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水曜日のマザーグース

/水曜日のマザーグース

大会は終了しました。このプラグインは外していただいて構いません。
ご参加ありがとうございました。



筆者:LuckyAsu aka 氷室流輝
最終更新日:3月5日 
末尾のあとがきにて編集内容を書き込んでいますので、読み終わっている方で編集内容が気になる方は確認してください。



 月明かりが眩しい真夜中の森の中、風で木々がざわめき吐く息が白い。
 私目掛けて戦闘を仕掛けてくるポケモンを蹴りでいなしながら先へ進む。私のお目当ては最深部の湖。唾を飲み込み湖へ水の石を投げ込こんだ。

「やっと着いた……ねえ、出てきてよ」

 水を纏い湖から現れたのは巨大なシャワーズ、体が月明かりで反射して神秘的な雰囲気を漂わせている。そのあまりにも巨大な体にびっくりしたけれど、私は驚くために来たわけじゃない。

「いらっしゃいうさぎさん」

 エースバーンの大きく白い耳が風で揺れる。彼女は真剣な眼差しで巨大なシャワーズを見つめゆっくりと口を開く。

「あの、願いを叶えてくれるんだよね……シャワーズさん」
「うん、叶えてあげるよ」

 巨大なシャワーズは微笑みながら、私の顔よりも大きな前足でぽんぽんと頭を撫でる。汁が頬を濡らし少しくすぐったい。

「馬鹿にしないでね、私の願いは――」

 私が願い事を伝えると湖が輝き始める。

「馬鹿になんてしないさ、その願い叶えてやろう」

 私のもっちりした体を巨大なシャワーズの前足で潰されるように取り込まれ、その中でふわりと浮かび上がりゆっくりと巨大シャワーズの中心へと移動する。
 
「ちょっとだけ辛いだろうけど、少ししたら夢見心地だから安心して……」

 全身を包み込む巨大シャワーズの感覚にゆっくりと、意識が溶けていく。

「ふふっ おやすみ……」

 満月が上る真夜中に、湖が天まで上る光を照らす。
 たったひとつの奇跡が、世界に変革をもたらす。



水曜日のマザーグース




「インテレオンの兄ちゃん、久しぶりだね!」
「1週間ぶりですね、どうも」

 八百屋から差し入れで投げ渡されたオボンの実を受け取り、朝食代わりに歩きながら食べる。ポーチに入っているグミでいいのだけれど、今日は腹が膨れそうだ。
 1週間の遠征合宿から帰ってきた俺は平凡な朝を迎え、街を抜けてギルドに入るや否や依頼掲示板を確認する。

「ソウタはまじめだなぁ」

 カウンターに座りながら話しかけてきたのはランクルスのパスカル。遠征合宿のメンバーで帰宅してから疲れ切っているのかテーブルに伸びている。

「いつも通り探検隊として依頼をこなしているだけだから……」

 パスカルの方向へ首を傾けるとクリーム色の尾びれが揺れる。

「真剣すぎだってー。それともあれか? 帰りに1匹抜け出してどこか行ってたのが後ろめたいのかな?」

 にやにやとジト目で微笑むパスカルに呆れるが、あながち間違っていなくて少し冷や汗をかいた。

「そんなんじゃないって……」
「詳しく教えろよ~」

 パスカル教えるほどの事ではないし、言ったとしても伝わるか微妙で。労力と見合っていなくて教える気にならなかった。だってあの日起きた事といえば……




 時刻は夕暮れ時、俺は遠征合宿先の子供達から聞いた『願いを叶えてくれるシャワーズ』の真相を確かめるべく、遠征から帰る途中に離脱して新緑の森へと足を踏み入れた。
 ダンジョンの難易度もそこまで高くなく、軽く最深部へ到達できたのだが……

「この湖の主が願い事を叶えてくれる、のか……」

 ポチャンと水の石を放り込むと湖の主の声が聞こえた。

「いかにも。いらっしゃい、トカゲくん」

 水面がせり上がり巨大なシャワーズの顔が浮き出ると襟巻きにすくわれた水が滝のように湖に流れ落ちる。大きい湖の端から端まで1匹のシャワーズが座り込み、夕日がシャワーズを照らしオレンジ色に見える。落ち着いた紫の瞳が俺を見つめ、圧迫感を感じ後退りしそうになった。俺は腕を払いもう一度巨大なシャワーズを見つめる。

「……ソウタだ」
「ソウタね……覚えておくわ」

 目の前で口を開かれると食べられてしまいそうな感覚に襲われる。俺は願い事よりも、巨大なシャワーズの正体が気になって仕方がなかった。

「お前は何者なんだ」

 巨大なシャワーズは前足を組んで顎を乗せ、ほんの少し時間を空けて微笑む。

「単刀直入ね、この森を、湖を、水を支配する者……と言ったらわかりやすいかしら」

 風が吹き、森のさざめきが鳴り始める。あまりにもスケールが大きすぎてすぐには理解できなかった、理解しようとしていなかったかもしれない。黒い手で口元を抑え考える。

「そうだとしたら、何故願いを叶えることができる」

 巨大なシャワーズは両前足で俺を優しくつまむ。このサイズ比だと俺はおもちゃみたいだ。

「超越した存在だから」

 ドヤ顔で巨大なシャワーズは言った。つまむ前足の上に俺を置いて顔まで近づけてぺろりと舐められ、つい「舐めないでください」と口走ってしまう。「あら、ごめんなさい」と巨大なシャワーズは軽く謝り舌をしまう。
 濡れた体の水分を腕で拭ってから俺は「好きな子に告白されるとか、叶えられる?」と聞いてみた。

 巨大なシャワーズはふふっと微笑んで「出来るよ」とささやき、俺を地面に下した。

「もう願いは受け入れたから、キャンセルは受け付けないよ」
「叶わなかったらまた来るからな」
「叶っても来てほしいな。君に僕の眷属をしみこませたから、あとはその子が何とかしてくれる」

 じっとりとした違和感を感じた右手を確認すると、手に収まるサイズの小さなシャワーズがこちらを見つめていた。と思ったら右手の中に逃げ隠れてしまった。

「なんだこれ……何をした!」

 顔を上げて大声を上げるが、そこには既に巨大なシャワーズの姿は無く、空を見上げると夕日も沈む頃だった。




 どう考えても話して伝わる話ではないし『ついにソウタが噂を信じ始めた』と思われても嫌だった。

「お前に教えるような事はない」
「そんなぁ……」

 明らかにパスカルはがっかりしているが俺は無視して依頼掲示板を物色する。

「寄り道して帰っただけ」
「寄り道って絶対何かあるだろ!」

 手ごろなお尋ね者の指名手配所を掲示板から3枚ほど剥がし、ギルドを後にしようとしたところでドレディアのギルドマスターに声をかけられた。

「ソウタ、また厄介ごとに首を突っ込んでたりしないでしょうね」
「今回は違いますよ」

 体をギルドマスターに向けて少し頭を下げる。厄介ごとに首を突っ込んでいてごめんなさい、好奇心というやつが悪さしました。

「何かあったらすぐ連絡しなさいね」
「マスターは俺のお母さんですか。でも、やばい時はすぐに救援を呼びますね」

 少し微笑んで、でもギルドマスターが心配する理由もわかるから、真剣な眼差しを返してから今度こそギルドを後にした。

「やーっぱり何か事件とか起きているんですかギルドマスター」

 ぺたんと顔をテーブルに押し付けながら一部始終を見ていたパスカルがじぃーっとギルドマスターを見つめる。ギルドマスターもパスカルの正面の椅子に座り、肘をつき葉っぱのような手で顔を置いてため息をついた。

「だってシオンの姿もないのよ、何か起きるに違いないわ」




「ソウタ殿、ご苦労様です!」
「ボルト……ありがとう」

 夕焼けで街がオレンジ色に染まるころ、ダンジョンをはしごしながら捕まえたお尋ね者3匹を縛り上げてパルスワン警官に引き渡した。初対面の頃から変わらず元気な表情を見せられると照れ臭くなる。手配書に書かれていた金額を受け取り、いつもならギルドへ足を運ぶのだけど、今日は何となく砂浜で夕食のモモンの実を食べていた。海を眺めるように座り込み、程よい潮風が背中の皮膜をなびかせ気持ちいい。巨大なシャワーズの願い事を叶えてくれるというやつに内心期待しているわけだが、手持ちのモモンの実が無くなったら普通にギルドに行こうとぼんやりと考えていた。そう上手い話なんて起きるはずもない。

「ソウタ、遠征お疲れさま」

 声に気が付いて振り向くとシオンがいた。彼女はメッソン時代からのパートナーで付き合いが長い。なのだけれど……恋とかそういう物に発展はまだしていない。いっそのこと俺から告白してみても良いかと思ったりするし、こんな良い雰囲気なら男の俺から声をかけるべきだろう。ただし、今回は別だ。巨大シャワーズの1件がある。

「おう、無事帰ってきたよ」
「あたりまえだよ、ソウタがケガするほど弱くないって知ってるもん」

 両手を後ろに回し、顔を斜めに傾けるとふにゃんと揺れる大きくて白い耳がとてもかわいらしい。ポンポンと砂浜を叩いて座っていいよのジェスチャーをすると、少し上から見下ろされてからシオンは横に座った。シオンの頬がいつもより赤い気がして、期待が高まる。

「そっか、ありがとうシオン。……食べる?」

 そう言ってスターの実を差し出してみる。

「ありがとう、その木の実どうしたの?」

 シオンはスターの実を手に取ると、不思議そうに眺めている。その様子を見て穏やかな気持ちに浸っていく。

「遠征で手に入ったんだ、おいしいから食べてみなよ」

 シオンはカプリとスターの実に食らいつくと、うんうんと頷いた。

「甘い、酸っぱい」
「好き?」
「……普通!」

 黙々とスターの実を食べるシオンを眺めながらモモンの実を食べ終え、シオンを見つめるだけの時間が訪れる。

「あのさ、突然であれなんだけど……私達って付き合い長いよね」
「うん」
「それでさ……そろそろ……こ、恋人として付き合ったりしない? ……なんて」
「いいよ、シオンが望むなら」

 表情は変えず冷静を保っているつもりだけれど、心臓の鼓動は高まるばかりで、ほんの少しだけ頬が赤く染まってしまっていそう。本当に告白された、これからどうしよう。

「いいの? …………えっと……」

 シオンは顔を赤くさせたと思ったら俯き、体を震わせせる。

「どうしたの?」
「恋人同士になるんだったら、そろそろ説明しなくちゃね……」

 シオンが顔を上げると、不安そうな表情と涙を浮かべていた。すると次の瞬間、溶けるようにシオンの姿が消え、シオンがいた場所にはメタモンがいた。
 俺は思わず目を見開くが、特別驚くような事ではないとすぐに理解した。

「私さ、本当はメタモンなんだよ。えへへ、インテレオンとエースバーンって言うお似合いカップルじゃなくても……恋人になってくれるかな……なんて」

 シオンの声は震えていた。カミングアウトって言うのは怖いもんな。メタモンだからいつも見ているエースバーンの姿のシオンと比べてずっと小さい、それでも俺の心は何も変わらなかった。変わらなくて……安心した。
 俺はシオンにそっと手を差し伸べる。

「もちろん、シオンはシオンだよ。俺も大好きだ」
「ソウタぁ……大好き」

 シオンの体に俺の手が触れようとしたその時。俺の手に潜伏していた小さなシャワーズが現れ、シオンの液状の体に入り込んだ。

「な、なにこれ、シャワーズ?」
「シオン!!」

 手を押し込み、小さなシャワーズを掴もうとするがニュルンと手から離れて行ってしまう。

「ソウ、たぁ……あぅ……」

 我に返りシオンの体から手を抜く。

「シオン、大丈夫か、シオン!!」




 体を勢いよく起こすと辺りは月明かりで照らされていた。
 俺はベッドの上で寝ていたらしく、横にはエースバーンの姿のシオンが気持ちよさそうに眠っている。これは、シオンと一夜を共にしたというのか?

 夕暮れの出来事はすべて夢だって言うのかよ。

「おい……出て来いよ……」

 片腕を掴み、小さいシャワーズに声をかけてみるが反応は無い。少し考えて小さいシャワーズが手の中にもし居たとしても反応しないだろうと1匹納得した。
 持ち物を確認してみるとスターの実が入っていないから、夕方の出来事は本当ということになる。だとするなら直接会って確認するしかない。俺は、誰もが寝静まった夜闇の中、巨大なシャワーズがいる森へと向かう。




 月明かりに照らされ静まり返るはずの森はざわついていて、ピリついた気配を隠せない輩が俺を襲いに飛びついてくるがそんなのお構いなく指先から軽く水弾を発射させて一撃で撃ち落とし進む。
 それでも、この森のダンジョン難易度自体は低いはずだが平均レベルが40越えだろと思われる進化ポケモンのガマゲロゲやがグソクムシャがうろついていた。

 それもこれも巨大なシャワーズのせいだと片づけられるのかわからないが、確認しなければこの夜は眠れそうにない。

「いるんだろ」

 ダンジョン最深部へ到着して湖を確認する。土産の水の石はもちろん投げず、そこらへんに落ちている石を湖に投げ込んだ。

「ふふふっ 機嫌悪そうね」
「誰のせいだと思ってるんだ」

 湖いっぱいの巨大なシャワーズが以前よろしく現れ俺を見下ろす。前回は分からなかったが今ならわかる。月明かりに照らされたその体は透き通っており、無数のシャワーズの集合体となりその巨体を保っているということを。
 巨大なシャワーズは不敵な笑みを浮かべる。

「願いが叶って良かったわね」

 俺はギッと巨大なシャワーズの巨大な瞳を睨みつける。

「彼女に何をした」
「トカゲくんは察しがいいわね。人質よ」

 その言葉に俺は黙るしかなかった。この未知のポケモンの一部がシオンの体の中に混ざっているのは事実だとすると、いつシオンの命を脅かすかわからない。

「……何が欲しい」

 戦闘姿勢を緩め手をだらんと下す。

「トカゲくん、あなたの力が欲しい」

 巨大なシャワーズが前足で俺を叩きつけると、俺の中の未知の本能が強く鼓動し始めた。尻尾はみるみるうちに長くなり、五感は研ぎ澄まされ右手の人差し指の先には細長い筒のような物が生み出される。

「想像以上ね、尻尾を巻いて私の横に来なさい」

 俺は言われたとおりに尻尾を巻きつけ自身の尻尾に座り込み、ゆっくりと地上から離れていく。木々を遥かに超えて見渡す景色は清々しく、街をも見渡すことができた。それどころか海の先にある島々に住むポケモンを肉眼ではっきりと捉えることができる。しかし、機能が向上した瞬膜は見てはいけない『それ』も捉えてしまった。

「トカゲくんは知っているかしら、湖に物を落としたら拾ってくれる――」
「知っている。正直者には良い事が、嘘つきには悪い事が起きる話のはず」
「そうね。私は最初はそのくらいの存在だったの」
「童話の主だと言いたいのか」
「ふふっ、それ以上の存在よ。湖に住むただのシャワーズが、いつしか願いを叶える湖の主となり、噂となって伝承として語り継がれ始めた」

 巨大なシャワーズが目を瞑り顔を上げると、ゆっくりと……確かに周囲のあらゆる水が『宙に浮かび始めた』。

「既にこの大陸の『水』は私が掌握している。正直……あなたを仲間に引き入れるのに人質なんて必要なかったのだけど……トカゲくんは抵抗して逃げるでしょう? たとえ四肢が破裂しようとも」

 俺の中で見てしまった『それ』がなぜそこにいたのかはっきりと理解した。嫌な緊張で手足が硬直し、視線が動き続けている。

「お前は……『神』にでもなろうとしているのか」
「もちろん」

 巨大なシャワーズの開く口はおどろおどろしく、表情から何を考えているのかわからなくなっていた。いや、わかっているのかもしれないが脳がそれを受け付けない。ただのポケモンが『神』になろうとしているその瞬間に。

「海を掌握しようとするとね、どうしてもカイオーガやルギアが抵抗してくるの。『神』を撃ち落とすならそれ相応の力が必要なのよね」
「俺にあのカイオーガを撃ち落とせというのか」
「そうよ、さあ。ハイドロカノンを撃ちなさい」

 震える手を一度押さえつけ、左手で筒を添え照準を構える。
 荒れる海の上空に浮上するカイオーガに狙いを定め、その周囲を護衛する飛行ポケモン軍団に当たらないように……いや、巻き込むように狙いを定める。
 確かに俺は強かった、世界を救ったこともあった、だからと言って俺が世界に歯向かって良い理由になるのか?

 歯向かう理由――それはただひとつ、愛するシオンを守るため―ー。

「さあ! 革命の始まりよ!!」

 小声でハイドロカノンと呟き、指先から強大な力が発射される瞬間がスローモーションに見えた。




 ふいに瞼を閉じた瞬間、俺は夕暮れ時の砂間でモモンの実を食べていて、丁度最後の一口を食べ終わったところだった。
 隣には砂浜に足を延ばして座っているシオンがいる。ああ……この後俺は告白されて、彼女に小さなシャワーズを混ぜてしまい巨大なシャワーズのしもべになるんだっけ……
 思い返すとぼんやりしてきて、ただ俺は海の先のぼやけた水平線を見つめていた。

「あのさ、突然であれなんだけど……私達って付き合い長いよね」

 そうだ、これは巨大なシャワーズがかかわっている。たとえ夢だとしても、運命を捻じ曲げなければ……

「そうだな」
「それでさ……そろそろ……こ、恋人として付き合ったりしない? ……なんて」

「悪いがギルドに所属しているうちはそういうのはNOだ。ごめんな」

「そう……そっか、ソウタがそういうなら仕方ないよね。変なこと言ってごめんね……ほんと……」

 シオンの瞳には涙が浮かんでいた。声もどんどん小さくなって、シオンは寂しそうに立ちあがる。

「それじゃあ、行くね。スターの実ありがとう……」

 シオンの背中を座ったまま眺め、これでよかったのだろうかと心の中で呟いた。
 まだ俺の手には小さなシャワーズが潜り込んでいるだろうし、願い事を叶えるのが大きなシャワーズの能力なら、またシオンが告白してくるかもしれない。
 無限の可能性を考えたら何も考えたくなくなってきた。


「運命を変えたね、ウェンズデイ」

 生意気そうな男の声が真後ろから聞こえて、振り向くとそこには黄緑色のポケモンがいた。

「……パスカル?」

 俺がとぼけた声で復唱すると「君の事だよウェンズデイ」と返されえて、頭の上のはてなを取っ払えない。

「ウェンズデイって何だよ、それにお前も急にどうしたんだ」
「シオンを救いたくないのか」
「救ったさ……」
「それだけじゃダメなんだ。まだシオンは救えてない」
「お前に何がわかるんだ!」

 淡々と語るパスカルについ怒鳴ってしまった。そうだ、巨大なシャワーズはまだ俺を狙っている。あいつならどんな手を使ってでも俺を屈服させてくるだろう。

「巨大なシャワーズに関わる前に……遠征から帰る時に離脱するソウタを止められるなら」
「過去に戻れば助かるというのか」
「戻れると言ったら……ソウタはどうする」

 さざなみが数回聞こえるほどの時間で、俺は何も考えることができなかった。

「時を戻るなんて……そんな夢物語が」

 パスカルは真剣な表情から笑みを浮かべて「もう時を渡っているだろ」と俺に投げかけた。

「お前はどこまで知っているんだ……」
「全部じゃないけれど、セレビィから話は聞いている」
「セレビィ……」
「ただお前をここに連れてきたのはジラーチだ、『誰か』の願いを叶えた結果らしい」

 伝説のポケモンに喧嘩を売ろうとした末路か。世界が巨大シャワーズが支配する混沌の時代が始まる前にキーパーソンの俺を引きずり出したのか。

「俺は数ヵ月前から関わってるよ。毎朝叩き起こされてギルドのテーブルに座らされるんだ」

 それでめんどくさがりのパスカルがギルドに居たんだとひとりで納得した。

「最初は驚いたさ、神々の戦争がこれから始まるだなんて信じられなかった。けれど目の前にいる幻がそれを否定するんだからな」
「ふっ、そうだな。しかも毎朝叩き起こしてくる」
「そうだよ! 伝説の距離感短すぎて感覚おかしくなるよ」

 冗談を言い合っていると自然と笑えてくる。暗い気持ちが少しは和らいだ気がした。

「俺が必要なのか、パスカル」
「そうみたい。世界を、シオンを救う旅に出発してほしい」
「お前とまた会えるか?」
「その時のお前は『ウェンズデイ』と名乗れだと」
「さっきも言ってたけど『ウェンズデイ』てなんだよ」

 パスカルはふわふわと街へ戻ろうと移動を始め、俺もその後をついていく。

「神の使者、誰かの危機が迫る時にやってくる正義の味方らしい」
「それが俺って事か」
「シオンのついでに俺もついでに助けてくれよ、ウェンズデイ」
「ああ、助けてやるよ」

 パスカルと俺の拳を重ね、お互い笑ってバイバイした。

「ウェンズデイ、話は終わった?」
「終わったさ、全てな」

 パスカルが居なくなって突然目の前に現れたのはセレビィ。巨大シャワーズの事を知っているんだから当たり前だけど、あいつは本当にセレビィと出会っていたんだなぁって感心した。

「それじゃあさっそく世界を救うために時を渡ろう!」
「世界のためじゃない、シオンを救うついでに世界を救うんだ」

 俺はにやりと笑みを浮かべたけれど、これからどうなるか検討もつかない。永遠とも呼べる時間旅行が始まってしまったら、こんな軽い気持ちは軽くつぶれてしまいそうだよ。



「これから何処へ行くんだ」
「シオンを救いたいんでしょ? だったらここは欠かせないよねー」

 時渡りが成功して降り立った大地は、想像していた場所とはかけ離れていた。
 雪が吹雪いている雪山で、家屋だと思われるコテージがいくつか立っているけれど街としては規模が小さい。ここで何が起きるというんだ。

「こっちだよウェンズデイ。早くしないと!」

 俺はセレビィに導かれ、コテージ裏の森へと入っていく。

 そこで目にしたのは、1匹のメタモンと複数の野蛮な野生ポケモンだった。

 俺は小声で「おい……まさか、あのメタモンがシオンだって言うんじゃないだろうな」とつぶやいたけれど、間違いない。こんな場所で誰かに助けられたってシオンから聞いたんだ。

 気が付いたら体が動いていた。長い尻尾に仕込まれた刃でユキノオーとマニューラを切り裂き、指先から高圧縮のハイドロカノンを射出しまとめて始末する。
 足元にいるのはメタモンだけ。なぜこんな時間に森にいたのかはわからないけれど、助けることはできた。でも……

「わああ……あなただぁれ?」

 俺は……揺れる心を握りしめて、自信満々に笑みを浮かべこう答えた。

「ウェンズデイ」



 私は今、街の奥にそびえ立つギルドの入り口の影でへたり込んでいる。あのインテレオンさんに憧れて探検家になろうと決心したのに、何故だか怯えてる。

「どうしたの? あら、この前引っ越してきたヒバニーちゃん?」

 ギルドの中からドレディアのお姉さんがやってきてしまった。もたもたしている私はとっくにギルドのポケモンに見つかっていて、まるで子供をあやすように声をかけている。

「あの……私、探検家になりたいんです!」

 ドレディアお姉さんは驚いて口元に手を添えて「まあ、探検家は大変なんだよ?」と返す。大変なのはわかってる。ぐっと手を握りしめると、さっきの度胸のない私が嘘のように自信に満ち溢れた。

「もう決心は付いています。私も探検したりポケモンを助けたいんです! ドレディアさんがギルドマスターなんですよね?」
「そこまで知っているんだったら話が早いわね。私の部屋へおいで、お茶を出してあげるわ」

 ドレディアお姉さんの後ろについてギルドの中に入る。初めてのギルドは予想したよりも明るくて、私を歓迎しているようだった。

 インテレオンの隣に相応しいエースバーンに私、頑張ってなるからね。
 ひとり笑みを浮かべて、胸に思いを秘めたあのポケモンを想像しながら奥へ進む。

「ギルド登録をするから、ヒバニーちゃんの名前を教えてね」

 ドレディアお姉さんは椅子に座り書類に私の情報を書き記していく。

「私の名前は……シオンって言います」




 昔々あるところに、ウェンズデイという神の使者がいました。
 彼は神々が喧嘩をするところに現れ、ポケモン達を守ってくれます。
 そんなウェンズデイは実は1匹のポケモンに恋をしてしまいました。ウェンズデイは、恋したポケモンが危機が迫る時、どこからともなく現れるのです。


「やっと着いた……ねえ、出てきてよ」

 水を纏い湖から現れたのは巨大なシャワーズ、体が月明かりで反射して神秘的な雰囲気を漂わせている。そのあまりにも巨大な体にびっくりしたけれど、私は驚くために来たわけじゃない。

「いらっしゃいうさぎさん」

 大きな白い耳が風で揺れる、真剣な眼差しで巨大なシャワーズを見つめゆっくりと口を開く。

「あの、願いを叶えてくれるんだよね……シャワーズさん」
「うん、叶えてあげるよ」

 巨大なシャワーズは微笑みながら、私の顔よりも大きな前足でぽんぽんと頭を撫でる。汁が頬を濡らし少しくすぐったい。

「馬鹿にしないでね、私の願いはソウタと付き合いたい」
          私の願いはウェンズデイさんを助けたい」
「「馬鹿になんてしないさ」」

「気が合うわね」
「これで何回目だと思ってるんだ」

 ウェンズデイは1匹のポケモンの為だったら何でもするポケモンだった。
 指先はボロボロで自慢の尻尾も切り傷だらけ、皮膜はくたびれ疲れた目にはクマが浮かんでいる。それでもウェンズデイは、たった1匹のポケモンの為に神の使者として世界を守り続けるのです。

「ソウタ……!」
「ウェンズデイさんダメ……!!」
「また、いや……やっと会えたね。シオン」




 ぽつんと砂浜の上に二匹のポケモンがいる、側らはオレンジで、もう側らはブルー。夕焼けが海を照らし砂浜はオレンジ色に輝いていた。


「ソウタ……あのさ、私達って付き合い長いのに付き合ってないよね……えっと」
「ウェンズデイ……!! 体が……透けて……」
「恋人同士? 俺はもうそのつもりだったけど……何でもないよ」
「運命を変えすぎた代償だな、まったく」
「ソウタ?」
「なんで、なんで私なんかの為に……」
「シオン、エースバーンのお前も、メタモンのお前も大好きだ」
「最後のわがままを聞いてくれ。俺のことを、『ソウタ』と呼んでくれ」
「ソウ……タ……? ソウタ、私離さないから、だから、どこにも行かないで……」
 風が砂を巻き上げ、夕日が反射する。煌びやかに、世界は彼らを祝福した。


あとがき

大会お疲れさまでした。反転文字とソウタとシオンのポケモン名、誤字や無理あるセリフ等を修正しました。これで少しでも物語がわかりやすくなっていたら幸いです。

修正メモ
「運命を変えたね、ウェンズデイ」からのセレビィとの会話をパスカルに変更。
その後のお話(下記サブタイトル)を1000字ほど追加しました。
・最初の時渡で出会ったメタモン
・探検家への第一歩

フランス語でインテレオンはレザーグースまたはレザルガスと呼ぶらしいですね。
そんな種明かし……

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Last-modified: 2020-03-05 (木) 21:56:58
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