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漸近

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作者:ユキザサ




 仕事帰りの習慣となった神社でのお参りを済ませてから、一人で食べるにはいささか量の多い食品が入った買い物袋を両手に抱えて家路を急ぐ。最近は気候も少しずつ温かくなってきていて、かく言う俺も体中でジワリと汗をかき始めていた。張り付いたTシャツが気持ち悪くて、さっさとシャワーを浴びてさっぱりとしたい。そんな気持ちだった、そのせいか歩くスピードも少し上がり、すぐに自宅に着いた。小さいが一人暮らしには丁度良い広さの家だし、十分に満足している。
「よいせっと」
 バッグから鍵を取り出すために買い物袋を地面に置こうとすると、ひとりでに玄関の扉が開いた。買い物袋を置く必要性が無くなり、そのまま部屋の中に入ると、この多すぎる食品の疑問の答えがそこに立っていた。
「ただいま」
「あぁ、おかえり。奏者よ」
 この部屋に住んでいる人間は自分一人だけだが、人間以外の生き物はいる。白い体に大きな翼、腹まわりは少し水色で所々に青色のフィンのようなものがついている、ルギアと呼ばれるポケモンである。海神と呼ばれたりなんかしているこいつは、テレパシーで意思疎通が出来たり、本人は否定しているが飛翔するだけで嵐を起こしたりとか、様々な伝説を残している上に滅多に人前には現れない種族らしい。…が、目の前のこいつは先月、仕事帰りの俺の前に突然に現れて、俺の事をなぜか『奏者』とか呼んでこの小さな家に今もなおこうして居座っている。
「先に湯浴みして汗を流して来たらどうだ?それは妾がしまっておこう」
「助かる」
 そういって翼を前に出してきたルギアに買い物袋を手渡した。翼が人の手のようになっているお陰か、こういったことも難なくこなしてくれるからありがたい。お言葉に甘えてまずはシャワーを浴びてこのべたべたする汗をさっさと流してしまおう。神様を働かせて自分は入浴するなんて、罰当たりと思われるかもしれないが、当の本神も気にしてないようなので、俺自身も特に気にしてない。
 風呂場に入ってシャワーを浴び、サーっと全身を濡らした。軽く汗を流してから髪を洗っていると脱衣所の方からルギアの声が聞こえてきた。
「奏者よ、着替えとタオルここに置いておくぞ?」
「ん。ありがとう」
「ついでに、背中を流してやろうか?」
「遠慮しとく」
 基本的には助かっているが、こういった冗談を言うところがこいつの欠点だと思う。そもそも、一般的な個体よりは小さいらしいが、この狭い浴室に二人も入ったら寛げるものも寛げない。それに、基本的には性別不明らしいが、ルギア曰く、性別は牝らしい。俺としても裸を見られるのは少し抵抗がある。ポケモン相手に気にしすぎかもしれないが、普通のポケモンよりも意思疎通が簡単に出来る分、抵抗も強いのかもしれないと自己完結した。
「相も変わらず奏者はつれないのぉ。折角妾が背中を流してやると言っているのに」
 そういいながら、脱衣所からルギアが出ていったのを確認してから、髪と体に着いた泡を流した。

 さっぱりとして脱衣所に出ると、先ほどルギアが置いていった着替えとタオルが置いてあった。最近まで感謝はしても特に何とも思わなかったはずのルギアの行動が少しずつ気になるようになっているのは、あいつが妙に人間味あふれているせいだと考えながら服を着替えて脱衣所を出た。
 基本的にこいつは教えたことはそつなくこなすが、料理はまだ初歩的な物しかできないため、休日に少しずつ教えたりしている。まぁ、流石に日中、学校やバイトで留守にしている間、洗濯なんかを任せっきりにしている分、基本的に料理は流石に俺が担当している。食べられない物を作られるよりはましだし。俺自身料理は好きだし。
「うーん、やはり奏者の料理の手際は美しいな」
「そうか?」
「うむ。そして、今日の料理はなんだ?」
 ヌッと俺の肩の横から顔を出したルギアに一瞬ドキッとして、手に持っていた菜箸を手から離して落としてしまった。重力に従って落ちていく菜箸は空中で止まってから、俺の手元まで戻ってきた。横のルギアの目を見るとうっすらと発光していた。エスパーの技を使うときにはこうなるらしいが、この時はただでさえ澄んでいる瞳がさらに綺麗に見えてしまうため、ほんの少しだけ見惚れてしまった。
「奏者よ、そろそろ受け取ってほしいのだが?」
「あ、あぁ、ごめん。ありがとう」
「ふふっ、妾に見惚れていたか?」
 手元に浮いていた菜箸を受け取って料理を続けようとしたところに、今の質問が飛んできて、俺はもう一度菜箸を落としそうになった。そんな俺の反応を見て、今度はルギアが少し動揺することになった。
「そ、そうか…」
 その後は少しの間、静寂が続いたが、しばらくするとルギアが耐えきれなくなったのか、口を開いた。
「さ、皿を持ってくる」
「あ、あぁ、大き目ので頼むよ」
「分かった」
 後ろから聞こえる食器同士がカチャカチャと当たって鳴る音を聞きながら。変に上がった鼓動を落ち着かせるために小さく深呼吸をする。この程度でこんなにも脈拍が上がっている事実に心の中で大きく首を横に振る。こいつはポケモンで俺は人間。そういう関係にはなれないしならない。こいつの変なスキンシップにドギマギしている時点でもう手遅れかもしれないが。そんなことを考えているとすぐに後ろからあいつが大皿を持ってきた。
「これで足りるか?」
「ん、それで大丈夫だよ」
「それが今日の夕食か。ところでそれはなんだ?うどんにしては細いし、そばにしては太いが…あぁ、あれかラーメンとかいうやつか!」
「違うぞ。そういえばパスタはまだ食わせた事なかったな」
 きょとんと茹で上がったパスタを見ているルギアの横で、パスタにソースをかけていく。種族的な好みなのか、こいつは和風やら海鮮系のものが好きらしく、それに合わせて、今日のパスタもソースは和風、具もあさりなどの海鮮で作っていた。
「うむ、いい匂いだな」
「お前の口に合えばいいけどな」
「奏者の作る料理はどれも美味だからな、期待しているぞ?」
 ふふっと笑うこいつにパスタを盛りつけた皿を渡して先に机に向かわせて、コップや取り皿を持って俺も後を追う。尻尾を楽しげに揺らしているあいつの姿を見て俺も少しだけ頬が緩む。楽しみにしてる海神様を待たせるのも悪いし、さっさと俺も食卓に行こう。

「うむ!美味だった!」
「お粗末様」
 あらかじめ、多めに作ってはいたが案の定ほとんどがこいつの腹の中に入ってしまって、パスタの入っていた皿は綺麗に何もなくなった。片付けが楽なのは良いがいかんせん大食らいなこいつのおかげで食費は右肩上がりだ。別に他にあまり使うものもないから良いけども。
「さて、では、食器を洗ってしまおうか」
 そういって使い終わった食器を浮かせながら台所に向かったルギアに手伝う意思を見せると、よいよい、座っていろと言われてしまい、俺は食卓に取り残された。特に食卓にいてすることもなかったし、俺はルギアの言葉に甘えて自室に戻った。

「今日はもう寝るのか?」
 自室で少しだけ、そのうち仕事で使う予定の資料を作っていると、ドアが開いて後ろからルギアが現れた。いつもはリビングで一人寝ているはずのこいつが、なぜか今日はわざわざ俺の部屋まで来てそんなことを聞いてきた。別にこの資料も今日終わらなくても構わない物だし。俺はパソコンの電源を切ってから、キャスター付きの椅子を回してルギアと向かい合うような形をとって、先ほどの質問に答えた。
「うーん、食ってからそんなに時間たってないから、もう横になるのは少し抵抗あるけど、まぁ今日は疲れたしありかな」
「なら、もう寝てしまおうぞ。明日も早いのだろう?」
 そう言うと、ルギアはベッドに横になった。なぜか、俺のベッドにだが。しばらく茫然としていると。キョトンとした目をしながらポンポンと自分が横になっているベッドをルギアは叩いた。
「ん、どうした?妾と寝るのが不服か?」
「いやいや、そうじゃなくて。突然どうした」
「今日はなかなかに寝苦しい暑さではないか?だがしかし、文明の利器を使うには少し早かろう?」
「はぁ?」
 突然何を言い出すのか。確かに今日は少し暑いがそれとルギアがベッドの上にいる理由が俺は結び付かられなかった。そう思って少し考えているとルギアからその答えになるような事が告げられた。
「妾の体温は奏者たち人間よりも低いのだ。だから今日はせめて快適に眠れるように手伝ってやろうと言う訳だ」
「そうしたら、お前が暑いんじゃないか?」
 正直にそう思って返答すると、少しだけうろたえるような表情をしてからルギアは突然目を光らせた。
「えぇい!妾が一緒に寝てやると言っておるのだ!文句を言わずに来い!」
「おぉい!?」
 その直後、エスパーの技を使われて強制的に俺はルギアの待つベッドに向かうことになり、身動き一つ取れずにルギアに抱え込まれた。
「ふふっ、こうしてしまえばもう逃げられまい?」
「本当に突然どうしたんだよ」
「奏者が妾の気遣いを無碍にしようとするからだろう?」
 そう笑いながら言うとこいつは両方の翼で力強く俺を抱き寄せた。確かにこいつの体は少しひんやりしていて心地よかった。ただ、抱き寄せられていることでこいつの心音やらほんのりと香る石鹸の良い匂いのせいで逆に俺は少し落ち着けなかった。
「どうだ?心地よかろう?」
「そうだな」
「ふふっ、正直で良いな。眠れないなら妾が直々に子守歌でも歌ってやろうか?」
「遠慮しとく」
 そう俺が口にすると、ルギアは無粋な奴め。と小さく言った後に一つの質問を投げかけてきた。
「そう言えば、奏者はなぜ毎日毎日飽きもせずにあの社に礼拝するのだ?」
「あれ、お前俺がお参りしてるって知ってたっけ?」
「何を言っている?あそこは妾の杜だぞ?」
 突如明かされた衝撃の真実に俺が口を開けて黙っていると、ルギアが言葉を続けた。
「そうでなければ、妾がここに居る理由が無かろう?」
そう聞いて、思い出してみると、やたら白やら藍色のお守りが多かったことを思い出し、そう言う事かと納得してから、先ほどの質問に答えるために口を開いた。
「なるほどね。まぁ、神社のお参りはじいちゃんの影響かな。住んでいる地域の神様には毎日感謝しなさいって、子供の時からずっと言われてたし」
 もうこの世にはいないけど。そう言えば、最近実家に帰ってないな。じいちゃんや親父とお袋にも挨拶もしなきゃいけないし近いうちに帰ろう。じいちゃんにこいつの事も教えたいしな。
「ならば、妾は奏者のおじいさまに感謝しなければな」
「なんか言ったか?」
「いいや、何でもない」
 そう言うとルギアは小さく欠伸をしてから、俺の事をまっすぐ見つめてきた。その透き通った瞳にまた一瞬ドキッとしてしまった。
「うむ…妾も少し眠くなってきたぞ」
 トロンとした目でこちらを見つめてきたかと思えば、少しだけ俺を抱き寄せる力を強められた。俺は抱き枕かなにかかと思っているのか?そんなことを思っていると目の前のこいつは目を閉じてスゥスゥと寝息を立て始めていた。その姿を見て俺は小さく笑みをこぼした。実際の所この海神様が俺の事をどう思っているのかは分からないが、決して0にはならないこのもどかしい距離感に俺も変な安心感を持っているのかもしれない。下手に近づきすぎてこの関係が壊れるくらいなら、俺はこのままでいいと。そんな事を考えながら、目の前ですでに眠りに落ちているこいつの頭を撫でて、俺も眠りに落ちた。

「奏者よ、そなたはどれほど妾の心をかき乱せば気がすむのだ?」
 文明の利器が云々などただの口実。本当はただそなたと共に眠りたかっただけだ。そんな簡単なことも素直に言えない妾が奏者と共に寝ている状況で、あまつさえ触れられでもしたら、すぐに目を覚ますに決まっているだろう?毎日殊勝に杜に来ては感謝の気持ちを伝えて帰っていく。最初はただ気になっていただけであったが、毎日毎日、己の願いを言うのでもなく、ただ生きていられることに感謝をする。妾はそんな奏者の姿に心を奪われてしまった哀れな海神なのだ。
「ふふっ、この距離で妾はいつまで我慢することができるのであろうな?」
 小さく呟いて妾はほんの少しだけ奏者に顔を近づけた。今はまだ、今はまだもう少しだけこのもどかしい関係でいさせて欲しい。いつか、妾の口からそなたに本心を伝える、その時までは…
「愛しき奏者よ、今はただ共に眠ろうぞ?」
 夢の中でも共にあることを願いながら、妾は再び静かに目を閉じて、微睡みの中へと落ちていった。


続編はコチラ

後書き [#2XOTnNQ] 

 今回も参加させていただいておりました。どうもユキザサです。結果は5票獲得で何と3位タイで入賞。投票してくださった方々本当にありがとうございました!
 海神様と人間の遠くて近い物語いかがだったでしょうか。今回のテーマが「ぜん」ということで、最初は神社ネタもあって「禅」で考えていましたが。途中で挫折「漸」近にチェンジしました。そのことが功を奏したのかも。ルギア様はいいぞぉ!

以下投票コメ返しでございます。

ルギアのもどかしさが伝わってきました。あと少しなのに接することのない二人の漸近線。 (2018/05/23(水) 01:19)


神様というポジションもあって、少しだけ引いてしまっているルギアの気持ち伝わって何よりです!接するのは時間の問題かもしれませんね!

両片思いにドギマギする2人の関係がグー! (2018/05/26(土) 07:13)


ありがとうございます!両片思いのドギマギした関係が伝わったようで良かったです!

近いようで遠い、遠いようで近い。微妙な人間とルギアの関係。タイトルもテーマをよく表していると思いました。


限りなく0には近づくけれど、決して0にはならないこの関係。タイトル通りの作品を書けたようで安心です。投票ありがとうございました!

るぎゃ様は伝説の中でも特にエロス漂う姿のポケモンですが、そのるぎゃ様のエロスをいかんなく描いた素晴らしい作品ですね。今後の関係の発展を期待してしまいます。 (2018/05/27(日) 22:10)


ルギア様は全てがエロイ(全面肯定)今後の二人の関係はまぁ、いずれなるようになりますよ!投票ありがとうございました

続きが気になりました (2018/05/27(日) 22:41)


ありがとうございます!あまり期待せずにお待ちいただけると幸いです…

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Last-modified: 2018-05-29 (火) 23:23:07
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