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水仙の君

/水仙の君

作:ハルパス

ポケモン×人ですが、エロは無し。


水仙の君 





 人やポケモンが行き交う大通り。整然と敷き詰められた石畳に、洒落た街灯が規則正しく並ぶ。左右には情緒あふれるレンガ造りの建物が軒を連ね、露店からは威勢の良い呼び声が飛び交う。それらの背景を担う天空は眩しいまでの青色で、白い雲と鮮やかなコントラストを見せている。まるで絵に描いたかのような風景の中、一匹のサーナイトが歩いていた。
 綺麗なサーナイトだった。
 肩にかかる長さの髪はまるで萌え出たばかりの若葉のような、柔らかく瑞々しい緑色をしていて、そよ風にさらさらと靡いている。並のサーナイトよりやや背が高いすらりとした長身に、染み一つない純白のコートを翻し、軽く衣擦れの音を立てながらまっすぐ前を見て歩いていた。長い睫毛の下の瞳は宝石のような紅色で、その奥には凛とした意思の強さが覗える。
 翠、白、そして紅の絶妙の対比は鮮やかで、ある種の気品さえ感じられた。その姿は街並みに溶け込みながら、それでいて確かな存在感を放っている。容姿端麗、眉目秀麗などという容姿を褒めたたえる言葉は、まるでそのサーナイトのためだけに存在しているのかと思わせる程、ただただ綺麗だった。
 道行く者の多くが種族、性別に関係なく思わず闊歩するサーナイトに目を留め、しばし見入った。ある者は呆けたように一心に見つめ、またある者は隣にいる者と小声でその容姿を褒めそやし。だが声をかける者は皆無だった。皆その現実離れした美しさに圧倒されてしまう為だ。あるいは事実を知るが故に、あえて話しかけようとはしない者もいたのだが。――と。
「なーなー彼女ぉ、今空いてる?」
「これから俺達と遊ぼーぜぇ?」
 ものすごくありがちな言葉を投げかけられて、サーナイトははたと足を止めた。
 無言で振り返ると、そこにはいかにも柄が悪そうなチャラチャラしたゲンガーと、こちらも同じように一目で不良と分かる風貌のシザリガーが立っていた。彼らの姿を認めたサーナイトの真紅の双眸が、すっと鋭くなる。
「やだな~、そんな怖い顔しちゃって。せっかく俺達がイイトコに連れてってあげようと思ってんのにぃ」
 しかしゲンガーは悪びれた風もなく、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。おそらくタイプ的な相性もあり、余裕をかましていたに違いない。相手はたったの一匹、こちらは二匹でどちらも雄、さらにはエスパー単色のサーナイトに圧倒的有利なゴーストタイプと悪タイプだ。多少抵抗されたところで問題はないだろう。
「……」
 相変わらずサーナイトは無言だ。だが次第に吊りあがっていく形の良い眉を見れば、無言の意味は怯えではなく、怒りだとわかったはずだ。しかし調子に乗った不良達は気づかない。彼らの頭の中はこれからするつもりの事で一杯だった。
「行こうぜぇ」
 ゲンガーがサーナイトの腕を掴もうとした、正にその時。
「ふざけんなケンカ売ってんのか貴様らぁっ!」
 低くドスの効いた声が辺りの空気を震わせた。そのあまりの迫力に現場に居合わせた全員がぎょっとして立ち止まり、声の主を探した。だがこの場でそのような怒声を発する状態の者など、ただ一人しかいない。
「え……まさか……雄?」
 振り払われたゲンガーが冷汗を流しながら後ずさりする。シザリガーは信じ難い事実に固まっていた。
「貴様ら……雄と雌の区別すらつかねぇのかよ……。あぁん?」
 サーナイトは――彼は、掲げた右手の平に黒いエネルギー体を集めながら、これがサーナイトなのかと疑いたくなる程の恐ろしい形相で二匹を睨みつけた。徐々に形を成してきたシャドーボールの表面が、バチバチと激しい音を立てて爆ぜている。本来悪の波導など使えないはずのサーナイトの、彼の全身から真っ黒いオーラが発せられているのを二匹は見た気がした。身の危険を感じたゲンガーが慌てて弁解するように口を開く。
「け、けどよ! 誰だって普通サーナイト見たら雌だと思――」
「なら今日からその先入観を捨てるんだな!」
 ゲンガーの言葉を途中で遮り、サーナイトが怒鳴る。そのまま、勢いに任せて二匹にシャドーボールをぶちかました。
「「うわあああああああ!」」
 見事に命中したシャドーボールは、当たると同時に弾け小さな爆発をおこす。その爆発具合から、相当な威力を誇っている事が覗えた。一瞬、辺りは煙に包まれた。
「けっ、どいつもこいつも……」
 サーナイトは悪態をつきながら、何事もなかったかのようにスタスタ歩き去ってしまった。煙が晴れた時、後に残されていたのはあ然としている通行人達と、地面で仲良く伸びている二匹の不良達だけだった。


     ☆


「またナンパされたの。想麗(ソウル)
 むすっとして散歩から帰ってきたサーナイトを見て、トレーナーは苦笑した。
「それ以外に何があるよ、瑠依(ルイ)
 想麗はソファに両脚を投げ出し、御世辞にも行儀が良いとは言えない、しとやかさの欠片もない姿で不機嫌な声を出す。彼が雌と間違われてナンパされたのは(そしてキレてシャドーボールでぶっとばしたのは)、一度や二度ではなかった。
「だからあの時エルレイドになればって言ったじゃない。そうすれば少なくとも性別間違われる事はなかったのに」
 瑠依は想麗がキルリアだった頃を思い出す。そろそろ進化しそうだという時期、雄のキルリアの多くがエルレイドに進化する中で、彼はサーナイトになる事を望んだのだ。確かに雄のサーナイトもいない訳ではないが、人間の女性に似た姿の為に敬遠する者が多いのだ。だが彼は違った。
「はぁ? 馬鹿か貴様。格闘なんてムサいタイプがついたら、せっかくの俺様のカッコ良さが半減されちまうだろーが」
 片手を胸に当て、想麗は実に尊大な態度で答えた。言うまでもないが、彼はナルシストだ。それも重度の。
「どっからその自信が来るのさ。出直してこい」
 瑠依は呆れて、ついきつい口調になってしまう。だがそれでも、この何様俺様想麗様は意に反さない。
「言ってる意味わかんねー。ちょーカッコ良くてちょー頭良くてちょー性格良いこの俺様のどこを直せと?」
 自信たっぷりに返ってくる言葉がこれだ。
「……はー。どこで育て方を間違えたんだろ……」
 なんだか悲しくなった瑠依は、額に手を当てて深いため息を漏らす。するとどういう訳か、想麗も同じようにため息をついた。
「はー。俺様もどこで……ってか、なんで育たねぇんだろうな」
 意味深な事を口走る。
「……何が」
 不審に思った瑠依がソファを見やる。が、そこに想麗の姿はない。
「……?」
 ぎゅむっ。
「だから、貴様の胸。」
 いつの間にか背後に回っていた想麗が、何の遠慮もなく、いきなり両手で瑠依の胸を鷲掴みにした。
「毎日育ててやってんのに全然おっきくなんねぇし……げふっ」
「お前デリカシーってもんがないのかー! ついでに誤解されるような事言うなー!」
 瑠依の後ろ肘打ちが見事に鳩尾に決まり、想麗は呻き声を上げ崩れ落ちた。瑠依は胸を押さえて真っ赤になりながらも、急いで想麗から離れた。……このサーナイト、ナルシスト以外にももう一つ性格面に欠陥があるようだ。
「……ほ、本当の事じゃねーかよ」
 冷汗を流しながらも、想麗は不敵な表情で立ち上がった。やけに復活が早いのはこの際気にしない事にしよう。彼は続ける。
「俺様と瑠依の仲だろぉ?」
「だーかーら! 私はあんたとはトレーナーとポケモン以上の関係になった覚えはないってば!」
 さっきのゲンガーと同じような笑みを浮かべる想麗に、瑠依はちょっとむきになって言った。実際、二人は一線を越えた事はない。毎日のように行われるセクハラを別にすれば、だが。
「連れないなぁ」
 と。テレポートでもしたのか、気がつくと想麗は瑠依の目の前にいた。くっと彼女の顎に手を添えると、半ば無理やり視線を合わさせた。
「俺様は本気で貴様を愛してんだぜ?」
 先程とは打って変わって真剣な表情で言う想麗に、瑠依はドキリとした。元の造形が奇麗なだけに、真面目な顔で真面目な事を言われれば、相手がポケモンであっても心拍数が自然と上がってしまう。実際、黙っていれば非の打ちどころもない美青年なのだ、彼は。
「想麗……」
「だから俺様は抜く時はいっつも貴様をおかずに抜いてやっt」
「阿呆ー! 消えろ!」
 一瞬でもときめいた事を深く深く後悔した瑠依だった。


     ☆


「――ってワケなんだけどよぉ。なんで瑠依は落とせねぇんだろうな」
「逆に訊くけど、なんでお前はわからないんだ」
 一人暮らしの瑠依の、ポケモン用に割り当てられた部屋。ここでさっきから想麗の愚痴を長々と聞かされているのは、もう一体の瑠依の手持ちであるライボルトの駿鵺(シュンヤ)だった。ちなみに彼女の手持ちはこの二体だけだ。
「貴様、この俺様の愛が間違っているとでも言うのか」
 若干怖い顔になって想麗が駿鵺を睨むが、当の駿鵺は慣れっこになっているのか怯みもしない。
「おう、間違ってる」
 と、一言言い放つ。あっさり即答され、想麗の眉間に皺が入った。腕を組み、天井を見上げながら何やら考え事を始める。
「何が間違ってんだ? ちょっとでも瑠依に気がある奴(人間)はこの俺様(ポケモン)が徹底的に脅してライバルを減らしてるし、足滑らして怪我でもしないか心配だから(←こじつけ)、風呂はほぼ毎回覗いてやってるし、色とかデザインに興味があるから(実際はコレクション用その他)下着を洗濯カゴの中から拝借したり、スキンシップの為に体(胸とか)に触ったり――」
 一つ一つ、指を折りながら列挙していく。どれもこれもストーカー規制法にもろに引っかかりそうな内容である。
「その全部だと思うぞ。つーかオレ頭痛くなってきた……」
 次々と明かされていく知りたくもない事実に、情けないような、呆れたような、悲しいような、それら全部をひっくるめたような複雑な気分で駿鵺は頭を抱えた。そしてこのような被害を日常的に受けているであろう瑠依に、多大なる同情を寄せた。
「あー。わかったぜ。瑠依が落ちない理由」
 偏頭痛に駿鵺が悩んでいると、想麗が訳知り顔でぽん、と手を打った。駿鵺は片目だけ開けて想麗を見つめた。どうせ自分に都合の良いろくでもない理由だろうと、その目が語っている。
「奴は極度の恥ずかしがり屋なんだよな。本当は俺様の事が好きで好きで仕方ないくせに、素直に好きって言えなくて悩んでんだぜきっと。くくっ、可愛い奴」
 想麗は目を細め、喉を鳴らして笑った。
 ……ここまでシンクロが鈍っているサーナイトもそうはいないのではないだろうか。
 勘違いも大概にしろと声を大にして言ってやりたいところだが、同時に言っても聞きやしないという事も駿鵺は嫌という程知っていた。マイロードを驀進する俺様には抗議など効かない。
「こういう場合は少し強引にでも、男として俺様が告白できるシチュエーションを作ってやらなきゃなー」
 いつも強引じゃないかと、駿鵺は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。相手をするだけ疲れるのでここは無視する事にする。想麗は「さすが俺様。あったまイイー」などと意味不明な言葉を挟みながら、控え目に表現すれば実に彼らしい方法を提案した。
「今日、夜這いでもすっか。なんで今までこんな簡単な事に気付かなかったんだろーな俺様は」
「……ちょっと待て!」
 危うく聞き流しそうになったが、駿鵺はなんとかツッコんだ。演説を遮られた想麗はまたも怖い顔をして駿鵺を睨んだ。
「何か文句あんのか?」
「ある! 何故そこで夜這いが出てくるんだ! 第一、強姦は犯罪なんだぞ!」
 今回ばかりは必死になって駿鵺は止めた。何しろ主人の貞操がかかっているのだ。
「平気だって。俺様達は愛し合ってるから問題ねぇよ」
 当然の事のように、想麗はさらりと言ってのけた。
「本気でそう思ってんなら病院行け。オレのオススメは脳外科か精神科だ」
 顰め面で駿鵺が返すが、想麗は例によって軽く流した。しかしふと、彼の目に疑いの色が浮かぶ。
「ってか、なんで貴様はいちいち突っかかって来るんだ? もしかして貴様も瑠依の事狙ってんのか? もしそうなら駿鵺、いくら貴様だろうと容赦なく潰すぜぇ?」
「いやいや狙ってないから! そもそもオレポケモンだから、人間のマスターにンな感情持てないって!」
「ふーん。ならいいケド。俺様が瑠依をモノにした後で後悔しても遅いからな」
 想麗はびし、と指を指す。さっきと言ってることが矛盾している気がするが、そんな細かい所にまで気が回らない程に駿鵺は疲労困憊してしまった。


     ☆


 その日の後半。想麗は気持ち悪いぐらいに大人しかった。
 これは瑠依には喜ぶべき事なのだが、常に想麗の過度な愛情表現をかわし続ける日常に順応してしまった彼女にとっては、その想麗の行動はかえって不自然だった。何か企んでいるに違いないといつも以上に神経を尖らせていたのだが、結局平穏なまま一日は過ぎて行った。(例:洗濯物は減ってない、変な視線を感じない、セクハラされない)
「ふぅ。ついに諦めたか」
 何も起きないのを、瑠依は無理に前向きに考える事にした。
 そして夜。久々の平和を満喫した瑠依は、今夜はかつてない程すがすがしい気持ちで眠れそうだと、るんるん気分で自室のドアを開けた。が、世の中そう上手くは行かないものだ。
「よー瑠依。遅かったなぁ」
 ……バタン。
 見てはいけないものを見た気がして、瑠依は開けたその手でドアを閉めた。
 背中にじわわぁって嫌な汗が滲んできた。今、私のベッドの中に見覚えのある緑頭が見えた気がしたんだけど、気のせいだよね? きっと疲れのせいで変なものが見えたんだ。
 深呼吸をし、ごしごしと目を擦ってから、瑠依は今度はおそるおそるドアを開けた。
「何で閉めるんだよ。そんなに俺様がいたのが嬉しかったのか?」
 バタン!
 瑠依は今度は両手でドアを閉めた。
 うん、今日はソファで寝たい気分だな。風邪引いても構うもんかと、その場を立ち去ろうとした瑠依だったが、突然ドアが勢いよく開いた。よく見ればポケモンがサイコパワーを発動させている時特有の、蒼白い光に包まれている。
「えっ! えぇ~!?」
 と、思う間もなく、瑠依は目に見えない強い力で部屋の中に引きずり込まれた。直後、バタンと大きな音をたててドアが閉まる。ご丁寧にも、鍵の掛かる音と共に。
 そうして身動きがとれないまま瑠依が連れ込まれたのは、ベッドの、否、想麗の腕の中だった。すぐさま視界は反転し、気がつけば彼女は想麗に押し倒される形になってしまう。
「そう照れんなって、な?」
 怖いぐらいに妖艶な笑みを浮かべた想麗の手が、瑠依の身体を撫で始めた。じっとりと、身体のラインをなぞるような動きだ。
「照れてない! 離して!」
 想麗の手つきに寒気を感じた瑠依は必死に暴れようとするが、『金縛り』で押さえつけられて全く動けない。瑠依は今この時程、想麗のエスパータイプを恨めしく思った事はなかった。
「ちょ、助けてー! 駿鵺ー!?」
 唯一自由になる声で瑠依は最後の頼みの綱である、常識人の駿鵺に助けを求めた。大声を上げればきっと届くだろう。こんな姿を見られるのは恥ずかしい事この上ないが、この際背に腹は換えられない。しかし。
「無駄だぜ? さっき『催眠術』で眠らせておいたから」
 涼しい顔で絶望の宣告をし、想麗はいよいよ瑠依の服を脱がし始める。その行為の意味する事を理解した瑠依の顔から血の気が引いた。
「や~め~ろ~! ってか止めて下さいお願いしますマジで!」
「無理無理。……んじゃ、いただきまーす」
「ぎゃああああああああ!」


     ☆


 翌日、目を覚ました駿鵺は、蒼い顔でぐったりした瑠依と、異様に上機嫌な想麗を見たという。




水仙の花言葉:自己愛(ナルシスト)


あとがき
まずは謝罪します。
サーナイトの清楚なイメージを根底からひっくり返してしまってごめんなさい。清楚どころか俺様でナルシーで変態でその上お馬鹿な可哀想なサーナイトにしてしまってごめんなさい。でも書いてて楽しかっt…あ、痛い痛い、石投げないで!!
雌のイメージが強いサーナイトですが、名前の由来はサー(男性の敬称)にナイト(英国騎士の称号)らしいですよ。このサーナイトは騎士道からはかけ離れていますが。
……一応ギャグのつもりですが、ギャグになっているかどうか…。



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Last-modified: 2010-05-15 (土) 00:00:00
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