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環の森

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 この作品には官能表現を思わせる描写があります。またポケモンの死・取り込みの表現もあります。




 環の森


 ──六日目。
 首だけを動かして上を向くと、まんまるの金に輝くお月様が見えた。
 昨日のこの時間はほんの少しだけ欠けていたお月様が、今日は完全に円を描いていたのを永遠に忘れられないと思う。

 風が軽く吹くと、視界のお月様の端々を削るかのようにザワザワと木々の葉が擦れ合った。
『私』は一匹だけでそのお月様を眺めていた。
 特に何かを考える事もしないけどぺったんと座っている岩がお尻に冷たいとは少し思ったので、ボリュームのあるギザギザの尻尾をお尻を覆うように丸めた。
 真っ暗で木々が所狭しと連なった森の開けた広場の中央にそびえる苔生した岩の上で、私はただ待った。

 ●

 十日前、私は主人と共にこの森に訪れるため、旅に出た。
 凍結した人間の街と隣接する不思議と生暖かい森の深くに、凍結した街の人間が頻繁に出入りする姿を幾人が目撃しいつしか『あの森には何かが隠されている』と噂になり、それは私と主人が暮らす海の街にまで届いていた。
 主人は好奇心旺盛だが同時に自信過剰であった。一五歳になったばかりの主人はそれまで貯めていたお小遣いを握りしめ私が入ったモンスターボールを腰に巻いたベルトに括り付け、扉を蹴破らんばかりに勢い良く家を飛び出した。
「塾の奴らと勝負したんだ! 絶対俺が先に見つけてやるんだ!」
 どうせならお勉強の方を勝負してもらいたい、と私がボールの中で思ってもそれが主人に伝わるわけもなかった。
 この小さな冒険を主人の両親が許したのは、春期講習とやらが終わったからだと聞いたのは高すぎる塔が窓から見えるホテルに泊まった時だった。
 家を出てから四日で目的の森に主人と私はたどり着いた。
 寒すぎるからと、街に着いてもポケモンセンターに寄る事もしないで一目散に森に入ったがそれを後に主人は後悔したと思う。
 森に住む者たちの事を聞いていれば、主人はきっと森に入るのを諦めただろうから。

「いいか。ポケモンが飛び出てきたらちゃんと攻撃をするんだぞ」
 モンスターボールから出した私を足元に従えて主人は防寒具を脱ぎながら呟いた。
 私は正直バトルと言うものはあまり得意ではなく、主人の友人が持つデルビルと戦った時は酷い火傷を負わされて自慢のギザギザした尻尾の毛が生え揃うまで二ヶ月かかったものだ。
 けど、若干孕んだ憂鬱さを溜息と共に吐き出して私は一言「グ!」と返した。

 森の中は薄暗い。昼間であるにも係わらず夕方から夜の間の暗さを思わせた。
 主人はコンパスとペンを右手に乗せて、適当に森の中を歩きながら白紙にマッピングを引いていく。
「あれ、おかしいな……? この道さっきも通ったよな」
 足を止め、キャップをかぶせたペン先で頭を掻き毟りながら主人が首を傾げながら自作の地図を眺めた。
 トン、とペン先で地図の一部を叩いて私に見せるが残念なことに私は地図の読み方を知らない。その事は主人も分かっていることだが。
 またしばらく森の中を探ってみようか、と主人が途中まで噤んだ時、横の草むらがガザッと音を立てて葉を散らせた。

 私はすぐさま臨戦態勢を取り、全身の毛を逆立ててギザギザの毛を更に尖らせた。
 主人も腰を低めて草むらの向うを探って──
「ずつき!!」
 指示を受け、私は全身を飛びあがらせて草の中に突撃した。本来なら走って突撃するべきではあるが、あいにく私は真っ直ぐ走ることが苦手なのだ。確実に目標を定めるにはこれが一番。
 頭にずしん、と衝撃が響いたと同時に誰かの悲鳴が上がった。もちろん私と主人以外のだ。
 身体を後ろに飛び跳ねあがらせて枯葉の積もった森の地面に四足を滑らせると、主人が声を上げた。
「わぁあ! ゴチミル!?」
 私のずつきをもろに喰らい、怯えた目で屈んでいたのは見たことの無いポケモンだった。
 人間の少女、特にリボンとやらを巻きつけた少女のように見える。
「イッシュ地方にしかいないはずなのに……よし! ゲットだ! もう一度ずつき!」
 このポケモンをゲットすれば間違いなく主人は塾でヒーローになるであろう。何としてでもゲットしなくてはと主人の声から焦りが伝わり、私は指示通りにもう一度目の前のポケモンに攻撃を仕掛けようと飛び上がった。の、だが。

 ねじ曲がった木々の枝が、ポケモンの全身を覆い隠すように私の前に立ちふさがった。
 
 何が起こったのか。
 理解するよりも先に私は頭を枝の盾に思いっきりぶつけ、バシッと弾き返されて背から地面に落とされ、一瞬息が出来ず身体が強張った。
 そんな私を心配するよりも、主人は目前の状況にあっけにとられていた。
 やっと私が身体を起こしあげ体毛にこびりついた枯葉をふるい落した時、私は目を見張った。
 見知らぬポケモンを守った木々の枝が、ぐにゃりと曲がりゆっくりと私と主人へ鎌首をもたげてきたのだ。
「ひ……う、わあああああああああ!!!」
 状況を思考するより、恐怖の本能が上回った。それは主人も例外ではなく握っていたペンとコンパスを放り出してポケモンとは別方向へと走りだした。私も付いていこうと全力疾走したが、先ほども言った通り私は真っ直ぐ走ることが苦手である。
 あっと言う間に私と主人ははぐれてしまったのだ。この薄暗い道も分からない森の中で。



 どのくらい走ったのか、どのくらいの時間がたったのか、もう分からなくなった時私はこの場所を見つけた。
 中央にそびえる岩の上は空が見える。真っ黒の空の中に浮かぶ欠けた月は、不思議と私にかすかな安心を与えてくれた。
 月が見えるという事は、森に入ってから半日が終わろうとしていたと言う事が分かった。
 下手に動くよりもここでじっとしていた方が良いと考えた私は、この岩の上で主人を待った。

「やぁ」

 心臓が飛び跳ねた。主人が私を見つけてくれたのだ。……と、脳裏で走った安堵は一瞬で砕かれた。
 私に声をかけてきたのは主人ではなかった。

「君、見たことの無いポケモンだけど、どこから来たんだい」

 ゆっくりと、広場の位入り口から私の乗っかる岩へと身体を向かわせてきたのは、これまた見たことの無いポケモンだった。
 月明かりの元に晒された姿を見た私の第一印象は『樹』であった。
 樹木の様なあるいはそのものの身体に手足が伸び、頭部と見れる個所に割れた口と顔。割れた表皮の中は真っ黒で、その中に赤い球が浮かんでいた。
 どう答えればいいのか分からない私を察してか、樹のようなポケモンは腹部の割れた表皮の中に手を入れ、何かを掴んで私に差し出した。……木の実だった。

 それが私ジグザグマと、オーロットとの出会いだった。

 ●

 オーロットはとても親切だった。
 主人とはぐれ一匹ぼっちの迷子である私を慰めてくれて、木の実を与えてくれた。
「そうか、君、迷子か。時々いるよ、他の地からやって来て、迷子になる人間とポケモン」
 私の座る岩の横に佇みながらオーロットは球のような赤い目をぐるぐると回した。
「この森は、よそ者には迷いやすい。君の主人なら、探してあげよう」
「え」
「だから、君はここから動かないで。何、心配いらない。食事は毎日持ってきてあげる」
「でも……」
「いいんだ、気にしないで。いつもの事」
「……うん」
 見も知らずの私に親切にしてくれるオーロットに悪いと思いつつも、私がそれを受け入れると彼はゆっくり頷いた。

 それから、毎日私はこの広場のこの岩の上で、主人を待った。正しくは主人を探し回っているオーロットをである。
 オーロットは昼間に森を歩き回って夜の決まった時間に私に報告と木の実を持ってきてくれた。
 彼が持ってきてくれる木の実はどれも美味しくて、いつも新鮮だった。
「収穫が、得意なんだ」
 私が迷って三日目の夜に、腹部の割れ目から木の実を取り出しながらオーロットが教えてくれた。
 あの腹部の中にももっと木の実が入ってないのかな、と私は欲を出して岩の上から滑り落ちオーロットの腹部に飛び込もうとした。が、私が飛び込んだ先は彼の腕に巻かれるように生えた葉のクッションであった。
「ダメ」
「ケチ~……」
 腹部を防いだオーロットの右腕にしがみついて私は頬を膨らませた。
「今は、まだ、ダメ」
 私を岩の上に乗せ直しながらオーロットは言った。
「今はって……いつならいいの?」
「うん、満月の頃、かな」
 私は空を見上げてお月様の形を確認した。お月様は私から見て右側がほんの少し欠けており満月と言うには無理があった。
「いつが満月なの?」
「後、三日後、だね」
 その答えに、私は胸が躍った。何故だろう。たった三日夜だけの僅かな時を共に過ごしただけであるのに私はオーロットにすっかり親しみを覚えていたのだ。
 それと同時に三日後まで主人が見つからなければ良いなとまで思ってしまったのだが、それに罪悪感を持つことも無かった。

 そうなった理由を知ったのは三日後。正しく満月の夜──

 ●

 六日目。
 今夜もオーロットが報告と木の実を渡しに広場へやってきた。
「君の主人は、やはり見つからなかったよ」
 いつも通りに私の座る岩の横に身体を置いて、割れた腹部から木の実を取り出しながらオーロットはこの六日間幾度も繰り返した言葉を私へ向けた。だけど私は内心ほっとしていた。
「そう」
「もしかしたら、もう、森を出てしまったのかもしれない」
 そんな気はしていた。むしろその方が良い。そうならば、私がこの広場でオーロットと落ち合い続ける理由が出来る。
 彼はとても優しい。見も知らずのよそ者の私にすらこうして木の実を与え飢えさせない。
 主人がこのまま私を見つけられず、私を見捨ててしまったとしたら、きっとオーロットは私をこの森に住まう事──オーロットと共に暮らすことを許してくれると思う。 

 私はオーロットが好きになってしまったのだ。
 彼の腕をよじ登り、彼の頭部の葉のクッションに身体を埋めて、顔を出して、首から腹部に滑り落ち、あの割れた腹部に身体を入れて、私が笑うとオーロットも笑って……そんな光景を私はいつしか妄想するようになった。
「食べ、ないのかな」
 オーロットの声が物思いに耽った私を揺さぶった。
「あ、うん。今日も頂くね」
 今夜、オーロットが持ってきてくれたのは黄色くぽってりと膨らんだオボンの実。形は違えどまん丸のお月様と似ているなとふと思った。
 尖った先っぽの部分を一齧り。かなり硬い木の実だけど私はこのまろやかな舌触りと味が結構好きだ。咀嚼を数回繰り返してからゴクリと喉から胃へと流すと、じんわりとした幸福感が胸を包んだ。

「ねぇオーロット」
「何?」
「言ったよね。私をそのお腹に入れてくれるって」
 オボンの実をヘタだけ残して完食した私は、オーロットに取り付けた約束を伝えた。
「……あぁ、そう、だったね」
 のそり、と。巨体を揺らして少し目線を落として私と向かい合う。揺れた身体から葉が数枚零れ落ちたが彼はそれを気にしている様子もなかった。
 顔の割れ目から見せる赤い球の目。何故だろうか。やたらと私の背の毛がザワザワと逆立つ。
 ギシ、と節が響く音を鳴らしながらオーロットはゆっくり両腕を伸ばして私の両前足の脇を掬い、目の高さを同じにするように抱え上げた。
「今日は、満月だ」
 オーロットの声に反応し、私は夜空を見上げた。そこには先ほどから何時間も眺めていたのと同じ形のお月様。
「満月は、この森と、よく似ている」
 彼の声を聴きながら、天地がひっくり返った感覚を見た。岩の上に私は仰向けで転がされたのだ。
 状況が把握出来ずに声を出す前に身体を起こしあげようとしたけど、オーロットの樹木の両手に両脇を抑えられその力に敵わなかった。

 オーロットが何を企んでいるのか、私が知ることは到底不可能なことである。
 私のその考えを読み取った彼が身を乗り出して私の身体に覆いかぶると、お月様がオーロットの頭部の葉で削られているように見えた。
「満月は、その形の何処をなぞっても、必ず同じ個所にたどり着く。この森も、また、同じ場所に、着く」
 ゾクリと、悪寒が私の背を駆け抜ける。岩の冷たさのせいじゃない。
「それは、この森が、よそ者を退けるための、意志」
「……ッ!」
 私は声にならない悲鳴を上げた。
 身体がビクリと跳ね飛びそうになるが、オーロットの腕に抑えられ体毛とギザギザの尾が揺れるだけに留まる。
 ギシ、ギシ、ギシ、とオーロットの木の根の脚が蠢く音と思える物が私の耳に入るが押さえつけられた私が見れるのはオーロットの赤い球の目と、彼の頭部の葉で刻まれたお月様だけ。
「だが、君と主人は、この森に牙を向けた」
 何かが、私の身体の真ん中をこじ開けようとしていた。まるで細い紐、糸──木の枝、いや、木の根のような物が私の身体の隙間から侵入してくる感覚を、確かに私は見ていた。
 ザワザワザワ、と風が吹いてお月様が削れる箇所が変わってゆく。
「許されない事なんだよ」
 ズグン、と身体の中の奥底を尽かれた。不思議と痛みは感じないが、とても苦しい。浅く熱い呼吸を繰り返しながら私はまだお月様を見ていた。
 じんわりとした熱い木の根が私の身体を中から蔓延んでいく。それは虫ポケモンが吐く糸の様に広がって、お腹の中から胸に、背に、お尻に、首に、尾に、顔に、頭に…………私の身体全てが包まれる感覚。

 お月様の色が真っ赤になったと思ったら、それはオーロットの赤い球の目である事を理解する前に私は抱えあげられて、ぽっかりと空いた腹部の穴に放り込まれた。
 念願かなってのオーロットのお腹の穴には、私が思った通り木の実が沢山積まれてあったが私がそれに手を伸ばす事は出来ず、樹の壁がギシギシと蠢いてお腹の穴を閉めようとし、木の実ごと私の身体を包み込んだ。
 硬い木の壁に擦られたらさぞかし痛かっただろうけど、今の私はもうそのような感覚を伝える機能が働いていなかった。
 穴が塞がる寸前、球が見えたが、それがお月様なのかオーロットの目なのか、考えるよりも先に穴は塞がった。

 ●

『私』は自分の閉じた腹部を撫で、一つ息を吐いてから空を見上げた。
 形を日々変える月が今日は満ちた形となって私を含めた森全てを照らしている。

 月とこの森は同じだ。
 月はもう幾年前から形の満ち引きを繰り返し、この森は幾年前から他者の侵入を拒んでいる。
 私オーロットもまた、幾年前から他者の排除と削除を繰り返していた。
 特に敵意のない他者に対しては軽く道を迷わせてから追い出していたが、敵意を向けたものはそうもいかない。
 今回のジグザグマの少女も、また森に牙を与えたのだから。

 ただ攻撃してきた他者を削除すればいいわけでもない。それではこの森はいつしか滅んでしまう。
 鳥ポケモンが運ぶ木の実の種と同じく、他者もまた森の新たな発展の切っ掛けにもなるのだ。
 そのためには、まず他者へこの森で収穫された木の実を与え血肉を作らせる。数日だけでも構わないが出来るだけ長く与え、血肉を構築する成分をこの森と同質にさせた方がやりやすい。
 その後、対象を森を作り上げる物体へ。つまり樹木そのものへと変化させる。その方法を取れるのは私オーロットと、進化前のボクレーたちだけだ。

 森へ唱える呪い(まじない)と森の唱える呪い(のろい)は、私たちが月と共に続けてきた儀式。
 満月は、その為の大切な祭壇である。

 私たちはそうしてこの森を守り、この森を作ってきた。
 悪いことなど思わない。そうするのが当然なのだ。そうするように、この森を繁栄していく本能が、小さきポケモンの歯で樹木の表皮を刻むかのように、この森に産まれた私に刻まれている。
 私の先祖も、これから伝える事がある子孫も、繰り返していくだろう。
 (たまき)の縁を延々となぞり止まりを探すような行為と同じで永遠に終わることが無い。
 ……さて、まだ今回の呪いは終わっていない。もう一人、残っているのだ。
 私は月から視線を外し、この広場の出口の奥へゆっくりと樹木の身体を向かわせた。


 夜が深けて、不自然なほどに物音を伝わせる事を拒んでいた森を横切るように風が吹いた時、ギシリと月が削れる音が響いた。
 ────次に月と森が環を描くまで、二十九日後。
 


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Last-modified: 2015-01-26 (月) 20:46:12
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