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武器は『命』

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「なー、知ってるか? 俺達ミニリュウはカイリューっていうものすごーく強い種族に進化出来るんだぜ?」
 ミニリュウの男の子に煽られ、ビードルの男の子、マックスはムッとする。
「何言ってるんだ。カイリューが強いのは確かでも、君が強いわけじゃないじゃないか」
「へーんだ。負け惜しみ。スピアーなんて群れなきゃ何にもできないくせに、そんなこと言っちゃってさ。大人になったときに泣いたって知らないぜ?」
 いつもいつもこんな調子でからんでくるこのミニリュウは、自分が成長すれば強い種族になれることが約束されている。彼はそれを自慢したくてたまらないのだろう。だが、実際のところミニリュウの語る言葉は何も間違っておらず、たとえば日常的な飛行速度一つとっても、カイリューの方がよっぽど早く、そして力仕事も得意である。
 彼らが住んでいる港町でも、重いものを運ぶ役割を与えられるのはカイリューである。時にはそれから物を運ぶこともあるが、基本的に給料を多く稼げるのはカイリューだ。スピアーが同じ場所へ働かせてくれと頼んでも、その給料には歴然とした差が出ることだろう。
 たとえ日常的に喧嘩をするとか、戦いに身を置くとか、そういった人生を送っていなくとも強い種族に生まれたという事はそれだけで得なのだ。

 成長や進化が早いという事に関していえば、スピアーのほうが圧倒的に得ではあるが、成長したときにどちらが強いかなど、火を見るよりも明らかだ。自慢に対して反論の一つでもしたかったが彼の言うことは正しくて、反論の余地もない。だが、それはあくまで同じくらいの努力をしたときに話である。
 例えば、探検隊でも軍人でも何でもいい。確かにカイリューは強いポケモンだけれど、まじめに体を鍛えさえすれば、スピアーだってカイリューに勝つことは出来るし、そういう例はいくらでもある。まだ進化もしていない年端もゆかない子供が、大人の探検隊をなぎ倒していったとか、世界を救ったのは幼いポケモンたちだとか、そういう話は枚挙にいとまがない。
 そんな話を知っているから、マックスは自分の生まれた種族に悲観することなく、物心ついて間もないころから鍛錬に励んでいた。と、言っても這うことしか出来ないビードルの彼が出来るのは、体当たりやちょっとした虫食いくらいなのだが。それでも、いつかは強くなるという目標を持った彼は、両親から頼まれる家事や兄弟の世話の手伝いの合間に戦いの練習を毎日欠かさずに行った。
 まだ、不思議のダンジョンへは一人で行ってはいけないと言われているため、幼かった彼が出来たのはシャドウボクシングのようなことや、基礎体力を上げるための走り込みなどくらいである。技の練習はいつも見えない相手にぶつけるだけであった。

 そんな彼が憧れるのは、日々不思議のダンジョンに潜り、戦いに開けくれる探検隊たちであった。それまではこわもての大人たちが集まる場所は怖いと思っていたが、ある日勇気を出して探検隊が仕事を求め集まるギルドに行ってみた時は驚いたものだ。確かにどのポケモンも一様に逞しくまた傷も多いため、見た目は少々いかついが、みんな非常にやさしいのだ。
 いろんな探検隊と話をすることが出来るようになると、いつしか階級の高い探検隊となればその傷も増える傾向にあるが事に気付き、さらに時間がたつと、逆に階級が高いというのに無駄な傷が一切ないポケモンもいる事に気付いた。
 その中でもトップクラスで強く、そして傷が少なかったのは、雪のように純白な羽毛に包まれ、大きなネギを片時も離さずに持つポケモン、ネギガナイトの男性と、その相棒なのだろうVの字の特徴的な頭部に自身と同族の幼生を二匹住まわせる、子飼いのドラゴンの女性、ドラパルトだ。
 二人とも、近距離での殴り合いが得意なはずのポケモンだというのに無駄な傷は一切見られない。ギルドでは酒も食事も楽しめるのだが、酒の席でたとえ誰かが喧嘩を吹っ掛けたとしても一方的にさばいてしまうし、その際も戦い方に一切の無駄がない。
 ある時から、毎日探検隊を眺めるために通い詰めていると、いつしか探検隊たちも自分からマックスに話しかけてあげたり、時にはそして稽古をつけるようになっていた。そして、その少年を可愛がっている者達の中にはあのネギガナイトとドラパルトもいた。
 だが、鍛えると言ってもたかがビードルであるマックスできることなんてたかが知れていて。やはり基礎的な鍛錬が多い。
「ちがーう! 今いる場所に向けて糸を吐いてどうするんだ! まず、糸を吐くのは敵の動く場所を予測してからだ!」
 遠距離攻撃もできず、攻撃手段といえば体当たりと虫食いくらい。遠距離に飛ばせるのは糸くらい。そんなマックスへの指導は、いずれ遠距離攻撃を使えるようになる未来へ向けての、敵の行動を予測する訓練であった。指導をしているネギガナイトは、オフの日はわざわざ時間を作って指導してくれるほどの仲になっている。
「でも、おじさんの動きが速すぎるよ……」
「おっちゃんの動きが速いやとぉ? そんなことはいやろ、おっちゃんの動きに目ぇ回しとったら、こっちのおばちゃんの動きなんて見たら眼ん玉飛び出るぞ?」
「おばちゃん?」
 ネギガナイトの熱血指導を見守っていたドラパルトの女性は、聞き捨てならない言葉に鋭く睨みを利かせる。
「私はまだあんたなんかよりもよっぽど若いんだけれど?」
「なーにが若いじゃ。それはおっちゃんに弟子入りしたときの話で、今はもう立派なおばちゃんやろが!? 妹に結婚を先をこされて、頭に入れてる子供も妹の子供だっていうのに、『おばちゃん』を否定する根拠は何じゃ?」
「言ったわねー!」
 まーた始まったよ……と、マックスは呆れてしまう。この二人、無用な喧嘩はしないたちだが、口喧嘩だけはよくするのである。これには、ドラパルトの頭に住んでいるドラメシヤたちも呆れてしまい、頭にある穴から出て来ては、俺達だけで遊ぼうぜとマックスを。とは言っても、ドラパルトの幼体であるドラメシヤですら、鬼ごっこをすればビードルなんて相手にならないので、必然的にやることといえば比較的有利も不利もない戦いごっこだ。
 子供たちは驚かしたりまとわりついたり、噛みついてきたりと多彩な動きでマックスを苦しめる。地を這うことしか出来ないようなマックスと比べて、ドラメシヤという種族は宙を泳ぐように舞うために機動力は段違いだ。
 糸を吐くだけが敵を捉える手段であるビードルではまともに戦って勝てる相手ではない。それでも、マックスは二匹のドラメシヤを相手にしてもそこそこは戦える程度の力はあり、大人を相手にしていると実感はわかないながらも、子供同士ではしっかりと実感を覚えるくらいには日々成長している。

 実を言えば、ドラパルトにとってはこのマックスと子供たちの戦いが、マックスと付き合っている理由の一つであった。頭の中に入れた子供はまだまだダンジョンに連れ出してばかりよりも、こうして同年代の子供と遊んだ経験も必要だ。こうして子供同士で遊んでくれる時間を作るためにも、マックスはちょうどいい相手なのであった。
「チビ達、そろそろ家に帰るわよ」
 大人たちがとっくに口喧嘩をやめ、呼びかけられるまで、三匹は遊び惚けていた。ネギガナイトのおっちゃんに稽古をつけられているときは、あまりに力の差が歴然過ぎてあまり楽しくないが、やはり同年代の子供たちであれば実力が拮抗していて、熱中してしまうようだ。
 疲れ果てた二匹のドラメシヤはドラパルトの中へと帰り、マックスはドラパルトのお姉さんの頭の中に入れられて、家まで送ってもらうのであった。

 ◇

 そうして、徐々に力をつけていった彼は、とある日自分に対して鼻持ちならない態度をとっていたミニリュウに喧嘩を仕掛け、そして追い詰めていた。
「へへ、カイリューになればなんだって? ミニリュウの時から、僕に負けているようじゃ……カイリューになっても大したことないんじゃあないの?」
 ミニリュウに電磁波を撃たれても、糸を放ってそれを受け流し、竜巻を起こされてもその予備動作を見切って糸を巻き付けてやる。
「う、うるせぇ……ビードルなんかに負けてたまるか……」
 マックス自身はボロボロだったが、執念で食らいつくマックスの迫力に気おされて、ミニリュウはたじろいでいる。
「そんなこと言っちゃっていいの!? もう君、まともに動けないでしょ?」
 相手が動きに支障が出たところで、ぐるぐる巻きになるまで糸を吐き続け動けなくなった相手を延々と虫食いで攻撃する。
「も、もうやめて……俺の負けだ……」
 ミニリュウが降参するまではそう時間がかからなかった。マックスもかなりの深手を負っていた、というよりはマックスの方が深手を負っているといっても差し支えのない状況であったが、これ以上続けていればどちらが勝つかなど明白だ。マックスの執念が導いた勝利であった。
「大丈夫? マックス君?」
 全身傷だらけのマックスは、ガールフレンドのツチニン、ビアンカに駆けよられた。
「へへ、勝ったよビアンカちゃん……」
「勝ったって見た目じゃないよそれ……ほら、オレンの実」
 見れば、ミニリュウの方は自身の取り巻きにまかれた糸を解かせているようで、あちらの方は心配なさそうだ。喧嘩の最中は痛みを感じにくいものだが、終わればその痛みが一気にぶり返すもので、マックスはビアンカに抱きしめられながら、いまさらやってきた痛みに苦しみ呻いていた。しかし、しばらくするとだんだん血の気が引いてきたようで、ふらふらとしたまま気絶してしまう。次にマックスが目覚めたのは、家の中で、目覚めた彼は両親にたっぷりと叱られた。


 数日後、回復したビードルは、自分が強敵に勝ったことを報告するために、喜び勇んでギルドへ行く。一番合いたい相手はギルドにいるとは限らないが、今日は運よく居てくれたようで、まだ傷の残る体を引きずるようにして報告へと駆け寄った。
「お前、その怪我どうしたよ……」
「貴方、何やってるのよ……」
 ネギガナイトもドラパルトも、マックスの姿を見て唖然とする。二日ほど休みはしたものの、マックスの体は所々が傷つき、青い血を流している。
「へへ、おじさん! 俺、例のミニリュウに勝ったよ!」
「なーるほど、嬉しそうな顔をしているわけだ。無茶しちゃってまぁ、おっちゃん嬉しいけれど心配だぞ?」
 以前からマックスがミニリュウに目の敵にされていたこと。そして、ミニリュウを倒したいと常日頃から愚痴っていたため、それに勝利したという知らせは嬉しいものではあったが、それにしたってこの無茶な戦いぶり、もしも自分の子供がこんな戦いをしていると考えると、ドラパルトは心臓が持ちそうにない。
 探検隊の二人からしてみれば、仕事を達成することも重要ではあるが、何よりも重要なのは生き残ることである。探検隊に憧れているらしいこの少年だが、こんな酷い傷を負うような戦い方をしていれば、探検隊を初めて間もないころにコロッと死んでしまうかもしれない。
「あんなぁ、おチビ……いや、こんな人が多いところで話す話題でもないな。ちっと、外出るか」
「会計しとくねー」
 ドラパルトはネギガナイトへと言いながら、店員へと頼んでお会計を済ませる。頭の中に住んでいたドラメシヤの二人は、ミニリュウに勝ったと豪語するビードルから話を聞こうと、ネギガナイトに寄り添っていた。

 そうして、外に出たネギガナイトは、落ち着ける場所に集まり、マックスと話をする。
「あのなぁ、お前さん。その重傷はいけないぞ。そんな状況になっても戦うだなんて、お前あほちゃうか?」
「えぇ、褒めてくれないの!?」
「あほか、探検隊ってのはなぁ、そんなに甘い職業じゃないんやで? おっちゃんなぁ、自分の怪我を甘くみてそのまま死んじまった探検隊なんぞいくらでも見てきたんだ。ダンジョンじゃ歩いているだけで怪我が回復するゆうて、そのまま家に帰れなくなった奴なんぞいくらでも見てきた。
 お前のその怪我も、ダンジョンだったら致命的になりかねない。やばい怪我だってぇことだ。子供の頃からそんな怪我をしていたら、大人になったときはもっと無茶するようになるぞ?」
「うぅ……で、でもぉ……ちょっとは褒めてくれたっていいじゃない」
「いいや、褒めねえ! おっちゃん、自分より年下のくせに自分より先に死ぬ奴は大嫌いなんだ。おめえがそうなったら、どうするんだ? ……これだから虫タイプってやつはいけねぇ」
 ネギガナイトの言葉にマックスはムッとする。
「虫タイプかどうかは関係ないじゃないか!?」
「いいや関係ある! 虫タイプってのはそもそも、命が軽い奴が多いんだ……交尾したら死んでもいいと思っている奴もいる、子供を産んだら死んでもいいと思っている奴もいる。お前たちビードルだってそうだ……大切な者のため、例えば女王のため……そういう理由があれば容易に命を捨てられるような種族だ。
 だから、お前たちは割と命を簡単に捨ててしまう。そういう危うさがある。だがなぁ、それはいかん、絶対にいかん。生き残れるように戦わなきゃいかん。きっと、お前さんは強く成長する。そうなりゃ、多くの人を救うことだってできるはずだ。だからこそ、お前は生き残って戦い続けなきゃいかん。こんなところでつまらんしに勝たしていいような奴じゃない。
 まぁ、なんだ。強さってのは、差し出せる武器によって変わる。武力、知力、そして金銭や魅力も。『命』を武器にできるという事は、それもまた強さの一つだ。だがねぇ、一番大事なのは努力と忍耐力だよ。強くなるために毎日血を吐くような努力をする……まぁ、お前さんはそれについては出来ているが、待つこと、逃げることもまた大事なんだ。強い相手に立ち向かう必要は、この先の人生であるかもしれない。けれどなぁ、だからといって無謀に戦いを挑むようなことはしちゃいかんぞ?
 でないと、一の命を救うために、生き残ってりゃ救える一〇の命を諦めることになるかもしれない。今回だって、その怪我……下手したらやばいことになってるから。というかそもそも、その怪我大丈夫だったのか?」
「うう……その、戦いが終わったら痛くて気絶しちゃってた」
「ほれみろ。ダンジョンだったらその時点でほぼ冒険失敗やぞ?」
 ネギガナイトに言われて、マックスは何も言い返せなかった。
「ねぇ、マックス君。おっちゃんは厳しい言い方だけれど、彼の気持ちもわかってあげてね。彼、本当にたくさんの探検隊を育てて、そのまま死んじゃった子を見てきたから。だから、貴方にもそうならないようにって思っているのよ。でも、強くなったのを喜んでいるのは確かだろうから、それについては……そうよね?」
 ドラパルトに尋ねられ、ネギガナイトはうんと頷いた。
「あぁ、強くなったのはうれしい。だからこそ、お前は強くなれ。愚かになるな。無鉄砲な戦い方をして勝ち続けると、それが正しいものだと信じちまう。だから、お前はまず生き延びることを考えろ。どうしても命を捨てなきゃならないなんてときは、その死に価値があるのか考えてみろ。
 男が命を張るのは間違ったことじゃあねえ。その張り時を考えるんだ。いいか? 簡単に命を捨てちゃいけないぜ?」
「……うん」
「よし、それをわかってくれるんなら、強くなったことを祝わねえとな。まだ酒は飲ませられねえが、わかんだから飯ならいくらでも食えるだろ? ギルドの食堂に行ってうまいもん何でもおごってやる」
 ネギガナイトは説教が終わると突然上機嫌になって見せる。無茶な戦い方を大人として叱らなければいけない半面で、本当は祝ってやりたくて仕方がなかったことがうかがえる。
「えぇ、嬉しいけれど、勝手に一人で美味しいもの食べたらお母さんに怒られないかな?」
 ネギガナイトの提案に、マックスは複雑な気分になってしまう。
「なあに、大丈夫でしょう。お姉さんも祝っちゃうわよ?」
 しかし、ドラパルトもそんなのは気にするなとばかりに軽く笑い飛ばす。
「おいおい、お前お姉さんって年じゃねえだろ? もうおばさんなんだからいい加減あきらめろ」
「なんだってぇ?」
 また、喧嘩が始まって、マックスは途方に暮れる。ドラメシヤの二人と共に、またこんな調子だよと愚痴るのであった。

 ◇

 それから月日がたって、彼が住む町は急速に治安が悪化していた。
 この港町は外国と貿易をしているのだが、災害によりその国が丸ごと滅びるという大惨事を迎えてしまい、多くの船乗りや空の運び屋たちが職を失い、難民たちが押し寄せて混沌としているのだ。街を歩いていれば悲鳴や喧嘩の音を聞かない日はないし、毎日のようにどこかで血が流れている。職を失ってしまったため、子供たちも何らかの仕事につかないわけにはいかず、食料を求めて森へと分け入っていくことも日常茶飯事となっていた。
 以前は豊かな街で、子供たちが夜道を歩いていても安心だったこの街が、子供たちが一人ではなかなか出歩けない街になってしまった。と、いうのもこの街では行方不明者がよく発生しているのだが、そのほとんどが子供である。
 難民もこの街に住んでいるもともとの住民も区別もなく、力の弱い子供が真っ先に狙われてしまうのだ。どうしても子供たちで外に出なければならないとき。例えば森へと食料を取りに行くときなど、大人に見守ってもらったり、子供たちで集団で行動することで見守るなどの自衛の手段が必要であった。
 そんな息苦しく窮屈な生活が続いていたある日のこと。


 あの日以来、ミニリュウの少年はマックスを認め、年下である彼の舎弟のような存在になっていて、あのいけ好かない態度も随分となりを潜めていた。その日は、マックスや、ガールフレンドのビアンカ、ミニリュウと他数人と共にグループを組んで森へ食料探しへ言っていたのだが、ミニリュウの彼は妙な行動をしている大人を発見したようだ。
「おい、見ろよあれ……なんか見慣れない奴らがいるぞ?」
 彼が見つけたのは、人相の悪い大人たちが食料採集に来ていた別のグループの子供を攫って行こうとしているところ。その人相の悪い大人の中にはマシェードがいて、子供たちはどうやら眠らされているようである。このままじゃ逃げられてしまってはまずいが、かといって、大人を呼びに行ってたらその間に逃げられてしまう。大声を出すのも愚策だろう、最悪ここでマックスもミニリュウもそろってやられかねない。
「……僕が行くよ」
 マックスが言う。
「お前、何言ってるんだよ? お前は俺達の中じゃ強いかもしれないが、どう考えたって大人には負けるだろ? 危険だって」
「そんなことはわかってる……でも、ビアンカのお父さん。アリアドスだったよね? ビアンカが物心つかない小さい頃は、いつも背中に糸をつけて、どこか遠い場所に行かないように監視していたって聞いたことがある」
「う、うん……流石に今はやって無いけれど」
 ビアンカはマックスの言葉にうなずく。
「それを真似する。僕が細い糸を木にでも何でも縛り付けておいて、それを辿れば……きっと僕の居場所もわかるはずだ」
「それ、無茶じゃない?」
「でも、無茶しないとどうにもならないよ! あの子たちを救うためには……」
 マックスはビアンカに止められるが、マックスは自分の意見を変えようとはしなかった。
「おい、マックス……お前、絶対に糸を切らさない自信はあるか?」
 ミニリュウに問われると、マックスはおずおずと頷いた。
「うん、よく目を凝らさないと見えないくらいに細い糸の張り方はきちんと練習してる。僕も、探検隊になるためにはできることをなるべく多くしなきゃって思ってたから……」
「じゃあ信じる。っていうか、どっちにしろ大人に伝えなきゃならないんだ……俺が助けを呼びに行くから、マックスがどうするかはお前が決めろ。それでまずは、マックスは相手に気付かれないように尾行するんだ。
 子供を抱えながらだし、あいつらも流石に機動力は出せないはず。バレた時はもちろん、尾行が出来そうにない状態になったら、出来る限りあいつらを引き付けて時間を稼げ。それが無理なら、今言った通り糸を使って俺達に場所を教えるんだ。糸を使うのは最終手段……で、どうだ?」
「うん……そっちの方がよさそうだね。必ず助けを呼んでね、俺はあいつらを追いかける」
「分かってる! お前まで攫われるんじゃないぞ!」
 ミニリュウ達は街の方へと駆けていく。マックスはとにかく、子供を攫って行った大人たちを尾行し、目印として木の幹に糸を張り付けていくことを続けていた。

 子供を抱えているため進行速度は遅いとは言っても、ビードルという機動力の低いポケモンにとってみれば十分に速く、その速度にはついていくのがやっとであった。それを追う間、マックスは息を切らしながら必死でついていく。やがて、十分に街から離れた大人たちは、ここならば空を飛んでも容易にはばれないと思える位置で、その移動方法を空へと変えるべく、待ち構えていたウォーグルやピジョットといったポケモンに子供を預けようとしているのが見えた。
 奴らが飛び立ってしまえば臭いでたどるのも難しい……ならば。
「ピジョット、ウォーグル、マシェード、モジャンボ、オーロット! お前らの種族覚えたからな! 保安官にチクってやる!」
 マックスは人攫いのポケモンたちの種族名を大声で口に出して大人たちの注意を引き、そして隠れる。種族名というのは犯人を特定するためには重要な情報で、これだけの人数の種族を知られていたら、名前を挙げられた者達としてはマックスの口を塞ぐしかなくなく、探さざるを得ない。
「どこだ!? ガキの声だったぞ!?」
 しかし、マックスは体が小さいため、森に隠れれば見つけるのはそう簡単なことではない。マックスは木の上に登って息を潜めながらじっと身を隠す。だが、見つかるのは時間の問題だった。どれだけ息を潜めていても、命や生気そのものまではなかなか隠せるものではなく、数分のうちにオーロットに見つけられた彼は、隠れていた物陰に糸を括り付けて、アリアドスのように自分の糸を辿って誰かがつい適してくれるのを祈るしかない。
 だが、糸をつけておけば大丈夫というのは、あくまで糸をつけておけば徒歩で追えると思っての事。ここから先空を飛ぶということになったら、流石に糸を伸ばしきれないだろう。そもそも、空を飛んで逃げるだとか、そんな可能性も考えていなかったのはバカだったなと、マックスは大人に鷲掴みにされながら後悔していた。
 最も、後悔する時間なんて非常に短いものであった。

 音よりも飛んできた語らごんが巻き起こした衝撃波で耳がキーンとなるのもつかの間、すさまじい殺気をたぎらせた女性が、人さらいの大人たちをにらみつけた。彼女はマックスの姿を見つけると、安心して微笑み、声をかける。
「やっほ、全速力で飛んできたよ。おっちゃんは後で来るわ。っつーわけで、お姉さんがこいつらぶっ潰す。ちなみに、子供を人質に取った場合は目ん玉抉り出して金玉握りつぶして殺す。正々堂々と戦って死ぬか、それか掴まるか、もしくは苦しんで死ぬか、選びな!」
「こわ……」
 自分はオーロットの大きな手に掴まれている最中だというのに、すごむドラパルトを見て思い、そして口から出た言葉はそれであった。最初に警告したおかげか、大人たちは子供を人質に使うことなく抵抗する。しかしながら、ドラパルトのお姉さんは圧倒的で、音速で跳び回っては、頭の中に飼っているチビ達を弾丸のように打ち出しては攻撃している。
 あとからやってきてくれたネギガナイトが到着したのは全員を縛った後であった。
「やー、マックス君が攫われてなくてよかったわ」
 どら御アルトは怖い思いをしたであろうマックスのことを抱きしめ、労っていた。心底安心したようなその表情を見るに、本気で心配していたようである。マックスは彼女に抱きしめられながらここに至るまでの一部始終を口頭で説明するが、話を聞いているとネギガナイトはあきれたようにため息をついていた。
「マックスお前……結構無茶なことをやったんやな。時間を稼ぐために、わざと大声出して隠れてたって? おっちゃん、君のやることなすこと危険すぎて胃が痛くなりそうやで……」
 ネギガナイトは抱きしめられているマックスの目をよく見ながら、優しい口調で語り掛ける。
「う、うん……ほら、その……種族がばれていたら、指名手配のいい目安になるし、捜査の目も絞られるだろうから、相手としてはすごくやりにくいでしょ? 目撃者は消さないとならないだろうし、僕なりに、相手の気持ちになって考えたんだ」
「ふむふむ、いい考えだ……しかし、命がけだったやろ? 怖くなかったんか?」
「怖いけれど、命を張れば……攫われた子供たちも救えると思ったんだ。おじさんは簡単に命を捨てるべきじゃないって言っていたけれど……悪くない賭けだと思った」
「はぁ……このガキ、生意気言いよる。まったく、もう少し遅れてたらこのまま連れ去られ……いや、飛び去られてもおばさんが追い付いたか。街からじゃ気づかれない位置かもしれんが、おばさんがここまで迫ってりゃ気付くもんなぁ……」
「だからおばさんじゃないって何回も言っているでしょうがぁ!」
 また喧嘩が始まるかと思い、マックスは身構える。だが、今回は喧嘩が始まることなく、マックスの呆れた顔を見るとお互い笑いあった。
「なによその目、この子抱きかかえたまま、喧嘩をする気はないわよ?」
「まぁ、結果としては大成功なわけだしなぁ、おっちゃんとしても褒めないわけにはいかないかぁ……この人さらいをギルドに突き出して、進化祝いもしなきゃならんし、ついでにマックスを称える会もしないとな。
 だが、マックス……今回のは、無謀な敵に挑んだとはいえ、間違った行動はしてない。いい命の張り方だ……けれどなぁ、やっぱり無理しちゃいかんからな。命を張るのは、大人の仕事やで?」
「そうそう、おっちゃんの言う通り、スピアーに進化するまで、無茶はお預けよ。お姉さんとの約束だからね?」
 無茶はしたが、結果的には彼が時間を稼いだからこそ、子供たちを救うことが出来たのだ。『無茶をするな』と百回以上言ってやりたい気分だが、子供たちの親からは、感謝の言葉を千回貰っても足りないことだろう。そのため、ネギガナイトとドラパルトの二人は、それでチャラにすることにした。


 ただ、やっぱりマックスは危ないし、無茶をしすぎるきらいがある。少しでも安全に戦うことが出来る手段を用意しておけば少しは安心できるだろう。
「なぁ、マックス。おっちゃんなぁ、お前さんが大人になったらプレゼントしたいものがある。港町なだけあっていろんなものが売ってるからなぁ、手に入れるのは簡単やったで」
「それは何?」
「スピアーナイトや。お前がメガ進化するために必要な道具や……まぁ、大人になったらプレゼントしたるから、待っとれや。ええか、待つんやぞ? もう無茶はせず、大変そうなことは大人に任せるんやぞ?」
「うん、もう無茶はしないよ」
「ほんとかぁ? お前みたいなタイプは、結構難しいと思うがなぁ……まぁ、ええわ。なら、信用しておっちゃんたちがスピアーな意図を預かっておくからな」
「やったぁ!」
 ネギガナイトの言葉に、マックスは目を輝かせる。いつかコクーンに進化し、そしてそこからさらにスピアーに進化するその日が楽しみになり、マックスは大人になる日を強く夢見るのであった。


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Last-modified: 2019-12-02 (月) 23:53:39
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