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片道切符の夜行列車

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片道切符の夜行列車



 雨上がりのアスファルトの湿った匂い。梅雨時には珍しい、暖かい日差しはじめじめとした気分毎吹き飛ばしてくれるようで。
貴重な散歩日和に気分を浮かれさせていると、爽やかに風になびく淡いアクセントの茶色い毛並み。

そして

視界いっぱいに飛び込むその姿
突然の衝撃
世界が反転する


 ……。床が冷たい。後頭部に鈍い痛みがある……。
ゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。
広がる景色は、ほの暗く揺れる電飾が並ぶ木の天井。自分の背より高いふかふかの座席がずらり。それから、綺麗なフローリングの床。
 見覚えの無い場所。僕はどうしてここにいるのだろうか……。記憶を辿ると、さらに重大な事実に気が付く。
ここに来た経緯はおろか、自分の名前も、種族すら思い出せない。
困惑しつつも自分の姿を見やると、ぷにぷに肉球にこげ茶のもふもふおてて。淡い色の尾がふわりと揺れる。

「あ、気が付いたんだね! さっき思いっきり列車が揺れたからびっくりしたよ、頭打ったりしてない?」

 不意に声がかかる。茶色い被毛に大きな耳、胸元を飾る橙のスカーフ。つぶらな瞳が倒れたままの僕を見下ろしていた。
今まで気づかなかったのは、彼が座席の影にいたからか、あるいは自分の状況に気を取られていたからか。ともあれ、彼ならここの事を何か知っているかもしれない。

「えっと、うん。座席から落ちて頭を打ったのかも。その、変な質問かもしれないけど、ここの事を教えてもらってもいいかな?」
「ここの事って……、もしかして座席から落ちた拍子に頭を打って記憶喪失になっちゃったの!?」
「うん、まぁ。そういう感じ……だと思う」

 ちぐはぐな返事を返しつつ一通りの状況を説明する。
返って来た返事によると、彼の名はエボルと言い、僕と彼は共に旅をし、この夜行列車に乗り込み、他に乗客のいない列車を探検しようという所だったらしい。そして、運悪く座席から飛び降りたタイミングで列車が揺れ、僕は派手に転んでしまったんだのだと。

「それから、キミの名前はマスターって言うんだ。ボクらはイーブイって種族なんだよ。……どうかな、思い出せそう?」

 なるほど、経緯は理解できた。……しかし、そう都合よく思い出せる訳ではないようで。掘り起こせない記憶に難儀していると、彼はその様子に気づいたのかそうでもないのか、一つ提案を持ちかけてきた。

「とにかく、約束してた列車探検付き合って欲しいな、もしかしたら遊んでる間に何か思い出せるかもしれないし!」

 それもそうだ、他に出来ることもないし、記憶を失う前の僕が彼の知り合いだったというのなら、彼に着いていくのも悪いことではないだろう。

「うん、決まりだね! さっそく隣の車両に行こう、面白い物があるんだ!」
「ちょ、ちょっとまってよ、置いてかないで!」

 僕はただ、駆ける彼の揺れる尾を慌てて追いかけるだけしかできなかった。



 そうしてやってきた来た次の車両は、座席のない一面のフローリング。丁寧に磨かれたそれは、思わず寝転がりたくなるほどに冷たく心地よい感触を肉球に伝えさせる。

「ここはホールなんだって、踊ったり遊んだり、好きに使っていいんだって。……だから、さ」

 ボール遊びに付き合って欲しいな。

 振り返る事も無く案内をする彼は、そのまま駆けだすとどこからかボールを咥えて戻って来た。橙色の、ぷに、と柔らかく咥えられるサイズの小さなゴムボール。積極的に応える義務はないが、もちろん断る理由もまた無く。

「キャッチボールする感じでいいのかな?」
「うん、ボクに向かって投げ返して!」

 彼の口から放られたそれは数度地面を跳ねると、僕の手元まで転がり、反射に身を任せれば、柔らかい噛み応えと共に口に収まった。
軽く勢いを付けて放れば、ゴムボールは再び彼の元へ跳ねていく。
……、何度も繰り返してきた飽きることの無いそのやり取り。

 そして、放たれたボールに向かってエボルは跳び込んでいき、彼はそれを綺麗にキャッチすると、勢いそのままに僕の元へ飛び込んで来て……。

 取っ組み合うように付き飛ばされた。
絡み合う二つの身体が滑らかなフローリングを転がる。
ボールを咥えたままの彼の身体は、僕にのしかかる様に見下ろしていた。
膨れた被毛のおかげか、幸いにもあまり痛みはなかった。当のエボルの方はというと、自分から飛び掛かって来たにも関わらず、この状況に困惑しているようだった。

「えと……その、ごめん。つい、いつもの癖で……」
「ううん、大丈夫。いつもの癖って?」
「それは……うん……」

 ぽつりぽつり、エボルが語り始める。暖かく、柔らかい被毛の感触を、仰向けに押し倒された僕の身体へ乗せながら。

 ボクには大切な子がいて、よくこうして遊んでくれていたんだ。
一緒にキャッチボールをして、ボクはこうやって受け取ったボールを持ってその子の肩に飛び乗って、ボールを受け取ってもらってまた投げてもらって遊んでいたのだと。

「もう一回、思いっきりボール投げてくれないかな?」

 ようやく僕の身体から降りてくれた彼は、ボールを置きながら頼んできた。
仕方ないなぁ、と呟きながらボールを転がしてやると、彼は嬉しそうにそれにじゃれつき、飛び掛かって行くのだった。
 正直、楽しくて夢中になっていたのは確かだった。気が付けば、綺麗に艶めいていたフローリングは僕らの抜け毛まみれになっていたのだから。
結局、へとへとになるまでボールを追いかけ回していた僕らは、彼の提案で次の車両にある食堂で休憩しようという話になったのだった。



 今度はずらりと並んだ綺麗なテーブルに、奥に見える大きなキッチン。エボルが説明してくれる。

「ここは食堂だよ、ここにある料理は好きに持ってって良いんだって! 遊び疲れたし、少し食べていこうよ。一緒に食べて欲しいものがあるんだ!」

 言うが早いかキッチンの奥へ消えてゆく茶色い後ろ姿。ほどなく戻って来た時には、数個の、僕らの体毛に似た焦げ色のケーキを乗せた皿を口に咥えてきていた。

「これね、ポフィンっていうケーキなの! ボクの大切な子が初めてボクに作ってくれたお菓子なんだ、よかったら一緒に食べて欲しいんだ」

 ……そう頼まれてしまっては断れる理由などあるはずがない。一つ口に含み齧ると、ザクりと固い感触、香ばしいと言うには少し苦くて、でも、甘酸っぱい。まずいという訳ではないが、手放しに美味しいと褒めるのは少し難しい、そんな味。
そんな僕の様子に気づいたのか、エボルが答える。

「……あんまり美味しくはないかもしれないけど、ボクはこれが一番好きなんだ。これね、ボクの大切な子が一生懸命作ってくれた味と同じものなんだ。あの時はあんまりうまくできなくてこんな味になっちゃったんだけど、本当はもっとふわふわで甘いんだって。でもね、ボクが誰かに手料理をふるまってもらった事が初めてで。ボクはそれがとっても嬉しかったんだ」
「そっか、思い出の味なんだね。」

 懐かしむような彼の語りを聞きとめる。しかし、ここまで語られてしまってはもっと気になってしまうのが生き物の性というもので。ふと、衝動のままに疑問を投げかける。

「ねぇ、そのエボルの大切な子ってどんな子なの?」
「あっ、それは、その……」
「いや、ごめん。デリケートな話題に踏み込んだりして」

 返って来たのは気まずそうな彼の表情。そりゃそうだろうなと平謝りすると、彼は少し口を開いてくれた。どうやら単に話しづらかっただけなのかもしれない。

「ううん、違うの。あの子は捨てられていたボクを拾って家族同然に扱ってくれたんだ。ただ……、今はまだ上手く話せないや……、ごめん。もう少ししたらきっと、話せるかもしれない」

 興味と気まずさの狭間に苛まれつつも、彼の返事を聞くに、その大切な子への想いは相当な物なんだろうなと想像を膨らませる。
しばしの静寂の後、彼は次の車両へ向かう事を提案してくれた。それは、返事に困っていた僕にとってありがたいものだった。



 そうしてやって来た次の車両は天井がガラスのように透けていて、夜空が見える。差し込む月明りに照らされ、星が瞬いている。座席は寝台ベッドのようで、これなら寝転がりながら夜空を眺められそうだ。
そうして辺りを見渡す僕に声がかかる。

「ねぇマスター、一緒に星をみようよ。星座って知ってる?」

 エボルが僕を連れてベッドの一つに飛び込む。
二匹隣に並んで寝転ぶ。やわらかい毛の感触が隣に触れる。暖かく、落ち着く、慣れ親しんだこの感触。
闇色に染まる空に瞬く星々が線を繋ぎ星座を描く姿が見える。
エボルが指をさしながら話す。

「あれがホウオウ座にルギア座。あっちはスカタンク座なんてのもあるんだよ。
それからあれは……」
「ゲンガー座、だっけ?」
「……! 覚えてるの?」

 ……記憶を思い出したわけじゃない、けど。何故か出てきたんだ。
 それはね、ボクの大切な子が教えてくれた星座なんだ。こんな逸話を知ってる?
ゲンガー座に向かってお祈りすると、魂と引き換えに一つだけ願い事を叶えてくれるって。
 ……、随分とまぁ、物騒な逸話だこと。
 まぁ、ゲンガーって、おとぎ話とかでもそういうものなんだって。大切な子が良く話してくれたんだ。それでね、ボク、一つお願い事をしたんだ。
 魂と引き換えに出すほどの?

「うん。”ボクの大切な子と一緒にお話できますように”って」

 星を眺めながらの他愛ない会話の一つ。彼が零す吐露。しかして、ふと浮かび上がる疑問。

「あれ? エボルはその大切な子とはずっと一緒にいたんじゃなかったの? それなのに、お話してみたいってどういう意味……?」
「それは……。いや、ううん、大丈夫。ちゃんと願い事は叶えてもらっているから」

 深まる疑問、馳せる妄想。
それってつまり……

プォオーーン!

 答えに辿り着く前に、それを遮るように汽笛がなる。車内にアナウンスが響く。

『次は■■駅、■■駅。終点までの切符をお持ちで無い方はこちらで下車をお願いいたします』



「あれ、もうそんな時間だったんだ……」

 隣で呟くエボルの声はどこか寂しげだった。
 そしてベッドから飛び降りる彼に続くと、星見車両に現れる姿が一つ。
フローリングに降り立った僕らからは見上げるほどに大きな闇色の身体、その顔は深々と被られた帽子に目元が隠され、種族の判別が付かない。
ただ、彼が切符の確認に来た車掌さんだろうということは想像に容易かった。その姿から発せられる言葉はその予想を裏付けるものであった。

「本日は夜行列車のご利用ありがとうございます。切符の拝見をさせていただきますね」
「……うん」

 エボルはスカーフから白い切符を取り出すと、闇色の車掌へ見せ、確認を仰ぐ。
……その間、僕は困っていた。何故なら記憶のない僕は、自分の切符に心当たりが無いからだ。
車掌はエボルの切符を確認して頷くと、今度はこちらへ振り返る。

「それでは、貴方の切符を拝見させていただきます」
「その、ごめんなさい。僕の切符は」
「ご心配には及びません。貴方様の切符はもう 」

 意味ありげな車掌の言葉に答える間も無く、彼の手には、渡した覚えの無い橙の切符が一枚握られていた。

「切符の確認ができました。マスター様、貴方のお持ちの切符では終点までお乗りになる事はできません。申し訳ありませんが、次の駅で下車していただきます」

 状況の理解が追いつかない。説明を求める間も無く車掌の言葉が続く。

「エボル様、間もなく列車は次の駅へ到着いたします」
「わかってる。……でも最期にもう一言だけ……」

 僕を置いてけぼりにした会話の後、エボルが僕の方へ向き直る。

「前のトレーナーに捨てられた僕を拾ってくれた□□に恩返しができて、ボクは幸せだったよ。本当にありがとう。
だからどうか……」

キキーーーーッ

 その言葉は聞き終える前に列車のブレーキ音にかき消される。
まるで夢を見ているように、自分の身体の主導権が無くなっていた。
誰もいない、見知らぬホームへ足が付く。
振り向けば、列車に乗ったままのエボルが、笑顔のままこちらを僕を見送ろうとしてくれている。
閉まるドアの窓から顔を覗かせ、走り出す列車と共に遠のく彼の頬に、一筋の雫が垂れたように見えた。それが何を意味するのか気が付くのとほぼ同時に、僕の世界は再び暗転した。

「どうか、ボクの居なくなった世界でも、ボクの分も幸せに暮らしてね……?」



 身体が重い。何か柔らかいものの上に寝そべっている。瞼も重く、辺りの様子もわからない。


 ……聞きなれない規則的な機械音と共に、誰かの声が聞こえる、うまく聞き取れない。

「ハヤトは無事なんですか!?」
「イーブイのとっしんを受けて突き飛ばされた衝撃による、軽い打撲と脳震盪による気絶でしょう。骨折や臓器の損傷はありません、直に目を覚ますでしょう」
 ピッピッピッピ……


「先ほど、事故車のドライブレコーダーが確認できました。運転手は酩酊状態にあったようで、歩道で散歩をしていたハヤトさんへ突っ込んだ時、もしイーブイが彼を庇っていなければ……」
 徐々に、意識がはっきりしてくる。ようやく、話し声が聞き取れるようになってきた。

「……! 意識を取り戻しましたよ!」


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Last-modified: 2020-07-19 (日) 09:45:27
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