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決して蝶ではないけれど

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writer is 双牙連刃

 日の光の明るさを感じて、寝ていたソファーから目を擦りつつ体を起こす。一つ伸びをすると、頭は割とすっきり。
そのまま体を、新たに得た浮力通りに浮かばせる。便利だけど、進化……って言うのか微妙だけど、それをする前は地に足付けて生活してたからまだちょっと慣れない。
なんとなく喉の渇きを感じたから台所のシンクへ。この前足は進化前から大して変わらない作りだから、一応水道の蛇口なんかは回せる。まぁ、基本的に人間が使うのを前提にしてるものだから、ちょっとコツが要るんだけど。
その途中に提げてある鏡に映った自分の姿が、ふと目に付いた。……本当、どうしてこうなったのか自分でも不思議で仕方無い。
そこには、本来私が進化すると副次的に生まれていた筈の者の姿が映ってる。羽や前足を動かすと、鏡の中のそれもその通り動くのだから、まごう事なくそれは私の姿なんだけど。
まぁ、もうなってしまっている事もあるし、諦めに近いけど、この姿にも慣れた。そりゃあ特殊なポケモンだっていうのもあって不便もあるけど、それも自分の体だといずれ慣れると思う。
……そもそもの目的を忘れてた。お水飲も。

   ~決して蝶ではないけれど~

 私の朝は早く、日が出て明るくなると自然と目が覚める。因みに、この家で一番起きるのが早いのも私である。
私の名前はミミン。この名で牡だと思う相手は居ないだろうけど、一応はっきりさせておくと、牝である。
現在は寝ていたソファーに身を預け、私のトレーナーが起きてくるのを待ってる。幾ら蛇口は回せても、朝食を作るのは無理だからね。
なんて考えてると、居間の扉が開いて誰かが入ってきた。……なんだ、奴か。

「ほわぁぁぁぁ……オッス、ミミン」
「相変わらず盛大な欠伸ね、トレバー。またなんか描いてるの?」
「いやー、昨日の夜は降りてきちゃってな。あ、お前の事も思い出して描いたぞ」
「別に被写体になるのは良いけど、前のゲルニカ風とか止めてよ?」
「心配すんな! 結構ガチで描いたから、後で見せてやる!」

 とまぁ朝の会話をした相手は、一緒のトレーナーのお世話になってる牡のドーブル。夜中に突然、『来たぞォォォ! ムハハは!』とか来ちゃってる発言をしながら絵を描き始める以外は、普通の気さくな奴よ。
寝るの遅い癖に起きてくるの早いのよね。まぁ、私にとってはどっちでも良い事なんだけど。
ん、その後にまた扉が開いた。……あぁ、彼女ね。

「おっはよー、ミミン! あ、それからトレバーも」
「俺はついでかよ!?」
「お早うシカバ。本当、朝から元気ねぇ」
「当然! あれ、まだアリーは起きてきてないんだ。それならミミン、朝のお散歩行かない!? 太陽さんも元気だからきっと気持ち良いよー!」
「そういうのはせめて、朝食食べてアリーに一言言ってから行きましょうね……付き合ってはあげるから」

 こんな感じで朝からフルスロットルなのが、テッカニンのシカバ。私の妹……のようなものかしらね?
そして、本来私がなる筈だった姿でもある。そう、私は……ヌケニン。ツチニンという種がテッカニンになる際、その姿を変える為に脱ぎ捨てる抜け殻に命が宿った存在。
何故ヌケニンである私がテッカニンを本来なる筈だった姿と言うのか、それのネタ晴らしは単純明快。ツチニンであった時はシカバの精神は存在せず、ツチニンだったのは……私なのだ。
精神の取り違いか、なんらかの特殊な異常なのか、本来テッカニンの体に宿る筈だった私の精神や記憶はこのヌケニンの体に残ってしまった。そして、テッカニンの体には新たな精神であるシカバが宿っていた。なんの記憶も持たない、真っ新な状態で。
これには私もトレバーも、トレーナーであるアリーも目を疑う程に驚かされた。だって、私自身テッカニンになったと思っていたし、皆そうだと疑わなかったから。
だからこそ、最初の内はその事を本気で悩んだり恨んだりした。ポケモンセンターに行って検査をして貰った事も十数回だ。
けど、結局事実は何も変わる事も無し、私はテッカニンじゃなくヌケニンになり、新たにシカバというテッカニンが生まれた。これが事実、現実だった。
おかしいでしょ? シカバはテッカニンとして生まれた事になるの。ツチニンの頃の記憶が全て私側にあるんだもん、正に生まれたての状態だったのよ。本来はこれが、ヌケニン側に起こる筈だったのにね。
しかもよ? そんな事が起こって傷心してる私にシカバの教育係のやらせたのようちのトレーナー。酷いと思わない? まぁ、ツチニンの頃の技は全部シカバ側に行っちゃってたから、それを使ってた私以外が戦い方のスタイルを教えられなかったんだけどね。
そんな感じで教育係をやったからか、シカバは私を姉のように慕ってるみたい。こっちとしては、ちょっと複雑な心境なんだけどね。
ま、生来私はさっぱりした性格なものだから、割と受け入れるのも早かったかな。それに、シカバに罪は無いしね。
ソファーに身を預ける私の横でシカバはニッコニコしてるわ。この笑顔を見てると、こうなったのも悪い事ばかりじゃないって思うのよね。

「ふぁぁ……皆ー、おはよー」
「お、やっと起きてきたか」
「あ、アリーおっはよー!」
「お早うアリー。……って言うか、せめて顔くらい洗ってから来たらどうよ?」

 まだ開ききってない目を擦りながら、ぼさぼさの髪のまま居間に入ってきたのがアリー、私達のトレーナー。因みに女性よ。

「はーい。あ、ミミン、朝から悪いけど髪を整えるの手伝ってー」
「はいはい。ほら、早く終わらせて朝食作ってよ」

 とまぁ、これも我が家の朝の一連の一コマだったりする。前足でヘアブラシを持つのって結構大変なんだけど、ツチニンの頃からやってるから、これも慣れね。
洗面所に向かったアリーの後に続いて洗面所に入る。ヌケニンになってのメリットの一つとして、浮いてるから髪をとかすのが楽になったって言うのがあるわ。
顔なんかを洗い終わって鏡の前にセットしたアリーの髪にブラシを通す。どうもアリー的には私にやってもらった方が仕上がりが良いらしく、時間がある日の朝はこうして私が髪を整えてあげてるの。

「はい終わり。ま、こんなものでしょ」
「オッケーばっちり! いやー、ミミンがヌケニンになってからはセットの時間が早くなって助かるわー」
「それはどうも。さ、お腹空いたし朝食よろしく」
「任されました。パンケーキとかでいい?」
「いいんじゃない? トレバーにはベーコン、シカバには目玉焼きもお忘れ無く」
「もちろん。そして、ミミンにはハニーシロップね」

 ま、こんな感じで私とアリーの仲は上々な部類に入るんじゃないかしら。アリーがトレーナーになってからの付き合いだから、気心は知れてるわね。
……本当はね、バトルでの主力も私だったの。でも、それは今はシカバに譲ってるわ。このヌケニンの体は特殊だから、主力として戦うにはちょっと、ね。
アリーはそんなに気にしないでって言ってくれたけど、内心かなり申し訳なく今も思ってるわ。私は今まで通りの戦い方が出来なくなって、シカバは今までの経験がゼロ。まぁ、今は私が色々教えたお陰でバトルもバリバリ出来るようになったけどね。
幾ら特性の不思議の守りがあると言っても、この体は戦いに向いてない。それはバトルに出てみて嫌と言うほど痛感したわ。基本、弱点突かれたらワンパンだし。
正に抜け殻。ツチニンだった頃の記憶や経験だけを頼りに存在する者。在りし日の幻影のような、テッカニンの影としての存在。それがきっと、今の私っていうものなんだと思う。
けど、そんな私をアリーは捨てずに傍に置いてくれている。ツチニンをテッカニンにして活躍させたいと想ってるトレーナーなら、まず私は捨てられてたでしょうにね。

「……ねぇ、アリー? この姿になってからたまに聞くけど、私を邪魔だなぁ、とか思った事って無い?」
「え? またそれ? その度に言ってるけど、ミミンを邪魔だなんて思う訳無いじゃない。寧ろ、出て行かれたら一番困るわよ」
「はぁ……強いトレーナーになりたいって夢を持ちながら、戦力にならない私の事をそんなにリスペクトするのってどうなのよ?」
「だぁってシカバじゃさっきみたいに髪をセットしてくれないし、トレバーはミミンみたいな繊細な心遣いとか無理だし。ミミンはうちにとって無くてはならない存在だよ、うん!」

 ……アリーがこういう風に言ってくれるトレーナーだったからこそ、私も自分を嫌いにならないで済んでるのかもしれないな。
蝶になれなかった不完全な抜け殻だけど、こうして役割を与えてくれる誰かが居るからこそ、必要と言ってくれる誰かが居るからこそ、今も私はこうしてここに居られる。
運命の神様って言うのが居るなら、私をテッカニンにしてくれなかった事は盛大に恨んでやるけど、アリーに出会わせてくれた事には感謝してあげるわ。それで帳消しにはしてあげないけどね。

「? どうしたの、ミミン? 食べないの?」
「いいえ、ちゃんと食べるわよ。ほらシカバ、零してるわよ? 食べるならちゃんと綺麗に、ね?」
「……こうして見るとさ、ミミンってシカバの教育係って言うよりマザーって感じだよな」
「そういうあんたは口の周りに食べカス付いてるわよ。こっち見てる暇があったら綺麗にしなさいな」

 大体シカバは生んだんじゃなくて私から分離、って言うのかしら? いや他に表現出来ないんだから分離で間違い無いわよね。とにかくそう言う存在なんだから、見方によっては分身みたいなものよね。どっちかと言えば私が分離とかそういう事はもう気にしないで。

「ミミンをお母さんって言うなら、シカバだけじゃなくてトレバーのもよねー」
「勘弁してよ……」

 必要とされるのは悪くないけど、過度に頼られるのはちょっと考えものよね。って言うか個々がもうちょっとしっかりして。アリー含む。
まぁでも、羽化した蝶を支える抜け殻なんて、世界広しと言えどそうそう居るものじゃないだろうし、珍しい役割を請け負ったと思うのもいいかもね。

「よーし! ご飯終わったらバトルの特訓行きましょうか! ついでに、新しいメンバーも探したいし! あと三匹の枠を遊ばせたままって言うのも勿体無いしねー」
「枠を埋めるのはいいけど、エンゲル係数とかも考えてよ?」
「あそっか、頭数が増えたらそれだけ食費も掛かるもんね」
「そうそう。その辺りも考えてメンバーは増やすのよ?」
「ふふっ、それを一緒に考えてくれる頼りになるヌケニンが居てくれるから、きっと大丈夫よね!」
「……やれやれね」

 蝶の、テッカニンのように役に立てないにしても、私にも出来る事がある、か。

「よし、それじゃあ行くか」
「ふふふ、トレバーとシカバの事も頼りにしてるからね」
「うん! 行こっ、ミミン!」
「えぇ。皆、用意はいい?」

 なら、その役目を見失わないように、皆と一緒に進んでいこう。
私の事を頼りにしていると言ってくれる、この大切な皆の為にも、抜け殻のこの体でも、何かが出来ると信じて……。



「皆ー、今日も一日ご苦労様!」
「お疲れー」
「お疲れ様ー!」
「お疲れ様でした」

 野生のポケモンと勝負したり、ばったり出会したトレーナーと勝負したり。うちの特訓は大体そんなところね。で、今はそれを終えてまた家に帰ってきたところ。夕日が綺麗だわ。
今日の戦果は、まぁ悪くなかった、というところかしら。私は倒されるような事は無かったわね。まぁ、シカバとトレバーが倒されて三回ほどポケモンセンターに走ったけれど。

「にしても、今日はイマイチスケッチが上手くいかなかったな。微妙い技しか写し取れなかったぜ」
「あんたはギャンブルみたいなポケモンだからねー。ハマれば強いんだけど」
「私も1回やられちゃった。ミミンに教わった通りに動いてるつもりなんだけどなぁ」
「相手も勝負になったら勝ちたいものだもの、こっちがベストの動きをしても勝てない事もあるわ。だからそう落ち込まないの」

 ちょっと落ち込んでるシカバを慰めつつ、夕食の席に着く。私が負けなかったって言った通り、今日は敗戦は無かったもの。そこまで気落ちするような結果でも無かったわ。

「それにしても、ミミンは相変わらず安定してるよなー。不思議な守りも相まって攻撃受けないし」
「ま、それなりに経験は積んでるつもりだからね。それでも結構必死なのよ?」
「ミミンはやっぱり凄いなー。私も早くミミンみたいに強くなりたいよ」

 本来なら、なってる筈だったんだけどね。まぁ、こればっかりはどうしようも無い事よ。
なんて言いながらも、夕食は進んでいく。反省会を踏まえた夕食だから、大体はこんな感じね。反省出来るって事はまだ強くなれる伸び代があるって事だし、良い事と思わないとね。
夕食が済めば後は各々自由な時間になる。トレバーは後で絵でも見に来いよって言って自室に戻っていったわ。シカバは疲れちゃったのか、私の隣で眠っちゃってるみたい。

「今日もお疲れ様、ミミン」
「アリーもね。どう? 今日戦ったポケモンの中にスカウトしたいポケモンは居た?」
「んー、ピカチュウとかポッチャマとか、可愛いポケモンにはちょっと惹かれたかなー」

 とと? 話しながらもアリーに抱えられちゃった。そのまま抱くようにしたかと思ったら、私が居たところに今度はアリーが座り込んだわ。

「どうしたの? 空いてるところに座ればいいのに」
「こうしたくなっただけよ。……本当に、いつもお疲れ様。ありがとね、ミミン」
「労ってくれるなら、私が主力を張らなくても済むように、しっかり皆を鍛えてよ? トレバーもシカバも、アリーを慕ってるんだから」
「そうかなぁ? どっちかと言うと、ミミンの事を慕ってるように思うけど」
「そう思うなら、もっとトレーナーとして精進しなさい」
「ふふっ、はーい」

 そうした会話をした後は、しばらくアリーの温かさに身を預けてた。なんと言うか、言葉を交わすよりもアリーを感じていたかったの。……私も、たまには甘えたくもなるのよ。

「……ねぇ、ミミン?」
「ん? どうかした?」
「今でも……テッカニンになりたかったって、思う?」

 急に地味に重い事聞いてきたわね、どうしたのかしら?

「それは……ね。この体に慣れてきてはいるけど、やっぱり……もっとしっかりと、あなたの力になりたかったと思う事はあるわ。この体はどうしても、軽いから」
「そんな事無いよ。今でも十分ミミンは私の力になってくれてる。これ以上を望んだら罰が当たっちゃうよ」

 その言葉だけで十分よ。それだけで、私の空っぽの体を温かさで満たしてくれる。だから私は、また明日も頑張れる。

「だからね? あまり一匹で頑張り過ぎないで。今はまだ頼りないかもしれないけど、必ず一人前のトレーナーになってみせるから」
「そう。じゃあ、私からも一つだけ言わせて貰うわね」

 前を向いて歩いていこうとするあなただから、私も今出せる全身全霊を持って支えようとする事が出来る。アリーだけじゃない、シカバも、トレバーも。

「あなたも、焦って頑張り過ぎないで。私はいつでも傍に居るんだから、頼れる時は頼っていいの。このヌケニンの力でいいのなら、幾らでも力になるから」
「……本当に、ありがとう……」

 だってそれが、今の私を支えているんだから。
テッカニンに、蝶になれなかった……けれど私は、ヌケニンのミミンとして今を生きてる。こうして、アリーの傍に居る。
決して蝶ではないけれど……だからこそ、私は『私』として生きる。必要としてくれる皆を支え、共に明日を生きる為に!


 ~Thank you for reading this work!~


~後書き!~

という訳で、ちゃっかり参加していた私ですw 結果は二票獲得で5位タイ! いやはや、お読み下さった皆様、投票して下さったお二方、全ての皆様に感謝です! ありがとうございます!
まぁ、テーマのちょうというのには無理矢理こじつけたような形になってしまっている感が否めないのは自身で思っていたりw もう少し色々丁寧に書いていればなーと、ちょっと後悔しております。文字数の制約にビビったチキン作者なのですorz
で、なんで今回主役がヌケニンなのかと言いますと、丁度季節的にも蝉や蝉の抜け殻を見掛ける事もある季節だし、ヌケニンで何か書きたいなーと作者が思っていたというのが理由だったりします。あまりこのwikiでも見掛けないポケモンでもありますしね。
あんまりゴーストタイプっぽくないヌケニンのミミン、並びに彼女と共に暮らす面々の物語、いかがだったでしょうか? お楽しみ頂ければ本望にございます!

では、投票コメへの返信&コメントエリアです!

・不本意な思いをしつつも、ヌケニンとトレーナーが一緒に前を向いて行こうとする友情が良かったです。

 アリーとミミンの関係は、主従というより友達や仲間という感覚で書いたので、それが伝わっていてくれてホッとしております。ありがとうございます!

・信じられない現実を受け入れて、健気に生きるミミンの姿が胸に刺さりました。

 望まぬ姿となったけど、それでも精一杯前を向いて生きようとするミミンの事が少しでも心に残ってくれたのなら、書き手としても嬉しいです。ありがとうございました!

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Last-modified: 2015-09-22 (火) 19:40:06
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