大会じゃ、毎度おなじみ、古狸の第十一回短編小説大会参加作品
『からたち島の恋のうた・豊穣編』
秋の夜に――
とりあえず、それを初句*1に詠んでみる。
秋の夜に、
秋の夜に、騒ぎ属さず、ひとりきり。
明日から霜月となる冷たい夜風が吹き抜ける辻道で、葉もまばらな街路樹のてっぺん辺りから伸びている小さな枝に揺れながら、私は溜息を吐くように蒼い炎を揺らめかせた。
神無月、末は即ち、ハロウィンだ。
どこぞの地方に古くから伝わる、季節の節目と収穫の祝いを起源とするお祭りだそうで、食料を漁りに多くの野生ポケモンたちが寄ってきた故事に習い、人間の子供たちがポケモン風の装飾をまとって夜の町を廻り、家々の大人たちにお菓子をプレゼントしてもらうという催しである。
先祖の慰霊祭も兼ねているため、子供たちが仮装する姿にも、私のように祭りのお手伝いをするポケモンにも、霊感が強いゴーストタイプが多く選ばれる。取り分けバケッチャやパンプジンなどはこの祭りの主役で、ズバリ祭りの名前の付いた技を使って、子供たちを本物のゴーストタイプに変えて祖霊と触れ合わせたりしている。
そうやって子供たちと一緒にパレードに加わって目一杯祭りを満喫しているポケモンたちがいる一方、私たちのように街角に立って子供たちを見守る裏方のポケモンもいる。
秋も更けて日暮れの早まる時期、宵闇の街中を幼い子供たちが行き交う祭り。見張り番の重要性は解っている。
燭台の姿と能力を持つランプラーである私に、街灯役は適職であることも。
だからといって、暗くて寒い夜の路地で、表皮もボロボロに朽ちかけた街路樹なんかに掲げられて、通り過ぎる楽しげな笑い声をひとり見送るだけ、という現状が寂しくないわけもない。仕方なく、趣味の俳句を詠っては退屈を紛らわせている次第である。
ひとり詠、夜空を飾る、月もなし。
本来なら十日余りのふっくらと満ちかけた月*3が浮かんでいるはずの夜空も、一面の雲にどんよりと重苦しく閉ざされている。
月と言えば秋の季語では主役だというのに、その月すら見えやしない。退屈を紛らわすどころか、詠めば詠むほど陰鬱になってくる有様だった。
ポツリ。
曇天が漏らした一滴が、傘状に黒く広がった私の頭を打って冷たく流れ落ち、炎をブルブルと縮ませる。
嫌だなぁ、とうとう雨まで降って来ちゃった。本降りにならないといいけど。
「トリック・オア・トリート!」
割と近くから、元気な掛け声がこだまする。
悪戯が、嫌なら
昔の収穫祭で、ポケモンたちが人間に食料をねだった言葉。ハロウィンの夜は町中で飛び交う、祭りを象徴する決まり文句だ。
付近の家々のどこかが、可愛らしい襲撃を受けているのだろう。樹上から夜道を照らしているだけの私には関係ない――
「トリック・オア・トリート!」
……あれ?
息吹を感じるほど真っ直ぐにぶつけられた声に顔を向けると、小さな影がひとつ、ちょこちょことこちらに近付いてきていた。
顎の突き出した頭蓋骨を模した仮面に、黒いトカゲの着ぐるみ。アローラ地方のガラガラに仮装した人間の子供であるようだ。携えた骨棍棒の両端には、私の灯火にも似た青白い炎が燃えている。ハロウィンの技をかけられているためだろう。
「トリック・オア・トリートっ!!」
骨棍棒を片手に、もう一方の手を私へと突き出すアローラガラガラ坊や。なぜか襲撃先を私に選んだようだ。退屈していた身としては、嬉しいやら困ったものやら。
と詠ってあげられれば良かったのだが。
「ごめんね坊や。お菓子は用意してないの。他のお家とかを廻っていらっしゃい」
こういう事もあるのなら、来年からは私たちにも子供に配るお菓子を用意してもらわないと。後で主催に掛け合っておこう。
とりあえず今回は、黒い触手についてもいない袖は振れない。仕方なく追い返そうとした、のだが。
「そっか。じゃあ、イタズラだねっ!」
え゛!?
絶句した私のすぐ下まで、嬉々と足取りを弾ませて寄ってきたガラガラ坊やは、燃え盛る骨棍棒を突き出して揺すり出す。
「きゃっ!? なに、ちょ、やめてよっ!?」
灯籠に、触れる童の、太い骨。
詠っている場合なのかとも思えるが、しかし文句を言ってもお菓子をあげなきゃ悪戯で贖わされるのはハロウィンのルールに
「がお~~~~っ!」
ボンッと炎を膨らませ、くわっと眼を見開き、触手を振り上げ襲うような仕草を見せる。渾身の〝驚かす〟。
「!? うわわっ!?」
ハロウィンでゴーストタイプになっているだけに効果は抜群だったようで、ガラガラ坊やは悲鳴を上げながら跳び退ると、
「やったなぁっ!? それなら、こうだっ!!」
あろうことか、骨棍棒を振りかぶって私へと投擲した。
「……!? きゃあっ!?」
ちょっとマズい。これは洒落になってない。
まさかの骨ブーメラン。直撃したが最期、私はガラス質の身体を粉々に打ち砕かれて綺羅星の如く星のない夜景に撒き散らされることに――
……はさすがにならないだろうけど。当然ただの玩具だし。しかし本物でないとはいえ、当たったら相当に痛いであろうことは想像に難くない。
反射的に身が竦む。眼を堅く閉じ、来るべき衝撃を待ち構える。
ガッ!!
カラコロコロ……
鈍い音。激しい振動。
しかし続けて訪れるはずの痛みは、この身を襲うことはなかった。
おそるおそる眼を開けて、乾いた音が転がった方を追いかけると、私の斜め下、幹の反対側に大きく伸びている枝が僅かな葉をガサガサと揺らして震えており、その下に骨ブーメランが落ちていた。
真っ直ぐこっちに向かって飛んできていた気がしたが、どうやら途中で斜めに曲がって下の枝にぶつかったらしい。ブーメランだからね。
植え枯木、骨跳ね返す、快打音。
「うわああああっ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げて、ガラガラ坊やは落ちたブーメランを拾うなり、振り返りもせずに走り去ってしまった。あ~あ、もっと遊んでくれていってもいいのに。
去りゆく背、
ひと時祭りの楽しさを味わえた分、過ぎ去った後の寂しさもひと塩に感じる。
ポツリ。
昂揚から冷めていく頭上に、またひとつ雨雫。
否――
ポツリ、ポツリ、ポタポタ、と。
目に映らぬお化けが足音を立てて近付いて来たかのように、眼下の道に次々と水玉の花が咲いていく。
これはいけない。本降りになる気配だ。
秋の雨の季語って、他にどんなのがあったかしら……?
ザアアアアアア……ッ!!
俳句を綴ろうと想いを巡らせている内に、気付けば既に粒では済まない水の波動が、濁った色の夜空から私に浴びせられていた。
そうそう、
っていやいや、これもう呑気に俳句を詠んでる場合じゃない。
冬も近い時期の夜にこんな冷たく身に刺す雨をいつまでも浴びていたら、私の炎が弱ってしまう。
頭上の葉も少ない小さな枝では、雨よけにもなりやしない。早くこの場を離れて、暖かい部屋に避難しないと。
あぁ、寒くなってくるこの時期に、暖を求める季語もあったわね。〝炉火恋し〟だっけ。
季語をそっちに持って行けば、雨の表現に季語に関わらない文字を割ける。5,7,5の17音しか使えないんだから、上手く調節しないと……。
いや、だから俳句なんか詠んでないで、早く逃げなきゃいけないんだってば!?
……でも。
本当に、勝手にこの場を離れていいものなのだろうか?
この辺りには他に街灯はない。私がいなくなったら、月も星も雨雲に隠された夜空の下、道を照らすものは何もなくなってしまう。
一面暗黒に埋め尽くされた中、雨から逃れようとした子供がここに迷い込んだりしたら、どれだけ心細い想いをすることになるだろう。まして、もし躓いて転んだりしてしまったら……!?
雨沁みど、逃げるに難し、我が
ついついまた詠んでしまった。どうしよう、どうしよう。
主催が祭りの雨天中止を放送でもしてくれたらいいのに。そうして子供たちが無事に帰ったなら、私も安心して避難できるのに。
あるいは、誰か雨傘でも持ってきてくれるとか。早く何とかしてくれないと、これ以上雨水に曝されたら……っ!?
………………!?
天からの水撃を浴び続けている頭上で、ふと、何か異質な
雨の冷たさよりもなおゾクリと真芯を震わせる感触が、枝に捕まっている頂点部分から伝わってくる。
……何!?
いったい、何が起こっているの!?
見上げても、頭に広がる傘と、雨が織り成す水のヴェールに遮られてまったく窺い知れない。
ただ解るのは、脳天から入り込んできた怪しげな力が私を侵蝕して、身体を構成する細胞のひとつひとつまでを違うものへと変えていく不可思議な感触。
わけも分からず、困惑のまま視線を周囲に巡らせて――、
ようやく、私はそれに気付いた。
何故、何故今の今まで気付かずにいたのだろう。
ほんの僅か側、私のすぐ隣でパックリと開かれた、無月の夜空より暗く深い漆黒の深淵。
その奥に浮かび上がる、皆既月食にも似た血色の真円。
身にかかる秋驟雨の冷たさを忘れるほどの凍てつく光を帯びたその眼光は、何もかもを射通すように私の身体を貫いて、そして。
ふっと雨音が遠ざかり、静かになった私の脳裏に、冥府の底から沸き上がってきたような禍々しい声が響く。
……オマエニ、ノロイヲ、カケテヤル………………
刹那、暗雲に眩い罅が走り。
爆音を轟かせた雷鳴と、一層激しさを増した豪雨とが、私の炎から迸った声を掻き消した。
雨
雷は遙か遠くの空を通り過ぎ、秋驟雨もひと時の荒ぶりから落ち着きを取り戻してきた。
それでもまだ、雨は冷たくしとしとと辻道に降り続けている。
だけど。
「……大丈夫?」
相変わらずぶっきらぼうで感情の見えない、けれどしっかりと労りの篭められた声をかけられて、私は。
「お陰様で。本当にありがとうね」
照れ笑いがガラス質の表面に浮かぶのを感じながら、心からの謝意を示した。
そう。雨はもう、私の炎を弱めることはない。
冷たいはずの雨が、身体に潤いを与え、熱い活力へと変じていくのを感じる。
何故ならば。
今の私の身体は、吊されていた枯木と一体化した植物となって、熟れた果実のように枝にぶら下がっているからだ。
〝森の呪い〟。
それが、私の身体を草タイプへと変えた技の名前らしい。
かけてくれた者がいたのだ。
実はずっと私の側にいてくれていた、彼が。
無口で引っ込み思案で、だけど雨に濡れる私を
要するに、
我が側に、立つ枯木
だったのである。
私が吊られていたのは、老木ポケモンオーロットの頭から、角のように生えている枝の一本。
最初から、私はひとりきりなどでは、なかったのだ。
ガラガラ坊やが骨ブーメランを投げた時も、本当は私に直撃するはずだったそれを、彼が枝の腕を一閃して払い除けてくれていたのである。
どこまでも優しく、力強く頼もしくて。
その上、改めて見てみれば、並のオーロットよりひとまわり大きい立派な体躯、妖しく罅の走った幹の肌、僅かながら色良く茂る深緑の葉、彫りの深い顔の奥で皆既月食のようにクールな輝きを帯びて浮かんでいる血色のひとつ眼と、惚れ惚れするほどのハンサムぶりで。
頭頂から伝わる彼の枝の脈動が、溜まらなく熱い。
こんな素敵な殿方との接触があるのなら、燭台の職も悪いものではないと思えた。
楽しげに、列成し続く、傘の菊。
色とりどりに開かれた傘を翳し、仮装した一団が辻道に歩み来る。
こんな程度の雨では、子供たちのお菓子への情熱を冷めさせることなんてできなかったようだ。
「あー、あれみて! いろちがいのランプラーだよ!」
「ほんとだ、あのランプラー、ひのいろがまっかだ!」
灰色の布を体中に巻いたり、口をファスナーで閉めた漆黒の着ぐるみをまとったりしている子供たちが、私の方を指さして口々に叫ぶ。
って、え!? 色違いって何!?
私の炎の色は、ヒトモシ時代からずっと普通の紫がかった蒼色だけど!?
周囲に照り帰った明かりの色を見て、ハッとなる。
確かに、ほんのりと朱い。
どうやら、オーロットさんの暖かい思いやりの熱が、私の炎にくべられて赤みが差してしまったらしい。
「やっ……違う、違うの!?」
咄嗟に私は否定した。
何を否定しているのかさっぱりなのは自分でも解ってはいるのだが、サマヨールやジュペッタなどに扮した子供たちのニヤニヤと愉しげな気配は、明らかに何もかもお見通しな様子だったからだ。くぅ、このマセガキどもめ。
「だ、だからね、この炎は、演出なのよ! ハロウィンだから、カボチャの色に合わせてみただけなの!?」
「ふ~~~~ん」
言い訳であることまでお見通しだよと言いたげな返事に、ますます炎の赤みが強まる。
ふと振り返って見たオーロットさんの顔も朱く色付いていたのは、私の炎に照らされているせいだけでは、多分ないのだろう。
仮装しているだけの子供たちにさえお見通しな私の抱える想いが、彼にお見通しされていないわけがないのだから。
「そんじゃ、おしあわせにね!」
明け透けな祝辞を置き土産に、傘の列が去っていく。
トリック・オア・トリート。祭りの文句を雨音を伴奏に唱いながら。
オーバーヒートしそうな照れ笑いをふたりで見合わせて、私とオーロットさんは悪戯な小悪魔たちの背中へと、ヤケクソ気味に祝辞を返したのだった。
「ハッピー・ハロウィン!!」
秋の夜に、恋のもらい火、カボチャ色。
○完○
丁度子供たちが仮装したサマヨールやジュペッタがポケモンGoで徘徊しているハロウィンウィークなので*6、そろそろおばけの仮装を外します。毎度おなじみ狸吉です。
〝しょく〟がテーマの大会と言うことで、変換候補を見渡した結果、〝初句〟に眼が留まったので俳句ネタで行くことをまず決めました。
俳句なら季語を入れるのがルールということで、秋の代表的な祭りであるハロウィンを舞台と決定。
主人公は、単体で〝燭〟や〝色〟のテーマに絡めやすいヒトモシ系。相手役には、本当はズバリハロウィンの主役であるパンプジンを使いたかったのですが、ゴーストタイプにハロウィンの技をかけても意味ないですし、雨に弱い炎タイプを森の呪いで〝植〟物にしてあげたら相合い傘みたいでロマンチックかも、と閃きましたのでオーロットを選択。体格差を考えて、主人公はランプラーとなりました。
ここまでだけでもテーマの『しょく』を多用しているわけですが、今回は更にこだわってます。
本来俳句とは言葉遊び。ただ詠うだけではもったいないと思い、作中で使用したすべての句に『しょく』と読める漢字を入れているのです。
仄、属、即、嘱、飾、拭、粟、贖、嗇、蜀、触、植、矚、職、喞、側、寔、続、色。
多分、ここまで大会テーマを多数扱った作品はないんじゃないでしょうか。いや多けりゃいいってもんじゃありませんけどw 限られた文字数の中で物語に合わせて使える字を探して当てはめていくのは、まるでパズルのようで描いていて楽しい作品でした。
>>2017/09/19(火) 01:49さん
>>佇まひ、情緒満たるる、花畑。
>>愛づやう思へば、いとゆかしけり。
>>〝恋のもらい火〟、素的なり。
快い、返しの短歌、痛み入る。
投票を飾るに相応しいコメントありがとうございました!
>>2017/09/23(土) 20:59さん
>>テーマのしょくをうまく使っていた作品でした。照れちゃって一時的に色違いになってるランプラーちゃんかわいい
元々テーマにはこだわる方ですが、今回は特に徹底してますw 評価いただきありがとうございます!
>>2017/09/23(土) 22:57さん
>>思わずこちらももらい火しそうな作品でした。
暖かなコメントをいただき、僕も創作の火を燃え立たせる想いです。
>>2017/09/23(土) 23:03
>>魔除け人避け、熱く燃ゆらむ。とでも返しましょうか、文化の秋にふさわしい作品だったと思います。
>>残念ながら俳句には造詣が深くないのですが、それでも雰囲気が伝わってきますね。うーん俳句ってすごい。
僕も俳句は小学校の授業でやって以来だったのですが、当時凝ったものを作って誉められたことを思い出しながら綴っていきました。季語をテーマに短い言葉で綴る俳句は、短編大会と通じるものを感じます。
>>あと毎回のご参加お疲れ様です!!!
ここまで変化球を投げまくっていると、もう仮面の薄さはどうしようもありませんかねwww 次回はその辺も考慮してみようかと画策しておりますのでご期待ください!
>>2017/09/23(土) 23:59さん
>>燭台の役割を生かした構成が凄いと思いました。
>>お話もほのぼのしていて、とても癒されました。
仮面小説大会の2作品*7がどちらも重い話でしたので、今回はほんわか平和な作品を目指しました。一見サスペンス調を装う辺りが僕流ですがw
ご評価ありがとうございました!
今回もみなさんに応援いただいたおかげで、またしても同点ながらも優勝*8できました。同時に短編小説大会における連続表彰台記録もいまだ継続中。今後もみなさんに楽しんでいただけるよう頑張ります!!
・ランプラー「ところで狸吉さん、『季重ね』って知ってます? ひとつの句の中に季語を複数入れちゃうことで、テーマがぼやけるからって忌避されてるんですけど」
・狸吉「知った時には、しっかり季重ねしてるタイトル句*9でエントリーした後でした。まぁこのルールは絶対ってわけじゃない*10そうなので勘弁してください。テーマ重ねもひとつの技ってことでw」
コメントはありません。 狸作、恋の貰い火、コメント帳。 ?