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朝日に向かって高速移動

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*注意*
 本作は官能作品であり、人×ポケモンの百合などの性表現を含みます。暴走注意!






 霜月も半ばを過ぎた季節の深夜。
 時期的に冷え込むだろうという予想に反して夜風は春のように暖かく、半開きにした窓から強烈に吹き込んでは耳を煽り立てる風が心地よかった。
 それでも季節相応に枯れ落ちた葉っぱが、ライトに照らされた舗道の上を旋風に乗って無数に舞っている。ふとその一枚が私の顔を目掛けて飛んで来た。命中したら今ひとつの相性でも相当なダメージを食らいかねないほどの勢いで迫る枯れ葉に、思わず身が竦む。
 ……だがもちろん、それは無用な心配だった。
 乾いた音を立てて見えざる壁に阻まれた枯れ葉は、転がりながら頭上を抜けて後方へと消えていく。
 左の席で輪を握る我がトレーナーが、無様にビビった私の様子を横目に捉えてクスクスと笑うので、ふてくされて座席にもたれ、尖った鼻先を宙に向けた。
 昼頃はやたら激しく降っていた雨は幸いにして日暮れには止んでいたが、いまだ重苦しい暗雲を夜空に残しており月も星も見えない。
 上方から道を照らすのは、緩やかな曲線で頭を垂れる支柱の天辺で輝く電気の灯りだけ。それらは広い道の両端に沿って等間隔に立ち並び、現れては現れては消えていく。
 信号機はない。脇道も見えない。路肩には建物すらなく、照明灯と共に連なる灰色の壁だけが、見渡す地平の彼方まで真っ直ぐ果てしなく続いている。

 オートルート・ラ・クレール。それがこの道路の名前。
 ミアレシティから南へ伸び、カロス地方南部の海岸線沿いに東へ曲がってキナンシティへと至る、自動車専用道路(オートルート)の下り線である。*1*2

 4輪でアスファルトを蹴る左ハンドル車の助手席上に、私、マフォクシーの美火(ミカ)は尻尾を丸めて座っていた。
 Aセグメントに属する、全長3,5mにも満たない小さな3ドアハッチバックだ。*3 
 だが、4隅一杯に広げて配置されたタイヤと、ボンネットからルーフ端までふくよかに伸びた丸っこいフォルムのお陰で窮屈さは感じない。
 ボディカラーはヴェロネーズグリーンと呼ばれる深みのある濃緑色。内張りを最小限にしたインテリアのため、室内にも緑色が映える。
 フロントバンパーに半分めり込んだ卵形のヘッドライトと半月型のインテークが穏やかな笑顔のようにも見える、可愛らしいコンパクトカー。カロスの車に詳しい人なら、『トゥインゴ』という有名な車種の最初期モデルだと分かるだろう。
 ドライバーシートに座るトレーナーのシンシアは、微かに目元に浮かんだ疲労の陰を、長い髪を振って払う。
「想定以上に疲れが激しそうロト。次のパーキングエリアで休むロトか?」
 ダッシュボード上に据えられたナビゲーションモニターから、取り憑いているロトムのヴィットが心配そうに声をかける。
「何のまだまだ。止まってなんかいられますかっての!」
 けれどシンシアは不敵に笑い、アクセルを踏み込んだ。
「だって、高速をぶっ飛ばすのって、こんなに……楽しいんだからぁっ!!」
 加速を強めたトゥインゴが、週末深夜のオートルートを駆け抜けていった。

 ●

「今回のキナンシティトライポカロン臨時大会だけど、トゥインゴでオートルート・ラ・クレールを走って行こうかって思ってる」
 ヒヨクシティのヒルトップエリアにある自宅で、シンシアが私たちに突然そう打ち明けてきたのは、今から2ヶ月ほど前、まだ秋になったばかりの頃の日曜日、夕食の支度をしている最中の出来事だった。
 トライポカロンはカロス地方で広く行われている、女性トレーナー限定のポケモンコンテスト大会。ポケモンとトレーナーが力を合わせて華麗な演技を繰り広げる試合である。シンシアはポケモンパフォーマーとして、大会に毎回出場している常連だ。
 しかし今年度は全世界規模で悪性の伝染病が蔓延しており、上半期は多くの地域で大会、イベント等が中止の憂き目となっている。トライポカロンも各地方での大会はすべて中止となり、ネットを介してのリモートコンテストで細々と続けられるのみ、という状況だった。秋になってようやく、各地のイベントホールで対策を施しながらのイベント再会ができるようになり、カロス地方南東部にあるポケモン大会の聖地・キナンシティで、参加者、ギャラリーを集めてのトライポカロン大会が臨時で11月下旬に開かれる運びとなったのである。
 そこに出場する、というのはシンシアがパフォーマーである以上既定の話だったのだが、しかし現地までの交通手段に愛車を使うというのは、私たちにとって前例がなかった。
「え、でも、キナンシティに行くんだったら、いつもはここからトゥインゴで荒野を越えてミアレシティの郊外で駐車して、電車を乗り継いでミアレステーションまで行ってから超高速鉄道(TMV)で向かうでしょう? どうして今回はオートルートでなんて……?」
 私の疑問に、シンシアは頷きながらも渋い顔をして答えた。
「まだ伝染病は全然収束してない。イベント会場で簡単な体温チェックと入場者の管理ができるようになっただけで、防疫対策そのものは各自ひとりひとりの消毒行為で保たれているのが現状だよ。多数の人間がそれぞれの目的で狭い車内に乗り合わせる公共交通機関では、どうしたって感染リスクは高まる。頑張って開催してくれた大会運営の努力を無駄にしないためにも、あたしたちだけで行けるならそうした方がいいってもんだ。飛行ポケモンで空飛んでいくのが一番早いんだろうけど、あいにくあたしは飛行免許は取ってないからね」*4
「なるほど……つまりトゥインゴに乗りっ放しで行くことで、会場以外で他の人と近付かずに済まそうってことなのね。でもシンシア、そんな長距離ドライブなんて初めてでしょ? 普段トゥインゴで行く範囲なんてここ(ヒヨクシティ)からミアレシティ一帯、稀にコボクシティやショウヨウシティに行くぐらいで、ハクダンシティやフウジョタウンの方に行くのにもミアレに停めてバスに乗り換えてるじゃないの。大丈夫?」
「う、ん……大丈夫、だと思う。経験がないから不安は尽きないけど、オートルートの途中には休憩用のサービスエリアやパーキングエリアがあるし、休み休み行けば何とかなるよ。多分」
 ますます難しい顔をしながらも、豊満な胸を張ってシンシアが言うと、
「あの、ちょっと待つロト?」
 フロストロトムとして食材を選別していたヴィットが、冷蔵庫から飛び出してパソコンに乗り移り、ネットワーク場のポリゴンたちと連絡を取って検索を始めた。私としては先に夕食の準備をして欲しかったのだが、旅の問題も気になっていたので黙ってヴィットの話を待った。
「いくらオートルートを全速で走ったとしても、300km以上の速度で巡航できるTMVと比べたら全然遅いロトよ? そのTMVを使ってさえキナンシティに着くのには結構時間がかかるロに、オートルートを休み休み走ってたら大変なタイムロスになるロトよ。一体どれぐらい早起きして行くつもりなんロト?」
「そりゃもちろん」
 悪戯な笑みを浮かべて、シンシアはヴィットに答えた。
「前日の夜、出発すりゃいい。今回は一泊旅行ってこと」
「ちょ……っ!?」
 明かされた計画に、私はぎょっと毛を逆立ててシンシアに詰め寄った。
「無茶よ! 今回のトライポカロンは土曜日の開催なのよ? シンシア、あなた金曜日は夕方までお仕事でしょう? 休みなしで行くつもりなの?」
「まさにだからこそのこの手段なわけよ。前日仕事なのに、土曜日の朝TMVの時間に間に合うよう起きられるか不安でさぁ。ならいっそのこと、途中のサービスエリアまであらかじめ進んでおいて、そこで一泊してからキナンに向かった方が遅くまで休んでいられるって思ってね」
「……それって、早寝早起きできないから、いっそ夜更かしして翌日の分を済ませておくって言ってるわけよね?」
「不健康極まりないロトね。感染を防ぐつもりで体を壊したら大変ロトよ」
 やれやれ、といった調子で、ヴィットはまたポリゴンたちと通信を繋いだ。
「えっト、ホテルが設置されてるサービスエリアは……」
「あ、それ必要ないない」
 それを遮り、シンシアは事も無げに、更なるとんでもない計画を打ち明けた。
「どっか適当なサービスエリアの駐車場にトゥインゴを停めて、中で寝るつもりだから。車中泊って奴ね」
「……で、できるのそんなこと!? 私とヴィットはモンスターボールで眠ればいいけど、人間が車の座席で寝るのって良くないんじゃなかったっけ?」
「人間が足を曲げて寝ると、血行が悪くなって命に関わることもあるロトね。大人しくホテルを取るか、節約したいならテントの設営が認められてるサービスエリアを探した方がいいロトよ」
 警告する私たちへ、チッチッチ、と指が振られた。
「検索するならトゥインゴについて確かめな。あたしの車には、前後席を一杯に広げて前席の背もたれを倒すとベッドになるフルフラット機能が付いてる。車中泊は充分にできるはずだよ」
「ゲッ!? ま、マジロト。これなら確かに可能ロト!」
「車種専用のサンシェードセットも大会までに用意する予定だから、それで窓を目隠しすればプライバシーも十二分に守れる。鍵をかけられる分、テントなんかより遙かに安全に寝られるってもんよ」
「だけど今回の大会って11月の下旬でしょう? 今よりも気温はかなり下がっているはずよ。私は炎ポケモンだから平気だけど、いくら車の中とはいえ、人間が屋外で寝るのは厳しいんじゃなくて?」
「その点も心配いらない。ホット毛布を用意していくから」
「ホット毛布?」
「……あー、ホット毛布ってそういうロトね。なるロトなるロト」
 家電製品に詳しいヴィットが納得した様子を見せたので、私もひとまず安心した。度々ずぼらなところを見せがちなシンシアにしては、しっかりと準備を固めているように思えた……この時は。
「何よりAセグメントのトゥインゴなら、オートルート通行料金の割引が利く。TMVで行くより断然お得だ。最近トゥインゴにあれこれ手を加えちゃって金欠気味だし、車での出費は車で取り返すのが筋ってもんよ」
「なるほどねぇ……」
 と納得しかけたが、ヴィットはモニターの中で青い瞳を鋭く明滅させた。
「燃料代は?」
「え」
「燃料代は計算に入れたロトか?」
 指摘されたシンシアは露骨に視線を逸らした。呆れたことに計算していなかったらしい。TMVなら燃料代は乗り賃に含まれているのだろうが、愛車で行くなら当然燃料代はオートルートの通行費とは別料金。抜きにして考えてはいけないものだ。
「ボクの計算だと、今のトゥインゴなら燃料を満タンにすればキナンまで辿り着けるロトが、片道でほぼ空っぽロト。向こうで給油してから戻ってもまた空っぽ。往復の交通費に燃料代を加えると……TMVを使うのとほとんど変わらないロトね」
「ほ、ほとんど変わらなくても、多少安いぐらいなら充分にメリットはあると言えるだろ……?」
「加えて言うト、駐車場代にも違いは出るロトね。いつも使ってるミアレ郊外の駐車場なら、TMVで日帰りすれば一日停めても安く済むところが多いロトが、キナンシティの会場近くの駐車場となるトどこもお高いロト。それも計算に入れるト、TMVを使う場合の費用を上回ってしまうロトね」
「む……」
 また計算違いだったらしく、口ごもるシンシア。やっぱりシンシアはいつものシンシアだった。
「いやほら、お金はかかるかもしれんが、その分車で行くメリットってもんもあるだろ? いつもキナンシティでお土産をたくさん買っちゃって、駅で運んでくのに苦労してたじゃん。愛車で行きゃいくらでも放り込めるから……」
「その分お土産をたくさん買えるって? ますます散財するって事じゃないの」
「節約はどこへ行ったロトか?」
「…………」
 精査するごとに次々とボロが湧く。止めさせた方がいい、と深刻に思えてきた。
「色々言ってるけどさぁ、結局シンシア的には、トゥインゴでオートルートをフルスロットルでカッ飛ばしたいっていうのが本音なんでしょ」
「ぎく」
「ほらやっぱり。そんな調子で思いつきに任せて無茶なロングドライブなんかしたら、うっかりどこかで交通違反してジュンサーさんのお世話になる羽目になるのがオチよ。罰金を取られでもしたら、かかる費用はTMVの比じゃないでしょう?」
「列車の客なら交通違反の心配はいらないロトからねぇ」
 ヴィットも私と同じ想いのようだったので、口を揃えてシンシアを止めにかかる。
「それでも交通違反ぐらいで済むならまだマシよ。万一事故でも起こしたら目も当てられないわ」
「伝染病対策は確かに大切ロトが、人身事故とか起こしたら元も子もないロト!」
「……いや、交通違反も事故も、ミアレへ行くまでの間にだってどの道起こす可能性はあるわけで」
「起こすなっ!!」
「起こしちゃダメロト!!」
 度重なるボケへのツッコみに、シンシアは打ちのめされた様子で肩を落とした。……本当にあの言いぐさで説得できるとでも考えていたのだろうか。
「まったく、近所でさえ危うい運転手に、遠乗りなんてさせられるわけないでしょうが!」
「『ヒヨクのドライバーは運転マナーが悪い』ってカロス中で評判ロトね。わざわざ地元の恥を曝しに行くこともないロトよ!」
「決まりね。大人しくいつも通りTMVで行きましょ。さぁさぁ、ヴィットも早く冷蔵庫に戻ってご飯の準備を始めてよ。私お腹空いちゃった」
「そうロトね。ボクだってカッコいいTMVをポケファインダーに納められる旅の方が楽しいロト!」
 そうボコボコにいい捨てて、話題を切り上げようとしたのだが。
 ……しかし、現時点でトゥインゴに乗せられてオートルートを走っていることから分かる通り、ここから大逆転を食らったのである。
「そうか……名物を食べに行くのは諦め、か」
「……え?」
 不覚にも振り返ってしまった私に、シンシアは獲物を捕らえた狩人の表情を浮かべた。
「サービスエリアのフードコードじゃな、現地の名物を売ってる所が多いんだよ。休憩がてらに食おうと思ってたのに、TMVで行くんじゃ諦めるしかないな」
「な、何よそんなの……TMVで食べる駅弁だって美味しいじゃないの」
「ふはは、愚か! いくら工夫を凝らした駅弁だとて、所詮は作り置きの弁当! 作りたてで出されるフードコートの料理とでは比較になるはずもなかろうが!!」
「うぷっ!?」
 悪ノリ調子の反論を受けて口ごもったのは、口腔内に溢れた唾が原因だった。
「ましてや行くのは冬も間近な秋の暮れ! さっきも言ったように気温の低下が予想される以上、料理の温度は満足度を大きく左右する! 寒風の中食べるホッカホカの飯は美味いぞおぉぉっ!!」
「ぐぬうぅぅぅぅっ!?」
 シンシアの言葉に煽られて、私の胃腸はまだ9月にも関わらず温もりを強烈に求めていた。振り絞って出たその音が、喉の呻りだったのかお腹の虫だったのかは定かではない。思えば、最初から食事の話題を文字通り餌の切り札にするために空腹時に話題を振ってきたのだろう。おのれトレーナー、何という狡猾な。
「し、しっかりするロト!? 食事の温度なんてそんなの、駅弁を美火が自分で暖めればいいだけロトよ!」
 ヴィットがフォローに入ってくれたが、その手が使えないことは既に私には自明だった。
「おいおい、列車の中で火なんか使っていいとでも思ってるのか?」
「ケテッ!? だ、だったら、ボクがヒートロトムになって、電子レンジを持って行けば……」
「悪いが、炎技を被らせて演技の幅を狭めるつもりはない。クッソ重いレンジを余計な荷物にして旅をしろというのなら、ますますトゥインゴが欲しいところだな」
「ケテ……」
 最早完全に主導権を握ったとばかりに、シンシアは更なる追撃をかける。
「ヴィット、あたしのドライブ計画通りにするとして、車中泊に最適なサービスエリアを検索」
 言われるままに、ヴィットはモニター内にポリゴンたちを走らせた。
「退社後に自宅で夕食と身支度を済ませ、充分な休憩を取ってから出発するとして……カロス地方南部沿岸に差し掛かった所にある『エタン・ド・ベルベルサービスエリア』が妥当ロトね」
「翌朝は早く起きて出発したい。朝飯に何が食える?」
「ベルベル湖で穫れる海藻を使ったスープパスタが人気ロト。24時間営業でいつでも食べられるロトよ」
「かいそーのすうぷぱすた」
 口腔内に爽やかな塩味が浮かぶ。牙が空想のパスタをもっちりと噛みちぎる。冬も近い時期の朝、冷たい風の中で、温かなスープはさぞかし腹に溜まるだろう。
「他に、道中のサービスエリアで人気の食べ物は?」
「キナンシティ直前のクルベットタウンサービスエリアで売ってるガラルカレーパンが人気ロト。朝7時からなのでちょうどいいロトよ」
 ガラルカレーと聞いた時には、これなら誘惑に釣られることはないと思えた。辛い物は苦手だったからだ。
 しかし甘かった。いや、正しくは渋甘かったのだが。
「人気の秘密は、モコシの実を砕いた破片の衣をつけて揚げてることロトね。歯触りのいい触感は、その辺の揚げカレーパンとは一線を画してるらしいロトよ」
「もこしのあげころもっ!?」
 モコシの実の渋甘さは、辛みを適度に打ち消す効果を持つ。旨味だけが残ったカレー餡にモコシチップスの組み合わせ……どう想像しても好物の味わいにしかなりっこない。
「ちなみに、クルベットタウンサービスエリアのパン屋は、上りと下りでメニューが違っていて、カレーパンは下りだけロト。上りのサービスエリアだと、代わりに果汁入りロメパンが大人気ロトね。パン生地にロメの果汁が練り込まれていて緑色でシットリと汁気を含んでて、それをサックリ焼き上げたクッキー生地で包んでるんだそうロト」
「ろめぱん……」
 聞いただけで特攻の努力値が怒濤の勢いで下落していく有様で、もう居ても立ってもいられず私はフラついた足取りでドアの方へ進もうとし、
「どこへ行く? 行くのはまだ2ヶ月先だし、店はオートルートの彼方だぞ。まさか歩いていく気?」
 シンシアの声を受けて、ヘタり込むしかなかった。
「あぁ、どっちにせよTMVで行くんだから、スープパスタもカレーパンもロメパンも無しだったねぇ。冷たい駅弁で我慢するしかないか。いやぁ残念残念」
「ぶぐぬぷぐうぅぅぅぅ~っ!?」
 声にならない絶叫が、空きっ腹から喉を貫いて顎から涎と共に溢れ落ちる。最早尻尾から耳毛の先まで、私はシンシアの術中にハマっていた。
「ど、どうしたロト美火!? 頑張るロト、安全が一番ロトよ!?」
 賢明に呼びかけてくれたヴィットだったが、しかし私の暴走を止めたいなら、ヴィットはあんな詳しいグルメ情報など開示しないで、さっさと冷蔵庫に戻って食事の準備を始めるのが最適解だっただろう。同じ木の実の味を嗜むポケモンといえど、ロトムではマフォクシーとは食に対する認識が違い過ぎて空腹時における飯テロがどれ程の損害をもたらすのか理解できなかったため、何の躊躇いもなく検索し解説してしまったらしい。あの時は、混乱した頭で必死に願ったものだ。お願いヴィット、どうか私を止めないで、と。……既に思考さえ思う通りにはままならなかった。
「……11月といえば、紅葉もたけなわの季節だなぁ」
「ケテッ!?」
 私を墜とし切ったと見なしたか、シンシアは矛先をヴィットに向けた。
「紅や黄金を華々しく纏った山並みが、クレール……明るく透き通っていると道路の名前に着けられるほどに美しいカロス南岸の海や湖に映し出される景色はまさしく風光明媚! さぞポケファインダーで撮り甲斐があると思うけど?」
「ケテ……そんなの、それこそTMVの車窓からでも…………」
「クッソ狭いTMVの窓からどれ程のものが撮れると? その上一方の窓からしか見えないし、窓際の席に座れなきゃそれすらも無理で、車内の様子を眺めるしかない。しかも伝染病禍で周囲に気遣いしながらな」
「ケ……」
「サービスエリアやパーキングエリアからなら、時間の許す限り周囲の景色を撮り放題!いや、お前ならドライブレコーダーのカメラに取り憑けば、走行中でも360°撮り放題だ! どちらが撮影旅行に向いているかは明々白々だろう?」
「ケ、テ……それでも、ボクはTMVが撮りたいロト……」
「ふぅん、そっか、なるほどね……ところで」
 表面張力限界の瀬戸際で踏みとどまろうと奮闘するヴィットに、しかしシンシアは情け容赦なく最後のひと押しを叩きつけた。
「TMVといえば、オートルート・ラ・クレールのすぐ隣を併走してる区画が確かあったなぁ?」
「ケテッ!?」
「タイミングが合えば、走ってる最中の一番カッコいいTMVの勇姿をドラレコで撮影できるだろうなぁ。駅でゆっくり止まってく姿しか撮れないのと、どっちが撮り鉄魂をくすぐるんだろうね?」
「ケテエェェェェェェッ!?」
 私は食欲、ヴィットは撮影意欲とそれぞれの弱点をモロに突かれ、揃って崩れ落ちたまま沈黙すること数分……あの時はこのまま悶死してしまいそうだったが。
 やがて、私は深々と溜息を吐いて立ち上がった。
「……伝染病対策は、必要だものね。仕方ないわ」
 ヴィットも、光沢をなくした蒼い瞳を画面の中で虚ろに持ち上げた。
「……心配なトコロは、ボクらがフォローすればいいだけのロトね」
「おー、ふたりとも解ってくれたかぁ! そうと決まったら2ヶ月後に向けて準備開始だ! でもまぁひとまずは今夜の晩飯から、ね。ヴィット、冷蔵庫の材料出して」
 してやったりとばかりに得意満面の笑顔を爆発させてガッツポーズを決めたシンシアを脇に見ながら、私はヴィットと諦め顔を見合わせて共にうなだれたのだった。
 かくしてまんまとシンシアの口車に乗せられた私とヴィットは、2ヶ月後となった11月下旬の夜中にシンシアの愛車トゥインゴに乗せられ、オートルート・ラ・クレールのキナン行き下り線を一路、今晩の到達目標地点であるエタン・ド・ベルベルサービスエリアへ向かって、仕事の疲労残りと慣れない道の走りによる困憊をノリノリの高揚感で無理矢理振り切ってアクセルを踏む運転手に冷や汗をかかされながら走っている最中ということである。
 不安要素は数え上げればキリがないが、乗りかかった船だ。なるようにしかならないだろう。

 ●

 2車線だった道路の右脇にもうひとつ車線が膨らみ、その先が闇へと繋がり降りている。オートルートを降りる出口、インターチェンジだ。
「このインターチェンジを過ぎれば、次の分岐がエタン・ド・ベルベルサービスエリアロト。もうひと踏ん張りロトよ」
「よっしゃ! ラストスパートぉっ!!」
 気合いを込めた声を張り上げ、シンシアはトゥインゴを加速させて分岐路を真っ直ぐ通り過ぎた。
 インターチェンジというものは基本、出口を過ぎるとその次は入口があるものだそうで、程なくして再び右側のフェンスが切れて合流路が現れる。
 右手に開かれ、先で窄まり行くその道に、白い光状がせり上がって広がるのが見えた。
「シンシア、上ってくる車があるわ。合流に気をつけて」
「了解」
 走行車線をやや控えめな速度で巡航しながらトゥインゴは合流車両を待つ。上ってきた相手が万一不規則な動きを見せても、即座に対応できるように。
 重くどよめく駆動音が高まり、ヘッドライトを光らせた巨大な影が合流車線に躍り上がってくる。
 その車体を見て、
「うげっ!?」
「おぉっ!?」
 シンシアと揃って、思わず奇声を上げてしまった。
 トゥインゴが履いているものの倍ほどもあるかと思える程大きく太いタイヤの上で、角張った白いボディを豪快に揺らす、いわゆるオフロードSUV。車種の名前とかは知らないが多分イッシュ辺りの車っぽい。……が、車種などはどうでもいい。問題は車の側面だった。
 そこに、ゴチミルがいた。
 丸く結い上げたツインテールを軽く傾け、瑠璃色の瞳を片方だけ瞑り、菫色の頬の真ん中で鮮やかに紅い唇の花を咲かせ、だらしなく脚を投げ出した姿勢で腰を座らせて、黒い裾を軽く手で持ち上げたあられもないゴチミルの絵が、そこに描かれていた。
 裾の奥こそギリギリ見えなかったが、露骨に扇情的な絵である。雄ポケや好き者の男性トレーナーが見たら目を奪われてしまうだろう。っていうかさっき嬉しそうな声を上げていたうちの女性トレーナー、頼むから目を奪われるな。あなたは今私を乗せた車を運転中だ。
「何なのこの車!? 悪趣味ぃ~っ!?」
「ああいうドレスアップをしたがる奴らの噂は聞いちゃぁいたが、まさか遭遇するとはねぇ」
「やだ、もう! あんなの見てたくもないわ! 加速して振り切っちゃいましょうよ!!」
「いや、それは反対ロト.。競り合ってこられでもしたらますます見せつけられる羽目になるロトよ」
「ゲロゲロ~!? 勘弁してよぉ~!?」
「ヴィットが正しいな。先を譲ってさっさと行ってもらおう。あたしも疲れてるし丁度いい」
 誘惑顔をしたゴチミルが、合流車線を加速する。トゥインゴを抜き去る瞬間、向こうの運転席に座る男と視線が合った。
 赤ら顔の髭面が、嫌らしく下卑た笑みを浮かべていた。
 怖気だった私の前で、大きく振られたタイヤが走行車線に踏み込み、SUVがトゥインゴの前に立ち塞がる。
「!?」
 背の高いSUVのリアハッチを、トゥインゴの丸目が照らし出した。
「キャアァァァァッ!?」
「うひょおっ!?」
 またふたりして絶叫を上げた。
 左側面以上にとんでもない、最低最悪の絵がそこに描かれていたのだ。
 横向きに寝転がった姿勢で、真っ黒な長い両足を>の字型に開き股間をこちらに向けた構図。一番危ない箇所が丁度、リアワイパーで隠された格好になっている。金色に塗られ、先端を炎の朱で染められたリアワイパーは尻尾を模しているらしい。本物と比べると随分細くて短い尻尾になるが。その上スカート状の裾毛が盛大に開かれていることもあり、太股からお尻までのラインが全部丸出しだ。裾毛の向こうに見える小麦色の体毛、羞恥に彩られている細く尖った鼻先、大きく広がる三角形をした耳の中から伸びてたなびく炎の長毛……。
 お願いだから、本当にお願いだから、私にあれの種族名を語らせないで。理性が目の前に浮かぶ絵が何を描いたモノであるか認めることを拒絶している。っていうかシンシア、うひょおって何ようひょおって!?
「ちょっとやだぁ、見ないで! お願い!!」
「無茶を言うな前を見ないで走れるか! 頼むから目隠しとかしないでよ。あたしは今美火たんを乗せて車を運転中だ」
「わ、分かってるわよ。しないけどさぁ……」
 正直、シンシアの目を覆いたくて堪らない。
「もう、だから譲ったりしないで、さっさと振り切っておけば良かったんじゃない!」
「エロ絵趣味はいいとして、前をトロトロ走られるのは鬱陶しいな。追い越させて貰うとしよう」
 前輪脇のウインカーを明滅させて、シンシアはトゥインゴを左の追い越し車線へと移し、ゴチミルの脇を通り抜けるべく加速した。……が、
「ぅおっと!?」
「きゃあっ!?」
 唐突にSUVが車線を変え、あの悍ましい絵を再度見せつけてきたのだ。
 危なかった。もしシンシアのブレーキが間に合わなかったら、もしくはシートベルトがしっかりと私を支えてくれていなかったら、描かれた卑猥な股間めがけて頭からダイブしていただろう。
「ちょっと、今アイツウインカー出してた!?」
「出してなかったロト! 出していたとしても、追い越そうとする車の前に割り込むのは悪質な交通違反ロト!!」
「ったくやってくれるね。こっちはオートルート初心者だってのに……」
 忌々しげにシンシアは右にハンドルを切って車を戻す。走行車線から追い越すのは交通ルールに反するためしてはいけないが、先へ進め、という意思表示にはなるはずだ。
 SUVの右側面にも、やはりポケモンの春画が描かれていた。緑の大きな葉をツインテールのように垂らしたポケモンが、ゴスの実色の腰を屈めて四つん這いになり、剥いた果肉のように瑞々しく膨らんだ生白いお尻を向けている。
「アローラ地方のアママイコロトね」
「ゴチミルとテールナーに続いてアママイコ、ね。好みが偏っていて分かりやすいこと。ボンネットやルーフに描かれている絵も大方想像がつくなぁ……チッ!?」
 シンシアが舌打ちしたのは、SUVがまたしてもノーウインカーでトゥインゴの進路を塞いだからだ。加速しようとしないばかりか、ジワジワと減速までしてくる。見たくもないリアハッチが迫ってくる。
「どうあっても尻を見せびらかそうってことかい? いくら何でもいい加減しつこいよ」
 さしものシンシアも不愉快に声を荒げた、その時だった。
 SUVのリアワイパーが、跳ね上がった。
「イヤアアアアアアッ!?」
 無修正だった。
 黒い毛皮を割って膨らむ、淫靡に艶めく薔薇色の果実。
 その裂け目から芳醇に滴る、粘り気を帯びた蜜。
 その傍ら、リアワイパーの付け根辺りに慎ましく咲いた桜色の花弁一枚一枚さえもが、トゥインゴが照らすヘッドライトの光の中に露わに曝されていた。
 自分の恥部を覗かれているかのような錯覚を覚えて、思わず脚の間を押さえる。
「信じらんない! 何てもの見せるのよこの変態車!?」
「……こいつはもう、完璧にセクハラだな」
「最初からセクハラ以外のナニモノでもないでしょ!!」
「いや、そうとも言えんだろ?」
 太めの眉をきつくひそめて、シンシアは言った。
「ただ好みのポケモンの絵を車に張りつけて晒してるだけなら本人の勝手だ。見たくない奴は目を背けりゃいい。わざわざケチをつけにいく方が嫌がらせ(ハラスメント)になる場合もある……だがコイツは、引こうとしたあたしらに無理矢理尻を押しつけ、あまつさえ隠さなきゃいかんような恥部までひけらかした。トゥインゴみたいな可愛いAセグメントなら、乗ってるのも可愛い女の子だと見抜いて絡んでる意図が丸分かりだ。ろくでなしのエロジジィめ」
「見抜いてるなら可愛いなんて思わないでしょうよ」
 そもそもシンシアがオートルートを夜間ドライブするなんて言い出したからこんな目に遭っているのだ。毒のひとつぐらい吐いたって罰は当たるまい。
「いや、可愛いよ美火たんは。あんな下手くそな絵なんかよりずっとね」
 思わぬ反撃を食らって、ダッシュボードに顔を突っ伏した。パネルが焦げる臭いが漂う。
「ツッコみドコロに困る漫才は程々にして欲しいロト」
 ごもっともである。コンッと咳払いして気を取り直す。
「私の方、なのかな? アイツがセクハラしてるのって」
「右から合流してきたあの車の左座(うんてん)席からは、こっちの右座(じょしゅ)席に座ってる美火たんがよく見えただろうからね。マフォクシーにテールナーのエロ絵を見せる気でやってるんだろうさ。あたしの美火たんを狙い撃ちにしようだなんて、ちょっと許しちゃおけないねぇ……」
 抑えようのない怒気が、飄々とした口調に燻る。こっちはとっくに火力全開で激怒していた。
「殺っちゃう?」
「殺っちゃえ!」
 獰猛な笑みを浮かべ、シンシアは左ウインカーを灯らせつつ、シフトダウンして身構えた。私も袖から愛用のステッキを抜き放つ。ヴィットもオンダッシュモニターからその瞳を消し、然るべき配置につく。
「ヴィット、リミッターを解除、全力全開! 美火たんは追い越し車線に出たら即座に点火!」
「了解ロト!」
「いつでもOKよ!」
 狙いを定めたシンシアは、ウインカー点灯から3秒が過ぎた刹那、トゥインゴのエンジンを高らかに嘶かせ、間髪入れずにハンドルを左に切った。
 猛加速したトゥインゴの小径ホイールが急激に捻れる。柔軟に撓んだタイヤゴムがアスファルトに噛みついて捻れに応え、鋭く左に進路を変える。振り回された車体を固めにセッティングされたサスペンションが力強く受け止めて、一瞬でトゥインゴは追い越し車線に移動した。ツイスト・スイング・タンゴという三つのダンスステップを合わせた車名を体現するが如く軽やかに。
 右前を走るSUVの挙動が驚愕に震える。無理もない。街乗り用の小型車が普通に可能な動作ではなかったからだ。向こうからしたら、トゥインゴが追い越し車線にテレポートしたかのように見えたことだろう。
「今だっ!」
 シンシアの号令を追い越す速度で、私はステッキに燐光を灯して繰り出した。
 狙いはもちろん、右前方のSUVリアハッチ、ではない。黒焦げにしてやりたいのが本音だが、さすがに直接攻撃は道交法以前の犯罪だ。
 叩き込んだのは、助手席側のダッシュボード下部に設けられたスリット。
 気合い一閃、全身の体毛が破裂したように膨らみ、烈風が巻き起こって身体を取り巻く。
 渦を成した風は腕を伝い、ステッキに導かれてその先、エンジンルームへと注ぎ込まれた。
 烈風を起こした要因は、私の身体から噴出した亜酸化窒素(N2O)。高温を浴びせると酸素と窒素に分離して膨張、酸素が高火力の炎を発生させると共に、発生した烈風に乗ることで肉体を加速させる。これがいわゆる、
ニトロ(N2O)チャーージ!!」
 通常なら使用ポケモン自身の身体で発言するその効果を、車のエンジンに伝達することで出力を一時的に向上をさせる装置が、このポケモン式NOSである。もちろんトゥインゴ本来の装備ではない。改造、増設して取り付けたものだ。
 その上、燃料噴射コンピューターのロトムによる制御、インタークーラーターボのボルトオンなど、数々のチューニングがこのトゥインゴには施されている。800kg程の軽量ボディでこれら全装備をフル稼働させることにより、ちょっとしたスーパーカー並の加速性能を発揮できるのだ。その凄まじい高出力を制御できるように、タイヤもサスペンションもスポーツ仕様。見た目はノーマルに見えても、シンシアのトゥインゴは(ウールー)の皮を被った(ルガルガン)なのである。隠してきたその牙を、トゥインゴはオートルート・ラ・クレールへと剥いた。
「ナメんなよ。オートルートは初心者でもね、こちとらヒルトップエリアの坂落としを毎日ブンブンカッ飛ばしてんだよぉぉっ!!」
 シンシアの巧みなシフトアップで、トゥインゴは爆発的な加速を弾き出した。ヴェロネーズグリーンの弾丸が追い越し車線を貫き、ゴチミルの絵を並ぶ間もなく置き去りにする。
 慌ててハンドルを切ったSUVが追い越し車線に滑り込んで朱いテールライトに染まる姿を、私は振り返ったリアウインドゥ越しに見た。
「ざまあぁぁっ!」
 セクハラ野郎に尻を見せる趣味も義理もこっちにはない。そのまま突き放して、SUVを横にふたつ並んだ光点へと変える。
 流れゆく照明灯の向こうで、光点は滑った方向へとそのまま進み、追い越し車線側のフェンスにぶつかって跳ね飛んだ。
「……あら」
 勢いで逆方向に飛ばされ、今度は走行車線の側で大きく跳ねる。
「おいおい」
 終いには光点が縦並びとなり、やがて見えなくなった。
「……」
「……」
「横転したロトね」
 気まずい空気が、社内に立ち込めた。
「だ、大丈夫かしら? アイツは自業自得だけどさ、後続の車にも迷惑がかかるし、ジュンサーさんに連絡した方がいいんじゃ……」
「自分でやるだろ? トレーナーなら車が横転したぐらいで怪我なんてしてないだろうし、勝手に妨害して勝手にコケただけなんだから、あたしらが責任をとることなんて……」
「そのトレーナー無敵説の是非は置いておくとして……アイツがトレーナーっていう確証は?」
「…………」
 再び重苦しい沈黙。シンシアの引きつった笑みに冷や汗が滲む。
 オンダッシュナビのモニター内で、ヴィットが通信回線を開いた。
「もしもし、ジュンサーさんロトか? オートルート・ラ・クレールの下り戦で横転事故が発生したロト。今座標と映像をお送りしますロト」
 その後しばらく、ヴィットによるジュンサーさんへの状況説明が続いた。
「そんなわけで、ボクらは一方的に妨害を受けた被害者ロト。急動作と一時的な速度超過は危機回避のためと理解して欲しいロトよ」
「こちらのポリゴンが映像情報を精査しました。問題はないようです」
 青い警察帽のジュンサーが、モニターに現れて言った。
「既に事故現場には担当の者が飛んでいます。事故車両のドライバー、及び同乗していたポケモンに大きな怪我はないようです。そちらからは頂いた証言と情報だけで充分ですので、安全に気をつけてドライブをお楽しみください。また何かありましたら連絡します」
「はい。夜分ご苦労様です!」
 シンシアが返答して通信が切られ、全員でドッと安堵の息を吐いた。
「やれやて、とんだ目に遭ったが、いい刺激になったおかげで疲れを感じるどころではなかったよ」
 苦笑いするシンシアに、肩を竦めて応える。変な刺激なんていらないから、どうか平穏無事に目的地までたどり着けるよう祈るばかりだ。
「事故現場の写真が、SNSに上がってるロト」
 ヴィットが画面を切り替える。
 警察帽をつけたライボルトとプクリンたちに取り囲まれた中でヘタり込んでいる中年男。間違いなく、あのSUVの運転席に見た顔だ。もたれて寄り添っているのは、先端が絵筆となっている尻尾を抱えたドーブル。さては車に絵を描いたのはコイツの仕業か。確かに目立つ怪我はしていないようで何よりだ。
 彼らの奥では、横倒しになったSUVが、カイリキーやホルードによる検分を受けていた。上を撮影者に向けていたので、ルーフ上に描かれた、白い胴の鳩尾に突起物のあるツインテール髪のポケモンが腕を枕にして仰向けに寝そべっている絵がよく見えた。絵のポケモンの脚はボンネットにしどけなく開いて投げ出された続き絵になっており、腰の部分がフロントガラスに隠された趣向で妄想を掻き立ててくる。
「シンシアは運転に集中して」
 運転手が覗き込もうとしたので、私はヴィットに写真の表示を切らせた。
「ボンネットとルーフに何が描いてあったか見えた?」
「見えたわよ。一枚絵」
「やっぱそれが本命ってことなんだろうねぇ。まぁどのポケモンが描いてあったかは言わんでも分かるわ。どうせキルリアに決まってる。そうだろ?」
 答えるべきかどうか迷い、けどまぁもったいぶることもないかと思って私は教えた。
「ううん、バリヤード。ガラルの」
「…………ほぉ?」
「いや『ほぉ?』じゃないでしょ『はぁ?』でしょ!? ツッコみなさいよ一体どんな脈絡でバリヤードなのよ!?」
「マネネとバリコオルを含めればガラルバリヤードも中間進化だし、ツインテールだし、散々ブロックしてきたのもバリヤードのつもりだったと考えれば納得できるだろ。あのおっさん、意外にいい趣味してたんだなぁ」
「ごめん全然納得できない」
「一般に認識可能な人間の趣味をかけ離れているロト……」
 様々な喧騒を載せて、オートルート・ラ・クレールは緩やかに左へと歪曲し、進路を南から東へと変える。
 いよいよカロス地方南部沿岸。海藻スープパスタは、もうすぐそこだ。

 ●

 右手に開けた分岐路へ、シンシアはハンドルを向ける。
 大きく右に旋回する細い上り坂を進むトゥインゴは、やがて開けた広大な駐車場の一角に深緑の車体を停めた。
 ここが私たちが今夜一晩を過ごし、明くる朝に美味しいスープパスタを頂く予定になっている場所『エタン・ド・ベルベルサービスエリア』である。
 駐車場を囲むようにハの字に建てられている、よく整備された小綺麗な施設の一角で、長旅の間に溜め込んでいたものを水に流した後、身体をほぐしがてらに建物の周囲を回った。
『エタン』とはカロスの古い言葉で池や湖を意味する。つまり平たく言い直せば、ベルベル湖サービスエリアとなる。*5
 ヴィットに見せてもらった俯瞰地図によると、ベルベル湖は歪で複雑な形状をしており、南方の一角で外海と繋がっている。というより、海岸線の一部が切れて陸地が水に浸食されたような形をした湖だ。カロスの南部沿岸には、同じように海から陸に染み込んだみたいな池や湖がたくさんあるらしい。
 海と川の水が入り交じる汽水湖だけあって海産物が豊富。漁師町の他、湖の周辺にはリゾートエリアや公園などの観光名所が多数あり、サメハダーレースなども開催されているという。
 サービスエリアが設けられているのは、湖の北側に突き出した岬の高台。*6ハの字の頂点を超えて歩道を下ると小さな公園があり、奥に湖に続く桟橋があるようだが、月も星もない曇天の下、湖はただどよめく漆黒のうねりでしかなく、明るく透き通った(クレール)と称される湖面を伺うことはできなかった。南東の対岸には割と大きな遊園地があって、湖を一望できる観覧車がここからも見えるらしいが、これも零時近い深夜の闇に隠れて分からない。
 時期の割には暖かいと思っていたが、さすがにこの時間、水際にいると肌寒さを感じる。疲れているし明日は早い。早くトゥインゴに戻って寝床の準備を始めよう。

 ●

 トゥインゴは小さなAセグメント車だが、室内空間は広く確保されており、シートのアレンジも自在にできる。
 リアシートを最後端まで、運転席を一番前までそれぞれスライドさせて、運転席のヘッドレストを外して背もたれを水平までリクライニングし、背もたれの上端をリアシート前部とくっつければ人間の大人ひとりが楽に寝れる簡易寝台の出来上がりだ。寝かせたフロントシート座面が多少デコボコになってしまうが、ランバークッションと呼ばれる背もたれ用のクッションで埋めればほぼフラットになる。トゥインゴのシートは青空に雲が描かれたお洒落なカバーで、寝転がると柔らかなシートの感触もあって空を飛んでいるかのような気分だ。助手席側も同様にすればふたり分の寝床になる。私はモンスターボールで寝るので必要ないのだが、部屋を広げておいた方がシンシアも快適に寝られるだろう。
 フロントウィンドゥとドアの窓にサンシェードを吸盤で張りつけてブラインド。リアの三方には元々スモークフィルムが張ってあるので外から寝顔を覗かれる心配はこれでなし。枕をリアシートに置いて、後は毛布を広げれば準備は完了……あれ?
「ちょっとシンシア、毛布が荷物にないみたいだけど? 確かホット毛布を準備してるって言ってたじゃない。まさか忘れてきたなんてことは……」
 ……無言で肩に手を置かれた。
 どうやらこれが答えらしいが、爽やかな笑みには忘れ物をした気まずさらしきものは欠片も見えない。
「……シンシア?」
「頼むわ」
 何を、とすら言いやがらない。そもそも忘れたわけではなく、初めからそういう腹積もりだったようだ。
「そんなこったろうと思ってましたロ」
「私かぁ!? アンタらのいうホット毛布って私のことかぁっ!?」
 つまりは私に添い寝しろ、と。モンスターボールでは寝られそうにないらしい。助手席側も倒して置いて正解だった。
「だって美火たんを活用すれば荷物減るし、暖かくて抱き心地いいんだから丁度いいじゃん」
「まぁ、別に添い寝するのはいいけどね……頼むから、こんな場所でポケパルレなんてしないでよ!?」
「ダメ?」
「絶対ダメ!!」
 恥ずかしながら、我がトレーナーのポケパルレはかなり過激なのだ。フォッコ時代から身体中を隅から奥まで弄り回され、快感の虜にされた私は喜悦の嬌声を上げまくった。私も好きだからされること自体は嫌ではないのだが、他人に見られたり声を聞かれたりすると恥ずかしいので、テールナーに進化して以降はシンシアの自室か宿以外では拒否している。
「ここも実質あたしの部屋みたいなものじゃん」
「こんな薄い鉄板一枚だけでしか仕切られていない中で喘いだりしたら、外に丸聞こえじゃないの!? 誰がすぐ外を歩くかも分からないのに、変なことなんかできやしないわよ。第一明日は早く起きてまた運転して、キナンシティでトライポカロン大会に出なきゃいけないんだから、快楽にかまけて余計な体力を浪費するわけにはいかないでしょ? さっさと寝る寝る!!」
「わかったわかった。美火たんの方からしていいよってお誘いがない限りあたしからは手を出さないよ。さ、カモン」
「抱きついたことを同意扱いとか超解釈なんてしたら、髪の毛まる焦がしで大会に出てもらうからね」
 青空のシートカバーに寝そべった、女性にしては体格のいいシンシアの身体の上に、私の紅い痩身を重ねる。
 柔らかく膨らんだ双丘にマズルを埋める格好となって、普通に変な気分を煽られそうな誘惑に駆られながらも、ここまでの披露を重石にして意識を眠りの海に沈めた。

 ●

 ――アン、アァン……ッ。
 ――いいよ……凄くいい……。
 ――もっと、もっと突いてぇ……。

 聞いただけで引火しそうなほど燃え盛る嬌声が、車外から遠く響く。

 ――あぁ、イくっ! イっちゃうっ!!
 ――最後だよ、お前……。
 ――あぁん、大好き…………。

 だあぁっ、眠れるかぁっ!?
 塞ぐには私の耳は大きすぎる。淫らな声やら湿った肌が擦れ合う音色やらを否応なしに拾ってしまうのだ。
 悶えている私の頭を、下から伸びた手が宥めるように撫でた。……うん、起きてたのは知ってた。心音大きくなってたし。
「眠れんわなぁ」
「もう、何なのよこれぇ!?」
「何もなにも、駐車場をラブホテル代わりに使ってる連中の盛り声だろ。デートドライブ中の奴もいれば、ここは上下線が隣り合った駐車場から同じサービスエリアを使う集約型なこともあって、上りと下りの行きずり同士火がついちゃったって例もあるだろう。もしかしたらサービスエリアに勤めている人や、現地の野生ポケモンを相手にしている奴もいるかもなぁ」
「信じらんない。ひと目を憚ろうって意識はないの!?」
「伝染病の件もあるし、寒くなると予想したから外では自粛するだろうと予想してたんだが、春並に暖かくなっちまったもんねぇ……欲求に歯止めなどかけられんだろうよ」
「う~」
 まったく、あの変態車といい、何なんだろうこの旅は。
「お、あっちじゃハガネールが車に巻き付いて、ボンネットの中にブチ込んでるぞ。ちょっと見てみなよ」
「見ません! 覗くな! ボンネットの中って、一体どこにナニしてるのよそれ……」
「エンジンオイルフィラーらしいよ。鉱物系ポケモンのタネはいい添加剤になるとかどうとか」
「はぁ……そんなの自宅の車庫で済ませときなさいっての……」
「他のドライバーが頼んでやってもらってるのかもね。うちもひとつ頼んでみようか」
「やめてお願い。っていうか、まさか勝手にトゥインゴを襲ってきたりしないでしょうね!?」
「安心するロト。もしそんなことがあってもボクが放電して撃退するロト!」
「ハガネールに電気は効かないと思うけど?」
「……ボ、ボクはどうすればいいんだロ? 可愛いトゥインゴが貞操の危機ロト…………」
 最悪、私が焼いて撃退すればいいだけだが。
「アッハッハ、向こうも頼まれてやってるぐらいなら、見境なく襲ってくるほど飢えちゃいないだろ。で、周囲の声に煽られて飢えちゃってる美火たんはどうしたいの?」
「飢えてません! 煽られて飢えてるのはシンシアでしょ! 大人しく寝なさい!!」
 叱責だけじゃなく、ステッキを彼女の眼前で振って実力を行使する。実際、寝たいのも彼女の意志だったのだろう。言われるままに瞳を閉じて、私の催眠術に従った。
 あ、しまった。眠る技の技マシンを私に使わせてから眠らせればよかった。そうすれば私も眠れたのに。
 まぁ、シンシアの呼吸に合わせて深呼吸していれば、いずれ私も眠れるだろう。そう信じて雑念を振り払い、再び私は彼女の胸に顔を埋めた。
 実際、外の嬌声がぼやけていくのにそれほど時間はかからなかった。

 ●

 荒い吐息を間近に感じて、ふと目を開く。
 いつの間にやら私は仰向けにされ、後ろ足を大きく開かされていた。
 その足をよく見て戦慄する。
 本来覆っているはずの長毛が、腰近くまでバッサリと短く剃り落とされている。まるでテールナーの下半身みたいなカットだ。
 やだ……こんな恥ずかしいカットにされて、明日のトライポカロンどうするのよ。
「いやいや、ミニスカにした美火たんも可愛いよ」
 声に顔を上げると、シンシアが一糸まとわぬ丸裸になって、私の上に覆い被さっていた。
「やっぱり美火たんは可愛いなあ。あのテールナーの絵よりずっと可愛い……」
 SUVのリアハッチで大開脚していたあの絵を思い出す。私、あんな格好をしてるんだ。とっくに尻尾で隠せてもいない。何もかもシンシアに丸出しにして……。前足で隠そうとしたけれど、押さえつけられているのかビクとも動かせなかった。
「美火たんがあんまり可愛いから、あたしの、こんなになっちゃったよ……」
 導かれるように、視界がシンシアの身体を下っていく。
 股間を覆う茂みの下に、あるべからざる代物がそそり立っていた。
 尖った先端から根本までねっとりと湿っていて、根本近くには膨らんだコブまである、見事なまでの雄狐のそれであった。
「美火たんとひとつになるためのものなんだよ。いいよね」
 良くない! やめて!?
 声も出せないまま、私はシンシアに深々と貫かれて――――

 ●

 噴出した鼻息の反動で、私はシンシアの乳房から顔を上げた。もちろん俯せの姿勢のままだった。
 なんだ夢か。……そりゃ夢に決まってる。当たり前でしょ!?
 シンシアに雄狐のモノが生えてるわけないじゃないの!? 何度裸でポケパルレされたと思ってるのよ。バカバカしい。
 やっぱりまだどこかから聞こえてくる睦言の囁きに煽られちゃってるんだろうなぁ。全然反論の余地もないわ。
 身体の下では、シンシアがまだ巨乳を上下させて眠っている。
 もう一回寝直そうと、乳房に顔を下ろそうとして……その下に続く身体が、目に入った。
 ……本当に、生えてなかったっけ?
 いやいや生えていた覚えはないんだけど、彼女って男言葉でガサツでスケベだし、雄のって興奮すると身体から飛び出してくるものなんだから、実は改めて確かめてみたら生えていましたって可能性も……!?
 ……ダメだ。気になって気になって、確かめないともう眠れそうにない。
 かといって、まさか起こして『見せて』なんて頼めるわけないし。
 眠っているんだから今の内にちょっと脱がして中を見れば……ってダメだ。絶対ヴィットがインカメラで録画してる。後で何を言われるやら。
 となると、覆い被さっていることを利用して、ヴィットのカメラに写らないように、ちょっとだけ触って確かめてみるしかない。
 身体の下に腕を隠して、シンシアの脚の間へ。幸いにして脚は軽く開いていた。
 丘を乗り越えて、その奥地へ……。
 ……当たり前過ぎるほど当たり前なことに、普通に女の子の感触しかなかった。
 何やってんだ私。
 さぁさぁ納得したら、今度こそちゃんと寝直しましょう。と身体の下から取り出した腕を掴み取られた。
「ぁうっ!?」
 小さく悲鳴を上げて、私は青空シートカバーの上に仰向けに転がされた。
 奇しくも、夢の中と同じ姿勢だ。
 喜悦一杯に昂るシンシアから視線を外す。何をされても文句は言えない。やらかしたのは私の方だ。被害者面は百人中千人から理不尽の誹りを受けるだろう。
 だったらまず、触ったことを責めてくれれば良かろうに。
「大人しく寝る?」
「……いぢわる」
 寝ないと言ったら言葉通り寝かせてくれないだろうし、寝ると言ったら隠語の方を適用する気だろう。どっちの答えでも合意にしかならない。
 唇を尖らせて拗ねてみせるのが精一杯で、その唇は速攻で塞がれた。
「一部始終はボクが見守っていますロト。存分にお楽しみくださいロぷぎゃっ!?」
 シンシアの足から剥ぎ取った白い布切れをインカメラに被せて沈黙させ、愛撫に身を任せる。
 声だけは録音されてしまうだろうが、外の嬌声に紛れさせてしまうしかないだろう。

 ●

「あん、あ、あぁぁ……っ!?」
 胸毛を掻き分けられ、その下に潜む小さな蕾をひとつひとつ舐められ吸われる。
 下肢の長毛ははだけられ、先程のお返しとばかりに火戸の入り口を前から後ろまで弄くられる。
 油の爆ぜる音が脚の間で弾ける。もうとっくにできあがっていた。
「やっぱり美火たんは可愛いなあ。あのテールナーの絵よりずっと可愛い……」
「夢と同じこと言わないでよ……」
 口から漏れた瞬間、失言と気づいたが、もう遅い。
「ほぉ、夢に見たんだ。そんなにあたしに抱かれたかったか。なぁ、どんな夢だったか聞かせてよ」
 言えるわけがない。
 口を堅く閉じて横に振り、涙ながらに抵抗したが、下の口に指を挿れられ散々にこじ開けられているうちにとうとう白状させられた。
「ひゃうっ! あぁ……シンシアに、雄のが生えてたのぉ……」
「…………おい」
「んふぅ……それも、マフォクシーのかキュウコンのみたいなのがぁ……むぎゅっ!?」
 突然頬を掴まれて揉みくちゃに掻き回される。うわぁん、やっぱり怒ったぁ。
「つまり何か、さっき股間に触っていたのはないかどうか探っていたと!? 美火たんってば、一体あたしを何だと思ってたんよ!?」
「むひゃあ、ごめんなさい、ごめんなさぁい!」
 謝ってやっと解放してもらえた、と思ったが、もちろん本番はここからだった。……いろんな意味でここからが本番だった。
「まったく、スケベな持ちポケを持っちまったもんだ」
 シンシアにだけは言われたくなかったが、言われるようなことをしてしまったので文句も言えない。
「持ちポケの期待には、応えざるを得ないねぇ……!」
 滲んだ視界に映ったのは、アクセル全開の悪戯顔。
 何に応えるって、えっ……!?
 と思ったときには左腕を押さえつけられ、引き抜かれていた。
 袖にしまっていた、愛用のステッキを。……っておい、まさかっ!?
「ダ、ダメッ!? 返して……あぁっ!?」
 伸ばした腕の脇を責められて、悶えているうちに、
「はいはい、すぐ返すからねっと。ん……っ」
 シンシアは裸の脚でステッキを跨いだ。
 私のステッキは、先端から少し下に短く枝分かれした突起がある。その突起をシンシアは自分の秘所にはめ込み、持ち手の先を私の火戸へと向けた。
「お望み通り、あたしに雄のが生えたぞ。嬉しいだろ」
「ふええ、私のステッキぃ……!」
「よしよし、今返してやるよ。一緒にニトロチャージで加速しようぜ」
 お伽話の魔女が箒を跨いで空を飛ぶのは、長い箒の柄を男性器に見立てて昂揚するからだという。
 今まさにシンシアは、男性器に見立てた魔女のステッキに跨がって青空のシートカバー上を飛び、私の中へとニトロチャージした。
「んああああぁぁぁぁっ!?」
 いつもシンシアにされてる貝合わせなどとは比べものにならない刺激が、胎内奥深くを掻き回す。
 思わずきつく締めた持ち手から魔力が伝い、シンシアが跨ぐ先端に炎を灯した。
「おほっ、熱いねぇ。こりゃたまらん」
 炙る炎さえ昂りに焼べて、シンシアは腰を突いて私を責め立てた。
 捻り(ツイスト)揺らし(スイング)、タンゴのように情熱的なリズムを刻みながら、トゥインゴのスポーツサスペンションを軋ませ踊らせる。
「アァッ、ダメぇっ!? スピンしちゃう、オーバーヒートしちゃう、エンジンブローしちゃうっ! 私、私もう、クラッシュしちゃうよぉぉぉぉっ!?」
 官能の炎を吹き上げながら、私とシンシアはどこまでも果てしなく暴走していった。

 ●

 海の香りを含んだ深い旨味が頬一杯に広がり、コシの強いパスタを牙で噛みちぎると口の中で暴れる。
「美味しい……この一杯のためだけにでも、ここにきてよかったぁ」
 朝食に取ったベルベル湖名物、海藻のスープパスタは、期待に違わぬ味わいだった。水辺の涼風で冷やされた胃腸に暖かなスープが沁み渡る。
 満足しきって外に出ると、まだ夜は明けていなかった。
 食欲と……まぁ性欲は満たせたとして、三大欲の残るひとつである睡眠欲は果たしてどれだけ満たせたのやら。一応、イくだけイきまくった後に多少眠れはしたらしいが。妙に意識はすっきりしているので、多分大丈夫だとは思うが。
「ちょっとここで待ってな」
 とシンシアは、私とポケファインダーに入ったヴィットを残して隣の建物へ。看板を見ると、中にはコンビニエンスストアなどがあるらしい。
 それほど時間をかけることなく、シンシアは小さな袋を手に扉を出てきた。
「お待たせ。ちょっと散歩しようか」
 駐車場に戻るのかと思えば、シンシアの靴先はまるで逆方向、建物の間を抜けて湖へと下る舗道に向かっている。
「何を買ったの?」
「秘密。後で教えるよ」
 東の空がほのかに白む中、シンシアの後を追いかけて、芝生の間に刻まれたなだらかな下り坂を進む。
 途中で下り階段のある分かれ道があり、階段の先は桟橋になっていて、遊覧船の発着場になっているようだが、冬だからか夜だからか、もしくは伝染病の影響なのか、ロープが張られていて入れなくなっていた。シンシアの足はそちらへは向かわず、公園をまっすぐ奥の方へ下っていく。
 やがて私たちは、公園の最奥部に辿り着いた。サービスエリアが立てられているのは湖に突き出した岬だが、ここはまさしく岬の先端部ということになる。
「ここへ来たかったんだ。美火たんと一緒にね」
 柵で仕切られた最奥部の手前に、小さな門のようなオブジェが建てられていた。
 アーチの上端には、優美な釣り鐘と、それを鳴らすための縄が吊されている。
 その門の手前にプレートが掲げられていて、由来が記されてているのだろうが、字が難しくて私の識字能力では読めなかった。
「読んでいいロトか?」
「頼むわ。照れくさいから」
 促されたヴィットは、プレートをポケファインダーで照らして読み上げた。

「『恋人の聖地・愛の鐘を鳴らしてください』」

 瞬間、烈光が空を灼いた。
 東の地平から現れた陽光が夜の帳を染め変えて、白く、赤く、青く……虹の色彩を描き出す。
 荘厳極まる幻影は、しかし天空だけに止まらなかった。
 朝日に照らし出され、その姿を露わにしたベルベル湖。
 細波に揺れるその湖面が、鏡のように錦空を写し、視界一杯に華々しい虹色を広げていく。
 何という神秘的な光景。そしてそれを成した水面の、何と明るく澄んでいることか。
〝クレール〟
 この優美な水辺に憧れて、そこへ続く道路にその名を冠した人たちの気持ちが、心から理解できた。*7

「『この地を訪れるすべての恋人たちに、この地に触れることにより湧き上がる感動と、出会うことの素晴らしさ、そして幸せを築いていく素晴らしさを伝えるため、この地を〝恋人の聖地〟として認定いたします。おふたりの出会いを祝福し、幸せな将来をお祈りいたします』……そう書いてありますロト」

 そうか。
 だから、あれほどまでに激しく睦合う者たちが、この駐車場に集ってきていたんだ。
 大好きな相手と、この感動を分かち合うために。
「美火たん、これ」
 小袋から取り出されたのは、金色に輝くハート型の錠前。
 よく周りを見渡すと、周囲の柵に同じものがたくさん括りつけられていた。
「ふたりの絆を永遠に繋ぐっておまじないだよ。一緒にかけようね」
 柵にかけた錠前をふたりで閉じて、背面の鍵を回し引き抜いた。触れ合った手が、火を噴きそうに熱かった。
 ふと背後を振り返ると、駐車場から通路を伝って、連れだったカップルらしい者たちが次々と下りてくる。
「今朝の一番乗り、なのかな」
「そうだね。さぁ。あたしたちの鐘の音を、みんなに聞かせてあげよう」
 虹色が踊る景色を背景に、シンシアとふたり寄り添い、一緒に綱を掴んで高らかに愛の鐘を打ち鳴らす。
 ヴィットが私たちの周囲を飛び交い、何度も何度もシャッターを切った。
 後で見せてもらった写真には、種族が違おうと性別が同じだろうと、誰よりも幸せそうなカップルが肩を並べて微笑みを寄せ合う姿が写し出されていた。

 ●

「ちょっと長居しちゃったかな」
「大丈夫、クルベットタウンでカレーパンを買っても、まだ大会の時間には充分間に合うロトよ」
「よっしゃ、スタートから全速で飛ばしていくぞぉっ!」
 トゥインゴのエンジンに火を入れ、駐車場を出発。
 細く弧を描く下り坂で徐々に加速し、本線への合流車線へ。湖を越えた向こうの岬に大観覧車の影が見える。
 本線の流れへと乗るべく、私は助手席でステッキを振り上げた。
「ニトロチャージ!!」
 一夜を過ごした思い出の場所が、一気に後方へ流れていく。
 昇ったばかりの朝日が眩しく輝く方角へ、ターボの咆哮を奏でながらトゥインゴは走り出した。
 目指すキナンシティは、まだまだ遙か彼方だ。

 ●完●


*1 モデルはフランスの高速道路で、パリ=リヨンを結ぶA6、リヨン=マルセイユを結ぶA7、A7の途中にあるランソン・プロヴァンスからモナコ辺りまでを結ぶA8を合わせたもの。A6とA7を合わせてオートルート・デュ・ソレイユと呼ばれている。
*2 本作ではキナンシティをモナコの位置にあると想定している。キナンのモデルはリヨンという説も有力だが、それだと位置がかなり北なため。
*3 セグメントは欧州における車のボディサイズ区分。Aは全長3,8m以下、全幅1,68m以下で、後席を簡易席とする最小の分類。日本で言う軽自動車に当たるが、排気量などの明確な基準はない。
*4 ゲームでも特定のバッジなどがなければ、空を飛ぶを移動手段で使うことはできない。
*5 名称と位置はフランスのプロヴァンスにあるベール湖がモデル。
*6 位置的にはベール・レタン市。かなり北に行ったところに、オートルート・デュ・ソレイユのランソン・プロヴァンスサービスエリアがある。
*7 元ネタであるオートルート・デュ・ソレイユ=太陽高速道路も、パリから南国マルセイユの太陽を求めて名付けられている。

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Last-modified: 2021-01-02 (土) 23:58:05
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