Writer:Lem
この作品には人×ポケモン 流血表現等が含まれます。
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事の始まりが何であったのかは解らない。
何に起因し、何に帰属するかも定かではない。
僕はただそこに居合わせてしまっただけのちっぽけな人間だ。
そんなつもりは無かったのに気付けば彼女に巻き込まれていたと、僕はそう書き綴るしかない。
或いは幻惑を見せられているのかもしれないし、幻想に魅せられているのかもしれない。
だが我が身に触れる温もりと鼓動と息吹は確かな現実としてそこにある。
突如として芽生えたこの感情を、愛と読んでいいのかは解らない。
僕は常に独りで生きてきた。
それまでの人生に他者との繋がりが無かった訳では無いけれど。
どれ程に近付いても近付こうとも、銀砂は他者の掌の至る隙間から零れ落ちていく。落ちる砂を第二の掌が、三の掌が、交互にそれを掬い上げようとしても、僕は何も無い様にただただそれを通り抜けていく。
そして過ぎ去った声はもう僕の耳に届かない。
決して一所に留まる事は出来ない。
何処までも落ちていき、何時までも堕ちていく僕は、終りの先ですら流転するのかもしれなかった。
永劫に続く彷徨いは、僕の周りから意味を奪い、意義を熔かした。
――孤高だね――
唯一頭の中に残るその言葉も、誰の言葉であったのか。
名も、顔も、形を留めていない。
記憶までもが流れ落ちていた。
印象を残す程の言葉ならば、恐らくは僕の一生の中で長く深く繋がって居られた存在に在るのだろう。
だがそれすらも確かなものとして定着し得なかった。
俗世を離れて幾許の時が過ぎたのか。
数年か。数十年か。
それとも僕だけを残して人類は絶えたか。
それはあまりにも曲論的で極論な解答だが、現状の僕を取り巻く環境はそういう解釈に至っても不思議ではない。
人恋しかった――のだろうか。
人は群れる生物で、社会を伴わねば存在を確立できないちっぽけな欠片だ。
その規則性に疎外を感じ、外れてしまった僕は既にそういう存在ではないのかもしれないのに。
悠久が流れるにつれ、個の有無の怖れは徐々に膨らみ続け、最悪僕の終りは狂いに狂って死んでいく未来なのかもしれなかった。
人は独りでは生きられぬ。
僕も又、そうした存在で。
まだ、そういう
だからこそ、彼女を見捨てて置けなかった。
例えそれが人ではなくとも。
呻く彼女を取り巻く野生の群れは、新たな息吹の訪れすら無関心で己の欲求を満たそうとする個ばかりだった。
生きるか死ぬか。喰うか喰われるか。
非常にシンプルでいい。
人の世界はあまりにも複雑であらゆる害悪に満ち溢れすぎる。
自分も又その野生に含まれる存在だと自覚してはいるが、彼等はそうはいかない。
人は僕を野生の獣と捉え、獣は僕を人と捉える。
実に、滑稽な事だ。
突き刺す視線を物ともせず、彼等に構う事無く、僕は彼女を抱え上げた。
全身を包む灰色の毛並。染色の朱を思わせる長い赤髪は全体に行渡らず、毛先や途中までの色素が抜け落ちている。
頭部の輪郭は狐に酷似するものの、それ以外の身は人間の形に近い。恐らくは二足歩行が可能な生体だろうそれは立たせれば自分の身の丈に迫る程に大きい。
自身の体格が巨漢で無ければこうして彼女を抱える事は疎か、運ぶ事自体が徒労に終りそうだった。
所々が罅割れた手足の朱爪、目元や口端は歌舞伎の如き隈取の形を見せるが、端整であろう毛並は彼女の涎と泡で崩れ、その侵食は闇に溶け込む胸元にまで伸びている。
そして何より目を引くは――彼女の腹部の膨らみ。
素人目から見ても懐胎していると判別できる。
そんな彼女を狙わない理由等、彼等野生の世界に置いては何一つも無い。
運が悪かった。それだけでしかない。
そう、彼女は運が悪かった。
彼らにではなく、僕如きに、人間に命を運ばれている。
野生の規則から外されようとしている。
それを思えば僕は助けない方が一番だった。
それを理解できないのが、僕が未だ人で在る証だった。
鬱蒼と生い茂る森林を潜る先に僕の寝床がある。
その場には不揃いな、丸太で造られたログハウスも周囲を木々に囲まれれば自然の一部に変わる。
何時からそこにあるのかは分からず、数年前から僕はそこに住み着いている。もし本来の家主がこの地を訪れたならば、僕を発見次第不法侵入也何なりと人の規則を叩き付けるのだろう。
最悪俗世に連れ戻されては、彼等の手で処断されるかもしれない。
それならそれも良いだろうと、僕は考えなしに勝手にそこを借り入れているのだが、そんな出来事は記憶が確かであれば一度も起きていない。
家主にさえ存在を認知されないその空間は、幻想や夢の世界に順ずる土地でしかないのだろう。
幻想も夢も持たない僕が、そんな家に居つくとは何処か皮肉めいた魂運びを感じずには居られない。
中にある粗末なベッドの上に彼女を下ろし、数分程様子を眺めた。
時折こちらを警戒する様な視線を投げ掛けるものの、陣痛が彼女を襲う度に中断を余儀なくされていく。
呻く声が室内を反響して何倍にも数倍にも大きく聞こえる。
こういう時に分娩の知識があれば適切な処置を施せるのだが、何分それは人の子に対してであり、彼女は獣だ。
形姿がどれ程近かろうが、同じ手法が役立つかどうか疑問であるばかりか、処置に必要な環境ですら整ってもいない。
とどのつまり僕は傍に居てやる事でしか、一時的であれ彼女を護るものとして、その場に居合わせるだけの事しかできない。
呻き声が一段高くなる。それにつれて陣痛にもがく彼女の双爪が周囲の物を手当たり次第に切り裂く。
シーツが裂け、木壁が抉れ、残骸が彼女の脱毛とともに空中に散布する。
傍に居れば僕も切り刻まれ、最悪致命傷を負うかもしれない現状を想定しながら。
僕は先の事も後の事も構うものかと、振り乱れる彼女の腕を手を掴んでは強く握り締める。その力に呼応する様に彼女も又、それ以上の力を以って僕を握り返す。
死の間際に立たされた生物は時として思いよらぬ異能を発するというが、今の彼女は正にその異能を、制御もできず振り回されている。
不憫だと思うのは僕が人だからなのか、彼女が獣だからなのか。
或いはこの運命に居合わせた結末なのか。
双手を握る事が功を成したか、多少の鎮まりを見せる反面、僕の手の方は鬱血しているのだろう青黒さが徐々に腕を侵食していた。
その流れを感じる度に弄う心情が、視認できない黒色が心中を蝕んでいく。
このまま堪え続けても僕自身はどうでもいいが、彼女もとい母子だけは無事を手繰り寄せなくてはならない。
その為にはどうすればいいのか、逸る気持ちを横に意思を巡らせた。
だが巡らせる時間は少なく、彼女が臨界点に触れて大きく身体を跳ね上げる。
白紙の頭で僕は無意識に空いている手で自らの上着を引き千切り捨てた。続いてジーンズの留め金とチャックを乱暴に外し、下着ごと両脚を使って脱ぎ捨てる。
繋いだ手をそのままに僕はベッドの隙間へ潜り込み、彼女の身体を押し潰さない様気遣った上で、都合の良い位置を手探る。
ここだと思う掌の感触は破水によってか湿り気を帯びていた。
やや膝を立たせた胡坐を組み、そこに彼女の両脚を跨がせ、繋ぎ手を力強く引きながら彼女の腰に空手を回し抱く。
重力を縦に感じながら彼女は力無く顔を僕の肩に乗せ、彼女の空手が僕の背に回される。
互いに抱き合うその光景は宛ら淫靡な雰囲気で妖しさに塗れていた。
下腹部を濡らす感覚はあまりにも熱く、熱湯を注がれたのではないかと錯覚してしまう。呼吸の僅かな動きに入り込む外気が瞬間的な冷えを齎し、再び強烈な感覚が降り注いでくる。
よもや下腹部が溶け出すばかりか、既に原型も留めず、痛覚すら残らないのではないかと思われた。
上部では彼女の頭髪が顔を埋め、野性的な臭いに混じる牝独特の香りと、室内に満ちる生臭い臭いに僅かに雑じる血の匂いが鼻腔を浸していく。
良いか、悪いか。
そんな区別も無意味に映る上、場の流れに当てられてか自身の身体が変調をきたしているのに気付く。
――欲情している――
それも獣に対して、だ。
長いこと人の温もりを忘れたとはいえ、ここまで堕ちるとはあまりにも滑稽どころか愚心極まりない。
勿論僕にそんな気はない。だが身体は正直だ。愚直なまでに本能に忠実だ。仕方が無い事だと割り切るしかなかった。
既に天を仰ぐ剛直も不味い事に彼女の“ほと”を猫撫でている。少しでも彼女の体重を下ろせば容易くそれは飲み込まれてしまうだろう。
その変化に彼女も気付いたのか、呻き声とも唸り声とも取れる抗議を歯を剥き出しに僕をねめつける。
言葉が通じればいいのだが、果たして通じるのかどうか。「大丈夫だ、何もしない」等と一応囁いてみても彼女の不審は一層強まる一方だった。
仕方なく僕は何も語らず、ただただ彼女の双眸を見つめる。透明感のある空色に僕の顔が映り、そこに映る僕の眼に彼女が見える。
どの獣にも共通する反応があり、その内の一つには“見られる事を嫌う”というものがある。
多くの獣はそれを敵意のある示しとして捉え、闘争或いは逃走に備えて警戒する。
例外もあるにはあろうが、今この時にその例外が起きるかどうか、僕自身も確信は持っていない。
では何故その様な行為を続けるのかを語れば、僕が人だからと言う外に無い。僕自身が人を捨てたくとも、僕が成す結果は人のそれに順ずるものなのだ。
何をしようが何をしまいが、僕は人間でしかないのだから。
唐突に終わりを告げたのは彼女の方からだった。
視線を逸らすだけでなく、元居た肩の上に顔を乗せ、荒い呼吸を繰り返しながら身体を揺らしている。
僕もそれ以上は問わず、背に回した手を彼女の命ごと押し潰さない程度に、気持ち分だけ締め直す。
次第にずり落ちてくる彼女の内に、介入しない為にも。
それでも触れる箇所が合わされる度、理性が飛びそうになる。
片や彼女もそれを拒もうと僕の背に爪を食い込ませる。既に何箇所か肉が裂け、垂れる血が僕の背をなぞっていくのが分かる。誰とも知れぬ者からの指でなぞられている様で若干むず痒い。
だがその気概が彼女にとって返って良い結果を運んだのかもしれない。
陣痛がどれ程の物か、男の僕には想像がつかないが死に関わるものだということは分かる。
僕の母親は立派に戦い、僕を遺して世を去った。
死との交換は等価ではないのに、独りを結論付けられる者もいる。
彼女は、そう在って欲しくない。
母子共々元居た世界へと帰って欲しい。
それは僕が願う決して叶わない
突如に彼女が大きく嘶いた。同時に背中に突き刺さる彼女の爪も、是までにない程に深く突き刺さしていくのを、痛みを共有して僕等は新たな命の訪れを待った。
剛直が触れた。
彼女のではない。彼女から迫り出される彼女の分身とも言うべき頭部が、僕を押し出していきながら、徐々に引力に惹かれている。
下腹部も背中も、絡み合う手も全てが痛い。
痛い――が。
長らく忘れていた、感覚に僕は辿り着く。
――痛いから生きていられるのだ――と。
びちゃり、と一際大きく水音がはねた。
生まれた、と解った。
ずるり、と押し潰された剛直から赤子が滑り落ちていく。重力の負荷から開放された剛直が勢い良くぶるん、と天を打つ。
それが、不味い事だった。
本懐を遂げた彼女は力無く僕に垂れ、全身を支えていた気力もぷつりと途切れ、そのまま僕を、呑み込んだ。
それまで感じていた全身への痛みが、それだけで快楽に激変した。
獣の咆哮が僕の腹中から室内へと響き渡るが、そんな苦鳴をあげていることも僕には解らなかった。
ほんの一槍で僕は果て、溜まりに溜まった欲望の塊が彼女の内へ注がれていく。
悠久にも永遠にも感じられる程、長い間僕は彼女の中を彷徨った。よもや死ぬまで終らない様な気さえした。
甘く広がる苦痛が徐々に確かな痛覚を訴え始める前に、僕の意識はそこで事切れた。
事切れる瞬間、膝下に在る子が息吹き、わんわんと鳴り響く僕の耳を、頭を、通り抜け――
幼子達が騒ぐ声があちこちで飛び交っている。
ある子はブランコを懸命に漕ぎ、重力に逆らっては落ちていく感覚を楽しみながら。
ある子はグローブジャングルをこれも懸命に回しては飛び乗り、中に待機している子等と交替して重力を回っている。
ある子は砂場でよく解らない建物を造る子も居れば、トンネルや泥団子、泥人形を作る子も。
それらを見守る母親や父親の中、僕は遠く離れたベンチから全体を眺めていた。
皆が皆、思い思いに行動していく様が、一挙手一投足が愛おしく感じて、自然と笑みがまろびでる。
次第に日が落ちていき、世界が段階的に茜色に染められていく。
一人消えて、二人消えて、数人消えて。
最後に残った砂場の子は物足りなく身体を左右に揺らしつつ、ベンチに座る僕の下へ走り寄ってきた。
「また明日な」と宥めてから、僕は傍らの女性の人間に視線を移す。
幼子を抱きかかえ、僕は彼女に手を差し出し、笑みを零して一言を呟く。
夕日が二つの影を縦長に伸ばし、ゆらゆらと揺れる。
影が山下に飲み込まれる瞬間、傍らの影が大きく飛び跳ね、長い髪を優雅に揺らしながら自らの影と繋がったが。
既に影は山陰に呑まれ、影を造る親子の姿も見えなくなっていた。
後書
今朝夢を見ました。
それは短い間隔でしたが作品同様、妊婦ゾロアークを介助するという妙ちくりんな夢でした。
いつぞやに見た某作品の再来だこれー!と思い筆を執る事5時間後、完成しました。なんてテンションだ。
相変わらず短編だけは早く終れるのが素敵ですね。長編とかだれちゃう。垂れんとらっちゃう。
そして本妻であるレントラーに申し訳ない気持ちで一杯です。
許せとはいわぬ。せめて俺の屍を超えていけ……。
短編ですしキャラ紹介不要ですよね。
書いてくれ!って反応があったら追記するかもしれませんが。
其れでは山へ帰ります。皆様さようなら御機嫌様。
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