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最強のルカリオを本気出して書いてみた 第四話

/最強のルカリオを本気出して書いてみた 第四話

 
最強のルカリオを本気出して書いてみた 第一話
最強のルカリオを本気出して書いてみた 第二話
最強のルカリオを本気出して書いてみた 第三話
最強のルカリオを本気出して書いてみた 最終話




 バシャーモがルカリオと出会ったのは、リサと旅立って間もない頃だった。あのころ、バシャーモはまだアチャモだったし、ルカリオもまだリオルだった。
 第一印象は、呑気なやつ。その一言に尽きる。
 ポケモン図鑑での分類によれば、リオルは「はもんポケモン」と呼ばれていた。当時のアチャモはそれほど深くポケモンごとの性質を理解していたわけではない。それでも、「はもんポケモン」の名が擁する潜在能力は大きいものだろうと、なんとなく察してはいた。けれどそのリオルは、そんな印象からは程遠い、ずいぶん呑気なポケモンだった。
 やがて旅を続けていく中で、アチャモはワカシャモに進化し、リオルはルカリオに進化した。
 シャラシティのジム戦の前に、ワカシャモとルカリオで手合わせをした。シャラジムのリーダーであるコルニはかくとうタイプの使い手だ。そのシミュレーションの一貫として、かくとうタイプのワカシャモとルカリオでポケモンバトルをし、対策を講じるというリサの考案だった。
 そして、ワカシャモはルカリオに完敗した。けれど、負けたあとも「呑気なやつだ」という第一印象が薄れたことはない。
 あれは運が悪かったのだ。努力と克己を怠らなければ、いずれ追いつき、追い越せる。実直でひたむきなワカシャモは、無根拠な、しかし純粋な向上心でワカシャモはそう思った。
 それがどれほど浅はかな考えだったかを知らされるまで、さして時間はかからなかった。
 そのルカリオはたしかに呑気なポケモンだった。どこまでも自然で、闊達で、緩やかで。そこには情熱も、強かさも、抜け目なさもなく、その姿のまま――不敗だった。
 ワカシャモはさらに力をつけ、やがてバシャーモに進化した。しかしそれでも、敗北に終わったバトルは数多い。そして、バシャーモを負かしてのけたすべての相手に、ルカリオは勝利し続けた。不幸というべきか、それをまだ幸運と信じこめるほどに、バシャーモは楽天的ではなかった。
 あれは天才だ。相手が強ければ強いほど、ルカリオはより以上の強さを発揮する。呑気な笑顔を浮かべたままで、底なしの才能と怪物的な実力を発揮する。
 ルカリオとのバトルでワカシャモが敗北したとき、たいした脅威を感じなかったのは当然だった。巨大に過ぎるルカリオの才能は、その真価の十分の一も発揮されてはいなかった。それを感じさせないほどに、両者の差は大きかった。乳飲み子に太陽の大きさなど測れない。あのときのワカシャモはそれほどに小さい存在だったのだ。ルカリオにとってはおそらく、いや間違いなく、その気になれば一瞬でワカシャモの命を奪うこともできたはず。
 それを理解できてしまったことが、バシャーモの不幸といえた。そしてそれ以上に救いがたいのは、バシャーモが諦めとは無縁の性分だったことだ。
 リサのルカリオ。あの最強にして最大。カロスの頂点に立ったポケモン。並み居る実力者のことごとくを凌駕する、カロスが生み出した怪物。
 舞うように優雅に技を避け、殺さぬように傷つけぬように優しく、的確に標的を叩く。相手がどんなポケモンであれ、等価に、赤子をあやすように倒してのける。それだけの天才を、気まぐれのように持って生まれたポケモン。
 ――いつか、あいつの領域に手をかける。
 ――誰よりも異質で、誰よりも強すぎるあいつの前に、いつの日か立ってみせる。
 ――当たり前のように高みにいるあいつに、いずれ並んで見せる。
 バシャーモは決めた。強いられたわけでも、主人に言われたわけでもないのに、そう決めた。なんの根拠もたいした理由もなく、勝手に決めた。その瞬間から、バシャーモの生涯は決定した。ほかの誰にもなににもよらず、バシャーモ自身がそれを決定した。
 極めつけの自己満足。無意味で至難で不可能な愚行であると、理解はしている。
 だが、それがどうした。なにが悪いというのだ。
 魅せられた。惹かれた。憧れた。見上げて、焦がれて、追い求めた。欲することに、なんの咎がある。
 バシャーモのすべては、そのために費やされる。掛け値なしに最強のポケモンに、間違いなく最高の天才に、「追いついたぞ」と胸を張ってみせる。そのささやかな夢には、それだけの価値がある。ほかの誰でもない自分がそう決めた。
 その情念をなんと呼ぶべきか、言葉で表現できた者はない。
 リサにはわからなかったし、セレナなどは黙って首を振ったものだ。
 カルムは愉快そうに微笑んだだけで、カルネはもっとはっきりと楽しげに声をたてて笑った。
 リサの母だけが一度、こう評した。幼子を見守る母親の、呆れと、あたたかい笑みを含んで。
「つまるところあの子は、夜空の星を欲しがる子供と同じなのよ」




    1




 暴風が吹き荒れた。
 オンバーンの超音波だ。カロスリーグ四天王に君臨するドラセナは、先制のこの一撃に全力を命じた。
 そしてそれに重なるように、実体を伴った烈風が渦を成す。これはバトルシャトレーヌ・ラニュイのトルネロスがつくりだしたもの。尾から吹き出す底なしのエネルギーを全開に解き放った結果だ。
 さらには締めとでも主張するかのように、渦巻くふたつ暴風の中心へ、直径十数メートルにも及ぶ光の線が叩きこまれた。ミアレシティのジムリーダー・シトロンのエレザード、そのトレードマークでもあるエリマキを広げ、そこから放ったもの。渾身の「はかいこうせん」だ。
 ――ポケモントレーナーの間に結ばれた決闘法、ポケモンバトル。
 その要諦は、力を技へと変換し、決められた枠内での手数やバリエーションで勝負することにある。表現を変えるなら、攻撃を点へと限定すること、というべきだろう。
 これは、その気になれば単独で軍勢を屠れる生物であるポケモンにとって、その力の大半を縛ることに等しい。
 人間の軍事史を顧みればいい。弓矢や刀剣で戦っていた古来の人間は、技術の発展により銃火器という兵器を手にし、さらには大砲・炸薬を主体とした面への攻撃方法を手に入れた。機械兵器の大量使用は、それまで半径十数メートル程度だった面制圧攻撃を、さらに大規模に絶え間なく行うことを可能にし――ついには街どころか国ひとつ、大陸ひとつを灰燼と化すだけの火力を人類は手にした。
 より広く、より遠く、より深く、より強く。火力の発展は、点から面へ、面から領域への、破壊対象の拡大といってよい。
 力あるポケモンは、それを単独で行うだけの能力を備えている。人類が代々の技術・知識の蓄積によってようやく到達した成果を、生まれ持った身体の性能によって実現してのける。それが、ポケモン本来の力だった。
 たった三匹のポケモンが生み出した光熱の暴風に、ほかのポケモンたちはそれぞれ出遅れたことを悔いる表情で顔をしかめた。
 ――普通に考えるなら、勝負はここでついている。
 四天王、バトルシャトレーヌ、ジムリーダー。カロスでも指折りの実力者が同時に、ひとつの対象に、その全力を叩きつけたのだ。強大な伝説のポケモンですら屠れただろう。しかし、この場に集った誰もが、そのような楽観的な推測からは無縁だった。
 そして、その予想は的確だった。
 いまだ吹き荒れる暴風を、こともなげに突き破り、十ほどの波導の技が宙を舞う。それらは青白い光芒を軌跡に残しながら、たまたま手近にいたジムリーダーたちのポケモンへと向かった。
 その矛先にいたフクジ、ザクロ、コルニらは、いずれもリサのルカリオと手合わせした経験がある。ジムバッジを賭けた、ポケモンバトルに基づいた戦いだ。あのときも、似たような技を彼らは目にしていた。だからこそ理解できた。今、彼らのポケモンに飛来してくる波導には、いつかのときのような手加減はない。まともに食らえば、それだけで致命傷だ。
 だがこのとき、マーシュのニンフィアが進んで前に躍り出た。
 触覚を翻しながら、くるくると宙を舞う。踊るようなその仕草。それが、あらゆる悪意を祓う神楽であることを、知識ある者たちは知っている。
 形なき風に誘われるかのように、十の波導はニンフィアの神楽に巻きこまれ、その勢いと破壊力を祓われた。それはあらゆる特殊攻撃への防御において、圧倒的な性能を持つニンフィアの神髄というべき神楽だった。
 光熱の暴風が晴れる。草花が舞い散り、暴風の中心は焦土と化していた。しかし、欠片も残さず体が消し飛ぶはずのその中心に、傷ひとつ負わずに一匹のポケモンが立っている。
 ――ルカリオは、純粋に感心したように微笑していた。
 その周囲を守るかのように、薄く光る障壁が張られている。
 ポケモンバトルのルールが制定され、あまり顧みられなくなっている事実だが、本来ルカリオとは波導の力を自在に操るポケモンだ。「技」という制限さえなければ「リフレクター」や「ひかりのかべ」のように、波導の力を防御に転換することもできる。他の種族に類を見ない、波導という特有の能力。その力は多岐にわたる。まして、最強の天才と謳われたリサのルカリオ。防御の手管に不足があるはずもない。
 正直な話、今の一撃などルカリオにとってたいした脅威ではない。力任せの範囲攻撃なんて、障壁ひとつを張ればすむ代物だと思っている。それよりは、先刻ルカリオを襲ったカルムのゲッコウガの戦闘術の方が、よほど手を焼いた。力の凝縮・集中と、その戦術的展開。力と技と知略の粋を凝らした戦の技芸。ルカリオにとってはその方が興趣をそそる。
 遊びとしなければ、そもそも勝負が成り立たないという天才性。本気となれば、一方的な殺戮にしかならぬという怪物性。
 これを理不尽な現実と呼ぶか、極めつけの喜劇と呼ぶべきか――ルカリオは、そこまで深く考えてはいない。すくなくとも、これまでは。
「散開!」
 カルネの凛とした声が響く。
 初撃の後、ズミのブロスター、バキラのシャンデラ、ルスワールのラティオスが加わった攻撃が、ことごとくルカリオの障壁の前に無効化されていた。純粋な出力ではこの場でもトップクラスの面子に総攻撃を受けても、ルカリオの防御は小揺るぎもしない。しかし、これは当事者双方において既定の事実。挨拶代わりのようなものだと全員が承知している。
 本番はこれから――
 カロスチャンピオン・カルネは、そう考えていた。
 ポケモンの村に、いまだ泰然と立つルカリオ。それを取り巻くポケモンたち。カルネはその光景を眺め、ぼんやりと思った。
 いまのこの状況を喩えるならば、屈強な猛獣の群れに包囲された一匹のポケモン。ええ、おそらくはそれが外形としては正しい。四方八方三百六十度、すべてを囲まれ逃亡の余地もない。絶体絶命、そう表現するのが妥当。
 ただ問題は、その囲まれたポケモンが、獣たちすべてよりもさらに強大な力を備えていること。
 実態としては、身の十メートルを超える巨獣の周囲を、子犬が取り巻いているようなもの。それが真実だろう。囲まれていると見えるのは、すべての獲物が手の届く所にいるということ。その長く強靭な脚を振るうだけで、木端のように打ち砕かれる。
 そして、とカルネは思う。
 あたしは、さしずめ子犬たちの長女。なんとも救いがたいことに、巨獣に対してさえ兄弟姉妹に対するような想いを抱いている。カルネは自らの立場に対して、道化めいた感覚を抱いていた。なんと他愛のない。チャンピオン・カルネ。カロスの頂点。最強と呼ばれた女の正体は、つまるところこの程度。我が子に無私の愛情を注ぐ親の方が、よほど素直で道理にかなっている。
 ――子犬の群れが動きを変えた。
 ブリガロン、シザリガー、ゴーゴート、ガチゴラス、ルチャブル、、カイリキー、クチート、ハッサム、ファイアロー、ガメノデス、エンテイ、レジスチル、レジロック、コバルオン、テラキオンといった、接近・格闘において実力を発揮するポケモンたちが前衛に。
 ライチュウ、プテラ、フラージェス、アマルルガ、ルカリオ、ニンフィア、ユキノオー、ドラミドロ、ファイアロー、ヌメルゴン、スイクン、ランドロス、ビリジオンたちが中距離から援護。
 残りのポケモンたちは遠距離からの射撃・砲撃に徹する。
 事前の打ち合わせの通り。各々の能力を加味した戦術的配置だ。
 リサのルカリオに対し、遠距離からの範囲攻撃は意味をなさない。どうしても、どうあっても、接近戦を挑む必要がある。それを見越した配置だった。
 指揮官に徹するのは、ゴジカ。彼女のヤドキングは攻撃には参加していない。この戦闘における戦術行動を演算・展開できるポケモンがいないのがその理由だが、もっと切実な理由もあった。
 ――私では、あのルカリオには勝てない。
 ゴジカは自嘲でも自虐でもなく、冷静な戦力分析からそう結論していた。
 未来を見通し道標となすゴジカの異能。しかし、ことリサのルカリオに対してはその力が通じない。孤高であると同時に他を拒絶する強力な意志に対し、ゴジカの占術や透視は意味をなさなかった。
 無論ゴジカは、ジムリーダーとしてカロス最強を称するに不足ない実力の持ち主だ。しかし、そもそもあのルカリオは、そのような要素で他者を見たことはあるまい。
 ポケモンにとってさえ、強力なポケモンの力はそれだけで脅威だ。ちいさなデデンネ一匹でも、全力の一撃は容易く人間を殺す程度の威力がある。その直撃を受ければ致命傷になりうるのは、ポケモン同士でも変わらない。
 ならば対処法は――どんな速度でも、どんな角度でも、どんな攻撃でも、完全に防ぎ、避けること。これを実行できるなら、どんな相手だろうとランク分けする意味などない。
 現実的に、そんなことは不可能のはずだった。それができるようなら世のあらゆる戦術・戦略から防御という要素が消えてなくなる。その不可能を現実にしてしまえるところが、あのルカリオの強みであり、凄みであり、そして出発点だった。
 世における究極が、出発点でしかなかったという不条理。あるいは喜劇。そして異常性。その異常性を前にしては、ジムリーダーのゴジカすら、野生のポケモンと同じ扱いにしかならない。そのことを、ゴジカは明解に理解していた。理解したうえで、彼女はここにいる。まったく、これが道化でなくてなんと呼ぶのか。
 眼前では本格的な交戦が開始されている。
 ルチャブルの拳と蹴りの連撃が空を裂く。
 テラキオンが膨大な膂力にものを言わせて襲いかかり、ギルガルドの刃が陽光に煌く。
 ファイアローはヒット・アンド・アウェイでかき回し、ビビヨンが的確な暴風を巻き起こして動きを封じて、レジスチルが頑強な防御で間合いを詰める。
 そして、それらのすべてを捌き、いなし、かわし、防ぐルカリオ。ひとつの動作で複数の攻撃を回避し、連なる動作が完璧な防御を形成する。
 達人級の武芸者の動きは、一見、ゆったりとした緩やかなものに見える。極限まで無駄が削ぎ落とされ、回避に要する最短の経路をなぞる。ほんの何気ない曲線の動きが複数の意味を持ち、指先に至るまでの細かな動きが音節の如くすべてに連動する。文字通りの意味で、まるで舞っているかのような動きとなる。ゴジカはしばし、その動きに見惚れた。なんという才能だろう。その流麗さに感嘆を抑えきれない。
 そんな微笑を浮かべる彼女のかたわらで、ヤドキングは恐るべき速度で演算を行っていた。ルカリオの身長、体重、速度と筋力、過去のバトルから導き出される戦闘予測、時刻、気温、湿度、気象、風速、風向き。そしてこの場に集った数多のポケモンたちの諸元。ありとあらゆるデータを並列処理し、最適の戦術を算出する。そして、得られた解を念力ですべてのポケモンへ伝達。
 この種の理詰めの思考において、ヤドキングは間違いなくカロスでも随一を誇る。なによりその強みは、ロジックの中に不確定要素を当然の前提として織りこめる点だった。戦場の霧とも呼ばれてきた不確定要素――戦場において必然的に発生する諸々の予想外の出来事――すら、ヤドキングの頭脳は肯定する。その上で、何千回、何万回というシミュレートを繰り返し、何億・何京の演算を瞬時に行う。それができるのは、ゴジカのヤドキングのみ。
 そして今まさに、その「予想外の出来事」が発生していた。
「そこだあああぁぁぁ!!」
 と、わざわざ声に出して(しかも不意打ちですらない真正面から)ウルップがフリージオを突撃させ、凍気の渦を発生させた。
 近接戦闘を行っていたポケモンたちが、それぞれ苦笑未満の表情で距離を取る。
 そして次の刹那――とっさに顔をこわばらせ、後退った。
 フリージオの凍気は、大気が結晶化して瞬くほどに鋭く、凝縮されていた。
 ――能力値修正。発生まで0.0057秒。マイナス250度前後。
 ヤドキングは冷静にその事実を観察し、新たな計算を構築する。
 もちろん、素直に感情をあらわにできる状況であれば、驚愕していただろう。今の凍気は、フリージオという種族の域をはるかに超えている。伝説のポケモンであるフリーザーでさえ、絶対零度に近い凍気を瞬間的に発生させるなど不可能だろう。
 ルカリオの天才はまさに底なしだが、ウルップも別の意味で限界を知らない。できると思ったことは躊躇なく実行し、そしてスペック以上の結果を叩きだす。
 あの凍気を受ければどんなポケモンもただではすむまい。楽しいからバトルをする。あの気さくな男は、たったそれだけでジムリーダーに上り詰めた。ポケモンとの絆や信頼など、そのような煩わしい事情はバトルには持ちこまないと常々断じているウルップだが、絆と信頼なくしてあれほどのポケモンを育て上げることなど不可能だ。
 カロス最後のポケモンジム、そのリーダーが秘める力は計り知れないものだということ。従来のポケモンバトルでは絶対に到達しえなかった境地が、この戦いにあった。
 ヤドキングは新たに得られたデータを元に、新たな計算と戦術を構築する。
 予測では、ちょうど七十五秒後に、戦局は詰みの段階に入る。一筋の閃光がルカリオを捉え――あとは雪崩を打ったように均衡が崩れ、複数の致命的な攻撃がルカリオの全身を穿つ。
 そこまで予測しながら、ヤドキングに慢心はなく、躊躇もなく、そして確信もない。あらゆる計算は現実という鉄槌の前にはひどく脆い。
 なにより、彼らの敵はリサのルカリオだった。





    2




 敵の動きが変わった、とリサは思った。
 そのことに、無論ルカリオも気づいていた。
 右からカイリキーの拳が迫る。ルカリオはわずかに顎を引くだけでそれをかわすと、ちょうどラティオスから光線が放たれた。
 波導で光線を迎撃すればマフォクシーの放った炎が飛んできて、ついでのようにボルトロス・トルネロスが前後からの連携で攻めてくる。
 飛びあがって難を逃れれば、ファイアローが急接近して襲いかかり、そうかと思えば同じくテレポートで現れたシンボラーがすぐ背後に控えている。「でんじふゆう」の応用である程度、空中でも姿勢を制御できるルカリオだが、本来は地上でのバトルを得意とするポケモンだ。空のポケモンたちは、ルカリオが飛んだその隙を見逃さない。
 そして、当然のようにすべての攻撃が一撃必殺。かすっただけで即致命傷になりうる破壊力を備えている。なにより恐るべきは、手段も質も速度もまったく異なる攻撃であるにも関わらず、それらが見事な調和を見せていることだった。吐息の触れるような距離に大小さまざまなポケモンがひしめいているというのに、同士討ちというものが生じていない。さきほどフリージオが発した凍気ですら、危なげなく回避し、すぐさま乱れた陣形を立て直した。
 ――ゴジカさんだわ。
 リサは即断した。
 ゴジカのヤドキング。この場に居並ぶ面子の中で、これほど統制のとれた攻勢を指揮して作戦できるポケモンはほかにいない。というより、カロスのどこを探してもあのヤドキング以外には存在しないだろう。
 リサは息をもつかせぬ猛攻のなかで、努めて冷静に周囲を確認した。ぐるりを囲まれた包囲陣。前衛には、接近戦において手練と評するのも生易しい猛者が揃い、中距離では遠距離でも格闘でも一級の能力を均等に備える万能型のポケモンが並ぶ。そしてさらに後方からは砲撃に特化したような連中が的確な砲撃を放ってくる。まことに正攻法というべきであり、ルカリオがつけいる隙はない。
 リサの視線は一瞬、包囲陣の外周を回るように歩く少年の影を認めた。
 カルム。この場にいる連中の火付け役ともいうべきあの少年は、今のところ接近戦にも砲撃にも参加せず、ただ歩き回っている。協奏曲のように組み立てられた陣形から、彼だけが外れているようにも見える。
 彼のことだ、真打は最後にとでも考えて機会をうかがっているといったところだろうか。つまり、今のところ考慮に入れる必要はない。
 リサの思考はさらに進む。
 ――シャンデラの特大の灼熱が頭上から降ってくるのを波導で相殺。
 このまま進めば、おそらくルカリオは数分ともたない。なんとも素晴らしいことに、愛すべき敵の攻撃はさらに絶え間なく、激しさを増していた。ポケモンたち自身が、ルカリオを囲むこの状況とヤドキングの戦術に適応し始めているのだ。
 ――レジロックの放つ美しく輝く岩石の刃を叩き壊す。
 大半のポケモンは、集団戦闘というものに馴れていない。単独で完成されているのがポケモンというもので、ダブルバトル・トリプルバトルという多対多の戦闘がせいぜいだ。そもそも、個でさえ強力なポケモンには、徒党を組む必然性がない。それをまとめあげているヤドキングの演算能力に、リサは驚嘆する以外になかった。
 ――ギルガルドが放つ影からの無音の一撃を回避。
 この状況はあまりよくない。リサと同じく、ルカリオもなんとはなしにその結論に達していた。根拠などあった試しはないが、それでもこの勘が外れたことはない。
 理論も理屈もルカリオは必要としない。ただ結論だけが頭に浮かび、そしてそれは常に正解を示してきた。むしろ、ルカリオには不思議だったのだ。なぜ、ほかの連中はひとつのことをなすためにあれこれと計画だの計算だのを組み立てるのか。そんな瑣末なことに頭を悩ませずとも、適当にしていればいいのだ。場当たりでじゅうぶん。思いつきでなにが悪いというのか。それだけですべてがかなう。
 それが、世にとっての当たり前ではなく、ポケモンにとってさえ極めつけの異端であることに気づいたのは、最近のことだ。
 ――反撃。いくつかの波導を放ち、光矢となす。
 リサとルカリオの勘が囁く。多分、もう数十秒で被弾する。その後は――なす術がない。傾いた天秤は戻らない。
 だから――そうなる前に――鏖せ。
 殺戮せよ。敵みなことごとく殺し尽くせ。
 それはとても簡単なこと。彼らは我を打倒せんとの意志をもってここに来た。なれば打倒せよ。そこに一切の慈悲も呵責も無用。
「――まあ、それが当然なんでしょうけどね」
 リサはため息をひとつ漏らし、ルカリオはいつものようにその結論を忘却した。
 ルカリオには、あらゆる制限がなかった。殺すことは、呼吸するよりも簡単だった。手加減をしなければいいのだから。あらゆるポケモンを鏖殺するだけの力がルカリオにはあった。
 許されたフリーハンド。耳元に囁かれるその判断に、ルカリオは抗い続けてきた。殺さずとも敗北を認めさせる。力の有無がその存在を規定するポケモンにとって、敗北は人間よりもはるかに恒常的な屈辱であり、敗北を認めるという事実の重みは比較にならない。
 だったら、それでいいじゃないか。
 敗北させることは、ただ殺すよりも難しい。その難問を、しかし巨大に過ぎる才能は成し遂げ続けた。手足を縛りながら走り続けるような真似を、今の今までずっと続けてきた。ポケモンバトルは、そうしたルカリオの歪な生き様の象徴だ。それがあまりに無様だと思ってはいた。そこに謳われた実力主義の否定とは、ルカリオという存在の否定にほかならないのだから。
 ――放った波導のすべてをラティアスが打ち消した。
 回避がいよいよ難しくなってきた。反撃の糸口も、つい今しがた封殺された。そろそろ限界が近い。
 いかにルカリオに卓越した体術があり、神がかり的な反応速度があろうと、体の構造というものは厳密に設計された機械に似る。関節を逆に曲げるような、臓腑を裏返すような動作は許容しない。そしてもちろん、物理法則は万物に平等だ。見えている。わかっている。それでも回避できない、防御できない瞬間というものは絶対的に存在する。いかな天才でもそれを避けることはできない。
 防御の障壁を張るのも難しい。その気になればコンマ以下の時間で発動させる自信はあるが、これほどのレベルのポケモンたちに、これほどの距離まで接近されていては、その暇があるかどうか。そもそも、障壁とはよくできた壁であって、それ以上のものではない。攻撃に移るには解除しなくてもならないし、それでは実質時間稼ぎにしかならないだろう。
 故に、本来のルカリオの必勝パターンとは、一定以上の距離を取っての射撃戦だった。接近戦は徹底的に避け、中距離・遠距離からの技で撃ち抜く。
 もとより、ルカリオという種族はオールラウンドにバトルをこなせるものではある。格闘戦であろうとなにも不都合はない。しかしどうやら、いつの間にかそれに付きあいすぎた。
 自分が追い詰められているという自覚はあった。理屈がそう主張している。
 しかしそれでも、ルカリオはむしろのんびりとした――いつもの、主人や仲間たちといっしょに、庭でポフレをかじっていたときと同じ顔で、自分と周囲のすべてを見渡していた。
 ため息をつき、肩をすくめる。まったくいつもと同じ感覚で。
 他方、ゴジカのヤドキングは休むことなく冷静に演算を続けている。
 ヤドキングにはわかっていた。それだけが我々に許された唯一のアドバンテージであり、そして、それをもってすらルカリオには届かないことを。どれほど驚異的な演算能力を有していても、演算をショート・カットして解へたどり着く相手とは、そもそも土俵が違いすぎたのだ。
 あらゆる局面で自分の一枚上をいく。怪物を超えた怪物。カロスの歴史が生み出した異端にして最終形。そして、完成体。
 ――カウントはすでに七十秒を超えた。
 破断界まであと三手。





    3




 一手、コルニのルカリオ。
 休むことなく全身を振るい続けたその顔には、汗が滲んでいる。
 けれど、疲労は感じない。そんなものを感じ取れる贅沢を、今の状況は許していない。
 いつもは感じる昂揚感すら、今は朧だった。
 リサがシャラジムへやってきて、ジムバッジを手に入れて去っていったとき、ルカリオは悲しかった。同じルカリオというポケモンに生まれながら、歴然とした力を魅せつけられた。あのときほど自分の無力を呪ったことはない。メガシンカしてさえなお、あっけなく叩きのめされた自分を見て、コルニは呆然としていた。
 なにがジムリーダー。なにがメガシンカ。感情の抜け落ちたようなコルニのあの顔を、ルカリオは生涯忘れないだろう。
 だからこそ、ルカリオは奮いたつ想いでこの戦いに挑んだ。悲しみと無力感をバネに変えて、この日のためひたすら特訓に励んだ。それは自分のためであり、なによりコルニのためでもあった。あの日の無念を晴らす、それだけのために。
 けれど今、ルカリオにそんな思いはない。あのときの悲しみも、コルニの顔も、もはや関係ない。
 ただ跳ね、ただ飛び、ただ攻撃する。
 どのように動くか、どの技を使うかという思念すら、今は雑念でしかなかった。
 ――トレーナーのうち何人かと、周囲のポケモンたちは気づいていた。攻撃を重ねるうち、鉄壁ですらあったリサのルカリオの防御へ、コルニのルカリオの初動が追いつきつつあることに。
 古今、あらゆる武芸は、技と体に加えて心という要素を説く。よく勘違いされる事実だが、それは「必勝の信念が勝利を呼ぶ」などという精神論ではなく、冷厳な現実主義に基づいている。いかに優れた技、驚異的な身体性能を誇ろうと、肝心なときに臆したり油断したりしていては蟷螂の斧にもならないからだ。
 必要なとき、必要なタイミングで、必要な技を駆使すること。それを実践するには冷徹な感性と知性の両輪が必要とされる。
 あらゆる武芸は、精神の有り様を必須として説く。心は常に揺るがず動ぜず、理と法にかなう技を、鍛え抜いた体で使い尽くせ。
 けれど、武の究極は、そのさらに上にある。
 極み尽された心と技と体、その完全なる合一。
 そこには、厳密な意味での技はなく、気の遠くなるような反復修練で染みついた技術、恐るべき実戦の積み重ねによる予測と判断の研磨、丹念に鍛えられ無駄を削ぎ落とされた体が、なにをするまでもなく勝手に正解を選択する。考える以前に起動した肉体が、常に最適の挙動を示す。
 そこに至ることこそが、武の極致。
 目の前には、入り乱れた味方と、その中心に浮かぶ敵手。
 無論、入り乱れたと見えるのは一見してのことであり、ヤドキングが組み上げた戦術配置は緻密に織りあげられた絹織物のような構造をなしている。その配置と意図を、このとき、コルニのルカリオは誰に教えられるまでもなく把握し、そしてその上で自身の動線を選択した。
 まるで歩くように緩やかに、しかし一切の無駄もなく動きだしたルカリオの足取りを、目で追えた者はいなかった。そこにいることが、そう動くことが、自然物のように当たり前であると、誰もがそう無意識に感じ、無意識に視界から排除してしまうほどに、その動きは洗練されていた。
 コルニだけが、その好奇を見逃さなかった。
 コルニが叫ぶ。拳を空へ突き出すように、グローブを掲げながら。その叫びは言葉ですらない。獣の咆哮のような、純粋な感情の噴流。
 けれど、ルカリオは少女のその叫びにかけがえのない絆を感じた。
 そうだ。コルニ。
 あのすかしたツラに、継承者としての意地というものを見せてやろうじゃないか。
 今、この瞬間のために、自分はここにいる。この戦いにすべてを賭ける。
 ほとばしる生命の光。人とポケモンの絆の結晶。
 メガシンカの輝きを纏うルカリオ。全身からまばゆさを放ちながら、まったく無造作に、間合いへ踏み至る。
 溢れでる波導の嵐を抑えこみ、炎のように青く煌めいた掌底の一撃へと変える。
 空間へ流麗な一線を描くような、鮮やかで自然な、その軌跡。
 それは、コルニのルカリオが戦いのなかでたどり着き、完成させた、究極の到達点。
 ――その掌撃は、敵にとってすらまったく予想外の奇襲となった。
 奇妙な言い方ではあるが、リサのルカリオにとって、それまでのすべての攻撃は予定調和の中にあったといっていい。
 ラティオスの光線も、ブリガロンの殴打も、トルネロスの暴風も、すべてが見えていたし読めてもいた。だからこそ回避も容易であり、防御も完全だった。諸々の攻防のすべてを律するヤドキングの戦術展開すら読み切っていた。
 コルニのルカリオの攻撃が、初めてそれを上回った。
 かろうじて直撃を回避できたのは、神がかり的な反射と天性の体術があったがため。生の才能だけが、その一撃に抗し得た。
 しかし、それすら完全ではなかった。
 右の脇を浅く打たれた。刹那、その一点から波導の力が迸った。
 たいした深手ではない。これまでのポケモンバトルでさえ、より深い負傷を受けたことなどいくらでもある。しかし、それでも――リサのルカリオはこの傷を、かつてないほど致命的なものと判断した。
 自分が生きてきた中で、まったく予期しない、意識の外から受けた負傷というものは、これが初めてだった。なにより危惧すべきは、それまでよく練られた舞のように完成されていた防御の機動が、今の反射に任せた無様な回避でまったくの無に帰してしまったことだった。
 すべてが完璧に構築されたものほど、一部が綻びを見せればすべてが破綻する。堤に穿たれた蟻の一穴は、やがて濁流による決壊を招く。そしてそこには、開戦以来かすかな勝機を探り続けていたポケモンがいた。




 二手、ザクロのガチゴラス。
 敵の見せたほんのわずかな綻びを真っ先に感じ取れたのは、ひとえに生まれついての攻性生物たるドラゴンの本能の賜物だった。
 さすがに慌てたのか、ルカリオは態勢をたて直しながら無数の波導を周囲にばら撒いていた。そのひとつひとつに、並のポケモンを行動不能に陥れるだけの威力がこめられている。至近距離にいたガチゴラスにも、十の波導が飛ばされた。
 しかし、ガチゴラスはそのすべてを無視した。
 いわタイプのバトルに防御はない。並外れて頑強な肉体にものを言わせ、ただただ最強の打撃を叩きつける。そして、無敵を誇るドラゴンの身体性能をすべて攻撃に傾ける。全身を限界まで弓のように引き絞り、弾ける発条のように解放する。
 通常のバトルであれば禁忌とされる、あまりにあからさまで、大振りで、大雑把な打撃。たとえばコルニのルカリオが今しがた見せたような、無駄というものを極限まで削ぎ落とした技巧とは対極に位置する。それはまさに「力任せ」という他にない攻撃だった。問題は、それをなしたのがドラゴンの筋力と速度を備えている点だった。
 風圧だけで、いくつかの波導が消し飛んだ。
 残る波導が全身に突き刺さるが、ガチゴラスは止まらない。
 自身の命が尽きる前に相手を叩き潰せばよい。
 極論するならば、最後の最後において、敵手より一秒でも長く呼吸を続けていたならばよい。凄絶な、ドラゴンという最強種族にのみ許されたコンセプト。
 今まさしく、致命傷に近いレベルの手傷を負いながら、一匹の竜の逆鱗がルカリオの体に叩きこまれた。
 ――感触は、しかし軽い。
 ガチゴラスの頭のなかに、絶賛に近い歓喜が湧きあがる。さすがだ――さすがはカロス最強!!
 体に突き刺さった波導によって、いくらか破壊力が減殺されたことも事実だろう。しかしそれ以上に、ルカリオは絶妙の身のこなしにより、攻撃の威力を殺していた。回避というのとも防御というのとも少し違う。攻撃が体に触れた瞬間、胴体を捻り、破壊力を逃がしたのだ。言葉にするのは簡単だが、飛んでくる砲弾を生身で捌くような芸当だった。このような無謀を、ほかに誰が――リサのルカリオのほかに、何者が試みるだろう?
 視界には、体をふたつ折り曲げるようにして上空へ弾き飛ばされるルカリオの姿が映る。いかに威力を殺したとはいえ、衝撃は全身を貫き、風圧はちいさな体を流して飛ばす。
 追撃は、入れられなかった。
 全身を撃った波導が、微かな音を立てて炸裂すした。肌を焼き、肉を抉る。とっさに放った牽制とは思えないほどに洗練され凝縮された技の粋だった。頑丈なポケモンでなければ即死していただろう。
 全身に無残な傷を受け、その場に崩れ落ちながら、ガチゴラスは吠え、笑った。
 さあ。
 自分は務めを果たしたぞ。
 力あるポケモン。力なき人間。愛しき仲間たち。その才能と努力の粋を、存分に現わしてくれ!




 三手、カルネのサーナイト。
 ルカリオがガチゴラスの攻撃に吹き飛ばされる光景を、カルネは見つめていた。そして、この激戦の最中にあっても優美に、まさに大女優が自分を飾るそのままの所作で、キーストーンに触れる。
「カルネさん!」
 振り返ったセレナが叫ぶ。驚愕と賛嘆をこめて。
 ――メガシンカ。
 人とポケモンの、絆の至宝。神秘と生命力を内包した宝物。その力はかつて、人類を破滅せしめる兵器となって牙を剥いた。
 チャンピオン・カルネ。彼女がその力の恐怖を知らないわけはない。けれど、彼女もまた、自分のパートナーがポケモンとしての全力を放つ姿は見たことがなかった。ブラックホールを生み出すことさえ可能とするサーナイトが、メガシンカの末にどれほどの力を発揮するのか、カルネも本当の意味では理解していない。
 しかし彼女と、彼女のパートナーの想いはひとつだった。
 メガシンカの輝き。
 目の眩む光で優雅なドレスに身を包んだ花嫁のような様相へ自身を変えながら、サーナイトは一抹の不安も躊躇も抱かず、その全力を解放する。
 暴走したサイコパワーが、まず胸のコアの粉々に破砕した。
 脳髄は沸騰するように喚き散らし、瞼の裏側で眼球が灼熱する。
 だが、かまうまい。
 今でも鮮明に思いだす。
 鼻歌混じりのように、余裕の表情でカロスリーグへ踊りこんできた、あの天才。
 もはや二度とは出会えないであろう、限られた時間のなかで輝きたいと願った怪物。
 ――勝つ。
 チャンピオン・カルネの名に賭けて、あの化物を打倒する。
 勝利。その二文字のためならば、この身がどうなろうと知ったことではないのだ。サーナイトはこの瞬間に、生涯のすべてを注ぎこむ!
 色とりどりの光の粒が、一条の輝きとなって収束し、上空のルカリオをめがけて照射された。
 サイコパワーの全力解放が無理無茶無謀の具現であれば、それをなし得たサーナイトと、導き出された結果をなんと呼ぶべきか。
 このとき、サーナイトの胸のコアは粉々に砕け散りながら、その最期の煌めきを宙空に描いていた。それは意志を反映するかのように収束し、一筋の閃光と化して夜明けの空に軌跡を残す。
 その強烈な輝きは、森の向こう、ポケモンの村をはるか遠くに望むエイセツシティから、果ては海を隔てたキナンシティからですら確認できた――そう記録されることになる。「あれほどに美しい光は見たことがない」と、口々に語る目撃者の言葉とともに。




 波導の掌底を受け、竜の逆鱗に吹き飛ばされてなお、ルカリオの天才は健在であり続けたといえる。
 なにしろ、膨大と称するのも生易しい――開戦初頭の三連撃をはるかに凌駕する――サーナイトのサイコパワーの光に対してすら、ルカリオは反応していたのだから。
 もはや、なりふりかまっていられる余裕はなかった。
 瞬間的に防御の障壁を張る。圧倒的な完成度を誇る防御壁。これを突破したポケモンは、いまだかつて存在しない。すべてから身を守ることを当然の前提とした波導の障壁。
 ルカリオの生涯において、一度たりとも破れたことのない防壁。
 それを、サーナイトの意思の輝きが、紙のように貫いた。
 障壁を構成していた波導が瞬時に焼失し、灼熱の光がルカリオを穿つ。
 正真正銘、もはや技や障壁を使う暇もない。無理矢理に制御のタガを外した波導を全身から放ち、とにかく威力を減殺する。それは最初、糸のように細い光の筋だった。しかしルカリオの波導とぶつかりあい、圧縮されたエネルギーが爆発し、極彩色の輝きを放ちながらルカリオを喰らい尽くそうとした。
 ブラックホールを作り出すほどの力をただ一点にのみ凝縮したのサーナイトのサイコパワーが底無しであるならば、ルカリオの波導の力もまた無尽蔵といえる。力と力。その真っ向勝負。青く燃え盛る波導の炎と、七色に光り輝くサイコパワーの衝突は、感動的なまでの破壊を周囲にもたらし、その場にいた全員が衝撃波に全身を煽られた。
 それこそ永劫とも思われた、刹那の激突は――互角に終わった。
 最強のルカリオと正面から引き分けたサーナイトを讃えるべきか。あるいは、サーナイトの限界を越えたサイコパワー、そのすべての威力を相殺したルカリオの天才を畏れるべきだったろうか。
 だが、いずれにしても、確かな結果がひとつある。
 ルカリオは一時的にせよ、すべての霊力を使い果たし、無防備なまま宙に放りだされた。
 そしてその隙を、誰ひとりとして見逃さなかった。
 ――総攻撃。
 誰に命令されるまでもなかった。
 千に千を掛け算してもまだ足りない。最強のポケモンが見せた、億に一という決定的な一遇の機会。
 そこに、すべてのポケモンが殺到した。





    4




 絶望的というにも言葉が足りない、決定的な破断点。
 回避しようにも体はいうことをきかない。ガチゴラスの攻撃から回復するにはもう数秒かかる。急激に消費した波導の回復にも同程度はかかる。
 ほんの数秒。しかしそれは、途方もなく絶望的な長さだった。刹那の内に全身を細切れにできるポケモンたちに囲まれて、そんな久遠に等しい時間をどうして稼げようか。
 状況は最悪。回避不能。防御不可。
 一撃受ければそれだけで致命傷。確実な破滅が口を開けている。
 ルカリオにはわかっていた。誰に教えられるまでもなくわかっていた。
 だから――
「やれやれ」
 リサは一言、そう呟いて、静かに、静かに……優しく、ありったけの想いをこめて――大好きな相棒の名を呼んだ。
 ルカリオは、静かに呼吸を始め――
 そして、すべては台無しになった。




 破断界へ目がけて突き進んだすべての攻撃が空を切った。
 打撃も、炎も、電撃も、渦巻く風も、光線も、力の奔流も……一切合切が空振った。
 失敗に終わったその手を凝然と眺めながら、ポケモンたちは悟っていた。誰に教えられるまでもなく知っていた。そう、とうに知り尽くしていたことだったのだ。
 このとき、この瞬間、ルカリオは呼吸を始めた。
 万物の拠り立つ地平より浮遊し、物理の因果を無視してのける。
 カロスチャンピオン・リサのルカリオ。歴代最強の天才。名だたるすべての人とポケモンを睥睨し、ことごとくを凌駕する。
 かつて存在した無敵・最強の代名詞を過去の遺物として押し流す、カロスの歴史が生み出した最期の怪物。
 のんびりとした、どこまでも自然で緩やかな表情で――主人や仲間たちといっしょに、庭でポフレをかじっていたときと同じ顔で――
 煌々と輝くメガシンカの光を放ち、空中に静止したまま、ルカリオは自分と周囲のすべてを見渡していた。



 

 次回完結します。


 


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Last-modified: 2015-05-22 (金) 21:04:15
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