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狂気の念

/狂気の念

※若干流血表現があります

狂気の念 

writer――――カゲフミ

 薄暗い部屋だった。蛍光灯の明かりはあるがなんだかとても心ともない。まるで、この部屋にだけ闇が淀んでいるかのようだ。
部屋の中にはいくつもの巨大なカプセルのような容器があり、その中にはポケモンが透明な液体と共に目を閉じていた。
中のポケモン達は体の至るところをコードのような物でつながれ、全く身動きせずにカプセルの中央に佇んでいた。

 私はその部屋の真ん中にある机の椅子に腰掛けていた。
机の上にはハサミやメスなどが整列されて並べられていて、私はその中の一つを右手に持ち、眉間に深くしわが入るくらい睨み付けていた。
「……またこれでポケモンを殺せというのか」
 私はここの組織の研究員の一人だった。この組織は主にポケモンの生態系を調査している。
だが、今はそんなものは名ばかりで、無駄に命を弄ぶ狂った集団と化していた。

 最初はまともな研究集団だった。しかし、あるときを境に少しずつ狂った思想が研究員達を取り込んでいったのだ。
たしか、ここの団員を仕切っていたリーダーが初めてメスでポケモンを切り裂いたのが始まりだった。
リーダーはポケモンの体内を調べるためだ、と言っていたが、私にはただ殺しを楽しんでいるようにしか見えなかった。
その時にリーダーが見せた表情を今でも私は忘れられない。目の前の無抵抗なポケモンに対し、恐ろしいまでに残酷になれるのだ。あの男は。
うすら笑いを浮かべながらポケモンの体にメスを滑らせるあの姿は思いだすだけで背筋が寒くなる。
 それからだった。他の研究員達が少しずつ狂った色に染まっていったのは。
初めはリーダーの行動を不審がっていた奴も、今ではポケモンを切り刻むのを楽しむまでに豹変してしまっていた。
挙げ句の果てには、カプセルの中にコードでつながれたポケモンを『芸術だ』とまで言い始める奴まで出てきた。
 私に言わせてみれば、そんなものはただの殺しにすぎない。
命を奪い取る行為をどうして芸術と呼ぶことができようか。私には理解できなかった。
 私は一度だけポケモンを殺したことがあった。リーダーの命令で、どうしても逆らうことが出来なかったのだ。
そのときの肉を切り裂く生々しい感触、生臭い血のにおい、そして何よりポケモンの怯えた表情。私の脳裏に焼き付いて離れてくれなかった。
私と同じように組織に嫌気がさして、抜けようと試みた者もいた。だが、その者達は近いうちに必ず行方不明になっていて、リーダーに殺されたのではないかとの噂が流れていた。

 そして今日、私はリーダーから言われてしまったのだ。

『次はお前の番だ。俺に新しい芸術を見せてくれ』

 私にポケモンを殺すなど、もう出来るはずもなかった。
あんな悲しくて辛い思いをしなければならないのなら、ここを抜けだそう。
今まで何度もそう思っては、行方不明になった連中のことが気にかかり、思いとどまる始末だった。
 だが、もう限界だった。殺しも、血も、他の狂った研究員達も、もううんざりだった。
そして何よりポケモンを殺すという行為が私には耐え難い。
こんな狂気めいた研究室からはさっさと抜け出して、新鮮な外の空気を吸いたい。そう思った。
握りしめていたメスを机の上に投げだすと、私は足早に部屋の入口へと向かう。
ところが、私がドアを開けようとしたところ、先にドアが開く。
 なんとも間の悪いことに、入って来たのはリーダーだった。
思わず声を上げそうになり、私は慌てて平静を取り繕う。
「どこへ行こうとしている?」
 目には尋常ではない光を宿し、少なからず笑みを浮かべこちらを見ていた。
もしかすると、私が逃げようとしているのがばれてしまったのではないだろうか。
内心ひやひやしながら、私は引き攣った笑顔で答える。
「いえ。疲れたのでちょっとそとの空気を吸いに……」
「そうか。それよりどうだ、研究の方は? お前はまだ一度しか芸術を生み出してはいないが、あれはなかなかの作品だったぞ」
 リーダーの物言いに、私は歯を食いしばり拳を握り締める。
ポケモンは命を持っている。作品でも芸術でもない。ふざけるな。
「だがお前はあまり研究に積極的ではないな。組織を抜けようとしているとの噂も聞く。変な気を起こさないほうが身のためだぞ?」
 これは私に釘をさしているつもりなのだろうか。抜けるつもりならば容赦はしない、と遠まわしに言われたような気がした。
「じゃあリーダー、もし私が変な気を起したらどうするんです?」
 冗談混じりのつもりで、軽い口調で私は言ってみる。行方不明になった者達の噂が本当なら、リーダーが何らかの反応を見せるはずだ。
「そうだな……また新たな行方不明者が出るかもしれんなあ」
 リーダーの表情が一変する。笑ってはいるが、その表情の奥には明らかな殺意を潜めていた。
やはり、噂は本当だったらしい。ここで下手に動けばリーダーを刺激してしまうかもしれない。慎重に行かねば。
「ご心配なく。私は変な気を起こしたりしませんよ……」
「お前ならそう言ってくれると思ったよ。大人しく私に従っていれば命を落とさずに済んだ愚か者共とは違うな」
 愚か者? いや違う。彼らはまともな人間だった。狂っているいるのはお前だ。
私も彼らもポケモンの生態系を調べたかっただけだ。ポケモンを殺したかったわけじゃない。
それをお前が――――。

 私は咄嗟にリーダーの肩を掴み、そのまま壁に押し付けた。そのとき後頭部をぶつけたらしく、リーダーがうめき声を上げる。
「ポケモンだけでなく人間の命まで……貴方は何様だ?」
「あ……ぐ……」
 突然の私の行動に戸惑ったのか。あるいは後頭部をぶつけた衝撃からか。リーダーは言葉にならない声を洩らす。
私の手は自然と肩から首へと動く。その力は弱まることを知らない。
「どれだけのポケモンの命を奪ってきたと思っている! 芸術だと? ふざけるな!」
 リーダーの首を掴み、私は何度も壁へと叩きつけた。助けを請うような視線も私には届かない。
私はこの歪んだ思想の持ち主に自分の意見をぶつけてやりたかったのかもしれない。
それがまさに今、このような激しい衝動と叫びとなり表面に現れたのだ。
「貴方さえいなければ……こんなことには……!」
 ぐったりと動かなくなったリーダーを見て、私は思わず手を離す。
支えを失った体が壁を滑り、どたりと床に倒れこんだ。後頭部からは血がにじんでいた。流れ出た血がリーダーの白衣を紅く染める。
「お、おい……」
 私は恐る恐るリーダーの手首を触り、脈を取る。
嘘だろ。まさか、こんなことで。私は、リーダーを、殺してしまった――――?
動揺はしていた。だが不思議と罪悪感は湧いてこない。
目を見開いたまま絶命しているのは何とも不気味なものだったが、目の前で何の罪もないポケモンが死に絶えていくのを見るよりはずっとましに思えた。
「……リーダー」
 私は無言でリーダーを見下ろす。
人を一人殺しておいてこんなにも平然としている。もう私も既におかしくなっていたのだろうか。
これが集団が狂ってしまった元凶なのだ。この人物は罰せられて当然なのだ。
 私は、自分がした人殺しの行為を、最もらしい理由をつけて正当化しようとしている。
殺したのが悪ならば別に構わないのではないか、という暗い感情が私を包み込んでいくのが分かった。
「……リーダー。貴方の期待通り、素晴らしい芸術を生み出して見せますよ」
 私はかすかに微笑むと部屋の奥へ行き、一つの空のカプセルのスイッチを入れた。
鈍い機械音と共に、透明な液体が上から注ぎ込まれる。
カプセルの中に液体が少しずつ溜まっていく光景を、私はぼんやりと見つめていた。



 次の日の朝がきた。朝とはいえ研究室には窓がなく、薄暗いことには変わりはなかった。
そして、机の周りには他の団員達が集まっている。私の発表があることは、事前にリーダーから知らされていたらしい。
その団員達の視線の先には、私が昨夜作り上げたカプセルが大きな布をかぶせられ佇んでいた。
「……今回の作品はどうだ?」
 一人の研究員から聞かれ私は軽く笑みを浮かべる。
私はどうしてしまったのだろう。作品、と聞くと嫌な顔しかできなかったはずなのに。
今は作り笑顔ではない自然の笑いが込み上げて来たのだ。
「きっと、素晴らしい出来だと思いますよ……」
「そうか、それならリーダーも喜ばれるだろう。しかし、肝心のリーダーが見あたらないんだが」
 その研究員は辺りを見回す。しかし、どこにもリーダーの姿は見えない。探してもいるはずがない。
「……そのうち現れますよ。……すぐにね」
 私は小声で答えた。そして、リーダー以外のすべての研究員が集まっているのを確認すると、
「皆さん! よくぞ集まってくれました! 私は昨晩苦心したあげく、ようやく見事な作品を作り上げることが出来ました!」
 興奮気味の声で、私は叫んだ。それに答えて、他の研究員達も歓喜の声を上げる。
普段は陰気な研究室がこの時ばかりは熱気に包まれる。私は望んでもいなかったのだが、何かと期待されていたようだった。
「では、ご覧ください! これが私の作品です!」
 私は後ろの巨大なカプセルにかぶせていた布を、取った。長い間使われていなかったカプセルなので、埃が舞う。
その埃もようやく収まり、視界がはっきりと見えるようになったとき、研究員達の顔が凍り付いた。
 カプセルの中の物体は、どこを見ているかも分からない目を見開き、少し紅く染まった白衣を着ていた。
どうして白衣が紅いのかは、私が一番よく知っている。そしてその首筋や、横腹にはいくつものコードが刺さっていた。
「……どうです? 素晴らしい作品でしょう?」
 怯えた表情の団員達を前にして、私は笑みを浮かべる。


 もう人間のものとは思えない、狂った笑みを。

      END      



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 内容的にはミュウツーの逆襲の冒頭っぽいイメージですね。リーダーが死ぬ時壁に後頭部をぶつけるより鈍器で殴った方がよりリアリティが有ると思うのですがどうなんでしょ?ラストの研究員もかなり怖いです。
    ――might ? 2010-01-03 (日) 15:21:28
  • リーダーに対する怒りから突発的に殺してしまった……という流れのつもりでした。
    何か道具で殴ったら最初から殺すつもりだったように見えてしまうような気がしたので。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-01-06 (水) 16:21:09
  • 面白かったです。題名も内容にあってると僕は思います。
    ―― ? 2010-04-28 (水) 16:12:37
  • タイトルはその場の思いつきでぱっと付けたような記憶があります。
    浮かぶ時と浮かばない時の差が激しいんですよね。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-05-01 (土) 21:54:29
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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