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留保物へと歯を添える

/留保物へと歯を添える

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 意識が戻ってくる。目を瞑ったそのまま、一つ、大きく息を吸って吐く。淀んだ空気の中に、あいつのにおいが漂っている。鼻先から、首元から、腹部から、後ろ脚から、尻尾から。――身体じゅうから。
 何度目だろうか。相変わらず悪趣味だ。俺は道具か? いつか盗み出す宝物か何かか?
 身体に付けられる程度なら、意識して落とす以前に、そのうち代謝で勝手に落ちるだろう。あいつだって、俺の身体ににおいが長く残り続けるとは思っていないだろう。
 なぁ、何のためだよ。

 目を開き、周囲に視線を向ける。
 暗い巣穴。俺の寝床。
 一応は外で迎え撃ったはずなのだが、戻ってきた覚えがない。
 睡眠の枝を掠め取られ、そのまま振り付けられたところまでは確かなのだが、どうしてここで眠っていたのか?
 外で無防備に眠るわけにもいかない、と、本能に近い部分で巣穴に逃げ戻ってきたのか。あるいは、あいつに運び込まれたのか。――どっちでもいい。つまり今回は見事に出し抜かれたわけで。
 寝藁の脇へと視線を落とす。期待はしていなかった。まぁ、無いよな。奪われてるよな。盗み出すのに結構苦心したのだが、してやられた。
 そこに置いといたはずのオーブはなく、代わりに、睡眠の枝が置かれているだけだった。交戦中に掠め取られたもの。――ご丁寧に、枝にもにおいが付けられている。オーブを持って行くついでにこれも持って行ってくれたほうがまだマシだった。後で処分してしまおう。

 土の床も綺麗に均されている。相変わらず、無駄に徹底している。
 足跡を残さないのは、最早、習慣として身体に染み付いたものなのだろうが――姿を堂々と晒しておいて、今更隠すようなことがあるものか。
 ――あるだろうな。去った方角を知られたくはない、と。足型をとられたくもなければ、歩き方の癖すら知られたくない、と。

 全く、女狐風情が。



  留保物へと歯を添える




 寝静まった町並みを歩き、建物の中に入り込む。博物館。誰もいない通路を進みつつ、目的の部屋へと静かに歩む。部屋の手前まで来たところで足を止め、中の様子を軽く窺う。
 広く、天井も高い大部屋。壁側には品物が並びつつ、中央は広く空間を取られている。それから、部屋の上方には気配が一つある。――こちらには気付いていない様子。
 大きな鳥が、梁の上に止まっている。お堅い空気を放っている。黒い身体を闇に溶け込みつつ、その表面は僅かな光を集めて艶を放っていた。身動ぎせず、ただ赤い目を煌めかせながら部屋じゅうに睨みを利かせている。アーマーガア……だったか。どこぞでは空を支配してるだとかそんな感じに言われている種族。そして実際に相対すると、存在だけでも、いあつかんに押し潰されそうになる姿。警備員にはうってつけだろう。
 その右足首には小さなリングルが引っ掛けられていた。暗い中、遠目に見る限りでは断定しづらいが、意匠を見る感じ、ふみんリングルの一種にも思える。真面目なことだ。夜通し見張り続けるのは退屈であろうに――おかげで、困ってしまう。

 俺は、尻尾の先に握ったままのものに意識を向ける。愛用品。すいみんのえだ。しかしひとまず、あれには効き目がないと見るべきだろう。どうしようか。あのリングルを奪い取りさえできれば、それから、できれば降りてきてもらえると、もう少し安心してえだを叩きこめるのだけれど。
 俺は尻尾を口元まで寄せ、握っていたえだをバッグの中に、取り出しやすさを意識しつつ戻す。入れ替わりに何の変哲もないただのリボンを取り出して、尻尾の先に結ぶ。尻尾を後ろへと戻す過程でリボンの尾が宙でたなびくのを見届けつつ、静かに息を吐いて、吸う。

 俺は通路から歩み出て、その姿を見上げながら口を開く。沸き立つきんちょうかんを飲み込んで、できる限り臆面なく。――ただ、少しくらいは怪しんでもらいたい。降りて来てもらわないと触れられない。
「お疲れ様です」
 声を掛けると、その赤い目が、ぎろりとこちらを向いた。凄まれるかのようで、思わず足が止まった。身体が固まった。
「……どなたでしょうか?」
 単純ながら、ヘタに答えると見抜かれる質問。とはいえ、取り押さえられるなどの過程で接触できるなら、看破されようが構わないだろう。
「館長の子なんですけれど、ええと、こっそり遊びにきました……内緒ですよ?」
「はい……?」
 その声色は、あらかさまな困惑を表していた。
 全く、その通りだよ。こんな夜分遅く、閉まってる博物館の中に忍び込むガキなんて不躾にも程がある。――だから、もっと近くで俺を見ろ。降りてこい。
 ……そんな願いが届いたのか、その姿は翼を開き、軽い羽ばたきと共に上から降りて来てくれた。着地する際、その足のリングルが床に当たって、かちりと音を響かせた。
 大きな姿が間近に迫り、俺は気圧されそうになるものの、なんとか、視線だけは外さずにその姿を見続けられた。
「申し訳ありませんが、入館証などお持ちでしたら、提示していただけますでしょうか。……決まりですので」
「あ、はい。えーっと……どこだったかな……」
 入館証、か。そんなものは持ち合わせていない。
 その姿が目前で見下ろしてきている中、口でバッグを開き、中身を物色するかのように尻尾で中をかき混ぜる。すいみんのえだだけは取り出しやすい場所に残しつつ、横目に、その姿の足首を見る。リングルに狙いを定める。
 行こう。
 バッグを開けたまま床を蹴り、大きな姿の懐へと、一歩、飛び込む。身を翻し、その脇をすり抜けながら、尻尾の先を足のリングルへと叩きつける。
「――止まれ!! 何者――」
 尻尾の先に硬い感覚が引っかかったのを感じ取りつつ、バッグからえだを取り出す。既に握っているものと重ね合わせるようにして握り、その脇腹へと叩きつける。えだが弾けて閃き、その光が大きな鳥の姿へと入り込んでいく。
「――……」
 その姿は翼を大きく開いていて、しかし、身体から力が抜けたかのように、前へと崩れ落ちた。

 ――不用意に誰かを傷つけたくない、とか思っている、甘えた盗賊だよ。

 慰み程度に尻尾を揺らし、その先に引っかけた硬いものを、くるくると回す。倒れたその姿の右足首にはリングルの代わりにただのリボンが結ばれていて、そして見定めていたリングルは、俺の尻尾の先で回されている。うまくトリックす(すりかえ)ることができて、きちんとすいみんのえだも効果を発揮した、と。
「おやすみなさい」

 一つ息を吐いてから、掠めたリングルを、その寝姿の横に置く形で返却する。ただのリボンはプレゼントするが、代わりにこちらを持ち去ろう……という気はない。
 本命はこっち――寝入った姿を後目に、展示品の一つへと歩み寄る。今回狙いを定めていた獲物。ジュエル。最近はめっきり見なくなったもの。
 安置されているその輝石をゆっくり取り出し、バッグにしまうと、元来た道を引き返し始めた。

 博物館を出て、周囲に意識を向けたが、気になるような気配は特に感じられない。
 夜の町を抜け、真っ暗な森へと立ち入り、巣穴へと帰路を辿る。

 どこかに〝あいつ〟が居るのだろう。密かにはりこみでもしていて、俺を静かに追ってくるのだろう。

 ――ジュエルを取り出した際、僅かなにおいがあった。覚えのあるにおいだった。同業者の、あいつのにおい。
 獲物ににおいだけを予め付けておくことで、それが運び出されることを感知できるようにしておき、その先で密かに奪い取るやり方を好んでいるやつ。それのにおい。
 ……面倒臭い……なぁ……。



 巣穴まで帰ってきて、寝藁の横へとバッグを置く。このまま自身も横になって眠りたい、と思いはするが、そうすると十中八九面倒な目に遭う。俺はすいみんのえだだけを尻尾に握りつつ、すぐ外に出直した。
 果たしてどのくらいで現れるのだろうか――あいつは。
 灯り一つとしてない深夜の暗がり、その中で、ただ神経を尖らせ、周囲の気配へ意識を向けた。



 ――空がまだ真っ暗な頃、木々の隙間から、こちらへと向かってくるものを一つ感じた。ご丁寧にも風上から、存在感を主張しながら歩み寄ってくる。嗅ぎ覚えのあるにおいを纏っている。
 よくも堂々と来るものである。就寝中を狙って獲物を横取りされるより助かるのは確かだが――来ないでくれたほうがずっといい。
 尻尾でえだ一つを握り締めなおし、持ち上げる。四足の爪をそれぞれ軽く、土の地面に立てる。緩く身構えたまま、一つ息を吸って、吐く。
 一間空けてから、姿一つが茂みの合間から現れる。僅かに茂みを揺らす以外に何の音も立てていない。想像通りのものだった。

 四足の姿。赤土色の被毛を下地とし、部分的に伸びた黒色の被毛が特徴的な姿。さながら、黒い仮面と靴を着用しているかのように、目元を覆い頬の上から横へと大きく突き出し、足元の毛が膨らんでいる姿。体格は大体俺と同じ。尻尾は長く、俺の尻尾より太く、先端が広がっている。その尻尾の先を地面に付け、払い、直前に踏み締めた場所を均している。歩きながらに足跡を消している。そんな姿。肩から下げられたバッグには探検隊バッジが付けられているが、あれが本物なのかどうかは疑わしい。
 種族名すら知らない。盗みを働く点では同業者なのだが、お尋ね者として手配されているものさえ見たことがない。いつだったかに、何か名乗り上げていた覚えはあるが、種族名ではないだろうし、名前だったとしても本名ではないだろう。まぁ覚えていないし、呼び名なんて無くても困らないのだが。

「〝お疲れ様です〟」
 その姿は、こいつは、無表情に俺を見つめて声を向けてくる。俺は一つ大きくため息を吐き、それに応じる。
「待ちくたびれたよ」
 思っていたよりは早かったが――姿を現すまで、不用心に眠ってなんかいられるものか。
「お休みになられていてよかったですのに――私のために態々待って頂けただなんてありがたい限りです。嗚呼、感極まって泣き出してしまいそうですよ」
「感動してくれたついでに、諦めて帰ってくれ」
「いえいえ、とんでもない。せっかくの歓待を無碍にする気はございません」
「バカ言え……」
 仰々しい物言いは、仮面のような被毛と合わせて、感情を覆い隠しているかのよう。相変わらず、何を考えているのやらさっぱり分からない。表情を読み取ることさえ難しいが、一応は微笑んでいるように見えなくもない。――そうだとして、その笑みはどこまで本意なんだか。
「それはさておいて、私の獲物はご無事でしょうか?」
「さあな」
 小さなバッグを下げている。それを前へと持ってきて、口で開きつつ、尻尾を中に突っ込む。――何を取り出そうとしているんだろうな。先んじて動かれたくはない。
 俺は尻尾を上でしならせ、その姿へとえだを振る。淡い光を飛ばす。対して、そいつはすぐさま地面を蹴り、横へと飛んで回避行動とする。避けられた光弾が地面に吸われ、消えていく。
「――〝せっかくの歓待〟を食らってくれないとは、残念だな」
 言葉を吐き捨てつつ、足に力を籠める。
「思わず避けてしまいました。あなたも積極的になられましたね」
「誰のせいだか」
 不用意な動きを見せればふいうちを受ける、と。互いに視線を交え、睨み合ったまま身を固めた。

 数瞬待ち、先に動いたのは向こう。しかしそれは、俺を見据えたまま油断なく、一歩一歩ゆっくりと歩み寄ってくる。俺は反射的に一歩下がりつつ、そんな俺自身に気付いて呆れかえる。退く理由がどこにあるものか。
 俺が尻尾を再びしならせ、えだを振る――そうするが早いか、そいつは地を蹴り飛びかかってくる。既の所で姿勢をずらし、爪牙が刺さらぬよう受け流す。その姿は後ろへとすり抜けていくが、そんな中、尻尾の先が一緒に引っ張られる。握っていたえだが引き剥がされる。――どろぼう。後ろへと抜けた姿をそのまま目で追うのは危ない。
 俺は地を蹴って、大きく身を翻しながら後ろへと抜けていった姿を視認しなおそうとする。直前に俺が居た場所を、えだの光弾が通過していく。
ほんの一歩後ろに居る姿を見て、尻尾に掠め取られているえだと、それを振った直後の崩れた姿勢を認識する。
 翻す身体の勢いを乗せて、その尻尾へと、尻尾をぶつける。奪われたばかりのえだを引っ掛け、奪い返す。勢いを殺さずそのまま一回転して、続けざまに尻尾をぶつける。――今度はえだごと。力が閃き、弾け、その身体の中へと光が入り込んでいった。
「あら……これは……私の負けでしょうか……」
「どうだか」
 その姿が、土の地面へと倒れ込んだ。力が抜けて崩れ落ちるかのよう。視線だけは俺を捉え続けていたものの、その瞼も緩やかに閉じられていく。
「……ご容赦頂ければ、幸いです……」
 そう言葉を漂わせつつ、程なくして、か細い息を零し始める。
 睡魔に引き込まれる演技もうまいもんだな。
 俺は、気を緩めずに目視し続けた。その姿はそれ以上何もしなかった。数瞬、時が止まったかのようだった。

 ――俺の勝ちで、返り討ちにした、と見ていいのだろうか。
 完全に眠ってはいない。しかし効果はあって、辛うじて意識を繋ぎ止めているという状況なのだろう……か。
 一つ、息を吐いて、吸く。警戒の色を変えつつ歩み寄って隣に立つ。何の反応も見せない。
「全く……」
 その身体を仰向けに転がし、腹部に爪を立てると、さすがに反応がある……が、呻き声と共に緩く前足を動かすだけ。
「……あ、う……」
 本能的に拒絶したがりつつ、何もできずにいるかのような幼稚な動きだった。

 ――どうしてくれようか。
 鬱憤の溜まっている相手ではあるし、傷めつけたいと心の底では思っているが、少なからず殺したいほどではない。それに、誰かを傷つけるのは本意ではない。
 ――まぁ、要は、煮える感情の落としどころがあればいい。
 なら、戦利品として取り返せるものがあれば――と、携えているバッグを視認し、その中を覗くも、何も入っていない。態々お宝を持ってくる道理もないよな。
 とりあえず、負けを認めたのが本心なら、素直に引き下がってくれるだろう……か。そうあって欲しい。しかし、意識がしっかりと回復するまでは、帰れ、と言ったところで動けやしないだろう。
 溜め息と共に、その顔を見る。仮面のような黒い被毛のせいで瞑った目の輪郭がぱっとは認識できないが、こいつの常に強かな感じがなく、安らかな表情をしている。
「……ん……ぁ……」
 小さな呻きが上がった。何の気もなく、獲物の上での手慰み感覚だった。ただ無意識で、俺は爪を引っ込めた指でその腹部をなぞっていた、小さく柔らかい膨らみに触れていた。

 ああ、そうか。――それもそうだよな。
 そういう目線でこいつを意識したことはなかったな、そういえば。
 いけ好かないなりに、そこそこ可愛いところもあるかもしれない。

「なるほど――楽しませてもらおうかな」

 聞こえるであろう声量で独り言を吐き捨て、首を噛み締め、そのまま顔を上げる。体躯は同じくらいでもその重量は俺より幾分も軽く、簡単に持ち上がった。
 変わらず何もできずにいるその姿は、果たして、愛らしいものだろうか。
 逸る心を宥めながら、俺はその姿を引きずり、巣穴へと歩き戻った。



 暗い巣穴の内に戻ってきて、咥えていた獲物を寝藁へと放り投げる。その姿を仰向けに転がしつつ、俺はその左右に足を突き立てる。上から抵抗力のないこいつを見下ろす。
「……こういったご趣味があられるとは、いやはや……驚きました……」
 目は瞑ったままだし、意識だってはっきりとはしていないだろうに、それでも状況はそれとなく理解している様子。睡魔に見舞われていてもなお、口が減らないのは大したもんだ。
「心外だなぁ。まるで、俺がこういうこと、何度もやったことあるかのようじゃないか」
「……あらあら、無いのですか……? それはそれは……寂しい生活を送っているのですね……」
 寂しい――か、そうかもしれない。

 黙ってりゃ可愛いんだがな。その余裕はどこから出てくるんだか。
 俺はその首へと顔を寄せ、喉を強く噛み締める。片前足でその腹部の小さな膨らみを撫でる。熱を帯び、柔らかく、触り心地は悪くない。
「……や……ぁ……」
 喘ぎ声が身体の奥底まで響いてくる。
 くすぐられるようなもどかしさと共に鼓動が高鳴る。力が沸き立つかのような感覚が、粗暴なものが、身体じゅうを巡っていく。
 顎に力が籠る。舌の上に被毛が押し付けられる。毛から感じるのは甘く苦い味。いけ好かない女狐の味。
 こいつは前足を伸ばし、俺の首元で震わせる。懐に入り込んだ俺の身体に対して、押し返そうとするも捉えられずにいる――かのよう。あるいは痙攣しているだけかもしれない。なんでもいい。

 敵いやしない、弱々しい抵抗を、
 なあ、
 もっと見せろ、聞かせろ。俺に優位を味わせろ。

 その喉を強く噛んだまま、両前足をこいつの脇腹に添え、四肢を畳んで身体を落とす。それぞれの下腹が密接する。口を離す必要もない。さほど変わりない体躯で、それでいて俺より軽く押さえ込みやすい身体が、実に丁度いい。
 腰をずらし、感覚を探って、目を瞑る。息を大きく吸うと、女狐のにおいが強く入り込んでくる。憎いにおい、しかし、今ばかりは悪くない。
 ゆっくりと腰を押し込みつつ、両前足を、寝藁とその背中の隙間へ伸ばしていく。強く抱き締め、身体を固定し、ただ、押して引いて、と何度となく腰を振る。
「……あ、う……」
 頭後ろと背中に何かが触れる。こいつの前足だった。爪を立てるでもなく、俺を軽く抱き返していた。抵抗を諦めた上での、負担を減らすための保身なのだろうが、まるで、俺を積極的に求めているかのよう。――ああ、くれてやるよ。
 身動ぎがどんどん勢いを増していく。寝藁が擦れ合い、さらさらと音を立てる。もう止まらない。ただ野生的な鼓動に引っ張られ続ける。
 俺の身体が壊れてしまいそうなくらい強く、こいつの身体を壊してしまいそうなくらい強く、噛み締め、抱き締め、押し込んで、そうしてようやく、身動ぎが止まる。しかし身体は細かく痙攣していた。
 こいつの中へと体液を注ぎ込む。痙攣そのままのように、小刻みに、何回にも分けて。

 それが終わって、ようやく身体から力が抜けた。力が入らなくなった。
 噛み続けていた口を離し、抱き締めていた前足をその背中から横へと引っ張り出しつつ、ただ重心を預ける。身を委ねる。口を開き、舌を出し、呼吸を整えこそするものの、残る心地よさと気だるさが、俺の意識を微睡みの中に引きずりこもうとし始めた。



 その前足が俺の胸元に触れた。俺の身体を上から退けようと、弱々しく押し返していた。
 重くては休まりもしないだろう。
 俺は胴体を少し浮かせ、そのまま自身の身体を横に投げる。寝藁からはみ出し、土の床に寝転がる。解放する。直前まで強く拘束していた俺はどこへ行ったのやら、執着も遺恨も、大したものは湧いてこない。
 こいつが四肢に力を籠めて立ち上がるのを、横目に見る。その首は唾液に塗れ、歯型を残すように被毛を沈めている。その後ろ足には、粘性の高い液体が伝い落ちていくのが見て取れる。無様な姿、と、ぼんやり思う。
「……楽しんで頂けましたか?」
「……さあな」
 その横顔は、俺へと視線を向けることなく、ただ空虚に、何もない壁を見つめている。何を考えているのやら。目元を覆うその被毛が黒くさえなければ、感情の動きをもう少し機微に察知できるのであろうが――この見て呉れでは判断しづらい。
「……しかしおかげさまで、休まらぬまま目が醒めてしまいました。睡眠を受けたときは、もっと気持ちよく眠れるものと期待していたのですけれど、当てが外れましたよ」
「ああ、そう……ざまぁないな」
 寝入る間、安全な場所へと移され、安らかに眠らせてもらえる――とでも思っていたのだろうか。俺に? まさか。あまりにもおこがましい。――まぁ、本心で言っているわけではないだろう。強かな皮肉である。
 結局俺は、殺すほどの関心もこいつには抱いていないのだ。せいぜい、雌性に負担を強いる形で痛めつけよう、と思う程度にしか憎んでいないのだ。
 ――そして、そんな皮肉を俺へと吐けるのは、つまり、分かっているのだろう。『身体的な負担を押し付けたくない』と思っている俺を。更に言えば――催促しているのだろう。負担を押し付けた俺の言葉を。
 いけ好かない、本当に。ああ、分かったよ、問えばいいんだろ。

「……一つ聞くが、発情期(ヒート)ではない、よな?」
「ええ、違いますよ。その時期にあなたにお会いしたことは今まで一度たりともありません」
 ――そう言われ、少し安心した俺がいた。少なからず、望まれない命が宿ることはない。
 誰かしらの身体を長期的に苦しめ続けたい……とは思っていない。それは、子供は当然として、こいつだって例外ではない。
「――私のにおいを区別できるような繊細さを持っていらっしゃる点で、その時期のにおいに晒されるストレスには耐えきれない……と思っておりますから」
 舐められたもんだ、全く。
「……よく言う」
「否定なさらないのですねぇ」
「勝手に言っとけ」
 呆れながら、その姿をぼんやりと見つめていると、こいつは、一歩、二歩、歩みを進める。一瞬、巣穴から出て帰ろうとしているのか、と思考がよぎったが、そうではなかった。
 こいつは、壁際に置かれたえだの一つを、尻尾に引っ掛けるようにして取り、それを尻尾ごと、俺へと向かって、
「……なんでだよ……」
 ――振ってきた。
 えだの先から放たれた閃きが、俺へと入り込んでくる。
 急な寒さと共に、身体じゅうに力が入らなくなる。気だるさも相まって、抵抗できずに瞼が落ちていく。

「なあに、休まらなかった分、せめてもう少し楽しませて頂こうかと思いまして――ああ、競り負けましたから今回の獲物は諦めますよ。そこは私も面倒臭がりで、意固地になるほどの執念もありませんから。ええ、ご安心ください」

 ああ、油断も隙もありゃしない。
 同業者として、気心を知ることもあるだろう――などということは何もない。
 目が覚めたらまた全身ににおいを付けられてる流れか? 何のために?
 煮えているのだろうか? 状況的には、仕返したい、痛めつけ返したいと思うのも不思議ではないだろう。しかし、そんな気配は感じられない。全く、強かな限り。
 永眠させられるなら別にそれでもいい。俺の寝首を容易に狩れる状況なんてこれまで何度もあっただろうし、今もそう。命を乞うべき機会なんてとっくに逃している。とはいえ、こいつだって――俺にそこまでする関心もないだろう。

 俺の首筋に何かが添えられる。柔らかい感覚と、その内側に硬くとがったもの。牙、口。噛みつかれている。強く引っ張られ、横たわったままの身体を、寝藁の上へと動かされる。
 なんだよ、俺はもう弱々しく抵抗してみせるだけの気力もないし、力も入らないし、意識も朧気だというのに。
「……何が面白いって言うんだ……」
 気の利いた反応はわざとらしい演技すら見せられやしない。いいのか? ――ああ、そんなこと、俺を見れば分かるだろうな。
「――さて、何が面白いのでしょうね。お恥ずかしながら申し上げますが、私も存じません」

 普段使役している睡魔が、爪も牙もなく、ただ俺を引っ張って、飲み込もうとしてくる。もう、もたない。
 憎き女狐が俺の上に立っている。指先か何かで俺の頬をなぞっている。
 ――ああ、もう、好きにしろよ――クソが――、、





・後書きとして。

準優勝を頂きました。なんと。ありがとうございます。

"クスネとは ライバルなのだ。"
とか言われたら書くしかないじゃないですか。クスネさんとチョロネコさん、あるいはフォクスライさんとレパルダスさんのペア。と、あまりにも不純極まりない動機でした。
クスネ族いいですよね、チョロネコ、パルスワンとカップリング候補がいきなり二種も言及された素敵っぷりで……でも案外その手の作品ってもっとたくさん増えると思ったんですがそうでもなかったですよねって、いやこれからですよね!!!げへへへへへhh


以下6件のコメント返しになります。

グッド
(2019/12/08(日) 08:53)


ぐれいと!!!! わあい!!!!!

開幕全身に残る相手の匂い! 組み伏せ愛咬本能的な強引さ、美味しい要素詰め合わさり過ぎて素晴らしいこの作品に投票するには私の語彙力は余りにも足りなさすぎる好きえtttっち!!!!! (2019/12/12(木) 21:26)


いいよね、こう、強引に組み伏せてこう、こうこう、いいよね、いいよねええええええええ!!!!ねえええええええ!!!!!!!!!!ほらあああ!!!!!!わあああああああああああい!!!!!

『初子掠いを差し置いて』の前日譚ですね。そちらもとても雰囲気が好きで投票したかったのですが、票が足りずに泣く泣く断念してしまいましたが、こちらには1票を。
良い盗賊の雰囲気がとても出ていて、美しいお話でした。対峙するシーンの描写なども、きめ細かくて読み応えがありました。心に響く、素敵な作品をありがとうございました。 (2019/12/14(土) 16:55)


あちらまで含めてお褒めに授かりありがとうございまああああああああす!
戦闘描写書きたくないよおおおおおおおお!!みたいに大変頭を抱えていた記憶があるので、そう言って頂けますなら、こう、幸いです!!!!わあああああい!!!!

This's the best for me.ってことで… (2019/12/14(土) 19:03)


ありがとうございまああああああああす!!!!

短い中でもクスネのにおいフェチ濃いですね。主人公の種族はわからない……枝だからフォッコかななどと当たりをつけられる程度ですが、それすらも気にならないレベルで濃厚でした。後日談が冒頭だったのを理解するまではその点は若干戸惑いましたが、クスネへの欲が伝わってきます。 (2019/12/14(土) 19:49)


レパルダスの鎌のような尻尾って、何かを握らせてみたい形状してますよね、って。殺生を嫌うことは早い段階で決まっていたので、何かしら相手を無力化させる手段としての枝使いだったのですけれど、ポケダン系の世界だと枝使いってやっぱり限られてる印象ありますよね。なんかそんな感じでした。でした!!!
クスネさんの攻撃後の地面を払うモーションほんと素敵ですよねええええええええうふふへへへh

読む順番あっててヨカッターこれ非官能のほうから読まないとキャラの種族すら分からないヤツですね。美術館からお宝を盗み出すレパルダスの手際もさることながら、彼の住処へ現れたフォクスライも食えない性格をしていて、
盗賊の同業どうしの距離感というのが心地よい。いつもは見せない飄々とした彼女の、あまりに無防備な寝顔に心が揺さぶられて……からの濡れ場、とても私のフェチにぶっ刺さりました。
ただまあレパルダスとフォクスライは種族書いてもよかったかなあ、と思います。自分は偶然に作者様の意図した順で読むことができましたが、これを先に読んだひとは読みづらかっただろうな。
アッそうだタイトル非常にオシャン。留保物という、あたかも自分のもの、俺のが優位、これから少しでも力を加えようものなら命を取るぞ、みたいな関係性が盗賊らしい。
今大会ベストタイトル賞。
(2019/12/14(土) 23:59)


わーい、ありがとうございまーす!
……読む順番といったものは全然かんがえていませんでした(ふるえごえ)
なんというか、こう、フォクスライさんって絶対なんかこうこうこうこんな性格してますよねみたいな第一印象そのままかいたんですがそのそのありがとうございますそれ!です!(?
盗賊さんにはやっぱり何するにしてもかっこよく盗み出して欲しいですよねっていう、ハードルの高い期待をそのまま乗せましてそのそのタイトルまでありがとうございますわああああああい!!!!



ここまでお読みくださりありがとうございました!


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Last-modified: 2019-12-31 (火) 01:21:57
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