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獣の国のアリスー1ー

/獣の国のアリスー1ー

獣の国のアリス ?

不思議な森 


はじまり 


 目が覚めると私は私ではなかった。指が無い。耳は頭の上にある。体中は茶色い毛で包まれ、背は縮み、まるで小型犬になった様だ。いや、兎か?
 とりあえず自分の体を見回した。見れば見るほど、滑稽な部分が現れる。ふさふさの胸毛、ふさふさの尻尾、目は人間の時よりも大きくなっている。口は小さく、中に小さい牙がある。やはり私は小型犬になってしまったのだろうか?

 それに、ここはどこだろう? 私は確かにベッドに入って寝たはずなのに・・・。ここは森の中だろうか? 木が立ち並び、草が生い茂って、辺りは暗い。昼間なのだろうか?上からかすかに光が見える。
 見た事の無い生物が周りにいた。大きいく珍しい模様の蜘蛛が木に止まっていたり、絵に描いたような変な姿の蜂(?)が飛んでいたり、まるで絵本の中だ。
 きっと私は夢を見ているのだろう。じきに覚める。私はその場に寝転がった。草のベッドが心地よい。

「起きろアリス。時間が無い」
 その声は私のすぐ傍から聞こえた。目を開け、ぐるりと辺りを見渡す。奇妙な猫が切り株の上にいた。見た目は普通の猫なのだが、尻尾が異様に長い。しかも電話のコードのようにくるくると巻いてある。
 って言うか猫が喋った!

「あ、貴方は誰? ここは何処?」
 この姿で初めて声を出す。どうやら私も喋れるようだ。声は随分と変わってしまったが。
「私の名はチェシャ。ここはアリス、君の中だ」
「私の中? ・・・それより、私、アリスじゃないんだけど・・・」
「じゃあ何だ?」
 私は当たり前の様に自分の名前を言おうとした。が、名前が出てこない。不思議だ。今まで自分の名前を思い出せない事なんて無かったのに。ただ、アリスと言う名前では無いのは分かる。
 他の事を思い出そうとする。まず、私は元は人間。女・・・だったと思う。家族は・・・いたっけ? 住んでいる所は・・・。

「言えないのだろう? だからアリスだ」
「はぁ・・・。 それより、ここは何処? 貴方は何者?」
「さっき言ったとおり、ここは君の中だ。正確に言えば君の夢の中。君は今、夢を見ている事になる。
私はさっき名乗った通り、チェシャと言う者。ニャルマーと言う種族だ」
「ニャルマー?」
「この世界の生物の名前だ。種類ごとに名前がついている。当たり前の事だがな。
ちなみに、君はイーブイと言う種族だ」

 チェシャと言う猫はどんどん話を進めてくる。私は根本的にこの世界がなんなのかわからない為、どんどん置いてかれていく。
「待って! え・・・っと、ここは私の夢の中なのね?」
「そうだ。夢は普通、見ている者は実感をもてない」
「って事はいずれか覚めるのね?」
「覚めない。君が急がない限り」
「はぁ?」
 覚めない夢など聞いた事が無い。もしかしたら私は死んでいるのだろうか?
「私って死んでるの?」
「死んだ者は夢を見ない。君は今、ベッドでぐっすり眠っている」
「私、今ここにいるけど?」
「夢の中だからな」

 大体つかめてきた。

「それで、何でそんなに時間が無いの?」
「速くしないとこの世界が崩れる」
「大丈夫だよ。この世界は夢の中なんでしょう? だったらまた作り直せばいいじゃん」
「夢を見ている者自身が崩れたら意味は無いがな」
「・・・どう言う意味?」
「説明している時間は無い。それくらいに時間が無い。今すぐにあっちに行け。ずっとあっちだ」
 猫は尻尾で左の方を差した。木や草が生い茂っている、道なき道だ。
「あっちに何があるの?」
 私は指された方から猫の方へと目を移した。が、切り株の上には猫はいなかった。

 とりあえず私はため息をついた。

兎を追いかけて 


 とりあえず私は先ほど猫が指した方向へと歩いていた。この体は物凄く歩きにくい。とりあえず四足で歩いているのだが、ギクシャクとしか歩けない。足が絡まってしまいそうだ。あの猫は「この夢は覚めない」みたいな事を言っていたが、そうなると私は当分このままの姿・・・。先が思いやられる。
 私は草を払いのけ、何とか進む。森には変な生物や植物が沢山あった。きのこをかぶっているヤドカリの様な生物。紫色の毛むくじゃらの物体。空には不思議な模様の鳥が飛んでいて、うるさい鳴き声を発している。奇妙な色のきのこだとか、手触を蠢かせている生物だとか、見た目危険な生物や植物にか近づかない事にした。

 進んでも進んでも森だった。何も無い。もしかしたら私はあの猫に騙されたのかも知れない。・・・と思ったその時。

「大変だ!大変だ! 遅刻したら叱られる!」
 私の前を何かが横切った。二足歩行の小さな兎だ。まるで絵に描いたような、可愛らしい兎。小さい女の子がうさ耳をつけた感じだ。生意気に懐中時計なんか首から提げている。
 その兎は走っていってしまった。私は興味本位で追いかける。

「速くしないと! 速くしないと!」
 兎はその言葉を繰り返しながら走っていた。
「待って!ウサギさん!」
 私は叫ぶ。が、兎は聞こえていないかの様に無視し、ひたすらに走り続けていた。

 走っていく内に森の奥へと進んでいる。もしかしたら森の外へ走っているかもしれないが、何となく奥に向って走っていると分かった。生える木はどんどん高くなっていき、私が小さくなったかのような錯覚を覚える。
 目の前から木が消えた。変な空間に出た。ここ一体、木が刈り取られたかの様に地が露出している。周りは森が囲み、この野原だけ存在が浮いていた。
 その空間の中心に、とてつもなく大きい大樹があった。見上げると首が痛くなるくらいに大きい。兎はその根元にいた。そして根と根の間に消えていった。
 私も慌てて追う。が、根と根の間には何も無かった。ただ葉っぱやどんぐりがたまっているだけで、兎は何処もいない。小さい穴があるが、先ほどの兎には通れそうも無い大きさだ。

「兎は何時も裁判に遅刻する」
 私は後ろを振り向いた。先ほどの猫、チェシャが、高い所の根から私を見下していた。
「あ! 猫!」
「兎は小さくなるをしたんだ」
「は?」
「二度も言わせるな。小さくなるをしたんだ」
 明らかに日本語がおかしい。
「日本語おかしいよ? 『小さくなった』でしょ? それに、兎が簡単に小さくなれるわけないでしょ?」
「私は間違えた事は言わない」
 私は混乱してしまう。先ほどからこの猫、意味不明なことしか言わないし、もしかしたら関わったらいけないのかも。

「お前も小さくなるを覚えたいか?」
「別にあの兎を追っている訳じゃないし、覚えたくないよ」
「アリスは兎を追うしか脳が無い。今は兎を追うだけでいい」

 私はため息をつく。

「小さくなるをするにはどうすればいいんですか?」
 私は強めに言う。
「あっちだ」
 猫はまた、尻尾で森を指した。

草タイプの定義 


 随分とこの体になれた。考えれば、よく兎を追いかけて走れたなと思う。まさかこんな短時間で慣れるとは思ってもいなかった。
 私は、また猫が指した方向へと歩き続けていた。猫はまたどっか行ってしまった。全く自分勝手な猫だ。
 森の様子はずっと変わらず、個性的な生き物や植物が目に入る程度だ。何故か分からないが、生き物一つ一つの姿が奇妙と分かるのだが、さほど可笑しいとは思わない。やはり夢の中だからだろうか。
 奇妙な事に、何時間も歩いているはずなのに、太陽が沈まない。これも夢の世界だからなのだろうか? 未だ分からない事だらけである。

 しばらく歩くと、二匹の生物が槍を持って立っているのが見えた。森の中でたまに目に入った、紫色の丸い生物だ。目は虫の様に丸く膨らんで赤い。触角も生えているし、虫なのだろうか? それにしては大きすぎる。
 その二匹の生物は道の両端に立っていた。まるでこの道を見張っているかの様だ。私は気にせずに通り過ぎようとした。
「止まれい!」
 そいつらは槍を振り下ろし、私の行く手を阻んだ。
「何?」
「ここから先は草、虫、毒タイプの者しか通らせん! 帰れー!」
 二匹は声を揃えて言う。
「私は通れないって言うの? 随分と自分勝手ね、自分達の森でもないくせに」
「口を慎めー! ここから先はダーテング様の領域であるぞ!」
「ダーテング?」

「それも種族の名前だ」
 後ろを振り向く。もう振り向かなくても分かる、猫の声だ。猫は私のすぐ後ろにいた。
「あ、猫」
「アリスは草タイプではない」
「タイプって何?」
「この世界に存在する全生物を属性別に分けた。炎タイプや水タイプなど、沢山いるが、イーブイはどのタイプにも属さない」
「どうすれば私は草タイプになれるの?」
「生まれついた姿だ。草タイプになれない奴は一生草タイプになれない。諦めるか、諦めないか」
 また回りくどい事を・・・。生まれついた種族別でタイプとやらが決まっているらしい。私は何のタイプにも属さないという事は、諦めるしかないじゃないか。
「諦めて欲しい?」
「私は手出しはしない。自分の進む道に気付く者、気付かない者、気付けない者。アリスはどれだ?」

 途端、私の体が光りだした。
「え!? ちょ、何これ!?」
 当然私は焦りだした。自分の体が真っ白に光りだしたのだから。
 私は光に包まれた。自分の発する光で、自分の目が眩む。私は目を開けることが出来なくなった。

「偶然気付いた者もいるな」
 私は目を開けた。光は収まったらしい。何だったのだろう?今のは? やはり未知の生物になってしまっている訳だから、用心は必要なのかも知れない。
「ん?」
 私は手を見た。なんか色が変わってる?・・・体毛が茶色ではなく黄色・・・クリーム色というべきか?色が変化している。更に変なことに、尻尾や耳が葉っぱになってしまっている。他も体のあらゆる所から葉が生えている。体も少し大きくなってしまった。
「な、何これ!?」
「環境によって必要であれば姿を変える。必要でなければ姿は変えない。今は必要か?」
「な・に!? こ・れ!?」
「進化と言われる現象だ。この世界の生物は成長するにつれ姿を変えていく傾向がある。必要があればの話しだが。ちなみにその姿はリーフィアと言う種族だ」
「葉っぱが生えてるんだけど」
「葉っぱが必要なのか?」

「おお!草タイプでしたか! これは失礼しました!」
 私の後ろで先ほどの番人(?)が声を張り上げる。槍を上に上げ、道の脇へとどく。私に道を開けてくれた。
「コンパンの兵は頑固で真面目だ。騙す事は出来ない。覚えておくと良い」

 私は先に進んだ。

小さくなるの方法 


 番人を通り過ぎ、更に森を進んで行った。
 それにしてもこの体は歩きにくい。いや、歩きにくさは先ほどと変わらないのだが、体を動かすたびに生えている葉っぱが擦れて、痒くて仕方ない。毛が減ったせいか、体がスースーする。まあ、可愛らしいから良しとするけど。

 進むたびに不気味な景色になっていった。巨大な花が動き回っていたり、明らかに毒キノコみたいな色のきのこがびっしりと生えていたり。さっきから鼻がむずむずするが、もしかして胞子を吸っていたりして・・・。
 森の住民達も私の方を見てコソコソ話している。きっと外部から来た生物だからだろう。皆私を睨みつけている。

 私は足を止めた。大きな木が私の行く手を阻んだ。先ほどの大樹までは行かないが、とても大きな木だ。赤い、リンゴの様な木の実をいくつも実らせている。
「誰じゃ。お主」
「え?」
 私はキョロキョロと周りを見回す。その木の隣に生えている巨大なきのこの上に、白いひげを生やした老人が座っていた。この世界には人間もいるんだ・・・。
「あの、私、小さくなるをしたいんですけど・・・」
「お主なんかに出来るわけ無かろう。勝手に森に入るでない。出て行け!」
 老人は扇子の様な手を振り回す。と、同時に、突風が私を襲った。私は風に押され、尻餅をつく。
 良く見ればあの老人も何か変だ。何というか、人間に近いのだが人間の格好では無いと言うか・・・。手は指が無く、扇子の様な葉(?)が生えているし、皮膚もなんか硬そうな・・・木製の人形みたいな感じだ。
「あの、どうしてもお願いできませんか? 小さくなりたいのですが・・・」
「お主、小さくなってどうするつもりじゃ?」

「嘘をつけば良い」
 私は背筋を伸ばした。いつの間にか、私のすぐ背後にチェシャがいた。尻餅をついた私と、背中合わせにして座っている。私は軽く悲鳴を上げそうになった。
「な、何時から居たの!?」
「あのダーテングに『ハートの女王を倒す為に裁判所に行かなくてはいけないんです』と嘘をつけ」
「ハートの女王? 誰それ?」
「私は草タイプではない。ここには長居出来ない。早くしろ」

 私はため息をつく。ここに来てから何回ため息をついただろうか?

「誰と話している!?」
 ダーテングは怒っている。私を威嚇するように腕を振り回している。そのたび私に突風が襲い掛かる。
「あ、あの!! ハートの女王を倒す為に裁判所に行きたくて・・・」
「何!? ハートの女王を!?」
 ダーテングはピタリと動きを止めた。明らかにハートの女王と言う単語を聞いた途端に態度が変わった。
「は、はあ・・・」
「お主、女王を倒してくれるのか!?」
「え、あ・・・まあ・・・」

「猫? ハートの女王って一体・・・」
 私はそっと後ろを向く。が、チェシャの姿は無かった。

 森の住民達がこの場に集まってきた。物珍しいさに集まって来たと言う感じだ。先ほどと変わらず、私を指差して噂話をしている。
「一人でか!?」
 ダーテングは驚きを隠せないようだ。何故驚いているのかは分からないが・・・。ダーテングはきのこから飛び降り、私の前まで歩いてきた。
 『一人でか!?』この質問に、イエスと答えてはいけない気がする。私が一人で怖い敵に立ち向かうほど、強い人と見られてしまいそうだからだ。
「え・・・っと、仲間が十人くらいいます・・・」
「たった十人!?」
 少ないの!?

「まあ、そう言うなら話は別だ。いいだろう。お主を小さくしてやろう」
 私はほっと一息つく。
 ダーテングや森の住民達の目が一気に変わった気がする。「よそ者」から「小説に出てきそうな勇者」を見るみたいな感じだ。
「・・・と言いたい所だが、お主は小さくなるは覚えられん。代わりに、そこに生えている木の実を食すが良い」

 ダーテングは先ほどの大きな木を指す。生えている木の実と言うのは、やはりあのリンゴみたいな木の実のことだろう。
 頭上から一個木の実が落っこちてきた。私はすかさず両手で受け止める。指が無いので、抱き締める形で木の実を受け止めた。
「あ、ありがとうございます」
 木の実を持ち、私はそそくさとその場を離れた。これ以上この人たちと付き合いたくない。

「頑張るのじゃぞ!」
 背後からダーテングの声が聞こえた気がした。

根の間の穴 


「この木の実を食べれば小さくなれるのかな?」
「何事も挑戦が大事だ」
 私と猫はコンパンの番人を過ぎ、森の道を歩いていた。兎の穴がある大樹に向って歩いている。
「とりあえず食べてみようか?」
「ここで小さくなったら、兎の穴まで遠い旅になる」
 確かに、ここで小さくなってしまったら移動が面倒臭いかも知れない。この猫、頭いいな・・・。

 と、感心していた時。また私の体が急に光った。
「うわッ!?」
 先ほどの様に私の体が白く激しく光る。周りが真っ白になってしまうほどの激しい輝きだ。私は目を瞑り、その場にうずくまった。

 光は先程より早く止んだ。私は荒くなった呼吸を整える。
「まったく・・・何なの・・・」
 私は体を見回す。先ほどの葉っぱが生えた生物から、最初のイーブイへと姿が変わっていた。と、言うか戻ったと言うべきだろうか? 先ほどの姿と比べて温もりを感じる。
「さっきの光は進化だよね? ってことは今度は退化?」
「ここの生物は退化などしない。一度進化したら一生その姿のままだ」
「私、戻ったけど?」
「前の姿が必要なくなったからじゃないのか? ここはアリスの夢の中だ。それを考えれば何事も筋が通る」
 もう訳が分からない。

 私はこのイーブイと言う姿と、先ほどのリーフィアと言う姿の両方を行き来するって事なのだろうか? 変わる瞬間のあの光・・・急に光りだすから心臓に悪い。出来る限り変化はせずに、この姿を保っていたいのだが・・・。

 そんなこんなで兎の穴の前へと戻ってきた。やはりどう見ても私が入れそうな穴ではない。リンゴが収まりそうな大きさだ。ここで先ほどもらった木の実を食べれば、リンゴくらいの大きさになれると言うわけだろう。
「んじゃあ食べるよ? 猫?」
 チェシャは何処にも居なかった。そう言えば、私が小さくなってこの穴の中に入ったら、チェシャとはもう会えない。折角回りくどいあの言い方に慣れつつあったのに。ここから先は一人で行けと言う事か。

 私は木の実をかじった。
 その次の瞬間、私はどんどんと小さくなっていった。いや、周りの物が巨大化しているのではないのだろうか? 木の枝や草が私より大きくなっていく。空がどんどん高くなっていく。どんどんと周りの景色は大きくなっていって、挙げ句の果てには落ち葉と同じくらいの大きさになってしまった。どんぐりがとっても大きく見える。
 私は木の根の間に挟まっていた。何とか自力で這い上がり、兎の穴の前に立つ。私も通れるくらいの大きさだ。これで先に進めるだろう。
 兎の穴の先は真っ暗だ。はっきり言って怖い。中からイモムシとか出てきたら、私発狂するかもしれない。
「速く行け」
 何処かから猫の声が聞こえた気がする。私はため息をつき、兎の穴へと足を踏み入れた。

アリスの敵 


 兎の穴の中は、長い一本の道が続いていた。
 私はゆっくりと歩いた。兎の穴の中は真っ暗で何も見えない。手探りで進みたい所だが、生憎今は四足歩行だ。後ろ足で立とうとしたが、すぐに転んでしまう。
 兎の穴の中は意外と広い。私はてっきりほふく前進しなくちゃ進めないくらい狭いのかと思っていた。真っ暗で詳しくはわからないが、私が堂々と歩けるくらい広い。天上に頭はつかないし、横も私が二人並んで歩けるくらいに広い。
 穴は長々と続いている。道は全体的に下り坂が多かった。急な坂道に転げ落ちたり、小石につまづいて転んだりと、散々な目にあう。多分、人間のままでこの道を通ったら傷だらけだろう。毛むくじゃらで良かった。

 しばらく歩くと、奥からぼんやりと光が見えた。パチパチ・・・と、焚き火の様な音もする。私は穴の奥へと走った。
 奥は行き止まりになっていた。焚き火が二つ壁にかけられ、派手なドアが一つある。真ん中に赤いハートの模様が描かれていて、この洞窟には場違いなドアだ。
 もしかしたら、この奥にハートの女王とやらが居るのかもしれない。ダーテングやチェシャの言葉からして、ハートの女王は悪人だと思うのだが・・・。このドアの先に行かなくてはいけないのだろうか?

 もしかしたら分かれ道があったのかもしれない。暗闇の中だ、見逃してしまっていても可笑しくない。この松明を一つ咥えて引き返してみようか・・・。

「兎の穴に分かれ道は無い」

 背後の闇からあの声が聞こえる。人を馬鹿にした様な、皮肉ったらしい声。私は後ろを振り向いた。闇の中からチェシャが顔を出した。
「あ、猫」

「そのドアの向こうに兎がいる。どうした?行かないのか?」
「ハートの女王もいるの?」
「いるかもしれないし、いないかもしれない」
「ハートの女王って何なの?」
「この国の憎き支配者だ。お前の敵だ。詳しくは教えない」
 やはり敵じゃないか。しかも女王ときたもんだ。王国で一番偉い人間ではないか。逆らったり殺したりしたら、私が悪人になってしまうのではないか? しかも、強い家来が何人も女王に仕えていて、私を殺してしまうのではないか?
「私、そのハートの女王と戦うの?」
「今は戦わない。今はな」
「後に?」
「さぁ?」

 私はドアをノックした。応答なし。とりあえず、この扉の向こうには居なさそうだ。大体、女王がこんな汚らしい洞窟の奥に居るわけもないし・・・。

 深呼吸をする。私はドアノブを握った。正確には前足二つで挟んで捻った。不器用にドアノブを握る私を、チェシャはにやにやと見ていた。


コメント 

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  • 続きが気になる -- 2009-02-24 (火) 01:12:02
  • 好きですねぇ~
    ――七十さん ? 2010-05-11 (火) 09:41:56
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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