ポケモン小説wiki
独りよがりの挨拶

/独りよがりの挨拶

トップページ

大会は終了しました。このプラグインは外してくださってかまいません。
皆さんお疲れ様でした。結果はこちら

エントリー作品一覧



この小説には流血、自殺などの鬱の描写が含まれます。
それ等の描写が苦手な人も読めるように薄く描写はしているつもりですが、苦手な方はお控えください。


―――


まだ街に幽かな光しか差し込まないくらいに薄暗い朝。珍しく早く起きた僕は、渇いた喉を潤す為に足取りの重いなか冷蔵庫へと向かった。勢いよく冷蔵庫を開けると気持ちのいい冷気が寝起きの火照った体を冷やしてくれる。だけど冷蔵庫の中には目的の飲物は何一つない。諦めて水を飲もうにも製氷機の氷も無く、冷たいものは飲めそうにない。とりあえずグラスになみなみと注いだ水を飲んではみるけど満足はしない。僕は仕方なく財布を片手にコンビニへ行くために家を出た。
 夜明けの街は未だ薄暗く、物音の一つも無い。たまにすれ違うのは健康の為にジョギングをしているお年寄りぐらいだった。だけど、コンビニに近づくにつれてやけに人とすれ違う。ざわめくような声が聞こえる。そのざわめきはコンビニに近づくにつれて大きくなり、コンビニに着く直前にそのざわめきの原因を理解した。

 投身自殺だ。

 まだ警察は来ていないみたいで、少し離れた位置で人が死体を囲んでいた。そのバクフーンの死体は地面に触れたときの圧で激しく弾けたのか、普段見えない体の内臓物を曝け出し、鮮血を派手にまき散らしていた。手や足の一部があり得ない方向に曲がり体の至る所が見るに堪えない状況の中で顔だけはなぜか無傷で、僕はその顔を見た。いや、見てしまった。その瞬間に体中の体毛が逆立ち、胃が呻き、吐き気を覚えた。今すぐにでもこの場を去りたい衝動に駆られるが体が動かない。段々と呼吸が速くなって普段でない汗が噴き出す。なぜか体は死体の方へ歩みだす。人々の止める声も聞こえるようで聞こえず、ただただ歩いていた。突然視界がぐらついた。そして気が付いたころには、目の前に死体の顔があった。その死体の――彼女の微笑んでいるような、泣いているような顔が僕の脳裏には鮮明に焼き付いた。


―――


 目を覚ますと、目の前には白い天井が写る。体を起こして周辺を見渡してみてもあまり物の無い殺風景な部屋が広がるばかりで何もわからない。あたりを歩いてみたいけど体は重く思うように動かない。しばらくベッドの上で昨日の事とかを思い出そうとしていると、一人のグラエナの女性が部屋に入ってくる。その女性は部屋に入ると迷わずに僕の寝ているベッドの横に置いてある椅子に飛び乗りそこに座った。
「おはよう、気分はどう?」
 気さくに話しかけてくるのだが、僕の知り合いではない。
「大丈夫です。ところであなたは……」
 そう返すと、彼女は笑顔を崩さないまま淡々と話を始めた。
「まず私の紹介から。名前はリィエ・セントラス、主に警察の捜査の手伝いをしているの。それより頭の怪我は大丈夫? 部下が乱暴しちゃってごめんなさいね」
「頭の怪我?」
 頭を怪我した記憶はないけど、リィエの頭を触るようにというジェスチャーで初めて自分が頭に包帯をしていることに気が付いた。
「これは?」
「昨日の早朝に発見された投身自殺の死体の現場で、あなたが死体に近づこうとするのを部下が無理に止めようとして頭を怪我させてしまったの」
「昨日、早朝、した……投身じ……うっ」
 リィエの話を聞いてすぐに何のことかを思い出した。昨日の死体の惨状が頭の中に浮かび急な吐き気を引き起こり、気付いた時にはリィエの差し出した器に汚い嗚咽とともに胃液をぶちまけていた。
「大丈夫?」
 リィエが僕の背中をさすりながら心配していたが、僕は自分の状態よりも話の続きが気になっているので頷きながら話を進めるように促した。
「昨日の死体の女性の名前はルィン・フェスティナっていって、あなたと同じ大学に通っているみたいだけど知ってる?」
 多少の覚悟はしていたはずだけどリィエの話を聞いて改めて落胆してしまう。だってルィンは……。
「幼馴染ですから」
 リィエは頷きながらやっぱりというような顔をした。警察の方で予め調べはついていたのかもしれない。
「ちなみに仲は良かったの?」
「はい。中学校は学区の関係で別の所に通っていたのですけど、それ以外は大学まで同じ所に通っていてそれなりに話していたと思います。まあ大学は学科が違うからそこまでではなかったですけど」
僕の話を聞いたリィエは前足で頭を掻きながら納得するように何回か頷いた後、真剣な顔つきで一つ一つの言葉を選ぶように静かに話を始めた。
「この件は自殺以外に考えられないし、自殺ということで捜査は終わりになるの。だけど私の役割はこれからで、彼女の遺族の方に彼女が何故自ら命を奪うという選択をしたのかを伝えるのが仕事。そして彼女のような人を一人でも減らしたいの。だから、あなたの知る範囲で彼女のことを教えて」
 なぜリィエはこんなに必死なのか、警察ならこんなに自殺程度では動かないはず。そんな不信感を感じなくはなかったけれど、彼女の言動から伝わる熱意のようなものを信用してもいいと思った。それで彼女が少しでも報われるなら。
「わかりました」
そう返事をして、僕は昔の記憶を思い起こしながら、ゆっくりと、一言ずつ話し始める


―――


小さい頃の彼女はその年頃の子にありがちな夢見る少女っていう感じだった。いつか自分のことを一杯愛してくれる人と結婚して、子供を産んで、育てて……。そして、そんな風に綺麗な世界を夢見る少女はクラスの中でも人気者でクラスの奴らの中の何人かは好きだという話を聞く位の可愛らしさも備えていて、幼馴染の僕としも変な言い方だけど花が高かった。
彼女とは中学校が別の学区だったために離れてしまいあまり連絡を取らなかった。だから高校が同じで彼女に会ったとき、彼女の変わりように驚いた。外見は小学校の時よりも大人らしく美人になり、あの頃と変わらず明るくはきはきとした印象だった。だけど彼女の腕を見たとき、恐怖に近いような軽い戦慄を覚えた。彼女の両手首にはいくつものリストカットの跡があって、中には近いうちに出来たでであろう生々しいものもあるのに関わらず、彼女は人と何にも無いように気さくに話していた。彼女と同じ中学に通う子の話では、彼女の両親が離婚した時に彼女は母親の方についていき母親が再婚。ドラマなんかでよくありそうな話だけど、新しい父親は暴力をよく振るい彼女にも手を出していたらしい。それだけでも彼女の精神は疲れていたはずなのに、中学ではその美貌ゆえにクラスの有力者的な立場の奴らの苛めにあいクラスメイトの前で羞恥的なことをさせられたこともあったという。やがて彼女は病んでしまい、学校では明るく振舞っているのに帰り道の途中に見かけると急に泣き出したり嘔吐したりという行動を何回もしていて、リストカットの跡もその時から増えはじめたらしい。
そして高校に入った彼女は何人もの男子と付き合った。
『自分のことを精一杯愛して欲しい』
なんて言いながら付き合った相手にはかなりの要求をしていたらしい。彼女の美貌で落ちない男子はほとんどいなかったけど、彼女は自分以外の女子と話しただけでも所構わず彼氏を責めて喚いた。そんな彼女に気疲れする男子は多く、高校在籍中の彼女は付き合っては別れてを繰り返していた。
大学に入っても同じことが続くように思えたけど、大学に入った彼女はついに自分のことだけを見て自分だけを愛してくれる恋人を見つけた。一つ年上の先輩でなかなかにかっこいいガブリアスと付き合った彼女の一途な行動は学内でも有名になるほどで、その身も心も捧げるような彼氏への入れ込み具合は嫌でも耳に入ってきた。
ただ、誰にでも間違いは起こしてしまうもので、ガブリアスの彼は彼女の居ない時のお酒の席でいつも以上に飲んでしまい、その場の雰囲気と酒の勢いで女友達と寝てしまった。誠実な彼はそのことを反省して彼女にしっかりと話して謝罪した。しかし彼のその誠実な行動は裏目に出でしまう。彼の言葉を聞いた彼女は笑顔から急変し鬼のような形相で彼に怒鳴りちらし、喚き、泣き、そして彼を殴った。大学の学食内で起こったその事件は大学の職員に彼女が取り押さえられる形で幕を引き、それから彼女を大学内で見かけなくなった。


―――


リィエに僕の知る話を話してから数日後、僕は頭を打ったことによる脳の異常が無いと診断され無事退院した。しばらくは普通に大学生活を送っていたけどなにか満たされないような日々がひと月近く続く。そんな中リィエから一通の手紙が届いた。内容はシンプルでルィンの死体が遺族に届けられ埋葬されたことと、そのお墓の場所が標してあるだけだった。ただでさえ入院していて講義から遅れ気味だというのに気付いた時にはもう地元に帰っていた。
駅の近くの花屋で花を買い、懐かしい街並みを離れてひたすらに墓地へと歩いた。春先の心地の良い風に萌える草木が目と留まるけど、それを楽しむ余裕は無く一心に歩き続ける。やがて着いた墓地は小鳥が数匹鳴いている位の静けさを保ち、人は僕しか居ない。ルィンの墓石まで少し迷ってしまいながらもなんとかたどり着いた。特にすることもなく勢いで来てしまった所為で何をするべきかわからなかったけど、取りあえず買ってきた花束を墓石に供える。花はまだ彼女が小学生の頃にプロポーズの時に渡されたいと言っていた白百合。その時にふとこの前にリィエにも言っていない僕の気持ちを思い出した。そういえば、彼女のこと好きだったな……って。それに高校の時に彼女から告白されていたことも今となって思い出す。だけど僕は怖くなって断ったんだ。夢見る少女だった彼女が、自らを傷つけた跡や何人もの男と付き合っては別れ喚くようになったのを見て、少しでも扱いを間違ったら壊れてしまうような彼女に触れることを躊躇ってしまったんだ。
だけど結局彼女は壊れてしまった。どこで間違ったのか、だれが間違ったのかを考えても何もわからないし変わらない。ただ一つ言えるのは、世界は彼女の思うように完璧ではなかったし、僕の思うほど優しく彼女に微笑みかけなかったことなのかな……。君が死んでしまった後にこんなことを言うような僕は独りよがりで自分勝手かもしれないけど、もしかしたら君に届くかもしれないという一抹の願いを込めて呟いた。
「好きだったよ、ルィン」
だけど君が死んでしまった今、僕と君は同じ時間を共有出来ない。たとえさっきの言葉が届いたとしてもこれは叶わない願い。だから、この言葉も言わなきゃいけない。自分でも独りよがりで最低な奴に思えてしょうがないけれど、言わなきゃならない。
「さようなら、また逢えたらいいね」
 伝えるべきことを伝えきった僕は踵を返して街へと戻る道を歩き始めた。


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2013-08-10 (土) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.