられる快楽の一つ一つが、それらの痛みを遙かに凌駕していた。
 快楽が怒濤のように押し寄せる巨大な坩堝(るつぼ)の中で溺れる私を、今さら多少の痛みが引き上げられるわけがなかった。
 緩やかだが確かなストロークで抽送(ピストン)運動する肉棒は、まるで先ほどまで未通だった私の膣内を余すところなく掘削する穿孔機だった。ごりごりと膣壁の(ひだ)が引きずられ、私は声にならない声を上げる。
「すごい締めつけだ……!」
 余裕しゃくしゃくだった悪竜の息はわずかに荒っぽくなっており、抽送を繰り返すたびに私の耳に吹きかかる吐息の量が増していく。
「イ゛っ……ん゛ッ!」
 子宮を肉棒の先で突き上げられるたびに、かすれた喘ぎ声が飛び出す。逸物の重い衝撃により与えられる快感とは異なる、体の奥底からこみ上げるような切ない何かが、溢れそうになる。
「く、ル゛、っう!」
「イきたいのか? 好きなだけイっていいぞ。いっぱい気持ちよくなって頭真っ白にしてしまおうな」
 悪竜の言葉と、膣の最奥で子宮口をぐりぐりとすり潰すように押し付ける肉棒の動きがトリガーとなった。
「ッ、お゛……ほ……っ」
 絶頂。この世の果てに突き落とされ、体すべてが空に溶けだしてしまったような、おぼつかない感覚と痺れ。
 股ぐらから漏らしているのが小水なのか、それとも違う何かなのか――それすらどうでもよい。
「俺も……!」
 悪竜の肉棒が私の中でぶるりと震え、どくどくと何かを吐き出す。それは思いのほか長時間続いて、接合部から白い液体がわずかに漏れ出してくる。これが俗に聞く射精なのであると、私は初体験を通じて知ることとなった。
 悪竜に捕らえられ、巨大な肉棒で貫かれ、一度も経験したことのない快楽に叩き落とされ、膣内に吐精され――。
 輝く皓月の下で、私は隅々まで穢された。
「ほら、こうやって快楽に身を委ねてると、俺と戦うとか、どうでもよくなってくるだろう?」
 首がかくんと落ちて、図らずも首肯するような態度を示した形になった。
 今まで拘ってきたものが、途端に何の価値も持たないような塵芥に思えてきた。私は何のために悪竜に戦いを挑んだのだろう。
「また昂ぶってきてどうしようもなくなったら、俺が鎮めてやる」
 硬さを矢庭に失った肉棒が、ぬぽん、と粘着質な音を立てて私の膣内から引き抜かれた。
 大量の精液が堰を切ったようにどろりと溢れ出す。太い栓をされていた膣口は充血して腫れ上がり、すっかり閉じなくなってしまっていた。
 その後のことは、よく覚えていない。たぶん私は、悪夢のような現実から逃げるために――気を失ったのだろうと思う。意識が溶暗しきる直前に悪竜が私の体を優しく横たえたことも、きっと幻だ。


  ◆

 翌朝、山際から顔を出した太陽の眩しさに目が覚めた。気怠さと体のちくちくとした痛みが、爽やかな朝にひどく場違いだった。
 首を傾けて、体の様子を確認する。悪夢の形跡は、一切残っていなかった。


第二夜 


「まあ、ルル様! いったいどこに出掛けていらっしゃったのですか? お姿が見当たらなくてみんな心配していたのですよ?」
 悪属性(タイプ)どものテリトリーを避けるため、帰り道を遠回りしたのが仇になった。丘にたどり着いた頃には、私を探す妖精たちの鳴き声や咆哮、喚叫が不協和音を奏でていた。
 静かにしなさい! と、ぴしゃりと諫めてようやく事態は収束したかに思えたが、
「自らの自覚のなさを棚に上げてその言い草はなんですか!?」
 とウララが応酬したせいで、私は追随した妖精たちに取り囲まれ、口々に自分たちがどれだけ悲痛な思いで私の帰還を待っていたかを語られた。
「大丈夫! 大丈夫だって! 何でもないの! ちょっと思いつきで夜中に偵察にいっただけ。帰るのが遅くなったのは謝るわ」
 よもや悪軍団の首魁に勝負を挑んだ挙げ句敗北し、さらに陵辱されたなどと言えるはずもない。
 仮に口に出そうものなら怒り狂ったウララが妖精総出でヤツらの巣窟に突撃しかねない。そんなことが容易に想像できるほど、ウララは見かけに反して喧嘩っ早いのだ。
 しかし、私が冷静さを失いかけたときには、逆に彼女は落ち着き払って有事に対処できる。
 ほんの少しだけウララより強い私が妖精たちをまとめるリーダー役をしているが、実質的には私とウララがお互いを補い合い、ツートップとして群れを率いているのだ。
 呆れたように大きなため息をついて、ウララのトーンもいつもの調子に戻った。
「無茶はいけませんよ、ルル様。夜はヤツらの領分です。いくらルル様とはいえ、遅い時間に悪属性どもの住処に足を運ぶなど……」
「ごめんね。でも平気。現に私は元気よ」
 ぴょんぴょん飛び跳ね、健在をアピールする。本当は、まだもらったダメージを体に残していた。
「それならいいのですけど……」
 まだしゅんとしているウララたちを見て、私は内心で反省する。
 悪竜に挑むのを止めるつもりはない。だが、私を慕ってくれる妖精たちに余計な心配をかけるのは不本意だ。
 いくら負けようと、犯されようと、私は折れるわけにはいかない。
 あの憎き悪竜の首を持ち帰るその日を夢見て、私は心に激しい炎を燃やし続けるのだ。


  ◆


 昼間に集めた木の実を仲間で分かち合った夕餉のあと、陽が落ちかけた時分にそれぞれが自らの寝座(ねぐら)に戻り始める。
「おやすみなさい、ルル様」
 ウララが恭しい所作で手を振って、私に別れを告げる。
「おやすみなさい、ウララ」
 私もパステルカラーの触角を揺らして応えた。
 夕陽が赤々と燃えている。蒼かった空は紫色に焼け、ヤミカラスの群れが遠くで点々と夕焼けを横切っている。
 美しさと恐ろしさが同居した光景。――いつもなら、その赤い輝きに見とれているはずなのに、今は私の心に燃える感情が映し出された鏡にしか見えない。
 ふと、あの悪竜がこの夕陽を悠然と眺めている情景が思い浮かんだ。
「月もいいが、赤く空を染める夕陽の燃ゆる姿もまた、素晴らしいと思わないか」
 悪属性の癖に風流を解しているような振る舞いをするアイツの姿がありありと思い描ける。
「っ!」
 私は頭がおかしくなったのか。私が抱くべき心象は、暴虐の限りを尽くし、あらゆる策謀を巡らせて私たちを陥れようとする悪竜の姿であり、(まか)り間違っても私と同様の感性を持つ紳士然とした生き物ではない。
 体を悦くされて、あの悪竜に絆されたと――?
「ありえない! ありえない! そんなこと!」
 体だけでなく脳まで弄られてしまったのか、私よ。私は敗北し、竜欲の捌け口にされたのだ! 受けた屈辱はそっくりそのまま返す以外にない!
 馬鹿な自分の頬を触角で強く引っ叩き、強く心を律する。深呼吸し、熱くなった心を落ち着ける。
 すっかり陽は沈み、夜の帳が下りた。そして、東の空の低いところで、赤みを帯びた月がささやかな輝きを放ち始める。
 ――雪辱を果たす時間が来た。


  ◆


 果たして、今晩も悪竜は同じ場所に、同じ姿態でゆったりと停空飛行していた。
 不意打ちするには遠い距離で、私は悪竜の背後を見つめている。恐らく私が来たことに気づいてはいるのだろうが、悪竜はこちらを見ることはない
 悪竜は、ずっと月を見つめている。雲一つかかっていない令月を、アイツは何を思い見上げているのだろう。
 夜更けの穏やかな風が凪ぐ。
「今宵も良い月だな」
 悪竜の低く柔らかい声音で、私は体を強張らせた。
「あれで懲りることはないだろうとは思っていたが……まさか昨日の今日でまた来るとは」
「諦めが悪いの、私は」
「諦め? 昨日の夜の悦びが忘れられなかっただけではないのか?」
 両腕を広げて悪竜が嗤う。――熱くなるな、私。冷静さを欠いたら一欠片の勝機さえ見失ってしまう。
「それで愚弄しているつもり?」
「まさか。ただ、己に素直になれないのは見ていて痛々しいくらいに哀れだと思っただけだ」
 この嫌みったらしさに厭らしさ。悪の名に恥じないのは結構なことだが、虫唾が走る。なんだって妖精属性(わたしたち)の隣人が悪属性(コイツら)なんだ。
 もし神がいるなら、同じ土地に二つの相容れない属性の群れを配置したおふざけ極まりない采配に対して責任を取ってもらいたい。
「たまにはこちらが先番を頂こう」
 悪竜が右腕を構え、瞬く前に"悪の波動"が発射された。
 横っ飛びで避けるも、さらに三つの弾が息つく間もなく襲ってくる。
「ッ!」
 二つ目、三つ目はギリギリでかわせたが、最後の一つが後ろ右脚を掠めた。
「よくかわしたな」
 常軌を逸した弾速。距離が離れているから直撃を免れているに過ぎない。
「"スピードスター"!」
 特性で属性が(ノーマル)から妖精(フェアリー)に書き換わった光弾を、ヤツの技に負けず劣らずの速度で撃つ。
「"守る"」
 当然のように弾かれる。
「デカい図体の癖に、そんな小狡い技使うなんてみみっちいわね!」
「便利だぞ。お前も使ってみるといい」
 小癪な――!
「"ムーンフォース"!」
 月光を吸収したような神々しい光の球に、ありったけの力を込める。
「美しい技だ……心が洗われる」
 多分、本心で言っているのだろう。それが余計に冷笑的(シニカル)に聞こえて――泣きたくなった。どうせ避けられるに決まっている。
「死ねッ!」
 虚勢とともに撃ち出した月の偽球は、周囲の空気を薙ぎながら一直線に悪竜へ向かっていった。
(……避けない)
 初めて決闘したときもそうだった。いったいどういうつもりなのだろう。私の"捨て身タックル"や"スピードスター"、触角を使った鞭攻撃はいなしたり"守る"を使ったりして絶対にまともに喰らわないようにしているのに、"ムーンフォース"に限っては真正面から受ける。
 舞う土煙。かすかに見える悪竜の影は――変わらず宙に浮いている。
「……流石に効いたぞ」
 やはり、倒すには至らない。だが言葉通り、悪竜の息は上がっているように見えた。渾身の一撃を放った甲斐はあったのかもしれない。
 問題は――大技を放った私の消耗も激しいことだった。
 悪竜がゆらりと迫ってくる。ゆったりとした速度であるように見えて、迅速な挙動。
 私は後ずさろうとするが、すぐ後ろに私の背丈ほどの大きな岩が居座っていることに気がついた。
 たったそれだけのことが、大きな焦りを生む。逃げ道なんていくらでもあるのに、精神的に追い詰められた私の脳裏に、状況を打破できる自分の姿が露ほども思い浮かばなかった。
 また負ける――。
「私は……屈しない」
 恐ろしい巨体が眼前に来てもなお、心とは裏腹に私の口は勇猛果敢な台詞を吐く。後ろ脚はがくがくと震えて、涙腺はあと一息で決壊しそうだった。
天晴(あっぱ)れな心意気だ」
 ずしりと、私の額に何かが乗った。
「あ……」
 濃厚な雄のにおい。私の体を貫いた、棘々のついた凶悪な肉棒。
「これが欲しかったんだろう?」
 こんな屈辱を、甘んじて受け入れられるはずがない。そんな穢らわしいモノなど食いちぎってやる。
 ――そう思いたかった。でも、私を支えているはずの心の奥底にある支柱は、ぽっきりと折れてしまう寸前だった。
 悪竜の優しく響く低い声が、体内の大事な部分を思い切り揺さぶる。
「んっ……」
 予期せぬ秘所の疼きに、私はへなへなとへたり込んでしまう。
「まさかイったのか? ……よっぽど溜まっているんだな。今、楽にしてやるからな」
 感じてしまった。弱いところを責められたわけでもないのに。
「うぅ……」
 情けない姿を晒した今の私には、もう張れる意地がなかった。なすがままに体を持ち上げられ、木陰に連れ去られる。
 私は軽率に憎悪の炎を燃やしていた夕方の自分を、今さらながら後悔していた。勢いだけで敵わないのはわかっていたはずだった。
 策を練り上げ、どんな汚い手を使ってでも、勝てる可能性を上げるべきだった。ウララとだって散々意見を交わしたではないか。
 どうして私は少しでも落ち着きをなくすと正面からぶつかろうとしてしまうのか。
「今日はどうしてほしい? どこを責めてほしい?」
 私を羽交い締めにし身動きを取れなくしたところで、悪竜は愉しそうに問う。
 悪竜にされたいことなど何一つとしてない。願わくは私の目の前から消え去ってほしいし、叶うなら死んでほしい。
 だが、口に出す気力はとうに潰えていた。
「まあいい。今日は左腕に頑張ってもらうとしよう」
 別に右でも左でもさして変わらないだろう。そんな私の心中の指摘など知る由もなく、悪竜の左腕の頭は私の眼前で舌舐めずりをしていた。
「っ……」
 蜜壺の入り口のあたりを、左腕の頭が舐め始める。右腕の頭のように、すぐさま中に侵入してくるようなことはなく、執拗に表面を舐め続けるそれに、私はこそばゆさと焦れったさを感じていた。
「こっちは前戯が丁寧なんだ。右腕のほうはちょっとがっつきすぎる癖があるからな」
 ざらついた舌の感触が少しずつ腹側へとズレていく。
陰核(クリ)責めが好きなんだよな。右腕にも見習ってほしいところだ」
「ひぐっ!?」
 一気に陰核が擦り上げられ、ざらざらとした感触がひたすらに弱い部分を往復する。
「ここも少しずつ開発していこうな。四足の雌でも陰核(クリ)さえ開発すれば、自分で慰められるようになるからな」
 股ぐらに与えられる甘い痺れに、脳髄が冒される。視界いっぱいに広がる暗闇が、ちかちかと星を飛ばし始めた。
「強張ってるぞ。深呼吸して……リラックスして……そう、いい感じだ」
 悪竜が低い声を発する。悪竜の喉の振動は、彼の体も振動させ、悪竜の腹に背を預けている私の体に伝わる。それがたまらなく――心地よかった。不思議な安心感に、体が蕩けそうになる。
「ルルはいい仔だ。仲間のために意地を張れる。こうして素直にもなれる」
「ッ!?」
 息が詰まって、腰が浮いた。不意に名前を呼ばれた体が反応した。
 なぜ。なぜ悪竜なんかに名前を呼ばれて反応するのだ。驚いたのか? 不快さに対する拒否反応? 今になって反抗の意思が湧いてきた?
 ――どれも違う。まさか――悦んだとでもいうのか。
「嫌っ……だ……」
 そんなの嘘だ。そんな最低限の矜持まで捨てた覚えはない。どれだけ心を()し折られても、それだけは許してはならない。
 許しては――ならなかった。
「何が嫌なんだ、ルル。そろそろ中も責めてほしいのか?」
「中が……いい……」
 あれだけ私の心を守るように勇んできた口が、ついに裏切り、陥落した。
「ちゃんと言えて偉いぞ、ルル」
 ああ、褒められた。宿敵のはずの悪竜が、屈託なく私を褒めてくれた。
 左腕の舌が侵入して、膣壁の腹側を丹念に擦ってくる。待ち侘びていたその感触がどうしようもなく嬉しい。
「う゛ぅ……イ゛っッ!」
 ぷしゃっ、と小気味いい音を立てて潮を噴く。
「いいイきっぷりだな」
「んッ!」
 耳元で囁かれて、もう一度噴いてしまった。もはや悪竜の声は、私の快感をコントロールする手綱のようなもので、弱い私が抗えるものではなかった。
 荒げた息をなんとかして平常に戻そうと、意識的に深呼吸をしようとするが、悪竜は私に休息を与えようとしない。
 すでに私の両脚の間から、悪竜の雄々しい槍が顔をのぞかせていた。月光を照り返す透明な丸い雫が、槍の先端で白く煌めいている。
 今にも噴火しそうなほど怒張しているそれの熱さとにおいに、私の喉は期待を込めるかのように鳴ってしまう。
 もう快楽に身も心も溶かされてしまっているというのに、その上こんなモノが侵入(はい)ってしまったら――後戻りはできなくなる。
挿入()れるぞ」
 私のわずかな躊躇いなど一顧だにしない悪竜は、膨れ上がった期待感を煽るように私の体を持ち上げ、己の逸物の頂に私の肉壺を据えた。
「息を止めるな。楽にして。ほら、空を見て。月が綺麗だ」
 穏やかな言の葉に、下腹部に集中させていた意識が逸れる。孤独に輝いていたはずの月は、いつの間にかたなびく絹雲を連れ添っていた。
 ――あ。
「いい感じに力が抜けているな」
 頭を撫でられる。ふわふわとした心地。まるでそれが極めて自然であるかのように、巨大な逸物は私の膣内に半分ほど(うず)まっていた。
 肉棒の形が柔らかく浮かび上がる私の白い腹。悪竜の鼓動と同速の脈動が、私の中で波打つたび、筋肉や関節の弛緩を誘発させる。
「気持ちいい……」
「そうだろう。もっと快感に身を委ねるといい」
 悪竜が顔を寄せてくる。黒曜に柘榴石(ガーネット)()め込んだような瞳と、不意に目が合った。
 私の顔が、神秘的で不気味な色合いの悪竜の瞳に暗く映り込む。
 てっきり――酷い顔をしているのだと思っていた。苦痛と屈辱と巨大な快楽の狭間に捕らわれて、醜い性奴隷に成り果ててた哀れな獣がいるのだと。
 ウララに、眉間にいつも皺が寄っていると窘められたことがあった。群れを率いることの責任感と緊張感により、知らず知らずのうちにそうなってしまったのだろうと思っていた。
 今は――まるで束縛から解き放たれたかのように、晴れやかな表情をしている。
 労るかのような、緩やかな抽送(ピストン)運動。膣肉を優しく押しのけては引き返す逸物の感触に、腰を仰け反らせる。
「あっ……んぅ」
 意識が完全に溶け出してしまわないように、触覚を悪竜の腕に巻きつける。
 ほんの一瞬悪竜の動きが止まった。が、私に害意がないことが伝わったのか、何事もなかったかのように私の体を持ち上げては下ろし、肉棒を奥深くまで突き刺す。
「もっと……奥……」
 甘えた声でねだると、悪竜は子宮口まで先端が届くよう、私の体を打ち下ろした。
「ぃ゛っ」
 声にならない声。逸物がその凶悪な棘を膣の(ひだ)に引っかけながら最奥に衝突するたび、みっともない濁った嬌声が(すぼ)まった喉からひり出される。
 悪竜も呼応するように息を荒げながら喉とグルグルと鳴らしている。
「ルル……」
「……ジルガ」
 脈絡なく呼ばれた名。思わず悪竜の名を呼び返してしまった。
 悪竜の名前など、すっかり忘れてしまったと思っていた。興味すら持っていなかったはずだった。だが、頭の片隅に残っていたらしいそれは、私の口からするりと滑り出た。
 私は引き金を引いてしまったのかもしれない。悪竜の息が一層荒くなり、穏やかだったはず抽送(ピストン)運動は一気に激しいものとなった。
「ん゛ッ、あっ、はげしっ、い゛ッ、ひっ」
 熾烈な肉棒の攻撃に白旗を上げた子宮口が、赦しを請うように降りてくる。柔らかくなった膣肉が自発的に悪竜の逸物に絡みついていくのが嫌でも分かった。
「グルルルッ!」
 獰猛な唸り声とともに悪竜が倒れ込み、私より何倍も大きく重い体で私に覆い被さる。それはまるで、四足の獣が交わるときの典型的な体位だった。
 私に快感を与えることに腐心していたはずの悪竜が、己の欲望に忠実な僕となって、激しく腰を振る。
「~~~~っっ!」
 声を出すための器官は悪竜の体重と打ち込まれる杭の圧で狭窄し、機能を失っている。もはや私に逃れるすべはなく、孕ませようと躍起になっている竜の欲望の捌け口として堪えるしかなかった。
 痛み。快楽。腹が押しつぶされるような苦しさ。支配を受け入れた先にある心地よさ。
 暗い月夜が白む。蜜壺の中で悪竜の槍が大きく波打った。
 腰をめいっぱい押しつけられ、一番深いところで射精される。その勢いで達した私の両前脚は、力なくくずおれる。
 たっぷりと子種を注がれ、膨らんでいく腹。悪竜は、溜まったものをすべて出し切るまで、私の上で喉を鳴らしていた。
 お互いが快楽に身を打ち震わせながら、やがでだんだんと勢いが萎んでいく。
 悪竜が腰を上げて肉棒を引き抜き、膣肉が柔らかい棘に引きずられる。
「お゛っ……ぉ……」
 終わり際の抗いがたい衝撃に、性懲りもなくイった。
 痙攣して収縮した膣が、堪えきれずに飲み込んだ精を吐き出し始める。ぶぴゅ、と卑猥で粘着質な音を発しながら、まるで悪竜の射精のように膣口から大量の精を噴出した。潮も噴いている。
 私の体から発されているとは信じたくない、恥ずかしい音だった。悪竜の目の前で、尻を突き出した惨めな姿で、穴から白濁液を延々と漏出させている。
 掠れた呼吸音。汚い喘ぎ声。精液と小水が地面に垂れる音。
 ――完全降伏。私は悪竜に屈した。認めざるを得なかった。
 悪竜もさぞご満悦だろう。厄介な妖精を完膚なきまでに叩きのめして陵辱し、快楽の海に突き落として一方的な支配権を得た。
 嗤い声が聞こえる。悪竜が、おとぎ話など所詮人間の戯れ言に過ぎぬと冷笑(せせらわら)う声が。
 駄目だ。すべて終わりだ。立ち直れない。この地では生きていけない。
「うっ……うぅっ……」
 顔を突っ伏してすすり泣く。死にたい。体だけなら、どれだけ穢されても誇りを杖に立ち上がれた。
 だが、心まで明け渡してしまった。悪竜に絆されてしまった。
 これからどの面を下げて仲間たちのもとに戻ればいいというのだ。
「……すまない」
 我に返る。低く、誠実な声音。嗤い声など聞こえてこなかった。――幻聴?
「ここまでお前を乱暴に扱う気はなかった。思わず我を忘れてしまって……痛くなかったか?」
 悪竜は私を向かい合わせにして抱きかかえた。
 ミステリアスな瞳が私の目を真っ直ぐ捉えている。私は、堪えきれず目を逸らした。
 この悪竜は――私の尊厳を根こそぎ奪い去るために、私を陵辱したのではないのか。あれだけ愉しそうに、好き勝手に私の体を弄っていたのに、その篤実な態度に合点がいかない。
 涙が乾いて、ぼやけていた視界が澄み渡る。


『いくら宿敵相手だからって、こんな風に異常に昂ぶっているのを見ると流石に心配だからな。この季節だし、発情期なんじゃないのか? 俺が発散させてやるよ』
『もっと気持ちよくなろうな。今まで溜めてた鬱憤も欲求不満も、全部発散させてやるから』
『また昂ぶってきてどうしようもなくなったら、俺が鎮めてやる』
『……よっぽど溜まっているんだな。今、楽にしてやるからな』


 悪竜は一貫して、私の昂ぶりを鎮めるためという理由を掲げていた。てっきり、私を犯すために都合のいい言い訳を並べ立てているだけだと思っていた。
 だが、悪竜は至って大真面目だった。現に、私が抱え込んでいた苛々とした気持ちや昂ぶっていたものは、嘘のように消え失せていた。
「……別に」
 犯された。それは紛れもない事実。しかし、癒えたのも事実で。
 言い尽くすにはあまりにも複雑すぎる感情を表明できるすべはなく、ゆえにごくわずかの、どうとでも解釈できる無意味な台詞にしかならなかった。一種の負け惜しみかもしれない。
「なら、よかった」
 ――何がよかったのか。私が反抗せず受け入れたことか。
「……馬鹿じゃないの」
 自らを咎める。悪竜は本気で私を心配したのだ。敗者を好き勝手にいたぶれるのは勝者の特権なのに、悪竜はそれを行使する選択肢を始めから除外していた。
 悪竜の腕を振りほどき、弾けるように飛び出した。
「今日は私の負けだけど、次は勝つ」
 悪竜は何も答えない。私は一瞥もせず走り出す。

 自身にまとわりつく行為の残り香を振り払うように、悪属性の巣食う森をひた走る。
 時折、視線を感じた。敵意も多分に含まれていた。だが、攻撃が飛んでくることはない。
 あの悪竜が、妖精に余計な手出しはするなと号令を出しているのだろう。穏健派を名乗るだけのことはある。
「はー……なんかムカつく」
 いつまで経っても、黒曜に深紅(ガーネット)を埋め込んだような眼と、悪竜の凜々しい顔つきが頭から離れない。
 腹立たしい。しかし、この怒りとは異なる妙なもやもやはなんだ。
 発情期の昂ぶりは解消されたはずなのに、あの竜は私の心に得体の知れない何かを残していった。そのせいで、ヤツの顔が常にちらついている。
「ああ、もう!」
 またアイツに会わないことには、この感情の正体は暴けない。明日の晩もヤツに会いに行って、今度こそ――組み伏せてやる。


第三夜・一 [#2Y3aoz9] 


「よくお眠りになられましたか?」
 ウララは、含みを持たせた言い方を私への朝の挨拶とした。また勝手に偵察にでも出掛けられたらかなわないとでも思っているのだろう。
 結局私は悪竜に犯されていたのだが、最後の最後で正気を取り戻した私は、見晴らしが丘で眠りこけるという初日の失態を繰り返さずに済んだ。同じ轍は二度と踏まない。
「ルル様?」
「何?」
 やたらとウララに顔を覗き込まれる。もしや、昨日の行為の痕跡がどこかに残っているのか。いつもと変わらぬ表情を湛えつつも、嫌な汗をかいていた。
「なんだがいつにも増して毛艶がいいですわね」
「け、毛艶?」
「私の目はごまかせませんわ。濡れそぼつ瞳、艶めく白い毛皮、香ってくる花のような芳香……」
 ウララが私のまわりをくるくると回る。いったい何が言いたいのか。
「見目麗しいルル様にふさわしい、さぞご立派な殿方なのでしょうね。いつか私にも紹介していただきたく存じますわ」
 私の触角を手に取り、恭謹に口づけをしてウインクをしたウララは、ふわふわとした足取りで丘を下りていった。
「殿方……?」
 私は目をしばたかせてウララの言葉と意味不明な態度をずっと反芻し続けていた。
 ――まさか、恋ポケがいると思われている? なんと甚だしい思い違いだ!
「ウララ! 待ちなさい!」
 噂好きで妄想家のウララのことだ。仲間うちにあることないことを吹聴するに違いない。言いふらされる前に訂正しなければ!
 その日私は、私には(ねんご)ろな番がおりタマゴ作りに励んでいるなどというウララの妄言を改めるために、一日中丘を奔走することになった。


  ◆


「今日も溜まってるみたいだな。……性欲というよりは鬱憤のほうみたいだが」
 悪竜は明らかに困惑していた。それはそうだろう。ウララの撒き散らした根も葉もない噂は、一日じゃ訂正しきれないほど広まっていた。
 もはや目の前の悪竜より、ウララとウララの言葉を馬鹿正直に信じた仲間のほうに苛立ちが募っている。多分今の私は、自分でも驚くほど目が吊り上がっているはずだ。
「ええ、変な勘繰りを受けてね……! 今の私には恋ポケを作る余裕なんてないはずないのに!」
 悪竜は首を傾げたが、しばし考え込んだあと、「なるほどな」と納得したようにうんうんと頷き、
「適度な交尾は雌の毛艶や美容に影響を与えるからな。随分と察しのいい仲間に恵まれたようだ」
 と宣った。
「は……?」
 顔から血の気が引いた。私が悪竜と関係を結んでいることがバレている――?
「ああ、安心しろ。お前の考えているようなことは起きてない。むしろ丁度良い目眩ましだろう。お前が夜な夜な俺のもとに来て犯されていることを知られたら、ただじゃ済まないだろう? 恋ポケのもとに出掛けていることにすれば、下手な邪推をされずに済む」
「そ、そうね……って、そうじゃないでしょ! 詰まるところアンタのせいじゃない! ふざけないでよ!」
「そう言われてもなあ。俺は発情期で苦しんでる雌をほっとけるような冷血漢じゃあないんでな」
 この台詞をへらへらとした調子で言われたのなら、激昂して飛びかかっていったところだ。
 ――コイツのいやらしいところは、悪属性(タイプ)特有の下卑た雰囲気を一切纏っていないことだ。サザンドラという種族にそぐわない品位と清廉さ。穢らわしい行為も、(もっと)もらしい理屈をつけては神聖な営みだと言わんばかりに正当化する。
 たとえどんな相手でも、ありったけの憎悪をぶつけるには理由が要る。言い換えれば、自分なりの正義だ。それがないと、自分はただ傍若無人な振る舞いをするだけの悪者に成り果ててしまう。
 だが、縄張りを半分奪われたことや、手篭めにされたという事実も、コイツを前にした途端、雪辱の理由とするにはあまりにも貧弱であると感じてしまうのだ。
「どうした? 今日はかかってこないのか?」
 悪竜は、決して挑発したわけではなかった。いつもなら攻撃してくる相手が二の足を踏んでいることに対して、純粋な疑問をぶつけただけだ。
 ――泣きたくなる。何が私にブレーキをかけているのか、皆目見当がつかないのだ。
 どうせ返り討ちにされ、陵辱されるのがわかっているから仕掛けられない? ――確かに、否定はできない。
 だがもっと大きな、別の因子が私を雁字搦めにしているような気がした。
「なあ」
 私を照らしていた月の光が、大きな影に遮られる。悪竜の巨体が、眼前にあった。
 呆気にとられる。脚が竦む。動けない。逃げ出したい。また、蹂躙されて穢されてしまう。
 一筋の涙が頬を伝った。
「今日は止めにして、月を観ないか」
 悪竜は、頭を私の顔の高さまで低くし、私の右前脚を手に取って、優しい重低音で、そう言った。
「え……」
「嫌か?」
 悪竜の真っ直ぐな眼に、私は息が止まる。六枚の翼のゆったりとした羽撃きだけが、森閑とした夜の見晴らしが丘に響いている。
 私は――魅入られたかのように、こくりと頷いた。


  ◆


 見晴らしが丘のてっぺんは風が透き通っていた。円さがかすかに損なわれている月が、夜空に瞭然(くっきり)と浮かび上がっている。
「ほんの少しだけ縁が欠けている月も風流だな」
 座る悪竜に後ろから抱きすくめられている私は、(ほう)けたように銀色の球を眺めていた。
 ぐるぐると、取り留めのない思考が渦を巻いていた。
 宿敵と一緒に月を観ている自分への呆れ。こんな姿を誰かに見られたらどうしようという不安。月がこちらの事情を知る由もなく、相変わらず綺麗に佇んでいることへの憧憬。なぜか抱いている安堵感の正体。
「月にはミミロルが棲んでいるらしい」
「……そうなの?」
「おとぎ話だ。ここよりもずっと遠くに住む人間が、遙か昔から語り継いでいるらしい。月の、くすんでいる部分の形が(ミミロル)に見えるから、だそうだ」
 月の模様を何かの形に喩えるなど、考えたこともなかった。言われてみれば、そう見えるような気もする。
「俺には、ドラピオンに見える」
「ドラピオン?」
 悪属性軍団で、三代前に頭領をしていたドラピオンを思い出す。妖精の弱点である毒属性も併せ持っているせいで、苦戦を強いられた記憶が蘇る。
「尻尾を振り上げているように見えるだろう?」
 そう言われるや否や、可愛らしい(ミミロル)輪郭(シルエット)は急激にぼやけ、悪辣な化け蠍(ドラピオン)の姿へと遷移した。
「風情がないわね……」
「そうか? 闇夜に相応しいと思うが」
 月を美しさを想う気持ちは同じでも、妖精と悪属性の感性が交わるはずがないことをありありと感じた瞬間だった。
「おとぎ噺といえば、ニンフィアがサザンドラを退治する話もあるみたいだな」
 鮮烈に、決闘したあの日の光景が脳裏に映し出される。勝てると信じて疑わなかった私の自信が覆された、忌まわしき日。
「何が言いたいの」
 急に不機嫌になった私に臆することなく、悪竜は言葉を繋ぐ。
「不思議じゃないか? こうして仲良く月を観るような関係にだってなれるのに、属性の関係性を根拠にどちらか一方を悪者にする物語が延々と語り継がれている」
「仲良く……? 昨日も一昨日も戦っていたはずだけど。アンタバカなの?」
「酷いな。俺は自分から仕掛けたことは一度もないぞ。全部お前が俺に挑んできただけだろう」
「決闘の日は? そっちから攻めてきたじゃないの」
「ああ、あれは妖精たちの横暴にほとほと困り果てている、助けてくれ、と泣きつかれたから仕方なく引き受けただけだ。それに縄張りだってもともと持っていた部分を奪い返しただけに過ぎない」
 あれ以降、こちらから何も仕掛けてはいないだろう? と言われ、私は何も言い返せなかった。悪竜は確かに、穏当に済ませたいなどと宣っていた。戯れ言だと一蹴したそれは、掛け値無しの本心だったらしい。
「俺は人間に育てられて、野生暮らしを始めたのはつい最近だ。正直に言って――皆の気持ちがまるで分からない。たかが属性の違いで敵対する意味が理解できない。一緒に仲良くやればいいじゃないか。食料に困っているようにも見えないし、互いを傷つけ合いながら縄張り争いする理由はなんだ?」
「ッ! 仲良くなれるわけないじゃない! 悪属性なんかと!」
「じゃあどうしてルルはこうして俺と一緒に月を見上げているんだ?」
 悪竜の問い掛けに言葉が詰まる。
「どうしてって……」
 誘いなど、端から突っぱねれば終いだった。悪竜が私をいたぶる意思を見せなかった以上、その場から逃げれば、悪竜が追ってこないことは分かっていた。
「俺のこと、嫌いか?」
「き……」
 嫌いだと言い切ってしまえれば、どれだけ楽だっただろう。お前なんか八つ裂きにしてやりたい。首を仲間たちの前に晒してやりたい。痛めつけて、私に平伏させてやりたい。
 だが、そんな気持ちはすでに消え失せてしまっている。
「それとも、好きか?」
「す、好き!? そっ、そんなわけ、ないっ、でしょ!」
 顔が熱い。耳の先まで火照って。なんで私はこんなにしどろもどろになっているのだ。
「それは残念だな。……俺は結構、ルルのことが好きなんだがな」
「はぇ!?!?」
 予想外の言葉に、私は面映ゆさでじたばたと暴れた。
「痛ッ……」
 触角が強かに悪竜の頬を打った。"ムーンフォース"を除けば初めて攻撃が当たったのだが、私にそれを喜ぶ暇はなかった。
(しまった!)
 やり返される――。散々味わわされてきた力関係に背筋が凍って、咄嗟に身を屈める。
「まったく……おてんばにもほどがある」
 想像していたしっぺ返しと裏腹の、頭への愛撫。頸の柔らかいところまで優しく撫で回されて、私は感情の行き場を失くしてしまった。
 張り詰めていたものが一気に解きほぐされて、力が抜ける。微睡(まどろ)みに似た安らぎが、頑なな心を融かしていく。
「私なんかの、どこが……」
「芯がある。仲間のために体を張れる気概がある。しなやかな体と触角が美しい。空色の(ひとみ)は宝石のよう。月を愛でる感性が愛しい。素直になれないところも好みだ」
 次々と句を継ぐ悪竜の口を塞ぎたかった。気恥ずかしさに頭が狂ってしまいそうだ。
「それに、俺のチンポでよがり狂う姿がいい。マンコもよく締まるし、交尾の相性も最高だろ。逆に好きにならない理由があったら教えてほしいくらいだ」
「……変態」
 頭が完全に茹だってしまって、反駁する気になれない。もう、どうにでもなってしまえ。
「今日はどうする? ヤるか? それとも帰るか?」
 先ほどから私の尻尾付近で蠢いていた逸物が、待っていましたと言わんばかりに顔を出す。昨日よりも張っているように見える立派な肉棒は、天を衝くような勢いで脈動していた。もはや一度吐き出すくらいでは収まらないだろう。
「……勝手にすれば」
 投げやりな台詞の裏側にある期待感を敏感に感じ取ったのか、悪竜は心底嬉しそうにする。
「今日もいっぱい悦くしてやるからな」
 甘い囁きに、子宮が疼く。これから押し寄せる怒濤の竜欲に、私の体は陥落への準備を始めていた。


第三夜・二 


 一昨日も昨日も、交わっていたのは月明かりの乏しい木陰だった。犯されている場所が暗がりだったのも、私の不安や悲壮感を掻き立てていた原因の一つだろう。
 今宵は――ruby(ふたり){二匹};とも見晴らしが丘の一番高いところにいる。月光を一身に浴びながら、私は悪竜の愛撫を受け入れていた。
 口腔、耳、頸、触角の先端、腹、足の裏、そして恥部。至るところを(まさぐ)られ、()ね繰り回される。端から見れば、慰み者として(もてあそ)ばれているようにしか見えないだろう。
 しかし、その入念で丹念な愛撫は、悪竜が私を快楽の天辺(てっぺん)へ連れて行くための下準備。悦がる私を茶化すことなく、彼はひたすら右手を動かしている。
「だめ……」
 蜜壺が悪竜の右腕に重点的に責められ、思わず両前脚がそこに伸びるが、左腕に止められてしまう。
 右腕の舌はぬるりと蜜壺の奥に侵入(はい)り込んでいく。ざらついた重厚な舌は、入り口を円を描くように舐め回して、何度も何度もいいところに舌先を当てていく。
「んんっ!」
 腰を浮かそうとしても、左腕が無理矢理私の腹を押さえつけて、快楽の逃げ場を塞いでしまう。
「まだ始まったばかりだぞ」
 悪竜は意地の悪い声を吐息とともに私の耳の中に吹き込む。ぞわぞわとした感触に、私はただ体を痙攣させることしかできない。
「妖精の滑らかな毛並みが愛液で艶々と濡れ、月光を照り返す……なんと素晴らしき煽情的な光景だ」
 訳の分からぬ文学的表現で悦に浸る悪竜。快楽に蕩けぐったりとしている私。
「初めから濡れていたのかと思うくらいぐっしょりだぞ」
 悪竜が、湿り気をたっぷり帯びた右腕を私の眼前に掲げる。私の蜜壺を存分に味わった右腕は、満足げに目を細めていた。
「これならすんなりと挿入(はい)りそうだが……まだ左腕が満足していないな」
 言うや否や、左腕の舌先が秘所の入り口に据えられている、豆粒のようなささやかな突起に触れる。
「ひゃ……!」
 後ろ脚を反射的に閉じるが、目つきの悪い右腕がそうはさせるものかと脚の間に入り込み邪魔をする。
 確保されたスペースに滑り込んだ左腕は、ここぞとばかりに突起を口先で強かに摘まんだ。
「ひぎっ!」
 痛痒に似た快感。(つね)られた突起は上下左右に引っ張られる。
「痛っ、やめ、ふぐっ!?」
 右腕が私の口を塞ぐ。ぐねぐねと蠢く舌が好き勝手に私の口腔を蹂躙し始めた。
「痛くない、痛くない。ルルは痛みなんか感じない。陰核(クリ)膣内(なか)口内(くち)も耳も足裏も後ろの穴も、ぜーんぶルルが気持ちよくなるためについてる……」
 私の耳元で(まじな)いのような言葉を囁く悪竜の左右の腕は、絶えず私の口内や蜜壺の入り口を侵し続ける。
「力を抜いて、俺の声だけに集中するんだ。痛みなんかこれっぽっちもない、ただただ気持ちがいい……」
 重低音が脳髄のまわりを蠕動(ぜんどう)しながら這い回る。じわじわと暗い熱が、私の意識を蕩かしていく。
「ん……」 
 舌のざらつきが、柔らかさが、厚みが、敏感に感じ取れる。陰核が抓られるたびに、体が跳ねる。私の快楽を引きずり出すために、悪竜の腕立ちは活発に蠢く。
 ぷしっ、と潮を噴いた。一度目の絶頂。
「まず一回目」
「ぷはっ」
 口が解放される。股ぐらに見えるは、悪逆非道の限りを尽くされ充血し腫れ上がった陰核。痛々しさとは裏腹に、開発される悦びにひくついている。
「今日は何回イきたいんだ? お望みなら百でも二百でもイかせてやるぞ?」
「そんなの……死んじゃう……」
「絶頂しながら死ぬのも悪くないかもなァ」
 混濁した意識のまま辛うじて吐き出した言葉は、図らずも悪竜の加虐心を煽ってしまう。本当に殺されてしまうかもしれない。
「安心しろ。死なない程度に気持ちよくさせてやるからな」
 巨大な肉棒と、三度目の対面。その規格外の長さや太さ、雌を屈服させるためについているとしか思えない意地悪な棘々は、何度見ても怖い。
 されども体の反応は正直で、生唾を飲み込む喉の音がやかましいぐらいに鳴ってしまう。
「素直でかわいいな、ルルは」
 首元を撫でられ、切なさに体をよじらせる。もはや期待感は隠しきれず、早く挿入()れてほしいとさえ願ってしまう。
「で、ルルはどうしてほしいんだ?」
「……え」
 そんなの――言わなくたって分かるでしょ?
「ちゃんと言ってくれないと、なーんも分かんないなァ」
 ――ひどい。散々苛め抜いて、期待させて、これではあんまりだ。
「ルルはいい仔だから、俺に何をどうしてほしいのかきちんと言える仔だもんな」
 頸や腹を優しく撫でられるが、肝心なところは一切触れようとしない焦れったさに、怒りすら覚える。
「ふ、ふざけるのも、いい加減に……ッ」
 顎を軽く掴まれ、右に向けさせられる。後ろから長い首をもたげた悪竜の顔が、私の顔と相対した。
 光る牙。一片一片、青白い燐光を湛える鱗。妖しく輝く深紅(ガーネット)の瞳。
「どうしてほしいんだ?」
 ジャローダに睨まれたケロマツの如く。首枷をつけられ、前後の脚を蔓で縛られたように身動きできなくなった私は、取り乱しそうになる。浅く短い呼吸。生殺与奪の権利を握られたような感覚。
「どうしてほしい?」
 一段と低く強い声。心臓が収斂の速度を上げた。
「い……」
「い?」
挿入()れてほしい……」
 掠れた声で、懇願するように言った。たったそれだけのことで、すべてを成し遂げたような錯覚に陥った。
「何を?」
「お……おちんちん……を」
 生涯でただの一度も口にしたことのない雄の性器の名称。恥ずかしさで気が触れてしまいそうだ。
「どこに」
「わ、わたしの……おまんこに……」
 狂乱寸前だった。早く貫いてほしい。滅茶苦茶になって、何もかもがどうでもよくなりたい。
「ふぅん……誰のチンポを挿入()れてほしいんだ?」
 決まりきったことを――!
「あ、アンタのに決まって」
「名前で呼んでくれよ、ルル」
 意地悪な声音が垣間見せた寂寥。
(あ……)
 私の中で荒れ狂っていたものが、一瞬だけ鎮まる気配を見せた。
 ――たった一度だけ、悪竜が私に名乗った名前。呼ぶことなどないと思っていた。
「ジルガの……おちんちんを……私のおまんこに挿入()れて……ほしい」
「……よく言えたな、偉いぞルル」
 すでに悪竜の顔は元の位置に戻っていて、背後にある彼の表情を直接窺い知ることはできない。
 しかし、彼の――ジルガの声音は、明らかに喜びに満ちていた。
 焦らされ、意地悪され、狂いそうになるくらい頭に来ていたはずなのに、名前を呼んだだけで嬉しがるジルガを思うと――不思議とこっちまで嬉しくなった。
「はぁ……」
 自分に呆れ果ててしまう。今まで何だって自分の思い通りにしてきたのに、今や己の心模様すらさっぱり分からない。
「じゃ、早速」
 不意に腰が持ち上げられる。物思いに耽るまもなく、蜜壺にジルガの肉棒が宛がわれた。
「……っ」
 脱力する。体が強張っては、大きなモノを受け入れることはできない。
「いくぞ」
 先端が、ゆっくりと侵入する。私の大腿を力強く支えるジルガの両腕が少しずつ下がっていき、肉棒の挿入深度を深めていく。
「ふうぅぅ……っ」
 徐々に張り出ていく白い腹。圧迫される内臓。どれだけ体の力を抜こうと息が詰まる感覚は拭えない。
 それでも、逸物の表面に遍在するほどよい硬さの棘々が、膣壁の(ひだ)を引っ掻くたびに、くぐもった甘い嬌声が口の端から漏れる。
「今日はちゃんと力が抜けてるな。すっかり慣れてきたか」
 毛繕いのように丁寧に頭を撫でられ、かすかに残っていた緊張による首回りの凝りさえ解れていく。くるる、と無意識になった喉。
 ――完全に絆されてしまった。
「分かるか? ルルの大事なところ……子宮に、俺のチンポの先っぽが当たってるんだ」
 蕩けるような快楽に耽っているうちに、いつの間にかジルガの肉棒は最高深度まで達していた。
 ぽっこりと膨らんでしまった腹。太い杭を打ち込まれ、悪竜に支配されてしまった体。
 昨日までの私なら、屈辱感に涙を流していたはずだ。今は――そういう類の感情は私の知らない遠い場所へと(なげう)たれてしまったのか、どこを探しても見当たらなかった。
「ここでいっぱい気持ちよくしてやるからな……」
「っんぁ!?」
 巨大な逸物の切っ先が、うねった。
「あッ!!?」
 海嘯(かいしょう)。忘我を迫る大きな波。
 ジルガでさえいささか面食らうほどに、私の体は飛び跳ねた。
「そんなに感じるのか……開発には結構時間ががかる場所なんだがな」
 声が遠い。月が霞んで見える。意識が不明瞭だ。
 辛うじて分かったのは、ジルガ肉棒の先が、私の最奥にある子宮口のまわりを円を描くようになぞったことだ。
 こんなの――聞いてない。
「ひぎっ! おお゛っぉッ!??!?」
 ぐりぐりと、子宮口が執拗に苛め抜かれる。挿し込んだり引き抜いたりといった動きしかしないものだと思っていたジルガの肉棒は、もはや一個体の生物であるかのように自在に動いた。
「誰も見てないとはいえ、鳴き方がちょっと下品じゃないか?」
 理不尽な咎め。その実嗤っているくせに、なんて意地が悪いんだ。
「だっ、え゛、き゛もち゛ッい゛っ」
「ルルの仲間が見てたらどうする? 幻滅されるぞ?」
「な、なんでえ゛ッ、そんな゛、ひどい゛っことッ、お゛っ、う゛ぅう゛」
 肉棒のうねるような動きが止まらない。縦横無尽に子宮口周辺を摩りまくり、猛烈な快感で私を内側から殴りつけてくる。
「一回、思いっきりイっとくか」
 一瞬だけ後退した逸物。その怪しい動きに嫌な兆候を感じる前に、私は快楽がやにわに後ずさったことへの安堵で油断してしまった。
 ずん。
「~~~ッ!」
 窒息した。肺が潰れた。そう錯覚するほどの衝撃だった。
 子宮が内臓ごとまとめて突き上げられた。視界がホワイトアウトして、夜空はまるで昼間のように明るかった。
 四肢がだらんと投げ出される。痛みと苦しみと、それらを一千倍上回る快楽に、まるで脳髄が吹き飛ばされてしまったかのようで。
 股ぐらからじんわりと緩い液体が滲み出してくる。
「漏らしちまったか。よっぽど気持ちよかったみたいだな」
 上ずった視界の上方に、悪竜が顔を出した。
 いけ好かない。かっこいい。綺麗だ。凜々しい。強い。不敵だ。
 好きだ――。
「……」
 ――心の奥のさらに奥にしまわれていたらしいジルガへの品評の言葉が、取り留めなく垂れ流され内心に充満した。
 私は――ジルガのことをそんな風に思っていたのか。全然、気がつかなかった。
 いや、認めたくなくて、蓋をして知らぬふりをしていただけなのかもしれない。
 ジルガは悪属性(タイプ)だ。おまけに、竜属性(ドラゴンタイプ)まで持っている。妖精(フェアリー)の私が、彼を好きになることなどあるはずがない。あってはいけない。
 赦されぬ咎。
「やっぱり……嫌だったか?」
 青白い影が落ちている竜の顔。いつもの不敵な笑みが消えている。
「……俺のこと、き」
「大っ嫌い」
「……そうか」
「アンタのこと好きになっちゃった自分が……」
 ジルガが瞠目する。――本当に、この竜は綺麗な目をしている。
「こんなの、許されるわけないのに……」
 涙が溢れる。目尻から頬の上を伝って、竜の腹へと流れ続ける。
 突き刺さっていたはずの肉棒は、気がつけばすっかり力を失い、私の股ぐらから抜け落ちていた。
 ジルガがもっと憎たらしければ、こんな馬鹿らしい悩みをもつこともなかった。他の悪属性どものように、邪で、凶悪で、獰猛で、腹黒ければ、何の躊躇いもなく厭悪できた。
「嫌いでいさせてよ……」
 後戻りするには、随分遠くまで来てしまった。今さら引き返せはしない。
 ジルガは何も言わなかった。私の耳には竜の深い静かな呼吸音と心音だけが届く。私のささくれだった心を宥めすかすように響くそれに、どうしたって私はコイツに叶うはずがないのだと痛感させられる。
「ムカつくなあ……」
 もはや開き直りの境地だった。ジルガの右腕が私の涙を拭おうと頬を舐めるが、すでに涙は乾いていた。
「……月が綺麗だ」
「話題を逸らさないでよ。意気地無し」
「う゛ッ」
 触角で頭を叩き、口撃してやった。今の私には、この程度の反撃が精一杯だった。
「……俺も本当に馬鹿だよ。自分の命を狙ってる妖精を好きになっちまうんだから」
「ふん……お互い様ね」
 愚かな妖精と間抜けな竜を、月が冷笑する。
 誰も味方しない恋が、誰も知らない夜に幕を開けた。


第四夜・一 [#3njmDrw] 


 甘い囁き。力強い腕。自信に満ち溢れた瞳。鋭い牙。
 ――私の中を抉る逸物。
「うあーーーッ!」
 妖精の丘のてっぺんで、真っ昼間から突っ伏して悶えながら叫んでいる私。そしてそれを空恐ろしいものでも見るような目で遠巻きに眺めている仲間たち。
 どうしようもないだろう。寝ても覚めても踊っても狂っても、アイツの澄ましたような容貌(カオ)が瞼の裏に焼きついて離れないのだ。
 意中の雄と離れ離れになったストレスなのか、それとも森を隔ててなお存在感を主張してくるアイツの厚かましさに苛々しているだけなのか、いい加減自分でもわからなくなってきた。
「ルル様……もう少し落ち着いていただかないと皆が怖がりますわ……」
 さしものウララも私の狂態に引き攣ったような苦笑いを浮かべざるをえず、丁重に苦言を呈された。
「ごめん……。でも、こうでもしないと気が変になりそうなの。今日だけは勘弁して……」
「わざわざお忍びで行かなくても、堂々とルル様の愛する殿方に会いに行ってもよろしいですのよ?」
「へ?」
「この季節ですもの、身体がお辛い気持ちは解りますわ。ここで悶々と懸想するよりも、わたくしたちのことなど気にせずにお出掛けになられたほうが」
「わ、わ、私があんなヤツを好きになるはずがないでしょ!? いくらウララでもバカなこと言うと怒るわよ!?」
 私は触角をウララの足下にぴしゃりと叩きつけたが、ウララは一切動じない。
「……そんなに頬を真っ赤にして目を潤ませて言われても、説得力が皆無ですわ」
 ウララは、すっと屈んで私の顔に目線を合わせると、私の右前脚を手に取った。
「わたくし、ルル様には幸せになってほしいのです。立派に妖精たちのリーダーを務められているルル様に寄り添う殿方がいらっしゃることは、とっても喜ばしいことですわ。ルル様が留守の間はわたくしが責任を持って代理を務めます。だから、遠慮などしないでくださいな」
 ウララは華やかな香りを纏わせながら、私に顔を近づけた。
 真っ直ぐな目。私の一切合切を信用している目。
 もし――その殿方とやらが悪軍団の頭領だと言ったら、ウララはどんな反応を示すのだろうか。
 ウララの、悪属性たちに向ける嫌悪溢れる表情が、私に突きつけられる様を想像する。私を慕う妖精たちの怨嗟の声が聞こえる。
 どうして裏切ったのですか!
 なぜ穢らわしい悪属性の手に落ちたのですか!
 あんな獰猛なヤツと毎晩交わっていたとは、なんと浅ましい!
 ヤツらと同等の下劣な獣をリーダーとして崇めていたなんて!
 見下げ果てた屑め!

「――ルル様?」
 はっと気がつくと、ウララが心配そうな顔で私を見つめていた。
 冷や汗が止まらない。動悸が足先まで伝わるような鬱陶しい感覚。
「お体の具合がよろしくないようですね。きのみと薬を取ってこさせますから、木陰でお休みになってください」
 ウララは私を軽々と持ち上げて横抱きにした。ジルガと決闘し敗北したあの日のことを想起させる。
 あの日から、すべてが狂い始めた。いつも通り悪の反逆徒をのし、花と仲間に囲まれながら楽しい日々を過ごしていくはずだった。
 ――絶対にバレてはいけない。もし知られたら最後、私の立場は粉々に砕け散り、それどころか妖精たちから足蹴にされる悲惨な未来を迎える羽目になる。
「……ウララ、ありがと。でもそのひと、昼間はとても忙しくて夜にしか会う時間を作れないの。だから私のことは気を遣ってくれなくても大丈夫」
 緊張で声が上ずっていたかもしれない。言い訳が不自然めいていたかもしれない。どう取り繕っても、遅かれ早かれウララには本当のことが露見してしまう気がした。
 悪い想像ばかりが、私の脳裏を駆け巡る。
「そうですか……」
 ウララは釈然としないといった風だったが、素直に私の弁明を受け入れようと努めているように見えた。
 嘘をついてごめんなさい、ウララ。けれども、私は妖精たちのリーダーとしての務めをおざなりにするつもりはない。

 木陰に置かれた私は、妖精たちの献身的な看病を受けた。
 皆、私の好きな甘い味の木の実だけを私の口に運んでくれる。苦い薬草を私でも食べれるように、潰したモモンの実と混ぜ合わせてくれる。
 私は本当に幸せ者だ。こんな優しい妖精たちに囲まれて暮らす以上の幸せが、果たしてこの世にあるのだろうか。

『俺がいながら随分なことだな。またこれ( ・ ・ )で躾けてやろうか?』

 ひとときの眠りから目を覚ますと、悪寒は収まっていた。軽い風邪を引いていたのかもしれない。
 体調がよくなれば、心に少しばかりの余裕ができる。きっと大丈夫だ――なんていう根拠のない自信。
 それでも――下腹部の疼きだけは、まったく解消の兆しが見えなかった。


  ◆


「……顔が酷いぞ?」
 ジルガは私を見るなり一言、眉をひそめながら言った。
 夜の帳は下りている。月は昨夜より欠けている。誰も彼もが寝静まっている。夜は――悪属性(タイプ)の時間なのに、ジルガがやって来てからというもの、宵闇は怖いくらいに平穏だった。
 ジルガが、群れを調教したのだろうか。月見に興じるジルガと、夜に狂宴を張る喧しい悪属性どもの感性が相容れるとも思えない。
 リーダーの意向に、アイツらは恭順しているのだろう。好ましいことだ。
 だからこうしてふたりきりで、見晴らしが丘の上で会える。嬉しい。はずなのに。
「何? 喧嘩売ってるの? 高く買ってあげるけど?」
 それを表現できない。昨夜互いに惚れていることを認めたというのに、私は今、妖精たちのリーダーという立場でここを訪れている。
「……ぶりかえしてるな( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )?」
 何が、とは言われずとも解っていた。ジルガに慰めてもらって、すっかり落ち着いたと思っていた。
 しかし恋心を意識した瞬間から、発情の波が大きくうねって私の手に負えなくなってしまった。
 荒い息。上気した顔。濡れた瞳。ジルガの言うとおり、見られた顔ではないだろう。
「するか?」
「しない」
 爪先ほどしか残っていない理性の部分で、私は毅然とした態度を貫いた。
 ――本当は、めちゃくちゃにしてほしかった。
「そのために来たんじゃないのか?」
「違うわ」
 ジルガはきょとんとした顔で私を見つめる。私を虜にした精悍さは欠片も感じられなかった。
「なぜだ? 俺はルルのことが好きだし、ルルも俺のことが好きなんだろう? 遠慮することなんか――」
「私もあなたもそんな間抜けなこと言っていられるような立場じゃないでしょ? 敵対している群れのリーダー同士なのよ? お互いがどう思っていようと番になれるわけがないじゃない。そんなの周りが許さないわ」
「知られなければどうってことないだろう」
「知られたらマズいって話をしてるのよ!」
 情緒が不安定だ。不必要に声量が大きくなる。体の疼きも誤魔化しが利かないほどになってきた。
「……じゃあ、お前は何のためにここに来たんだ?」
 ジルガも、苛立っている様子だった。細めた目に――敵愾心が宿っていた。
「……悪竜退治よ。決まってるでしょ」
 恋は障害があるほど燃え上がるというけれど、そんなことをいうヤツは頭がちょっと足りていない。
 自分が背負っているものを天秤にかけていき、それでもなお恋を選ぶのか――私にとってはそういう話でしかない。
 私は妖精たちの上に立つポケモンなのだ。
「何度負けようと、悪に屈するのは言語道断なの」
 ファイトポーズを止めることは、今までに築き上げてきたものをすべてぶち壊しにすることと同義だ。
「なるほどな」
 ジルガは、欠けた朧月を背に停空している。闇夜に溶け込む青黒い体は、いつも以上におどろおどろしい輪郭(シルエット)を湛えていた。
 鈍重そうな体を身軽に飛ばし、私にふわりと肉薄する。大きな顔が私の顔に迫った。
「お前の建前はよォおく解った」
「た、建前なんかじゃ、ぐ」
 ジルガは私のわずかな気の緩みを逃さない。顎を、ジルガの右腕に取られた。
「口先だけはいつも勇ましいな。体が真逆の反応をしているのを隠すためか? こんなに雄を誘う匂いをさせているのに、隠しきれると思っているのか?」
 ジルガの眼窩にはまっている黒曜石に、私の表情が映る。わずかな月明かりを拾って映し出されたそれは、まるでこれからグラエナの贄にされるような、生まれたての弱々しい(ウールー)に似ていた。
「今からでも素直になれば許すぞ? 明け方までルルの昂ぶりを全部溶かして、一番気持ちのいいところまで連れて行ってやろう」
 あまりにも魅力的な甘言。脚ががくがくと震えて止まらない。顎をさらに持ち上げられ、伏せた目は無理矢理ジルガと合わせられた。
「わ、私は……」
 何かを言おうとした。だが、頭の中が真っ白になって、ただか細く喉を震わせただけにとどまった。
「だが、それを拒否して俺と戦うことを選ぶなら」
 ジルガの声が、地響きのように低くなる。
「完膚なきまでに叩きのめして、心も()し折って、お前の体に嫌というほど俺の印を刻みつけてやる。二度と俺に刃向かえないように徹底的に調教して、俺の前で無様に尻を振ることしかできないようにしてやる」
 脚だけでなく、全身が小刻みに震え出す。恐怖によってではない。
 あろうことか、私の子宮はジルガの威圧的な目つきと烈しい言葉で、痙攣するかの如く疼いていた。
 ――軽くイっていた。愛液がだらだらと股ぐらから滴っていた。
 ジルガの獰猛さに屈服したい。平伏したい。蹂躙されて、二度とジルガの肉棒なしでは生きられない体にしてほしい。
 体の奥がそう叫んでいた。抗いがたい誘惑に、私のわずかに残っている理性は決壊しそうだった。
「私は……戦うわ……!」
 小さな絶頂の繰り返しで体が震えて、立つことすらままならないというのに、私の口はそれでも勇猛だった。
「……殊勝だな。どうなっても知らんぞ」
 ジルガは翻って背を向けた。私から離れ、丘の頂上へと退いていった。私に戦いの準備を促している。
 今宵、私は本当に酷いことになってしまうのだと思う。だが、たとえ建前だとしても――妖精たちの安寧と私個人の快楽を天秤にかけ、前者が蔑ろにされることなどあってはいけない。
 そもそも、本来なら天秤にかけること自体許されざることだ。
 疼く体をなんとか鎮めようと深呼吸を繰り返す。こんな状態では戦うことすらおぼつかない。
「いつでもかかってこい」
 距離にして私の体長が十と五つ分。丘の頂上に居座るジルガに対し、私は丘裾からジルガを見上げる形になっている。
 素早い足運びで迫るにも、飛び道具(スピードスター)を飛ばすにもわけのない距離。
 それなのに、今日はやけに遠く感じる。技を届かせることすら叶わないと思ってしまうほどに。
「"スピードスター"!!」
 果たして、それは届いた。が、ジルガは片腕で小さな光の弾たちを容易く弾き飛ばす。
 ――"守る"さえ使っていない。
生温(ヌル)いな。いつものキレはどうした。ふざけているのか?」
 ジルガは肉を切り裂く尖った牙と青黒い歯茎を口の隙間からのぞかせて言った。――本気で怒っている。
 脚に力が入らない。ゆえに技に威力が乗らない。啖呵を切ってこのザマでは、ジルガの怒りももっともだ。
「まだまだこれからよ……!」
 虚勢。もはや結果は火を見るより明らかなのに、何をよりどころにして四つ足で立てているのか、自分でも不思議なほどだった。
 私はこの瞬間、きっと妖精としての矜持を失っていたし、ましてや群れのことなど頭からすっかりと抜け落ちていたに違いなかった。
「"ラスターカノン"」
 ジルガの右腕の口にギラリと銀白色の光が宿った。それが放たれるまで、瞬き一つする暇もない。
 右に飛んで避けたが、左後ろ脚を掠めた。たったそれだけで刃で裂かれたように痛い。
「言い忘れてたが、俺はたとえ恋ポケだろうと聞き分けの悪いヤツをいたぶるのは躊躇しないぞ?」
 ようやく取り繕うことをやめて、悪属性らしい本性を露わにしてきた。
 私は、その言葉に怒るでも怖がるでもなく――喜びを覚えた。器用なジルガなら、いくらでも甘い言葉で私を惑わすことができただろう。それをせずに、己の性分を表明した理由は当然、厭悪と真逆に位置する感情が先だったからに他なからない。
 お互いに馬鹿で、歪んでいる。
「ほら、もっと笑えよ。お前が望んだことだろ」
 ジルガがかざした両腕にいくつもの冷光が集まり、時間差で一つずつ、目に追えない速度で私に向かってくる。
 直撃したらひとたまりもない。光線が体を掠めていくたびに、怖気が臓腑を駆け巡る。
 文字通り、ジルガは私をじわじわと嬲っていた。
(反撃しないと!)
 屈服したいなんて私の心は叫んでいたけれど。私は断じて! 被虐嗜好など持ち合わせていない!
 妖精の矜持を回復しろ!
「"光の壁"!」
 ジルガに見せたことはない技。幾枚もの光の壁を張り、矢継ぎ早に飛んでくる冷光を減衰させる。
 私の懐に入る頃には、光線は消失していた。
「ほう」
 ジルガの面食らったような顔に、私は昂揚する。いいようにやられてばかりでは、私だってつまらない。
「相当磨き込んだ技だな。褒めてやる」
「でしょう? ジルガも使ってみれば? 便利よ」
「……くくっ、そうきたか」
 ジルガが自らの脳天を右腕を押さえ、空を仰いで笑っている。私のささやかな意趣返しがいたく気に入ったらしい。
 悪竜はひとしきり笑い、深呼吸して私に向き直る。――顔に影が差していた。
「そろそろ本気のお仕置きの時間だ」
 右腕がかざされる。夜空よりも漆黒のエネルギー弾が、ジルガの体躯と違わない大きさまで急成長した。
「嘘……」
 あんなの――いくら人間のもとで訓練を受けていたからって、反則だろう。
 轟、と地鳴りのような音が響いた。何重にも張った光の壁のすべてが、一瞬にして砕け散った。
「……そっか」
 ――やっぱり、勝てやしないのだ。


  ◆


 眩暈がする。どれくらいの間、気を失っていただろう。夜空の景色は、悪竜の技を喰らう前と同じようにも、まったく違ったようにも見えた。
 体の至るところが痛んで、とりわけ背中は強かに打ちつけたためか激痛が走っている。折れていないだけ、幸運だ。
 木か岩か、何かを背にもたれかかり、首をもたげている私の前には大きな影。
「あっけないな。まあ、よくもったほうか」
 ――手加減ばかりのジルガから、やっと本気を引き出せたような気がする。結局は、逆らう気力がなくなるくらいの圧倒的な力量差が浮き彫りになっただけだった。
 だが、これで――降伏はしょうがないと諦められる。
「さて、約束通り……」
 太く、長く、圧倒的な重量感をもち、表面が凶悪な棘で覆われているそれが、ジルガの下腹部から顔を出している。
 ジルガはその根元を掴んで、私の頭頂部に何度も強く叩きつける。
 べち、べち、べち、とそれがしなって頭や頬を張ってくるたびに、私の心はぐちゃぐちゃに掻き回される。
 この上ない屈辱――そしてそれに穿たれるであろう今宵への期待に、再び濡れ始める股ぐら。
「二度と俺に逆らえないようにしてやる」
 ジルガの声が脳天に深く突き刺さる。びりびりと痺れるような重低音に、脳の外殻は脆くも崩れ去る。
 愉悦と嗜虐に歪んだジルガの表情を、私は酩酊したような面持ちで見つめていた。


第四夜・二 [#4Q5U48f] 


 今宵も月は綺麗だった。だが、涙で視界が滲んで、せっかくの月は歪んで見える。
 べち、べち、べち、と怒張したジルガの逸物で頬を張られ続け、私は歯を食いしばって耐えていた。本気ではない。痛みそのものは大したことはない。
 しかし――こんな屈辱を、いったいこの世の誰が私以外に受けているというのだろう。そう思うと、頬を殴られるたびに、私の心は確実に折れていく。そのくせ、秘所は湿り気を帯びていく。
 ジルガの顔を見上げた。汁が先走る、熱をもった太い竿越しに見えた顔に、私は心臓を鷲掴みにされた心地になった。
 私をいたぶるのを、心底楽しんでいる。躊躇(ためらい)いも迷いもなく、肉棒で私の頬を張っている。
 悪属性らしくない、と以前私が彼に下した評価は――たぶん正しい。ただ、ジルガが私に見せた優しさや紳士然とした態度はあくまでも彼の一面に過ぎない。
 今私が見ているジルガのもう一つの顔は、まさしく彼の持つ悪属性由来の、嗜虐的で残虐的な側面だ。
 それが、どうにも――愛おしい。
 ばちん、と一際大きな音が鳴った。左頬が強かに打ちつけられ、私は地面になぎ倒される。
「ッ……」
「随分と大人しいな。抵抗しないのか?」
 とっくにそんな気力を失っていることを解っていながら、ジルガはいやらしい笑みを浮かべて私を見下ろす。
 ――抵抗したら、より強い力で組み伏せられるだけだろう。それも悪くはない。だが、その選択肢を選び取れるだけの余力は尽きている。
 私は今から、ジルガに徹底的に蹂躙される。
 ジルガはどんなふうに私を犯すのだろう。どんな言葉で私をなじり、調教するのだろう。私の心をへし折って掌握するために、どんな手を使うのだろう。
(……ッい゛)
 きゅん、と子宮が降りてくる感触がした。とめどなく愛液が溢れ、脚が痙攣している。
「へえ……殴られてイくヤツなんて初めて見たぞ」
 ジルガは横倒しになっている私を仰向けにし、私の腹の上にそのまま跨がった。
「重……潰れ……」
「せいぜい潰れないように頑張れ」
 腹部が押しつぶされて、息が苦しい。だが、全体重は掛けられていない。命を脅かされるわけでもなく、かといって楽にやり過ごせるわけでもない。ジルガに逆らった罰としては、丁度良い塩梅の荷重。
「ほら、しゃぶれ」
 逸物が私の鼻先に鎮座している。しゃぶる――? これを口の中に――?
「どうした? ルルの大好きなな俺のチンポだぞ?」
 ジルガの煽るような低い声に、喉が鳴る。先走りが垂れる肉棒のきっさきの圧力に、生唾を飲み込む。
「闘っている最中もずっとうずうずしながらマンコ濡らしてたもんなあ。これで膣内(ナカ)をゴリゴリされたかったんだろう? 上手にしゃぶれたらやってやるよ」
 そう。ずっと濡れていた。口先だけの虚勢など、私の子宮の疼きを止めるのにこれっぽっちも役に立たなかった。
 妖精の矜持とか、皆の期待とか、そういうものを一欠片でも手放さなかったら、何度負けても、どれだけ虐められても、ちゃんと( ・ ・ ・ ・ )していられると思っていた。
 けれども、全然ダメだった。全然。見晴らしが丘に近づけば近づくほど脚はガクついて、秘所が湿り気を帯びていく。
 ジルガと対峙して息が上がっていたのは、走って疲れたからではない。身体の火照りがままならなかったからだ。
 私は――口を開けた。
「聞き分けがいいな」
 肉棒の先が口内に侵入(はい)る。むせかえるような熱気に脳が曇った。
 ――互いにこのような展開を望んでいたのかもしれない。
 私はジルガに私の虚勢を剥ぎ取ってもらいたかったし、ジルガも紳士の仮面を外し、悪属性らしさを解き放って私を犯したかった。
「歯ァ立てるなよ?」
 俺のチンポを傷つけたらどうなるか解ってるよな――と脅迫めいた言葉に、私の子宮は余計に疼く。
 できるだけ犬歯が肉棒に食い込まないよう気を配りながら、喉の奥までジルガの赤黒い肉棒を引き入れる。
 太く、長く、表面に棘の蔓延る禍々しい逸物が、私の口の中で脈動している。口腔から鼻先につんと抜けるにおいに、脳が甘く焼ける。
「っ!」
「またイったのか」
 膣が、脚が、腹が、至るところが痙攣する。喉に逸物を突き立てられているという事実――弄ばれているという現実が、絶頂の引き金に直結してしている。
「……これでイく余裕があるってことは、まだ苛め足りないってことだな」
 相手をそっちのけで快感に身を委ねる私が気に入らないジルガは、右腕の頭で私の両耳を掴んだ。
(マズった、かも……)
「しゃぶれっつったろうが!」
「え゛ォ゛!?!?」
 私の頭を無理矢理前後させて、肉棒を扱く。喉の奥まで棘のついた逸物が突き入れられる。
(痛……苦し……)
 勝手に快感に溺れた罰を、これでもかというほど身に染み込まされる。
「何泣いてんだオラ」
 痛くて苦しくて息苦しくて意識が朦朧としている。涙を流していることにも自分では気づいていなかった。
 早く終わってほしいとも、永遠に終わってほしくないとも願っている自分がいる。
 何が何だか、よくわからなくなってきた。空も地も、右も左も、どちらがどちらか判然としない。視界が暗んでいる。
射精()すぞ!!」
(……あ)
 噴火のような吐精を喉に感じた瞬間、死を覚悟した。
 喩えるなら、火砕流が肺に流れ込んでくるような心象(イメージ)。私はそれに、声を上げる間もなく呑み込まれる。
 喉奥に、本来なら子宮に注入されるはずのものが延々と流し込まれる。息ができない。
 子宮口がぎゅん、と収縮して、私の体は大きく跳ねた。
「げほっ、え゛ふっ……」
 気道が開いた。ジルガが肉棒を引き抜いたのだ。窒息は免れた。
 ジルガが私の上から退いた。私は横臥し、大量の精液をげぇげぇと吐瀉しながら、麻痺していた意識が少しずつ瞭然(はっきり)としていくのを感じた。
(……死んでない)
 間違いなく、死を見た。あと数十秒ジルガが逸物を私の喉に突っ込んだままだったら、窒息して死んでいた。にもかからわず――恍惚としている自分がいた。明らかにさっきよりも湿っている( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。 
 死ぬ寸前というのは、存外に気持ちのいいものなのかもしれない。などと思うのは、酸欠で感覚器官がおかしくなっていたからだろうか。
 気道が塞がるという不快極まりない事態さえ快楽に転じることがありえるなら、肉棒でぶたれて絶頂することだって何も変ではない。
 ――意識が明瞭としてなお、頭のおかしいことを延々と思考している。何をバカなことを考えているのだ、私は。
「よいしょっと」
 ジルガが私の首根っこを引っ掴んで私の身体を乱暴に持ち上げ、ついで抱きすくめた。いつもの、私がジルガの腹に背中を預ける形だ。
 好き勝手に私の身体を弄くるための、ジルガお気に入りの体位。私は一切の抵抗をしない。ただジルガのなすがままに流される。
「さっきよりも濡れてんじゃねえか」
 ジルガは当たり前のように右手の舌を私の秘所に突っ込んでいた。触るぞ、とか、一言くらいあってもいいのではないかと思ったが、今さら言えるはずもない。
 私はお仕置きされているのだから。口答えは許されない。
「んっ、んうぅ……ッ!」
 昨日までのジルガはもっと丁寧な愛撫をしていたはずだが、今日に限ってはその片鱗すらない。舌は明らかに悪意を持って私の膣内を蹂躙してた。
 舌の根元の太い部分まで突っ込んで、膣口を強制的に拡げ、子宮口のまわりを舌先でめちゃくちゃに擦り上げ掻き回す。
「い゛ぃイ゛っ、らめ゛ぇえ゛……お゛ぉ」
「下品な喘ぎ声だな。もっとフェアリーらしく、お行儀良く鳴けよ」
 ぐちゅぐちゅと淫らな音を立てる激しい右手の舌の出し入れは痛いぐらいなのに、愛液が洪水のように溢れて止まらない。
 あまりにも正直な身体の反応と、とめどなく迫り来る快楽の波に気が狂いそうになる。
「おいおい、毛並みに隠れて気がつかなかったな。孕んでるわけでもないのに随分と張ってるじゃねえか」
 ジルガは持て余している左手で私の腹をまさぐっていたが、余計なものを見つけてしまった。
 発情期を迎えて、明らかに平時とは異なる様相を見せている、腹部に並んだ乳頭たち。
 その一つを――ジルガはぎゅうぅぅ、と摘まむ。
「ひいぃっ!!?」
「どれが一番敏感なんだ? これか? それともこっちか?」
 自分ですらいくつあるのか把握できていない乳首を、ジルガはでたらめに摘まんでは軽く捻ったり引っ張ったりする。秘所と同じくらいに繊細な場所を、ジルガはまるでそれが当然の権利だとでも言うように荒っぽく扱う。
「い゛っあ゛ぁあぁっ!?」
 痛い。だが、股ぐらも同時に漁られて、そちら側の快楽が乳首に与えられる刺激に対して地続きになってしまっている。脳が痛みを快楽と錯覚するような触れ方を、ジルガは心得ていた。
 ぷしっ、と秘所から派手に潮が飛び散った。がくがくと震える四肢。開いた口から唾液がだらしたく垂れる。
 ぐったりとして、首がかくりと落ちている私。視線が定まらない。ジルガの唾液やら自分の愛液やらで体の至るところが湿って、毛並みは束状になって荒れている。
「……とんでもない淫乱だなお前は。これだけ手荒に扱われても乳首でイくわマンコはぐしょぐしょだわ、酷い有様だ」
 淫乱、か。ジルガがいうならそうなのだろう。数日前までの私なら、怒ったり泣いたりしながら否定している形容詞のはずだ。
 肉棒でぶたれ、無理矢理口内に挿入れられて、乳頭を虐められて、それでもなお体を悦びによじらせている雌が――淫乱でなかったら他になにがあるというのだ。
「うぅ……」
 目尻に涙が溜まった。
「泣くなよ、お前が決めたことだろ」
 ジルガは腹に乗せている私を払った。力なく地面にくずおれる私に、ジルガは一切の慈悲を見せない。
「尻を上げろ」
「……ぐすっ」
「上げろと言っている」
 ジルガが己の竿をべちりべちりと私の尻に叩きつける。
「は、はひ……」
 棘のついた逸物で、尻が腫れ上がるほど叩かれるのも悪くない――なんて、思ってしまう。私は淫乱だから。頭が完全におかしくなっている。
 それでも――言う通りにしなければ。これ以上ジルガの機嫌は損ねられない。
 上体を下げ、白い尻を突き上げた。尻尾を上げ、秘所や尻の穴といった大事な場所をジルガの前にさらけ出す。
「いい仔だ」
 褒めてもらえた。嬉しい。あ――またイきそう。
「マン汁垂れ流しすぎだろ。今日から水属性(タイプ)を名乗ったらどうだ?」
 ジルガが軽口を叩きながら、逸物を私の入り口にあてがう。
 しかし、それが一向に私の中に侵入してくる気配がない。入り口にただ肉棒の先が添えられているだけ。――それですら快感を覚えてしまうのだが。
「ジ、ジルガ、早く……」
「それが俺に物を頼む態度か?」
 秘所の入り口にあった圧力が消えた刹那、ばちん、と小気味いい音が鳴った。
「ひぎっ!?」
「昨日教えたよなァ? 妖精のリーダーは物覚えが悪いのか?」
 ばちん、ばちん、と棘棍棒が尻を乱暴に叩く。こればかりは気持ちいいなんて狂ったことを言っていられる余裕はない。ただただ痛い。
「うぎぃっ! ご、ごめ゛、ごめんなさい゛、そんなつもり、じゃ!」
「言い直せ。早く」
「ひっ、わ、私のおまんこに、ジルガのおちんちんを、挿入()れてください」
 そうだ。昨日教えられたのに。気が逸ってしまった。私はバカだ。
「できるんだったら最初からやれ」
 ぺちん、と尻尾の付け根をもう一度肉棒で軽く叩かれて、赤子のような悲鳴を上げた。
「お待ちかねの悪竜チンポだ。ありがたく受け入れろ」
 めり、と極太で凶悪な形状をしたジルガの逸物が、私の膣肉を掻き分け押し入ってきた。
「う゛う……」
 鈍痛。いくら愛液という潤滑剤で膣内が満たされているとはいえ、本来は受け入れられるような大きさのものではない。
 ジルガは私に覆い被さり、私の脚や頭を押さえつけながら、腰を深く沈めてくる。
「どうした? まだ半分だぞ?」
 ごり、ごり、と体の奥が削られるような振動。腹の中の異物感は徐々に膨れ上がる。
 ジルガは私の膣を慣らそうとすることもなく、ひたすら竜欲の塊を私の中に押し込もうとする。
「いい゛ぃい……」
「唸ってばっかりだな。お前自身がちゃんとイイところに当たるように誘導しろ。そうすりゃ痛みなんて全部吹き飛ぶ」
 ――立ち向かうなんて選択肢を選ばず、最初から甘えることができたなら、たぶんジルガは全身全霊で私を快楽に堕としてくれた。
 だが、これはお仕置きだ。竿で頬を張られるのも、乳首をつねられるのも、膣奥を抉られるのも、ジルガが私に与えている罰でしかない。
 前半はなんとか快楽に繋げられたが、腹の中から愛情なく殴られるのだけは、どうしたって苦痛しか感じない。
 ジルガの言う通り、私自身が快楽を得られるように努力しなければならない。そうでなければ――私は今宵地獄を見ることになる。
「ふぅー……」
 深呼吸。痛みを少しでも軽減するために、呼吸は整える必要がある。
 ジルガに処女を奪われた夜を思い出す。ジルガは、私の股ぐらに手を突っ込み、いとも簡単に私が快感を覚えるポイントを探し当てた。
 そこに、ジルガの逸物の棘が当たってくれれば。
「んふぅ……ふゥー……」
 無理矢理膣を押し広げられる痛みと格闘しつつ、ジルガの下腹部に尻を押しつけたり離したりして――それですらジルガに乗りかかられているせいで満足にできたものではないが――気持ちのいいところを探す。
「あー、勝手に動いてくれると楽だなァ。少しは俺専用のチンポ穴の自覚が出てきたか?」
 もう、ジルガは二度と私に優しくしてくれないのだろうか。私が惹かれた紳士は、私の前に姿を見せてくれないのだろうか。言葉や雄槍で私を苛めるのを楽しむ極悪非道が。
 少し悲しい。悲しいが――それに興奮を覚えてしまっている私が言えることではない――ッ!?
「お゛っ!?」
「おお、締まる締まる。イイとこ当たったか?」
 一瞬だけ、ジルガが竿をわずかにずらした。それが、懲りずに尻を動かして四苦八苦していた私のタイミングと運悪く――いや、運良く重なってしまった。
 体がびくりと跳ね上がっても、ジルガの腹に押さえつけられているために動けない。
膣内(なか)イキしたんならついでにこっちでもイっとけ」
 ジルガの右腕がぬるりと私の股ぐらに滑り込む。張り出した陰核(クリトリス)を、舌がぞりぞりと舐め上げた。
「んひぃ!」
「お前膣内(なか)を責めると汚く鳴くのに陰核(クリ)だと可愛く喘ぐんだな。覚えとくわ」
 そんな豆知識なんて早く忘れてほしい――なんて願う間もなく、肉棒の抽送(ピストン)、そして右腕の舌先が隆起した陰核をぐりぐりと丹念に潰す同時攻撃を受けて、私はあえなく決壊した。
「~~~~ッ!」
「……あ~あ、漏らしちまった」
 意識が極楽の中に溶けていって、膀胱の中身が排出されたことも、ジルガの言葉を耳にするまでまるで気がつかなかった。
 ――もともと愛液でぐしょぐしょに濡れていた部分だ。今さら小水にまみれたところで大した違いはなかった。
 脚が震え、膣が痙攣し、陰核が勃起し、なおも逸物は私の中で怒張し、顔は涙と涎と土で汚れる。
「気持ちいい……」
 ただそれだけだった。それ以外に何も感じられない。地位も名誉も矜持もすべて投げ出して、性の坩堝(るつぼ)に放り込まれなすがままにされるだけの存在。
 ――至福だ。
「何ひとりで満足してんだ」
 極太の棘棍棒が引き抜かれた。いや、正しくは棍棒の先端だけが膣口に引っかかっているような状態。
 それはまるでジュナイパーが弓を引き絞るように。
 まずい――。
「うぎぃい!!」
 ドゴン、と爆発したような轟音が脳内に鳴り響いた。もの凄い勢いで、棍棒が最奥の子宮口まで突き入れられた。
「俺が満足する前にひとりで勝手に終わった気分になるなんてどういう了見だ? あ?」
「おオ゛っ、えげえ゛、ごべ、ごべンなさ、あ゛ァ!」
 ジルガの逆鱗に触れてしまった。ジルガを置いてけぼりにして勝手に感じることは許されないと学んだはずなのに、すっかり忘れてしまっていた。
「お゛っえ゛」
 高速抽送(ピストン)でゴリゴリと膣壁を抉るジルガの極太の棍棒。どちゅどちゅどちゅ、と淫猥な粘着音と殴打音が混ざり響く。
 そこに私の嬌声が入り込み、ジルガの興奮を掻き立てて速度がさらに上がる。
「射精すぞ! 孕め! 淫乱フェアリーめ!!」
「ん゛ンう゛ゥ゛!!」
 孕むわけがないのだが、ジルガなら――タマゴグループなんてちゃちな枠を無視できるのではないかとすら思わされた。
「イ゛っ、ぐぅッ!」
 私が盛大に果てたと同時に、ジルガは私の膣内に今宵二度目の射精をかます。
 二度目にもかかわらず、一度目と同等かそれ以上の量だった。私の子宮を満たすだけでは足りず、肉棒と膣口の隙間から白濁液がぼとぼとと零れ落ちた。
 ジルガに覆い被さられたまま、私は今夜の一部始終をぼうっとした頭で反芻していた。
(夢みたいな気持ちよさだった……)
 ただただ、ジルガの与えるすべてに服従するだけの夜だった。痛みも苦しみもすべて快感になり、快感は幸福(しあわせ)に還元された。
 棘のついた(たくま)しい肉棒でぶたれることも、喉奥にそれを突っ込まれて窒息しかけたことも、腫れぼったい乳首をつねられたことも、いやらしい言葉責めも、乱暴な交尾で蹂躙されたことも――
「流石っす、頭領(ボス)!」
「生意気な妖精のリーダーを強姦(レイプ)してわからせるなんて、頭領にしかできねぇですよ」


(……え)


 脳が、一切の思考を停止した。ジルガが私の体から退いて、肉棒を引き抜く。
 すべてがスローモーションだった。森の葉擦れの音が、いやに鮮明だった。


第四夜・三 


 文字通り、血の気が引いた。四肢が、冷たくなっていくのを感じた。
 絶望。その二文字以外に、この悲惨な状況を表現できる言葉はない。
 ジルガの下卑た手下たちの嗤い声が木霊する。月はモノトーンで、黒々とした闇の中に、不気味に浮かんでいた。
 ふと――ウララの容貌(かお)が思い浮かんだ。豊かな、首回りの赤い花弁の中に、小さな白い顔があって。
 それが――私を見つめている。悍ましいものを見るような怯えた目? ボロボロになっている私を憐れむ目?
 ――違う。見下した目だ。悪竜にいいように扱われ、それに悦びを見いだしていた愚かしい私を蔑む、そんな目だ。
「へへ……ソイツすっかり出来上がってるじゃねえですかぁ」
頭領(ボス)の調教、えげつないっすね。はは、すっかりマンコ閉じなくなってやがる。いいザマだ」
 グラエナとヤミラミ。毎度すげ替えられる悪属性の頭領の腰巾着。実力も大したことはなく、わざわざ私が相手をしなくても下せるような相手だ。
 ソイツらが勝ち誇ったように私をなじる言葉は下品極まりなく、聞くに堪えない。いっそ死にたいとさえ思った。
 ごぽ、と下腹部から白濁液が噴き出す。
「きったねえ音!」
 ぎゃはは、とグラエナが嗤う。弱いくせに、私がちょっとムーンフォースを放つだけで伸びてしまうくせに、今は頭領(ジルガ)の威を借りて、無様な私の姿を嘲っている。
 立ち上がって、一発お見舞いしたかった。以前までの私ならこんな状況は許さなかった。憤死しかねない勢いで激昂していたはずだ。
 だが、もう、無理だ。ジルガの罠にまんまとハマって、体も心もすべて開発されたあげくに()し折られ、ぐちゃぐちゃに穢された姿を悪属性たちに嗤い物にされる。
 尊厳だとか、矜持だとか、もうすでに手放してしまったものと思っていた。しかし、私の中のどこかにまだ一欠片は残されていて、だからこそ――ジルガに心身を明け渡せるだけの余裕はあったのかもしれない。
 その一欠片も、粉微塵になってしまった。
 ――舞い上がっていたのだと思う。悪竜といえど、あんな真っ直ぐな目で、好きだ、と言われてしまって、頭がどうにかしてしまったのだ。
 都合のいい、取り繕われた、嘘っぱち。それこそ、ウララの首飾りみたいに綺麗で絢爛に整えられていたかもしれないけれど。
「バカ……だなあ……」
 突っ伏している私が放った小さな独り言は、夜風に溶けることもなく、冷たい地面に吸収されていった。
 これから、どうなるんだろう。何もわからない。少なくとも、明日には、今よりもっと酷い状況になることだけは容易に理解できる。
「頭領、使い古しで構わねぇんで、ソイツ俺に味見させてくださいっす」
「あ、俺も! みんなで輪姦(マワ)しましょうや!」
 彼らの最低最悪な提案も、もはや私の潰れた心には何一つ響かなかった。その程度のことより、明日が来るほうが怖い。
 きっとコイツらは、私が堕ちたことを、嬉々として妖精たちに伝えに行くだろう。その時こそ、私の妖精たちのリーダーとしての命が本当に終わるときだ。
(ジルガは――)
 どんな顔をしているのだろう。私を堕としたことに満足して、あの不敵な笑みを湛えているのだろうか。
 私の後ろにいるはずのジルガは、先ほどから一言も言葉を発しない。部下たちの言葉に呼応するわけでもなく、提案に前のめりになるわけでもなく。
 ただただ静謐だった。
 ごお、と風が逆巻く。
「うぐぇ!?」
「がふっ!?」
 グラエナとヤミラミが呻き声を上げて、気配が瞬間的に遠のいた。
(……!?)
 何が起こったのか。顔を上げると、グラエナとヤミラミが地面に転がっている。
「……見晴らしが丘への夜間の立ち入りは禁じたはずだが?」
 聞いたことのない声音だった。喩えるなら、分厚い暗雲の中でごろごろと轟く稲妻の音に似ていた。
 生きとし生けるものすべてに恐怖を与える音の代名詞――それが、ジルガの喉から放たれている。
 私は呆気にとられた。そして、あれほど震えて使い物にならなかった脚が、すくっと立ち上がった。
(どういうこと……)
 ジルガが風のように両者のもとへ飛んでいき、それぞれの首を締め上げて、宙に掲げた。脚をばたつかせるグラエナは、ジルガの左腕を掴んでもがく。ヤミラミは、抵抗することは最初から諦めているのか、だらんと体を脱力させている。
「ず、ずびばぜ……え……」
「う゛……ぅ……」
 私は口を開くが、何も言葉が出てこなかった。
 反射で、止めなければ、と思った。このままでは彼らは死んでしまう。グラエナが泡を吹き始めた。
 ジルガが、本気で怒っている。その表情だけで月すら割ってしまえるような――憤怒の顔。
 紅い瞳は赫々と燃え、深い皺が眉間に寄り、悪竜独特の花びらのような裂けた首皮は、禍々しく揺らめいている。
 私が今日対峙していたジルガの怒りは、偽物の、児戯に等しいものであり、本気で憤ったときにはこんなふうになるのだと、私は息を呑んだ。
(そっか……)
 きっと私は、ジルガの本当( ・ ・ )など何も知らなかったのだ。今の今まで。
「ジルガ、やめて!」
 パステルカラーの触角を、一本伸ばしてジルガの背中を軽く打った。
 その瞬間に、ジルガは二匹を解放する。
 地面にどさりと落下した二匹は、激しくむせ込む。息絶え絶えになりながら、辛うじて一命は取り留めていた。
「……お前たちが今晩見たことは他言無用だ。一言でも言いふらすようなことがあれば喰い殺す。……去れ」
 ジルガの声は、驚くほど無機質で冷たかった。私に向けていた声とは、何もかもが対照的だった。
「申し訳……ありません……」
 二匹は小さく掠れた声でジルガに詫びながら、よたよたと丘を下り、森へと帰っていった。
 ジルガは、二匹を姿が見えなくなるまで、ずっと睨めつけていた。憎々しいというよりは、厄介な困りごとを抱えたことに対して憂いているようだった。
「はあ……」
 ジルガは大きなため息をついて、疲れたようにどっかりと地面に座った。
 先程までの禍々しい怒気はどこへやらで、腑抜けた表情をしていた。
「すまないな」
 私が側に寄るなり、ジルガは私の頭をわしわしと撫でた。
「……ごめんね」
「なぜルルが謝る」
 そう言われても――私にだって判然としない。たぶん、いろいろなことに対して、だ。
「ルル……俺はな、ルルが本当に望んでいることしかしないつもりだ。甘やかすのも、苛めるのも、全部だ」
「……うん」
 最初から、ジルガに二面性などなかったのだ。ただ、私が望む姿を演じてくれているだけだ。私が優しさを欲すれば完全無欠で慈悲深い雄となり、苛められたいと願えば暴力的で嗜虐的な雄へと変身する。
「今のアクシデントは……少なからずルルを傷つけた。ルルの忠告を無視した俺の落ち度だ」
 俺のことを嫌いになってもしかたないくらいには、とジルガは苦々しい顔で続けた。
「私たちって、もう会えないの?」
「……ルル、お前はもともと、もう俺たちは会うべきではないと……そういう立場を取っていただろう」
「そう、だけど」
 実際に、恐れていたことが起きてしまった。いくらジルガが口止めしたとは言え、どれだけ効力が続くかはわからない。
 何かの拍子に、どちらかの群れに私たちの関係が漏れてしまうかもしれない。
「まあ……いくらでも言い繕えるがな。あいつらはなぜ俺が怒ったのかきちんと理解はしていないだろう。頭領(ボス)の性処理道具に手を出したことからキツく咎められた、とでも思ってるんじゃないか」
 確かに、あの行為が合意の上で行われたなどと捉えるヤツはいない。あれが強姦(レイプ)でなく和姦であることを誰が信じるだろうか。
 恋仲がバレるよりは、遥かに都合のいい解釈ではあるが。それでも。
「ルルはどうしたいんだ」
「私? ……私は」
 どうしたいのだろう。妖精たちのことを思う気持ちは本物で、ジルガと関係を続けることはやはり裏切り行為だと思う。
 一方――ジルガを想う気持ちも、同じく本物だ。そしてそれは、ジルガに見透かされている。
 ジルガは、私がジルガを好きで、愛されたくて、愛したくて、屈服したくて、征服されたくて、蹂躙されたいことを知っている。
 出会ってから二週間足らずで、ジルガは私のことを十全に理解している。ジルガはこれからもきっと、私の望むことを叶えてくれる。私が口先で何を言おうと、言葉の裏を、心の中の本音を、引きずり出してぐちゃぐちゃにして、そして――抱きしめてくれる。
 そんな雄から離れるという選択肢など、あるはずがない。ジルガに蕩かされるという幸せを、もはや手放すのは不可能なのだ。空恐ろしいまでの中毒性。
 妖精たちのリーダーと、悪竜の番との両立は、まだ可能だ。これからは、一層の注意を払わなければいけないけれども。
 私は、首元から伸びる触角(リボン)を、ジルガの左腕に巻きつけた。
「……それが答えなんだな」
「うん」
 月の光は、ほんの二、三日前までは寒々としたものに感じられていた。
(今は……温かいなあ)
 私の右手にいるジルガを見上げた。穏やかな月光が彼の顔を淡く照らしている。
 蒼い顔に黒曜石の眼。白く光る鋭い牙。首元から胸までを覆う黒い毛皮。毛の一本一本が細やかで、毛先は月明かりにより朧げな光をまとっていて、蒼い鱗との冴えたコントラストによって、ふくよかに匂い立つ。
 こんなにカッコいい雄に出会うことは、もう一生ないだろう。
「どうした、ジロジロと」
「へ?」
 急に顔をこちらに向けてきたジルガに、私の心臓は驚いて鼓動を速くした。
「いや、なんか……」
 カッコいいなって。そう思って。
「……お前さあ」
 ジルガがグルル、と喉を鳴らして、私から顔を逸らす。照れている――?
「あ」
 口に出ていたのか。
「褒めても何も出ないからな」
「っ、わかってるわよ! そんなこと!」
 心の声がそのまま口をついて出ただけで、特段他意はないのだけれど、無性に恥ずかしくなった。
「まあ……」
 悪くない気分だ。ジルガは、そう言った気がする。限りなく独り言に近いそれは風に浚われて、私の耳に届く頃にはほとんど溶けてしまっていた。
 黒々とした空の下に、私たち以外の生き物はいない。先ほどまでの喧騒はまるでなかったかのように、長閑(のどか)で無音だった。
 私たちはゆっくりと丘を下りていった。私は相変わらずジルガの左腕に触角が巻きつけていている。
 ジルガの左腕が、こちらを見た。丸いつやつやとした目を瞬かせている。
 こうしてみると、ジルガの腕についている顔は、本体と比較するとかなり愛嬌がある。サザンドラの生態は詳しく知らないが、これにも意思はあるのだろうか。ジルガが私のことを好きでも、それは本体が表明した気持ちで、従属物である両腕も私に対して同様の気持ちを持っているとは限らない。
 いったいどんな表情で私の秘所に舌を突っ込んでいるのだろうと、下世話な興味が湧いた。
「……帰るね」
 丘を下りきって、森の入り口に着いた。どれだけ時間が惜しかろうと、長居はできない。
「その前に……ちゃんとこれを食べてから帰れ」
 そう言ってジルガが差し出してきたのは、オボンの実だった。いつの間にそんなものを準備していたのだろう。
 ジルガの暴力は、たとえ愛がこもっていて、私が甘受したものだとしても――体が傷つくという事実は変わらない。
 だが体力の回復する木の実と、夜明けまでの睡眠だけで、十分にリカバリーが利くだけのダメージ量だ。――いい具合に調整したのだろう。
 私は木の実を頬張って、甘味と渋味と苦味が一緒くたになった奇妙な味を飲み込んだ。傷の痛みが、あっという間に消失していく。
「ほとぼりが冷めるまでは来るなよ。今日の明日で同じことが起きたら、流石に勘づかれる」
「え……」
「次の三日月の晩に会おう。それまではお別れだ」
 確かに、あんな事故が起こったあとだ。ジルガが憂慮するのはもっともであり、異論を挟む余地はない。が――
「そんなの……我慢できない」
 どうせ一日と立たずに体は疼き始める。本能には抗えない。次の三日月まで、あと二週間もあるのに、耐えられるわけがない。
「大丈夫だ。次に会うときは、会えなかった分まで、徹底的に愛してやるから」
 耳元でジルガが囁いた。たったそれだけで、で私の脳髄はびりびりと揺れ、秘部が切なくなり、あれだけ子種を注がれたはずの子宮がきゅんと震えた。
「どっちがイイか選んでおけよ。今日みたいに苛め抜いてほしいのか、それともとろっとろに蕩かしてほしいのか……」
「んっ」
 唐突にジルガの口が私の口を塞いだ。ジルガの右腕が私の後頭部に回される。
 肉厚な舌が、私の口の中の犬歯をなぞり、歯茎を舐め回し、喉奥に突っ込まれる。ものの五秒もなかったが――私の理性を叩き潰すには十分だった。
 お互いの口を離したときには、また私は出来上がってしまっていた。
「美味かった。じゃあな」
「ちょ、ちょっと……」
 ジルガは翼を羽ばたかせ、一瞬で丘の上に飛んでいき、姿を消した。
「……っ、最悪」
 最後の最後でこんな置き土産を残すなんて。これでは一日どころか、一時間だってもたない。
「ジルガのバカ……!」
 やっぱり、酷い雄だ。だが、虐めてほしがったのは紛れもなく私で、それにジルガは応えただけだ。
 私は拙い足取りで、森の中を駆けた。体の奥の昂ぶりを鎮めようと、真夜中を全速力で突っ走る。
 それでも次々と思い浮かぶ、ジルガの容貌(カオ)や技や、そしてあの太く長い凶悪な逸物――愛欲にまみれた心象風景。
 もう、狂いながら走るしかなかった。次の三日月の晩が、待ち遠しくてたまらない――。
 




 続く⇒空色の眸に竜が飛ぶⅡ




参考文献 水のミドリ著:『かべのなかにいる!』 名無し著:『冴えない私が、この森きってのイケメン、ニンフィアくんに抱かれるって!!マジ?!?!』。



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お名前:
  • 序幕から凄い() -- へんなぬこ ?
  • >へんなぬこさん
    乞うご期待! -- 朱烏
  • ジルガ様イケメン♡ -- へんなぬこ ?
  • 第一夜までの時点では、ウララさんが真の黒幕だったりするんじゃないか、とかぼんやり思ってたんです。しかし、第二夜冒頭を見るに、感性、視点が違うからこそ隣に立って多様な群れを引っ張っていける、そういう相方という感じなんですね。ウララさん疑ってごめんなさい(

    ルルさん、既にだいぶ堕ちてらっしゃる感じですけれど、立場上のことなど自分ひとりで結論を出せない問題もあるでしょうし、ここまで来ておいて素直になるまではまだまだかかるんでしょうかねぇ。静かに名前を呼び合って、なんというか、相互認識を得る、みたいな素敵なことまで既になさっているというのに。先が楽しみです。 --
  • >へんなぬこさん
    わかるofわかる

    >名無しさん
    そんなに複雑な物語にはならないと思いますが、ウララ黒幕説もありよりのありな気がしますね~
    ルルはたぶんもうじき素直になるかもしれないですね。ただそうなってしまうとそれはそれで問題で、悪属性の首領と通じていたなんてバレたらエグい将来が待ってるかもだし、難しいですね。どうなることやら

    お二方コメントありがとうございました。 -- 朱烏
  • ルルの汚喘ぎがエロすぎた……地味に汚喘ぎって好きなので。しかしここからどんな物語になるか、エチィ展開も含めて楽しみです。 -- 名無し ?
  • 最初からまとめて読みました。
    好戦的なニンフィアも意外とありだなと思いました。
    そしてサザンドラは何やらせても様になる不思議。主人公から悪役まで属性が幅広い。
    表面上は嫌いながらもしっかり落ちちゃうルルちゃんが可愛い。
    やってることはほぼ強姦なのに何となく卑劣さのようなものを感じさせないジルガ様。
    ただ、相反する群れのリーダーポジションである以上簡単に結ばれてくれなさそうな気配が何とも。
    二匹の進む結末から目が離せない感じですね。 -- カゲフミ
  • 第四夜・一まで読みました。
    ニンサザものというのはこれまでもたくさん書かれてきましたが、今作はそれらともまた違う味わいがあって、このCPの可能性を思い知らされますね……!
    毎夜の決闘と行為の合間に、屈辱と快楽に揉まれながらもジルガのただならぬ様子から来る魅力に抗えなくなっていくルルの姿がなんとも可愛くて。
    最新話、フェアリーのリーダーとしての矜持とジルガへの恋心に挟まれて、感情が矛盾し合ったまま闘いを挑んでしまう、それでいながら完膚なきまでに敗れ、従順になるまで犯されたいとも感じている、倒錯したルルの心の有り様が既にエロい。この先のジルガのお仕置きへの期待とともに、惹かれ合った二匹がタイプの対立の中でどうなっていくのか、続きも楽しみです。 -- 群々
  • >名無しさん
    小説に汚喘ぎって合わなくない? って思ったら水のミドリさんが小説で汚喘ぎは全然アリっていうのを教えてくれたので、最近は思い切って喘がせてます。楽しい。頑張って書いていきます(*^○^*)

    >カゲフミさん
    ニンサザってタイプ相性もあってだいたいニンが優位なCPになることが多いので、好戦的なニンをタイプ相性を覆して上から叩き潰すサザっていうあんまり見かけない感じのをめっちゃ書きたいなって思った次第です。
    生温い恋愛事情は一切排除して、敵でもあるし恋ポケでもあるっていうめっちゃ面倒な関係性を書いていきたいですね!

    >群々さん
    ニンサザは性別も性格も左右も関係性も、無限に可能性がありすぎて本当に書いてて楽しいですね。これとか作者さんはどなたかわかりませんが、非常に興味深い関係性のニンサザで、やはり開拓の余地がまだまだ残されているCPだなあと思っています。
    禁断の恋である上に自分でも気づいていなかった欲望を露わにされるって、めちゃくちゃ屈辱的だけど恍惚としそうですよね。ルルさんはこのままいろいろとダメになってほしいけど、どうなることやら、ですね。頑張って続き書きます!

    お三方コメントありがとうございました。 -- 朱烏
  • 力強くも重要なことは相手に委ねつつ懐に入り込んでくるジルガさんの包容力でルルさんが逢瀬の度に絆されていく過程が良き…。また体格差でお腹の形変えられてしまうのも良きもn(←
    敵対する群れのリーダー同士であることの危うさを改めて突きつけられた格好になった感じですが、そこでもブレないジルガさん流石でした。
    いずれ周知の事実になってしまうのか、もしくは秘密を貫き通せるのか。続きが楽しみです -- ウルラ

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Last-modified: 2021-05-09 (日) 00:59:12
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