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烈火の閃光

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烈火の閃光 

by蒼空


深い森の中を二匹のポケモンが走っている。
どちらも同じ種族で赤い体毛に黒い縞模様、頭には黄色い鬣の子犬の様なポケモン――ガーディだ。
先頭を走っているガーディの方が一回り大きい体格をしているがどちらも、十二歳前後だろう。
後からついて来ているガーディは息を切らしてその場で倒れこんだ。

「はぁはぁ。ま、待ってよツバキ。ぼ、僕もう走れないよ……」
「何だレッカ? もうバテたのかよ。そんなんじゃ大人になっても一生独り身だぞ。
 俺達の一族は種族がら雌が少ないんだから、強くならないと後悔するんじゃないか?」
「……別に僕は独り身でも構わないよ。どうせ僕のような体力のない貧弱なガーディはモテないし……。
 それに弱い僕がこんな争いの多い群で生活して生き残れるかも分からないんだよ?」

ツバキと呼ばれた大柄なガーディは、呼び止められたことで振り向いた。
小柄なガーディ、レッカは止まってくれた友人を見て安心する。
しかし、そんな友人からの言葉は酷く冷たいものであった。
ツバキの嫌味に、レッカは頭にきたのか顔をしかめる。
口ではそう言ったもののレッカ自身もその事実を相当気にしていた。
レッカ話題を変えようとツバキに話しかける。

「ところでツバキ。僕等は一体どこに向かってるの?
 もうすぐ群の縄張りを越えそうだし……」
「怖いのかレッカ? 弱いだけじゃなくて臆病ってか?
 嫌ならお前だけ帰っても良いんだぜ。
 俺について来てただけで、しっかり道を覚えてたらだけどな……」
「……臆病じゃなくて慎重って言って欲しいな。
 群の縄張りを超えると怒られるよ。この前だって起こられた奴が居たじゃない?
 あと、僕だってそこまで弱くはないよ。確かに体力は無いけどさ……。
 同じ年代ではツバキが強すぎるだけだよ。そんなに鍛えて好きな子でも居るの?」

結局レッカは話しの話題を変えても嫌な思いをするハメになった。
ツバキは「良くぞ聞いてました!」とでも言いたそうに誇らしげに胸を張る。

「今は居ないが、強さこそがモテる秘訣だ!! ならば、強くなって損をすることなんて無い!!
 群で一番強くなれば群中の雌の中から嫁さんを選び放題なんだぜ!!」
「……そんな単純な事でそこまで鍛えられるツバキが羨ましいよ。
 それで、実際はこんな森を走らせて、どこに向かってるのさ。
 僕はツバキに好きな子の方じゃなくて向かってる場所の方を聞きたかったかんだけど……」
「釣れない返事だねぇ。まぁ、行けば分かるさ。少し休んだんだからもう平気だろ! ついて来い!!」

ツバキは叫ぶとレッカを無視して走り出す。
走り出すツバキにレッカは「待ってよ!」と叫ぶもその声は届かない。
レッカは深い溜息をついてまだ、疲れの癒えない身体に鞭を打って走り出した。

しばらく走り続けると目の前に大きな洞窟が見えてくる。
洞窟の目の前にたどり着くとツバキは制止した。
少し遅れてレッカも洞窟の前にたどり着きツバキの隣に制止する。

「どうだ!? 群の縄張り外だからこそ何処に繋がってるか分からない洞窟!!
 この先に何があるのかって考えるとワクワクしてこないか?」
「……僕は生活にスリルや冒険よりも穏やかで平和な日常が良いんだけど。
 それに洞窟に入るのに僕達……何も道具を持ってきてないよ。
 何処まで繋がってるかも分からない洞窟に準備なしっていうのは……。
 僕は引き返した方が良いと思うよ」
「何だレッカ、やっぱり怖いのか? 必死に言い訳なんか考えてさ」

ツバキが馬鹿にする様に言うとレッカは「違うよ!」とすぐに反論する。
二匹は己の意見を言い合い互いに一歩も引こうとしない。
しばらく口論を続けていたが、二匹は互いに背中合わせになり周囲を警戒する。

「……レッカもこの匂いに気付いたか?」
「……うん。急に血の香りがした。この辺に誰か居る……。
 怪我をしているだけのポケモンか……それとも肉食のポケモンが誰かを襲ったか……。
 後者だったら下手に動かない方が良いかもしれないね。
 でも、僕等が匂いで分かったって事は相手も僕等に気付いたかもしれないって事だよね?
 そういえば、さっき水が流る音が聞こえたから多分川があると思う……。水に浸かってれば匂いも消せるけど……」
「炎タイプの俺達が川にダイビングっていうのもな……。でも、そいつが一番生き延びれるか……。
 なるべく足音をたてずに川の方まで移動しよう…。レッカもそれで良いよな?」

ツバキの質問にレッカは無言で首を縦に振る。
二匹がゆっくり歩き始めると目の前の草むらが揺れた。
互いに顔を見合わせ「……遅かったか」と嫌な結末を想像し顔を青くさせる。

「……俺等の人生って短く儚かったな……」
「……そうかもしれないけど、それは縁起が悪いから言わないでよ……」
「だって、こういう展開って大概は助からないだろ?
 血の匂いが近づいてる時点で怪我人説は限りなくゼロに近くなるしな……。
 レッカ、死んでも俺は怨むなよな」

ツバキの言葉にレッカは突っ込みもいれずに溜息をつく。
互いに逃げることを諦め、威嚇の為に身を低くし戦闘態勢を取る。
しかし、茂みの中から出てきたポケモンは二匹の予想とは違っていた。
目も前にはレッカ達よりも二歳程度年下のイーブイが姿を現す。
口元は血で赤く染まり血の匂いはこのイーブイから発せられたものだとすぐに分かる。
イーブイはフラフラと今にも倒れそうなほど弱々しく歩いてきた。

「……ガーディ? ……丁度……良かった……。あ、あの……この辺で……。あぁ……」

イーブイは二匹の目の前にたどり着くと吐血して気絶した。
レッカとツバキは状況を理解するのに数秒の時間を要しようやく理解する。

「……レッカ、このイーブイの事……どう思う?」
「……えっと。凄く可愛いと思うよ……」

ツバキはレッカに質問すると予想とはまったく違う答えが返ってくる。
顔を赤らめて答えてる辺りレッカはお世辞ではなく本心なのだろう……。
この質問の答えにツバキは呆れずにはいられなかった。

「……そうか。君はこういう子が好みなのか……。
 でもな、レッカ。俺が聞きたかったのはお前の好みのタイプじゃない。
 このイーブイをどうするかって事なんだよ。そこの事を踏まえたうえでもう一度同じ質問する。
 レッカ、このイーブイの事……どう思う?」
「素性も分からないし、僕等が助ける理由も意味もない……。
 このまま無視するのが得策だと思うよ。
 ここで死ぬんなら、それが運命だった事だし。
 ……僕個人では助けて上げたいんだけどね」
「最後の言葉を抜かせば、さっきの言葉が嘘のようだな。
 でも、レッカ。お前この子に惚れたんだろ?
 隠してもさっきの言葉と表情で分かるけどな。
 なら助けてやったらどうだ。……俺は協力しないぞ。
 さっきのお前の言葉通り理由も意味もないしな。
 それに、群の掟に背くと色々厄介だしさ……。
 俺達の群は他の種族を受け入れない。
 お前は群を離れて彼女を守れるのか?」

ツバキの言葉にレッカは明らかに「……お前はどうなんだよ」という顔をしている。
そのレッカの表情を見てツバキは嫌そうな顔をした。

「なんだよ。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ!」
「じゃあ言わせて貰うよ。掟に背きたくないって言ったけどさ、僕等がここに居る時点で掟を破ってるんだけど?
 そして、それに付き合わされた僕は一体なんなの!? 納得がいくように説明してくれるかな?」
「突っ込むのはそっちかよ!? 助けない方を突っ込むんじゃないの!?
 まぁ、冗談だけどさ……。俺のわがままでレッカを付き合せたんだ。
 今回は俺がレッカにわがままに付き合ってやるよ。……さっきも言ったけどあまり深追いするなよ」

ツバキの素直じゃない態度にレッカは微笑みながら「ありがとう」と一言お礼を言う。
お礼を言われたことでツバキは照れて、そっぽを向いてしまう。

「取りあえず、目立たなくて直射日光の当たらない木陰に運ぼう。
 あと、近くに川があるんだよな? そこで水も用意したほうが良いだろう。
 レッカ、何か水を汲めそうな者を持ってないか?」
「ツバキっていつもはふざけてるのに、こういう非常事態には本当に頼りになるよ。
 ……見ての通り、水の汲めそうな物なんてもってないよ」
「まぁ、俺もいざという時に死にたくはないからな……。
 知識はなくて困る事はあっても、あって困る事はないだろうし。
 度が過ぎれば妬まれるかもしれないけどな。
 じゃあ、イーブイを直接川まで運ぶしかないか……。
 当然レッカが背負ってくれるんだよな?」

ツバキはニヤニヤとしながらレッカを見る。
その質問にレッカは顔を赤くさせ小さく「……分かった」と一言呟く。
レッカはイーブイを背負うと川まで移動した。



少し歩くと二匹の目の前に川の景色が広がる。
レッカは木陰にイーブイをゆっくりと降ろした。
気を利かせたつもりなのかツバキは少し離れた木陰に移動し休息を取る。
イーブイの事が気になるのかレッカは妙にソワソワしていた。
しばらくするとイーブイが起き上がる。
自分の置かれている状況が理解できないのか辺りをキョロキョロ見渡し、首を傾げた。

「あれ? さっきと風景が違うような気が……」
「君が当然倒れたから少し移動させてもらったよ。
 心配しないで。君を襲おうなんて考えてないから。
 僕はレッカ。そっちの僕より身体の大きいガーディはツバキ。
 血を出してたみたいだけど、身体大丈夫?」

レッカの紹介にツバキは面倒そうに右前足を振る。
イーブイは状況を理解して少しは落ち着いたようだ。

「心配してもらってありがとうございます。僕、生まれつき身体が弱くて……」
「ぼ、僕!? 僕って、君ってもしかして雄!? ……こんなに可愛いのに」

レッカはイーブイの一人称を聞いて目を見開いて驚いている。
そんなレッカを見てツバキは腹を抱えて笑い始めた。

「ぶはは~。こりゃ、面白い落ちだな。まぁ、何となく予想は出来てたけどな。
 レッカ、イーブイは俺達ガーディと同じで雄の方が多い種族なんだ……。
 普通に考えれば出会うイーブイも雄の方が確立は高いんだ。諦めろ」
「……もしかしてツバキはそれを知ってて黙っての?」
「俺は聞かれなかったから黙ってただけだ。それじゃ悪いか?
 それにレッカ、これだけは忠告しておく。何でも自分の思い通りになるなんて思うな。
 戦いというのは常に何が起こるか分からない。一瞬の判断が死を招く。
 思い通りにならない事の方が多いんだ。そんな時でも知識があれば生きる確立は格段に上昇する。
 生き延びたいなら強く、賢くならなくちゃいけないんだ。レッカ、これでお前も一つ賢くなった。
 このイーブイは雄だった。たとえ辛くても、その現実を受け入れるんだ。そうすればお前はもっと強くなれる」

落ち込むレッカにツバキは励ましの言葉を送る。
ツバキ本人は慰めたつもりでも、レッカは明らかにツバキに殺意を向けていた。
二匹の不毛な会話にイーブイは困った表情をしていたが、やがて二匹に話しかける。

「あの、さっきから僕が雄だって会話をしてるみたいですけど、僕これでも雌なんですが……。
 一人称だけで僕を雄って決めつないでください。そんなに雌が『僕』なんて言うのは可笑しいですか?
 それとも、僕ってそんなに雄に見えますか? 見えるって言われたらショックですけど……。
 ツバキさんが言うようにイーブイ種は雄のほうが多いですから口調になっただけです」

イーブイの一言でレッカとツバキの口喧嘩はとまる。
そして同時にイーブイの方に振り向いた。

「嘘だろ!? だってイーブイは雄の方が多い種族だろ?
 雌だって言い張るんなら、ちゃんとした証拠を見せてみろよ」
「……ツバキ、確立なんて所詮は運だってことだよ。諦めが悪いよ。
 それに僕達の群にもしっかり雌は居るわけだから。
 証拠を見せろって、一体イーブイの何を見たいんだよ!?」
「そ、そうですよ!! 白昼堂々と何を言うですか!?
 そんな恥ずかしい事、僕には出来ませんよ……」

ツバキの文句に対し、レッカとイーブイは顔を真っ赤にさせる。
二匹の罵声を無視してツバキはゆっくりとイーブイの近づく。

「……証拠を見せられないって言うなら自分で確かめるだけさ」
「そ、それってどういう意味ですか……」
「こういう事だ!」

ツバキはイーブイを押し倒すと、ゆっくりと右前足を股間の方へ伸ばす。
予想外を遥かに超えたツバキの行動に、イーブイは戸惑い何も出来ないでいた。
イーブイの性別を確かめる為にツバキは彼女の股間を弄繰り回す。

「ひゃんっ!! や、やめてください! そ、そんな所弄らないでください……」
「このイーブイ、本当に雌かよ……。世の中、低い方の確立に当たることもあるんだな……。
 何だ、弄られて感じちゃってるのか? ここ、濡れてきてるぜ。とんだ淫乱娘だな」
「ち、違います。僕は淫乱なんかじゃ……ひゃぁあああ!!!
 や、やめてください……お願いします。レッカさんが……レッカさんが見てるんです!!」

ツバキはイーブイの秘所の縦筋をゆっくりなぞる。
秘所をなぞられる度にイーブイは艶かしい嬌声を挙げた。
イーブイは先ほどから、チラチラとレッカの方を見ている。

「ふ~ん。イーブイちゃんは俺よりもレッカ君の方が好みですか?
 そんなにレッカが良いなら、イーブイちゃんのここ、レッカにも見てもらおうか」

ツバキはイーブイを抱きかかえレッカの方を向かせると後ろ足を開かせる。
想像を超えた光景にレッカは顔を赤くさせるもイーブイの秘所から逸らさず、凝視していた。
……今のレッカの心は良心よりも下心の網が勝っていた。雄の悲しい性である。

「い、嫌ぁああ!! レッカさん、見ないでください!! 僕、恥ずかしくて死んじゃいますぅう!!」
「レッカに見せ付けただけで更に濡らしてるじゃないか……。
 俺も、気持ち良くさせてもらおうかな」

ツバキはそう言うと自らの大きく太くなったモノをイーブイに見せびらかす。
それを見たイーブイの顔色は吐血して青白かったのに、更に青白くなる。

「いやぁああ!! それだけはやめてください!! 入れないでください!! 初めては大好きな方とじゃなきゃ!!」
「俺もいきなり雌の初めてを奪うほど鬼畜じゃないぞ!! ただこいつをイーブイの股間で挟んで扱かして欲しいだけ。
 ……雄の性器を見た瞬間に何をされるか分かってるなんて、やっぱりお前は淫乱娘だよ」

ツバキの言葉攻めにイーブイは顔を真っ赤にさせ、無言でツバキを睨んでいた。
しかし、睨むその目には悔しさか恥ずかしさかは、その両方からか涙が溢れている。
睨んできても、暴れないイーブイもすでに更なる快楽を求めているのだろう。
ツバキは木に寄りかかり、背後からイーブイを優しく抱きかかえ、彼女の股間に自らのモノを挟む。
その光景はまるでイーブイの股間から雄の象徴がはえているようだった。

「じゃぁ、動くぞ……」
「……もう好きにしてください。やめてって言ってもやめてくれないんでしょう?
 せめてレッカさんに見えない位置にだけはしてくれませんか?」
「本当は俺よりもレッカに見て欲しいんだろ? なら、このままで良いじゃないか」

ツバキはイーブイの願いを聞き入れず、レッカの目の前で腰を振り始める。
秘所とモノが擦れるたびにツバキとイーブイは嬌声をあげた。
そんな二匹を見ていてレッカも我慢できなくなってきたのか自らのモノを扱き始める。

「ごめん……ごめんね。君のエッチな姿を見てて……僕ももう我慢できまいよ。不謹慎なのは分かってるのに……」
「レッカさんが僕の見て興奮してくれてる……。そ、そう思うと僕……もっと感じちゃいますぅううう!!」

レッカとイーブイは互いの淫らな姿を見て興奮を高める。
既に二匹の世界にツバキは映っていない……。
やがて、三匹の快楽は最高潮へと上りつめていく。

「んぁああ!! イーブイィイイ!!!」
「レッカさん! レッカさぁああんん!!!」
「……くぅううう。流石にイーブイにかけるのは不味いよな……」

ほぼ同時に、三匹共絶頂を向かえる。
あまりの激しさにイーブイは絶頂を向かえた瞬間に気絶した。
ツバキはイーブイに精液をかけまいと慌ててイーブイから離れる。
レッカとツバキは快楽の余韻に浸り、空を眺めていた。




しばらく休んだいたレッカだが、突然起き上がりツバキに近づく。
ツバキは不思議そうな顔をしてレッカを見ていた。

「ん? どうしたレッカ? 不気味なほどの笑顔で近づいて来て……」
「相手の警戒心を解くにはまず笑顔でしょ?
 ……何でいきなりイーブイを襲ったのかな? 答えによっては一発殴る……」
「あの~レッカ君……。もう笑顔じゃなくなってるんですけど……。
 理由? そりゃ~、雌が顔を赤らめてモジモジとしてたら健全な雄ならムラムラとするだろ?
 なぁ、お前の瞳って紅かったか? 違うよな。疲れてるんだったら休んだほうが良いぞ。そうするべきだ」

レッカは紅く虚ろな瞳でツバキを睨みつけた。
そんな顔で睨まれたツバキは恐怖を感じ、一歩後ずさる。

「……取りあえず、ツバキを一発殴るまでは大丈夫だと思うよ。
 僕も相当頭にきてるから本気で殴るけど良いよね?」
「レ、レッカ! まずは穏便に話し合いで行こうじゃないか!!
 話し合う事を忘れてしまっては世界に平和は訪れないぞ!!
 さぁ、心を落ち着かせその憎しみを忘れるんだ!!
 そ、それにレッカだって随分楽しんでたじゃないか!! お相子だろう!?」
「ツバキがイーブイを襲ったって言う事実がある以上、話し合いをする必要は無いよ。
 そして、責任を僕に押し付ける気? 見苦しいよツバキ……」

レッカがツバキを殴ろうと右前足を高く振り上げた。
ツバキは急所への衝撃を少しでも和らげようと前足を頭の前にもって来て衝撃に備える。
右前足が振り下ろされようとした瞬間にイーブイが目を覚ます。
レッカはツバキへの攻撃をやめ、イーブイの元へと駆けつける。
殴られなかった事にツバキは安堵し、同じくイーブイの元へと歩いていく。
イーブイに近づく途中でレッカが派手に転びそうになったのをツバキは慌てて受け止める。

「目が覚めたんだね! 体調は平気?」
「……吐血はいつもの事なので気にしないでください。
 こちらこそ、助けていただいてありがとうございます」
「え? 吐血? そうじゃなくて、さっきの事なんだけど……」

イーブイはレッカの『さっきの事』について考えている。
しかし、いくら考えても『さっきの事』は思い出せないでいた。
どうやら気絶したショックで完全に記憶からなくなってしまっているらしい……。
ツバキは『これはチャンス!』とでも言いたげにイーブイに話しかける。

「それなら良いんだ。俺はツバキ。こっちの俺より身体の小さいガーディはレッカ。
 気絶するときに『ガーディで丁度良かった』って言ってたな。俺達ガーディに何の用だ?」
「は、はい。僕、生まれつき体が弱いんです……。
 それで、最近は吐血の回数が日に日に多くなってるんです……。
 医者が言うには、もう既にイーブイの体力では限界なんだそうで……。
 何の種類でも良いから、進化すれば体力も上がるから助かるだろうって……。
 リーフィアとグレイシアになるには特定の場所へ行かなくてはなりませんし……。
 エーフィとブラッキは誰かを心から愛さなければいけないわけで……。
 シャワーズとサンダースは水の石と雷の石の取れる場所がはっきりしていません……。
 それで、ブースターならこの付近では炎の石が取れるって聞いて……。良ければ場所を教えて頂けませんか?」

レッカは『炎の石』と聞いて狐につままれたような顔をしている。
強くなる事に執着していないレッカにとっては進化に関して興味が無いらしい。
逆にツバキは炎の石と聞いて「面倒な事になったな……」とぼやいていた。

「……この辺を縄張りにしてるのはウィンディ達だけじゃなくて、キュウコン達も居るってのは知ってるか?
 まぁ、知ってても、知らなくてもどっちでも良いんだけどな……。
 相当昔に自殺の名所だった崖で取れるんだが……簡単に採掘できるところはあらかた取られちまってるんだよ……。
 そのせいで、ウィンディもキュウコンも炎の石を確保するのに躍起になってるんだ……。
 だから最近は群の中でも炎の石の管理が非常に厳しくなってるんだよ……。
 群の俺達ですら弱い奴には炎の石を与えないってのが当たり前になってる。
 つまり、部外者であるイーブイが炎の石を手に入れるってなると相当厳しくなるな……」
「あ、あの……それじゃ僕、ここでの炎の石は諦めたほうが良いんでしょうか?」

ツバキの説明にイーブイとレッカは不安になる。
そんな二匹を見てツバキは思わず溜息をつく。

「……難しいだけで別に手に入れられないわけじゃない。手に入れたいなら、手段は二つになるな。
 ひとつは自殺の名所だった崖から自力で炎の石を採掘するか。
 もうひとつはキュウコンかウィンディの群から採掘された石を盗み出すか……だ。
 前者の方はイーブイの身体が弱いから、ほぼ無理だろう。
 それに大人のウィンディ達が苦戦するから残ってるのに俺達が手に入れることは不可能に近いだろうな。
 つまり、必然的に答えは後者の方になるわけだ。
 キュウコンの群から盗むよりも俺達が協力するならウィンディの群の方からの盗みやすいだろう。
 ウィンディの群からなら炎の石の保管場所も分かってるわけだしな」
「……ごめんツバキ。僕、群の一員だけど炎の石の隠し場所って知らないんだけど……」
「お前って本当に強くなる事に執着がないよな……。それとも隠し場所を知ってる俺の方が変なのか?
 まぁ、それはどうでも良いとして……。場所はリーダーの住処の裏の洞窟に保管してあるぜ。
 リーダーの護衛と炎の石の管理が同時に出来て都合が良いんだろうな。
 だから、石を盗み出すには護衛を数匹なんとか出し抜かなきゃいけないわけだ」

ツバキが炎の石の入手法を簡単に説明するとレッカとイーブイは顔をしかめる。
進化の難しさをイーブイは改めて実感する事になる。
説明するたび、不安そうにする二匹を見ていてツバキは呆れていた。

「……取りあえず、俺が護衛を上手く撒くからレッカは炎の石を入手してイーブイに渡す。
 簡単に言ったけど勿論、レッカの方が危険な作戦なのは分かってるよな?
 お前がイーブイを助けるって言った言いだしっぺだからな。それ位は嫌でも引き受けてもらうぞ。
 俺はサポートしかしないからな。それ以上は自己責任で何とかしろよ。
 お前がどんなにピンチになっても俺は絶対に助けに行かないぞ。それだけは覚えておけよ。
 嫌って言うなら、この作戦はなかった事にする。そしたら俺は協力しないぞ。自分で何とかしろよレッカ。
 やるんなら、作戦は今夜早速強奪させてもらおうか。時間をかければ、それだけイーブイが危険だからな。
 あとイーブイ、お前は邪魔だから俺の住処で待機してろよ。
 レッカの住処よりも俺の住処の方がリーダーの住処が遠くて警備が少ないからな」
「うん。それで大丈夫……だと思う。悪いねツバキ」
「色々とご迷惑をおかけします……。それとありがとうございます」

イーブイはレッカとツバキに深々と頭を下げる。
そんなイーブイを見てレッカは「絶対に炎の石を手に入れよう!」と心に誓う。
一方、ツバキは「面倒な事に巻き込まれたな……」と本日、何度目か分からない溜息をついていた。



レッカは茂みに隠れ、リーダーの住処の裏の洞窟を眺めていた。
洞窟の前には三匹のウィンディが辺りを警戒している。
しばらく、待っていると少し離れた所から、耳を劈く激しい爆発音が鳴り響く。

「一体何が起こったんだ?」
「どうする。俺達も音がした方向に向かうか?
 あっちの方角はリーダーの住処のほうだ。
 もしかしたら、キュウコンの群にでも襲撃されたのかも……。
 炎の石が少なくなってるのは向こうも同じだからな……。
 俺達もリーダーの無事を確認しに良くか?」
「炎の石が目的ならここを手薄にするのもどうかと思うが……。
 だからと言ってリーダーを無視することは出来ないよな」

三匹のウィンディはお互いの意見を言い合う。
だが、いつまでもモタモタしているわけにもいかず、結局三匹共洞窟を後にしリーダーの住処へと走り出した。
レッカは三匹が居なくなったのを確認し、洞窟の中へと侵入する。

「……ツバキも随分と派手な事をしてるみたいだね。
 でも、あそこまでするのも自己保身に相当の自信があるからなんだろうけどさ。
 ツバキって何だかんだ言って、面倒な事に巻き込まれても無事でいるんだもんな……。
 洞窟の中は流石に暗いよ……。でも、明かりを点けたら侵入したのがバレるかもしれないし……。
 やっぱり、暗いのを我慢してこのまま進むしかないのか……」

レッカは足元に気をつけながら洞窟を進む。
素早く走りたいが、足音を立てるわけには行かない。
しかし、ゆっくりしすぎて侵入してるがバレては元も子もない。
そんなジレンマに陥りながらもレッカは炎の石を目指す。

洞窟は一本道になっており迷う心配はなさそうだった。
しばらく洞窟を進んでいくと奥から淡い光が差し込む。
光を放っていたのは探し求めた炎の石だった。

「見つけた! これでイーブイはもう安心だよね。
 ……と、その前に一応ツバキに渡された『変わらずの石』を身に付けないと。
 イーブイに渡す前に自分で使っちゃ意味ないし……」

レッカは変わらずの石を身に付けると、炎の石を一つ咥え木の葉に包む。
もう一度辺りを見渡すとレッカは慎重に洞窟を後戻りする。

「結局、リーダーの住処での爆発は何だったんだろうな?」
「……それは俺の方が聞きたいぞ」
「まぁ、リーダーに怪我が無かった事を考えると目的はリーダーの暗殺って訳じゃなさそうなんだよな」

洞窟を抜ける後一息のところで入り口の警備をしていたウィンディ達が帰ってくる。
烈火は慌てて岩の陰に身を隠す。

「ん? この匂い……貴様、そこで何をしている!!」
「つまり、標的はリーダーじゃなくて、初めから炎の石って事か」
「……素直に出てこないと痛い目を見る事になる。大人しく出てきた方が身のためだぞ」

相手のウィンディも当然鼻が利く。
岩場に身を隠していても全く効果は無かった。
レッカは足元に穴を掘り、炎の石を隠す。
炎の石を隠し終えると、レッカはウィンディ達の要求通りに姿を現した。
言い訳はしても無駄と判断し、レッカは無言のままウィンディ達を見ている。

「……ガーディ? 同族ってのは意外だったな」
「なんだ、キュウコン共じゃないのか? そうだったら殺してやったのによ」
「……リーダーに差し出す。小僧、逃げるなよ」

レッカが素直に出て来た事でウィンディ達はそれ以上の詮索をしない。
そのおかげで炎の石はウィンディ達に回収されなかった。
ウィンディ達はレッカを取り囲むとリーダーの住処へと連行していく。
レッカはただ、炎の石がイーブイの元に届くのを祈るだけだった。



レッカが捕まる光景をツバキは木陰でじっと見ていた。
警備のウィンディ達が居なくなるのを確認すると、レッカが隠した炎の石を回収しに洞窟へと入る。

「レッカも最後でミスるとは詰めが甘いな。
 まぁ、俺はレッカの頑張りを無駄にしないために狙いの物をいただくか」

ツバキも変わらずの石を身に付けると、レッカが取り逃した炎の石を回収する。
用を終えるとツバキは洞窟を後にして自分の住処へと戻っていく。
住処に帰るとイーブイとツバキ達より三才程度若そうな雌のガーディが楽しそうに話している。

「大人しくしてみたいだな。夜遅くまでカエデもご苦労さん」
「え、えっと……イーブイさんの前で恥ずかしいよお兄ちゃん」

ツバキはカエデと呼んだガーディの頭を撫でる。
頭を撫でられてカエデは恥ずかしがってはいるが嬉しそうだ。

「ほら、イーブイ。こいつがお前の探し求めた炎の石だ」

ツバキはイーブイに炎の石を手渡した。
本来その役目のはずのレッカが見当たらない事にイーブイは疑問を感じている。

「あ、ありがとうございます。でも……炎の石の確保ってレッカさんの役目でしたよね?
 レッカさんの姿が見えないんですけど、どうしたんですか?」
「ああ、レッカね。捕まった。群の貴重品に手を出したんだ、ただじゃすまないだろうな」
「そ、そんな!? 助けに行かなくて良いんですか!?」

返ってくる質問の言葉にイーブイは同様を隠せない。
反面、友人であるはずのツバキは顔色ひとつ変えていなかった。

「俺は役目は炎の石を手に入れるのを手伝うだけだ。
 レッカがヘマをして捕まったのを助けに行く義理は無い。
 捕まるリスクが高いのはあいつも分かってた事だろうしな」
「……友人が捕まったのに随分と冷たいんですね。
 ツバキさんが行かないなら僕がレッカさんを助けに行きます!!」

イーブイが住処を飛び出していこうとするとツバキが入り口に立ちふさがる。
ツバキはしばらく無言でイーブイを睨みつけていたがやがて口を開く。

「……大人しいタイプだと思っていたんだが結構活発なんだな。
 だが、お前は絶対に行くな。レッカは群の一員だから、貴重品を盗っても殺されはしないだろう。
 しかし、炎の石を盗ったのが部外者ならどうだ? 確実に殺される。
 ここでお前が見つかれば、それこそレッカの努力が無駄になる。
 今なら群の注意はレッカに向いている。簡単に抜けだせるだろう。
 レッカの事を思うなら大人しくここを出て行け良いな!!」
「ツバキさん、そこまで考えて……。
 ごめんなさい。僕が馬鹿でした。そしてありがとうございます」

イーブイは頭を下げるとツバキ達の住処を後にする。
ツバキとカエデはその背中を見送っていた。

「……エターナルさん、行っちゃったね」
「ん? エターナルってあいつの名前か?」
「え!? お兄ちゃんずっと『イーブイ』って呼んでたけど名前知らなかったの!?」

ツバキの予想外の反応にカエデは驚いていた。
流石のツバキもここまで露骨に驚かれると気分が悪くなる。

「しょうがないだいだろ。会って早々いきなり気絶するし。
 起きたら起きたで『炎の石は何処だ?』だもんな。
 名前を聞くタイミングを完全に失っただけだ」
「……確かにそれは大変だったね」
「まぁ、これであいつが救われた思えば楽な方か。
 あくまで俺はな。レッカはとんだ災難だったみたいだが。
 さて、大分遅くなったけど寝るとしますか。おやすみカエデ」

欠伸をしながらツバキは寝床へと向かう。
カエデは「おやすみなさい」と返事をして同じく寝床へと向かった。



ツバキはいつもと変わらない時間に目を覚ます。
まるで昨晩の出来事が嘘のような、いつも通りの朝である。
そしていつも通りツバキは朝食を取ろうと木の実の確認をした。

「ふわぁ~。流石にあんな時間まで起きてると眠いな……。
 それでも、いつもと同じ時間に起きるなんて嫌な習慣だ。
 カエデの奴はやっぱりまだ寝てるか。そして木の実の貯蔵がもうないのか……」

……しかし、木の実の貯蔵は無慈悲にもそこを尽きていてる。
ツバキは目を擦り何度も確認するが木の実が増えることは無かった。

「はぁ~。仕方ない、面倒だけど今の内に木の実でもとって来るか」

ツバキは溜息をつきながら寝床をあとにし、木の実を取りに行く。
昨日の騒動のせいか、今日はまだ木の実が取られていなかった。
近くの木々からツバキは適当に木の実を集めていく。

「良し良し。オボンの実やラムの実も手にあるな。今日は中々の収穫だ。これならしばらくは平気そうだな。
 オボンとラムは怪我や病気に効くから住処で栽培するか」

木の実を集める事に気をとられていたツバキは何かに足を引っ掛け転びそうになる。
何に転びそうになったのかを確認しようと振り返ると、一匹のガーディが倒れていた。
そのガーディは全身傷だらけで、とても弱々しい息しかしていない。
無論、傷だらけのガーディはレッカである。

「……炎の石が絡んでくると群の一員でもここまでの仕打ちか。俺は捕まんなくて良かったな。
 このまま親友を放置するわけにも行かないよな……。少しくらいは無茶するか……。俺は無茶が嫌いなんだけどな……。
 でも、木の実は減らさないとダメか……。オボンとラムは当然キープだろ。後は朝食分くらいだよな……。
 はぁ~。折角、大量の木の実が見つかったっていうのによ~。タイミング悪いぞレッカ……。
 勿体無いし、取った木の実は木陰に隠しておいてもう一回取りに来るか……。まったく、面倒だな」

ツバキはレッカを背負い、木の実を隠すと住処へと戻っていく。
当然、オボンの実とラムの実は貴重なため無理してでも持って帰る。
ガーディ一匹背負っていてもツバキの速さは普段とほぼ代わりは無い。
普段はふざけていても、やはりツバキの能力の同年代で比べれば秀でているのだろう。
住処に着くとツバキはレッカを降ろすと木の実の整理をする。
既にカエデも目を覚ましていたらしく、気絶しているレッカの事を観察していた。

「ねぇお兄ちゃん、このガーディ誰?」
「ん? そういやカエデは初めて会うんだっけ?
 こいつは俺の親友のレッカ。よくお前にも話してるだろ?
 昨日のイーブイの件で酷く扱かれたみたいだな。ご愁傷様。
 近くで倒れてたの見つけてな流石に放置するわけにはいかなかったからな。
 と言う事で、オボンの実……は流石に勿体無いからオレンの実でもすり潰して傷口に塗っといてくれね?
 俺はまた木の実の確保に行ってこようと思うからさ。早く行かないと、折角集めた木の実が取られちまう。
 今日は豊作だったからな。任せたぞカエデ!」
「へぇ~。このガーディさんがお兄ちゃんの親友さんね……。
 って、お兄ちゃんちょっと待ってよ!! ……もう行っちゃった。
 私はまだ質問に答えてないのに……。お兄ちゃんはいつも自分勝手なんだから。
 いつもお兄ちゃんの気まぐれに振り回されるレッカさんも可愛そうに。
 でも、今回はエターナルさんの為だったみたいだから多少の無茶も許すけど……」

ツバキはカエデの答えを聞く前に家を飛び出していく。
そんなツバキの背中を、カエデは茫然と見送ることしか出来なかった。



カエデは住処の奥からオレンの実を取り出すと、葉っぱの上で実をすり潰す。
実をすり潰し終えると今後はレッカの傷口に塗っていく。

「痛! あれ? ここはどこ? それにイーブイはどうなったの!?」
「良かった。気がついたんですね。傷だらけだったから心配したんですよ」

カエデが薬を塗っていると、その痛みでレッカは目を覚ました。
現在の状況が分からずレッカは辺りをキョロキョロと見渡す。
顔を色を確認しようとカエデはレッカの顔を覗き込んだ。
異性にあまり興味の無いレッカも、あまりの距離の近さに顔を赤くする。

「顔色は……大丈夫そうですね。ここは私達は住処です。
 お父さんとお母さんは、もう死んじゃってるから、今は私とお兄ちゃんの二匹で暮らしてるんですよ。
 エター……イーブイさんは炎の石を受け取って昨晩の内にこの群を出て行きました」
「そんな!? 出て行ったって……。イーブイは何か言ってなかった!?」
「何かって、漠然と言われても……。どんな事を聞きたいんですか?
 聞かれても答えられることなんて、全然ないんですけどね」

カエデの言葉を聞いてレッカは頭を捻る。
聞きたい事が難しいわけではない。ただ多すぎる。
今のレッカに、それらの質問をまとめられにないでいた。
お互いに初対面な為、大した会話もする事無く、時間だけが刻々と過ぎていく。

「そ、そう言えば君の名前、聞いて無かったよね? 僕はレッカ。君は?
 さっきも、兄妹二匹でで暮らしてるって言ったけど、お兄さんはどうしたの?
 姿が見えないみたいだから、気になったんだけど」
「え? そ、そうですね。自己紹介がまだでしたね。私はカエデって言います。
 えっと……お兄ちゃんは今、私達のご飯を取りに出かけてますよ。
 あと、いつもお兄ちゃんが迷惑をかけててすみません。
 自分勝手なところはありますから、随分と苦労してるんじゃないですか?」
「お兄ちゃんが迷惑をかけてるって……もしかしてツバキの妹さん?
 それなら、迷惑をかけてるって言葉も納得できるけど……」

レッカの質問にカエデは「はい。そうです」と一言だけ答える。
ツバキに妹がいるなんて知らなかったレッカはかなり驚く。

「よぉ、カエデ! 今、帰ったぞ!!
 ん? レッカも、もう目を覚ましたのか……。
 オレンの実を塗ったとはいえこの回復力、お前の身体は随分と丈夫にできてるんだな。
 それとも、俺が思った以上に傷は浅かった? ……それなら放っておいても大丈夫だったか」
「ツバキ! 色々と聞きたいことがあるんだけど!」

ツバキが帰ってくるのを確認するとレッカは起き上がる。
今の自分の体の事を考えないレッカにツバキは溜息をつく。

「……取りあえず、これ以上の無理はやめとけよレッカ。
 意識が戻っても起き上がるほどの体力は無いだろ?
 それに、色々ってなぁ……。もう少し、質問をまとめてからしゃべれよ。
 俺は色々って言われただけで、お前の質問に答えられるわけ無いだろ?
 まぁ、大体は予想できるけどな……。この状況か? それともイーブイの事か?
 意外なところをついてカエデの事か? こんなところだろ?」
「別に僕は無理してなんか……うわぁ!!」
「レッカさん危ない!! きゃっ!!」

意識を取り戻しても、流石に起き上がるだけの体力は今のレッカには残っていなかった。
案の定、バランスを崩し、カエデが支えようしたのだが……。
か弱い雌が、三才年上の雄を支えられるはずなく、結局レッカだけでなくカエデも巻き込み派手に転ぶことになる。
ただ転んだだけなら良かったのかもしれない。
偶然は重なり、レッカの唇とカエデの唇が触れ合う。

「はぁ~。レッカ君は随分と精力を持て余してるんだね……」
「違うよ!! これはどう考えても事故でしょ!?」
「事故だろうが故意だろうが、結果が全てだよレッカ君
 俺の妹によくもまぁ、こんな破廉恥な事をしてくれたな。
 覚悟してもらおうかレッカ」

余程、カエデのことが大事なのか、ツバキがガラに無くムキになる。
普段見ることの無い親友の顔にレッカは戸惑いを隠せない。

「お兄ちゃん、いい加減にして! あれはどう見たって事故だったでしょ!?」
「いや、カエデ! お前はもっと自分の身体を大事にするべきだ。
 事故だろうが、しっかりと落とし前をつけないと」
「……そう言うツバキはイーブイにあんなことをしておいて良く言うよ……」

レッカはツバキ本人に聞こえないように愚痴をこぼす。
キスの事でツバキとカエデはまだ、言い争いを続けていた。
……が、しばらくしてツバキが溜息をつく。

「……分かったよカエデ。今回は俺の負けだよ。
 次、同じ事をやったら容赦しないからなレッカ」
「え? うん、分かったよ。ところでイーブイの事だけど……」

レッカはツバキにもカエデと同じ質問をしようと話しかける。
諦めの悪いレッカにツバキは呆れていた。

「あいつなら、もう居ないぞ。それにレッカ、俺は忠告しておいたよな?
 俺達の群は他の種族を受け入れない。初めからこういう結果になるのは分かってただろ?
 それとも『どうにかなる』なんて甘い考えを持ってた訳じゃないよな?」
「……確かにそうだけど。分かってはいたけど、分かりたくない事だってあるよ。
 ねぇ、イーブイは何か言ってなかった!? 些細な事でも良いんだ!」
「別に何も……。炎の石を受け取って、昨晩の内に群を出て行った。
 お前も実らない恋よりも、新しい恋を探せよ。今回で懲りただろ?」

ツバキはレッカにイーブイの事を諦めさせようと酷く言う。
その発言にカエデが反論しようとするが、ツバキがカエデの口を塞ぐ。
妹と話を合わしていなかった事がここで仇となる。
レッカには聞こえないようにツバキは後ろを向き、そっとカエデの耳元で囁く。

「……どうせ、もう二度と会うこともないんだ。
 ここはイーブイの事を悪く言ってレッカに諦めさせるんだよ。
 その方がレッカのためになる。話を合わせてくれカエデ」
「……お兄ちゃんって『面倒だ!』とか言っても面倒見良いよね。
 分かった。今回はお兄ちゃんとレッカさんのために、そういう事にしといてあげる」

カエデが納得するとツバキは前を向きなおす。
二匹のやり取りをレッカは不思議そうに眺めていた。
しかし、今のレッカに二匹のやり取りを追及するほど、肉体的にも精神的にも、そんな余裕は無い。

「……昨日のツバキが言ってたこと、今なら分かる気がする。
 僕が強ければイーブイと一緒に居られたかもしれないに……。
 力がないのがこれほど悔しいなんて知らなかった……」
「だから俺は言っただろ。強くなれば、それだけ選択肢が増える。
 仮に群を捨てても生きて行けるだろう? 」
「群を捨ててもって……。お兄ちゃん、物騒な事言わないでよ」

ツバキの『群を捨てても』という言葉にカエデは敏感に反応する。
不安そうにするカエデの頭をツバキは優しく撫でた。
レッカの心にツバキの言葉が深く刻まれる。

「……僕は強くなりたい。僕もこれから、ツバキの特訓につき合わせて!」
「本気なんだな? なら止めはしないさ。まさか、お前が強くなりたいなんて言う日が来るとはな」

レッカの目つきは昨日までのものとは、まるで違う。
その瞳には強い信念が宿っており、弱い自分との決別だったのかもしれない。



二匹のウィンディが互いに睨み合っている。
同時に近づくと、爪や尻尾で牽制しあう。
しばらく、続けるとお互いに攻撃をやめ木陰に移動した。

「ふぅ。進化して一ヶ月も経てば、この身体にも慣れてくるな。
 レッカ、お前の方はどうだ? 慣れてきたか?」
「大分な。俺の方はもう問題ない」
「じゃあ、今度は嫁探しの方だな。そっちは決めたのか?
 俺達も、もう二十歳だもんな……。老けたよな
 お前が強くなるって行って八年、まさか俺より強くなるとはな。
 今では『烈火の閃光』なんて二つ名まで、付けらちまって。
 あの体力のなかった少年時代が嘘のようだ」

ツバキの皮肉にもレッカは顔色一つ変えない。
イーブイの事件から八年。レッカとツバキも、もう立派な大人に成長している。
レッカはあれから猛特訓の末に、群でもトップクラスの実力者に上り詰めた。

「そんなに茶化すな。そう言うツバキは炎の石を渡す相手は決めたのか?」
「……まぁな。最近知り合ったばかりなんだけど、お互いに気が合ってな。
 お前には紹介しないぞ! お前に取られたくないからな」
「最近知り合ったね……。最近、やけに群の縄張りを出てるそうじゃないか。
 あまり、変な奴に深入りするなよ。面倒は嫌いなんだろ?
 それにカエデの事もある。ツバキに何かあったら悲しむだろうに」

ツバキの反応にレッカは溜息をつく。
こんな言い方でもレッカなりにツバキを心配していた。

「カエデだってもう子供じゃないんだ。俺が居なくても大丈夫だろう。
 もしかしたら、俺が居なくなった方が『住処が広くなった』って喜ぶかもな。
 ……もし俺に何かあったらカエデを頼むぞ」
「何だかんだ言ってカエデを心配してるじゃないか。
 その、もしもにならないように、お前が気を付けろ。
 俺は裏切り者としてお前を殺したくはないからな。忠告はしたぞ」
「俺は自分のやりたいようにやる為に強くなった。
 その忠告は無駄になるかもしれないぜ?」

レッカとツバキはしばらく他愛も無い会話して時間を潰す。
この群の雄達は二十歳になり、群の戦力となると判断されると二つの炎の石を貰える。
一つは己自身を進化されるため。もう一つは自分の伴侶に渡すためのもの。
炎の石が貴重となった今では、進化する事は群の中でも十分の力を持っているという証。
そして、その妻にもそれなりの地位が約束される。
このシステムの御かげで雌達は雄の気を引こうと躍起だった。
一方、雄は炎の石さえ渡せば、フラれる事はない。

「群の儀式まで、後一週間。それまでには決めておけよ」
「……そうだな。その頃にこれだけの力だあれば俺はイーブイと……」
「またイーブイの話か。さっきも言ったが、あれから八年だぞ。
 まぁ、忘れろとまでは俺も言わないけどな……
 お前もいい加減、新しい恋を見つけたらどうだ?
 何時までも過去に囚われたら、前に進めないぞ」
 
イーブイの事を忘れていないレッカに、ツバキは溜息をつく。
ここまでくると一途と言うよりも、未練がましい。
ツバキの八年前の親切心は見事に無駄になっていた。

「忘れられる位なら、俺はここまで強くなってない」
「そうだよな。それでも、嫁だけはしっかり選んでくれよ。
 今回の儀式で一番強いお前が嫁を選ばないと俺達が選べないからな。
 強い奴から、嫁を選ぶ。これはお前も分かってる事だろ?」
「候補は居るんだけどな……。曖昧な気持ちで選んで彼女を傷つけるかもしれない……。
 そう考えると決断しきれなくてな。俺が心底愛してるのはやっぱりイーブイだ」

レッカの一途さに、ツバキは再び溜息をつく。
嫁選びの話をしていると、段々と足音が近づいてくる。
足音の主はレッカ達よりも三歳程度若い、雌のガーディだった。
雌のガーディはツバキを見つけると走り出してきた。


「もう、お兄ちゃんこんな所に居たの!?
 今日はお兄ちゃんが木の実を見つけてくる日でしょ?」
「あ~……そうだっけ? しょうがない行ってくるか。
 悪いなレッカ。今日はここまでだ」
「俺の方こそ長い間、付き合わせて悪かった。
 また今度、よろしく頼む」

ツバキは軽く前足を振ると木の実を探しに走り出した。
この場はレッカとカエデの二匹きりになる。
お互いに話す事がないのか、辺りに静寂が訪れた。

「……その、こうやって静かに二匹きりで居ると八年前を思い出しますね」
「始めて出会ったあの日……で良いんだよな?」
「はい。やっぱり、レッカさんは今でもイーブイさんの事が好きなんですか?」

カエデの質問にレッカは黙秘する。
その黙秘をカエデは肯定と受け取る事にした。

「なぁ、カエデ。もし、自分を愛してくれない雄から、炎の石を渡されたらどう思う?」
「……少し、難しい質問ですね。でも、レッカさんの答えは変だと思いますよ。
 炎の石を渡すって事は、少しでもその雌に愛しているからじゃないですか?
 それに、雌の方だって進化できれば、それなりの地位が約束されます。
 断わる理由は無いと思いますよ。それに、烈火の閃光の誘いなら、誰も断わりませんよ」
「少しでも、愛している……か。それは俺が彼女にイーブイを重ねているから……。
 そんな、俺が愛してるって言えるかは分からないが……。彼女を幸せにする義務はあるよな。
 ありがとうカエデ。俺は誰を嫁にするか、決心がついた」

レッカの瞳から迷いは消えていた。
助言をくれたカエデにお礼をすると、レッカはこの場を離れていく。

「はぁ~。何で、私を選んでくださいって言えなかったんだろう。
 この八年間、レッカさんを振り向かせようと雌を磨いてきたのに……。
 やっぱり、エターナルさんには勝てないんですね……」
「複雑な乙女心。兄は我が妹の恋を応援しているぞ」
「お、お兄ちゃん!? 木の実を取りに行ってたんじゃなかったの!?」

カエデが独り言を呟いていると、ツバキが後ろから背中を叩く。
独り言を聞かれていたなんて、思っていなかったカエデは驚きを隠せない。

「今日の木の実当番は俺じゃなかったよな。
 それに朝、確認したが木の実はそんなに減ってない。
 つまり、カエデはレッカと二匹きりになりたかった。違うか?」
「うぅ。そのとおりです。だって、あと一週間で全てが決まるんだよ?
 レッカさんに恋焦がれて、八年間、ずっと頑張ってきたのに……。
 その本人は私が好意を持ってる事にすら気付いてなさそうなんだよ?
 これで、レッカさんが他の雌に炎の石を渡したら私、ショックで倒れる……」
「あいつって誰かの心を読むのは本当に苦手なんだよな。
 素直って言うか、騙されやすいって言うか……。
 あいつが将来、はめられて大変な事にならないと良いけどな。
 今でも、ほぼ全て雌があいつの嫁になりたいって言ってるんだ。
 ライバルは多いなカエデ。強くて、イケメン、更にクール。
 今の若さで、この戦闘能力なら将来はもっと大物になるだろうな」

カエデの行動を予測しきっていたツバキの作戦勝ちである。
レッカもカエデもツバキが隠れているなんて思ってなかったのか警戒していなかった。
警戒していれば、自慢の嗅覚ですぐにツバキを見つけることが出来ただろう。

「でもあいつは、敵にはしたくないが、部下にもしたくないタイプだよな。
 カリスマがありすぎて、何時自分の地位が脅かされるか分かったもんじゃない。
 それに、たまに見せる驚異的な能力。あれは一体なんなんだろうな。
 素速さは神速を使ったのかのように速くて、一撃は通常の倍以上……。
 あいつはあいつ自身が思ってる以上に危険な存在だ」
「何もそこまで言わなくて良いじゃない!
 私はレッカさんが、どんなに軽蔑されようが愛し続けるもん!」
「一途過ぎるレッカの影響をカエデまで受けてしまった。
 兄離れする妹がこんなに悲しいなんてな……」

ツバキはカエデの成長を素直に喜べないでいた。
儀式まで一週間。雌の結婚に向けての最後の戦いが始まる。



一週間という時間は、あっというま間に過ぎてしまう。
この一週間、レッカは様々な雌からアプローチを受けた。
しかし、既に誰を嫁にするかを決心したレッカに意味はない。
今夜遂に儀式は始まり、若人の新たな人生が始まる。

儀式の日は毎年慌しいが、今年は更に忙しそうにしていた。
群のウィンディ達が「見つけたか?」と質問すると「まだだ」と答えがそこら中から聞こえる。
そんなウィンディ達を見て、レッカは嫌な予感を感じていた。
一週間前のツバキとの会話。それが妙に引っかかる。
裏切りの忠告を真剣な顔をして「無駄になる」と言ったツバキの言葉。
レッカ自身は半分は冗談のつもりで言ったし、笑って「そんな事しない」と返して欲しかった。

「……明らかに今日の儀式の会話じゃないよな。
 それに、今日はツバキの姿をまだ見ていない……。
 ツバキの奴……まさか本気で群を出て行く気なのか?
 いや、まだそうと決まったわけじゃないか」

最近のツバキの行動は可笑しい事が多々あった。
ツバキの所在を知ろうとレッカはカエデを探す。
彼女なら、ツバキの情報を何らかは持っているだろう。
忙しそうに準備するウィンディ達の掻き分けながら、ようやくカエデを見つけた。
毎年、儀式の日の若いウィンディ達は嫁にする雌と新婚生活について話している。
しかし、残念な事にカエデに声をかけている雄は居なかった……。
もう既に新婚生活について話し終わっているのか、あるいは本当に誰にも告白されなかったのか。
だが、今重要なのはカエデの彼氏ではなく、ツバキの居場所である。
ツバキがこの辺に居ればレッカの嫌な予感は外れる。レッカ自身も、外れて欲しいと願う。

「なぁ、カエデ。ツバキの姿が見えないんだが、何処に居るか知らないか?」
「お兄ちゃんですか? 昨日の晩に出かけてからまだ、戻ってきてませんよ。
 今日の儀式までには戻るって言ってましたけど……。レッカさんも知らないんですか……。
 こんな大事な日に、どこ行っちゃったんだろう。
 お兄ちゃんだって炎の石を受け取って群の一員として認められたんだからもっと責任を持たないと。
 レッカさんもそう思いますよね? 儀式に遅刻したら妹の私も恥をかいちゃうのに」
「そうか。ありがとうカエデ。ツバキは自由な奴だから心配だよな。
 それと、どっちの方向に行ったか分かるか?」

カエデは「それなら」と右前足で方角を示す。その先はあの崖の方向だ。
ツバキが出て行った方向は、炎の石の取れる崖の方という情報を得た。
確かにその方角はいつもツバキが出かける方向だ。
ツバキが最近、群の雌と一緒に居るところを誰も見て居ない。
勿論、カエデは抜かす。彼女はツバキの唯一の肉親だ。
それに、この間「嫁にする奴はもう決めている」とツバキの口から直接聞いた。
カエデの言葉で、レッカは嫌な予感が的中したと確信する。
こうなる事は予想していたが外れて欲しかった。親友を信じたかった。
大方、昨晩か早朝に群以外の雌に居るところでも群の連中に見られたのだろう。
もしくは、初めから、この日に脱走するつもりだったのが、バレたのか。
抜け目のないツバキの事だ。恐らくは後者だろう。
今日は儀式の準備もいなきゃいけない為、捜索にそこまで人員をさけない。
それを狙って今日と言う日を選んだはずだ。
誤算だったのは、この日は群の周辺の警護が厳しくなる事。
ウィンディんの群でも大事な儀式だ。その為、襲撃はあってはならないのだ。
ツバキがその事に気付いて居ないはずがない。どうにもそこが腑に落ちない。
しばらくレッカは考える。ツバキならどうやって、ピンチをチャンスに変えるかを。
そして、一つの答えが浮かんでくる。レッカはそれが正解だと確信していた。

「……なんるほどな。あいつなら絶対にそうするだろうな。
 今から追いつけるかは分からないが行ってみるか」

レッカは崖とは反対の方向へと走り出した。
今までの親友の行動パターンと己自身の勘を信じて。



深い森の中レッカは黙々と走る。
もしかしたら、追いつけないかもしれない……。
心の何処かで、そう思いながらもレッカは走り続けた。
そして、走り続けると、大きな洞窟が見えてくる。

八年前にイーブイと出会った思い出の地。
レッカの人生の歯車を大きく狂わした地。

当時は知らなかったが、この洞窟に入って出てきた者は居ないと言う。
そのため、この洞窟は『終焉の洞窟』と呼ばれていた。
自殺の名所だった崖に、入ったら最後の洞窟。
身の回りに、こんな不吉な場所が二箇所もあることにレッカは溜息をつく。
故に、レッカはこの不吉な場所にツバキが来ると確信していた。

崖の方でワザと発見されて、捜索隊をそちらに集める。
あとは、大きく迂回して見つからないように、この洞窟を目指す。
崖の方にツバキが居ると思っている捜索隊はまずこちらには来ないだろう。
ツバキに会えなくても、時間一杯は此処に居るつもりだ。
レッカは目を瞑り、親友が来るのを待つ。
目からの情報は遮られ、耳からの情報だけが脳に送られる。
風に揺られる木々の音、鳥ポケモンの鳴き声。
此処に着いてから、すぐだった様な気もするし、長い時間だった気もする。
森の一角が何かに触れて動き、そして声が聞こえた。
レッカは目を見開き、声のした方を睨む。

「大丈夫かサンカ? あともう少しで目的地だ」
「は、はい。ツバキさんと一緒なら平気です」

聞きなれた親友の声と聞き覚えのない雌の声。
雌の方は随分と息が上がっている。
やはりレッカの勘は間違っていなかった。
声がしてから、少し経つとレッカと雌のアブソルが姿を現す。

「……やっぱり此処に来たかツバキ」
「レッカ!? どうして此処に!?
 ワザと見つかる以外は、誰にも見つからなかった筈なんだが……」

ツバキの質問にレッカは答えるつもりはないし、答える義務もない。
先ほどツバキにサンカと呼ばれたアブソルは彼の後ろに隠れた。

「群の裏切りは重罪だ。それにツバキは炎の石も持っている。
 大人しく、炎の石を返却し、群に戻ってくれば罪はそこまで重くならないだろう。
 勿論、それなりの処罰は受けることになるだろうがな」
「それだけを言いにここまで来たのか? もっと他に言う事があるだろう。
 例えば、俺の事が好きだから群を裏切らないでとかな」
「ずっと言えなかったが俺、実はツバキの事が好きだったんだ。
 嫁を選ばなかったのは、お前と結婚したかったからだ。
 同性だろうと関係ない! 俺と一緒に幸せな家庭を築こうツバキ!!」

……しばらくの沈黙。
この場の時間が少しだけ止まったような錯覚を覚える。
レッカがこんなタイミングで告白してくるなんて思わなかった。
告白に惑うツバキを見てレッカが、もう一度口を開く。

「……これで満足か?」
「あ、いや、本当に言うとは思わなかった……。正直悪かった。
 話がかなり脱線したな。で、実際のところ俺がその忠告を受けると思ってるのか?
 ここは親友の頼みを聞いて見のがしてはくれないかなレッカ?」
「そうするぐらいなら初めから、此処には来ていない。
 残念だが、交渉決裂だな。群の掟に従い、お前を反逆者とみなし排除する」

もう話すことは無いと判断したレッカは戦闘態勢を取る。
ツバキはサンカに隠れるように指示すると、同様に戦闘態勢を取り睨む。
緊迫した空気が二匹を包み込んだ。どちらも互いの手の内を知り尽くしている。
いつもの模擬戦とは違い、命を賭けた真剣勝負。
どちらにも譲れない信念があるからこそ、この衝突は避けられない。

二匹はほぼ同時に動くと、互いに爪で一閃する。
爪と爪がぶつかり合うと同時に再び距離を取った。
実際なら自慢の火炎を放ちたいところだが互いに効果はない。

「……群を裏切ろうとするだけはある。流石だなツバキ」
「俺は昔にも言ったはずだよな。強くなれば嫁を選び放題だって。
 それは多種族の雌も選べるって意味だったんだぜ?」
「ツバキ、お前には詐欺師の才能があるんじゃないか?」

レッカの質問にツバキは微かに笑みを浮かべる。
微かに笑う親友にレッカは呆れていた。

「群を生きて出られたなら、それも良いかもしれないな。
 と言う事で、俺の第二の人生の為に見のがしてくれよレッカ?」
「その質問、何度言っても答えはノーだ!」

二匹は再び動く。互いの爪や牙、尻尾が相手をとらえようとする。
しかし、互いの攻撃は相手に当たる事はなかった。
互いの癖を知り尽くしてる以上、回避の方法も分かってしまう。
この二匹はそこまで一緒に訓練を続けてきたのだ。
互いの攻撃を避けていく姿は、第三者から見ればまるで舞を披露しているようである。
だが、この戦いの原因であるサンカにとっては優雅になんて見えなかった。
何とか戦いを止めたいが、その方法が思いつかない。
ただ、見ていることしか出来ない自分に腹が立つ。
そんな時、先ほどのレッカの言葉を思い出す。
サンカは意を決して二匹の中心に飛び込んだ。
彼女が飛び込んだことで、レッカとツバキは慌てて戦いを止めた。

「サンカ!? 危ないから隠れてろって!!」
「ツバキさんが私の為に戦っているのに私だけ隠れてるなんて嫌なんです!」

サンカとツバキは口論を始める。
二匹の会話をレッカは黙って聞いていた。
他種族であるにもかかわらず、二匹はすでに硬い絆で結ばれている。
レッカにとっては、それが羨ましくもあり憎くもあった。
自分もイーブイとこんな関係になりたいと何度も望んだ。
しかし、その願いがかなうことはなく、ましてや彼女と会うことすらない。

「レッカさん! これを返しますので私達を見逃してくれませんか?」

ツバキとの口論が決着がついたのか、サンカはレッカの方へと振り返る。
そして、その首には炎の石がペンダント状に改造されて下げれていた。

「なるほど、炎の石をペンダントにして彼女にプレゼントね。
 ツバキらしいと言うか、ウィンディらしいと言うか……。
 俺はまだ群れから『ツバキを探せ』と命令されていない。
 今回はお前の嫁に免じて見逃してやるツバキ。
 ただし、条件は二つ。一つは炎の石をこちらに渡す事。
 もうひとつは……少し顔を貸せツバキ」
「規律にうるさいお前が何を考えてるんだ?」

ツバキはレッカの指示に従い、近づく。
見逃すと言われても、サンカはまだ不安そうな顔をしている。
ツバキが目の前に来ると、レッカは彼の顔めがけて右前脚を振り上げた。
レッカの爪がツバキの左頬を切り裂く。
その一撃はツバキの頬をかなり深く抉っていた。
傷口から血が滴り落ち、地面に紅い水溜りをつくる。

「痛えじゃないか何しやがる!? 顔を傷つけやがって!
 しかも、思いっきり! この傷、一生残ったらどうするつもりだ!?」
「そのつもりでも一撃だ。二つ目の条件はお前に裏切りの証を残す事。
 今、俺がつけたその傷が群れを裏切ったお前の罪だ。
 五体満足なだけでもありがたいと思え」
「確かに五体満足なのはありがたいな。
 でもな、顔はないだろ……顔は……」

ツバキは顔を傷つけられた事を愚痴り続ける。
その愚痴にレッカは当然、耳を傾けない。
サンカはレッカに近づくと、足元に炎の石を置く。

「約束の炎の石です。……ありがとうございます」
「礼を言われるような事はしていない。……ツバキと幸せにな」
「はい!」

力強い返事サンカの返事を聞いてレッカは安心した。
レッカは二匹に背を向けて群れへと戻っていく。
ツバキとサンカはレッカが見えなくなるまで、その背中を見つめ続けた。



レッカが群れに戻ったときには儀式の準備は、ほぼ終わっていた。
それにも関わらず、一部のウィンディはまだ慌ただしそうにしている。
レッカはリーダーの元へ行くと何匹かの部下が何かを報告していた。
その中には昨年の儀式に出たリーダーの息子も確認できる。
むしろ、息子の報告に何匹かの部下も着いてきている状況のようだ。

「こちらも大分手を尽くしているのですが、依然ツバキの足取りは不明のままで……」
「そんなくだらない報告をするためにわざわざ来たのか? ……我が息子ながら無能だなカゲロウ」

カゲロウは苦虫を噛み潰したような顔をするも、事実なので反論できない。
レッカはしばらく様子を見ていたがカゲロウの報告も終わったため前に出る。

「そのツバキの件でお話があるですが、時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん? お前は……今年一の実力者か。良いだろう話してみろ」
「ありがとうございます。先ほど、ツバキを終焉の洞窟の前にて発見しました。
 無論、戦闘を仕掛けたのですが、あと一歩のところで洞窟の中へと逃がしてしまいました。
 しかし、炎の石の奪還には成功したため、石の返却に参りました」

レッカはサンカから受け取った炎の石のペンダントをリーダーの足元に置く。
その光景をカゲロウが敵意をむき出しにして見ていた。

「その右前脚の爪に付いてる血の匂い、確かにツバキのものだ。
 終焉の洞窟に逃げ込んだのなら、こちらも手出しは出来んか。
 逃がしたのは残念だったが、石を取り返しただけでも上出来だな。
 こんな改造された炎の石は必要ないからお前にくれてやる。好きにしろ」
「わかりました。では、失礼いたします」

報告を済ませるとレッカは、再びペンダントを受け取りこの場を離れる。
カゲロウの横を通りかかったときに彼がレッカに口を開く。

「あいつの脱走が発見されたのは崖の方なんだよ。
 何で、逆方向の終焉の洞窟で交戦している?
 ……ツバキはお前の親友だったそうだな。
 まさか、お前親友を庇ってなんていないだろうな?」
「そんなに気になるであれば、終焉の洞窟に行ってみてはどうですか?
 奴と交戦したのはそこですから、まだ血痕が残ってるはずです。
 それに、裏切り者を庇う理由が私にはありません。それがかつての親友であっても……」
「ふん。そこまで言うんなら見てきてやろうじゃないか。
 今から、終焉の洞窟の確認作業に行く!
 手の開いている者は準備を済まし俺と一緒に来い!」

それでもカゲロウはレッカの言葉を信じる様子はない。
カゲロウは数匹の部下と共に終焉の洞窟へと向かう。
そんな息子の行動を見てリーダーはため息を吐いた。

「……少し、甘やかし過ぎたか? 今更遅いか。
 馬鹿な息子が迷惑をかけたな。すまない」

息子の愚行にリーダーが自ら頭を下げる。
レッカがこの状況を理解するのに数秒の時間を要した。

「め、滅相もありません。自分は謝られるような事されていません」
「別に謙遜なんてしなくても良い。お前は息子と年齢も近い。
 出来れば、息子を支えて行ってやってくれ。
 ここ最近はキュウコン共の戦いも激しさを増している
 俺もいつ倒れるかわからない身だからな……」
「……自分にその資格はありません。
 八年前に自分が起こした事件は御存知でしょう?
 ですから、その役目は他の者にお願いします」

レッカはリーダーの答えを聞く前に背を向け歩き出す。
その背中を見てリーダーは「……過去という牢獄に囚われ続ける咎人か」と一言だけ呟く。
しかし、その一言はレッカの耳には入らなかった。



儀式の時間まで、あと僅かな時間しか残されていない。
今日、儀式に参加する雄たちはすでに雌たちと甘いひと時を過ごしている。
そんな中レッカは未だに雌に告白をしていない。
八年前からイーブイの事を思ってるレッカにとっては独り身でも良いと思っている。
しかし、今回の雄で一番強い雄としてそれでは示しがつかない事も理解していた。
今更雌に婚約の話を持ち出す切っ掛けすら作れない自分がもどかしい。
レッカは上の空で群れの中を歩いているとカエデが声をかけてきた。

「レッカさん。まだ帰ってこないんですけど、お兄ちゃんを見ませんでしたか?」
「……ツバキは」

言葉に出しかけて、レッカはカエデに真実を伝えるべきか悩んだ。
口を開きかけたのに、再び固く閉ざすレッカにカエデは困惑する。
そして右前脚の爪にこびり付く血から嗅ぎ慣れた匂いがする事に気づく。

「あの、その右前脚にこびり付いてる血って……。
 冗談……ですよね? レッカさん、何か言ってくださいよ……」
「これは……」

レッカは今更になって右前脚の血を洗い流していなかった事を後悔する。
兄の身に何か起きた。レッカの口から答えを聞かなくてもそれだけは理解できた。

「すまないカエデ。俺はツバキを止められなかった」
「それだけじゃ分らないです……。お兄ちゃんに何があったんですか?」

カエデの声は震えていた。
本当は答えなんか聞きたくない。これは悪い夢だと言ってほしい。
震えるカエデをレッカは不器用だが彼なりに精一杯優しく抱き抱えた。

「……こんなタイミングにならないと言えない不器用な俺だけど聞いてほしい。
 俺はカエデを嫁として選びたい。炎の石を受け取ってくれないか?
 もっと洒落た言葉を考え付けば良かったが俺にはこれしか思いつかなかった。
 本当はもう少し早いタイミングで言えれば良かったんだが……。
 ……兄を手に掛けた俺と一緒は嫌だと言うなら断ってくれても構わない」
「一週間前の質問、私だったんですか? 断るわけない、そう言ったのは私です。
 それを覚えて私に声をかけたなら、レッカさんもお兄ちゃんと同じでずるいですね」

レッカからの当然の告白にカエデは困惑する。
今、大切な兄を失って悲しい。しかし、恋焦がれたレッカからの愛の言葉。
悲しさと嬉しさが同時に迫ってきて、どんな顔をして良いのかが分らない。

「でも、私を一匹にしないって約束してください……。
 お兄ちゃんも居なくなって、レッカさんも居なくなったら私……」
「俺も明日からは群れの一員となり戦いに身を投じる事になる。
 約束を守れるかどうか分らない。……だから約束は出来ない」
「ここは嘘でも約束するって言う場面じゃないですか?」

素直すぎるレッカの反応にカエデは少し不機嫌になる。
カエデは嘘でも「約束する」の一言を言ってもらいたかった。
言ってもらえれば、安心することができる。少なくとも今だけは……。
そんな表情を見てレッカもカエデが元気を取り戻した判断し微笑んだ。

「……やっぱりレッカさんはお兄ちゃんと同じです。
 その気にさせておいて、曖昧な答えで誤魔化すなんて」
「そんなつもりはなかったんだが、機嫌を悪くしたなら謝る。すまない
 今更だが、カエデは告白されてなかったのか?」
「本当に今更ですね。私は今年で主席の幼馴染で次席の妹です。
 今年の雄達にそんな大物達との関係者の雌に手を出そうなんてもの好きは居ませんよ」

カエデの言葉に、直接『もの好き』と言われたのだと思い、レッカは黙ってしまう。
実際のところ、親友の妹に告白するあたり彼は相当のもの好きである。
いきなり黙ってしまったレッカを、カエデは不思議そうに見つめていた。



目の前の問題がなんとか解決し、儀式は予定通りに開始されようとしていた。
大きな広場の中央には今年で二十歳になった雄とその妻になる雌が集まっている。
そして、広間の端には雄達の親や兄弟が固まっていた。
妻になる雌達を見ているとカエデより若そうな雌はここには居ない。
期待、不安、緊張……広場には様々の感情が渦巻いている。
リーダーが広場に姿を現わすと周囲の空気が一瞬にして変わった。

「今宵、我等の群れに新たな戦士達が加わる。
 だが、そんなめでたい日にも関わらず裏切り者が出てしまった。
 ここで話す事でもないが、いずれは皆が知る事になる事実。隠しても意味はない。
 今夜、戦士に認められるはずだったツバキと言う雄だ。
 故に、今ここにいる諸君らが我等の群れに絶対な忠実であることを願う。
 まずは今年一の実力者レッカ、並びにその妻は前に出よ」

レッカとカエデはリーダーの言葉通り前に出る。
堂々とするレッカとは裏腹にカエデはえらく不安がっていた。
レッカに戦闘能力は今年の雄で秀でているのは周知の事実。
それだけでなく、群れ全体で見てもレッカの能力は高い方である。
群れでも秀でている雄の隣にいるのは裏切り者の妹の小娘……。
事実、カエデを見た者達は驚きを隠せないでいる。
正確には、その驚きは裏切り者の妹を妻に選ぶレッカにだった。

「心配しなくても良いカエデ。周りが何と言おうと俺の妻は君だ。
 そのことに裏切り者の妹である事なんて関係ない」
「レッカさん……。本当に私で良いんですよね?」
「勿論だ。カエデ。俺にはカエデが必要だから妻として選んだ。
 リーダー。私は今隣にいる雌を我が妻とし炎の石を捧げます」

レッカはリーダーに宣言すると炎の石をカエデの足下に置く。
一度、深呼吸するとカエデは炎の石に触れた。
その瞬間に彼女の体は光に包まれる。
光が消えるとカエデはガーディからウィンディへと進化していた。

「私も私に炎の石を捧げた彼を夫とし、その身を捧げます」
「よろしい。それではここで、その誓いの証を立てよ」

レッカとカエデは互いの方に振り向く。
そして顔を近づけ、誓いの口づけを行う。
この行為でカエデは勿論、鈍感なレッカでさえ顔を赤くさせる。
時間的には決して長くはない。しかし、二匹にはとても長く感じられた。

「では、残りの者達も雌に炎の石を捧げよ!」

残りの雄達も炎の石を雌達に捧げていく。
口付けは群れの主席だけが行うので他の者達はやっていない。
雌達が進化し終えると、その家族達も若者達を祝福すべく近づく。
しかし、レッカとカエデを祝福に来る者は居ない。
レッカの父親は数年前にキュウコンの群れとの戦いで戦死し、母はそれを追うように身投げした。
今でもイーブイを思い続ける彼の一途な思いは母親譲りなのだろう。
一方、カエデの両親も既に亡く、兄も今日群れを捨てた。
広場が賑やかになるほど二匹は孤立していく。
儀式も雌の進化が終われば自由解散になっている。
しばらくはここに居たが団々と居心地が悪くなっていた。

「……俺達は引越しの作業でもしようカエデ。
 どちらの住処にする? ツバキと暮らした住処が離れたくないなら俺がそっちに住むが」
「そんな事はありませんよ。お兄ちゃんは群れを……。違う、私を捨てたんですから」

カエデの答えにレッカは黙ってしまう。
決してツバキはカエデを捨てたわけじゃない。
だが、今この場で裏切り者を擁護するのは彼自身の立場も危うくなる。
結局レッカは何も言えずにカエデと共に広場を後にした。



レッカとカエデが夫婦になって三年の月日が流れた。
結局、レッカはツバキの事件が尾を引いてカエデとの進展は何もない。
彼と同い年のウィンディ達は子供を授かり子育てに励んでいる。
カエデの年齢が若かったこともあり、今までは特に何も言われなかった。
しかし、最近はいつまでもレッカの子を産まないカエデに彼の妻として相応しくないとの噂を良く聞く。
今日こそはレッカに子作りの話を持ちかけようと、カエデは意気込んだ。
その意気込みに答えるようにレッカが住処に帰ってくる。

「レッカさん、お帰りなさい。
 お食事の後で良いんですが少し話があるですけど良いですか?」
「食事の後って事は時間がかかる話って事で良いんだな?
 分った。手早く食事を済ますから少し待ってくれ」

カエデの誘いを承諾するとレッカは奥の食糧置き場から適当に木の実を取り出す。
宣言どおりに素早く木の実を食べるとカエデの前に座った。

「で、話って言うのは何だいカエデ」
「……その、私達も夫婦になってからもう三年も経つじゃないですか?
 レッカさんと一緒に儀式に参加した方達もほとんど父親になってます。
 今までは私が十代って事もあってそこまで言われなかったんですけど……。
 それにレッカさんは群れでもトップクラスの実力じゃないですか。
 私もレッカさんの子を産まないとそろそろ風当たりが強くて……。
 だから、その……私と交尾してください!」
「……は?」

レッカはあまりの予想外の何を言われたのか理解できなかった。
理解しようとカエデの言葉の意味を良く考える。
自分の子を産まないことでカエデの風当たりが強くなっている。理解した。
故に自分の子を産むために交尾してほしい。……理解した?

「あ、あのカエデ。俺がイーブイが好きだって知ってるんだよな?
 俺はそんな心境でカエデと交わって君を傷つけたくはないんだが……」
「レッカさんの言う事の方が間違ってますよ。
 私はあなたの子を産まないと、それこそ傷つくって分ってますか?
 そ、それに私もレッカさんじゃない方が好きでしたから、おあいこですよ」

レッカの必死の言い訳をカエデはあっさりと粉砕した。
エターナルの事はカエデもしっかりと理解している。
それでも、自分を選んでくれたレッカに感謝していた。
そんなレッカを心配させないようにカエデは嘘をつく。
カエデも自分でも嘘が下手だなと思いながら必死に言い訳をする。

「……そうだったのか?」
「は、はいそうです。だから気にしないでください」

カエデのあからさまな嘘をレッカは信じてしまう。
そんな素直なところがカエデがレッカに惹かれた所でもある。
レッカもカエデが冗談で言ってるわけではないという事は理解していた。
彼女を妻と選んだ以上、カエデを幸せにする義務がある。
子を産まない事で不幸になるなら子を作るしかない。
レッカはそっとカエデを抱きしめた。
彼女の温もりが、そして震えが伝わってくる。

「その……初めてだから上手く出来るかは分からない。
 だから少しでも辛かったら言ってくれ。俺はカエデを傷つけたくないから」
「私だって初めてですよ。でも、多分大丈夫ですから。
 痛いのは初めだけって聞きますし……。それに、優しくしてくれますよね?」
「勿論だ。だから、無理だけはしないでくれ」

レッカはそっとカエデへと口づけする。
儀式以来、三年ぶりの口づけ。
カエデを傷つけないようにしてきたレッカ。
レッカを束縛しないように心掛けたカエデ。
そんな二匹の距離が少しだけ近くなった瞬間だった。



レッカは唇を離すとカエデの体をじっくりと見る。
妻として彼女を迎え入れても、こんなにもじっくりと見たのは今回が初めてだった。

「食い入るように見るなんて、レッカさんも意外にエッチなんですね」
「あ、いや、すまない。気を悪くしたなら謝る」
「レッカさん、謝るって言う前から既に謝ってますよ。
 気を悪くしたってわけでないので大丈夫です。
 むしろ逆に見てくれた方が嬉しいですから。
 レッカさんって結婚してから何もしてくれなかったじゃないですか?
 だから、私って魅力がないのかなって心配だったんですよ」

カエデが茶化すように言った言葉にレッカは過剰に反応する。
いつもとは違う夫の反応にカエデはクスクスと笑った。
そんな、たわいない冗談がレッカの緊張をほぐす。

「じゃあ、始めよう。後脚、開いてもらっても良いか?」
「いきなり大胆なお願いですね」

レッカの願いどおりカエデは股を開く。
股を開いているカエデよりもレッカの方が顔を赤くなっていた。
初めて見る妻の性器にレッカは息をのむ。
レッカは恐る恐るカエデの秘所に顔を近づける。
心臓の鼓動が自分自身でも分かるくらい速くなっていた。
少しでも緊張を和らげようと深呼吸する。

「ひゃっ! レッカさん、そんなところで深呼吸しないでくださいよ」
「す、すまない。決して疾しい気持はなかったんだ!」

レッカの深呼吸でカエデは嬌声をあげる。
まさかレッカが性器の目の前で深呼吸なんてするとは予想しなかった。
不意の感覚にカエデは普段よりも高い声を出す。
レッカは慌ててカエデから離れたことで派手に尻もちをついた。
群れでも屈指の実力を持つレッカも、交尾ではただの無知な雄になり下がっている。

「わ、私の方こそごめんなさい……。
 でも少しくらいは疾しい気持ちを持ってくださいよ。
 そうじゃないと私、雌として自信なくします……。
 それでですねレッカさん。年下の私が言うのも失礼かもしれません。
 もし良ければ私がレッカさんをリードしましょうか?
 これでも、他の方に聞いたりして勉強はしてたんですよ」
「戦闘に関してなら自信はあるんだが、こっちに関してはな……。
 雄として情けないが、カエデに任せても良いか?」
「はい、喜んで。それじゃあ仰向けになってもらっても良いですか?」

カエデの要求通りにレッカは仰向けになる。
それを確認したカエデはお互いの顔と性器が互い違いになるように覆い被さった。
目の前に迫る雌の性器にレッカのモノは反応し大きく反り立つ。

「レッカさんの大きくなりましたね」
「……俺だって雄だ。流石に雌に、ここまでされれば興奮する」
「そ、そうですよね。別に私だからって訳じゃないですよね……」

カエデは少し悲しそうな顔をするも、勿論レッカにその顔は見えない。
気まずい雰囲気を感じたのかレッカは慌てて言い訳を考える。

「ち、違う! 別にカエデに魅力がないとかじゃなくて!
 その、何て言えば良いんだろうな……。
 誤解を招く言い方をして悪かった。許してほしい、カエデ」
「わ、私こそ勝手な思い込みをしてごめんなさい!
 じゃ、じゃあ、レッカさんのこれ、いただきますからね!?」
「は? あぅううう!?」

結局、良い言い訳が思いつかずレッカは謝ってしまう。
それが、ますます気まずい雰囲気を作ってしまった。
カエデはこれ以上の会話は不味いと思い、レッカのモノにしゃぶり付く。
突然の刺激にレッカは、群れで屈指の実力者とは思えない情けない声を上げる。

「今の声、凄く情けないです。それでも烈火の閃光ですか?」
「くぅ。そ、そんな事言われても」
「もう精一杯って感じですねレッカさん。
 ……折角ですから、私の事も気持ち良くしてください」

変な声を上げないように精一杯のレッカ。
そのレッカの顔にカエデは自分の性器を擦りつける。
カエデが何をしてほしいのか察したレッカは彼女の性器を舐めた。

「あぁああん! そ、その調子でお願いしますね。
 レッカさん、どちらが先に相手をイカせられるか勝負です」
「くぅうう。俺にも烈火の閃光の意地がある。
 この勝負、絶対に勝たせてもらうからな」

互いに互いの性器を舐め合う。
どちらも相手をイカせようと激しく攻める。
辺りには卑猥な水音がピチャピチャと響き渡った。

「んぁああ! レッカさん、気持ち良いですぅうう!」
「お、俺も気持ち良いよカエデ」

お互いの性器を舐め合い、互いに絶頂を向かえようとしていた。
勝負に負けたくないという意地からお互いの攻めは激しさを増す。

「そ、そんな激しくしちゃダメですぅうう! んぁああああああ!!」
「お、俺の勝ち……だぁあああ!!」

激しい攻めに耐えられずカエデは絶頂をむかえる。
それに安堵した瞬間にレッカの気が抜け、そのまま射精してしまった。
レッカの精液は彼女の顔を、カエデの愛液は彼の顔をお互いに汚す。
いつまでも彼の上にいては悪いと思い、カエデはレッカの上から退く。
そして、レッカの汚れた顔を確認する。

「レッカ、顔を汚しちゃってごめんなさい」
「それは俺も同じだ。精液で汚れたカエデの顔、凄く厭らしいよ。
 ほぼ同時だったけど、この勝負俺の勝ちだな」
「こういう勝負ならレッカさんに勝てると思ったんですけど……。
 正直、悔しいです。折角、烈火の閃光に勝てそうだったのに」

勝負に負けたカエデは少し悔しそうに愚痴をこぼす。
そんなカエデを見てレッカは苦笑いをするしかなかった。
ため息をつきながら、カエデは顔に付いた精液を右前足ですくい取る。
すくい取った精液をカエデは自然な動作で口に運ぶ。

「これがレッカさんの精液の味ですか……」
「そ、そんなのわざわざ口に入れなくても良いだろう」
「そうですか? 私、この味嫌いじゃないですよ」

レッカの小言にカエデは笑顔で返す。
そんなカエデを見てレッカのモノはまた硬さを増した。

「じゃあ、カエデこっちに腰を出してくれるか?
 一回じゃ、満足できそうにない」
「ようやく、やる気になってくれましたねレッカさん。
 良いですよ。初めてだから優しくしてくださいね?」
「期待に答えられるようには努力してみるつもりだ」

レッカの願いどおり、カエデは腰をレッカに向け突き出す。
その光景を見て、レッカは生唾を飲んだ。
ようやくレッカの雄の本能が呼び起こされる。
レッカはカエデの腰に両前足を置き、己のモノを彼女の性器にあてがう。

「いくぞ、カエデ」
「は、はい……」

レッカはカエデを気遣いながら、ゆっくりと挿入を開始した。
彼のモノが半分まで入ると、何か壁のようなものにぶつる。
それがカエデの純潔であることは、鈍感なレッカでさえ理解した。
だだし、それを一気に破るか、ゆっくり破るかで悩んでしまう。

「なあ、カエデ。こういう時は、ゆっくりいった方が良いのか?
 それとも一気にいった方が良いのか?」
「え、私に聞くんですか? そうですね……。
 じゃあ、一気にいく方でお願いしても良いですか?
 その方が痛みが一瞬だろうから良いかななんて」
「カエデがそう言うのなら、その方が良いだろうな」

カエデの意見を聞くと、レッカはいったん腰を引く。
そして、カエデの純潔を破るべく、一気にモノを突き刺した。
レッカに心配をかけさせたくなかったのか、カエデは固く口を閉じる。

「……あぅうう」
「大丈夫か、カエデ!?
 やっぱり、ゆっくりいった方が良かったか?
 すまないカエデ。俺が浅はかだった」

それでも、破瓜の痛みに耐えきれずにカエデはうめき声をあげる。
レッカはカエデのうめき声に、慌てて声をかけた。

「あ、謝らないでください。
 一気にしてほしいって言ったのは私ですから。
 だから、レッカさんは悪くないです」
「いや、だからと言って……」
「悪いと思うなら、私を抱きしめて下さい。
 そうすれば、落ち着きますから……」

レッカは「ああ、分かった……」と呟くとカエデと繋がったままの態勢で抱きしめる。
彼の温もりはカエデを安心させるには十分だった。

「……もう大丈夫です。だから、レッカさんの好きなように動いてください」
「本当に大丈夫なんだな? ……じゃあ、動くぞ」

先ほどの一件からか、レッカはカエデを気づかいゆっくりと動き出す。
まだ、完全に痛みが引いていなかったのか、カエデは苦しそうな顔をする。
レッカはカエデの表情を見て動くのをやめた。

「……なぁ、カエデ。何でそんなに無理をするんだ?
 俺はカエデを傷つけたいわけじゃない。だから、素直に痛いなら痛いと……」
「……私は、無理なんかしてません。だから、続けてください……。
 レッカさんを感じないと不安なんです。だって、レッカさんは本当は私を事を……。
 ご、ごめんなさい。今のは聞かなかったことにしてください!
 でも、これは本心です。私は烈火の閃光の妻です。ですから、その証を立てないといけません。
 どうしても私にはレッカさんとの子が必要なんです。」
「……すまない」

カエデを気づかおうとするほど彼女に気をつかわせる。
レッカは一言だけ謝ると、再び腰を振りだす。
これ以上、彼女に気をつかわせないために……。

「……はぁはぁ。くぅう! カ、カエデ!!」
「んぁああ! レッカさんのモノが私の中でビクビクって暴れてます!
 も、もう出しちゃいそうなんですか!?」
「っく! ま、まだ動き始めたばかりだ!
 そ、そんな事はな……ない!!」

口では強がっても、既にレッカに余裕はない。
実際、カエデはそれが分っていて質問している。
強がるレッカを見てカエデは少し嬉しそうにしていた。
もうすぐ、愛する者と一緒に果てる事ができる。
例え彼が私じゃない誰かを見ていても、今繋がっているのは確かに私。
カエデにはその事実だけで十分だった。

「あぁん! つ、強がらなくても大丈夫ですよ。
 わ、私も、もう限界がち、近い……ですから!!」
「そ、そうか。なら、出すぞぉおおお!」
「んぁああああ! レッカさんの熱いのが私の中にぃいい!!」

カエデの一言で気を許した瞬間にレッカは精を放つ。
それと同時にカエデもイってしまう。
愛する旦那と同時に果てたカエデはとても満足そうにしていた。
レッカはモノをカエデから引く抜くと横に倒れる。

「ふふ。烈火の閃光のこんな姿を見たら、きっと皆さんガッカリするでしょうね」
「……こんな格好を見せるのは、妻のカエデだけだ。だから、問題ない」
「確かにそうですね。だから、妻の私の事も少しだけ見て下さいね」

レッカは恥ずかかったのか、顔を赤くしてそっぽを向く。
そんな子供みたいな反応をするレッカを見てカエデは微笑む。
これで二匹はまた互いを知る事が出来た。
そのことにレッカとカエデは満足そうにして眠りにつく。
お互いがお互いの幸せを考えながら……。



カエデは卵を大事そうに温めていた。
時々動き、もうすぐ生まれそうなことが分かる。
期待と不安で落ち着かないのか、レッカはカエデの周りをくるくると回っていた。

「ふふ。そんなに心配しなくても大丈夫ですよレッカさん」
「そ、それはそうかもしれないが……。じっとしてると不安でな……」

カエデの指摘にレッカは少し照れている。
彼自身も今の自分が、いかに子供みたいか分っているつもりだった。
そんなレッカを見てカエデはいつものように微笑む。

「それなら少しお話しませんか?
 子供の名前、レッカさんが考えるって言いましたけど、もう決まってますか?」
「ああ。大丈夫だ、問題ない。ちゃんと考えてある。
 雄ならグレンという名前はどうだろう?」
「いかにも、レッカさんの息子って感じが良いですね。
 じゃあ、生まれてきたのが雌だったらなんて名前にするんですか?」

カエデの質問にレッカは黙ってしまう。
その沈黙が、考えてないという答えにたどりつくのは簡単だった。
黙るレッカを見て、流石のカエデもため息をつく。

「……確かに私達の種族は雌が少ないですけど……。
 ちゃんと雌だって生まれるんですよ?
 実際に私だって雌なわけですし」
「……そうだな。少し考えれば分るはずだったな。
 それなのに、雄の名前しか考えてなかったなんて……。
 なんという失態だ。すまなかった……」
「そ、そんなに落ち込まないでください!
 雄の方が生まれやすいんですから大丈夫ですよ!
 もし、雌が生まれたら一緒に考えれば良いじゃないですか」

カエデの慰めにレッカは「……そうだな」と答える。
この声色からは覇気を感じられない。
自分の失態でレッカが相当落ち込んでいる事が分かる。
気まずい雰囲気になってしまい、お互いに黙ってしまう。
しかし、それに反するように卵が大きく揺れ、ひびが入る。
さっきまでの気まずい雰囲気などなかったようにレッカとカエデは密着した。

「産まれますよレッカさん!!」
「あ、ああ!!」

二匹に見守られ、卵を割り元気良くガーディの赤ん坊が産まれた。
産まれたばかりのガーディは周りをキョロキョロと見渡す。
その姿はなんとも愛らしく、カエデもレッカも心奪われていた。

「か、可愛い! これが私達の子供。
 そうだ、この子の性別を確認しないといけないですね。
 雌かもしれないから、レッカさんは見ちゃダメですよ」
「まぁ、雄の方が確率は高いが仕方ない……。
 なあカエデ雄か、それとも雌か?」

カエデが子供の性別を確認が終わるのをレッカは待ち望む。
確認が終わるとカエデは子供の首のくわえ、レッカの方へ振り向く。

「この子、雄みたいですよ。
 じゃあ、この子の名前はグレンで決定ですね。
 雄だからきっと、レッカさんに似て強い子に育ちますよ」
「……俺に似てか。それは正直嫌だな」

カエデに聞こえないようにレッカは呟く。
グレンを撫でようとしたレッカの前脚がカエデの一言で引っこんだ。
そのあまりにも不自然な行動にカエデは首を傾げる。

「……私、何か変なこと言いました?」
「あ、いや、何でもない。俺の独り言だ。気にしないでくれ。
 確かもう食料がなくなってきてたな。探しに行って来る。
 カエデはグレンの事を見ていてやってくれ」
「はい。分りました。でも、レッカさん本当に大丈夫ですか?
 何か、いつものレッカさんらしくないですよ?」

カエデの気づかいにレッカは「問題ない」と微笑む。
そして、逃げるように住処を後にする。

「……俺のように強く。それは俺のような殺し屋になるってことか?
 俺は確かにこの群れの中ではかなりの戦果をあげた。
 それは同時に相手を殺したという意味でもある。
 こんな血で汚れた俺が、純粋なグレンに触れて良いのか? 触れるべきではないと思う。
 俺は一体何の為に強くなった? 初恋のイーブイを守れるように。……いや、守りたかった。
 これ程の力が本当に必要だったのか? ……分らない。だが、当時の俺は必要だと思った。
 今のリーダーにとって俺は目の上のたん瘤。一体、いつ切り捨てられるのか……。
 ツバキが群れを捨てた理由が今なら何となくだが分かる気がする。
 それでも、俺に行くところなんてないからな」

レッカは食料を探す間、自問自答を繰り返す。
その答えが正しいのレッカ自身も分かっていない。
リーダーに邪魔者扱いされていることは薄々気づいている。
それでも、レッカに群れを捨てる覚悟はなかった。
群れに逆らうものがどうなるかレッカ自身が過去に経験しているのだから。



グレンが生まれてから十年の歳月が流れていた。
子供の成長は早いものですぐに大きくなってしまう。
レッカとカエデは奥で眠るグレンを眺めていた。

「やはり、子供の成長というのは早いものだな。
 ついこの間生まれたばかりだと思っていたのに」
「もう、あれから十年ですものね。
 レッカさんも少しはグレンと遊んであげたらどうですか?
 お父さんが冷たいって寂しそうにしていますよ。
 まぁ、確かにレッカさんはもともとクールですけどね。
 グレンはクールじゃなくてドライに感じてるみたいですよ」
「冷たいか……。確かにそうかもしれないな。
 俺には、グレンとどう接して良いかが分からないんだ。
 戦う事しかできない俺に、子供の相手は難しすぎる」

何か父親らしいところしたくても、レッカには何も思いつかなかった。
少年時代を、己を鍛える事に費やしたレッカには子供の相手は戦いよりも難しい。
冷たいと言われても仕方ないほどの交流しかしてないのも事実だった。
それはレッカ自身も自覚はしていたがどうにもならないでいる。
息子のために何かしてやりたいという気持ちはあっても行動に繋がらない。

「なあ、何をしてやったらグレンは喜んでくれるだろうか?」
「……そうですね。レッカさんができる事をできる範囲でやれば……。
 って言うのは答えになってませんね。
 これじゃ、答えをなる投げしてますよ。
 えっと。とりあえず平和な時は一緒に居てあげたらどうですか?」
「平和な時にか……。それはしばらく無理そうだな。
 最近はこっちの縄張りで良くキュウコンを見つけてるそうだ。
 毎回逃げられてるそうだが、恐らくは多分、向こうの偵察だろう。
 もうすぐ、キュウコン達との大きな戦いが起きるだろうな。
 なら、俺にできる事はキュウコンを倒し、この群れを平和にしてやることか。
 俺は戦う事しかできない不器用な奴なんだ。
 これが俺のできる精一杯の愛情表現か」

そんなレッカの答えにカエデは苦笑いする。
答えを見つけたレッカの行為を急かすように一匹の若いウインディが息を荒くして飛び込んできた。
今年進化したばかりでまだ幼さの残るウィンディ。
今回一番優秀な若人で、レッカに憧れを抱いていた。
それが理由でレッカの部下に配属される事になったのである。
本人は必要ないと断ったのだが若人が「どうしても」と頭を下げたのでレッカが折れたのだった。

「で、伝令! キュウコンの大部隊がこちらに押し寄せてるのこと。
 こちらも急ぎ部隊を整え、打って出るとのこと。
 至急、リーダーの元に集まるようにとのことです。
 あ、あの……。レッカさん、この戦い勝てると思いますか?」
「……早速か。夜中に進軍を始めるとは向こうも兵法を分かっているな。
 これは結構厳しい戦いになりそうだ。
 新人、実戦が怖いか? 進化してそうそうこんな闘いになるとは災難だな。
 勝てるかどうかは分かないが全力を尽くすだけだ。
 俺達にはそれしかできないからな」
「烈火の閃光が随分と弱気な発言をするんですね。
 レッカさんはリーダーとは別に群れのシンボルなんですよ。
 だから、どんな時も威風堂々としていないと群れの指揮にかかわりますよ。
 さぁ、胸を張って出陣してください。
 私はレッカさんの無事を祈って待ってますから」

伝令の内容はある程度は予想していたのか、レッカは表情を崩さない。
レッカが大きな戦いに行く事に、カエデは不安になりながらも彼を応援する。
いや、カエデにはそうすることしかできない。
レッカは部下と一緒に住処を後にした。



キュウコン達の奇襲で群れは慌ただしく動いている。
リーダーの指示を受けたものは身支度のためにすぐに去っていく。

「やっと来たか。まあ良い。
 今回、レッカには奇襲を行ってもらうぞ。
 大分迂回する事になるが山間部からキュウコンの群れに近づいてもらう。
 あそこは落石が多いからキュウコンもそこから攻めてくるとは思わないだろう」
「それはそうですが……。群れのシンボルでもある烈火の閃光が裏からこそこそ攻めるなんて賛成できません。
 レッカさんにはやはり最前線で戦ってもらい、奇襲は違う方達に任せた方が良いのでは?」

レッカに奇襲をさせるリーダーの指示に不満の部下。
烈火の閃光が奇襲なんて卑怯な手段をとっては群れの士気にかかわる。
そう判断する部下の判断も十分理解できるし、説得力があった。

「……落石が多いため、このルートでは大部隊を動かせない。
 つまり、少数で相手の大部隊と戦闘になる事が前提だ。
 ならばこの群れで最強の烈火の閃光に行ってもらうのは当然だろう。
 それとも、小細工もなしに正面からキュウコンの大部隊を相手にしたいか?」
「小細工に頼らないといけないほど自分達は落ちぶれてなんていまいはずです!
 はっきり言わせてもらいます。あなたはリーダーにふさわしくありません!」

リーダーに不信を抱くものは多い。この若者もその一匹だった。
部下の指摘にも顔色一つ変えないリーダー。
先代から変わって何度もそう言われ続けてきた。
リーダーに向いてないのは本人が一番理解している。

「……では、俺もはっきり言わせてもらうぞ。
 正面から戦ったら、いくら烈火の閃光がいようが俺達は勝てない。
 それほどまでにキュウコンは力をつけている。
 死にたくないなら、下らないプライドは捨てろ若造」
「自分達は誇り高きウインディ。プライドを捨てるくらいなら死んだ方がましです!」
「若いな。誰もがそうやって死ぬ覚悟があるわけじゃない。
 戦士としては模範解答だが、未来ある若者からすれば不正解だ。
 俺にはリーダーとして群れを守る義務がある。どんな手段を使ってでもな!
 無駄話はこれで終わりだ。さっさと準備をしろ」

もうこれ以上話すことはないと言わんばかりに強引に話を終わらせるリーダー。
その態度に部下は更にリーダーに不信感が増した。

「……やはり自分はあなたのやり方に賛成できません」
「そのくらいにしておけ。リーダーに指示は絶対だ。
 お前だってそれ位は理解しているだろう?
 部下が大変失礼な事をしました。奇襲は自分達にお任せください。
 この作戦。必ず成功させ、この群れを守ってみせます」

レッカの言葉で部下もしぶしぶ納得した。
リーダーに謝罪の言葉を言うとレッカは部下とともにこの場を去る。
二匹の間にはしばらくの沈黙ができたが、部下が我慢できずに声をかけた。

「レッカさんはこの作戦に納得しているんですか!?
 奇襲なんて、こんなやり方はレッカさんにふさわしくありません!」
「被害を最小限にしたいと言うリーダーの意見は正しい。
 部下を使い捨ての駒にするような奴の方がリーダーには向いてないだろう。
 リーダーは部下の命を預かる重要な役割だ。
 無謀な奴よりも少し臆病なくらいでちょうど良いだろう。
 納得できないなら、お前はついてこなくて良い。
 迷いがある奴がいても足手まといになるだけだ」
「い、いえ。自分はレッカさんと共に闘います!
 その事に迷いはありません!」

リーダーの指示に不満はあってもレッカと共に闘う事に疑問はない。
部下は力強く宣言するとレッカは「そうか。なら良い」と一言だけ返事をする。
これから大きな戦いが始まるというのに二匹から死への恐れは感じなかった。



レッカ達が山間部に着く頃には日が昇り始めていた。
奇襲するには暗い方が都合が良かったが、残念ながらそれは叶わなかったようだ。
しかし、日が昇り始めたからこそ気づくこともある。
レッカは進むのをやめて辺りを見渡す。

「レッカさん、どうしたんですか?」
「ここは落石が多いから普段はあまり使われていないはずだな?」
「ええ。少なくとも自分は子供の頃からそう言われてきました。
 しかし、それがどうしたんですか?」

レッカの質問に部下は素直に答えるが、その真意は分かっていない。
首をかしげ、レッカに質問を返す。

「ウィンディの新しい足跡がある。俺達より先に誰かがここを通っている。
 リーダーが俺達以外にも奇襲を頼んだとは考えにくい……」
「確かにこれは自分達と同じ足跡ですね。
 なんでこんなところにあるんでしょう?」
「考えたくはないが内通者がいる可能性は十分に考えられるな。
 ここは普段使われない道だ。相手と接触するには都合が良い。
 最悪、俺達の奇襲もすでにバレている可能性もある。
 落石もそうだが、いつ敵に襲われるかわからない。注意して進むぞ」

レッカは注意を促すとゆっくりと歩き出す。
その言葉に部下は素直に首を縦にふると、レッカの後に続く。
しばらく歩いても、一向に襲われる気配はない。

「レッカさん、任務とは一切関係ないですけど、ひとつ質問しても良いですか?」
「気を緩めるな。……と、言いたいが根を詰めてもしょうがない。言ってみろ」
「ありがとうございます。レッカさんは今のリーダーについてどう思っていますか?
 先代には重宝されていたのに、今ではこの扱い。どう考えても邪魔者扱いです。
 いくら先代の息子だからといっても、このままでは群れは弱体化するのではないでしょう」

部下の質問にレッカは少し黙った。
今のリーダーが群れの仲間に好かれていないのも、今のリーダーに自分が好かれていないも知っている。
それに最近はレッカが群れのリーダーになれば良いという声をよく聞く。
この後、部下が何を言いたいのかは容易に想像が出来た。

「俺がリーダーになれ。そう言いたいのか?
 残念だが、俺はお前達ほどリーダーに失望していない。
 嫌われているのは、ガーディの頃からだ。今更、気にもならないさ。
 本音を言えば俺は争いごとは好きじゃないんだ。
 先代はかなり好戦的だったからな。それに比べ、今のリーダーはかなり慎重だ。
 そこが群れから好かれない理由でもあるのは俺も知っている。
 親に妻と息子をキュウコン達に殺されていながら、弔い合戦をしようともしない。
 初めから、勝てない相手だと分かっているんだ。だからその戦いに群れを巻き込まない。
 群れの長は全ての部下の命を任されている。だから慎重な今のリーダーの方が俺は好きだな
 リーダーとしては異端かもしれないが、それ故に群れは違う方向に進むかもしれない。
 たとえ信用されなくても、俺は今のリーダーについて行くつもりだ」
「で、ですが……。やっぱり自分は納得できません」
「変化をすぐに受け入れるのは、誰だって難しい。
 少しづつでも今のリーダーに慣れていけば良いんじゃないか?」

すぐに受け入れるのは難しい。受け入れたくないこともある。
それはレッカ自身がエターナルの事で感じていたことでもあった。
ふと、顔に砂がかかるような感覚にレッカは顔を上げる。
視線の先には、ヒビが入り今にも落ちてきそうな崖の一部が見えた。
いや、気づいたときにはすでに遅い。
崖の一部は既に崩れ、激しい振動と轟音をたてる。
その振動で、他の脆くなっていた箇所も崩れ始めた。
その土砂崩れは無慈悲にもレッカ達を飲み込もうと襲いかかってくる。
間に合わない。そう感じたレッカは部下を跳ね飛ばすと、土砂崩れの中に消えた。



土砂崩れを惨状を二匹のキュウコンと一匹のウィンディが眺めていた。
やはり、群れに内通者はいたらしい。
一匹のキュウコンは若い雌で、まだ成人したばかりのように見える。
もう一匹はそのキュウコンよりも五歳程度年上に見える雄。
そして内通者のウィンディは、なんとリーダーだった。

「あいつがこれで終わるとは思えない。
 これぐらいの修羅場をあいつは何度もくぐり抜けてきたからな」
「全く、一体あなたはどちらの味方なんです?
 我々としては、これで終わってくれた方が嬉しんですがね。
 まぁ、亡骸を確認しないと安心できないのは確かですね。
 烈火の閃光には先代も随分と手こずっておられたので」
「……手を組むが馴れ合うつもりはない」

雄のキュウコンの言葉にリーダーは睨みつける。
睨まれた雄のキュウコンは「怖い。怖い」とわざとらしく怖がってみせた。
二匹が言い争う中、ふと土砂崩れの一部が動く。
その動いた箇所から、なんとレッカが這い出てきた。
まだ、キュウコン達とリーダーの存在には気づいていない。

「……流石に今回は危なかったな」
「あら、こんにちは。はじめまして。烈火の閃光さん……ですよね?
 まさか、この土砂崩れでも生存していたなんて、凄い強運ですね。
 私はキュウコン達の群れのリーダーをやっているフレイムと言います。
 これが最初で最後の挨拶でしょうけど」
「キュウコンのリーダー? こんなところに護衛一匹だけとは随分と無用心だな。
 それに、なんであなたがここに居るんですか?」

若い雌がレッカに話しかける。
レッカは目の前のキュウコンとウィンディを見てレッカは驚くよりも呆れていた。
間違いなく、今目の前にいるのはレッカに奇襲を命令したリーダー本人。
内通者がいることは予想してたが、それがリーダーだとは思っていなかった。

「悪いな。お前にはここで死んでもらう」
「死ぬにしても、せめて納得できる理由を述べてもらえませんか?
 納得できなければ、全力で抵抗させてもらいますので、そのつもりで」
「見ての通り、俺はキュウコンの群れと手を組むことにした。
 もっとも、この話を持ち込んだのは、意外にも向こう側なんだがな。
 手を組めば、キュウコン達からはこちらには一切の戦闘を仕掛けない。
 その契約として、こちらの群れから、烈火の閃光の首を差し出せと言ってきた。
 正直、向こうさんに何のメリットがあってこんな提案したかはわからない。
 だが、今群れの被害を抑えるのにはこれが一番だ」

自分一匹の命で、群れがキュウコン達から襲われなくなる。
家族を守ることが目的のレッカにおいて、争いがなくなるのは一番の安全に繋がるのは確か。
しかし、さっきリーダーが言った通り、向うにメリットがあるように感じない。
仮にこの契約が罠だとして、自分がいなくなった後に誰が家族を守るのか。
それを考えると、レッカは素直に命を投げ出す気になれないでいた。

「こちらと手を組んでそちらにメリットがあると思えない。
 そちらが一体何をこちらに求めているのかをはっきりと答えてもらいたい」
「あなた達の群れにどんな手段を使ってでも手にしたいものがある。
 ……という曖昧な答えでは納得してもらえませんか?
 それが、何なのかは今ここで言うつもりはありません。
 ですが、その為に私は数年の準備をしてきたんですよ。
 たとえば、先代を殺して今の地位を手に入れるとか。
 私にとって父は害になる存在でした。ですから、実際に消えてもいました」
「……信じて良いのか?」

フレイムは一言「無論です」と答える。
その言葉に強い信念が込められていた。
彼女が、何を手にしたいかはわからない。
それでも、信用はできるとレッカは確信した。

「大きな争いが一つなくなるというのなら……。
 この命、喜んで差し出しましょう。
 さぁ、この烈火の閃光の首を取るのは誰だ!?」
「では、フラム殿。レッカは当初の約束通り、そちらで対処してもらっても良いかな。
 烈火の閃光殿も名誉の戦死としておきます。安心して死んでください」
「馴れ馴れしく、名前で呼ぶな。貴様達に言われないでも、そうするつもりだ!
 悪いなレッカ。せめて苦しまないように一撃で仕留めてやる」

リーダーはゆっくりっとレッカに近づいていく。
先ほどの言葉通り、レッカは実際に抵抗しようとしない。
レッカの首元にリーダーは思い切り噛みつく。
意識がなくなるとレッカは地面に倒れ、その場を赤く染めた。



レッカに跳ね飛ばされた部下は気を失っていたようだ。
その証拠に、まだ昇り始めていた太陽は完全に昇りきっている。
急に跳ね飛ばされたために受身も取れず、打ちどころも悪かったのだろう。
身体を起し、周囲を見渡し現状を確認する。
崩れた土砂と昇りきった太陽以外に気絶する前と変化はない。
敵に見つかっていたら間違いなく命はなかったはず。
気絶している間に敵に襲われなかったのは不幸中の幸いだろう。

「くっ。レッカさんに跳ね飛ばされてどうなったんだ?
 太陽が完全に真上にあるから数時間は気を失っていたのか……。
 レッカさんは、一体どうなったんだろう?」

崩れ落ちた土砂を見て、気絶する直前の記憶が蘇る。
確かに、レッカは目の前の土砂に飲まれた。
もし、生きていたのなら時間的に自力で脱出しているだろう。
これでは当初の進行ルートは土砂崩れでもう通れない。
奇襲はすでに失敗に終わったのだと嫌でも思い知る。

「……レッカさんの事を確認できないのは不本意だな。
 でも、今はきっと生きていると信じて本隊に合流しよう。
 いつまでも単独行動では危険すぎるだろうし。
 これまで敵に襲われなかったけど、これからもそうとは限らない。
 まぁ、この辺にキュウコン共がいたら、俺はすでに死んでるか。 
 少なくとも、レッカさんはこちら側にはいないだろうな。
 こちら側にいて、レッカさんが俺を数時間も放置する訳ないだろうし。
 無事だって知らせが本隊に届いてる良いんだけどな。
 いや、ここが通れない以上は知らせを伝える手段はないか……。
 レッカさん、きっと無事ですよね?
 あなたはこの群れになくてはならない存在なんですから」

名残惜しそうに崩れた土砂を眺める。
しかしレッカが無事だと信じ、すぐに土砂に尻尾を見せて走り出す。
部下がこの時点で、すでにレッカがこの世にいない事を知る由もない。

数時間かけて本隊に戻るとリーダーの姿はどこにも見当たらない。
親衛隊に聞いても、現在捜索中との答えしか返ってこなかった。
リーダーは親衛隊にすら自分の居場所を教えていないようだ。
周囲を見渡していると親衛隊の一匹に話しかけられる。

「若造、こんなところで、ボサっとしてる暇があれば少しでも休んでおけ。
 キュウコン達との戦いがはじまれば休む暇なんてないぞ。
 ん? お前は確か、レッカの部下だったな。
 奇襲に向かっていると報告を受けたがどうしてこんなところに?」
「は、はい報告します! 進行ルートの途中で土砂崩れがあり進行不能!
 レッカさんに跳ね飛ばされて自分は無事だったのですが、レッカさんは土砂崩れに飲まれてしまって……。
 数時間前の出来事なのですが、レッカさんの情報は何かありませんか?」
「……それは本当か? こんな時にリーダーはどこに行ってるんだ。
 レッカと連絡が取れない以上、最悪の事態も考えなくてはいけないか。
 正直、これで勝てる見込みはなくなったぞ……。
 まさかレッカが土砂崩れで死ぬなんて誰も予想してないだろう。
 いや、まだ死んだと決まったわけじゃないが、流石に今回はな……。
 やはり今はリーダーを見つけないと話にならないか。
 レッカの事はショックだとは思うがお前もリーダーを探すのを手伝ってくれ」

親衛隊も流石に驚きを隠せない。
この情報を群れの仲間に教えるべきか悩む。
まだ、確定ではないがこういう報告を受けて無事に帰ってきた仲間はほぼいない。
しかし、この情報を伝えれば間違いなく群れの士気がさがるのは明白。
とりあえず今はリーダーを探すのを最優先とし部下と共に群れを走り回る。
群れの中を仲間達がどれだけ探そうとリーダーが見つかる事はなかった。



日は沈み始め、辺りは段々と暗くなっていく。
それでもリーダーの姿を見たという報告はない。
こんな時間になっても、まだキュウコン達が攻めてこないのが不思議だった。
だが、それ故にいつ攻めてくるか分からないため警戒を緩められない。
そのことはウィンディ達を徐々に疲弊させ、ストレスを与える。
親衛隊員と部下も休息を兼ねた情報交換を行う。
それでも有力な情報は一切手に入らなかった。

「……本当にリーダーはどこに行ったんだ?
 まさか、暗殺されたか? それは、流石に笑えない冗談だな。
 こうしてみると諜報員も馬鹿にできないか。
 最前線には出ない臆病者とばかり思っていたが情報を集めるのも楽じゃない。
 やはり、レッカは戻ってこないか。これはもう無理かもな」
「……レッカさんはやはり、土砂崩れで亡くなったって言うんですか。
 なら、これからキュウコン共とどうやって戦えって言うんだ。
 あれ? 今のウィンディはもしかしてリーダー?」
「何!? 確かにあれはリーダーか?
 今までどこに行っていたんだ?
 取り敢えず追うぞ!」

互いに愚痴をこぼし合っている視界に見慣れたウィンディの姿が入る。
それは一日中探しても見つからなったリーダーだった。
なぜ、今になって見つかったかは分からない。
二匹は慌ててリーダーを追いかけた。

「リーダー、今まで一体どこに行っていたのですか?
 それと、報告したいことがあります」
「諜報員の数が少ないからな。
 俺自ら、キュウコン共の偵察に出向いていた」
「リ、リーダー自らですか?
 そのような事をしなくても……」

リーダーの言葉に親衛隊員は驚く。
流石に、リーダーが敵地に乗り込んでいるなんて思いもしなかった。
それは部下も同じだったようで、驚きのあまり言葉を失っている。

「ではお前は、俺が偵察に行って来いと言ったら素直に従ったか?
 それはないだろう? 俺も少しはそういう事に心得があるからな。
 素人に任せるよりも自分で行ったほうが安全だ」
「そ、それはそうかもしれまませんが……。
 群れの指揮はどうするおつもりだったんですか?」
「どちらにしろ、情報がなければ動けないだろう?
 情報が手に入るまで、特に指示は出せないからな。
 それと、俺に報告したいことというのは何だ?」

リーダーのやや無責任な言葉に親衛隊員と部下は唖然とする。
言いたいことは分かるが、流石にトップのやる事ではない。
部下はリーダーにレッカの事を伝えようと一歩前に出る。

「レッカさんが奇襲の前に土砂崩れに巻き込まれました。
 生死は不明。しかし、それ以降レッカさんを見たという報告はありません。
 おそらくは、そのまま……」
「そうか、レッカが……。
 理由は分からんが、キュウコン共も徐々に後退している。
 俺たちも、このまま敵を威嚇しつつ後退するぞ。
 こちらからは、絶対に相手に攻撃はするな。
 戦いにならなければ、それに越したことはない。
 レッカが居ないと下手すれば戦いにすらならないからな」

親衛隊員と部下は後退と聞いて、明らかに嫌そうな顔をする。
戦わずして逃げるというリーダーの言葉に納得できない。

「後退するなんて、戦わずに逃げろって言うんですか!?
 負けを認めたようなものじゃないですか!
 それにそれではレッカさんがあまりに不憫です」
「流石に、それでは他の者達も納得しないかと……。
 考えを改めてはいただけないでしょうか?
 我ら、親衛隊も群れのためなら、いつでも命を捨てる覚悟は出来ています」
「……確かにレッカには悪いことをしたと思う。
 命を捨てる覚悟があるなら、今ここで捨てるべきではない。
 今は避けらそうな戦いだ。無駄死にすることないだろう?
 俺にはもういないがお前達にもいるはずだ。
 家族のためにも、簡単に死ぬなんて絶対に言うな」

親衛隊と部下はリーダーの気迫に押され、渋々「了解しました」と返事をする。
その後、ウィンディとキュウコンは互いに後退し、大きな戦いになることはなかった。



レッカは漆黒の世界を歩いていた。
そこには、見渡す限り何もない。
どこを向いても暗黒しかない世界。
黒一色の世界なのか、光が届かないのかは分からない。
ただ、ここが普通の世界でないということは直感で理解できた。

「ここが死後の世界という奴なのか?
 天国や地獄といったりもするが、実際はこうも味気ないな」
「それはここが冥界の入口の世界で、ここがそのはずれにあるからだ。
 いきなりこんなところにたどり着くとは、運が良いのか悪いのか。
 普通はこんなところに来る奴なんて一匹もいないぞ」

レッカの背後から何者かに声をかけられる。
全く気配を感じなかったことに驚き、レッカは振り返った。
そこには六本の足を持った銀色のドラゴンがたたずんでいる。
背中に赤いトゲのついた一対の黒い翼が生え、首や脚部には金色のリング状の装飾がみられた。
体の前面には赤と黒の縞模様が確認できる。
暗闇の中にもかかわらず、そのドラゴンははっきりと視認できた。
初めて見るポケモン。初めて見たはずだ。
それなのに、レッカは何故か会ったことがあるような気がした。

「……ギラティナ……グレイブ?」
「ほぅ。ダイヤやパールならまだしも何故ワタシを知っている?
 それに種族名だけじゃなく名前まで。
 お前は一体、何者だ?」
「うぐ……。またこの感覚」

レッカは妙な感覚に頭を抱える。
その瞳は紅く虚ろだが、力強さを感じた。
何度か味わったことのある、力がみなぎる感覚。
グレイブはその瞳を見てレッカが何者であるかを理解する。

「……なるほど。この感じ、そういう事か。
 確かに、これならワタシを知っていても不思議じゃないな」
「俺自身にもわからないのに、この力について何か知っているのか!?
 知っているなら教えて欲しい」
「ワタシもお前に興味がわいた。まぁ、良いだろう。
 ダイヤ……いや、時の神ディアルガは当然知っているな?
 一万年前にパール……パルキアとの戦いの後に姿を消した。
 しかし、その千年後ディアルガはもう一度姿を現している。
 理由は一匹のポケモンに恋をしたからだ。
 その時にしっかりと子供までつくっていてだな……。
 あの、エロ神がぁあああ! 少しは神として自覚持てやぁあああああ!!」

説明の最中に大声を上げる。
今の叫ぶグレイブの姿もとても神には見えない。
そのグレイブの姿を見て、レッカは硬直していた。
レッカの視線を感じ、グレイブは慌てて平静を装う。

「取り乱してすまない。見苦しい姿を晒したな。
 話を戻そう。そのディアルガの子孫の一匹がお前というわけだ。
 さっきの言葉的に何度かディアルガの力を使っているだろう?
 それが自分の意志かどうかは知らんがな」
「俺がディアルガの子孫? それがあの力の正体?
 素直に信じられないが、それが真実なのか……」
「死んでから気づく衝撃の真実といったとことか。
 だが、このまま消えるのは惜しい逸材だな。
 どうだ、ワタシの下で働く気はないか?
 言葉通り、第二の人生を送るのも悪くはないだろう?
 さきに言っておくが断ればそのまま魂は冥界へと誘われるぞ」

グレイブの提案にレッカはしばらく考えた。
自分の正体を話してくれた恩もある。
何より自分の力が必要とされているのだ。
いざ、死を覚悟したが助かるという提案にはやはり魅力がある。

「……分かった。その話を受けよう。
 そういえば、自己紹介がまだだったはずだ。
 俺はレッカよろしく頼む。いえ、よろしく頼みます」
「使える相手には忠義をか。ウィンディらしいな。
 先ほどレッカが言ったとおりだが、ワタシは冥王ギラティナのグレイブだ。
 こんなところで長話も難だ。場所を変えよう」

レッカは素直にグレイブの申し出を受け入れる。
互いに挨拶を済ませるとこの場をあとにした。



レッカが冥界で過ごすようになって二年の歳月が流れた。
やはり、いきなりここにたどり着いたレッカが異端だったのだろう。
あれからグレイブ以外のポケモンに会うことは一度もない。
グレイブにディアルガの力の制御を訓練してもらいある程度の制御はできるようになっていた。
しかし、今日はグレイブに用があると言われ一匹で訓練している。

「ふぅ。初めはこの力に振り回されたが今は大分マシになったか」
「お! こんなところに誰かいた! すみません。ここどこですか!?」

レッカが訓練していると、不意に背後から声が聞こえる。
明らかに仕える主の声ではない。
背後に振り返るとそこには一匹の雌のブースターがいた。
年齢はレッカとあまり変わらないように見える。

「にはは。こんにちは、僕はエターナル。
 なんか意識がなくなった思ったら変なところにいてさ。
 君はここがどこだかわかる?」
「珍しい客人だな。ここは冥王グレイブ様に統治される冥界だ。
 いわゆる、天国と地獄の狭間の世界らしいな。
 俺はレッカ。ここで冥王に仕えている。
 今、冥王は用があってここにはいない。
 しばらくしたら戻ると思うから、この辺で休んでるといい。
 まだ、訓練があるから話はここまでだ」
「……レッカ?」

この場所をエターナルに簡単に説明する。
説明を終えると、レッカはエターナルを無視して訓練に戻る。
しかし、エターナルは冥界よりも目の前のウィンディに興味があるようだ。

「まさかね。世界っていうのは広いし。
 同じ名前の同じ種族なんていくらでも居るに決まってる。
 だから、絶対に違う。こんなところで再会するなんてありあえない。
 そ、そうだ。なら、確かめてみればいいだけだよね」

エターナルは一匹でぶつぶつと何かをつぶやく。
そして、彼女の目は紅く変化する。
その瞳は、ディアルガの力を使っている時のレッカと同じだった。
観察するようにレッカを眺めるエターナル。
レッカは視線に気づくと再びエターナルの方を見る。

「その目!? お前もディアルガの子孫なのか!?」
「お前もって事はレッカはそうだってことだよね?
 実際はどうだか分からないけど、僕の一族はディアルガの子孫って言われてたよ。
 こんなふうに、不思議な力が使えるのは本当だけどね」
「そうか。なんでこんな重要なときにグレイブ様はいないんだ……」

レッカがエターナルの対処に悩んでいると不意に空間が歪む。
そして、その歪んだ空間から冥王が姿を現した。

「今、レッカとは違うディアルガの力を感じて急いで戻ってきたが……。
 なるほど、こんなにもディアルガの血が濃い奴がレッカ以外にも存在するとはな」
「にはは。僕はエターナルって言います。
 レッカを部下にしたんなら僕も部下ってことで良いんですよね?
 冥王プルート様。それともレッカみたいに冥王グレイブ様って呼んだ方が良いですか?
 まぁ、レッカに二年もそう呼ばせてるみたいだし、今更本名は名乗れないですかね。
 二つ名に憧れるのは良いですけど、自分で名乗るのは恥ずかしいですよプルート様。
 いえ、正確には初めにグレイブって言ったのはレッカの方でしたか」
「なっ!? つまり、俺が名乗る時に烈火の閃光って言うのと同じか!?
 それは流石に恥ずかしいな。俺は絶対にやらないな……」

レッカは冷たい視線をプルートに送る。
その視線に気づいていながらプルートはわざと気づかないふりをしていた。
だが、顔は恥ずかしさか怒り、もしくはその両方で真っ赤になっている。

「ま、まあエターナルもそこまで話がわかっているなら説明は不要だな。
 それでは、ここをの案内をする。ついてこいエターナル」
「いえ、いえ、わざわざプルート様のお手を煩わせるわけにはいきませんよ。
 ですから、僕はレッカに案内を頼んで良いですか?」
「なかなか謙虚でよろしい。では、頼んだぞレッカ」

その場から逃げるようにいなくなるプルート。
もうすでにレッカに拒否権はない。
レッカは渋々エターナルを連れて歩き出した。



案内する場所などそう多くなく、冥界の案内はすぐに終わってしまう。
することがなくなるとレッカは再び訓練に戻る。
そんなレッカの姿をエターナルは見てため息をつく。

「……はぁ。世界って、もう少し広いと思ってたんだけどな。
 まさか、こんなにも狭いとは思ってなかったよ」
「確かにここはそんなに広くはないが、それは俺達が活動できる範囲の話だそうだ。
 実際には、冥界もかなり広いらしいな」
「ふ~ん。そうなんだ。まぁ、入れないんなら、ないのと一緒じゃない?
 少なくても僕はそう思うけどね。まぁ、僕等もかなり異質な存在みたいだし文句言っちゃいけないかな」

エターナルの文句にレッカは視線を向けずに素っ気なく答える。
これから一緒に生活する仲間に対して、あまり興味がないようだ。
レッカのその態度を見てエターナルは明らかに不満そうにしている。

「ねぇ、レッカ。今日から仲間なんだしもう少し仲良くしようよ。
 そうだ! なんなら僕がレッカの訓練の相手をしようか?
 こう見えて、僕って結構強いんだよ」
「結構強いって……。それなら俺はかーなーり強い!
 ってこんな事で張り合ってどうするんだ。
 まぁ、仲間の強さを知っておくのは悪くない。
 お前の本気が知りたい。全力でかかってこい!!」
「全力で行けばいいんだね?
 その言葉的に僕から動くべきなんだよね。
 じゃあ、初めから全力でいくよ!」

エターナルはレッカの言葉を繰り返し手合わせの内容を確認する。
やる気のある言葉とは違い、エターナルの目は虚ろでどこを見ているのか分からない。
更に、その目は紅く、本来の黒い瞳とはまるで違う。

エターナルは身構えると一瞬のうちに目の前から消える。
電光石火とは違速さに、レッカはエターナルを捉えきれなかった。
それでも戦士としての感が背後を取られたことを理解する。

「後ろか!? 速い! エターナルはブースターでサンダースじゃないんだぞ!?」
「にはは~。レッカが僕に追いつけないわけないでしょ?
 レッカも本気を出さなきゃダメじゃないかな」

理解して振り向いた時にはエターナルの尻尾が頬に当たる。
その衝撃で身体は軽く宙に舞うことになった。
一瞬の出来事に受身すら満足にできずにできなかったレッカ。
この一撃は烈火の閃光の誇りを傷つけるのに十分だった。

「にはは~。派手に吹っ飛んだね。
 せめて受身くらいは取れると思ってたんでけどな。
 レッカも全力でこなきゃいきないって分かってくれた?」
「手を抜いたつもりは初めからないぞ……」
「嘘だね。レッカはまだ本気じゃない。
 それとも、レッカはまだディアルガの力を使いこなせないの?
 あ、ごめん。少なくても、使いこなしてるって自覚はないみたいだね。
 でも、何度か使ったことはあるんじゃない。
 あ~。別に言わなくても良いよ。僕には分かってるから。
 それが僕のディアルガの力だらね。
 で、どうするの? まだ、続けるの?
 今のレッカじゃこれ以上戦っても意味なんかないと思うけど」

レッカにはエターナルに吹き飛ばされた事よりもその言葉の方が理解できなかった。
神の力を使いこなし、制御するなんて事が本当にできるのだろうか?
それでも、この強さの正体が使いこなせるという証明だろう。
このままでは絶対にエターナルに勝てない。
嫌なことに、それだけは理解できてしまう。
しかし、レッカは傷つけられた誇り以上に、ディアルガの力に興味を持つ。
その力を使いこなせれば、もっと強くなれる……。
エターナルの強さを見せつけられて、そう確信した。


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Last-modified: 2018-02-25 (日) 20:13:38
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