written by cotton
記憶~二つの力~
引き裂かれた2つの運命。
――何でだ……。
神に見捨てられたフタリ。
――約束しただろ……!
散り散りになったフタリには、それぞれ力が与えられた。
――ずっと……助け合っていこうって……!
相反する、二つの力が。
――嫌だ……。忘れたくない……!
――辛い過去なんて、消えてしまえばいい。
ヒトリは、今までの思い出を信じたくて。
もうヒトリは、その思い出を消し去りたくて。
――何でだよ……!?
――今まで、世話になったな。
そのフタリの記憶は、時間の中に溶けた。
跡形もなく。
――…?
そこに残された自分は、過去を失ったただの脱け殻で。
――独り……?
そこに残された自分は、行き場を失った迷子のようで。
昨日までのフタリは、もう此処にはいなかった。
止まった記憶 一,出会~キケンな契約~
「……お世話になりました」
「毎度あり~☆」
依頼主のナゾノクサはお辞儀をして、出ていった。部屋には俺と、報酬の三百パルと、柔らかい午後の日射しだけが残った。
この仕事: セイバーを始めてからはずっとこのルージュの街の風景を見てきた。
貫禄のある一対の漆黒のソファー、傷一つないテーブル、街を映す曇りのない窓ガラス。その窓ガラスには、一匹のエーフィ……自分の姿が映っていた。それは、街の風景に溶け込むことはなかった。
コーヒーの残り香が、部屋中を包んでいた。ソファーに座り、フゥ、と溜め息をついてみる。独りの空間にそれはゆっくりと溶けた。
今日これからの予定は一応無い。仕事から解放されたこの時が一番落ち着く時である。ただのヒト捜しとはいえ、午前中ずっと走り回っていたのだから疲れは無いわけがない。まあ、報酬を貰えればその疲れもだいぶ吹っ飛ぶわけだが。
小さい仕事ばかりだったが、最近は午後がフリーってことはあまり無かったからな……。ちょっと一眠り……。
他の店とは違った雰囲気のある、小さくて可愛らしい建物。所々錆びた看板には『Saver』と書かれている。
「……失礼します」
ノックしたドアは、高級感が溢れていた。
へぇ……。何もない所だと思っていたけど、結構綺麗な部屋なんだ。此処のヒトが綺麗好きなのか、あるいはお手伝いさんでも雇っているのだろうか。
「……? 留守かな……?」
「誰だ~……?」
「……!?」
部屋の中から聞こえた声。ソファーから覗く彼:エーフィがその正体だった。
「……そこのリーフィア、依頼?」
「は、はい。一応……」
「……そうか。フアァァ~……」
眠そうな眼を擦り、食器棚へ向かった。
「……名前は?」
「ルピィ。ルピィ・ヴァーシャです。あの……すみません。起こしてしまったようで……」
「……ったく、久々にゆっくりできると思っていたのに……。……あ、座ってていいから」
「それじゃあ改めて。俺はソレイユ・ユニバース。呼ぶときはソレイユでいい。宜しく」
机を挟んで、話し合いは始まった。
「……で、依頼って?」
コーヒーを一口飲み、彼は問いかけた。
「えっと……、簡単に言うと、"
「……闇夢の退治ぃ?」
彼は冷ややかに笑う。
「依頼金、高くつくぞ? 一〇九五万パル、用意できるか?」
「……一〇九五万……って!? いくらなんでも高過ぎじゃないですか!!」
「今の言い方だと"組織自体を潰せ"っつーことになる。アバウト過ぎ。あの組織潰すには百年かかるっつーの。ウチはどれだけかかるかで金額決めてるんでね」
確かに、闇夢は世間に恐れられている組織。無理な依頼だとは分かってたけど……。
「一日三百パル、その百年分。文句ある?もっとも、もっと具体的な内容なら考え直すけど」
話すしかないみたいだ。
「……町が壊されたんです」
「ん?」
「私の住んでた……ヴェールの町が……」
思い出すのも嫌になる。昨日のこと……。
静かな夜に、悪魔達は舞い降りた。
彼らは"闇夢"。黒の街、ノアールの軍。
手当たり次第に町を傷つけ、皆を傷つけ……。静かな筈のヴェールの夜に高笑いが響いて……。
自分の家も、呆気なく崩れた。為す術もなくて、行くところもなくて……。
「……で、なんとか逃げてきた、ってこと?」
「はい……」
一通り話を聞き終えると、彼はまた棚の方へ向かった。引き出しから何枚かの紙を取り出し、机に置いた。
「……じゃあ取り敢えず、お前が満足するまで従うことにする。……こんな契約、今まで無いんだけどな…」
「依頼……受けてくれるんですか!?」
「ああ。ただし、条件がある」
「条件?」
不敵な笑みを浮かべた。瞬間、彼は机を乗り越え、こちらに飛びかかってくる。
「ッ!? キャッ!!」
のし掛かった状態で、彼はこちらに笑いかける。さっきまでの彼とは思えない程の恐ろしさが、こちらの行動を制限する。
「ウチで働く、これが条件だ……ッ!」
覆い被さり、耳を甘噛みする。身体を貫くような感覚が襲う。
「ひゃああッ……! ハァッ……、アッ……」
「どうする……? 契約す……」
「い……いきなり何するんですかッ!!」
「がッ!?」
思わず、右手を出してしまった。部屋に鈍い音が響いた。
「えーと……。大丈夫ですか……?」
気がつくと、倒れていたのは床の上。どうやら、気を失ってたらしい。
……ちょっと調子に乗り過ぎた。頬の殴られた痕が痛い……。
「あ、ああ……。なんとか、な……。それにしてもグーは……」
「で、でもいきなりあんなことするなんて、酷すぎます……」
ソファーから2、3メートル程離れたところまで飛ばされたようだった。何というか……
「馬鹿力……」としか表現できなかった。
「ば、馬鹿力ッ……!?女の子に使う言葉じゃないですッ!……そうだとしても、あの程度の力で弱音吐くなんて……」
彼女の顔が、赤くなっていくのが分かった。
「あの程度って……こんだけブッ飛ばして……しかも痛てぇし……」
「じ、自業自得ですッ……!」
まあ、ふざけ過ぎたのは俺の責任なんだけど、さ……。
「……で、どうすんの? 契約すんの?」
「し、しませんよッ! またあんなことされるのは御免ですからッ!!」
怒ったまま、彼女は部屋を出ようとする。だが、
「ふ~ん……。でも、帰るとこあんの?」
「あ……」
ふと、彼女の足が止まった。
そう、この少女には帰る家がなかった。そのことを思い出し、彼女は思わず声を漏らした。微かに啜り泣く音が聞こえてきた。彼女の顔を覗きこんだ。
……目を涙で濡らす彼女の顔がそこにあった。
「……ならさ、」
俺にできたのは、彼女を安心させることだけ。とにかく、彼女を落ち着かせるしかなかった。泣かせたのは俺の責任だし。
「……ウチに居ていいから、な……? だから泣くな――」
コーヒーは、そこに匂いを流すのを忘れていたかのように。
「ソレイユ……ッ!」
時間は、時の流れを止めたかのように。
「んあッ……!?」
彼女の顔が、ずっと俺の隣にあって。
抱きしめる彼女の鼓動はダイレクトに伝わって。
その時間は、何故だか長く感じられた。
日差しは街の眩しすぎる光に変わった。漆黒に映える満月は、その光の中で薄れてしまっていた。明かりを消したこの部屋の壁には、フタリの影が長く伸びた。
相当疲れていたのか、夕食を食べるなり彼はソファーで眠ってしまった。静かに寝息をたてて。
昼間の感触は未だ残っていた。自分でも、何故あんな思い切ったことをしたんだろう、と疑問に思う。その二つの影は、まだ繋がっているように見えた。
カーテンを閉め、二つの影を消した。ゆっくりと、ソファーの方へ向かった。
「……おやすみなさい。」
不思議とその夜は、落ち着いて眠る事ができた。
二話へ。
気になった点などあれば。