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死が我らを分かつまで

/死が我らを分かつまで

・この拙作には、暴力・流血・殺害(後)などの猟奇的な描写を含みます。ご注意ください。
・ポケモンレジェンズアルセウスのネタバレを含みます。
・一部加筆修正を行いました。





 涙など、疾うに枯れ果てて居るはずだ。此の身に巻き付く枷の重さが、安い情など忘れさせて呉れたはずだ。

 しかし、其れは真では非ず。森の中、鮮血に彩られた草花の中に横たわる友の亡骸を見下ろした矢先、彼の双眸から伝う一筋ずつの小さな流れが現れた。

 其れを振るい払うかの如く、彼は自らの周りを睨み付ける。牙はおろか、歯さえ持ち合わせずの口を食い縛る。夕日に染まる茂みや枝木に隠れた小さき獣どもが、彼の友と同じ末路を辿らぬよう勢い良く逃げ出す。彼の翼と爪には、乾いておらずの血が。

 悲しみ、そして虚しさ。彼の胸中に浮かぶものは、其れであった。だが、投げ出す事は許されず。其れを咎める者も罰する者も持たずとも、彼には振り返る過去も輝く未来も無い。

 何も無い、全て捨てて此処に居る。

 畳む事を忘れた翼を引き摺り、血も涙さえ拭わずの彼が友の骸の、其の背へと歩み寄った。森の地に横たわる友の骸は、彼に切られ、そして捥がれた首筋から未だに小さく血が溢れ出して居た。だが、其れも直ぐ止まるだろう。彼が口元を緩め、咥えて居たものを地に落とす。

 其れは、光を失った瞳で彼を見つめ返す、友の首であった。酷い事をした、と、彼は友に心の奥で詫びたが、其の言葉が詫びか否かは、今の彼には判別が叶わず。唯、揺るがずの真として、彼は不意を突き、己の翼で彼を襲い、額を趾で掴み、首骨を捩じ切った。

 彼に悔いは無い。しかし、友の亡骸の周りに広がって居るのは、虚しさのみであった。其れは彼が持ち込んだものであり、彼が友に齎したもの。其れは来たるものであり、去らぬものでもある。彼には、其れが誠の仲であり、偽りの神でもあった。

 否、彼は今更になって神を論ずる腹積りなど無かった。単に、此の虚しさを忘れられる日を願うのみである。其れこそ真の偽りであるが。

 やろう、戻れはし無い。

 友の背を見下ろして居た彼が、横目で友の尾を伺う。此れは後で砕けば良い。其の時が必ず来るが、痛みなど奪われたのだから気に病む事は無いだろう。

 友の首の隣で、彼は身を屈める。滑らかな肌が、彼の背が眼前に広がって居る。浅く、傷つけぬ様に、首を捻じ切る羽目になった二の舞にならぬ様に。彼は自身の風切羽、ヒトが鍛える刃の如き鋼の鋒を友の背に差し込んだ。そして薙ぐ。

 矢張り、柔い。鋼に肉を包んだ彼と異なり、友の鋼は骨と殻のみであった。仕損ずる事は許され無い。此れ以上の傷は許され無い。

 彼の背から羽を抜く。血濡れの翼を払わぬ儘、彼は友の背の肉を咥えた。そして、首を振り肉を裂く。此処から先は、翼の刃は使えず。同じく鋼の嘴だが、其の先は羽々よりも幾分も鈍い。

 山々の裏に日が落ち、夜の帳が深まるが、彼は構わず友の肉を抉った。柔い音が転がる中で、彼は血に濡れ続けた。頭も、嘴も、胸も、翼も、足も。

 彼は一口すら、友の肉を喰む事はし無かった。彼は空腹に非ず。腑の中に溢れるものを、虚しさとは別種であるものに耐え忍びながら、彼は友を弄んだ。

 山々の輪郭のみが赤みを帯び、天上に星々が輝く頃、彼は漸く終えた。彼が見下ろす先には、先を失った首から尾の根元まで露わになった背骨が。

 そう、其れこそ鋼の獣の心が宿る処だ。終わらせよう。そして、虚しさの始まりと繋がりだ。

 彼が、両の翼を地に当て、其れを支えにして項垂れる。そして、友の首の隣で咽び泣いた。

 否、そうでは無い。彼は咳き込んだのだ。其の度に、彼の嘴から飛び出たものが地面に広がる。更に、彼が喉を膨らませ、大きな塊を勢い良く産み落とした。否、其れはまだ続く。
 
 彼の体から出たものは、水銀に似た輝きを持つ、粘り気のある塊。此の時代のヒトが目の当たりにするならば、おそらくはそう言い表すだろう。彼だけは真の名を知って居る。マイクロマシン、稲穂の種よりも小さき絡繰の集まりだ。

 無論、此のヒスイに生きるヒトに、此のような代物など想像さえ叶わず。其れは、ガラルの地に居る彼の祖先でさえ同じだろう。現代まで残るヒスイの伝承に、アーマーガアは一羽とて存在せず。彼は、ヒトの前に姿すら晒さなかったのだ。そして、此れからも用心を重ねて其れを全うする。

 彼が顔を上げる。地を眺めれば、血に塗れた草花の上に広がる水銀の澱みが波打って居る。彼が自身の、脊椎部整合化第二思考中枢で命ずると、其れは幾筋かの小さき奔流となって友の骸に嵌められた背骨へと駆けた。其処へ辿り着くと、身体の奥へと染み入る。仮に、未だに彼を覗き見る命知らずが居るとすれば、此の悍ましさに己の背筋が凍てついて居ただろう。

 鋼の獣には、鋼の獣だけが持ち得る、命の作法がある。そして、彼に其れを説いたヒトには、果たさなければならぬ使命がある。彼はもう、逃れる事は叶わず。彼の中へ、ヒトに迫る知性が詰まった水銀を流し込んだヒトどもは、此の時代には生まれてさえい無いとしても。虚しさで虚しさを埋めるが為、彼は此処へ降り立ったのだ。神の力の模倣を用いてまで。

 彼は首を横に向け、視線を下げる。其処には、命の灯火を失って間も無い友の首が。彼は己の顔に如何なる表情も浮かべぬ儘、再び腰を屈めた。自らの頭で、友の頭を立たせる。

 彼は友の目を見つめたが、友の目に彼は映ってい無かった。瞳が濁り始めて居る。竜であるにしてもか、竜であるが故にか。何れにせよ、此の儘、彼が何もしなければ、友は身体のみの亡者として彼に従うだろう。マイクロマシンによる無線操作により。

 其れは、一種の幸せだろう。命と世の虚しさを感じず、傀儡としてあり続けるのは。しかし、彼の中には虚しさが広がって居た。此の先の未来まで、一羽で進む事はできぬ程に。

 彼は友の柔らかな口に、己の鋼の嘴を当てた。友の其れと彼の其れでは、形が大きく異なる。不恰好な口付けであった。

 其れでも良い。大切なものは其れでは無い。

 彼の中には、再び込み上げてくるものが。其れは喉を通り、彼と友が繋がる隙間から溢れる。鋼に包まれた彼と、死してなおも粘液に包まれた友が水銀に塗れる事は無く。ふたりの顔を伝わり、そして地に広がっていく。


『ようやく分かったよ、なんで君がいつも悲しそうな目をしてるか』


 彼は友の口から離れ、立ち上がり、幾らか後ずさる。彼が見つめる先には、首だけの友が彼に向けて微笑んで居た。其の後ろでは、殻の付いた尾を、尾だけで持ち上げつつ起き上がる身体が。木漏れの月光が、ふたりを照らして居た。尤も、鳥の眷属である彼が其れの理解が叶うのは、夜間視覚を増大させるマイクロマシンの恩恵であるが。


『あ、ちょっと格好付けすぎだった?』
「…………」
『僕を生き返らせてくれたのって、マイクロマシンって言うの? もしかして、これで君にもがれた首もくっつく?』
「…………」
『あ、ごめん。ちゃんと全部知ってるよ。生き返るだけじゃなく、代謝まで復活するんだね。首も背中も、全部元通りになるって』
「…………」


 居心地の悪さを表す笑みに移り変わった友へ、彼は俯き何も返せずに居た。此れからは、只のヌメルゴンとしては生きられず。此の先に待ち構える破滅を見据え、其れを砕く野望を掲げるヒトどもの尖兵となるのだ。自らと等しく、マクロコスモスの隷として。


『僕はそれでもいいよ。これからも、君と生きられるなら』
「…………すまない」


 彼が一言だけ、謝った。今までの全てを、此れからの運命を定めた事を乗せて。だが、友の語気は、マイクロマシンによる無線通話の口調は変わら無かった。


『いいんだよ。あ、違う。罰として、もう一回キスしてよ』


 彼が緩やかに、己の顔を上げた。其処には、「此れまで」と変わらぬ友の笑みがあった。しかし、其れ以外の凡ゆるものが変わった。否、破滅の未来は未だ変わってい無い。

 彼の中には虚しさが残って居た。そして其れは、此れからも残り続けるだろう。彼と友が安らかな眠りが訪れる、永劫の神の完全なる統治の時まで。戦い続けるのだ、其の時まで。


『僕たちで変えよう。千年とちょっとの未来を。今から、今度こそ』
「……ああ」


 彼らの頭上に広がる星界から、既に永劫の神は降り立って居る。先ずは、其れを探さなければ。千年後を変えるには、其の前から変えなければならぬものがある。





Till DYNA do future part(死が我らを分かつまで)






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Last-modified: 2023-12-04 (月) 23:47:27
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