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生きる権利を持たないゾロアの話

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-prologue- 




人はどこまで罪深いのだろう。
罪深く、そして欲深い。
自身の欲望を満たすためなら他人の苦痛も厭わない。
人間とはそう言う生き物だ。
だがそれは人間以外も言える事ではないだろうか。
どの生物も他の生物の命を、生き永らえる為に奪う。
これは人間と同じように罪深く欲深い行為ではないのか。
でもそれは違うと、はっきりと否定することができる。
なぜならばそれらは自我を持っていないからだ。
自我を持ってしまった人間は、自分自身の意思で「権力が欲しい」「金が欲しい」と願い、そして行動する。
だが他の生物は違うのだ。
彼らは、言わばそうするようにインプットされた悲しい生き物なのである。
彼らに意思はなく、ただひたすらに本能に従い行動している。
そこには悪意も善意もない。
つまり欲深さそのものが存在しないのだ。

人間は本能というものを克服しようと、それを覆い被せるように理性を発展させてきた。
意思というものは理性がある故に生み出される代物である。
もし本能を抑え、完全な理性を用いた上で意思が発現するなら、そうすればきっと人類は平和になるだろう。
しかし、そうではないから問題が起きるのだ。
この理性は本能を完全には覆い尽くせてはおらず、その隙間から漏れ出した本能が意思に干渉してしまっている。

意思を持った本能ほど恐ろしいものはない。
本能は合理性とはまさに正反対に位置しており、それはつまり理性と相反している事を意味する。
突発的で感情的、それが本能なのだ。
本能の根本にあるもの、それは種の保存とそれを達成させるための自己の生存である。
もし意思がなければそれに従うだけだが、意思があるからこそ悪意が生まれる。
何かを食べる時、意思がなければ、そこのあるのは「食べられるか」「食べられないか」の二択なのだが、意思がある場合は「どのように食べるか」「どうやったらおいしく食べられるか」など、無数の選択肢が生まれてしまう。
この多様性こそが悪意なのだ。
多様性、発展性といっても良い。
これがなければ人類は発展してこなかっただろうが、だからこそ欲深いという一種の矛盾を孕んでしまっている。
これを罪深いと言わずに何と言おうか。

これは人間の悪意が生み出した、醜い悲劇の物語。


第01話 




世界の全幸福量は一定である。
これは幸福量一定の法則と呼ばれており、誰かが幸せを掴めば、その分誰かがツケを払うと言う事を意味している。
あるポケモン達が幸せを見つけてしまったが為に、その裏で耳を疑いたくなるほどの不幸を強いられているポケモン達がいる事を、忘れてはならない。

これはあるポケモンが不幸に打ち拉がれていく物語。

「また皿を割ったな!何度も気をつけろと言っただろ!」
怒号と共に、何か硬いものと柔らかいものが激しくぶつかり合う、乾いた音が響いた。
「お前なんかいつ殺されたって文句は言えないんだ!それなのに飯も宿も供給して、お前を生かしてやっているこの俺を困らせるとは、なんて恩知らずだ!」
男はそう叫ぶと何度も何度もゾロアを蹴りつける。
「す、すいません!もう割りませんから許してください!」
ゾロアは必死に許しを請うが、興奮している男の耳には届いていないようだ。
何度も蹴られているうちに、その一発がゾロアの鳩尾に直撃する。
「うぐっ…。」と軽い呻き声を上げ、そのまま胃の内容物を床に吐き出してしまう。
「て、てめぇ!ここがどこだと思っているんだ!レストランなんだぞ!それなのに奴隷従業員のお前がゲロを吐いて、床を汚すとは馬鹿げている!お客様に謝れ!」
鳩尾を押さえ苦痛に悶えるゾロアの頭を掴み、そのまま吐瀉物の中に顔を押し込める。
ビチャッという嫌な水音と共に、鼻を突く胃液独特の異臭が広がった。
「お前みたいなゴミは土下座でもしないとお客様に許してもらえないんだよ!」
そう言って、執拗に顔を吐瀉物で汚れた床に叩き付ける。
何度か叩きつけると、今度は顔を強く床に押し付け、顔面に吐瀉物を塗り込めていく。
そのたびにゾロアの悲鳴と不快な水音が響き渡る。
「ゆ、許して…うぐっ…ください…。」
顔はもはや吐瀉物で汚れ、見るも無残な姿と化している。
あまりにも強い力で叩きつけられたのだろう、瞼と鼻が腫れ上がっていた。
それでもゾロアはひたすら謝り通す。
これほどまでに屈辱的な仕打ちを受けていると言うのに。
ゾロアには逆らえない、決定的な理由があったのだ。

プロのポケモントレーナーは効率化の為に、初めから強くなる見込みのあるポケモンしか育てない。
目的のポケモンを大量孵化させて、才能の無いポケモンは生まれてすぐに捨てると言う、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる戦法を採っているのだ。
一匹のポケモンを育てるために何百匹というポケモンを捨てると言う事も珍しくは無かった。
だが、そのポケモンの大量廃棄が生態系を破壊すると問題になったのだ。
一度火が付くと、他の物にまで燃え移るように、この大量孵化は更なる問題を引き起こす事になる。
自我の無い虫や植物であれば、この大量孵化は問題が無いが(と言っても現実問題、自我が無いとされている動物をむやみに迫害すると罪に問われるが、今回は問題無しとして話を進める)、明確に自我を持つポケモンを大量孵化させて捨てるというのは倫理的に問題があるのではないかと。
そうして世論は「強さだけを求めて大量生産するなど、そんな非人道的な事は許されない。ポケモン達が可愛そうだ。」と、ポケモントレーナー達を非難した。
この大量孵化を禁止にする運動はますます広がっていき、さすがに行政も重い腰を上げざるを得なくなったのだが、もしポケモントレーナーの大量孵化を禁止にすれば、それはそれで経済的な不利益を被る事を彼らは知っていたので、非常に頭を悩ませていた。
ポケモンバトルは大人気スポーツの一種であり、それを生業にしている人も少なくない。
もしポケモンの大量孵化を禁じれば、それはポケモンバトルの低レベル化を招くことになる。
観客と言うものは常に新しい刺激を求めるものだから、低レベルのバトルでは満足しないだろう(それは熱湯に入った後にぬるま湯に浸るようなものだ)。
これは致命的な問題であり、ポケモンバトルの人気が低下してしまえば、それを生業にしている人たちの収入は減り、もしかしたら廃業してしまうかもしれない。
ポケモンバトルによって回っていた経済の循環が悪くなるため、経済損失は計り知れないだろう。
たかだかポケモンの生態系を破壊すると言うだけで、ポケモンが可愛そうだからと言う感情論だけで、経済の混乱を招くような事はしたくなかったのだ。
そこで苦肉の策として制定されたのが、ポケモンの大量孵化に関する愛護法である。
率直に言ってしまえば、「大量孵化させても良いが、生まれたポケモン達が独り立ち出来るようになるまで面倒を見る事」と言う意味になる。
ポケモントレーナーが面倒を見なければならないと言う事はなかったので、ポケモントレーナーの多くは他の人に金を払い、面倒を見てもらった。
幸いポケモンは生まれてすぐに人語を理解できるようになるので、コンビニやレストランなどのアルバイトとして雇ってもらえた(主な仕事は接客や呼び込みなど単純なものである)。
ポケモンたちは雇い主の下で生活する事になるので、バイト代は食事や宿を提供する為の資金として払われることは無いのだが。
それでも独り立ち出来るようになるまで食事も宿も提供してもらえるし、仲良くなればそのまま居座る事も出来るので、ポケモン達にとっては良い待遇であった。
もちろんポケモントレーナーはある程度の資金を提供しなければならなかったが。
この法案の制定によって生態系を破壊すると言う問題はうやむやになり(やたらとクレームをつける人間ほど、問題がひとつでも解決すると全てが解決してしまったかのように大人しくなるものである。そう言う人間たちには自分さえ得すれば良いと考える卑しい考えの持ち主で、だがしかし大きな問題には手を出せない臆病者なのだ。だから、そう言う奴らには安い餌を与えれば静かになるものである。)ポケモンの大量孵化に関する問題は、表面上は無くなった。
しかし、中には要らないポケモンの為に金を出すのは馬鹿らしいと考える人もいた。
どうにかしてこいつらを処分できないだろうか。
殺しては死体の処理が面倒だ。
誰か無料で引き取ってはくれないだろうか。
そこで台頭してきたのがこれらのレストランである。
表面上はあたかも金をもらってポケモンを引き取り、アルバイトをさせてしっかりと面倒を見ている風を装っているが、実際のところはポケモンを無料で引き取り奴隷のように扱うのだ。
もちろん人の目に留まらない裏方として。
いや、そう考えるとこのレストランはまた毛色が違うだろう。
一般的な考え方としては、奴隷も財産のひとつである。
だからその奴隷がしっかりと利益を生み出すよう最低限の施しは与えるものだ。
だがこのレストランは、ポケモンを奴隷以下にしか見ていない。
それこそ一枚の皿と一匹が対等だと考えているほどに。
実際問題、大量孵化させたポケモンの処理に困っているトレーナーなど腐るほどいる。
もし無料で引き取ってくれると言われたら喜んでそのポケモンたちを差し出すだろう。
それが違法だと分かっていても。
だからポケモンなどただ同然であり、いくらでも代わりが利くのだ。
だから少しでも気に喰わなかったらすぐにでも殺してしまう。
実際に皿を一枚割っただけで、その場で虐待された挙句に殺されたポケモンも少なくない。
それどころか、さらに頭のおかしい事に、ここではポケモンを虐待し、それを見世物とする事で金を稼いでいる。
レストランとは名ばかりで、客は虐待されるポケモンを見て楽しみ、時には自身も虐待に加わる。
店もキチガイなら客もキチガイ。
だが実のところ、こう言う悪趣味な店に限って行政界の大物などが出入りする為に、規制する事ができずに見て見ぬ振りをするしかない。
封建社会など、薄皮を剥がせばそんなものだ。
そして、生まれたばかりで何の知識も無いポケモン達には「自分は奴隷であり、生きる権利は店側が握っていて、いつ殺されても文句は言えない」と洗脳する。
しかし、虐待に耐えかねて自殺されたら興醒めであるから、死の恐怖、痛みの苦痛も嫌と言う程に精神に摺り込ませる。
死ぬのは痛い、怖い、だから殺させたくない。
殺させないためには店の言うことを従順に聞かなければならない、と。
そう洗脳してしまえば、反撃する気など起こるはずも無いのだ。
そうして悲惨なポケモンたちは増えていく。
中でもゾロアは人語を喋る事が出来るので重宝された。
彼らは卑猥な言葉も喋れれば、苦痛に満ちた悲鳴を上げることも出来るのである。


第02話 




ゾロアの顔はもはや吐瀉物でぐしゃぐしゃに汚れており、見るに耐えなかった。
しかし、このレストランの客は嫌らしい目でゾロアを見つめていた。
ゾロアの許してくださいと言う言葉を何十回と聞き、何十回と頭が打ち付けられたのを見た後に、ひとりの客が言った。
「まあまあ店長、彼もこれだけ謝っていることだし、そろそろ許してあげたらどうです?」
「おお、ありがとうございますお客様!ほんとにこの馬鹿は使えなくて仕方がありませんよ。ほら、お前ももう一度しっかり謝れ!」
そう言って、もはや意識を保つのがやっとなゾロアの頭をぐっと上げ、顔を客のほうに向けた。
そしてついでに腹を一発殴る。
ゾロアは再び吐き出しそうになったが、ここで吐き出せばそれこそ本当に殺されてしまうと思い、必死に堪えた。
そして力の無い声で「あ、ありがとう…ございました」と言った。
するとその客はゾロアに目線を合わせ、にっこりと微笑んだ。
そのことがゾロアをどれだけ救っただろう。
客にも殴られ蹴られる事もあったのだから。
しかし、その客の一言がゾロアを更なる地獄に突き落とした。
「…しかし、床が汚れてしまったのは良くありませんね。さすがに許すと言ってもそれくらいは自分で掃除しないといけないよね、ゾロア君。」
ゾロアは意識を失いかけていたが、自分に声をかけられていると理解し、すぐさま返事をした。
もし客を無視するようなことがあれば、それは死を意味していた。
「はい、まさしくその通りでございます。今掃除用具を持ってきますのでしばしお待ちください。」
そう言って踵を返そうとした。
「いやいや、待ちなさいよ。掃除用具?そんなの要らないでしょ?だって自分が口から出した物なんだよ。それを元に戻すのが、このご飯を作ってくれた人に対する礼儀でしょ。」
その言葉を聞いてゾロアは凍りついた。
この自分が吐き出した吐瀉物をまた胃の中へ戻せと言うのか。
そんな事、絶対に出来るわけがない。チラリとそれを見る。
薄黄色く粘度のある液体の中に、未消化の食べ物がいくつも浮かんでいる。
そして胃液の混じった吐瀉物は独特の激臭を放っていた。
これを再び食べろと言うのか?
そう思っただけでまた吐き出してしまいそうになる。
ゾロアが戸惑っていると、その姿を見兼ねた店長が「早く飲み干せよ!」と再び怒号を上げ後ろからゾロアを蹴り飛ばす。
「きゃん!」とゾロアは叫び声をあげると、そのまま顔面から自身の吐瀉物の海へと落ちていった。
「早く飲まないと、今ここで殺すからな!」と店長は吐き捨てるように言った。
ゾロアは心底恐怖した。
この店長はポケモンを殺すのに躊躇をしない事を良く知っていたからだ。
現に目の前で何十匹と言うポケモンが殺されたのだった。
殺されるのだけは嫌だ…。
死ぬのは怖い…。

このレストランの最も残酷でキチガイ染みていて、えげつない部分はここにあるだろう。
ここにいるポケモンたちは全てある一定の教育を施されているのだ。
死の恐怖についてはもちろん、何が「恥じ」であるか知っている。
そして性教育もばっちりだ。
道徳心をしっかりと身に付けさせてこそ、虐め甲斐があるものだ。
もし無知の状態であれば、吐瀉物だろうが排出物だろうが口に入れる事はできる(最も食べるかどうかは別問題だが)。
しかし、彼らは知っているのだ。
吐瀉物を再び口に入れる事がどれだけ汚い行為なのかを。
その恥辱にまみれた行為を、さらに人前でやれと言われているのだ。
常人なら自尊心が崩れ去ってしまうだろう。
もしかしたら中には、そんな恥たる行為をするくらいなら死んだ方がマシだと思う人もいるかもしれない。
だが、彼らは違うのだ。
死ぬことは何よりも苦しいことだと洗脳させているから「死んだ方がマシ」と言う考えすら思い浮かばないのだ。
これほどの悲劇があって良いのだろうか。
こんな非人道的な事が許されて良いのだろうか。
意思とは恐ろしい。
本能に支配されていただけの方がよっぽどマシだっただろう。
自我を持つと言うことはこれほどまでに弱者を痛めつける。


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Last-modified: 2016-04-10 (日) 21:26:14
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