ポケモン小説wiki
最期のメッセージ

/最期のメッセージ

一体どれほど前のことだっただろう。彼と出会った時、私は彼に心奪われた。それほどまでに彼が魅力的だったから。
頭で光り輝く水晶の美しさ、光を照らしながら風に揺れるヴェール、水色を基調とした毛並みに、すらりとした身体。
私は彼に振り向いてもらおうと、彼をそうさせられるだけの、魅力的な雌になろうと必死だった。
オレンジと黒の毛並み、そして首や尻尾、足首に生えた薄橙のふさふさを整えて、彼の美しさに少しでも近づこうと。
彼との駆け引きも、時には優しく、時には強引に。彼がなるべく私の方を向いてくれるようにと、少しでもその気にさせようと。
彼はひょっとしたら、私とは反対の方向をずっと向いていたのかもしれない。ひょっとしたら、今もそうかも知れない。
それでも私は、とにかく彼を求めた。求めて求めて、求め続けた。その結果が今にある。
彼と共に過ごせる場所を探して、私は森の奥地まで旅をした。そうして見つけた、彼にふさわしい、美しい場所を――私たちだけの住処として。
そんな場所で今、彼は私の側に居る。私が長く待ち焦がれていた、幸せに満ちた生活がそこに在る――はずだった。
彼は私を求めようとはしない。一緒に居ても、それはそこまで。それ以上を望もうともしてくれない。よく言えばシャイ、悪く言えば無関心。
私は彼のことが好き。いつもそうやって伝えているのに、彼はそれに応えてくれない。私はこんなにも彼を愛しているのに、彼は私を愛してくれているのだろうか。
いや、もしかするとそれ以前に、彼は私のことを好きでいてくれているのだろうか。ただ一緒に住むだけの他人になってしまっているのかも――。
考えれば考えるほど、彼に対する不安は募っていく。私の想いはただ一方的な物で、返ってくることはもうないのかもしれない。
このまま捨てられて、一人で寂しく生きていくことになってしまうのかもしれない。――最悪の結末を考えてから、私はいつもそれをすぐに否定する。
捨てられない根拠などどこにもない。けれど、それでも捨てられるのは怖かったから、それを考えることはしなかった。
こうやって考えていくと、私は果たして彼を本当に好きなのだろうかと、改めて思う。でもそれは間違いない。
ただ単に、捨てられるのが怖いから、自分の不安につぶされそうになるから、それだけの理由で彼に尽くして来た訳じゃない。
私が彼と共にいるのは、きちんとそれなりの理由がある。それはそう簡単には崩されないほどの、確固たる理由。
彼に尽くしたいと、彼と一緒に居たいと、本気で思える。それは嘘じゃないし、すぐに揺らぐような決意じゃない。
そうやって私は今も、彼の横に居る。彼のことを、たとえそれが一方的なものだとしても、愛しているのは変わらないから――。

彼には本当にお世話になった。色んなことを教えてもらって、色んなことを知ることが出来た。
それは単なる知識とは違って、どちらかと言えばことわざに近い……そう、深みのある言葉を、彼は私に伝えてくれた。
単に彼の外見だけではなく、その内面まで洗練されていて、それが彼の美しさをより一層引き立てている。
私はそんな彼の一面にも触れて、改めていつも思う。――ああ、やっぱり私は彼のことが好きなんだな、と。
彼が色んな言葉を投げかけてくれるたびに、彼にますます陶酔していくようで――平たく言えば、惚れ直してしまう。
でも、そんな彼はやっぱり素敵だ。いつ見ても、いつ聞いても、彼はずっと魅力的なままだった。
彼が「伝説」と呼ばれるポケモンだからではない。そんなのじゃなくて、彼の内側が、どうしようもないくらい私を惹きつけた。
時には深すぎて読めない発言や、ぱっと聞いただけでは意味のとれないような言葉もあったけれど――それをひっくるめて、彼のことが好きになっていた。
様々な想いが私の中で生まれて、溜まっていく。でもそのなかに、彼のことを嫌う気持ちは一つもない。
私は一緒になってからもなお、彼に魅せられていった。もう私の中で、彼は必要不可欠な存在にまでなっていたんだ――。

心に残っている彼の言葉がいくつもある。

「なあ、苦痛をどう思う?」
彼の言葉に、私は暫く声を失ってしまった。だって、苦痛はただ苦痛でしかないと思っていたから…。
どう答えれば良かったのだろう。彼は私に何を求めていたのだろう。そんなことを考えて、じっと地面を見つめて問いかけてみたが、返答はない。
苦痛は怖い物。私はそんな物ごめんだ。出来ることならそれを避けて通りたい。――でも、それで良いのだろうか。それで彼は満足してくれるのだろうか。
迷ったあげく、私は彼に少しだけ答えを返してみた。
「苦痛は……怖いですし、恐ろしいです。出来ることなら被(こうむ)りたくないと……思いますけど」
「…そうか。――それなら、お前はそれをどうやって乗り越えてきた?」
「そ、それは…」
ますます返答に困る質問。本当に、彼は何を考えているのか。私なんかじゃ到底読み取れないほど、重い質問。
乗り越えてきた……たしかに、今まで苦しいと思った事もある。でも、それは極めて軽い物。彼が問うているのはたぶん、もっと程度が大きな物の場合の話。
私は未だにそんな物を経験したことがないから、その話については答えられない。だから、今までの浅い経験の中から答えるしかないのだ。
それで彼が満たされるとは思えないけれど、答えないよりは遙かにましなはず。私の想いは彼に届いてる……はずだから。
「…私は、その苦痛に耐え抜いてきました。そうすれば後は、時間がそれを解決してくれると思ってましたから…」
「なるほどな」
彼はどこか遠くを見つめながら、少し納得したような口調で言った。
「さっき俺は、どう乗り越えてきたかと質問したな。――考えてみろ。…それだけで十分だと思うか?」
それだけで十分…? ひょっとして、乗り越えるだけで十分なのか、と言うことだろうか。
だとしても、一体何を答えればいいのだろう。十分ではないとしたら、他に何をすればいいのだろう。
苦痛を乗り越えたとしたら――そうだ、振り返ればいいのだろうか。その原因を考えて、次に来たときに備えていく。
経験を糧に、また別の問題に対処していく――そういうことぐらいしか浮かばない。
彼の遠い目はどこを見ているのだろう。そんな彼の背中を少し不安げに見つめて、私はまた彼の問いに答えてみる。
「乗り越えた後は、それを次に役立てるために振り返る……そんな『復習』が、必要なのでは、と思いますけど…」
「そうだな。――俺は苦痛を踏み台にする。…乗り越えるだけだと、また追ってこられるとは思わないか?」
すると彼はこちらを向くと、ゆっくり歩いて私を横切り、再び立ち止まると、どこか遠くに視線を送り始めた。
「――だから今になってもお前はずっと逃げ続けている、違うか?」
その言葉を聞いたとき、私ははっとなった。私の心の奥深くまで、ぐいぐいと突っ込んでくる彼の言葉。
逃げ続けている…そうかもしれない。だけど、私にそれを踏み台に出来るだけの強さは――まだ、無いと思う。
――ああ、駄目だ駄目だ。こうやって私は逃げてきたんだ。
全くどうして、彼はこんなにも私の全てを見透かしてくるのだろう。彼には何か不思議な才能でもあるのではないか。
いくら「伝説」のポケモンであろうと、こんなに出来る物じゃないと思う。彼のたなびくヴェールを見ていると、あっという間に心が無防備になっていくような――。
そんな、言葉に表せない不思議な感覚が、少し私には心地よかった。ちょっとだけそれに酔いしれながらも、私は思ったままを伝えた。
「……は、はい……その通りだと……思います」
彼女は不安そうで、少し暗い表情をしていた。
「…立ち向かわないでどうする。――俺はもう行く」
「ま、待って下さい!」
私は焦って彼の前に飛び出して、彼を止めにかかる。まただ、また彼の希望に添えなかった。
彼はどうしてこんなに私に冷たいのだろう。彼は本当に私のことを愛してくれているのだろうか――。
それでも留まってくれたのだから、きっと大丈夫なんだろうと、そう思うことにした。私は、彼を信じていたから。

彼の言葉は重すぎた。――しかし、それを背負うのが私の生き甲斐だったのだ。

「強引な愛を、お前は嫌うか?」
――私から彼への愛も、ひょっとしたら「強引な愛」に入ってしまうのだろうか?
私は彼の言葉に少し怖くなった。びくり、と身体が動いた気がする。――ああ、彼はどうしてこんなに。
強引な愛。でも、それもまた愛。その人を愛おしく思っていることに変わりはない。そう、私のように。
その愛が歪んでさえいなければ。間違った行動さえ起こさなければ、それは寧ろ嬉しい物だと思う。と言うよりも、そうであって欲しい。
「私は……それが間違った物でなければ、それも愛の一つとして――受け入れます」
「…へえ。――自身があるんだな」
彼は、どすの利いた声で――定かではないが、おそらく意図的に――私を舐め入るように見ながら言った。
――自信があるかどうかよりも、そうしないと今の彼とは居られないと思う。
彼は私を試しているんじゃないか――そう思った。彼のその声に怯えながらも、彼のその眼に怯みながらも、決して眼を逸らさないようにして。
私には、彼の思うところは分からない。だけど、きっとこれも、彼の愛だと思うことにして、私は彼の質問に答える。
「……あります。そうしたいですし――してみせます」
「…ふん。――何か勘違いしているようだな」
すると彼は鼻で笑った後、冷たい視線で彼女を見ながら、相変わらず低い声で言った。
勘違い…? 一体何を勘違いしたというのか。ただそうしたいと言っただけなのに…。
私は彼のことを愛しているから、彼が多少強引でも受け入れるし、受け入れたい。
それのどこが間違っているんだろう。それとも彼は、もっと何か別の物を求めているのだろうか。
あるいはそもそも、別の部分で何か勘違いをしているとでも――。
「……ごめんなさい、どういうこと……でしょうか」
「…お前が受け入れてどうする」
私が受け入れたら、それで十分――そうじゃないとしたら……どういうことだろう。
――ああ、そうか、そういうことかな?
私だけじゃなくて、彼が受け入れてくれないと、愛としても成立しない。お互いに受け入れあって初めてそれは。
……だとしたら、彼は私の愛を受け入れてくれるのだろうか。ひょっとしたら――いや、そうじゃないと信じたいけれど。
「それは……」
でも、彼の今までの態度を考えたら……途轍もなく、不安でしょうがなかった。
「――これからもそれなりの態度で示すんだな」
「は、はい……分かりました」
ゆっくりと歩き出す彼。結局彼の言おうとしていたことは分からずじまいだった――でも、私は彼をこうして愛し続けるんだろうな。
彼の後を少し早足で追いかけていく。彼はまた、何かを考えていたみたいだった。

彼と肩を並べることで、私は必死になっていた。――だけれど、いつまで経っても彼は雲の上の存在だった。

「お前の望みは何だ?」
「望み……ですか? そう、ですね…」
思わず返答に困ってしまう。彼からこんな言葉を投げかけられたことは、今までめったに――いや、もしかしたら一度も――なかったから。
これもまた彼に何らかの考えがあってこその質問なのかと、何を答えればいいのか、少し怖くなってしまった。
けれど、私の望みは変わらない。彼に会って、彼と過ごしてから、一度たりとも変わったことのない願い。
「…私は、貴方に添い遂げていたいです。貴方と一緒に、生涯を過ごしたいです」
「――ふん、つまらないな」
私としては彼に対しての本当の想いを伝えたつもりだったのに、彼はそれを「つまらない」の一言で片付けてしまった。
彼は本当に何を考えているというのだろう。これはあんまりじゃないか、とも思えてしまう。
けれど、ここでそんなことを言うわけにもいかない。もう一つ何か、別の何かを――。
「もう一つ言わせて貰うなら……私は、貴方の子供を……作りたいです」
「――とうとう性的欲求不満に脳を侵されたようだな」
そう言われた瞬間、顔が一気に熱を帯びる。まさかここまでストレートに言われるとは思いもしなかった。
子供が欲しいのは本当だ。――けど、ひょっとして……そう、なのかな…?
単に子供が欲しいだけでなく、欲求不満を解消したいという気持ちがどこかにあったのかも知れない。
「そ、そんなこと……ない…と、思いますけど……その…」
自信を持って否定したかったが、自然と語尾は細くなっていった。正直、全く自信が無かったのだ。
「――やはりそうか。…見られてないとでも思っていたのか」
彼の言葉を聞いた瞬間、私は一気にかあっ、と頬を赤く染めた。
まさか、彼は全部見ていたというのか。時々私が自分で欲求を満たしていたのを……。
こんな恥ずかしいことが他にいくつあるだろう。彼の顔さえまともに見られない。
「な、わ、私は……その、あの…。…それは……だから…」
しどろもどろな答えしか出てこない。言葉がこんがらがって、何を言えばいいのかさえ分からなかった。
「…すまなかったな」
すると彼は、何故か顔を赤らめながら謝罪した。
「えっ…は、はいぃっ!?」
彼はこんなに堂々と謝ってきた、しかも恥ずかしがりながら…。
今までの分の混乱、予想もしなかった返事に対しての焦りで、もう私は何をどうして良いのか分からない。
「わ、私もごめんなさい…!」
勝手に言葉が出てきてしまう。何故謝ったのか、自分でも分からないほどに、私は滅茶苦茶になっていた。
「…お前……俺の努力を無駄にしたな?――もういい」
ぷい、とそっぽを向いてしまう彼。彼がせっかく頑張ってくれたのに、私が焦った所為で台無しになってしまった。
そのまま動かない彼に私はそっと近づいて、ぼそりとつぶやく。
「ご、ごめんなさい…。…でも、嬉しかったです。…いつか本当に……したい、です」
彼の顔は見えないままで、彼はふっと歩き出してしまった。――ああ、駄目だったのかな…。
「……何してる、行くぞ」
結局、彼の本心は分からないまま。私はもやもやを抱えたまま、彼の後について行った――。

ほんの少しでいい。――何としてでも彼に近づきたかった。

「お前にとって一番の幸せは何だ?」
私の幸せ……今のままでも私は十分に幸せだ。
それは他でもない、彼のおかげ。彼と一緒にいられるなら、私はそれで――。
でも、もしもこれ以上を……一番の幸せを望むとするなら。
「私の幸せは……貴方の子供を産んで、今よりもずっと幸せな家庭を築くことです」
「…ふん。――そんなこと、実際はどうでもいいんだろう」
いかにも、私の心を知っている――そんな感じの言葉。
そうじゃない、そうじゃないんだ、と、声を荒げて反論しそうになる。
けれど、それじゃあまるで子供みたいだ。ちょっと悔しくて顔から火が出そうになるが、声には出さないことにした。
「そ、そんなことないです。私の想いは揺らぎません。――本気ですから」
「――見え見えだ。…やはり、その件は一生保留だな」
すると彼は、珍しく微かな笑みを浮かべながら言った。
「わ、私はそんな意味で言ったのでは…」
まさか自分の様子がそんな風にとられるとは思わず、慌ててしまった。
――ああ、これじゃほんとにそんな風に思ってたみたいに見えちゃう…。
けれど、彼の笑う様子なんて珍しい。ここは一つ、冗談でも言ってみようか。
「そうですか…。…それでは、貴方の方が我慢できないのではないですか?」
「…何だと?」
すると彼は、急にいつもの冷めたような表情に戻った。そして――
「不愉快だ。――調子に乗るな」
「あ……す、すみませんでした…。本当にごめんなさい…」
彼の真顔が本当に怖くなって、思わずたじろいでしまう。
頭を下げるが、それでも彼は表情を変えず、怒った様子で私を見つめていた。
「…しょ、食事を取ってきますね」
そうして、私は半ば逃げるようにしながらその場を後にしたのだった。

彼から近寄ってきてくれた事が何度かあった。――それなのに私は、そのチャンスをいつも逃していた。

「…お前の存在理由は何だ?」
私の存在の理由……? ものすごく難しい質問だ。
――存在するのに理由がいるのなら、私は存在できるのかな……。
でも、きっと意味はある。絶対に理由はある。
だって、彼と出会って、彼と一緒に生きているんだから。
「貴方と出会って、貴方に添い遂げるために、私は今、ここにいます」
「なら、俺の存在理由は――」
「――待っていろ。そのうちお前にもわかる…」
彼の意味深な言葉が気になって仕方ない。彼の中で勝手に自己完結されても、私には分からないのだから。
それっきり黙り込んでしまった彼を見ながら、私も自分で考えてみる。
彼はどうして言わないのだろう。いつもの彼なら、威厳たっぷりに語ってくれているはずなのに。
そもそもなぜ「待っていろ」なのか。彼が自分から答えることを避けたのは初めてだと思う。
近いうちに分かるとでも言うのだろうか。だとしたらそれは一体どうして――?
「……考えすぎるな」
「…わ、分かりました、ごめんなさい…」
「清水を入れてくれ」
「は、はい、ただいま…」
ああ、結局逃げられてしまった。――いつ分かるのだろう、どのように分かるのだろう。
まだ不可解に思いつつも、私は水を入れに、その場から走り去っていった。

彼が私に伝えようとしてくれたことは、どれも結局完全に理解できなかった。

「もし俺が死んだらお前はどうする?」
死んだときのことなんて、考えたこともなかった。
ひょっとしたら彼は、私に何か隠しているのだろうか。まさか、本当に――。
――ううん、そんなはずない。だって……こんなに元気そうじゃない。
そう、彼はただ私の答えが聞きたいだけ。ただそれだけなんだ。
「…まずは、泣くと思います。その後は……貴方と共に過ごしたここで、土に還る貴方と一緒に……一生を…」
「――お前も土に還るというのか」
「そうではなく……私は…」
彼をすぐ傍で感じていたい。例え彼の魂が其処になかったとしても、彼と過ごした思い出はここにあるから。
今まで作ってきた思い出、そしてこれから作るであろう思い出は……捨てたくない。
「私は、貴方との記憶が染みついたここで、貴方を感じながら一生を過ごしたいんです」
「――心配するな。…一生離れやしないさ」
彼の言葉が嬉しかった。普段は私のことを気遣う様子もあまり感じさせない彼が、自分からそんなことを言ってくれるなんて。
これは言い換えるとつまり、一生傍に居てくれる……そう、愛の告白そのものだ。
今までなかなか触れたことのなかった彼の優しさが嬉しくて、私は思わず涙を零していた。
「…あ、ありがとう…ございます……うあ、あ、ああぁぁぁあああっ…!」
その涙は全く枯れる気配もなく、自分の感情の高ぶりと共に、止めどなくあふれ続けていた。

「っ……あ、あれ…?」
一体どれほど泣いていただろう。やっと溢れる涙が止まって顔を上げると、もう彼は其処に居なかった。
私は急いで彼を捜す。どこかに居るはずだと、辺りを探して駆け回る。そして直ぐに彼の後ろ姿を見つけた私は、彼の名を呼んですぐに謝る。
「その……さっきは、すみませんでした……」
「――もういい、勝手に勘違いしていろ」
彼はむっとした表情でそっぽを向いたが……怒っていると言うよりも、それは照れ隠しのようで。
彼の顔がほんのりと色づいたのを、私は見たような気がした――。
「じろじろ見るな。――俺の顔がそんなに可笑しいか」
「あ、いえ……そんなことはないです。…何でもありませんから」
思わず見とれてしまった私は、慌ててその場を取り繕う。まだじろりとこっちを見ている彼が少し怖い。
けれど、さっきの彼の表情は今まで見たことがないほど温かくて、優しくて。
彼のそんな一面を見る事が出来て、私としては大満足だったけれど、これは心の内に秘めておくことにした。
「すみませんでした、気にしないで下さい」
「――腹が減った。…そろそろ飯にしてくれないか?」
「は、はい。直ぐに準備しますから……少々お待ち下さいね」
私は足取りも軽やかに、食事の準備に取りかかり始めた。
――今日はいつもよりも豪華にしてみようかな。
良い日になりそうだな、などと考えながら、私は幸せを感じていつの間にか笑顔になっていた。

幸せな気分になれた日は、正直少なかった。――ただ、その分、その時味わった幸せはとてつもないものだったが。

「何を考えている?」
「え? あ、あの……」
急に何を考えていたのかと聞かれると、とっても焦ってしまう。別段難しいことを考えていたわけでもなかったのに。
彼は本当に気まぐれだ。――私は彼に振り回されてばっかりだけど……でも、彼の魅力はそこにあるんだろうな。
「いえ、私と貴方とで、何か楽しいことでも出来たらいいな、と……すみません…」
「今、時間を無駄にしたな」
反論のしようもなかったし、しようとも思わなかった。その通りだ、と思わず自分が恥ずかしくなった。
普段は絶対に忘れてしまうけれど、私にとっても、貴方にとっても――いや、誰にとっても、時間は限られたもの。
その範囲の中で何をするかということは、生きていく上でとても大切なことだ。
――私はどうすればいいのだろう。何が出来るのかな、何をすればいいのかな…?
「……ありがとうございます」
いつの間にか私は、感謝の気持ちを言葉にしていた。
「…何故感謝した?」
「いえ、貴方の言葉のおかげですから。……私の一生が、少しはいいものになりそうです」
ふふ、と笑いながら私は彼の顔を見た。なんだかとっても得した気分だ。
――楽しそうに笑っている私を見て、彼は一体どう思っているのかな?
「…お前の勝手な妄想には付き合ってられんな」
彼は私とは反対の方向を向いて、悠々と歩き去ってしまう。そんな彼のあきれ顔もどこか笑っていた気がしたが。
「は、はい、すみませんでした」
私はきちんと謝ってから、彼の後を追って走って行った――。

自問自答を繰り返すようになったのは、いつからだろうか。――本当にこれが幸せなのかな、と。

「糧は恵みだ。――そう思わないか?」
「は、はぁ……恵み、ですか」
活動に必要なもの――糧が「恵み」とは、一体どういうことだろう。
その意味を深く追求しても、彼の考えていることは、私にはとうてい及ぶことの出来ない答えに違いない。
ただ、私は彼の言いたいことが少し、分かった気がする。言葉にも出来ないけれど、ただ、何となく。
「…すみません、私の浅はかな考えですけど……私もそう思います」
「――己で生み出すことはできない。…他者から授かるものだ」
やはりそう言うことだったみたいだ。恵みは受け取る物。そしてそれがないと生きていくことは出来ない。
私も彼からたくさんの恵みを受け取ったと思うし、出来る限り彼に授けたと思っている。
それが果たして本当に彼に届いたかどうかは分からないけれど…。
でも、彼がわざわざこういう言葉を伝えてくれたということはきっと。
――きっと、彼は私にそう伝えてるんじゃないかな。
「…俺はそれに頼ってないつもりだ。――お前はどうだ?」
その言葉を聞いて、流石に私もがっかりしてしまう。少し期待を抱いた分、それは大きかったけれど。
でも、それに頼らずに生きていくことが、本当に出来るのかな……?
「いえ、私は――頼ってますね…。ですが、貴方も……頼って下さって構わないんですから」
ちょっと勇気を出して、私は彼に気持ちをぶつけてみた。彼にも私を頼って欲しかったから。
――私の方に、少しでも振り向いて欲しかったから。
「…頼ってたまるか」
しかし、返ってきたのは彼の突き放すような言葉。一応平静は装うけれど、正直これはショックだった。
「そ、そう……ですか」
ふらりと彼は歩き出す。――まただ、また結局こんなことに…。
彼の後ろを追いかける私は、沈んだ表情を浮かべるしか出来なかった――。

そんな想いが募りに募って――私はあの日、ついに不満を爆発させてしまった。

「貴方のせいで私がどれだけ辛い思いをしてきたか、分かってるんですか?!」
彼の冷たい言葉の数々に耐え切れなくて、私はとうとう怒鳴ってしまった。
「私はずっと貴方のために尽くして来たのに、ずっと貴方と一緒に過ごしてきたのに……それなのに、貴方は…」
私の突然の怒号に驚いた彼は、少し顔をうつむかせる。私は涙をこぼしながら夢中で叫ぶ。
「何もしてくれないし、ただ私を困らせて、悩ませて……私がどれだけ貴方を愛しても、全然届かない。
 貴方も私を愛してくれているから今、こうやって一緒になってくれてるんだと思ってました。
 ……でも、貴方はまるで私の気持ちに答えてくれない。私は一体いつまで待てば良いんですか?
 私にどうしろって言うんですか! 貴方の言葉なんかよりも、貴方の気持ちが欲しいんです!!
 どれだけ……どれだけ悲しい思いをしたか……泣きたくても、じっと堪えて今まで頑張ってきたのに…。
 貴方の馬鹿……大馬鹿っ! …私は……私は…あ、うぁあぁあぁぁぁぁあぁっっ…!」
後はもう喋れなかった。前も何も見えないくらい、私はたくさんの涙を流していた。
「…ぅ……ぁっ…わ、私……は…」
しばらくの時間が経った。やっと気持ちも落ち着いてきたところで、今更私は途轍もない後悔に駆られた。
ついに我慢できなくて、今までの想いを全部ぶちまけてしまった。それに、彼にも酷い言葉を――。
彼は何も言わずに、じっと俯いている。彼の表情が見えないのがものすごく怖い。
――やっぱり、嫌われた…よね。
「……す、すみません……つい…。本当にごめんなさい…」
また泣きそうになりながらも、私は彼に謝る。ひょっとしたらもう効果なんて無いかも知れない。
不安でうっすらと涙が浮かぶ。今にも溢れそうな滴を必死に唯
゚ながら、私は彼の返事を待った。
「――俺の性格なんだ。…本当に今まで何もしてやれなかったな」
長い沈黙の後、彼が重い口を開いた。
いつもの威厳など微塵もなかった。――その表情はとてつもなく暗く、思わず目を逸らしたくなる衝動を何とか抑えながらも、私は彼をじっと見据えていた。
ふと、彼はまた歩き出した。しかしいつもの彼とは違って――付いてこい、とでも言いたげな目で、私の方をちらちらと見ながら、ゆっくりと。
それを追うと、やがていつもの場所――私たちだけしか知らない、清水が湧く、綺麗な場所。
辺りは背の高い草で覆われていて、通常のポケモンではなかなか見つけることも出来ないほどの奥地。
そもそも、誰も入ってこようとしないような場所が、まさに此処だった。
そこに付くやいなや、彼は草叢に寝転がったかと思うと、なんと仰向けになって私を見てきた。
「――さあ、後はお前次第だ」
彼の輝くような毛並み、草に絡まりながらも伸びるヴェール、そして何より彼の顔。
全てが美しくて、雌の私ですら惚けてしまうほどの神秘的な姿。そんな姿に、私は心を攫われてしまっていた。
「…どうした?」
はっ、と我に返る私。まだ彼は私を待って、仰向けのまま、無防備に草叢に寝転がっている。
「え、えっと……その、やはり私にはもったいないような気が…!」
今までずっと望んできた事が、ようやく現実となろうとしているのに、いざとなると躊躇ってしまう。
私が本当に彼と身体を重ねてしまっても良いのだろうか。彼の美しさに釣り合わない私が――。
「――いいから早くしろ。…いつまで俺を辱める気だ」
すると彼は、赤らめた顔を精一杯に背けながら言った。――だめだ、もう迷うのはやめよう。
私は彼の側に急いで駆け寄った。一度深呼吸して、頭を大きく左右に振る。躊躇う気持ちを振り払って、改めて彼の身体を眺める。
お腹をこうやってきちんと見るのは初めてだ。――まず、軽く右足で彼のお腹を撫でた。
ものすごくさらさらとした、気持ちいい毛の感触を暫く楽しむ。そして、段々とその足を下側に――。
小声で「失礼します……」と言いつつ、彼のお腹の白い毛を、今度は両前足でかき分ける。するとそこには、純白とは全く別の色をした、彼の雄が隠れていた。
初めて見る彼のそれは、身体と同じくまたずいぶんと綺麗で、恥ずかしさよりも先に、その美しさに感嘆してしまう。
そして今度は恥ずかしい気持ちを抑えて、また一呼吸。今度こそ、と意を決して、私は彼のそこをもう一度目で捉えた。
「…ぺっ」
これから、ある意味汚すことになるのだが、さすがに土で汚すわけにはいかないと思い、足裏を舐め取った後唾を吐いた。そして――
私は前足で、彼のモノにそっと触れてみた。まだ柔らかいそれを、揉むように片足で刺激する。
未だに彼には恥ずかしい様で、私からそっぽを向いたまま、こっちを向こうとはしてくれない。
私と彼の息遣い、そして水が僅かに流れる音だけが聞こえる。お互いの呼吸はまだ平常そのもので、至って静かなままだった。
「――その調子だ」
しばらくその状態が続き、徐々に彼のモノが膨らみかけてきた、丁度その時だった。
目は合わせてくれなかったが、顔だけをこちらに向けて、彼はそんな言葉を掛けてくれた。
「あ、ありがとうございます…」
私にはそれが嬉しくて仕方がなかった。――ああ、何て幸せなんだろう。
「……うわあ…」
彼のモノが徐々に天を指し始めた。それにもまた違った美しさが感じられるほどに、綺麗な形をしていた。
そのままさらに刺激を続けると、彼のモノはついにその全貌を明らかにした。
彼の身体の大きさに相応しい、立派なモノ。そそり立つその姿には気品さえ感じられるようで。
今や彼の白い毛から完全に顔を出したそれは、とても綺麗な濃いピンク色をしている。
――これが彼の大きくなったモノなんだ…。
私はいつの間にか、まるでそれに惹かれるように、ゆっくり顔を近づけていった。そして――
「…いかがでしょう?」
彼の様子を伺いながら、私は何度も何度もそこを舐め上げた。
彼は相変わらず、私の呼びかけには答えてくれない。それでも、舐めるたびに彼の身体がぴくりと動く。
声こそ無いものの、彼はきちんと私の行為に感じてはくれているみたいだ。
私はそんな彼の様子に少し安堵を覚える。――私も上手くやれてるみたいだ。
ほっとしたところで、私は次の行動に移ることにした。彼のモノを傷つけないように、慎重にしながら。
私はそれを咥えて、ゆっくりとしゃぶり始めた――。
「んふっ…んっ、んん…」
淫らな水音を立てながら、熱い熱い彼のモノに舌を絡めながら……。
何度も何度も同じ動作を繰り返す。――ぐぽりと吸い上げ、再びぐぽりと口内にそれを戻す。
彼のモノからはやみつきになるような匂いが漂ってきて……私は気が気でなかった。
そのうちに私も我慢が出来なくなってくる。ここはやはり、彼に頼むしか――。
私はついに意を決して、彼をまっすぐ見つめる。顔から火が出そうなほど恥ずかしかったが、それでも我慢できずに私は口を開いた。
「あ、あの……私も、慰めてもらえませんか…?」
「ふん。…断る」
あっという間の彼の返事。こうもきっぱりと拒否されると、やはりちょっと悔しい。
「そ、そうですか…。分かりました、なら……自分でやらせてもらいます」
流石にこれ以上は耐えられない。言うが早いか、私は彼の上に覆い被さり、自らの秘部を彼のモノに近づけていく。
まだ入れないようにだけ気をつけながら、私はぴとり、とモノと秘部を重ねた。
密着した秘部から、彼の鼓動がびくびくと伝わってくる。彼のモノは硬く張り詰めていて、まるで溶けてしまいそうなほど熱い。
そんな彼の様子に私も興奮してきて、いてもたってもいられず――私は、自分の秘部を彼のモノに押しつけ始めた。
「っ……あぁ…」
にちゃにちゃと、確実にそこを自らの愛液でべとべとにする。汚すのは申し訳ないという気持ちは、とっくに消えていた。
「…こちらを…向いて下さい、よおっ…!」
そして、彼にそんな切なる想いを伝えながら腰で円を描きつつ、ぐりぐりと彼のモノに秘部を擦り付け続けた。
「もう一回……向いて下さいっ…!」
その瞬間、彼は私の方を向いて、私の唇を奪う。そのまま口の中をなめ回されたかと思うと、彼はそのまま私を地面に押し倒し、上に覆い被さった。
「……勘違いするな。――子供のためだ」
彼は少し恥ずかしそうにそう言うと、そのまま前足で私の胸を弄ってきた。くにくにと彼の肉球が私の胸を鈍く刺激する。
さらに彼は乳首を重点的に攻めてくる。こりこりと強めに擦ってみたり、あるいは優しく爪で弾いたり――そして、彼の舌で転がしてきた。
そのいきなりの攻めに私は正直に反応してしまう。まだこんな事で声を出すまいと頑張ってみても、すぐに折れてしまった。
そんな私の反応に満足したのか、今度は舌を、ぐちょぐちょに濡れた私の秘部に這わせてきた。
彼のざらざらとした舌の感覚と、絶妙な舌遣い。当然耐えられなくて、私はだらしなく声をあげる。
「準備は万端みたいだな……それなら、そろそろ行くぞ」
こくり、と私は頷いた。彼は私の秘部にモノを押し当てて、私の中にそれを突き立てた。
「…う…くうぅ……あ゛ぁっ…!」
そして、半ば無理やりに押し込んでくる。――く、苦しい…!
「――大丈夫だ、死にはしない」
こんな時でも彼は、思いやりが感じられないような冷たい言葉を吐き掛けてくるのだった。
「ひぐっ……あ゛、あ゛あ゛ぁぁあぁっ!!」
私は、無理矢理中に入ってくる彼のモノの痛みに悲鳴をあげる。まるで拷問のようなそれに、私は精一杯耐えていた。
そして奥の奥、ついに何か壁のような物に彼のモノが突き当たる。どうやら最奥に到達したようだ。
悲鳴が終わってもなお荒いままの息を暫く整える。そうしながら、中に入った彼のモノの感覚に、徐々に身体を慣らしていく。
「……よく頑張ったな」
彼はもじもじしながら、とても恥ずかしそうにつぶやいた。そのまま私をねぎらうかのように、頬をぺろぺろと舐めてくれる。
普段の彼からは想像も付かないような、とても貴重なプレゼント。――ああ……耐えて良かった。
「…光栄です」
自然と浮かんでくる涙を拭き取りながら、思わず口に出た言葉。
今までの道のりが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。…本当に耐え続けてきて良かった。
心からそう思えた、次の瞬間だった。
「――これで俺の役目は終了だ」
「…? あ゛ぁっ…!」
突然彼がそんなことを言って、自らのモノを何の躊躇もなく秘部から抜き、私の横で再び仰向けになったのだ。
「ど、どういうことですか…!」
おぼつかない足で何とか立ち上がり、不満の声を漏らす私。
「…後はやはり、お前が何とかしろ」
これからの快感に期待を寄せていた矢先の事。残念ではあったけれど、彼が求めているのだから仕方ない。
――ひょっとしたら、彼は私に奉仕されるのが好きなのだろうか?
あるいは単に動きたくなくて、私に動いて欲しいだけなのだろうか。――たぶん、そうだと思うけど。
とにかく私は彼に言われたとおり、彼の上に乗り、彼のモノを自分の秘部に埋(うず)めていく。
かなり濡れていた私のそこは、今度はさほど抵抗することもなく彼のモノを飲み込んでいく。
完全に飲み込んだのを確認して、私は身体を上下に揺らし始めた。
「ふぅんっ…ん、ああっ…んあぁ…」
ぐちゃり、ぬちゃりという卑猥な音――それは、お互いずぶ濡れの毛同士が衝突する音。
もしくは、締まっている膣の中に彼の剛直が出入りする音――おそらく、どちらもであろう。
それらが響き渡る中、自分だけ甲高い声を上げ続けている。…まるで独りよがりしているようだ、と思った。
眉間に皺を寄せ、狂ったように同じ動作を繰り返す。正直、彼にも動いて欲しかった。
「何故、ですかあっ…ぁあっ…声、だけでもっ…っあぁん…私のためにぃっ…んあぁっ…!」
――だから、今度は迷わず彼にその思いを伝えたのだった。
私は自分の、そして彼の快感のために、腰を上げ下げし続ける。
それでもまだ、まだ快感が欲しい。彼も私も、もっと気持ちよくなれるはず。
ただその一心でぐちゅぐちゅと彼のモノを出し入れしていると、彼は一瞬の隙を突いて横に転がった。
もちろん、そこで行為も止まってしまった。何が何だか分からず、ただぼうっと突っ立っていた私を押し倒し、またもや立場が逆転する。
「――今度は己の為だ。…お前の為など、千年早い」
何とも言えない、気品の漂うような声。凛々しさと雄々しさを兼ね合わせた、雌を魅了する声が聞こえた。
かと思えば、そのまま彼は私の秘部に前足を当てて、くちゅくちゅと擦り始める。それだけではなく、彼の舌も私の秘部――そこに在った豆を的確に転がす。
最初こそ彼の言葉を真に受けてがっかりしていたが、この行為を見る限り、どうやらそれは単に彼の意地っぱりな性格から来ていたみたいだ。
彼が私の秘部に顔を突っ込んでいる姿。淫靡な彼の姿でさえも、どこか美麗を感じさせる。そんな様子に私もさらに興奮してしまって。
私は彼の遠慮のない攻めにまた善がってしまう。自分も精一杯もぞもぞと動いて、彼の舌に自ら秘部を押し当てようと努力していた。
「…いくぞ」
危うく、快感が絶頂に達しそうになった矢先の出来事だった。
彼はそこから一旦口を放すと、にやけた顔で――そう見えただけかもしれないが――私を見据えながら言った。
目線が合ったのはその時が初めてだったが、そんなことは最早どうでもよくなっていた。
早く、早く。――どこまでも冷静な彼に、思わず叫んでしまいそうになる衝動を抑えつつ、壊れてしまいそうな理性を何とか保ちながら、私はそう願い続けた。
「――立場を考えろ。…言え」
絶頂ぎりぎりのお預けで、私の理性を崩しにかかる彼。私の心の内は全部ばれているんじゃないか、と思うほど、彼の攻めは的確だった。
ただ、それを言うことは恥ずかしくてとても出来ない。――出来ない……けれど。
それ以上に、今の苦痛にはもう耐えられない。きっと言わない限り続きは無いだろう。だから、今の私に残された選択肢はただ一つ。
半ば投げやりになりながらも、彼に言われたように……私は叫ぶように懇願した。
「つ、続きを……私の此処に、貴方のモノを――お願いします、欲しいんです…!」
「――よしよし」
静かに私に跨ったかと思えば、彼に似合わない飛びきりの笑顔。そんな台詞を言いながら、私の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。
私は彼のそんな様子に暫し呆然としてしまう。そうしてくれたことはとても嬉しいけれど、それ以上にびっくりしてしまったのだ。
さらには、何だか得体の知れない恐怖……ひょっとしたら何か企んでいるのかも知れない――。
「――折角お前のために……いや、違う」
ぷい、っとそっぽを向いてしまう彼。でも、その表情には何だか初々しさが感じられる。
「もっと素直になってくださいよぉ……」
私はそんな彼の唇を強引に引き寄せて、深い深い口づけを。唇同士が離れていくときに、私は彼と目があう。
それでも彼は私から直ぐに顔を逸らせた。慌てる彼の顔がどうしようもなく愛おしい。
「…今度こそいくぞ」
それだけ喋って、彼は私の濡れそぼった秘所に雄を宛がい、一気に貫いた。
すんなりと奥まで入れたかと思うと、今度はずるり、と引き出す動き。そんな単調な、けれど激しい動きが繰り返されていく。
「耳を…塞げえっ…!」
今まで押さえてきた彼の喘ぎ声が僅かに漏れた。それを聞かれるのが恥ずかしいのか、彼は無茶な要求を私にしてくる。
一体どこまで彼はシャイなんだろう。だけど、そんな様子がなんだか可愛い。
「嫌です…よぉっ……んあぁっ…ああ…!」
彼の乱雑な突きに、私は途轍もない快感を感じて、ただただ善がる。彼の頼みを聞く余裕はほとんど無かった。
「聞きます、からねっ…! ふぁあっ…!」
「…はぁ、あ゛ぁっ…あ、ああっ…」
そうしていると、ついに彼も観念したのか、大きな声で喘ぎ始めた。その声が私の声と重なって、その場の空気をより一層高めていく。
――今、私も彼も、一つになっているんだ。
そんな感動を覚えながら、先ほど以上の快感に身を委ねる。彼の喘ぐ声にも、どこか秀麗な気配が漂っていて、とても艶やか。
いつものかっこよさだけではなくて、それ以上の魅力を私は彼に感じていた。
「イくぞ……イくぞおっ…!」
一層激しくなる行為は、絶頂が近いことの証。最後とばかりに腰を打ち付けてくる彼と一緒に、私も身体を動かす。
「きて、来て下さい…!」
ふわっと腰を浮かせる。彼の雄が一番奥まで届いたと同時に、彼と私はそれぞれの象徴をびくり、と大きく痙攣させた。
「あ゛ぁ、あぁああぁぁあっっ…!!!」
「ぃあああぁああぁっっ…!!」
びくん、びくんと波打つ彼の肉棒。それはその脈動に合わせて幾度も大量の精液を私の中に溜めていく。
恐らく彼も長らく処理をしていなかったのであろう。熱くたぎった精液は、止まることなく私の中を満たしていく。
中で彼の棒が暴れているのが分かる。それは止む気配が全くなく、延々と精液を吐き出し続けた。
私も自分の秘部をひくつかせながら、彼の精液を一心に受け止める。けれど、それにしてもあまりに多すぎた。
やがて溢れてくる彼の子種は、私の割れ目からごぽり、と吐き出される。白い粘液が私の秘部の周りを汚していくけれど、そんなことは気にならなかった。
私も彼も、ただその快感に酔いしれて、お互いに抱き合ったままじっと目をつぶって、その感覚に身を委ねていた。
「…はぁ……あぁ…」
「――ありがとうございます」
私は、自然と頭に浮かんできた感謝の言葉を口にしていた。
「…溢れた分は飲んでおけ。――良い栄養分になる」
最初は冗談かとも思った。けれど、彼が至って真剣にそう言っていたので、それを信じて飲んでみることにした。
舌で掬うと、苦いとも甘いとも違う、何かただ変な味。それでも、これが彼のものだと思うと、不思議と嫌ではない味だった。
「……今日は寝る」
すっかり落ち着いた様子の彼は、そのまま寝床へと戻ってしまった。でも、その表情はどことなく嬉しそうで。
私もたっぷりの幸福感に浸りながら、私も寝床で深い眠りについて行った――。

――あの日から半年が過ぎたある日のことだった。月がとても綺麗だったのは覚えている。

「――苦労をかけたな」
彼の言葉は、いつも以上に唐突で、意味の読み取れない物。
「な、何を仰るんですか、突然…!」
私は彼の突然の労いに慌ててしまう。彼がこんな風に優しく接してくれることはほとんどない分、急に言われると焦ってしまうのだ。
そんな私の様子を知ってか知らずか、彼は平然と私を見つめていた。
空が明るい。月の光はいつも以上に降り注いでいて、清水の沸く小さな泉は青白く光っている。
「…添い寝してくれないか」
彼の頼みは、今まで聞いたことも無かった物だった。――彼は本当に何を考えているのだろう。
「は、はい、喜んで」
ただ、私にとっては願ってもないこと。当然のように喜んで、彼の側まで寄り添っていく。
初めての経験。彼とくっついて、そっと四肢を折りたたむ。直ぐ横には彼の顔。彼の息遣いまで感じられるほど近い。
内心どきどきしながら、私はじっと彼の隣で寝そべっていた。
「こちらを向いてくれないか」
彼の言葉に反応して、私は彼の顔を見た。彼の目はいつ見ても凛としていて、私は暫く目を奪われてしまうほど。
そうして私は彼の目を、彼は私の目をじっと見据えたまま、静かに時が過ぎていった。
ふぁ、と彼はあくびを軽く噛み殺す。ようやく眠気がやってきたのか、彼はそっと目を閉じた。
彼はとても幸せそうな笑顔を浮かべて、安らかな眠りにつく。
そんな彼を見ていると、私も幸せな気分になってしまう。彼の寝顔を瞳に焼き付けてから、私も深い眠りに落ちていった――。

日の眩しさに私は顔をしかめた。いつの間にか朝になっていたようだ。どうやらだいぶ長い間寝てしまったみたいだ。
ふと横を見ると、彼は起きる様子もなく未だに眠ったまま。いつも早起きの彼にしては珍しい。
私はそんな彼を顔で小突いて起こしてみる。しかし、彼はいっこうに起きる気配がない。いや、それどころか反応さえないのだ。
私はようやく事の重大さに気づいた。彼は身体をピクリともさせず、ただじっとそこで寝ているだけ。
必死に前足を彼の身体にかけて揺すぶりながら、私は彼の耳元で声を枯らして叫び続けた。
「起きて下さい! 起きて下さいよ! お願い……起きて、起きてよぉ…!」
それでも彼は動かない。彼の息遣いも、彼の鼓動も、もうどこにも感じられなかった。
――どうして気づけなかったんだろう。どうして分かってあげられなかったんだろう。
まだ彼の死が信じられなかった。きっと直ぐに彼の声が聞こえるんだと、心のどこかで信じ続けていた。
――けれど、彼はもういないんだ…。
彼に聞けなかった想い。どうして聞いておかなかったんだろうと、今更悔しくて涙が溢れる。
悲しさも悔しさもごちゃ混ぜになって、そんな物が全部涙になって零れ落ちていった。

目が腫れるほど泣いた後、ようやく私の涙は終わりを迎えた。少し気分も落ち着いたところで、私は彼の持っていた物を整理していた。
といっても、彼が持っていたのはせいぜい私があげた小さい宝石くらい。あとは彼が拾っていた木の実やニンゲン達の雑貨だけ――。
「……そうだ。――あれはどこにしまったっけ」
私と彼が一緒になって間もない頃。彼は喋ってすらくれなくて、その代わりにと用意していた物。
文字をかたどった、ニンゲン達のおもちゃ。そんな物を彼はどこからか拾ってきて、私への伝言に使っていた。
彼との思い出が沢山詰まったその木で出来たプレートが、元在った場所から忽然と消えていた。
彼の歯形が残るほど使い込んだあのおもちゃは、何としてでも置いておきたい。
懐かしい思い出が脳裏で再生される。また溢れそうになる涙を堪えて、私はそれを探して歩いた。
――あったあった。でも、ばらばらになっちゃってる…。
地面に散らばったそのおもちゃ。私はそれを綺麗に並べて、数がそろっているかを確認してみた。
けれど、どう見ても数個だけ足りない。どこかに転がってしまったのかな、と辺りを探してみる。
――あれ、これ…。
少し地面から出ている、まるで自然が作った机のような、平たい石の上に、残りのプレートは置いてあった。
私はそれを咥えて運ぼうとしたけれど――その意味を理解した時にはもう、視界は涙に覆われていた。
最期まで彼らしい伝え方だったけれど、それでもそれは、彼が残した最期のメッセージ。――彼の言葉に変わりはない。




――ありがとう。


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.