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甘い草

/甘い草

甘い草 

writer――――カゲフミ

 部屋の中、トレーナーが帰ってくるなり机の上に置かれた見慣れぬ箱。紙製で片手には少し収まりきらないくらいの大きさ。でかでかとした目を引く派手なパッケージに早くもゼラの興味はこちらへと移っていた。緑と黄緑色の入り混じった細長い体が机の横に迫ってきている。トレーナーの部屋の三分の一くらいを占領してしまう大きな体に似合わず、興味のある事柄に対しては特に素早いのである。
「なんだ、これは?」
 気になるものはすぐに首元から蔦を伸ばして取ろうとするのは昔からのゼラの癖。この箱を奪われてしまうと主導権が握れなくなってしまうので、彼は慌てて机の上の箱を掴んでいた。備え付けられた切り取り線にそって箱を開くと、部屋の中にほんのりと甘い香りが広がった。ポケモンの出す技のものとは違う人工的なそれ。草ポケモンであるゼラに取ってもこれは悪い匂いではないらしい。どことなく穏やかな表情になっているように見受けられた。
「これ、棒の形をした生地の周りにチョコレートを塗したお菓子なんだ。どうも今日がそのお菓子の記念日らしくてさ。安売りしてたから、つい」
 昔はそんな記念日なんて特に設定されていなかったはず。日付の数字の形と並びがお菓子の形に似ているから、と都合良く誰かが後付けしたものだと認識している。販売促進を狙ったお菓子メーカーにまんまと乗せられてしまっているというわけである。まあ、今回トレーナーが買ってきたものはポケモンも食べられる糖分や脂肪分を控えめにしている製品だ。人間用のものより多少値が張るので安売りは結構ありがたかったのだ。箱の中の袋を開けて一本取り出してみる。外見は人間用のものと変わりはない。取り出しやすいように持ち手の部分を少し残してチョコレートが塗されている。ゼラはふんふんと匂いをかいだ後、首元からしゅるりと蔦を伸ばしてトレーナーの手から絡めとる。彼の手から直接食べさせられるのは気に食わないらしい。口元近くまで持っていってあげたというのに、なかなか強情なところがある。
「ふむ。なかなか旨いな」
 ぽりぽりと小気味良い音を立てながらお菓子を頬張るゼラ。甘味と独特の食感がかなり気に入ったようだ。試しにトレーナーも一本口に放り込んでみる。チョコの部分と生地の部分が織り交ざり、あっさりとしていて癖のない味わいが口の中に広がった。普段の味に慣れていると少々物足りない感じがしなくもないが、これはこれでお菓子として十分食べていける仕上がりになっていた。人間も食べられるという広告は誇張表現ではなさそうだ。
「気に入った。もう一本くれぬか」
 残りのお菓子は箱の中。ゼラの蔦でこじ開けるには少々小さすぎる。細長いお菓子を折らずに取り出すにはトレーナーの指先が必要になってくる、というわけだが。彼は無言で箱からもう一本お菓子を取り出すと、ゼラの前には持っていかずに生地の部分を自分の唇で挟み込んでチョコの部分が前に突き出したような形をとる。この動作が何を意味するのか最初は訝しげにトレーナーの方を見つめていたゼラだが、しばらくすると彼の意図を理解したらしい。何度か赤い瞳をぱちぱちと瞬きをして、ふうと息をつく。ほんのりと草の香りの混じった吐息がトレーナーの鼻先にも伝わってきた。驚いているというよりは呆れている、ため息に近いそれ。トレーナーもゼラと和気あいあいとお菓子を頬張るためだけに買ってきたわけではない。もしかすると、彼女が自分の邪念が満載なこの遊戯に乗ってくれるんじゃないかという淡い願望があったのだ。もちろんゼラの性格は良く知っている。軽くあしらわれたり、馬鹿にされたりするだけで終わってしまうことは百も承知だった。とはいえ、どんなにくだらないことであっても可能性があるのなら挑戦してみたかったのだ。あわよくば、ゼラと。
「……ふん」
 冷たい視線だった。まるで部屋の隅に転がっている埃でも見るようなそれ。目から冷凍ビームでも飛び出してきてもおかしくないくらいに。生まれながらに高潔な雰囲気のあるジャローダにはお似合いかもしれない。ただ、それ以上にトレーナーを罵倒する言葉が飛んできたり、蔦で払いのけられたりはしなかった。にやりと不敵に笑った後、意外にも乗り気になったのかゼラは口を近づけてきて。チョコの付いた先端部分を咥え込んだのだ。普段見ている彼女よりもずっと近い距離。思っていたよりも大きな口、大きな瞳。驚いて口を開きかけて、危うくお菓子を落としてしまうところだった。せっかくゼラが応えてくれそうな雰囲気になっているのにそれでは台無しである。そんなトレーナーの心配をよそに、ゼラが一口目を齧った衝撃が伝わる。そのまま間を置かずに二口、三口目をぽきぽきと食べ進めてくる彼女。いったいどこまで来るつもりなのだろう。口を進めなければチョコレートを味わえない。しかし、あまりに攻めすぎるとどうなってしまうかはヒトカゲの尻尾を見るより明らか。こんなトレーナーの下心丸出しな作戦に聡明なゼラが引っかかるわけ――――。
「んっ」
 そのままぐっと距離を縮められて、トレーナーが緩く咥えていた持ち手の部分まできれいに絡めとられて。少しひんやりとしたゼラの口元の感触と、つんとした草葉の香りがしたような気がした。何が起こったのかを彼が理解し始めたときには、ゼラはもぐもぐと満足げに頬張ったお菓子を堪能していたのだ。お菓子をごくりと嚥下して口元を蔦で拭い、余裕たっぷりに笑うゼラ。
「どうした、もう一本もらってやっても良いぞ?」
 思わせぶりにトレーナーの方へ口先を突き出すゼラ。彼女の言うもう一本、は口元からという意味を理解できない彼ではない。ゼラは良くても自分の身が持ちそうにないと判断したトレーナーは、少し震えの残る手で黙ったまま箱から追加の一本を取り出した。にいっと満足げに微笑むと、ゼラは再び蔦を伸ばして彼の手からお菓子を奪い取る。
「遠慮しておく、よ」
 まだ心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。さりげなく蔦を背中に回されてぐっと抱き寄せられるような形をとられたから、咄嗟に身を退くことが出来なかった。ご丁寧に隙間から差し込まれた細長い彼女の舌の感触がまだトレーナーの口の中に残っていた。自分のものより厚みがない分、細くて奥のほうまで入り込んできて。ついさっき食べたチョコレートの味なんて一気に吹き飛んでしまった。お菓子を買ったときは望んでいた結果であるはずなのに、いざ目的を達成してしまうと満足感よりも疲労感ばかりが残ってしまっていた。まさか彼女が本当に乗り気になって、ここまでやってくれるなんて想定外。覚悟もないのにあんまり冗談半分でやるものじゃないな。だけど。嫌がる素振りが見えなかったのは、お菓子がよっぽど魅力的だったのか。あるいはゼラの方も満更でもなかったから、とか。いやいや、まさかな。真実は満足げに三本目のお菓子を頬張るゼラのみぞ知る、といったところである。

 おしまい


・あとがき
一か月ほど遅刻をしてジャローダ様とのポッキーゲームネタ。ちょうどその日に描いたジャローダの絵から思いついた小説です。
最近あまり小説を投稿できていないのでリハビリがてら。ジャローダ様はやはりこうあってほしいのです。

【原稿用紙(20×20行)】7.7(枚)
【総文字数】2831(字)
【行数】19(行)
【台詞:地の文】5:94(%)|147:2684(字)
【漢字:かな:カナ:他】36:61:5:-3(%)|1024:1752:154:-99(字)


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Last-modified: 2019-12-12 (木) 22:17:59
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