written by cotton
漆黒の満月 五,
ー駄目だ。
どうしても、自分の心がわからない。自分の力で生きてゆくと決めたはずなのに。誰とも助け合わずに、孤独に生きると決めたはずなのに。
イーブイと出会ったことで、何かが心に住み着いた。それは、無視できず、自分の首を絞めつける。
どんな口実を作ろうと、自分を納得させることができない。
ー…ん。
護りたいのに、躊躇いは消すことができない。
ー…ちゃん。
答えは見つからないのに、考えることをやめることができない。
ー…兄ちゃん!
気がつくと、心配する彼の顔がそこにあった。
ー夢、だったのか。
うなされていたらしく、かなり汗をかいていた。
既に朝日は高く昇っている。家に吹き込む風は、汗まみれの体を冷やす。
「…大丈夫?」
「…ああ」
心配はかけないと言っておきながら、また心配させてしまった。
「…何か要る?」
「…ああ、その黄色い実、取ってくれないか」
ナナシの実。汗で冷えた体を温めてくれる。
「どう?」
「…だいぶ良くなった。ありがとな」
その答えに安心したのか、彼は微笑んだ。
ーその笑顔を見る度、あの感覚が蘇る。
「ど…どこか行かないか?」
その言葉に逃げてしまった。
「また…行きたいな。昨日のとこ」
「そうか…。…ッ?」
「どうかした?」
「いや…別に」
何か嫌な予感を感じたが…よく分からない。「未来予知」は、まだ上手く使えなかった。とにかくどこかに行きたかったため、特に気にしてもいなかった。
丘の木の影は、二匹を覆っていった。
二匹は「オアシス」に向かった。何か嫌な予感はするがー
さすがに昨日も来ただけあり、昨日のような美しい七色は見られない。更に、日は雲に隠れたらしく、僅かな輝きも無くなった。
日陰の中に、イーブイは何かを見つけた。籠に盛られた木の実だった。誰かが拾ったままらしい。
イーブイはその中に好物のモモンを見つけ、走り出した。
「…?」
籠に手をかけようとしたそのとき、彼の前に大きな影が現れた。木の実を集めに来ていた、ハリテヤマだ。
「おい」
「!」
イーブイに、彼の「クロスチョップ」が迫る。
「危ない!」
アブソルは、間一髪イーブイの盾となる。だが、防御が劣る彼は、その一撃をもらい、倒れこんだ。
「があッ…!」
「ふん」
「兄ちゃん!…何で…兄ちゃんを…!」
イーブイは怒りをあらわにする。
「やめろ…イーブイ…」
二匹とも、格闘タイプの彼とは相性が悪い。正直言って、勝ち目はない。
「それは俺の籠だ。手を出すな」
「よくも…よくも兄ちゃんを!」
「やめろ…!」
アブソルは何とか立ち上がって、イーブイの前に出る。
「頼む…そいつには、手を出さないでくれ…」
じっと、彼の目を見つめる。
「じゃあ、お前が代わりになるか?」
彼はアブソルを見下し言う。
「ああ…。こいつに…手を出さないなら…」
ハリテヤマは、彼の胸ぐらを掴み…気合いを溜め始めた。
「気合いパンチ」…後手となる大技だが、抵抗できない彼には関係なかった。
「やめて!」
イーブイは「砂かけ」を放つ。間一髪、ハリテヤマの集中力を切ることができた。
「…小僧」
彼はアブソルを投げ捨て、イーブイの方へ向かう。
「…イーブイ…逃…げろッ…!…お前なら…逃げ…られる…!」
イーブイの特性「逃げ足」。相手から確実に逃げることができる。
ーだが、
「…いやだ…いやだ…」
そう言い、逃げようとしない。恐怖ではない。「兄ちゃん」が痛い目にあうーそれが嫌で逃げられないのだ。
ハリテヤマは、イーブイの前に立つ。…もう、最後の手段を使うしかなかった。
「…おい…」
アブソルは、ハリテヤマに話しかける。
「…子供…相手にして…楽しいか…?俺と…戦えよ…!」
「…なんだと?」
彼を「挑発」して、イーブイへの怒りをこちらに向けさせた。…成功、したみたいだ。
ーこれで、いい。逃げて…くれ…
「兄ちゃんに手を出すなッ!!」
「ーッ!?」
イーブイの「突進」は、油断していた彼の背中をとらえ、ダウンさせた。
「…イーブイ…何故…?」
「…兄ちゃんはボクを護ってくれる。ボクだってー」
イーブイの言葉に、アブソルは息を呑んだ。
「ー兄ちゃんを助けたい」
ーその後、彼は二匹を許してくれた。イーブイに手が出せなくなったのか、ただ単に「突進」が効いただけなのか。理由は定かではないがー
なんとか歩けるようになったのは夜になってだった。二つの影は並んで歩いた。
「…ごめん」
イーブイはこちらを向き、謝った。
「ボクが、籠に手を出さなければ…あの場所に行きたいなんて言わなければ…」
その目からは、ただ涙が流れた。
「もうやめろ」
「…え?」
「謝らなくていい。どこかへ行こうと言い出したのは俺だしな」
そう言って、彼をかばった。
彼は何かを掴みかけていた。
共に慰め合い、励まし合い、支えあって生きてゆく。
アブソルにとってイーブイは、イーブイにとってアブソルは、そういう存在なのだ。
答えは見つかった。
もう自分に嘘はつかない。
もう分かりきった口実は作らない。
今まで以上の強い決意は、全身の傷より深く、彼の心に刻まれた。
彼の三日月は、月の光を浴び一際強い輝きを放っていた。
漆黒の満月 六話へ。
気になった点などあれば。