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死神は笑わない

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+ プロローグ + 





「何故、お前は笑みを絶やさない」


 活々とした緑を纏った桜の下。幹に背中を預けて木陰に座る彼女に、俺は思わず問いかけていた。

「何故、俺を知覚しているのに」

 恐れる事も悲しむ事もなく、笑っていられるのか。それが不思議でたまらなくて、ぽつりと口をついて出た疑問。

「可笑しな質問をなさるのね。貴方は」

 それに彼女はそう答え、そして、桜の枝に腰をかけた俺を見上げながら、口元に右手を当ててくすりと笑った。

「何が可笑しい」
「だって」

 彼女の右手が、芝生に吸い寄せられるように下りていく。

「私と貴方では、何もかもが違うでしょう?」

 一瞬では理解の出来かねる言い回しをした彼女は、俺に向かって意味深長な笑みを浮かべた。

「じゃあ逆に、どうして貴方は笑わないの?」

 何とは無し、といったに風に彼女から質問を返される。

 それに、俺は沈黙で答えた。



   死神は笑わない



+ 第一章 + 笑顔との出遭い 





 死神は笑わない。それは決して全ての死神に当てはまる訳ではないが、少なくとも俺は笑顔を作らない。死神であるが故に、俺は、笑顔というものが如何に下らないかを知っているか

ら。
 だから、アイツの顔を初めて見たとき、俺は嫌悪感を覚えた。


 俺がアイツに出会った時の事を語る前に、一体死神とは何なのかを説明しなければならないだろう。だが、それを説明するには生物の仕組みについてから話さなければならない。
 まず、生物の構成要素を大別すると肉体・霊体・魂の三つに分ける事が出来る。肉体は魂を入れる箱のようなもので、霊体は魂の維持・保護をする膜のようなもの。そして魂は、精神

を形作る最も大事な部分。このうち肉体と霊体は法則に従って無限に循環し続けるのだが、魂だけは違う。魂は生物が死んだ後に冥界へ送られ、一度清められてから再び新しい肉体と霊

体を与えられるのだ。
 そして、この「魂を冥界に送る」仕事を担うのが死神だ。死者の幽霊、或いは死期の近い生物の下に現れ、彼らの魂を保護して冥界へと送り届ける。それが、死神。
 死神が自分の存在を維持するには外部から霊力を摂取しなければならないのだが、その最も効率のよい摂取方法は霊体を喰うことだ。また同時に、魂は冥界に送る前に肉体や霊体から

切り離さなければならない。その為、大抵の死神は魂から切り離された霊体を喰うことで自らを保とうとする。
 つまり、死神は「死者の霊体を喰らい、残った魂を冥界へと届ける者」と言えるのだ。

 それを踏まえた上で、俺とアイツの物語、その一部始終を聞かせてやろう。








 その日、俺はいつものように「死期が近い生物」の気配を探りながら、真夜中の空を飛んでいた。いや、訂正しよう。生物と言ってしまうと範囲が膨大に広くなってしまうが、死神が

察知する事の出来る魂は自分と同じ種類の生物のものだけだから、実際は「死期の近いポケモン」の気配を探っていたと言った方が正しい。とにかく、俺はその気配を感じる方向に向か

って飛んでいたのだ。
 すると目の前に大きな屋敷が見えて来た。三階建ての左右対称な洋風建築で、一軒家が三つは並びそうな横幅があり、綺麗に整えられた広い庭まである豪邸。その敷地の中から「死期

の近いポケモン」の気配――このままだと長いから、仮に「危篤臭」と呼ぶ事にしよう――が漂ってきていた。それはかなり濃く、おそらく半日も持たないだろうと俺が思った程だ。そ

して浅く溜息を吐いた後、俺は手入れの行き届いた垣根の上を通ってその家の庭へと入りこんだ。そして敷地の中央にあると思しき噴水の真上で移動を止め、豪邸の端から端までをぐる

りと見回した。それにしても豪奢な家だ……その時の俺の感想がそれ。屋根の縁や窓枠には緻密な装飾が施され、赤橙色の外壁には傷一つ無く、窓硝子や噴水の水は奥がはっきり見える

程に透き通っている。目に入るものが一々高級さを醸し出しているその光景は、少なくとも俺が最初の目的を忘れてしまう程度には凄かった。
 しかし俺がそこに来たのは仕事と食事をする為であり、それを思い出した俺はすぐに危篤臭がする場所がどこかを探った。普段なら目を閉じたりして感覚を鋭敏にした方が探し易いの

だが、今日の獲物はそうしなくとも簡単に居場所を察知出来た。屋敷の中央正面にある玄関の真上、三階にある部屋。その窓の内側から危篤臭が感じられた。これだけ強い気配なら、今

日は早く食事にありつけそうだな。そう思いながら窓に近づき、硝子をすり抜けながら部屋の中を見回そうとした時だった。


 ――あら。今晩は、死神さん。


 不意に自分の左側で声が生じ、俺はそれに驚いて顔をそちらに向けた。
 そこには、ベッドの上に座りながら笑う、アイツが居た。








「今晩は、死神さん」

 部屋の中に入り、さて、どこに獲物は居るかな、なんて思った矢先だった。急に声をかけられたが為に感じた驚愕もそこそこに、その発生源である左へ視線を移動する。
 そしてその瞬間、俺の感情は嫌悪に支配された。

「……どうして俺が死神だと思った」

 最初に視界に飛び込んで来たのは、笑顔。それが草タイプの雌のドレディアだとか、純白のフリルがあしらわれた桃色のワンピースを着ているとか、未成年である事を感じさせる幼さ

が残る容姿であるとか、そういうものより先に目に映った笑顔。それが、何故かとても苛ついた。
 というより、一体どうしてこの少女は俺に声をかけたのだ。一瞥した限りではこの部屋に他のポケモンは居ないし、危篤臭は紛れもなく彼女の体から感じられる。死期の近い生物が死

神や幽霊等の肉体を持たない者を知覚出来るようになる事は間々あるが故に、彼女に俺の姿が見える事自体は問題では無い。……だが、見ず知らずの得体の知れない者に、しかもまるで

知り合いに対する挨拶であるかのように声をかけるとは。一体、どういうつもりだ。そもそも今は深夜であって、普通のポケモンが起きている時間ではない。
 不可解すぎて、更に嫌悪が増大する。

「だって貴方は宙に浮いているし、窓を開けずにすり抜けて来たじゃない。少なくとも、私はそんなルカリオを見たのは初めてよ」

 くすくす。微笑みを浮かべたままの表情は崩さずに右手を口元に運んだ彼女は、然も可笑しそうな声音でそう言い、静かに笑った。その一連の流れも初対面のポケモンに向けているも

のだとは到底思えず、更には見た目の幼さには似合わない口調も相まって不自然さが加速する。俺の苛立ちも膨張する。

「俺がルカリオの幽霊だという可能性も考えられる筈。尤も、お前が幽霊や死神といった非科学的なものを信じているならば、だが」
「その言葉はつまり、貴方が死神であるという事を認めた、と取っていいのかしら?」

 俺の言葉を受けたその問いは、嫌悪に拍車をかけた。何なんだこの女は。何故、俺はコイツに対して苛立ちを覚えるんだ。

「……好きにしろ」

 投げやりな返事をして溜息を吐く。全く、頭が痛くなってくる奴だ。俺はただ食欲を満たす為にこの屋敷に入っただけだというのにどうしてこうなった。

(仕方ない……)


 別にコイツに固執する必要性は皆無だし、態々自ら嫌な思いをする事も無い。今から再び新しく食糧を探すのは面倒だがこれ以上苛々とするよりは幾らかマシだ。俺はそう考え、踵を

返して外に出ようとした。しかし、そんな俺の背中に向けて彼女は呟いた。

「貴方が私の元に現れたという事は、私の死期は近いの?」
「……何故、俺がそれに答えなければならない」
「別に義務ではないわ。でも、私にはそれを尋ねる権利があるでしょう?」

 言葉遊びのような回りくどい言い方をする彼女は、再びくすりと笑った。後ろを見ずとも笑みを浮かべていると推測できるその口調に一層の嫌悪を感じながら、俺は窓を抜ける寸前で

立ち止まった。

「次に遭う時があれば、教える」

 それだけ言い放ち、俺は振り返らずに窓の外へと出た。これだけ強い危篤臭を纏っているやつだ、生きている彼女に再び遭う事はまず無いだろう。この辺りには他の死神もいないし明

後日にでももう一度ここを訪れればいい。
 そう考えた俺は、深く帳の下りた街の方へと体を向ける。

 しかし、そこで一つ疑問が浮かんだ。

 俺はどうして、彼女に対して嫌悪を抱いたのだろう。




+ 第二章 + 笑顔との再会 





 魂は冥界に送られて……と最初に説明したが、ここでもう少し詳しく魂について説明するとしよう。魂というのは全ての生物に平等に与えられている物であり、アルセウスが作り出し

た様々な物の一つでもある。これは宇宙に無限に存在する特殊なエネルギーを用いて生成されていて、アルセウス以外には生み出す事が出来ない。そして、肉体や霊体は食物連鎖等の仕

組みを通して、その形や性質を変えながら世界を循環し続けるのに対し、魂は殆どそのままの状態で世界にあり続ける。しかし魂も完全な物ではなく、経年劣化で摩耗したり衝撃によっ

て傷ついてしまう場合がある。そのため、魂は冥界に送られた時に清める必要があるのだ。

 それでは、物語を再開しよう。










 アイツと出遭った夜から二度の朝日を拝むまでの間、俺はどうしてアイツに嫌悪を抱いたのかをずっと考えていた。当然、その間に何もしていなかった訳では無い。他の危篤臭を辿っ

て食事をしたり、そこに残った魂を冥界に送り届ける作業はこなしていた。しかし、アイツの事が頭に焼き付いて離れないのだ。
 初めて会った俺に向かって無遠慮に話しかけたその礼儀知らずさに。此方を馬鹿にしていると取られてもおかしくないような笑い方に。感情を逆撫でするような遠回しな語りに。それ

ら全てが嫌悪の原因のようで、また違うような気もした。それらに気分を害したのは確かなのだが、それは直接的な原因では無い気がした。

 そんな事を考えていたせいなのだろう。
 気付けば、俺はアイツの屋敷の庭の中に浮いていた。少しだけ西に傾いた日差しを受けて光合成に勤しむ芝生や、様々な色彩と薫りを主張する花壇の花々。一昨日の夜に来た時には気

付かなかったそれらに一瞬意識を取られ、次いでしまったと思った。熟考していた為に反応が遅れたが、アイツから感じた危篤臭は未だ強くこの屋敷に漂っていた。危篤臭は普通心停止

の瞬間に一番感じられるもので、死亡した後はその十分の一程度に収まるのだ。それが一昨日と同じぐらいの濃さを保っているという事は、アイツがまだ生きているという事だ。

 ――あら。今日は、死神さん。

 それはつまり、アイツが俺に話しかける可能性があるという事だった。









「今日は、死神さん」

 背後でしたその声に内心酷く悪態を吐きながら、しかし無視をするのは気分が悪いから溜息を伴いながら俺は振り返った。そうして視界に映りこむのは、白や緑や茶色が織り成すコン

トラスト。

「態々私に逢いに来て下さったの?」
「違う」

 花弁の舞い散る桜の木の下。彼女はそこに座り、相変わらず癪に障る笑顔を撒き散らしながら此方を向いていた。その目線は、俺が地面より1m程上を浮いてるが故に、かなり見上げる

形になっていた。そんな彼女は今日は装飾の少ない白無地の緩いツーピース姿で、桜や自身の体色との組み合わせが自然に溶け込むような錯覚を起こす。これが俺以外の誰かであったな

ら心惹かれてもおかしくはなかっただろう。だが彼女は、俺にとっては相変わらず嫌悪の対象でしかなかった。

「では、何故ここに?」
「……約束を果たしに。それと、餌の様子の確認」

 咄嗟に思い付いた尤もらしい理由。彼女と今しばらくは会話しなければならないと考えると気が滅入りそうだが仕方ない。

「餌って、私の事? 死神にとって私たちは食べ物なの?」
「そうだ。死者の霊体を食べ、魂を冥界に送る。それが死神の役目」
「という事は、やっぱり私はもうすぐ死ぬのね」

 問いかけに俺が答えると、彼女は笑みを更に強めくすりと音をたてた。

「……何故、笑う」

 普通のポケモンは自分の死が近いと知ったら嘆き悲しむものだ。それなのに、何故彼女は笑っていられる。

「ごめんなさい。一昨日は教えるのを拒んでいたのに今日は随分簡単に話すものだから、つい、可笑しくって」

 口元に手を運びくすくすと笑う仕草は、一昨日のそれと全く同じ。そして、それに対して俺が苛立つのも同じ。だが、

「違う」

 俺が訊きたかったのはそういう事ではない。何に対して笑ったのかではなく、何故笑ったかだ。
 どうして、笑えるのかだ。

「違うって、何が?」

 彼女は目を丸くしてきょとんとした表情を作り此方に目を向ける。しかし、今俺の持つ語彙の範疇では彼女が全て理解できるように説明するのは難しい。

「……なんでもない」

 それだけ告げると俺は彼女に背を向けた。彼女の質問に答えるという約束は果たしたのだし、これ以上お喋りを続けて嫌悪を感じ続ける意味も無い。早々に立ち去ろう。

「あら、今日ももう行ってしまうの?」
「別に俺がここに居座る理由は無い」

 振り向かずにそう吐き捨て、俺は浮上しながら前に飛び始めた。

「また逢いに来て下さいね」

 そんな俺の背中に向かって彼女の声がぶつかり、しかし俺はそれに答えずに飛び去った。もう遭いになど来るものか。何が楽しくて、嫌悪の対象に一々接触をしなければならないんだ


 あんな、苛々する笑顔なんかに――



「あ」



 そこで俺は気付いた。いや、思い出してしまったと言うべきか。

「だから、か」

 何故彼女に対して嫌悪を覚えるのか。その解答を導くと同時に、忘れた筈の過去の出来事が脳裏に蘇り、俺は自分に対して悪態を吐いた。



「……下らない」



 下らない。本当に下らない。
 俺が、まだあの事に囚われているなんて。






+ 第二,五章 + 死神の記憶 






「なんでお前、俺が見えるのに笑っていられるんだよ」

 俺がそう問いかけたら、目の前にいるサーナイトは一瞬きょとんとした顔を作った。でもすぐに笑顔に戻り、明るい口調で言った。

「逆でしょ? 私は、あなたの事が見えるから笑っていられるんじゃない」

 病室のベッドの上で生き生きと笑う彼女は、とても末期の病気を患っているとは思えない。本来なら寝たきりの生活を送っていてもおかしくない身体の状態で、それでも彼女は快活な

笑みを絶やさない。

「おかしいだろ。だって俺が見えるって事は、自分が死に直面してるって事と同義なんだぞ」
「あなたの事が見えなくたって、自分の体がどれくらいボロボロなのかは十分把握してるわ」

 そう言って自分の右腕に刺さる点滴の針をなぞった彼女は、それに、と付け足した。

「死神って言ったって、あなたの姿は普通のルカリオと何ら変わり無いじゃない。私からすれば、あなたは死の象徴でもなんでもない、ただの可愛い男の子よ」

 目を細めてくすりと笑うその仕草は、俺には侮辱しているとしか思えなかった。確かにサーナイトの彼女からしたら俺は小さくて可愛く見えるのかもしれないが、男に対して可愛いな

んて褒め言葉にはならない。

「可愛いってなんだよ、馬鹿にしてんのか!?」
「ふふ、そういう所も可愛いのよね。少しからかっただけでむきになる所とか、顔を赤くしながら怒る所とか」

 気付いて無いでしょ、と言って俺の頬を指さす彼女は如何にも楽しそうで、そこで初めて自分の顔が熱を帯びている事に気付いた。といっても、俺は肉体を持たないから「帯びてる気

がする」だけで実際に熱を持っている訳ではないのだけど。

「だから」

 彼女は真顔に近い笑みを作ると、続けた。



「私は、あなたの事が好きよ」







+ 第三章 + 笑顔の意味 



 今度は死神や輪廻の仕組みについて詳しく話そう。先に死神の役目については説明したが、他にも一つだけ特筆すべき所がある。それは、死神は魂を「審査」する役割も担っていると

いう事だ。
 生物の魂が新しい肉体を手に入れて生まれて来る事を輪廻転生と言ったりするが、この時に魂が何の生物に転生するかを決めるのも死神の仕事なのだ。正確に言えば、死神はその魂の

「罪の量」を数段階で評価するだけで、それを元に冥界にいる神が生物の種類などを決めるのだが。
 この時に何を以て魂の罪を計るのかと言えば、霊体に残った記憶を参考にするのである。霊体は生きていた時の記憶を全て覚えていて、死神が霊体を喰う時にその全てを確認する事が

出来るのだ。

 それでは、物語の続きを聞いて貰おう。









 俺はその後暫く、アイツの屋敷に近寄らないようにしていた。アイツを見るとどうしても過去の事を思い出してしまい気分が悪くなる。そう思い、アイツの危篤臭が小さくなるまで待

ってから喰いに行こうと思っていたのだ。
 だが、アイツの危篤臭は何時まで経っても小さくならなかった。一週間を過ぎても、半月が経過しても、一ヶ月を迎えても。危篤臭はアイツの屋敷の方角から常に漂っていた。そして

アイツに遭ってから三ヶ月が経とうという日に、俺は一度様子を見に行こうと思い立った。なんで自分がそんな事を考えたのかは解らない。しかし、アイツの事と過去の事が常に頭の奥

で反響し、忘れるどころか一層強く自分を締め付けているのが事実だった。今思えば、それが理由だったのかもしれない。

 とにかく、俺はアイツの屋敷に向かったのだ。










「おい」

 俺が屋敷に着いた時、彼女はまた桜の木の下に座っていた。今日は胸元に大きなリボンが付いている白と水色のエプロンドレスを着ていて、足の上にハードカバーの本を開いて乗せて

いる。もう葉桜になっている為に桃色の花弁は見当たらないが、暑い日差しを燦々と受ける緑の葉とそれが作り出す涼しげな木陰はとても絵になっていた。

「あら。お久しぶりね、死神さん。何か御用かしら?」

 本に向けていた視線を宙に浮く俺に移動し、微笑みながら彼女はそう言った。俺はそれを聞きながら桜の太い枝に近づき、腰を掛けてから彼女に向かって口を開く。

「逢いに来い、と言ったのはお前だ」
「そういえばそうね。すっかり忘れてたわ」

 手を口元に持って行く仕草やくすくすと声を出す笑い方は相変わらずで、しかし前に比べて感じる嫌悪は少なくなっていた。それは、やはり。

(……っ)

 過去の出来事が頭を過ぎり、少し頭を振って思考の外に追い出す。その動きは下にいる彼女には見えなかったようで、そうだわ、と呟くと俺の方を見上げた。

「貴方の名前、まだ聞いてませんよね? もし良ければ教えて下さる?」
「……」

 突然に投げかけられたその質問に、俺はどう答えるべきか迷った。別に答える必要も無いしかと言って俺に不利益がある訳でも無い。どうせ近い内に死に逝く運命のポケモンに名乗る

のは馬鹿馬鹿しいが、結局三ヶ月も生き延びているからまだ死なないのかもしれない。数秒の逡巡の後、俺は結局。

「テッド、だ。……尤も、死神同士で互いを区別する為にだけ付けられた名前だが」

 自分の名前を言い、空を見上げた。特に何を思った訳でも無かったが、なんとなく、空しさが込み上げて来たのだ。

「テッド……ふふ。良い名前をお持ちね」
「機械の個体識別をする番号と同じ。良い悪いは関係無い」

 そう言い捨てたものの、俺は満更でもない感情が沸き起こるのを感じていた。それが何故なのかも、微かに理解していた。
 自分の名前を呼ばれたのは、あの人と別れて以来だ――


「……下らない」

 また過去を思い返してしまっていた自分に気付き、足元の彼女には聞こえないように呟いた。
 名前を呼ばれたから何だ。そんなもの、俺には関係無い。無いんだ。

「あ。私の名前はスミレです。貴方がそう呼んで下さるかは分からないけど、一応伝えておきますね」

 俺が自分自身に言い聞かせている間に、彼女はそう言うとハードカバーの本へと視線を下した。その表情も笑顔のままで、それを見た瞬間、俺は思わず問いかけていた。

「何故、お前は笑みを絶やさない」

 今彼女が笑っているのは単純に本の内容が面白いからなのかもしれない。だが、常に笑顔を保ち続けるのは一体何故なのか。

「何故、俺を知覚しているのに」

 俺が見えるという事は常に死と隣り合わせである事と同じだというのに、どうして笑うことが出来るというのか。
 すると、彼女は再び俺を見上げ、一度真顔になってからにこりと笑った。

「可笑しな質問をなさるのね。貴方は」

 何度も見た口を手で隠す仕草と笑顔。それに対して嫌悪も感じながら、それ以上に疑問が募り勝手に口が開く。

「何が可笑しい」
「だって。私と貴方では、何もかもが違うでしょう?」

 そう言い返され、俺はその意味を把握するのに少し時間が必要だった。そして理解した時、同時にまた疑問が生じた。しかし、彼女はそんな事に構わずに続ける。


「じゃあ逆に、どうして貴方は笑わないの?」


 何とは無し、といったに風にされたその質問に、俺は何も答えなかった。

 何も、答えられなかった。






+ 第三,五章 + 死神の理由 





「お前は、結局最後まで笑ってたな」
「直前まで、俺に『泣かないで』なんて優しい言葉をかけて」
「普通はお前の方が泣きたい筈なのに」
「いっつもそうだ」
「お前が笑うから、俺は笑えなかった」
「お前が笑うから、俺は笑わなかった」
「俺の代わりに、お前が笑ってくれた」
「感情表現が下手な俺の代わりに、お前はいつでも笑ってた」
「俺だって、お前の事は好きだったさ」
「口に出しては言えなかったけど、お前にはばれてたんだろうな」
「でもさ」
「本当に好きだったよ」
「俺の代わりに感情を作ってくれるお前が」
「お前のお蔭で、俺は感情を外に出せたんだ」
「表面は笑ってなくても、裏面は笑えてたんだ」
「だから」
「だけど」
「なのに」



「わかってたさ」
「むしろ今まで生きてたのが奇跡だ」
「だから、俺が悲しむのはお門違いだ」
「だけど、お前は死ぬ間際だったのに」
「なのに、なんで楽しそうな記憶しかないんだよ」



「ずるいよ」

「お前ばっかり笑って、笑いまくって、勝手に居なくなって」





「お前が居なくなった世界じゃ、俺はもう笑えないのに」











+ 第四章 + 笑顔の崩壊 




 死神はその仕事柄故に、感情に乏しかったり極端な性格だったりする場合が殆どだ。それは罪の審査をする上では好都合だし、死者の生前の記憶を見る事によってそうなる場合もある

だろう。記憶には死ぬ直前のものが強く残るのが普通だし、一生を通してみたって嫌な記憶というものは強く残るものだ。そんなものを何百、何億と繰り返し見てれば、自ずと性格だっ

て歪んでくる。

 俺は、そんな奴の代名詞みたいなものだったって訳さ。










 それから更に三ヶ月が経ったある日の夜だった。

 アイツが、急に倒れたのは。







 初めて会った時と同じ服装の彼女は、笑いながら問いかけてきた。

「最近、毎日のように貴方は逢いに来てくれるけど。一体どうしたの?」
「理由は無い。暇潰しと餌の確認、それだけ」

 そう嘯いた俺は、彼女の部屋の中に浮きながら窓の外を眺めた。月明かり程度の明かりではとても見えないが、朝にもなれば俺の視線の先には紅葉した桜の木が映る事になる。それは

改めて時間の経過を見せつける物であり、だからこそ、希望的な思いすら芽生えてしまう物だ。

「そういえば、私はまだ貴方に答えて貰っていない質問があるわ」

 こちらをいつも通りの笑顔で見つめる彼女と一瞬視線を合わせて続きを促す。

「貴方は、どうして笑わないの?」

 それは、確かに以前は答えられなかった問いだった。だが、今の俺には答えられる質問だ。

「下らないからだ」

 無表情のまま、俺はそういって少しだけ息を吐き、続ける。

「笑顔なんて、下らない。実に下らない」

 感情は所詮生存本能の派生であり延長に過ぎず、それを表現する表情を作る事も無駄な行為で偽善だ。笑顔はその最たるものであり、他の表情以上に不必要だ。元々生物は互いに争い

ながらこそ存続し得るもので、それを緩和する笑顔などというものが何故必要だというのか。
 そこまで語った所で、彼女はやっぱりあなたは可笑しい人ね、と笑った。

「でも、それ以上に寂しい人だわ。笑顔は、こんなにも尊いものなのに」

 そう言うと、彼女は少し悲しげな顔で微笑んだ。ああ、そうさ。俺は確かに寂しいポケモンだ。
 でも。

「可笑しいものだな」

 彼女に背を向けてから言い放った俺の言葉は、無駄に広い部屋の中を反響した。

「最近の俺は、笑顔も案外悪くないと――感じている」
「……え?」

 言い終わって一瞬の間を置いてから、背後で疑問の声が上がった。きっと彼女は目を丸く見開いて耳を疑っているのだろう。ならば、俺は更にそれに拍車を掛けようか。


「これも、スミレのお蔭かもしれないな」


 後ろを向いたまま告げたその言葉に、彼女は息を呑んでいるようだった。恐らく、返事の言葉に迷っているのだろう。
 別に、どんな返事が来ても構わない。俺が、少しだけ笑顔を取り戻しつつあることは事実なのだから。


「テッド。私――」

 しかし、俺はそこである事に気付いた。
 後ろから感じる危篤臭が、いきなり急激に強まっている事に。

 その異変に自分の中で危険信号が打ちあがり、後ろを振り向いた瞬間
 


 視界が捉えたのは、咳き込む彼女の姿と血の色だった。













 今になって考えてみれば、アイツが死なずに済んでいたのは生気が無かったからだったのだろうと想像出来る。
 自分が死ぬ間際に立たされている事を悟り、生きる事を止める。つまり、常に死を意識しながら生きる……いや、死ぬために生きていく事によって、意図せずして生き長らえていたの

だろう。
 生きるという行為は、普通であれば常に体内の霊力を消費する行為だ。霊力は生命力に等しいが故に、これが少なくなると生物は死にやすくなる。しかしアイツは、死ぬ間際で生きる

事を止めた。そのせいで霊力の消費も極少になり、持病が悪化したり免疫力が低下したりする紙一重の所で生き続けていたのだ。とても信じられる事では無いが、恐らくは。
 だが、アイツは生気を持ってしまった。それまで止めていた霊力を消費する活動を、再開してしまった。

 それも、俺のせいで。










 彼女が苦しんでいる間、俺は何も出来ずに居た。彼女が着ている桃色の服が、屈みこんでいる茶色のカーペットが、みるみるうちに深紅で汚されていく。今は深夜であり警備のガード

マンも先ほど回ってきたばかりで、誰の助けも借りる事が出来ない。尤も、借りれたとしたって数時間の延命しか出来ないのだろうが。

「……また、俺は失うのか」

 無意識にポツリと呟いていたそれは、行き場を無くして彼女の咳に混ざって消えた。そしてその音が静かになった数秒後、彼女の体は紅いカーペットの上に投げ出されて仰向けになっ

た。

「て、ど……貴方は、失ってない」

 その状態で、彼女は俺に話しかける。

「過去に、何があったかは、知らない……でも貴方は、何も失って、無いから」

 ――だから、泣かないで。

 彼女はそう言うと、血にまみれた顔のままで微笑んだ。そうか、今俺は泣いているのか。道理で、頬が冷たく感じると思った。
 そういえばあの人にも同じ台詞を言われたっけ、なんてのんきに思いながら、それでも涙は止まらない。


 それとは対照的に、彼女は最期の最期まで、笑ったままだった。











+ エピローグ + 




「……これが、俺の笑わない理由だ」

 俺は目の前にいるクチートの少女に向かってそう言うと、浅く溜息を吐いて体を伸ばした。しかし、少女は如何にも不満げな表情を向けてくる。

「絶対、嘘だ」
「ところが残念。事実だ」

 そう言い返すと少女はむっとした顔になり、だって、と続けた。

「だって、普通そんな体験したんだったら、むしろ笑った方が彼女達の為になるじゃん」

 それなのになんであんたは笑ってないんだよ。と尤もらしい事を言われ、思わず唸りそうになった。
 だが、それには俺なりの理由がある。

「元々俺は感情表現が苦手だからな。それに、笑ってばかりいると笑顔の尊さなど微塵も感じられない」

 お前が見た事が無いだけで、今の俺は笑う時だってあるんだ。そう言ってやると、少女は若干不服そうにではあるが理解したようだった。が、次の瞬間には予想通りの言葉を放ってきた。

「じゃあ今笑って見せてよ」
「無理だ」

 それに対して即答したら、俺に向かって舌打ちや罵詈雑言が投げつけられる。まあ、これも予想の範疇だ。
 でも、それを言うならお前だって。

「お前の方こそ、年相応な笑顔を覚えたらどうなんだ」
「嫌だね」







  End.




+ あとがき + 



 さて。色々と書きたい事はあるのですが、その前に仮面を外しておきたいと思います。
 この駄文を書いた作家は、この僕多比ネ才氏でした。最近は更新もしてなかったし、どちらかと言えば「お前誰だよ」って感じの人の方が多いでしょうか。

 ところで、ちょっと気になったのですが……




 ……どうして、僕の小説がちゃっかり準優勝なんかしちゃってるのでしょうか。

 ちょっとどころか疑問なんですけど。これ。なんで6票も入ってるんでしょう。みんな間違って投票したんじゃないかって思えてならないんですが。
 本当はもっと長い話になる予定だったのに、期日に間に合わせようと無理やり短くしちゃったせいで文章のバランスが悪いし。それでいて期間の延長があったのに遅刻投稿になっちゃったし。しかもプレビューもせずにメモ帳から直接貼り付けたせいで変な改行が入ったりワンクッション入れるの忘れちゃったりしたし。
 投票して下さった方には申し訳ないのですが、自分ではあまりいい出来だと思えていないので、ちょっと複雑な心境です。総投票数が少ないせいだとは思うんですが……多分、50票以上集まってたら僕は下から数えた方が早かったんじゃないでしょうか。

 とは言え、以前から構想やプロットはそれなりに練っていた作品だったので嬉しい気持ちも正直あったりします。なので、いずれは書けなかった部分を補っていきたいと思っているところです。加筆修正という形になるか短編として別に上げる事になるかは分かりませんが、そのうち。

 それでは、頂いたコメントに返信したいと思います。



>>とてもよかったと思います。 (2012/04/06(金) 13:23)


 ありがとうございます。自分ではそうは思えないのですが、こういったコメントを頂けると励みになります。


>>生きたいという想いが、結果として逝ってしまう原因となる……何だか切ないですね。

最後まで笑って生きられたら、素敵な人生……なんでしょうかねぇ? ちょっと考えちゃうかも。 (2012/04/08(日) 22:06)

 人生で一番辛いとも考えられる死の間際にそれでも笑みを浮かべられるとしたら、それはとても素敵なことだと思います。でもそれ以上に、自分の死を嘆いてくれる人がいることは素敵で幸せだと思います。


>>独特の世界観でしたね。ふわっとした感じで、具体的には分からないのですがなんとなく惹かれるものがありました。 (2012/04/10(火) 00:01)


 オリジナルの世界観設定を使ったせいで「人間でやれよ」と言われそうな作品になったのでgkbrしてたり←
 淡々としたテンポの文章を心がけながら書いていたからでしょうか。気に入って頂けたのであれば幸いです。


>>すらすら読めた よかった (2012/04/10(火) 00:24)
>>とても読みやすくて、面白かったです。 (2012/04/10(火) 06:55)


 似ている内容のコメントなので同時に返信させて頂きます。
 主人公の性格がアレなので読み辛い文章になっていないか心配だったのですが、楽しんで頂けたのでしたら良かったです。


>>なんか切ない (2012/04/10(火) 16:47)


 構想の時から「切ない話を書きたいな」と思っていたので、そういって頂けると非常に嬉しいです。






 ここまで読んで頂きありがとうございました。
 今回の結果はこれからの原動力にしていこうと思います。


 お疲れ様でした。


  written by 多比ネ才氏



 何かコメントがあればお書き下さい。

お名前:
  • >>正直なところ〜
    >>ベタベタでもいいので〜
    プロットを書き出す段階では「そのポケモンだから出来る事」を考えてあったのですが、僕の作業効率の悪さが祟って削らざるを得なかったのでした。その為、確かにサマヨール等を主人公にした方がいい話になってしまっています。投稿前にこれを見せた友人にも「なんでルカリオが死神なんだよ」って言われました。

    >>魂やら死神やらの〜
    >>ポケモンであることを〜
    仰るとおりです。執筆自体に割いた時間が少なかったせいで、構想ばかりが拡大して肝心の文章構成や読者を引き込む演出の方はぐちゃぐちゃになってます。

    >>また、基本的に〜
    対比するものが少ないせいでキャラの個性が捉えられない点も気づいてました。これも省いてしまった点なのですが、実はもう2、3人ほど登場する予定のポケモンがいたのです。


    こうしてみると、やっぱり欠点だらけですね……短くするならするでストーリーの路線変更などをすべきだったでしょうか。
    とはいえ、後から言い訳したところで描写が足りてない事実は変わりません。それにじゃあ時間があったら書けたのかよって言われると自信がないです。
    なので、今後は計画的に執筆をしようと思います。

    ご指摘ありがとうございました。


     
    ―― 2012-04-14 (土) 14:23:22
  • 正直なところ、言われなければどのキャラがどのポケモンなのかもわからず、そもそもその種族のポケモンらしいことを何一つしていないので、どうにも評価しづらい小説でした。
    ベタベタでもいいので、死神をヨノワールやサマヨールにすれば何か変わったのでしょうが、このお話ではルカリオ。しかも、ルカリオである理由さえも感じなかったような気がします。
    魂やら死神やらの解説も、どこか邪魔くさく物語に入り込むことを阻害しているように感じますし、演出や構成に難があったかと。
    ポケモンであることを度外視しても、設定や展開に目新しさも王道もないためどうに盛り上がりに欠けた構成になったと思います。
    また、基本的に大筋に関係のあるキャラがたった二人しかいないため、他の死者、他の死神というものがどういうものかもわかりにくいというのも一つの弱点ですね。一人に固執せずに、有象無象のモブとのやり取りも交えながら、彼女との違いを対比して書かないと、彼女がすごくないのかすごいのか、読者にはわからないのです。
    例えば、時速200㎞で走る動物がいたら、すごいように思えます。ですが、ポケモン世界やドラゴンボールの世界では何の自慢にもならないでしょう? 同様に、このお話ではサーナイト以外の登場人物がいないため、サーナイトの何がすごいのかわからないという事態に陥ってます。ルカリオも同じく他の死神がいないので……です。描写に説得力を持たせるように、それを心掛けて次の執筆に臨みましょう。
    ――リング 2012-04-14 (土) 10:39:30

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Last-modified: 2012-04-13 (金) 00:00:00
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