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牙竜と雷竜

/牙竜と雷竜

以前に書いた短編小説です。お楽しみいただければ幸いです。

作者ラプチュウより



 その日は、朝から雨が降っていた。いつものように洞窟の奥に作った寝床から体を起こした1匹のオノノクスは、眠そうに目をこする。

「……雨か……。」

 入口の方から聞こえてくる雨音にそうつぶやいて寝床から降りたオノノクスは、洞窟の入口に近づいて外の様子をうかがう。灰色がかった雲が空を覆い、振り落ちる雨にさらされた周囲の木々はどことなく気持ちよさそうにも見える。洞窟の外の地面にはいくつも水たまりができていた。

「お昼頃にはやむかなぁ……。」

 灰色の空を見つめながらぼやいていると、腹の虫が鳴いた。

「そういえば昨日何も食べてないんだったっけ。」

 おなかをさすった後、再び洞窟の外に目を向ける。幸い、雨はそれほどひどくはないようだ。少し考えた後、オノノクスは洞窟を小走りで後にした。

――――――――――

 木の実が生っている場所へとやってきたオノノクスは周囲を見渡してみる。雨が降っているからだろう、自分以外のポケモンの姿は見当たらなかった。雨の降りしきる中、オノノクスは木に生っているモモンのみを手に取ろうと腕を伸ばした時だった。

 バシャーン……

 雨音に交じって、何かが落ちたような大きな水音がオノノクスにも聞こえた。今、オノノクスがいる場所から少し離れた場所に湖がある。音はそこから聞こえてきたのだろう。

「なんだろ……。」

 水音が気になったオノノクスは、食事を後回しにして湖へと足を向けた。

――――――――――

 草むらをかきわけて、湖の湖畔に姿を現すオノノクス。バシャバシャと聞こえる水音に目を向けると、飛び込んできたのは1匹のデンリュウが水しぶきを上げながら水面でもがいている光景だった。

「た、大変だ!?」

 その光景を見たオノノクスは、次の瞬間には湖へ向かって飛び出していた。大きな水しぶきをあげて水の中へと飛び込んだオノノクスが水中で目を開く。天気がいい日であれば、湖底にまで光が届いて幻想的な光景を作りだすのだが、今日は雨のせいか薄暗く淀んでいる。その視線の先で、力尽きたのかピクリとも動く様子を見せずにゆっくりと水中を湖底に向かって沈んでいくデンリュウの体。水をかきわけてデンリュウの元へたどり着いたオノノクスは、その体を抱えると水面へ向けて急いで浮上する。

「……ぷはぁっ!」

 水面から顔を出し、数分ぶりの酸素をかき集めるオノノクス。腕の中でぐったりしているデンリュウをしっかりを抱えたまま、湖の岸辺へと向かう。

「しっかりして!」

 デンリュウはオノノクスの呼びかけに返事を返さなかった。声をかけ続けながら岸までたどり着いたオノノクスは、デンリュウの体を地面へとそっと寝かせると、ほほを軽く叩きながら呼びかけ続ける。やがて、デンリュウが口から水を吐き出して息を吹き返した。

「……げほっ! ……けほっ、けほっ……。」
「あっ、よかったぁ……。息してなかったからどうしようと思ったよ。」

 デンリュウは自分以外の声に気がつくと、衰弱しきったその体を動かそうと試みる。オノノクスがそんなデンリュウの様子を見て、デンリュウの体を優しく起こして支えた。ゆっくり目を開いたデンリュウの瞳に、心配そうに見つめるオノノクスの顔が写り込む。

「あ……なた……は……?」
「今はしゃべらないで。……体が冷え切ってる……いそいで温めなくちゃ……。」

 いまだに止まない雨が落ちてくる空を少し見上げたあと、オノノクスは湖に生えていた蓮の葉の中からひときわ大きい葉だけを数枚とると、軽く水滴を払ってデンリュウの体に巻きつける。そして、蓮の葉に包まれたデンリュウの体を抱き抱えると、自分がねぐらにしている洞窟へ向けて走り出した。デンリュウの体がこれ以上冷えないように、なるべく雨に当たらないように大きな木の下を通りながら。そんなオノノクスの腕の中に抱かれたデンリュウは衰弱からだろうか、再び意識が遠のいていく。デンリュウが意識を失う前に見たものは、オノノクスの必死な横顔だった。

>>>

 朝からふっていた雨はいつの間にか上がり、空は夕日の光で真っ赤に染まっていた。洞窟の中に差し込む、オレンジ色の光がデンリュウの顔を優しく照らす。

「う……ん……。」

 オレンジ色の光に包まれながらデンリュウは目を開き、そのまま体をゆっくりと起こす。そのひょうしに体にかけられていた数枚の蓮の葉が、ぱさりと音を立てて床へと落ちた。

「ここは……?」

 デンリュウは周囲を見渡す。洞窟の中は特になんの変哲もないまっすぐな作りになっていて、入口からわずかながら上り坂のようになっているようだった。今自分が体を横たえている乾いた草や枯れ葉で作られた、デンリュウには少し大きめの寝床には自分以外のポケモンのにおいが染みついている。寝床のすぐそばには水の入った器と、葉っぱにのせられたモモンのみが3個ちょこんと置いてあった。寝床から少し離れた場所には焚き火をした跡が見える。火はさっきまでついていたのだろう、まだ煙が小さく立ちのぼっている。ふと、それまで差し込んでいた光が何かにさえぎられる。

「あ、気がついた?」

 デンリュウが入口の方に目を向けると、1匹のオノノクスが立っていた。影になっていてよく見えないが、腕にはいろんな木の実を抱えているらしい。オノノクスはゆっくりと洞窟の中に入ると、デンリュウのそばに抱えていた木の実を置く。

「体は大丈夫? 君、半日近く眠ってたんだよ?」
「う、うん……。」

 どこかで聞き覚えのある声……デンリュウはそう感じて記憶をたどる。そして、意識を失う前に見た横顔を思い出した。

「あの……助けてくれたんだよね……私の事……。」
「うん、君が湖でおぼれてたのに気がついたから。……よかったよ、いつもだったら朝ごはんを食べるためにいろんなポケモン達がいる頃なんだけど、今日は雨が降ってたから僕以外のポケモンはいなかったんだ。」

 オノノクスはそう話しながらデンリュウから少し離れた場所に腰を下ろす。そして焚き火の跡の上に木の実と一緒に持ってきた枯れ葉や木の枝を置き、壁のくぼみに置かれた2個の石を手にとって枯れ葉の上で石を互いに打ちつけ始めた。カチン、カチンと石がぶつかり合う音が洞窟に響く。

「ありがとう……あなたがいなかったら私……おぼれて死んでたんだね……。」

 デンリュウがオノノクスへお礼の言葉を口にする。そのすぐ後に、オノノクスが打ちつけ合っていた石から出た火花が枯れ葉に飛んで火をつけた。少しずつ大きくなっていく火に照らされて、洞窟の中が明るくなる。

「僕も普段だったら雨の日はここでじっとしてるんだけど……昨日は何も食べてなかったからおなかすいちゃって……でも、そのおかげで君は助けられた。」

 焚き火の火に照らされたオノノクスがデンリュウに優しく微笑みかける。その笑顔にデンリュウはほほを赤らめた。

「あ、まだ自己紹介してなかったよね。僕はディートっていうんだ、君は?」
「……私はアルペナ。よろしくね、ディートさん。」
「ディートでいいよ。」

 2匹が互いに手を出して握手を交わす。太陽はすっかり落ちて、夜の帳(とばり)が下り始めていた。

>>>

「う~ん……。」

 翌朝、先に目覚めたのはアルペナだった。眠たそうに目をこすりながら寝床から起き上がる。洞窟の入り口から柔らかい朝の日差しが差し込んでいる。寝床から少し離れた場所では、ディートが地べたに丸まって寝息を立てていた。ディートを起こさないようにそっと寝床を下りると、アルペナは洞窟の外に出る。朝日を浴びながら、腕を空へ上げて体を伸ばした。

「ん~、気持ちいいなぁ。」

 体を伸ばしながら見上げた空は、青くどこまでも澄み渡っている。地面には昨日の雨でできた、小さな水たまりがいくつか残っていた。アルペナが体を軽く動かし、数回深呼吸した後に洞窟の中に戻ると、ちょうどディートが目を覚ましたところだった。

「あ、おはようディート。」
「おはよう、アルペナ。もう大丈夫なの?」
「うん、おかげさまで。」

 体を起こしたディートは大きくあくびをすると、ゆっくりと立ち上がる。と同時にディートの腹の虫が盛大に鳴いた。

「あ……。」

 ディートがあわてておなかを押さえ顔を赤くする。アルペナはその音を聞いて小さくクスリと笑った。

「ねぇディート、この辺でおいしい木の実が生ってる場所ってどこ? そこで朝ごはんにしようよ。」
「う、うん……そうだね。案内するよ。」

 少し恥ずかしさを感じながら、ディートはアルペナを連れて洞窟を後にした。

――――――――――

 木の実の生る場所にディートとアルペナが姿をあらわす。他のポケモンの姿はまだ見当たらない。ディートは近くの木からモモンのみをもいでアルペナに差し出した。

「はい、アルペナ。」
「ありがとう、ディート。」

 アルペナはお礼を言いながらモモンのみを受け取った。ディートはもう一つモモンのみをもぐと、そのまま木の根元に腰をおろしてモモンのみにかじりつく。

「ねぇ、隣に座ってもいい?」
「え? ……うん、いいけど……。」

 断わりを入れたアルペナは、ディートのすぐ横に座ると両手でモモンのみを持って食べ始める。一緒にモモンのみを食べながら、ディートが口を開いた。

「あのさぁ、アルペナ……。」
「ん? なぁに?」
「アルペナってさ、どこから来たの? この辺のポケモンじゃないよね?」

 ディートの質問に表情をこわばらせたアルペナが、モモンのみを持った両手を下ろす。その様子に気がついたディートは少しあわてた。

「あっ、ごめん。聞いちゃまずかった?」
「……ううん、いいの。当然の疑問だもんね。」

 少し沈黙が2匹の間に流れたあと、アルペナがぽつりぽつりと話しだす。

「私ね……逃げてきたの……。」
「逃げてきた……ってどこから?」
「…………。」

 アルペナはここに来るまでの経緯をディートに話し始める。自分は元々ジョウト地方で生まれ育ったこと……ジョウト地方で黒い服を着た人間たちに捕まったこと……檻に入れられ、空飛ぶ船でここまで運ばれたこと……そして、車で運ばれている途中にその車が事故を起こし、はずみで檻が壊れたことで逃げだせたこと……そして丸一日逃げて疲れ果てた末にたどり着いたあの湖で、足を滑らせて湖へ落ちてしまったこと……。

「……そこをディートに助けてもらったってわけ。」
「そっかぁ……アルペナも大変だったんだね……。」

 一通り話し終わり、アルペナが一息つく。

「人間ってよくわからないよね……僕たちポケモンに優しい人間もいれば、アルペナにひどいことする人間もいるし……。」
「でも、悪いことばかりでもなかったな。こうやってディートと知り合えたんだし……だからそんな顔しないでよ。」

 アルペナがしんみりした表情を浮かべるディートに笑いかける。少しの沈黙の後、ディートは強い表情で立ち上がってアルペナの方に向き直った。

「アルペナ、心配しないで! 君を捕まえたやつらが来ても、僕が守ってあげるから!」
「ディート……ありがとう。」

 ディートの力強い言葉を頼もしく感じたアルペナは、目に浮かんだ涙をそっとぬぐった。

>>>

 朝食を済ませた後、アルペナはディートに近くを案内してもらっていた。道々で出会うポケモン達は、誰もが遠くからやってきたアルペナに興味を示す。一通り案内し終わり、近くに住むポケモン達にも挨拶を済ませた頃には日も傾き、空を赤く染めあげていた。

「うわぁ……きれい……。」
「でしょ? 僕のお気に入りの場所なんだ。」

ディートとアルペナは、小高い丘の上に立つ大きな木の下に並んで座り、沈んでいく夕陽を一緒に眺めていた。夕陽は空を、森を赤く照らしながら徐々に地平線へと沈んでいく。

「とってもいいところだね……ここ……でも……。」

 アルペナがぽつりと口を開く。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「……やっぱり、故郷が恋しい?」

 ディートがアルペナの涙に気がついてたずねる。その問いに、アルペナは黙ったまま小さくうなずいた。

「この場所ね……私が故郷で好きだった場所に、よく似てるの……ここと同じくらいの丘の上に、大きな木が1本だけ立ってて……やっぱり夕焼けの時に行くと、とっても、きれいで……。」

 笑顔で話そうとするアルペナだったが、その目からは涙があふれてほほを伝って流れおちていく。ディートは、アルペナにかける言葉が見つからずに彼女を見つめていた。

「だから、ね? さみしくはないよ、私。さみしく……なんか……。」

 ディートの方に向き直り、精いっぱい強がろうとするアルペナだったが次第にその顔は涙でぐしゃぐしゃになっていく。そのまま、アルペナはディートの胸に飛び込んだ。

「あ、アルペナ……?」
「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 ディートに抱きついたアルペナは、子どものように大きな声で泣き出した。目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれおち、ディートの胸を濡らしていく。ディートは自分の胸の中で泣きじゃくるアルペナを、やさしく抱きしめた。

「うわぁぁぁぁぁぁん……!! うわぁぁぁぁぁぁん……!!」

 アルペナの泣き声が丘に響き渡る。いつの間にか夕陽も完全に沈んで黒く染まり始めた空には、一番星が顔を出して二匹を静かに見つめていた。

――――――――――

空はすっかり黒く染まって月や星が瞬き始めた頃に、アルペナはやっと泣くのをやめて顔を上げた。月明かりが見つめ合う2匹を優しく包み込む。アルペナの目から流れおちた一筋の涙を、ディートはそっと拭った。

「……もう悲しまないで。ここで、一緒に楽しい思い出を作っていこうよ。アルペナには……笑顔が一番似合ってると思うからさ。」
「……ディート……。」

 ディートが笑顔でアルペナに優しく語りかける。ほほを赤らめながらアルペナが目を閉じると、ディートも分かったように目をつぶってゆっくりと顔を近づけた。無数の星が瞬く夜空の下で、2匹は静かに口づけを交わす。2匹を祝福するかのように、夜空を一筋の流れ星が流れて行った。

―― Fin.


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Last-modified: 2018-10-17 (水) 07:02:39
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