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漆黒の双頭“TGS”第8話:蒼海の暴君のあの人・前編

/漆黒の双頭“TGS”第8話:蒼海の暴君のあの人・前編

作者……リング
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第1節 

「弱・肉・強・食・テュルリルラー♪ 弱・肉・強・食・テュルリルラー♪
 強い者が、強くなきゃ、テュラリル楽しくないものね♪
 飴玉にたかるアリさんが~♪ 強くちゃなんだかウザいでしょ~♪
 踏みつぶせるからいつだって 美味しい飴玉、舐められるのよ~♪」
 物騒な歌を歌いつつ泳ぐ、ご機嫌な様子の子供――のように見えるが、とうに老齢と呼ばれる年齢のポケモン、マナフィ。あらゆるポケモンと心を通じさせるという能力を持つマナフィは転じて支配者の器であるとされ、蒼海の皇子という二つ名を与えられている。
 しかし、物騒な歌を歌うこのマナフィ――レアスは自身を皇子ではなく暴君と自称して、しばしば横暴な指示を下すことが常となっている。
「さて、ヒューイ君は元気かなぁ」
「元気だろうがなんだっていいがよう……あんまりにぎやか過ぎるのも問題だと思うぜ? 周りの奴らが全員俺らを見ていやがるぜ」
 お供にジュペッタのリーベルトを連れているというのに、歩きではなく泳ぎでの移動を強要する辺り横暴な指示が普段から行われていることが察せられる。後ろをついて行くお供が奏でる溜め息の応酬は、レアスの名物のようなものだ。
 嬉々とした表情でレアスが泳ぐのはカマのギルド西にある水上市場。船の上に思い思いの商品を並べた店舗が大きな水路として作られた川の両端に列を作る場所。そこに、この街では見かけないポケモンが高らかに歌を歌いながら泳ぐ。
 そんな光景が目立たないほうがおかしく、それを冷ややかな視線で迎える黒と灰色のコントラスト。

「あんた、何やっているのよ? わざわざ陸上のポケモンを水中に居ることを強要なんかして楽しいの?」
 グラエナの女性がマナフィをさげすむように見下ろしていた。カマのギルドには東西に市場があり、東には大通りに面した市場。西には前述のとおりの水上市場があり、ギルド西側に住むレイザー所長とシリアが利用する。川べりを歩かせてあげればいいというのに遊泳に付き合わされているリーベルトと付き合わせているレアスを発見し、そのシリア=グラエナは全力で呆れていた。その呆れの深さたるや、ため息とは、こうまで深く出来るものなのかと感心してしまうほどに。
「あら、シリア。お久しぶり~。いやもう、本当に楽しいよ~やっぱり水中はテンションが上がるよね」
 『俺は下がるんだが』、なんてリーベルトの台詞を掻き消すようにレアスの笑顔は輝いていた。
「全く、周囲の者を奴隷扱いするだなんて。貴方は相変わらずね……それで、今日はアサちゃんにでも会いに来たのかしら? なんせ、期待の新メンバーだからね」
「うんうん。今日は買い物をしに来たのもあるけれど……やっぱり、新人さんを見に来たのは大きいよね。人形遣いの才覚を持った女の子だなんて……はぁ、魅力的過ぎる。その子をスカウトして、立派な工作員になってもらえるならば……あぁ、最高!! そう思わないかな、リーベルト?」
「あ~……付き合ってらんねぇ」
 レアスはあからさまに自分に酔ったような演技を見せ付けて、シリアとリーベルト以外のあらゆるポケモンが変人を見る目でレアスを見ている。こうやって、レアスは決して自分の本心を見せようとはしないのだが、少なくとも初見の聴衆は変態以上の認識はしてくれないだろう。

「馬鹿みたいに自分に酔っていないで……今日はアサちゃんもキールも家に居るはずだから、ヒューイに挨拶したらすぐに行ってやりなさい。
 そのために二人は今日の前後に休みを設けたんだから。いくら私達の上司だからって、約束をキャンセルするなんて横暴は許されることじゃないわよ?」
「わかっているって。健気な二人のためにも僕はきちんと目的を果たさせてもらうよ」
「はいはい。キールをいじめたら噛み殺すから、あまりからかわないでね」
「わお、シリアってば怖い事言わないでよね。キールをいじめるのは程ほどにしておかなきゃ」
「あら、それじゃあ噛み砕くくらいがちょうどいいかしら?」
 二人は一触即発の雰囲気を纏うわけでもなく、冗談交じりで物騒な会話を繰り広げているようで、二人が浮かべる笑顔は無理して作ったものではなくあくまで自然な笑顔だ。
 しかし、やっぱり聴衆はそんな事をつゆ知らずで、シリアまで変人に(実際はある程度そうなのだが)見られてしまっている。変人になりきれず常識人ぶっていると、レアスのペースに呑まれて会話するだけですさまじい疲労感が襲うのだから、シリアがこうするのも仕方がない事なのだが。
「じゃあ、あんまりいじめないように気をつけるよ、シリア。じゃあね」
「えぇ、さようなら」
 去っていくレアス、その場にとどまって買い物を続けるシリア。ともにしばらく注目の的だというのに、もうそんなのは慣れた事だとばかりに、気に留める様子もなかった。

 ◇

 来てはいけない人が来る……。僕は、その気配がここに向かうはるか手前でそれを察知していたけれど、何か対策を出来るわけでもない。この上司にだけは逆らうことが出来ないのだから、対策などあきらめて自分の家で待つしかなった。
 そうして、逃げたい気分を必死で押さえつけて来訪者を歓迎するわけだ。
 レアスは体が小さくイスに座らせる意味もないために、食卓の上に直接座り込んでくつろいでいる。小さなポケモンがテーブルの上に座ることは、正式な場でもなければ失礼なことには当たらないため、もてなす二人は特に気に掛けるでもなく、来客用に――と、差し出された青いグミと、香辛料の効いたお茶を差し出した。
「改めてはじめまして。僕の名前はレアス=マナフィ。キール君たちの上司で、職業は詐欺師」
 それらを味わいながら自己紹介を終えると、さっそく常人の疲れを誘う一言が発せられて、僕の角に違和感が……。『職業は詐欺師』という台詞についてはあえて突っ込まないのか、アサの感情からは『絶対に突っ込まないぞ』という、謎の信念が感じ取られた。まぁ、突っ込んでも自慢話がべらべらと飛んでくるだけだから、最も正解に近い選択といえないでもないんだけれどね。

「はじめましてレアスさん。新しく漆黒の双頭に入るかもしれない……アサ=フーディンです」
 アサは、今のところレアスのペースには飲まれていないようだ。初見でレアスのペースに呑まれなければ大したものだけれど、いつまでもつものやら。
「おやおや、そんなに固い言葉遣いなんて無用なもの。僕と話すときは自然体かつリラックスしていただけたら嬉しいなってかんじ。さ、アサちゃんも敬語なんてやめてスマイルスマイル」
 レアスは元気にべらべらと喋っているが、口をあければ憎しみの感情が漏れ出してしまうリーベルト*1は、キールに無用な刺激を与えないよう、レアスの首飾りに付けられたぬいぐるみの姿に擬態して大人しくしている。リーベルトがアサに対して自己紹介して以降は、すっかりだんまりだ。
 キールが、ラルトスの頃にリーベルトに対してシャドーボールで重傷を与えてしまったために(リーベルト自体は決して弱くなく、むしろ強いぐらいだと言うのに)リーベルトはキールに対してすっかりおびえているのだ。
 そんな嫌な思い出を与えてしまったことを気まずく思いつつも、心はリーベルトをそっちのけにレアス総統への苦手意識に対して頭が一杯。あ~あ、やんなっちゃう。

 僕がレアスのなにが苦手って、あいつは悪タイプでもないのに感情が全く読めないのさ。自身の感情を非常に高度な自己暗示で封じ込めているらしく、本当の感情はキルリア時代の僕にすら見せた事がないのさ。
 一回だけ、僕が子供(ラルトス)の頃にレアスの感情を覗き見たことがあるらしい。その時の僕が激しく泣き喚いた挙句に攻撃したことが、レアスが自身の感情を自己暗示で隠すようになった直接の原因だそうで、その時僕が何を感じたのか思い出したいような気もするし、忘れてよかったような気もする。
 なんにせよ、僕が泣きわめく感情という事は怒り、悲しみ、憎しみといった暗い気持ちを心に抱えていたのだろう。だと言うのに、その当時から日常生活では常日頃から笑顔でいると言うのだから見上げた根性だ。
 だからと言って、僕からしてみれば正直に言って気持ち悪いのさ。いつ感情を覗いても楽しい、嬉しい、そんな感情しか漏らさないというのに、腹の中は恐ろしくどす黒い感情が見え隠れしているのがわかってしまう。絶世の美女であるかわりに、この世で最も醜悪な角を持つクチートと対話する事になったら、みんなもこんな思いを抱くのかもしれない。
「スマイル……だってさキール? なんか気分がすぐれないみたいだけれど。ここはレアス(上司)に合わせた方がいいんじゃないか?」
「あ、うん。そうだね、笑顔は大事なのさ」
 言って、笑顔になってみようとしたけれど、僕の笑顔は少し引きつった不自然な笑顔。真横にいたアサにもばれているようで、レアスさんと話す時に調子が悪くなる事は確かなのさ。

「さて、と。青いグミやらこの地方では入手困難な香辛料を使ったお茶やらで、歓迎をしてくれるのはとても嬉しいことなのだけれど……僕ってば、今ちょっとばかし急ぎの用が出来ちゃったもので、明日にでもすぐに旅立たなきゃならんのだよね」
「あれ、ゆっくりしていかないの? レアスさんは、スイクンタウンに来たらいっつも八日かそこいら滞在していたじゃないのさ?」
「事情が変わったの。僕は結構忙しいんだよ?」
 ふてぶてしく机の上で頬杖を付いてレアスは笑う。
「でも、心配しないで。アサちゃんの能力の見極めは大体完了したから」
「……速いな」
「へへ、すごいでしょ? 伊達に幻のポケモンをやっていないってわけ」
 まるで子供のように得意げで無邪気な表情を浮かべたレアスは、その表情を崩すことなくアサの目を見つめる。

「さて、君の能力だけれど、部下の報告どおり才能には満ち溢れているだろう。けれど、日常生活に身をやつしているだけでは、その能力は決して開花しない。文字通り、異常な環境におかなければいけないわけだ。
 その異常な環境というのは、この街に所属する漆黒の双頭のメンバーは多くが悲惨な日常生活だったわけだけれど……そういう状況に置くっていう修行法でいい?」
「いや、出来れば勘弁して」
「ふふ、安心して。別にそういう状況である必要は無いからね~。異常な環境に置いたせいで、せっかくの今の人格が台無しになるのは忍びないものね、うん。今より僕好みの性格になる可能性も無きにしも非ずだけれどぉ、そういう賭けは勝算のある時にしかやらない性質なものでねぇ。
 そういうわけで、君には人形遣いの第一人者である霧の湖のユクシーのもとへ行って修行してもらいます。返事は?」
「え、え~と……唐突過ぎて、返事も何も」
 お手上げ――といった態度でアサは首を振る。そろそろ、レアスのペースに呑みこまれ始めたか……上出来ってところなのかな?

「あの~レアスさん……僕みたいにレアスさんに慣れている人ならともかくとして、いきなりそのテンションでまくし立てられて適当な答えを返せる人は本当に少ないと思うのさ。それに、単刀直入過ぎても訳が分からないだろうから、もう少し順を追って説明してあげたら?」
 ムッとまゆをひそめながら、『仕方ない』とレアスは一言。
「まず、この世界はチリと水によってのみ生まれたんだけれど、その水がチリと混ざり雲になって、その雲がやがて事葉になったと言われているんだ」
「今度は昔過ぎ!! もっとまじめに話すのさ。そういうテンションで第一印象が悪くなったらあとで取り返し付かないかもしれないよ?」
「キールってば。僕は自分の第一印象が『訳の分からない奴』って思われる方が好みだって分かっている癖にぃ」
 レアスは悪びれず、顔の前で手を擦り合わせる可愛子ブリっ子なポーズをとって、二人を唖然とさせる。どんな突っ込みも返せなくなったその隙に、一気に台詞をまくしたてる布石である。
「子供のようでもあって、悪魔のようでもあって、天使のようでもあって、大人のようでもある。それでいて男のようでもあり、女のようでもあり、馬鹿のようであり天才のようでもある。そういうのが、僕自身の理想の姿。
 僕はまだ全ての顔を使い分けるような人格の切り替えは不可能だけれど、いずれその領域に達せられるように日々研鑽を積んでいる身。そんな心意気を持った僕を理解できないキール君は、僕に対して口出し無用だ」
 最後の一言を発する一瞬、槍で突き刺すような鋭い視線を向けたレアス……殺気も、憎しみも、敵意も、憐れみも、喜びも、その瞳にはなんの感情も込められていなかった。あるとすればそれは、『わがままを通したい』と言う強烈かつ純粋で無邪気な野心。
 角に伝わる感覚は、快感でも不快感でもなかったけれど、強烈な違和感と心臓を握りつぶされるような感覚だけが胸に残る。僕は恐怖を覚えて、思わず胸を押さえて黙りこんでしまった。
「分かりました……レアスさん」
 レアスの繰り出す感情の波は、時に霧のように掴みどころがないくせに、嵐や濁流でさえ生ぬるいような衝撃を感じさせてくることがある。今のがそれだ。
 ……あーもう、伝説や幻のポケモンは反則すぎる。

「で、アサちゃんってばそんなに硬くなっていないで」
「ん、あぁ」
 さらなるふてぶてしさを演出しようとでもいうのか、レアスはテーブルの上に仰向けに寝そべって無防備な肢体を晒している。悪いが全く色気を感じないとはいえ、何故だかアサは目のやり場に困っている様子。キールは、おどけた態度のようでありながらふざけの一切が消えたレアスの感情を感じ取り、胸の角がざわつくのを押さえきれずにいた。
「アサちゃん、君は人間からユンゲラーになったなんて聞いたけれど、正直僕はモーレツに感動しているよ。僕は生きているうちに君のような人物に会えて嬉しいね」
「そうなのか? レアスさんの育ての親も、人間からポケモンになったと聞いたけれど、まさか俺を見て親を思い出しているわけでもあるまい」
 アサが出所(でどころ)が不明な喜びに疑問を投げかけると、レアスはふふん、と鼻息を荒げて笑う。

「育ての親は人間からポケモンになったんじゃない。人間からピカチュウになったんだ。で、アサちゃん……君は人間からユンゲラーになった。これはね、すごい事なんだよ。
 キール君は順を追った話が昔から始め過ぎって言ったけれど……確かに天地創造のお話から始めたりなんかしたら、ふざけていると思われても仕方ないよね~。僕が普段ふざけている分、余計にそう思わせるのも仕方ない。けれど、あながちふざけているわけでもないからよく聞いて。
 雲は事葉(ことば)となり事葉は、やがてALL()VANITY()からアルセウスを生み出した。ここで言う事葉っていうのは、意志を伝えるための声ではなく……事の葉。全ての事象を支配する、呪文や魔法的な意味合いでの事葉であり、今僕が話している()葉とは違った&ruby(ヽ){事];葉だから、注意ね。
 アルセウスは自身の親である事葉を使い、光たる時間、空間、そして五次元多重世界を創造した……ま、つまりはディアルガ、パルキア、ギラティナだね。やがてアルセウスは力を持つ代わりに事葉を持たないポケモンと、事葉を持つ代わりに力を持たない人間。二つの生物をこの世に産んだ。その命を産むために使ったのはやはり事葉であり、命そのものであるホウオウ。
 人間に与えられた事葉は限られたものであり、アルセウスが操るそれとは質で大きく見劣りするものだが、それでも事葉の力を持った人間は急速に力を付けた。が、その力のせいで時を経るごとに人間には愚かな文明が芽生え始める。それを粛正するためにアルセウスはカイオーガとルギアを作りだし、世界を雨と嵐で水中に沈めたんだ。
 その際、人間の家族一つとミュウのみが大きな船に乗って生きながらえた。グラードンはカイオーガの後始末をつけるために生みだされ、世界に陸地が戻るとミュウは全てのポケモンを産み人間は再び数を増やした。その後、人間は再び数を増やしたのだけれど、アルセウスから限られた事葉しか与えられていないことに不満を持ち、神の持つ創造の事葉を手に入れようと神々の住まう地まで届く塔を建設しようともくろんだ。
 しかし、そのたくらみの最中に……人間は事葉と言葉を奪われた。事葉の力はアンノーンとしてポケモンに……事葉の力と同時に共通言語すらも奪われた人間は、同じ言葉を喋られる人間と共に集落を作り、人間は各地に散り散りとなった。
 その人間を、色々あってポケモンが数日で滅ぼしちゃうんだけれど……それはまた後のお話し。重要なのはこの時……事葉の力はアンノーンになったけれど、事葉の器はどうなったのかって話。どうなったと思う?」
「どうもこうも。面白い神話だけれど、唐突にそんな事を言われてもねぇ……そもそも事葉の器ってなんだ?」
 神話を語ることに陶酔したようなレアスとは対照的に、頭の上に疑問符を掲げた表情でアサは尋ね返す。質問に質問で返すのは悪いことだとは分かっていても、こんな不親切な説明しか行えない奴にそれを遠慮する必要は無かった。

「文字を書くのに紙が必要なように。音を伝えるのに空気が必要なように。事葉にはそれの媒介となるものが必要なんだ。神話で語られる人間は事葉を奪われる前は媒介と力を両方持っていたし、今でもアルセウスを始めとする一部のポケモンは二つを合わせて持っている……事葉の器。つまり媒介とは『アブラカダブラ』……アブラカダブラという事葉は『私が言うとおりになる 』という意味になるんだ」
「アブラカダブラ……って、聞いたことはある気がするがなんだっけ?」
「ユンゲラーとケーシィのアンノーン語表記の名前。ケーシィが『アブラ』で、ユンゲラーが『カダブラ』だ。つまり、君たちフーディン系統の体そのものが事葉を受け止める器そのもの。事葉の力を操り、場合によっては天地創造すら行ってしまう力を操る可能性を持ったポケモンだという事さ。
 さっき話に出てきた……そして、君が元々はその姿をしていたと言い張る『人間』の中にも稀に事葉の器の持ち主がいて、そういう者はアンノーンの力に不用意に触れてしまえば、ユンゲラーになってしまうんだ。君が朝起きたらユンゲラーになっていたっていうのならば……君はアンノーンに祝福されたポケモン……いや、アンノーンに祝福された元人間であることに他ならない。
 まぁ、パラレルワールドの見知らぬ世界に飛ばされてしまった事を考えればアンノーンに呪われていると言えなくもないけれどね」
 笑い話のように語って、レアスは実際に笑った。子供のような無邪気な笑いとは違い、どちらかというと悪タイプのポケモンが悪役を演じる時に似合うような、少し下品で不快な笑い声。
 一体、体のどこからこんな声が出るのかと、疑問に思うような声だ。

「そう、アンノーン遣いという者は、事葉さえ見つければ世界を創造することも、また滅ぼすことすらできる才能の持ち主だ。それに、生命の創造だって簡単だ。元はアルセウスやホウオウだって事葉から生まれたのだから。
 ポケモンの能力に階級付けをするのは趣味が悪いとはいえ……人間からユンゲラーになった者がアンノーンを使いこなせるようになれば、間違いなく僕たちマナフィより遥かに上位の能力を持ったポケモンとなるはずだ。そのために、君はユクシーからアンノーンの力を授かれってわけ。
 考えてごらんよ……幻のポケモンは、普通のポケモンなど遥か下に見下ろし、それらが及びもつかないほど優れた能力を持って生まれてくるというのに、君には僕でさえ見上げなければいけないかもしれない能力を持っているってこと。これが笑わずにおれますかって話。
 座ったまま眠ったことはある? あれって下を向いたまま眠っていると結構首が疲れるんだ……ミュウやダークライでやっとこさ真っ直ぐ前を見る程度の能力。しかしながら君に対しては上を向く事が出来るなんて、こんなに面白い事は無いじゃない……僕が初めて上を見上げる事があるとすれば、君かも知れないの」
 聞いておれば、自分よりも上の実力の持ち主を見かけられたから嬉しい、と。何とも傲慢な喜びだけれど、レアスのすごい所は偽りなく素直に喜びを感じていて、僕達一般のポケモンが傲慢だと怒ることも出来ないことにある。
 一体、マナフィというポケモンはどういう精神構造をしているのやら。僕は付いていけない。

「とは言え、ユクシーはそこまで世界をひっくり返すような事葉を君に教えてはくれまい。ユクシーが自分の趣味を満たすためと使命を果たすためのグラードンなどの幻を生み出してそれを使役する力……それをユクシーは人形遣いと便宜上呼んでいるんだけれど、それを教えてもらうくらいが関の山だろうね。せっかくの才能が生かせないってことだからもったいないことこの上ないね。
 まぁ、でも……それでいい。アンノーン使いなんて世界を丸ごと作りかえることが出来るような力は一般のポケモンに与えるのは危険すぎるからね。教え過ぎないことは仕方がない処置と言えなくもないさ。
 しかし……だ。神話の中の人間だって、自力で事葉の力を見つけることが出来た。天に届く塔の建設に取り掛かれたのは、アルセウスが持ちうる創造の力を片鱗だけでも手に入れたからだと伝えられているからね。同じように、君が新たな事葉の力を偶然にでも見つけてそれを振るえるなんてことも無きにしも非ず……もし、そうなっちゃったりしたら……素敵ぃ♪
 そんな素敵なポケモンでさえ、仲良くなって手玉に取ってしまうのが僕の能力だから、そんなパーフェクト超人になった君を友達にすることを夢想してたの~。これじゃあ、モーレツに感動するのも仕方がないよね」
 寝転がったまま、不敵な笑みを浮かべてレアスは舐めるような視線を送る。
「ちょっとぉ……ぼ、僕にはそこまでの期待をかけてくれなかったて言うのに、何だか扱いに差があり過ぎじゃないのさ……なんでアサにだけそんな演説をするのさ? なんか贔屓じゃない?」
「贔屓じゃなくって格の違いだよ、キール君。君とアサちゃんでは、力を極めた時の危険度がまるで別物だ。まぁ、そこはさっき言った通りで、アサちゃんは偶然さえ起らなければ力は極められず、その場合は僕やキール君と比べて見劣りする能力だけれどね。そんなわけで、アサちゃん!! 頑張って能力を極めるんだよ」
「そぅ……とりあえず、頑張らせてもらうよ」
 半分以上話についていけないアサは(実のところ、僕は8割方は無しについていけないけれど、アサが成長したら大化けするという事だけは分かった)生返事で返して、話を強引に終わらそうと目論んだ。

「それと、注意してね。もしも危険な力の持ち主に成長した場合、君には高確率で監視がつく。力を下手に悪用しようとすれば高確率で歴史から存在を抹消させられちゃうから、おふざけは程ほどにね」
 しかし、話の中断というアサの目論見は露と消え去り、レアスの長話は続いてさらりと恐ろしい事を言われる羽目になってしまう。
「歴史から……ね。まぁ、気をつけるよ。世界を生み出すとか滅ぼすとかよくわからないけれど……俺はキールの助けになれるなら構わないから……その程度の力があればいいよ。その程度の力っていうのがすでにとんでもない力なんだろうけれど、多くは望まないさ」
 レアスは自身が下した警告に対するアサの返答を聞き終えて、ふぅんと言いながら起き上がり、値踏みするようにアサを見る。
「うん、それならよし。くれぐれも余計な野心で身を滅ぼしたり世界を滅ぼしたりはしないように。この僕、レアス=マナフィは漆黒の双頭の総統として、アサ=フーディン……君を歓迎するよ。さ、誓いの握手を」
 どうやらアサはレアスのお眼鏡にかなったようで、相変わらずの上機嫌な表情のままレアスは手を差し出した。
 戸惑いがちに軽く肩をすくめるアサだけれど、きちんと握手には応えて誓いを結ぶ。これで、アサは本格的に漆黒の双頭入りを果たしてしまったわけだが、どんな要求を突きつけられるのやら――と、思う間もなくキールは早速嫌な予感を感じてしまうことになる。
 心の準備や対策が出来るという点ではこの角がとても役に立つということになるが、どうやっても逆らう事が出来ないレアス相手には対策の立てようがないというのが性質の悪い所。あぁ、不幸がやって来る……なんて思っていながらも、手をこまねいて待っているしかないとなれば苦痛に他ならない。
 今レアスは水を飲んでいる。ズズッ、と水を啜ったまま、永遠にカップから口が離れなければいいのになんて、僕は知らず知らずのうちに叶うはずの無い妄想をしていた。

第2節 

 水を飲む時間は妙に長くゆっくりだった。レアスがしきりにキールの事を見てニヤニヤいるのだが、何か二人にしか分からないやり取りがあったという事か。キールは角があるからいいとして、レアスは何故? 疑問は尽きない。
「さて……新人研修も兼ねて君を旅行に連れて行きたいんだけれど、明日の旅立ちに君も一緒に来ないかい?」
 レアスはどんな時でも、一言目のセリフに情報を与えようとしないようだ。この街の漆黒の双頭のメンバーが軒並み『とんでもない上司』と口をそろえていたので事前情報は得ていたが、こういう事か。まったく、その通りである。
「……一応聞いておく。俺を何処に連れて行こうって言うんだ?」
「あれ、言っていなかったっけ?」
 いかにも意外そうな顔して首をかしげるレアス。わざとなのかわざとじゃないのか、本当の感情が何処にあるのか分からない……まぁ、キールにはわかっているんだろうけれど。

「キール……本当にこんなんが上司なのか?」
「あまり上司にしたくないタイプだけれど、仕方がないのさ……こういうやつだから」
 アサのぼやきにキールの呆れ声も重なり、溜め息が美しい重唱を奏でるが、それだけの仕草でレアスの態度を改善させることなど土台無理なこと。
「うん、上司上司。全く、仕方ないなぁ……いかなる仕事であれ、部下はハイハイと頷いていればいいってわけにはいかないものね。まず、さっき通達した霧の湖に君を案内したいって言うのもあるけれど……」
「え、もう? 僕もうちょっとアサと一緒にいたいんだけれど……」
 寂しいんだけれど……なんて態度を前面に押し出してキールは抗議した。こいつは暈して言う事を知らないのか?
「なら、ついてくればいいじゃない」
 そして、レアスは笑顔だ。少々ムカつくことに、子供のような見た目には似合わない孫の成長を見守るような落ち着いた笑顔で。ある程度成熟したポケモンならばこの表情も似合おうが、見た目に不相応な表情は、正直言って不快の塊だ。

「……なんにせよ、アサちゃん。キール君に付き合って漆黒の双頭に入ってくれるっていう心意気には感謝するよ。だから、キールや君が望むことならある程度は便宜を図ろう。アサちゃんの修行について行きたいんだったら、僕のポケットマネーで愛の巣を作ったっていいんだよ?」
 愛の巣……いつの表現なんだそれは!?
「もちろんのこと、そういうプレゼントを贈るのはきちんと仕事をしてくれるならば……だけれどね」
「仕事ね。で、結局旅行って俺をどこに連れて行きたいの? どうせロクでもない場所なんじゃない」
 キール、レアス共に感心した顔をする。
「……そう、ロクでもない場所なんだね」
 それが嫌でも分かってしまう二人の仕草が激しく残酷だ。

「アッハハハ!! バレちゃあ仕方ないなぁとあるアルセウス教の町に魔女裁判の見物に行くんだ。君に、漆黒の双頭のお仕事がどのようなものか見せたくってね……明日旅立てば、丁度前日くらいにはたどり着けるはず」
「魔女裁判? そりゃ、いくらなんでも悪趣味じゃないか? 魔女裁判ってのは、実際は裁判なんて名ばかりの拷問ショーだって聞いたぞ? シリアやリムルは連日見ていたっていうけれど……」
「フフッ、アサちゃんってば。魔女裁判(それ)に指を咥えて見ている僕だと思ったの? 咥える指もない僕には縁のないお話だ」
「じゃあ、裁判を止めるのか?」
「ウフッ。止めた方が益になるのならば止めるさ。ちょっと移動が疲れるけれど、それに見合った成果は得られるだろうね」
 まるで、そこへ赴くための移動こそが本番だとでも言いたげにレアスは移動について言及し、肩をすくめて苦笑した。
「……止められないから、多くのポケモンが犠牲になったと聞いたがな。伝説のポケモン様は大した自信だな」
「マナフィの力をもってすれば、止めることなど容易いの。さっきも言ったように、僕はあらゆるポケモンの中でもかなり優れた力を有する部類に入るポケモンなんだ。僕自身はたった一人を操る事が精一杯の能力でも、その操られるたった一人が街一つ、国一つ、大陸一つを滅するポケモンであれば、それらに張り合う力があるのと同義なんだから」
 キールが不安そうに二人を見つめる。胸の角を押さえている以上、何らかの感情を感知しているのだろう。アサと目が合うと、キールはおずおずと頷いた。目が合った際、アサはキールに対してレアスは本気で言っているのか? と問い掛けている……つまりは、レアスが本気で言っていることに他ならないということだ。
 全く、見た目は本当に子供そのものだと言うのに、恐ろしいポケモンだ。態度は上司にするのに不安にさせるものがあるけれど、その能力は一級品という絶対的な自負があるのだろう。
 一瞬でも目を離せば瞬く内に印象を変える上に、いい印象は悪い印象以上に強烈に焼きついてしまう。こりゃ、敵わないな。

「わかった。魔女裁判の見学だな? 行くよ……死人が出ない自信があるようだからな」
「……キール君は見学する? 角に降りかかる感情は並大抵のものじゃないから、何らかの方法で実況中継を行うって言う手もあるけれど。例えばほら、叔父さんがラティオスだし乗っていくついでに夢映しをお願いするとか」
「ってか、叔父さんに乗っていくの? あの人今は収穫も終わったから、進化をしに宿に訪れる人も多いでしょう? 経営も忙しいと思うんだけれど……」
「もちろん、乗っていくよ。そんなにちんたら移動していたら、助けるべき者が殺されちゃう。空を飛んでラク~に行かなきゃね」
 やっぱり、移動の方が大変だとでも言いたげなレアスの態度は、余裕が見て取れる。こいつに不安なんてものは存在しないのか?
「それに、宿の経営ならば心配無い、リーベルトを置いて行く」
 唐突にそんな事を言われて、リーベルトはギョッとしてレアスの方を見る。キールがそばに居るせいで口も開けられないおかげで、広義すらできないという悲惨な有様だ。側近的な立場に見えたけれど、そんな立場でさえレアスには振り回される運命という事か……レアスの奴、なんという暴君。

「ところで、助ける奴っていうのはどんな奴よ?」
「う~ん……秘密って言いたいところだけれどね。教皇貴族の中でも爵位の高い方の令嬢かな。その子よりも爵位の高い貴族の求婚を断ったとかで逆恨みされて、ちょっとしたでっちあげと賄賂によって死刑台に立たされているって、シオン君からの情報があったの。あ、シオン(Sione)ってのは本名がノイズ(Noise)のテッカニンで……」
「ストップ!! 本名がシオンでノイズがあだ名でしょうに。出鱈目を言うんじゃないのさ」
「えーっ……いいじゃない、みんながみんなノイズって呼んでいるんだから、ノイズが本名でもさぁ」
「ダメでしょ。名前を間違えることほど失礼なことは無いってば」
 なんだか、自分の知らないポケモンの話題で盛り上がられて、俺は若干置いてけぼりに。なんだかすんごい疎外感を感じる。言い争っている当の二人の勝敗だが、珍しくレアスが折れたようでわざとらしくふくれっつらをしていた。
「んもう、仕方ないなぁ。シオンが本名ってことで我慢するよ」
 本来はそれが当然であるはずのことを理不尽なことのように言って、レアスはさりげなくキールを悪役風に煮立て上げる。無論、誰がこの場に居ても、キールを悪役扱いするものは居ないだろうが。

「ともかく、ノイズ君は情報屋として代々僕に尽くしてくれる子だから、信憑性は高いと思うんだ。漆黒の双頭でも頼りになる構成員の一人だよ」
「ふぅん。漆黒の双頭には色々居るんだな……人望があることで」
「そ、色々居るのが自慢の漆黒の双頭だから」
 とりあえず、話の聞き手が話を理解していないのは申し訳ないので、適当に相槌を打って話を理解した風に振舞っておこう。キールにはバレているだろうし、レアスにもばれているかもしれないのだけれど、話をあわせる振りだけでもしないよりは社交性もあるというものだ。
「とにかく、ノイズ君が得た情報が確かなら、その裁判にかけられる女性は僕の求めていた人材の一人でもあるってこと。爵位の高い立場のポケモンを味方に引き入れることで、耳を大きくしたいって言うのもあるけれどね……」
 耳、というのは情報を得る手段という事か。恐らく、漆黒の双頭が組織として形になる前からこんな事をやって今や耳とやらは物凄く大きくなっていることだろうな。

「でも、一番の目的はね……キール。君もだけれど……漆黒の双頭には教皇貴族に恨みを持っている者は少なくないでしょ」
 ふむ、確かにそんな事を言っていたな。『アルセウスのマルチタイプの特性を受け継いだ自分達はいろんなタイプへと進化できる――なんてのたまって大した(まつりごと)も行わずに、腐敗した教義を抱えてふんぞり返っているイーブイ達を怨んでいる者が大半だ』みたいな事を。
 リムルは直接的な被害を受けていないそうだが、シリアはグレイシアの男に強姦されかけて、フリックは売春宿の客としてもてなした事がある……と。
「キール君を含めて、イーブイを恨んでいる子に『イーブイは敵じゃない』ってところを教えてあげるためにも、その子が必要だ。そうだね、キールは一緒に来てくれた方がいいかもしれない。君は、イーブイ嫌いでしょう?」

 尋ねられて、キールはムスッとして顔を歪める。緑色の髪の毛に隠れて見えないが、恐らくは口元も歪んでいることだろう。
「別に……嫌いじゃないのさ。僕は、僕をこういう体にする原因を作った奴らが嫌いなだけで、それが偶然イーブイだったってだけなのさ」
「確かに、言葉ではどうとでもいえるさ。でも、君は心の底から同じセリフを言える? 君はそんな言葉ではなく角で理解するべきだ……それとも、君はイーブイの感情をその角で感じたことはあったっけ? 無いでしょう?」
 さらにムッとしてキールは目の端を吊り上げながらもコクリと頷いた。
「ほら。だから君はずっとイーブイに対する怒りが渦巻いているはず……違う?」
 そう言ってレアスが浮かべる表情は慈愛に満ちた表情。今度は、ガルーラか何か母親のイメージが強いポケモンにふさわしい表情で、やっぱりどう見ても子供の体であの表情をされると似合わない。
 けれど、外見よりも内面を重視するキールには効果抜群なのか、レアスの顔芸に気圧されて泣きそうな表情で胸の角を握っていた、血が集中して指先の色がほのかに赤く染まっている。

「確かに、レアスさんの言うとおりイーブイの感情を感じたことは無いのさ。分かっている……分かっているのさ。どうせ、僕は口だけなのさ。魔女裁判の見学の件だけれど、いいさ。地獄の果てだろうと付いて行くのさ」
「ん、物分かりがよろしいことで。僕ってば嬉しいなぁ」
 キールが意地を張るようについて行くことに了承した頃にはレアスの表情は子供らしい無邪気な笑顔に戻っている。よくもまぁここまでたくさんの表情をクルクルと使い分けられるものだ。
 などと感心している間もなく、レアスの視線はアサへとうつる。
「と、いうわけでキール君もついて行くことになったよ。皆で歌でも歌いながら楽しく行こうねぇ」
 ピクッと、レアスの目よりも少々下に視点を移したキールはリーベルトを見ながら角を撫でている。また、この歌がロクな歌ではない事がその態度だけでも分かりやすく伝わってくるではないか。
「楽しくって……一応誰かが殺されるかもしれない現場に行くっていう自覚あるのか……?」
「まぁ、確かに処刑の期日が早まりでもしたら間に合わずに失敗ってこともあるだろうね。その時は、その時さ……例え、間に合わなかったとして歌っていたことが原因じゃない。諦めも付く。
 それとは別に、楽しいってことは案外重要だよ? 子供の頃は、楽しいからこそすぐに皆が友達になる事が出来るんだ……小さな喧嘩は起こっても、すぐに仲直りできちゃう。難しい事を考えるのは大切なことだ。けれど、難しい事を考えない事もまた必要なこと。
 分かったら、歌う事? これもお仕事」
「……もう、好きにして」
 まさか、歌を歌うくらいで何か大きすぎる不都合を負う事もないだろう。半ば自棄になった俺は、思わずそう答えた。

「わぉ、嬉しい!! 歌ってくれないなら拗ねちゃおうと思っていたのにすんなり決まっちゃった」
 まさか拗ねると言う手段で、強制できると思っているわけではあるまい。ならば、なにがなんでも強制させる手段があると言う事なのだろうけれどそれを見るのは楽しみでもあり怖くもある。……危険そうだから、素直に頷いて良かったと考えておこう。キールがさらに溜め息を重ねているのを見て相当ロクでもない歌を歌わせられるのであろうことは察せられたが、もう、どうにでもなれという感じでアサは荷物をまとめて旅に出る準備を申し出た。
 すると、レアスは『他の漆黒の双頭のメンバーに会いに言って来る』と言い残してその場を去ろうとする。レアスが無警戒な感情になった事を安心したのか、キールは胸の角をそっと撫で下したが、その様子を見逃すことなく捉えられてしまったことに大げさなほど肩をすくませる羽目になる。サーナイトのように他人の感情を感知する手段を持たないアサは、蚊帳の外で何事かを予想するしかない。
 レアスがキールの感情を理解しているようなのが若干気になるが、そこはまぁ気にしない方向で。最後のトドメに、キールはレアスに『明日からしばらく一緒だね』と、満面の笑みで言われてしまった。どうやらキールの角でしか理解できないのであろうやり取りがあったようだ。その一言に込められた感情にやられて立つ気力も萎えたのか、レアスが遠くに行くと本日最大の溜め息と共に崩れ落ちるようにして地面に座り込んでしまった。


「さて、レアスさんだが……おっそろしい奴だな」
 精神的な疲労で座り込んだキールに念力を掛け、ふわりと抱きあげ家へ連れ戻しながらアサは呟く。正直、今のレアスの感想はそれに尽きたな。
「恐ろしいなんて、僕らにとっては今更なことだけれどね~。そんなの誰もが思っていることだけれど……アサは何を以ってそう思うのさ? 僕にもモヤモヤした恐怖があるけれど、それがなんなのかよくわからないから……ちょっと聞かせて欲しいのさ」
「……本当はね、レアスさんの言葉は理解できないことばかりだったんだ。如何にも分かっている風に云々頷いておいたけれどね。『VanityだとかAllだとか、五次元多重世界やらなんなんだ』ってお話だよ。そうやって訳の分からない雲の上のお話をして、自分を飾り立てているのがね、怖い。
 ヒューイさんの言った通りだ」
「ってことは、ヒューイさんの受け売り?」
「ん~……まあね。あの人は、レアスさんの恐ろしさを違う面から観察しているみたいだから。ヒューイさん曰く、バカとハサミは使いようなんて言うけれど……レアスさんは俺達が馬鹿である事を望んでいるだってさ。馬鹿であれば、言葉で丸めこみやすくなるからって。
 俺がもし、レアスが口走った謎の単語についていちいち突っ込みをしていたら、レアスには嫌われていたんじゃないかな? 嫌われたら、なんとなく嫌がらせを受けそうなんでね。
 レアスに気にいられるためには、分かったフリ(ヽヽ)をしているフリ(ヽヽ)をしておけってヒューイさんが言っていたからそうしておいたよ」
 アサは、苦笑して頭を掻いて見せる。

「俺達が到底確認できない事実をまことしやかに伝えることで人心を掌握するのが常套手段らしい。アルセウス教の教皇貴族達もやっていることだよ。神話なんて俺達の力じゃ確認できないから、都合のいい解釈を入れたり、時には嘘を入れたりするんだ。わかっていることがさも当然のように話すのも……レアスさんの策略の内かもね。

 今回だって『アサはすごい力を手に入れられます』と、伝えればいいだけの事をわざわざ長々と話し、しかも神話や神話の用に途方もない話を交え、俺が……つまりはアサが優れた人間である風に囃し立てる。
 それでいて自分は俺よりもさらに優れたポケモンであるといいつつも、頑張れば自分を越えられると言い張り、自分についてくればそういう存在になれるって言う甘い言葉を掛けてきやがる。ずいぶんとまぁ魅力的な餌を与えてくれたもんさ」
「餌、ねぇ……僕も与えられているのかなぁ?」
 今更恐ろしさに気がついたのか、キールは僅かに肩をすくめた。
「俺に与えられた甘い餌は力……伝説のポケモンをも超えかねないって触れ込みのね。キールやらシリアやらは元々力を持っているからともかくとして、平和という飴を与えられているだろう?」
「うん……平和とちょっと違うけれど、サーナイト差別を止めて欲しいね。別に僕が知らぬ存ぜぬで過ごす事は出来なくはないけれど、やっぱり……同族がいじめられているとなると気分が悪いや……レアスさんならば、その差別もとめられるって言う話だから」
「それが危ない。勿論、お前の言う通り差別を止めるというのは大事なことだけれど……レアスが差別を止めたとあればみんな感謝するだろう? 感謝を通り越して崇拝とか英雄視でもしてしまったら、あの暴君がそこから先に何をしでかすか分からんよ」
「あはは……確かに。でもさ……」
「はい、その『でも』って言うのも危ない。『でも、差別がなくなるならそれでもいいんじゃない?』って言うつもりだったのならば、ものすごく危ない」
「う……心読まれた?」
 わざとらしく体を仰け反らせて、キールは驚く。
「人は、誰でも支配されたがっているんだってさ。支配ってのはある意味じゃ守られているってことだから……支配する事は独占欲を満たし、支配される事は安心感を抱くから」
「僕、支配されたがっている?」
「そうなんじゃない? 俺にはよくわからないけれど、ヒューイさんに聞いてみたら?」
 キールは再び肩をすくめた。バツが悪そうな表情は、レアスの恐ろしさをようやく理解したと言ったところか。

「ヒューイさんがね、レアスに洗脳されたくなかったら日記を毎日つけろって言っていたよ。今日は挨拶程度だからまだしも、これからたくさんの誘惑も待っていることだろうから、本当に日記つけておいたほうがいいかもな。
 っていうか、キールならレアスの黒い企みくらいお見通しなんじゃないか?」
「いや、無理」
 苦笑してキールは否定する。意外そうな顔で驚くアサに、キールは付け加えた。

「レアスさんは、自分の感情を自己暗示によって心の奥深くに閉じ込めちゃっているのさ。だから、本来表面に出てくるはずの感情を表に出さないで生きている……僕は悪タイプの心を感じることが出来ないけれど、レアスさんは、なまじ表面の感情を感じてしまうだけに、普通のキルリアにとっては下手な悪タイプを相手に会話するよりも性質が悪いかもしれない。
 だってレアスさんは僕たちに嘘をつくために、自分にも嘘ついているのさ……気味が悪いったらありゃしないのさ。本当のところは自分でも自分が何を思っているか半分以上分かっていないんじゃないかな? どうやら、昔僕がその感情を感じたせいでそういう風にするように仕向けてしまったみたいで……申しわけない気もするんだけれど。ともかく、僕がレアスさんを怖いって思う理由はそこにあるのさ」
「感情を感じられたから、それを閉ざすようにした?」
「……きっと自分が弱いところを見せられないんでしょ? レアスさんは強がりの末路みたいなものなのさ……」
「ただの強がりだって分かっていても、ついていく価値があるのか?」
 キールは口を重くして答えにためらう、がそれも一瞬のこと。
「レアスさんは不安を隠しているけれど、尊大な自信だけは包み隠す事はしないのさ。不安を隠しているって事が分かっていてなお、その自信には目を見張るものがある。それに、僕は自分で言うのもなんだけれど強大な力を持っているのさ。けれどその使い方を教えてくれるのはレアスさんだけ。だから僕は、頼るしかないと思っているのさ」
 アサと視線をがっちり合わせてのこの言葉。やれやれ、キールの洗脳は半分くらい進んでいそうだな。ヒューイさんに言われたとおり気をつけなくては。

「そうかい……んじゃ、お前の角の直感を信用させてもらうよ」
 キールは角を触りながら不満そうな、恨めしそうな顔でアサを見る。俺がキールに対してあきれてしまったのを感じられてしまった見たいだ。困ったな、コレじゃ俺が悪いみたいじゃないか。
 仕方ない、機嫌を戻してやろう。
「ところでキール。長期保存が可能な高い紙買ってきたんだが、俺と一緒に日記でも書かないか? レアスさんの洗脳を避けるためにもさ。一緒にな」
「いいの?」
 恨めしそうな顔は一転、嬉々として抱きついて喜びを露にした。素直に感情を表すのはいいことなんだけれど、まずお前がそれでいいのかって言うお話な気もするよ。レアスが街にやってくると聞いた時、ヒューイさんから日記を書くことを提案されたらキールの面倒を見ることも兼ねてこうしようとは思ったが、それにしたってキールはノリノリすぎる。
 レアスとの初対面で思ったことをつらつらとかいている間中、キールが肩を寄せてきてこそばゆいったらありゃしない。
 ま、いっか……キールが楽しんでくれるならそれで。


相も変わらずラブラブなお二人さん


感想・コメント 


コメントなどは大歓迎でございます。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • ↑指摘しても無駄ですよ。
    「直します」などと仰っても、所詮口だけですから。
    ―― 2010-04-29 (木) 20:58:15
  • 言いたくなる気持ちはわかりますがネットに投稿する小説なんだから本人が好きに書きゃいいんじゃないんですか。
    助言を求めてるわけでもなし、嫌なら読まなければ良いだけ。
    厨二設定だろうが電波だろうが本人がやりたくてやってんでしょう?

    誤字の多さはまぁ指摘されても仕方ないでしょうがね。
    流石に推敲はしないと。
    ―― 2010-04-30 (金) 07:14:25
  • 順番に回答させていただきます。
    >最初の名無し様
    誤字の方については、修正させていただきました。まだ、誤字があるかもしれないけれどもし見つけたら再び直します。2番目の名無しさんは口だけと仰っておりますが、一応誤字の修正は有言実行しておりますのでご心配なく。
    句読点については多少の修正をしました。必ずしも最初の名無しさんの意図にそぐうものではないと思われますが、ご容赦ください。

    世界観の設定についてですが、まずはALL(全)とVANITY(無)。これはAll is vanity(一切は無だ)という聖書の言葉に準じて、創造神もまた無であり、全であると言う設定を取らせてもらっています。
    上の例はキリスト教の聖書ですが、仏教の経典である般若心経にも 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色という言葉があります。『色(存在する物)は空(無)とは異ならず、空は色と異ならない。色はすなわち空であり、空は即ち色である』つまり、全と無は同一であるという解釈ですね。
    ユダヤ教のカバラの思想にもまた、アインという無の概念があり(『0』と表記)アインから生まれたアイン・ソフが無限という概念(『00』と表記)になります。
    え~と……つまり、世界観にそぐわないと言われましても、いろんな宗教(ユダヤ教とキリスト教は源流が同じとはいえ)で無と全の同一性が示唆されているので、ポケモンに宗教が存在する世界観である(ポケダンに宗教があるかどうかは不明ですが)以上、(無と全の概念をアルセウスに押し付けると言う事が乱暴という意見はあったとしても)世界観にそぐわないと言う事は無いと思います。

    五次元多重世界については、ギラティナが生み出した物がなんであったのかを考えた上での設定で、いわゆるパラレルワールドのことです。こちらは実際に空の探検隊SE5でパラレルワールドが生まれる所が見られますので、こちらも世界観にそぐわないという解釈は無いと思います。
    確かに、公式設定では『ギラティナは反物質の世界に住んでいる』とされていますが『裏の世界=反物質の世界』とすると、反物質は物質と触れた瞬間に物質と反応して物凄いエネルギーをばら撒きながら消滅するので、やぶれた世界に行った事があるムゲンさんやサトシ君達は命がありません。
    なので、ディアルガとパルキアよろしくもう一つの次元を与える役割に落ち着かせた方が理にかなっていると解釈したためこのような表現をとりました。

    >2番目の名無し様
     前述のとおり、誤字の修正は有言実行しておりますのでご心配なく。

    >3番目の名無し様
     フォローありがとうございます。誤字の多さは、言い訳できないレベルなので甘んじて受け止めさせてもらいます。
    ――リング 2010-04-30 (金) 10:59:24
  • 世界観にそぐわないってのは言い方を考えろって事じゃないの?なんかずれてるなぁ。
    全と無なら全と無でいいじゃない。ALLやVANITYって英語を使う理由は何かあるのかな。
    五次元云々に関してもさ、別に無数に広がる世界でいいじゃない。
    正しい言い方でも無いし、ただ硬い印象だけを与える気がするんだよね。神話から繋がってるからなおさら。
    現実世界の大学レベルの物理的考察を何の器具も無くレアスがしてるってのを示したいともかく、此処ではただ「いっぱい世界があるよ」ってリングさんは言いたいんだよね。
    リングさん自身に知識があるのはよくわかるけれど、簡潔に物事を伝える、というのも作品を書く上では大事なので、もう少し気を付けて欲しいなぁ。
    あとカバラはともかく仏教の方の解釈は…うーんまぁいいや。
    ―― 2010-04-30 (金) 12:31:35
  • 詰め込まれた知識量は並大抵の物じゃないのは分かります。
    でもなんて言うか…表面的な印象。
    本編を読んでいたらそうは感じなかったけど、上のコメントでそう見えてしまいました。
    多分色々調べてみたんだろうし作品に対する思い入れは伝わって来るけど、少し安易かもしれません。
    「この小説を脚色する為に、宗教云々を詰め込んでみました、格好いいでしょ、意味深でしょ」的な何かを感じました。
    宗教やら伝承やらを扱うんだとしたら、今一歩踏み込みが足りない気がしますね。

    ならいっそ簡潔な方が好感が持てますね、私は。
    下手に脚色されない文章ならではの力強さも捨てたもんじゃないと思います。

    ……私は昔の漆黒シリーズの方が分かりやすくて好きでした。
    長々とすいません、応援してます
    ―― 2010-04-30 (金) 15:07:57
  • 無から無限が、無限から無限光が出てきた(抽出)のであって同一視されている訳じゃなかったような
    その論理だとアダムの肋骨からイブが造られたのでイブとアダムは同じですよーって事にw
    まあ本筋には関係ないから別にいいんだけどねw
    ―― 2010-04-30 (金) 16:30:05
  • あれか、バベルか。
    科学信仰、及び手塚治虫を神と讃えて火の鳥を教典にしてる俺には関係ないな

    ただ、宗教関連は「描く事は罪」とされるものもあったりしたりするから……
    まあ、そんなモノ俺らは見れすらしないんですがね。

    とりあえず、要点を俺なりに産業で
    天使のアルファベットのようなもの→アンノーン、アルセウスの事葉
    使いこなせば崩壊も創造もできる。
    アサはそれに触れられる。
    だな。相違があったら教えて欲しい。

    イメージとしてはエンテイのアレで

    ポケモンって科学サイドと魔法サイドに分かれるんだな、ミュウツーは科学だとして。
    俺はこういう難しい話好きだぜ
    ――漫画家 ? 2010-05-02 (日) 06:53:29
  • あれか、バベルか。
    科学信仰、及び手塚治虫を神と讃えて火の鳥を教典にしてる俺には関係ないな

    ただ、宗教関連は「描く事は罪」とされるものもあったりしたりするから……
    まあ、そんなモノ俺らは見れすらしないんですがね。

    とりあえず、要点を俺なりに産業で
    天使のアルファベットのようなもの→アンノーン、アルセウスの事葉
    使いこなせば崩壊も創造もできる。
    アサはそれに触れられる。
    だな。相違があったら教えて欲しい。

    イメージとしてはエンテイのアレで

    ポケモンって科学サイドと魔法サイドに分かれるんだな、ミュウツーは科学だとして。
    俺はこういう難しい話好きだぜ
    ――漫画家 ? 2010-05-02 (日) 07:55:25
  • >1~2番目の名無しさんへ
    ネタバレになっちゃうから言えませんでしたが、大体がアサちゃんの言うとおりな感じです。レアスは訳の分からないお話をして新入りメンバーをどのように攻略するかを見定めるためにあんなお話をした……という事です。
    訳が分からないと思うのは、むしろ正しいことだと思います。書くのが遅れて、返答までにこんなに間を開けてすみませんでした(陳謝

    >3番目の名無し様
     あぅ……言われてみれば(汗
     もうちょっと国語の読み取りの力を付けるべきですかね……

    >漫画家様
     イメージや解釈の仕方はそれで問題ないですよ。
     次回の更新も楽しみにしていてくださいませ。
    ――リング 2010-05-26 (水) 22:59:03
  • 更新お待ちしてます
    ―― 2013-06-10 (月) 09:26:24
お名前:

*1 ジュペッタは口のジッパーを開くと呪いの力が逃げてしまう。呪いの力は憎しみの感情が源

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Last-modified: 2010-05-26 (水) 00:00:00
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