ポケモン小説wiki
石像の伝説

/石像の伝説

「好き、嫌い、読む、読まない」は読者の皆さんの判断でお願いします。

※「軽度なグロテスクの表現っぽい」のあり。


↓以下本編↓


















 とある村までの道の途中にポケモンの石像がある。どうやら直立二足歩行ポケモンの像のようで、左足を後ろに引き両手は何かを放ったように前に突き出した構えをしている。何よりも気になるのが、幸せそうとも寂しそうともとれる表情をしていて、空を、虚空の中を見つめている。
 道ゆくポケモンたちは決まって足をとめ、その石像に向かって祈り事や、唱え事、または供え物を置く。そして最後は必ずお辞儀をしてからそこを通り過ぎるのだった。
 年に一度、その村の者たちは石像の周りに集い、祝杯をあげているとのこと。村長がその石像にまつわる言い伝えを話してくれるらしいのだ。話し終えた後は皆石像を中心に輪をつくり、盃をあげては今後の村の発展を願うのであった。
 これはその石像と、とある村で起こった物語である。



 石像の伝説



 道のど真ん中で、一匹のポケモンがまんべんなく大地を照らす太陽の光を浴びながら、果てしなく深浅の青が広がる空を見上げてた。
「ふう、今日もいい天気だ」
 彼は大きく伸びをして、道から逸れて草叢の中へと入ってゆく。丁度よい平らな場所を見つけると、周囲に波導を飛ばして近くに誰もいないことを確認する。突然何者かに襲われないようにする為だ。
 彼はルカリオという種族であるがゆえ、ポケモンの体およびあらゆる物体から常に生じている生体エネルギーの波導、俗にオーラと呼ばれるものを司ることで、エネルギーを放つ対象がどこに、どの方向にいて、どんな種族なのか、彼には手に取るように分かるのだ。
 周囲の確認を終えるや否や、ルカリオは大の字に寝転がり再び視界に二つの青を取り入れる。所々自分の体と一緒の色である青が、空に浮かびあがっているのをこうして見ることが大好きなのだ。
 こうこうと輝きを失わない日の光は彼の生命力を育み、深くて朗らかな青と浅くて透き通った青は彼に安らぎを与えてくれる。
「なんて気持ちがいいのだろう」
 彼はゆっくり目を瞑った。そよ風がささやくように彼の周りを舞い、名も分からぬ草と花の入り混じった香りが鼻をくすぐる。時折離れた所から鳥ポケモンたちの喋り声が聞こえた。
「もし……」
 突然近くでそのような声が聞こえたので、彼は驚き上体を起こしては辺りを見回す。道なき場所だった為、声がした辺りの草叢を適当に掻き分けて声の主を探した。
 ちょうど草を掻き分けた所に、大きなあごが彼の目に入った。一匹の可愛らしいクチートが、切り株の上にちょこんと座っているではないか。
「どうかなされたのですか」
 彼はそのクチートに事情を問うた。
「わたしはこの近くにある村の者です。途中で足の怪我をしてしまい、どうにも動けない状態で困っていた所なのです。そこへ誰かがこちらへやってくる気配がしたので、助けを求めた所にあなたがやってきたのです」
 クチートの足を見ると、彼女の足は赤く腫れあがっていた。
「これは大変だ。私がおぶってその村まで連れて行きましょう。さぁ、私の背中に乗りなさい」
「ありがとうございます」
 少々大あごが気になるものの、ルカリオはクチートを背負って彼女が言う村の方向を目指して歩き始める。
 ニ、三歩程歩いて、ふと後ろが気になった。草木の波導の中に水の波導を感じ取ったのだ。
 クチートが座っていた切り株の方を見て、彼は危うく驚きの声をあげそうになる。背筋に寒気が走り、穏やかな気持ちが恐怖心に変わる。ルカリオが見た光景は、異常な出来事が描かれていた。
 先程までクチートの座っていた切り株に、水たまりができていたのだ。背負っているクチートの体は濡れてなどいない。ましてや切り株に水たまりなどなかったのに、なぜ――。
 ルカリオの頭に疑問が浮かびあがり、ぐるぐると行き来した。しかし、怪我を負った村娘を疑うのも難儀なこと。切り株だって村へ歩を進めている間に何らかの原因で濡れたのかもしれない。
 彼はクチートを信じて歩くしかなかった。早く村は見えないものか、と心の中でつぶやきながら。
 暫く歩いて、再びルカリオに異変が襲う。今度は前に進むにつれて段々クチートが重くなってゆく。それなのに、彼女は一言も喋らずにただ無言を貫いて、彼に身を委ねているだけ。
 それでも、彼は重たくなりつつあるクチートを負ぶって道を歩く。重さの変化と同時に、クチートの触り具合にも違和感を覚え始めた。
 冷たいのだ。温もりは消え、まるで石を触っているかのような感覚が手を伝ってくる。
「あの、クチート……さん?」
 彼が声をかけてもクチートは答えない。それでいて重さはなおも増す。
 いつの間にか空の青はどこかへ消え去り、赤茶色雲が広がっていた。中には暗雲入りも混じっている。
「あれを見なさい」
 背中から、尋常になく低い、この世の者ではない恐ろしい声がルカリオの耳に届いた。声の主は間違いなくクチートで、彼女は小さい手である場所を指差し、彼に何かを示そうとしている。
 彼はおそるおそるその方に振り向き、それを見た途端、あっと声をあげた。
 ルカリオの目に映ったのは、魔界の底の荒れ果てた大地から必死になって助けを求めて蠢き、呻き声をあげている死霊たちだったのだ。
 ポケモンの姿なのだが、皮膚はボロボロのズタズタ。頬はやせこけて至るところから肉や骨がはみ出している。それなのに皆、目をギラリと輝かせてルカリオに向かって手招きをしている。
 彼は恐怖のあまり動けなくなり、目に焼きつくその光景から目を逸らすことができなかった。
 彼の顔を見たクチートはくすりと笑みを漏らし、ひらりと背中から舞い降りた。怪我をしていた足は嘘のように動き、ルカリオの横に立つとわらわら蠢く死霊たちを見て先程の恐ろしい声で言う。
「あれは私に刃向かった愚か者たちの成れの果てなのだ。お前もあのようになりたくなければ速やかにここから去れ。そしてこのことは誰にも言うな。もしも口を滑らせてしまったら……永遠に空を拝めなくなると思え。フフフ……ハハハ……ハハハハハッッ!!」
 高笑いが響く中、突如として強い突風が吹き荒れる。
 とっさの風にルカリオは目を瞑ってしまう。次に目を開けた時には、彼は元の草叢の中にいた。クチートも、死霊たちの姿はもうどこにも見えない。
 空はもう赤黒い雲ではなく、元の青空が広がっている。荒れ果てていた荒地には草木が生い茂り、木々の隙間からは鳥ポケモンたちの歌が聞こえる。今までの出来事は夢であったのだろうか、と彼は首を傾げて思う。
 足下に視線を落とすと切り株があった。その切り株は湿り気を帯びており、先程の出来事は夢ではなかったことを彼に物語っているようだった。



 その日の夜、ルカリオは近くにあった村を訪れた。村のポケモンたちに一晩だけでも泊めてもらえないだろうか、と頼み込むのだがなかなか泊めてもらえない。
 なぜか皆、ルカリオを見た途端びくびくしては怯え、即答で断わると戸をぴしゃんと閉める。それでもルカリオは諦めずに一軒一軒回り、村の外れにある一軒家にようやく泊めて貰うことができたのだった。
「ダンナ、そりゃあきっとこの村周辺を住処としている化け物の仕業にちげえねぇでさぁ」
 晩飯の後の雑談で、ルカリオは今日起きた不思議な出来事をブルーに話すと、ブルーは顔色一つ変えず、さも当たり前のことのように彼に話してくれる。
「この村はその化け物に呪われているんでさぁ。しかしなぁ、ダンナはラッキーなこった」
「私には少し話が飛び過ぎて分からないのですが……なぜ私はラッキーなのです?」
「ダンナはアレ、見なかったんで? 化け物はこの村を侵す者を亡き者にしてしまうんだ」
 昼間見た死霊たちの手招きを思い出す。
「最初あの化け物が現れた時、おらたちは必死になって戦ったんだ。だげんども、あの化け物が操る二匹の龍の力にはてんで敵わんで、手も足も出ずに負けちまったんだ。多くの死者が出た。仲間と家族を失ったおらたちは敗北感と悲しさに泣いた。そんなおらたちを化け物は見下してこう言ったんだ」
『今日からこの村はワタシのモノだ。お前たち、死にたくなければワタシの言うことをよく聞くのだ。いいか、まずはだな……』
 村で起きた一部始終のことを話しているブルーの瞳には薄らと涙の粒が浮かんでいた。ルカリオは真剣な眼差しでブルーの話を聞き、話終えるまでじぃっと彼の瞳を見つめる。
 化け物が言うことには、余所者に化け物の存在を話してはなら ない、家へ入れてはいけない、話しかけられても無視をするもしくは断る、もしこれらを破ればお前たちを殺す、といった条件で、村に生を与えたらしい。
 前に一度余所者がここを訪れたらしく、村一番の親切なポケモンがそのポケモンを家へあがらせてしまったと言う。当然、その二匹は化け物に殺された。次はもうないぞ、と言う暗黙のメッセージも含めて殺されたのだ。
 他にも村の外でケガをして動けないでいるところを助けられ、それからすっかり仲良くなってしまったばっかりに、うっかりして化け物のことを教えてしまったポケモンもいた。
 そのことをいち早く知った化け物は、今度は自分の手で裁きを下さず村の者たちで殺すように命じた。村のポケモンたちは必死になって二匹を追いかけまわし、夢中になって殺した。
 殺らなければ自分が化け物に殺される。他の奴のせいで自分が殺されるなんてまっぴらごめんだ。すまない、許してくれ。そういう思考回路が村のポケモンたちに刻まれていき、恐怖の種を植えつけられてきたのだった。
 だから皆ルカリオを泊めなかったのだ。恐怖に怯える波導が出ていたのはその為だったのか、とルカリオは納得する。
「それで、家に招いた上に化け物のことをすっかり話してしまったあなたと、村の事情を知ってしまった私はこの家を囲っている村のポケモンたちに殺される定め、ってことですか……」
 ルカリオにそう言われ、はっとしたブルーは周囲を見渡すと、家の窓や天井、至るところから闇にまぎれて沢山の目が家の中の二匹を捉えていることに気づく。
 村中のポケモンたちが、二匹を殺しにやってきたのである。もう逃げる場所などどこにもない。完全に家を包囲されていた。
「そろそろとは思ってたが……ダンナはいつ気づいてたんでさぁ?」
「ここにくる前、最初の家を断られてからずっと気づいていましたよ」
 ルカリオはそう言い、すくっと立ちあがる。
「とめても無駄でさぁ。殺らなければ皆が化け物に殺られちまうんだ。ダンナ、僅かばかりだったが久しぶりに外のポケモンと喋れておらぁ嬉しかった。ダンナとは後生でもまたお会いしてこうして喋りたいなぁ」
 悟ったかのように言うブルーの声は微かに震えている。
 すっかり頭が垂れてしまったブルーを見て、何がおかしいのかルカリオは鼻でフッと笑う。
「だから気づいていたと言ったでしょう。あなたたちから感じる、恐怖の波導……そして僅かばかりにこの私へと抱く希望の波導をね」
 と言って、にっこり微笑んだ。
「ダンナ……違う ……おらは……」
「あなたは嘘をついている。正直になりなさい。戸が開いて初めてあなたを見たとき、あなたから凄まじい波導を感じました。なみなみと溢れる希望の波導。光輝く、澄んでいて真っすぐな波導をです。村を巣食う化け物から皆さんを救いたい。そう思っているのでしょう?」
 ルカリオの瞳はブルーを捉えて離さない。彼は既にブルーの気持ちを把握して、答えを待っているのだ。ブルーの口から決意の言葉が出てくるのを。
「おらは……おらは……この村を……村を、皆を助けたい。化け物の魔の手から解放されたい……」
 ブルーはほろほろと涙を零して、ついにはわっ、と床に突っ伏して泣きだしてしまう。ふるふる体は震え、とめようにもとめられない気持ちが大粒の涙となって彼の頬を伝う。
 ブルーは苦しかったのだ。化け物の命令だからと言って、馴染みのある村の者や、友達、家族を自分の手で消し去るのはひどく心が痛み、今やそれは死にたいと思うほどにまで追いやられていた。ブルーだけではない。村のポケモンたちも同じだ気持ちだった。
 化け物に抵抗しても、見返りは同志たちから殺されるだけ。化け物に殺されていった同志たち、家族たちの分を生きてあげたい、そして敵を取りたい。
 そんな時に現われたのがこのルカリオだ。波導を感知できない村の者でも、このルカリオからとめどなく溢れる、力強く、逞しい何かを本能的にキャッチし、皆が皆、こう思えてくるのだ。このポケモンならあの化け物を退治してくれる、この呪われた村を救ってくれるに違いないと。
 気がつけば、周りからもしゃくりあげる声が聞こえてくる。
「うっ……くっ……だ、ダンナ……おらたちはどうしたらいい……?」
 顔をあげたブルーは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。ルカリオは微笑みを投げかけ、ブルーに歩み寄るとピンク色の小さな体を両手で優しく包み込んでやる。
「ブルーさん、もう泣かないで下さい。さぁ、涙を拭いて。もう一度立ちあがって。あの化け物と戦うのです」
「でも……どうやって……」
「私と村の皆さんの力をあわせて、化け物を倒すのです。大丈夫。きっと……いや、必ず倒せます」
 ルカリオが目を瞑ると、彼とブルーの体が青く淡い光に包まれた。途端にブルーは心地良い気持ちになる。先程まで苦しさと悲しさでいっぱいだったのに、今は自然と優しい気持ちになり、体の芯から元気が出てくる。
 ルカリオが波導を送っているのだ。ボロボロに傷ついたブルーの心を癒し、深い闇から解放しようとしているのだ。
 暫くして、彼らを包んでいた淡い光が徐々に消えてゆく。ルカリオはゆっくり目を開き、ブルーの包容を解く。
「ダンナ……やりやしょう。あの化け物をぶっ倒して、この村に平和を取り戻すんでさぁ」
 泣きじゃくっていたブルーの顔はもうそこにはなく、代わりに決意と輝きに満ちた表情が浮かんでいた。
 ブルーは涙を拭って立ちあがると、家全体に響き渡る声で叫んだ。
「皆の集! おらの話を聞いてくれ。皆で力をあわせてあの忌々しい化け物を倒すんだぁ。心配さいらねぇ。おらたちにはこのルカリオのダンナがいる。皆もダンナの波導を感じているでろ? 勇気と希望の波導の結晶を、自信と力でみなぎるこの波導を信じて化け物と戦うんでさぁ。ずっとこのまま化け物の言いなりになったままでは死んだ家族と仲間に申し訳が立たねぇ。これじゃあ死んでも死にきれねぇ。例え化け物に殺られちまったとしても、それで村が救われるのなら、村の為に死ねるなら本望だぁ!」
 白熱の説得だった。村のポケモンたちは誰一匹として反論せず、真剣にブルーの言うことに耳を澄まして聞いていた。
「お、おれ、戦います!」
 戸口を開けて入ってきたのは、まだ幼いストライクだった。
「おれ、化け物に立ち向かって殺された父ちゃんの敵が取りたい。確かに死ぬのは恐いけど、おれはルカリオの兄ちゃんを信じる!」
 ブォンと右手の鎌を振り払ってストライクは言った。
「わたしも戦います!」
「僕も!」
「俺も!」
「わしも戦うぞぉー!」
 ストライクに続いて、村のポケモンたちは賛成の声をあげた。恐怖でバラバラになっていた村のポケモンたちの心が今、化け物を倒そうという気持ちで一つになろうとしている。
 ルカリオは、化け物と戦う志を表した村のポケモンたちの波導を読み取り、それぞれが溢れんばかりの生気がみなぎっていることが分かると非常に嬉しくなった。
「皆の集! もたもたしてはいられねぇ。戦いはもう始まっているんでさぁ! 速やかに準備をするんだぁ!」
 確かにブルーの言う通りだ、と村のポケモンたちは思った。化け物はいつ、どこでこれを聞いているか分からないのだ。
 その矢先のこと。
「ククク……ハハッ、クハハハハッ!」
 どこからともなくげらげらと笑う声が家中に響き渡る。どこかで聞いたことのある、低く背筋に寒気が走る程の不気味な声。
「で、でで、出たぁああ!」
 絶えない笑い声の中、外から悲鳴の声が聞こえたのをルカリオの耳は逃さなかった。ブルーと共に外に飛び出すと、尻もちをついてがたがたと震えながら空を見上げているドゴームが。あまりの恐怖でどうやら腰を抜かしてしまったようだ。周囲のポケモンたちも魂の抜け殻のように固まり、空のある一点を見つめている。
「ダンナっ! 化け物が出やがったんだ!」
 やはりそうかとルカリオは思い、上を見上げる。視線の先、赤黒い雲が覆う空の中に、背中に大きなあごを生やしたポケモンがふわふわと宙を舞っているのが見える。
「だ、ダンナ……あ、あいつ……空を浮いているでさぁっ!?」
 不敵な笑みを浮かべたそのポケモンは、ルカリオを含めた村のポケモンたち、村のすべてを睨みつけるように鋭い眼光を放っていたのだった。



「愚かな……なんと愚かなルカリオなんだ。このワタシが一度警告しておいたにも関わらず、この村に来てしまうとは……」
 宙に浮く化け物――クチートの姿をしたそれは、刺すような目つきでルカリオを見降ろしている。ぎちぎちと目は充血し、黒いオーラを放っている。
「話はすべて聞かせてもらった。村の民よ……貴様らがやろうとしていることはどういうことなのか、それが分かっているのか?」
 村のポケモンたちはクチートが宙に浮いているというありえない光景を目の当たりにし、見るに堪えない凄まじい剣幕に怯えた。緊張して乾いた唇では言葉を発することさえもできず、息をすることがやっとだった。
「あいつを恐れてはいけない! あいつの言うことに耳を傾けてはだめだっ!」
 凜とした、そして一喝するような声をあげたのはルカリオだ。彼の声を聞いた途端、怯えていた村の者たちは彼の存在を思い出しては安堵の息をつき、落ち着きを払ってもう一度クチートを見上げることができた。
 ルカリオは周囲の波導を掻き集め、体に淡い青の光を纏い始める。それでいてクチートからは目を離さないでいる。
「見ろ! あいつの足元! あいつは宙に浮いてるんじゃない。何かに乗っているだけなんだ!」
 ルカリオが指差す先、クチートの足元にある赤黒い雲の中に、よく見れば薄らと黒い影が二つ潜んでいるのが村のポケモンたちにも分かった。それはクチートに劣らない鋭利な目つきで、見る者を怯ますような巨大な体。
 流石のルカリオもこれには驚いた。クチートもそうだが、この巨体から流れる波導は恐ろしく強烈で、少し気を許してしまえば心の中に入り込まれ、自由自在に操られてしまいそうな凄さだ。
「ダンナぁ、あの化け物の下にいるのは青い龍と赤い龍でさぁ。あいつのもの凄い光線に皆やられちまったんだぁ」
「青い龍と赤い龍? ……そうか、あいつがギャラドス……初めて見た」
 ルカリオが言うには、クチートの下に潜んでいる二つの影はギャラドスというポケモンらしい。そいつが暴れ出したが最後、どんなものでも焼き尽くしてしまうという凶悪な生き物だった。
「そのギャラドスが二匹でいるということは、とても危険なことなんです。皆さんの力では倒低敵う相手ではありません。ここは私に任せて皆さんは……」
「ダンナ、一体何を言うんでさぁ。おらたちはもう心が決まっているんだぁ」
 ブルーが言い、周りのポケモンたちも大きく頷く。彼らは、強大な力を持つギャラドスを手下とするクチートと戦う姿勢を見せていた。ルカリオも波導でそれを感じ取り、そして相槌を打った。
「わかりました。皆さん、もう後には引けません。十分心得て下さい。私たちにはあの化け物を倒すしか道はないのです」
 ルカリオの言葉に皆が息を飲んだ。これから、空前絶後の死の戦いが始まろうとしているのだ。村の幸せを掴むか、全員死ぬか。最後に生き残るのはどちらなのか――。
「この世に残す言葉はもう言い終えたかね……」
 クチートは不敵な笑みを浮かべて言う。
「貴様らは死ぬ運命にあるのだっ!!」
 暗雲から何やら黒い物体が降り始める。地に着くと、それらは地を這いながらゆっくりと動き始めた。ルカリオたちのいる村を目指して。
「ダンナ、あのごわごわ動くやつらは一体……」
「あれは死の霊塊です。あの化け物、相当厄介なことをしてくれたな」
 死の霊魂はのそのそと動き、徐々にルカリオたちとの距離を詰めてゆく。四方八方、低い呻き声をあげながらやってくる。
「皆さん、皆さんはあの死の霊魂を倒して下さい。私はあの化け物とギャラドス二匹を……」
 そう言い、ルカリオはこちらを見下して様子を窺っていたクチートとギャラドスを睨みつけた。僅かばかりか、クチートの口元が弛んでいるのが遠くからでもはっきりと見える。彼には、それが余裕の笑みとしか思えなかった。
 ふと、ルカリオは自分の周りの波導が弱まっていることに気づく。周りを見渡せば、村のポケモンたちの表情は青ざめ、尻込みをしている。不意にブルーがルカリオの足にしがみついた。まるで彼を行かせまいとばかりに。
「ダンナぁ! 駄目だぁ! おらたちにはあいつらをやっつけることはできねぇ!」
「ブルーさん、それは一体どういう意味なのです」
「あいつらは死んでいった村の者たちなんでさぁ!」
 なんということだ。化け物は死の霊魂を死んでいった村のポケモンたちの姿に似せ、村のポケモンたちを怯ませることでそこでできた隙を突き、一気に始末するつもりなのだ。今後に及んでまだ苦しめ足りないのか。なんという奴だ。
 じりじりと地を這う霊魂との距離は時間が経過するに伴って狭まってゆく。
「ダンナぁ! おらたちはもう終わりだぁ! もう助からねぇ!」
 ブルーが泣き叫んだ時だ。ルカリオを中心にカッと眩しい光が拡散し、とっさのことに村のポケモンたちとクチートは目が眩む。激しい轟音が轟き、大量の何かが弾き飛ばされる音が聞こえた。暫くして光が収まり全員がゆっくり目を開けると、霊魂たちは遠くの木々や民家の壁に叩きつけられているのが確認できる。一瞬、ほんの一瞬の出来事。クチートも村のポケモンたちも一体何が起こったのか、すぐに理解することができなかった。
「怯むな――――――――――――――――――――――っ!!」
 二度目の、凛として勇気溢れる声が村全体に響く。
 ルカリオだ。またしてもルカリオが一喝したのだ。彼はいつの間か村のポケモンたちから離れた場所にいて、両手の平を横に突き出した状態で足を大きく横に広げ、腰を落として低く構えている。
 そこはさっきまで霊魂たちがいた場所であった。彼は、瞬く間にして霊魂たちを波導の力で吹き飛ばしたのだ。彼の瞳は、闘気の炎でめらめら燃えている。みなぎる波導が彼の体から限りなく溢れていた。
「だ、ダンナぁ」
 ルカリオは皆の方へ振り返り、そして言う。
「あの霊魂は皆さんの隙を突く姿をして襲ってきます。ですから、絶対に隙を見せてはいけません。無に返るのです。心のすべてを空っぽにして戦うのです。私はあの化け物を倒します。皆さんはその間に霊魂を倒してください。倒せば霊魂は冥界へと帰ります」
 それだけ言い残して、ルカリオはクチートの下へ走り出す。
「さっきの波導は褒めてやろう。しかし! 貴様がワタシに勝てる勝算はどこにもないのだ! 後悔するがいい! ワタシに歯向かったことを! そして己の愚かさを!」
 ギャラドスの頭部に乗るクチートは、向かってくるルカリオに高笑いを投げかける。
「ゆけっ! 我が僕よ! 奴をこの世の塵としてしまえ!」
 二匹のギャラドスは唸り声を上げる。青いギャラドスがうねり、怒りの雄叫びをルカリオに飛ばす。それはもの凄い速さで空気を振動しながらルカリオに襲いかかった。
「くっ、衝撃波か……」
 木が、家が、霊魂が、村のポケモンたちが、ギャラドスのたった一声で次々と吹き飛ばされてゆく。前方からくる押し潰されそうな圧力に、ルカリオはそれ以上足を前に進めることができずにいた。両手を顔の前で交叉させ、耐えに耐え続ける。踏みとどまるので精一杯だ。
「今だっ!」
 そのうちに、今度は赤いギャラドスが迫力のある大口をゆっくり開け、そこから大量の水を勢い良く吐き出した。吐き出された大量の水は洪水の如く流れ、衝撃波で怯んでいるルカリオを狙う。
 だがルカリオもそう易々とやられるポケモンではない。
 衝撃波に耐えつつも、彼は交叉していた両手の平を前方に突き出し、自分の周囲に波導のシールドをつくり出す。衝撃波と洪水はシールドにぶち当たり、それを貫かんとする勢いで後ろへ走り抜けてゆく。命がけでルカリオは波導を掻き集め、シールドを張り続けた。そうしなければ自分がやられてしまうのだ。
 やがて敵の攻撃の勢いは弱まり、終にやむ。
 ルカリオは波導のシールドを解く。森の木々は薙ぎ倒され、家は壊され、辺りは水浸しだ。村のポケモンたちの安否が心配だが、すぐさま波導を纏ってクチートの下へ走り出した。動かなければギャラドスたちから一方的に攻撃を受けてしまい、こちらから反撃に出るのが難しくなるからだ。
「ちっ、我が忠実なる僕よ、あのルカリオを焼き払うのだ!」
 再び二匹のギャラドスが唸る。
 動き出したのは青いギャラドス。
 しかし先程とは行動が違う。
 僅かに開いた口の周りに小さな光の粒子が集まっているのが見える。ルカリオは一度立ち止まり、その様子を波導で窺った。青いギャラドスは光の粒子が集まるその口を、ルカリオに向かって大きく開いた。
 その直後のことだった。
 一瞬にして、白い輝きをもつ光線が目にもとまらぬ速さでルカリオに襲いかかったのだ。
「ダンナぁあ!」
 霊魂たちと戦いながら、その光景を見たブルーが叫ぶ。途端に爆音が広がり、地面が大きく揺らいだ。初撃のとは比べ物にならない衝撃波が村のポケモンたちを吹き飛ばす。
「だ、……ダンナぁ……」
 ブルーたちが顔を上げた時には、風で砂埃がすべて取り払われた頃には、目の前は無と化した光景が広がっていた。木々が連なってできていた森は跡形もなく消え失せ、民家もほとんどが衝撃波で吹き飛ばされていた。なによりも、ルカリオの姿が――ない。煙のように消えてしまったのだ。
「ダンナぁあ―――――――――――――――――っ!!」
 精一杯の声を震わせてブルーは叫んだ。自分の目に映る事実を信じたくなくて、認めたくなくて――こみ上げてくる悲しみの感情を抑えきれない。
 村のポケモンたちも必死になって探したが、どこにもルカリオの姿がないと分かると次々に心が折れていき、項垂れ、膝を折っていく。
 負けた。
 誰もがそう思った。
 その中で、クチートだけは空を見上げてある一点だけを見つめている。その者の存在を確認すると下唇を強く噛みしめ、激しく地団太を踏んだ。
「くっ、このワタシの攻撃を二度もかわすとは……ギャラドスッ!」
 クチートが右手を払うと、赤いギャラドスは低い雄叫びを山全体に響かせる。すると口を大きく開き、光の粒子を集め始める。
「たかが波導の集合体なんぞワタシには効かぬぞ!」
 遥か上空の暗雲の中で、何者かが絶えず眩しい青い光りを生み出し続けている。それは地上に近づくと共に大きさを増していき、見る者すべてを魅了してしまう程の輝きを放っていた。
「ハッ!」
 気合の入った声を出すと同時に、ルカリオは両手に纏った波導エネルギーをクチート目がけて放った。その波導の勢いは、ギャラドスが仕掛けた光線にも劣らないスピードでクチートたちに突き進んだ。
 負けじと赤いギャラドスも巨大な光線を放って対抗し、青い光と真っ白な光が真っ向でぶつかった。
 互角の力。双方先を譲らず、その場で行き留まり続ける。が、逃げ場を失ったエネルギーは接点で大爆発を引き起こすのだった。
 爆風でルカリオは吹き飛ばされるが、空中で崩れたバランスを取り戻しながら、地面に着地することに成功した。
「ダンナ……生きてやしたんですね。おらぁてっきりもう死んじまったのかと……」
 駆けつけたブルーの瞳には涙が浮かんでいる。それもそう、彼ら村のポケモンたちにとって、ルカリオは化け物と戦う最後の希望なのだから。
「ダンナ……?」
 ブルーの問いかけにルカリオは答えず、二匹のギャラドスを見据えている。おかしい、何かが引っかかる。何かを見落
としている気がする。
 彼は記憶を引き出して、今に至るまでのギャラドスとの戦闘を思い返してみた。
 初撃、青いギャラドスの衝撃波と遅れて赤いギャラドスが打ったハイドロポンプ。それは波導のシールドで防御した。
 ニ撃目、青いギャラドスの光線を間一髪の所でかわす。
 三撃目、こちらが放った波導は赤いギャラドスの光線で相殺される。
 そして現在。
 三撃目で赤いギャラドスは光線の粒子を集めていたというのに、青いギャラドスはこちらを睨み続けているだけで、一切攻撃を仕掛けようとしなかった。
 二撃目に片方のギャラドスのみが攻撃したのはいい。が、三撃目の時になぜ青いギャラドスは攻撃してこなかったのだろうか。なぜクチートはギャラドスを二匹つれているのか――。
「……そうか、そうだったのか……」
 謎を追求し続けて、ついにその答えを見つけ出すことができた。
 ギャラドスはあの巨大な光線を発射した後、反動により動けなくなってしまうのだ。だからクチートはギャラドスを二匹つれ、一匹が光線を放って反動で動けなくなっている間、もう一匹のギャラドスの光線で攻撃する。そうすれば、もう一匹のギャラドスが光線を放っている間、動けない方のギャラドスにとってはそれが休憩時間となり、放ち終える頃には既に片方は光線を発射する準備が整っているのである。
 敵側のカラクリは把握した。ただルカリオ側に問題があるとすれば、これではギャラドスの隙をつくどころか攻撃をする間が取れないことである。仮に攻撃することが成功したとしても、先程のように相撃ちで終わってしまうだろう。
「死ねぇええええっ!!」
 休む間もなく撃ち出される破壊光線。避けて反撃に出ようとルカリオは波導を集め始めるが、臨戦状態に戻ったもう片方のギャラドスが破壊光線を撃ってくるのでは、波導を集めることに集中できない。それだけでなく、ギャラドスたちの攻撃が村のポケモンたちに影響を及ぼさぬよう、配慮しながら攻撃をかわさなければならなかった。
 かわしてもかわしても、次から次へと撃ってくる破壊光線。段々狭まる移動範囲。必死にかわし続けるルカリオであったが、蓄積した疲労が表に出てきたのか運悪く破壊光線の一部を足に食らってしまう。
「ぐぅっ……」
 地面へと不時着し、足を抑えてもがき苦しむ。波導の力でならばある程度の傷なら簡単に治せる。が、クチートが治療させてくれる時間を許すのだろうか。
「どうしたルカリオよ……もうこれまでかぁ? つまらんなぁー、きひひひひっ」
 狂った声で嘲笑い、ルカリオを見下す化け物。その下では目を光らせるギャラドスが大口を開き、彼を亡き者にしようと光りの粒を集めている。
 立ち上がろうとするが、痛む足に力が入らない。その間にも光の大きさは増していき、光線を撃つ準備は着々と進んでゆく。
「万事休す……」
 ルカリオが一瞬諦めかけた――その時だ。 
「グォオオオオオオオオオッ!!」
「な、なんだ? ……どうしたのだギャラドス……っ、貴様らぁああああああああっ!!」
 ルカリオがはっと顔を上げると、なんと村のポケモンたちが総勢でギャラドスを攻撃しているではないか。そのお陰で破壊光線を放とうとしていたギャラドスは、標準をルカリオから村の者たちの方へ向け始めている。
「ブルーさん……皆さん……」
「ダンナぁ! 今のうちだぁ! あの化け物を倒せるのはダンナしかいねぇんだ。ダンナの波導でおらたちを……この村を救ってくれぇ! お願いだぁ!」
「……折角ルカリオをあの世に葬り去るチャンスだったのに……またお前らにチャンスを与えてやろうと思っていたのに……許さん、許さんぞルカリオ……ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 まさしく化け物と呼ばれるには相応しい顔つき。狂気に満ちたそれは誰もが震えあがり、怯えさせるに値する。
 だからと言って引きさがってはいられない。これは負けられない戦いなのだ。村の平和と、皆の未来をかけた命がけの戦いなのだ。
「ルカリオさん!」
「ルカリオの兄ちゃん!」
「ダンナぁ!」
 足に体重をかけると、不思議と痛みが消えている。さっきまで痛くて立つことさえもできなかったのに、今は何ともない。
 きっと村の者たちの波導のお陰なのだろう。
「皆さん……ありがとう……」
 ルカリオは村の皆に感謝し、立ち上がると静かに目を瞑った。
 両手の平を前方に突き出し、それから掌面を向き合わせる。山から、木々から、大地から、ありとあらゆる方向から生命エネルギーを掌面の中心に集め、それらを凝縮させた。波導が集まる所に吸い込まれるようにして風が流れ始める。青い輝きをもった小さな一点の光りが現れ、一定の空間の中を線となって不規則に動き回る。さらに段々その数を増ましていき、気づけば風も強力な烈風と化していた。
 瞑っていた目をカッと見開き、光を包み込んでいた両手を左腰に持っていくと同時に左足を後ろに引いて構える。その頃にはもう、青の光は莫大な生命エネルギーの積み重ねによって一つの大きな塊となっていた。
 これが、ルカリオの種族がもつ最強にして最大の武器、波導弾なのだ。生命エネルギーを一つの空間に凝縮させた波導弾のそれは圧倒的なる破壊力をもち、今までこのルカリオが直面してきた数々のピンチを何度も乗り越えさせてくれた救いの技なのだ。
 それが今、彼の手によってつくられた波導弾が、これまで村を脅かしていたクチートの野望を撃ち破ろうとしている――。
「グォッ……グォオオオオオオオオオオオオッ!!」
 理性を失った化け物は怒り狂って咆哮する。わなわなと体を震わせ、怒りと恨みで充血に満ちたその目は、対象のルカリオを睨みつけている。
「波導よ、素晴らしき光をもつ生命の輝きよ……一目だけでいい……もう一度、もう一度あの美しい青空を村の皆に、そして私に……見せてくれっ!!」
 ルカリオは渾身の力を振り絞って両手を突き出し、皆の思いが詰まった波導弾をクチートに撃ち放った。波導弾は螺旋状に回転しながら空気を貫き、風をも破り、その豪快の速さでクチートとギャラドスたちにぶち当たった。
「グギァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 見事波導弾を受けたクチートらは、言葉にもならない悲鳴をあげながら波導の光に包まれていき、そして砕け散っていった。



「あ、あれを見ろ!」
 一匹の村の者が叫び、空を指刺す。見れば空を覆っていた暗雲が少しずつ立ち除き、その隙間から母なる大地に光の道筋が差し込む。深く澄み切った青空がそこに現われ始めていた。
「雲が……暗雲が晴れていくぞ!」
「空が見える!」
「奴を倒したのか!?」
「ルカリオさんが勝ったんだ!」
 ワァアア! と、村のポケモンたちは一斉に歓喜の声をあげた。はしゃぐ者もいれば涙を流す者、嬉しさのあまり抱き合う者もいた。皆、喜びと幸せの顔で満たされていた。
 クチートが倒された今、村は救われたのだ。
「ダンナ……あんたのお陰でこの村は救われただぁ……」
 ルカリオの隣に立つブルーも、村のポケモンたちと同じ喜びと幸せに包まれていた。空は青色に染められていき、太陽も村を照してくれる量を取り戻してゆく。
「ダンナにはなんてお礼を言ったらいいのか……ダンナ?」
 活気溢れる村のポケモン達たちを見て嬉し涙を流していたブルーだったが、いつまでも話しかけてこないルカリオを不審に思ってふと見上げると、その変わり果てた姿に驚きの声をあげた。
「だ、ダンナぁ!?」
 大勢が喜ぶ中のうち一匹が、ブルーの声に気づいてその方向を見る。するとみるみる顔は青ざめていき、へなへなと膝をついてしまう。
「おい、どうした? ……る、ルカリオさん!?」
 さらにもう一匹が気づき、ルカリオの元へと走り寄る。異変に気づいた者がルカリオを見るや否や急いで彼の元へ駆け出し、そして村のポケモン全員がルカリオを中心にして跪き、涙や嗚咽を漏らしながら何度も何度も、頭を下げ、礼を言い、唱え事をした。
 波導弾によって葬られたクチートの仕業なのだろうか。この世に強い怨念を残し、その呪いにルカリオは祟られてしまったのだろうか。
 彼は波導弾を放った構えをしたまま、灰色の石となっていたのだった。
 ブルーたちは絶えず泣いた。化け物を倒してやっと自由を手に入れ、これから平和が始まろうとしていると言うのに。その代償として村を救ってくれたルカリオを、英雄を失ってしまったのだ。
 ルカリオが最期に青空を見ることができたのかどうかは誰にも分からない。
 しかし、ブルーにはこうあって欲しいといつまでも願い続けた。彼は最期に、完全な石となってしまうその前に、今もなお村の上に広がる、果てしなく広大に澄み渡る深浅な青い空を見ることができたのだ、と。



「……こうして石になってしまったルカリオは村の守り神として村の近くに置かれた。村のポケモンたちはルカリオを奉り、いつまでも村の平和を守ったのじゃ。っと、これで村に纏わる石像の話は終わりじゃ。どうじゃ? 素晴らしい話だったじゃろう?」
 村長が言い終えると同時に、ざわざわと村の者たちは喋り出す。村長は困った顔をして周りを見渡し、心境を察した召使いの者たちが静かにするよう皆に促す。しかしそれでもざわめきは静まらない。
「毎年思うけどこれってつくり話だよね? 村長の話じゃルカリオが泊まった家のポケモンは包容されたらしいけど、そのポケモンの名前が定かになってないし、だいたい村の記録にそんな出来事書かれてないし……」
「爺さん、村長の話が終わったからもうすぐ杯の時間だぜ。星ばっかり見てないでもう酒の器持っときな。最近すっかり動きが鈍くなっちまったんだからさ」
「おお、すまんのう」
「……だいたい、クチートの化け物だのポケモンが石になること自体ありえないだろ。それにさ……」
 村長が立ち上がり、酒の入った器をもち上げると次第に話をする者はいなくなる。しんと静まり返り、パチパチと薪の燃える音だけが辺りに広がる。
「こほん……えーそれでは、この村の発展を願いまして……カンパーイ!」
「カンパーイ!」
 村長に続いて村の者たちは揃って杯をあげ、村の未来平和を祈るのであった。
「乾杯だぁ、ルカリオのダンナぁ……」
 石像のすぐ近くにある切り株に座っていた年寄りのブルーは石像に向かって優しく微笑むと、軽く杯をあげてそれを一口喉に流し込んだ。
 淡い炎の光に照らされたルカリオの石像は、ブルーの杯に応えるように薄らと優しく微笑んだ、かのように彼には見えたのだった。




おしまい。








感想、気になること、気軽になんでもどうぞ!

コメントはありません。 Comments/石像の伝説 ?

お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2011-08-20 (土) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.