ポケモン小説wiki
月光不届

/月光不届

              !注意!

特にこのwikiの住人の皆様において最も重要である(と思われる)部分が非常に安っぽい文章となっております。イメージとしては二十日三十日の夕方特売で。
2
作者は変態です。ブラッキーに飴細工プレイ  をさせています。


おkな方のみスクロールどうぞ。



路地の樹木の色付いた葉も散り、道行く人が皆防寒具で多少なりとも着膨れするようになったころ。
僕は、いつもの如く一匹で餌を探すためにこの町中を歩き回っていた。
そうだよ。物心ついていくらか後に、人間に棄てられたのさ。おまけにエーフィの僕には絶対的に余計な技まで覚えさせられてね。
でも、この腕っ節で他のポケモンから餌を奪ったり、人間を襲ったりして今まで命をつないできた。……仕方ないじゃないか。僕が生きるためだもの。餌の有り余っているような豊かな土地にはたどり着かなかったもの。

今日も、今日こそ餌を探さなきゃいけない。かれこれ10日近く何も食べていない。空腹感は治まっているけど、いきなり身体が動かなくなるようなことがあると困るから。
にしても何を考えてこの町はつくってあるんだろうね? この周りを朱いレンガ塀に囲まれて、そのレンガ塀がわざわざ計算して建てたようにエーフィにはちょうど向こう側を覗くことが出来ない高さで、それが限りなく続いている。

あれ? さっきはこっちに曲がったっけ? ならこっち。

ん? おかしいな? 前も通ったような……

おかしい。絶対にさっきも通った。おかげで余計なエネルギーを使ったよ。
……で、どうしよう。完全に迷った。前を見ても朱レンガの迷路。振り返っても朱レンガの迷路。左右は壁。早速万事休すなのかい!?



氷点下の北風が吹き、毎年恒例のニンゲンサマのバカ騒ぎの準備として、町中至る所がイルミネーションで彩られる頃。
俺はいつも通りレンガ塀をつくったときにあまったレンガが山と積まれている所に座っていた。一匹で。
物心ついた時には既に自分一匹だったが、何故か“どくどく”が使えるので自分か親類かがニンゲンに飼われていたのだろう。

あ゛ー、何もする気が起きない。いい加減腹が減りすぎた。これまで何度も空腹に悩まされてきたが、これは減りすぎだ。

朱いレンガの山の上で、天(もとい太陽)の恵み、放射熱と、レンガからの反射熱、そしてレンガが吸収した熱とを一身に受けている。……そうでないと寒いから。何かする気は相変わらず起きない。

なんとなくぼんやりと空を流れていく雲と、侵入者を拒まず逃がさないレンガ塀の迷路を眺めていると、同じ所に一定の時間間隔で現れる朱の中で意外と目立つ薄紫色の物体が目にとまった。
エーフィ? この町では初めて見るな?
まあ、この迷路はこの町に来て間もないか、それとも長いことこの町にいるのかを試しているようなものだ。来て間もないなら何度も同じ場所に出る。長いこといるのなら抜けられる。思い通りの出口に抜けられるようになるには一年近くかかる。俺は抜けられるけどな。

……来て間もないらしい。もう同じ場所を通ること合計5回以上になる。そろそろ助けてやるか。
「おい、そこの……。そこのエーフィ」
声は聞こえれども肝心の俺が見つからないらしく、辺りを見回している。
あーあ、何で真上にいるのに気付かないかなあ。
「上だよ、上」
ようやく見つけたか。目が合った。
エーフィは基本雄だか雌だか判りにくい。
額の宝玉の美しさが、ただでさえ高いエスパー能力がさらに秀でていることを象徴し、とても澄んだ蒼い瞳に、雌の中でも上位に入る可愛い顔をしているが、筋骨隆々加減が雌のレヴェルでは無いので、雄だろう。
「迷ったな……」
「迷いました迷いました」
完全肯定。これで迷っていないと言う方がおかしいか。
「ついてきな。大通りまで出れば大丈夫だろ」



「おい、そこの……。そこのエーフィ」
迷える子羊に、救いの手がさしのべられた。
が、声はすれども姿は見えず。どこなのさ?
後? 違う。
右? レンガ塀。
左? ……もレンガ塀。
前? やっぱりいない。
「上だよ、上」
いつまで経っても見つけない僕に呆れたのか、それとも普通にもどかしかったのか、う・えと強調気味で僕に居場所を教えてくれた。
一匹のアブソルが真上から僕を見下ろしていた。
真白な毛にはツヤが無く、スモッグとホコリで薄く赤茶色に汚れ、身体は全体的に痩せていて、頼りない。トレードマークの鎌も、特有の鋭利さが無かった。
「迷ったな……」
「迷いました迷いました」
僕が迷ったことを知っていたならさっさと助けてくれればいいのに。
「ついてきな。大通りまで出れば大丈夫だろ」
まさに地獄で仏。アブソルは僕の前に降り立った。どうも誘導してくれるらしい。僕は後をついていく。



あれ? いつの間にか僕がアブソルの前を歩いていないかい? 誘導する気あるの?
せっかく、地獄で出会った仏にこんなこと言っちゃ失礼だね。前言撤回。
「速いんだよ……」
彼が文句を漏らす。君が遅すぎるんだよ……
仕方がないから頭だけ後ろに向けた状態で、彼の指示を仰ぎながら前へ進む。
これじゃどっちが誘導しているのかわかったもんじゃない。

「……名前は? 俺は見ての通りしがない野良ポケモンだからそんなものは無いけどな。お前はどうも人間に育て上げられたように見える」
前触れなしの自己紹介の要求。その間にも僕はずんずんと後ろを向きながら前へ。
名前の次は何だろうね? 年齢とか?
あらかじめ予想される質問に対しての返答を用意して、彼に答える。
「僕はアポロ」
「ふーん……それなりにあった名前じゃないか。野生……てなことはないな……」
御名答。僕をちょっと見ただけで其処まで分かるだなんて、すごいね。ちゃんと性別も当てて欲しいんだけど、それは望みすぎだろう。
「で、トレーナーは?」
「残念でした。僕は捨てられた野良ポケモンさ。もう10日も何も食べてないから、さっさとこの迷路路地を抜けたいんだけど」
「10日か……。甘いな、俺はさらに3日ほど長く飯にありつけていない」
威張る程のことではない。
そもそも張り合うつもりだって微塵もないので、ここはスルーしておく。
「どうでもいいけど、まだ出られないの?」
「あー、ひとまずそこを左だ」
言われるがままに、顔をアブソルに向けたまま、迷路を左に。
「うっぷ」
「きゃっ」
顔をアブソルに向けたままというのがいけなかった。細い悲鳴を伴う、なにか柔らかい物体と衝突。
明らかに前方不注意なので、こちらに非はある。むこうも不注意ならお互い様。



ん? いつの間にか俺がエーフィの後ろを歩いていないか? これでは誘導として失格だ。本職ではないが。
……俺が遅すぎるのか。元々俺の場合種族的にも個体的にも低い能力が、極度の空腹という極上の状態の下で、さらに磨きのかかった低能力となり……やめよう。涙出てきた。
これが成長の限界なのだよ……。
「速いんだよ……」
文句を言っても、こちらに顔を向けるのみ。

「……名前は? 俺は見ての通りしがない野良ポケモンだからそんなものは無いけどな。お前はどうも人間に育て上げられたように見える」
能力が驚くほど低い、腹を限界近くまで減らした、みじめな野良ポケモンなのでな。
「僕はアポロ」
アポロ……ギリシア神話のとにかくいろんなことのの神。母親は大神の愛を受けたが、その妻の嫉妬のおかげで双子の兄弟を田舎島で出産。その後は立派に成長して大蛇を殺したり神のお告げを自分のものにしたりナントカという英雄と勝負したり恋多き美しい青年であったり太陽と同一視されたり……とにかくスゴイ神様なのである。
え? なんでたかが野良ポケモンの俺がそんなことを知っているのかって?
それは俺の唯一と呼べる、あるポケモンが関わっていて……とにかく教わったのだよ!
見た目だけでも美しい、強い、雄であるが揃っているので、まさに直球ド真ん中ストライクなネーミングセンスじゃないか。
「ふーん……まあ、それなりにあった名前じゃないか。野生……てなことはないな……」
あの鍛え方と名前は明らかに人為的なものだろう。
「で、トレーナーは?」
「残念でした。僕は捨てられた野良ポケモンさ。もう10日も何も食べてないから、さっさとこの迷路路地を抜けたいんだけど」
ということは俺の仮定は正解だったわけだ。
「10日か……。甘いな、俺はさらに3日ほど長く飯にありつけていない」
一度極度の空腹になるとそのまま負のスパイラルに嵌っていくので、この記録はまだ伸びる……だろう。のびて嬉しい記録では無い。できれば今すぐに止めたい記録だ。
「どうでもいいけど、まだ出られないの?」
「あー、ひとまずそこを左だ」
言われるがままに、顔を俺に向けたまま、迷路を左に。
「うっぷ」
「きゃっ」
どうも何か喋ることの出来るものとぶつかったらしい。
一つだけ心当たりがある。俺の唯一の友達にして、暇があれば喋りに来、空腹レヴェルがMAXを超えたときに助けて貰うこと数え切れない……雌のブラッキー。(俺にプライドはない)
毎日毎日律儀に規則的にこの時間に俺の所へ来るのだぐぁ……

   路地を、左に曲がると、そこは、恋愛小説のワンシーンのような光景だった。

痛そうに頭を抱えて丸くなっている見覚えのあるフェロモンむんむんの美形…よりは可愛い系な漆黒の体毛に身を包む、タイプが悪などとはこれっぽっちも感じさせない(可愛さは正義理論)雌ブラッキーに、それに心配そうに寄り添うこれまたフェロモンを撒き散らす今一部で人気沸騰中の雌のような外見をした雄(雌の可愛い系と雄の可愛い系の顔のパーツは同じですよ理論)の、ブラッキーとは対になる存在のエーフィ。

そこだけ異空間であり、後光が差し、今にも「はい、カット~」と聞こえて来そうな空間に、足を踏み入れる俺。何のヴァツゲームか知らないけど、目の前で頭を抱え込んでいるブラッキ-が友達ならば踏み込むしかぬゎい。
「アルテミス……だな。大丈夫か」
「平気平気……あ、アブソル! ね、ね、この可愛い娘、どちら様?」
アルテミス……ギリシア神話の女神。若くて美しいが、狩りを好んだ上に猟奇的で執念深かったらしく、たくさんの人を毒矢だの自らが差し向けた獣の餌食にしている。さらに、人身御供を要求したりと何かと怖い女神様。このためか、双子の兄のアポロと比べるとイマイチ人気と知名度が低い。ただ、妹の方も月の擬人化として解釈されているので、こちらもかなりバッチグーなネーミングセンスとなっている。
本人はそんな神様の名前は嫌! と言っていたけれど、俺は別に良いと思う。似合ってるし。
この前はしつこく言い寄るグラエナをあくのはどうで池に沈めたし、その前はバンギラスをこんらんさせた上でどくどく漬けにしたし、更にその前は……と、それなりの凶暴さも持ち合わせていらっしゃるので、わお、ぴったり。な名前となっている。
俺は選ばれし者らしく、仲良く接して貰っている(選ばれし者はこの町にはいっぱいいる。凶暴になるのは向こうがチンピラだったり凶暴だったりするときだけ)。偶に飯を分けて貰ったりする、本当に崇拝モノのブラッキー。しかも可愛い。

たとえるならば、慈悲の光で適度に明るく照らしてくれる、月。
独り占めは出来ないが、その平等な所に惹かれる、月。
悪者には容赦なし。でも悪くなければ優しい、月。
名前とぴったりだろ? 好意は……俺自身にもわかんないけど、少なからず嫌いでは無かった。
好意を抱いてしまっては、彼女から平等を奪ってしまいたくなる。月光を独り占めしたくなる。平等に照らす事の無くなった月など、俺は嫌いだ。
この矛盾……。
つまり、俺が好きなのは今の状態の彼女であって、俺を含む誰かを好き(love)になったり、俺が好きになったりした彼女ではないのだ。
……分かんないよな。俺も分かんない。聞き流してくれぃ。

「言っとくが、多分こいつは雄だぞ」
「えっ……そうなの?」
どうも雄には見えないらしく、アポロ本人に答えを求めるアルテミス。
「うん……まあ……ね。アポロっていうんだ。よろしく」
当の本人は俺が雄だと判断したのがよほど疑問だったのか、こっちを向いて首をかしげている。
……判ると思うがなぁ。
「あー、えーっと……そろそろ餌を獲りたいから通して貰って良いかな?」



「ね、ね、この可愛い娘、どちら様?」
この仔も間違えたか。僕は雄なんだけどね。雄のエーフィなんてそうそう居るもんじゃないなんて言ったら、男女平等うんたらかんたらがどうのこうのってなる筈なんだけどね。
別に何度も間違われてきたから今更何とも思わないけど、やっぱり気付いて欲しかった。
ぶつかっておいてなんだけど。
「言っとくが、多分こいつは雄だぞ」
「えっ……そうなの?」
わあ……久しぶりに初対面の生物に性別を正解して貰ったよ。凄いね。隠れた才能とでも呼ぶべきかな?

……で、どうもブラッキーの方はしっくり来ないらしく、小首を傾げて僕にそうなの? と尋ねてくる。
「うん……まあ……ね。アポロっていうんだ。よろしく」
それにしてもアブソルはよく分かったね。どこで判ったんだろ? まあいいけど。
それはそれとして、いつまでもこんな所で立ち止まっていても仕様がない。でも、目の前の狭い一本道はブラッキーに塞がれている。太っているという訳じゃないよ。
「あー、えーっと……そろそろ餌を獲りたいから通して貰って良いかな?」
「餌? だったら、うちにおいでよ。ご飯ぐらいなら分けてあげるから」
おーっと、急展開。こういう仔なんだね。大胆な。雌一匹なのに、雄を招き入れるのか。
「主も嫌な顔はしないと思うけど……。ぶつかった謝罪の意も込めて。どう?」
あ、御主人さんがいるのか。納得。
「う~ん……それならいいかな」
「あ、アブソルもどう? 今日も何も食べてないんでしょう?」
アブソルまでお誘いするなんて、やっぱりこういう仔だったんだね。ちょっと安心。
「いや、いい。この前も喰わせて貰ったから、さすがに悪い」
「ふーん……限界になったら、いつでも来てね。待ってるから」
「ああ、有り難う」
アブソルは、お誘いを断ると、そのままその足で迷路の中に消えていった。
「優しいんだね、君って」
「アルテミスっていうの。よろしく」
確かアブソルが呼んでいたような気がする。
差し出した前足で握手を求められたので、こちらも前足を差し出す。
「こちらこそよろしく。アルテミスさん」
「ああ、呼び捨てでいいよ」
「じゃあ、改めてよろしく。アルテミス」
「よし、行こうか。ついてきてね」
くるりと身を返して、すたすたと先へ進むアルテミス。アブソルよりは速い。
雌のすぐ後ろを着いていくのはストーカーみたいで憚られるけど……この場合なら別に良いよね。




ふと、アルテミスが足を止める。スピードを出していた訳ではないのでぶつかることはなかった。いや、ぶつかったら拙かった。この狭い道だと、どうしてもぶつかる部位が限られてるんだよね。僕の顔面と彼女の××が……。
「……聞いてる? ここを上った向こう側が私のうちだけど」
聞いていなかった。ちょっとイケナイ妄想に引きずり込まれていたから。
はい、バカですよ。
「はやくおいでよ~」
もう一度呼ばれて、ようやく妄想から現実に引き戻される。
既にアルテミスは塀の上にいる。話しかけてくれなかったら確実に見失っていただろう。
「ああ、今行くよ」
あらよっと高い塀に上るために取り付けられた階段状になっているレンガを歩いていく。
目の焦点はアルテミスに合わせていたので足下を見ていなかった。
「うわあっ」
「アポロ!」
塀の上部にこんなに幅がなかったなんて知らなかった。おかげで、体重を掛けた足は空中に。
そのまま支えるもののない僕の身体は身長の何倍もある高さを真っ逆さまに……
「うげっ」
「ふう……よかった」
落っこちなかった。いや、落っこちたには落っこちたが、叩き付けられたのは地面ではなく、アルテミス。彼女が普通に僕を受け止めてくれたのだった。
「あ、ありがと……」
普通にというのがミソなんだけど。さあ、目を閉じて想像してみて。ブラッキーがエーフィをだっこしています。同じサイズ同士のだっこの方法なんて一つしかないよね。
……本来そうするべき性別は逆だけどね。

「そ、そろそろ降ろしてくれるかな?」
エーフィを持ち上げることが出来るブラッキーなんて初めて見た……
「待ってね……足拭かないと主に怒られちゃう」
鍵の開けっ放しになっている窓に、打ち捨ててあるようにしか見えないボロ雑巾で僕の足を拭くアルテミス。
「これぐらい自分でやるって……」
「いいからいいから」
いいから、じゃない。こんな所他人に見られたらたまったものではない。羞恥で自分が自分でなくなるかも知れない。
「そこにいてね……えーっと……主は外出かあ……ご飯用意してくれたかなあ」
テーブルの上にあったのだろうが、今は床に落ちている小さなメモ用紙にちらりと目を通し、そのままキッチンの方へと歩いていった。
待っていて、の言葉を忠実に守り、次の言葉が発せられるまでボロ雑巾の隣に待機。
そして、待っていたアルテミスの言葉。
「何日食べてないの?」
……想像していたのとちょっと違う。まさか、ここでこの質問が来るとは思わなかった。第一、こういう質問は、僕が餌にがっついて、それを見てから……こう、さ。
「もう十日になるかな」
「えっ……そんなに……もうちょっと待っててね……」
アブソルよりも長いんじゃないの、と独り言をボソリと呟いたアルテミスが、一番下の棚からここまで引っ張り出してきたものは、“セイヤ特製! 特殊栄養補給用黒蜜!”と書かれたラベルの貼られた、駄菓子屋で売っている一つ\10程度の飴が入っているアレ程の大きさの、瓶。既に真っ黒、と呼ぶよりは目の前にいるブラッキーの毛のような色をした中身は半分程なくなっていた。セイヤというのは多分アルテミスの主であろう。
で、もとより回して閉めるタイプではなく、上から被せるタイプの蓋を取り去ったアルテミスは、前足を……まさか……
「はい、あーん」
まさかのまさかのまさかのまさかだった。蜜のなかに前足を突っ込み、ベットリと付着したそれを、僕の口元へ。しかも、何とも思っていない様子。
「えーっと……えー……アルテミス?」
「長い間何にも食べてないと、固形物だったらリバースしちゃうって主が言ってたから。大丈夫、足はちゃんと石鹸で洗ったから、きれいだよ」
そうじゃなくて……はっきり言ってエロイ。かなりエロイ。
僕が雄だって忘れているのかと思わされる。十中八九の雄は涎が止まらなくなるだろう。僕も例外ではなく、溢れてくる涎を無理に飲み込みながら、動揺していない様子で、アルテミスに最後通牒を渡す。
「僕のこと雄として見てる?」
「え? 見てるけど?」

僕の中で何かが吹っ切れた。こうなったら名前の上では兄妹だとか、食料を援助してくれる恩人だとか関係ない。いや、関係あろうと、健全で、なにより物を口にしていない期間よりも長く自前処理をしていない雄にそんなことをするなんて自殺行為だからね?
「アポロ? きゃあっ」
サイコキネシスで、アルテミスが中身でべとべとになるように、瓶を倒す。ブラッキー色の蜜は、読み通りアルテミスの四肢を更に深みのある色に染め上げた。
「じゃ、いっただっきま~す♪」


さて、結局強がってあいつのお誘いをはねのけた訳だが、どうもこの冬という季節と不景気と今年の猛暑が重なると、食べられる雑草はおろか、人間が出す生ゴミだの豊作貧乏による廃棄野菜だの川や池にいる小動物だの全て不漁で、結局諦めて、いつでも待ってるから、との有り難い御言葉に甘えようとあいつの家に向かっている訳なのだが、ばっさりと言って情けない。
今ならアブソルの恥晒しと呼ばれても絶対にそのまま反論出来ずに終わるだろう。
とは言っても、このまま諦めないなら諦めないでエネルギー切れでそのまま御陀仏してしまう。

なんだかんだあれやこれやと考えていても、足が止まることはなく、アルテミスの家の高い塀に上るために取り付けられた階段状になっているレンガから、顔だけ覗かせて中を窺う。アポロもまだいるだろうからな。
「う゛っ」
そして、完璧にタイミング外した俺が、目にした物は……


あられもないと呼ぶに相応しい二匹。
白昼堂々何をしているのだ……
粘性のある液体にまみれたアルテミスに、なんの躊躇いも恥もなく舌を這わせるアポロ。Sなお嬢様が下僕にそうさせるように足先を舐め、背中を舐め、さらに首筋を舐め、頬を舐め、今まで誰一人として許されることのなかった唇までをも舐める。あら、義理の近親相姦ですか?
……違うわな。本人にそんな自覚はないに等しいだろう。
なんと表現するか、昨日まで全く兆候を見せることのなかった世界が急に終末を迎えたような気分。

憧れがメチャメチャにされている姿は、そう長く覗いていることはまさに精神的に苦痛で、俺は直ぐに顔を背けようと試みた。が、身体が全く動こうとしない。仕方なく目を瞑っても、先ほどの光景が瞼に焼き付いて離れない。俺には刺激が強すぎたか?
そして何より俺にとって問題なのは、アルテミスが、今の今までどんな雄にも体力の続く限り抗ってきたアルテミスが、何の抵抗もしないこと。

どうも飯にありつくだけの運と体力はなくても、雄としてたつべき所はちゃんとたつようで、正直を言えば痛い。序でに心も痛い。あれほど焦がれていたポケモンを目の前で好きにされるのは耐えられない。で、ここでこれ以上余計な体力を消費しては、二匹にあわせる顔がない。すみません、オカズにさせて頂きました……の事態はどうしても自分が許せない。
天は一体俺が何をしたというのだ……?
逃げることも直視することも、ましてや欲望に身を任せることも出来ないなんて、罰ゲーム以外の何者でもない。せめて自分の決定事項だけは守るというのは、俺の最後のプライドだった。

アポロは既に舌を秘所へ。俺の残り体力がもう少しあれば間違いなく自分で自分を虐めていただろう。
どうせ、いくら舐めても蜜が舐め取れないね、とか、あまあい、とか言って戯れてんだろ?
俺には縁のない言葉だな。もしかすると一生縁がないかも知れない……

ここまで来て、ようやく自分が顎を乗せていた左の前足をガジガジと噛んでいることに気が付いた。皮膚は破れ、血が、僅かばかりの保水力しかないパサパサの毛に吸い取られ、大袈裟に鮮赤色と呼ぶにはほど遠い栄養不足な赤い色に染まっていた。


「ひっ……やっ……」
僕が彼女の身体に付いた蜜をなめるたびに、嬌声をあげるアルテミス。まだそんなに喘がれるような部位は舐めてないんだけどね。
「敏感なんだね」
前足、胴部、胸部と、ゆっくりと味わう。
「うん、なかなか美味しいよ……」
「…………うぅ…………」
あらら、オーバーヒートしちゃったかな?
僕の舌は、そのままアルテミスの頬へ。
「いゃっ……」
「あー、ほらほら、もったいないから、ちゃんと食べないと」
観念したように、目をぎゅっと閉じて、生きた飴細工は僕に舐められるがまま。
頬から徐々に上に這っていって、ついに舌は耳の付け根へ。飴細工の表情が険しくなる。
「大丈夫、酷いようにはしないから」
出来る限りの、今出せる最も恐怖を与えることのない声を、まさに耳元でささやく。
すっかり赤く色付いた頭が、こくりと僅かにうなずいたのを見届けて、僕がしたのは、歯を立てずにその金色い模様にそって、大きな耳を噛むこと。
「はみっ」
「ひいい……やああ……」
耳が弱いんだね、アルテミス。普通に免疫が無いだけかもしれないけど。
そのまま全身から力が抜け、その場にへたり込んでしまったが、それでも僕は耳から離れない。
「は……離してぇ……」
噛む前と比べると、かなり力の入っていない甘い声となっている。
「それじゃ……離してアゲル」
耳から離れた僕の次なるターゲットは、柔らかそうな潤いのある、何より甘くて美味しそうな唇へ。
ほっと一息、安堵の息をついて、完全に油断しているアルテミスに不意打ちをいれる。
エーフィは不意打ち使えなかった気がしないでもないけどね。
「い…………」
「怖がらないで……ね?」
いくら声を掛けても、口を結んで、完全に口内への進入を拒む姿勢を見せる。
「ほら……怖くない、怖くない……」
罪逃れのつもりで一言ささやいて、強引に唇をこじ開け、歯をなぞり、舌に舌を絡ませ、唾液を飲み込む。
「う……ん……」
ようやく今度こそ観念したのか、とうとう自分からも舌を絡ませて来る。
「あはっ……その気になった?」
ぴちゃりぴちゃりとお互いの唾液を混交させ、抵抗をやめた身体を躊躇なくその場に仰向けで寝転がらせた。押し倒したとする方が妥当かもしれない。
「さて……と。蹴らないでね?」
仰向けに寝転がらせたことによって、僕の目の前には言うまでもなくアルテミスの秘所がさらけ出された。
「うぅ……恥ずかしい……」
「うーん……綺麗だね。もしかして初めて?」
何を思い出させてしまったのか、どんよりと顔が曇った。自分の発言で他人を不愉快にさせてしまうのは本当に申し訳なくなってしまう。
「…………違う…………」
「あ……嫌なこと思い出させちゃった? 御免ね。本当に御免ね」
「いいよ、もう……アポロなら」
ありがとう、のつもりでもう一度頬にキスを落とすと、もう、と唸って、今度はこっちが唇を奪われた。
「えへへ……お返し」
「へぇ……やってくれるね」
今のキスでさらにもう一段階どこかがぷっつりときてしまった僕は、勢いに任せ、彼女の下腹部の更に下、秘所へと顔を埋めた。もういいよと言われたのだから、アルテミスではなく、彼女と呼んで良いだろう。
「じゃあ……かぷっ」
「いいっ!」
最初は舐めるところから始めるのだろうが、少しでも彼女にとって予想外の行動をとりたくて、秘所の突起を甘噛みした。案の定予想外だったらしく、素っ頓狂な声を上げて、再びぐったりと倒れてしまった。
「このくらいで終わりじゃないよ? 大丈夫?」
「だい……じょうぶ……ひっ? やああっ! そこには蜜はかかってないよお」
彼女が喋ることが出来ることを確認して、今度は割れ目にそって舌でなぞる。彼女の言うとおり、さすがにこんな所までかかってはいなかったが、別の蜜がだらだらと溢れてきていた。
「でも、蜜が出てきてるんだよね~。もったいないもったいない」
「もったいなくなんて、ない……ひあっ」
次から次へと舐め取れば舐め取るほど止めどなく溢れる蜜と、舐め取るたびにあがる嬌声とを楽しみながら、僕は彼女がはやく一度イってくれるのを待っていた。そろそろ、自分の方のアレが危ない。誰かが触れたわけでもないのに、先走り液がねっとりと糸を引いているのが見なくても分かる。
「いくら舐めてもどんどん出てくる……うん、これはこれで美味しい」
「やあっ、恥ずかしいこと言ってないで、やめて……」
「我慢の限界? イってくれればそれで満足なんだけどな。かぷっ」
「い? ああああっ!」
もう一度、今度は先ほどよりも強めに突起を噛む。予想通りの反応で、僕の顔には彼女のえっちな分泌液が。
「あ……今拭くもの持ってくるから……」
オドオドして、達したのであろう、足はガクガクと震えているのに立ち上がろうとする彼女を強引に押しとどめ、毛繕いの要領で自分の顔にかかった分泌液を舐めた。
「あまあい……もしかして、イっちゃった?」
「う…………ん……」
「聞こえないよ? イったの?」
「う……い、言わせないで……」
両の前足で顔を隠す彼女を可愛いな、と変態な目で見てしまうのは雄の悲し習性である。
「その身体じゃあ僕のは舐められないよね……また今度にしようか」
「……ごめん」
「謝る事じゃないさ。でも、初めてじゃないなら、僕もイかせて貰おうかな?」
まだ力を入れることの出来ない彼女の後ろ足を広げ、一度達した秘所に、自分の雄のモノを宛って、彼女に無言の合図を送る。このセリフだけは羞恥が勝って言えない。
挿れるよ? いいよね?
しばらくその状態で固まっていた彼女が首を横に振れるはずもなく、本人の意向を無視して、強制的に腰を落とす。
「うっ……痛っ……」
「我慢して……じきに気持ちよくなるからね……」
とても初めてではないなどとは思えないほど、彼女の膣内はきつく締め付けてきた。痛い、よりは気持ちいい、と感じてしまう僕は、相当変態なんだろう。一度イかせただけはあって、例の液体が潤滑油として働いてくれているけど、それでもきつい。
「動く……よ?」
僕がこんなにきついのであれば、彼女は無理に押し広げられて痛いのかも知れない。
しかし、ここまできて中断など出来るだろうか? 彼女が泣き出せばあるいは可能なのかも知れないが、今の状態では無理と言わざるをえない。
ゆっくり、ゆっくりと自分のモノを出し入れする。そのたびに彼女は感じているのか痛がっているのか区別に苦しむ声を上げて、涙の溜まった真っ赤な瞳でこっちを覗いてくる。
「どうしたの? 痛い?」
「確かに痛いけど……アポロが、気持ちよさそうだなーって」
「そんな顔してる?」
「してるよ」
「自分じゃ全然気付かないけどねっ」
弱みを握られたようで、少し癪に障った僕は、もはや彼女を気遣うことなど忘却の彼方、腰を激しく振り始めた。
「ひいいいいいいっ!」
「ははっ、余裕がなくなったね」
激しさを増す行為に、彼女は僕の顔を覗く余裕さえ無くなり、ひたすら喘ぐことしか出来ていない。
かくいう僕も、既に彼女を笑う事が出来なくなり、絶頂はそう遠くはなかった。
「あとどのくらいでイける?」
「え?」
「どのくらい僕が我慢すればいいのってこと」
「んっ……もう……っはあっ……もうイっちゃうかも……」
「へえ、そう……え? もう?」
「いっ……いやああああ!」
「へっ? うわああああっ」
突然のイっちゃう発言にとまどいはしたが、することは一つ、孕ませないように膣内からモノを引き抜くだけなので、間一髪彼女が達する前に抜くことに成功した。
「はぁ……ほ、本当に焦ったよ……危なかった……」
もう少し理解に時間がかかれば、あるいは俗に言う中出ししていたのかもしれない。
「あらら……返事がないと思ったら……」
当の本人は、既に夢の中へ。にやついているのがどこか和ましい。変態ですよ。知ってます。
「ふー……じゃあ僕も……そういうわけにもいかないか」
ようやく射精が終わり、ある程度小さくなった自分のモノ(あんなに腹ぺこでここまで量が多いとはゆめにも思わなかった)とおかげで蜜が取れたかと思ったら今度は白濁液まみれたアルテミスとを交互に見て、これからどうしようかと思案に暮れる僕が、そこにはいた。


「……お隣、よろしいですかな?」
「あ゛? ……お前は……」
同じ野生のポケモンなのにも関わらず、俺とは比べ物にならない清潔そうで黒光りするのととどこか柔らかく見えるグレーの毛を持ち、タイプの割には一見紳士的、しかし上げた口角からは今まで幾つもの修羅場をくぐってきた牙が覗く、見覚えのあるグラエナが。
「この前完膚無きまでにふられた上、そのお相手直々にあくのはどうで池に沈められたというのに、相も変わらずしつこいな」
「ふん。欲しいと思った物を実力にものを言わせて自由にとれる野生のアブソルが、いつまで惚れた雌に何もしないで居るつもりかな?」
「勝手に言ってろ。所詮お前とは頭の作りが違うのだよ」
「やれやれ、流石アブソルの恥さらしを自称するだけはあるね」
その恐るべき執念にいい加減ぷっつんときた凶暴化アルテミスに、あっさりと池に沈められた例のグラエナは、俺を強引に押しのけて中の様子を窺う。
「ああ、成る程。へー……あんなのに獲られてしまうとは……エーフィなら……よし」
勝手にブツブツ呟いて、勝手に納得するのも彼に特徴の一つなのだ。
「おい……まだ諦めないのか?」
「さあ? どうでしょうね」
答えになっていない。
「君こそ、もうこれまでのように彼女の隣には居られませぬが?」
失恋か、餓死か、それともどちらも俺に気付かせたいのか。そして、全てあながち間違いでもない。
思い起こせば、気付いた時にはアルテミスが直ぐ手の届くところに居たように思える。
腹が減ってもうダメ……な時は援助してくれた。恥ずかしい話だが俺を庇って戦ってもくれた。何より、毎日、いつも一緒に居るように話し相手になってくれた。彼女と会わなかった日などなかっただろう。泣いて笑って戦って、偶に俺が怒られて、愚痴だって黙って聞かせて、聞いた。ただ、喧嘩は……しなかったな。あ、それは別に関係ないか。
それはそうとして、では彼女が本当にいなくなったらどうなる。
俺の手の届くところから居なくなったら?
援助が無くなってそのまま餓死するか? あっさり他の誰かに叩きのめされてしまうのか? 彼女が居なければ、この世に無様にしがみつく事もないに違いない。

あれ? それじゃ俺、本当に彼奴が好きなんだろうか?

好き……とはちょっと違う気持ちかな。絶対に好きとは違う、とは思わないけど、だからと言ってその言葉でぴったり表せているかというと、外れている。証拠に、精神的にはつらかったが、嫌な気分にはならなかった。どこか身体の一部が消し飛ばされたような、大きな喪失感と、それともう一つ別な何か――嬉しいような、安心なような――の二つがぐるぐるぐるぐる渦巻いて多少ざらりとした気持ち悪さがあった程度だ。
うーん……やっぱり変な感じで片付けられるような気持ちかなぁ……
それにしても、灯台下暗しとはよく言った物だ。いつの間に俺の中で彼女がこんなに大きなウエイトを占めていたのだろうか。
ふと気付けば、グラエナは飛び降りてダッシュの体勢に。
「おい、もう行くなら一体何をしに来たんだ」
「何、大したことでは御座いません……それに、もう君には関係ありませんし」
もう、にアクセントが付いていた気がする。

「欲しい物は実力で獲る。野生の鉄則ですよ」
意味深な言葉に俺は首を傾げたが、アルテミスの主人が帰ってきたので、首を傾げたまま逃げるように走り去った。


「はいよ~、いま帰ったぞアールテミスぅ」
気の抜けた声が響き渡る。ああ、この声の主は多分セイヤとか言ったアルテミスの主。
「いないのー? おーい?」
ばたばたと、明らかに彼女を捜している。これは拙いんじゃないの? あの白濁だってとれてないし、今からとろうとしたって無理。足音は近づくばかり。
頑張れ、僕。何か手段があるんだ。諦めるな。絶対に……何か……。
起こすか? いや、さっきもやった。
逃げるか? そういうわけには……
隠れるか? 見つかったら終わりだ。
拙い拙い拙いどんどん近づいてくる。こうなれば寝たふり……たたき起こされるよね。じたばたしないのが一番とは言えないし……ああ、こうなれば運を天に、身体は時の移ろいに任せるほか……
「アルテミス~? ……え゛」



時が止まった
……気がする




止まったように思えた時を再び動かしたのは、人間の方。
「んな゛ーっ! ぅアールーテーミースーっ!」
まるで本当に天地がひっくり返ったかのような叫びを上げ、脇目もふらずに彼女のもとへ飛んでいく人間。もしかすると開いた扉から逃げられるかも。
音を立てないようにそーっと抜き足差し足で進む僕。
ふと、後ろに怒気殺気を感じて、冷や汗をかきながら振り返る。
「まちな」
油の注されていない錆びた金属のように、ギギギギギと変な音を立てながら笑ってこちらに顔を向ける人間。
わあ、かーるくピンチ。
「お前か……ド淫乱卑猥発情変態同性愛エーフィ……」
うん、めちゃくちゃな修飾語を付けてくれたけど、最後の同性愛ってのはちがうね。減点10点。第一、雌が白濁液出すわけないよね。
「アルテミスの仇いいいいいい!!!!」
第一撃、小細工なしでつかみかかってきたのを、難なく避ける。
前のめりになった背中を蹴って、後ろに着地。
「ほっほーう……やってくれるじゃあないか」
お前はどこの不良だ。
大体こういうセリフ吐く奴は負けるんだよね。
「ちぇい!」
今度は蹴り飛ばす気だよ、この人。
「待ってよ、僕は……」
「問答無用! 聞く耳もたぁーず! アルテミスの15年のトレーナー、セイヤ様が本人に代わって成敗してくれるわ!」
わあ、ビンゴ。これがセイヤね。
でも、聞く耳は欲しかったね。
今度は大股で踏み込んで、グーで殴りかかる。
殴ったの腕とは反対側を通って、再び後ろへ。
「話を……」
「聞かん!」
バックステップで避けられた拳は、鈍い音を立てて床に。
ぬおお……と悶えるセイヤを尻目に、もう一度説得を試みるが、やっぱりダメ。
「くらえっ」
驚くほどの復活の早さだが、何を思ったのか、盛大に四つん這いで飛びかかる。
案の定飛びすぎで壁に激突。これは痛い。
心配になって顔を遠巻きにのぞいてみる。
……ぴくりとも動かない。息、してる……かな?
「ぐふ……油断したな……追いつめたっ」
生きていたか。一安心。
僕がいるのは部屋の四隅の一つ。
確かに部屋の隅には押し込まれたが、セイヤとの距離はまだ追いつめられたと言われるには不十分。
「そんなに離れてちゃ、またにげられ……」
ようやく本当に追いつめられた事に気付く。
セイヤのカバーしきれない、僕の逃げ場に横たわっているアルテミス。
ア、アルテミス、邪魔……
終わった。覚悟した。さあ、煮るなり焼くなり
「ぎゃああ……」
そして勝手に派手に滑って転ぶセイヤ。
え?
とにかく、ラッキー。
「おのれ……こんな所に黒蜜の瓶が……」
下をみなよ。てか、あり得ないよあの大きさで見落とすなんて。
僕だってあれくらいは何の障害にもならないと思っていた。
呆れて動けなかったが、セイヤが起きあがるのを見て、出来るだけ遠くへ。
「待てい!」
「待てと言われて待つポケモン、見たことあるかい?」
開けっ放しの扉から、廊下へ。窓から逃げられたけど、それじゃ何の解決にもならない。
迫り来るセイヤ、逃げる僕。そして、目の前は行き止まり。
「っと」
「観念するか?」
いや、話を聞いてくれるならしないでもないけど。
ばきぼきと大袈裟に指を鳴らすセイヤ様。
まだ一撃も喰らっていないのにもかかわらず、戦闘続行の意欲が削がれるのはその音の特殊効果である。
つまり、これ以上は戦いたくないと言いたい。腹はほとんどふくれていないし、話は聞こうとしないし、変に熱血だし。
「悪く思わないでね!」
「よせ、止めろ、うわ」
懐に潜り込んで、ご先祖伝来、一族秘伝(とは言い過ぎだけど)
「あーひゃひゃひゃ……よせ、はっ、くすぐるんじゃ、ない、ひゃひゃひゃひゃはははは……」
一気に脇の下くすぐってやった。ま、くすぐるなんてこういう時にしか使わないんだけど。



「……はぁー……」
結局何の収穫も無いまま逃げるように退散して、出来ることはため息をつくこと。
「誰か教えてくれ、俺はどうすれば良いんだ」
願いむなしく、俺の周りを静寂が包み込む。
「……はぁ……」
もう一度、しかし先ほどよりは大きなため息をつき、レンガの上に足をかける。
……冷たい
確かに季節は冬まっただ中だが、何年間も毎日居る所だけに、何かしらの異常を感じてしまう。
去年は、いや、昨日だってこんなに冷たかっただろうか?
「さっきは何とも無かったんだけどな」
よっと、と飛び乗れば例の出来事の追い打ちの冷の洗礼。
思いの外足の先で感じたよりも冷たくて、全身の筋肉が一気に縮み上がる。ついでに、情けない声も上がる。
「ひー……寒い……」
ある程度慣れるのを待って、そのまま眠る時の体勢へ。
いつのまにやら日も西に傾いて、短い冬の昼間は終わろうとしていた。
「あーあ……どうしようかな……」
考えようとしなくても、気付けばあの二匹のことを考えてしまう。
何年間も一緒に居た彼奴を光の速さでどこから来たかも分からぬ何やらの骨に難なく獲られてしまった。
悪く言えばこんな感じである。大して悪く聞こえないのは……イケメン君の持つ天賦の才と言ってる本人のキャラだろうか。ばっさり切れば単なるヘタレだし。

好きだ大好きだ愛してる俺の嫁になれ……違う。こんなんじゃない。
近くに居てくれればそれでいいんだけど……こうなっては無理な話。
でも完璧に俺の手の届かない遠くへ行くわけではないし……。
かと言って他の雄がくっついた状態ってのもなぁ……。

いい加減諦めれば済む話だろうに。
どうせ実力的に無理に決まっている。
ましてや、俺の物にする気も無かったクセに。
んじゃあこの気持ち悪さはどうすんのよ。

「あ~……もう、ややこしいことは寝て忘れてやる!」
自棄になってふて寝して忘れることが出来るのかは疑問であるが、ここまで単純な頭だとそれもあるのかも知れない。

第一、俺は彼奴にとって取るに足るような存在じゃない。
彼奴がどうなろうと俺には関係ないことだし、餌だって本当は自分で確保しなきゃならないんだ。
究極的に、彼奴らがくっつく程度で全世界の運命の歯車が空回りしたり狂ったりすることはない。彼奴らに関わるごく一部のポケモンは知らないけど。
それに、向こうは全く意識しているようには見えない。どうせ良くて友達、悪くて顔見知りの間柄なんだ。あっちにしてみりゃ迷惑な野良……の可能性も十分。

結局、俺はどうしたいんだ?
彼奴らから逃げたいのか?
今だって、ひたすら自分の評価を自分で下げて、無理だ無理だと決めつけて逃げるばかり。
アルテミスをどうしても無理矢理自分の餌の話に持って行きたがるのも、逃げの一種。
現実と立ち向かう勇気もない俺が、逃げのための作戦会議を開いて、逃げたくない。説得力はない。
が、立ち向かうだけの気力と体力も無いのも事実で……だめじゃん、俺。


「ン!?」
ふと、視界に空から降る白い何か、液体ではない(ましてや異国原産のアレだとかいつぞやのオタマ○だとか魚だ!お魚さんだ! だとかでもない。そういや一時期流行ったな by.アルテミス……の主人。彼女談)ものに、朦朧としていた意識がたぐり寄せられた。
遙か空高く、天より降る浄化のための恵みの純白の結晶又は万物を押しつぶす白い悪魔といえば……雪、しかない。
「へぇ……久しぶりに見た……」
初めて見たのはアルテミスがイーブイで……懐かしい。夜寝ている間に降ったから、朝には凍えて死にそうになってたんだっけ。寒くて寒くて震えてたらすり寄ってきて、彼女が主人に頼んで部屋に上げて貰った。餅までご馳走になったし。汚れているからと温水で揉みくちゃにされたし。なんだかんだで嬉しかった。あの頃はよかった。
思い出を掘り起こすのもここまでにしよう。泣くかもしんない。良い思い出のまま自分の奥深くにキチッとしまっておくのが一番の保存方法だろう。

明日、もう一回アルテミスと会ってみよう

ただ、今晩は、
「寝たら死ぬな。うん」


「やーめーろーっ、わははははは」
「やーめーなーい」
そろそろ腹の皮がよじれすぎて再生の限度を超えたんじゃないかと思うほど長くくすぐり続けている。くすぐるこっちも疲れてきた。
「降参だ、降参」
「アポロは降伏宣言を黙殺しました」
アルテミスとの関係にしても、セイヤにはもうちょっと僕の怖さを刻み込んでおいた方がこれから便利だし。
「あ~あ…アポロ~どこ…あ……れ? 御主人?」
「あ、アルテミス、助けて……腹が……腹が……腹筋があああ」
「やあ、おはよう」
起きたのに気付かないとは、本当にずっとこの状態だったんだね。セイヤの笑い声が大きすぎたのかも。
「アポロ、挨拶はこのくらいに」
「大丈夫。僕も疲れた」
明日の朝は筋肉痛に違いない。挨拶が過ぎたようだ。当のセイヤはげほげほむせている。
その間に、アルテミスにそっと身体は拭いたかと耳打ちしたら赤くなって俯いてしまった。
最後に、セイヤの逆襲が怖いのでアルテミスの後ろに隠れる。
「がはっ……アルテミス……こいつは……」
「アポロ。新しくできた野生の友達。実力は見てのとおり」
「そうかそうか……はっ、そうだ、何か酷いことはされなかったか?」
僕をなんだと思っている。
……ああ、通りすがりの不法侵入強姦魔か。いや、ド淫乱卑猥発情変態同性愛エーフィだって言ってたな。
「酷い事って?」
「例えばごーかんとかごーかんとかごーかんとかだな」
「無い」
え?
「たとえ同性だとしてもだぞ?」
「僕は雄だ」
毎度のことだが、ぽかんと大きく口と目を見開いて、黒目だけをぐるぐる動かしている。
「言われてみれば……見えんことも……ないような……」
「アポロは雄だけど」
「アルテミスが言うならば信じてやろう」
本人の言葉を信じないとは失礼な奴め。
「ねー御主人お腹空いたー」
いつのまにやら日も落ちて、ブラッキーだと近づいて来ても分からない暗さになっている。
「……そうか。待ってろ」
きっと僕を一睨みして廊下を歩いていったので、一発ばれないようにみらいよちをかましてやった。
「あの、さ」
「私も、あんまり嫌じゃなかったから」
僕に顔を見せないようにして、セイヤのあとを着いていくアルテミス。
……何も言えない




「ほれ、出来たぞ」
あのあと、僕もあとを着いていった。自分よりもポケモンに先に作ってしまって、もう皿に盛りつけている。
まだ湯気がもうもうと立ち上る熱々のあえて名付けるならばきのみのお好み焼き(と教えられた)が僕たちの前に置かれた。
「可哀想だから喰わせてやる。有り難く思うがよい」
「もう、そんなこと言わないの」
「いいよ、悪いのは僕だし」
この湯気にもかかわらず、アルテミスかぶりついても平気な顔をしているので僕もおそるおそる囓ってみる。
確かにそこまで熱くはないけど、セイヤめ、謀ったな。からいじゃないか。
ここで、何かを茹でていたセイヤの上に金ダライが降ってきて、そのままセイヤはノックアウト。お後がよろしいようで、火も消して。火事には気をつけましょう。
上の棚に金ダライはしまってあるものなのか、そもそも何でそんな物があるのかいささか疑問である。これがみらいよちの真価なんだろうねぇ。
アルテミスは「うちにそんな物があったんだね~。で、御主人、大丈夫?」なんて言いながらよっていく。
僕は笑いをこらえるために外に目をやったのだが、見た物は予想だにしなかったもの。
「あ、雪」
「ホントだ~何年ぶりだろう」
早速セイヤそっちのけで雪に見入るアルテミス。
「何で、こんな物が……」
ざまあみろ、で良いのかな。
「アブソル、大丈夫かなあ……」
ここで主を差し置いてアブソルの心配をするのは流石アルテミスと言ったところか。


その後は風呂場に連れて行かれてたわしで擦られそうになったため、サイコキネシスでシャツ姿のまま湯船に沈めてやった。本人はほんのジョークだと言っていたけど、信用はない。
そして気付けばさっさと寝ろーと呻きながら、毛布を広げて逃げるアルテミスを追っかけるセイヤ。あんたらは一体何歳になったんだ。セイヤを少しばかり羨ましいと思ってしまったのは内緒である。
その途中、セイヤが僕の尻尾を踏んづけたからとりあえず壁まで吹っ飛ばしてやった。
「これだけ強ければ捕まえてもいいか……」
「はい? 御主人? アポロを家のポケモンにしてくれるの? やったぁ、御主人大好き!」
抱きつく……と言うよりは体当たりでセイヤに突っ込むアルテミス。これを好機とセイヤは毛布で包み込む。本当に妬いてやろうか。
「まだ決めたワケじゃないけど……捕まえた。ほら、行くよアルテミス」
「僕に一匹で寝ろと?」
「やかましい。発情期真っ盛りの飢えた肉食獣の隣に、我が箱入り娘を寝かせておけるかってんだ」
「もう。ごめんね、アポロ。いつもはこんな人じゃないんだけど」
「謝らなくていいって」
「それと」
僕に背を向けてアルテミスを抱いたままの状態でまた変な音を立てながら首から上だけをこちらに回すセイヤ。
「家のポケモンになるのと今日泊めてやるは別だからな。アルテミスの山よりも高く谷よりも深い情にせいぜい感謝したまえよ」
「はいはい……」
絶対にセイヤのポケモンになるのと今日泊まるのとは別じゃないだろう。



「くそー……結局一睡もしなかったじゃないか……」
眼前には、丸一晩掛けて化粧を施されたいつもの町並み。じっとしていてもすっかり冷えた空気がぐさぐさ身体に突き刺さって、寒いを通り越して、痛い。本当に何年ぶりの大雪だろう。
勿論、雪のおかげでいつもよりも明るいし、ほとんど音も聞こえない。これで寒くなければ極上なのだが、そんな贅沢は言える身分じゃないし、第一どう頑張ってもこの寒さからは逃げられないだろう。
「あー……へい……わ?」
一睡もしていなかったために我慢できなくなった欠伸をして、独り言を呟くと、こちらに近づいてくる足音に気が付いた。新鮮な雪を踏んでまで通るような道ではない分、誰だろうと思って身を乗り出してしまう。
……グラエナ?
予想だにしなかった珍客を見て、元々不安定に乗り出した身体は雪の上に落っこちてしまう。
「べぶっ」
「…………!」
グラエナは多少驚いたような表情をしたが、落ちてきたのが俺だと分かるとふっと笑ってここから去ろうとする。俺が知る限り、巣穴とは全く見当違いの方向へ。
落っこちたままの状態で、グラエナに聞いてやった。
「そっちには巣穴は無いんじゃないかい?」
「…………」
返事がないということはこいつが何か良からぬ事をたくらんでいた動かぬ証拠であって。
「何をする気だった?」
「言ったでしょ。野生なら、欲しい物は実力で取るって」
「ああ、あれか……意味が分かんなくてな」
やれやれと呆れ顔でため息をつくグラエナ。その間に自分の身体を起こす。グラエナは俺と関わりたくないといった感じである。
「分からないなら……お邪魔虫がいなくなってむしろ好都合」
「お邪魔虫……?」
「もういいや。邪魔さえしなければ。では、マタアイマショウ」
足早にこの場から立ち去ろうとするグラエナと、その先を見て、一つだけ思い当たる節を見つけた。
「……雌か。欲しい物」
「…………」
図星か。あっちの方向で美人ポケモンと言えばアルテミスしかいないしな。いい加減に諦めりゃいいものを。
「で、アルテミスなんだろ? 懲りない野郎だ」
「彼女との関係で、もう一歩をいつまで経っても踏み出さない君よりはしつこい方が効果的だと思うよ」
何をどう考えればそうなる。ありえんだろうが。現状維持にあれこれ言う奴は……っと、それは置いといて。
「それを、俺が黙って見過ごすと?」
「どうだか。どちらにしろ、君など彼女の家族親類でもあるまいし……路傍の石にも満たん」
「路傍の石でも、踏めば痛いだろ。それに、どうやってアルテミスを服従させるつもりだ」
「今までは彼女に傷を付けまいと弱腰になって戦っていたから……力ずくでやってみるさ」
「ああ、そうかい……くたばれ!」
真正面から戦っても勝てないことぐらいは分かっているつもりだったので、ふいうちをかましてやろうとしたが……避けられた。
「ふん」
普通に回り込まれた上で、体当たりごときで吹っ飛ばされる。例の塀に打ち付けられた。
「うっ…………」
「アイアンテール!」
俺がまだ動けないというのに、グラエナは既に宙に舞い上がって、そのまま全体重を乗せた尻尾を落とす。
避けようと思って姿を確認すると、運の悪いことに日の光が目に入って、避けるどころではなくなってしまう。
「うわっ…………ぐあっ……」
全くの無防備で腹にうけた一撃は重く、それでまた吹っ飛ばされた俺は誰も足を踏み入れていない鏡のような雪面に深く埋まった。骨が折れていないのはグラエナが手加減しているからなのだろう。余計なお世話だ……と一度は言ってみたいが、現実を見ればそんなことは無理。
「では、これで」
「……待ちな」
グラエナが手加減しているにしろ、俺はこんなに強かったっけな? いつも戦いでは早々に脱落して、アルテミス任せだったような気がする。格好悪い所しかなかった。大事な雌を本気で護りたい時には雄の戦闘力は数倍にまで跳ね上がるってパターンかな。そんなものは冗談だとばかり思いこんでいたけど、あながち間違いでもないらしい。
「……くどい!」
グラエナは大口を開けて、牙をむき出しにしながら飛びかかって来る。……垂れた涎が雪を溶かしながら吸い込まれていった。
「貴様はこれでも噛み砕いていやがれ!」
「がっ…………ぐおおっ……」
そこら中にある雪をかき集めて、グラエナの開けた大口に突っ込んでやった。案の定凍みるらしく、口を押さえてゴロゴロのたうち回っている。
「ちったあ効いたか、この野郎」
押し込んだ反動で俺も仰向けに倒されはしたが、俺が体勢を立て直してもなおグラエナは苦しんでいる。チャンス。
「猛毒につけ込んでくれるわ!」
親から遺伝し、アルテミスによって教えられたどくどくの成分を右足の爪に凝縮する。後ろ足に、雪が蹴飛ばされた。
「このっ」
視界が揺れた。頭がぐらぐらする。どくどくは結局届かず終い。
……野郎め。蹴り上げやがったな。
「調子に乗るな」
今度は正面から体をぶつけられた。
雪で踏ん張りがきかないため、やっぱり転んでしまう。
「ぐ……」
「ラァッ」
「うぎっ…………」
転んだところを踏みつけられた。でも、立てないことは……ない。
「いい加減にしなさい……」
「ようやく身体が温まって来たところだ」
「何を馬鹿なことを!」
前足で殴られた、と表現すればいいのか、とりあえずまた攻撃を貰った。そんなのんきな事を言ってる場合じゃない、生温いハンパな攻撃じゃない。事実、雪の上をいくらか滑った……否、転がった。
その上にグラエナは飛び乗った。はねのけなければ、俺は自由に動けない。勿論、勝てない。ただでさえ冷たい雪と密着しているのに。
「諦めたまえ。路傍の石は、踏まれるのでなく蹴飛ばされたのだ」
「そのまま川にチャポン……てか……♪~♪♪~」
こうなれば自棄だ。これをすればハッキリ言ってどうなるか分からん。死ぬことはない。でも実際に実行したことはない。
唄ってやった。我ながら良い声だったと思う。俺は歌はドが付くほど素人だが、それでも上手いか下手かぐらいは分かる。少なくとも、下手ではなかった。
「追い込まれると、笑う奴は知っていますが……歌い出すのは初めてですねえ」
俺だってこんな事になるとはおもっとりゃせんわい。
だったら何故歌った……と聞かれれば、エーフィじゃグラエナには勝てないだろうから……になるんだろうなあ。
「闘いの歌」
「つるぎのまいのような物ですか?」
「さあねっ」
自分の持てる力を爆発させ、それに任せてグラエナを振り落とした。
「まだ負けんぞ!」
「ほざけっ!」



「ねー御主人……アブソルにお弁当もってってあげたいんだけど」
「もうそんな時期か」
時期って何よ、時期って。寒さに震えて、起きてみればこの会話。泊めて貰って何だけど、窓の外は銀世界だし、家の中は暖房がついていても寒いし。
「しかし今日はある物を買いに行かなくてはならない」
「作って置いといてくれればいいから」
「いやそういわれても」
「……むぅ……」
「分かった分かった、とりあえず朝ご飯食べろ」
「では僕も」
「まだいたのか」
「まだいたのかとは何だ」
「あー、もう、お終い」
相も変わらず腰を落としてまで啀み合いを続けようとするセイヤ。いい加減にして欲しい。一体あんたはいくつだ。
アルテミスに言われ、ふん、と鼻息を鳴らして台所の奥へと消えていった。……困った人だ。
「ごめんね。何度も言ってるけど」
「いや、いいよ。もう慣れた」
慣れるというのも変な物だ。
奥からは何故かセイヤの悲鳴が聞こえる。直後、僕の名前を呼んだ。今は何もしてないんだけど。
「ぎゃーっ、指切ったぁーっ……」
「僕は何もしてないよ」
聞こえたのか聞こえてないのかは別として、今度はいい加減にしろと怒鳴られた。だから僕は何もしていない。あんたがいい加減にしろ。
「御主人がいい加減にするべきだと思うな……」
同じ事を考えていたアルテミスがごちゃごちゃした引き出しから絆創膏を探し出して、持って行った。もっと漁れば思わぬ掘り出し物が出てくるかも知れない程汚い。
「痛い……」
「自業自得」
誰にも、少なくともセイヤにだけは聞こえないようにぼやいたつもりだったのに
「何だと、貴様がまた何かやらかしたんじゃ」
まだ言うか。
「だから御主人はもー子供なんだから……アポロ、まだ何か言うようだったら実力行使しちゃって」
「了解」
「あ、アルテミス……お前もか……どさっ」
「指切ったぐらいで倒れないの」
アルテミスが前足で顔を引っ掻いた。ざり、と音はしたが、皮膚は傷ついていなかった。
「あーあ……」
セイヤは立ち上がると、珍しく僕に笑いかけて部屋から出て行った。黒い笑顔……ではなかったと思う。多分。


「うらぁ!」
「ききませんね」
馬鹿正直に真正面から体当たりしたって勝てるわけないのは分かっている。俺もそこまでぼんくらじゃない。
でも、それぐらいしかできなかった。寒さと空腹とその他多数の要素が混ざり合って、最終手段の成就まで時間稼ぎをすることしか体力面で、できない。最終手段は既に半分成った。あとは根比べって奴だ。
「まさにやれやれって感じです」
「おうぁっ」
見事に外れた俺の横っ腹に、これが本当の体当たりだと言わんばかりの力でぶつかった。横転した俺はやっぱり塀に叩き付けられる。
「そろそろ終わりましょうよ」
「嫌だね」
「……はぁ」
ぐっと全身に力を入れたグラエナが、ほんの一瞬よろめいたような気がした。
その後の攻撃もキレというものがなかった。俺でも避けられた。が、反撃としてまた体当たりしてやろうとして、足を払われた。
息が上がっているようだった。
「どうした? スタミナ切れか?」
「その体勢で言えるセリフとは思えませんね」
確かに大の字で雪の上に寝そべっている俺が言うセリフではない。
「はは……うげっ」
背中を踏んづけられた。……予想していたよりは軽く。今更手加減されるとは思えない。
もう一度力を振り絞ってグラエナをはねのける。出そうと思えば結構出るのね、底力。
グラエナが距離を取る。あえて何もせずにグラエナの次の行動を待った。
……目を閉じて頭を左右に振った。眠気か何かをとばそうとしたかのように。これはいけると思って俺は、馬鹿正直な真正面からの、あの体当たりを。

俺の馬鹿正直な真正面からの体当たりを喰らった。さすがに俺ほどふっとびはしなかったが。
「効いてきたんじゃない?」
「なにがかな?」
平静を装っているくーるなふぇいすには汗が滲んでいた。
「そりゃー……ほろびのうただよ、ほろびのうた」
「……ああ、あれですか苦し紛れの」
「そーそーそれそれ。大分苦しいだろ? 運の良いことに俺は効くのに時間がかかる体質でね」
「それは幸運でした」
「いいのかね? そのうち意識も遙か彼方へ飛んでくよ?」
「どうやら君を舐めすぎていたようだ」
「アブソルの端くれだからな。これくらいは出来る。安心しろ、俺の歌では死にはしない」
「そいつはどうも」
くるりと180°向きをかえて、
「君が意識を失ってどうするつもりかは、私には関係ありませんね」
言い放って走り去った。今度こそ、来た道を帰っていった。
「へん……思い知ったか」
ただ、あれは負け惜しみではない。さぁてこれからどうするか。ほっときゃなんとか……ならんわな……。



「アブソル、来たよ~生きてる~?」
「おー生きてる生きてる」
セイヤに作ってもらった弁当持って、アブソルの所へやってきた。
弁当を持っているのは僕。アルテミスにかわって貰った。悪く言えばアルテミスから奪い取った。
「アポロ君も元気そうで何より」
「そんなこと言われる程長く会ってない気はしないんですが」
「雪、ぼっこぼこ……」
「あんまり寒いから動いたのでな」


「はい、弁当」
ちらりとこっちを見て、またアルテミスに焦点をあわせた。
「……悪いけど、その弁当はいらんな」
「え?」
「ふたりで遠出でもしてこい。ちゃんと喰ってるから俺は大丈夫」
「でも……」
「いーからいーから。俺はちょーっと行くところがあるから。じゃ」
「あっ、待っ……行っちゃった」
僕はアブソルの走っていったあとを唖然と眺めていた。何だったんだろ……。
「行っちゃったね」
「まあ、アブソルだから大丈夫だよ」
「じゃ、僕たちも行こうか」
「何処に?」
「言われたように、遠出」
アルテミスはぽかんとしていたが、首を軽く捻ったらにっこり笑ってそうだね、と返してくれた。



あーあ、何で逃げたんだろ
どこをどう走ったのかも分からない。走ったおかげか、かなり効いてきた。
頭もぼけーっとしてきた。
急に足に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちた。
冷たいな畜生。雪に怒っても無意味だけどな
滅びの歌で死なないのはわかってんだけど……どうやって復活したか覚えてないんだよな
 
……まあいいさ。俺は別に。アルテミスは無事だし。アポロもいるし
さらば友よ愛しき君よ。君は私の所にどうかついてこぬよう……
あー、もう俺完全にダメだわ。自分で何言ってるか分からん……

ついに考えるのもうっとおしくなり、最後には何もかも投げ出してしまう俺であった



とりあえずはここまでです。なかなかgd(ry
時間があれば必ず書き直します。お目汚し失礼しました。

以下、付属品的立ち位置の文章



「わーははは、喰らえ、アポロ!」
「うわっ」
投げられた硬い玉が後頭部に当たって、空中で割れた。
「っうお!?」
変な感覚と共に、玉の中に吸い込まれた。これって、あのもんすたーぼーるって玉……


「アポロゲーット!」
ボールから出される時も何とも言えない変な感じ。セイヤは勝ち誇っている。
なんか腹立つ。
「これで家族だね」
やっぱり悪い気はしないかも。







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Last-modified: 2011-03-21 (月) 00:00:00
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