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消えた友だち

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消えた友だち




水のミドリ



 ピカチュウ、きょうはなにしてあそぼうか?
 ぴかー? ぴか、ぴかぴ!
 かくれんぼがしたいんだね! いいよ、じゃあわたしかくれるー!
 ぴか、ぴっぴか、ぴかぴちゅ!
 あ、そっか、そうだね! みんなもさそっていっしょにやろう!
 ぴかぴー!

 幼子のままごと遊び。昼下がりの公園に行けば、君は微笑ましい光景を見て、自然と笑みがこぼれるだろう。少年少女は、身近なポケモンに話しかける。まるで本当にポケモンたちが言葉を発しているかのように、ごく自然に会話をする。もし君が、ポケモンは喋るなんて話をすれば、何かの冗談と思われるか、精神の異常を疑われるのが常だ。大人たちは皆、ポケモンと人間が会話するなんて思わない。ないと信じて疑わない。君だってそうだろう。
 けれど聞いてほしい。ポケモンたちは、喋っているのだ。
 冗談ではない。むろん頭がおかしくなっているわけでもない。かといって比喩か何かでもない。そのままの意味だ。ポケモンは、人間と同じ言葉を話している。そう聞いて、不思議に思うだろうか。君は、忘れてしまっているだけなのだ。子供の頃、君のすぐそばにいたポケモンを思い出してほしい。遊び相手としてお父さんから貰ったのか? 上京するお兄ちゃんから世話を頼まれたのか? ご近所さんから生まれたばかりの仔を譲り受けたのか? いずれにせよ、この世界に生きているならば、幼い頃からポケモンと親しんできたはずだ。彼らは、人知れず、君だけに話しかけていた。道に迷っている人を見かけた時。イタズラで窓ガラスを割って、なかなか先生に謝れない時。友達と喧嘩して、思わず手が出そうになった時。そんなとき彼らはそっと背中を押してくれる。何も、ポケモンを”トモダチ”と称す緑髪の青年が特別というわけではないのだ。彼のような、何か特別な資質は要らない。君のように至って普通の、例えばこの、今宵9歳の誕生日を迎える少年もそうだ。



 いっぽ歩くたびにブーツの底からじゃりっとした感覚が伝わってくる。はく息は湯気になってかじかんだ指をすこしだけ暖めてくれた。延々と舞い降りてくるふわふわした雪を見上げていると、口から入り込んで息がつまってしまいそうだ。白い英雄レシラムが羽毛を振り落しているように見える。
 セッカシティはここ20年来の大雪だ、と父さんが教えてくれた。その手がぐっと伸びてきて、ぼくの頭をフード越しにわしわしと撫でる。武骨で大きな、けれど温かい手。昔からずっとこうやって頭をなでてもらっていた。すっこめていた首を伸ばして、思わず顔を覗き返す。その落ち着いた眼が申し訳なさそうに揺らいだ。
「父さん……」
「すまんな吉次(きちじ)、今度の仕事は長くなるんだ。来年のこの時期に返ってくるから、テンくんのご家族と仲良くするんだぞ。そしたら、うまいものいっぱい食わせてやるから。……おっ」
 どこか遠くで地響きがかすかに鳴り、父さんはそちらを向いた。ぼくもつられてそれにならう。ずっと遠くの山あいで、淡い光の玉が一面の銀幕の中にぽつりと現れた。次第に大きくなるにつれ、車輪の軋む音が響く。大きな絵筆を滑らせるように、煙突からは灰色の煙が長く尾を引いている。ホームに立つぼくのすぐ横を、蒸気機関車の巨体が猛烈な速さで駆け抜けてゆく。風圧にマフラーを引き上げるぼくの頭を、父さんがもう一度大きく揺さぶった。
「……」
「そんな顔をするな」
「だって……」
 これから始まる生活のことを考えると、憂鬱で仕方がなかった。身寄りが父さんしかいないから、出稼ぎに行ってしまうといつもテンの家に預けられる。テンの家族は優しいからいいのだけれど、時折感じる距離感が居心地悪かった。何より、テンがいい顔をしない。いつも学校で受けている嫌がらせが、毎日のように続くのだ。しかも今年の父さんの出稼ぎは、雪でセッカが閉ざされる冬だけでなく、1年という長い期間。
 ドアに吸い込まれてゆく父さんの武骨な手を、喉まで出かかった「行かないで!」の言葉を、喉の奥になんとか押し込む。ぶかぶかのコートのポケットに手を突っ込んだまま、ぼくは口をつぐんで下を向いていた。手が微かに震えている気がする。
 列車に足をかけた父さんが、不意に振り返った。
「忘れるところだった。手を出しなさい」
「なに……?」
 言われるままに右手を突き出すと、それに被せるように父さんの手が乗せられた。そっと置かれたそれは丸く冷たく、見なくてもすぐに何だかわかった。ずっと欲しがっていたものだ。蓋が外されると、それはピンポン玉ほどの、赤と白でできた金属質の球体。
「一足早いけど、誕生日おめでとう。好きに使っていいが、危険なことだけはやらないでくれ。乱暴もするんじゃないよ」
 ぼくの顔を覗きこんで、父さんはしっかりと笑った。最後に頭をぽんと叩き、突然のプレゼントに驚いてぼくが我に返った時には、締まるドアの向こうに消えて見えなくなっていた。
「と、父さん! 早く帰ってきて――」
 精いっぱいの想いは、出発する汽車の轟音にかき消されてしまった。降りしきる雪のなか、淡い機関車のライトが見えなくなるまで、ぼくはずっと見送っていた。
 と、正面から光る玉が近づいてくる。しかもふたつ。
 父親を連れ去った汽車が戻ってきたのかと一瞬喜んだけれど、それはありえないことだ。躍り上がった心地が、すぐさま凍り付く。ふたつの光の玉は同じ動きをしながら、だんだんと近づいてくる。まるで鬼にでも睨まれているかのようで、体の底から身震いした。
「うわ、く、来るなあぁ……」
 逃げようと思っても全身に力が入らない。吹雪の間から現れたそれは、顔だった。ぼくの身長と同じくらいはありそうな、お化けじみた恐ろしい六角形の顔が、ただじっと薄笑いを浮かべて漂っている。
「しゃらっ」
「うわあああっ!!」
 喋った! 尻もちをついたけれど、そのまま這うように後ずさりする。綿を詰められたように開いた口から、白い蒸気が吹き上がる。見たくない。見たくないのに、目が背けられない。
 そうこうしているうちに、巨大な顔は、ぼくの体を調べるようにゆっくりと近づいた。中心から真横に入った亀裂に、淡い光の双玉がのぞく。ひげのように飛び出した球の鎖で、ぼくの目にうっすらと浮かんだ涙をぬぐった。
「しゃららら」
「うわ……ふえ……」
 肌に触れたものの意外なまでの温かさに、言葉が出ない。自然と体の震えが収まってきた。父親の手で撫でられているようだった。そう思うと、とたんに手足の感覚を取り戻す。目じりに溜まった涙は、少しだけ増えたみたいだった。
 鎖はそのまま、ぼくのポケットの中をまさぐりだした。どうやら上手くつかめないようでもぞもぞしている。ぼくの手で中身を取り出すと、それはプレゼントのモンスターボールだった。
「捕まえて、って言っているの?」
 頷くでもなく、横に振るでもなく、顔はゆったりと回転した。湖面に浮かべた葉っぱのように、風に優しくあおられたように、浮かんでいる。
 手の中のボールを放った。ボールは緩やかな放物線を描いて、顔の真ん中、つまり眉間にあたった。球がぱかりと半分に割れ、顔は赤い光となって吸収される。2、3度大きく揺れたかと思うと、鋭い光をあたりに拡散させて、それは動かなくなった。
「……や、やった……」
 凍傷になるなんて考えもしないで、ぼくは素手でモンスターボールを拾った。うっすらと積もる雪を手で払う。ほのかに温かいそれは、いくらかの重みを増して両手にすっぽりと収まっていた。

 テンとその家族には、初めて捕まえたポケモンのことを黙っていた。自分より先にぼくがポケモンを手に入れたと知ったら、テンが何をしてくるかわからない。それはぼくとポケモンだけの秘密だった。夜にこっそりと寝室から抜け出して、ボールを宙に放る。赤い光が六角形の形になり、まばゆい光に目を開けた時には、いつもの薄ら笑いをした顔がそこに浮いている。
「きみは何て言うんだい?」
「しゃらららん」
 珍しいポケモンなのか、それとなく尋ねても名前はわからなかった。けれど、そのまな板みたいに薄い体が不思議に浮かんで踊るのを見ると、ぼくの心もつられて踊りだすみたいだ。雪玉をぶつけるとオーロラのような鳴き声をさらに高くして喜んでくれる。口の下から生えている鎖でじゃれついてくるのが、たまらなくくすぐったかった。
 冬のあいだ、ポケモンはものを食べることもせずに、だんだんと大きくなっていった。雪が深く積もるにつれ、より元気になるようだった。初めてのパートナー、もとい初めての友達ができて、退屈なはずがない。雪のなかを遊びまわっては、へとへとに疲れてベッドに戻る。そんな毎日が、春が来るまで続いた。
「ほら見てみろよ、いいだろう。おれが捕まえたんだぜ」
 それはうららかな、少し汗ばむくらいの3月のある日だった。うっすらと熱を孕んだつむじ風が短い前髪をふわりと揺らす。唐突にやってきた春と立ちかわるように、寒さが引いていったのも唐突だった。朝日を嫌がるコウモリのように、積もった雪が一斉に解け始め、あたり一面の水たまりになっていた。春一番なんて吹く間もなく、寝坊した太陽が急ぎ足でやってきたみたいだった。
「こいつ、ドッコラーっていうんだ。カッコイイだろ? この頭のとがり具合、木のおおきさ。群れのリーダーだったんだぜ」
 そんなことはもう知っているよ、と口が滑るのを我慢した。知っているも何も、初めてポケモンを捕まえるからとテンに西のネジ山へと連れ出されたのだ。ちなみに捕獲にはテンの父親のポケモンのバッフロンが頑張っていて、百歩譲ってもテンが自力で捕まえたとは言えなかった。
 テンに頭をぐりぐりと撫でられたドッコラーは嫌そうに顔をしかめて「もんっ」と鳴いたけれど、怒って払いのけるようなことはしなかった。これでも一応なついているみたいだ。
「おまえがポケモンを捕まえるのは、まだまだ先になりそうだな」
 テンが鼻で笑うのを見て、心の底がざわついた。おまえなんかよりもずっと前に、ひとりきりで捕まえたんだ。しかもポケモンともっと仲良しなんだぞ。
「ぼくだってポケモン捕まえているもんね。こっちのほうが珍しいし、カッコイイんだ」
 ポケットの中に右手を突っ込む。今まで隠してきたボールを手に取り、固いボタンを指先で鳴らす。手の中ですぐに膨らむ感覚と、ゆっくりと見開かれるテンの両目が心地いい。
「おまえ……まさか!?」
 口許がにやけるのを抑えられない。びっくりしてうらやましがるテンの顔を想像して、思い切りボールを投げる。中から飛び出た赤い光は、いつもの見なれた友達の、平べったい六角形の輪郭に――ならなかった。
 口を引きつらせていたテンが、だんだんと嫌らしい笑顔に変わる。
「……あれ? 昨日まではちゃんと中にいたのに……あれ?」
「……驚かせるなよ、引っ込み思案のおまえが、父親の助けもなしにポケモンを捕まえられるわけないもんな。いつもみたいに泣きついてみたらどうだ、『パパぁ、ぼくポケモンほしいよぅ』って。ああ、今はいないんだったなぁ」
「バカにするなよっ! 本当に捕まえたんだってば! 今日はきっと、仲間のところに戻ってるんだよ!」
「へ~え?」
 舐めるように見回すテンに、握りしめた手が固くなる。思わず振り上げたその時。
『危険なことだけはやらないでくれ。乱暴もするんじゃないよ』
 優しい父さんの笑顔とともに、別れ際の言葉が蘇ってきて、力なく腕を下した。
 しゅんとしたぼくに追い打ちをかけるように、テンとドッコラーが笑う。もういい、今日はベッドに戻って寝てしまおう。ぽっかりと空いた穴を埋めるには、寝てしまうのが一番だ。
 けれど、そんな最後の希望までもかなわなかった。
「あっはは、そんなにポケモンが欲しかったのか! しかたない、このテン様がポケモンを捕まえてやろう、ひ弱なお前に代わってな」
「いいよ、ぼくはポケモンもっているし」
「意地をはるなよ。そうだ、ほら野生のポケモンが出るとかで入っちゃダメってなっているところがあったろ。あの、とおりゃんせの塔、みたいな……」
「リュウラセンの塔、ね」
「そうだ、そこで強いポケモンを捕まえてやる。じゃ、先に行ってるから、早く来いよ!」
「あそこは危ないからって父さんが――」
 話を聞かずにさっさと行ってしまうテンの背中を見ながら、僕は一息に空気を吐き出した。あんな奴と友達になんてなれっこない。嫌なことばかりするし、あんな奴、いなくなってしまえばいいんだ。
 その時だ。突然頭の中に響く声がした。
 ――本当にそう思ってる?
「う、うわっ!?」
 ――本当にテンのこと、いなくなってしまえばいいって、思ってる?
 あたりを見回しても誰もいない。氷のように透き通ったその声は、ぼくのことなどお構いなしに、すっと染み入るように話かけてくる。遅いぞー、と間延びしたテンの声が聞こえた気がするけど、気を払う余裕はなかった。首元にひやり、と冷気が吹きつけたみたいだ。
「いや、思ってない、けど……」
 ――なら大丈夫。ほら、テンが行っちゃうよ?
 もうすっかり小さくなったテンの影が、意気揚々と草むらを分け入っていく。
「き、キミは……?」
 ――……
 それっきり、不思議な声はだんまりだった。振り返ってみても、そこには気持ちのいい午後の水たまりが広がっているだけだった。

 リュウラセンの塔は立ち入り禁止になっている。それは野生のポケモンが出てくるから、という理由だけでなく、伝説のポケモン、レシラムが住んでいると言われているから。けれど、それは嘘だと思う。だって真っ白な竜が飛んでいる姿を、ぼくはまだ見たことがない。
「しんちょーにだぞ、しんちょーに」
 凶暴な野生ポケモンに見つからないように(もちろん村の大人たちにも)、テンは忍び足で入り口に近づいていった。まったく気が乗らないけれど、仕方なく僕も後に続く。こういうとき出ばなをくじかれると、テンはいつもの3倍不機嫌になる。
 おんぼろの橋を渡って塔の中に入ると、そこはまるで冬が瓶に詰められているようにひんやりとしている。薄着で来てしまったぼくはたまらず身震いした。
「寒い……!! ねぇテン、上着を取りに戻った方がいいんじゃないかな」
「ばかいえ、冒険ってのは危険が付き物なんだよ!」
 ポケモンを捕まえるというはじめの目的がいつの間にかすり替わっているようで、もうすっかり探検家気取りだ。大きな足音を立てながらずんずんと進む。
 塔はずいぶん長い年月放置されていたようで、床が所々抜け落ち湖の青が覗いている。足を踏み外せばひとたまりもないだろう。慎重に、しんちょーに……
「うわあっ!?」
 意識したのがまずかったのか、もろくなっていた床板を踏み抜いたようだった。がくんと視界が傾き、心臓が浮くような無重力。慌てて手を伸ばしても、間に合わない。伸ばした腕が床の端をかすめ、空を掴んだ。
 もうだめだ、落っこちる。次に来る衝撃に備えて目をぎゅっとつむり、体を固くする。
 再び首元に強い冷気を感じ、片目を開けた。次の瞬間、落ちる体を思い切り引き留められる負荷がかかり、ぐえ、と声を漏らした。
 床の裏から不自然に生えた氷の柱が、ぼくのシャツを首の後ろから引っかけて支えていた。
「た、助かったぁ……。どうやって戻ろう」
 水没だけは免れたようだった。けれど手を伸ばしても床に届きそうにない。つららをつたって這い上がろうと思ったけれど、途中で折れそうで勇気がない。仕方ない、テンが見つけてくれるのを宙に吊られたまま待つほかないみたいだ。
 ――助けて、って叫んだらどう? きっとすぐ来てくれるよ。
 まただ。頭に直接話しかけてくる声が、どこからか聞こえた。姿は見えない。
「ねぇ、姿を見せてよ!」
 ――今はまだだめ。とにかく、このままじゃ助けられるのがいつになるかわからないし、氷が折れちゃうかもしれない。さあ、思いっきり叫ぶんだ、『助けて!』って。
「嫌だよ、テンなんかに助けてもらいたくない!」
 冷気が揺らいでぼくの前髪を揺らした。首を横に振っているみたいだった。
 ――意地を張っちゃあいけない。勇気をもって、自分から踏み出してみるんだ。
「……わかったよ、叫べばいいんだろ、叫べば。……『助けて!』」
 やけになって叫んだぼくの『助けて!』は予想以上に広間を反響して、ぼくのもとに返ってきた。さっと顔が赤くなる。
 けれど、実際テンはすぐに聞きつけてくれて、戻ってきた。
「どうしたんだ吉次、情けないなぁ。ドッコラー、引っ張ってやれ」
「……ありがとう」
 床穴に角材で橋をわたし、その上からドッコラーに引っ張り上げられながら、案の定腹を抱えて笑うテンを睨みつけた。
「どんくさいお前のことだから仕方ないさ。それより面白いものを見つけたんだ、こっち来てみろよ! ほらあれだ」
 テンが指をさしたのは、大きな石柱が何本も横たわる広間に入った時だった。あちこちに散らばるがれきの中に、煤けた青い巨像がどっしりと置かれている。何千年も昔に作られたもののようで、ところどころ色が落ちていたり欠けている部分もある。
「なんだこれ、はは、変なカオだなぁ!」
「ちょっと、やめなよ……」
 容赦なく蹴ったり叩いたりするテンを横目で見ながら、帰りたい気持ちでいっぱいだった。だから、なんとなく辺りを見回した時に像の目が光ったように見えたのは、間違いじゃなかった。
 鈍い振動を響かせながら像が動いたのと、ドッコラーが臨戦態勢に入ったのがほぼ同時だった。
「ギギギ……」
「こいつ動くぞ! ポケモンだったのか!」
 うろたえるテンの目の前で、青の巨像は完全に目覚めてしまったようだった。収納されていた両足が生えてきて、全長は僕より背の高いテンのゆうに2倍はある。
「テン、これはまずいって! 逃げよう!!」
「うるさい、泣き虫吉次は引っ込んでな! おれ様が華麗にゲットして見せるぜ! ドッコラー、『けたぐり』っ!!」
 技の指示を聞いたドッコラーが、巨像の足もとを狙う。これだけの巨体なんだ、確かに転ばせれば起き上るのは難しだろう。
 けれど。
 勢いよく振りかぶった角材は、巨像の足に当たることなく、空を切った。勢い余ったドッコラーは前のめりになり、「なうっ」と情けない鳴き声とともに転んでしまった。
「効かない!? なら『はたく』だ!」
 空中にジャンプしたまま、顔のような部分に思いっきり平手を喰らわせた、はずだった。しかしこの技も、まるで手ごたえがない。蜃気楼を相手に戦っているみたいだった。
 巨像が動いた。怪しい影を纏わせた大きな拳が、空中でバランスを失ったドッコラーを狙う。小さな断末魔とともに、その小さな体が吹き飛ばされた。格の違いは歴然だ。かないっこない。
「あ、あああー……」
「早く逃げるよ! ボールにポケモンをしまって、ほら早く立って! 今度はぼくらが狙われちゃう!」
 ドッコラーを一撃で吹き飛ばした巨像の標的がこっちに回ってくる前に、一刻も早く塔から逃げ出すしかない。狙われたら最後、ぼくたちも同じように紙切れみたいに吹き飛ばされてしまうだろう。 
 一足早く駆け出して、すぐに後ろを振り返った。テンはまだ地面に座ったままだ。
「おい、どうしたんだよっ!!」
「だめだ、う、動けねぇよぅ」
 テンの弱った姿を見るのは、これが初めてかもしれなかった。きっと腰が抜けて動けないんだ。まずい、こんなときにテンが狙われたら、よけることもできないじゃないか。
 像のいびつな黄色い目が、しっかりとテンをとらえた。ぐぐ、と重い拳が引き上げられ、力の抜けたテンに狙いを定める。
 また、首筋に冷たいものが吹きつけた。
 今すぐにでも逃げ出したい。けど、テンを助けなくちゃ。正反対の気持ちがぼくの中で混ざり合って、決着がつかないでいた。
 ――ほら、勇気を出すんだ!
 けれど、体は勝手に動いていた。へたり込んだテンのもとに駆け寄り、その太い両腕を羽交い絞めにして後ろに引っ張る。
「しっかりするんだ、このままじゃやられちゃうぞ!」
「あ、あうぅ……」
 体重の重いテンの体を引きずるのはそう簡単にはいかない。そうこうしているうちに、またあの暗い影を纏った一撃が振り下ろされる。直撃だ。テンにしがみついたまま、ぎゅっと目を閉じる。
 どぉん! と鈍い音が鳴って、光が飛び散った。おそるおそる薄目を開けると、拳は空中で止まっていて、それは見えない壁に遮られているようだった。光でできた防御壁がぼくたちを守ってくれたんだ。
 ――よくやったよ吉次! それでこそボクの選んだパートナーだ!
「きみが、助けてくれたの? きみはいったい……うわっ!?」
 パンチが通らないとわかったのか、巨像は大きな足で地面を踏み鳴らし、その振動で辺り構わず攻撃してきた。塔はただでさえもろい。大きな振動が伝わるだけで、上の階から瓦礫が落ちてくる。いまだぼけっとしているテンを無理やり立たせ、入り口に向かってせき立てた。
 二撃目の振動が来る。身構えたぼくの眼に映った光景は、たぶん一生忘れることができないと思う。
 巨像が足を踏み込むまさにその瞬間、地面から一瞬にして成長した氷の塊が、巨像を取り囲んで氷漬けにしてしまったんだ。そしてそれは、ぼくの見たことがある形だった。一点の曇りもない六角形の氷の花が、ぼくの勇気を湛えてくれるように、誇らしげに咲いていた。ぼくの友だちの、真実の姿だった。
 ――いまだ、言っちゃいなよ。
「……そうだね」
 震える足で立ち上がったテンに向かって、きっぱりとした声でぼくは言った。
「テン、ぼくと友達になってよ。いつもみたいに嫌がらせはしないで、一緒に遊ぼう?」
「お、おう、よろしく。……今まで嫌なことばっかして、ごめん!! おれ、友達いなかったからさ、どうすればいいのかわからなくって……!!」
「いいってば、もう」
『よくやった!』
 手を差し出せばぎゅっと握り返してくれた。それはぼくが初めてポケモンを捕まえた時のように暖かかった。

 さびれたホームをぼんやりとした瓦斯燈の光が照らす。時刻はもうすぐ12時、最終列車を待つ人影はぼくだけだ。ぶかぶかのコートのポケットに手を突っ込んだまま、ぼくは口をつぐんで下を向いていた。
「あれからもう1年、か」
 つぶやいた小さな声に応えるように、山あいからだんだんと大きくなる光の玉が見えた。 汽車が、甲高い汽笛を鳴らしながらホームに入る。重い巨体を鳴らして停止すると、熱い蒸気を吐き出すようにくすんだ青の扉を開いた。
 3号車の1番乗車口。去年と全く変わらないドアの向こうに、父さんはいた。まるで昨日も会っていた友人に手を振るような、晴れた笑顔。
「迎えに来てくれたんだね吉次、ありがとう。よぅし、家に帰ったらあったかいものを作ってやろう」
 1年前と変わらない、ごつごつした岩みたいな手が、僕の頭を乱暴に撫でた。温かかった。「さ、お家に帰ろう」
 僕を包み込んでくれていた大きな手が、そっと差し出される。
 はらり、と。求めるように出した掌に、冷たい何かが沁みこんだ。雪だ。
 ――言うなら、今しかないよ。
 耳元で聞こえた声に、ぼくは力強く頷き返した。宙に浮いた手をそのまま握り込んで拳を作る。
「父さんッ!!」
 驚いた父親が顔を覗きこむ。それは、初めて聞いた息子の声にちがいない。普段は黙って言うことを聞いていたぼくが、初めて声を荒げたのだ。
「僕、これから旅に出ようと思うんだ!! もう父さんに縛られないで、自分のやりたいことをやってみたい!! 自分の限界を試してみたいんだ!! まずはジムを巡って、強くなって見せるよ。もうパートナーも――いるしね! こんなやり方ずるいと思うけど……許してください!!」
 呆気にとられている父親の目の前を駆け抜け、今さっき父親が下りてきた列車に滑り込む。発車のベルが鳴り終わり、扉が音を立ててしまった。ゆっくりと滑り出した汽車の中から、慌てる父さんの姿がよく見える。
「……ふぅ、これで、いいんだよね、うん」
『そうだよ、きみは大人への第一歩を踏み出したんだ!』
 自然と笑みがこぼれた。なぜか涙も一緒にこぼれていた。そして、その複雑で温かい気持ちが、どうしようもなく心地よかった。
 手の中にはずっしりと重いモンスターボール。それはポケモントレーナーとしての証明だ。その小さな球は父親の掌のようにぽかぽかと暖かかった。
『ふふ、ボクの役目も、今日でおしまいかな』
 そう、しっかりと呟いて。直径3cmほどのフリージオが、温かい室内の気温に溶けて消えた。

 少年は今宵、10歳の誕生日を迎える。それは、この世界の少年少女たちが、パートナーとなるポケモンを連れて、そろって旅に出る年頃だ。



あとがき


 フリージオは私がブラックをプレイしたときのパートナーでした。ネジ山で迷って進めなくなっていた時にふらりと現れた彼(?)。そのとき疲れていたからでしょうか、それほど好きなデザインではなかったのにいつの間にか手持ちに加わり殿堂入りしていました。今ではすっかりそのフォルムにメロメロ(?)です。
 最後、吉次は声の正体に気づいたのでしょうか。賢い吉次ならそれがフリージオの声だとわかるはずです。でもきっと、それを確かめるようなことはしないでしょう。秘密は自分の心の中にしまっておいて、勇気がないとき――たとえばポケモンリーグの門のなかに足を踏み入れるとき、そっと取り出します。ポケモンと親しんでいる子はみんな、そんな不思議な体験をしているものです。



ひとこと感想を貰えるとうれしいです。

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Last-modified: 2015-03-21 (土) 23:47:05
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