ポケモン小説wiki
森から3つ先に暴風警報

/森から3つ先に暴風警報

大会は終了しました。このプラグインは外してくださってかまいません。
ご参加ありがとうございました。

エントリー作品一覧



 ※注意※
 本作は第十回帰ってきた変態選手権参加作品であり、性暴力や流血、放尿などの過激な描写を含みます。


目次 



序幕 




 ♪

 朱に色づいた秋の木々が、朗らかに響く音色に併せて踊る。
 梢を揺らすその曲は、森の深奥より奏でられし歌声。
 喉笛に磨きをかけて美声を披露していたのは、もうすぐ開かれる秋祭りのために森に訪れていた歌姫グループのリーダーだった。
 甘酸っぱくも切ない初恋の物語を紡ぐ官能的な旋律に、飾り付けをしていたポケモンたちも皆、しばし手を止めて聴き惚れる。
 幸福感に満ち足りたリハーサルのひと時。それを……

 前触れもなく吹き抜けた烈風が、乱暴に引き裂いた。

「キャアアアアアアアア~~ッ!?」
 一瞬で舞い散らされた鮮血色の葉が描く渦を貫いたのは、旋律を奏でていた主の戦慄を帯びた悲鳴。
「な、何事っ!?」
「リーダーに何かあったんだわ!?」
「大変、行かなくちゃ!?」
 数名のポケモンたちが声を上げ、暴風に薙ぎ倒された木々の間を縫って森の奥へと駆けていった。

 ♪


第1幕 




 ♪

 歌姫たちがいつも練習に使ってきた、今日もリーダーが独唱していたはずの小舞台に最初にピンクの靴で踏み込んだのは、華やかなリボンを右耳と胸元に結び、波打つミニスカートを腰にまとった、黄色いジグザグ尻尾の先端に黒いハート模様を持つアイドル姿のピカチュウだった。
「リーダー、どこ……?」
 普段の装飾が見る影もなく荒れ果てた舞台を見渡しても、探し求める影は見つからない。
 やや遅れて散らばった小枝を踏み折ったのは、ライラック色のすね毛から突き出た蹄。ライラックとミントのグラデーションに彩られたタテガミと尻尾を風にそよがせ、黒く小さな一本角を額に携えたガラルのポニータだ。続いて碧に艶めく髪の下に紅玉の瞳を妖しく閃かせたサーナイトが、白い裾を優雅に翻して飛来する。2名ともお揃いの、白地に緑と黒の帯を巻いた小さな帽子を被っている。ピカチュウと同じ歌姫グループの仲間たちだ。
「感じる……こっちよ、舞台の裏」
 胸の突起に念を集中させて周囲を探知したサーナイトが導くままに、倒れた柱を乗り越えて舞台を回り込む。
「いた、リーダー……あぁっ!?」
 果たして、そこには探していたリーダー、メロエッタが力なくへたり込んでいた。
 萌葱色をした五線譜模様の髪は千々に乱れ、漆黒の腰布を堅く押さえつけて、内股に閉じた白く華奢な足を戦慄かせている。虚ろに開かれたサファイア色の瞳からは暗い潤いが溢れ落ち、可憐な歌声を奏でる小さな唇は噛み締められて歪んでいた。
「メロエッタちゃん大丈夫!? 早くボクの癒しの波動を!」
「どうしたの、一体何があったの!? 応えてリーダー!!」
 直ちにポニータが角をかざして波動を注ぐも、メロエッタの表情に重く射した影は晴れる様子を見せない。ピカチュウたちの問いかけにもまともに応えられず、悲痛に首を振って取り乱すばかりだ。
 そこへ。

「……代わりに我が輩が教えてしんぜよう。のわっはっは!」

 吐き気を催すほど生臭い風と共に豪快な哄笑が吹き荒れ、歌姫たちは空を仰ぐ。
 荒らされた梢の彼方、開かれた青空を遮る白雲。
 その雲の上から上半身をそそり立たせ、野太い双腕を胸の前で力強く組んだモスグリーンの肉体美があった。幾重にも旋毛を巻いた飾り毛が並んだ長い紫色の尾を弓なりに掲げ、二本角とギョロリ剥いた黄色い眼差しの下、雲と同じ色に蓄えられた髭の端を得意げに振り上げている。
「旋風の神、トルネロス……様?」
「いかにも」
 仰々しく頷いた化身フォルムのトルネロスに、ピカチュウは問いかける。
「リーダーに何があったか、貴方はご存じなのですか?」
「ぐふふ……知っているも何も、」
 含み笑いが、緑の頬を凶悪に染めた。
「メロエッタを襲ったのは、他ならぬこの我が輩じゃとも!!」
「な…………っ!?」
 驚愕に引きつった歌姫たちの表情から、伝説ポケモンに対する敬意が吹き飛んだ。
「何……ですってぇ!? あんた、一体彼女に何をしたのよ!?」
「捲った」
 悪びれる様子など埃ほども見せず、事も無げにトルネロスは言い放つ。
「メロエッタが歌唱の修練に夢中になっている隙をつき、我が輩自慢の暴風を浴びせて腰布を捲り上げ、秘められし絶景を堪能させてもらったのじゃ! ぐわっはっは!!」
 下卑た台詞に蛮行の記憶を抉られたのか、メロエッタは音符型のインカムを押さえ、嫌悪にしかめた顔を激しく振り乱す。余りにも惨いその様子を受け、ピカチュウは怒りの電流を頬から迸らせてトルネロスに激昂を浴びせた。
「信じられない! 雌の仔の大事なところを無理矢理暴いて覗くなんて……どうしてそんな破廉恥なことを!?」
「愚問!! (とばり)に遮られし乙女の秘所を捲り上げ愛でる悦びこそ、我ら漢にとって永遠の浪漫! 例え火の中水の中草の中森の中土の中雲の中、数多の試練を乗り越えて、最後にポケモンが辿り着くべき秘境こそ乙女の腰布の中身であると、童歌にさえ歌われるほどの絶対真理じゃろうがっ!!」
「……いや、そんな拳を振り上げてまで痴漢行為の正当化を力説されても」
「あ~、あれそういう意味だったのね。森、土、雲のその先っていう……」
「サーナイトちゃん、今のトルネロスの話に何か納得できるとこあった? ボクには何を言ってるのかサッパリだよ?」
 遙か上方を見上げて虚空に呟くサーナイトに、すかさずツッコみを入れるポニータ。シラケた空気に流されかけるも、気を取り直してピカチュウは電光の視線をトルネロスに向ける。
「そんなにリーダーのスカートの下が見たいなら、ステップフォルムで踊っている時に地べたを這い蹲って見上げれば良かったじゃないの」
 メロエッタには歌姫としての姿ボイスフォルムの他に踊り子としての姿ステップフォルムがあり、古の舞曲(うた)を口ずさむと共に髪は夕日色に染まって巻き上がり、スカートは四方に広がって華麗な足さばきで舞い踊る。太股や尻を眺めたいなら、この形態を下から見上げれば充分だっただろう。
「あたしだって舞台の上で皆から見上げられるアイドルだもの。踊って翻ったスカートの下をちょっとぐらい見られたってどうってことないわ。どうして踊るのを行儀良く待てなかったの!? 無理に捲ってリーダーを辱めなくたって良かったでしょう!?」
 元々申し訳程度に腰を飾っていたミニスカートを更にたくし上げ、艶めく山吹色の毛に覆われたふくよかな太股を大胆に見せつけたピカチュウを、しかしトルネロスは鼻息で一蹴する。
「フン、そちらからひけらかした脚を見せびらかされたところで面白くも何ともないわい。それに、メロエッタのステップフォルムは足さばきが激しすぎて肝心の部分が中々見えぬでな。やはり我が暴風を以て捲り上げるが一番じゃて」
「何よそれ……結局ただの身勝手な加害欲じゃない!」
「身勝手結構! 風とは気ままなものよ。思いのままに振る舞ったからこそ、我が輩はエロメッタめのか細く清らかな両足の狭間に隠されたヴィーデやセンツァを心置きなく観賞できたのじゃからな! 勝手に勝るものはない! ぐわっはっは!!」
「ヴィ、ヴィーデにセンツァって、アンタ……っ!?」
 ピカチュウたちも歌姫である。演奏記号ならよく知っている。
 楽譜上の同じ記号へ飛ぶ印のヴィーデは丸を十字に切った模様。ピアノのペダルを放す印のセンツァは花柄。その形状をトルネロスが何の比喩として使ったのか、限界を超えた羞恥に顔を覆い嗚咽を漏らしだしたメロエッタの様子を見るまでもなく明白だった。
 腰布を捲られた程度の被害では済んでいなかった。乙女として余人に見せてはならない何もかもを、メロエッタはトルネロスに視姦されてしまっていたのだ。あまつさえエロメッタ呼ばわりまで!
「ふっざけるのもいい加減にしろ! この緑セクハラ野郎!!」
 ピンクの服からかいま見える体毛が、残らす逆立って天を突く。
「欲望のままに雌の娘を弄んで、タダで済むと思うな! 今すぐ地べたに叩き落として、リーダーが味わった屈辱を思い知らせてやる! 食らえ、ボルテッカアァァァァァァッ!!」
 全身に高圧電流の渦を巻かせた黄色とピンクの弾丸が、トルネロスめがけて突撃する。
「フンッ!」
 だが、トルネロスが尻尾をうねらせて作り出した旋風に敢えなく脚を払われ、小さな身体が宙を舞った。
「く……っ!?」
 仰向けになって地べたに転がされたピカチュウの腹の上で、更なる旋風が巻き起こる。
「な、何を……あぁっ!?」
 情け容赦のない力の奔流が、下肢を押し開き黄色い体毛を薙ぎ払って、その下に隠されていた紅く色づくコネクターをさらけ出させる。全開に広げられたスカートの花弁の中に雌しべを開かされ、ピカチュウは一輪の可憐な花と化して風に弄ばれた。
「イヤアァァァァァァァァ~~ッ!?」
「ピカチュウちゃん!?」
 まさしくメロエッタが味わった屈辱を、ピカチュウはその身で味わわされ、他の者たちは目の当たりにすることになった。暴風による陵辱、目に見えぬ男根を振るった強姦としか言いようのない凄惨な蹂躙がそこで繰り広げられた。
 悍ましい旋風がようやく凪いでピカチュウを解放したとき、彼女のスカートは擦り切れ、リボンはすべて解けて吹き飛び、ボタンも残らず千切り取られて、ボロ布となり果てた衣装の残骸を身にまとわりつかせたピカチュウにはもう、立ち上がる気力すら残されていなかった。
「あぁぁ……衣装……あたしのアイドルの衣装がぁぁ…………」
「ピカチュウちゃん……惨い、何てことを…………!?」
「ぐふふふ、眼福眼福。さて、お次は……?」
 欲望に黄色く濁った邪視が、サーナイトの腰に揺れる裾を値踏みするように舐め回す。
「サーナイトちゃんに手を出すな!!」
 ライラックとミントのタテガミが、その視線を遮った。
「ポニータちゃん!」
「ボクが盾になるよ! 大丈夫、ボクは捲られるような腰布なんて履いてないんだ。何をされたって……」
「ほう、では、これは何かの?」
 豊かに揺れる尻尾が、澱んだ旋風に絡みつかれて巻き上がる。
「ゲッ!? や、やめろーっ!?」
 トルネロスの意図を察したポニータが咄嗟に尻っ跳ねして蹴り上げるも、蹄は虚しく文字通り風を切っただけだった。
「おりゃ、ご開帳!」
 暴風が狂い荒れ、ポニータの尻尾を強引に高々とねじり上げる。
「ヒ、ヒイィィィィンッ!?」
 トモ*1の曲線が織り成す真珠色をした双丘の狭間、尻尾に隠されていた瓢箪型の果実が風に曝された。
 曝されただけでは無論済まない。ピカチュウの時同様、尻尾の下で風が猛然と渦を巻き、果実の皮を剥きにかかる。
「やめっ、や、やめてよぉっ!?」
 怒声が哀願に変わろうと馬耳東風。縦に割られて鮮やかな色彩を見せた断面の下端で、小さな種子が激しく揺さぶられる。
「やだぁ、あ……っ、ダメエェェェェェェッ!?」
 身体の芯を抉り回され、ポニータはたちまち限界に達した。押し開かれた果肉が戦慄いて脈動し、黄金の愛液を大量に溢れさせる。濡れた地面から芳醇な香りが立ち上る中、糸が切れたかのようにポニータは崩れ落ち倒れ伏した。
「ポニータちゃぁぁん!?」
 余りに迅速な手際でピカチュウとポニータを蹂躙され、サーナイトは為すすべもなく悲痛な声を上げるしかなかった。遮る者がなくなって風向きが変わり、貪欲な魔手を彼女の裾へと伸ばす。
「く……っ!」
 全霊力で腰布を押さえつけてサーナイトは身を守る。反撃に転じる余裕などどこにもなかった。
 追い詰められたサーナイトに、トルネロスの怪しげな嘲弄が迫る。
「無駄な悪足掻きよの。防御に徹したところで、いずれ力尽きて捲られる運命は避けられまいに。おとなしく我が輩の風に身を委ねるが良い。何、腰布を開いて中身を風で撫で回し眺める以上のことは何もせんよ。良いではないか、別に減るものでもあるまい」
「冗談じゃありませんよ……どこが『減るものじゃない』って言うんですか!?」
 声に怒りを漲らせてサーナイトは罵った。せめて非難を叩きつけなければ気が収まらなかった。
「この惨状を見なさい! 皆をこんなに傷つけて、ピカチュウちゃんなんか大切なアイドルの衣装をズタズタに破かれて! 木々も倒され、舞台も荒らされ、夏から準備してきた飾り付けも吹き飛ばされて、楽しみにしてきた秋祭りが何もかも台無しだわ!全部貴方の欲望が引き起こした結果なのよ……一体どうしてくれるっていうの!?」
「秋祭りは台無しになどならんよ」
「何……ですって!?」
 平然と言い返されて愕然となったサーナイトに、高らかな声でトルネロスは宣言する。
「今年の秋祭りは『百花繚乱! 腰布の花祭り』になるだけの話じゃ! 祭りに集まったポケモンどもより、腰布やそれに類する長毛の尻尾を持つ者たちは全員もれなく我が輩の暴風を以て満開の花として咲き誇らせてくれる! 誰もが色とりどりの花を愛でて楽しめば良し、花となった者もその立場を楽しめば良し。豊穣の秋祭りに相応しく、誰もが幸せになれる最高の祝祭じゃろうが! のわはははっ!!」
「なっ、なっ、な……っ!?」
 紡ぐ言葉を見失って喘ぎながら、サーナイトは絶望に打ちのめされた。
 ダメだ、これは。最低レベルの価値観ですら歩み寄りの余地がない。
 痴漢や強姦魔どころの騒ぎですらない。このトルネロスは、災厄そのものだ……!!
「さぁ、そろそろお主も、我が風の中で咲き乱れるのじゃじゃじゃ!!」
「けっ……けだものおぉぉぉぉぉぉ~っ!?」
 遂にサーナイトは、白い足をさらわれて転倒した。腰布が碧の裏地を露わにして広げられ、天を向いた足の間、白い丘の上に生い茂る草原の中で紅色の花弁が風に散らされる。
「いずれ劣らぬ麗しい花畑じゃったぞ歌姫ども! さぁ今より祭りの開幕じゃ。秋の森を皆の花で満たそうぞ! ぐわははははははっ!!」
 喜悦に声を踊らせて、トルネロスは飛び去っていった。
 風が過ぎ去った静寂の中、咽び泣きの声が荒らされた森に悲しく響いた。

 ♪


第2幕 




 ♪

「許せない許せない許せない! あの緑ハゲ中年、歌姫たちに何てことを……っ!!」
 亜麻色のストレートヘアを振り乱し、浅黒い顔を炭のように燃やしながら、分厚い唇から牙を剥いてルージュラは激昂した。その鬼形相はまさしく山姥という他なかった。
「落ち着きなさいよルージュラさん、外見の特徴だけで中年とかいうのは良くないわ」
 白銀の毛皮に身を包み、ウエーブのかかった九本の長い尾をなびかせたアローラのキュウコンが穏やかに宥めるも、ルージュラはますます怒り狂って豊満な乳房を揺らす。
「スカートめくりなんて、今時人間の子供でもそうそうしないような時代遅れの児戯を恥ずかしげもなくやらかす時点でおっさん臭いとしかいいようがないでしょ!?」
 キュウコンとしては、むしろアレと同類視するのは実際の中年男たちに失礼かと思ったのだが、どう言おうがルージュラを落ち着かせられそうになかったので言い返さなかった。
 辺り一面をへし折られたばかりの木々の残骸で埋め尽くされた道を3名連れだって進む中、残る1名、凍てつく衣を朱の帯で結んだユキメノコが、雪の結晶にも似た顔に沈痛な陰を射して告げる。
「メロエッタさんは、辱められたショックで森を出て行ってしまったわ。他の3名は心を病んでハピナスさんの療養所で治療中。特に衣装を酷く破かれたピカチュウさんのダメージが大きくて、再起できるかどうかも……」
 犠牲になった歌姫たちの余りに悲惨な被害状況に、ルージュラは更に怒りを強めキュウコンは沈鬱となる。
「聞いての通りよキュウコンさん。あの野郎は秋祭りに集まったポケモン皆を標的にすると宣言してる。放っておいたら大勢のポケモンが歌姫たちと同じ目に遭わされるのよ」
「もちろん私たちも、キュウコンさんも含めて、ね。何しろ、ポニータさんの尻尾さえ腰布扱いして捲るような奴ですもの。そのふさふさ尻尾だって当然狙ってくるに違いないわ」
「うええ……」
 口々に指摘されてげんなりと眉をしかめながら尻尾を股間に押し付けたキュウコンに、ルージュラはからかうような笑みを向けた。
「ま、技を放つ度に毎回尻尾を派手に広げちゃうような貴女なら、今更捲られたって平気かしらね~」
「ちょっ、やめてよ!? 仕方ないじゃない種族特有の癖なんだから。私だって時々尻尾の下を熱く見られて溶かされそうになっちゃうこともあるけど、後ろにいるのが好きな相手だからこそ尻尾を広げられるんだもの。トルネロスなんかに無理矢理剥かれるなんて言語道断だわ!!」
「いや、溶かされそうって貴女……」
「やっぱりしっかり意識してセクシーポーズ決めてたのね……」
 キュウコンのほぼ惚気混じりな反論を、生暖かな微笑みで迎える2名。この3名は同じトレーナーに師事するパーティーの仲間同士であり、秋祭りの為に休暇を取ってポケモンだけでこの森を訪れていた。日頃から鍛えているだけあって、こう見えて秋祭りに集ったポケモンたちの中でも指折りの実力者たちであった。だからこそ、襲撃が宣言されている状況下で腰布や長い尻尾を揺らして堂々と歩いていたのである。
 軽く咳払いして、ユキメノコが取りまとめる。
「とにかく何にせよ、よ。歌姫たちの仇を討つためにも、トレーナー愛ひと筋なキュウコンさんの操を含めた私たち皆が辱められないためにも、必ずトルネロスを撃退しましょう」
「当然よ! 我ら〝クールビューティ〟の実力、あの変態に思い知らせてやるわ。いつでも出てこいトルネロス!!」
 拳を振り上げて気勢を上げるルージュラを傍目に見ながらキュウコンは、――いつも思うんだけど、私らってクールって柄なのかなぁ? と虚空に声なくぼやく。
 と、その虚空に生臭い風がそよいだ。

「呼ばれて飛び出てハイハイサー!!」

 唐突に飛び出してきた標的の、どこか違う次元の大魔王と大魔王の登場台詞を無理矢理混ぜこぜにしたような珍妙な文句に、クールビューティの3名はシラケのあまり全員氷ポケであるにも関わらず凍り付く。*2
「く……っ、やっぱこいつおっさんだわ。センスが古いのよギャグのセンスが!!」
 古さにツッコんだらルージュラさんの歳もバレるよ、とキュウコンは思ったが、それを指摘するのも同じ墓穴に頭からダイブする行為なので口には出さなかった。なお、若いユキメノコは本当に分からなかったのかただただ呆然となっていた。
「ふはははは! さぁ秋の豊穣祭の幕開けじゃあ! 腰布を捲らせんとイタズラするぞぉ!!」
「それどっちにせよ捲ってイタズラするってことじゃないの? 『せんと(or)』の意味はどこにあるのよ……?」
 秋の空に呆れ果てた息を吐き出すキュウコン。隣でルージュラが冷徹に叫びを浴びせる。
「いくら私が『いつでも出てこい!』って呼んだからって、飛行ポケ風情が私たち氷ポケの前にノコノコと出てくるなんていい度胸ね!」
「そりゃあお主らのような別嬪揃いが、自ら進んで腰布を捲らせてくれようというのじゃからの。いかな寒風が吹こうと何するものぞ」
「誰が捲らせなどするか! 痴漢に別嬪とか評価されてもキモいだけだわっ!!」
 まとわりつく視線を黒い平手で払いのけながら、ルージュラの三白眼は冷静に標的を分析していた。
 なるほどさすがは音に聞こえたイッシュの風神、その異様が醸し出す資質には気圧されそうになる。だが所詮は野生のポケモン、トレーナーに日々鍛えられ研ぎ澄まされた自分たちなら届かない相手ではない。先手さえ取れれば必ずしとめられる。
 勝てる……! 幾多の勝負を制してきた感覚に裏付けられた確信を、ルージュラは視線で仲間たちに伝える。頷いたユキメノコも、憎き仇敵に冷ややかな舌鋒を突きつけた。
「その思い上がった傲慢さが命取りよ。いかに貴方が伝説のポケモンであろうと、我らクールビューティの吹雪は決して逃がしはしない。氷付けにして歌姫たちの前で土下座させてやるから覚悟なさい!!」
 号令を受けて、キュウコンは九本の尻尾を高々と振り上げて白銀の体毛を膨れ上がらせる。……もちろん絶対にトルネロスには後ろを見られないように。
 目映く閃く粒子が毛皮からこぼれ出て、辺り一面に舞い散った。凍てつく霰の煌めきが。
 光の乱舞はたちまちの内に周囲を満たし、宙に浮かぶ緑の裸身に鋭利な冷気を突き立てる。
「ぬおおっ!?」
「食らえぇぇっ!!」
 ルージュラの平手に、ユキメノコの袖に、キュウコンの息吹に、雪の花弁が無数に咲き誇る。
 霰と交わって雪だるま式に密度を増した豪雪は、クールビューティーらの繰り出した烈風に乗り、3体の純白に輝く巨竜と化して、3方からトルネロスを取り囲んだ。
 必中必殺の霰吹雪フォーメーション。ユキメノコが宣言した通り、最早トルネロスには逃れる術もなく、いかな風神といえど飛行ポケモンが耐えきれるはずもない。

 ……決まりさえすれば、の話だったが。

「ぐふふふふ……」

「……!?」
 雪霞の向こうから薄気味悪い含み笑いが漏れ聞こえた瞬間、クールビューティーらの足下で雪花が舞い上がる。
 巻き起こった烈風は霰を吹き散らし、吹雪の奔流を見る見る解いていく。
「か、風の制御を奪われた!?」
「嘘っ!? こんなにも早く技を繰り出せるなんて……私の見立てが間違っていたっていうの!?」
 ルージュラの唇が驚愕に震える。
 相手のレベルを見極める洞察力にも、自らの速攻の戦闘力にも絶対の自信を持っていたからこそ挑んだこの戦い。だが、彼女たちの理解を覆す現実が、足下から襲いかかってこようとしている。
「そんなはずない……負けて、負けてたまるかぁぁっ!」
 勢いを増していく向かい風の中、吹雪を呼び戻すべく賢明に風を掴もうと足掻くクールビューティたち。
 しかしトルネロスの尻尾のひと振りは、その抵抗を嘲笑った。
「ふはははは! かぁーみぃーかぁーぜぇーのっ、じゅつぅぅぅぅぅぅっ!!」*3

「だからそのセンス古過ぎでしょうがあぁぁっ!?」
 あえなくルージュラは転ばされ、緋色のスカートを花開かされた。
 足がないと思われがちなルージュラだったが、捲ってみると人型タマゴグループらしくちゃんと下半身があった。ただしムチュールと大差ないほどの短い足を宙に浮かせており、上半身の成長ぶりと比べ非常にアンバランスだ。辛うじて恥部を守る小さな下着の隅で、ムチュールから明確な成長の証と言えよう亜麻色の草原が風に揺れていた。

「とっ、溶けちゃう!? ダメぇぇぇぇっ!?」
 ユキメノコもまた、朱の帯を解かれ裾を広げさせられた。
 露わになった胴は、一本の細く透明な紡錘状の氷柱。こちらはユキワラシから完全に足が退化している様子。分岐進化であるオニゴーリの体格を考えれば当然か。暴風に舐められた氷柱から滴る雫は冷や汗か、それとも。

「助けて! やだぁ、助けてよぉぉっ!?」
 脳裏に愛するトレーナーを描いて助けを求めながら、キュウコンは尻尾をまとめてスカタンクの如く捻り上げられた。清らかな雪の原が掻き分けられ、小さな梅の蕾が色づいて顔を覗かせた。

 ♪

「どうして、私たちは見抜けなかったの……? こんなにも力の差があるなんて……?」
「いやぁ、お主らの評判は風の噂にも聞いておった。まともにぶつかっとったらどうなっていたかは我が輩にも分からんのぅ」
 霰が降り積もる下、無惨にも散らされた紅白の花々を睥睨して、トルネロスは得意げに腕を組む。
 その言葉に、クールビューティらは力なく首を傾げた。
「まともに、ぶつかっていたら? それってどういう……?」
「種明かしといこうかの。我が輩が腰布を捲るために放つ暴風は、その目的に合わせて威力を調節しておる。ピカチュウめのアイドル衣装のように脆いものならいざ知らず、ポケモン自身を直接傷つけることはないようにの」
「何が傷つけることがないよ……そんな心遣いがセクハラの免罪符になるとでも…………っ!?」
 言い返そうとして、ルージュラはようやくトルネロスの言葉が意味する事実に気付いた。
「待ってよ……相手を直接傷つけないって、つまり変化技ってこと!? それじゃ……!?」
「察したか。そういうことじゃよ」
 悪戯な笑みを緑の頬に浮かべて、トルネロスは言った。

「悪戯目的に特化したこの風が、我が輩の特性の恩恵を受けぬはずもなかろう?」

「い……っ、悪戯心っ!? そういうこと、か……!」
 威力を伴わない軽い技なら、相手の行動を先読みして繰り出せる特性。それがレベルでは伝説ポケモンをも凌駕していたはずのクールビューティに、トルネロスが圧勝した秘密だった。
「ふはははは! 傲慢じゃったのはお主らの方じゃったわけじゃよ! 鍛えた能力だからと胡座を掻き、力技のみでゴリ押しできると思っていた点においてのう! 特性も含めての実力こそが伝説ポケモンの本領よ。思い知ったか未熟者共ぉ!!」
「く、くっそおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 敗北と羞恥にまみれた乙女たちの悔しげな呻きを、勝利の哄笑が踏み躙った。

 ♪


第3幕 




 ♪

「キャアアアアアアアア~~ッ!?」
 また昼となく夜となく、森のそこかしこから阿鼻叫喚の悲鳴が木霊する。

 朝日に照らし出されたのは、夜の間に襲われたムウマージの菫花。
 開かれたローブの中に幽体を陽炎の如く揺らめかせたその下で、呪詛の言葉が紡がれ続けていた。

 祭りのために準備されていたお菓子の保管庫も荒らされ、食い散らかされた残骸の中にミルククラウンが広がっていた。
 隠していた瑞々しいイチゴを剥き出しにされ、ミルキィバニラのマホイップは瞳をシロップで潤わせた。

 踏み躙られた秋桜畑の中に薄紅の羽毛が広げられ、空に向けられた桔梗色の太い足の間からアロマの芳香が漂っている。
 そのフレフワンの隣では、青葉のドレスを引き裂かれた黄花のフラージェスが、矢印型の一本足をしどけなく剥き出しにしていた。オドリドリもぱちぱちスタイルの目覚めるダンスで賢明に応戦したのだろうが、結局は黄色い尾羽を開かされ、白い羽毛に隠された可憐な花を暴かれて撃墜されていた。

 川を上って泉で開催を待っていた、海からの客たちも襲撃を受けた。
 アシレーヌは水色をした尾の先で襞に包まれたヒレ脚を開かされ、ドヒドイデはトーチカ形態の抵抗も虚しくトゲつきの菖蒲花と化し、小さなタタッコもひっくり返されて短い触手の中心で口を喘がせていた。

 ♪

「しつこ~~~~い! 一体どこまで被害を増やし続けるつもりなのよ、あの緑変態親父は!?」
 細いマズルを尖らせ、耳から生えた赤い毛を怒りに燃え立たせてマフォクシーは吠えた。
 隣に立つオーベムも、褐色の額に刻まれているY字模様の角度をきつくしている。
「被害に逢われた皆さまには私が記憶の封印を施していますが、心の傷は完全には塞げるものではないのです。トルネロスのことや事件の話題が噂に上る度に酷く怯えたり取り乱されたりされて……クールビューティの方々も同様で、当分再起は望めそうにありません」
 オーベムに続き、ドータクンも釣り鐘型をした青銅の体を震わせて冷静な声で語る。
「秋祭りに備えて各地から綺麗どころが集まってきていたことも、トルネロスの狙い目だったのだと推測されます。直接的な被害だけでもまだまだ増えそうですし、風評が広まれば次回以降の開催への影響という二次被害もあり得るでしょう」
「風評被害ってか、風害ニャぁね。実際大災害状態ニャン。まったく、悪戯な雄にもつくづく困ったもんニャ」
 勝ち気な光を宿した目を半月状に座らせて吐き捨てたのは、白いミニスカートワンピースのような毛皮を纏ったニャオニクスだった。余程普段から同族の雄の悪戯心にも悩まされているのだろう。
 同意の頷きをしたのは、白いリボンをいくつも結んだ黒いロングスカート姿のゴチルゼル。いかにもお嬢様な姿とは裏腹な擦れた口調で苛立ちを吐露する。
「しっかもその悪戯心に対応させた独自技で悪さしてるってんだもんなぁ。チートもいいとこだっつーの! トルネロスを早よ退治したいのはヤマヤマだけどよ、あんなデタラメ相手に下手に挑めばアタイらもクールビューティたちの二の舞だぜ?」
 オーベムはぞっと身を震わせ、ロングコートを羽織ったような腰の裾を押さえつける。マフォクシーも、腰から足首までをローブのように覆った長毛の上で拳を握りしめた。皆、いつトルネロスに狙われてもおかしくない姿のポケモンばかりだ。ドータクンは自身に関してはまさか性別を持たない身を狙われはするまいと思ってはいたが、豊穣を奉るポケモンとして祭の行く末に暗鬱となる他なかった。

「……だからこそ、汝らに集まって貰ったのじゃ」

 5名のポケモンたちが、最後の声に振り返る。
 文字に直すとトルネロスと似通って見えるが、正反対といってもいいほど上品に澄んだその声に。
「方策はある。クールビューティらの助力を仰げんのは残念じゃが、妾と汝らの能力を結集すれば必ずやトルネロスめを駆逐し得ようぞ。じゃが、きゃつも妾を相手にすることの不利は理解しておるようでの。おまけに逃げ足も達者ときて、なかなか妾の前に姿を表そうとせぬ。誰ぞに囮役を引き受けて貰いたいところじゃが……頼まれてはくれぬかえ?」
「任せて。何だってやってやるわ」
 名乗りを上げたのはマフォクシー。
 臙脂色の袖から抜き放った枝に炎を灯し、高々と掲げて宣言する。
「歌姫のサーナイトやポニータ、クールビューティーのルージュラたちが受けた屈辱、同じエスパーとしてシンクロノイズを感じるわ。害毒の蔓延は、我らエスパーレイドパーティの手で絶対に阻止するわよ!!」

 ♪

 美しく真円を描いた満月が煌々と照らす夜空の下。
 本来ならば秋祭りもたけなわの頃。この月明かりの下は、祭りを楽しむポケモンたちの声で盛大に賑わっているはずだった。
 けれど、今や誰もがトルネロスの襲撃を恐れ、息を殺して闇の中に引きこもっている。お陰で草葉が擦れる音さえやたら大きく響く。
 胸まで隠れるほどの深い下生えを掻き分けてマフォクシーは進む。敢えて草の根を強く踏みしめ、長い尻尾を大きく振り回して草を叩きながら。
 やがて草むらの中程まで行き着くと、マフォクシーはしばし周囲を注意深く見回した後、草の陰で腰の体毛をたくし上げ、尻尾を大きく掲げてその場にしゃがみ込む。
 土を穿って弾ける水音。立ち上る芳醇な雌の香り。
 刹那だった。
 押し寄せた突風が、マフォクシーが潜った周辺の草のみを器用に薙ぎ払って蹂躙し、隠れた姿を月明かりに引き戻す。
 すかさず立ち上がって身構えた赤い長躯の手から、何か軟らかな物が地面に転がり落ちる。
 木の実の皮を繕って作った袋。紐解かれたその口から、雌の香りを含んだ狐色の雫が落ちて土に染みを作っていた。
「ふむ、こりゃあ化かされたのぉ。てっきり花を摘んでおる最中かと思ったのに」
 狙い通りまんまと誘き出されてきた緑色の陰に、マフォクシーは呆れの果てが心の底を突き抜けた軽蔑の眼差しを向ける。
「くると思ってはいたけど……花を摘んでいると思ったからって暴きに出てくるなんてとんだ変態ね!?」
「飛んでおるとも。見ての通りな。我が輩は我が輩の花を摘むために草刈りをしただけのこと。誰にも文句を言われる筋合いはないわい」
「文句を言う筋合いしかないわよ! その花って私たちのことを言っているんでしょうが!? 誰があんたの花だ誰が!!」
「はて、花摘みのフリまでして我が輩を待ちかまえておったのは、その腰に咲く臙脂色の花を我が輩に捧げてくれる心づもりではないのかの?」
「罵声をくれてやるためにおびき寄せたのよ。あんたなんかどっか行っちゃえ!」
 マフォクシーのどっか行っちゃえなど単なる鳴き声に過ぎず、相手を退けさせるような吠え声にはなり得ない。当然トルネロスもどこ吹く風の様子だった。*4
「そりゃご丁寧なことじゃの。では、こちらも丁寧に摘ませて貰うとしよう!」
 紫の尾が唸りを上げ、悪戯な風がマフォクシーの足下で渦を巻き、
 しかし地面から放たれた燐光に照らされて、儚く潰えた。
「なんとっ!?」
 黄色い目玉が驚愕に見開かれる。
 いつの間にか周囲の地面から沸き上がるペールピンクの燐光は、紛れもなくサイコフィールド。この輝きの中に立つポケモンには、先制技の前提である思考の読みが通じなくなる。最早悪戯心の風は放てない。
 だが、眼前のマフォクシーが悪戯心より早くサイコフィールドを展開できるはずなどない。考えられるのは、マフォクシーが派手に草を揺らしたりトルネロスと言い合ったりして注意を引きつけている間に、他のポケモンに張られたということ。しかもこの展開速度は、技ではなく特性のサイコメイカーによるものである可能性が濃厚。
 そう、例えば。

「ようやくまみえたの。イッシュの風神よ」

 背後の草むらを割って現れた影からの声に、トルネロスは振り返る。
 燐光が溢れ出す薄桃色の壷。その蓋を開けて上半身を覗かせた、虫のように括れた黒光りする痩身。
「やはりお主じゃったか……アローラ地方アーカラ島の守護神、カプ・テテフ!」
「まったくツレない雄よの。何度粉をかけてもコソコソと逃げ回っては悪事を重ねよって。お陰でマフォクシー殿にひと肌脱いで貰わねばならなかったではないか」
「参ったのぅ。そんなに慕われておったとは。モテる雄は辛いわい」
「調子に乗るのももう終いじゃ。こうして射程にとらえた以上、これ以上の悪戯は妾のサイコフィールドが許さぬ。潔く裁きを受けるがよい!」
 薄桃色に輝く壷の蓋の下で、虹色の瞳を縁取る紋様が不快気に吊り上がる。
 状況の悪化を察したトルネロスは、引き吊った作り笑いで見返しながらもジワジワと後退し始めた。
「ふむ、確かに悪戯を封じられてしもうては敵わんからのぅ。やむを得まいて。潔く、退散させて貰うとしよう」
「そうは問屋が卸すかよっ!」
 草を蹴って翻った黒いロングスカートが、雲の影を踏みつけて縫い止める。
「このゴチルゼル様が影を踏んでいる限り、もうアンタに逃げる道はねぇ。しばらくアタイらと遊んでおくれよ色男。サンドバッグとしてだけどなっ!!」
「うぬぬ……なんの、まだ逃げ道は残されておるわっ!」
 標的をゴチルゼルに定め、緑の豪腕を振り上げて降下するトルネロス。倒すことで影踏みを解除しようとする気か、あるいはトンボ返りでも決めて脱出する算段だったのか。
 いずれにせよ、それを確かめる機会は訪れなかった。
「逃がさニャいって言ってるニャ!」
 純白の矢となって草陰から飛び出してきたニャオニクスが、トルネロスの眼前で柏手を炸裂させたからだ。
「うぬうぅぅっ!?」
 強烈な猫騙しを食らってたじろぐトルネロス。体制は大きく崩れ、立て直すまで次の攻撃は放てない。
「飛んでるアンタニャ、サイコフィールドの恩恵は受けられニャい。こっちからだけ先制技を打ちたい放題ニャ。精々一方的に嬲られる悔しさを思い知るといいニャ!!」
 更にオーベムも草を掻き分けて褐色の姿を見せ、赤青黄に光る丸い三本指をトルネロスへと向けた。
「ここが年貢の納め時です。覚悟なさいトルネロス!!」
「ろ、老体ひとりを多数で逃げれぬようにして袋叩きとは卑怯ではないかぁ!?」
「性犯罪者が処罰に正々堂々を求めてんじゃないわよ!」
 枝を差し向けたマフォクシーが、サイコキネシスでトルネロスを締め上げる。
「都合のいい時だけ爺さんぶるでないわ! 妾まで年寄り扱いされたらどうしてくれる!?」
 薄桃の腕輪がついた黒い双腕を振り上げ、カプ・テテフが自然の怒りをトルネロスにぶつける。
「チートばっかやってきたのはてめぇだろーが馬鹿野郎!」
 黒い袖の先から咲かせた紫の掌をトルネロスに向けて、ゴチルゼルはオーベムと共にワイドフォースをサイコフィールドから打ち上げる。
「うぐおぉぉぉぉっ!? おの、れ……!」
 さしものトルネロスも強烈なダメージを受けたらしく、虚空で苦悶に身を捩った。
「腐ってもさすがは伝説ポケモン、倒しきるには至りませんでしたか」
「自然の怒りで体力半減したところにサイコフィールドで強化した技を3発食らっても倒し切れねーのかよ……つくづくチートだな」
「というより、これが私たちのレベルなんでしょうね。クールビューティの手を借りてさえいられたら……」
「じゃが、充分じゃ。妾らの攻撃はまだ終わらぬ。そうであろう、ドータクン?」
 最後の一体、ドータクンが釣り鐘型の異様をサイコフィールドの上に据える。特性は耐熱。浮遊ではないのでフィールドから受ける恩恵に支障はない。
 青銅の身に刻まれた紋様から光を放ち、ドータクンは得意の技を行使した。
「トリック……ルーーーーム!!」
 フィールド上の空間が組み代わり、異次元の迷宮を構築する。この迷宮内では早く動く者ほど遅くなり、ゆっくり動く者ほど早くなる。能力の高いトルネロスは、先制技も使えない今どう足掻いてもエスパーたちより遅れてしか動けない。
「これにて詰みじゃ。貴様はサイコフィ-ルドによって先制技を封じられ、トリックルームで肉体の能力まで制限された。その上先の攻撃で既に手負いの状態。再度の抵抗をするというなら、その前にニャオニクスとドータクンのワイドフォースをも加えた全員による一斉掃射を受けて貰う! 逃れる術も耐え切れるわけもあるまい。どうするのが最前か、もう解っていような?」
 言外に降伏と謝罪を促すカプ・テテフに、トルネロスは、
「グフフ、無論解っておるとも……」
 しかしなおも、不敵な笑みで応える。
「次の一手でお主ら全員を捲り倒さねば、我が輩に未来はないということであろう?」
「どこまでも減らず口を……」
 薄紅の壷の後部から生えている蝶の翅型の取っ手が、苛立ちに硬い音を鳴らした。
「どの道降参しようが謝罪しようが、こちらの気が済むまで叩きのめした後でなければ受け入れぬ心づもりじゃったからの。これで気兼ねなく粛正できるというものじゃて。妄想の続きは地獄で見るがよいわ。皆の衆、止めを刺せい!!」
 さりげに情け容赦ない本性が剥き出しになったが、パーティ内に同意こそあれ異論などあろうはずもない。一斉に全員が、躊躇なく技を打ち放った。
 カプ・テテフのサイコショックが、マフォクシーのサイコキネシスが、サイコフィールドの燐光を帯びて飛ぶ。4条打ち上がったワイドフォースは特にサイコフィールドによる威力強化が著しい。天空高く炸裂した集中砲火は、ペールピンクの花火となって夜空を目映く飾った。
「やったか!?」
 そんな問の答えは決まっている。
 目次を見れば一目瞭然、本作は全5幕と序幕、終幕という構成。
 今はまだ第3幕。そして『やったか』は伝統ある失敗フラグだ。
「ちょっと地の文!?」
 エスパーの不思議な感覚でどこかに向かってマフォクシーがツッコみを入れた瞬間。

 突風が、サイコフィールドの燐光を散らして巻き起こった。

「なっ!?」
「ば、馬鹿ニャっ!? あれでしとめきれニャいなんて……っ!?」
「まさか、気合いの鉢巻き連発で凌いだとかクソチートを言い出すんじゃねーだろうな!?」
 驚愕に見上げる頭上で、燐光の花火が残した粉塵が晴れていく。
 現れたのは、巨大な翼のシルエット。
「!? あれは、まさか……!?」
 モスグリーンの双翼を夜空に広げ、力強く羽ばたく怪鳥。股間に赤黒く生えた突起物が淫猥に際立つ。
「れっ……霊獣フォルム!?」
「フォルムチェンジしたっていうの!? 確かにトルネロスは化身よりも霊獣の方が耐久力があるって話に聞くけど、だからって……!?」
「再生力です!」
 状況を分析していたオーベムが、悲鳴のような声を上げて報告した。
「二度目の一斉掃射が炸裂する直前でフォルムチェンジし、最初のダメージを霊獣フォルムの特性である再生力で回復していた模様!!」
「チッ、やっぱチートのオンパレードじゃねーか!? トリックルームを無視してフォルムチェンジするわ、離脱もせずに再生力を発動させるわ、あれだけ追い込まれておいて再生力だけで二撃目を耐え切れるまで回復するわ、直後に風を吹かせるわ、大体どこにうつし鏡を持ってたってんだよ!?」
 とゴチルゼルは立て続けにツッコむが、再生力の性能とそもそもフォルムチェンジができた件についてはともかく、フォルムチェンジのトリックルーム無視と直後の行動については、メガシンカなどと同様と考えれば必ずしもチートとは言い切れない。また、相手を手負いと見たカプ・テテフが、体力を半減させる自然の怒りから止めになり得るサイコショックへと切り替えてしまったこともダメージが軽減した一因だった。
「……最悪ニャ」
 絶望に染まった声をニャオニクスは上げた。
「特性が悪戯心じゃニャくニャったってことはニャ、もうこの風に先制の読みはニャい……つまりサイコフィールドの加護も効かニャいってことニャ……!?」
 我が身の運命を悟った全員の表情が絶望に転じた。
 トルネロスは先ほど何と言ったか。
 次の一手で、全員を捲り倒す。
 まさに一手で、オセロの盤面は白から黒へとひっくり返されてしまったのだ。
「ふはははは! お望み通り、想い描いた未来の続きを見させて貰おうか! 我が輩ではなく、お主らにとっての地獄でなぁ! さぁ、サイコフィールドの花と咲け!!」
 暴風がエスパーたちをひっくり返し、盤面のすべてを黒一色に塗り替えた。

「ふ、不覚! 二撃目でも自然の怒りを放っておれば……いや、トレーナーさえおれば、最初にガーディアン・デ・アローラが放てたものをぉぉぉぉっ!?」
 薄桃色の壷が剥ぎ取られ、昆虫の腹にも似た鮮やかな紅色の下半身が剥き出しにされる。折り畳まれていたか細い足を無念そうに戦慄かせて、カプ・テテフは撃墜された。

「こんの……チート野郎がぁぁぁぁっ!?」
 黒い布地が盛大に捲り上げられ、紫の脚線美が尻まで露わにされる。
 レース編みの黒スキャンティを暴かれたゴチルゼルの罵声は、しかしただ虚しく響いた。

「雄ニャンて……雄ニャンて大っ嫌いニャあぁぁぁぁっ!?」
 腰回りの体毛を逆向きにされ、藍色の脚も強引に開かされたニャオニクス。
 隠していた小さな花弁までをも風に曝され、悔しげに泣きじゃくるしかなかった。

「いやぁぁっ!? こんな記憶、消えてなくなっちゃえぇぇぇぇっ!?」
 オーベムも褐色のロングコートを捲られて、鮮烈に裂けたスリットを丸出しにされる。
 長い頭に光る指を当てて記憶の消去を図っているが、彼女自身も知っている通りトラウマまでは癒せないだろう。

「待って、まさかワタシまでっ!? ダメ、中は見ないでぇぇぇぇっ!?」
 トルネロスは無性別でも差別などしなかった。ドータクンも逆さにされて、釣鐘の内側を覗き込まれた。
 (ぜつ)と呼ばれる吊された撥や、内壁に刻まれた秘密の碑文を余すところなく見られ、羞恥に舌を激しく震わせることとなった。

「こんなこといつまでも許されるもんですか! いずれあんたには天罰が下るでしょうよ!!」
 フィールドに転がされ、腰の長毛を夜空にさらわれながら、マフォクシーは呪詛の言葉をトルネロスへと精一杯叩きつけた。
 最後の意地。しかしそれすらも、トルネロスは鼻息で嘲笑う。
「笑止! 罰など下るはずもないわ! 見よ、感じよ、満月にもなお光瞬く星空を。この星明かりすべてが天から下界を望む視線! 星々皆、お主らが花となって咲く艶姿を求めておる! その期待に応えるためなら、あらゆる無理筋もまかり通るのじゃじゃじゃっ!!」
「な、なんてことを……そんなの、そんなの……」
 トルネロスの主張を分かりやすく訳すと、つまりこういうことだ。
 読者サービスと作者の都合のためなら、すべてが許される。
「メタクチャよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
 世界の理が敵に回っている。そう吹き込まれたとき、その真偽を推し量るより先に、マフォクシーの中で理性が壊れた。
 巻き上げられた臙脂色の長毛の下、抵抗の意志を失って力なく投げ出された両足の間から、堰を切った狐色の液体が月に向かって注ぎ出る。さながら勝者を祝う噴水のように。
「のわはははは! 我こそ絶対! 我こそ正義! さぁ星々よ、我が輩を讃えたまえ!!」
 最早ただ虚しくペールピンクの粒子を放つのみとなったフィールドの上空を。怪鳥トルネロスは円を描いて踊り狂った。

 ♪


第4幕 




 ♪

「がははははははははっ!!」
 クールビューティーに続いてエスパーレイドパーティまでもが無惨にも散華し、トルネロスを退治しようとする意志は駆逐されてしまった。
 完全にやりたい放題となったトルネロスは、自らの飛行タイプを苦手とする草、虫、格闘タイプのポケモンや、まだ幼い非力なポケモンを狙って標的にし、恐怖と羞恥に泣き叫ぶ姿を弄んで楽しむようになっていた。

 ドレディアの腰の外皮が捲られ、優雅な外観とは裏腹な、いかにも根といった感じに枝分かれした地味な色の脚が現れている。どこかグロテスクにも見えるがそれはそれで。
 一方隣で吊し上げられたキレイハナの下半身は、まさに雌しべらしくふっくら柔らかく膨らんだ子房で、甘い香りを恥ずかしげに立ち上らせている。
 前掛けのようなロゼリアの葉に隠れて、赤く小さな果実(ローズヒップ)が生っていた。ロズレイドに進化すると葉が重なってスリットを形成するが、ロゼリアの身では軽く風に捲られただけで丸見えになってしまう。
 怯えて何も抵抗できない三輪は、トルネロスの思いのままに取っ替え引っ替え愛で回されていた。

 捕らえられたビークインが、ひっくり返されて腰の巣を弄くられる。
 引きずり出された小さなミツハニーが、雄雌構わず尻を風で撫でられる、仔供たちの悲しい悲鳴が上がっても、母親はどうか我が仔の命ばかりはと懇願するしかない。
 探り進めると、なんとアブリボンまでが巣の中に匿われていた。もちろん黄色いミニスカート状の体毛を捲られ、白い産毛を散々に吹き曝された。
 ついでにため込んでいた蜂蜜も引きずり出され、貪欲なトルネロスに貪り尽くされた。

 岩陰でエビワラーとズルズキンが戦っていたのは、諍いだったのか鍛錬だったのか、それとも鬱屈したストレスを発散していたのか。
 とにかくトルネロスは双方をまとめて襲い、エビワラーの衣服を捲り上げズルズキンの腰の皮を引き落とした。
 皮の下から露わになった雌の秘裂をエビワラーは見まいと目を背けて顔を赤くしていたが、スカートの下から見えた雄の盛り上がりをズルズキンはガン見し鼻息を荒くしていた。
 そんな双方の様子までもが、トルネロスを楽しませた。なお、その後もズルズキンは森をうろついていたが、エビワラーはどこへ行ったのか姿を見せなくなってしまった。

 ♪

 その日、化身フォルムの腕を胸に組みながら、トルネロスは不機嫌だった。
 珍しく悪戯に失敗したのだ。
「くっそぉ、あのワタシラガめ。巧いこと捲れたと思ったら、風に乗って逃げおおせるとはの。お陰で肝心の中身が拝めなかったではないか」
 いきなり葉を捲られた挙げ句に吹っ飛ばされてしまったワタシラガにしてみれば迷惑千万だっただろうが、とにかくトルネロスは苛立っていた。
 何か苛立ちを擦り付けられる標的はいないかと、いつも以上にしつこくねちっこく森を見渡し、
 そして遂に、見つけてしまった。
 迫る危機に怯えるかのように小刻みに揺れる、小さな草むらを。
「むんっ!」
 尻尾で風を飛ばして草を散らすと、現れたのは薄桃を纏った小さな陰がふたつ。
 紺色のとんがり帽子のような頭をしたマネネと、厳つい顔の左右にリボンのような耳を飾るブルー。
 どちらも薄桃色のベビードールワンピースに似た裾を腰に垂らしており、震えて揺れるそれがたちまちトルネロスに涎を垂らさせた。
「これはこれは可愛らしいおチビちゃんだちじゃの。ほれ、こっちへおいで。爺ちゃんと遊んでおくれ」
 猫撫で声で誘おうが、見た目にも気色悪いおっさん姿が欲望剥き出しの表情で迫ったのでは、幼女たちの警戒心を解けようはずもない。たちまちブルーに「フーッ!!」と威嚇され、マネネにもそれを真似されてしまう始末。
「何も変なことなぞしやせんて。ちょっと裾を捲って、お股を開いて見せてくれればいいだけじゃ」
「ぜったいやー!」
「ぜったいやー!」
 いくらものを知らない幼女でも、ここまで直接的に変なことを要求されたら全力で拒絶されるに決まっていた。もちろんこれは、トルネロスがそんなことも分からないほど馬鹿なのではなく、わざと嫌がらせて楽しむサディストだということである。
「嫌ならええわい。勝手に捲るだけじゃて。ぐふふふふ!」
 悪戯な風が、怯えるブルーとマネネの足下で妖しくうねり、

「ファストガード!!」

 瞬足で飛び込んできた、細身で小柄な影に遮られる。
 小豆色をした短い後足で立つ淡黄色の痩身。後足と同じ色の前足は、覆う袖毛も腕の長さも後足より長い。
 流麗な姿勢をトルネロスに向けて構えながら、そのポケモンは背後に庇う2名に甲高い声で語りかけた。
「大丈夫? ブルー、マネネ」
「コジョフーお姉ちゃん!」
「コジョフーおねえちゃん! マネネ、だいじょーぶ!」
 意志の強そうな太い眉からは性別は分かりづらかったが、仔供たちによるとお姉ちゃんらしい。彼女たちよりほんの少しだけ年上という程度の、まだあどけなさを残す雌。腰回りの淡黄色をした毛が太股を覆うように伸びていることが更にトルネロスの劣情を煽る。
「どんな騎士さまが参上したのかと思えば、これまた可憐なリボンの騎士さまじゃな。お嬢ちゃんも後ろのおチビちゃんたちと一緒に、腰の毛をあけてくれるのじゃな?」
「喋んな変態! こんな小さな仔供にまで手を出そうとしやがって! お前の悪戯なんか、俺のファストガードが許さない! 諦めてさっさと立ち去れ!!」
「悪いなぁ威勢の良いお嬢ちゃん。悪戯心対策に対しての答えなら、もう出ておるんじゃよ」
 雲の中からうつし鏡を閃かせ、けばけばしいエフェクトと妖しげな変身ダンスを経て、トルネロスは霊獣の姿となって翼を広げる。
「……俺、二度と魔法少女ものとか見ねぇ」
「みねー」
「さて、この姿の我が輩は悪戯心ではない。お嬢ちゃんのファストガードでは風は遮れんよ。一体どうやって幼仔たちを守ろうというのかね?」
 コジョフーは言葉では応えず、仁王立ちになって小豆色の袖を広げた。
「はて、何の真似じゃ? お嬢ちゃんの細っこい身体じゃ風除けにもならん。一緒に捲られるつもりと見ていいんじゃな?」
「やりたきゃ勝手にやれ! だが、例え捲られたってブルーとマネネの身体はお前には見せない。お前の視線だけは遮ってやる!!」
「お嬢ちゃんだけは腰の毛の下を丸見えにされても、じゃな?」
「……っ」
 悔しげに唇を噛んだコジョフーの前で、トルネロスは鋭く翼を振るった。
 轟音を上げて唸った空気は、悪戯用の風などではなく、破壊的な威力を伴ったエアスラッシュ。
 落ち葉を舞い散らせて炸裂したのは、しかしコジョフーにではなく、彼女の背後に立っていた巨木だった。
 打ち損じたのでは無論なく、脅しのためにわざと外した、のですらない。
 軋む悲鳴を上げながら倒れていく大樹。エアスラッシュは、狙ってこの木を切り倒していた。
「見晴らしが良くなったの。これでお嬢ちゃんがどんなに頑張っても、後ろに回れば倒れたおチビちゃんたちが丸見えじゃ。これでもまだ、無駄な抵抗を続けるつもりかの?」
「だったら覆い被さってでも、この仔たちは守る。お前なんかの好き勝手にさせるもんか!」
 幼い進化前の格闘ポケモンの身で、伝説の風神が奮う暴力的な飛行技に頭上を掠められて、それでもコジョフーは驚異的な精神力で一歩も怯もうとしなかった。
「結構。お嬢ちゃんそのものがおチビちゃんたちの腰布になろうというなら、まとめてすべて捲るも一興。それではお遊びはここまで、もとい、ここからじゃ。可憐な蕾を楽しませて貰うとしよう」
 霊獣トルネロスの尾が、悪戯な風をそよがせる。
 迫り来る恥辱の未来に、張り続けた精神力が費えてひと筋の雫が淡黄色の頬を伝った。
 助けて……!

「ワイドガード!!」

「…………!?」
 先刻コジョフーが幼女たちを庇ったように、今度もまた飛び込んできた影が少女たちを庇った。
 コジョフーの顔より大きな掌を広げた、小山のように大きな背中。踏ん張った両足を覆う紺の袴を、腰から飾る橙の化粧まわし。
「これ以上の狼藉は儂が許さんぞ、トルネロス!」
「今度はハリテヤマかい。何じゃい次から次へと。お主も雄なら、今少女どもにあられもない姿を曝させてやるから一緒に見物していくが良いて」
「雄を愚弄するな下郎! 貴様など、雄の風上にもおけぬわっ!!」
「馬鹿め、すべての風は我が輩から吹くのだ!」
「吹かすなと言っておるのだ加齢臭が漂うだろうがっ! 貴様の風など、儂のワイドガードが少女たちに届かせるものか!!」
 豪快に啖呵を切ったハリテヤマは、背後の少女たちに優しい眼差しを向ける。
「よく頑張ったな。ここは儂に任せて今の内に逃げろ!」
「う……うんっ! ありがとう、ハリテヤマのおっちゃん!!」
「ありがとー!」
 ブルーとマネネの手を引いて、コジョフーの少女は森の奥に向かい駆けていく。
 その背中を黄色く濁った眼で睨みながら、トルネロスは呟いた。
「あのコジョフーもお主も、我が輩の風を舐めすぎておるわ。悪戯の風は暴風をベースに調整した技。暴風はそもそも局地的に起こすもの。ワイドガードが防ぎうる対象の技ではない。普段は悪戯のために拡散させとるが、我が輩の調整ひとつでほれこの通りっ!」
 紫の尻尾が軽く振られると、収束された悪戯の風が矢のように吹き下ろされる。
 駆け去っていく淡黄色の背中をめがけて、真っ直ぐに、
「届かせぬと言ったはずだっ!」
 ハリテヤマが突き上げた賞底から衝撃波が迸り、風を貫いて弾き散らせる。その隙にコジョフーたちの姿は木陰へと隠れ、見えなくなった。
「ほう……なかなかやるではないか」
「お遊びはここからなのだろう? あの娘たちが安全な場所に逃げ切るまで、儂と遊んで貰うぞトルネロス!」
「なるほどなるほど……我が輩にとっても悪い話ではないのぉ」
 橙の化粧まわしを下卑た眼で眺めて、トルネロスは愉悦に喉を鳴らす。
「つい最近もエビワラーの雄花を咲かせたばかり。雄花も雄花で見応えがあるものじゃ。お主も大輪の花として咲かせてやろう!!」
 草を散らせ、土埃を巻き上げて、悪戯な風がハリテヤマの足下に着弾する。
 吹き上がった風は化粧まわしを宙に放り上げ、袴の股間で渦を巻いて立派なサイズの大砲を浮き上がらせた。
「のわははははっ! 咲いた、咲いたぞ! さぁ惨めに恥じらうが……」
「それが、」
 紺の片足が高々と空を向き、
「どうしたっ!!」
 勢いよく地面を踏み締める。
 豪快な四股。地面が揺れようと空中のトルネロスには効果はないが、気迫は風を伝って雲まで揺るがした。
「貴様こそ力士の闘いを舐めるなっ! 激しい闘いの中でまわしが多少捲れるなど日常茶飯事。いちいち恥ずかしがってなどおれるものか!!」
「その反応はつまらんのう。エビワラーなどは下着を露わにされただけでベソをかいて森を逃げ出していったものを。まぁ良いわ。ならばお主が羞恥に心折れた時こそ我が輩の勝ちとしよう」
 トルネロスの尻尾が振り抜かれ、風がハリテヤマの胸へと飛ぶ。それを賞底からの衝撃波で跳ね返すハリテヤマ。
 間断なく顔面を狙って風が襲う。これも容易く打ち払う。……が、結果としてハリテヤマは、自らの掌でトルネロスへの視界を一瞬遮ってしまった。その隙こそまさにトルネロスの狙い。本命の風が、ハリテヤマの脇腹を吹き抜ける。
「き……貴様、何をっ!?」
「ぐふふふふ……!」
 風が弄んで払ったのは、ハリテヤマの袴と化粧まわしの結び目。腰から大きく開いてズルズキンの皮のようにズリ落ちそうになる袴に、反射的に大きな掌が伸びる。
 そのために、股間を吹き抜けた風に対処することが、ハリテヤマにはできなかった。
 瞬間的に下がった気圧に引きずり込まれて、袴と化粧まわしが掴もうとした掌を払って一気に落とされた。
「しまっ……ああぁっ!?」
 ハリテヤマの生白く割れた尻が、どっしりと膨らんだ夕焼け色の腹が、そして雄大に垂れ下がった大砲とその後ろにぶら下がる双玉がもろ出しにされる。衝撃の余りハリテヤマの撫で肩が更に大きく落ち沈んだ。
「不浄負けじゃな。相撲の決まり手の中でも最も無様で不名誉な負け方じゃ。さぁ、退いて貰おう。仔供の足じゃ。まださほど遠くへは行っておるまいて」
 呆然と立ち竦むハリテヤマの横を、意気揚々とトルネロスは通り過ぎ、
 しかし横っ面を、張り手からの衝撃波に叩かれた。
「敗者の分際で何をする!?」
「まだ……負けてはおらぬ。儂の心は折れてはおらぬ故!」
 もろ出しにされたモノを曝したまま、凛と胸を張ってハリテヤマはトルネロスと対峙する。
「正気かお主!? 相撲では丸裸にされたら負けが鉄則じゃ。己の負けを認めんかこの卑怯者! こうしてくれるわっ!!」
 悪戯な風が、ハリテヤマの剥き出しの股間で渦を巻く。もうハリテヤマには、衝撃波で打ち払う気力もない。大砲が風車のように捻り回され、双玉が振り子となって揺れ動く。
「あっはっは、無様無様! どうじゃ、ここまでされても心折れんか? 許してくれと泣き喚きたくはならんのか?」
「何のこれしき……! 今ここを通す以上の恥などあるものか!!」
 ハリテヤマは堪える。雄だから曝しても平気、なのではない。
 袴を下ろされ、羞恥に心を蝕まれるこの状態異常に、根性を一層燃え立たせている。それもあるだろう。
 だが、何より漢だから。
 譲れないもののために、羞恥にも堪えてハリテヤマは立ち続ける。
「なんと未練がましくもみっともないことよの。恥というものを知らぬのではないか。風に乗せて世界中に噂をばら撒いてくれようぞ。二度と土俵には上がれまいて。もろ出しにされても負けを認めない、恥知らずのハリテヤマなどな!!」
 二度と土俵に上がれない、か。
 それでもいい。
 あの勇敢な少女を守れたのなら、儂の未来など棒に振ったところで、

「恥知らずはどっちだ!?」

 裸の尻を叩く声に、我に返り振り返る。
 太い眉を吊り上げた、淡黄色の顔がそこにあった。
 コジョフーだ。
 逃がしたはずの彼女が、戻ってきていた。
 ブルーとマネネの姿はない。小さい仔たちだけどこか安全な場所に隠して、彼女だけ引き返してきたのだろう。
 だけど、なぜ。
 なぜ、こんな目に遭ってまで逃がしたハリテヤマの犠牲を、蔑ろにするような真似を。
「おっちゃんのどこが恥知らずだよ。どこが無様でみっともないんだよ!? 圧倒的不利な伝説のポケモンを相手にして、そんな姿にされてまで、ルールを破ってまでそうして立っているのは、全部俺たちを守るためじゃないか! 俺には世界一頼もしい背中に延びたしか見えないぞ。滅茶苦茶格好いいぞハリテヤマのおっちゃんは!!」
 あぁ……。
 決まっているじゃないか。
 儂が彼女の立場なら。
 自分を逃がすために、盾になって残って、敵わぬ相手に立ち向かい、辱めを受けている者がいたとしたら。
 黙ってなんていられない。
 そんな犠牲など、認められるわけがない……!!
「それに引き替えお前はなんだトルネロス。そんなに強い力を持ちながら、やることは相手を嬲って辱めることだけか! お前こそ卑怯者だよ。無様でみっともないよ! 俺を逃がしたら、皆に言いふらしてやる。トルネロスは恥知らずの緑クソ爺ぃだってな!!」
 その叫びは、ただの罵声ではなかった。
 強い言霊が込められた、ポケモン技としての挑発。
 ハリテヤマの雄を弄んでいた風が、変化技として調整していた悪戯の風が、たちまち凪ぎ失せる。
「いい度胸じゃな小娘。格闘ポケモンの身で風神たる我が輩に挑発を仕掛けるなど……覚悟はできておろうな!?」
 黄色い眼に禍々しく怒りを宿して、トルネロスの首が巡る。
 もう悪戯な風を生み出せない尻尾の動きが止まり、翼に、恐らくはエアスラッシュを放つための霊気が流れ出す。
 技の切り替え。
 コジョフーの挑発が作り出した、一瞬の隙。
 その千載一遇の好機をめがけて、ハリテヤマは裸の足を唸らせて突進した。
「うおおおおおおおおっ!!」
 戻ってきたことを、挑発を仕掛けたことを咎めはすまい。
 今こうして力強く踏み出せるのは、彼女の激励があったからこそなのだから。彼女もまた、譲れぬ意志を持つ漢。漢ならば漢の想いに応えねばならぬ。
 コジョフーが挑発でトルネロスという池に石を投げ込んだのは、状況さえ変われば儂なら事態を打開できると期待したからだろう。
 打開の手段は、あるといえばある。
 大博打もいいところだが。
 しかし既に賽は投げられたのだ。伸るか反るか、賭けるしか手はない。
 必ず勝つ。
 あのままなら勝っても諦めるしかなかった未来を、コジョフーと共に掴み取ってみせる!!
 両の賞底を腰溜めに重ねて構え、そこを中心に上半身すべての筋力を圧縮。
 その姿勢のまま緑の懐に飛び込むと、裂帛の気合いを込めて筋肉を解放。相手の背骨まで突き通すイメージで腕を繰り出し、マスキッパの顎を開いたような形に組んだ賞底を叩き込む。
「破ァァァァァァッ!!」
 瞬間的に膨張した筋肉が強烈な衝撃波を発生させ、腕を伝って賞底から放たれトルネロスの身体を貫いた。
「……やったか!?」
「やったに決まってる!」
 翻る旗を叩き折らんばかりにコジョフーから声援が飛ぶ。
 だが。
「……何が『やったか』なのじゃ?」
 トルネロスは平然と、むしろ怪訝な表情さえ浮かべてハリテヤマを見下ろした。
「何をするかと思えば、先刻からお主が我が輩の風を払うために使っとった衝撃波と何も変わらんではないか。そんな屁のような格闘技一発で我が輩を倒せるぐらいなら、パーティーの総力を以てしても成せなんだ連中の立つ瀬がないわ。つまらん悪足掻きをしおって。いいわ、お主を先に始末してくれる。身動きの出来なくなったその眼前であの小娘めを……」
 殺戮の翼が、斬首剣の如くハリテヤマの頭上に振り上げられ、
「……なっ!?」
 しかし、振り下ろされることはなかった。
「は、羽が動かぬ!? 何故じゃ、何故じゃあっ!?」
 空中で体勢を崩して大きく傾ぐ緑の怪鳥。慌ててもがいてどうにか体制を立て直したものの、明らかにまともに飛べていない。
「何故こんなことに……まさかさっきの技!? そうか、あの衝撃波は……おのれ、我が輩をあんなカス技でぇぇっ!?」
「やった……!」
「やったあぁぁっ!!」
 快哉を叫ぶハリテヤマとコジョフー。ハリテヤマの狙いが、的を射抜いたのだ、コジョフーも若輩ながら格闘ポケモン。ハリテヤマが行使した技もその狙いも即座に察していた。
 技は決まった。ならば即座に次の行動に移らなければならない。
 即ち。
「逃げるぞ、コジョフー!」
「うんっ!」
 共に踵を返し、身を翻しす。落とした袴とまわしはひとまず捨て置いて、全力疾走でトルネロスから離脱する。回収など後でやればいい。
 そもそも、ハリテヤマひとりでトルネロスを一撃で退治し得る手段などどう考えてもなかったのだ。
 だが、状況を打開する手段は必ずしも打倒だけではない。勝利ではなく生き残ることを目的にするなら、敵の能力を制限してその隙に逃げおおせることも解決策になり得る。
 ハリテヤマが筋肉を奮わせて賞底から放つ衝撃波は、正しい呼び名を〝発勁(はっけい)〟という。
 生物に向かって放てば発勁の衝撃波は皮膚や筋肉を貫通して神経を直接打つ。当たりどころによっては、相手の身体を麻痺状態に追いやることもできるのである。
 余程の達人でさえ実戦で確実にかけるのは難しい発勁の麻痺。それをハリテヤマはこの土壇場で狙って決めた。己を殺して堪えるのではなく、その腕を振るって切り開く、針の穴のように細い道をコジョフーと共に駆け抜けるために。
「逃すものか……この我が輩が、格闘ポケモンの雑魚などをぉぉっ!!」
 背後で緑の翼が再び振り上げられる。
 まだコジョフーも含めエアスラッシュの射程範囲。だがこの一撃が麻痺で止まってくれれば、今の速力の落ちているトルネロスからなら逃げ切れる可能性が一気に高まる。
 来るな!
 来るな!
 来ないで、くれ……っ!!
「絶対に……逃がさぁぁんっ!!」
 祈りは天に通じず、無情にも翼が振り抜かれる。
 生み出されたエアスラッシュの刃は、ハリテヤマの斜め上空を通過する軌道で、確実にその矛先をコジョフーへと向けていた。
 それだけは、
「させる、ものかぁぁぁぁっ!!」
 足裏から発勁が吹き出るほどの跳躍で、ハリテヤマはその巨体を射線上に割り込ませた。
 効果抜群に背中を切り裂く激痛。あらがいようもなく意識が闇に墜ちる。
「おっちゃああぁぁぁぁ~~んっ!!」
 コジョフーの絶叫が遠く聞こえる。姿は、もう見えない。
 せめて、お前だけでも、逃げ……――
 想いを言葉に綴ることもままならず、ハリテヤマの視界は真っ黒になった。

 ♪

「う……ぐ……」
 背中の痛みを足掛かりに、ハリテヤマは意識を無理矢理呼び起こす。
 倒れてなどいられるものか。
 一体どれぐらいの時間寝ていたのだ。
 トルネロスはどうなった。
 コジョフーは、仔供たちは無事なのか。
 重い瞼をこじ開けて、目に入る景色に焦点を合わせる。
 答えは、すぐ目の前にあった。
「う、あ、ああああああああっ!?」
 小柄な痩躯が、淡黄色の顔が、すぐ目の前に横たわっていた。
 胴体の淡黄色が記憶より少ない。
 毟り取られているのだ。胸元から腰回りまでの体毛を。
 乱暴に引き抜かれた様子であちこち血が滲み、地肌や足から続く小豆色の短毛が剥き出しにされている。尻尾の付け根も丸見えにされていたが、そんなことに目を向けている場合などではなかった。
 小さな胸が、微かに上下している。生きて、いる……!
「起きろ! 目を覚ませ! 起きてくれコジョフー!!」
 大きな掌で肩を揺すると、太く丸い眉が重々しく持ち上がる。
 黒い瞳と向き合うや、唇が小さく開かれ、掠れた言葉が吐き出される。
「おっちゃん……気がついたんだな。良かった……ごめん、ごめんよ。俺が挑発なんてしたせいで、こんな怪我させて……」
 息が詰まった。
 小さな身体をこれほど惨たらしい目に遭わされながら、まず他者の心配と自身の行動についての謝罪か。どこまで優しい精神力の持ち主のだこの娘は!!
「謝ったりなんかしなくていい! お前は儂に力をくれた! なのに儂は奴を止められんかった! 謝るべきは儂の方だ! すまん、すまん……っ!!」
 何も出来なかった。
 渾身の発勁を決め、狙い通り麻痺に追い込んでさえ、コジョフーを守ることが出来なかった。
 彼女に託された想いを、台無しにしてしまった……!!
「ブルーたち、近くのディグダ穴……あいつは逆の方向に逃げてったから、きっと無事……」
「そうか! 守り通したんだな! よくやった、お前は本当によく頑張った! お前をハピナスの診療所に送り届けたら、ブルーとマネネは儂が迎えにいく!」
「迎えに、行かせろよ、頼んで……おっちゃんも怪我……」
「あぁ、そうだな。儂などより足の速い奴に頼むべきだな。そうしてやるから、今は安心して身を任せろ!」
「あいつ……トルネロス…………」
 それだけは、伝えなければというように。
 残された力を振り絞って、コジョフーは喉を震わせる。

「なにも、できなかった……やくたたず……っ」

 それっきりで、彼女は再び意識を失った。幸い、眠っただけのようだ。
 竦みそうになる心を、背中の痛みと共に根性の炉に焼べて、コジョフーを抱き上げ歩き出す。
 分かってる。こんなにも優しい彼女が、儂を責める意味で最後の言葉を言うはずがない。どう考えても自嘲だろう。
 余計なことなど考えず、とにかく彼女を診療所へ。
 トルネロスに何も出来なかった役立たずの儂でも、彼女を運ぶ役だけは務めきらなければ。

 ♪

 コジョフーちゃんが回復したら、ちゃんと話を聞いてあげなさいよ。多分、ハリテヤマさんは勘違いをしてるから。

 すぐ近く、深く生い茂った草むらの影から、ずっと彼らを見ていた瞳がひとり呟く。

 自嘲でも、ハリテヤマさんへの批判でももちろんないわ。
 彼女はトルネロスのことを嘲笑ったのよ。何も出来なかった役立たずだと。
 ハリテヤマさんが倒れた後、コジョフーちゃんを捕まえたトルネロスは、彼女をハリテヤマさんの側に転がして、不埒にも強姦に及ぼうとしたのよ。挑発の仕返しに、最悪のダメージを貴方たちに与えるためにね。
 実行されていれば、目を覚ましたハリテヤマさんが目にしたのは、腰布どころか処女膜を破かれた残滓と雄の汚濁にまみれた無惨極まりないコジョフーちゃんの姿だったでしょうね。絶望は原罪の比じゃ済まないところだったわ。つくづく最低な奴。
 でも、あいつは何も出来なかった。
 役立たずだったのよ。勃たなかったの。
 麻痺させられていたから。ハリテヤマさんが放った発勁で、ね。
 傑作だったわよ。あいつの取り乱しぶりと悔しがりよう。コジョフーちゃんなんて、あいつに腹いせに毛を毟り取られながら、そんな傷より窒息で死ぬんじゃないかと見ていて心配になるぐらいお腹を抱えて大笑いしていたのよ。『お前はおっちゃんに負けたんだ。ざまぁ見ろ!』なんて言ってね。しまいにはトルネロスも居たたまれなくなったみたいで、吠え面掻いて退散する始末。まさに無様でみっともない醜態だったわ。
 ハリテヤマさんは、コジョフーちゃんをしっかり守っていた。
 コジョフーちゃんも、ハリテヤマさんの矜持を守り抜いた。
 そしてふたりが守ろうとした幼子たちは、捲らされすらしなかった。
 貴方たちの完勝よ。胸を張って誇りなさい。
 恥じるべきはこのあたし。
 捲られたくないばかりにこそこそと陰に隠れ、ただ被害を眺めることしかしてこなかった臆病なあたし。
 だけどコジョフーちゃんの精神力が、ハリテヤマさんの根性が、あたしの心にも火を灯してくれた。
 勇気を出して、あたしも戦う。
 あんなにも頑張った彼らの勝利を、繋げてみせる。
 トルネロスは、あの緑老害は、あたしの力で葬り去る。
 そのためには、もう手段なんか選ばない……!!

 揺れる布地の内側で、決意が怨念の渦を巻く。
 草むらを掻き分け現れたポケモンの、鬼の角の如く天をついた黄色い耳は、尖った先端をドス黒く染めていた。

 ♪


第5幕 




 ♪

「くそっ! くそっ! あのガキが! あのデブが!!」
 化身の腕で大量のクラボの身をもいでは口に放り込みながら、トルネロスは荒れ狂っていた。もうとっくに麻痺は癒えているはずだが、クラボをもぐ手はなかなか止まらなかった。
「せっかく腰布捲り祭を楽しんでおったのに、挑発をかけたガキと麻痺をかけたデブのせいで何もかもブチ壊しじゃ! 我が輩に赤っ恥をかかせおって!!」
 散々森中のポケモンたちに恥ずかしい想いをさせておいて、自業自得の恥をかかされたことになど誰も同情はしないであろう。
「頭にきたわい。もう行儀良く腰布を捲るだけで済ませてなどやらぬ!悪戯な風を跳ね返すマジックミラー持ちのブリムオンやネイティオも、女王の威厳で悪戯が通じぬアマージョや、悪どさ故に悪戯が効かぬダークライめも、みんなコジョフー同様力尽くで毟り取ってやればいいのじゃ。風神たる我が輩に逆らった奴らが皆悪いのじゃ!!」
 まず、行儀良く腰布捲りって。
「そうとも……我が輩こそ至高の風神。ボルトロスめの劣化でも、ランドロスめの手下でもない! メロエッタもカプ・テテフも我が前に屈したのじゃ。いずれはディアンシーのまとう金剛石の羽衣も、マギアナがまとう古代のモンスターボール型スカートも! 何もかもすべて捲ってくれよう。あぁ、憧れのスカ捲マスターに絶対なってやるのじゃじゃじゃじゃじゃっ!!」
 誰も追随したくもないであろう野望に紛れて、ひょっとしたら動機かも知れない鬱屈した怨唆が聞こえた気もしたが、いずれにせよ下らないにも程がある。
「さぁ、まず最初に引き裂くべき獲物は……む?」
 増上慢がレックウザの空域まで届くほど思い上がった頭で下界を見渡したトルネロスが、ふととある姿を目に留めた。
 40cm程度の小柄な姿を、足首まで覆う藍色のロングドレス。頭にスッポリと被ったボンネットフードのために表情は伺えないが、フードの横から飛び出した黄色くて先端の黒い耳、そしてスカートの尻から生えているジグザグ尻尾はピカチュウのもの。
「マダム・ピカチュウではないか。お着替えピカチュウめ、アイドルの衣装を破いてやったショックから立ち直りよったか?」
 飛行耐性を持つ電気タイプなら、トルネロスから受けた痛手からの立ち直りが早くても不思議ではない。
「しかし愚かよの。あれだけ辱めてやったのに、またあのようなヒラヒラした衣装をきて出歩こうとは。大きなスカートなら捲られまいとでも思っておるのか? マフォクシーやゴチルゼルなども捲っておるのじゃがのう。まさか得意の氷柱落とし如きで我が輩を射落とせるなどとは思っておるまいに……それともこれは、また何かの罠かの? はっ、笑止! だとしてもまた返り討ちにするだけのことじゃ!!」
 怖いものなど何もないトルネロスは、藍色の影の背後へと迷わず静かに急降下する。
「実に良い尻、そして良いスカートじゃ。アイドル衣装同様に引き裂いて、青い花弁と散らすのもよいが、ひっくり返して捲り開くだけでも大層綺麗な花になりそうじゃな。ぐふふふふ……それでは早速、お楽しみと行くかの!!」
 スカートの下に風を巡らせ、宝箱の蓋を開けるように持ち上げる。
 幾重にも重なった布地がすべて残さず捲れ上がり、弾みでジグザグ尻尾が根本からもぎ取られたかのように跳ね飛んだ。
 そして、その下には。

 ♪

 宇宙が、広がっていた。

「何、じゃと……!?」

 いや、この景色を正しく宇宙と呼んでいいものかどうか。
 一面、闇というより五色に輝く光の海で、その中に無数の星々が浮かんで揺らめき回っている。
 一面とは上空一面ではなく、360°すべてだった。いつの間にか地面はなくなっていた。
 星々は一瞬たりとも留まることなく回り巡り、すれ違い、時に衝突して華々しく閃光を広げて散っていく。
 小さな星がひとつ、猛スピードで飛んできてトルネロスの側をすり抜け、振り返った時にはもう遙か彼方に遠ざかっていた。
 待て。落ち着け。とにかく状況を、重要な事柄から分析せねば。
 まず捲るべき相手はどこじゃ。そしてここはどこじゃ。我が輩はトルネロスじゃ。
 一体何がどうなって我が輩はこんな場所におる?
 マダム・ピカチュウはどこへいったのじゃ。彼女のスカートを捲ったところまでは覚えておるのじゃが。
 まさか、ピカチュウのスカートの中が異次元に通じていたはずもなかろうが……!?
 困惑に巡る黄色い目玉が、星ではない煌めきをふと捕らえた。
「……おぉっ!」
 虚空を漂ってくる、ガラスの器のような形状から透明な触手を伸ばすポケモンの群れ。
 ブルンゲルとも似ているが、より透明度が高く、より無機質感が強い。
 もっとも、トルネロスにとってそのポケモンの正体などどうでも良かっただろう。
 大切なことは、ただひとつ。
「何という……捲り甲斐のあるポケモンじゃっ!!」
 嬉々として尻尾を振り抜くトルネロス。宇宙には空気がないと言われるが、この世界は普通に呼吸も出来るらしく悪戯な風が星空を吹き抜ける。
 柔軟な身体にいなされ意外に手こずったが、慣れれば次々と裏返すことが出来、星明かりを照り返す透明な花が宇宙に咲き乱れた。
 その花を見物するかのように、白く細やかな虫タイプらしいポケモンたちが、ロングヘアーのような翅を優雅に広げて飛んできた。胴体の節は傘状で幾重にも重なっている。どうするかは語るまでもない。こちらは軽い微風だけで、ほっそりとした足を広げて花畑に白を加えた。
「分かったぞ。ここはスカートを捲りたい放題のボーナスステージじゃ。我が輩は遂にスカ捲マスターの境地に達したのに違いあるまい!」
 どういう発想に血迷ったらそこまで荒唐無稽な結論に至れるのか、ツッコめる者はここにはいない。
 挙げ句、その妄想を裏付けてしまうような光景が、トルネロスに向かって流れてくる。
「うおおおおおおおおっ!?」
 若竹色をした、末広がりの巨塔。そうとしか言いようのない異様だが、頂点で長髪を靡かせる顔を見るとこれでもポケモンなのか。
 だが何よりもトルネロスを興奮させたのは、末広がりの部分に幾重にも重なった、様々な柄をした巨大な布だった。
「あれこそ究極のスカートポケモンじゃああああっ! あの腰布をすべて捲り尽くしたその時、我が輩はスカ捲の唯一神となるっ!!」
 説得力があるようにもないようにも思えないこともない宣言を高らかに歌い上げ、トルネロスは尖塔の下端へと暴風を浴びせかけた。
 一枚、また一枚、次々と布が捲れ上がり引き破がされては星空に流れていく。だが、捲る度に新たな布が内側から現れ、何枚捲っても底が見えてこない。
「のわははは、これはいいぞ、無限のスカートじゃ! もっともっと捲れろぉっ!!」
 これに一層闘志を燃やし、トルネロスは限りなく続くスカート捲りの快感に酔いしれた。
 だが、破がされた布たちは筒状に丸まって、それぞれが8本の円形に並んだ指を持つ巨大な腕へと姿を変えていく。
「む……、なんじゃ、これは!?」
 トルネロスが気づいた時、何本もの腕が鉤爪を獰猛に開いて周りを取り囲んでいた。
 一斉に掴みかかってきた腕たちの標的、それは化身フォルムの腰を覆う白雲。
「ぎゃああっ!? 何をするっ!? やめろ、やめてくれぇっ!?」
 そう言った雌ポケたちの哀願を聞き届けたことなど一度でもあったか。もちろんそんな虫のいい泣き言を聞く義理など腕たちにはなく、みるみる白雲は毟り取られていく。
「そ、そうじゃ、霊獣化すれば別に恥ずかしくも……あぁっ!?」
 思いついたときには既に、腕のひとつにうつし鏡を奪い取られていた。取り返そうとした緑の手は宙を掻くばかりであった。
 そうこうしている内に、若竹色の腕はトルネロスの一番大事な部分を隠していた最後の雲までをも奪い去ってしまった。哀れな雄が、異次元の風に弄ばれる。
「嫌じゃぁぁっ!? 何てことをするんじゃぁぁっ!?」
 地獄のような情景から逃れるように黄色い視線を泳がして、トルネロスは気づいた。気づいてしまった。
 全宇宙360°から光を注ぐ無数の星々。
 そのすべてが、トルネロスの痴態に、好奇の視線を投げかけているという事実に。
「み、見るなぁ……見ないでくれ、我が輩が悪かったぁぁ……っ」
 ようやく羞恥を理解して屈辱に泣き咽ぶトルネロスの下方で、数本の腕が寄り集まっていく。
 形成したのは、一本の長く太く黒光りする竹槍の形。
 斜めに断ち割られた鋭角な先端が狙うのは、剥き出しにされたトルネロスの、
「うぎゃああああああああああっっ!!」
 処女を散らされた雄の凄惨な悲鳴が、五色の星空に轟き渡った。

 ♪


終幕 




 ♪

「おかさんでくれぇ……もうかんべんしてくれぇ……わがはいが、わるかったぁぁ…………」
「やれやれ、どんなCrazyなNightMareを見ているのやら」
 譫言を繰り返す苦悶の表情を、吊り上がった紅いつけ眉毛が見下ろす。
 腰のベルトに括り付けたチェーンを硬く鳴らし、羽織った革ジャンの襟飾りをそよ風に揺らしながら、ハードロック姿のお着替えピカチュウは地面に延びたトルネロスの傍らに立っていた。
「誰かに言っていたそうだね。星々はMeたちのスカートの中を覗きたがっているって。星々が望んでいたのはあんたの泣きっ面だよ。風神なら空気読め緑ゴミ屑っ!」
 生気を失いやつれ果てた緑の肉塊に追い打ちの電撃を浴びせかけると、それで気が晴れたのかホッと息を吐いたハードロック・ピカチュウは、隣に立っていたマダム・ピカチュウの横顔に語りかける。
「Thanks。よくトルネロスを退治してくれた。被害者全員を代表して、それに破かれたMeのアイドル衣装の分も感謝するよ。自ら捲らせたりして、嫌だったろうに」
「辱められながらもトルネロスに一矢報いたポケモンたちを見てね。あたしにも出来ることがあるのならって思っただけ。この勝利は皆の勝利よ」
 振り返りもせずに、マダム・ピカチュウは応えた。
 腹の底から響く声で、スカートを震わせて。
「あたしも貴方にお礼を言いたいわ、お着替えピカチュウさん。こんな素敵な衣装を貸してくれてありがとう。おかげさまでこいつ完全に油断してて、何を見たのか理解できなかったでしょうよ。じゃあ、これは返すわね」
 ボンネットフードが、マダムの頭から外される。
「おっと、マダムの衣装を返してくれるのはいいけど、脱ぎすぎないように気をつけてくれよ。Youの素顔は、伝説ポケモンでもひと目見ただけでKnockOutしちゃうほどDangerなんだからね」
 とハードロック・ピカチュウは、フードの下から現れた、子供が落書きで乱雑に描き殴ったようなぬいぐるみの顔に苦笑いを向ける。
 マダム・ピカチュウのスカートの中にいたポケモンは、布地に開いた覗き穴の奥で、勝利の笑みをピカチュウに返したのであった。



 ♪完♪



*1 馬のお尻から太股にかけての部位。
*2 『呼ばれて飛び出て』はハクション大魔王、『ハイハイサー』は大魔王シャザーンより。
*3 さすがの猿飛より。
*4 『どっか行っちゃえ』はマフォクシーの鳴き声の空耳。

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2021-11-27 (土) 23:57:18
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.