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沈黙のある風景

/沈黙のある風景

はじめに。 



本駄文は非エロ作であり、グロテスクな表現や暴力表現などは一切ありません。
ですが、日本語が崩壊しており、なおかつ上手く遂行できていない、まさに駄文であります。
それでも、よろしい方は、どうぞ気を確り持って先にすすんでください。




 僕は絶句した。元々、話す事は苦手だけど、こんなに緊張したのは久しぶりだった。
 最近はご主人と一緒に家の中で過ごすことが多く、外にも出ず、ご主人以外の他人と話していなかったというのも、大きな要因なのかも知れない。ともかく、同居することになったルカリオに対してどう接していいのか分からなかった。
 それだけではない。目の前にいるルカリオは、とても魅力的なのだ。
 彼女が女の仔として、かわいいだとか、きれいだとか、そういうことじゃない。人やポケモンを迷わしてしまうような、不思議な力を持っていたように思う。
 僕は出会った初日だというのに、そんなことを感じ取ってしまった。
  
 バラ色をした目は、空っぽで……。空っぽのはずなのに、見えないほど奥には小さな炎が宿っているように見える。それは希望に満ち溢れ新しい生活に期待しているようなものではなく、風が吹けばさっと消えてしまいそうなほど、弱い炎だった。何かに諦観しているようだった。
 彼女を見つめていると照れているのかうつむき、ガラス細工のように透けた頬はほんのりと紅色に染まる。
 
 僕は、何か悪いことをしたように思えてきて、ルカリオの隣にいるご主人の顔色を伺った。
 悪いことをしたはずなのに、ご主人は微笑んでいた。
 胸が締め付けられるように痛くなって、なんだか不思議な気持ちになった。そっぽを向かれるようなことをしたのに、ご主人にも非難されず、むしろ楽しまれている様子。ともかく、僕も訳が分からなくなって顔を背けた。
 会話できるような状態じゃなかった。そんな余裕もなかった。

 ただ、この悪い場の雰囲気をご主人が何とかしてくれるだろうという期待だけを持って、ルカリオに話しかけてみた。
 いや、そんなことは口実で、僕はルカリオに興味を持っていた。
「ルカリオのこと、なんて呼べばいいかな? 名前とかさ……。僕はウインディだから、ウインでいいよ。ご主人だってそう呼んでるし……」
 その言葉を聞いて、ルカリオは顔を上げる。まだ頬は紅色で、無理に僕を見ているような気がした。
 バラ色の目が悲鳴を上げてるように見えた。

「ウインディがウインなら、私はルカリかな? それとも、ルカ? どっちにしても私は貴方のこと、ウインディって呼ぶけどね。今日、会ったばっかりで馴れ馴れしくするのは、ちょっと……」

 ウインディって呼ばれるのも、ルカリオって呼ぶのも他人行儀で嫌だった。同じ家で暮らすから、仲良くしたいとも思っていたし。
 だけど、ルカリオが僕のことをウインディって呼ぶのなら、僕も彼女に合わせたほうがいいと思う。嫌だけど、きられるのはもっと嫌だから。
 仕方は無い。頭の中では分かっていても、心が傷ついた。
 
 それから、僕はルカリオに話掛けるのをやめた。何か苦しいものが喉元に詰まっていた。
 
 訪れたのは沈黙だった。
 とても長くて、間の悪い、しーんとした時間。
 僕も、ルカリオも、ご主人でさえも凍り付いてしまい、表情ひとつ変えない……。変えられない。
 僕は人形になって、ルカリオはガラス細工のように濁りのない青色で、ご主人は会話の出来ない二人に呆れているようだった。
 目がご主人とルカリオの間をなんども行き来して、終いには何を見たいのか、ここで何をしてたのか、これから何をするのか、さっぱり分からなくなってしまった。混乱していた。
 そうしているうちに、身体が熱くなってくる。
 特に顔が一番熱い。
 とても奇妙だった。三人の息遣いが聞こえるくらい静かな中で、何もかもが冷たい中で、僕は紅潮しているようだった。
 ゆっくりと自分の中で恥ずかしさだけが成長していく。
 自信がなくなって、だんだんと嫌になってくる。
 ついには、この場から逃げ出したくなってくる。まるでルカリオに一目惚れでもしたのかと感じてしまうくらい。
 そう思うと、もっと熱くなる。

 ――悪循環が続く。

 しだいに、自分の顔を見られたくなくなった。自分は今どんな顔をして、ルカリオを見ているのだろう。
 真っ赤にして、不安でいっぱいになって……。
 僕はうつむき、心だけで逃げだした――

「二人とも、仲が良いのは結構だけど、そろそろお部屋に移ってくれないかな? 私は眠くて、眠くて……」
 ご主人は大きなあくびをする。時計を見るともう、11時を回っていた。全く実感がないのだけど、集中すると時間が早く感じてしまうのは僕だけじゃないはず。
 
 とにかく、あくびをしながらご主人は、僕とルカリオの寝る部屋について話していた。
 僕の部屋か、ご主人の部屋か。選択肢はその二つ。二択ならすぐに決まりそうな気もするけど、なかなか上手く行かない。ご主人は、僕とルカリオが同じ部屋で寝てほしいみたいだ。
 そっちのほうが、早く仲良くなれるし、話しやすくなるだろう、と……。

 だけど僕は嫌だった。少しの間だけ一緒にいるのは良いけど、ずっとは嫌だった。息の抜ける時間が無くなってしまう。この短期間でさえ、緊張でおかしくなったのにずっと一緒なんて考えられなかった。
 でも、本当は一緒でもよかった。ただ、不安だった。嫌われはしないか、自分の形を保てれるのか、不安だった。
 だから、僕は何度も、ご主人とルカリオが一緒の部屋を使ってほしいと言い続けた……。

 言い続けたけど、結局、ルカリオと同じ部屋を使うことになった。
 本当は嫌だった。
 嫌だったけど、不意に目が合うと。ルカリオは僕以上に不安そうだった。
 バラ色の目は霜が降りているようで、今にも枯れてしまいそうだった。ガラスのように透けた肌には色がない。本当に透明になっていて……、見ているこっちが心配してしまうほど。今にも泣き出しそうなくらいの彼女を見てしまえば、「同じ部屋なんか嫌だ」とは言い続けられない。

 僕はずっとこの家にいるけれど、ルカリオにとっては見ず知らずの場所なんだから、ポケモンの友達を作ったほうが良い……ってご主人は思ってたのかも知れない。そんな当たり前のことに、ようやく気付くことが出来た。
 だけど気付くのが少し遅かった。

   *   *

 僕の部屋は狭い。何せ僕は人間じゃない。ポケモンだから、粗末な屋根裏部屋を使わせてもらっている。昔はご主人と一緒に寝ていたのに、いつからか別々の部屋で寝るようになり、今ではそれが当たり前になっていた。
 ポケモンと人間。種が違っても男女ということなのだろうか? でもそれなら、種の同じ僕とルカリオはなぜ同じ部屋なのか気になった。
 やっぱりご主人が僕しかポケモンを持っていないからかも知れない。だから、仕方なく……。それも少しおかしい気がするけど。

 部屋はとても狭くて、二人で使うには不自由だった。僕の部屋からは星が見えた。だから、僕はいつも星を眺める。 
 でも、今日はルカリオを眺めていた。
 見れば見るほど、吸い込まれていきそうで……。
 真っ暗な部屋に差し込んだ月明りが、透明な身体を鮮やかにさせる。
 会話はなかった。話しかけようとするたびに、言葉が喉と口の間でせき止められ、胃のほうへと逆流してしまう。
 僕とルカリオは律儀にも座っていた。
 本当にこの場所で眠れるのかという不安が頭をよぎる。布団はひとつしかないから、必然的に風邪を引く。
 そんなことより、女の仔と一緒に寝ること自体ありえない。僕だって男なのだから……。
 僕は首を何度も降った。

 首を振るたびにルカリオのほうに目が向いてしまい、複雑な気持ちになる。なんで、僕はここまで掻き乱されてるのだろう。
 やっぱり、ルカリオに惚れてしまったのか。だから、こんな気分になるのだろうか。

「布団、ひとつしかないけど……。どうしようか?」
 何を聞いてるんだろう。僕が部屋の隅で寝て、ルカリオが布団で眠ればすべて解決するのに、分かりきっていることなのに。
 そして、話してからとても後悔した。これでは、僕が誘ってるみたいじゃないか。
 だけど、言葉を取り消すなんてことは出来なくて……。僕は唖然としてしまう。

 ゆっくりと流れる時間に逆らうことも出来ず、水晶玉のように透き通った身体は全く動かない。
 
 ――空気が悪い。
 
 それからしばらく、話掛けれなかった。きっと僕は意識していた、と思う。しすぎなのかも知れない。
 きっと、ルカリオだって一緒に寝たいなんて思ってないだろう。さっきの口ぶりからすると、まず間違いはない。いや、そういう問題じゃない。同じ部屋に、年頃の男女が、二人っきりで居ること自体間違ってる。しかも夜が更けた頃、普段ならとっくに寝ている時間。
 悪いことばかりだ。
 ともかく、逃げよう。
 ルカリオから……。この部屋から逃げて楽になろう。

 思い立ったら早かった。無言になる前の言葉に少しだけ、付け加えればいい。
 僕はなにも考えなかった。
「僕は少し外に行くから、ルカリオはその布団で寝ると良いよ」
「そう、散歩なら付き合おうか?」
 
 予想外な一言。ルカリオは僕を逃がしてはくれないらしい。いや、そんなつもりはないのかも知れないけど、現に逃げれなくなっている。僕は答えに迷う。素直に一人になりたいというのか、それとも我慢して一緒に散歩でもするのか……。
 月は雲に隠れてしまったのか、部屋の中が真っ暗になる。その中でルカリオの息遣いが聞こえると、僕の心臓は激しくリズムを刻みはじめる。そうすると、しだいに呼吸が苦しくなって、頭が茹だってしまいそうになる。いや、茹だってしまった。
 冷静な自分と、恐怖に駆られた自分と、汚れた自分がせめぎ合っていた。

「いや、一人のほうがいいかな。それにルカリオだってさっき言ったでしょ? 初めて会ったのに、馴れ馴れしくしたくないって……」
 もう、彼女の表情は読み取れない。バラのような瞳も、透き通ったからだも、何もかもが暗がりの中に吸い込まれていて、僕自身も消えてしまいそうなほど。
 彼女は黙っていた。
 自然に会話が途切れた。
 僕は最低だ。さっきルカリオに言われて傷ついたはずなのに、嫌だったはずなのに。
 なのに、同じ言葉を掛けている。使っている。傷つけている。

「そう。ごめんね、私なんか、来ちゃってさ……。邪魔しないから、行ってくるといいよ」

 ここには、居られない……。そう思って部屋を出た。
 中と外では雰囲気が全く違い、束の間の安堵を得た。しかし、この散歩の口実が使えるのも今日までかな。毎日、外で時間を潰していたら身が持たない……。そう考えると、寝る場所の確保は死活問題だった。

 落胆のようなものを引きつれ、僕は玄関へと向かう。
 途中でご主人とすれ違ったが、お互い無言だった。
 でも、こうなっても仕方ないじゃないか。一緒に寝る相手が女の仔じゃ、こうするしかない。
 ドアを開けると、冷たい空気が一気に流れ込む。月ですら雲に隠れてしまっていて、外は薄暗かった。だけど、僕は迷わない。行く場所はさっき決めた。ここは田舎だから、行く場所なんて多くない。
 
 そう、ここは田舎だった。深夜まで灯りの付いているビル街も、コンビニの前で座り込んでいる目障りな学生もない。あるのは、草原と森と、でっかい運河に、小さな民家だけ。とても静かなところだけど、悪くはない。夏になれば、木の香りが風とともに流れてきて、冬になれば、波の音が遠くから聞こえてくる。住んでる人はみんな優しくて、ポケモンだからという理由で差別したりしない。確かに、何もない所かも知らないけれど、都会にはない何かがある。だから田舎でも悪くはない。
 
 僕の行く場所は、いつも海辺だった。コンクリートで固められ、自然なままの海とは言えないけれど、僕にとっては十分だった。
 行ったり来たりする水の音さえ聞けれたら、それで満足だった。

 見上げるとさっきの雲は消え、満天の星空。都会では絶対に見られない、田舎だけの宝物があった。潮騒を聞きながら、夜空の宝石を見つめる。何もかもを忘れさしてくれる、とても貴重な時間だ。特に今は、何もかもを忘れてしまいたいから、本当にありがたい。
 嫌なことなんかすぐに消えてなくなってしまいそうだ。だけど、今日は簡単には消えてくれないようだ。
 頭の中では、まだルカリオの事が気になっている。気になっているのは嫌っているからか、それとも意識しているからか……。 
 ともかく、女の仔と同じ部屋で寝るのは何より嫌だった。
 いや、女の仔が嫌って言う訳じゃない。別にどうでもいい相手なら、何も思わない。元はそういう生活をしていたのだから。
 でも、ルカリオは別だ。
 彼女と居たくないんだ。
 彼女といると……一緒だと……焼けた鉄を踏みそうになるんだ。

 だけど、ルカリオにとってはどうなのだろう。一人だと気が楽でいいのだろうか。いや、そんなはずはない。初めて来た場所に一人でいても不安なだけだろう。
 じゃあ、なんで僕は外なんかに来たんだろう。 
 なぜルカリオから逃げ出してしまったのだろう。一緒に居たほうが嫌われずに済んだのかもしれない。でも、一緒に居たら絶対に……。
 それでも、逃げるんじゃなかった。もっと、ルカリオのこと、考えるべきだった。

   *   * 
 
 波の音が聞こえる。世界の果てから来た塩水が、ゆっくりとコンクリートブロックに当たって砕ける音。ときには大きな波が来て、僕の身体は水滴で濡れる。なにもかもが冷えているから、ほんの少しの水でも痛いほど。遠くのほうでは海鳥たちが鳴いている。早い朝食の準備でもしてるらしい。
 僕は重たい身体を起こす。同時に、頭に鈍痛が走る。目の前はまだ暗くて、地平線の向こうでさえ太陽の気配を感じることは出来なかった。よく寝ていた。おかげで身体が硬直してしまうくらい冷えている。足元がふらつく。熱はない見たいだけど、寒さにやられてるみたいだ。

 ともかく、あと少しだけ時間を潰さないといけないだろう。まだ日が昇っていないのだから、ルカリオが起きているわけもない。彼女が寝ていたら、今日の野宿は意味がない。何をするか分からない。
 かと言って、時間を潰す場所も、寒さから逃げられる場所もない。つまり、寒いのは我慢するしかないということだ。だけど、このままだと身体が冷えすぎてはいけない。実際、もう我慢できないほどに身体は冷えているのだから……。
 厳しいところだった。このまま家に帰ってしまえば努力の意味がなく、家に帰らなければ風邪を引く。
 頭の中では解決していた。
 ――家に帰ってしまえばいい。帰ってご主人の部屋にいるか……、自分の部屋にさえ戻らなければいい。
 だけど、それをするとルカリオはどう思うか。簡単だ、自分が嫌われていると思うに違いない。そうすると、家に居れなくなってしまう。きっと彼女は出て行くだろう。あの目を見れば分かる。期待なんか微塵もない、枯れてしまったバラのような……、まるで世界を知り尽くしていて、自分の存在は要らないんだと言わんばかりの冷たくて、…………でも誰かに好かれたいという目。現実では誰も自分のことを見てくれず、助けてくれず、嘲笑うのだと知っているような目。
 僕が逃げれば彼女の居場所がなくなってしまう。
 それまで考えてしまうと、今日みたいに野宿が日課だということにしないといけない。そのためには、ご主人と口裏を合わせる必要があるし、ルカリオに知られてしまえば意味がない。
 正直が一番良いとも思うけど、普通に話すことが出来るならここに来て、海なんか見ていなくてもよかった。 
 結局、僕は逃げているだけだった。逃げて、逃げて、見たくないものには目をつぶっている。
 責め立てる自分の隣に、逃げようとしている自分が座っていた。昨日までの自分のことしか考えていない自分が居た。

 ――このままだったら、昨日と何も変わらない。もう、逃げないって決めたじゃないか。ルカリオのことを考えるって決めたじゃないか……。 
 不意に涙がこぼれてきた。苦しくてじゃない。自分が情けなくて、涙が出た。
 家に帰ろう。逃げるためじゃなくて、ルカリオと向き合うために……、帰ろう。


 家の中は真っ暗だった。こんな朝早くからご主人が起きているはずない。まだ太陽すら目を覚ましていないのだから、当たり前だ。
 僕はそっと部屋に向かった。誰も起こさないように歩く。小さい間隔で。まるで水の上に波紋を残ず歩こうとしているみたいに……。
 部屋にたどり着くまでが一苦労だった。短い距離のはずなのに、とても長い時間だったように感じる。
 ドアをそっと開ける。
 ルカリオは布団の上に座り、窓の外を眺めていた。彼女は、まだ起きていた。月は窓の外から居なくなり、部屋を照らすものは何も無い。この場で何が起こっても、僕とルカリオだけしか分からない。
 みぞおち辺りがきゅうと締め付けるように痛む。だけどもう逃げない。逃げてはいけない。少なくとも、そんな気がした。これ以上逃げると、取り返しがつかないことが分かっていた。

 逃げないと決めていても、何を話すか考えていなかった。結局、何も無かったように振舞うのか、それとも素直に謝るのか……。
 どっちにするか決めていないことよりも、言葉が出てこなくて困る。
 胃が締め付けられる。頭がぼんやりとしてきて、なにもかもどうでも良くなってくる。なかなか出てこない言葉の代わりと言わんばかりに吐き気がこみ上げてくる。
 それを必死に抑えようとすると、自分は何を苦しんでいるのだろうと思ってしまう。
 
 ――逃げてしまえば楽なのに……。

 僕は口を開く。開いてみても、吐き気と不安で声が出ない。喉まで上ってきているというのに、あと一歩のところで、逆流してしまう。喉を過ぎてくるわずかな言葉は、まるで助けてほしいといわんばかりに、声にはならない音に変わる。
 頬に一筋の冷たいものが流れたけど、それが汗なのか涙なのか確認する余裕は全くない。目の中に映るルカリオの姿はしだいに歪み、水の中にいるような錯覚に落ちる。頭の中で太鼓が響いていて、音と一緒に痛みが走った。
 僕はここで何をしているのだろう。
 何をしたいのだろう。
 ルカリオと仲良くする?  
 それなら、なんで言葉が出ない。ルカリオと仲良くしたいというのなら、素直に謝ればいい。
 謝ろうとしていても、言葉が出ない……。それを理由に逃げている。
 また逃げている。仲良くしたいというのなら、謝るのが一番じゃないか。一緒に居たくなかったとはっきり言えばいいじゃないか。理由まで含めて……。なにもかも話してしまえばいい。
 それを渋るということは、仲良くしたくないということだ。
 
 結局僕は他人によく見られたいだけなんだ。それだけで悩んだり、逃げたりしてるんだ……。いい子で居たいから、自分に嘘をついてルカリオから逃げているんだ。
 本当に最低だ。
 僕の前足は急激に脱力し、視界が下に落ちる。小さな水粒が床を湿らせていた。
 
「やっと帰ってきたんだ、おかえり」
 唐突だった。僕が話しかける前に、ルカリオから話掛けてきた。
 瞬間に、今まで考えてきたことのすべてが白紙に戻る。
「ただいま。今までずっと起きてたの?」
「うん。……ほら、星が見えるでしょ?」
 ルカリオは窓の外に見える小さな星を指し示す。眠気なんか全く感じさせないような、子供のような明るい声。だけど、それは無理をしているようにも聞こえる。昨日の冷めた感じから、なぜこんなにも人懐っこくなったのだろう。なぜ、元気になったのだろう。
「きれいじゃない? 私、星なんか見たことなかったんだぁ。前に住んでたところは、いつも電気が明るくて見えなかったの。でも、ここってすごく田舎でしょ? だから、なんか感動しちゃって……。本当は一緒に散歩したかったんだけどね、やっぱり初対面の癖に馴れ馴れしいのは駄目かなぁって思って、さ。」
 心臓が強く脈打ち、なにかが崩れていく。それは、今まで迷っていたことで、一人よがりのような感じの……。なにか分からないけれど、ふっ切れた。
 なんてくだらない事を迷っていたのか。答えなんて簡単じゃないか。

 ――だから、もう逃げたくない。

「なんか、さっきはごめん」
 言葉は短かった。だけど、その一言のために震えていた。なぜか身体が震えていて、なぜかすごく胸が痛くて。
 ルカリオに嫌われるのが怖かった。
 だから震えているのかもしれない。
 今なら分かる。頬を濡らしていた液体は、汗じゃなく涙だったんだ、と。

「別に気にしてないよ。私も子供みたいだったからさ。だから、泣くのは止めにしようよ」
 ルカリオは僕に近づく。なんだか情けない。ただ謝りたかっただけなのに涙が止まらない。必死に目をつむり、流れ出てくる水分を止めようとしてみるが、湧き出てくるものは一向にとまる気配を見せない。
 恥ずかしい。僕は男なのに、泣いているから……。
 ルカリオが目の前に居たから、僕は固まってしまった。固まって声を殺し、涙をこぼしていた。口元に力が入り、不協和音と同時に、口の中で痛みが生まれる。涙に濡れた目では、彼女の中で咲くバラを直視できなくて自然に顔をそらしてしまう。こんな泣き顔なんか見られたくなかった。
 ルカリオはすぐ側に座り込み、僕の顔を覗きこむ。蛇に睨まれた蛙のような気持ちだった。

「ウインディってさ、泣き虫なの?」
 何も答えなかった。そんなこと考えたこともなかったし、泣き虫なのかどうかも分からないから答えられなかった。ただ、馬鹿にされたような気がして、逃げたくなった。僕は落ちてしまいそうな涙を隠そうとして、目を閉ざす。

 ――だけど、逃げてしまいたい

 目元に何かを感じる。温かくて、柔らかい感触。それはとても優しくて、あふれ出そうな涙を拭ってくれた。それが何かなんとなく分かっていた。目を開いたら、思った通り、ルカリオの指だった。
 とても落ち着いた。知らない間に心臓は元にもどり、詰まったような感じも消えていた。涙すら止まっていた。
「ルカリオってさ、なんか優しいよね」
 勝手に口が動いていた。嫌われるだとか、逃げたいだとか、全く思わなかった。ただ、もっと話しがしたくなった。
「私が優しい? そんなわけないでしょ? さっきも泣かせちゃったし。私って、いつもこうなんだよね。治したいって思うんだけど、気付いたら相手が泣いてるの。きっと嫌な奴なんだと思うよ。だから優しくなんかない」
 そう断言するルカリオは普通の女の仔だった。自分という存在がとても小さく見えて、意味のないものだと信じてる……。僕と同じ普通のポケモンだった。
 
「でも、涙をふいてくれでしょ? すごく嬉しかったよ。さっきは酷いこと言ったのに、こうやって普通に話もしてくれるし。きっと、優しくないって感じるのは自分のことが良く見えてないだけだと思うんだ。ルカリオは本当に優しいよ」

 さっきまで泣いていたのに、笑顔になっていた。喉に詰まっていた何かは消えてしまったようだ。

「そんなことない。私はただ、ウインディと仲良くならないとここで暮らしにくいから話してるだけ。そうやって汚い動機で話してる。だから、私なんか優しくない」
  
 僕もルカリオも元を正せば同じだった。ただ、嫌われたくないから逃げていたのと、住みにくくなるから妥協するだけの違いしかない。 
 さっきまで考えていたのは何だったんだろう。くだらない妄想だったみたいだ。僕も彼女も同類のような気がする。だから、今なら何でも出来るような気がする。
 
「好き。ルカリオのそういう所、好き」
「色目使って利用しようとしてる所が?」
 
 僕もルカリオも単刀直入だった。すごく距離が縮まったように感じた。
 言われたことは傷つくけど、それが妙に嬉しかった。
 ご主人の前では見せなくて、僕にだけ見せてくれる彼女の姿が嬉しかったのかも知れない。

「違うよ。思ったことを素直に言える所が、好き」
「そう。でも、私は別に好きなんかじゃない」

 ルカリオはそっぽを向いて、後ろから見ただけでも分かるくらいに耳の先を赤らめ、床を眺めていた。
 また、心臓が動き出す。忘れていた気持ちがまた、込み上げてきたかのように……。いや、これはきっと、本当にルカリオのことが好きだから起こった動悸だろう。
 だけど僕は、少しばかり冷静だった。恥ずかしいとは思っていても、逃げたいとは思わなかった。
 逃げたいどころか、ずっと一緒に居たいと思った。

「さっきさ、一緒に散歩がしたいって言ってたでしょ? あれも、僕を利用しようとして嘘ついたの?」
「いや、それは……。すごく星がきれいだったから……」
 
 僕の心臓はずっと高鳴ったままだった。
 あと一歩だ。もう言葉は喉から出かけている。だけど、その一言がまた詰まってしまった。
 自分は何をしている。なんでルカリオの横顔に見とれている。
 さっきまでは、普通に話せたじゃないか……。
 
 一瞬、ルカリオが僕を見た。
 目と目が合った。
 昨日、寝る部屋を決めたときのように……。
 でも、その目は昨日のように泣きそうなものではなかった。
 
 ――安心した。

 窓から見た外は少しずつ明るさを増して、暗闇だった部屋にわずかな光を送り込む。
 もうすぐ日の出なのだろう。ドードリオが、大きな声で朝の訪れを知らせている。それは今の僕らにはあまり聞こえないけれど、気持ちのいい、朝の匂いが部屋に充満していた

 「今日の夜は、一緒に散歩しようよ。星がきれいに見える場所、知ってるんだ」
 
 会話はそこで途切れてしまった。
 そして、沈黙が訪れる。
 だけど、これは不快なものではなくて、とても心地の良いものだった。
 僕もルカリオも同じなんだ、と分かった気がするから……。
 
 
 fin



あとがき。 


 えっと、はい。なんかお目汚しすみませんでした。
 とりあえず、完成はしてたんですけど、うpする勇気がなかったという……。
 解説が必要なほどとは思わないですけど、何か改善したほうがいい点や、誤字脱字を報告していただけると、庭を駆け回って喜びます。

 以下、恒例?のノベチェ結果。

【原稿用紙(20x20行)】 34.5(枚)
【総文字数】 10366(字)
【行数】 282(行)
【台詞:地の文】 11:88(%)
【ひら:カタ:漢字:他】 62:3:31:2(%)
【平均台詞例】 「あああああああああああ、ああああああ。あああああああああああああああああ、あああ」
一台詞:42(字)読点:25(字毎)句点:38(字毎)
【平均地の文例】  ああああああああああ。ああ、ああああああああああああああああああああああああああ。
一行:42(字)読点:28(字毎)句点:23(字毎)
【甘々自動感想】
わー、いい作品ですね!
短編だったんで、すっきりと読めました。
男性一人称の現代ものって好きなんですよ。
一文が長すぎず短すぎず、気持ちよく読めました。
それに、地の文をたっぷり取って丁寧に描写できてますね。
っていうか、地の文だけですね。渋い!
これからもがんばってください! 応援してます!


誤字脱字等があればどうぞ。


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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