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白陽

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白陽 


伝説のポケモンが人と同じ生活をしていますが、気になる方はバックしてください。
ただタイトルに使いやすかったからピックアップしただけです。
ちょっとグロい表現・・・になってるかもです。



いつかの世界・・・大きな窓から差し込む朝日。そしてガラスの一輪ざしに、オレンジ色の体毛を持つホウオウが映されていた。

「ふぁぁ・・・あぁ・・・」
僕は大あくびをしながら目を覚ました。もういい年だというのに・・・朝には弱いままだ。身体を起こして、少し高い朝日の差し込む窓を見た。温かい日だまりを見ているだけで・・・なんだか意欲が湧いてくる。

僕は見ての通りのホウオウ・・・オレンジの羽毛に、ちょっとどんくさい顔。職業は製薬会社でMRをしている。もとは白衣を着て、病院に勤務してたけどね。
「んぁ・・・よく寝たなぁ・・・」
何時間寝たのだろうか・・・と気になる僕は、目覚まし時計を見た。赤い色に、表示を見るための透明なプラスチックも割れ、短針も長身も折れ曲がったおかしな時計だ。一応カチカチと、動いてはいる。
はっきり言って棄ててしまえばいいけど、棄てられない。思い出の品だから・・・読めない僕は結局壁に掛けてある別の時計を見た。
「もう9時か・・・休みの日だけど・・・」
寝すぎた、と率直に思った。いつもなら朝7時には家を出ている。と、隣の温かみと、柔らかい毛並みの感触に、はっと僕は思い出した。
「あ~・・・起こさないとな・・・レシラム?」
僕は隣で気持ちよさそうに眠ってる竜の形の純白の毛玉をゆさゆさと揺さぶる。
「ん~・・・だめぇ・・・」
眠ってるはずなのに、顔をしかめてん~ん~、と唸るレシラム・・・相変わらず綺麗だ。もう何年も経つのに・・・僕は照れっぱなし。
「起きなって。」
なかなかレシラムも起きてくれない。レシラムは朝に弱くないけど、休日だと僕より寝てるよ・・・

諦めず何度も揺さぶってみると、レシラムはぱちっと蒼い瞳を見開いた。
「おはよぉホーくん。」
起きたばかりの眠そうな声。僕のオレンジの翼でそっとレシラムの頬に触れると、にこっと微笑んでくれた。
「ホーくん・・・ふぁぁ・・・」
レシラムも僕と同じようにあくびをする。口を閉じるとなんだか頬を赤くして照れくさそうに僕を見る・・・蒼く澄んだ瞳は、僕の心をいつも射抜く。そして生きる活力をくれる。
「起きようか?」
「うんっ。」
嬉しそうなレシラムは純白な翼をぱたぱたはためかせて、レシラムの身体を支えようとする僕の動きを邪魔する。
「こらこら・・・」
ほほ笑みつつ、レシラムの身体を支えながら起こすと、僕もレシラムもベッドから降りた。とぼとぼと僕は歩いて、翼で今まで寝てたベッド傍の机の上のICDと書いてある濃紺の本の上に、白い錠剤を2,3錠出して、そして翼に取った。
「痛い?」
翼の錠剤を首を振ってレシラムは拒んだ。僕は首からポーチを提げて、その中の子袋にその薬を入れた。
「ううん。痛くない・・・」
僕の問いに、レシラムはなんだか辛そうな表情をした。レシラムは病気だ。命にかかわるものじゃないけど、病状はとても重い。
全身が痛みに襲われ、薬を飲んでないと抑えきれないみたいだ。僕は医者だった・・・原因はわかってるのに僕にも、病院へ行っても治す術はない・・・技を使ってもいいけれど、レシラムがそれを望んでいない。
可哀想だとか、そんな思いは全くない。ただ今と同じようにいてくれれば・・・僕もそれでいい。

レシラムは台所で朝ごはんの準備をしてくれている。鶏卵の焼けるいい匂いが、リビングにまで伝わる。
「今日休みだったよね。」
まだ眠そうなレシラムは、自分の体色と似た色のTシャツと短パンを穿いて、白い尻尾を振ってる。僕はリビングの椅子に座って、レシラムと同じような服を着て、コーヒーを飲みつ、レシラムの様子をじっと見つめる。
「うん・・・やっと休みをくれた・・・ひと月ぶりの休みが8連休なんてね。」
「やっとホーくんとのんびりできるね。」
その言葉に、ちょっぴり恥ずかしい僕はうつむいた。レシラムはふんふ~んと鼻歌を歌いながら、テーブルにサンドイッチを置いた。
「あっ・・・」
レシラムが変な声を出した。あわてた僕はレシラムを見るも、ふらついて今にも倒れそうだ。
「レシラム?」
バタッ!
白い身体はふわり、と仰向けに倒れて苦悶に表情をゆがませている。
「レシラム!!」
「いぁぃ・・・いぁっ・・・」
僕は駆け寄って、テーブルにたまたま置いていたコップの水とさっきのポーチから白い錠剤を取りだした。ぷるぷると震える体に声にならない言葉で痛みを訴えるレシラム、僕はいつもながら心配になってしまう。
「薬・・・」
薬と水を持った僕は、嘴をパクパク動かし、口をあけるジェスチャーをする。するとレシラムは僕の意図通り、痛みをこらえて、口を開けてくれた。
そして薬をレシラムの口に入れて水で押し流した。ごきゅごきゅと、最初喉を鳴らして苦しそうに飲んでいたレシラムも、薬がきちんと飲めたらしく、安堵の表情を浮かべると僕の顔を翼で手繰り寄せた。
「ありがと・・・やっぱ・・・」
「痛みが治まってからでいいって。」
レシラムを制した僕は、レシラムの表情から痛みが消えるのを待った・・・痛みが来たときにはレシラムは倒れる。僕はそこを焦らずにサポートしなければいけない。
僕はもう、すっかり慣れたけど・・・レシラムはいつも申し訳なさそうな表情をしている。病気の原因が、レシラムにあるわけじゃないのに・・・僕はいつも悲しい。
謝らなくても、感謝しなくてもいいのに。だって僕はレシラムが痛がるのを見てる方が・・・よほど辛い。いつも太陽みたいな笑顔をして、ちょっとおてんばで・・・でもいたらない僕を支えてくれるレシラム。
「痛い?」
「ちょっとおさまった・・・もうちょっとこのままでいさせて。」
レシラムは瞳を閉じて、僕の方に身体を預けてきた。レシラムが言うには、どうにも僕に触れられてる部分は、痛みが少しおさまるらしい。
それが本当か嘘か、なんてどうでもいい。僕には奇跡を起こす力なんてない。だから、レシラムがちょっとでも安心してくれるなら、僕はレシラムの望むとおりにする。

こんな僕とレシラムだけど・・・そういえばと、ふと僕は昔のことを思い出す。僕とレシラムが出会った時のことを・・・



そう・・・昔・・・もう何年も前の話だ・・・

その前に僕はジョウトにあるエンジュ大学付属病院で精神科の医師として勤務していた。話をここから始めようか。



「先生、ありがとうございました。」
僕の目の前には、虚ろな瞳のピカチュウがいる。
「いえいえ、また何かあったらすぐに来てください。」
ぺこり、とピカチュウはお辞儀をして、診察室を出ていった。僕はカルテの続きを書き終えると、傍にいたラッキーの看護師に、カルテを渡す。

コンコン、診察室のドアをノックすする音が聞こえた。
「入っていいか?」
聞き慣れた声だ。
「どうぞ。」
僕は躊躇わずにドアの向こうの同僚を招き入れた。ゆっくりとドアが開き、白衣を着た白と青のポケモンは姿を現す。
「おっす。お昼休憩だぞ。」
にこっとルギアは笑って、僕を食堂へ誘う。
「ああ、ありがとうルギア。」
僕も席を立つと、机の上の物を片付けて、ルギアと共に食堂へ行った。

ルギアは僕と同期で内科の医者だ。僕より忙しいはずなのに、いつも僕を昼ごはんに連れて行ってくれる。
病院の食堂で、ルギアと僕は向かい合って座っていた。ルギアはラーメン定食を食べて、僕は肉うどん定食を食べている。
「あのさ・・・」
口をもごもご動かしながら、ルギアは急に重い口調で語りだした。
「なに?」
「俺・・・」
よっぽど大事なことらしく、言葉に詰まるルギア。僕も箸を止めて、ルギアの話に聞き入る。
「どうしたの?」
「いやさ・・・」
ポリポリと頭を掻くルギア。どこか照れくさそうだ。
「俺・・・結婚するんだよね。」
「あ・・・よかったじゃん。」
素直な僕の祝福の言葉に、ルギアは表情を綻ばせて、またラーメンをすすり始めた。
「医学部長の娘さんとなんだ。」
「いいじゃん。出世も、その娘さんも。」
僕は医学部長をよく知っている。アルセウスで、僕を1人前の精神科医にしてくださった。その娘さんは、スイクンで、医学部長のところにはよく遊びに来るみたいだ。
「ホーちゃんも早く結婚しなよ。患者さんにいい娘とかいないの?」
「患者じゃないよ。クライアント。」
ルギアの言葉を訂正する僕。精神科は信頼が何より大事なので患者、という言葉は使わないようにしていた。
「そうそう、で、クライアントさんの誰かとは関係ないの?」
「ない。そういう関係を持つと、医者であることに支障が出るから。」
医者とクライアントと関係を持つと、治療にも私生活にも支障が出る。だから関係を持った時には、医者を辞める、そう医学部長とも、医者になったときに約束した。
ふーん、と納得のいかなさそうなルギア。
「そういえば・・・医学部長が呼んでたぞ。ホーちゃんのこと。忘れてた。」
「え?」
僕の心は一抹の不安に覆われた。呼びだされる理由がまったく見当たらないからだ。
ルギアも僕も食事を早めに切り上げると、ルギアはまた職場に戻っていき、僕は医学部長の部屋に向かった。

コンコン・・・
「どうぞ。」
僕がノックするかしないか、その瞬間、名乗りもしていないのに、医学部長の部屋からは返事がきた。ゆっくりとドアを開けると、直射日光を浴びている医学部長が目に入った。
「失礼します。」
「ホウオウ、来てくれたか。」
医学部長の部屋・・・大きな部屋なのに、あるのは少し大きなデスクだけ。その上には書類が散らかっていた。
四肢をピン、と伸ばして、書類の山の中から、医学部長は封筒を1つ取った。
「お前にとっても・・・悪い話じゃないと思う。」
僕に封筒を渡す医学部長。どうやら嫌な予感は的中したみたいだ。封筒には見なれない病院名が書かれていた。

”セッカシティ病院”

なんだこれ?と僕は思った。封筒の中を覗くと、僕の履歴書と、病院の案内パンフレットが入っている。ああ、左遷か、そう感じた直感は非情だった。心臓は動悸を起こし、驚きで動揺をしていた。
「もしかして・・・」
「イッシュ地方の病院からお誘いがきた。でな・・・」
医学部長は僕の動揺を気にも留めず、話し続ける。
「なにしろジョウトやカントーの病院では精神科医や、カウンセラーの評価が低い。なので、ホウオウ、お前にもいい機会だと思う。」
僕は落胆を誤魔化す笑顔で、医学部長を見つめる。
「で、拒否は・・・」
「無理。いい経験だと思って、俺の顔を立てるつもりで、行ってくれ。」
崖から突き飛ばされた気分だ。まぁ、僕は飛べるから、突き飛ばされても飛べるけど・・・とか、そんな冗談すら自分の中で消化しきれないほどショックを受けていた。
「これだけは言える。」
「はい?」
「報酬は倍はカタい。」
笑顔で言う医学部長。そんなの気分を紛らわす要素にもならないよ、とがっくり落とした肩を、上げる気分にもならず、僕は医学部長室を後にした。
「そうそう。すぐにでも準備をしていてくれ。」
医学部長の声が、ドア越しに僕の心をさらに突き刺す。


2週間後、出発の日・・・
「じゃ、気をつけてな。」
「ありがとうございます、医学部長・・・アルセウスさん。」
僕は出発するころには、もうどこに行こうと気にしなくなっていた。そもそも勤務地にこだわりがあるタイプがあるわけじゃなかったし。
「ホーちゃん・・・行ってらっしゃい。」
ルギアが目を潤ませて僕をじっと見つめてる。
「ルギア、ごめんな・・・結婚式行けなくなっちゃった。」
「いいよぉ・・・そんなのきにすんなよぉ・・・」
内科1の腕を持つルギアがこんな弱いところ見せるなんて珍しいな、と思いつつ、僕はせっかく支給された飛行機のチケットを無駄にすまい、と搭乗受付を済ませ、みんなにサヨナラをした。

ルギアは最後まで翼をブンブン振って、涙をぼろぼろこぼしていた。そして僕はイッシュ地方へと向かった・・・飛ばされたんだな。


イッシュ地方に着いてすぐに、僕は勤務先の病院へ向かおうと思った。けれど、その思惑は、すぐに阻まれる。
「う~・・・寒いな・・・」
セッカシティ、本当に寒い。ジョウトが温暖だった、というのもあるけれど、ずっと雪降ってるし・・・氷張ってるし。
真っ白な世界を、セーターとマフラー、それにウシャンカ?という帽子を着た、外見じゃ誰かわからない格好で僕は進んでいた。その格好も現地に着いてから全て買いそろえたものだ。
勤務開始の日までまだ日があった僕は、セッカシティ病院の迎えを1日ずらしてもらって、準備を整えることにしたのだった。

病院のすぐ近くの家を借りて、それまでホテル暮らし。そんな愉しい日々もあっと言う間に過ぎ、勤務初日を迎えることになったのだ。
何度か病院の前を通ったけれど、雪のせい、というかおかげでそうボロくは見えない。まだエンジュにいたころ、医学部長は病院はかなりボロいと言っていた。病院の建築の様式は確かに古い。

勤務初日の僕。白衣を着た僕は、同じように白衣を着ている新しい”同僚”の前に立っている。
「えーっと・・・本日より精神科に勤務することになりましたホウオウです。よろしくお願いします。」
僕がペコっとお辞儀をすると、みんなは微笑んで迎えてくれた。
「さ、ホウオウ君も来たことだし、精神科の案内をしてあげてくれ。」
この病院で最も偉いらしいゾロアークがそう言うと、みんなはそれぞれの持ち場へ向かっていった。

「さて・・・と。」
”祝・病院開業”というプレートの付いた、旧式のタイムカードを挿した僕は翼に器具、設備の説明書類を山ほど抱えている。
つんつん・・・ん?僕の尻尾を誰かが引っ張った。
「ホウオウ君、行きましょう。」
重さでふらつく身体を抑えて振り向くと、赤と白のツートンの顔に、まぶしい笑顔を見せるラティアスがいた。
「はじめまし・・・て。」
紙の書類も積み重ねるとあまりにも重い。ふらふらとふらつく僕を見て、ラティアスさんはクスクスと可笑しそうに笑う。
「重いでしょ?」
「はい。」
「半分なら持ってあげるよ。はじめまして。私は看護師だけど、前の先生の時から、ずっと精神科の先生のサポートやってるの。よろしくね?」
「はい。」
二つ返事の僕の荷物を、ラティアスさんは言葉通り、半分持ってくれた。そして精神科の診察室へ向かって、歩いていく。

僕は歩いているうちに、何度も鍵のかかったドアを抜けて、警護がいそうな空間に出た。しかも、歩けば歩くほど、空調の効きが弱くなって、寒くなる。
「あれ?」
目の前には、レジロックとレジスチルが、無骨な表情を浮かべて突っ立っている。まるで凶悪犯の脱走を防ぐように。
「なに?」
「ここ、精神科・・・ですよね?」
首をひねる僕を、ラティアスさんも不思議そうに見つめる。
「うん。ジョウトの方はこんなに厳重じゃないの?」
「はい。せいぜい鍵のかかったドアが入院用の病棟についてるくらいなもので。」
ラティアスさんは何度もへぇ・・・と感嘆の声を出した。
「ウチはね・・・精神科といっても・・・長期の入院の必要な患者以外受け入れてないの。閉鎖病棟、ってことばがぴったりでしょ。」
疑問をふっ飛ばし、断ち切って僕はまた歩きだす。気にしていても仕方がない、と思ったからだ。環境が変わればこういうこともある、そう無理に納得させることにした。

何度も厳重な管理区域を抜けて、ようやく診察室に辿りついた。さっきまでの無機質な病棟とは違って、ぬいぐるみや、PCのある、いたって実用的な空間だ。
「さ、ここが診察室です。」
ラティアスさんがにこっと微笑んで言う。書類を机に降ろすと、僕は椅子をデスクから引っ張り出した。
「で、ちなみに。」
「?」
何だろう?とラティアスさんの言葉の続きを気にする僕に、ラティアスさんは診察室奥のドアを開けた。
「ほら。ここが外来の患者さんの入り口ね。すぐそこにさっきまでいた詰所があるの。」
僕もラティアスさんの言葉の通りに、きょろきょろと空いてるドアから辺りを窺う。たしかに、さっき挨拶した詰所で、ゾロアークさんがあくびをして、こっちを見ている。
「さ、準備準備。」
ラティアスさんはそう言って、ドアを閉めた。僕も書類の山を片付けて、必要な書類だけ、置くことにする。
パラパラと書類をめくり、電源の入れ方、ドアの鍵の場所、閉鎖病棟から一般病棟に抜けるときのパスワードの設定などなど、事細かにチェックを付けていった。

「ねぇ・・・」
ラティアスさんが唐突に怪訝な声を出す。僕も少しびっくりしてラティアスさんの方を見る。
「なんで・・・この病院にしたの?もっといい病院あったでしょ?」
「はい・・・でも医学部長命令なんで。」
はぁ?と首をかしげるラティアスさんに、僕は今までの事の顛末を喋った。話を進めていくうちにラティアスさんの表情もまた柔和なものに戻って、さっきまでの笑顔になった。
「ふふっ・・・命令ね。まぁ、それなら選べないか。」
そう話すラティアスさんの表情は、はっきり言えば、諦め、そんなものが汲みとれた。
「実は、精神科の先生は、ホウオウ君と、もう一方と、お二方しかいらっしゃいません。」
ラティアスさんの話を聞きながら、僕はICDとアルファベットの打ってある濃紺の表紙の本を置いた。これは病気の分類の本で、その分野は疾病から傷害、もちろん精神疾患にも及ぶ。入学したとき、最初に買わされた本だ。
「で、その先生は病院で寝泊まりしてます。楽だからって。」
「なんですかそれ。」
クスクス笑う僕だけれど、ラティアスさんはいたって真面目だ。
「そのうちホウオウ君もそうなりますよ。」
その真剣なまなざしに、家を借りて損したかも、と僕は不安になった。

「えーっと、勤務表ですが、とりあえず、今日から1週間、昼勤務、そしてその後1日休みがあって、4日夜勤。そして1日休みで、次の日が病院の会議です。」
そう淡々と言うラティアスさんだったが、僕は本当に家に帰れないんだな、とすっかり思い知らされてしまった。ラティアスさんが張り出した紙の勤務表には、本当にその通り、書いてある。
昼という字と夜という字に挟まれて、2週間に2個だけ、休、という字がある。
「外来の方があまり来られないので、まぁ、退屈ですよ。ちょっと薬を見てきます。減ってるかもしれないので。」
そう言い残して、ラティアスさんは詰所の方のドアから出ていった。
「カルテの整理でもしようかな・・・」
僕も椅子から立つと、関係者以外開封を禁ず、とでかでかと貼ってある棚の鍵を開け、中にある紙の束を取り出した。
ぱらぱらとめくって、回診をするときの参考にでもしようかな、読み込んでいく。字は綺麗だったが、クライアント一人辺りの紙量が半端なく多く、読んでいるうちに眠くなってしまいそうだ。
「ふーん・・・重度の鬱か・・・」
閉鎖病棟のクライアントは、病状が重いクライアントもいれば、ただ刑務所代わりに放り込まれている素行不良の軽度の精神障害のクライアントもいるようだ、カルテを読むうちに、それだけは理解できた。
「これで全部か。」
カルテによると入院患者は全部で8人。軽度のクライアントは6人。自由も与えられており、アパート代わりに彼女を連れ込むクライアントもいるみたいだ。

ガラガラ・・・ふいにラティアスさんが出ていった側の診察室のドアが開いた。外来かな?と思った僕はあわててカルテを片付け、白衣の乱れを正す。
「おー。お勉強熱心だねー。」
「え?」
よく良く見ると、目の前にいる方も、白衣を着て、名札を付けている。黒い身体に、羽根があって、赤い瞳は輝いてどこか楽しそうだ。
「ああ、ごめんごめん。俺はゼクロム。君と同じ、精神科の医者だ。」
「あー。あなたが。」
先ほどのラティアスさんの話をちゃんと覚えていた僕は、もう一人の医者、というのがこの先生であったことにすぐに結びついた。
「僕はホウオウって言います。よろしくお願いします。」
黒く、ごつい外見のゼクロムさんは、ニコニコ、というよりニヤニヤしている。ゼクロムさんと話をする必要があるな、と思った僕はさっさとカルテを片付けた。
「よろしくな~っと。で、今後のことだけど。」
「はい。」
「精神科で一番偉いのは、俺だ。」
「はぁ。」
唐突な宣言だったけれど、まぁ先輩だし、仕方ないか、と2つ返事で応える。
「っていっても、ネイビーで言えば俺が中佐で、ホウオウ君はアーミーの中佐ってことかな。」
「はぁ。」
話の筋が掴めない僕は、ただ適当な相槌をするしかない。
「要は。要は、だ。仕事を分けて、干渉を避けるってことだ。」
「なるほど。」
そういう意味ならゼクロムさんの話も理解できる。
「ただ、病院の会議では、一応俺が偉いってことになっているから、そうしといて。」
「わかりました。」
にこっと微笑んで、僕はゼクロムさんを見た。
「で、今後の仕事だけど。さっきカルテ見たろ。重度の患者をホウオウ君に任せる。軽度の患者なら俺一人で十分だ。」
「はい、わかりました・・・」
「きみの担当の回診に行こうか。」
ゼクロムさんはそう言うと、タイミング良く診察室に入ってきたラティアスさんに声をかけた。
「いまから、彼女のところ行くから。」
「わかりました。一応鎮静剤は持ってるので。」
ラティアスさんは真剣な表情を浮かべて、僕の白衣の襟を掴む。
「今から行くところは、戦場みたいな所だから、怪我しても・・・しらないよ。」
「は、はい。」
一気に不安になった。果たしてどんなクライアントがいるのか・・・診察室の鍵を厳重に閉めると、ゼクロムさんを先頭に、進んでいく。


「はいこれ。」
ゼクロムさんは、名札を外して、門番のレジスチルに渡した。
「ドウモ。」
レジスチルはドア傍にある機械に名札をかざす。すると、ピピっと電子音が鳴って、ドアが開いた。
「コレカラサキ、カギヲカイジョシマシタ。ソノママオクノカイダンヲ、オススミクダサイ。」
いかにも、な機械口調のレジスチルにあいさつをすると、レジスチルの言った通りの道を進んでいく。
「えっと。」
廊下の丁字路になっているところで、ゼクロムさんが歩みを止めた。
「こっちが、比較的軽度の精神障害の患者の閉鎖病棟。」
そう言って右手で道を指し示す。
「はい。」
「ホウオウ君に何かあったら、この・・・」
ゼクロムさんは振り返って壁の内側にある電話機を指した。
「この電話で、適当にボタンを押したら、すぐに警務班が駆けつける。君の命にかかわることだから。」
「はぃ・・・」
脅しではない、その言葉で僕の身体の血の気が引いたのが如実に解った。

「じゃ、行こうか。」
また僕たちは進んでいく。

レジスチルの言った通りに階段を上ると、鉄扉が目の前に現れた。

「この中は完全に監視されてる。といっても患者の視覚に与える印象を無くすために、埋め込んであるがな。」
ゼクロムさんは鉄扉にまた名札をかざして、ドアを開けた。

「空気は大気と変わりがない。雑菌もいるし、風邪もひく。が、長期拘束している患者の免疫力を思ってのことだ。君も風邪をひくなよ。」
ふふっと冗談めかしてゼクロムさんは部屋に入っていった。鉄扉を通り、白く、普通の病室と変わらないドアを開くと、その中にさらに個室が用意されていた。

「ここを開けば、君の患者とご対面ってわけだ。夜勤のときはモニターから目を離さないか、ずっとここにいるか、だな。」
ゼクロムさんはコンコン、とノックして、扉を開いた。

・・・真っ白な部屋。西と東に取りつけられたガラス窓。普通の病室以上のぜいたくさがあるような気が、一瞬、した。

「こんにちは~レシラムちゃん?」
ラティアスさんの声に促されて、僕もベッドで眠っているその仔を見た。
「・・・」
その仔は布団をかぶって、こちらをじっと見ている。
純白の毛並み・・・けれどそれは汚く乱れ、蒼い瞳もどこか元気がない・・・けれど今思えば、それが1万年に1度、するか、しないかの恋の始まりだったんだ。
「危ない!」
え?・・・その仔の方から・・・赤く四角い物体が、スローモーションをかけたようにゆっくり、僕の方へ飛んできた。
ゆっくりと回転して、それは僕の頭に直撃した。
ガシャァァァン・・・

「ホウオウ君!?」
「おい!鎮静剤を早く打て!らて」
叫ぶラティアスさんとゼクロムさん。僕が憶えているのはここまでだった。何が当たったかは、当たる寸前に解った。どこにでもある目覚まし時計だった。
「う・・・」
目覚まし時計が直撃し、そのままの勢いで僕は倒れ・・・そして意識が飛んでいった。


「おー大丈夫かー?」
気の抜けたゼクロムさんの声に気付いたときには、診察室のベッドに寝かされてた。
「こんなこともあるから、気を落とさなくてもいいけどな。」
僕は身体を起こして、デスクに向かって作業しているゼクロムさんを見た。
「あの。」
「ん?」
「僕の前にいた方は、どんな方だったんですか?」
その僕の問いに、ゼクロムさんはぴくっと動きを止める。
「前任者なら・・・逮捕されたよ。」
「え?」
ゼクロムさんのその言葉は、信じられなかった。逮捕されるなんて・・・医師としての資質を疑うし、クライアントからの信頼も無かったに等しいのだろうか、そう僕は思った。
「最初は真面目で、ホントにいいやつだと思ってたんだがな。ここに勤めだして・・・2か月もしないうちに、患者をレイプしてな、その患者が自殺しちまった。」
「・・・」
押し黙るしかなかった。ショッキングな話をしてるにもかかわらず、ゼクロムさんは相変わらずデスクに向かったままだ。
「ここの精神科なんてそんなところよ。正気を保ちたかったら、俺みたいに適当にこなすしかない。患者に深く関わり続けるな。」
今まで、精神科医として、してきたことは正しかったのだろうか・・・僕の自信はすっかり失われた。
「そうそう。だから実際の患者の数は7人で、俺たちの受け持ちは、あの娘となんで居るかわからんような患者だけ、っていうことになるかな。」
ゼクロムさんの口調は真剣だけれど、どこか楽しそうだ。
「まぁ、楽しむことだ。長いしな。寒すぎて・・・家に帰る気も起きないし。」
くるっとゼクロムさんは振り返ると、僕に1枚の書類を渡した。
「これ、仮眠所の場所な。俺はいつもここで寝泊まりしてる。」
ふふっとゼクロムさんは笑い、僕もつられるようにほほ笑んだ。

「あの娘・・・どうなったんですか?」
ふとさっきのクライアントのことが気になって、ゼクロムさんに聞いてみた。
「レシラムちゃんなら、鎮静剤を打ったよ。」
「手荒、ですね。」
僕の言葉に、ゼクロムさんはぴくっと震えた。
「手荒・・・か。ジョウトではこんなことは無かったんだろうが、ここの精神科にいる奴は、薬に頼った治療しか出来ないからな・・・」
ゼクロムさんは書類を書きながら、僕を横目で見ている。すっかり射すくめられてしまった僕。
「ま、薬目的で来るような奴はいないから、責任問題にはならないが。さて・・・そろそろ行くかな。」
そう言って、立ちあがるゼクロムさん。
「そろそろ回診に行ってくるから、ホウオウ君はこぶが引けるまで、ゆっくり寝てなさい。もう公傷扱いになってるから、遊んでてもいいぞ。」
僕は頭に触れると、痛みとともに、確かに見なれない硬いこぶがあった。ゼクロムさんはそんな僕を見ると、ふふっと笑い、診察室から出ていった。

「はぁ・・・」
いきなりすごい障壁にぶつかってしまったな・・・ついついため息も出てしまう。あの女の子・・・レシラムさんだっけ・・・
僕はベッドを離れて、ラティアスさんが片付けてくれたカルテの中から、彼女のカルテを取りだした。
「入院してもう2年以上か・・・辛いだろうな・・・」
相手にするクライアントの数が一人、ということが、僕の気持ちを今までにないくらい動揺させる。
今までなら外来の方と入院されてる方と、いろいろなクライアントさんの治療を担当させてもらって、成果を出して、それが直接、僕の医者としての地位になっていた。
けれど、相手が一人、という状況になってしまえば、何が適切かわからないし・・・成果もすぐには出てこない。

不安でたまらない。

けれど・・・受け入れるしかない。

また、行かないといけないんだ。

カルテの表面には、一言、双極性障害、とだけ記入されていた。要するに躁鬱病のことだ。さっき読んだはずなのに、また違う印象をカルテから受けた。

攻撃的な1面と、悲観的な1面をもつこの障害は、クライアントに異常であることを理解させるところから始まる。
たいていのクライアントは、攻撃的な時を正常と捉え、鬱状態の時に、鬱である、と認識しているが、実際はどちらも異常で、その波の波動を、認識させ、攻撃衝動をおさめさせる治療をカウンセリングと薬物で並行して行う必要がある。

ま、話をするところから始めないといけないんだけれど。どちらにしろ、怪我が増えるのは、必然みたいだね。

僕は結局その日、軽度の障害のあるクライアントさんと、ゼクロムさんと愉しく会話をするだけで、1日を消化してしまった。


2日目・・・
「ふぁぁ・・・」
僕は目を覚ました。低い天井・・・ではない。ここは仮眠室だ。家に帰る意欲も湧かなくなって、ゼクロムさんの夜勤に付き合う形で、仮眠室で眠ってしまったのだ。
「いま何時だろ・・・」
時計を手繰り寄せると、8時を指していた。
「寝すぎだ。早く起きないと・・・」
乱れたTシャツを整えると、ハンガーにかけたズボンとYシャツ、それに白衣を素早く着る。朝ごはんは栄養ドリンクと、まだ開く前の売店で買うおにぎりだ。
鏡を見ると、きのうのこぶはすっかり無くなり、上機嫌だ。そして足早に診察室へ向かった。

診察室を開けると、目の下にくまを作っているラティアスさんがあくびをしていた。
「おはようございます、ホウオウ君、いえ、先生。」
「先生なんていいですよ。」
先生、と言われると、なんだか照れてしまう、前の病院でも先生、なんて呼ばれなかった。ホウオウ君、がほとんど。周りの看護師さんよりも僕の方が年下だったし。
「引き継ぎ事項は無いです。ゼクロム先生が戻ってきますから・・・交代の看護師を紹介しますので・・・ふぁぁ。」
「お疲れ様です。」
ラティアスさんがあまりにもあくびをするので、僕は笑ってしまう。
「どうもぉ。」
けれどラティアスさんは気に留めるような気配も、余裕もない。診察室の奥へ入って、看護師の服を着たエムリットを連れて、出てきた。

「ホウオウ君、これが交代の看護師のエムリットね。」
「よろしくお願いしますぅ。」
どこか照れくさそうなエムリット。僕も気恥しくなったので、よろしく、とだけ言って頭を下げた。
「さて、朝だし・・・クライアントの様子でも見に行こうかな。」
僕はレシラムのカルテを取り出すと、エムリットさんを連れて、厳重な警備の中を進んでいった。

ガラガラ・・・ドアを開けると、眠っているレシラムが見えた。
「よく眠ってますね。」
「薬のせいかな?鎮静剤のせいかな?」
エムリットさんはそう言って眠っているレシラムの右の翼を見る。純白の羽毛を掻きわけると、そこには数か所の傷と、注射の跡があった。
「単に気持ちよくて寝てるだけかな・・・」
くぅくぅと寝息を立てるレシラム。僕はレシラムが起きるのを待つために、レシラムの顔を覗き込む。白の乱れた毛並みは、ここでの生活の長さからくる外見への無関心と、ほんのちょっとの絶望を僕に感じさせた。
「カルテは読まれたんですよね?」
「はい。」
「大量服薬をしたのは?」
立て続けに僕に質問をするエムリットさん。僕もたじろがずに答える。
「知りませんが、このケースの場合だと想定出来てます。」
「そっか。」
エムリットさんは注射の袋を開けて、いつでも取り出せる準備をしているみたいだ。
「この娘、前の先生に多くの薬を飲まされて、鎮静剤を打たれて・・・正気を保つのも無理なんじゃないかな・・・」
「・・・」
その、エムリットさんの言葉は、レシラムの気持ちを代弁するように、悲痛だった。
「じゃあ、投薬以外の治療をしましょうか。」
出来るか出来ないか、わからないけれど、僕はともかく言ってみる。すると、エムリットさんは少し明るい表情で僕を見た。
「そのためにはお話できる仲にならないとね。」
にこっと微笑むエムリットさん。

「ん・・・」
ぱちっとレシラムの瞳が見開かれ、覗きこんでいる僕をじっと見つめる。けれどその瞳は虚ろで、正常な目ではない。
「おはよう。レシラムちゃん。」
エムリットさんがレシラムに声をかける。僕も同じようにおはよう、と挨拶をする。が、レシラムは何も答えない。
「えっとー、僕が今日から君を担当するホウオウって言います。よろしくね。」
自己紹介する僕に、レシラムは表情を全く変えない。硬い表情のままだ。蒼い瞳も僕を捉えたまま、たまに瞬きをするくらいなものだった。
「お話・・・出来るかな?」
ともかくきっかけを掴まないことには、僕も何もできない。仰向けのままのレシラムは僕の問いに、こくり、と軽く頷いた。
「えっと・・・じゃあ、朝ごはん食べた?」
無難なところから聞いていこうとする僕だが、いきなり躓いた。朝ごはんを食べたも何も、レシラムは今起きたばかりだったから。
「・・・」
予想通り、レシラムはぷいぷいと首を横に振る。自分の声を出す気力が無いのかな、と僕は思って、最初はイエス、ノーで答えられる質問からしていこうか、と考えた。
「今・・・眠い?」
レシラムは軽く首を縦に振った。・・・とまぁ最初はこんな感じで、レシラムと僕のコミュニケーションは始まった。


休み前、最後の昼勤務の日。1週間の間、結局レシラムは僕に一言も話してくれていないままだ。
「じゃ、明日休みだから。また・・・って今度は夜勤なんだなぁ。明後日は夕方かな?それじゃ。」
僕はレシラムに挨拶をした。最初の時と変わらず、ベッドに寝たままのレシラムはまっすぐ僕を見ている。
「ん?」
あれ・・・気のせいかどうか、解らなかったけれど、どこかレシラムが寂しそうな目をしているのに、僕は気付いた。
「ホウオウ君、お疲れ様。」
「あ、お疲れ様です。」
エムリットさんにあいさつをすると、僕は喉の奥に何か引っかかるものを感じながら、レシラムの病室を後にした。

「おうおう。お疲れ。」
「お疲れ様です。」
詰所に戻ると、ゼクロムさんがあくびをしながら夜勤の準備をしていた。
「休みだから家に帰るのか?」
「一応・・そのつもりですけど。」
僕がそのつもり、と言うとゼクロムさんはケラケラと急に笑い出した。
「な・・・なんですか?」
「病院の中にいるから解らないけど、今日明日は、吹雪だぞ。」
吹雪・・・僕はここが極寒の世界だというのを忘れていた。昼間レシラムの部屋の窓から覗けば、一面銀世界。病院のドアすら冬になれば凍りつく・・・らしい。
「食料も、寝床もあるんだから、夜勤の手伝い、してくれないか?」
まだゼクロムさんの話が疑わしかった僕は、ゼクロムさんの提案の返答を保留して病院を飛びだそうとする。

駆けだした僕は病院のドアを開けようと、飛びこんで・・・飛び込んで・・・

!!ガァァァン・・・僕は見事にドアに身体を打ち付けた。間違いなく、衝撃で星が見えた。ドアが開かない。いや・・・施錠されてたんだ。

「ほら・・・寒すぎるから、裏の勝手口しか開けてないの。」
心配したゼクロムさんが来てくれたみたいだ・・・僕はおぼつかない足取りで、ふらふらしながら、ゼクロムさんに引っ張られてまた詰所に戻った。

「はぁ・・・何しようかな・・・」
退屈になった僕。仕事以外に、娯楽は無い。ゼクロムさんはカルテを書きまとめている。
「僕も・・・お仕事しようかなぁ。」
僕はクライアント・・・つまりレシラムのことだけど、そのレシラムのカルテを診察室で見ることにした。
「ちょっと診察室に行ってきますね。」
「あ、ああ。俺も付いていくよ。」
ゼクロムさんは作業を止めて、カルテの束を抱えると、僕と一緒に診察室へ戻ることに。

レシラムのカルテを、僕とゼクロムさんで読んでいる。
「なぁ、この薬の組み合わせじゃ、ちょっと少ないんじゃないのか?」
「そうですかね・・・1週間レシラムを診てましたけど・・・今のところ変化は見られませんが。」
僕はこの1週間で、レシラムの薬の処方を変えた。これは社会復帰を促すためには、キツい薬品に頼るのはよくない、というエムリットさんと、薬剤師のグラードンさんとの間で決めたことだ。
「見張り、した方がいいぞ。」
「はい?」
ゼクロムさんの言葉の意味は解っていた。レシラムが何かしでかすんじゃないか、という予感だ。処方する薬の種類の組み合わせによっては、相乗効果が出すぎることも、相殺されてしまうこともよくある。
「そうですね・・・」
僕はレシラムの寂しそうな瞳を思い出した。出た答えは、夜勤をする、ということだ。
「もう8時半だし。」
時計をちらっと見た僕。レシラムの部屋を出たのは7時過ぎ。休みの前だから、ゆっくり診ておきたい、という思いがあっていつもより遅くいた。
「残業代・・・」
「出るぞ。」
何ともケチな願望を口にしてしまったなぁ、と後悔する僕に、ゼクロムさんはため息をつくと、喋り始めた。
「精神科にいる奴は、だいたい金蔓が多い。やれしんどい、だの、会社休みたいから病気扱いしてくれ、だの。精神科に来るやつにも、ろくでなしはいる。」
「・・・」
僕はゼクロムさんの言葉を咀嚼しながら、自分が今まで診てきたクライアントのことを思い出していた。
「だが、だからといって、目の前の患者を見捨てるような真似は出来ねえ。だから気持ちよく治療を受けてもらうために、金蔓になってもらう、俺は精神科医になったとき、そんなことばかり考えてた。」
ゼクロムさんはレシラムのカルテを僕に渡す。
「精神科医にもろくでなしがいたってわけだ。薬をやたらに処方して、患者を苦しめたり、治療の遠回りをさせたり、な。」
なぜか僕の頭に、レシラムが浮かんだ。僕に目覚まし時計を投げてきた、その瞬間のレシラムの表情・・・そういえば怒る、と言うよりは怯えていたようにも思える。
あれ以来、僕が近づいてもレシラムは怒るような気配は全く見せない。信頼が出来ているかは怪しいけれど、少なくとも逃げられるような真似はされてない。
「いいか、ホウオウ君。精神科は患者と二人三脚が大事だ。医者が行きすぎても、患者が求め過ぎても、ダメなんだ。いわば、結婚みたいなもんだな。」
「ふふふっ・・」
結婚か・・・ゼクロムさんの例えが可笑しくて、僕はクスッと笑った。

午後9時。
僕はレシラムの病室を、閉鎖病棟近くの小部屋でずっとモニターしている。独りで。入ってしまえばいいものを、安眠の邪魔かな、と思って趣味の悪い”覗き”に走ったわけだ。
「こんなので信頼されるわけ・・・無いよな。」
バカな話だな、と思った。コーヒーを飲みつ、数台のカメラから送られてくる様子をじっと見つめる。1台のモニターの前には、綺麗なガラスの一輪ざしが映っている。
この病院に来て1週間。相手にするクライアントはレシラムだけ。この2年、病院に縛られてる、そんな仔だ。普通なら気が狂ってしまう。だけど、レシラムはそれに耐えている。薬に侵されながら・・・ずっと。
何を夢見てるのだろう・・・何を希望としてるのだろう・・・
「いけない、いけない。」
考えすぎたみたいだ。僕がクライアントと関係を持つなんて・・・一番避けたい事態だ。感情移入してしまえば、自分がなんで治療をしているのか、その動機を失ってしまう。

午後11時。
「ふぁぁ・・・」
さすがにカフェインですら勝てない眠気の領域に突入してきた。ここ10分ほど、あくびをしっぱなし。モニター越しのレシラムは寝ているのか、全く動かない。消灯時間も、さっき過ぎたところだ。部屋は暗く、見通しが悪い。
夜の行動こそチェックしないといけないのにな・・・べ、別に変な想像とかじゃないよ。
「はぁ・・・眠い。何もないんじゃないのかなぁ。」
エムリットさんは、ここでレシラムを監視することは、ここ1週間はない、と言う。治療の成果、とも言ってた。
「ん?」
ふと、さっきのガラスの一輪ざしがモニターに映ってないのに気付いた。他のモニターを見ると、レシラムが身体を起こし、一輪ざしを持ってまじまじと見つめている。
「起きてる・・・」
僕はレシラムが起きたことに、ちょっとの嬉しさと、今起きるのか、という信頼の無さからくる寂しさと、複雑な気持ちになった。
「あっ。」
レシラムは翼に持った一輪ざしを思いっきり床にたたきつける。綺麗な一輪ざしは粉々になった。そして身体をプルプルと震わせて、破片を漁っている。
「やば・・・」
嫌な予感しかしなかった僕は、真っ先に自傷行為を連想し、包帯と、消毒液とガーゼを取りに戻る。

「これこれ!」
閉鎖病棟の警護をしているレジスチルに、名札をかざし、レジスチルの機械語を聞き、また駆けだした。

心臓がバクバクと鳴っている。

冷たい死が、迫っているような気がした。

脚をもつれさせながら、階段を必死に登る。

普段なら、階段なんて、苦手でしかない。僕はホウオウなんだ。ゴウカザルのほうがよかったか?いや、そんなの今はどうでもいい。

助けたい。

目の前の苦しんでいるレシラムを。

階段を上ると、鉄扉の開くボタンをバシバシと叩き、ドアが開きかけると、そこに自分の身体をねじ込む。

ようやく到達すると、月光が差し込む部屋の扉を開いた・・・

「レシラム!!」

僕がそこで見たのは・・・月光に照らされて、レシラムの白と、血の赤と黒のコントラストの織りなす現実離れした光景だった。

レシラムは僕の叫びにびくっと身体を震わせて僕の方を向いた。

「こ・・・こないで・・・」

右の翼から血を出し続けるレシラム。ガラスの破片を左の翼で持っている。弱々しい声。僕を制止しようとしている。

けれど僕はあっという間にレシラムに近づいて、ガラスの破片を取りあげた。
「もう・・・」
レシラムは抵抗もせずに、むしろ僕がすることを進んで受け入れてくれた。
「はい、包帯巻くから。消毒するよ?」
「ぅん・・・」
今にして思えば、これがレシラムと僕との最初の会話だ。ぽたぽたと垂れ続ける血、破片の形状を見て、傷は深くないと思った僕は消毒液をかけると、ガーゼを傷に当てて、あっという間に包帯を巻きあげた。
「きつい?包帯。」
「大丈夫。」
けど、僕の方は大丈夫じゃなかった。白衣に赤黒い染みが出来ていたから。
「はぁ。」
落ち着いた僕は、ガラスの破片を箒でとっとと片付けて、レシラムが寝るのをきちんと見守ることにした。
「さ、寝るのを見ててあげるから、早く寝て。」
子供扱いする僕に、レシラムはちょっと不満があったのか、ベッドに寝ることすらしない。蒼い瞳はいつもと違って虚ろなものではなく、はっきりと、僕を捉えている。
「ね・・・ホウオウ君。」
「そんな名前で呼ぶほどプライベートな関係だっけ?」
僕が茶化すように言うと、レシラムは黙った。
「ごめん、どうとでも呼んでいいから。」
悪気を感じた僕は、すぐに謝る。レシラムは蒼い瞳を細めて、初めて笑ってくれた。
「看護師さんがずっとホウオウ君って呼ぶから・・・私も・・・」
「そっか。で、明日からちゃんと会話してくれる?」
「うん。」
レシラムはコクリと頷く。一方の僕はレシラムの身体をじろじろと見ていた。体毛と似た系統の色の服は質素、と言うよりは力を加えればすぐに破れそうなほど、ヤワものだった。
「服、それしかないの?」
「うん・・・」
僕の問いに、レシラムはうつむいた。
「この服しか、着せてくれない・・・」
「どうして?」
少しでもレシラムを喋らせようと、レシラムの話を聞こうと、僕はレシラムの話に突っ込みを入れる。
「私・・・私・・・」
レシラムは華奢な身体を震わせてぽろぽろと泣き始めた。
「今までずっと・・・朝になったら注射打たれて・・・気付いたら着替えが終わってて・・・薬を飲むのを拒んだら・・・ご飯に薬を混ぜられて・・・」
僕は、レシラムが身体を起こしてくれない理由を、ただ薬でだるいから、とばかり思っていたが、それは違った。
そんな手荒い”治療”を受けたレシラムの身体は、肉が落ちて、がりがりに痩せ、日常生活を送るのも困難だと、思わせるには十分だ。レシラムはそれを見られたくなかったんだ・・・隠したかったんだ。
「でも・・・ホーくんが来てくれてから・・・私、生きる意味に悩み始めた。なんで生きてるんだろうって、どうやって生きていくのかなって。」
「レシラムに生きる意志が戻ってきたからじゃないのかな・・・」
僕のささやくような言葉に、レシラムは深く頷いた。僕がベッドに腰掛けるレシラムの傍に座ると、レシラムは身体を僕に寄り掛からせてきた。
・・・不思議なことに、照れは感じない。いつもなら、クライアントを突き飛ばすくらい、照れてしまうのに。
「服、買いに行かないとね。こんなので外に出たら、凍死するから。」
僕の冗談に、レシラムはクスッと笑った。僕が危惧したほどには、病状は重くなさそうだ。
「さ、明日になったら、きちんと僕がこれからすること、したいことを説明するから、もう寝よう?」
「ホーくん・・・」
いつの間にやら、僕はホーくん呼ばわりされることに全く抵抗を感じなくなっていた。
僕はレシラムの信頼に応えたい、その思いを裏切りたくないから、前任者が行っていたような薬で抑えつける治療をやめて、レシラムが納得するまで説明して、そこから治療を行うことにした。
「おやすみ。」
「うんっ・・・」

レシラムはそっとその痩せた身体をベッドに横たえて、僕の見守る中で、ゆっくりと眠りに落ちていった。その様子は、まさしく純白の天使だった。


しばらくしてラティアスさんと、ゼクロムさんが病室にやってきた。
「おい・・・どうした?」
「シーッ。」
僕が静かにするようにジェスチャーをすると、ゼクロムさんも忍び足でベッドのレシラムに近づく。
「ああ・・・寝てるな。」

僕たちはそっと寝室を後にした。血のついた白衣はすぐに洗濯に出して、シャツも新しいのを買って、僕は仮眠室へ向かった。
もうこの時点で、僕とレシラムの関係は決まっていたのかもしれない。けれど僕もまだ自分の気持ちに気付くことはなく、ただレシラムの担当医、という立場で接してる、そう思ってた。

僕って鈍感だよね。そこに関してはレシラムより重症かもしれない。

その日から、僕のレシラムの二人三脚が始まった。


翌日、僕は朝一番にレシラムの病室へ向かった。治療の方針を決めるためである。

レシラムの病室に入ると、もうレシラムは起きていた。にこっと微笑んで、僕を迎えた。どうやら昨日の出来事が、よほどレシラムの心に響いたみたい。看護師のラティアスさんも病室にいた。
「朝ごはん、もう食べた?」
こくり、とレシラムは頷く。僕は上半身だけ起こしているレシラムの傍に寄って、話を聞こうとする。
あれ?僕は思った。レシラムの真っ白な毛並みが、昨日に比べてずっと綺麗に、整っているような気が、すると。
「ホーくんおはよう。」
傍に行くなり、レシラムは元気よく挨拶をしてくれた。
「おはようレシラム。薬飲んだ?」
挨拶の返事ついでの僕の問いに、レシラムはぷいぷいと首を横に振った。
「飲みたくないの?」
僕は率直に飲みたくないから飲んでないんじゃないか、と思ったけれど、レシラムはその質問にも首を横に振る。
「じゃあ、なんで?」
子供と親のやりとりみたいだ。悔しいけど、まだ僕も精神科医としてはいたらないところも多いかな、と思う。だからこんな幼稚な聞き方しかできない。
「怖い・・・」
「そっか。」
レシラムは、ここへきて初めて僕にわがままをぶつけてきた。だったら僕は、レシラムの誤解を解くように努力すればいい。
僕はその後30分にわたってレシラムに薬効と、それに期待する治療上のメリット、デメリットを喋り続けた。レシラムはほぉほぉと頷いて、最後には僕の言うとおりに、薬を飲んでくれた。

「薬を変えて4日たったけど、体調どう?」
「うーん・・・朝早く起きるようになった。4時に。」
うーん。困るのは僕の方だな。これは。前の薬の時は、お昼を過ぎても目を覚まさないこともあったようだし、レシラムが早起きすることが好きだと言ってくれれば、特に気にせずに済むのだけど。
「でも・・・早起きもいいから・・・今のままでいいかな?」
レシラムは口元を綻ばせて嬉しそう。僕もつられて笑顔になった。ラティアスさんもニコニコしながら僕たちのやり取りを聞いている。
「翼、見せて。」
「ぅん。」
昨日、包帯を巻いた右の翼を見ようとすると、受け入れつつも、ちょっと嫌そうにするレシラム。
「ホーくんは嫌じゃないの?」
「へ?」
「傷とか、見るの。血・・・出てるし。」
はっきり言ってしまえば、もう慣れた、と言うところなんだろうか、指摘されて初めて、そう言えば、と思った。血を見るのに慣れるって、変態じゃないか、と僕は心に痛いものが響く。
「医者だからね。」
皮肉交じりに言ってみる僕。レシラムは翼で口元を抑えてクスッと笑った。
自傷行為をするクライアントは決して少なくない。精神科にいるとつきものだ。ほとんどの場合、処置だって、出来てしまう。

翼の包帯に、血の染みが出来ていないことを確認すると、レシラムに治療の方針を示していく僕。レシラムも熱心に聞き入ってくれている。
「外に出たいと思うことはある?」
「ちょっとだけかな?」
首をひねるレシラム。僕はカルテに書き込みを加えて、というよりほとんどまた1からカルテを作成しているような状態だ。
前任者はマメにメモを取っていたようだけど、それを治療に反映することはほとんどなかった、というのをラティアスさんから聞いた。
「ん~・・・じゃあ1週間に1回くらい、外に出たいんだ・け・ど。それで・・・」
話を途中で切った僕の顔を覗きこむレシラム。僕はそんなレシラムに動揺しつつ、窓の外を見る。
天気が気になる。今日も明日も吹雪らしい。来週まで低気圧の長い帯がかかって、晴れることはなさそうだ、とラジオの天気予報は告げていた。レシラムの病室の窓からは、真っ白なものが行き交う光景がよく見える。
「ホウオウ君、外出なら、今週は諦めた方がいいよ。」
ラティアスさんの言葉に、レシラムもどこか寂しそうだ。僕を、ガラスより澄んだ蒼い瞳でじっと見てくる・・・しかも上目遣いで。

・・・僕を見るんじゃない。

なんだか急に動揺するようになったんだけど。昨日の一件で僕のメンタルは激弱にされてしまったみたいだ。

「えっとー。今週は外出は無し、で。天候が回復するまでの間は日常生活を送るためのトレーニングでもしようか?」
動揺する心を抑えて、僕は精いっぱいトーンの無い声を絞りだす。

「はい・・・」
レシラムは僕の顔をみてにこっと微笑んだ・・・ような気がする。僕の自意識過剰だよな・・・そう思って、やり過ごすことに。

「じゃ、レシラムさん、着替えようか?」
ラティアスさんは、着替えを持って、僕と入れ替わる形でレシラムの傍にやってくる。着替え、といっても今レシラムが着ているボロ切れみたいな服と同じものだ。色も同じ。
「違う着替えって無いんですか?色の反応も調べたいんですけど。」
僕がそう聞くと、ラティアスさんは困った顔をしてポリポリと頭を掻いている。
「無い・・・と思います。病院の経費で買った方が早いですよ?」
「そうですか。」
がっくり肩を落として、申し訳ないな・・・と思った僕がレシラムの方を向くと、レシラムは虚ろな瞳で、遠くを見ている。
レシラムも疲れたかな、と思った僕は、あとをお願いします、とラティアスさんに頼んで病室を離れた。


「ふーっ・・・」
診察室に戻った僕は、レシラムのカルテを書き終えて、棚に戻した。時計をみると、10時にもなってない。

・・・今日休みじゃなかったっけ?

「・・・」
なんで病院にいるんだっけ?・・・吹雪で病院から出られないからだ!外来の方も来ないし、僕もいる意味がないし、仮眠室は狭いし。

これは残業というよりボランティアみたいだな・・・ホント。ずっと病院にいるから、タイムカードを挿した記憶が、働きだして以来、まるで無い。

・・・もう労働条件のことを考えるのは止めよう。考えるだけ面倒だ。

僕は診察室のベッドに寝転がると、疲れからか知らず知らずのうちに眠っていた。


ゆさゆさ・・・

”お~い”

ゆさゆさ・・・

ん・・・誰かに身体を揺すられてる。

ゼクロムさん・・・
目を開くと、そこにはゼクロムさんがいた。僕の顔を覗きこんで、ちょっと心配そうな瞳をしてる。
「大丈夫か?」
「はひ。ふぁぁ・・・」
大あくびをすると、僕は身体を起こして、辺りをきょろきょろと見回す。変わっていたのは、時計の針だけ。短針は1と0の間を示している。
「お疲れだな。休みなんだから、仮眠室でもっと寝ててよかったのに。」
ゼクロムさんはそう言って自分のクライアントのカルテを棚に片付けた。
「すみません・・・迷惑でしたね・・・」
僕が謝ると、ゼクロムさんは余計にむすっとした顔になった。
「患者に、入れ込み過ぎるんじゃないぞ。」
「え?」
看護師さんの誰かが、レシラムのこと、ゼクロムさんに話したのだろうか・・・ゼクロムさんの目は、本気だ。
「患者は医者のことを、どう思っているか、きちんと考えたうえで、関係を考えろ。いいな。」
「・・・はい。」
なんだかモチベーションも下がるわ、注意されるわですっかり元気の無くなった僕は白衣を脱いで、寝ている間に着いた皺を伸ばすために、椅子に掛けた。
「そうそう。昼飯奢ってやるから。何がいい?」
え?と、唐突な話に戸惑う僕を横目に、ゼクロムさんは食堂のデリバリーサービスのチラシに目を通している。
「じゃあ、肉うどんで。」
「わかった。」
メニューを知らない僕は、適当に言ってみたけれど、メニューにあったみたいで、ゼクロムさんは食堂に電話をかけた。その間に僕はトイレへ行く。

「はぁ・・・」
「お帰り。」
すっきりした僕が、診察室に帰ると、ゼクロムさんはずるずるラーメンをすすりながら、僕を迎えた。
「そうそう。お茶買ってきてくれないか?」
ゼクロムさんはそう言って僕にお金を渡した。奢ってもらった手前、僕も快諾する。
「お茶でいいですか?」
「うん。ありがとう。」
僕は肉うどんが延びないうちに、とあわてて自販機に走り、そしてまたダッシュで診察室へ戻った。


「肉うどん、肉うどん。」
肉うどんを楽しみにしているうちに、下がったテンションも上がり、なんだか楽しくなってきた。ガラガラ・・・僕が診察室のドアを開けるとそこには・・・
「ホーくんお帰りっ♪」
「れ、レシラム?」
な、なんとレシラムが僕の肉うどんを食べていた。混乱する僕。嬉々として、肉うどんを着々と食べていくレシラム。
僕はまだ寝てるんじゃないかと頬をつねってみたけれど、痛いだけ。レシラムはさっきと同じ服を着てるし、翼の包帯も巻いたままだ。
「な・・・なんで・・・いるの?」
「俺が呼んだんだよ。」
呆然としていると、部屋の奥からゼクロムさんがのそっと現れた。
「ど・・・どうして?」
「言っただろう?患者が君のことをどう思っているかを考えろって。」
「・・・」
混乱したままの僕。何が大事なのか。自分が決めた掟なのか・・・クライアントとの関係なのか。まだ僕は掟を取ることにした。
「ごちそうさま。」
「あ。」
ゼクロムさんが満足そうなレシラムを見て、きょとんとしている。

「僕の昼ごはん!食べるなぁぁぁ!」
「ホーくん。ごめぇぇぇん!」
すっかり空になった丼ぶり鉢を目にして、ヒートアップした僕は、ゼクロムさんに身体を羽交い絞めにされながら、レシラムに怒る。
謝るレシラムに、僕はまだまだ怒りの火種が爆発したままだ。
「ベッドに縛り付けるぞぉ!」
「ホーくん怒らないでぇ・・・おねがぃぃ・・・」
レシラムは目に涙を浮かべている。結局ゼクロムさんの説得で、僕はクールダウンすることができた。

僕の想像以上に、レシラムは意欲を見せてくれて、閉鎖病棟の厳重な管理など、すぐに必要なくなった。
レシラムに僕の服を貸して看護師さんと外出させたり、勉強を教えたり、日々が充実していた。僕が何かすればレシラムはそれ以上の意欲を見せてくれて、医師と言う立場を越権することもしばしばだった。


そんな愉しい日々も半年以上が過ぎ、病院の中で、レシラムとの関係を噂されるようになっていた。

けど僕は気にしてなかった。よく考えてもせいぜい友達レベル、としか思ってなかったからだ。でも、そんな日も長く続くわけがなかった。


決断を迫られる時は、意外に早くやってきた。

僕がセッカシティ病院に赴任して、9か月が経とうか、といういつもながらに寒い日のことだった。
メインの治療だった減薬も最終段階に入り、レシラムも退院が近い、と言う時だった。レシラムが突然身体の痛みを訴えた。

「ホーくん・・・痛い。」
「どこが?」
僕はベッドに横たわっているレシラムに聞いてみる。レシラムは常々、痛いのに弱い、と言っていた。採血も針を見ただけで震えあがるし、採血中もずっと目を背ける始末だ。
自傷行為をするのは・・・はっきり言って別物だ。自傷行為は攻撃衝動が自分に向いたときに起きる突発的なものだから。
「身体が痛い。」
レシラムは痛みにかなり敏感なようだった。敏感肌・・・だと僕は今でも思うけど。でも、その時は目に涙を浮かべて、僕に異常であることを悟らせた。
「寝すぎかなぁ?違うよな。今まで無かったもんな。」
僕はこのころになると、レシラムに先進治療を受けさせたり(自腹)、自分の興味、と言いつつもレシラムのことをもっとも気にかけていた。唯一専任のクライアントだったし。
自腹でも問題はなかった。なにしろ忙しくて、給与も諸手当も家賃、質素な食事以外に使い道が無かったから。
「よし・・・じゃあ、今日か明日、精密検査、受けるから。予約しとくね。」
「うん・・・」
暗く、不安げなレシラムの顔を見て、僕の方が不安に駆られている。
「鎮痛薬、持ってくるか。」
僕はラティアスさんに、検査の予約を任せ、レシラムの症状を聞きながら鎮痛薬を選んでいる。
「なんで痛いんだろう・・・昨日は何も言わなかったのにな・・・」
入院患者が身体が痛い、と訴えれば大抵の医者は寝すぎの床ずれだと言う。でもそれだったら身体を見れば一目瞭然だ。
「身体・・・」
「どしたの、ホーくん?」
レシラムが辛そうな表情で僕を見る。僕は、レシラムになんてことを言おうとしてるのだろう、と恥ずかしい思いはあったけれど、ひとまず言ってみる。
「服・・・脱いで。」
「えっ?」
治療の一環だとはいえ、レシラムも戸惑う。看護師さんに任せればいいかな、と思ったけれど、僕がレシラムに付きっきりになりすぎて、ラティアスさんとエムリットさん以外の看護師さんは来てくれなくなってしまった。
「服脱ぐのも辛い?それとも看護師さんに頼む?」
レシラムはしばらく迷った表情を浮かべる。
「一応床ずれじゃないことだけ、確かめたいんだ。」
「・・・」
しばらく押し黙ったレシラムは、コクリ、と軽く頷いた。僕は病室のカーテンを閉めて、レシラムからそっと服を脱がせていく。
とてつもない緊張だ。心臓はバクバクと破裂しそうなくらい動いているし・・・嫌な妄想を抑えることだけに集中して、Tシャツを脱がせる。
「痛っ・・・」
すぐに痛みを訴えるレシラム。僕は事細かに状況を書きつつ、レシラムの背の純白の毛並みを掻き分けて、床ずれが起きてないか、肌の色が変色していないか、さまざまな可能性を確かめた。さすがに正面は見れない。
「うーん・・・違うかな・・・」
「そう?」
「うん。」
すぐにレシラムに服を着せると、僕はカーテンを開けた。レシラムは頬がちょっぴり赤い。僕の方は死にそうなくらい緊張してたよ。

ガラガラと病室のドアが開き、ラティアスさんが駆けこんできた。
「どうでした?」
「今日・・・今からなら予約が入ってないそうなので。」
「よしきた。」
しめた、と思った。すぐに原因がわかる、と。レシラムを苦しめずに済む・・・そう思っただけで僕の心は晴れやかになった。
「さ、行くよ。立てる?」
「うん。」
レシラムは歩こうとすると、ふらふらとふらついた。
「大丈夫?」
「痛いけど・・・大丈夫。」
支える僕を潤む瞳でじっと上目遣いで見るレシラム。僕を心配させまい、というレシラムの気持ちが見え見えで、余計に僕は心配になる。照れ・・・なんて気にしてる場合じゃない。

そしてレシラムはMRI室に入っていった。最近はデジタルデータ化が進んでいて、すぐにでも結果は解る、そういう風になっていた。
この病院は設備はまぁまぁ一流で、医者が必要とする設備、道具、ならなんでも取り揃えてくれる。保険の範囲の内外にかかわらず。
僕の要望で、全身のMRI、出来ればCTも、と頼むと、担当の技師は、快く引き受けてくれた。一方のレシラムは僕のせいで、5時間以上、拘束されることになった。


結果は、思いのほか・・・時間がかかった。
ヒマしていた医者をかき集めて、全身を見ていたけれど、これといった異常が見つからないからだ。ゼクロムさんは1週間の間、休暇と出張検診でいない。

大型スクリーンに映し出されたMRI、CT画像の前に、精神科の僕、神経内科・外科のパルキアさんとレックウザさんは首をひねっている。
「内科の先生は全く異常がない、っておっしゃってたけどなぁ・・・」
「血液検査も異常なし・・・か。」
詐病、という線も考えにくく、画像とにらめっこしているのは僕一人だけになった。けど僕は諦めようとも思わない。
僕は病気の本を右の翼に載せて、ノートPCのキーボードを左の翼に置いて、時間も忘れてずっと考えている。レシラムの訴えた痛みと照合する病気、それをずっと探っていた。
ラティアスさんが言うには、検査が終わってレシラムの痛みもひどくなった、と。だが腫瘍もどこにもないし、画像だけ見ていても、何も分からない。

「なんで解らないんだ・・・」
僕は焦り始めていた。さっきまで昼だと思っていたはずなのに、いつの間にか夜も12時を過ぎて、まだ何も分かっていなかった。

僕の脳裏に、痛みを訴えるレシラムの表情だけが、ぐるぐると巡る。

レシラムが検査を受けたその日、僕は眠れなかった。

次の日、僕は2時間だけ仮眠をとると、また原因を探る作業を再開した。

痛みに耐えるように、ずっと目を閉じているレシラム。声をかけることすらはばかられる。
けれどそれでも僕は、レシラムの病室と、診察室とを行ったり来たり。夜になればレシラムの病室にいて、ずっと付き添いをしていた。

僕がいない間は、ラティアスさんが付きっきりで診ていてくれたらしく、僕の名前を呼んでいることも、日ごとの痛みの強弱も、伝えてくれた。

気のせいだと、最初は思っていたけれど、ラティアスさんの指摘であることに気付いた。
僕が傍にいる時間が長いと、その先1日に渡って、レシラムの痛みが弱い。僕があまり傍にいないと、少し痛みも強まるみたいだ、と。

鎮痛薬を使ったり、マッサージをしてみたり、と痛みを少しでも和らげる努力は決して惜しまなかった。けれど、どれだけ時間を掛けても、痛みの原因は解らなかった。


10日がたち、僕は半ば諦め加減で、ゼクロムさんに相談することにした。

レシラムの病室で、ゼクロムさんと僕は病状を話して、ひとつひとつの可能性を探っている。
「ほぉほぉ・・・原因がわからないか・・・」
ゼクロムさんも頭を抱えていたが、すぐに顔を起こした。
「鬱の薬を投与してみたらどうだ?」
「はぁ・・・」
そんな適当でいいのかな、と初めは思ったけれど、藁をも掴む思いで、ゼクロムさんが言うとおりの薬剤を処方してみた。

「精神の変調をきたしてたからな・・・自傷行為を続けていて・・・精神の安定を薬で無理に保っていたんだ。1年以上もな。」
ゼクロムさんはレシラムをじっと見つめる僕の翼を掴んだ。
「経過はラティアスに言ってもらうとして、俺たちは自分たちに出来ることをした方がいいんじゃないのか?」
「はい。」
診察室に戻った僕に、ゼクロムさんは書類を渡した。
「これ・・・読んでみてくれ。」
その書類には、精神疾患がもたらす神経への影響、と印字されていた。僕は興味津津、ページをめくることにした。

「・・・」

精神の作用でも痛みをもたらす病気は多く、その治癒には時間がかかること、また、1つだけの療法が正しいとは限らないこと、などが書かれていた。


「精神の不安を取り除くのも1つの手でもある。」
読み終わった僕にゼクロムさんが笑顔で言う。
「不安・・・ですか・・・」
ぐっ・・・ゼクロムさんが僕のシャツの胸倉を掴んだ。戸惑う僕に、ゼクロムさんは話を続ける。
「ホウオウ君。君は患者が病気になったとき、どうなればいいと思うんだ?どう社会復帰できればいいと思うんだ?」
どう?社会復帰・・・僕は今まで、クライアントが元の日常を送ることができればそれでいい、と思っていた。
「元の・・・日常に戻ることができれば・・・」
ゼクロムさんははぁ、とため息をついて僕を離した。
「君は~、医者としては申し分ないが、生物としてはつまらないな。」
「え?」
僕は戸惑う。僕はベストを尽くしてきたはずだと、医者として、クライアントのことを思って・・・
「レシラムは、君を医師としてもはや見ていないようだけどな。」
ゼクロムさんはピラピラと細長い紙を僕に見せた。
「これ、レシラムのホルモンの濃度を調べたんだけど・・・生理が起きてる。立派に生きようとしてるんだ。」
「えっ?」
レシラムの年齢はもう20近い。が、手荒い治療に、薬を大量に使われたあげく、痩せこけたレシラムは、相当ホルモンの活動が弱っていたようだった。もちろん生理も含めて、全て。
「まぁ、君はどう思うかな?」
「治療の成果・・・ですか?」
質問を質問で返されたゼクロムさんはちょっとむすっとして、またため息をついた。
「それも・・・ある。でもそれが痛みの原因でもある。」
ゼクロムさんのくれたヒントは、絡まった僕の頭の糸を、一瞬にして解きほぐしてくれた。
「・・・解った。」
僕が出した答え・・・それは脳の神経の異常だ。脳の中で痛みを感じること・・・それを薬で抑えつけられていた。僕が薬を減らしたから・・・レシラムは痛みを訴えるようになった。
僕は遠まわしにレシラムの病気に手を貸していたんだ・・・
「僕のやってたことは・・・レシラムを苦しめてたのか・・・」
「それは・・・違うと思う。」
ついついポロっと出てしまった僕の言葉を、優しく否定するゼクロムさん。
「病気を治しても・・・患者は元の生活には絶対戻れないんだよ。レシラムの場合、とくにそうだけど。」
「では・・・どうすれば?」
ゼクロムさんはにこっと笑う。
「患者に前を向かせること。元の生活、という過去を断ち切って、新しく前を向かせることだ。」
前を向かせる・・・僕はゼクロムさんの言葉をかみしめて、自分がレシラムに何をしてあげられたのか、レシラムが僕に何を与えてくれたのか、ふと考える。
いつも僕といると愉しそうに笑ってくれて、嫌な治療でも、僕が説得すれば進んで受け入れてくれて、寝る前に挨拶に行くと、”明日は元気になる”って言ってくれる。

・・・

僕は・・・レシラムが好きだ。

もうこの気持ちだけは嘘や偽りのない真実だ。

自分で決めた掟なんて・・・でも僕は医者なんだ。特定のクライアントをより好みしてはいけないんだ。

でも・・・今僕のクライアントはレシラムだけだ・・・なら掟なんて・・・


僕は早速レシラムの病室へ向かった。
「ほぉくん・・・」
身体を起こしていたレシラムは虚ろな瞳を僕に向けて弱々しく僕を呼ぶ。
「痛い?」
「痛くない。」
ほんとに?と僕はレシラムの身体のあちこちを触ってみたけれど、何も言わず、痛みは今は出ていないようだ。
「じゃ、今日の晩御飯から、これ、飲んでくれる?」
僕はレシラムに薬を差し出す。
「痛み止め?」
「違う。これはレシラムがちょっと前まで飲んでた薬だよ。精神の安定を図る薬。」
レシラムは不思議そうに首をかしげた。
「痛いのは治るの?」
「治るけど・・・時間がかかるんだな。」
治る、という言葉を聞いて目を輝かせたレシラムだったけど、時間がかかると言うと、なーんだ、と肩を落とす。
「たぶん長くて5年はかかる。」
「えー・・・長いよぉ。」
ぶいぶい言うレシラムの頬をちょん、と優しく突くと、レシラムは頬を赤くして、僕をじっと見ている。頬を突いたのは、癖みたいなもんだった。ルギアをたしなめる時にもよくやってたし。
それを今やってしまったのは・・・やっぱり僕はメンタルが弱ってる。けど僕は気持ちをごまかして、説明を続ける。
「痛みの原因は、レシラムの脳にあるの。だから領域で言えば、神経と精神に跨ってる。一応治療の方針は出来てるからそれに従って、やっていく。」
「ホーくん・・・」
ぎゅっと、僕の白衣を掴んだレシラム。
「ちょ・・・」
ドキドキしてる・・・心臓が・・・動いてる。いや、動いていて当たり前だ。
「傍にいてほしい・・・」
動揺している僕・・・けれど驚くほど冷静にレシラムのお願いに答えることにする。
「わかった。じゃ、どこが痛いか見るから。」
僕はその後2時間以上レシラムの身体を指圧して触り続けた。
「痛い?」
「んー。全然。」
好きっていう気持ちがあるから・・・医師というより、変態の方に針が振れている。けど、僕はレシラムに抱いている好意を、まだ隠そうとしていた。

「はぁ・・・」
仮眠室で眠ろうとしている僕。眠りはいつになく浅い・・・けど、レシラムの置かれた状況を思えば、僕なんて大したことはない。
「んっ・・・」
不意に時計に目をやると、夜中の2時だった。レシラムの部屋を出たのは12時。朝起きないといけないのは6時半。
誰も外来のクライアントが来ないとはいえ・・・睡眠時間4時間半の生活は、少しキツい。

僕はきちんとレシラムと向き合えただろうか・・・そんな不安も心をよぎる。

逃げてばっかりなんじゃないか。

医者だ、という立場に任せて、ずっと逃げてる。

そう思った僕は、ペンをとってさらさらと1通の辞表を書きあげた。

「これでよし・・・」

何かが吹っ切れた気がした。そして辞表をそっと白衣の内ポケットに隠した。



「ホーくん・・・」
翌朝、僕は昨日と違ってレシラムの身体をラティアスさんに触らせながら痛みが無いか、どこが痛いかなどをカルテに書きいれていく。レシラムは終始ニコニコしてる。
「痛い?」
「痛くないなぁ・・・」
なんでだろう?と首をかしげる僕とレシラムとラティアスさん。
「ま、薬だけは飲んどいて。」
「うんっ。」
レシラムは嬉しそうに首を縦に振った。

「この分だと、退院ももう少しってところかな。」
痛みはほとんど出ておらず、入院する必要もない、このころの僕は必要以上に慎重だったけれど、この時ばかりはうまく判断ができていた。
「だといいですけど・・・」
朝ごはんを食べるレシラムの傍で、僕はラティアスさんと話し込む。
「そういえば・・・」
僕はふと気になった。レシラムの身元の引き受けのことだ。これだけ長期間入院していれば、そのまま日常生活を始める、というのは難しい。
「どしたの?」
「レシラムの家のことなんですけど。」
「あぁ・・・」
ラティアスさんは不安げな表情を浮かべてレシラムを見つめる。
「なにかあったんですか?」
たまらず僕はラティアスさんに問いただす。ラティアスさんはため息をつくと、僕を病室の外へ連れ出した。

「レシラムちゃん・・・ご家族がいないの。いないわけじゃないんだけど・・・」
なんとなく、ラティアスさんの話から、事情の3割くらいは理解できた。レシラムの家族は、レシラムを必要としていない、だから見舞いにも来ない。連絡も取れない。
「入院して、半年もしないうちにご家族と連絡がとれなくなって、私がおうちに行ってみると・・・誰もいなかった。」
「そうですか・・・」
この後、ラティアスさんがレシラムの入院の経緯を教えてくれた。

レシラムは高校1年生の夏に入院・・・今はもう19歳だ。昔からレシラムは親の言うとおりに生活を送り、いつしかそれに耐えられなくなっていたようだ。

ご家族はレシラムをいい仔、としか見ていなかった。だから精神的な変調を来たすようになってからは、ほとんど会話もなく、入院まで孤独に過ごしていたらしい。
見舞いにも来ないので、心配になったラティアスさんが何度か連絡を取ったらしいんだけど、レシラムが入院して半年ほどたったある日、父親が病院に来て、大金を置いていったそうだ。
入院の経費10年分、とだけ言うと、病院を去った、そして家にも家族はいなくなった。

「診察室に行くので、ちょっとレシラムのこと、お願いしますね。」
「あ、はい。」
ラティアスさんはレシラムの病室に入って、にこやかに会話をしている。レシラムはラティアスさんと話をしつつ、僕のことをちらっと見た。


「はぁ・・・」
診察室に戻った僕はなんだかやりきれない気持ちになった。

自分の家族なのに・・・家族ってそんなに関係の薄いものなのかなぁ・・・って。

僕は・・・はっきり言えば家族は恵まれてた。医者になれたし・・・父さんも母さんも僕が迷えばいつだって応じてくれた。夜中の3時でも。
だから、家族から見捨てられることがどれほど辛いことか・・・僕にはわからない。けど、孤独という闇に放り出される、ということだけは理解できる。
僕の家族は、僕が精神科医になることに反対した。でも、僕はその時、大学の医学部長だったアルセウスさんに説得を頼んで、どうにか認めてもらえた。最後には、両親は、笑顔で見送ってくれた。

ラティアスさんは、仮にレシラムが退院できても、帰る家が無いのでは・・・ととても心配そうにしていた。

気持ちの整理ができないまま、僕はもう一度レシラムの病室へ向かうことにする。


「レシラム・・・」
病室に入るなりラティアスさんが僕の方を見る。レシラムは僕をずっと見つめている。
「レシラムちゃんは、ホウオウ君と一緒にいたいんだって。」
ふふっとラティアスさんは笑うと、そのまま病室を出ていった。

なんだか、空気が重い。

二人だけの時間だというのに。

なぜだろう。・・・目の前のレシラムはずっと僕を見てる。

「ほーくん・・・」

「あ、ああ。ごめんごめん。」
動揺を隠すように取り繕ったつもりだけど、多分バレバレだな。

「レシラム。退院のスケジュール、そろそろ立てておこうかなって思うんだけど。」

途端にレシラムはうるうると瞳を潤ませ始めた。
「おうち・・・帰りたくない・・・」
「そっか・・・」
レシラムも自分の家の事情は知っているみたいだ。

「んー・・・ならウチに来る?」
「え?」
半分本気で言ってみると、レシラムは顔をあげて僕をじっと見ている。
「ホーくん・・・」
「言っとくけど、一応、本気だよ?」
「ほぉくぅん・・・」
レシラムは傍にいる僕にぎゅっと抱きついてきた。

温かい・・・

「レシラム・・・あの~その~実は君のことが・・・」
もう言ってしまおうと思った。
「言っちゃダメ・・・」
でもレシラムは僕の言葉を遮った。レシラムの身体はふるふると震えている。
「私が好きなんだもん。」

レシラムの言葉から察するに、レシラムも僕に告白する予定だったみたいだ。後日、当人もそれを認めたし。

ガラガラ・・・病室のドアが開いた。
「ホウオウく・・・」
ラティアスさんだ。僕はあわてて顔を上げるも、レシラムはぎゅーっと抱きついたまま。
「あ・・・これはその・・・」
もう誤魔化しのしようがないな。

「知ってるもん。レシラムちゃんの相談に乗るうちに、早く告白しなさいよ。ってずっと唆してたんだから。」
「ラティアスさん・・・」
ラティアスさんはベッドの上に、紙を4,5枚置いた。

「で・・・退院のことなんですけど、ちゃんとホウオウ君から言ってあげてください。」
「はい。」
レシラムは抱きつくのを止めて、僕の説明に聞き入る。

「この様子だと・・・もう1か月しないうちに退院できると思うんだ。」
「へぇ。」
「で、退院の受け入れ先なんだけど・・・」
僕は書きいれる書類を渡そうとする。
「ホーくんっ。」
レシラムはてへっと笑うと、僕に書くように促す。

「仕方ないなぁ。」
照れ隠しもそこそこに、僕は自分の住所を書き込んでいった。

レシラムの病状は、もう少量の薬で抑えれるまでに良化して、それも、たまに、だけになっていた。
でも、痛みが出ると、かなり痛いみたい。

僕は、退院が決まった日、退院の2週間前に、辞表を出した。

すると、ゾロアークさんが、いつでも戻ってきていいけど、再就職先なら山ほどあるから、いつでも頼ってきてくれていい、と言ってくれた。



退院の日・・・

ゼクロムさんや、ラティアスさんが見守る中、僕はレシラムに退院おめでとう、とこれからよろしく、と2つの言葉をかけた。
「さ、レシラム、行こうか。」
私服の僕は、雪の中をレシラムと進んでいく。
「ホーくんのおうち、どこなの?」
「んーとね。」
僕はもうこのころ、自宅はセッカシティじゃなくて、温かいカノコタウンのすぐ南に安い一軒家を構えてた。

長い電車の旅を終えて、僕達は自分の家に向かう。

「期待しないでね。」
「期待してる。」
ニコニコほほ笑むレシラム。カノコタウンが温かいので、僕たちはTシャツとデニムという極めて簡素な格好をしている。

「あ、あれあれ。」
「す・・・すごいじゃん。2階建て。」

白い外壁に、大きな窓が正面から見て3つ。僕は結構頑張ったほうだ。中古でも。

僕はこの家に来たことは引っ越しした時くらいなもんだ。ずっと病院にいたからね。

玄関の扉を開けて、レシラムを案内する。使ったことのないお風呂、使ったことのないトイレ。

一回だけごろごろしたベッド。

「ベッド、買ってこないとね。」
床で寝るつもりの僕に、レシラムはクスクス笑う。
「いいじゃん、私たちで1つのベッドで。

レシラムの部屋、に決めた部屋で、荷ほどきをする。

退院に備えて買った服。セッカシティのいいところは、寒いから、薄い衣料の価格が安いところね。いいモノが安く手に入った。

ふと、レシラムの荷物の中に、壊れた目覚まし時計があるのに気付いた。
「あれ?壊れてるじゃん。」
「それ?ホーくんとの思い出の品だから。」
そうそう。これは最初にレシラムが僕にぶつけてきた目覚まし時計だ。

「じゃあ、動くようにしないと。」
僕はそう言って、寝室の目覚まし時計と電池を取り換えた。

「晩御飯、食べに行く?僕が作ろうか?」
まともな時計をみて、もう夕方だというのに気付いた僕は、レシラムに聞いてみた。
「ん~・・・私が作る。」

レシラムは嬉しそうに寝室にやってきた。
「ホーくん!」
ばっ!
レシラムはそのままギュッと僕に抱きついて、そのままベッドに押し倒した。

「大胆だなぁ。」
「だって、嬉しいもん。」
僕は顔が真っ赤になってたけど、レシラムはいたって笑顔だ。

押し倒されてすっごくドキドキする僕を横目に、レシラムはまだ抱きついたままだ。

「ホーくん。ありがと・・・」
「レシラム・・・」

その日、そのままぎゅっと抱き合ってた僕たちに、ご飯を作る時間は無く、外に食べに行った。


・・・その日が、僕とレシラムの生活の始まりだ。

台所で倒れたレシラムを寝室に運ぶと、レシラムは大丈夫だよぉ!と必死に僕に訴える。けど、僕は落ち着くまでダメと諭して、ぶいぶい言うレシラムを寝かしつけた。

ベッドの傍にいる僕。
「ホーくん?」
「ん?」
レシラムは顔を横に向けてじっと僕を見てる。
「ごめんね・・・」
「いいんだって。休みはまだあるし、レシラムの身体が優先だから。」
にこっと僕がほほ笑みかけると、申し訳なさそうにしていたレシラムもにこっと微笑んだ。
「最近ね・・・あんまり痛くないんだ。」
どこか嬉しそうなレシラム。水色の澄んだ瞳を細めて、僕を見つめてる。
「へ?」
「そりゃ・・・痛みが来たら、びっくりして動けなくなるけど・・・そんなに痛くならないんだよね。」
「ははぁ。」
ちょっと僕は驚く。薬のせいかな?とも思ったけれど、レシラムが飲んでる薬は頓服で、そんな効果は無いと思ったから。

「ホーくんのおかげだよね。」
「そう?」
「ホーくんがいるから、痛くないんだよ?」
レシラムはむくっと身体を起こして、僕のすぐそばまで、身体を近づける。

「これからもずーーーっと一緒にいてね?」
僕はドキッとした。
「そ・・・それって・・・」
け・・・っこん?思わずそんな4文字が横切る。同棲してるのに、結婚してないなんてのもおかしな話だよね。
「結婚してほしいってこと?」
僕がそういうとレシラムもさすがに照れて頬を赤くした。

「うんっ!」
とっても嬉しそうなレシラム。もちろん、僕も拒むはずがない。

だって・・・大好きだから・・・

「ホーくんっ!」
僕はレシラムを抱きこんだまま、ベッドに身体を横にした。
レシラムは僕の翼の中からぴょこっと顔を出して僕の頬にキスをする。
その笑顔は・・・本当に僕の天使だ。

天使はそのまま僕の翼に包まれて・・・僕と一緒に眠る。


奇跡は起きてるのかもしれない・・・僕の翼の中で。


end


あとがき。

反省点、冗長、あと中身がスカスカ。

もうちょっとこのカップリングで何か書きたいな、と思います、次はエロシーン入れたいし。

毎回ラストはスカスカな気がします。これからも頑張るぞー。
間に合え!クリスマス!



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Last-modified: 2012-08-25 (土) 00:00:00
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