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狐として当たり前の

/狐として当たり前の

・この拙作はPG12程度の暴力的かつ過激な表現が含まれております。




 獣の弱みは足だ。竜の様に体を宙に浮かせる事が出来ない獣は、足を潰せば戦いが決する。
 ラティアスは其れを熟知していた。此れまで、異郷に於いては神と称えられる眷属の者として、数々の悪しき獣の邪な野望を打ち砕いてきた。此れも其の一つだ。そうでなければならない。
 人間が作りし灰色の石で出来た塔の街の合間を駆けて行く妖狐。金色の尾々が風を受けて靡く。腹立たしい。今まで其の尾が見せる幻術で、何れほどの数の命を食い物してきたのか。
 其の背を追って空を駆けるラティアスは双眸を固く閉ざした後、直ぐに、意を瞳に結んだ顔付きで顎を開いた。
 其処から放たれるは、竜の力を秘めた紫の閃光。石造りの地面を砕きながら、竜の威光が妖狐に迫る。しかし、妖狐は舞い遊ぶかの様に塔の陰に潜り込む。石の地に僅かに見える土から生えた木々を躱しながら、ラティアスも又、塔の裏手に飛び込む。距離を作られていた。
 竜の光を放つ。妖狐が、今度は塔の壁を用い、三日月の形の如く宙で弧を描いた後に着地する。光の力によって、塔に嵌め込まれた硝子が割れて飛び散った。又もや塔の陰に逃げ込まれた。竜は追う。

 眼下に流れる、妖狐と竜に戸惑う人々へ、ラティアスは謝罪の意を胸中で唱え続けていた。
 此れまでも、那の炎の妖狐を此処まで追い詰めるまでにも、特に氷の弟を始末した時には多くの犠牲を出した。二匹の幻術に心の隅まで侵され、命を絶つ事でしか生ける物の尊厳を返し与えられない多くの命を。
 命は等しく尊ばられなければならない。其れを歪める者には相応の罰を下さなければならない。人や獣が出来ないならば、神と呼ばれるの竜の名に於いて。

 妖狐の動きが鈍った隙を、ラティアスは見逃さなかった。竜の威を体現する光が、泥を掻き乱す木枝の如く妖狐の後ろ足の右を、腿から下を容易く吹き千切った。塔と塔の合間と石の地に鮮血が舞い散る。
 妖狐が竜を見て笑った。苦し紛れではなく、狂おしい程に楽しいと言いたげに。炎の妖狐は変わらず駆ける。己の唇を噛む竜は追う。
 血は直ぐに止まった。其れだけではなく、炎の様に紅蓮色の揺れる靄が傷口から滲み出ており、其れが段々と失った肉と骨の形に近づいていく。
 其の力を得るのに何れだけの魂を喰らったのか、想像は難しくない。矢張り此処で仕留めなければならない。此れより更に、妖狐の他から血が流れない様にする為には。

 ラティアス達の戦いによってか、人が乗り込む鉄の箱は道を行き交う事を止めていた。其の箱が諸処で佇む石の道、白い縞が十字に描かれた其の中心で、遂に竜は狐の背に追い付いた。
 其処へ向けて、ラティアスが自らの爪を振り下ろす。今度は光よりも更に竜の力を込めて。引き離せると油断したのだろうか。三つの傷口から鮮血が迸る妖狐が地面に転がる。
 竜は間髪入れずに、仰向けに寝転ぶ妖狐の首筋を右手で掴む。自らの其れを近づけ、妖狐の顔を眺める。
 妖狐は此の期に及んでも笑みを浮かべていた。何が可笑しい。ラティアスが爪が埋もれた金色の毛並みの下から紅色が浮かび上がる。

『堪忍してやぁ。このままじゃほんまに死んでまうわぁ』

 声に成らずの笑い声を上げる狐が気の抜けた言葉を紡ぐ。喉を押さえられては声が出ない。此れは幻術の一つだ。

「そうやってあなたは! あなた達は! どれくらいの命を!」

 此れも狐の戦い方の一つだ。怒りを誘って隙を作る。頭では分かっているが、竜は思うが儘に叫んだ。狐の毛皮の下では、首を引き千切らんとする竜の威と其れを押し返す狐の威が音もなく対峙している。

『これがウチら狐の性やからなぁ。ラティアスさんだって、誰も見とらんところでお肉食べてはるやないのぉ?』

 何を言う。其れを物語るかの様に、竜の相貌が鋭さを増す。爪へと、自らの体から集めた力を向ける。此れまで、何れだけ飢えても果実や木の実で満たしてきた。悪戯に人や獣の命を貪る狐とは訳が違う。

『そんなん怒ってもぉ。頭に血ぃ上らせはったら、周りが見えへんようになりますよぉ?』

 何を。竜の疑問は更に上塗りされた。

「ソクホウデス! モクゲキジョウホウガアイツイデホウコクサレテイタアシキドラゴンガキュウコンノアニギミサマ二キガイヲクワエテイマス!」

 訳が分からなかった。今まで竜と妖狐の戦いに逃げ惑っていた人間の中から、自分達に近づいてくる者達が現れた。其の手や肩に携えているのは人間の道具だろうか。
 ラティアスは訝しげに向けていた目を見開いた。人が作りし塔に掲げられた映し鏡には、邪な笑みを浮かべるラティアスと苦悶の表情で藻掻くキュウコンが。そして、虚偽の光景を広める塔の上には、自らが確かに屠った氷の妖狐が。

「そうだよ。今までお前はハメられてたんだよ、俺たちに」

 驚愕によって指の力を落として了っていた様だ。緩んだ喉で幻術ではない声を発する妖狐にラティアスは向き直った。狐は静かに、しかし歯を剥き出して笑っていた。

「これが狐だ。狐の本能は国盗り。オヤジもジジイもできなかった事を、俺たちがやっと成就する」

 道具を携えた人間の周り、ラティオスと妖狐を囲む様に人間が輪と成り集う。其の者達の目は揃って虚ろ、そして手には獣を入れる為の玉が。

「死ね、守りたかったものに殺されて。俺たちの勝ちだ」

 妖狐が高笑いを上げる、人間達が玉を竜に向かって投げる、そして其の中から獣が飛び出し竜に襲い掛かる。
 ラティアスは妖狐の首から手を離し、空へ逃げ場を求める他は為す術を失った。


 了

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Last-modified: 2021-07-25 (日) 19:32:16
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