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最善のおもてなし

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呂蒙


 ある日のこと。ここはとあるアパートの一室。
「今度、お友達が遊びに来るからね、彼女は育ちがいいんだから、その前で粗相はしないでよ?」
「あぁ、うん……。……ガサツで見栄っ張りな姉ちゃんにはいいかもしれないな、薬的な意味で」
「今、なんか余計なこと言わなかった?」
「別に」
 白い方の言葉に対して、紺色の方が面倒くさそうに答える。ここにはニャオニクスの雌と雄が1匹ずつ住んでいる。白い雌の方が姉で、紺色の雄の方が弟というわけだ。主人は仕事のため、不在である。

 そしてその「今度」というのがやってきた。今日は日曜日。
「ほらほら、朝から本ばっか読んでないで、部屋の掃除」
「ええ、本当にこの家に来るの? あの『もふもふ』のお気に召さないでしょ、こんなところじゃ」
「主人も連れてくるんだって。あのオジさん」
(……姉ちゃんが何かやらかして怒らせないか心配……)
「なんか言った?」
「別に」
 そもそも知り合ったきっかけが、ニャオニクスたちの主人が帰省した際に、地元の有力者が主催したパーティーに参加した時のことだった。ニャオニクスたち曰く「独り身のしがない主人」がそんなところに行けたかというとそれにも理由があった。実家に招待状が届いており、ポケモンを連れていけば、タダ同然の値段で参加できるということだったのである。主催者の意向というのだ。ポケモンを連れていなくても参加できるにはできるのだが、高額なパーティー券を買わされるというのである。いうなれば、地元の名士の交流会である。主人は新しい人脈を作ることができればそれに越したこたはないが、それよりも「タダ同然で、おいしいものが食べられそうだから」という理由で参加したのであった。そこで、何人かと名刺の交換もした。会社勤めをするものにとって、名刺交換は神聖な儀式であり、仕事の一環でもある。
 そんなこんなで、仲良くなり、今に至るのである。
「棚の上のホコリも落として」
「届かないよ……」
「届くでしょ? あれを使えば」
「こんなことにパワーを使いたくないな……」
「ブツブツ言わない!」
 弟は、すっと耳を持ちあげ、超能力ではたきを器用に動かして、ホコリを下に落とした。
「やったよ」
「じゃ、掃除機で吸い取って」
「……ポケ使いが荒いなぁ……」
 弟は、文句を言いつつも、部屋の隅に置いてある円形の機械のところまで歩いていき、ボタンを押した。後はこの円形の自動掃除機が勝手にやってくれる。少々値の張るものだったが、主人は仕事が忙しく、平日は掃除をする暇などないので、買ってきたのだという。ちなみに主人はニャオニクスたちのやることに対して普段からあまり干渉はしない。他者に危害を加えるとかよほどのことをしない限り口出しをしないのである。
 弟は、本の続きを読み始めた。弟にとっては、動くのが面倒というわけではないが、本を読んでいる時が一番幸せなのである。一方で、姉の方はやってくる客をもてなすためにお菓子を作るなどと言い出した。
「やっぱり、手作りのお菓子が一番喜ぶでしょ?」
「それって、もてなすの? それとも毒殺するの?」
「危険なことを言うな!」
 姉が耳を持ちあげると、弟の体は壁に叩きつけられた。それで終わりではなく、見えない力が体全体を圧迫する。
「うわぁ、い、痛いよ、潰れる!」
 弟は悲鳴をあげ、ようやくサイコパワーから解放された。
「ひどいよ、姉ちゃん……。弟がかわいくないの?」
「『毒殺』とかいうからでしょ。これに懲りたら、失礼なことは言わない」
「だって、姉ちゃん、料理できるの?」
「時間と量を間違えなければ、大丈夫」
 と、姉は根拠のない自信を振りかざす。
(……あの『もふもふ』に自慢したいんだろうな、見栄っ張りも大概にしてほしいよ……)
 
 姉の方は材料を、調べた。
(えーっと、パイシートに、リンゴに、砂糖、生クリーム、バター、レモン汁、シナモン、カスタードクリームに、ブランデー? ブランデーってお酒よね? 手に入りにくそうだし、これはいいわ……)
 主人に頼んで足りない材料を買ってもらい、調理開始。しかし、普段は何も言わない主人も不安なのか、側で見ていると言う。鍋を焦がされたり、万が一火事になると困るからという理由だった。結局、主人も不安なので手伝うことにした。姉はいいというが、その予感は的中した。
 まずはリンゴの皮を剥いて適当な大きさに切らなければならない。が、案の定、問題発生。
「はい、包丁持って、リンゴの皮を剥いて」
「包丁が大きくて持ちづらいんだけど」
 小さいニャオニクスの体では、人間サイズのものは使いづらいようだ。自分に合ったサイズのものはないのかと言いだすが、生憎そんな便利なものはなかった。
「あ、そっか。こうすればよかった」
 例によって耳を持ちあげ、サイコパワーでリンゴと包丁を操って、皮を剥き始めた。だが、1個剥き終えたところで、主人からストップがかかってしまった。包丁が宙に浮き、動いているのが怖いというのだ。主人もニャオニクスたちが超能力を使うところを見ること自体は何とも思わないのだが、さすがに今回は動かしている対象が包丁である。何かのはずみであらぬ方向へ飛んでいってしまったら大変である。
「やめてくれ、怖いよ。ここはやるから……」
 次に鍋に、先程の切ったリンゴやら生クリーム、レモン汁といった材料を鍋に入れて煮詰める。で、レシピによればその作業だけで20分かかるという。
(20分って、時間かかるわ……)
 その20分もボケっと待っていればいいのではなく、灰汁を取らなければならない。
(面倒だわ……)
 放っておけなくなったのか、主人はレシピを見ながら、カスタードクリームを作ったり、生地の準備を始めたりと、作業を進めていく。
(こいつ、こんなに料理ができたんだ、知らなかった……)
「『めんぼう』を取ってくれ」
「はいはい」
 姉は、先に綿がついた細い棒がたくさん入っているプラスチック容器を持ってきた。
「はい。耳掃除でもするの?」
「違ーう!」
 主人もさすがに呆れてしまい、最後に切り分けるのだけやってくれればいいと言って、残りの作業を全部やってしまった。この調子だと、美味しいまずい以前に料理が仕上がらないのではないか、そう思ったからである。
 主人も、作るのが初めてだったというが、1時間少々で作ってしまった。一人暮らしだと自分でやらざるを得ないので、知らず知らずのうちに料理は身につくのだという。
「できたわよ」
「姉ちゃん、全体の5分の1くらいしかしてないじゃん……」
 だが、味に不安が残った。ちゃんとレシピ通りに作ったのだが、初めてだったので、自信が持てないのである。少しだけ切り分けて、何故か弟が毒見することに。
「個人的にはもうちょっと甘さ控えめの方がいいかな……。でも、いいと思うよ。きっと喜ぶと思う」
 最初は、お腹を壊しはしないかと不安で「これ、このまま食べても大丈夫?」などと言いだす始末だったが、よく考えてみると、ほとんどの作業をしたのは主人。かえって安心だった。

 そして、お客がやってきた。ニャオニクスたちが「もふもふ」と言っていたのはブースターだった。ニャオニクスたちとは違い四足歩行で、暖色系の豊かな体毛をまとっている。姉が「オジさん」と言っていたのが、ブースターの主人であり、白髪交じりで、年齢は60くらいだった。きちんと背広を着てネクタイを締めている。背広はとびきり上等なものかといわれるとそういうわけではなかったが、小ざっぱりした格好で、不快感は抱かなかった。
「どうも、こんにちは」
 ブースターが挨拶をする。それだけで、育ちのよさそうな感じが伝わってくる。手作りのアップルパイを、姉が「これ手作り」と言って出した時は「ほとんど何もしていないじゃん」と弟は言いたかったが、余計なことを言ったなどといわれて暴力を振るわれる恐れもあったので、黙っていた。
 ホームメイドのパイを食べながら、紅茶を飲み、雑談をして過ごす。この初老の男性は、かなりの資産家……らしいのだが、あくまでも「らしい」である。確かめる術がなかった。加えて主人はそんなことまで気に留めていなかった。金持ちだろうがなかろうが、品のよさそうな主人とブースターの振る舞いを見て、少なくとも、ちゃんとした人なんだろうということは分かったからだ。テレビに出ているような成金ではなく、本当の資産家は、実際は倹約家で、傍から見てもそうだとわからないこともままあるというのを聞いたことがあったが、裕福か否かの無駄な詮索はやめることにした。金持ちかどうかで他人を図っているように思われたくないからだ。ちなみに以前、名刺交換もしたのだが、勤め先の机の引き出しにしまったままになっている。
 初老の男性は、弟の方が「本を読んで、のんびりするのが好き」だというと、その答えが気に入ったのか、感心していた。単に本が読むのが素晴らしいというのではなかった。
「私も歳ですからね、もう、そう長生きはできないでしょう。自分が死んだり、判断力が著しく衰えてしまったときに、自分のことを自分できるようになるだけではなく、一通りの知識を身につけて、役立てる。そう言っているのですがね……。何しろ、世の中にはよからぬ考えを持った人間も大勢いるものですからね。一度騙されて、痛い目を見た方が身にしみてわかるのでしょうが、そんな経験はさせたくないですからね。おや、もうこんな時間だ。それでは、そろそろお暇しましょうか。今日はどうもご馳走様」
「とても、おいしかったから、今度は作り方を教えてね。皆にも食べさせたいから」
 ブースターはそう言ってくれた。実質、作った主人は、まずは、ほっとした。わざわざ来てもらって、まずいものを食べさせたなんて気分のいいものではない。
「うん、任せて。お菓子作りは得意だから」
(姉ちゃん、嘘言っちゃダメだよ……)
(また、作らされるのかな……)

 それからというもの、姉の方は、しきりに料理を教えろと主人にせがむようになった。ちょっと大風呂敷を広げ過ぎてしまい、さすがにまずいと思ったのである。
「うだうだ言わないでやって見せてよ。やっぱりおもてなしに一番いいのは、手作りなんだから」
「……」
 主人の方はたまったものではなかった。疲れたときは買ったもので済ませたかったが、姉がそれを許さないのである。これでは、強制労働ではないか。仕事で不在の時は助かったが、家にいるときは強制的に自炊である。ある時、ステーキが食べたくなり、外食をしようと思ったが、例によって姉が「店でステーキ用の肉を買ってこい」というので、やむなく言う通りにする。育て方を間違ったのか、はたまた別のところに原因があるのかは分からないが、いつの間にか、主従の立場が逆転してしまい、頭が上がらない存在になってしまっていた。
 フライパンに油をしいて、ステーキを置く。
「1,2の3っと」
 超能力を使って、ステーキをひっくり返す。ただ単に、焼くだけだと思われがちだが、丁度いい焼き加減で、皿に乗せるというのは結構難しく感じたようだ。しかし、練習の甲斐あって、おいしくステーキを焼くという技術は身につけたようである。もっとも、その代償として、肉料理ばかり食卓に並ぶようになってしまったが。
「できたっ!」
「うん……。魚が食べたいな……」
「なんか言った?」
「何でもないです。おいしいです」
「そ、よかった」

 一方で、弟の方はぼーっとしている日が多くなった。どうも、あのブースターに心を奪われてしまったようである。
「……おーい、もしもーし。聞こえてるでしょー?」
「あ、姉ちゃん」
「最近、ちょっと変よ?」
「また、会いたいな。ブースターさん。もう、ほんと、一目惚れだよ。あんなに綺麗で、教養があって、優しいヒトというかポケモン、初めてだから……。そう思うとね……。何だろ、恋煩いかな……」

結局、弟の恋煩いはしばらく治ることはなかった。

 

それから、さらにしばらくして、主人に勤め先でのこと。主人の上司たちの立ち話が聞こえた。

「してやられたな。この××の案件を逃がしたのは痛いぞ」
「事前にキーマンにコンタクトをとれていれば……」
 たまたま、その話を聞きつけた主人。自分の担当外のことなので、放っておいても何の問題もなかったが「××」というのが引っかかった。会社の名前なのだが、どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。
「あの~」
「何だ?」
「その会社の方なら、一人面識のある方がいまして……」
 そういって、主人は自分の机から、以前もらった名刺を差し出した。
「地元のポケモン仲間でして」
「……会ったのはいつだ?」
「1ヶ月半くらい前だったかと」
「……それさぁ、早く言ってよ……」
 主人はあまり興味関心がなかったが、この前の初老の男性が「××」という会社の親会社のトップらしいのだ。仕事というよりも趣味のようなものでのつながりだったから、全く意識はしていなかった。趣味の世界で身分や出自は関係ないのだから。
(膳が繋いだ縁というのかな。世の中、どこでどうなるか分からないものだな)

<後書きというか、反省>
 今回は、3票いただき、6位ということになりました。票を入れてくださりとてもうれしく思います。
 個人のことを持ちだすのは大変心苦しいのですが、大会の期間中あまり執筆に時間が取れなかったたため、突貫作業となり、ロクに推敲もせずに投稿したため、、色々と反省点が残ってしまったのが正直なところです(大会の規定で、投票後に修正をすることができないので)投稿の前にはきちんと推敲された方がよいでしょう。
 票を入れてくださった方々には重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。

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Last-modified: 2018-05-29 (火) 00:03:10
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