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私と彼女の夏祭り

/私と彼女の夏祭り

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 青い雪の結晶達がふわりと円を描く。たったそれだけの光景に言葉を失ってしまう。私の目の前だけが、夢の世界のように淡く輝いて見えたから。
「どう、(みぞれ)。……似合ってない、かな?」
 私が何の反応もできずにいたせいで、不安にさせてしまったみたい。ご主人様は伏目がちに尋ねてくる。我に返った私は、慌ててご主人様に答えた。
「メノ! メーノ」
 似合っていない、に対しては大きく首を横に振り、次に両手を胸の前で握って笑顔を向ける。同じ言葉は持たないけれど、長い時間を一緒に過ごしてきたご主人様はしっかりと私の声を聞いてくれた。
「良かったぁ。あ、でも変なわけないよね。だって霙が一緒に選んでくれたんだもの」
 ご主人様は安心したように小さく息を吐いて、持ち上げた袖を中心に全身を眺めた。そう、今ご主人様の着ている衣装は、この日の為にご主人様と私とで見繕ったもの。私とお揃いになって欲しいなぁなんて、そんな下心もあったりするけれど、勿論ご主人様に一番似合うものを選んだつもりよ。
 ほんのり水色を帯びた薄い地に、瑠璃と勿忘草の放射模様が、万華鏡のように散りばめられた浴衣。確か、お店の人が雪花絞りという柄なのだと言っていたっけ。帯は私と同じ朱色で、繊細な浴衣の柄を嫌らしくない程度に鮮やかに引き立てていた。柔らかな雰囲気のご主人様にはぴったりだ。
「うん、準備もできたし、行こっか」
 桜の花柄の籠巾着を手に、ご主人様が柔らかく微笑んだ。飾らないその仕草にさえ見惚れてしまって、私は息を呑んだ。




 まだ外の空気は熱を残していたけれど、日中のような凶暴さは感じられない。だって肌を通り過ぎていく風は随分と優しいもの。見上げれば、去り行く太陽の光を映して飴色になった雲が、薄紫の空に広がっていた。どこかで(ひぐらし)が一日の終わりを告げている。暑さに弱い氷タイプ、夕暮れから夜にかけて活動的になるゴーストタイプ。それらを併せ持つユキメノコである私にとって、とても過ごしやすい時間帯だった。
 夕暮れの街をご主人様と二人並んで歩く。と言っても私は足と呼べる部分を持っていないから、低空に浮いて。履き慣れていないせいで時々つっかえる、ご主人様の下駄の足音だけがからころと響いていた。
「どうせなら足元にも拘って下駄! って思ったんだけど。サンダルにすれば良かったかも。歩きにくいよー」
 ずれた足先を直しながら、ご主人様がぼやいた。困った顔が可愛くて、ついくすりと笑うと、
「霙は! 足がないからこの苦労がわからないんだ!」
 拗ねたように叫んでぷいとあっちを向いてしまった。でも私にはわかる、ご主人様は本気で怒っていない。その証拠に私が視線の先に回り込むと、ご主人様はちらりと私に目を向け、次いで小さく笑みを零した。そうしてまた歩き出して――数歩も行かない内に躓いた。
「う……」
「メノ」
 もう放っておけなくなった私は、最大限弱めたサイコキネシスでご主人様の補助をする事にした。よおく注意しないと気づかないくらい、薄らと青白い光が足を包むのを見て、ご主人様は照れながら「ありがとう」と言ってくれた。
 街は次第に暗くなっていく。反比例するようにして、道路にはだんだんと人やポケモンが増えてきた。そのほとんどが同じ方向に歩いている。ご主人様と同じように浴衣を着た女の子も意外と多い。だけど、やっぱり私のご主人様が一番綺麗だと、ちょっぴり優越感に浸ってしまう私は性格が悪いのかも。ううん、実際に今日のご主人様は誰にも負けないくらい綺麗だもの、仕方ない。私のご主人様はこんなに素敵なのよって心の中で自慢して、誇らしい気持ちになった。もっと皆にご主人様を見て欲しい、でも必要以上に関心を持たれたら困ると、矛盾した思いが顔を出す。例えば変な男に言い寄られたりしたら嫌だなあ。まあもし悪い虫が集ってきたら、私が凍らせて蹴散らしてやるんだから。
「わ。霙見てごらん、すごい人」
「メノ……」
 立ち止ったご主人様が呟く。その声にはっとした私も正面を見渡して、目をぱちぱちさせながら同意した。
 私たちはお祭りの会場に辿り着いていた。大きな池を中心に、雑木林と花壇と原っぱで構成された自然公園。公園の外周を取り囲む広い道の両脇に、ずらりと屋台が並ぶ。その間を流れる人、人、人。空いた隙間を大きさも色も様々なポケモン達が埋めている。滅多にお目にかかる事のないような混雑っぷりに、ある種の感動さえ覚えてしまった。
「はぐれたら大変ね。霙」
 私が反応する間もなく、ご主人様が手を繋いできた。瞬間、どくりと心臓が跳ね上がった。私の身体がほんの少し強張ったのを見て、ご主人様は眉尻を下げた。
「ごめんね、手繋いだら暑い? でも迷子になったら嫌だからちょっとだけ我慢してね」
 少しぎこちなくなった私の態度を、ご主人様は私が手から伝わる熱を不快に感じたせいだと思ったみたい。いつもはびっくりするくらい私の気持ちを理解してくれるご主人様だけど、今回に限っては的外れなのよ。確かに繋いだご主人様の手から熱が伝わる。でもその温度は決して不快なんかじゃない。ただ、私が溶かされてしまうような錯覚を覚えるのは事実。
 ユキワラシだった頃は、ご主人様の胸に抱かれても素直に嬉しいと感じられたのに。ユキメノコに進化してから、私は中々ご主人様に触れられなくなってしまった。隣を歩くだけならまだ良い。バトルをして、勝った時に頭を撫でて貰うのも平気。だけどこんな何気ない時に触れ合うともう駄目。途端に意識してしまって碌に目も合わせられなくなってしまう。
 触れ合う事を避けるようになった私を、ご主人様は私が進化して自立したから、また氷タイプとして成熟したからだと思っている。けれど、本当の意味は違う。私はご主人様が思っているほどまともなポケモンじゃないんだ。
 私はご主人様に恋をしてしまっている。
 こんな想いを抱くのは異常なんだって、何度自分に言い聞かせて否定しても、抑えつけようとしても駄目だった。それどころかどんどん大きく膨らんで、時々どうしようもないくらい私の中を暴れ回る事がある。そんな時はとにかく辛くて苦しくて、私はご主人様が寝静まった後に声を殺して泣いてしまう。どうしてこんなに好きになってしまったんだろうって、伝える事すら叶わない恋慕に押し潰されそうになる。
 だって私はポケモンで、ご主人様は人間で。種族も言葉も生き方も、何もかもが違い過ぎる。唯一同じなのは同性ってところだけ、でもそのただ一つの共通点こそが、私の恋が実る可能性を完全に打ち砕いていた。
 陽の目を見ない恋を憂いて沈んでしまった気持ち。賑やかな祭囃子もきらきら輝く提灯も、別の世界のもののように、ぼんやりとしか私の中に入ってこない。その中でふと目に留まったのは、幸せそうに手を絡めて歩く人間のカップルだった。見つめ合う表情の奥にははっきりと、互いへの愛が滲んでいる。同じ種族の男女だけに許されたその愛を、私とご主人様が共有する事は永遠にないのだと思うと、胸が締め付けられるようだった。
「あのさ、霙。もしかして楽しくないかな」
「メノ!?」
 完全に自分の内側にしか目を向けていなかった私を、ご主人様の不安げな声が引き上げた。びくりと全身を震わせて、ご主人様を見つめる。
「霙、さっきからずっと暗い顔してるから。マシになったとはいえ暑いし、霙は人混みもあんまり好きじゃないし……なのにごめんね、私この浴衣で出かけたくて、一人だけで舞い上がってた。霙の意見も聞かずに勝手に連れ出しちゃってさ」
 いつの間にか手は解かれていた。ここは少し脇道に入った所で、人混みも喧騒も落ち着いている。不思議な静かささえ感じられるこの場所で、ご主人様の申し訳なさそうな声がくっきりと私の中に響いてきた。
「嫌だったら帰ろうか? 私霙に無理させたくないの。それに、ほら、浴衣だって別にお祭りの時しか着ちゃいけないわけじゃないでしょ? だから」
「メノ! メーノ、メノ!」
 ああ、私馬鹿だ。ご主人様に心配かけるなんて。私はご主人様の笑顔が何より好きなのに、嫌な思いなんてさせたくないのに。私は急いで否定して、ご主人様の不安感を取り除こうとした。
「……本当? 本当に無理してない?」
「メノ」
 何度も問いかけてくるご主人様に、私はきっぱりと「無理していない」と伝えた。そして、私自身へも言い聞かせる。
 もう悲観するのはやめよう。
 この恋はきっと叶わない。だけどもし誰かに、私がご主人様を好きになった事を後悔しているかと聞かれれば、私は胸を張って「後悔なんてしていない」と言い切れる。
 だって大好きな貴女が楽しそうに笑っているのを見るだけで、こんなにも胸がいっぱいになる。何もかもが違う、だけど貴女と同じ時間を過ごす事ができるだけで、こんなにも心が満たされる。貴女の事を想うだけで、身体の芯までじんわりと温もりが広がっていく。ご主人様を好きになっていなかったら、絶対に得られなかった沢山の幸せ達。それはどんな美しい宝石だって足元にも及ばないくらい、私には価値のあるものだ。
 行こう、ご主人様。私は自分からご主人様の手を取って引っ張った。気持ちを切り替えた今なら、私も目一杯お祭りを楽しめる気がする。悲観するより楽しむ方が得に決まっている。私とご主人様との、大切な宝物を増やしたいの。
 ご主人様は私の瞳に迷いがないのがわかったみたいで、花が咲いたように笑ってくれた。ああ、私が何よりも大好きな表情だ。
「霙、ありがとう! そうだ、一緒にかき氷食べよう! それからね、まだ霙と行きたいところが沢山あって……付き合ってくれる?」
「!? メーノ!」
 付き合う。ご主人様が口にした言葉は、間違っても告白なんかじゃなくて。それでも私は嬉しかった。大きく頷いて見せた意味は、私だけの秘密にしておくわ。
 ねぇご主人様。貴女を好きにならせてくれてありがとう。私、今、とっても幸せよ。


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Last-modified: 2014-07-27 (日) 23:40:34
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