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白い街道/白い病棟

/白い街道/白い病棟

執筆者:フォート ?
どちらも短いのでまとめました。内容はなんら変わっていないのであしからず。


 一辺の陰りも無い白が街を覆う。
 呆然と立ち尽くす私の傍らで、白塊を乗せた街灯の橙色の灯火が、朧気に揺れ景色を明瞭にする。
 真っ先に両の目で捉えられたのは、ぼうっと光を発する家々の灯り。次いで捉えられたのは、深く厚過ぎるブーツ。
 白い地面を、ざく、ざくと音を立て行き過ぎるそれを見やり、ふと空を眺める。するとそこには白い雨が止め処無く降り注いでいた。
 空の陰りに映えるその無限とも思える白点は、こちらを目掛けて落ち、留まる事を知らないようだった。
 私の額に触れたのは、ひとかけらのそれ。さらにもうひとかけら。音も無く、ひっそりと頬で溶けて私を濡らす。
 それは冷たく、しかし私を凍えさせるには少々不十分だった。
 昨日も。今日も、明日も。こんな日が続くのかな。
 そんなことを考えながら、私は首を左右に振り、水気を払い歩き始めた。
 降り積もった白の上を、さくさくと小気味良い音を立て、通行する人々を掻い潜り。
 私にとっては大きな、人間の足跡に足を取られないよう注意を払いながら。
 白く尖った樹木を横切り、連なる家々を尻目に、街角を幾つか曲がった辺りで私はいつもの場所に着いた。
 そこにあるのは、少々貧相な家。煉瓦で出来たそれは、裕福そうには到底見えない小ぢんまりとしたもの。
 窓から零れる筈の光は無く、中に誰も居ないことを物語っていた。でも、それは当然だった。だって今はもう誰も住んでいないのだから。
 私はその家壁に凭れ掛る。ごつごつとした煉瓦の感触が背に広がる。それを感じつつ、私はゆっくりと目を閉じた。白かった視界は一転、黒に染め上げられる。
 すると、瞬間的に何かの情景が過った。

 深紅の絨毯が足元に敷かれて、そこは外気とは打って変わって仄かな温もりすら感じる。
 背後に感じた熱の元は、その焔をめらめらと揺らす暖炉だった。
 私はそこに伏せ、何かを待つ。すると頭部から首筋にかけ柔らかな感触が伝った。
 それは幾度か繰り返される。どうやら私は、誰かに撫でられているようだった。
 しかし不思議と嫌ではなく、その手の方から声が聞こえてくる。
 ――ルウ。ちょっと、出かけてくる。
 暖炉の前に座った私に、掛けられた言葉。懐かしい響き。暫時は忘れてしまったこともあったか。
 声の主は、椅子が発する、がたん、という音と共に立ち上がる。私は蒼い尾を振り、それについて行く。
 見覚えのある玄関。それは振り向き、声はまた発せられる。
 ――留守番、よろしくな。
 その言葉に、微かな不安と寂しさを感じた私に、その手は私を撫で優しく声を掛ける。
 ――大丈夫。明日までには、帰ってくるから。
 扉は開かれ、今日と同じような白い風景が広がる。しかし違ったのは、その前に立つ一人の青年。
 ――行ってきます。
 すぅ、と消えていく。

 水滴が頬を伝った。それは溶けた雪ではない。妙に温かったから。
 ひとしずく。またもうひとしずく、と零れるそれは積もり積もった雪の中に溶け込み。
 次々と溢れるそれは、留まりを知らなかった。まるで、この降りしきる雪のように。
 寒さは感じないはずなのに。さながら、極寒の地に咲く花のように。ゆらりゆらりと、私の心を揺さぶる。心が、寒さに打ち拉がれて。
 そんな折、只静かに、しかし唐突に降雪は強まる。――あの日も、こんな――。
 この虚脱感は何だろう――私は堪らなくなって、気付けば煉瓦の家壁から背を離していた。
 四肢を交差させ、積雪が巻き上がり、自らの身体に降りかかることも厭わず、只ひたすら。
 刻々と移り変わる風景。白い家、白い木、白い人――それらを気にも留めず。それを溢れさせ、零しながら。迷いは無い。
 街の塀を過ぎ、もう振り向いても跡形も見えないほど離れた所で私は足を止め、天を仰ぐ。
 ごうごうと音を立て、先刻に増して雪の勢いは激しくなっていた。人間では到底耐え切ることが出来ないほど。
 空をびっしりと埋め尽くす白点。あの日も、こんな空模様だった。
 それらが、私を包み込む。純白のカーテンが視界を白に染め上げる。
 果たして、私の顔が濡れているのは雪なのか。そうでないのか。それすらも、もう分からなかった。
 私の身体は、その極限の寒さに流石に耐え切れなくて。ふらりと傾き、雪飛沫を上げる。
 考えることを止めた脳は、身体を動かす指示をも止め、横転した視界は少しずつ、少しずつ狭まる。
 
 その時確かに、人の影が薄らと見えた。私を沢山――沢山、撫でてくれた――その手が私の頬に触れる。
 ――ごめんね。ただいま、ルウ。
 嗚呼、そうか。逢う手段などさして難しくも無い。すぐそこに在ったんだ。悲しむことなど無かった。
 その手は、あなたは、ずうっと、私の傍に――。
 ゼルス――。

 白い街道に残された、小さな、小さな足跡は雪に埋もれ、見えなくなった。



やっと帰って来れた。この日をどれだけ待ち望んだろう。俺も。きっと、あいつも。
ここを出たあの日から、まさか10年もかかるなんて。
あの吹雪、本当に辛かった。何度生死の境を彷徨ったか、分かったもんじゃない。
あのまま誰にも発見されなかったら……と、よくぞっとしたものだ。
リハビリに年々かかったか、数えたくもない。しかしあいつのことを考えると、不思議と辛さが和らいだ。
俺のことを、あいつは今でも待ってる。俺が帰ってくるのを心待ちにしている。
こんな一方的な考え、迷惑かもしれない。もう俺のことを忘れてしまっているのかもしれないのに。
それでも俺は、今でもあいつは待っているんだと、そう信じきっていた。
だからこそ、こうして帰ってきた。それもわざわざこの日を選んで。
早いとこ会いに行って、こいつを渡してやらないとな。

俺は自宅に向かって歩き出した。流石に景色が変わったな。
街灯のデザインも、昔は細っこくて、ただ真っ直ぐ突っ立っていただけなのに。
太さはあまり変わっていないのに頑丈そうで、ちょっと近代的になっているし、家々の材質も変わってしまっていた。
あと、知らないポケモンと人ばかりに会う。俺の友人達ももう都心に越してしまったのだろうか。
この空白はしっかり埋め合わせなきゃならない。ことが済んだら、昔世話になった人たちやポケモンたちに挨拶して回らなきゃな。
そんなことを考えていたら、周りの家と比べ、一際古めかしい煉瓦の家に着いていた。
俺はコートの雪を払い、おもむろにポケットから鍵を取り出す。久しぶりの俺の家。あいつは元気に待っているだろうか?
がちゃり、という音とともに扉のロックは外れる。俺はドアノブを回し勢いよく引いた。
が――そこは真っ暗で、もう何年も誰も住んでいないといった感じだった。
そうか。流石に10年もポケモン一匹だけここに過ごすなんて無理だよな。きっと近所のおばさんの家とかに泊めてもらっているのだろう。
俺は少しの落胆とともに不安を感じたが、別にあいつが居なくなったと決まったわけじゃない。
そう自分に言い聞かせ、カバンを置き、その中から青い小箱だけを取り出し、家を後にした。

そうして俺は心当たりを回ったのだが、友人、知人、全く知らない人まで見て回ったのに、あいつの好きだった公園にさえ、あいつは居なかった。
俺を待っててくれなかったのだろうか?いや、あいつの事だ。きっと待っていてくれてただろう。
一対どこに行ってしまったのか。元気でいてくれると良いんだが……。
と、少しずつ増幅する不安を胸に背負い込んだまま、仕方なく公園のベンチの雪を払い座った。
「あれ?なぁ、あんた……えーと、誰だっけ……」
誰かが俺に声をかける。振り向いてみれば、そこには昔の友がいた。
忘れもしない。
「そうだ、ゼルス!だよな?」




俺達は10年の空白を語り合った。といっても、主に俺の話だが。
出発、吹雪、リハビリ。話の種は尽きない。
そして最後に、待っていたはずのあいつの話をした。すると友人の口から信じられない言葉が発せられる。
「リオルの、ルウ?そういえば俺のよく行く病院でリオルが運ばれたって噂が……まぁ、リオルなんて珍しいから、本当かどうか分からないけど」
俺の思考はぴたりと止まる。俺が帰ってきた最大の理由。元気でいて欲しい、と願っていた、そいつ――
病院に、運ばれた?俺は思わず友人の両肩を掴み、がたがたと揺らしてしまった。
「わわ、あくまで噂だし、そいつかどうか分からないぞ?……分かった分かった、すぐ連れてってやるって」
そう言って、駆けて行った友人を俺は追いかけた。

向かった先にあったのは、友人の車だった。俺は鍵が外されるのを見計らって、すかさず乗り込んだ。
今は一刻の猶予も許されないと、俺の中の何かが告げていた。急いでくれと、友人に頼む。快く引き入れてくれた。
車内は少々狭かったが、暖房が付いていて暖かく、本来ならばようやく気が休まる……はずだったのだが、俺は気が気じゃなかった。
現に俺の手は、一向に温まらない。
病院ということは少なくとも体調を崩したということに他ならない。
たまたま時期が悪かっただけならいいのだが。まさか……いや、絶対に考えちゃいけない。
俺は窓から見える、煌びやかな銀世界を眺めて逃避するしかなかった。


「ここだよ」
車で約30分。大きめの病院がそこにはあった。
正直俺は怖かった。病院が俺を見下ろし、嘲笑しているような……そんな気がした。
何か嫌な予感がする。車から降りても、友人に励まされても、その不安は拭いきれそうもなかった。
しかしためらっている暇はない。時間もないと、自分に言い聞かせたじゃないか。
俺は思い切って両扉の取っ手を掴み、そうして一気に引いた。
窓口に駆け寄った俺の開口一番は、こうだ。
――ルウは……リオルは無事ですか!?
あいつのいる病棟にたどり着くまでに、経緯の説明を受けた。
吹雪の後、雪の中に埋もれていたのを発見され、一命を取り留めたと。俺と同じじゃないか。
しかし状態はよくないと言う。いよいよ俺の不安は限界に近かった。もう逃げ出したいくらいだ。
コツコツと響く俺と医者の足音は、廊下に虚しく響き、俺の不安を限界まで吊り上げる。
会うのが怖い。それでもあいつに会わなきゃいけない。10年も待たせて、会えないなどと、あまりにも愚かだ。
ここです、と医者は言う。扉がとてつもなく大きく感じた。
取っ手を掴むも、どうにも重い気がしてならない。でも――と、俺は思いきって開いた。

中央にある白いベッドに、青い耳、青い尻尾――リオル。
俺にはわかった。紛れもなくあのルウだと。しかし邪魔なものがある。
透明な口元を覆うカバーのようなものに、太いチューブがついている。
酸素吸引機。
俺はそれが取り付けられたリオルを見て、愕然としてしまった。
痛々しかった。弱々しい、生気の感じられない顔。手袋を脱ぎ捨て、震える手でそっとその頬を触れてみた。
冷たかった。俺の手よりも。
「元々良い状態ではなかったのですが、突然様態が急変しまして……呼びかけて、励ましてあげてください」
医者はそう言う。俺はありったけの声で呼び叫ぶしかなかった。
――ルウ!目を覚ましてくれ、ルウ!頼む……!


ここはどこ?何も見えない。私の周りは真っ白で、物一つない。
……そっか、私は町を出て、吹雪に遭って、そのまま埋もれてしまったんだっけ。
じゃあここは――そう、なんだと思う。
どうして待ちきれなかったんだろう。確かに彼はすぐ戻ってくると言っていた。
それでも私はあの豪雪の中、彼の幻に向かっていった。
そこにあるの単なる幻影。まやかしに過ぎないと、頭では分かっていた。それなのに。
……ううん、幻影だと分かっていたからこそ、向かって行ったんだと思う。だって、もう逢えないと、分かっていたから。
彼を襲ったあの吹雪の後でも、きっと彼は生きていて、すぐ逢えると信じていた。
けどさすがに10年も経ったら、その信念も揺らいでしまった。
だからあの時吹雪に向かっていったのは、後悔してない。
あのまま生きていても、苦しむだけだから。

私は幸せだったのかな?確かに彼と過ごした日々は、忘れられないほど楽しかった。
言葉で表せないほど。友達、家族、それ以上の。
大好きだった。でももう、何があっても逢えない。
悲しい。でも、仕方ないよね。
逢えないまま待つよりは、先に逝って待ってたほうが、余程――。

――ルウ、起きてくれ!頼む……。頼むから!

誰?この声――でもなんだか懐かしい。
暖かい声。あの日のままの……
「ルウ!ルウ……!目が覚めたのか?」
視界がぼやけて……誰だかよく分からない。でも私は、確かにこの声を知っていた。
「ごめん、な。ずっと待っていただろう、寂しかっただろ」
頬に、懐かしいあの感触。そっか、私はまた、逢えたんだ。
ずっと、待ってた。
「プレゼント……うっ、……持って、来たんだ……」
冷たい雫が、私の頬を伝う。泣いてるの……?どうして?せっかく逢えたんだから笑ってよ……
私の小さな手のひらに、何かが握らされる。
「久しぶりに、来たから、ね……」
こうして来てくれた。やっぱり私は幸せだったんだ。
もう、一人で寂しがる必要も、ない。


窓から見える景色は真っ白で、しかし僅かに暗かった。
青い小箱は床に落ち、2、3度かつん、かつんと跳ね、そのまま動く事はなかった。


雪は未だ止むことはなく、街を包み隠す。きっと天も――空も、この日を知っていたのだろう。
程よく緩やかな曲線を描き降りしきるそれを見たら、そう感じざるを得なかった。
静寂が辺りを包み込む。ふと耳を澄ませば、ざく、ざくざく、と跳ね回るような足音が、真っ白な視界の中で響く。
その音の元は、白塊の乗った街灯がうっすらと照らし出してくれた。
紅いフィルムがかけられた小さな箱を持ち、嬉しそうにはしゃぐ子供。
それを心配そうに眺める女性。きっと母親だろう。
思わず見とれてしまう。羨ましかったんだ。
俺は自由なほうの右手を開く。
手袋をはめた俺の手には、雪がひとかけら。もう、ひとかけら。落ちて溶ける。
握り締めて開いたら、もう雫すらなくなっていた。
俺は掴めなかった。俺は失ってしまった。
俺の拳は、自らを握り締めるしか出来なかった。
うずくまって、顔を覆って、泣き叫ぶことしか出来なかった。

俺の左手に、青い小箱はまだあった。


あとがき

8月24日に統合しました。頂いたコメントは保存してあります。
ちょっと見直しただけでわかること。ひどい嵩増し、誤字・文法ミス多すぎ、そしてエピソード少なすぎる。
二つに分けた意味もわかりません。
いつになるか分かりませんが、ネタ切れした時にでも書き直すことにします。


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • ビター……いえ、バットENDになるんですかねこれは。
    切な過ぎる終わりですが、ビター&バットスキーな自分にとってはb
    誰かを死なせてしまう小説って書くの難しいと思うんですよ。でもこれは自然ですよね。


    炎熱だけじゃない貴方を、あらためて垣間見た気がいたしました。
    ――B寝台 ? 2009-08-24 (月) 18:23:41
  • うう、泣きますよ?泣いていいですか?
    こんな悲しい結末……
    ゼルスが本当にかぁいそうです。
    でも約十年間もゼルスを待ち続けたルウの
    方がかぁいそうなのかも知れませんね……
    ――ホワシル ? 2009-08-29 (土) 20:53:49
  • こんな古いものをわざわざ読んでいただきありがとうございます。
    >B寝台様
    どちらの視点に立つかによって、バットかビターか変わると思います。ルゥからしたら死の間際に会えた、ゼルスからしたら報われなかった。
    誰かを死なせるにはそれ相応の理由が必要ですからね。自然に見えたのでしたら幸いです。

    >>ホワシル様
    往々にして「残されたもの」の方が悲しみを背負うものです。皮肉にも二人とも味わうことになるので、一概にどちらが可哀想かというのは決められないかと思います。
    ただ、これからのことを考えるとゼルスの方が重荷を背負うでしょうね。
    ――フォート ? 2009-08-30 (日) 21:52:16
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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