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砂嵐の先へ

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writer is 双牙連刃

 突破的作者の思い付きから生まれた短編作品となります。元トレーナー付きのガブリアスと少し変わり者のフライゴンの物語、お楽しみ頂ければ幸いです。



「お前使えない。じゃあな」

 ……俺を捕まえ鍛え、幾度となくバトルに繰り出して勝利を掴んだ、掴ませていたトレーナーは、笑いながらそう言ってゴミを捨てるように俺ごと俺の入ったモンスターボールを手放した。所有者を失ったボールが完全に機能を失うまでの一週間、俺は届く筈の無い懇願をし続けた。待ってくれ、どうしてだ。俺はまだ戦える、行かないでくれ。俺を……捨てないでくれ。
 そんな事が無駄だと、分かってはいた。俺は俺がされた行為を幾度となく見て来たのだから。
 トレーナーの意識変化、新ポケモンの台頭、目まぐるしく変わる戦闘環境の変化……勝利の栄光を得ようとすれば、その変化に柔軟に対応するのは当然の帰結。それによって、例え用済みとなった者を切り捨ててでも前に進まなければならない……。
 俺はその波の寄せ返しを受けた。いや、俺だけじゃない。俺のトレーナー……いや、元トレーナーが言っていた。俺達の種族、ガブリアスは使えないポケモンになった、と……。
 勝利を手にする為、世のトレーナーはこぞって時代の強者達に手を伸ばす。そして、それまでの強者は取って代わられ弱者となる。いや、弱者になるのではない。不要な存在となるんだ……。
 俺のトレーナーもそう。ポケモンは自らが勝利する為の駒であり、それ以上でも以下でもない存在。バトルの主役は自らであり勝利は自らの物。その考えが間違っているものだなんて一寸たりとも思っていない。日々の生活やバトルの勝利からの笑顔から、嫌でもそれを感じる奴だった。……今思えば、俺や他のバトルに参加しているポケモンは、それを知りながらも知らぬ振りをしていただけだったのかもしれない。少なくとも、自分達は必要とされ現状に甘んじていられるのだから、と。
 ははっ……こうして野に晒され、何も出来ぬまま朽ちていく際にそんな事を思ってももう遅い。今まで俺達が見ないようにしてきた仲間達の死、それが俺に追い付いて来た。ただ、それだけの事。こんなにも心砕かれ、無為に命を散らす事だったとは思ってなかったがな。
 今俺が死ねば、俺の死骸は誰にも見つかる事無く吹き荒れる砂塵の陰に消えるだろう。かかか……本気で使えないと言われた俺の特性、砂隠れらしい陰気な最期じゃないか。いいさ、もう動く力も気も無い。価値の無い俺でもよければ、存分に喰らうがいいさ……。

「どぅぶぇあぁぁぁぁ! 目ぇ痛だだだ! マジ何!? さっきまでサンライト降り注いでたじゃ……えでぶしっ!?」

 ……目を開けなくても分かる。今、俺の胴体に蹴躓いて騒がしい何かが全力で転んだ。なんだ? 砂漠にドゴームなんて居たか? 最期くらいせめて心静かに送ってくれ……。

「うぇっ、ぺっぺっ! もーなんだよ岩陰探してんのにー。ただでさえ砂で前見えないってのにさー。何? 岩? それとも通りすがりのレジギガス? ちっさ過ぎるわってな! って……わーお生物!?」

 どうやら俺に気付いたらしい。なんだこいつなんて言う辺り、ガブリアス自体を知らないポケモンのようだ。ま、俺も知らぬ土地を彷徨って砂漠に迷い込んだ迷い者だ。同胞が居る場所に辿り着いていた方が、自分の幸運に苦笑いを浮かべていただろうな。

「ど、どうしよどうしよ、倒れてるって事は、倒れてるんだよな!? って聞いて応えられたら倒れたりしてないよな。えーっとあーっと、あぁんもう、こんな砂嵐の中じゃどうにもならーん!」

 当たり前だ。いいから俺の事なんか捨て置け……ん? な、なんだ? 体が……持ち上げられた!? 馬鹿な、そんな大きな気配は感じなかったぞ!?

「らっせぇぇぇぇぇ……らぁぁぁぁぁい!」

 生まれてこの方感じた事の無い重力の抵抗を受けて、それが緩んだ際にもう開くまいと思っていた双瞼が僅かに開き……飛び込んできたのは、今までに見た事も無い程に輝く太陽の輝きだった。俺は、空を……飛んでいる?

「うっ……」
「おっ! 呻いた!? って事はひょっとしてひょっとすると意識はあるっぽい!? けどまぁちょこちょこーっと待っててくれ! あいえーっと……よっしあーそこ!」

 そしてまた有無を言わさぬ加速が俺に掛かり、然程せずにさっきまで俺の体を打ち付けていた砂塵に身を当てられる。俺を抱えている奴はふぬぅとか言いながら、食いしばるように何処かに一直線に向かっているようだ。そして俺の体に次に刺さったのは大きな衝撃と……急な水の冷たさだった。

「ぶぁっ!? がっ、ごほっ、げほ!?」
「どぅぶるぁぁぁ! 水に突っ込めばなんとかなるとは思ったけど、急に冷たくてマイハートがロックンロールするとこだったー!」

 なんて言いながら馬鹿笑いする奴を、驚いて本格的に目を見開いた俺の瞳が捉える。半身を水に浸かりながら、顔の水を拭うその緑と言うより翠と言うに相応しい透き通る色を、俺は知っている。いや、知っているのは種族だけだが。

「ふ、フライゴン?」
「おっ! 俺が何か知ってんだ! けどメンゴ、俺はあんたが何か知らないんだよねー。ま、とりあえずこの嵐が止むまではここで休も。ちっさいけど水が湧いてるチビオアシス! 俺のお気になんだー」

 チビオアシス? そんな物あるのかとも思ったが、確かに俺は水に浸かれている。深くは無いが、ぷちぷちと水が湧いてるようだ。こんなオアシスがあるとは……。
 と、どうやら客は俺達だけじゃなかったらしい。見れば俺を連れて来たフライゴンが、先に居たであろう一匹のポケモンに詫びを言っている。あれは、サボネアか。どうやら驚いた事をチクチクと責められているらしい。

「ったくー、嵐の中じゃなかったらニードルアームでぞりぞりしてやるところだぞー」
「ちょちょちょ!? 俺摩り下ろしたって血くらいしか出ないって!」
「砂漠的にはそれも水分的にアリ」
「止めて!?」

 フライゴンは半泣きだが、サボネアの方は冗談らしく笑っている。この嵐で水場に逃げ込んだのは同じ事、そう邪見にするつもりは無いようだ。
 ……生き残った、か。思わぬ事とはいえ、熱砂に晒されていたこの身に水の涼やかさが心地いい。ははっ、つい一時前まで朽ちようとしていたというのに、ままならないものだな。

「で? あんたなんで砂嵐の中で寝てた訳さ? 俺が偶然すっ転んでなかったら今頃干物になってたか砂で埋もれちゃってたぜ?」
「……それもいいかと思ってたんだがな。何の事は無い、行き倒れという奴だ」
「行き倒れ? 砂漠の真ん中で? いや、砂漠の外から来たなら聞かない話でもないけど」
「あぁ、俺はこの砂漠の外から来た。それに、ここが何処かも知らん。彷徨って、気付いたらこの場所に居たんだ」

 なんじゃそれ? そう言って首を傾げるフライゴンは本当に分かってないようだが、どうやらサボネアの方は朧げだが俺がどういう存在か分かったらしい。複雑そうな顔をしているからな。

「あんた、人付きか?」
「元、な」
「人付き? 何なんそれ?」
「お前さんでも人間って奴等は分かるだろ?」
「あー……たまに見掛けるポケモンじゃない二本足で歩く奴ら?」
「そうそう。そいつ等、俺達ポケモンの事とっ捕まえてこき使う事もあんだけどさ、こいつはその人間と一緒に居た事があんの。で、そういうポケモンの事を人付きっつーのよ」

 へぇーなんて言ってるが、どうやらこのフライゴンは特に人間には興味が無いようだ。まぁ、その方がいいのかもしれないな。

「あ、じゃあ元って事は今は違うって事か。どしたのさ、逸れたん?」
「いや……」
「おい目無し、あんまりそういうのは聞くもんじゃない。人付きだった、けど今は違う。そして全く知らんところを流離ってる。そこから察しろ」
「んー……自分探しの旅?」

 そう答えたフライゴンが盛大にツッコミを入れられた。自分探しか……あながち、間違ってもいないのかもしれん。

「なんだよー! なら人間探して三千里!?」
「ポジティブか! ようはつまり……」
「捨てられたのさ、俺は。その、一緒に居た人間に、な」

 言葉にして、胸の奥が澱んでいくのを感じる。捨てられた、もう理解したつもりでいた。いや、理解しなければと無理矢理に思っていた。それでもその事実は、重い。
 どうやらフライゴンも事態を飲み込めたらしく、なるほどとジェスチャーをして見せる。当然それをサボネアがバシンと叩き、痛がるフライゴンにこの空気の責任を取れと目で言っている。その状況を客観的に見れる程度には落ち着ける心持ちには、どうやらなっているようだな。

「あーうん。よし言おう、超ゴメン!」
「お、お前って奴はどうしてそう空気を……」
「いや、俺も意気消沈して悪かった。もうこうなって二週間だ、いい加減引きずる俺も女々し過ぎるんだろう」

 ボールが機能を停止して外の世界に放り出され、それだけのらりくらりと生きていたんだ。自分の丈夫さに悪態を吐いた事もある。なんで死なない、生きてどうする、とな。
 だが、またこうして命を拾った。鍛えられた事の賜物か、天運の良さの賜物か……今回は、どうやら後者の要素が多いようだがな。
 流石に口を開くにも空気が重くなり過ぎたか、俺達の間には重い沈黙と僅かに勢いを弱め始めた砂嵐だけが渦を巻いていた。湧いているとはいえ、よく砂嵐で埋まらないなこのオアシス。

「にしても人付きか……あんたはどうやら静かそうな性格だな」
「うん? あぁまぁ、気が荒いと言われた事は無いな」
「それは一安心だ。人付きって、あんまり良いイメージ無いからなぁ」

 サボネアが言うには人付き、つまりトレーナーと共にあったポケモンへのイメージとは主に二種類に分けられるらしい。
 一つは、俺のようにトレーナーに捨てられた悲しみから、自ら命を絶つ。もしくは衰弱していきそのまま絶命する者が多いそうだ。俺自身がそうであるから、これは納得出来る。
 厄介なのがもう一つの方。トレーナーに鍛えられた能力を誇示し、そこに元々暮らしていたポケモンに害する存在になる者も居るそうだ。所謂、縄張り荒らしという奴に該当するんだろう。

「なるほどな……それで人付き、なんて固有の呼び名が付いている訳か」
「そ、人付きは関わると厄介が俺らの常識だからな。けどあんたは大丈夫そうだな」
「どうかな……俺もトレーナーと共にあった時間が長過ぎて、野生での生き方を忘れてしまった者だ。お前さん達に迷惑を掛けてしまうかもしれんぞ?」
「あれ何? 生き方が分からないって、ひょっとして食い物の探し方とか分かんないからぶっ倒れてたん? なんだぁそれならそう言やいいのに。それくらいなら俺だって教えれるよん」

 ……今までの話を完全に聞いてなかったかのような切り口でフライゴンが口を開いた。いやまぁ確かに倒れたのは空腹からの疲労も要因の一つだが、それ以上に精神的な衰弱をしているという話をしていたんだが?
 大丈夫大丈夫、砂漠にも食べる物結構あるし! なんて得意げに言うこのフライゴン、どうやら完全に俺に食料の収集法なんかを教えるつもりでいるらしい。そんな様子を見て、俺もサボネアも顔を見合わせてしまった。感じてはいたがこのフライゴン、野生ではあるようだが少々毛色が違うようだな。
 っと、話し込んでいる内に砂嵐も淡くなったようだ。頃合いも良いと踏んだのか、サボネアが動いた。

「んまぁ、こいつもこの辺じゃ変わりもんっていうか、色々ある奴なんだ。仲良くしてやってくれよ。良い奴なのは俺が保証してやる」
「え、あ」
「んじゃな目無し。何するか知らんけど、あんまり振り回してやんなよ」
「おう、んじゃなサボー! ……ていうかお前、なんで此処に居たん? また誰かにフラれたとか?」

 ビクッとした後一瞬止まって、チクショーめー! と叫んだ後に少し驚くスピードでサボネアは走っていった。……図星だったのか。

「あいつ、よく分からんけど牝のポケモンにモテたいとかで日夜モテって奴を研究してんだってさ。俺にはよく分かんないけど」
「ほ、ほぉ……俺も不得意な分野だな」
「だよなー。さて、と。もう動けそうかい? 大丈夫ならとりあえず動くか」
「動く?」
「あぁ、別に走り回ろうぜ! って話じゃねーよ? ここで駄弁ってるのもジリジリしてくっからさ、一先ず俺の塒行かね? って話」
「う、む……」
「よし決ーまり! んじゃ行こーぜぃ!」

 曖昧な返事をしたら了承と取られてしまった……何かする事があるでもなし、付き合ってもいいか。
 フライゴンには立派な翅はあるのだが、俺に合わせてなのかオアシスから歩いて移動を始める。ここからしばらく歩くのかと尋ねると、そうでもないぜーと返事が返ってきた。何処に行くかも分からない俺には、フライゴンに付いて行くという選択肢以外は今のところは無いんだがな。
 そうでもないの言葉に偽りは無く、しばし歩いただけで砂漠に突出した一枚岩に辿り着いた。どうやらこの下がこのフライゴンの生活拠点なようだな。

「さーてさてっと。とりあえず腹減ってる? 干したのだけどこれでも食ってみる?」
「これは? いや、オレンの実、か?」
「あったりー。そのまま置いとくとすーぐに干乾びちまって美味くなくなるんだけど、薄く切って干すとぱりぱりして結構食えるんだよねー」

 皮の色からの予想だったがどうやら当たったらしい。薄くスライスされしっかりと干されたチップスのような物にはなってるんだが、オレンのドライフルーツと言った辺りか? これを作ったと言うのだから、少し驚きだな。
 味は……噛めば確かにオレンの味がするな。満腹にはならないが、飢えを凌ぐ保存食としては悪くないかもしれない。
 食べながら少し岩場を見回してみると、何やら見た事のある人間の使う道具が乱雑に集められていた。これは一体?

「あぁそれ? たまに砂漠で拾うんだよ。一回だけセンセに見せた時は人間の道具だって言ってたけど、形とか面白いから見つけたら拾ってきてんだ」
「ほぉ……技マシンにモンスターボール、傷薬の容器に自転車の……サドル? 何故サドルだけここに?」
「んぉ!? 人付き、これらの事知ってんの!?」
「あ、あぁ。見た事のある物だけになるが……ん? 人付き?」
「あれ、そういう名前なんじゃねぇの? サボネアがそう呼んでたからそういう呼び名かと思ったんだけど」

 忘れていた、このフライゴンはガブリアスの事を知らないんだったな。ならば呼ばれていた人付きで呼ぶのも然りか。あまり呼ばれたい名ではないし、訂正しておくか。

「いや、人付きと言うのは単に人と居たポケモンだという事を言ってるだけさ。俺は種族としては、ガブリアスという」
「ガブリアス! へー、カッコイイじゃん! 人付きなんて呼ぶよりそっちのがずっといいな!」

 屈託無く純粋にそう言われると、少々気恥ずかしくも感じるな。カッコイイ、か……今の俺は、果たしてそう言われる資格があるかどうか。

「でもそれだと種族の名前なんだよな? それだと面白くないよなーうーん……」
「お、面白くないって」

 首を捻りながらフライゴンは何かを必死に考えている。なんと言うか、常に全力だな、こいつは。

「よし! ガブリアスの真ん中取ってブリアにしよう!」
「な、なんだ急に?」
「あんたの呼び名だよ。いいだろ? あ、気に入らなかった?」
「いや……呼び名、か」

 呼び名、ニックネームか。連れてるポケモンに愛着を込めて付けるトレーナーも居ると聞いた時に、憧れると一緒に居たポケモン達と談笑した事もあったな。その憧れが捨てられた後に付けられるとは、全くもって皮肉もいいところだ。が、この不安そうに俺の顔を覗き込む名付け親に免じて、甘んじて受けるのも悪くないだろう。

「今まで呼び名なんて付けられた事も無いしな、好きに呼んでくれ」
「ぃやったーい! そんじゃブリアに決まりな! あ、俺の事は目無しって呼んでくれていいぜ。大体皆にはそう呼ばれてっから」
「ふむ? 気になってはいたんだが、その目無しとは? 目、見えているよな?」
「そりゃもうバッチシよ! けどなんだっけ? フライゴンって目のとこになんか赤い保護カバー? とか言うのあるんだろ? 俺にはそれが無いっしょ? だから目無しなんだってさ」

 気付いてはいた。違和感があると思っていたが、確かに記憶にあるフライゴンの顔には砂嵐から目を保護する赤い膜があった。目の前のフライゴンにはそれが無い。割れてしまったというより、最初から存在していないように綺麗に無いんだ。
 その事から、俺の記憶の中から一つの病が弾き出された。暇潰し程度に見分した知識だが、ポケモンが進化の際に、種族的特徴の一部が欠損してしまう疾患……。

「先天性進化不全か?」
「ふにょ!? せ、せんてんせー……な、何?」
「先天性進化不全。ポケモンの病の一つで、体に何らかの影響で異常が発生し、進化の際に本来の進化先にあるべき特徴が無くなってしまう事があるらしいんだ。君のは恐らくそれだ」
「うぇぇ!? そ、そうなん!? って事は、俺どっかおかしいのか!?」
「いやだから、その目の保護膜が無いのがそうだと思うんだが?」
「……そうなの?」
「た、多分だが」
「んー……そう言われても俺、俺以外のフライゴン知らないしなー。なった時から無いし、別に気になんないけど?」

 どういう事だ? と俺が疑問に思っているのが分かったのか、フライゴンはざっくりと自分の現状を教えてくれた。どうもこのフライゴン、この砂漠に天涯孤独な状況でナックラーの時に孵化した、所謂逸れの存在なのだそうだ。
 砂漠でポツンと生まれ、右も左も分からない状態の際に此処から離れた所にある先程のオアシスとは違う、大きなオアシスがありそこで先生と呼ばれているポケモンに保護、育成をされたという経緯の持ち主なのだという。サボネアが言っていた変わり者とは、どうやらこの事のようだな。

「なんかナックラーとかビブラーバって時にも目がおかしいーとか変だーとか言われてたけど……そっか、それの所為だったんだな」
「進化前から兆候はあったのか……」
「らしいね。んで変な奴だーって言われて気味悪がられるから、このフライゴンになった時にオアシスから離れたんよ。目無しってのはさ、ナックラーの時から上手く目が開かなくて、目が無いように見えるからってんで呼ばれてんだ」

 目のカバーが無いのはビブラーバの頃から既に起こっていたと言うのだから、恐らくナックラーの頃から瞼辺りに異常があったのやもしれないな。他に異常が無いのが、不幸中の幸いってところか。

「にしてもブリア物知りだなー。気味悪いじゃなくて、そんな病気があるって教えてくれたのブリアが初めてだぞ」
「あ、いや、俺もたまたま知っていただけだが」
「それでもスゲーって! でもそっかー、そんな目のカバーあれば砂嵐の時とかすっげー楽だよなー」

 元々フライゴンは砂嵐を巧みに利用するポケモンだと教えると、興味深そうにフライゴンとはどういうポケモンなのかを質問された。あまり詳しくはないんだが、覚えている限りの知識を駆使して目無し……からの質問に答えていく。身体的欠損から生まれた呼び名、か。あまり呼んでいて気分が良いものではないな。

「へぇー! フライゴンって翅でなんか音出せんだ!」
「あぁ。元々ビブラーバの時に翅を擦り合わせて音や超音波を出せるようだが、それの延長で飛行する際に翅が摺り合って美しい音色を出すと言われているな」
「ほへー。俺も練習すりゃ出来っかな?」
「むぅ、種族は同一だから、やってやれない事は無いと思うぞ」
「なるほど。今度やってみっか! って……あれ!? なんか暗くなってきてる!?」
「ん? あぁ、あのオアシスで砂嵐をやり過ごして、ここに来てからも随分話し込んでいたからな」

 気付けば昼の熱さはなりを潜め始め、空は夕焼けに染まっていた。昼は熱く、夜は冷え込む。ままならない気候だな、砂漠とは。

「不味ったなー。食い物、干しオレンしかねぇよー。本当はなんか探しに行く気だったんだけどなー」
「済まない、俺も時間を気にしていなかったな」

 自分で言ってはっとした。俺は今、時間も気にせず話に華を咲かせていたのか。そもそも誰かと話すというのを、こんなに長く続けた事があっただろうか。共に居たポケモン達も、基本的には皆ボールの中。気まぐれに出したままにされた時に二言三言言葉を交わす事はあったが、こんなに誰かと話すという事は記憶に無い。俺は……夢中になっていたのか?

「ま、今晩はこれで我慢すっか。そしたら明日なんか食べた時すっげー美味いし!」
「なんと言うか……前向きなんだな、目無しは」
「そうかぁ? まぁでも、楽しくない事考えたって詰まんねーじゃん。それならそんな詰まんねー事考える分楽しい事考えたりしてた方が楽しいじゃんよ!」

 そう言って笑う目無しが、俺には酷く眩しく感じた。居たであろう親に捨てられ、その身には生まれた時から異常を抱え、それが起因となり他のポケモンから疎遠となる。俺なんかよりもずっと辛く険しい道を歩み続けてきたのに、こうして笑える。捨てられたとはいえ、それまでは特に不自由も無く生きて来たのに笑えない俺が、陰険で惨めに感じてしまう。

「ブリア? どうかしたんか?」
「い、いや……良い笑顔だと思ってな」
「だしょ!? これだけは良いって昔から言われんだ! お前は楽しそうに笑うって!」
「あぁ。……少し、羨ましいよ」

 笑う、か。俺は、心から笑った事なんてあったかな。鍛えて、バトルして。勝利しても称賛される事も無く、敗北すれば捨てられる。そんな生き方しかして来なかったんだ。笑った記憶なんて、有る筈も無いよな。

「大丈夫だって! 明日なんか美味いもん探して食おうぜ! そしたらブリアだって笑えるさ!」
「そう、だといいんだがな」
「だいじょぶだいじょぶ! よし! そうとなったら今日は眠くなるまで色々話そうぜ! 俺もっと色々聞いてみたい!」

 目を輝かせてそう言われると、無い知識を振り絞って期待に応えたくなってしまうものだな。目無しと呼ばれる者が目を輝かせるか、また不思議な感覚だな。
 どうやら目無しは俺のこれまでの話をご所望らしい。大して面白い話は無いのだが……しばし昔語りでもしてみるか。



 薄ら明るくなってきた気配を感じ、瞼を開ける。空は、少し白んできた辺りか。
 結局昨日は散々目無しに付き合わされた挙句、話をしていたのに先に寝た目無しに振り回される一日だったな。だが、それを俺は間違い無く楽しんでいた。空虚な心に、少しだけ温かさを確かに感じて……。
 だから、今日は何があるのかと期待している自分をはっきりと理解出来る。昨日砂嵐に飲まれて消えようとした俺が、だ。まだ眠る目無しを見て、昨日のが砂塵の中の幻ではないと安堵もしているよ。
 岩場の陰から抜け出して、今度は岩を昇り淵に座る。そうすると、昨日までは感じなかった空腹感からか、腹の虫が催促をしてきた。どうやら俺の体は、今日も生きる気で満ちているらしい。

「んっ……んぁ……ふぁーぁあっふぃ……」
「や、お早う」
「んが? 今のは……ブリアぁ? あれ、居ない?」
「こっちだこっち」
「うぉ? 上か!」

 勢いよく見上げた目無しに鰭を振って応える。元気に手を挙げたかと思えばふわりと宙に舞い、俺の横へ来て腰掛けた。

「おっはようさーん! ブリア早起きだなぁ」
「いや、俺も少し前に目が覚めたんだ。気持ちの良い朝だな」
「おう! けど腹減ったなー。おっ、来るかな?」

 予告通り、盛大に目無しの腹が鳴った。それに釣られるように俺の腹も鳴ると、お揃いだと言って目無しは大いに笑う。楽しそうに笑うの言葉に偽り無しだな。

「よーし! オアシスで水飲んだり顔洗ったりしてから食いもん探そっか!」
「あぁ、了解だ」
「おっ、なんかブリア昨日より元気っぽいな」
「久々によく寝たから、かもな」

 寝る前に散々話をしたからか、それとも隣に目無しが居たからか。本当に、久々にぐっすりと眠れた。お陰で気分も優れてるようだ。
 早速行こうぜと催促する目無しに同意して動き出す。こんなに気持ちの良い朝は、本当に久しぶりだ。
 オアシスに着いて水を飲んで一心地着いたところで、目無しは何処に行ってみるかを考えているようだ。どうやら候補は三か所ほどあるらしい。

「んー、やっぱり確実なのは谷の方かな。植えた実がそろそろ食べ頃な筈」
「植えた? 育ててるのか?」
「育ててるってか、ブラブラしてる時に見つけた木の実が成る木が育つ谷があんだよね。そこで木の実食って種とか埋めといたら、また食えるようになるよなーと思って続けてるとこがあんだ」

 それを一般的には植えて育成すると言うと思うんだが、別に目無しは管理している訳ではないから栽培とはニュアンスが違うか。とにかく食糧を確保出来る場所は何ヶ所か目無しが押さえてるようだし、教えてもらえるのは役得だな。
 飛ばずとも辿り着ける場所だという事で、揃ってその木の実の谷へ向かう。水を十分に飲んでいるからか、昨日砂漠を彷徨っていた時より随分と体は楽だ。砂漠で生きるには水源の確保は最優先だな。

「おっ、なんか見っけ!」
「ん? それは……」

 砂に半分埋まった何かを目無しが掘り出す。これは、ペットボトルか。朽ちて穴が開いてるから利用は出来んか。

「なんだ、たまに見つける奴か。詰まんね」
「ふむ、穴が開いてなければ水を持ち運べて便利なんだがな」
「ふぇ!? ブリア、これがなんなのか知ってるのか!?」

 人間が使う水や液体を持ち運ぶ為の入れ物である事、キャップの外し方等を歩きながら教えると、そんな便利なもんだったのかと目無しは驚いている。まぁ、俺は知っていてもこの鰭では利用する事が出来ないからな。手がある目無しが少し羨ましい。正直を言うとな。
 しかし、こうしてペットボトルが落ちている辺り、この辺りにも人は来ているのか? 少し聞いてみるか。

「なぁ目無し、そういう物が落ちているという事は、この砂漠には人の出入りがあるのか?」
「あるっちゃああるけど、そんなに出くわす事は無いかなー? たまに他のポケモンが小さいのに吸い込まれたり、知らないポケモンをけしかけて暴れてるのは見掛けた事あっかな?」

 なるほど、恐らくどちらもトレーナーだな。前者は新たなポケモンの捕獲、後者は自分の手持ちの育成の為に砂漠に踏み込んだんだろう。

「俺がちゃんと戦えればそういう時助けてやったり出来るんだけどなー」
「ん? 目無しは戦えないのか?」
「しゃーっぱりじぇんじぇん。技の砂嵐使って目隠しして逃がしたりってのは出来っけど、砂嵐使ったら俺もなーんも見えなくなっちゃうから他の技が当たんないんだよなー」

 そうか、本来なら砂嵐から目を保護する膜があるからこそ砂嵐を最大限利用出来るが、目無しは目の保護が無いからそれが出来ないという事か。特性が砂隠れである俺からしたら有難いんだがな。
 で、砂嵐を使わなければどうだと聞いてみたんだが、真っ直ぐ突っ込んで行ってボッコボコにされる! と力強く言われた。いやまぁフライゴンは生態になぞられるようにタクティカルな戦いを得意とするポケモンだった筈だからな。戦略を学べば違うんだろうが、今まで見聞きした目無しの性格からして、そういった事が得意な方では無さそうだ。性格と戦闘スタイルが噛み合ってないのではないかと話ながら感じるな。

「そうだ! 確かブリアって、人間のとこで鍛えてたんだよな! ならさならさ、俺に戦い方教えてくんない!?」
「戦い方を? 強くなりたいのか?」
「いや別にそんなに。たださ、困ってたり嫌な事されてる奴が居るのに何にも出来ないってのが納得出来ないって言えばいい感じ? だからせめて、なんか出来るようになっときたいんだ!」

 助けてもらった先生と呼ぶポケモンのように、誰かを助けられるようになりたいから、か。目無しのこの真っ直ぐで純粋な性格はその恩師の賜物のようだ。こんなに良い奴が気味悪がられて爪弾きにされてるとは、やるせないな……。
 考えようによっては、目無しが力を付けてポケモンを助けられるようになれば、周囲からの視線にも変化を与えられるかもしれない。こうして世話になってるんだ、それくらいやっても罰は当たらないか。

「そうだな……戦力外と突き付けられて捨てられた俺だが、それでもいいのなら手解きしようか」
「マジで!? やったーぃ! けどブリアを捨てたって人間? 見る目無いねー。めっちゃ物知りなブリアを捨てるなんてさ」
「ははっ、俺の言葉がトレーナーに届いていたら、ひょっとしたら何か変わっていたのかもしれないな」

 人とポケモンは言葉を交わす事は出来ない。知らない目無しにそう説明してやると、それで一緒に居て楽しいのかと聞かれてしまった。楽しかったか、か……。

「分からない……フカマルの時に捕まって、この姿になるまでずっとそうして生きてきたから、な」
「ブリア……大変だったんだな」

 大変だった。そう、か……俺は、大変だったんだな。
 訳も分からないままトレーナーに捕まって、与えられた指示通り鍛えて、鍛えて、鍛えて。バトルをして、勝つ事で必死にそれしか知らない生き方を守ろうとして、負けるようになって捨てられる事に怯えて、そして捨てられて。
 気付けば、俺の目からは涙が溢れていた。俺は、一体何のために生きてきた? 戦ってきたんだ? 分からない、分からなくなって麻痺していた。ただ盲目とトレーナーに勝利をなんて、俺はそんな事の為に生きて来たのか? そして捨てられて、死のうとした?

「ははは……俺は、俺の今までは、一体何のために過ぎていったんだ?」
「ブリア……ていっ!」
「ぐはっ!? め、目無し?」

 そこまで力は込めていないが、目無しの拳が俺の腹に当たる。その衝撃で、俺は現実に引き戻されたらしい。

「だったらさ、これからはこれまでの分まで目いっぱい楽しく生きようぜ!」
「楽しく、生きる?」
「おうともさ! 泣くぐらい詰まんねー生き方が今までなんしょ? だったらこれからは、涙出るくらい楽しくて笑っちゃうような生き方しよう! な!」
「笑える、生き方……」
「言ったらブリア怒るか悲しくなるかもしれんけどさ、もうブリアを捕まえたって人間は居ないっしょ? だったらもう大変な生き方なんてしなくていいじゃん。それ以外の生き方なんて分からないって言うなら、分かるまで俺が教えるって。もう一緒に一晩過ごした仲だしさ!」

 臆面も無くそう言い放った目無しに、一つ深呼吸をしてから最後の一言は聞く者によってはおかしな勘違いをされるから控えるように言った。なんでだー? と疑問を言ってるが、理由は流石に言うのに憚られるので控えた。涙は、もう乾いて止まってしまっていた。

「俺が戦い方を教えて、目無しが生き方を教えてくれる、か。悪くないかもな」
「だろー! よっし、やる気出てきた! 早く飯食って教えてくれぃ!」

 走り出そうとする目無しに釣られて、俺も自然と駆け出していた。……そうだ、俺は今自由で、生きてる。歩き出せる。駆け出せる。
 今まで出来なかった事を、これからは幾らでも出来る。どんな生き方だって選べるんだ。なのに死のうなんて、勿体なさ過ぎるよな。
 まだ何をしたいかは分からない。だが……もうしばらくは目無しと共に過ごしていたい。俺の目を覚まさせてくれたこいつの生き方を、見てみたい。それが俺の一歩目だな。
 さて、道中で色々やらかしてしまったが、目無しの言う木の実の谷が見えて来たようだ。切り立った岩山の隙間が正しいのかもしれんがな。
 目無しが入っていった隙間に追って入る。ん? これは、涼しい空気が溜まっている?

「どーよ、ここが俺のお気にの場所その2! 外がやべーくらい暑い時はここで休んでたりするんだー」
「こ、これは……」

 周囲の岩山が守っている所為なのか、それとも大自然の神秘というのか。豊かな水を湛える湖に青々とした草木。ここが砂漠の只中だと忘れてしまう程の美しい自然が俺の目の前に広がった。ポケモンが相当数居ても十分の広さもあるな。

「ビックリだろ? 俺もなんでここだけこんななのかは分かんないんだけどさ、すっげー綺麗だよな此処!」
「あ、あぁ。まるで別世界だな」
「だしょー!? けどあんまり綺麗だからさ、荒らさないように頻繁に来るのは避けてんだー」

 たまに目無しが本当に野生のポケモンなのか疑ってしまいそうだ。オレンのドライフルーツ然り、相当賢い部類に入るのは間違いない。普通のポケモンならここを縄張りにして、我が物顔を決め込むだろうにな。
 目無しに促されて、木の実が成る箇所に足を運ぶ。おぉ、各種木の実が鈴生り成っている。土地に十二分に栄養がある証拠だな。その恩恵、少し分けてもらおう。

「んー! うっめ!」
「砂漠でここまで瑞々しい木の実が食べられるとはな」
「最高だよなー! よっし、元気出た! っと、またちょっとだけ木の実貰ってこっと」
「そうか、あのオレンの実もここの物だったのか」
「おうさ! あと木の実を食べようと思ったら皆のオアシスか、ちょっと危ないとこ行かないと手に入んないんだよなー」
「ちょっと危ない所?」
「うん。なんか植物育てる変なポケモンが自分の縄張りだって言ってるオアシスがあんだけど、そこに行けば見掛けた事無い木の実とかも一応手に入るぜ。命がヤバいけど……」

 うぉ、目無しが今まで見た事無いくらい怯えてる。い、一体何があったんだ……知りたいような知りたくないような。
 そこは危険予知の為に今度案内するという事で、今は手分けして木の実を持ち帰る事にした。ふむ、何か入れ物があれば違うのだろうが、2匹で10数個持つのが限界だな。それでも目無し一匹で運搬するよりも持ち運べると喜ばれたが。
 帰りは特に何も無く無事に岩場に戻った。で、木の実を置いてから早速目無しに戦い方のレクチャーを。とはならず、俺は今目無しが集めたガラクタの前に居る。目無しは使い方は分からないとはいえ、相当数の人の道具を集めているようだからな。その中に使える物もあるんじゃないかと思った訳だ。

「で、寄り分けてみたんだが……」
「へぇー、この丸いのにポケモンの技が入ってんだ。どうやって使うんだこれ?」

 と目無しが言ってるように、かなりの数の生きた技マシンとリュックサックやペットボトルの使用可能品、黒いメガネ等のポケモンの能力を高められる道具が発掘された。……これらを持っていた人間がどうなったかを想像するのは止めておいた方が吉だろうな。

「それにしてもよくこれだけ集められた物だな?」
「砂漠は広いかんなー。暇な時に探検してっと色々見つかって楽しいぜー」

 目無しの特性、物拾いなのではないかと思ってしまう収集能力だな。今は気に入ったと言って、青いウエストポーチを袈裟懸けに身に付けている。収納も出来るようになれば、物集めにも拍車が掛かりそうだな。
 俺はと言うと、俺にも何か身に付けようと目無しが提案してきて、模様の入ったバンダナを首に巻かされた。こだわりスカーフかとも思ったが、どうやら普通のバンダナらしい。

「いいじゃんいいじゃん。ん? ブリア何持ってんの?」
「引っ掛けてるだけだがな。いやなに、これは目無しに丁度良いと思ったんだ」

 俺がガラクタの中から見つけた物、それは恐らく目無しには必須の物だと思って持っていたんだ。状態もすこぶる良いので少し驚いた。

「これは、ゴーグル。恐らく砂漠に入った人が何らかの理由で落としたんだろうが……目無し、これを頭に付けてみるといい」
「頭に? どうやんの?」

 説明して身に付けさせて、調整機能があるようなので目無しの丁度良いように調節もさせる。するとこうなるべきだったと思える程に似合っている。まぁ、赤ではなく茶色の革製だがね。

「それを下ろして、目の辺りに来るようにしてみるといい。それが何なのか分かるだろう」
「こうか? ん、おぉ!?」

 当然ゴーグルだから、きちんとレンズも填まっている。目無しにもどういう物か分かったのか、嬉しそうにしてくれて何よりだ。

「すっげーじゃん! これで砂嵐使っても目が痛くならない!」
「目無しの名も返上だな」

 ずっと呼んでいて気になっていたんだ。あまり名誉とは言えない呼び名なんだ、当事者である目無し自身は気にしていないようだが、変える切っ掛けくらいにはいいだろう。
 驚いた顔をしている目無しに、俺の素直な気持ちを伝えた。俺に呼び名をくれたように、目無しではない新しい呼び名を送らせてくれないか、と。

「まぁ、特に捻ったものとも言えはしないんだが、な」
「俺の新しい呼び名、かぁ。気にした事無かったけど、ブリアがくれるって言うなら貰おっかなー」
「あまり期待はしないでくれよ? なんの事は無い、俺の呼び名と付け方は一緒だからな」
「どういう事?」
「つまり、フライゴンの間を取って、ライゴ。どうだろうか?」
「ライゴ、ライゴか。なんか目無しよりはカッコイイんじゃね!?」
「そもそも目無しというのはあまり良い呼び名とは言い難いと俺は思うんだがな」

 慣れたら気になんないぜ! と言われたが、目が見えない訳でも糸目でもないのだから、初対面の相手にも誤解無く伝わる名の方がいいだろう。当事者の目無し、もといライゴもこれからはライゴで名乗ると決めたようで何よりだな。

「よぉし、目無しは卒業だな! これからは目有りのライゴだ!」
「め、目有りというのもおかしい気もするが、一先ず気に入ってくれて何よりだ」
「おう! そういや先生もずっと気にしてたし、今度会いに行って教えないとなー」
「なんだ、俺以外にも気にしてるポケモンは居たんだな」
「うん。先生ずっと目無しって呼ばれて辛くないかって言ってくれてたんだ。気にしてないぜーって言ったら変な笑いしてた!」

 苦笑いだろうな。今までライゴが卑屈にならなかったの、ライゴの天性のポジティブさも主柱の一つだな、これは。ここまで来るとどうやったらネガティブになるかが疑問になってくるぞ。
 まぁそれは置いておくとして、折角砂嵐を使っても視界を確保出来るようになったんだ、一つライゴがどんな技を使えるかを見てみるとするか。

「さて、約束だからな。ライゴ、まずはお前が今どんな技を覚えているか見せてくれるか?」
「おっ、戦い方教えてくれるんだな! 俺が使える技ね。まずは……これだ!」

 風を纏うようにライゴが空中に飛び上がる。そして回るように動いたかと思えば、その周囲に砂が舞い始めた。なるほど、これがライゴの砂嵐か。
 最後に勢いを付けて一回りすると、辺りを風と砂が包む。うむ、なかなか良い砂嵐だ。

「おー! これすげぇ! 本当に砂嵐の中でも目に砂入んない!」
「元々ゴーグルは目を保護する為の物だからな。よし、砂嵐は把握した。他の技も頼む」
「オッケー!」

 砂嵐に乗じての砂掛けか、視界が悪い上に更に目潰しまでされるとなると相手はたまったものじゃないな。なるほど、このコンビネーションで襲われたポケモンを逃がしていたらしい。普通に効果的じゃないか。

「あと二つは結構大変なんだよなー……どっちからにすっかな?」
「うん? 大変とは?」
「どっちもめっちゃ疲れるんよ。一個の方は使ったらフラフラになっちゃうし、もう一個は使ったら体から力がめっちゃ抜けるんよなー」

 使ったらフラフラになる? 使用すると疲労する技……まさか、あれか? もう一つは力が抜ける……疲労ではなく能力低下という事か。自分の能力が下がる技に幾つか候補はあるが、フライゴンが使える技でそんな技があっただろうか?

「そうだな、とりあえずフラフラになるという技を見せてくれ。その後に少し休憩しよう」
「了解! っと、下手な方に撃ったら危ねーから上にでいっか。いっくぜー!」

 胸の前辺りに手をかざすと、その間に力が集まっていってるのが目に見えて分かる。やはりフラフラになるという技は予想通り、破壊光線だな。

「ぜぇいりやぁぁぁぁぁ!」
「ん? うぉぉ!?」

 ……光線というには太い、ビーム砲のような破壊光線が空に柱を作った。な、なんて破壊力だ。受けたらただでは済まないぞこれは。

「へぁぁぁぁ……づ、づがれだ……」
「疲れる、だろうな……あんな破壊光線を撃てば」
「んぁ? 破壊光線って言うの、あれ? 先生に一回見せたら、危ないから滅多な事で使うなーって言われたんよね」

 だろうな。鍛えてない普通のポケモンに使ったら大怪我じゃ済まない。下手をすれば簡単に命を奪う可能性すらある。というか、何をどうしたらあんな破壊光線になるんだ?
 と、とにかく疲弊したライゴにオレンの実を与えて休ませる。ついでに破壊光線を撃つ前の感覚を聞いてみると、全身から力が漲ってそれを固めるようにして撃ってるそうだ。ふむ? 力を集めて撃つならば分かるが、全身の力? 集める力の総量が多いのか? 俺自身が破壊光線を使えればまた違うんだろうが、如何せん破壊光線発動時の感覚が分からない以上教えきれないのが歯痒いな。
 とはいえ、これについては違う方向で教えられそうだ。戦い方と言うより、力の制御の方向でな。

「はー……よっし、もう動けそうだ!」
「ふむ、インターバルは通常の破壊光線と変わらないようだな……。よし、最後の技を頼む」
「あいよぅ! とはいえ、ぶっちゃけ次のはさっきの……破壊光線だっけ? あれよりヤバいんだよなー。ブリア、離れて見ててくれよ?」

 あ、あれより危ない? 一体どんな技なんだ? というか、破壊力で破壊光線以上の技なんてそうそうあるとは思えんし、そんな技をフライゴンが覚えただろうか? いや、フライゴンの全てを俺も把握してる訳ではないが。
 ライゴは技の準備だと言って、先程よりも高度を上げた空中まで飛び上がった。目は悪くない方なので、何をしているかはまだ見えるな。目を閉じて、軽く腕を広げている。先程の破壊光線のような技ではないのかな?
 なんだ、ライゴの身から青白い光のようなものが出始めたぞ? 離れたここからでも感じる力の波動、ライゴは何をしようと言うんだ? あ、広げていた腕を空に伸ばした。……まさか、あれは!?
 ま、間違いない! ライゴの周囲に力を纏った岩、いや、隕石が生み出された! あの技は!

「竜星群、だと!?」

 ドラゴンタイプが己の力を凝縮して生成する隕石、竜星を相手に落とし攻撃するドラゴンタイプ究極の技の一つ、竜星群! トレーナー付きのポケモンならば伝授という方法で取得出来るとも聞いた事があるが、野生のポケモンで使える個体が居るとは……。しかも今ライゴの周囲に生成されている竜星は見た事のある小粒なものを無数に降らせるものじゃない、抱える程の大きさのものが七つ! あんなものを受けて無事なポケモンが、果たして数えられるだけも居るかどうか……。
 生成が終わったのか、カッとライゴが目を見開いたかと思えば、腕を振り下ろすと同時に竜星が落ちて来る。そのまま七つの竜星は砂漠に突き刺さり、クレーターのような跡を残して消えた。お、恐ろしい技だ……。

「ふへぁぁぁ……久々にやったけどしんどぅいよーぅ」
「うぉ、ととと。大丈夫か?」
「だいじょばない……」

 フラフラと俺の方に落ちて来たライゴを受け止めた。確か竜星群は、竜星の生成の負荷で一時的に特功の値が著しく下がるらしいが、それがライゴの感覚では力が抜けるという事に繋がったんだな。

「じがれだー……っと、これが俺の使える技さー。ま、今のとさっきの破壊光線は先生から使うなって言われてるから、誰か相手に使った事は無いけどねー」
「使っていたら相手は大変な事になっていただろうな……ライゴ、最後のあの技は何時から使えたんだ?」
「あれ? んーっと、ナックラーの時から小石みたいのは出せたかな? で、進化したらあんなん出せるようになった」

 天性の習得技? 遺伝技という事か? いやだが、ナックラーは確かドラゴンタイプを有していない。竜星を生み出す事は出来ない筈だが……いやそうか、だから進化したらあの規模の技になったという事か。適正であるドラゴンタイプが無い時には小石程度、ドラゴンタイプを得て適正となった後はあの大きさ、と。ん、いや、ビブラーバの時はまだ小さく、フライゴンになったらあの大きさになったそうだ。進化によって明確に強化されているな。
 で、だ。ここまでの技が使えるライゴが何故今までバトルに勝てなかったかも理解した。攻撃用の技二つを封印した状態で相手に真っ向からぶつかっていけば、当然相手の技で返り討ちにされる。もしライゴが竜星群を、いや、破壊光線でも撃っていれば仮に外していたとしてもトレーナーは尻尾を巻いて逃げる事になっていただろうな。

「で、俺はどんな感じ? 戦えっかな?」
「今のままでは少し難しいな。ライゴ、何故先生がお前の破壊光線と最後の技、竜星群を使う事を禁じたか……分かるか?」
「竜星群って言うのかあれ! で、先生が使うなって言った理由ね。ぶっちゃけ、危な過ぎるからだろ?」
「そうだ。あの二つの技をそのまま相手に当てようものなら、恐らく相手の生命に関わる。それも一撃で、だ。これは何も相対した相手のみではない、戦闘エリアやその周辺へも影響を多大に与えてしまう。この砂漠という地形でもな」

 前者だけが問題なのは破壊光線だな。無論相手が避けた場合はあれが大地を裂く可能性はある。が、それよりも問題なのは竜星群だ。あのクレーターを作り出す威力だ、地下への影響も馬鹿には出来ないだろうし、他のポケモンを巻き込む可能性も大いにある。偏見を持たれているライゴの評価を更に下落させるには十分過ぎるだろうな。

「とどのつまりだ、まず俺がライゴに教えるのは力の制御の仕方、つまりは手加減の仕方だな」
「て、手加減~?」
「大事な事だぞこれは? きちんとした手加減が出来れば技を使っても周囲に被害を出さずに済むし、何より技の精度が上がる。全力で放てば確かに威力は期待出来るが、その実、力任せの一撃というのは命中精度や技の出し終わりの初動に難が多い。改善すると同じ技でも使い勝手がかなり変わるぞ」
「ど、どういう事?」

 例えばあの破壊光線だ。全力で撃った一撃は確かに強力。が、気になったのは照射スピードだ。光線が太くなれば空気との抵抗も増す、故に命中するまでの速度は落ちる。そうなれば相手には避けるチャンスが生まれる訳だ。それに、撃ち終わりの疲弊度を見るに回復するまでは一切動けない程消耗しているようだったからな。普通の破壊光線ならば次の技が撃てなくはなっても一歩も動けなくなる程ではない。力の配分を攻撃に振り過ぎている証拠だ。
 俺の分析をライゴに伝えると、素直にライゴは驚いていた。どうやら思い当たる節はあったらしく、だから技を出し合っても俺のが当たるのが遅れるのかと納得している。
 それならどうやるのか教えてくれとせがまれてしまったので、早速出来る限りで教えてみるとするか。様子を見ながら適時出来る助言をして、力を集める感覚やどの程度溜めればいいのかを調節するとしよう。ふふっ、俺がこんな事を誰かに手解きする事があるとはな。
 ライゴの集中力、並びに賢さには本当に目を見張るものがある。初めたばかりの時は力を溜め過ぎたり溜めが足りずに技にならなかったりと随分なムラがあったんだが、俺の助言を素直に聞いて改善を繰り返す内に適切な力配分を出来るようになるのだからな。まだ多少揺らぎはあるが……。

「そぉ……い!」

 ライゴが撃ち出した破壊光線は、的として置いた空き缶を的確に撃ち抜いた。出力を落として細くなった光線は速さを増し、まさかの貫通性を備えた。空き缶なら撃ち抜くが、ポケモンなら貫通まではしないだろう。そう加減するように言ってみたからな。

「ぷはぁ! ど、どーよ!」
「上出来だ。まさか日が傾くまでにここまで仕上がるとは思わなかったぞ。俺の想定では、ここまでになるには数日は必要かと思ってたんだがな」
「にへへ、俺ってば結構素質あり?」

 自慢気にそう言うライゴに、まだまだこれから次第だと言ってやるとそりゃそうだと言って笑う。素質という点で言えば、あんな破壊光線を出せる時点で無いとは言えんさ。俺が教えてるのはそれを御する方法だからな。
 しかし、どう出力を落としても破壊光線ではあるからな。連続発射や他の技に繋げる事は無理なようだ。それでも最初に比べれば格段に余力を残せるようにはなったがね。
 通しの訓練でさしものライゴも疲れたのか、草臥れた! と言ってばたりと仰向けに寝転がった。急ぐ必要も無し、今日はこれくらいでいいだろう。

「でもすげぇなー、力を抑えるだけで疲れ方もこんなに違うんだ」
「全力を出すというのも大事だが、時には先を見通すというのも大事になるからな。余力の残し方は覚えていて損は無いだろう」
「本当、ブリアって物知りだなー。俺だけじゃこんな手加減の仕方なんて絶対分かんなかっただろうなー」
「生きて来た大半をバトルについてに割いていたからな、それなりに分かる事もあるというだけさ」

 ライゴに習って、仰向けに寝転がる。今日は夜空に雲一つ無いから、星が綺麗に見える。昼間に行った谷も美しかった。話に出て来たポケモン達が集うオアシスとやらにも行ってみたいな。ライゴの話を聞いてから、見てみたい場所ややりたい事が増えていく。自由だと自覚したからかもしれんな。何をやっても制限や束縛なんて無いんだ、思いついた事を片端からやっていくのも悪くない。

「ふふ……」
「ん? どしたん?」
「いや、星空というのはこんなに綺麗なものだったんだなと思ってな」
「星? おー! 今日はすっげぇ綺麗だな!」

 常時快適な環境設定がされるモンスターボールも、美味くはないが常に提供されるポケモンフーズも無い。だが、強制されるバトルもトレーナーの顔色を窺う必要も無い。自然に吹くこの風に身を預けながら、星の美しさを堪能出来る。俺にはまだ破格の自由だが、焦って慣れる必要も無い。ライゴと同様、俺も学び始めたばかりなんだからな。

「なぁライゴ、明日は何処に行く? それとも朝から訓練をするか?」
「そーだなー。よし、ブリアを先生に会わせたいし久々にオアシスに行くか! 俺も目無しじゃなくてライゴって呼び名広めたいし!」
「気に入ってくれたようなら何よりだ」

 すぐに変わり者というレッテルは解けないだろう。だがあのサボネアが言っていた通り、ライゴの評価自体は悪くないと予想する。きっと偏見や蟠りも時期に解けていくだろう。

「なぁ、ライゴ」
「んぁ? なしたのブリア」
「いや、そう言えば礼を言ってなかったと思ってな」
「礼? なんの?」
「俺を、あの砂嵐から助けてくれた事への、な」

 ……それだけじゃない。俺の心に吹き荒んでいたトレーナーへの未練、全てが終わってしまったと錯覚し続けていた俺の目を覚まさせてくれた事。あの砂嵐の先を、俺に見せてくれた事。感謝してもし切れないくらいだ。

「……ありがとう。俺を見つけてくれたのがライゴで、良かった」
「ちょちょ、よしてくれよぅ。俺だってブリアに色々教えてもらったりこのゴーグルだって使えるようにしてもらったんだし、そういうのは言いっこ無しだって」
「ふふっ、それでも一度きちんと言葉にしたかったんだ」
「む、むぅ、そんなに畏まって礼なんて言われた事無いから、なんか変な感じだぜぃ。けど、そう言ってくれるくらいブリアの為になったんならオッケーだな!」

 月明りで薄暗いが、ライゴが笑っているのが分かる。釣られて、俺の顔も綻んでいるのが分かる。笑顔って、こうして自然と出来るものだったんだな。

「おっ!? 今ブリア笑った? 笑ったっしょ!?」
「さぁ? どうだろうな?」
「絶対笑ったってー! よぉし見てろ? 今度はばっちり見える時に笑わせてやっからなー!」

 あぁ、きっと。ライゴと居れば、俺はもっと笑える。笑える確かな予感を感じる。

「あぁ、よろしく頼むよ。相棒」
「あ、相棒……!」
「当面は世話になって世話をするんだ。そう呼んだら迷惑か?」
「んな事無いって! へへっ、こちらこそよろしくな、相棒!」

 いつか、心からそう呼び合える仲になれたらいい。いや、なれるように生きて行こう。そういう生き方を俺は選べる。選べるようになったんだから。
 未練が全て消えたとは言わない。そう簡単に無くなるようなものではないのは重々理解している。けれど、それでも歩き出せる。隣に居るライゴとなら、どんな砂嵐の先へも!


後書き~
「今」を歩き出した二匹の物語、いかがだったでしょうか? お楽しみ頂けたのなら何よりです。
さて、ガブフラで何か書きたいなーと思って書き始めた今作ですが構想はどんどんと膨らんでおります。形にするかは分かりませんが……とりあえずあと二作ほどは構想が固まったら書こうかと思っております。もし日の目を見る事がありましたら、どうぞよろしくお願い致します!

砂嵐はポケモンの技。いわ、じめん、はがねタイプ以外にダメージを与える。

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Last-modified: 2021-07-22 (木) 08:15:39
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