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正しい知識の使い方

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正しい知識の使い方 [#4zjQICl] 

writer――――カゲフミ

―1―

 シンオウ地方の最北端に位置する町、キッサキシティ。一年中のほとんどを雪に覆われているため交通の便は悪く、来訪者は他と比べると少なかった。スキーやスノーボードを趣味とするトレーナー達には人気であったが、他の目的で訪れる者はジムに挑戦に来るトレーナーくらいなもの。
その分キッサキシティにの近くにあるエイチ湖も、必然的に静かな環境が保たれていた。キッサキシティから距離は近くとも険しい岩場を登った先にある。雪の影響もあって人間の力だけでは間違いなくたどり着けないため、手持ちのポケモンの協力が必要になってくる場所も多い。外からの侵入を拒むような、自然の要塞とも言えよう。

 エイチ湖の真ん中の島にある岩屋から外に出て、私は大きく伸びをした。朝の日差しが少し眩しい。冷たい空気がちくりと肌を突き刺して、寝起きの体に程よい刺激を与えてくれている。深呼吸して大きく息を吐き出すと、白い塊になってふわふわと漂いやがて消えていった。季節としては短い夏が終わって秋に差し掛かった辺りか。もう雪も降り始めていて、湖のほとりの木々は白い帽子を被っている。ここで過ごしているとほとんどが冬のようなもので、季節感が乏しかった。
幸い岩屋の中は一年を通してほぼ一定の温度に保たれている。暑すぎず寒すぎず、私にとっては理想的な場所だ。今日は特に何かをしようという予定はない。それならば岩屋の中でしばらく心を落ち着けておこうと思う。外気に当てられて適度に頭も冴えてきたことだし、私は再び岩屋の中へと戻ることにした。
「さて」
 積み重なった石の隙間からうっすらと差し込む光のおかげで岩屋の中でも真っ暗にはならない。岩屋の奥の方から流れ出てきた湧水がここの中央部分まで伝って大きな水たまりを作っている。深さは十センチにも満たないものの、私が水浴びをするには十分なくらいの水量だ。溜まった水は徐々にエイチ湖へ流れ出て循環しているため、ここの水は常に新鮮で透明度が高い。水面を覗き込んだ私の顔が微かに映った。起きているのか寝ているのかよく分からないと言われることが多いこの顔。人間の間では、目を合わせると記憶を消されてしまうという伝承が広く伝わっていると小耳に挟んだことがある。私にそんな力があるなんて過大評価もいいところだ。そんな技があるのならば私が一度お目にかかりたいくらい。確かに私が宿している力は一般ポケモンの非でないことは自負している。もし私が本気で相手の脳にサイコパワーを送り込んだとしたら、もしかすると。相手の記憶に何らかの障害を生じさせることが出来るのかもしれないが、おそらくものすごく疲れるだろうしきっと相手もまともでいられなくなるだろうし。何もいいことがないから、やりたくないしやらないのだ。
おっといけない。無意識のうちに随分と雑念を積み重ねてしまっていた。そうした意識を振り払うためにも私は近くの手頃な大きさの岩の上に腰を下ろす。ひんやりとしていて少し冷たかったがじきに気にならなくなった。両方の手をそっとお腹に当てて目を閉じる。余計な意識はいらない。無へ至れ。湧水が流れ込んでくる音以外は何もない、しんと静まり返った空間。風のない日のエイチ湖の湖面のように一切の乱れがなく研ぎ澄まされた世界。静寂の世界の真ん中に、私がいる。そこはただただ蒼が広がる世界。地平線の果て、どこまでも、蒼。何も見えない。何も聞こえない。頭の中も、心を支配するものは何もない。ああ、この瞬間私は世界の一部、世界と一つになってるんだ。
「…………」
 どれくらいの間そうしていたんだろう。私は徐々に意識をこちら側へと引き戻す。目を開けると普段と何も変わらない岩屋がそこにあった。絶えず奥から湧き出てきた水は窪みに流れ込み、透き通った水を湛えている。今日見えた世界は蒼、だった。その時によって真っ白だったり、黒っぽかったり、意識下で広がる世界は私に様々な景色を見せてくれるのだ。それにしてもなかなか調子が良かったように思えた。あちこちに意識が飛びがちな日は目を閉じてもなかなか一色の世界へと至れないことが多いのだが。今日は割とすぐに世界と共振することができた。この行為に何か意味があるかと問われれば、答えに詰まってしまう部分はもちろんある。瞑想を一歩発展させたものとして、自分をより高めるための儀式と私は認識している。毎日行っているわけではないにせよ、これを終えた後は不思議と心が落ち着くのだ。一通り気持ちはすっきりした気がする。ずっと岩屋で瞑想しているつもりはないし、これからどうしようかな。
「ユノ、いるー?」
「おーい」
 岩屋の入口から響いてきた快活な声と、少し遅れて聞こえた落ち着いた感じの声。このタイミングで来てくれて助かった、とでも言おうか。後少し早ければ私の瞑想の世界に水を差されていたことになる。せっかくあの世界へ至れたところに一気に現実に引き戻されるのは私とてあまり好きではないのだ。
「いるよー」
 私は彼らに向かって返事をした。あまり大きな声を出すのは慣れていないけど、岩屋の中ならよく響くしきっと入口まで届いているはずだ。私がいると分かれば遠慮なく入ってくる二つの影。輪郭だけならば私と大差ない。同じような姿と体格、小さな体に有り余るサイコパワーを宿しているのも同じ。私たちがどのようにして生み出されたのか定かではないが、私は彼らと一緒にいるとより自分らしく居られると感じている。きっと私たち全員そろって一つ、のようなそんな起源があるのではないだろうか。
「ああ、寒かったあ」
「相変わらず静かだなこっちは」
 私が腰を下ろしていた岩の上までくると、ふわりと着地する二匹。私と同じく移動するときはほとんどサイコパワーに寄る空中移動に頼っている。小柄な体と短い足では効率が悪くて仕方がないし、空中浮遊するエネルギーくらいなら対して負担にもならないのだ。私たちは。
「今日はどうしたの……って、また何か見つけてきたのね」
「へへ」
 屈託なく笑いながら彼女が差し出した古ぼけた布袋。妙にでこぼことしているから、今日も何か拾ってきたのだろう。彼女は感情ポケモンのエムリットのエミル。ここからは遥か南西に位置するフタバタウン方面のシンジ湖に住んでいる。湖の形も真ん中に岩屋があるのも、立地は違えど構造はほとんど同じ。私も何度か訪れたことはある。
「結構探すの苦労したんだぜ」
 やれやれといった感じで息を付く彼は、意思ポケモンのアグノムのアーク。シンジ湖からは東、ここエイチ湖からは南東方面に位置するリッシ湖の岩屋で暮らしている。リッシ湖もエイチ湖、シンジ湖に続いて同じような作りになっていた。私たち三匹の居る三つの湖を地図上で繋ぐと、ちょうど正三角形のような形が出来るのではないだろうか。
「お疲れ様。またエミルに付き合わされたの?」
「ものは言いようだってば。私はアークにお願いして手伝ってもらったの!」
 うんうんと頷きかけたアークを遮るように割って入ってきたエミル。反論する気はあまりないのか、それとも無駄だと分かっているのかアークは肩をすくめただけ。まあ実際はどうだったのか目を見れば十分察しが付く。やっぱり彼女が半ば無理やり引っ張っていったようだ。そんな二匹のやり取りを見て、ああこれも普段通りだなとどこか安心している私がいる。
「それで、今日は何を持ってきたの?」
「ふふっ、今まで見たことないやつばっかりだよー」
「珍しさは俺も保証するぜ」
 エミルもアークもどこか自信ありげだった。彼女が手にした袋に入っているのはおそらく人間の生活用品。エミルの住むシンジ湖は人間の住む町からも近く、道路を通って簡単に出入りもできるためたびたびそういった道具が流れ着く。平たく言うと使い終えたごみを放棄していく輩が後を絶たないのだ。もし私が彼女の立場だったなら、迷惑な人間だと辟易はすれどもその状況を楽しむことは出来なかった。エミルは捨てられたごみを上手く自分の興味に繋げている。珍しいものや気に入った道具のコレクションをしており、何か新しい発見があるとこうして私のところへ持ってくるのだ。自分たちでは何に使うのか分からないものでも、私なら知っているのではないかという判断なのだろう。私は知識ポケモンのユクシー。誰が何ポケモンだなんて、人間が決めた括りに縛られるつもりなどないけれど。自身の見聞には少なからず胸を張れる。今日も私の知識を存分に披露させてもらうとしよう。

―2―

「まずはこれ!」
 最初にエミルが袋から出してきたのは、丸い容器に二つの取っ手が付いたもの。捨てられていたものだけあって、表面はぼこぼこしていて黒ずんでおり底には穴が空いていた。私はそれを手に取ってじっくりと観察してみる。容器の部分は金属のようなもので出来ていた。ずっしりしてそうな無機質なイメージとは裏腹に軽くて持ちやすい。表情を変えずにこれを凝視している私を前にして、エミルもアークもどこかそわそわした様子。私なら絶対知ってるだろうという確信と、もしかしたら知らないんじゃないかという期待が半々といったところか。実際、持ってきた道具に対して私が答えられなかったら自分の勝ち、みたいに思っている節がエミルにはあった。そしてエミルの探索に強引に付き合わされるうちに感化されてしまったのか、どうも最近はアークもそれに便乗しているような面がある。まあ私の記憶する限りでは、今のところ負けたことはなかったと思うのだけれども。
「これって頭に被るもんじゃねえの?」
 私の手から容器を取るとひっくり返して頭に乗せてみるアーク。とりあえず被ってみるというのは、こうした用途不明の手頃な容器を前にした時になんとなく取りがちな行動かも知れない。それで強引に使えなくもなさそうだが、サイズが合っていないので前が見えていないぞアーク。私は片手と頭を横に軽く振って、違うよの意を彼に伝えた。
「じゃあ水に浮かべて遊ぶ道具だったり?」
 アークの頭から容器を外すと、エミルは湧水の溜まった箇所へそれを浮かべてみた。本来ならば構造上水に浮かぶはずだが、残念ながら底に穴が空いていたため浸水してみるみるうちに沈んでしまう。仮に遊ぶ道具だったとしてこれを水に浮かべて何をどう楽しむべきなんだろう。きっとエミルは何となく思いつきで言っただけだろうから深く追求するべきではなさそうだ。
「うーん、違うね」
 溺れてしまった容器を水たまりから救い出し、ちょうど良さそうな大きさの石の上に置いた。容器から垂れた水滴が石の表面を濡らして色を変えていく。他に何か案があるならどうぞ、とでも言わんばかりに私は視線を送ってみる。頑張って自分なりに考えた使い方を提案してくれていた彼らにこんな態度を取るのは少々意地悪だったかもしれない。エミルとアークはお互い顔を見合わせて、アークは小さく首を横に振る。エミルも小さくため息をつくと片手をひらひらと振ってみせてくれた。
「降参。分かんないよ」
 そうこなくっちゃ、と私は内心ほくそ笑む。自分しか知りえない分野を事細かく彼らに説明できる瞬間がなによりも楽しいのだ。したり顔を出来るだけ表に出さないようにしながら、私は容器の縁に手を当てる。
「これは鍋といって、人間が料理に使う道具ね」
「料理?」
「そ。この中に食物を入れて火にかけるの。熱を加えることで食べやすくなったり、美味しくなったりするものは結構多いらしいのよ」
「へえー、じゃあ木の実とかも味が変わったりするのかな?」
 エミルの素朴な疑問だが、私は少し考え込んでしまう。実際に木の実に熱を加えてみるなんて発想は思いつきもしなかったから。もちろん私はやったことがないし、熱した木の実がどうなるかも知らないので、あまり踏み込んだことは言えないけれど。分からないと答えたくはなかった。
「自分の起こした炎で木の実を焼いてから食べるポケモンもいるみたいだし、もしかしたら変わるのかもね」
 我ながら曖昧な表現だ。でも、好きな焼き加減にして木の実を食べるポケモンがいるのは本当だし、私の知らない事柄を程々にぼかしつつも説得力を混ぜて説明できたとは思う。
「試してみたいけど……だめか。誰も火を起こせないや」
 言葉を濁したような私の答えを別に気に留める様子もなく、エミルは誰も火を扱えないことを残念がる。彼女としては熱を加えた木の実の味が気になるところなのだろう。しかしあいにく私たちの中で炎を操る技を身につけている者はいない。皆、念動力の心得はあれどもそこから火を発生させるとなると専門外だった。それこそ炎タイプのポケモンに直接頼んだほうが手っ取り早いだろう。
「どのみちこんな穴空きじゃ使い物にならねえな」
 鍋を持ち上げて覗き込むアーク。底の穴から彼の大きな瞳がぱちぱちと瞬きしているのが見えた。鍋の底に顔が出来たみたいで何だかおかしい。エミルは既にくすくすと笑いをこぼしている。
「もしちゃんと使えそうな鍋を見つけたら、他のポケモンに火を頼んでみてもいいかもね」
「分かった。覚えておくわ」
 エミルはアークの手から鍋を取ると持ってきた袋の中へしまいこんだ。ちなみにこの布袋もシンジ湖に捨てられていたものだったりする。見た目は古ぼけて小汚いが思いのほか丈夫で容量もあるため、エミルのお気に入りとなっていた。
「じゃあ次は……これ!」
 続いてエミルが袋から取り出したのは、細長い棒の先に細かく分かれた毛のような物体が取り付けられているものだった。棒の部分は先端が折れた跡があるから、実際はエミルの袋に入りきらないくらい長さがあるのだろう。ふむふむ、幸いこれも心当たりがある。確認のため持ってみるとこれも鍋と同様に思いのほか軽い。随分と黒ずんでいてわからなかったけれど、持ち手の部分は木で出来ているようだ。先っぽの毛は植物質の繊維か何か、藁だろうか。持ち手の先端に小さな金具で丹念に固定されている。こんな細かい繊維質のものをこれだけ丁寧に、驚いたな。仮に同じ材料を与えられたとしても、私たちではどんなに念力を駆使しても同じものは作り上げられない。エミルの持ってきた道具を鑑定しながらはっと息を呑むようなことも少なくない。全く、人間の技術力には感心させられる。
「どうかな……?」
「ユノ?」
 大きめのアークの声で、私は慌てて顔を上げて彼らの方を向く。おっといけない、またしても道具に思いを馳せすぎていたらしい。一つのことに集中しすぎると度々周りが見えなくなっちゃうんだよね。もちろんエミルもアークも私の性分はよく知ってるから、こんなことで気を悪くしたりはしないだろうけれど。
「えっ、ああ。うん、大体は分かったよ」
 私は気を取り直し、くるりと向きを変えて細長い木の部分に持ち変える。この方が説明しやすいし。
「これは箒と言って、掃除をするための道具。小さな塵とか埃とかをこうやって掃いてまとめるために使うの」
 毛の部分を床に押し当てて何度か左右に動かしてみる。がさがさと乾いた音。この箒では、毛先の長さもばらばらで到底まとまりそうにはなかった。新品の状態ならもっとちゃんとした動きをしてくれるはず。まあ、人がほとんど訪れないこのエイチ湖の岩屋にはごみが流れ着くことなんて滅多にないから、掃除をする必要なんてなさそうなものだけど。それにしても、ごみを集めてきれいにするためのものが最終的にはごみとして捨てられているなんて皮肉なものね。
「ふーん。私はてっきりこうやってくすぐって遊ぶものだとばっかり」
「ふへっ、おいやめろってエミルっ」
 エミルはおもむろに私の手から箒を奪うと、毛先をアークの脇の下にすべり込ませる。そのまま前後に動かすことで一本一本の毛が絶妙な動きで彼にまとわりつくのだ。くすぐったいのを堪えて、顔は笑いながらも少々苦しそうに肩を震わせているアーク。流石エミルとというべきなのか、そういう使い方の発想はなかった。迷惑そうにしているアークも、エミルに悪意がないのが分かっているので本気で嫌がってはいない感じがする。何とも微笑ましい光景だ。
「ユノも!」
「ひゃっ、や、やめなさいって」
 不意打ちだった。突然降りかかってきたくすぐったさに、私は思わず身を捩らせる。その毛先で脇の下をつつかれるとじっとしていられない。普段は落ち着き払っている私でも心を乱してしまう。掃除の必要がない私たちにはもしかすると、箒の使い方はエミルの方が合っているのかも。こうやって笑いながらふざけあえる間柄がとても心地よい。私も知識に自信はあれど、実際に触れて体験したりするのはエミルが拾った道具を持ってきてくれなければできなかったことだし。ちゃんと自分の目で見て手で触れて実感してみることは大切だ。好奇心旺盛な彼らと過ごす日常は色々な刺激があって面白い。でも物理的な刺激はもういいってば。いい加減にしないと怒るよエミル。

―3―

「今日はこれでおしまい?」
 しつこくくすぐってきたエミルを制止してから私は他の道具がないかを尋ねる。ああ、まだ脇の下がふわふわしているような気がする。普段声を荒らげて笑うことなんてないから、変なところの筋肉を使ってしまった。何かと念力に頼りがちで直接体を動かすことは少ないしね。運動不足解消のためにもエミルやアークみたいに、たまには野山の自然の中を散策してみるのも悪くないかもしれない。
「えーっと、そうだねえ……」
 少々ばつが悪そうにアークの方へと視線を送るエミル。助けを求められても困るぜ、とでも言いたげにアークは首を横に振る。言葉はなくとも彼らの反応を見ていれば他に道具が残っているか否かはすぐに分かる。どうやら今日も私の勝ちで収まりそうな感じがした。繰り返し繰り返し彼女の拾ってきた道具を鑑定するうちに、この一連の流れを勝負事として楽しんでいる私がいるのもまた事実。これは見たこともないから難しいとか、流石にユノでも知らないんじゃないかとか前もって言われると余計に張り切ってしまうこともしばしば。案外私も負けず嫌いな面があるのかも。
「ん、そういやエミル。もう一つ拾ってなかったか?」
「えっ?」
「ほら、なんか紐で繋がってた変な形のやつだよ」
「あっ、あれね。あったあった、忘れてた!」
 慌ててエミルは袋の中をごそごそと手探りする。どうやらまだ一つ残っていたらしい。まあ、一つ増えたところで何も問題はない。さらりと言い当てて見せて私の勝ちに――――。
「これこれ!」
 袋から出てきたエミルの手に握られているものを見て、私は一瞬思考が停止してしまった。こんな細目でなければ間違いなく大きく目を見開いていたことだろう。まさか日課としている瞑想以外で、時間が止まったような感覚に陥ることがあっただなんて。これまでもなかなかお目に掛かることができないような変わり種の道具は何度か見てきた。一体どこから発掘してきたのかと、エミルの探究心に驚かされることも多々あった。しかし。しかしだ。今回持ってこられた奴のような切り口は、初めて。エミルが手に持っている薄桃色の物体、それは。
「やっぱり変な形だよなあ。分かるか、ユノ?」
 件のものを目前にして全く顔色を変えないということは、アークもエミルと同じく用途を知らないのだろう。ちゃんとした使い方が分かっているとすれば、少なからず今の私のように戸惑いや焦りの感情が生まれるはず。それはそういう道具、だと私は認知している。あれはいつだっけか。以前ミオシティの図書館にこっそり忍び込んで、本を読ませてもらったことがあった。人間の書物が数え切れないくらいにまとめられている施設は私にとって理想的な空間だ。知識を深めるには大量の情報が詰まった書物から吸収するのが一番手っ取り早い。興味のあった本を一通り読み終えた帰りのこと。図書館の裏に捨てられていた何冊かの雑誌。こんなところに何だろうと軽い気持ちで覗き込んで、ひっくり返りそうになったのを今でも覚えている。若干色褪せてはいたが、そこには人間の男女が裸で抱き合い、体を寄せ合っている様子が鮮明な絵で所狭しと散りばめられていた。これはきっと人間の性の営みが書かれているもの。流し読みしただけで伝わって来る生々しさに喜々として首を突っ込むべきではないんじゃないかという躊躇いと、まだ知りえない情報に対する知的好奇心。後者が優ったのは言わずもがな。雑誌に顔を突っ込むようにして一心不乱に読みふけっていた私はさぞかしいやらしい表情をしていたのではないかと思う。エミルが今持っているものも、その雑誌の中で見た覚えがある。確か四角い方がスイッチになっていて、楕円形をした小さい方が小刻みに震えるんだったっけか。でも捨てられていたものだし、ちゃんと動くのだろうか。
「これは……」
 恐る恐る手に取ってみる。そんなに重量はない。スイッチらしき部分から伸びた紐が楕円形の部分に繋がっていてぶらぶらと揺れている。まずは動くかどうかが重要だ。あの雑誌の中では確かこうやって動かしていたかな、と私は記憶を頼りに丸く飛び出した可動部分を僅かに回してみる。
「あっ、なんか動いてる」
「すげえ震えてるな、どうやったんだユノ?」
 ああなんということだろうか。ぶぶぶ、と鈍い機械音と共に楕円の部分が小刻みに震え始めた。しっかり電源が生き残っていたようだ。ちなみに可動部分を更に回すと振動が強化された。ご丁寧に強弱の機能まで残ってらっしゃる。ああ、なんでよりにもよってエミル達と一緒の時にこんな道具が飛び出してくるのだろう。頭を抱えたくなるというのはこういう状況のこと。どうせならシンジ湖でなくエイチ湖に捨ててくれていれば私だけでじっくり、っとそうじゃなくて。無邪気に振動部分をつついて面白がっている彼らに、この道具のちゃんとした用途を教えてしまっても良いものかどうか。さすがに私の中にも抵抗が生まれたのだ。もちろん知ることが悪いことだとは思わない。知識を広げれば広げるほど新しい発見にも繋がるし、自身の考えに更なる深みが増すことにもなる。ただ、中にはわざわざ知らなくていいことや知らない方が幸せなことが存在するのもまた事実なのだ。
「使い方分かる?」
「ええっと……こ、これはねぇ」
 どうしよう。期待を寄せたきらきらした目でエミルに見つめられて、ますます答えづらくなってしまう。いっそのことそれっぽい使い方を捏造してこの場を誤魔化そうかとも考えた。おそらくエミルとアークならば、継接ぎだらけの私の説明でも割と納得はしてくれるのでないかと思う。新しい道具を持ってきたときに使い方を自分なりにあれこれ考えてはくれていても、それが正しかったことがほとんどなかったし。ただ、彼らを騙すことへの抵抗、そして知識を得ているのに表すことができないもどかしさが私の判断を鈍らせていたのだ。
「もしかして、分からないんじゃねえか?」
「えっ」
「あ、そうかも。だってさっきから明らかにそわそわしてるもん」
 こっちの気も知らないで好き勝手言ってくれるじゃないの。確かに動揺はしてしまったけど、これは分からないからじゃなくて分かってたからこその気の乱れというかなんというか。そこまで顔に出していないつもりでいたのに、エミルやアークには私が狼狽えているのが伝わってしまっていたというわけか。瞑想を日課にすることで、常に平常心を保てるように訓練してきたつもりでも、不意打ちを受けると簡単に心は揺らいでしまう。私もまだまだだな。
「ユノ、正直に答えて。本当は分からないんでしょ?」
 じいっと私の顔を覗き込んでくるエミル。透き通るような黄色い瞳に迫られて、言葉を無くしてしまいそう。普段のエイチ湖の湖面のように波風を立てずに事を済ましたいのならば、首を横に振ればいい。彼らには少々馬鹿にされるかもしれないけれど、その後のややこしくなりそうな事態を回避することは可能だ。しかし、しかしだ。頭では分かっているのに、知っている事柄をあえて知らないと答えることが私にはどうしても出来なかった。己の知識量に自信を抱いていたのもあってか、積み重なったプライドが妥協を許してくれない。人間の間で知識ポケモンと呼ばれていたって、感情に動かされることはあるのだ。
「わ……分かるよ」
「ふーん。じゃあ教えてよ。どうやって使うのか」
「俺も気になるな」
 ああ。答えてしまった。アークもこれに乗っかってきて、もう後戻りはできそうにない。もちろんこれは私が招いてしまったことなんだけども。ここまで来てしまったら適当な取り繕った虚言ではなく、ちゃんとした正しい道具の使い方を彼らに教えてあげることにする。きっとこの道具を使ったらどうなるかを私が口で説明したところで、好奇心旺盛な彼らのこと。実際に使ってみたいと言い出すのは想像に難くない。ならば最初から実践で教えてあげたほうが効率が良いというもの。それから後のことはあまり考えたくないから後から考えればいいや。

―4―

「準備するから、ちょっと待ってて」
 私はくるりと彼らに背を向けると、湧水の集まった水たまりの前までやってくる。準備といっても道具ではなく気持ちの方だ。葛藤を積み重ねて乱れた心と精神を少し落ち着けねばならない。エミル達に聞こえないように息を吸っては吐いてを繰り返して体の中に溜まったもやもやした空気を入れ替える。岩屋の中なのに吸い込んだ空気がひどく冷たく感じられた。それだけ自分の身が熱くなっていたということなのだろう。普段あまり動かさない感情に振り回されたせいで既に疲れのようなものを感じてはいたが、ここでばてていては何も始まらないのだ。
「…………」
 確認のためもう一度私は電源の摘みを回してみる。途端、小刻みに震え始める先端部分。やっぱり電源が切れたりはしてなかったか。傷や汚れも少ないし、捨てられていたことを除けばすぐにでも役割を果たせそうなくらいちゃんとした状態の物だった。まあ、落ちてたものだし体に密着させるわけだから一応ね。先端部分を手に取ると、湧水の中へ浸して軽く濯いでやった。こんなので清潔になっているかと問われれば疑問だが、気は心というやつだ。さあて、どうしようかな。私はくるりとエミルとアークの方へ向き直って、彼らの姿を舐め回すように見る。落ちていた雑誌を思い返せば、この道具は人間の女性に対して使われている場面ばかりだったと記憶している。おそらく雌用に作られた道具だろうから、エミルに使っちゃうのが無難かな。気が置けない間柄である彼らをなんという目で見ているんだろうという罪悪感も、大事の前の小事。大して心は痛まなかった。
「準備できたの?」
「うん、まあね」
 待っているのがじれったかったらしくエミルの口調は少し苛立っているようにも聞こえた。もともと彼女はあまり気が長い方ではない。でも、私にも心を決める時間くらいはくれてもいいんじゃないの。少なくとも私にとっては二つ返事ですぐに行動に移せるほど軽々しい事柄ではなかった。もうこの期に及んで遠慮するつもりなんてなかったけれど。
「じゃあエミル。口開けてこれ舐めてみて」
「へ、これを?」
「そう」
「……分かった」
 エミルは丸い先端部分をぱくりと口にくわえこむ。決めたら即行動というのはいかにも彼女らしいというかなんというか。いくら私が指示したことだからといっても、もう少し抵抗があると思っていたのに。正直これがこの道具の正式な使い方かどうかは自信がなかった。ただ、あの雑誌の記憶では相手の局部を舌で愛撫して慣らしてから行為に及んでいたような気がする。だからこれも事前に下準備が必要なのではと思ったまでのこと。
「こんなんでいいの?」
 口から取り出されたそれは、彼女の唾液でぬらりと怪しい輝きを放っている。濡らし加減は分からないけどいい具合なんじゃなかろうか。これだけ湿っていれば直接当ててもそんなには痛くなさそうだ。おいしくないねと文句を言うエミルに私は木の実じゃないんだからと苦笑しながら答えた。これから自分の身に何が起こるかも知らずに呑気なものだ。
「じゃあ横になって、仰向けにね」
「こう……?」
 背中を気にしつつ、出来るだけ平坦な場所を選んでエミルは寝転がってくれた。岩屋の床の冷たさが堪えるのか少し体を震わせている。私の言うことを完全に信じて成すがままに従ってくれている彼女が何だか愛おしかった。床から私に向けられたエミルの視線は、期待が九割で疑問が一割と言ったところか。不安を全く感じていなさそうなところが、彼女の純粋さを物語っている。
「エミル、私も使ってみるのは初めてだから……もし痛かったりしたら言ってね」
「えっ、痛いことするの?」
「ううん、この道具は気持ち良くなるためのものだから、大丈夫だとは思うんだけど。知っているのとやってみるのは違うからね」
 寝転がったエミルの頬に私はそっと手を触れる。彼女の瞳に差し掛かかろうとしていた不安の色が少しだけ和らいだように思えた。知識の上では使い方も分かるし、使えばどうなるかも知っている。しかし必ずその結果に繋がるかと問われれば、首を縦に振れない部分があるのだ。何事も実際に試してみないと分からない。これはエミルやアークが持ち寄った数々の道具が教えてくれたことだ。知識だけではだめだと言い切るつもりはもちろんないが、実践してみて知識だけでは得られなかった新たな発見が確かにいくつもあったのだ。
「そっか。気持ちよくなるんだったら……いいかな」
「じゃ、始めるね」
 スイッチを入れると先端部分がぶるぶると振動を始める。最初に手に取ってから何回試運転を重ねたか分からないが、ようやく本来の用途へと進めそうだ。岩屋の薄明かりの中、私はエミルの股に視線を這わせた。仄暗くともしっかり凝視すれば縦に入った筋くらいは見分けがつく。普段何気ないやりとりをしている間ならば、意識して探さなければ気がつかないだろう。私は手を伸ばして可動部分を筋へと押し当ててみた。
「ひゃっ」
 彼女の体が大きく跳ねる。当てて数秒も経ってない。まだ気持ちよさの感覚は伝わってきてないはず。おそらく振動からくるくすぐったさから反射的に身を退いてしまったのだろう。散々私やアークをくすぐっておきながら、案外自分はくすぐりに弱いのかもしれない。
「ゆ、ユノぅ……これで本当に使い方合ってるの?」
「私の知識を信じて。出来るだけじっとしててくれなきゃ」
「なんなら、俺が押さえててやろうか?」
 箒でしつこく突っつき回されたことをまだ根に持っているのか、冗談めいた口調で言うアーク。確かに体を固定していれば狙いは定まるし事は早く進む。とはいえ私も拘束されたエミルに道具の使用を試みるのは気が引けるものがあった。本気なのかどうかは判断しかねたが、私はやんわりとアークの申し出を制しておいた。
「分かったよー、動かないよう頑張ってみる」
 想像以上に振動がくすぐったかったのかエミルは若干涙目になっていた。だけど、もしかしたらこの後別の理由で涙が溢れるかもしれない。彼女がどんな反応を示すのか楽しみで仕方がなかった。私は再びエミルの股への刺激を再開させた。丸い可動部分は、ぶぶぶと鈍い音を立てながら確実に振動を伝えていく。股に密着してから十数秒といったところか。最初はくすぐったさを必死で我慢している様子だったエミルの顔つきがだんだんと変わってくる。小さく震わせていた足先や両手の動きがぴたりと止まり、一瞬はっと目を見開いた後。途端に表情がぼんやりとし始め、目の焦点も定まらなくなりつつあった。口元から溢れる吐息も心なしか熱を帯びている。
「あっ……んぅ……」
 おまけに喘ぎ声のようなものまで溢れ始めたときた。どうやら股からくる刺激が、単なるむず痒さから別の感覚へと変化を遂げたのだろう。私は試しに電源を切って様子を伺ってみる。
「どう、エミル?」
「な、なんか不思議な感じ。股がじんじんするっていうか、ふわふわして……」
「お、おい……大丈夫なのか?」
 ただならぬエミルの状況に、アークは心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。さっきまで通常通りだったエミルがものの数分で体調に変化をきたしているのだから、彼が取り乱すのも無理はない。何故こうなっているのかの事情が飲み込めていないのなら尚更のこと。
「じゃあエミル、ここでやめとく?」
 意地悪な質問だなと自覚しながらも、私はあえて聞いてみた。
「う、ううん……続けたい、もっと続けたいよっ」
 首を横に振って、若干声を荒らげながら私に刺激の続行を求めてくるエミル。この感覚の正体は解らずとも、本能的な何かが彼女を突き動かしている。もっと刺激を、もっと気持ちよさを、と。一度体に付着してしまった快楽という名の染みは滅多なことではぬぐい去れない。特にこれは自ら労力を充てずとも自動で動いてくれる代物なのだから。彼女の身を案じていたアークも、エミル自身がもっとやってくれと言っているのならと。腑に落ちないものを抱きつつも、事態の成り行きを見守ることにしたようだ。
「分かった。行くよ、エミル」
 未知の感覚を恐れるどころかむしろ更に欲しがってきたエミルに安心した私は、遠慮なく可動部分を股ぐらへぎゅっと押し当てたのだ。

―5―

 どれくらいの力加減で行くべきなのかという疑問はあった。もちろんエミルは初めてだろうし、私もこうした試みは未知の領域。彼女が求めているから躊躇いはしなかったものの、あんまり強く当てすぎてエミルが痛がってしまうと申し訳ないし。なのでほどほどの勢いで押し付けたつもりではあったのだが。思いの他すんなりとエミルの股は丸い可動部分の半分ほどを飲み込んでしまった。いつの間にか筋からとろとろと溢れだした液が床を少し濡らしているほど。道具を受け入れる体勢はしっかり整っているようだ。
「あっ、あっ……!」
 時折焦点の定まらなくなった目を大きく見開いて、喘ぎ声を漏らすエミル。どこへ当てられたのか分からない彼女の両手が何度か宙を掴んだ。ひょっとすると私の手を払いのけようとして思い留まったのか。これ以上続けられると危ない、でももっと刺激を味わっていたいという彼女の迷いの現れかもしれない。尋常でなさそうなエミルの様子にアークはどうしていいか分からないといった感じであたふたしている。無理もない。傍から見れば体に起こった異変でエミルが苦しんでいると受け取ってもおかしくない状況だ。いくらエミル自身が大丈夫と言っていたとしても、冷静でいられる方が難しい。特に、エミルに何が起こっているのか理解してないであろう彼ならば尚更のこと。まあ、ある意味これは大丈夫ではない事態なんだろうけど、ね。
「んひゃあぁっ!」
 私が丸い部分を押し当ててから、エミルが体を震わせるまでそんなに時間は掛からなかった。彼女の割れ目から勢いよく吹き出した液体が私の手、そして頬に付着する。不快感は全くなかった。むしろ、胸の奥からは小気味よい達成感すら沸き上がってくる。箒で突かれるくすぐったさとは比にならないくらいの衝撃。涙目になりながらエミルは虚ろな瞳で激しくお腹を上下させている。それでもだらしなく開かれた口元が微かに笑っているのは、快感の余韻が残っているからなのだろう。きっと絶頂を迎えたのは初めてのはず。道具だとちょっと刺激が強すぎたかもしれない。飛び散ったエミルの愛液が床の色をすっかりと変えてしまっていた。
「ゆ、ユノ……エミルはだ、大丈夫なのか?」
「大丈夫。意識がふわふわしてるのは一時的なもの、じきに回復するから」
 ずっとエミルの傍らで事の成り行きを見守っていたアーク。おそらく彼も異性の体についての知識はないはずだ。目の前でエミルに何が起こったのかも分かっていないと思う。ぼんやりとした表情で呼吸を整えている彼女を心配そうに眺めている。とはいえアークの視線は主に彼女の下半身へと注がれていた。それは異性の体に好色な目を向けるというよりは、好奇心からくる興味本位の眼差しだった。
「ふあぁ……す、すごい」
 むくりと体を起こしたエミル。大分意識はしっかりしてきたみたい。少し乱れはしているものの、いつもの顔つきに戻ってきた感じはする。
「そ、そんなにすごかったのか?」
「うん。頭がくらくらして股がじんじんして。こんな感覚初めてだよ。でも、すごくよかったぁ……」
 若干刺激が強烈すぎやしなかったかと一抹の不安はあったのだが、どうやら私の杞憂だったようだ。言動や立ち振る舞いから幼く感じられることが多いけど、エミルの体はちゃんと雌の機能を果たしているというわけだ。
「そう、これは股に当てて気持ちよくなるための道具だからね」
 ちゃんとした書物でなく雑誌から得た情報をそのまま言い切ってしまって良いものかどうか疑問が過ぎったが、結果的には上手くいったのだからそれでいい。私の知識に間違いがなかったことは、エミルが自身の体で分かってくれてるだろうし。
「な、なあ……ユノ」
「んー、どうしたのアーク?」
 意地悪かな、とも思いながらも私はわざと聞いてみた。私の手からぶら下がった丸い部分を物欲しそうな目で見ているアーク。ここまで来れば彼が言わんとしていることはなんとなく分かる。
「それってさ、お、俺もやってみていいか?」
「アークも気になる?」
「ああ。な、なんかさっきのエミルを見てたらどきどきして、体の奥がむずむずするっていうか。こんなになっちゃうし……」
 見ると、彼の股間からは可愛らしい桃色がにゅっと頭を覗かせていた。体相応の程よい大きさ。エミルの乱れた姿を見て、興奮してしまったというわけか。どうして自分の体がそうなってしまったのかは分かってないみたいだけど、本能的な部分ではアークもちゃんと雄なのね。異性の私やエミルの前で躊躇いなく雄を晒せるくらいだから、彼もエミルと同じくそこまで羞恥心はないようだ。
「じゃあ今度はアークの番ね。ここに横になって、体の力を抜いて……」
「あ、ああ」
 少し緊張した面持ちをしながらも、言われるがままエミルが寝転がっていた近くにアークは寝そべった。仰向けになった彼の股間の一物はぴんと天井の方を向いている。見た目は小さくてもきっちり勃起はしている。雄として機能するかどうかはこれから確かめればいい。この道具は基本的には雌に使うものだったと思うけど、たぶん雄相手でも使えなくはないと思う。振動する部分を押し当てるのは同じ。アークがどんな反応を見せてくれるかも気になるし、物は試しだ。意識がしっかりしてきたエミルの視線はアークの雄に釘付けになっている。エミルはアークと違って異性の体を眺めるのに遠慮がないというか、それこそ好奇心の許すままに動いているという感じがする。
「ふえー、アークのここがこんなになってるの、見るの初めてだよ」
「んっ」
 私の道具より先にエミルの指先がアークの先端に触れて、彼は小さく身を捩らせた。やはりそこが敏感なのは雄も雌も変わりないようだ。と、冷静に分析している場合ではないか。エミルの興味本位を野放しにしておくと、アークの反応を面白がってそのまま揉みほぐしかねない。何しろ私もこんな生々しい雄を見るのは初めてだし、ここに道具を使ったらどうなってしまうのか。エミルほど表には出さずとも、惹かれるものはもちろんあった。
「こらエミル、ふざけないの」
「分かったよー」
 私が制さないと、箒のときみたいにいつまでもつついていそうだった。竿をつんつんされていたアークが小さく反応しながらもやめろと言わなかったのは、満更でもなかったからなのかな。やっぱり触られるのは気持ちいいみたい。たぶんこっちはエミルの指先とは比べ物にならないと思うけどね。私は再び道具のスイッチを入れて、振動部分を彼の雄へ押し当てた。根元から先端部分へ這わせるように動かしていく。当てる対象が外へ飛び出している分、エミルの時よりも狙いを定めにくい。右へ左へ空振りしてしまうこともしばしば。
「んうっ……」
 振動させ始めて数秒だというのに、アークの肉棒はぴくぴくと小刻みに震え始めていた。これは彼が意図的に動かしているというよりも、雄の方が先に反応して勝手に動いているような雰囲気だった。初めての道具の刺激が気に入ったから、もっとちょうだいとおねだりしているようにも受け取れる。このまま続けたらどうなるのかもちろん気にはなったが、ひとまず私は一旦振動部分を離してエミルの時と同じようにアークの様子を伺ってみた。
「すごいよね。なんか良く分からないけど、ふわーって来るでしょ?」
「お、おう。すげえなこれ……」
 ついさっき体験した感覚をエミルらしさ溢れる語彙で問いかけられ、視界がぼやけつつあるアークが答える。私たちの中では一番大きはなずの瞳も半開きになっていて、だらしない笑みを浮かべていた。どうやらこの道具には雄も雌も関係なさそうだ。気持ちいいのは同じみたいだし、続けてしまっても特に問題はなさそうだった。
「アーク。もちろん、続けるよね」
「頼む……」
 ふふ、そう来なくっちゃね。ここでやっぱり止めてくれ、とアークに言われていたとしても私は無理やり押し切って強行していただろう。彼の先端からは透明な雫がとろりと溢れ出している。きっと準備は申し分ない状態のはずだ。私も雄の機能に関する知識は書物で得たものしか持ち合わせていない。刺激を与え続けたその先の光景を自分自身の目に、記憶に刻んでおきたかった。あともう一息で知らない世界が、見える。知らないことを、知れる。アークの雄へと伸ばしていった私の手が震えていたのは道具のせいか、それとも。

―6―

 可動部分をぴたりとアークの肉棒へ密着させて先端から根元へ滑らせるように這わせていく。先走りの雫のおかげでぬるりとしていて余計に狙いが定まらなかったけれど、そんなに強く押し付ける必要はなさそうだった。少しでも対象に触れてさえいれば、そのまま全体へじわりじわりと刺激を伝えてくれる。私は可動部分の矛先を指し示すだけでいい。先端をアークの雄へ上下させ始めて、何往復かもしないうちに彼の下半身が一際大きく揺れ動いたのを感じた。そろそろか。
「うあぁっ……!」
 アークの悲鳴とほぼ同時に、雄の先端から勢いよく白い液体が飛び出した。びくんびくんと脈打つように、肉棒の動きに合わせて彼の体から湧水のように溢れてくる。宙を舞うような大きな波は三回ほど。あとは小刻みに震えて残った僅かな雫が、彼の肉棒を伝ってとろとろと流れ出ているだけだった。そうか、これがそうなんだ。雄が気持ちよくなったら、こうなるんだ。出てきたものに色が付いている分だけ、雌が果てたときよりもずっと迫力があった。私が直接見たのが初めてだったというのももちろんある。だけど、やはり書物だけで得た知識と実践とではまるで違う。ひくひくと勢いよく震えていたアークの雄を目の当たりにして、なんだか胸がどきどきしているような気さえしてきたくらい。とにかく、アークのそれもちゃんと機能はしていることが分かった。私の手に少し掛かった白いものが独特の生臭さを残していた。
「私のと違う……。これ、何?」
「雄と雌の違いね。雄は気持ちよくなると、この白いのが出ちゃうのよ」
「へえ……変なにおい」
 アークのお腹に飛び散ったものに顔を近づけてエミルは興味深げに眺めている。私も直接見るのは初めてだから、もっと近くで観察したくはあったのだがどうもこの生臭さはいただけない。エミルは気にならないのだろうか。と、何を思ったのか唐突にそれを手で掬い取ってそのまま口に運ぶもんだから困ったものだ。私が静止する間なんてありゃしない。
「うえっ苦……」
「何でも口に入れないの」
 やっぱり見た目とにおいからも分かるようにそんな風味の良いものではないらしい。まあ、体の中から出てきたものなんだし体に入っても別に害はないでしょうけど。図らずともエミルが実験台になってくれたおかげで、雄の白いやつは苦いという知識を一つ得ることができた。このにおいさえなければ私もちょっとだけ味見してみたくはあったのだが。
「ああう、あぁ……」
 当のアークは完全に抜け殻のようになって、言葉にならない何かを発している。でもその表情はどこか満足げだったから、きっとこの道具の振動を楽しんでくれたのだと推察できた。一度果ててしまうとこんな風になってしまうのは雄も雌も変わりないというわけね。なるほど。
「だいじょーぶ、アーク?」
「お、おう。エミルぅ……やばいなこれ」
 少しずつだけど意識がこちらがわに戻ってきつつあるらしく、アークはふらつきながらも体を起こした。お腹に付着していたものが床へ流れ落ちて白い染みを作る。このにおいのもとが自分の体を伝っていっても彼はそんなに気にしていない様子だった。アークもエミルと同じく、自身の身に何が起こったのか状況が把握できていないのだろう。あれほどうるさく自己主張していた彼の雄も半分程度の大きさに収まって頭を垂れてしまっている。
「すごいよねえ。こんな変わった道具でもちゃんと使い方知ってるなんて、さっすがユノ!」
「ま、まあね」
 知識を賞賛されて複雑な気分になったのはこれが初めてだった。知ってはいたけど道具が道具だけに手放しで喜べないというかなんというか。まあ、彼らに道具を試したのはもちろん私の知識の正しさを証明するためではあったのだが。エミルやアークがちゃんと雄と雌の反応を示してくれるかどうか見てみたいという知的好奇心も多少は含まれていた。まだ彼らの喘ぎ声が私の耳の奥に残っているから、結果は上々だったと言えよう。うんうんと私が勝手に納得していると、ふいにエミルが私の手から道具を取っていったのだ。
「じゃあ今度はユノの番だね!」
「えっ」
「そう、だな。俺たちばっかり気持ちよくなってちゃ悪いし」
 待って、ちょっと待って。この展開は正直想定外すぎる。エミルはともかくアークまでなんでそんなやる気になってるの。もしかして快感の余韻が残ってて、気持ちが大きくなってるんだろうか。エミルの言う私の番、というのが何を指すのか理解したくはないけれど分かってしまう。
「ユノがやってたから使い方は分かるよ。ここを回すんだよね!」
 そう言って摘みの部分を動かすと、再び可動部分が鈍い音を響かせ始める。私の見よう見まねでいつの間にやら覚えていたのか。飲み込みが早いのは素晴らしい。本当に素晴らしい、頭を抱えたくなる程に。確かに使い方は合ってる。合ってるんだけどさ。もたもたしてるとそのまま遠慮なくエミルに押し当てられそうだったから私はほんの少し彼女と距離を取った。
「あ、あのねエミル、私は別に……」
「ふーん、本当に?」
「ユノ絶対興味あるだろ、俺でも分かるって」
 にやついた顔つきで私の背中をぽんと叩くアーク。まいったな。ここでないと言い張ってもエミルにとことん追求されて結局引き下がれなくなるのが関の山。やれやれ、やっぱり私は彼らの前では本心を偽りきれないようだ。無意識のうちに震える道具の方へ視線を送っていたのがばれてしまったか、あるいは私が本気で嫌がってないことが伝わってしまったのか。私も道具は初めてだった。自分の手で触れるのとはどう違うのか。エミルやアークの乱れっぷりからするとおそらく。ぶるぶると震える可動部分を目の前に、私はごくりと生唾を飲み込んだ。
「じゃ、じゃあせっかくだから……やってみてもいい、かな?」
 やってみてもいい、じゃない。本当はやってみたかったんだ。もしこの道具をエミルではなく私が見つけていたとしたら、喜々として自分の体で実験していたであろうから。
「決まりだな」
「なら私が当ててあげるねっ」
「ちょ、ちょっと待って。エミル、やるならゆっくりお願いね?」
 こうした場面において彼女の無邪気さは加減を知らなさそうでちょっと怖い部分がある。いきなりぐりぐり攻めてこられたらたまったものではないので一応私は念を押しておいた。今にも先端部分を私の方へ差し出してきそうなエミルをやんわりと制しつつ、私はひと呼吸置いたあとゆっくりと仰向けに横たわった。普段の床は冷たくて背中がひやりとするはずなのに、今日はそれが感じられない。そのかわりに自分でも分かるくらい胸の鼓動が早まっている。まだ始まる前だというのに、これは初めての経験に対する期待か不安か。自分の感情は自分でも推し量れないところはあるけれど、きっと。期待の方が大きかったはずだ。
「じゃあいくよ、ユノ」
「ど、どうぞ……」
 狙いを定めて徐々に可動部分を近づけてくるエミル。自分の股ぐらを執拗に見られるというのはいくら見知った仲とはいえ異性のアークはもちろん、同性のエミルが相手でも恥ずかしさはあった。とはいえ、一連の流れで彼らはそんなことを微塵も気にしてなかったようだし私も開き直ってしまえ。一時的な羞恥心など大事の前の小事。細かいことに気を取られている場合ではないのだ。
「んっ……」
 振動部分が私の筋に宛てがわれる。来るぞ来るぞと覚悟していたとはいえ、口元から思わず声が。正直、道具の刺激自体は緩やかだ。この程度ならくすぐったさやむずがゆさだけで片付けられてしまいそうなくらい。ただそれが断続的に与えられるとなると別の話。一つの刺激は弱くとも、何度も何度も繰り返し休むことなく伝わってくる。それが道具の恐ろしくも素晴らしいところだ。自分の手だけでは絶対に真似ができないこと。実際に体験することほど、印象に残る学習はない。小刻みに揺れる先端は少しずつ少しずつ私を快楽の海へと導いていく。股から足先にかけてじいんと痺れるような感覚。頭もぼうっとしてきたような気がする。人間の技術とやらは本当に侮れない。記憶力には絶対の自信を持っている私でも今聞かれたら、最初にエミルが持ってきた道具が何だったかを答えられなくなりそうだ。それくらい、私の中は快感に支配されつつあったのだ。

―7―

 無機質な音を立てながら震え続ける先端部分は緩やかな刺激を継続して送り込んでくれている。私の意識も大分溶かされつつあった。呼吸が深く、大きくなる。下半身がじんじんとして熱い。後もう少し続けられば、間違いなく。このまま身を委ねてしまおうとしてふと私の中にある考えが過ぎる。ん、待てよ。確かあの時見た本では。どうしようか。正直このままでも十分といえば十分ではある。でも、他の可能性があるならばそれを試してみたくなるのが私だったのだ。
「エミル……ちょっと止めてくれる?」
「ん、どうしたの?」
 意識せずとも上ずり気味な声になっていたけど、エミルにはちゃんと届いたようだ。一旦道具を離した彼女の手には私の股から染み出した雫が付着してぬらぬらと光っている。ふわふわする頭で必死に記憶を手繰り寄せながら、私は体を起こして丸い先端部分を割れ目に押し付けた。いつの間にか床に小さな染みまで作ってしまっていて、こんなに濡れていたことに自分でも驚きだ。だけどこれくらい準備が整っているなら、おそらく。私は小さく息を吸い込んで下半身の力を抜く。そして両手に力を込めて強引に先端部分を押し込んだ。思っていたよりもすんなりと、ずるんと私の筋の中へと道具は滑り込んでくれた。体内に私ではないものを含有している違和感はかなりのものだったが、この状態でスイッチを入れれば、きっと。
「これで、やってみて」
「え……いいの?」
「うん、大丈夫だから」
 自分たちのときとは違う使い方に腑に落ちないものが残っているようだったが、私がエミルの疑問を強引に押し切った。直接中に入れて動かしてみたらどうなるのか、私の頭の中はそのことでいっぱいだったのだ。
「わ、分かった」
 エミルの中でも何らかの躊躇いが生まれたのか、さっきよりも幾分か控えめに摘みの部分を動かしてくれた。控えめとは言っても内部にぴったりと密着した状態で振動が伝わって来るのだ。敏感な部分をぐりぐりと激しく掻き回される感覚に近かった。
「ん、あっ……ああっ!」
 なんという激しさ。可動部分を表面に這わされていたときとは比べ物にならなかった。振動は奥へ奥へと突き進んで、私をずるずると快楽の沼へ引きずり込んでいく。エミルやアークの手前、出来るだけ抑えようとしていたのに声を上げずにはいられない。私がどんなに体を震わせても、表情を歪ませても道具はその力を緩めてくれることはないのだから。エミルが電源を入れてから十数秒しか経っていないはずなのに、見る見るうちに私は限界を迎えてしまったのだ。
「うあ、あああっ……!」
 股ぐらから止めどなく愛液が溢れてくる。後から後から染み出してなかなか止まってくれない。直接見たわけでなくとも直感でそう思えたから、結構な量だったのではないだろうか。激しさと気持ちよさと恥ずかしさとが入り混じって、頭と体の中がぐるぐるとして良く分からない感覚だった。使ったことのない道具を試すという知的好奇心も、知識ポケモンというプライドも、何もなくなってしまっている。今の私は未知の快楽に喘ぐ一匹の雌でしかなかった。
「え、エミル……と、止め、止めてっ!」
 なおも振動を続ける先端部分が、私に余韻に浸ることを許してくれない。果てた直後の体にこの刺激は激しすぎる。早く電源を切ってくれないと私の身が持たなくなっちゃう。
「う、うん……え、えっと、こうかな?」
「んあああっ、あっ、違っ、ぎゃ、逆うぅぅ!」
 あろう事かエミルは反対方向へ摘みを回してしまったらしい。強弱の設定はしっかりと生きていたので、最強の振動が私の最も弱っていた部分に容赦なく襲いかかる。さっきはちゃんと電源を切れていたのに何でこのタイミングで間違えるの。ぎゅんぎゅんと中で暴れまわる道具になすすべもなく私は身を捩らせていた。無理やり引き抜こうにも全く両手に力が入らない。これじゃ気持ちよさも何もない、ただの拷問だ。私たちエスパータイプに悪タイプのおいうちが効果抜群どころの話ではない。ああっ、だめだ、これ以上続けられたら、私、本当に――――。
「ゆ、ユノっ、大丈夫か」
 焦って慌てふためいていたエミルの手から強引に道具を取り上げて、アークがスイッチを切ってくれたみたい。ぶるぶると荒れ狂っていた先端部分はぴたりと動きを止めて、ようやく大人しくなってくれた。一回果てて満身創痍のところへ想定外の追撃を受け、心身共に擦り切れてしまっていた私は虚ろな瞳で呼吸を荒げることしか出来ずにいた。生まれ持った細目のお陰で、あらぬ方向を向いているであろう瞳をエミルやアークに見られずに済んだのが不幸中の幸いとでも言おうか。快感の余韻なんて何もありはしなかった、私の体に残ったのはただの疲弊感だけ。私が体からぬるりと道具を引き抜けたのはしばらく後になってからだった。多少は意識がはっきりしてきて、エミルとアークがそわそわしているのも分かってきた。きっと私の乱れっぷりにどう声を掛けたものかと逡巡しているのだ。私自身あんな声が出せたのかと驚くくらい岩屋の中に響き渡っていたし、さすがに恥ずかしいし気まずかった。
「ご、ごめんね。ちょっと調子に乗りすぎちゃった、かな」
 起き上がった私の第一声を聞いたエミルとアークはお互いに顔を見合わせてどこか安堵した様子だった。私が完全に壊れてしまったとでも思ったのだろうか。確かにまだ股がひりひりしてる気がするけれど。私があれくらいでおかしくなったりは、いやちょっと危なかったかもしれないな。
「何か、私の知らないユノを見た気がする……」
「驚いたぜ。お前もあんな顔するんだな」
 面と向かって言われると顔面から火炎放射してしまいそうな思いだった。喘いでいた私がどんな表情をしていたかだなんて想像したくもないけど、エミル達にはしっかり見られてしまったんだろう。ああもう、新しいものに対する知識欲と好奇心を抑えきれなかった結果がこれだ。
「私としたことが。少し頭を冷やしましょうか……」
 私が促した方向にあるのは湧水が流れ込んでできた水たまり。泉と呼ぶには少々浅くて狭いくらいだが、私たちが体を濯ぐくらいの水量とスペースくらいはある。
「私もいく!」
「俺も。体洗いたい」
 皆、それぞれの体から出た体液でべたべたになったままだし。心を落ち着けることも含めて水浴びは無難な選択だ。岩屋の中には奥からの湧水が溜まってできた丁度良い水たまりが何箇所かある。その中の一つに私たちはぱしゃりと体を浸した。湧水に各々の体液が混ざっていく。ここの水は神聖であるべきものの雰囲気がしていたのだが、ちょっと汚してしまったかな。まあ、ごみを捨てたりしたわけじゃないし。私たちの体から出たものだから湧水も許してくれるだろう、たぶん。体が火照っていても常に循環を続けているこの水はとても冷たい。その冷たさが冷静さを手繰り寄せてくれたおかげで、私は自分の行いを客観的に判断できるようになってしまったのだ。いくら引くに引けない状況になっていたとはいえ、エミルとアークの目前で私はなんという失態を。両手で顔を覆ってふるふると頭を横に振ってみたところで記憶はなくなってくれはしない。今までと同じようにエミルやアークと接することができるかどうか――――。
「隙ありっ」
「ひゃっ」
 いきなり首元に水を掛けられて私は身を竦ませた。こんなことする犯人はエミルだな、振り返らなくても分かる。まったく、私が真剣に考え込んでいたというのに文字通り水を差すような真似を。けらけらと笑う彼女の顔面に横方向からばしゃりと襲いかかる水。アークの仕業だ。
「ぶえっ」
「隙だらけなのはお前もだぜ、エミル」
「む、やったなー」
 お返しに、と言わんばかりに激しくばしゃばしゃと水たまりでの攻防を続ける二匹。もう十分体も心も冷えたので、とばっちりを受けては堪らないと私は陸地に上がって体を震わせ軽く水気を飛ばした。屈託ない笑顔を湛えて水を掛け合うエミルとアーク。いつの間にか無邪気な彼らに戻ってしまっている。そんな二匹を見ていると自分がどう思われて、どう動いたらいいのかと悶々としていた私がなんだかとてもちっぽけに思えてきたのだ。知識だ経験だなどと難しく考えずに自分のやりたいようにやる。彼らのようにありのままで過ごしてみるのも一つの方法かもしれないな。そう考えると少し気が楽になった。
「あ、そうだ」
 唐突に水と戯れるのを止めて、陸地へと這い上がるエミル。遠慮もなくひょいと持ち上げたのは彼女が今回持ってきた道具の中では一番の掘り出し物だったであろう、それ。さっきの出来事があったので残念ながら私は直視出来なかったけれど。
「これどうしよっか」
「退屈した時にでもまたみんなで使ってみるか?」
「あ、いいねそれ。気持ちよかったし!」
 アークの発言にぎょっとさせられて、さらに続いたエミルの一言にひっくり返りそうになった私。おいおいそんなに軽いノリでいいものなのか。いいのか、な。エミルもアークも精神的な幼さがある故に、性的な事柄に対するハードルが低いのかもしれない。自分たちのあられもない姿を見られる、ということにも大して恥じらいがないのだろう。私の場合は恥ずかしくないといえば嘘になるけれど。もうすっかり見られちゃってるわけだし、今更変に意識しすぎるのも往生際が悪いな。彼らが楽しみたいと言う時は私も遠慮せずに混ぜてもらうことにしよう。今度は誤動作させずにちゃんと、楽しみたいし。
「じゃあ、これは私が責任をもって預かっておこうか」
「えっ」
「んー……」
 エミルもアークもその目はとても何か言いたげだな。半分冗談、半分本気くらいのつもりだったんだけどな。もし本当に道具を任されてしまったら、それはそれで困っていたかもしれないけど。きっと道具が気になって気になって、岩屋で落ち着くことができなくなりそうだ。
「ユノさあ、自分だけでこっそり楽しむ気でしょ」
「だよな。一番熱中してたのユノだし」
 予想通りの反応に、私は肩を竦めることしかできなかった。彼らにそう思われても仕方ない。自分でひっそりと使ってみたいと思ったのもまた事実なのだから。これは最初に見つけたエミルに預かっていてもらおう。せっかくの素晴らしい道具。くれぐれも無くしたり壊したりしないでねと念を押してから。私は彼女に道具の管理を任せたのであった。

 おしまい



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  • やったぁUMAのエrだぁ!
     こほんこほん。ええと、3匹の会話のシーンでも読者の視点の誘導が丁寧で、特有のリズム感ある文体も相まってするすると読めてしまいました。それでいて少ない言葉数でユノの性格やみんなとの仲の良さが端的に表されていて素敵です。まだ1話だというのにエミルとアークの持ってきたものに嫌な予感しかしない。物語の展開がなんとなく読めているのでそこをどう裏切ってくれるのか期待しちゃいます。ぜひユノちゃんの知識で塗り固まったムッツリをさらけ出してほしいですね。げふんげふん。 -- 水のミドリ
  • そうですUMAのeロですよ!(
    シンオウ地方となるともう三世代も前のお話となってしまうのですねえ。それでも結構前から温めていたネタではあったので思い切って彼らを題材としたお話を書くに至ったのであります。基本的には仰られる通りの展開になるようなならないような。UMAの可愛らしさを存分に表現できればと思っております。レスありがとうございました! -- カゲフミ
  • シンオウ地方って三世代も前なんですね(戦慄)
    UMAそれぞれの可愛らしさが前面に出ていて読んでいてほっこりしつつ、今後の展開にわっふるしつつ(笑) -- Lastertam
  • UMAは似通った外見ですが、それぞれの設定から案外キャラ付けはしやすかったです。割とベタといえばベタな性格に落ち着いたようなそうでないような。
    ぼちぼちながらも更新頑張っていきたいですね。レスありがとうございました! -- カゲフミ
  • 無知エムリットちゃんもいい(歓喜
    私はソウイウコトを教える役割をエムリット→ユクシーで書きましたが、うぅむユクシー→エムリットもなかなか……。感情の神は快感にアッサリと堕ちそうですものね。これは最後まで見守りたいです。 -- 水のミドリ
  • 三匹の反応がいちいちかわいくてエロくて、ホントにすごく良かったです!
    あと個人的にですが、ユノが質問に答えていくシーンで、鍋とフライパンを答えさせることでユノの負けず嫌いな面を描写することで、最後の質問に答えざるを得ない状況へスムーズに持ち込んでいたのにすごく感動しました。ホントさすがです!
    更新頑張ってくださいませ!! --
  • 水のミドリさん>
    同じポケモンでも書き手によってそれぞれの表現ができるのがポケモン小説の良さですね。やはりユクシーは知識の神様ですからこっち方面にも強い。ぜひとも最後まで見守っていただければと思います。レスありがとうございました!

    二番目のお方>
    UMAは準伝説の中でもマスコット的な可愛さがありますよね。最初からいきなりおもちゃが登場というのも考えましたが、前置きがあったほうがユノの行動により説得力が増すかなと思い1話と2話を構成してみました。違和感なく進んでいるように思っていただけたのなら一安心です。レスありがとうございました! -- カゲフミ
  • 一人称の心理描写メインで、しかもあまり多くない台詞や描写からでもキャラの動きや表情やらが鮮明に想像させられる文章は圧巻です。ツマミを反対へ回されてしまった時のユノちゃんの仕草、きっと細目に涙を溜めて漏れる声を手で押さえながら身をよじってるんだろうなぁ……。情欲と見栄のあいだで揺れ動く葛藤が焦燥で押し流されていくような心理描写、終始ニマニマしてました。わかりますコレ書いているときも楽しいんですよねw ともかく、激スキなシチュありがとうございました! -- 水のミドリ
  • 執筆お疲れ様でした。
    読みやすく、かつ深く入り込める文章表現がとても素晴らしく、色々と想像しながら夢中で読み進めていました。
    伝説のポケモンながら、無垢な感じなのがUMAの良いところ(?)ですね!
    最後まで楽しく読むことができました。ありがとうございました! -- からとり
  • 水のミドリさん>
    もちろんユノちゃんが悶絶しているシーンはノリノリで書いていましたええ。もともとUMAは各々のキャラ設定がはっきりしていたのもあって、物語の中でもかなり動かしやすかったですね。ミドリさんところのUMAよりはあっさりめだったかもしれませんが、今作を書いているうちによりUMAが好きになったような気がします。もっと流行ると嬉しい。

    からとりさん>
    基本的に無垢っぽい子らをちょっと脇道へと踏み外させる描写は書いていてなかなか背徳感があってぞくぞくするものです。UMAは外見的な幼さも手伝ってそれが顕著でしたふふ。執筆を進めて行く時はできるだけ読みやすい文章を心がけているつもりではあるので、そう言っていただけるとありがたいですね。

    お二方、レスありがとうございました! -- カゲフミ
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Last-modified: 2017-05-10 (水) 20:56:55
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