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目撃之二

/目撃之二

呂蒙 ・ この作品は目撃の続編になります。 

 
 シュゼン邸襲撃から2日後の午前中、実家に滞在しているリクソンのところに電話が入った。
「はい、もしもし。あ、先生ですか?」
「元気そうで何より」
 電話の相手は恪であった。章武国の故郷に帰っていたが、巨大台風が接近しているため早めにセイリュウへ戻ることにしたのだ。ひとたび台風が来ると、強風や波浪の影響で、何日間か飛行機や船が欠航になってしまう。その為、予定を繰り上げることにしたのだ。
 章武の土産を宅配便で送ろうと思うのだが、留守のときに送ってしまって面倒をかけるのも悪いから、確実にいる日にちと時間を教えてくれというのだ。
「えっと、帰るための交通手段は、飛行機ですか?」
「いや、チケットが取れなくてね。国際フェリーにしたんだ。ケンギョウ港に着くやつ。もうセイリュウの領海なんだ。あ、でも出航が2時間遅れててね、到着も2時間遅れそうなんだ」
「あ、だったら、迎えに行きますから、実家に寄ってくださいよ。どうせ家族でいるのは自分だけですし」
「え、君のお父上の許しがなくても良いのかい?」
「今、仕事の関係でしばらく家にいないんです。だから大丈夫ですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えるかな」
「はい、ではお待ちしてます」
 リクソンは電話を切った。
「ねえねえ、今の恪先生から?」
「ああ」
「ホンモノ?」
「ん?」
 シャワーズが言わんとしていることは分かった。要するに恪に成りすまして、リクソンに近づこうとしているのではないか、と言うのだ。
「いや、ニセモノとは思えないな」
 リクソンは即座に否定した。カジュウの報告によれば、今回の一連の騒ぎの真の目的は、恐らくシュゼンの失脚だ。そして、そのバックにいるのはシュウユであった。シュゼンは選挙の名の下に、国民党の反対分子を落選させるという粛清を行っているため、党内はほとんどがシュゼン派なのだ。それでも最後まで残党を掃討し切れなかったが、数で言えば少数なので、捨て置いたのだ。シュウユの援助が経済界の支持を集めることにつながっているのだ。つまり、シュウユを表舞台から退場させることができれば、シュゼンの勢力を大きく削れる可能性が高い。
「カジュウさんの調査だと、今回の件は、権力争いだから、恪先生は関係ないと思うんだ」
「そうよね、シュゼンさんが失脚したとしても、得することもないしね」
 ブースターが言った。

 ◇◇◇

 その頃、カジュウはハクゲングループの本社にいた。アブソル、ドンカラスを連れ、会長室でシュウユに事件の経過と、これからどうするかということを話し合っていた。シュウユは帰国していたが、自宅には帰らなかった。犯人一味があの屋敷を見張っている可能性は高い。普段ポケモンを連れていないシュウユが帰ってくるときを狙って待ち伏せているのは容易に想像できた。ドンカラスが様子を見に行くと、やはりその疑いがあった。そのため、会社の側のホテルにしばらく滞在することにしたのだ。帰国直後は片付けねばならない仕事が多く、会社に泊まっていたが、ずっとそのようなことをする体力はさすがに58になった今では持ち合わせていなかった。会社で2泊もすると、もはや体力は限界だった。横にならないと体力が持たない。幸いホテルでは洗濯や掃除は頼めばやってくれるし、フロントが客を取り次いでくれるので自宅にいるよりは楽だった。
 その話をしている最中に、内線が入った。
「ちょっと失礼。はい、会長室」
「会長、実はラクヨウ警察の方がお見えでして、至急会長にお会いしたいと」
「む……。ちょっと、待ってくれ。あ、そうだ。誰か側にいる者に喫茶室にお通しするように言いなさい。10分以内に行くとも言ってくれ」
「かしこまりました」
 シュウユは受話器を置いた。
「どうなさいました?」
「カジュウ議員、実は、警察が来ているらしいのだが、一体、何用でしょうね?」
「事前に連絡は?」
「いえ、ありませんでしたよ」
「恐らく、ラクヨウ警察でしょう。総裁の一件に託けて、会長から何か情報を引き出すつもりなのでしょう。とりあえず、適当に話をはぐらかしてください。そして、我々国民党のことに話が及んだら……」
「知らぬ存ぜぬで通せと」
「はい、どうかお願いします」
 シュウユは会長室を出て行った。シュウユがうまく警察を追い返せるか、カジュウは少し不安だったが、シュウユも百戦錬磨のビジネスマンだ。表情を表に出さずに話を進めることは、これまで培ってきた交渉術で何とかなるだろう、そう思っていた。
 アブソルが、カジュウに言う。
「でもなぁ、カジュウ。これ、やべぇぞ」
「会長がか?」
「いや、違う。カンネイさんが襲われたって事は、会長の子息も標的かもしれないんだぜ?」
「の、可能性もあるな」
「どうすんだよ、確かリクガイさんはラクヨウで支社長をやってるんだから、襲われてもおかしくないぞ」
「ああ」
「『ああ』じゃねぇよ」
 アブソルは、苛立ちを隠せなかった。何よりも知り合いが襲われるのを黙って見ていることしかできないのが腹立たしかったし、情けなかった。しかし、それは関係者なら、誰しも似たような感情は抱いているだろう。
「ただな、総裁の家が襲われたのはもうニュースにもなっている。似たような事件が起これば、世間の疑いは犯人一味に行くはずだ。今の状況でまた事件を起こすとは思えない。少なくとも数日は平気なはずだ」
「す、数日だけかよ……」
「焦るな、午後になれば大きく真相に向かって前進する。城にたとえれば、少なくとも三の丸の曲輪は突破できるな」
「んじゃ、残りは?」
「ふん、楽して落とせる城などあるものか」
 そうはいったものの、カジュウには確信があった。総裁の家を襲わせたのは黒幕だが、襲った人物は別にいる。恐らく金で雇われた何者かで、そいつは今日の国際フェリーで章武に逃亡するに違いない。船は飛行機と違って荷物や乗客のチェックが比較的ゆるい。それ故わざわざスピードの遅い船を選んだ、とカジュウは見ていた。

 ◇◇◇

 シュウユは喫茶室に行った。そして、コーヒーとケーキを注文した。朝食を食べ忘れたので、腹が減っていたのだ。そして、二人組の刑事の前に腰を下ろした。
「わざわざ、ご苦労なことですな」
 表情を変えずに、シュウユはそう言った。予想はしていたが、案の定、シュゼン邸が襲われたことについてだった。が、どうも話が、最近二人で会ったことはないか、とか、国民党の議員と会っていないかなど、シュゼンやその周りとの接触の有無を聞いてきた。
「いや、私も会議やら出張やらで忙しいんでね。ここの所、会う暇などありませんでしたね。まぁ、彼も議員活動で忙しいでしょうが」
 それでも相手は、メールなどのやり取りがあるだろうと、引き下がらない。すると、シュウユは声を上げて笑った。
「あははははは……」
「何か、おかしなことを言いましたか?」
「事件の捜査かと思いきや、シュゼン君とどんな話をしたかとか、近頃の付き合いはどうか、とか。そんな話を聞きにくるほど、ラクヨウの警察は暇なのかね?」
 相手はムッとした表情になる。シュウユは席を立ち
「とにかく、シュゼン君は大事な後輩で、援助もしている。しかし、最近はあっていないし、メールのやり取りもしていないんでね。仕事が一段落して休みがもらえたら、会いに行きたいと思っているよ。私は仕事があるんで、これで失敬するよ。ああ、それと一つ。こういうことはケンギョウの警察に頼みたまえ。北国育ちの者には、ケンギョウの空気はなじまないし、ここまで来る時間も節約できると思わないかね?」
 終止、すっとぼけたことを言ったシュウユはその場を立ち去った。

 ◇◇◇

 シュウユは会長室に戻ってきた。
「ふぅ、相手は今頃私のことを忌々しく思っているでしょうね」
「お疲れ様です。相手が本当に会長の言ったことを信じたとすれば、恐らく犯人一味の興味は会長から少しは外れると思いますが、油断はなさらぬよう……」
「カジュウ議員は、これからどうするのです?」
「私は、これから、総裁の家を襲った下手人を捕らえに行きます。ケンギョウ港へ」
「そ、それは危険じゃないですか?」
「いいえ、下手人は一人です。どうと言うことはありません」
「いや、しかし」
「こちらには頼もしい味方がいますので」
 ちらりとカジュウはアブソルたちのほうを見た。
 カジュウは、ハクゲングループ本社を後にした。アブソルが後からついてきて言う。
「いいのか、あんな期待持たせて。現に昨日は空振りだったしよ」
「期待~? 確信がなければあんなこと言うか。昨日は一応、だからな」
 カジュウは、仕事場に戻ると、コットンのパンツに半袖のシャツ、麻のジャケットという格好に着替えた。とりあえず、動きやすいほうがいいと思ったのだ。

 ◇◇◇

 一人の青年が、ケンギョウ港で章武国行きのフェリーを待っていた。かつてはバックパッカーでごった返したこの待合室も今は、人影はまばらである。空調は快い風を室内に送り込んでいる。しかし、青年にはこの風がいやに冷たく感じた。空調が効きすぎなのではなく、精神的な意味で。しかし青年はあくまで空調が効きすぎているのだ。と、ムリヤリ自分に言い聞かせた。
 青年は、何匹か草タイプのポケモンを連れていた。そのうちの1匹がラフレシアだった。体にはいくつか、傷がついている。植物系のポケモンは何だかか弱そうだが、修行を積めば、日光の力である程度は傷を自然治癒に近い形で直せるのだという。といっても、病気の場合はさすがにむりだが、切り傷やかすり傷などある程度の外傷ならば直すことができる。
 先ほどから、到着便が遅れているため、出発便を1時間30分遅らせるというアナウンスが流れている。こんなことなら昨日の船にしておけばよかったかなと思った。しかし、昨日の船には乗るなと指示を受けていたのだ。実際、昨日は刑事が張り込んでいた。この日なら、やはり空港のほうに捜査、或いは張り込みに行くだろうから、少しは安全だと言うことだった。今所持している現金300万ルフィアで自分はポケモントレーナーとして、世界で修行ができる、今日はその旅立ちの日だ。そう思うと胸の鼓動が高鳴るのを感じた。しかし、一方で気分は晴れない。怪しげな依頼を引き受けその結果手にした大金。ラフレシアは傷だらけで帰ってきたのも腑に落ちなかった。ラフレシアや他のポケモンたちに問い詰めても答えてはくれなかった。青年は自分を心配させたくないのだと、そう解釈をした。青年は落ち着かない気持ちで、チェックインの時間になるのをひたすら待った。
 ようやく、チェックイン開始のアナウンスが流れる。カウンターで、予約してあるチケットを見せる。係員が身分証明書を見せろと言うので、免許証と、ポケモンの所持許可書を見せる。一応偽造されたものでないかチェックが入る。別にホンモノだし、証明書に関してやましいことは何一つないのだ。青年は黙って、搭乗券が渡されるのを待っていた。しかし、気になったのは係員がどこかへ電話をかけていることだった。間もなく、左手から数人の男たちが近づいてくるのが見えた。
(まずい、刑事だ)
 青年は直感でそう思った。体がとっさに動いていた。刑事がいる方向とは反対側に駆け出していた。普通なら刑事も追いかけるが、この青年のポケモンが何をするか分からないという恐怖感があった。相手は人間ではないのだ。
「すぐに署に連絡して検問を張ってもらえ!」
 ポケモンをもっていない刑事にできることはそれくらいだった。青年が駆け出した方向に、カジュウがいた。
「ふふふ、やはり来たな。一網打尽にするぞ!」
 カジュウは足を引っ掛け、青年を転ばせると、取り押さえようとしたが、青年が抵抗したため、もみ合いになった。青年も必死だったが、カジュウも必死だった。ラフレシアは、それを見て青年を助けようとしたが
「お前だな、総裁の屋敷を襲撃したのは!」
 ドンカラスが辻斬りを食らわせた。怪我が治りきっていなかっため、素早い動きができず、攻撃をよけることができなかった。ラフレシアの傷口から液体が飛び散った。その液体がドンカラスの羽毛に少しかかってしまった。
(血か?)
 しかし、血ではなかった。よく見ると、液体の付着したタイルが煙を上げていた。燃えているのではなく溶けているのだ。
「溶解液か、くそ、なめた真似を」
「さぁ、どうします?」
 ラフレシアに攻撃をすれば、液体で解かされ、何もしなくても蔓で絞め殺される。ここまで、抵抗されることはカジュウは計算外であった。
「諦めが悪いぞ、ここは警官に包囲されている。もはや逃げ場は無いぞ」
「いやだ、自分の夢を諦めるのは、いやだ! こうなったのもあいつがいけないんだ!!」
 青年がわめく。あいつとは、シュゼンのことだろうか? それとも、自分に金を渡した人物だろうか? はたまた全然それとは違う人物だろうか?
「うぐっ、しまった、アブソル、そいつを取り押さえろ!!」
 カジュウの呻くような声が聞こえた。青年は走ったが、アブソルのほうが足が速かった。
「この野郎!」
 アブソルが青年に飛び掛った。青年は転んだ。転んだ青年の背中をアブソルは前脚に力を込め、踏みつけた。抵抗するが、力もアブソルのほうが強かった。
「くそう! くそっくそっ!」
「人間の分際でオレに勝てるわけが無いだろ」
 青年は、右手に持っていた十徳ナイフを振り回すが、背中を横から踏まれているため、ナイフの切っ先は虚しく空を切るばかり。
「大人しくしろ! これ以上暴れたら、オレの鎌でお前の首を落とす!」
 アブソルの一喝で、青年は大人しくなった。本当に首を落とされると思ったのか、体力が尽きたのか、観念したのかは分からなかったが。刑事が青年の手にしていた十徳ナイフを奪い取り、両手に手錠をかけた。すると、ラフレシアは抵抗するのをやめた。
 この騒ぎの最中、章武からの船が到着した。
「先生、こっちです」
「おお、リクソン君。ところで何かあったのかな? 到着直前、船からパトカーがたくさん止まっているのが見えたんだが」
「さぁ? まあ、とにかく長旅でお疲れでしょうから、家へ」
 出発口と到着口は別々なので、リクソンたちには出発口で起きている騒ぎのことは分からなかった。タクシーで家に戻り、その後、孝直からの連絡で何があったかを知った。
「りっくん、総裁の屋敷を襲った一味が捕まったよ! まあ、本当に大変なのはこれからだけど」
「ええっ、本当ですか!? 良かった。父には知らせましたか?」
「ああ、さっき」
「そうですか。これで父も少しは肩の荷が下りたでしょうね」
「ただ、カジュウ君が取り押さえるときに怪我をしたらしくてね、近くの病院で手当てを受けて、今日は入院するってさ、念のため」
 リクソンはカジュウの病室に見舞いに行った。
「大丈夫ですか?」
「うん、しかし不覚だったな。まさか、凶器を持っているとはね」
「怪我をしながらも取り押さえていたんですか?」
「いや、力が入らなくなって、逃げられそうになったけど、アブソルの活躍で、な?」
「いや、別に、何もしてねぇけどな……」
 アブソルは褒められているものの、この場では素直に喜びを表現できず、複雑な表情になっていた。
「今日は、アブソルたち、家で面倒を見ましょうか?」
「どうする?」
 カジュウが聞くと、アブソルは答えた。
「いや、遠慮しておくよ。今日みたいなことがあるといけないから、な、ドンカラス?」
「そうだな、それにリクソン君の仕事を増やすのも悪いしな」
「わかりました。では、何かあったら父に言ってください。きっと力になってくれますので」
 リクソンは病室を後にした。その後姿を見送っていたカジュウがぽつりと言った。
「しかし、会長がうらやましいな」
「え?」
「私には、子供がいないからな」
「……」
「だが、私にはお前たちがいる。それはそれで幸せなことだ」
 カジュウはそう言うと、疲れたのか少し眠ることにした。

◇◇◇

 同じ頃、カンネイはラクヨウの病院にいた。ギャロップが退院するので、引き取りに来たのである。ギャロップが言うには処置が早かったんで、別にたいしたことはなかったということだった。
「ふぅ、やっと帰ることができる。まったく、ずっと部屋の中にいたから退屈だったぜ」
 カンネイが帰宅すると、屋敷を襲った犯人一味が捕まったという知らせに接した。その話を聞くと、カンネイたちは安堵の表情を見せた。今はまだ犯人の取調べ中とかで、詳しい情報は入ってきてはいないが、とにかく一歩前進したことは間違いないのだ。
「しかし、よく逮捕できたな」
「あ、いや。本当は警察で任意同行で事情聴取するだけだったんだが、犯人が逃げようとしたんで、取り押さえるときにカジュウ君が傷を負わせられたから、傷害の現行犯逮捕に切り替わったわけだ」
 シュゼンにとってはむしろ好都合だった。少なくとも、このようなことをしたからには、黒幕との接触があったに違いないのだ。たたけば証拠の一つや二つ出てくるに違いない、そう思っていた。しかし、一方で懸念もあった。仲間が逮捕されたことで黒幕が焦って強硬手段に出ないかどうか、その辺りはシュゼンの気になるところだった。
 今回の事件の動機は恐らく、シュゼンや孝直を失脚させ、ラクヨウでの勢力を確保、拡大することである。シュゼンや孝直はそう考えていた。事実、ラクヨウとその近辺の選挙区選出の議員はほとんどがシュゼン率いる国民党に所属していた。そのような状況のため、党幹部であるシュゼンやその側近の思うがままで他者の介入する余地はなかった。
 今回黒幕とされる、バイショウ下院議員は国民党の中では数少ない、反シュゼン派だった。もともと支持基盤が強かったので、下手に落選させるよりも、捨て置いて名誉職に祭り上げ、票の確保に利用したのである。ところが、そのバイショウ本人も近頃健康状況が思わしくなかった。そこで、後継者に現在のラクヨウ警察のトップを据えることにした。しかし、これだけではまだ不完全だ。その者に後ろ盾がいなくてはならない。そこで、自分の支持者たちに、何らかの見返りと引き換えに支持を確約させた。
「……とまぁ、こんな感じだろう」
「しかし、総裁。そうだとすれば、逮捕者はかなりの数に」
「いいんじゃない? 私がバイショウのジジイをぶっ潰せば、党は一枚岩。政権奪回にも大きく近づくというもんさ。それ故、今回の一件是が非でも、事実を白日の下にさらさねばならん」
「そうですな、もう少しすれば情報もいろいろと出てきましょう。それまで、少し休みましょう」
 シュゼンと孝直が話し合っているところに、ギャロップが口を挟んだ。
「どうでもいいけど、オレたちを巻き込むなよ」
「ん、その心配はないさ。屋敷が襲われた一件は大騒ぎになってるからな。昨日も記者どもが来ていたが……。少なくとも相手にとっては、ここまで抵抗されるのが計算外だったわけだ。もうこれに懲りて、お前たちを狙うことはしないだろう」
「裏をかいてくるかもしれないぞ」
「の、可能性も無きにしも非ずだが、お前たちの敵ではないだろう? 先輩のポケモンたちもいるしな」
 シュゼンはその点に関しては楽観視していた。この屋敷にのこのこ乗り込んでくれば、捕まるリスクも高いのだ。果たして再び、そのリスクを犯すかどうか、その確率は低いように思えた。

 ◇◇◇

 恪が帰ったあと、しばらくしてシュウユが帰ってきた。気配で感じ取ったのか、ブースターは玄関で待っていた。堅牢な作りの扉が開く。口髭に白髪交じりの紳士が中に入ってくる。誰あろうハクゲングループ会長・シュウユである。
「会長、お帰りなさい」
「おお、ブースター。元気なようで何よりだ」
 お互い声の調子や表情で、嬉しいのが分かる。ブースターがリクソンのもとに行ってからは帰省のときにしか会っていなかった。連絡を取ろうと思えば容易に取れたはずだが、お互い忙しいだろう、あるいは変な時間に電話をかけて相手に迷惑をかけるのではないか、と気を遣っていたのである。
 シュウユはリビングのソファに腰を下ろし、ネクタイを緩める。その横にはブースターがちょこんと座っている。
「やはり、ここが一番落ち着く……」
 口には出さなかったものの、顔には日々の激務の疲れが表れていた。シュウホウが入院したため、シュウホウの仕事まで処理をしなければならなかったのだ。他の会社との交渉や付き合いは部下を代役に立てることで何とかなったが、代役を立てるわけにはいかない仕事もあった。書類に承認の判を押し、直筆のサインをする仕事は本人でこなす必要があった。書類の内容を隅々までチェックし、不備があれば差し戻さねばならない責任重大な任務なのだ。半分はシュウホウに任せていたが、入院してしまいそういうわけにもいかなくなってしまった。
「仕事のほうはどうなの?」
「楽ではないよ。腕を動かすことも多かったから腱鞘炎になるかと思ったな。あ、そうだリクソン。シュウホウの具合は?」
「まだ、少し手とかに痺れが残っているそうだよ。普通に生活するぶんには平気だけど、会社の激務は無理だって言ってたな。ちゃんと治るまで入院したほうがいいってさ」
「そうか。まあ、半分は私にも責任があるしな。ゆっくり休んでもらうとするか。ちょうど社員もそれぞれのバカンスが終わって戻り始める頃だしな」
 シュウユも今日は勤務は昼で終わりなので、残りの時間はゆっくりするつもりだった。しかし、今日はともかく明日以降はやらねばならないことがあり、仕事を忘れてゆっくりできるのは今日だけだった。
「なぁ、親父」
「何だ、リクソン?」
「そろそろ、シドウの自分の家に戻りたいんだけど。カンネイの家での一件があったから自分の家も心配だし」
「ああ、今まで無理を言って悪かったな。あ、でもちょっとブースターは借りててもいいか? 久しぶりにしばらく一緒に過ごしたいしな」
「そりゃ、いいけど」
 リクソンとシャワーズは、部屋に戻った。明日にでも戻ることにしたので、帰り仕度をしておくことにしたのだ。といっても2日分の着替えと本3冊、筆記用具、手帳、財布くらいしか持ってきていないので、仕度はすぐに終わった。その後、ラクヨウ行き高速鉄道のチケットを買いに行くため、シャワーズを連れて家を出た。
 リクソンが出かけると、ブースターが言った。
「ねえ、会長?」
「ん、どうした?」
「何か私に話があるんでしょ?」
 ぎくりとしなかったら嘘になる。シュウユは隠すようなことでもないので正直に話した。
「実は、一連の事件の報告はカジュウ議員から聞いているんだが、気になる点があるんでな、調査を行い、ある程度確証がつかめたら、ラクヨウに行く」
「え、いよいよなの? で、私はどうすればいいの?」
「簡単なことさ。私の仕事場に一緒に来て、一緒に家に帰ってくれればいい」
 要するにしばらく側にいてくれということだ。最後にシュウユは「もちろん、無理強いはしない」と付け加えた。主人だからといって自分の要求を相手に押し付けず、そのことも根に持たない、それがシュウユのいいところだった。
「良いに決まってるじゃない、そんなこと言わないでよ」
 ブースターは、シュウユの行動力がどれほどか知っている。動くときは自ら動いて部下に模範を示す。さらに「ラクヨウに行く」というのは裏に「シュゼンに会いに行く」という意味も含んでいた。
 
 ◇◇◇

 リクソンがチケットを受け取っていると、連れてきていたシャワーズが言った。
「ねぇ、リクソン。雨が降ってきたわよ」
「え? 本当か?」
 駅の外に出ようとすると、外は土砂降り。風が吹き、雨粒がアスファルトや客待ちのタクシーにたたきつけられていた。乗客は、仕方なく雨宿りをする者、売店で傘を買う者、濡れるのを承知で外へ駆け出す者と様々だ。お金と時間に余裕があるのか、駅前の喫茶店に駆け込む人もいた。
 リクソンもコーヒーとケーキでも食べながら時間を潰すことにした。
「でも大丈夫かしらね?」
「それは、信じるしかないだろう」
 シャワーズははっきりとした言葉で言わなかったが、リクソンにその言わんとすることは通じた。前進にリスクは付き物だ。それを恐れて前に進まなければいつまでたっても前に進まない。リクソンは自分の父親が言っていた言葉を思い出した。
「いろいろと理論を述べ、会社に役立てようというのは大変良いことだ。しかし、いつまでも実践できないのでは……」
 小さい頃、父親のやっている仕事がどういうものか、またこのような言葉の意味が分からなかったが、今になると、なるほどと思うところも出てくる。
「ラクヨウの皆はどうしてるかしらね」
「大丈夫だろ、やつらがいればおいそれと手は出せないだろ? 前の事件でしくじってシュゼンさんもかなり警戒しているだろうからな」
「そうよね、でもなんか不安……」
「もう、そういうことは考えるな。そういうことに限ってその通りになるもんなんだからな」
 リクソンがやや強い口調で言った。

 ◇◇◇

 リクソンがシャワーズを連れて高速鉄道でラクヨウに向かっているとき、シュゼン邸では丁度朝ごはんの時間だった。パンにベーコン、卵料理、サラダ、ヨーグルトにコーヒーと栄養、量ともに満点のメニューだった。忙しいときはもっと簡素な食事になるが、時間があるときはこのような豪華な食事になる。
「なんか、すごいね」
「ほんと」
 リクソンのポケモンたちが口をつけないので、遠慮していると思ったのか
「あれ? 遠慮しないでどんどん食べて」
 とシュゼンが言った。もちろん、ポケモン専用の食事もあるといえばあるのだが、栄養を重視したもので、お世辞にもおいしいとは言えず、見た目は人間が食べるブランのようなもので、何だかあまり食べた感じがしないので、エーフィたちはあまり食べたがらなかった。人工のものよりも自然の食材のほうが口に合うのだ。
 食べ終わる頃になると、皿が下げられ、デザートのヨーグルトが出てきた。サンダースたちは皿を下げた男三人を見送ってからこう言った。
「シュゼンさん、あの人たちは誰なんだ?」
「私の公設秘書」
「コーセツヒショ?」
「つまり、私や法君のような国会議員は、国に登録されている資格を持った秘書を3人まで雇うことができるわけさ」
「給料は?」
「税金だよ、国民が納めている」
「じゃあ、給料をちょろまかして自分のものにするのは?」
「それは『公金横領』立派な犯罪だよ。多分やってる連中はいると思うけど。ほんとは家の手伝いさせるのはどうかと思ったけど、仕事が少ないときは手伝ってくれるんだよね」
「議員って、すごいな」
「特権持ちまくり、それが国会議員。権力を利用して良からぬことをやってるのもいるだろうし、またそれ目当てに近づいてくるのもいる。知名度があって当選したとしても、大変なのはそれからだよ」
「……」
「なんたって、君らの生活を左右しているのは我々だからね。我々が法律を作ってなかったら、君らも法律で保護されてないだろうし」
「されてなかったら?」
「今頃大変だよ、多分悪質なトレーナーがはびこって君らがさらわれたとしても、トレーナーは罰せられることもないだろうしね」
「何で?」
「『野生のポケモンを捕まえただけだ』といわれたら、それでおしまいだよ。ゲームの中みたいに捕まえられない、とはいかないからね。そんなものは悪い人にしか当たらない弾丸と同じ、今の技術では実現不可能だよ」
 シュゼンはヨーグルトを口に運びながらすらすらと説明していった。すごい力を持っている人が身近にいる、それは分かった。だから、選挙ともなると、得体の知れない人が近づいてくるのだ。その議員が持つ権力、威光のおこぼれに預かるためである。
「実際『弾丸』が飛び交う選挙もあるしね」
 シュゼンの何気ない一言に、リクソンたちのポケモンは驚いた。今の言葉は聞き間違いだろうか?
「総裁、いきなり専門用語を使っては、聞いている側は混乱しますよ」
 エルレイドが言った。
「あ、すまん」
「さっきの『弾丸』というのは、専門用語でわいろのことです」
 エルレイドが説明した。別に戦場で選挙をするわけではないのだ。しかし、シュゼンが首相在任中は数は減らしていたものの、常に用心警護のポリスに付き添われて政務を執っていた。
「いや、私は別にいいって言ったんだが、本当に撃たれる危険もあったからね。子供残して死ねないから。47だったから、カンネイは12歳か、早いもんだな、9年も経ったんだな。遠い昔のような感じがするな」
 シュゼンが昔を思い起こすように言った。

 朝食後、シュゼンは自宅の書斎で仕事をしていた。議会での仕事ではない。これからの党運営の原案を作っていたのだ。バイショウ下院議員ならびに連座した議員を失脚させた後、空席のポストに議員を充てないといけないのだ。ドアをたたく音が聞こえた。
「総裁、カジュウ様からお電話です」
 エルレイドが受話器を持ってきた。
「おお、来たか。はい、シュゼン」
『総裁、おはようございます』
「どうだい、そっちは? あ、そうだ先輩は元気かな? しばらく会ってないんでね」
『はい、お元気ですが……」
「『が?』何かあったのか?」
『実は、昨日ラクヨウ警察が来て、いろいろと情報を引き出そうとしていたようです。総裁と会っていないか、何か最近話をしなかったか、など。会長は知らぬ存ぜぬで追い返していましたので、とりあえずは大丈夫かと』
「君は、会ってないだろうね?」
『はい、もちろん』
 シュゼンの側近がそのようなところにいれば、何らかの指示を受けてきたものだと感づくに違いない。その探りを入れにきたというのもあったのだろうとシュゼンは考えた。
 しかし、バイショウが関わっていたという証拠は見つかった。ゲンキョウ港で逮捕された犯人の荷物から、セイリュウ銀行の小切手が見つかったのだ。章武支店にて持参人に、所定の金額と交換を依頼する文章が書かれており、依頼人はバイショウ本人であった。

 昼近くになり、リクソンがシュゼン邸にやってきた。
「あっ、リクソンさん」
 リーフィアは純粋に嬉しそうだった。その笑顔を見ていると、心なしか少し気が楽になった。ここ数日間リクソン本人も妙に緊張した毎日だったからだ。
「リクソン君、先輩は元気だった?」
「はい。元気でしたよ。それと、近々ラクヨウにブースターを連れて行くから、家によるかもしれない、と伝えてくれと」
「え、近々? あ、うん。分かった」
 歯切れの悪い返答をしたシュゼンは少し考えた。
(ただ会いにくるわけではないようだな、まぁ、先輩にも何か考えがあるのだろう。さて、私はどう動くべきか……)
 
 ◇◇◇

「おう、分かった。明日の高速鉄道で戻ってくるんだな」
 ブラッキーが両前脚で、受話器を置いた。
「リクソン、何て言ってた?」
「明日の朝2番の高速鉄道で、ラクヨウに戻ってきて、家の掃除をしたら、ここに来るってよ」
 ブラッキーが集まってきたエーフィたちにそう言った。ここに来てからすでに数日が経過した。しかし、本当はもっと長くいるのではないかと錯覚してしまう。体にずっしりとのしかかる疲労感のためだ。シュゼン邸は快適なのだが、やはり落ち着かない。それに加えて、屋敷が襲撃された後、連日記者が取材に来ているのだ。さすがに夜中は静かだったが、朝になり、シュゼンや孝直が車で出かけようとすると、待ってましたとばかりに車を取り囲む。車を囲まれても動じないシュゼンを見て
「すごいねぇ、こんな生活を5年も続けてきたわけでしょ?」
 と、屋敷からその様子を眺めていたエーフィが言った。シュゼン本人は何年首相をやっていたのかと聞かれると、誇るわけでもなく
「5年」
 と答える。シュゼンは4回も首相に任命されている。その度に内閣を組織したので、4回内閣を組織したことになるが、本当に首相としてやりたいことができたのは2回目と3回目の内閣のときだった。1回目と4回目の内閣は長く続かず、やりたいことができなかったので、その期間はカウントしていないのだ。というよりも本人がカウントしたがらないのだ。何かをやったわけでもないのに首相をやっていたなんておこがましいと言うのだ。その期間も含めると
「正確な日数は覚えていないが、5年7ヶ月くらいだったと思うが」
 と、誇るわけでもなく答えた。エーフィたちはあいも変わらずすごい人が身近にいるもんだと、つくづく思った。大げさに言えば国の命運を握っていたのだから。
「ねぇ、ところでリクソンさんが自分の家に帰ってくるみたいだけど、そうしたら私たちも家に戻るの?」
 グレイシアがブラッキーに聞いた。
「いや、迎えに来てくれるってよ」
「そう……」
「あれ? ここに居たいわけ?」
「そうじゃなくて、襲ってきたんだからもう一回襲ってきてもおかしくないのに、あれ以来、気配すら感じないのがちょっと気になって」
「諦めたんだろ? シュゼンさんも警戒してるようだし」
「だったら、いいんだけど」
 グレイシアは不安そうだった。エーフィたちの滞在している客間に西日が差し込んでくる。とにかく、明日になればいったん家に戻れそうだ、皆そう思っていた。やはり、体を休めるには慣れた場所が一番なのだ。

 翌日、昼ごろになって、シュゼン邸にリクソンがやってきた。とりあえず、皆を自分の家に引き取るという。やはり何日も世話になるのはどうかと思ったし、何より再び懲りずに襲うとは考えづらかったからだ。
「そうだよね、犯人は大金でそれなりの人を探してきて、このお屋敷を襲わせたんだから、また同じ事をするんなら、結構時間もかかるだろうしね」
 エーフィが言った。エーフィたちの表情に疲労がにじみ出ていたのを見て、リクソンは
「じゃあ、とにかく家に戻ってゆっくりしよう」
 と言った。
「悪かったね、何もお構いできないで」
「あ、いえ。とんでもないです」
「じゃあ、先輩によろしく」
「あ、はい」
 リクソンたちはシュゼン邸を後にした。リクソンたちの後姿を見送っていたエルレイドは、横に立っているシュゼンに言った。
「本当によろしいのですか?」
「ん、何が?」
「犯人側がこのままおとなしく引き下がるとは、私には思えないのですが」
「私もそう思うよ。しかし、こちらがいつまでも警戒態勢を取っていては、相手も同じように警戒しているに違いない。そうなれば、逮捕する機会は遠のいてしまうだろう」
「しかし、シュウユ会長はまだ襲われたわけではありません。次は会長が標的にされるかもしれません」
「の、可能性もあるが、先輩も忙しいんだ。先輩の行動を制約する権利は私にはないからな。先輩もそれなりの方だから、そうやすやすとやられるような方ではないさ。それにバイショウは私と先輩が力を合わせたときの恐ろしさを十分に分かっているからな。先輩を襲って、私を本気で怒らせるような真似はしないだろう」
 実際に、一度はシュウユら経済界の後押しで、首相の座に就き、党の主導権も奪い取っているのだ。
「だったら、とっくに返り咲いているだろ」
 ギャロップが言った。シュゼンにとって非常に痛いところを突かれた。確かにその通りなのだ。
「むぅ、まぁ、それは、その……」
 ギャロップはくるりと後ろを向いて、屋敷のほうに歩いていった。シュゼンは反論できぬまま、燃えるたてがみをなびかせながら歩くギャロップの後姿を見ていた。

◇◇◇


 リクソンに連れられて、グレイシアたちは久しぶりに自分たちの家に戻ってきた。リビングのテーブル、ソファ、観葉植物、カレンダー、置時計などもちろん全て見覚えがある。さっきリクソンが掃除をしたとかで、少々配置が変わっているのもあるが、別に気になるほどではなかった。全てが家を出てきたときのままだ。現実ではあれから2週間近くが経ったわけだが、このリビングだけは時間が止まり、あたかも皆が帰ってきたのを確認してから、再び時を刻み始めたような感じさえする。妙に懐かしい。本当はどれだけ時間、離れていたのだろうか……。
やはり、ここが一番落ち着く。皆、そう思っていた。もっとも、ブースターだけは、今はシュウユのところに預けてある が、実家に居るので別に不自由なことはないだろう。面倒なことに巻き込まれなければいいが、そもそも、シュウユほどの大物の側にいれば一つ、二つの面倒事は起きてしまう。仮に起きても心配するほどのことではあるまい。リクソンは楽観視していた。一連の出来事は、シュゼン失脚を目論む物で、屋敷の襲撃犯が捕まった今、黒幕の逮捕は時間の問題なのだ。下手に動けば警察に捕縛されるリスクも高まる。一応、国会議員には「不逮捕特権」という特権があり、現行犯でない限りは事情聴取はされても逮捕はされないのだ。もちろん、疑惑がクロならば任期終了と共に逮捕されるのだが。言い換えると下手に動いて現行犯逮捕されるようなことをするわけがない、と。リクソンは考えた。
加えて、あんなことを実行するには金も手間も、時間もかかる。今すぐに起きるわけがない、とも考えていた。
「皆、今日は腕を振るって、何か美味しい物でも作るからな」
 グレイシアたちの嬉しそうな顔がリクソンには見えた。

◇◇◇

 リクソンが帰ったその日、シュウユは会長室で、黙々と仕事をしていた。ブースターも掃除機で会長室の掃除をしていた。壁にかかっている時計を見て、シュウユは
「おお、いかんいかん。もうこんな時間か」
 と言って立ち上がる。
「会長、どうしたの?」
「ん、実は近々、工場用の広い土地を買おうかどうか検討していてな、そこに視察に行くんだが、ブースターも来るか?」
「あ、うん」
 もし、この間に会長が襲われでもしたら大変だ。ブースターはそう思った。不審な輩の気配は感じなかったが、それでもやはり不安なのだ。シュウユの話によると、孝直とバイショウは事あるごとに対立していた。二人とも司法界や警察の世界には大きな影響力を持っている。ついでに言うと、孝直が党の要職に就くと、バイショウはそれを補佐する役職に就いたが、役職とは名ばかりの名誉職で事実上の左遷だった。この一件は孝直が裏で糸を引いていたということではないらしいが、バイショウはシュゼンと孝直がぐるになったと考えただろう。
 ブースターの表情を見て、シュウユは声をかけた。
「ん、やっぱり、例の一件は気になるか?」
「ならないわけないでしょ、だって、代行が酷い目に遭ったのよ? 会長がいつ酷い目に遭わされるか分からないのよ?」
「たとえ、そうだとしても黒幕とされているバイショウ議員が私を襲うことはあるまい。私を襲えば奴の政治生命が危うくなるからな」
「何で、そんなことが言えるの?」
「まぁ、今に分かるさ。奴らとて、立てた策が悉く失敗し、今頃、焦っているだろうからな。シュゼン君や法上院議員を襲うに襲えず。となると、今のところ標的は私だろうな。それか、リクガイの可能性もあるかもしれないが、私はその可能性は限りなくゼロに近いと思う。奴はリクソンと違って、シュゼン君の側近と顔見知りではないから、国民党とのつながりは薄い。リクガイに何かあれば、私がラクヨウで変わって指揮を取ることになる。そうなれば、一番損をするのは誰かな?」
「って、ずいぶん余裕そうね。何か考えているでしょ?」
「考えていないわけないだろう? じゃあ、行くか」
シュウユとブースターは地下の駐車場で、車に乗った。通勤のときとは違い、今度は運転士がいる。ちなみにこの車は今日、車検が終わり、ついさっき運転士に取りに行かせた車なのだ。何か細工をするのも不可能だろう。
車で15分ほど走り、着いたのはケンギョウ外れの工場が立ち並ぶエリアだった。かつては賑わいをみせたが、不景気のため、撤退してしまい、空き地になっているところも少なくない。シュウユたちはその区画の一つを見ていた。そのたちの側には海があり、磯の香りがした。
「ここは、かつて機械工場があったところですが、今は不景気のためにその企業は撤退し、今は建物しか残っていません」
「ふむ・・・・・・」
 シュウユは別の車でやってきた部下の説明を受けている。
「ここなら、大消費地への輸送コストも削減できそうだな。それにこの辺りは地価が安いしな」
「はい、ですが……」
「いや、分かっているよ。ここのあたりが曰くつきの土地だということはね。今じゃ治安も悪いし、買い手がつかないからこんな破格の値段なのだろう」
 曰くつきといっても、落ち武者がこのあたりで斬られて、その怨念がこの地に染み付き、夜な夜な怪奇を起こす、というものではない。この辺りはなかなか警察の目が行き届きにくい場所で、表向きは工場地帯だが、中には裏で得体の知れないビジネスをやっていた、そういう企業もある、という噂だった。それだから、どこの企業も怖がってあまり近づかないのだ。
「……ところでさ、このあたりの土地をうちが買い占めるとなると、どのくらいの金が必要になるか、計算しておくように命じたね? その計算は終わっているかね?」
「はい、とっくに……」
「よし、この辺り一帯の土地を買い占めるぞ、これだけあれば足りるな?」
 そう言って、シュウユは薬指、中指、人差し指を立てて「3」を部下たちに見せた。
「は……?」
「300億ルフィアをすぐに調達するんだ。すぐに銀行に話をつけてくれ、全責任は私が持つ! それと、マスコミどもを集めろ、明日記者会見を開き、このことを世間に知らしめてやる」
「は、はい!」
部下たちは、シュウユの表情を見て、すぐに行動を開始した。この口調と、表情は本気だ、もし粗相をすれば首が飛んでもおかしくない。誰もがそう感じ取った。シュウユの経営方針は堅実だが、まれにこのような大勝負に出ることがある。そういう時は、必ずシュウユが先頭に立つのだ。会長がやるといっているのだから従わなくてはならない。責任は自分が持つといっておきながら、後で責任を部下になすりつけるような男ではない、それは誰もが分かっていた。
「ふっ……」
 シュウユはにやりと笑った。
「さて、ブースター。あとはじわりじわりと行こうじゃないか」
「も、もしかして、もう証拠を掴んでるんでしょ? だから、こんな大勝負に出て、犯人がどう動くか見るつもりなのね?」
「正解、経済界で私の知らぬところはない。奴らめ、高を括ったな。さて、カジュウ議員を呼んで、今後どうするか、話し合っておくとしよう」
 会社に戻ると、丁度、昼食の時間だったため、そのまま食堂に直行した。こころなしか、シュウユはいつもより少し多めに食べていた。大きな仕事を終えたときにする、安堵したような表情をブースターは見た。

 翌日、シュウユはケンギョウの外れにある土地を買収することを世間に公表した。その土地とは、昨日見に行ったところだ。この土地は誰も買い手がおらず、仕方なくケンギョウ府が管理することになっていた。といっても、管理するだけで、金がかかる。だから、府は会社の経営者に安値で払い下げることを打診していたのだ。
 実際、シュウユのもとにも打診があったが断った。立地条件は大都市に近いということで悪くはなかったが、行政や警察の目が届きにくい番外地である。治安のリスクを考えると、慎重にならざるを得なかった。と、いってもやはり、立地と提示された値段は魅力的だった。その土地は、一部分だけが、中小の企業に買い取られるというなんとも中途半端な状態で放置されていたわけである。
「会長ってやること派手ね」
 ブースターがそういうのも無理はなかった。何しろ、あの土地全てを買い上げた上、土地を所有している企業に対し、破格の条件で土地を買収し、残った資金で番外地を一大ハイテク工業地帯に改造してしまう、というものだった。
「これ、全部が今日決まっちゃうの?」
「あ、いや。今、部下どもに土地の所有者と交渉させているがな、まぁ、あの提示額だからな、首を横に振ることはないだろう」
 つまり、シュウユの計画する買収が成功するわけだ。
「でも、会長。お金に物を言わせて、とか何とか悪口言われないかしらね?」
「ふん。別に犯罪行為に手を染めるわけではない。あくまで、これはハクゲングループという法人の『買い物』なんだ。資本経済社会において、金で合理的にものを買うことをとやかく言うとは、世の中、おかしな人がいるもんだな」
 心配そうに言うブースターにシュウユはそう言った。普段は優しいシュウユだが、いざ経営のこととなると、非常にドライなところがある。しかし、トップの感情で会社全体の損害を出すわけにはいかないのだ。シュウユにも社員を守るという義務があるのだ。
「でも、今回のって、半分はシュゼンさんのためでしょ? いいの? 個人の権限でそんなことして?」
 ブースターがちょっと意地悪な質問をしてきた。しかし、シュウユは何だそんなことか、という表情をして答えた。
「確かに今回の一件、シュゼン君のためでもある。が、それだけではない。シュゼン君やその側近は、大会社が利益を上げることに非常に好意的なんだ。だから、セイリュウのトップつまり首相はシュゼン君かその側近になってもらった方が、私としても都合がいい。彼としても、税制のことは経済界の理解が得られたほうが、仕事が前に進むとも言っていたからね。お互いに得をするものがあるのさ。だからそれだけの賭けに出る価値があるんだ。付け加えて言うと、今の与党や国民党の反シュゼン派の連中は下々から税金が取れないとなると、今度は我々から毟り取ろうとするからな。はっきり言ってそんな連中は、私を含めた経営者にとっては邪魔だ。私だって、自分の退職金は受け取らないとか身を削っているのに、これ以上どうしろというのだ」
 シュウユの会社は大会社とはいえ、不景気なのだ。決して安泰なわけではない。社員や、その社員の家族を守るために、ドライにならなければならないというのは、何よりも辛いことだった。それは、ブースターも良く分かっていた。
「さて、行ってくるか。そろそろ記者会見が始まる」
「いってらっしゃい、会長」
 シュウユは会長室を後にした。
その記者会見の模様はテレビを通じて、全国に知れ渡った。シュゼンは国会議事堂内の国民党控え室で、その会見をテレビで見ていた。
「突然こんな事をするなんて、絶対に何か裏があるぞ」
「いや、実はずっと前から府から打診があったと聞くぞ」
 議員たちは口々に、自分の考えを言っていた。しかし、シュゼンは黙ってその会見を見ていた。シュウユは意味もなくこんな事をする人物ではない。本来ならば、真意を確かめるところなのだが……。とにかく裏があるのは確かだと感じた。
 会見が終わると、シュウユは意気揚々と会長室に戻ってきた。
「お疲れ様」
「いや、実に気分がいい」
 満足のいく会見だったようで、シュウユは笑顔だった。
 その次の日のこと、ケンギョウ警察がハクゲングループの本社までやってきた。その事は、会長室で仕事をしているシュウユのもとに内線で伝えられた。
「ね、ねぇ、会長」
「どうした、ブースター?」
「ケンギョウ警察が会長に会いたいって」
「代わってくれ。何? ケンギョウ警察? それは間違いないんだな? 分かった、会長室にお通ししなさい」
 シュウユは受話器を置いた。
「あ、危ないわよ、会長。忙しいって言って追い返したほうがいいと思うけど」
「心配するな。ちょっと話をしたらすぐに帰るさ」
 間もなく2人組の刑事が部屋に入ってきた。ひとまずシュウユは2人をソファに座らせた。その2人は、ソファに座り、警察手帳を見せ、名前を言うと、早速用件を言った。
「買収された土地の件ですが」
「それが何か?」
「行政や警察の目が届かないのをいいことに、良からぬことをしている連中があの辺りで目撃されていましてね。張り込みを行い、一斉に摘発したいと考えているのですよ」
「私としては、構いませんがね、一部の土地はまだ交渉中で、我が法人の持ち物にはなっていないのですよ。まぁ、張り込みたいのなら、その後ですかね。そして、令状をお持ちくだされば……」
「分かりました。では、また改めてお伺いします」
 2人は帰っていった。扉が閉まった後、ブースターは言った。
「もしかして、こうなること分かってた?」
「ああ。治安は乱れ放題で、土地は虫食い状に所有者がいる。張り込みたいといってもなかなか、難しいだろう。何せそれぞれの土地に対して令状がいるんだからな。持ち主が一人なら、一つでいいだろうが。そこで、今回のカードを切ったわけだ。バイショウ議員のダーティーな噂は聞いていたからな。良からぬことをして、利益を得ているともな」
「良からぬことって?」
「それは、分からんが、国会議員で長老ともなればかなりの権力を持っている。警察の力を封じることくらい簡単だろう」
「で、これからどうするの?」
「とりあえず、全ての土地の買収が成立してからだな。しかし、あまり寝ていないから眠いな。今日はこれといった予定もないから一時間ばかり仮眠を取るか」
 そういうと、ネクタイを外し、背広を脱いで、椅子の背もたれにかけた。そしてソファの上で横になる。
「ちょっと冷房が効きすぎているな。ブースター、ちょっと暖めてくれないか?」
「うん、いいわよ」
 シュウユはブースターを抱きかかえて横になった。心地よい暖かさのためか、ただ単に眠かっただけなのかほどなくシュウユは寝てしまった。その寝顔を見ていると、ブースターも何だか眠くなってきてしまった。
(私もちょっと寝よう)
 ブースターもシュウユに体をくっつけ、丸くなって眠った。
一時間後、セットしておいた目覚ましが鳴り、シュウユは目を覚ました。ネクタイを締めると、残っていた仕事を片付け始めた。やはり一時間休んだだけで、頭もさえてくる。
(とりあえず、次の手を打つのは、土地の買収が済んでからだな)

 ◇◇◇

 与野党の対立で国会の審議がストップしていたが、どうにかこうにか妥協が得られ、審議が再開された。そのため、シュゼンや孝直は家や仕事場を留守にすることが多くなった。いたとしても、それは寝るためだけに帰ってくるだけで、朝になれば、また出かけていってしまう。
「なぁ、ギャロップ。静かだな。家の中」
「そうだな」
 主不在の家の静けさ、カンネイ自身普段は学校で家にいることが少なく、また休みの日も出かけることが多かったため、家の様子など、あまり意識はしていなかった。
「……今日は特に予定はないんだよな。夜はジムに行くけど。ギャロップ、どっか行くか」
「そうだな、じゃあ、どっか近場に」
「財布と、携帯は持っていくか。ああ、そうだ。戸締りの確認をしてくれるか? 多分大丈夫だろうけど」
 戸締りの確認が済むと、門のところにいる警備員に「夕方ごろ戻る」と伝えて、家を出た。
「カンネイ、どこに行こうか?」
「そうだな……」
 腕時計を見ながら、カンネイは考えた。朝御飯を自分で作って、済ませたばかりである。時計を見ると、まだ十時にもなっていなかった。夕方、何時とはっきり伝えたわけではないが、五時過ぎに戻るとしてもまだ七時間以上ある。
「そうだ、ギョウトに行くか。二時間くらいで着くだろ?」
「そうだな、そうするか。平日で人も少なそうだしな」
 ギョウトはラクヨウの北西にある都市で、もともとはセイリュウの首都であったところだ。ただ、海から離れているのと山がちな地形のため、戦争のとき守りやすいのは事実だったが、その反面少し不便であった。そのため、近代になってからラクヨウに首都が移ったのである。そういった歴史を持つため、古い寺院や町並みが残っている、趣のある場所となっている。
 ギャロップに揺られて、一時間半ほどでギョウトに着いた。もっとも飛ばせばその三分の一の時間で着くが、別に急いでいるわけでもなかったので、ギャロップは疾駆することなく、ゆっくりとしたスピードで走ってきた。ゆっくりといっても原付なみのスピードである。晴れてさえすれば、ギャロップに跨っていくほうが時間がかからないので、カンネイは免許を持っていても、それは身分証明書としての役割しか果たしていなかった。
 カンネイたちは少し早めに食事をとることにした。店内を見ると、ポケモンを連れた観光客と思しき人がちらほらといた。それでも休日に比べれば、ずっと少ないという。
「平日なのに、結構人がいるもんだな」
「まぁ、観光地だからな」
 カンネイは注文した蒸籠盛りの蕎麦をすすっていた。何でもこの蕎麦はギョウト名物の一つなのだそうだが、今はそんなことはどうでも良かった。付け合せの天ぷらに塩をつけて口に運ぶ。
「ギャロップ、カボチャの天ぷら」
「おー、うん、うまいなこれ」
「しかし、何でオレがわざわざ食べさせてやらないといけないんだ。男同士なのに……」
「じゃあ、いい。そのまま食うから」
「やめろ、キタナイ食い方をするな」
「次は海老天な」
「オレも食いたいから、半分コな」
「ちっ、まぁいいか」
 そんな会話が交わされながら、昼食を済ませた。
「結構、使ったな」
と言っていたカンネイだったが、さほど気にしている様子はなかった。その後、観光案内所で地図をもらい、いろいろな寺社を見て回った。小学校の遠足できたところもあったのだが、その時は、由緒ある寺だとか神社といわれても、何が何やらさっぱりだった。やはり成長してある程度の教養がないとただの「古い建物」なんだろうな、とカンネイは思った。
夕方にカンネイは家に帰ってきたが、その日は結局何も起こらなかった。議会から帰ってきたシュゼンが言うには、議会でも変わった事は起きなかったらしい。ただ、一つ気になったことがあった。下院議員のカジュウが言うには、
「バイショウ議員が本会議を欠席しましたよ」
 と言っていたのが、気にならないでもなかった。
「まさか、良からぬことを考えているじゃないのか?」
「の、可能性もあるが、別に本会議を欠席する議員なんて別に珍しい存在でもないからな。ずる休み4分、良からぬことを考えている6分だろうな」
 カンネイは言ったが、シュゼンは特に気にしてはいない様子だった。気になっているのかもしれないが、相手が次にどのように動くか見ているとも取れた。

 ◇◇◇

 その3日後、上院議員である孝直は、食事に同じ章武国出身の恪を誘った。護衛も連れず、待ち合わせ場所のホテルに出かけていった。特に理由はないが、最近落ち着かない日が多かったので、ホテルでも食事をしようと思っただけのことだ。それ以外に理由はなかった。
「今日はお誘い、ありがとうございます」
 恪が言うと、孝直は、
「いや別にお礼を言うことはないさ」
 とだけ言った。48階建ての「ラクヨウニューシティホテル」の45階にあるレストランに3日前に予約を入れておいたのである。別に予約は義務ではないが、待つのがいやなので、予約を入れておいたのである。
「ここ食べ放題なんだ。平日だから空いていると思ったけど、意外と混んでるね」
「昼御飯時ですからね」
 窓から広がるパノラマをおかずに食べた料理は格別だった。料理そのものの味もいいだろうが、気分が違うだけでもこうも味が変わるものなのか、孝直は思った。
 お腹も膨れたところで、デザートのアイスクリームを食べ、コーヒーを飲んでいると、背広を着た数人の男がレストランに入ってきた。そして孝直たちのテーブルのところまで来ると、おもむろに何かを見せた。それは警察であることを示す身分証だった。
「法孝直上院議員ですね?」
「そうだが?」
「少々お話を伺いたいので、署まで来ていただけますか?」
「嫌だと言ったら?」
「それならば、仕方ありません。令状を持ってきて、正式に署までご同行いただくことになります」
「ふん、まぁ、いいだろう」
「あなたにもお話を伺いたいので、署まで来ていただけますね?」
「あ、はい……」
 恪は断ろうと思ったが、何だか断るともっとまずいことになりそうな気がしたのだ。何となく雰囲気でそう感じ取った。

 ◇◇◇

 警察署に着くと、孝直は取調室に連れて行かれた。
(まさか、私がこのようなところに来ることになるとはな)
 一時は、法務大臣と公安のトップを兼ねていたつまり、司法、警察の世界に絶大な影響力を持っていたわけだ。そんな自分がここで取調べを受けようとは思いもよらなかった。
「早速ですが、バイショウ下院議員がお亡くなりになりました」
「あ、そう」
 内心、小五月蝿い政敵が消えてくれた。そう思ったのが、素直な感想だった。もちろん口には出さなかったが。しかし、さすがに次の発言には驚きを隠せなかった。
「亡くなった、というよりも殺されたのですよ。『ラクヨウプラザホテル』の客室内で。それで、動機がありそうな人物をしらみつぶしに取り調べているわけです」
「ふーん、なるほどねぇ」
「それで? 今日の12時ごろ、何をしていらっしゃいましたか?」
「その頃なら、ちょうどホテルで待ち合わせをしていたよ、食事のな」
「食事というのはお二人ですか?」
「ああ」
「それと、あなたの毛髪を調べさせていただいても構いませんか? 被害者の客室内から、被害者の者ではない毛髪が見つかりましたので」
「好きにすればいいさ」
 しかし、そう言ってしまったのが間違いだった。鑑定結果は思いもよらぬものだった。
「DNA鑑定の結果、DNAが法議員のものと一致しました」
「何だって!? その鑑定がイカサマなんじゃないのか?」
「一昔前とは違い、今のDNA鑑定の結果は正確なんですよ。どうして、この毛髪が被害者の客室内で発見されたのですか?」
「そんなことこっち聞きたいぐらいだ」
「困ったお人ですね。もう素直に白状したらどうです?」
「何を白状しろというんだ!」
 孝直はテーブルを叩いた。しかし、一方で大体の真相は見えていた。
(嵌められたな)
 
 ◇◇◇

 その時、カンネイはギャロップに跨って、外に食事に出ていた。すると、ギャロップが脚を止めた。
「ん? どうした」
 物陰からこっそり家の様子を伺っていたギャロップに言う。
「家の周りがえらいことになってるぞ」
「ん、どれどれ」
 報道関係者が家の前を取り囲んでいた。もっとも今は家には警備員しかいないが、恐らくシュゼンの帰りを待っているに違いない。
「何があったのか、分からないが、どうするよ?」
「仕方ないな、とりあえずリクソンの家に行こう」

 ◇◇◇

 リクソンの家に着くと、そのわけを知ることになった。家に着くなり
「法先生が警察に捕まったらしいぞ」
 とリクソンが言ったからだ。
「んな、バカな」
 と言ったが、テレビのニュースでは臨時ニュースでそのことがやっていた。しかもかなり詳細に。現職の上院議員が、殺人の疑いで警察に連行されたと報じている。
「先生がそんなことするはずがない、絶対に誰かに嵌められたんだ」
「オレたちもそう思うよ。けど、そうだっていう証拠があればいんだけどな」
 リクソンは言った。誰かに嵌められたとは思うが、相手は国家権力なのだ。そう簡単に太刀打ちできる相手ではない。
「さっき、ケンギョウにいるブースターに電話したら、会社もえらいことになっているらしい。ただ、ケンギョウだったら親父の影響力が強いからな、そっちに行ったほうが安全だと思うぞ? 親父には電話で話しておくから」
「いや、でも……。あ、そうだ。ビデオカメラとデイパックってあるか?」
「あるけど、どうすんだよ、そんなもん」
「いいから貸してくれ。必ず返すから」
 それを受け取ると、カンネイはギャロップに跨ってどこかへ行ってしまった。カンネイは「証拠」という言葉でピンときた。以前大学の授業で、検察が有利に裁判を進めるために、でっち上げの証拠を用意していたというのを思い出したのだ。しかも孝直が担当している授業だったのだ。
「まさか、こんなところで大学の授業が役に立つとはな」
「どうすんだよ?」
「決まってるだろ? 先生の仕事場をこれで撮影するのさ。もし、誰か不審なやつが仕事場に忍び込んでいたとするなら……」
「確かにその通りかもしれないけど、危険だぜ?」
「と言いつつ、走ってるのは誰かな?」
「やばくなったら、全速力で逃げるからな」
 やがて孝直の仕事場があるマンションの近くに来た。エントランスの前には案の定、報道関係者が詰め掛けていた。
「ちっ、裏に行くか、ん? 待てよ? そうだ、ギャロップ! お前はボールの中に入れ」
「え?」
 カンネイは上着のポケットから一つの鍵を取り出した。
「これ、なーんだ?」
「鍵だろ」
「当たり、先生の仕事場のな」
「何でそんなもんを持ってるんだよ?」
「いつでも仕事場に来なさいって言っててさ。いろんな本を持ってるから、参考文献探すのにもいいしな。今から住人のふりをして、部屋に忍び込んでやるぜ」
「……」
 カンネイは住人のふりをして、のそのそマンションの中に入っていった。報道関係者がカンネイに群がる。
「あ! 住人の方ですか? 一言おなはしを!」
「……」
 まさか、一国の政府要人の子供がこんなところに乗り込んでくるとは誰も思わず、簡単にマンションの中に入ることができた。しかし、報道関係者の中には、国会議員の家族の顔を知っている人もいるのだ。顔をテレビカメラに撮られてしまったから、時間がたてば大騒ぎになる可能性もある。
 ビデオカメラを録画モードにして、部屋の中に入っていった。
(さて、と)
 ベランダに面した部屋にいると、万一誰かが侵入してきた際に、気づかれてしまう恐れがあるため、ベランダに面していない部屋にいることにした。しかし、その前に一つだけ、やっておくことがあった。孝直は、その日にやることをメモに書いて冷蔵庫に磁石で貼り付けておくのがクセだった。そうしないと何をする予定だったのか、忘れてしまうからだ。
 そこに今日の日付と「11時30、ホテル」と書いたメモを付け加えておいた。例の毛髪が、この仕事場に忍び込んで手に入れたものだとすれば、他の証拠を手に入れようとこの仕事場に来るように思えたのだ。
 しばらく時間がたって、ダイニングのほうで、何かが擦れるような音がした。乾いた音である。ビデオカメラを手にそっとダイニングに行った。そこにはオニスズメがいた。こちらには気づいていない様子だった。
「仕事、ご苦労」
 その声にぎょっとして振り返るオニスズメ。
「しまった、見つかった」
 何かをくわえて、ベランダから飛び去ってしまった。別にここで倒してやるという気はなかった。冷蔵庫からは、例のカンネイが書いたメモが消えていた。急いでいるのなら、いちいち孝直が書いた物かどうか確認などしないだろうとにかくこれで、大収穫である。腕時計を見ると、3時5分となっていた。息を潜めて1時間近くが経っていたことになる。
 何食わぬ顔で、マンションを後にし、ボールからギャロップを出して、リクソンの家に向かった。カンネイは興奮気味に、リクソンに言った。
「すっごいぜ、まさかこんなにうまくいくとは思ってもなかったぜ」
 その一方で、リクソンは浮かない顔をしていた。カンネイが撮影した映像を見てこんな事を言ったのだ。
「これ、やばくないか?」
「何が?」
「だってさ、テレビカメラに顔を撮られたんだろ? 一国の要人の子供の顔を知っているのがマスコミの中にもいるだろうから……。騒ぎになるな」
「え?」
「よく、考えてくれ。法先生の仕事場に上司の子供でもあり、教え子のお前が乗り込んだんだぜ? 絶対に何かあったと思うだろ?」
「ああ、冷静に考えればそうか……。リクソンのお父さんのところで匿ってもらえないかな……」
 リクソンは時計を見た。4時になろうとしている。どうやったら誰にも気づかれずに、ケンギョウまで行くことができるか。とりあえず、ケンギョウ本社にいる父親に電話をかけた。
「……ということなんだけど、どうしよう?」
「全く、行動力は父親譲りか。とにかく、すぐにリクガイのところに行かせろ。リクガイにどうするか策を立てさせる。急がせろ、時間がない」
「分かった、ありがとう。と、いうことだそうだ。オレも行くから」
 リクソンは、スラックスとシャツを着て、ネクタイを着けた。そしてシャワーズたち7匹を連れて行くことにした。途中で襲われたら、撃退する気でいた。しかし、無事にラクヨウ支社まで辿りつくことができた。時間は4時40分、あと20分で夕方のニュースが始まってしまう。会社の中に入ってしまえば、少なくともテレビカメラからは遮断できる。
 リクガイは幹部たちを会議室に集めて、映像を見させた。無論、口外することはないが、厄介なのは、誰にも気づかれずにケンギョウ本社まで来させるという策を立てろという方だった。この難題に対してすぐに答えは出なかった。
「テレポートとかはいかがでしょうか?」
「あのなぁ、もっとまともな策はないのか?」
 リクガイは言った。すると、リクソンがこんな事を言った。
「女装させて、ケンギョウまで行かせるのはどうかな?」
「バカか、お前は。友達が大変なことになってるんだから、もっと危機感を持て」
 リクガイは反対したが、常務はその案に賛成した。
「いいえ、意外と良い案かと存じますが」
「いや、しかし本当に女装させる気か?」
「いいえ、変装させるだけです。まず子会社のラクヨウ運輸のトラックと制服のツナギを用意します」
「うん、それで?」
「その格好をさせて、助手席に乗せればどこから見ても、運転手の助手に見えると思いますが」
「他に案がないなら、その案にするが、異議は?」
 他に案が出なかったので、リクガイは常務に手配を任せることにした。ラクヨウ港からケンギョウ行きの夜行フェリーにトラックごと乗る。という案だった。高速道路だと、途中のサービスエリアなどで、顔を見られてしまう恐れがあったが、船の場合はそのままトラックに乗っていれば一歩も外に出ずにすむ。海の上なら検問をするのは不可能だと踏んだのだ。
 リクガイはひとまず社長室に戻った。問題はまだあったのだ。カンネイが行方不明になったとすると、当然、友人たちに話を聞くことは予想できた。まず、その筆頭がリクソンにくることは明らかだった。父や兄に頼んで、何とかしてもらうように取り計らうことは、少し頭を使えば予測できる。
「とりあえず、お前は一週間くらい会社が経営するホテルにいろ。話はつけとくから」
「じゃあ、準備しないと」
「そんな暇ないだろ。今頃お前の家もマスコミが取り囲んでいるだろうからな、これで何とかしろ」
 そういうと「出張費」と書かれた封筒を渡してくれた。中には20万ルフィアが入っていた。リクソンたちもリクガイが手配したホテルに向かうことにした。ケンギョウとは逆方向の北部にある温泉地帯である。リクソンはラクヨウ発の急行列車に乗った。観光地行きの列車ということもあり、平日のため車内は空いていた。
「リクソン、これからどうするの?」
「シャワーズ、何か精神的に疲れたから、終点に着いたら起こしてくれ」
「あ、うん」
 シャワーズの質問には答えず、それだけ言うと、リクソンは目を閉じた。
◇◇◇

 リクソンを出発させた後、常務が手配したトラックと衣装がラクヨウの支社に届いた。後はカーフェリーに乗せるだけだ。
「えっ、船、ですか?」
 カンネイが言った。高速道路のほうが速いではないか、というのだ。しかし、道路だと検問を設置された場合、そこで引っかかる恐れがあった。社長室のテレビが自分の父親の姿を映し出していた。
「総裁、法上院議員が警察に身柄を拘束されたそうですが?」
「詳しい話は何も聞いていないから、コメントできない」
「法上院議員の今後の処遇については?」
「だから、私も何もそれについて話を聞いていない。だから答えられない」
 シュゼンも迂闊なことは言えなかった。嵌められたのだろうとは思う。しかし「今回の不正逮捕については、警察に抗議をし、速やかに釈放するように要請する」といえば、シュゼン本人が警察に圧力をかけたと取られかねない。やましいことがないなら、何故圧力をかけたのだ、となり孝直の立場が一層悪くなってしまう懸念があった。
「ギャロップ」
「ん?」
「まさか、オレが追われる身になるとはな。こんなの映画の中だけだと思っていたのに」
「……」
 カンネイの表情を見てギャロップは言葉を返すに返せなくなってしまった。カンネイの表情からははっきりと、焦りと不安が読み取れたからだ。「これからどうなるんだろうなオレたち」と言ったところでカンネイから言葉が返ってくるようにも思えなかった。

◇◇◇

孝直が警察に身柄を拘束される5日前のこと、シュウユは例の土地買収について報告を受けていた。シュウユはここ数日ほとんど寝ておらず疲労の色が顔に現れていた。ブースターも心配したが、シュウユが「大丈夫」というのでそれ以上は何も言わなかった。もともと激務だからといって弱音を吐くような男ではないことは十分に分かっていたからだ。
「……というわけで、土地の買収は全て完了いたしました」
「よし、ご苦労」
 しかし、これで全ての仕事が終わったわけではない。むしろこれからである。莫大な金額で土地を買収したのだから、それに見合う利益が出るようにしなくてはならない。
「ところで記者会見はいつ行いましょうか?」
「記者会見ねぇ……。うーむ」
 別にやってもやらなくてもシュウユ本人にとっては別にどちらでもよかった。強いて言うならば、記者会見を開いたほうが早く全国に広まる。しかしそれだけだ。それに会見なら、この前行ったばかりではないか。
「会見は……。今はすべきではないだろう。時期が来たら、そのときに行うことにする」
「かしこまりました」
 どうせ、そんなことをしなくてもどこからか嗅ぎ付けられて知られてしまうのは時間の問題だったからだ。全く、油断も隙もない世の中になったな、シュウユはそう思った。
 部下が部屋から出て行くと、ブースターが聞いた。
「ねぇ、今度は何をするの?」
「何って、例の土地に移転させる工場を何にするか、決めないといけないな、それから……」
 話の途中で部屋の内線が鳴った。
「はい、会長室」
「会長、大変です! 記者たちが会社の入口前に押しかけています」
「ちっ、もう嗅ぎ付けたか。今からそっちに行く」
 
入口前には大勢の記者が押しかけていた。シュウユが入口の玄関から一歩足を踏み出すや、質問が矢のように飛んできた。
「土地買収が完了したとのことですが?」
「ああ」
 シュウユは質問には答えたものの「ああ」「まだ決めていない」といった曖昧な発言しかしなかった。具体的に決まっていない、というのはもちろんあったが、シュウユにとって、こちらの行動を必要以上に知られるのも、少々都合が悪かった。
 何とか記者を追い返して、というよりも質問を打ち切って、シュウユは会長室に戻ってきた。
「あ、おかえり」
「いや全く、どこで嗅ぎ付けたのか……」
 シュウユはそう言いながら、コーヒーを入れた。
「でも買収が終わったのは今日なんでしょ、誰かが知らせたのかしら?」
「あ、いや。本当は一昨日だったんだ。報告書の作成とか、ちょっと事情があってだな」
 妙に言葉の歯切れが悪い。
「何か、隠してるでしょ?」
「むぅ、絶対に誰にも言わない、よな? まぁブースターならいいか。実は昨日ケンギョウ警察がガサ入れ、つまりあそこでよからぬことをやっていた連中を一斉に逮捕したんだな」
「で?」
「その連中、誰かに匿われていたらしい。何と言ったらいいか、まぁ、アジトのようなところにだな。あの中の工場の一つがそうだったんだよ。工場の持ち主は無関係らしいが、とある有力者からの恩があってやむなく承諾していたらしい。実際は脅されていたんだろうが」
「よく土地を売ってくれたわね?」
「身柄の安全を保障するという、交換条件付きで承諾してくれたんだよ。今は警察に匿われているよ」
「ふ~ん。ところでその人、罪に問われないの?」
「無罪ってことはないだろうけど、執行猶予はつくと思うがな。減刑の嘆願書は書いておいたし。さて、今日は早めに帰って、何か美味しい物でも食べよう」
 シュウユはブースターを連れて、地下の駐車場に行った。そこには運転手が車に乗って待っていた。普段は鉄道で通勤しているのだが、ここ数日は安全もかねて、車で通勤するようになっていた。夕日が高速道路のアスファルトを赤く染めていた。高速に乗らなくても帰ることはできるが、やはり時間がかかる。
 自宅に着くと、ダイニングにはすでに夕飯が並んでいた。
「わぁ、おいしそう」
 そう言うブースターの横で、シュウユはネクタイを緩めると、冷蔵庫を開けて、探し物をしていた。
「あれー? ガルーラおばちゃん、清酒は?」
「奥様から禁止されているので、買っていません」
「そんな! くそ、やはり途中で買っておくべきだった。まぁ、ビールでいいか。ちっくしょう、余計なことを……」
 ブツブツ文句を言っていたシュウユだったが、料理はおいしそうに食べていた。
「会長、何かすごい幸せそうね」
「家が一番落ち着けるからな、ん、ブースター、この肉料理うまいぞ」
「会長、お野菜も食べてくださいね」
「ああ、はいはい」
 うるさい嫁は仕事の関係上、外国で暮らしているのだが、ガルーラおばちゃんがいろいろとシュウユに「指導」するので実際のところ、好き勝手なことはできなかった。うるさいなぁと思いつつももう歳なので、健康のことなど気にしないといけない部分も多くなってきた。分かってはいるのだが……。
 そのやり取りを見てブースターがくすくす笑っていた。
「可笑しいか?」
「だって、会社にいるときと全然違うんだもの。やっぱり家じゃただのオジさんね」
「私だって人間なんだよ。家で会社と同じ振る舞いなんかできないよ」
 シュウユが料理を口に運びながらそう答えた。

 ◇◇◇

 それから5日後のこと、ケンギョウの本社で会議が行われていた。シュウユもそれに出席していたのだが、秘書の一人が会議室に駆け込んできて、会議は中断された。
「何だ、今は会議中だぞ」
 ケンギョウ本社の専務が咎める。
「も、申し訳ありません。実は、法孝直上院議員が警察に身柄を拘束されたとラクヨウから急報がありまして、会長にお知らせしようかと」
 出席者たちがざわつく。前首相のシュゼンやその側近たちとハクゲングループのつながりは、シュゼンが党の総裁になってから一層強くなっていた。国民党全体はともかくとして、シュゼンとその側近たちは、多少の失言はあったにせよ、特に大きな問題もなかった。シュゼン本人に大きな問題があったり、資質がなさそうなら、いかに友人といえども、支援はしなかった。もしすぐに問題を起こすようなら、何かあったとき、会社の信頼や評判に傷がつく恐れがあったからだ。シュウユにとっては会社が一番で、政治のことには、興味、関心がなかった。
「むぅ……。ひとまず、状況を確認したいから、私は抜ける。君たちは会議を続けてくれ」
 そう言って、シュウユは会長室に戻った。部屋にはブースターがいた。状況が状況なだけに、会長室に誰もいないのは物騒に思えたからだ。夜は警備の数を増やしているものの、昼は警備員たちを休ませる目的もあって数は減らしているのだ。
「あら、ずいぶん早く終わったのね」
「ブースター、テレビをつけてくれ」
 テレビは、丁度例のニュースをやるところであった。キャスターがニュースの原稿を読み上げる。
「たった今、新しい情報が入りました。午後1時36分ごろ、ラクヨウシティ内のホテルで国民党の法孝直幹事長が身柄を拘束されたとのことです」
「むぅ……。まさかこのような強硬手段に出るとは」
「え、法先生が逮捕されたの?」
「の、ようだが……。しかし、今のニュースだけではよく分からん」
「でも会長。先生とは何回も会ったことがあるけど、悪い事をするような人じゃないわよ」
「恐らく、誰かに嵌められたんだろう。しかし、嵌められたという証拠がなければな……」
 すると、これに関連すると思われるニュースが画面に映し出されていた。
「こちら、現場となったラクヨウプラザホテル前です。この部屋の14階の一室で、バイショウ下院議員が何者かに殺害されていました」
 シュウユとブースターはそのニュースを見ていた。そして、シュウユは息をふうっと吐き出した。
「法議員の政敵か。とすれば、動機は十分だな」
「えっ!? 会長は先生がやったって言うの?」
「違う違う」
 シュウユは否定した。そして言葉を続ける。
「そういう動機をでっち上げて、法議員に罪を着せて、社会的に抹殺することは警察なら可能だよ。証拠なんて捏造で何とでもなるからな」
「でも、そしたらシュゼンさんが否定するでしょ?」
「いや、シュゼン君はおおよそ真相が見えていたとしても、表立って法議員の無罪を主張することはないだろう。この段階でシュゼン君が何かをすれば警察に圧力をかけたと取られ、余計に法議員の立場は悪くなる。それ故、沈黙せざるを得ないだろう」
「じゃあ、どうするの?」
 シュウユはすぐに答えを出すことはできなかった。目立った動きをすれば、企業ぐるみで警察の妨害をしたことになってしまう。かといって何もしなければ孝直の立場がどんどん悪くなり、本当に犯人として起訴されてしまう恐れすら出てきた。ラクヨウ支社の動きは恐らく、見張られているだろう。
(……どうするか……)
その日の夕方、ケンギョウ本社にラクヨウ支社から連絡が入った。
「ねぇ、会長。リクガイさんから。急な案件で話があるって」
 電話に最初に出たブースターが言った。四足歩行なので電話は取りづらいような気もするが、口にくわえたり、前脚を上手に使えばできないことはなかった。
「替わってくれ」
 シュウユが受話器を受け取る。
「おお、何だ?」
『実は、リクソンとシュゼン総裁のご子息が会社に来てて、法上院議員の一件で何らかの証拠を掴んだんだけど、ラクヨウじゃ危険だから、総裁のご子息だけ、ケンギョウで匿ってもらえないかな?」
「匿うのはいいが……。しかし、普通に列車や飛行機に乗せたのでは、途中で捕まるかもしれない。何とか策を持って、ケンギョウまでカンネイ君を送り届けろ。あと、リクソンはケンギョウとは別の場所に避難させろ。一緒に行動していたんじゃ、目立つからな」
『じゃあ、リクソンには金を渡して、北部の温泉地帯にでも避難させるから。ご子息のほうは、何とかしてケンギョウに送り届けるから」
「日にちが経てば、騒ぎが大きくなるからな。遅くても明日の未明にはケンギョウに到着させろ」
 シュウユは受話器を置いた。ブースターが近寄ってきた。
「何て言ってたの?」
「まぁ、要約すると、カンネイ君に身の危険が及ぶかもしれないから、ケンギョウで匿って欲しいとのことだ」
「ええっ!? リクソンさんたちは大丈夫かしら? すぐに実家に呼び戻したら?」
「そうしたいが、あの二人が一緒に行動していたのでは目立ちすぎる。カンネイ君は本人は知らなくても、相手が顔を知っている可能性は高いからな。リクソンは北部の温泉地帯に行かせる。うちの会社のホテルを手配して、騒ぎが収まるまで、そこに避難させる」
「シュゼンさんは大丈夫なの? もしかすると、殺されちゃうかもしれないじゃない」
「そう、やすやすとやられるような奴ではないが……。ただ身動きは取れないだろうな。本当は彼と連携するのが一番いいんだが。カジュウ議員も監視されているだろうから、しばらくはこっちへ戻れそうもないな」
 シュウユはその日は家に帰らず会社に泊まることにした。会長室には応接室がついており、そこのソファを使えば、一晩くらいなら横になることは可能である。その日は落ち着かない夜を過ごすことになった。寝ようと思って目を閉じても、なかなか寝付けなかった。ブースターが心配そうに言った。
「会長は家でゆっくり休めば? 私がここに居るから」
「いや、大丈夫だ」
 若いときから激務続きで体力はあった。体力ではなく精神的に参りそうだった。もし、カンネイに何かあったらどうお詫びしようか? 何とか無事にここまでたどり着いて欲しい、そう思っていた。よく眠れないまま、空が白み始めた。
「朝になっちゃったわね」
 ブースターも欠伸をしている。恐らく、ブースターもよく眠れなかったのだろう。その時、会長室の電話が鳴った。相手は、宿直の警備員だった。どうやらカンネイがケンギョウ本社に到着したらしい。
「そうか、無事だったか」
 ひとまずは肩の荷が下りた。ケンギョウを経済で支配しているのはシュウユである。府議会議員や知事までもが頭を下げる存在といっても過言ではなかった。会長室にシュゼンが首相に就任してすぐに、挨拶に来たときの写真が飾ってあった。シュウユとシュゼンが握手しているときの写真だ。自慢するためではなく写りがよく気に入ったから、飾っているのだが、来客には自慢のために飾っているように見えるらしい。そのため外そう、外そうと思っているのだが、仕事が忙しく、今度でいいかとなり、今に至っている。
 シュウユとブースターは、地下駐車場にカンネイを迎えに行った。一台のトラックからツナギを着たカンネイが降りてきた。顔には疲労の色が濃く出ていた。シュウユが声をかける。
「おお、久しぶりだね。大きくなったなぁ」
 カンネイは無言で頭を下げた。無愛想なのではなく、極度の疲労のため、挨拶で言葉を交わす余裕がないのだ。シュウユは会社の近くのホテルに電話をかけた。
「急で申し訳ありません。ハクゲングループの者ですが……」
 大企業のトップとはいえ横柄は態度を取ることは決してない。それがシュウユの長所の一つだ。「ハクゲングループ」の名前を出すだけで便宜を図ってもらえる。シュウユに嫌われたら、この町でビジネスができないわけではない。しかし、良く思われたほうがビジネスがしやすくなることは間違いないのだ。
 シュウユはホテルと車を手配した。運転手をいきなり呼びつけるのも悪いので、車は個人タクシーだったが、少し多めに金を払い、そして名刺を渡し、自分を乗せたことは黙っていてくれと念を押した。運転手は驚いたようだったが、それでも何も聞かずにホテルまで車を走らせてくれた。運転手から名刺をもらい、車を降りた。
「ありがとう、また使わせてもらうから」
 シュウユとカンネイ、ブースターが後部座席に乗っていたので、少々窮屈だったが、スピードを出してもらったので、文句は言えない。
 ホテルでチェックインを済ませる。フロント係が、宿泊名簿に書かれた名前を見て表情が変わった。それを見たシュウユが言う。
「しいっ、我々が泊まったことは内緒にしておいて欲しい。責任者の方にもそう伝えておいてくれ」
 シュウユが手配したトリプルルームに通され、カンネイはようやく生きた心地がした。ここまで来ればもう安心なのだ。
「あら? カンネイさん。ギャロップは?」
「ああ、そろそろ外に出してやるかな」
 カンネイはギャロップをボールから出した。
「あれ? ここはどこだ?」
「ケンギョウのホテルの一室だ。もうここまで来たんだから、安心だ」
 カンネイが答える。ギャロップとシュウユの目が合った。
「え? えーっと、この人って、もしかしてシュゼンさんの先輩?」
「お久しぶり、ずいぶん大きくなったね。最後に会ったのは、シュゼン君がまだ首相のときだったかな?」
「こら、ギャロップ。もう少し物の言い方があるだろう? 目上の方に対して『この人』はないだろ」
 カンネイは咎めたが、シュウユは全然気にしていない様子だった。
 この後、シュウユたちは風呂に入った後、朝食を食べ、一眠りすることにした。昼の11時ごろになると、シュウユはネクタイを締めなおし、仕事に出かけていった。
「あ、カンネイ君たちはまだ寝てていいよ。それとブースター。カンネイ君を頼む。さすがにポケモン2匹もいれば大丈夫だろう。夕方またここに戻ってくるから。おお、そうだ。昼はホテルのレストランで済ませてくれ。昼代は置いていくから」
 シュウユは長財布を背広のうちポケットから取り出し、高額紙幣を一枚、デスクの上において出て行った。
「ブースター頼んだ。あ、そうだ。お釣りはあげるから」
「うん、会長も気をつけてね」
 ブースターはシュウユの後姿を見送っていた。扉が閉まり、かちりとオートロックがかかる音を聞くと、もう一眠りするためにベッドにもぐりこんだ。

 続く
 


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Last-modified: 2012-04-12 (木) 00:00:00
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