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月華とクロハ

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月華とクロハ

作:天波 八次浪

R18 エンニュート×ヤトウモリ×人間

 溶岩が私たちを引き裂いた。
 灼熱の絨毯を挟んで、炸裂する火山弾を避けて、私たちは生き残るために走った。



 音もなく。否、致命的に苦しい音がした筈だ。けれどもそれは火山の鳴動と地を焼く溶岩に掻き消されて、赤熱の川に呑まれた。クロハの安住の巣、月華との絆。朱塗りのモンスターボールはこの世から消滅した。



 灰が降る。静けさを取り戻した火山の山腹で、クロハは変わり果てた景色を見渡す。慣れ親しんだ叢は燃え尽きてぶすぶすと煙を上げる生まれたての地面が広がっている。ヒトの痕跡は打ち壊されて、あんなに濃厚だった生き物の匂いは焼けた岩の匂いに塗り替えられていた。
 風が泣いている。クロハの代弁のように悲しげに。湿気が押し寄せ、黒雲が迫る。
 クロハが洞窟に逃れた直後、雨が地面を叩きつけた。容赦のない豪雨。
 洞窟の中には先客が居た。光る幾つもの細い眼が二つずつ瞬く。闇に溶ける黒い頭。首の後ろでぱたぱたと動く鰓。のっぺりした灰色の体に、緋の模様。クロハの幼い頃と同じ姿。ヤトウモリの群れが、彼らから進化して二倍の大きさをもつエンニュートのクロハを見つめている。
 その眼差しは警戒ではなく、崇拝。
 クロハの中で、本能が目覚めた。
 どう振る舞えばいいのかは生まれる前から知っていた。
 ヤトウモリを率いる女王となったクロハは、灰降る山腹でナワバリの環境を整えて棲家としていった。鋭く研ぎ澄まされた日々の中で、月華と過ごした安らぎの日々の記憶が遠く薄れていく。
 噴火が収まり山腹には人の姿が見えるようになった。けれど、遠くから懐かしそうに人々を眺めるクロハが人に近付くことは無かった。



 あの時、どうして離れてしまったのか……。何百回も繰り返した問い。
 月華とクロハはいつも一緒だった。この山の麓で月華の投げたボールをつんとつついてそのまま吸い込まれたヤトウモリを、クロハと名付けてから、ずっと。
 火山弾を避けて休憩所に逃げ込んだ時。此処に居ていいのか移動しないと拙いのか誰にも判断がつかず、怯える月華に代わってクロハが山の様子を見に行った。
 そして……迫りくる溶岩の両岸に取り残された。
 どうしてクロハをボールに入れておかなかったのか。
 それは……私がクロハを守ろうとはせずに、クロハに護って貰おうとしたからだ。
 月華の頬を悔恨の涙が伝う。何百回も繰り返した後悔。
 入山規制が解かれるまで、何千年も経ってしまったように月華には感じられた。
 草が芽吹き、繁茂し始めてもかつての姿とは変わり果てたままの山腹に、月華は再び足を踏み入れた。
 ひとりきりで、獣避けのスプレーを頼りに。
 エンニュートは体が大きく、直立した腹には鮮やかな模様がある。見れば一目でわかる筈、だが。
 クロハの姿はどこにも無かった。



 荒れ狂う灼熱の溶岩を胸中に抱えて、涼し気な眼で。クロハは遠くからその人間を見詰めている。
 月華。
 二つの相反する衝動に引き裂かれそうになっている。
 月華に飛びついて甘えたい衝動と、人間を避けて今すぐに逃げ出したい衝動と。
 その時。
 月華の目が、クロハを映す。
 クロハ、と唇が動く。
 クロハは……尾を翻して駆け出した。洞窟に向かって。蘇りかけた過去の匂いに背を向けて。懸命に。
 この季節の使命感がクロハを満たしていた。仲間を捨てて月華の元に戻ることなど、できない。
 洞窟でぱたぱたと鰓を羽ばたかせて迎えたヤトウモリを、クロハは組み敷く。喜んで声を上げて、ヤトウモリは勃起した性器をクロハの中に滑り込ませる。
 交尾を待つヤトウモリが緋の模様を鮮やかに浮き上がらせてクロハを囲む。
 くんずほぐれつ、交尾の順序を巡って喧嘩が始まる。
 心地よさそうに開いた口から火の粉を散らして射精したヤトウモリを押し退けて、クロハは潜り込んできた次のヤトウモリを組み敷いた。
 胸を甘く締め付ける月華の気配を振り払うかのように、クロハは腹にヤトウモリの精液を呑み続ける。



 雨の中、近付いてくる足音。
 洞窟に足を踏み入れた気配は、人間の……響く息遣いがクロハの胸を締め付け、ざわつかせる。
 ヤトウモリたちが威嚇する。その勇ましく荒々しい気配に、クロハは戦慄して駆け出した。
 シュッ、と叱咤するとヤトウモリたちは次々と岩陰に隠れる。
 対峙するエンニュート、クロハと……びしょ濡れの人間、月華。
「クロハ」
 この声。湿って、春を迎えた泉のようにとめどなく愛しさを溢れさせる切ない月華の震え声。
 クロハは……月華の頬に口先を触れさせた。肩に顎を乗せてひしと抱き付く。止まらない。堰を切ったように慕情が溢れて、壊れそうに体の中が痛む。
 ぎゅ、とクロハを濡れた腕で抱き締めて、月華は囁く。
「クロハ、逢いたかった」
 クロハの熱で月華の服が乾いていく。
「ごめんね、クロハ」
 月華の匂いに包まれて陶然としていたクロハは、続く言葉に正気に戻る。
「もう二度と離さないから。帰ろう」
 月華の手を掴んだクロハは、その手に握られたモンスターボールを尻尾で弾き飛ばす。
「クロハ……?」
 戸惑う月華を……地面に押さえつけ、組み敷いて、クロハは焦燥する。体を満たす懐かしい安堵、月華の匂い。もう二度と月華から離れたくない、でも月華と共にここを去ることなんかできない。
 こんな苦しい思いをさせる月華を、噛み合わなくなってしまった月華を……ヤトウモリたちを前にした時と似た、けれど遥かに切実な、焦げるような想いがクロハを衝き動かす。
 口の先を月華の唇に触れさせると、月華は安心したように僅かに唇を開く。そこに舌を滑り込ませる。月華は抗わずに目を細めて、チロチロと口の中をまさぐるクロハの二又の舌に柔らかく舌を擦り寄せる。
 人間の中に、発情期のエンニュートが分泌する薄めた毒が流し込まれる。
 こくん。と、月華がクロハの毒を飲み込む。
 月華の指とクロハの指が絡む。
 月華の吐息が熱を帯びてくる。体から汗が噴き出す。
 クロハは月華の被覆を剥いでいった。
 はあ、はあ、と息を吐く月華の汗に濡れて火照った肌が表れる。
「うぅ、クロハ……」
 困惑したように、毒で朦朧とした月華が鳴く。
 クロハは裸に剥いた月華を再び抱き締める。ぴったりと合わさった腹部から滲む毒が、月華の肌に染み込んでいく。
「熱い、クロハ……」
 吐息と共に月華は囁く。力ない腕がクロハの背に回されて縋るように抱き締める。
 顎を月華の背に当てて、クロハは滝のように流れゆく月華の汗を舐める。
「あ……」
 心地よさげに月華が体を反らしてクロハの胸との隙間を塞ぎ、息を吐く。
「クロハ、あったかい……」
 クロハは胸中の焦燥が納まっていくのを、代わりに月華の温かさで満たされていくのを、じんわりと感じていた。
「クロハも寂しかったんだね、私も……すごく寂しかった」
 月華が囁く。
「だから、こうしてくれてすごく嬉しい……頼ってばかりでごめん。急にボールに入れようとしてごめん、クロハ。クロハはここで生きてきたんだよね」
 辛そうに、月華は続ける。
「離れたくない。でも、私は……もう、クロハから……離れる、しか、ない……のかな……」
 ボールを弾き飛ばされて、何故、と思った瞬間に気付いた。ヤトウモリたちがクロハを慕い従っている様。此処はクロハの大切な居場所なのだと。
 人間の私は身を引く他に方法は無いのか、と月華は狂おしく考える。クロハとヤトウモリたちの生活を壊すか、私とクロハが一緒に居ることを諦めるか、ひとつしか選べない。でも、どちらも月華には耐えられない。
 この瞬間が終わらずに、永遠に続いて欲しい。月華はクロハの肌に縋りつく。毒に浸された夢の中のような酩酊感。霞が掛かった視界。熱く鮮やかに肌と擦り合わせられる心地よいクロハの表皮。
 今までこんな触れ合い方をしたことは無かった。これはクロハの決別の儀式なのだと、月華は思う。クロハも私を大切に思ってくれている。そして、私を切り離す前に、思い出に刻み込んでいるのだと……。
 だが、クロハはもっと冷静に月華の体の変化を感じ取っていた。
 漂ってくる発情した雌の匂い。
 クロハは月華と離れるつもりも、発情期のヤトウモリたちと別れるつもりも無かった。
 興味深げに覗き込んでいるヤトウモリに尾を上げて生殖口を晒し、交尾を促す声で誘う。
 飛び付いて生殖器を勃たせたヤトウモリを掴んで、月華の熱い生殖唇に押し付ける。
「クロハ……っ!? んっ……」
 戸惑い身を捩る月華の口に舌を挿しこみ、毒を流し込む。
 同じくとまどってじたばたと暴れるヤトウモリの生殖器を摘んで月華のぬるぬると光る割れ目にあてがい、押し込む。
「ひんっ」
 慣れない感触にヤトウモリが鳴く。けれど、すぐにくいっくいっと腰を押し付けて射精の準備に入る。
「んぅうっ……んくぅ……っ!」
 入ってる、ヤトウモリのおちんちんが……自分で触れたこともなかった体の中の確かな異物感に、ぼやけた頭の中で月華は戦慄する。クロハに口を、ヤトウモリにお股を、犯されている……。
 太腿の付け根に突かれたヤトウモリの小さな手、下腹にぴったりとついて律動を続ける柔らかなお腹。ヤトウモリの小さな性器で痛みのない傷口を抉られるお股の感触。力は入らないのに、肌の感覚だけが鮮やかに刻み込まれる。熱く口内を蹂躙して絡む舌を痺れさせるクロハの細い舌。
 ぬちゃ、ぬちゃ、と淫靡な音が洞窟に響く。
 クロハは空いた生殖口に、次のヤトウモリを呼んで挿入を促す。
 どうして、クロハ……。と月華が絡みつくクロハの舌に舌を絞られながら息だけで囁く。
 クロハの毒が月華の意識を蕩けさせていく。
 びくっびくっとヤトウモリが震えて、炎を孕んだ腹から放たれた熱い精液が月華の中をじわりと侵す。
「んはぁ……あ……」
 ぞわぞわと広がる熱い異物感に、月華が腰を上げて仰け反る。
 ぽとりとヤトウモリが地面に落ちて、ふぅ、と息を吐いて離れる。
 犯されたんだ、ヤトウモリに……月華は呑み込めないままに、お腹の中に残る熱くべちゃりとした異物感を痺れた頭で認識する。
 クロハが誘うように鳴く。寄ってきたヤトウモリを掴んで月華の股にあてがい、交尾させる。
「あ……」
 噛み締める間もなく、また小さな性器がお股に入ってくる。これは罰だ、と月華は思う。クロハを守ろうとしなかった、この身を切る孤独を味わわせて厳しい場所に放り出した罰が与えられているんだ、と。
 雨は降り続く。
 洞窟の中で、群れ集ったヤトウモリたちと月華とクロハの異様な交尾は続く。



 月華が自分のエンニュートを探していることは、麓のポケモンセンターの職員たちも、山腹を根城にしている山男たちも知っていた。
 月華が戻らなくなって、月華を知る人々はこう思った。エンニュートが見付かって、もしくは諦めて、旅立って行ったのだろう、と。
 月華を探す者は誰も居なかった。
 クロハたちの洞窟は山道から離れた叢の中にあり、通る人など無く。月華は誰にも見付けられることなく、洞窟に囚われ続ける。
 毒に浸されヤトウモリに犯され続けて、生殖器をお股に埋められ掻き回される異物感が熱い疼きに、そして痺れる気持ち良さに代わっていった月華の甘いあえぎ声を聞く人間は、何処にもいなかった。



 豊潤な匂い。口元に添えられた木の実を月華は舌を出して引き込み、咀嚼する。
 見下ろすクロハの針のような瞳。
 クロハに飼われているみたい、と月華は思う。その考えはゾクゾクするほど心地好く月華を満たす。
 薄暗い洞窟の中で、微かに差し込む光と流れ込んでくる霧と寒暖で、あれから二日が経ったとわかる。
 陵辱が止んで、毒が薄れて、起き上がって傷心で洞窟を出ようとして、立ち塞がったクロハにまた毒を注ぎ込まれてヤトウモリたちに犯されて……月華は理解した。
 帰らなくていい、立ち去る必要はないんだ、と。
 私はクロハの主にはなれなかった。けれど、クロハのものになれるなら……ちくちくと胸が痛んで、温かく幸せが染み込んでくる。クロハの表皮にくちづけて、染み出てくる毒のつんとした匂いを喉いっぱいに吸い込んで、囁く。
「クロハ、大好き……」
 ぺたぺたとヤトウモリの手が太腿に触れる。緋の模様の尻尾を上げて、細い眼が月華を見上げる。
 月華は脚を開いた。ヤトウモリはすっかり慣れた仕草で下腹を押し付けて、生殖器を月華のお股に挿し込むとぐりぐりと柔らかな内壁を味わい尽くすように抉り込む。
 月華は目を細めて微かに吐息を乱す。
 トレーナーとして、人として、あってはならない姿。ふっ、と月華は苦笑する。クロハと一緒に居られることに比べたら、なんて軽い押し付けだろう。
 私はこのままでいいから、と月華は切実に願う。どうかずっと、誰も気付かないで。クロハと居させて……。
 山は未だ煙を吐き、訪れる人を遠ざけて、月華とクロハとヤトウモリたちの淫靡な日々を護り続ける。



 あれから五日が経った。
 交尾に加わるヤトウモリたちが減っていることに、月華は気付いた。群れのヤトウモリたちの数も、少なくなっている。
 クロハは夜な夜などこかへ出掛けて、疲れて帰ってくる。
 おとなしくヤトウモリたちと待っている月華にはクロハとの愛撫で染み込む以上の毒は与えられていなかったので、体は動く。
 後を追おうとしたら威嚇され、跡をつけようとしたら木の上から飛び掛かったクロハにまた動けなくなるまで毒を流し込まれた。
 クロハと肌を重ねていた時、不意に気付く。出て行く前は心配になるくらい張っていたクロハのお腹が、少し治まっている。
「クロハ」
 月華はクロハのお腹を撫でて、針の目を見詰めて問う。
「卵を産みに行っているの?」
 針の目が瞬きして、ぱたぱたとクロハは尻尾を∞の形に蠢かせる。
 掌を当てたクロハのお腹の中が、もぞりと動いた。
 月華は瞬きして、衝撃に似た感慨に息をひそめて浸る。
 この中に、クロハの赤ちゃんがいる。
 分厚い殻に罅が入るように、蕩けていた月華の意識が冴え渡っていく。
 きゅ、と唇を引き結んで、月華は強く思う。
 クロハを守らなきゃ。



 服を身に着けて洞窟の外へと歩いていく月華の前に、クロハが立ち塞がる。針の眼が月華を見詰めて、顎に指を掛ける。クロハの口の先が月華の唇に触れる。
 毒のくちづけは月華を離さないという意思。今だって受け容れたくて堪らない。けれど、月華は唇を固く閉じて拒み、クロハの手に指を絡める。
 息が交わる静かな時。クロハは毒霧を吐いて月華を足止めすることもできる。
 クロハは口の先を離して、じっと月華の目を見詰める。
 月華は洞窟の外を向いて、クロハの手を引く。
 風が灰を散らして、草原の草が揺れていた。
 久し振りの空、外の空気。風に交じる微かな硫黄の匂い。山は煙を吐き続けている。月華は深呼吸して、クロハに微笑む。クロハも空気を吸い込んで、顎を上げて空を見上げる。
 固く手を繋いで、月華とクロハは草の中を歩く。道すがら、月華は木の実や山菜を摘み取って鞄に入れる。
 山道に近付くと、クロハが立ち止まって手を引く。月華は頷いて、クロハの先導に委ねて人の道から離れる。
 洞窟の前で、月華は小鍋を取り出す。クロハの目が輝く。四つん這いになって尻尾を揺らし、固形燃料に小さく火を吐きつける。
 月華は久し振りに起動した端末でレシピを確認して、採ってきた木の実や山菜を鍋に入れていく。幾つかはまずクロハの口の前にかざす。要領を得たクロハが火で炙る。
 以前と変わらぬ時。香ばしい匂いが漂い、ヤトウモリたちが集まってくる。交尾期を終えて洞窟からは姿を消した後は、近くの叢で暮らしているらしい。
「困ったな、そんなに沢山は無いんだけど」
 月華が呟くと、クロハが睨みをきかせる。
 取り囲むヤトウモリたちの円がぱっと広がる。
「できたよ、クロハ」
 焼き上がった香ばしい煎餅をまだ熱い鍋の底から剥がして、クロハは嬉しそうに囓りつく。ぱりっばりっと飛び散る欠片を、素早いヤトウモリが掠め取って食べる。何匹かはクロハの尻尾ではたかれてキャアと小さく悲鳴を上げる。
 夢中になって食べていたクロハは、最後のひとかけを月華の口に押し込む。
「むぐ、ありがと」
 人間用じゃないなぁ、と思いながら月華はクロハに言う。
「私にも食べ物は集められるからね。クロハは休んでいていいんだよ?」
 クロハは鍋を両手で持って底を舐めながら、針の目を細めて月華を見る。
 その後もクロハが月華をひとりで出歩かせることは無かったけれど、ふたりで集めた食べ物を月華の調理で食べるようになった。



 洞窟から最後のヤトウモリを追い出した夜、クロハは月華を最奥部に連れて行った。
 抱き合って眠った深夜。クロハの苦しげな息遣いで月華は目を覚ます。這いつくばって腰を浮かせたクロハの生殖口から、腹の鮮やかな模様を透けた火の発光に照らされて、ぬるりと光る羊膜が覗いている。
 月華は息を呑み、クロハと目を合わせたまま、そっと背に触れる。クロハが歯を剥き出して顔を顰める。クロハの呼吸に合わせてゆっくりとさすると、クロハはしゅうと息を吐いて心地好さそうに目を細める。
 と、クロハがひときわ高く腰を上げて、丸まるように頭を脚の間に入れる。ひくっとえづくように喉が痙攣して、ごぼっと苦しげな嘔吐の音。
「……っ、クロハ……」
 月華は歯を食いしばって、強いて緩やかにクロハをさする。
 糸を引く白い吐瀉物が、羊膜に掛かる。クロハはそこに地面の砂や泥を塗り付ける。赤黒い模様の殻が出来ていく。
 づるん、と粘液に塗れた膜がクロハの生殖口から落ち切る。
 中に目を閉じた小さなヤトウモリの胎児がうっすらと見える。
 ごぼり、とクロハは白い吐瀉物を吐き掛けて、器用に卵の殻を作っていく。
 かはっ、かはっ、とクロハが咳き込む。
 月華が水筒を開けてクロハの口元に差し出すと、噛み砕かんばかりの必死さでクロハは水を飲み干す。そして地面に喉をつけてぐったりと倒れ伏した。
 後ろ足と尻尾で、産んだばかりの卵を抱えて。
「クロハ。お疲れさま……」
 月華が背を撫でると、クロハは安らかな寝息を立て始める。
 こんな凄まじいことを、クロハは毎晩ひとりでやっていた……月華は胸を締め付けられる。
 恐らくいつもはこのあと、卵を安全な場所に隠している。
 月華はクロハと卵に寄り添って、眠らずに朝を待った。



 朝の光が差し込んで、クロハが起きる気配と共に月華は眠りに落ちる。
 そして目覚めた時、クロハが産んだ卵は、月華の腕の中にあった。すぐ傍に開いて漁られた跡のある鞄と、モンスターボールが幾つも転がっている。
 月華は座って卵を膝に抱えると、転がるボールを拾い上げて首を傾げる。
 クロハが戻ってくる。ボールを握る月華の手を掴んで、こん、と卵に当て、あれ? と言うように首を捻る。
 月華は瞬きしてクロハを見上げ、モンスターボールを開けると、卵に近づけ……クロハの針の眼に促されて、卵をボールに納める。
 クロハにとっての安全な場所のひとつは、ボールの中……。
 ふぅう、と月華は息を吐く。
 続いてクロハは、転がるボールの幾つかを手に取って矯めつ眇めつ選定すると、黒地に金のゴージャスボールを月華に握らせ、コンコン、と叩く。
「え……え、これ」
 クロハは針の目を細めると、僅かに口を開けて促す。
 月華はゆっくりと瞬きして、カチ、とゴージャスボールの開閉スイッチを押した。
 くるん、とクロハが滑り込む。
 中で丸まったクロハは、尾に顎を乗せて安らかに目を閉じる。
「クロハ」
 月華はボールの中のクロハに語りかける。
「また私と旅をしてくれるの?」
 クロハの尻尾の先が小さく上下する。
 洞窟を出て、灰の降る草原を行く。
 叢からヤトウモリたちの鳴き声が聞こえる。
 山道に入っても、山を降りて街に入っても。クロハはボールの中でチラチラと目を開けて、歩く月華の振動に身を委ねていた。



「あ、久し振り! ……その顔は何かいい事があったね?」
 麓の街で顔見知りの店員に声を掛けられた月華は、頷いて
「見付かりました」
 とボールに触れて微笑み返す。
「エンニュート、見付かったの!?」
「ええ!」
「よかったー!!! それはよかった、おめでとう! おめでとう!」
 落ち込んだ姿を長い間見せてしまっていたせいか、店員は我が事のように喜んでくれる。
「ね、ね、勝負しない?」
「えー、と」
 ボールに触れると、中からクロハがガタガタと揺らして早く出せと急かす。
「いいですよ」
「よっしゃ、燃えてきたー!」
 クロハがボールから飛び出して、四つん這いで尻尾を大きく振って楽しげに咆哮する。きゅおおおおっ!
 店員がボールを掲げる。
「マイ・フェア・アブリーっ!」
 数秒後。
「のぉおおおおお!」 
 煤けて毒で青ざめたアブリーが戻ったボールを抱えて店員が絶叫する。
「前にも全く同じ展開で勝ったような……」
「いーや、あの時よりも断然息が合っていたよ!」
 びしっと月華を指差して店員が言う。
「そのまま山籠りして修行でもしてたのかと思ったよ!」
「あぁ……そうかもしれません、ね」
「やっぱりー! 僕もしようかなぁ山籠り」
「今はやめといた方がいいです」
「そうだねー。なんでもひとつ半額にするから買って行って」
「ありがとう、お言葉に甘えます」
 あの空白の苦痛と淫蕩の日々が嘘のように、月華とクロハは元の旅の生活に戻っていた……否。それ以上に緊密に。以前の日々とは歴然と、ふたりの関係は変わっていた。



 宿の部屋に施錠して、賑わう窓の下の通りを一瞥してカーテンを閉める。
 とく、とく、と月華の胸の中で心臓が熱く鼓動している。顔が熱い。体がじんわりと火照ってくる。
 ベッドの上にクロハが座っている。片足を投げ出して、優美な尻尾の曲線をシーツの上に置いて。静かな佇まい。炎を孕んだ胸の模様から毒液が滲んでぬるりと光る。
 昂然と顎を上げて、瞼を緩めた針の眼で月華を誘う。
 月華は熱く拍打つ胸の前で、服のボタンを外していく。眼はクロハに吸い寄せられたまま。ぱさ、と床に脱ぎ捨てられた服が落ちる。
「クロハ、好き……」
 一糸纏わぬ姿の月華がクロハと肌を擦り合わせる。吐息が交差する。
 人間の発情期に終わりは無いとクロハが気付くのはまだ暫く後の事になる。
 クロハは月華の敏感な箇所を刺激して悦ばせてやる。月華の甘い鳴き声が耳に心地好い。月華を組み伏せて鳴かせる時の、胸をすくような快感。人間の巣の中でも、ヤトウモリたちを率いていた時のような誇り高い闘志が滾る。
「クロハ、きれい……」
 クロハの鮮やかな腹の模様を撫でて、月華がうっとりと言う。
 私の愛しい月華。クロハは月華の熱い肌に舌を這わせてびっしりとかいた汗を舐める。
「あぁ……クロハ、あったかい……」
 恍惚と月華が囁く。
 熱い汗と毒液を散らしてふたりは人知れず絡み合う。
 鞄の中では、ボールに納まった卵が静かに脈打っている。
 月華とクロハの旅は続く。



(2020.07.15)


「読了」などとコメントくださると喜んで転げ回ります。

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Last-modified: 2020-07-29 (水) 23:38:59
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