writer is 双牙連刃
新光のおまけストーリー的な番外編にございます。ライトの心に残る人物と同じ名前の季節、ライトはその季節に何を思うのか…凄く短いお話ですが、ライトの過去と思いに触れるお話、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
また……この季節が来たのか……。
窓の外で、薄い桃色の花びらが風に舞って、この家の庭に入り込んできた。そう、なんだな。
「ライト、どうかしたの?」
「ん? あぁ……いや、なんでもないんだ。なんでもな……」
だとしたら、俺の役目を今年も果たそう。約束、だからな。
「あ、桜だ。そっか、今年ももう春なんだねぇ」
「あぁ……」
……そうだ、今年は一緒に見れる奴が居たんだったな。……あんたではないけど、いいよな?
「なぁ、レン。後でいいんだが……一緒に、外に行かないか?」
「外へ? いいけど、何処か行くの?」
「あぁ、少し……桜を見に、さ」
一年でこの時期だけの、大切な一瞬を覚えておく為に。この時間を、忘れない為に。
町の中を歩く人も、ポケモンも、皆が少しだけ上機嫌に歩いているような気がする。まぁ、ようやく寒い時期が終わって、温かくなってきたところだからな。
風も穏やかで、ほんの少し草木の香りを感じる。この空気もまた、春を告げる一つの要因だよな。
「んー、暖かくて気持ち良いねぇ。もうこんなに温かくなってたんだなぁ」
「本当にな。ちょっと前まで外に出るのも億劫になるくらい気温低かったのに」
本当に、季節も時間もあっという間に過ぎていく。俺が追いつけないくらいに。
まぁ、俺の場合は追いつけないんじゃなくて、追いつこうとしてないってのが実のところなんだけどな。
過ぎてしまった過去を拭いきれなくて、いつまでも足踏みだけを続けて進んでる振りをして。意味が無いって分かってるのにそれを止められない。
実際、俺は前を向いた。けど、前に進めているかって言われると自分でも疑問に思う。だって、俺の記憶には……思い出には、あの人の影が常に見えているから。
「……悩み事? ライト」
「ん、そんな風に見えたか? 俺」
「ちょっと、ね。何かあったの?」
「何かあったって訳じゃないんだけどな……桜って奴を見てるとどうしても思い出しちまう事があってさ」
「思い出す事?」
「一つの約束ってのかな。まぁ、ちょっと話ながら行こうぜ」
そう、それはたった一つの約束。他の誰かにとっては取るに足らないであろう下らないとも言えるくらいの。
ただ、俺にとっては大切な約束。もう二度と交わす事の出来ない、忘れられない、唯一の約束。
……一度だけなんだ。あの人の気まぐれな提案で、俺はイーブイの時に、たった一度だけ、桜を見に行った。
本当は、俺は研究所から出される事を禁止された特一級危険指定ポケモン、それに該当している以上そんな事が出来る筈は無かったんだ。
けど、あの人はそんな事関係無いって言って、俺を研究所の外へ連れ出した。
薄ら暗い研究所には似つかわしくなく、その研究所の敷地内には桜の木が生えていた。それはもう、その一帯だけは桜色だと言わん限りに。
あの人と歩いたそこは、普段を無機質に囲まれていた俺にとって、眩しい程に輝いて見えた。命が……そうだな、自然の、星の命の輝きって奴なのかもしれない。それが、確かに見えたんだ。
「命の輝き……」
「波導の見えるルカリオにとっちゃ、そう珍しい物でもないかもしれないけどな」
「ううん、ルカリオが見えるそれとは、ライトが見たのは違うんじゃないかな。上手く言えないけど……波導よりももっと、純粋な物なような気がする」
「純粋な物、か……あぁ、そうだったのかもしれないな」
その桜の木々の中を嬉しそうに、楽しそうに歩くあの人を見て、なんだか俺も嬉しくなった。それまで、桜なんて見てなんになるんだ、なんて思ってたのにさ。
そこで、あの人はこう言ったんだ。『桜のこの色も、咲き方も、散り方だって、ぜーんぶ今だけ見れるものなんだよ』ってな。
「今だけ見れる? あそっか、桜が咲いてるのって短い期間だけだもんね」
「もちろんそういう意味もあったんだろうけど、ちょっと違うんだ」
「違うって?」
桜の花は繊細だ。少し強い風が吹いても、雨が降っても、その花弁を散らす。そう、とても小さな要因で幾らでもその姿を変えるって言ってもいい。
だからこそ必ず毎回、毎年同じ景色にはならない。不確かで、見逃してしまったらもう絶対に見れない風景になる。
今だけ、その一瞬だけに見れるっていうのは、そういう意味だそうだ。言われてみると、確かにそうかもしれないって思ったっけな。
……俺にとって、その時の桜は……本当に、もう二度と見れないものになっちまった。桜の木も、あの人も……もう、二度と誰の目にも触れる事は無いんだから。
「……お、見えてきたな」
「本当だ。あれ? ライト、この公園に桜咲いてるの知ってたの?」
「散歩の時に木が生えてるのは見掛けててな。あの家から多分一番近い桜はここだろうとは思ってたんよ」
前にフロストと一緒に来た公園とは別の、この町にある大きな公園。桜の木も何本も生えた、普通の公園があるのは下調べしてたさ。散歩してて見つけただけだが。
そこに入ると、桜吹雪が俺達を出迎えてくれた。少し色は薄めだが、綺麗なもんだなぁ。
「わぁー!」
「桜花乱舞ってなぁこういうのの事を言うんだろうな。絶景だねぇ」
俺達と同じように桜を見に来ているのか、公園内は結構な人で賑わっていた。盛況なのは悪いことじゃねぇよ。
花見、か。全く、なんでこう飲み食いして騒ぐ事がメインになるんかね。花見の主役は桜だろっての。それだけは一言言いたいもんだぜ。
「お花見しに来てる人、結構居るね。今度私達も皆と一緒に来ようか」
「悪くはねぇんじゃねぇの? あの馬鹿なんかは、花なんかそっちのけで騒ぎそうだけどな」
「あー……それは、言えてるかも」
レンも認めるとはな。分かり易いというなんと言うか……別にいいんだけどよ。
「何処か座るか。ベンチくらいなら空いてるだろ」
「そうだね」
舞い散る桜の中を歩くと、不思議と何処か心が落ち着いていくような気がする。多分、あの思い出がある所為なんだろうけどな。
あった、ベンチだ。桜の花が座るところに少しだけ積もってるが、座るのに困る事は無いな。
俺の場合は座るって言うより乗るって形なんだが、レンの横に居るならこれでもいいだろう。
「……なんだか、不思議だね」
「ん? 何がだい?」
「さっきライトが言ったでしょ。この桜は、今しか見れないものだって」
「あぁ、確かに」
「でもそれって、こうして私とライトが出会ったから、『ライトと一緒に見た桜』になるんだよね。それがなんだか不思議で、嬉しいなって思って」
嬉しい、か。……あぁ、そうだな。隣で誰かが一緒に居る、その誰かと一緒に見れる桜は誰かが一緒に居てくれるから見れるんだ。やっぱりそれは、嬉しい事だよ。
ハル……願っていいのなら俺は、もう一度あんたと一緒に桜を見たかったよ。こいつ等とも、逢わせたかった。一緒に、普通に暮らしたかった。やりたい事は本当に尽きないよ。
「あれ、ライト……泣いてるの?」
「え、あれ……」
桜を見上げながらそんな事を考えてたら、涙が……おかしいな、涙なんて今まで、流した事なんて無かったのに。
「……大丈夫だよ」
「レン?」
「もう、独りぼっちじゃないよ。私、傍に居るから」
そっとレンの腕が、俺を引き寄せる。急で驚いたが、触れたレンがとても、温かかった。
……忘れないよ、俺は……あんたが……あなたが俺にくれた温かさを。優しさを。思い出を……。
思い出と一緒に、これからも歩いていくよ。大丈夫、後ろを向き続ける訳じゃない。今の俺が俺である証として、生きていく証として、ずっと忘れない。
だから、ハル……また次の春に、会いに来るよ。あなたの季節に、あなたの思い出と共に。
「……ありがとう、レン」
「うん。もう平気?」
「あぁ。済まなかったな、急にこんな事に付き合わせて」
「ううん、いいの。話してて、ライトにとって凄く大事な事なんだなって感じたから。それに私を一緒に連れてきてくれた事の方が嬉しいな」
レンのこの笑顔が、今俺を明るく照らしてくれる。道に迷わないように、進みたい先を示してくれる。
……俺さ、始めてなんだ。他の誰かに、こんな気持ちになるの。笑っちゃうような事だけど、俺はレンの事が、凄く大事なんだ。傍に居たいと、本当に思ってる。
だから、今日は一緒に来たんだ。今の俺の、大切な存在を。少し照臭いけどさ。
じゃあ……そろそろ行くよ。次は、また来年にしよう。
「さて、そろそろ帰るか。また今度、他の奴も連れてゆっくり花見しようぜ」
「そうだね。じゃ、帰ろっか」
あぁ、帰ろう。今の俺達の居場所へ。一緒にな。
~後書き~
うーん、短い。もっと色々足そうか、とも思ったのですが、なんだか蛇足だなぁと思ってシンプルにしたのですが……やっぱり短かったかなぁ。
本当は四月中に投稿したかったのですが、どうにも時間を作れずに五月にもつれ込んでしまいました。いかんなぁ、なかなか時間が取れない。
番外編(春)となっていますが…他の季節の話は作れるかなぁ? 書けそうなネタがあれば、夏秋冬についても何か書きたいものです。
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