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瓶詰妖精

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R-18作品。
拘束系の特殊要素があります。

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瓶詰妖精
文:水のミドリ
扉絵:影山さん
 
 それはまだ閉じたつぼみだと思った。
 クリーム色をした2枚の花びらがぴったりと端と端を重ねて、おしべやめしべを抱えて小さく閉じていた。生まれたての命があたたかさを灯すように、つぼみがゆっくりと膨れてはしぼむ。この世界のどこかにある神秘の花を、人間が丁寧に折りたたんで取っておいたのかもしれない。
 だから(はね)のすき間からアブリボンの小さな寝顔が覗くまで、ぼくはすっかりビンの中の彼女に見とれていたんだ。
「あ……あれ、わわわっ!?」
 大嵐の次の次の日、いつもの砂浜に流れついていた、ぼくの体長の半分もない大きさのガラスのビン。透明なその中で静かに眠るアブリボンを助けだそうと、ぼくはコルクせんにかじりついた。コソクムシのひ弱な力では、噛みついたくらいじゃどうにも外れない。でもがんばって蓋をけずったり奮闘していると、ぽん! と口吻(くち)を突きさしたコルクが抜けてくれた。
 ぼくが四苦八苦しているうちに、ビンの中の妖精は眠りから目を覚ましていた。ガラスの家からはい出ると、アブリボンはぎこちなく翅をさざめかせる。とても弱っているのか触覚はしおれたまま、周囲を警戒したようすで大きな深呼吸を繰り返していた。
「……、ここは?」
「ここはリゾー島さ! ぼくが見つけて、名前をつけたんだ。だいじょうぶ、島にはドデカバシもオドリドリも、おっかないポケモンはだーれもいないよ。ほんとうにリゾートなんだ。ぼくもずっと遠くから逃げてたらここにたどり着いてさ。ぼくはシグ、きみは?」
「私はじゅ……にの、えぇと……」
 ああしまった! 久しぶりの話し相手に、ぼくはついおしゃべりになっていた。こうも一方的にまくしたてられちゃ、知らない相手だとちょっととっつきづらいよね。
 砂浜にでっしりと埋まっている、黒くて平たい大きな岩。ぼくが下に穴を掘ってすみかにしているそこに、ふよふよと落ち着かない彼女を座らせた。まだ浮かない顔つきのアブリボンに笑ってもらおうと、ぼくは元気にごあいさつする。
「えっと、ジュニ? ジュニちゃんって言うんだね、よろしく!」
「……そう、ジュニ。よろしく、コソクムシのシグくん」
 ジュニちゃんが安心できるように、この島のことをかいつまんで話す。初対面で舞い上がっちゃって、気づけばぼくばっかり楽しくなっていた。それはだって……、ジュニちゃんがきれいなひとだったから。
 ぼくの住み着いたリゾー島は、沖を通る人間の船も気づかないくらい小さな島だ。ぐるりと砂浜で囲まれていて、ぼくの足でも1周するのに1時間もかからない。芝のそろった陸地はぼくが走り回っても転ばないくらい平たんなところがお気にいりだ。木のみのなる茂みがぽつぽつと散らばっているくらいで、高い木は島の中心に1本だけ。
 とても太いツタがからまってできたようなその木には、この島でしか見たことのないような食べ物がみのっている。マメだ。見た目はつやつやしたハート型で、じっさいに食べるとカリカリと楽しい食感がする。けどびっくりしたのはその味だ。……おいしい! こんな美味しいもの食べたことない! 素朴な味わいだけど、なんでかクセになる奥深さがある。いくつかある色を食べくらべてみたけど、ぼくの好みは水色で、しかもがらのついたやつだ。ひと口かじれば爽やかさに包まれて、どこまでも自由に飛んでいけそうな気がするくらいで。
「――それでね、なんでもできそうな気がして、自力でマメを取ろうと木によじ登ったんだけど、やっぱりぼくはぼくのままで、途中で背中から落ちちゃったんだ。あのときは痛かったなあ」
「……なら、私が手伝ってあげる」
「えっ本当!?」
 平たい岩に座ってぼくの話を静かに聞いていたジュニちゃんが、ふわり、と浮かびあがった。このまえぼくが無茶したら痛い目にあったけど、そっか、ほんとうに自由に空を飛べる彼女なら、木から落ちる心配をせずにマメを取ることができるんだ、すごいや!
 うーん、と背伸びしたジュニちゃんは、目をキラキラさせるぼくの触覚を掴んだかと思うと――
「せーのっ」
「えっままま待って! だからぼく高いとこダメなの本当にダメなんだってぅわぁあああああ!!」
 一気に飛びたった。ぼくの8本足がぜんぶフワッと砂浜を離れ、体の中を揺すられるような浮遊感。背中から落ちた思い出がよみがえってきて、とっさに体を丸めこんだ。ジュニちゃんの小ビンもすみかの平岩も、みるみるうちに小さくなっていく。マメの木を追いぬいて、島ぜんたいの形が見えた。……あ、リゾー島ってマメと同じハートの形をしていたんだ。
 ――なんて思う余裕があるはずもなく。目を回して泡を吹いているうちにぼくの足がなにかを捉えて、それへ必死になってしがみつく。いつもの平岩だった、よかった、地面だ! 感覚を取りもどすようにわしゃわしゃと足を動かした。久しぶりな気がする砂浜にお腹をこすりつける。……あったかいって安心するなぁ。
 宙に浮いていた時間は20秒もないくらいだった。それでもまだ心臓がバクバク跳ねて、荒い息は声にならない。陸に打ちあげられたヨワシみたいにびちびちとうねって、ぼくは必死に空気を吸う。
 涙目になったぼくを見下ろして、ジュニちゃんは口元に手を当てていた。
「そんな必死にならなくても。ただの冗談なのに」
「――な、なぁ〜〜〜〜っ!?」
「ごめんなさい。独りでずっと喋ってるから、つい」
「つい、じゃないよもうっ! 本当に死んじゃうかと思ったんだからね!?」
 お詫びに取ってくると言って、ジュニちゃんはササッと高いところへ飛んでいった。1分もしないうちに、腕にマメを2個抱えてもどってくる。そのひとつをぼくに差しだしてくれた。がらつきの水色。……しかたない、さっきの冗談は水に流そうじゃないか。
 平たい岩に乗っておいしそうにマメをかじるぼくを、ジュニちゃんがまじまじと見てくる。オレンジ色のマメを両手に抱えた彼女は、誕生日プレゼントに大きなぬいぐるみを買ってもらった人間の子どもみたいで。サイズ感がなんだかかわいらしい。
「そんなにマメが好きなんだ。木に登れないシグくんは、どうやって取っているの」
「ぼくが取るんじゃないよ。優しいおじさんがくれたんだ」
「……おじさん? 人間がいるの」
「ああ、えっとね」
 ジュニちゃんの複眼が引きつった。あわててぶんぶん首を振る。そういえばまだおじさんのことを話していなかった。
 1か月くらい前から、ときおりリゾー島にいかだがやってくるようになった。その『いかだハウス』に住んでいるのがおじさんだ。白いシャツをつけたお腹は飛び出ていて、ごつごつした腕はすっかり日に焼けている。後ろに流したぼさぼさの金髪は、枯れかけたヤシの葉っぱみたいな大きい帽子で隠されていた。
 なにをしに来たか分からないけど、「無人の島をポケモンのためのリゾートアイランドにするんだ!」ってひとりで叫んでいたから、きっとわるい人じゃない。初めて来たとき、おじさんはリゾー島に生えている植物をとったり、海に入って魚を捕まえたりしていた。それからマメの木を揺らして、落ちてきた色とりどりのマメをおいしそうにかじっていたんだ。茂みからこっそり様子をのぞき見ていたぼくの目と目があっても、追っ払ったりはしなかった。全速力で逃げていくぼくの背中へ、おーい、お前も食べてみろよー! って気さくに大きな腕をふるだけ。その日のうちにいかだは沖へ流れていって、おじさんが残してくれたマメはほんとうに美味しかった。
 次に会ったのは、それからだいたい1週間あとのこと。ぼくが朝起きると、西の浜辺にいかだハウスが流れついていた。おじさんはマメの木の下で散らばったマメを頬張っていて、ぼくに気づくといくつかを残していかだハウスのドアへ消えていった。さささ……、と駆けよって、水色のマメにかじりつく。うんうん、この味はヤミツキになっちゃうよね。
 そういえばおじさんは何をしに2回もリゾー島へ来たんだろう。ぼくはちょっと気になって、物陰に隠れながらいかだハウスへ近づいたんだ。
 小屋の窓は下のわくにすき間を作って開くタイプで、ぼくは開けられた窓と窓わくに挟まれるようにしてぴょんと飛びのった。がさごそと音のする室内を覗きこむ。むき出しの材木で建てられた部屋は殺風景で、木を組んだだけのベッドと机くらいしか見あたらない。あとは見まわすかぎり、難しそうな本やこの島で採れるものが並べられた棚が壁に広がっていた。
 逃げ腰なぼくは窓の外にぶらさがったまま覗いていただけで、机に向かうおじさんが何をしているのかまではよく分からなかった。ただ、ぼくの臆病な目は、わきの棚に置かれたビンに釘づけにされていた。
 細長いビンの中は透明なオイルで満たされていて、この島で採れる植物がふわんと漂っていた。まるで海中をゆらめくケイコウオのような植物たちのビンの家が3つ4つ並んでいて、そこは人間につくられた南の海の底をぼくに連想させた。
 ――そう、あのきれいさは、ジュニちゃんが流されてきた小ビンにそっくりで。
「えっとね、あとね、おじさん、砂浜に流れついたゴミも拾ってるんだよ、優しいよね。それからぼくにマメを分けてくれるんだ。リゾー島に寄るといつもマメの木をゆすってくれてさ! ……って、ジュニちゃん聞いてる?」
 熱をこめて語るぼくをよそに、ジュニちゃんはどんどん顔を曇らせていく。ついにはプイっと冷たい横顔を向けてしまった。
「……人間は、ドデカバシやオドリドリよりも恐ろしいものよ。このマメも、私たちを弱らせるために人間が作ったものかもしれない」
「それは考えすぎだよっ。ぼくが食べてもなんともなかったし、栄養はつけておいた方がいいよ、ずっとビンの中にいて、ジュニちゃん元気なさそうだし」
「…………」
 抱えていたオレンジ色のマメをぶすっと眺めて、ジュニちゃんがおそるおそる口をつける。つまらなそうに下へ曲がっていた小さな口がまあるく開いて、カリっ、香ばしい音がした。あまり期待していなそうだったつぶらな複眼が、ぷわっとキラキラを揺らめかせる。
「どう? おいしいでしょ」
「……悪くはない、ってだけ」
 そっけない返事だけど、ジュニちゃんはマメをかじるのをやめなかった。ぼくが巣穴の奥から出したとっておきの虹色のマメにも手を伸ばし、けっきょくぜんぶ平らげてくれたんだ。きっととてもお腹を空かしていたに違いない。
 そういえば、彼女は小ビンに揺られてどこから流れてきたんだろう? ぼくが質問を口にする前に、マメを食べ終えた彼女がビッと翅を広げる。
「確かにマメは美味しかった。でも、人間は信じちゃダメ。次またその人がマメを分けてくれても、近寄らないほうがいい」
「そんなピリピリしないでもいいのに。ここに来るのはぼくたちとおじさんだけ、おっかないポケモンも人間もいないのにさ」
「本当かしら」
「そうだよ! リゾー島はぼくたちのリゾートで――、って、う、うわーッ!」
 自慢げに足をわしゃわしゃするぼくに向かって、ぶぅん! おっかない風切り音を響かせたジュニちゃんが突進してくる。思ってもみないふいうちに、ぼくは全速力で逃げだした。おっかないポケモンも人間もいないって言ったばっかりなのに――って、ぼくがそう言ったからか!
 するどい顔つきのジュニちゃんにぴったりと後ろをマークされながら、いつもの砂浜を追いかけっこ。3周回ったところでぼくは彼女の眠っていた空きビンに乗りあげ、その上をしゃかしゃかと走っていた。ビンがさらさらの砂のうえで滑って、ぼくが走っても走っても同じ場所でぎゅるぎゅる空回りする。海を漂っているあいだにこびりついていたビンの汚れが、せわしなく動くぼくの足に絡みとられてきれいになっていった。すっかり追いついたジュニちゃんが、ぼくの後ろで口もとをそっと隠していた。
「……冗談。ふふ、シグくんっておかしい」
「う……、ひどいよぉ」
 彼女のいたずらにぼくはぐったりと涙目になっていたけど、そんなこと気にならなかった。会ってからずっとしかめっ面だったジュニちゃんが、ほんのりとほっぺを赤くして、はじめて笑ってくれたから。

 ジュニちゃんは濡れるのがいやで、平らな岩の下に掘ったぼくの巣穴は好きじゃないらしい。夜になると、彼女はビンのゆりかごで眠る。おやすみのあいさつの後にコルクのせんを閉じるのは、きまってぼくの役目だった。
 小ビンにしまわれたジュニちゃんには、ぼくを惹きつけてやまない魅力があった。うまく言葉にできないんだけど、ずっとそばで見ていたくなるような、そんな感じ。ビンの中ですやすやと呼吸を繰り返す彼女見たさに、きのうは夜な夜な起きだしてしまった。砂浜に半分埋もれたビンに閉じこめられ、満月に照らされて眠るジュニちゃん。思わずガラスにふれて、あわてて触覚を離した。なんだかいけないことをしている気がして、彼女が起きてしまう前にそそくさと巣穴にもどったんだ。
「おはようジュニちゃん! 今日はなにして遊ぶ?」
「……マメの木からジャンプするのなんてどう」
「えぇっ? だからぼく落ちる系はダメなの!」
「ふふっ、冗談だってば。やろっか、昨日の続き」
 あれから1週間もたつと、ジュニちゃんはよく笑うようになった。初めのうちはちょっと掴みどころのない子だったけど、さんさんの太陽のもと笑うジュニちゃんは、やっぱり華麗でかわいらしくて。かくれんぼしたり追いかけっこしたり、ぼくたちの遊びがつきることはなかった。
 何日かまえ、ぼくが彼女の冗談を真に受けて、高いところを克服することになった。ジュニちゃんに支えられながら、ちょっとずつマメの木をよじ登る。今日ようやく、ぼくはいちばん低い位置にみのっているマメにたどり着くことができた。自力でもぎ取ったマメは、今までのどの味よりも体に染みわたるようで。それはジュニちゃんがいっしょに頑張ってくれたから、ってこともあるかもしれない。
「すごいや、始める前はぜったい無理だと思ってたのに。ジュニちゃんがいてくれたからぼく、克服できたんだよ、ありがとう! ふぅ……、疲れたぁ。お日さまもだいぶ落ちてきたけど、このあとドロ遊びなんてどう?」
「イヤ。花粉が湿るからイヤ。体が汚れるのはもっと、イヤ」
「すごい力強い否定だね……」
 アブリボンって種族はもともと、濡れたり汚れたりすることが好きじゃないんだって。あんなに楽しいのに。……というかぼくに高いところを克服させておいて、それはあんまりじゃない?
 ちょっとイタズラし返してやろうと思って、波打ち際に駆けよったぼくは彼女に向かってどったんばったんドロを飛ばす。あきれた顔でドロばくだんを避けていたジュニちゃんだったけど、「あっオレンジのマメ!」とぼくの叫んだウソに気を取られて、そのすきにドロのかたまりがクリーンヒット! どしゃぁ……、と砂浜に落ちた彼女が、一面の灰色になった顔をぬぐってわなわなと震えていた。
「あ……っ、ごめん……なさい」
「………………」
「お、怒ってる? 怒ってないよね? そういう冗談……だよね? どっち……?」
「……もういい。洗ってくる」
 地面すれすれをふらつきながら、ジュニちゃんはリゾー島の真ん中あたり、湧き水のところへ行ってしまった。
 ……やりすぎた。
 ちょっとした仕返しのつもりだったけど、調子に乗っていやな思いをさせればそれはただの意地悪だ。きれい好きな彼女をあれだけ汚して、とても悪さをした気持ちでいっぱいだった。ジュニちゃんが帰ってきたら、ちゃんとぼくから謝ろう。
 お日さまもだいぶ傾いて、水温も冷たくなってきた。きれいな水をくぐり、砂浜にあがって体を伸ばす。体節からしたたる水が、とぼとぼと平たい岩へ帰るぼくのあとをなぞっている。
 そのとき、おーい! と遠くから呼ぶ声がした。
 沖の方を振りかえると、逆光のなか島に向かって流れてくるいかだの影が。小屋のドアの前では、丸っこいシルエットが大きく手を振っていた。
「あっ、おじさんだ!」
 ジュニちゃんのビンを拾ってからすっかり忘れていたけれど、おじさんと会うのは1週間ぶりくらい? 嬉しくてぴょんぴょん跳ねて、ぼくはまた砂まみれになった。
 ゆっくりと浜辺に乗りあげたいかだから、さばり、とおじさんがサンダルの足を波打ち際に下ろす。砂を跳ねながらぼくのところまで来て、ずい、と手を差しだした。おそるおそるその手のなかを覗きこむと――
 やったあ、マメだ! しかもめったにお目にかかれない虹色の!
 おじさんの手が届く距離まで近づかれた時点で以前のぼくなら一目散に逃げだしていたけれど、もう昔とはちがう。ジュニちゃんに会って、高いところも怖くなくなって、ぼくは変わったんだ。いつも優しくしてくれるおじさんから最高級のマメをもらうくらい、どうってことないさ。
 おじさんの大きな手に頭をつっこみ、虹色マメを口にくわえた。ああもう、きみは舐めただけでおいしいんだから!
 平岩の上にしっかりとマメを置いて、ぼくはあんぐりと口を開けた。よだれが端から垂れて、脳裏に思い描いたのは――ジュニちゃんの笑顔。
 今ごろドロだらけの体を、ひとりで洗っているんだろうか。下半身の白のふわふわに跳ねたドロが落ちなかったらきっとむしゃくしゃするし、リボンの裏に砂が詰まっていたら「あ〜〜ッもう!」ってなるだろう。なのに、悪いことをしたぼくがこんないい思いをしていたと知ったら、ジュニちゃんは怒るかもしれない。怒って本当に空中へ投げ出されるかも。いいや、怒ってくれるならまだましだ。さっきみたいにもう口をきいてくれなくなるかもしれない。それは怒られるよりも……何倍もいやだった。
 オレンジ色のマメをおいしそうに食べていたジュニちゃんを思い出す。ジュニちゃんがおいしそうに頬張ると、それだけでぼくは嬉しくなって。そうだ、せっかくならもういっこマメをもらおう。これで許してくれるなんて虫がいい話だけど、何もしないよりは何十倍もましだ。それに、ジュニちゃんと食べるなら、虹色じゃなくて普通のものでも何百倍もおいしいんだ。優しいおじさんならきっと、持ってなくても木を揺らしてくれるはず。
 ちょっぴり惜しい気もするけど、今回ばかりは虹色マメもおあずけだ。ぼくの口はすっかり最高級品の舌になっていたけど、口吻に触れていたそれをそっと押しかえす。ぼくの言いたいことがちゃんと伝わるかな? 大丈夫、怖がらなければ何とかなるさ。さんざん自分に言い聞かせて、おずおずとおじさんを見上げると。
「え」
 無防備なぼくを捕まえようと、すぐそこまで虫取りあみが振りおろされていた。

 逃げろ、逃げろ、逃げるんだ。リゾー島でのだらけきった生活が、野生のころの俊敏さをどこかに捨てさってしまっていた。あみの中でどんなに暴れても、地面に長く伸びたぼくの影がもごもごと揺れるだけ。いかだハウスへ戻るおじさんの足が、砂浜をずんずんと踏みならしていた。
 そのとき。
 陸の方から強烈な光がぼくを呑みこんで、気づけば空中に放りだされていた。ばちゃん、と波打ち際に背中から落ちたぼくは、死に物ぐるいで虫取りあみからもがき出る。ひっくり返ろうと体をねじると、上か下か分からなくなった。
 だんだん鮮明になっていく視界が平衡感覚を取りもどす。ぼくにまとわりつくネットの残骸、これはさっきの妖精の光が焼ききったんだ。ぐわんぐわんと回る頭をあげると、そこには――
「…………」
 ――ジュニちゃん!
 無表情のアブリボンが、おじさんの前で静かに浮いていた。水浴びを終えて戻ってきたのか、体はすっかりきれいになっていた。けど、小さくうつむいた表情はどこか落ち着きがない。おびえているようにも見えた。
 ジュニちゃんってバトルも強かったんだ! あみを切ってしまうくらい強い光を出せるなら、ぼくをだまして捕まえようとしたおじさんを追い払うのだって難しくない。……でもマメをくれたのは事実だし、おじさん悪いひとじゃないんだよね? いや実際ぼくは捕まりかけてたじゃないか、早くやっつけないと!
 混乱しはじめたぼくの目の前で、ジュニちゃんがそっと顔をあげた。小さく震える複眼は、今にもこぼれ落ちてしまいそうなほど動揺していて。
「ゎ、私が捕まります。だから、コソクムシの子はっ、見逃してください……っ」
 かすれたジュニちゃんの声が、ぼくをさらに混乱のうずへと叩きおとす。なんで、なんで、ふたりで逃げよう、はやく。頭の中はまとまらない考えがあっちこっちに飛びかっているのに、声は出ないし1歩も動けない。夕方の穏やかな波にほっぺたをぶたれながら、小屋のドアへ消えていくジュニちゃんの背中を見送ることしかできなかった。
 逃げて。一瞬だけ振りむいた彼女の横目に弾かれるように、ぼくは近くの茂みに飛びこんだ。

 茂みの中にうずくまって、小屋からもれる電気の明かりにずっと目を凝らしていた。それでもぼくは冷静になれないでいる。おじさんがぼくを捕まえようとしたことも、助けてくれたジュニちゃんが自分から身を差しだしたのも、わけが分からなかった。こわくて、でもジュニちゃんを置いて逃げるわけにはいかなくて、窓ガラスにときおり映るおじさんの影が、ぼくの不安をこの上なく駆りたてた。
 茂みの中でまごついているうちに、満月が昇りはじめていた。おじさんがぼくを捕まえに出てくる気配はしない。意を決して、ぼくはいかだに忍びこんだ。さささッと窓に近づき、窓わくに飛びかかる。ぶら下がるようにして、視界の端で様子をうかがえる分だけ、慎重に顔を出した。
 見えたのは机に向かっているおじさんの背中。ジュニちゃんはどこ? せわしなく視線を左右に走らせるぼくの耳孔(みみ)に「いあぁッ!」と甲高い悲鳴が刺さりこんだ。
 ばッと正面を凝視する。声が上がったのはおじさんの裏側、机の上にジュニちゃんが寝かせられている……!? どうにか確かめようと首を伸ばしても、ぼくの小さな体ではどうにも視界は広がらなかった。部屋の中に踏みこむ勇気は、まだない。
 おじさんの腕が動いて、机の端に置いてあったケースから何かをつまみ出す。透明な丸いもの。電球の冷たい光を細長く照り返していて、それが持ち手の丸いピンのようなものだと分かった。
 右手にそれを掴んだおじさんが机にかじりつき、狙いを定めて指で押しこむと――
「きゃあ!」
 ジュニちゃんの悲鳴がまた響いた。ぼくの呼吸がふるえる、続けておじさんの腕がケースまでを往復して、いゃっ! また鋭く上がる叫び声。おぞましい想像が確かなものになりつつあって、これ以上見たくないのに、まばたきもできなかった。窓わくにかじりついたまま、ヌケニンのように固まっていることしかできない。
 ふいにおじさんが立ちあがる。ひらけたぼくの視界に映った机の上にはやっぱり、ジュニちゃんがいた。机と同じような素材の木の板、その中央に寝かせられ、きれいに延びた翅を透明な板で押しつけられ、その上からいくつもの虫ピンで留められていた。
 どッどッどッ、ぼくの体を破裂しそうな心音がゆさぶる。首すじを走る冷たい焦り、助けろ、駆けよれ、今しかないぞっ、自分を奮いたてるどんな暗示にも、だけどぼくの足はすくんで動かない。下あごが勝手に震えはじめて、もれかけた声にぼくはあわてて口をぎゅっと結んだ。
 ひどく歪んだぼくの黄色い目が、余裕をなくしたジュニちゃんの目とあった。苦しげな表情を貼りつけたまま、彼女は今にも動かなくなってしまいそうで。逃げて! と無理な合図を飛ばすぼくに、彼女はそっと瞳をとじた。まるですっかり諦めてしまったみたいに。
 そうこうしているうちにおじさんがイスへ座りなおして、ジュニちゃんが見えなくなる。ごつごつした腕が取ってきた新しいケースを開けた。中からつまみ上げたのはさっきまでのピンと形の違う、もっと太く尖った邪悪な針。まるで小さいものの命を奪いさって、永遠にそのくさびへ結びつけておくような。
 その呪い針がジュニちゃんの胸に突きおろされそうになって――
「うわあぁああぁああっ!!」
 ぼくは窓わくを蹴って飛びかかっていた。なりふり構わず出した虫の抵抗音におどろいて、おじさんがこっちを振り向く。ぼくが渾身の体当たりをしたところでビクともしないはずだ、それでもつっこんだ。無我夢中のうちに体が熱い、つむったまぶたの裏がまばゆい光にチカチカしていた。
「……あれ」
 壁にぶつかるような衝撃がくるはずだ、と身を硬くしていたのに、いつまでたってもそんな気がしなかった。おそるおそる薄眼を開けると、おじさんが床に倒れている。ビックリして転んだ、それとも眠くなった? ともかく今がチャンスだった。腕を伸ばしてジュニちゃんの貼りついた板を抱えあげる。痛みをこらえていたに違いない、彼女のつぶらな複眼にたっぷりと溜まった涙が、揺れる木板の振動で下へとこぼれていく。つんと鼻を刺す、純度の高いお酒のような薬品のにおい。いちど体を動かしてしまうと、追っつかない感情がぼくの中でぶつかりあって、いてもたってもいられなくなった。全速力の逃げ腰――じゃない、戦略的危機回避だ。ぼくは窓ガラスをぶち抜いて、すたこらと2足歩行で逃げ出した。

「ジュニちゃん、ジュニちゃんっ……!」
 彼女をはりつけにしていた虫ピンを太い腕の爪ではさみ、翅を破かないように慎重に、だけど痛くないように一気に引きぬく。花びらのような翅に、虫食いのような穴が次々と開けられていった。5本、6本、取りさったピンを砂浜に投げすてる、右の翅を固定していた針をぜんぶ抜いて、平たく押しつけていた透明な薄い板を取りはらう。溺れたコラッタが水面でのたうちまわるように彼女の翅がさざめいた。焦りと緊張がぼくのつまんだ針の先を震わせ、霧の布のような彼女の左翅を裂く。血こそ流れなかったけど、ジュニちゃんは体を山折りに曲げて、あぁッ! 両手で抑えた口の端から高い悲鳴をもらした。
「あ、ああぁあ、ごめ、ごめんね――」
「どうしてッ!!」
 ジュニちゃんが叫んで、ぼくは虫ピンをつまんだまま固まった。彼女が起き上がろうとして、ぴりり、と翅にあいた穴が広がる。反射的に最後のピンを抜きさった。透明な板が震えた彼女に弾かれる。
 ボロボロの翅で浮かびあがったジュニちゃんが、見たこともない切羽詰まった剣幕でぼくに迫る。
「どうして私を助けたりしたの、人間に逆らったらみんな殺される! そういう子を何度も見てきた、4番も7番も23番も、みんな見せしめにビンごと潰されてきたの! 人間は私たちのことなんて考えてない、あのおじさんだって、生態調査の一環として私もシグくんも標本にするつもりだった、逃げ出したってどこまでも追いかけてきて、無慈悲に殺されるのよ!? そんなの私ひとりで十分、だって私はシグくんが、シグくんが……っ」
「………………」
 ぼくの口吻をつかんでいたジュニちゃんの羽ばたきが次第に弱まり、彼女はそのまま砂浜へ不時着した。ぺたんと足をたたんで、いつになくまくしたてる口は下三角に曲げられている。両手で引きあげたリボンで、ぬれた瞳を片目ずつぬぐった。
「私だって死ぬのは怖い。でも……、シグくんが死んじゃうのは、もっと怖かった。そうしたら隠れてなんかいられなくて、私が身代わりにならなきゃって……!」
「もう大丈夫だから、おじさんはやっつけたからさ。……たぶん気を失っただけだけど」
 あのとき必死だったからよく確かめなかったけど、部屋の中でおじさんはしっかりダウンしていたはずだ。机の角に思いっきり頭をぶつけていた気がするから、記憶喪失になっているかもしれない。
「うん……、でも逆に助けられた。土壇場で進化までして、シグくんはすごい、すごいよ」
「え……あ、ほんとだ」
 言われて、ぼくはハッキリと6本に別れた腕をわしゃわしゃさせた。太い腕が2本、それより頭側についた細腕は4本ある。やけに視線が高かったのはそういうわけだったんだ。ジュニちゃんを取りかえすことに夢中でいて、グソクムシャに進化していたことに今の今まで気づかなかった。そういや彼女を助けだしたとき、ごく自然に腕で板をつかんで、2本足で窓から飛びだしたんだっけ。
 感心するぼくをよそに、ジュニちゃんの涙はとまらない。かすれ声が夜の砂浜にしっとりと満ちていく。ちょっとずつ話してくれたのは、彼女がこの島へ流れつくまでのいきさつだった。
「シグくんは知らないと思うけど、人間の中には、私のような小型のポケモンをビンに詰めて眺める趣味の大人たちがいる。小屋にあった魚の標本やハーバリウム同然に、生きたままの私たちが、せまい小ビンに詰められ自由を奪われ、食料と空気をねだる様子を彼らはニタニタしながら眺めるの。安全を保障してくれるモンスターボールのような機能もない、ちいさな命を生かすも殺すも自由にいたぶれる、むごたらしい人間の遊び。私はそんな商品として密売人に捕まった、瓶詰めの妖精。人間に逆らったら殺されるぞって、延々と刷りこまれてきた」
「……だからあんなに人間を怖がってたんだ」
 泣き疲れたのか、ジュニちゃんは小さな手の甲で涙をぬぐって、これまた小さくうなずいた。息も楽につけるようになってきたみたい。
「前の嵐で私たちを運んでいた商船が転覆して、私は運良くこの島に流れ着いた。そこで、私はシグくんに出会ったの。小ビンと展翅台と、きみは2回も私をガラスの檻から逃がしてくれた。けど……、もう体に染み付いちゃってる。いつしか私は、人間に見られることを望むようになっていた。虫ピンで留められたとき、死ぬのは怖かったけど、これからずっと人間の目に止まるんだって思うと、私の価値が保たれるような気がして、なんだか安心した。……変だよね、シグくんはずっと私を見てくれているのに、そんな大切なことに気づけないくらい、私は人間に閉じこめられているの」
「……」
 口をつぐんだ彼女が、視線を海に向けて砂浜を指さす。そこにあるのは、砂浜に半分うもれた透明なビン。ジュニちゃんが毎晩くるまって眠りにつくその檻は、月の光を反射してただじっときらめいていた。
「このままじゃ、私はいつまで経っても瓶詰妖精の12番。お願いシグくん、このビンを――壊して」
 複眼をうるませた彼女が両手を突きだして、ぼくとの間に見えないガラスの壁をつくる。ぼくはそこに、太腕の爪の先をそっと合わせた。
「ガラス越しで眺めるだけじゃなくて、ぼくはジュニちゃんに、この手で直接ふれたいんだ」
 ゆうに10倍は体格差のある彼女を、ぼくは夜の砂浜にそっと横たえた。

 慣れない腕の爪が彼女の翅にひっかかって、クリーム色の花びらに新しい傷をつける。「あッ!」と痛々しくジュニちゃんが砂浜で身をよじらせて、ぼくは十字の目を白黒させた。
「わあっごめんね、大丈夫!?」
「痛くなかったから大丈夫。ただの冗談」
「……っ、ううーっ!」
 こんなところでからかわれるなんて。けど、冗談が言えるってことは、気持ちのほうは本当に大丈夫なんだろう。雰囲気で彼女を押し倒したもののうまいアイデアがあるわけでもなかったぼくは、調子を取りもどした彼女の様子に胸をなでおろしていた。でも……、ここからどうしよう。苦しまぎれにあたりを見まわすと、砂浜のあちらこちらがキラキラと月明かりを細長く照りかえしている。ぼくがさっき抜いた、ジュニちゃんの体を固定していた虫ピンだ。
 容赦なく彼女の翅を貫いていたピンは、持ち手のところが透明の球になっている。とがった先をぺきりと折った針を、ぼくはおそるおそるつまみ上げた。
 お腹を抱えるように体をかがめて、太腕の爪でつまんだ虫ピンの柄を横たわる彼女の体に滑らせた。さっき「この手で直接ふれたい」なんて言ったばかりなのに、こんな人間の道具に頼るなんて、なんだかとてもくやしかった。でも仕方ない。進化しなければ彼女を助け出せなかったけど、グソクムシャの体は彼女とつがうには大きすぎる。ぼくがあせってしまえば、それこそ彼女をくし刺しにしかねない。
 さっきまで彼女を固定していたピンだから、それが体をはい回るのは抵抗があるはずだ。けど、ジュニちゃんもぼくが何をしたいかわかってくれたみたいで、こそばゆそうに眼を細めるだけだった。
 獲った魚の小骨をよけるような繊細さで、彼女の全身を撫であげる。触覚のつけ根、リボンに隠れた首筋をなぞり、ツンツンと広がったクリーム色のスカートをたくし上げる。その裏の白い産毛の流れが、虫ピンの球に透けて見えた。下半身のかたちを確かめるように、球のレンズを外側から内向きに滑らせる。
「あ……」
 白いもこもこの中心をピンの柄がかすめたとき、ジュニちゃんは声をかすれさせた。抑えるつもりもなく、思わず漏れちゃったみたいな響きがあって、ぼくの喉を生つばが垂れ落ちていく。言われなくてもわかる、ここが彼女の大切なところ。
 産毛のよれている溝にそって、そっと球を揺りうごかす。ほんの少しだけ押しこめば、ん……、と鼻にかかったジュニちゃんの声がぼくの耳孔を震わせた。
「ちょっとずつ、入れるから」
「うん……、ぁ」
 植物の種のような小粒の片手が伸びて、彼女のそこを横へ押しひろげてくれた。薄明かりに目を凝らせば見える、あまりに肉感のあるジュニちゃんのなか。ぼくの爪がかすればたちまち裂いてしまいそうなそこへ、傷口をいたわるような繊細さでピンの柄をあてがった。彼女の手とは反対側をめくるように、くりくりと球体を動かす。あふれてきた蜜をからめ、抵抗も少なくなってきた彼女のそこを丁寧にほぐしていく。
 ジュニちゃんはさすがに恥ずかしいのか伏し目がちになっていたけど、とぎれとぎれに上げる可愛らしい喘ぎをくぐもらせはしなかった。あっ、やぁっ、全身がこまやかに震え、空いた片手は首のリボンをきゅっと握っている。
 そろそろ押しこむよ、と彼女にまなざしで訴える。ぼくがどうしたいか察してくれたジュニちゃんが、こくり、とぎこちなく頷いた。
 下から彼女の奥へ滑りこませるように、何度か同じ動きをくり返した。もう慣れてくれたのか、涙をためて声を震わせる彼女はちゃんと気持ちよくなっているようで。はかなげな叫びが大きくとろけたところで、ぼくはひと思いに柄を押しこんだ。
「ひっ……ッ、ぁう……ぁ!」
「……っ」
 ぼくの爪の先ほどの長さもない小さな球だけど、ジュニちゃんにとってはその黒い手よりもずっと大きな異物。それが彼女のそこに収められて、苦しくないはずがない。ひどい圧迫感におそわれているんだろう、しばらくジュニちゃんは息を止めていた。小さな体がぴくりぴくりと震え、ぼくが手を離した虫ピンの先が、嵐の日のこずえのように振りみだれる。
 彼女の息が落ちついてきたところで、ぼくはまたピンの芯をつまみなおした。押したり、ひいたり、かき混ぜたり、彼女のこぼすつやっぽい声をたよりにさぐっていく。くぷ、ぎゅふ、透明な球の奥に、圧されては引き延ばされる肉の壁が見えて。いつの間にかぼくは夢中になって、ジュニちゃんのなかを調べあげていた。試しに虫ピンをきゅっとひねってみると――
「ぁああぁああッ!?」
「わ……、すごい」
 ジュニちゃんの下半身が面白いように跳ねた。なかが締めつけているのか、やけに動かしづらくなったピンを右まわりに、左まわりに。掻きだされた蜜が球とのすき間からあふれ、白い綿毛には何本もの川ができていた。
 虫ピンを抜こうとすれば、離すもんかと肉の膜がめくれ上がる。きゅぽん、と蜜音を立てて外れてくれたそこは、むくげの花が夕ぐれになって閉じるようにゆっくりと塞がれていった。快感にこぼれたジュニちゃんの涙は、りんぷんに弾かれて翅の上でまあるく揺らめいでいた。
 ぼくのよろいの前貼りを、下から押しあげる熱があった。
 初めてなのに、これからどうすればいいかは体が知っていた。早熟な本能が、彼女をめちゃくちゃに染めあげろとぼくをそそのかす。それをなんとか押しのけて、熱にふらつく2本足で立ちあがった。盛りあがる前貼りを横へずらせば、裏から肉の刀がすらりと伸びあがっていた。ぼくのものにしてはスマートに見えるけれど、それは幅広なグソクムシャの体に比べれば、だ。長さだけで言えば、ゆうに彼女の身長を超えている。まともに考えて、ぼくたちがつがえるはずもなかった。細くとがっている先端だけが、彼女と繋がることのできるせめてもの希望。そこでだけでも、彼女にふれていたい。
「……大きいのね」
「無理はしないから、ぜったい」
 どこかひと事のようにつぶやいた彼女を太腕ですくう。平岩に腰かけ、手のひらの上の彼女と穏やかな海を向いた。まだ低い位置の満月が、静かにぼくたちを背中から照らしていた。
 まっすぐに上を指したぼくのもの。あいた穴からわずかな湿り気をにじませる切っ先に、海を向いたままの彼女を乗せた。
 重さもほとんど感じない、綿毛のかたまりがくっついたような感覚。これから彼女とつがうんだと意気ごんでも、ぼくのものの先っぽにちょんと座ったアブリボンは、ちょっと滑稽だった。ジュニちゃんが手を使って、おしりの位置を調節する。かろうじてふれあった敏感な肉どうしが、にち、微かにこすれて猛烈な熱を生む。思わず腰が浮いた。
 震える太腕をまわし、彼女のわきへ爪をさしこんだ。ぼくの鼓動で大きくぶれる彼女の体を支える。腰をゆらしてものを押しつけても、小さな彼女の中へは進めなかった。アブリボンの体が上下するだけだ。
 あせるぼくに、顔だけで振り返ったジュニちゃんがいたずらっぽい流し目を送ってくる。
「……下手っぴ」
「冗談きついよ、傷つくなぁ」
「ちょっとだけなら無理しても……ふぅっ、大丈夫。信頼しているから、ね」
「う……、うん」
 ジュニちゃんが可憐な手の先をふんわりと持ちあげる。ぼくは余っていた左右の細腕を2本ずつ寄せて、その爪の先で黒い粒をはさんだ。柔らかい、間違えてひねってしまえば、あっけなく取れてしまいそう。ぜったいに傷つけちゃダメだ、何度も自分に言い聞かせる。熟れすぎたモモンのみを好きなひとに送り届けるときのように、爪の先端を丸めこんだ。
 同じようにして、太腕の爪で彼女のくびれをがっしりと掴みなおした。もうちょっとだけ深く、ふれあいたい。それはジュニちゃんだって同じはずだ。さっき使っていたピンの柄、それがどこまで彼女の中へ進んでいたかを必死に思い出す。透明な球の直径ぶんだけ、ぼくはひと息に腰を突きあげた。
「――――〜〜っ!!」
「ジュニちゃ……っ、大丈夫、だよね」
 じわりと、ものの先に感じる熱が広がった。たったそれだけの進撃に、ぼくの細腕の爪をにぎるジュニちゃんの柔手がきゅうぅ、と縮こまる。
 あわてて外そうとするぼくへ、大丈夫、というようにジュニちゃんがこくこく首を振る。それでも裂けるんじゃないかと心配で。動いていいよ、とかすれ声でささやかれても、木から落ちたオレンのみを元の枝につけ直すような慎重さでぼくは腰をゆらしていた。ほとんど気持ちよさは分からなかったけど、ほんのわずかな身じろぎでもジュニちゃんにとっては強烈な刺激になっているみたい。「あ……、あぁっ」なんて、虫ピンの球でしていたときの悩ましい声が戻ってきて、しぼみかけていたぼくの背筋を痺れるような熱が駆けぬけた。
 どんな表情をしながら喘いでいるんだろう。思わず気になって、ぼくは彼女を上から覗きこんだ。
 嬉しいとキラキラ揺れる複眼は、ぷっくりと膨れるように涙をためて星空みたいに輝いていた。はにかむとほんのり赤くなるほっぺた、今はそこだけでは収まらず、淡いクリーム色の顔がすっかり紅潮しきっていて。いつもはちょこんとまとまっている口は大きくほどけ、甘い声といっしょに下唇からぱたぱたとよだれを流している。ぼくのものを受けいれてはしたなく悶えている自分に、きっと彼女は気づいてもいない。きれいにディスプレイされたビンの中じゃ見られない、ジュニちゃんの快感におぼれた姿。それを見せつけられれば腰を支えるぼくの太腕に力がこもり、なかを搔きまわす腰の速さがいやでも増してしまう。
「あっ、んああぁ、ああぁあああぁ――」
「ふ……ッ、ふゥ、ぅううッ……」
 荒くなるばっかりのぼくの息に、彼女の触覚がひゅるひゅるとせわしなく揺れる。汗をかいたジュニちゃんの、はちみつが発酵したような甘酸っぱいかおり。閉じられないぼくの口の端からもよだれが垂れて、オボン色をした彼女の頭のてっぺんを汚す。これだけたくさん腕があるのに、ぼくにだって拭う余裕はなかった。むしろこれまでになく熱くたぎっていた。ビンを隔てて、距離をおいて夜を過ごしてきたジュニちゃんを汚すことが、とてもいけないことのように感じられて。下あごの先からほとばしるぼくの汗が、彼女の産毛に暗いしみをつくる。
 みちっ、にちぃ、ぎちちッ、はち切れそうな肉の音は、ジュニちゃんの甲高いあえぎ声に遮られて聞こえない。太腕の爪に彼女の腰のけいれんが伝わってきて、細爪にかかった手はすがるように握りこまれたままだ。
 ジュニちゃんと繋がったところでは、何度もこねられた蜜がぷち、ぶじゅ、と白く泡立っていた。糸が切れたように投げ出された彼女の細い足を伝って、大きく揺れる足先からぼくたちの愛のしるしが砂浜へ飛びちっていく。
 その小さな足がふいに、ピンとまっすぐ伸びて固まった。
「ひゃ、ぁ――、シグく……っ!」
 ぴくんッ、体の奥をつねられたように顔を跳ねあげたジュニちゃん。華奢な体が反りかえり、反動でぼくのものが外れた。ぶるん、とものがしなって彼女の体が前に飛ばされる。あわてて両腕ですくい上げ、砂浜へあおむけにそっと置いた。
 ふやふやにゆるんだ表情は、細い両腕で隠そうとしてもぜんぜん隠れていなかった。ぼくと彼女のよだれや汗で、汁気をふくんでベタベタになったリボン。だらしなく開いた口から熱っぽい吐息をもらし、ちいさな胸が膨らんではしぼむを繰りかえす。よっぽど気持ちよかったのか、傷だらけの翅がけいれんして、ばちっ、びしっと砂を巻きあげている。内股に折れた細いもも、そのあいだの白い産毛は、ジュニちゃんのこぼした蜜でにっとりと撫でつけられていた。熟れたザロクのようにぽっかり空いてしまった彼女のそこは、淡い月明かりのもとでもひどくぼくをざわめかせる。さっきまでそこに入っていたと思うだけで、さざめくような熱がぶり返してくる。
 おとろえる様子もないぼくのものを右の太腕でつつみ、衝動に煽られるまま往復させた。ジュニちゃんを気づかって外気にさらされるだけだった根元まで手をひるがえし、すぐにまた大きくぶれる先端を包み直す。
「な、なんか、くる……っ」
 小さくうめいて、手を離したぼくのものがわなわな震えだす。ぎしぎしと関節に力がこもり、心臓がきゅっと縮む、体が芯から焼き切れる感覚。気づけば張りつめたものの先端から、白い粘液が飛びだした。
「きゃ!?」
「あぁうう……ッ」
 ほぼ真上に打ち上げられたぼくの精が、小さなアーチをなぞってジュニちゃんの上に降りかかる。ぱたぱたたっ、翅にもお腹にもとろけた顔にも、重たげな粘液を全身へ散らされた彼女の姿は、まるで虫ピンで翅を拡げられていたときと同じように思えて。
 尻もちをついたぼくの熱にぼやける視界でそれを見て、頭が一気に冷えた。北の海に足を滑らせたような衝撃で、汚してしまった彼女を砂利ごとすくい上げる。早く流さないと、おろおろするぼくに対して、だけど彼女は涙ながらの笑顔を浮かべていた。
「……うれしい。こんなに私に触れて、愛して、汚してくれるの、シグくんだけ」
「ジュニちゃん……」
 彼女を腕に抱えたまま、ざぶざぶと冷えた海にはいった。虫ピンの穴に塩水がしみたのか、ぼくが翅をすすぐたび彼女は身をすくませる。でもそのあいだずっと笑顔で、ビンの中に閉じこめられているときよりずっと生き生きとしていた。
 そんなジュニちゃんのが、ぼくは好きだ。口と口を重ねる代わりに、ぼくたちは小さな手のひらと大きな爪の先でそっとふれあった。

 いかだハウスを覗くと、まだおじさんは床にのびていた。起こさないよう机へ忍びより、太腕に握っていたマメを置く。今までおじさんからもらった分。そっとドアを閉め、ぼくは小屋をあとにする。
 砂浜へ乗りあがったいかだの角を、力いっぱい海へと押しだした。マメも置いたし、ちゃんと息はしていたからきっと大丈夫。もうぼくとジュニちゃんのリゾー島には来ないでほしい。ポケモンのためのリゾートを作る夢は、次に流れ着いた島で叶えてくれ。……海の上で嵐になったら、ぼくが窓を破ったせいで苦労しそうだけど。
「おまたせ」
「うん」
 湧き水で体をすすぎに行ったジュニちゃんが、ちょっと疲れた笑顔で砂浜に戻ってきた。激しく翅をさざめかせてくっついた水滴をとばし、素早く体を乾かしていく。アブリボンは再生力の高い種族らしく、もう翅の穴は塞がりはじめていた。
 満月がきれいだ。平たい岩へ腰かけたぼくの手のひらに、彼女がちょんと翅休めする。穏やかな海の音に合わせて流れる、ジュニちゃんが透きとおった声。
「今までずっと言えなかった。シグくん、本当にありがとう。ガラス瓶から出してくれてありがとう。弱っているところを気づかってくれてありがとう。おじさんの元から助け出してくれてありがとう。それと……、私に素敵な名前をつけてくれて、ありがとう。けっこう気に入ってるよ」
「こちらこそ、ぼくのつがいになってくれてありがとう、ジュニちゃん。……そうだ、これ、なんだけど」
「…………うん」
 ぼくたちの視線の先には、砂浜に半分埋まった小さなビンが、満月の明かりを浴びて静かに輝いていた。透明な曲面が、寄りそうぼくとジュニちゃんを引きのばして見せていた。
 彼女がぼくに向いて、お願い、と小さくうなずいた。ガラスの船も、ベッドも、檻も、もう彼女には必要ない。たとえ海を渡ることになっても、もうジュニちゃんはその翅でどこまでも自由に飛んでいけるから。
 彼女をぼくのもとへ運んできてくれた小ビンを、ぼくは太腕の爪でたたき割った。





おしまい


あとがき

wiki本3でお世話になりました影山さんにcommissionで扉絵を描いていただきました……最高……ひきつった複眼とにじむ反射光……ふるえて分散する涙……力なくへたりこむ脚と助けを求めることさえ諦めてしまった手……これはオークションもさぞ白熱するでしょう……私も6万ドルまでなら借金して競れる……。
えっちじゃないのにこれ本編より5おくばいくらいえっちですね(?)。

ステキな絵を見ていただければ一目瞭然なんですけど、アブリボンみたいな小さいポケモンを瓶に詰めることのなにがいいかといいますとね、つまり精神的・肉体的拘束のバランスなんですよ。ふつうの奴隷オークションって鎖とか首輪とかで露骨に肉体を縛るじゃないですか。でもビンなら詰めるだけで逃れられないことは明らか。ポケモンなら鎖で繋がれてもひきちぎれそうですが、瓶も壊せないような非力なポケモンは鎖で繋がれた以上に絶望がハンパないと思うんですよ。もちろん逃げださないようにシッカリしつけてあるんですけど、象徴的に精神を縛られているというか、むしろ瓶に閉じこもっていれば体罰は受けないし……って依存してくれるとなおヨシです。だからこそ本編では叩き割られたのですが。金属アレルギーの子がかぶれる心配ないのも紳士的。
露骨に性的要素を前面に出さないのも紳士の嗜みってカンジします(?)。命令すれば自慰くらいするでしょうが、もっぱら観賞・愛玩用ですね。小さな命がこの手にかかっているという優越感を得るためにあるのです。ジブリ映画ですが小人アリエッティのお母さんが瓶で捕まえられるの、アレ最高ですよね……。あと巨人が出てくる作品では人間がでかい瓶に詰められたりします。主に食用ですが。

ほっとくとあと2万字は語るのでこのへんで切り上げます。大会にていただいたコメントにお返事を。


・体格差カップルにはお互いを気遣う愛が溢れていてたいへん尊いですね。最後に瓶を叩き割るシーンが物語の締めくくりとしてとても印象に残ったので投票します。 (2018/10/13(土) 20:48)

2.0mと0.2mだと、相手に優しくふれることさえ難しい。たとえ無理だと言われようとも先っぽくらい繋げてあげたかったのだ……。
依存先の瓶を割るのはアブリボンの決別の象徴ですね。12番という仮の名前を捨て真の名前を得るプロセスも個人的に好きポイントです。


・アブリボンとグソクムシャ???? 体格差大好きとても不器用な感じ大好き!!!!! アブリボンH大好きなんですこれからも頑張って下さい!!! (2018/10/14(日) 21:59)

わかる!!!
アブリボンで書くかはとても不明ですががんばります!


・瓶の中にいるジュニちゃんは美しい。
シグくんとジュニちゃんの関係性とか、とても好きです。 (2018/10/14(日) 23:57)

小っちゃくてかわいい子は、しまっちゃおうねぇ……
夜の砂浜でビンの中眠る彼女はとても神秘的ですらあります。ずっと眺めていたい。
人間のことを何も知らないシグくんも、よくやったと思います。がんばったね……いっぱい甘やかしてあげたい。末長くお幸せに……。



投稿してくださった方、読んでみた方、大会主催者様、ありがとうございました!


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Last-modified: 2018-11-03 (土) 23:27:41
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