ポケモン小説wiki
私が私でいるために

/私が私でいるために

大会は終了しました。このプラグインは外して下さって構いません。
ご参加ありがとうございました。

結果はこちら
エントリー作品一覧



 てき……
 無邪気な笑みを浮かべながら私を持ち上げる敵たちが、私を無理やりひっくり返そうとする。私は必死に抵抗を繰り返したが、がっちりとした腕のようなもので抑え込まれているようで、ヒレも触腕も満足に動かすことすらままならない。
 程なくして、私が眺める景色は逆さまにひっくり返る。敵たちは、ひっくり返った私の姿を維持するべく、蔓を巻き付けていく。ダメ……やめて。やめてよ! このままじゃ取り返しのつかないことになってしまう……!! 絶望的な恐怖に駆られ、泣き叫びながら激しく暴れるが、ガチガチに縛り付けられた蔓の前ではあまりにも無力であった。
 やがて逆転していた視界は徐々に白色へと染まっていく。そして意識も途切れていき……再び意識を取り戻した頃には、私は既に別のものへと姿を変えていた。先ほどまでの姿とは4倍近く大きくなったことで、あれほど固く結ばれていた蔓はあっけなく千切れて地面に転がっていた。敵たちは私の変わった姿を見て、歓声をあげて嬉しそうにしていたのだけれども。
 私はそんな歓喜の様子などには目もくれない。進化で鋭くなった目をカッと見開き、敵たちに強烈な催眠術を浴びせる。あまりにも呆気なく、敵たちは私の手駒へと姿を変えた。
 私はその敵たちを従え、手始めに周囲の森を破壊しつくす。まずはここで強大な力を示して、周囲のポケモンたちを制圧する。そして、私だけの帝国を創り上げていくのだ。
 猛火で地獄絵図と化した森を眺めながら、高笑いを決めている私。しかし、心の深い奥底に微かに残っている以前の私は、最後まで声を張り上げて抵抗を試みる。

 やめて! 私はみんなの手助けをしたいだけ!! みんなの敵になんか、なりたくないの……!!

 私の中で微かに響かせた魂の叫びは、しかし誰にも伝わることはなく――やがて完全に闇へと呑まれていった。



 私が私でいるために
 作:からとり



 頭上への激痛、そして悲鳴をあげながら私は目を覚ました。痛い……。住処である洞窟の天井に頭を思いきりぶつけたようで、意識を鮮明に取り戻してからもしばらくの間は頭を抱え、もがくことしか出来なかった。
 ようやく痛みがひきはじめ、冷静な思考が働きだす。身体中には、おびただしいといえる程の汗が纏わりついていた。身体を休めるために眠りについたはずなのに……今、身体に襲い掛かるのは激しい疲労感。勿論その原因は、先ほど見た悪夢によるものだ。しかも、ここ数日はほぼ確実に、同じ悪夢にうなされてしまっている。
 とにかく身体が重かった。その感覚はまるで、身体の中に鉛がぎっしりと詰まっているかのようだ。これほどまでに身体が重いのは、あの悪夢による影響も勿論あるのだが。何より私自身が発している、ひっくり返りたいという種の本能を抑えつけるのに、莫大なエネルギーを消費してしまっているからだろう。本能の成すがままに、ひっくり返ればすぐに身体の調子自体は元に戻りそうなものなのだが。当然の如く、私を壊してしまうであろうその選択肢は存在し得なかった。
 幸いにも以前溜め込んでいた木の実などの食物にはまだ余裕はある。それに、この洞窟では湧き水も自然と溢れ出てくれるから、水分の補給にも困ることはない。しばらくは私の住処であるこの洞窟に引きこもって身体を休めれば、きっと身体も適切に順応して、本能的な欲求は自然と消えてくれることだろう。
 今は言葉では言い表せないくらいには、辛い。でも、ひっくり返ってしまったら、私は愛の心を失って、みんなの敵へと姿を変えてしまうのだ。
 私が私でいるためにも。そして――愛する母のためにも、私はこの試練に耐えてみせる。



 ■ □ ■ □ ■ □



 私がタマゴから産声をあげた時、母は朗らかな笑みで私を出迎えてくれた。慈愛に満ち溢れている、まるで女神を思わせるような母のオーラは、生まれてきたばかりの私にも本能的に伝わってきた。すぐにその胸に飛び込もうとしたが、その直前で、母の胸に生えていたトゲに気がついてしまってピタッと動きを止める。行き場を失ってオロオロしていた私を、母は両手で温かく抱きかかえてくれた。
 母となってくれたポケモンは、ルカリオという種族であった。周囲のポケモンたちからは、ルリーナさんと呼ばれ、大層慕われていた。それは、私にくれた慈愛に満ちた笑みを、他のポケモンたちにも振りまいていたからだ。
 少しでもポケモンたちの手助けがしたい。母はその一心で、ポケモン見守り隊なるものを結成した。他の地方に存在しているという、救助隊のような大それた組織ではない。定期的に付近の森を見回っては、困っているポケモンの手助けをしたり、弱っているポケモンの介抱をしたりするなど、ちょっとした親切を続けていく地道な活動であった。
 結成当初のメンバーもルカリオである母と、マーイーカである幼い私の2匹だけ。でも母の真摯な慈愛の行為はすぐに周囲のポケモンたちにも浸透していったようで、見守り隊のメンバーはすぐに増えていった。中でも毒の症状に陥り、地べたでもがいていたところを母の看病で助けられたウインディのウインさんは、母にぞっこんほれ込んでしまったようで、いつしか母と一緒にいることが多くなっていた。ただ、それは恋愛という感情ではなく、母と仔のような愛情であった。ウインさん自身も母をルリーナさんと呼びつつも、その振る舞いは本当の母親を、心の底からサポートしてあげるかのようであった。
 母とウインさんの関係を、私はほんの少しだけ妬むようなこともあったのかもしれない。でも、その感情はほんの些細なものであり――私は、母を献身的に支えようとする彼に対して、感謝の念を強く抱いていた。
 私がタマゴから生まれた時、既に母はかなりの歳を重ねていた。私は母と呼んでいたが、私との年齢の差を考えると、祖母と表現した方が正しいのかもしれない。それでも、私を一から育ててくれたのだから、私は絶対に母を、母以外の名称で呼びたくはなかった。
 私が成長するにつれて、徐々に母は心身ともに衰えていくのを肌で感じていた。勿論私もそんな母を精一杯助けてあげたりするのだが、幼い私一匹では当然限界はあるもので。だからこそ、ウインさんの母への慈愛行為が、母を手助けするものでありとても有難かった。それに、ウインさんは母の仔である私にも愛情を持って、接してくれていたし。ちょっと熱くて、そして柔らかな前足で私の頭を撫でてくれるのはとても気持ちが良かった。
 ポケモン見守り隊の活動は、私自身にとっても楽しいものであった。悲しそうな顔をしていたり、苦痛に満ちた表情を浮かべていたりするポケモンたちを手助けすること。そしてそのポケモンたちが飛びっきりの笑顔を私に見せてくれることはとても嬉しかったし、私もその顔に釣られて心の底から笑みを浮かべることができたのだ。
 私が初めて手助けをしたのは、私とほぼ同年代であったニャスパーであった。家族とはぐれてしまい、一匹で今にも泣きだしそうな表情で俯いていた彼に、勇気を持って声を掛けたことが始まりだったっけ。無事に家族の元へ送り届けた時の、彼の満面の笑みに彼の両親からの感謝の言葉。その時のホッとした安堵感が、やがて本心での喜びへと変化していったあの気持ちは生涯忘れることはないだろう。そして、そのニャスパーのシェルスはすぐに、ポケモン見守り隊に加入して、私と一緒に見回りを共にしたりした。シェルスとは見守り隊以外でも一緒に遊ぶことも多くなり、私はこの活動を通じて、大切な友達にも巡り合うことができた。この頃の私は、間違いなく充実した日々を過ごせていて――このままこの活動を続けて、みんなでこの幸せを続けていけたらと、心から願っていた。願っていたのだ。

 2年程前に、母は病に倒れ立ち上がることも出来なくなった。幼い仔から、立派な成獣へとなりかけていた私にとって、母の老衰による死はある程度覚悟はしていた。だが、見る見るうちに弱り果てて、最終的に声を発することも難しくなっていった母の姿を見ると、段々と私自身も冷静さを保つことは難しくなっていた。
 そして程なくして――ウインさんやシェルスたちも見守る中、母は息を引き取った。最後の晩、私は母の手を触腕で掴み、死なないでと泣きわめいていた。母は弱々しくも――私を初めて出迎えてくれた時と同じ、朗らかな慈愛のある笑みを浮かべてくれた。そして、掠れ震える声で、その最後の言葉を口にした。

 これからも、困っているポケモンたちに、手を差し出してあげてね。そして……

 もしかすると、この後にも母の言葉は続いていたのかもしれない。それでもこの時の私は、最後の言葉というものをどうしても受け入れられなかったようで、わんわんと絶叫を繰り返し続けていて……最終的に、気を失ってしまったのだ。

 母の死から数日経ち――母の亡骸を土に還してお墓を立てた後、私は見守り隊を引き継いだウインさんのサポートに精を尽くしていた。気を失って目を覚ました直後は、母の死を受け入れられずにいたのだけれども。割とすぐに立ち直って前を向くことができたのは、他でもない母が生涯で残してきた、慈愛のお陰であった。
 すすり泣きを続けていた私をずっと励ましてくれて、最後にはその豊かな温かい毛並みで抱擁してくれたウインさん。その温かさが、とても嬉しかった。
 そしてずっと隣にいてくれたのは、幼い頃からの友達で苦楽を共にしてきたシェルスだった。ウインさんとは対照的に、彼はあまり私に喋りかけることはしなかった。それでもずっと、私の傍に居てくれて、私の肩に寄り添ってくれて……。私の心情を理解して、寄り添ってくれた彼の優しさにとても助けられた。
 母が広げた慈愛の輪が、悲しみの底に沈んでいた私を目一杯引き上げてくれた。そして、これからも困っているポケモンたちに、手を差し伸べてほしいという母の最期の願い。母がここまで広げた慈愛の意思を、私は引き継いでより良くしていかなければならないのだ。それが母に、そして慈愛の輪によって助けられてきた私の、唯一できる恩返しであると思うから――
 再び動き出した見守り隊は、これまで以上に活動の幅を広めていき、より多くのポケモンの手助けを行った。ウインさんやシェルスともこれまで以上に密なやり取りを行い、その結果様々なポケモンたちに親身な対応が十分に行えるようになっていき、私としても手ごたえを掴み始めていた。このまま続けていけば、より多くのポケモンたちが過ごしやすい、心温かな集落になってくれる。そう、心から思っていた。思っていたのだ。

 あれは、いつものように私とシェルスで森の見回りをしていた時。木々の枝が入り組んだ場所に入りかけたため、手分けをして進もうとシェルスとしばし別れて歩を進めてしばらく経った頃だった。深い森に突如響き渡ったのは、彼の叫び声であった。
 あまりに唐突な出来事に一瞬戸惑い立ち止まるが、シェルスに何かあったのかと思うと、慌てて彼の声がした方向へと駆けつける。枝の隙間を上手くかいくぐり声の元へと辿り着いた私の前には、驚くべき光景が広がっていた。
 私の目の前に、シェルスはいた。だが、その風貌はとても彼のものとは思えなかった。そのくるくるしていた純粋な瞳には、光が失われていて――口元は、だらしなく広げて涎のようなものを垂れ流していた。さらに、驚くべきは彼のその行動で、超能力を使って木々を薙ぎ倒して破壊をし尽していたのだ。いつもは心優しく、手助けの時にしかその力を使わない彼がどうしてこんなことを……。
 ふと、シェルスの後ろにいた、一際大きなポケモンの存在に気がついた。悪だくみをするような鋭い目つきに、お腹周りに怪しく煌めく発光体が特徴的なポケモン。その存在がどのようなものであるか、当時の私にはまだ分からなかった。それでも、私の本能は咄嗟に危険を知らせ、奴が敵であることを認識していた。シェルスを助けたい――その一心だけで、私は猛スピードで敵のお腹へと体当たりを決めていた。身体同士が触れた時、私は一瞬だけ妙な違和感を覚えたが、気にすることもなく私は敵を睨み続けていた。その敵は私の攻撃が完全に不意打ちであったらしく、お腹を押さえながら呻き声を上げて倒れ込んだ。
 あまりの騒ぎに気づいたのか、周囲のポケモンたちも様子を窺うように私たちのところへと集まってくる。その様子を見て、敵は分が悪いと感じたのか、そそくさと宙へと浮き上がるとその場から逃げ出した。私は敵の後を追うことなどせず、一目散に地へ倒れ込んでいるシェルスの元へと駆け寄った。何度か呼びかけると、彼の瞳には光が戻り、いつもの笑みを私に浮かべてくれた。彼が無事であった事実が明確になった途端に、私の瞳からは溢れんばかりの雫が垂れ落ちていった。

 その事件が起こった後しばらくは、見守り隊が中心となって厳重な警戒態勢を取っていた。とにかく一匹で行動しないように、そう周囲のポケモン達に呼び掛けていく。また、あの怪しいポケモンの正体を掴むべく、ピジョットやオオスバメなどに協力してもらい、遠くの集落から情報を聞き出してもらっていた。程なくして、あの敵の情報を入手できたようで、見守り隊の内部でその報告会が行われた。

 あの敵の名前はカラマネロ。強力な催眠術で他のポケモンを操り、様々な場所で悪事を働いているポケモンだそうだ。他の地域では既に被害が多発しており、様々な対策が行われているらしい。

 そこまで詳細な情報ではなかったが、これだけあればある程度の対策を取ることはできるはず。ウインさんをはじめ、傷も癒えたシェルスたち見守り隊のメンバーがカラマネロという敵への怒りを心へと抱いている中――私だけは、小さく身体を震わせ続けていた。

 生前の母が私に伝えていたことを思い出す。私の種族は、成獣を迎える時にひっくり返りたくなる衝動に駆られるのだと。その本能に従うことで、その成獣に見合った姿に生まれ変わることが出来るのだと。この話をされた時の私は、いつその時がくるのかとてもワクワクしていたものだ。しかし、今はとにかくその時が訪れないことを信じて、夜な夜なビクビクと身体を震わせてしまっていた。見合った姿というものを、私は既に感づいてしまっていたから。
 しかし、カラマネロの報告を受けて僅か数日後には、私の中でひっくり返りたいという本能的な欲求が生まれてきてしまった。元々成獣の時が近いことは分かりきっていたのだが、今回の件を受けてそのタイミングが早まってしまったのかもしれない。大丈夫。ひっくり返らなければ、私はあの姿にはならない。みんなの、敵になることなんてない。しかし、種の本能に抗うことは、とてつもなくエネルギーを消費するものであった。せわしなく回転をし続けることで、少しは欲求を抑えることも出来たのだが、気休め程度の効果であった。そして――

「マイカ、少し落ち着けよ。……ひょっとして、ルリーナさんが話してた、進化の欲求ってやつが出てきたんじゃないか?」
 一番触れてほしくないことを、ウインさんは軽々と口にした。そういえばウインさんは、私と母が話していたそれを、横で聞いていた。動揺を隠しきれずに、それでも即座に首を振って否定する私の姿が、逆に彼にとっては確信へと変わってしまったようで――
「そんなムキになるなって。ほれ、俺が手伝ってやるから、ひっくり返ってみろって」
 私を手助けするために、私の身体を前足で掴もうとするウインさん。私の進化後の、敵の姿を知る由もないウインさん。そして彼の右前足が、私に触れかけた瞬間――
「……ぐわっ!? 何するっ……マイカ!??」
 本能的に私は、頭の発光体を激しく点滅させてウインさんの目を眩ませていた。そして、彼がうずくまっているスキに、私はその場から逃げるように立ち去った。逃げている最中の景色は、何かがおかしくなってしまったかのように、とても滲んで見えていた。



 □ ■ □ ■ □ ■



 またもや、住処の洞窟で私は眠っていたようだ。随分と長い間、その夢の中に入り込んでいた。だが、その内容は過去の回想そのものであり、夢ではなく走馬燈のようなものであった。
 まだ、身体は動くし思考だって正常に働く。それでも、私の前には確実に死というものが迫っているのかもしれない。種の本能に逆らい続けて、いつまでたっても適応できなかったら、おそらく私はエネルギーを使い果たして、力尽きてしまうのだろう。そして、もしひっくり返る欲求を抑えきれずに、カラマネロへと姿を変えてしまったら――マイカという私は、カラマネロという強大な敵に飲み込まれてしまう。それはもはや、死と同様のものであった。
 ウインさんから逃げるように立ち去った私は、その後一匹で暮らしていた住処の洞窟にただ閉じこもっていた。ひっくり返りたいという欲求を抑えるために、少しでもエネルギーを温存しておきたかったのと……後、今見守り隊に戻ってもおそらくひっくり返ることを勧められてしまうと思ったからだ。彼らは分かっていない。ひっくり返ってしまえば、私はカラマネロという敵に姿を変えてしまい、彼らに危害を加えてしまうことを。
 あの出来事の後に、ウインさんと、おそらく彼から話を聞いたであろうシェルスが何度か私の住処へと訪れてきた。その度に私は、発光体の力を使って彼らを追い出してきた。私を助けようとする仲間の善意をないがしろにしている、そんな罪悪感は少なからずあった。それでも、その善意は最終的には悪意となって私に襲い掛かり、結果的にはお互いに不幸を呼び寄せてしまうものだ。私は母のためにも、私であり続けたい。最悪、欲求を抑え続けてエネルギーを使い果たし、そのまま死んでしまっても良いと思っていた。私が犠牲になれば、仲間たちも、母の最期の言葉も守ることが出来るのだから。

 ふと、洞窟内に足音が響き渡る。ウインさんのものか、シェルスのものか――まあ、どちらにせよ、私がすることは発光体で来訪者を追い出すことだけ。映ってきたその影に、私はその光をぶつけた。しかし、その来訪者は私の発光体など全く気にする素振りもなく、最終的には私の目の前に姿を現した。その姿は、ニャスパーであるシェルス……のものではない。雰囲気はシェルスではあるが、全体的に紺色の毛並みへと姿を変え、そして大きな耳を巧みに操っていた。
「僕、進化したんだ。ニャオニクスっていう種族なんだけど、耳の内側から強いサイコパワーを使えるんだ。マイカの発光体を、この力で無効化してる」
 私が進化の欲求を迎えているということは、当然彼もその時が近かったのだろう。それにしてもこのタイミングでその時を迎えてしまうなんて……思わず、私は苦笑いをしていた。何だか、久しぶりに笑ったような気がした。
「隣、いい?」
 少しだけ立派になったシェルスが、私の返事を待たずに隣に座る。まあ私も、ここまで来たら彼を追い出すことなどできないのだけど。
「まずは……ごめん!」
「そのごめんは……どういう意味?」
「君のこと、分かっていたようで全然理解していなかった。今回の君の苦しみも、分かってあげられなかった。友達として、本当に申し訳ないよ」
 そしてシェルスは、あの後に追加でオオスバメからもらったという情報を私に打ち明けた。カラマネロというポケモンは進化後の姿であって、進化前の姿はマーイーカであると。つまり、今の私であり、私が進化するとあの敵の姿になってしまうということを。
「そこまで分かったなら、もう私に近づかない方がいいよ……私は、みんなの敵になる可能性が、高いんだから」
 薄々は分かっていた。本能をいくらエネルギーで抑え込もうが、適応して収まることなんてないんだって。それでも、私は愛する母の作り上げた、この見守り隊での活動をもっと続けたかった。もっと仲間たちと、楽しい日々を送りたかった。だから、僅かな望みをかけてずっとずっと、自分を抑え込んでいたんだ。
「マイカがカラマネロに進化するんだって分かった。その上ではっきりと伝えるよ。今すぐ、ひっくり返って進化しよう」
 一瞬、彼の言葉の意味が分からなかった。把握するのに、数十秒ほどかかってしまっただろうか。
「何言っているのよ! カラマネロがどれだけ凶悪なポケモンか……シェルス! あんた身を持って味わったじゃないの!?」
 理解した瞬間に、私は彼を怒鳴りつけていた。あの時、シェルスはカラマネロの催眠術で思うがままに操られてしまっていた。それなのにどうして、彼は私をカラマネロに進化させたがるのか。
 でも彼は私の怒号に、一切怯むことはなかった。私をじっと見据え続け、そして朗らかな笑みを浮かべる。
「あの時は僕が不覚を取って君に迷惑をかけたね……確かにあの時、カラマネロの恐ろしさは痛感したさ。でもそれ以上にさ……僕は、マイカの、立ち向かう勇気と優しさが、嬉しかった」
 予想もしなかった言葉に、私は身を固めてしまう。
「確かにカラマネロは、その強力すぎる催眠術の力で悪事を働くことが多いとは聞くよ。でも……全てがそうだって訳じゃないだろ。心優しいカラマネロだって、いたっていいじゃないか」
「でも、本当に進化しても私を保てるかどうか……正直、自信ないよ……」
 思わず、その不安を彼にぶつける。もう既に、視界は涙で揺れてしまっていた。
「君なら大丈夫だよ。ほら、ルリーナさんも最後に、言ってくれたじゃないか」
「母さんが……? 母さんは、困っているポケモンたちに、手を差し出してあげてねって……」
「あ、そうか……マイカは、ルリーナさんの最後の言葉を聞き逃してしまったんだね。じゃあ、僕が今、この場で伝えるよ」
 そう言って彼は、母の本当の最後の言葉を、私に伝えてくれた。
 
 自分を愛しなさい。そして、自分のことを信じなさい……

 涙が、ポタポタと落ちる。それを止めることなど、私には出来ずにいた。シェルスはいつの間にか、私のことを優しく抱擁して、ゆっくりと私に語り掛けてくれた。
「このことは、見守り隊のみんなが知っているけど、全員がマイカのことを信じて、一匹で抱え込まずに進化して欲しいって言ってた。それにカラマネロが味方にいれば、襲ってくるカラマネロの対処だって楽になるしね。そして……何より、こんなに優しい君が、苦しむ必要なんてないんだよ。他のポケモンだけじゃなくてさ、君も幸せになってよ。……僕は本気で君を……愛している、から」
 母の本当の想い、見守り隊のみんなの想い、そして何より……シェルスの想い。またもや私を救ってくれたのは、母が、いやみんなが築き上げた慈愛の輪であった。



 とても大きく、綺麗な満月が地上を照らす。
 そんな中、私はシェルスに見守られながら、ひっくり返った状態で森の木の枝に捕まっていた。本能的な欲求に忠実に従った結果、瞬く間に身体中のエネルギーが湧き上がっていくのを感じ取っていた。
 そして意識は途切れていき――月明りが私に降り注ぐ中、再び意識を取り戻した際には既に私はカマラネロへと姿を変えていた。ずっと憎いと思っていた、敵の姿。それでも私の心はとても穏やかに、落ち着いていた。
 確かにあまりにも強大すぎる力が身体中をせわしく駆け巡っている感覚はある。以前の不安に満ちた私がそのままこの姿へと進化を遂げたら、この深い闇に飲み込まれてしまったかもしれない。でも今の私なら大丈夫。自分を信じることができているし、そして信じてくれる仲間も、パートナーもいる。本当の敵が現れても、きっとこの力を大いに役立たせることが出来るだろう。
「……ちょっと不細工に、なっちゃったかな」
「いや……月明りに照らされていた君は、本当に美しかったよ。何だかとても妖艶で、眺めているだけで時間を忘れちゃった……」
 言っていた自分が照れてしまったのか、シェルスは頬を赤くして顔を背けてしまった。しかしそれが、お世辞でもなく本心であることがとても良く伝わってきて、私は素直に喜んだ。

「今日は、君の住処に泊まってもいいかな? 勿論、変なことをする訳じゃなくてさ……ただ、君の隣で、君を感じていたいんだ」

 ずっと友達だったシェルスを、私は一瞬でも私を陥れる敵と思ってしまった。
 でも彼は、私のことを真摯に想い、そして敵になりかけてしまった私を救ってくれた。
 ただ救ってくれただけじゃない。私を愛してくれて、私に幸せになって欲しいと言ってくれた。それがただただ、嬉しかった。

 彼のお願いに、私は朗らかな笑みを浮かべて返事をした。
 最後だけは、これまでの言葉を、ひっくり返して。

 シェルス、ありがとう
 ……きて



ノベルチェッカー

【原稿用紙(20×20行)】 29.4(枚)
【総文字数】 9997(字)
【行数】 140(行)
【台詞:地の文】 11:88(%)|1106:8891(字)
【漢字:かな:カナ:他】 32:60:5:1(%)|3276:6039:575:107(字)



○あとがき

 こんにちは。からとりです。
 今回は22作品も投稿があり、いつも以上に大会も盛り上がりましたね!
 そして、これだけ作品がある中で票をいただけたのは本当に嬉しいです。ありがとうございます。
 実は非官能の作品を投稿するのは今年初めてなのですが、書いてみるとやはり非官能ならではの楽しさがありますね。
 プロットにかなり時間を要してしまい、最後の方はいつもの如く時間ない文字数足りないで苦しみましたが……何とか間に合って良かったと思います。

○作品について

 「てき」のテーマで真っ先に思いついたワードは「敵」と調教師の「テキ」でしたが、馬系統は既に結構書いてるしな……ということで敵で考えてみることにしました。
 程なくして、「敵」を逆さ読みすると「来て」という言葉になることが頭に浮かび、これを使ってお話をまとめられないかなということで構想を練り始めました。
 この時点で1行目は「敵」、最終行は「来て」、という形で構成できたらと思っていました。

 そういう意味ではマーイーカの生態が、今回の思い描いたネタにかなりピッタリでした。
 ひっくり返って進化することもそうですし、進化すると割と凶暴になってしまう点とかは「敵」としては美味しいものです。
 細かい部分の粗はやっぱり実感しているのですが、「敵」要素を結構詰め込むことができた点に関しては良かったと思っています。

○コメント返信

 > 最後のセリフでやられました。上手い使い方だと思います (2018/12/02(日) 07:33)さん

 正直なところ、最後のセリフは狙いすぎた感もあって不安だったのですが、 
 一番最初に考えていた作品のコンセプトにハマっていただけたようで良かったです!

 
 > ひっくり返して進化するマーイーカの特性をうまく物語に絡めてきていたと思いました。
   導入から最後のメッセージの使い方も上手に感じられたので投票します。 (2018/12/02(日) 20:47)さん

 ひっくり返って進化するのって冷静に考えると可愛くないですか……? エモい…………
 ……それはさておき、マーイーカらしさを物語にしっかり活かしたいと思って執筆していましたので、そのように感じていただけたのであればとても嬉しいです。


最後になりますが読んでくださった皆様、投票してくださった皆様、そして大会主催者様。
本当にありがとうございました。



 感想、意見、アドバイス等。何かありましたらお気軽にどうぞ。

コメントはありません。 私が私でいるためにコメントログ ?

お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2018-12-04 (火) 22:50:51
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.