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晩節の翅休め

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 ※注意!
 官能作品です。父娘相姦ものです。



 砂塵のベールを突き抜けた上空は、果てしなく青く澄み渡っていた。
 荒野に刻まれたアスファルトの紺が、眼下に細く霞む。伸びていく先に目を凝らせば、灼熱の陽光を背にそびえ立つ摩天楼の遠い影。
 振り返れば、故郷である商店街のアーケードが進化前の私みたいに小さくうねって横たわり、宙に丸い身体を揺らすフワライドたちがそれぞれに垂れ幕を掲げて列なしている。その奥で華やかな彩りを煌めかせるのは行楽地の賑わいだ。
 慣れ親しんだ地を初めての高みから見下ろした絶景に、私は興奮に瞳を輝かせながら、白い体毛を震わせては粉を宙に撒き散らしていた。
 ――そう、私はコフーライ。
 まだ進化したてで、ビビヨンに羽化できるのはまだ先の話だ。
 にも関わらず、私の背には本来あるはずのない翅が夜色の飛膜を蒼天に広げ、この身を遥かな虚空へと舞い上げていた。
「怖くないかい、シータ?」*1
 私の翅が、頭上から私の名を呼ぶ。
「全っ然平気! もう最高に気持ちいいよ!!」
「ハハッそうかそうか。シータはきっと飛行上手なビビヨンになれるな。よし、それじゃもっと飛ばすぞぉっ!!」
「うん! どこまでも連れてって、パパ!!」
 私を見つめる満月色の眼差しに続柄で呼び返すと、父はグライオン特有の大きな鋏でしっかりと私を抱え、翅を翻して北の行楽地へとフライトした。

 ○

 スタジアムやミュージカルホールのドームと、その周囲を行き交う人々の流れを上からひとしきり楽しんだ後、父は行楽地の東部にある遊園地へと飛び、シンボルである大観覧車の軸部分で翅を休めた。
 眼下には華やかなアトラクションが群れなして広がり、西側の大きな跳ね橋とその先にそびえる雪山、東に鬱蒼と茂る森もよく見える。
「ママともよく、一緒にここで翅休めして景色を眺めたものだよ」
 私を胸に抱いて、父は感慨深く呟いた。
 私のトレーナーは、遙か遠い地方から訪れた旅人だったそうだが、商店街にスカウトされて現在は花屋を営んでいる。母はトレーナーが故郷から連れてきたビビヨンで、南の広野を守る警備員である父が木の実を買いに店を訪れたことを切っ掛けに恋に墜ちて結ばれたが、急な病にかかり、私が卵から孵った時には既に天に召されていた。誰に聞いても、側にいるだけで癒してくれるような素晴らしいポケモンだったという。
「私も、ママみたいな素敵なビビヨンになれるかなぁ」
「きっとなれるさ。シータともこうして一緒にいると、俺は元気になれるんだから」
「でも、私はママと同じ翅色にはなれないんだよね?」
 写真でしか会ったことのない母は、ライム色の地に赤白紫の花模様を散らせたファンシーな柄の翅をしていた。*2
「そうだな。ビビヨンの翅色は生まれた土地の気候で決まるから、お前もこの地方特有の雪国の模様になる。濃い藍色に白い斑点を雪のように散らした、それはそれで綺麗な色だよ。雪景色を背負って、ママと同じフレンドガードの鱗粉を撒くシータは、ママに負けないぐらい素敵なビビヨンになれるんじゃないかな」*3
「そっかぁ……早くビビヨンになりたいなっ!」
 生来、私はせっかちである。
 早く空を飛びたい余り、父親に空の散歩をねだるくらいに。
 そしてこの時もまた、私は猛烈に先走った。

「ビビヨンになったら私、パパのお嫁さんになってあげるからねっ!!」

 たちまち。
 父は照れと困惑の入り交じった表情を浮かべ、優しく私を窘めた。
「シータ……いつまでも小さなコフキムシみたいなことを言わないでおくれ」
「えーダメなのぉ? だって、お隣の美容室にいるゼブライカさんとライボルトさんは父娘でご夫婦なんでしょ?」
「誰だよ娘にそんな話教えたの……」
 人間なら論外の禁忌だという近親婚だが、ポケモンたちの間では遺伝的な制約はなく、親子や兄弟で結ばれる例も少なくない。ただ風習として好まれない傾向はあるし、特に親子の場合、もう片方の親との軋轢なども多々生じる。父のような寡夫の場合、最後の問題は関係ないはずだったが……。
「それぞれ事情や考え方もあるだろうけどね。俺の心には今もずっとママが翅を休めているから、シータを止めてあげることはできないよ。父親としては慕ってくれてとても嬉しいけど、お前が俺よりいい雄を連れてきてくれる方がもっと幸せだな」*4
「ちぇー」
 体毛を膨らませて拗ねた私を、父は両の鋏で抱き上げる。
「機嫌を直してシータ。踊りを教えてあげるから」
「踊り?」
「グライオンに伝わる恋ポケの踊りだよ。お前も好きな雄に教えて、一緒に踊ってあげるといい」*5
 鋏を私の体毛に絡めて、父はおもむろにステップを踏んで回り始めた。
 街の景色や青空が、私たちの周囲を巡り回る。
 回る世界の中心で、父と私が見つめ合う。
 父によると、互いに両の前肢を繋いで回りながら、頬を擦り合わせたり口づけたりするのが作法らしい。コフーライである私に肢はないし、娘相手と言うことで軽い頬擦りまでしかしない簡略化された踊りではあったが、大好きな父の顔が視界一杯に広がり、息吹に頬を撫でられるだけで甘い幸福感に溺れそうになる。
 きっと母も、こんな幸せに包まれながら私を産んだのだろう。
「で、この後パパがプレゼントしてくれるんだよね?その、タマゴの種を……」
「だから誰だよ精莢のことまで教えやがったのは!? お願いもう少しだけ無垢なままでいてぇぇっ!?」
 さっきまでと逆のお願いをされている気がするのだが。まったく父親とは身勝手なものである。

 ○

 月日はライコウが駆け抜けるかの如く流れた。
 藍色の地に雪を散らせた翅を持つビビヨンへと羽化した私は、スタジアムで知り合ったストライクと恋をし結ばれ母となった。
 夫は鋭角な顔立ちに似合わず穏やかな性格で、私にも仔供にも常に優しい伴侶だった……過去形だが。
 ある夜、夫がミュージカルホールの陰で、女優だという朱いアイグラスのフライゴンと、私が夫に教えてあげた恋ポケの踊りを舞っているのを見た時は、ダークライに悪夢を見せられているのかと思ったものだ。
 当然激しい修羅場となったが、私の方から夫を突き放す結論に至ったのは、無理に自分に縛り付けるより夫に幸せになって欲しかったから……などというのは強がりが過ぎるか。
 別れ際、腹いせにメタルコートを押しつけてやったので、再会することがあっても夫かどうか私には見分けられないだろう。
 やがて仔供もビビヨンに羽化して独り立ちし、トレーナーと供に花屋で穏やかな日々を過ごしていた、ある日のことだった。
 父が荒野で墜落し、重傷を負ったのは。

 ○

「カフェで飾る花が欲しいんだけど、選んで頂けるかしら?」
「いらっしゃいフォクスライさん。紫のライラックなどどうでしょう?」
 商店街の住人仲間である赤狐が客として来店したので、私は彼女をフラワースタンドの前に案内した。
「本当にお店の花だけでよろしいんですか? 贈り物用の花とかは……?」
「え……? あ、アタシが誰に贈り物なんて……!?」
「噂になってますよ。荒野から行ける浜辺でサーフライドしているライチュウさん、よく貴女のカフェで休憩して行かれるんでしょ? その度にウエイトレスが黒覆面の奥をキラキラさせて注文を取りに行くとか」
「もう、耳敏いわね!」
「よかったら、身に飾る花とかもお勧めしますけど?」
「……ところで、グライオンさんの容態はどうなんですの?」
 色恋沙汰をからかわれるのを嫌ったらしく、フォクスライは強引に話題を変えてきた。
「元気……ですよ。墜落で負った外傷はほぼ完治しています。ただ……飛膜が麻痺しちゃっててずっと開けない状態ですし、高齢な事もあって食べ物も流動食ですけど、意識はしっかりしていますから……」
「そう……早くよくなって、もう一度飛べるようになるといいですわね……」
 励ましに曖昧な頷きを返し、私はフォクスライをレジに誘った。
「合わせてこのお値段になりまーす」
「ちょっと、料金高くないこれ!?」
「尻尾で掴んでる木の実の分も入ってますよ!」
 虫ポケの複眼を欺けると思うな悪ポケめ。

 ○

 夕方、店を閉めると、私はトレーナーに連れられて、父が入院している行楽地のポケモンセンターに向かった。
 商店街を北に抜けて、地下鉄の駅前で西に曲がればすぐである。
「グライオンさ~ん、お嬢さんがお見舞いに来て……あ、あら!?」
 病室に父を呼びに行ったタブンネの声のトーンが跳ね上がり、血相を変えてジョーイさんに何やら話しかけている。
「何が、あったんですか? グライオンに何か……!?」
 不穏な空気にトレーナーが問いかけると、ジョーイさんは青ざめた表情で応える。
「すみません、それが……いなくなっちゃったんです! 病室の窓が開いていて……」
 聞き終えるより早く。
 私はモンスターボールを飛び出し、夕空に藍色の翅を羽ばたかせた。
「パパ……っ!?」

 ○

「パパのバカ! バカ! 大バカ~~っ!!」
 うなだれた鈍色の頭に、私は何度も何度も怒声を浴びせた。
 父はすぐに見つかった。遠くにいける体じゃないし、行きそうな場所ぐらい熟知している。
 案の定、商店街の脇を抜けて荒野へと続く崖の側まで這いずって、今にも飛び降りようと身を乗り出しているグライオンを見つけ、崖側から立ち塞がって押し戻し糸を吐いて拘束。直後に駆けつけたジョーイさんに回収して貰い、ポケセンの病室に連れ戻して現在に至る。
「何考えてるのよ! 崖から身を投げようだなんて……っ!?」
「信じてくれよ、そこまでバカなことを考えていたわけじゃない。今日は体調もよかったし、いい風が吹いていたから、飛べるかもって思っただけなんだ」
「飛べるわけないでしょう!? ろくに飛膜を開くこともできない癖に……っ!?」
「……すまん」
 力なく肩を落とし、父は虚ろな表情で呆然と呟いた。
「そうか……俺、本当にもう飛べやしないんだな……」
「パパ……」
 もし私が、進化を重ねてやっとの思いで手に入れた翅を突然失ったら、どれくらいの絶望に苛まれることか。
 ましてや父は、グライガーに生まれて以来飛ぶのが当たり前だった空を失ったのだ。絶望を受け入れることすらできず途方に暮れるのも無理はない。
「……どこへ行きたかったの?」
「別に……散歩がしたかっただけだよ」
「この街を一周すればいい? 昔よく一緒に飛んだ、観覧車の軸で翅休めして折り返すルートで」
「……?」
 意味を計りかねたのか、不思議そうに向けられた月色の視線に、私は答えを告げる。

「運んでいってあげるよ。私が、パパを担いで」

 私の提案に、父は戸惑った表情のまま問を返す。
「……そうか。気持ちはありがたいが、しかし……できるか? 体格差がありすぎそうだが。所謂空を飛ぶ技が使えるわけでもなし」
「そんな技使えなくても、パパはコフーライだった私を抱えて飛んでくれたじゃないの。入院してから体重も落ちてるってジョーイさんに聞いてるし、きっと大丈夫。まずはトライさせてよ」
 大きな鈍色の背中に抱きつき、括れた脇に短い前肢をかける。
 私の翅が父の背中から生えている状態だ。絶対に飛べるはずだ。
 翅を一杯に広げて雪模様を散らさんばかりに振り抜く。轟音と共に巻き起こした烈風の中、宙に舞い上がったのは、花瓶の花や薬のタブレット、あとゴミ箱の中身とか、
「ストップストップ!? これもう俺にゼロ距離で暴風をブチ当ててるだけだって!? やっぱり無理だろ諦めろ!!」
 制止を受けて、虚しく私は父の背中に墜落した。
 いくら軽くなっているとはいえ、倍近く大きいグライオンを持ち上げて飛ぶのは流石に不可能か。非力なビビヨンの身が恨めしい。
「ごめん。昔飛ばせてくれたお返しを、私の手でしてあげたかったんだけど……」
 もっと力強く飛べる誰かに飛ばせて貰うしかないのだろうか? この役だけは、決して誰にも譲りたくないのに……。
「……モンスターボールで行こう」
 父の声に、私はハッと顔を上げた。その手があった!
「ボールに入れば嵩も重量もずっと小さくて済む。風を浴びて飛ぶ爽快感は得られないが……俺もお前に連れて行って貰いたいからな。行ってくれるな、シータ?」
「うん。喜んで!!」
「それじゃあ、ジョーイさんに預けてあるボールを借りに行こうか。どの道外出許可を貰わないといけないし、トレーナーさんの承諾も得ないと……まぁ、その前にこれを何とかしなきゃだけどな」
 先ほど私が壮絶に散らかした病室内の惨状を見渡し、ふたりで苦笑を交わし合った。

 ○

 街の外には出ないこと。
 暗い道は避けること。
 父の体調に異変が起きたら即座に帰ること。
 それらを約束の上で、外出許可は下りた。
 早く帰るようにとは言われなかった。むしろトレーナーさんは、時間がかかってもいいから無理せずゆっくり回ってあげてと言ってくれた。さすがうちのトレーナーは話が分かる。
 父の入った紅白のボールを糸と四肢でしっかりと抱え、とっくに暮れた夜空へと羽ばたく。もちろん何の問題もなく、私は父とふたりでフライトした。ありがとう人類の技術。さらば質量保存の法則。
 行楽地の夜、大通りに闇はない。街路灯や施設のネオンライトが、煌々と真昼のように目映く景色を照らしている。満月な事もあり、空の星は一等星が疎らに瞬く程度。他はすべて地上の星々。星の海の上を私は渡っていく。
 ボールの中で父は、顔の双月を真ん丸に満たし、童心に帰った様子で夜景を見渡していた。他者に運ばれての遊覧飛行を新鮮に感じてくれているようだ。
 時折熱い視線が胸や腹を舐めるのを感じたが、気づいていないフリをした。

 ○

 イルミネーションが煌びやかに踊る遊園地の、一際大きく回る光輪へと舞い上がり、その中心で私は翅を休める。
 モンスターボールを解放すると、父は鈍色の身体をぐったりと投げ出した。
「大丈夫? 具合悪くない?」
「いや……最高だよ。年甲斐もなくはしゃぎすぎて疲れちゃっただけだ」
 寄せてきた顔を腹の上に抱き抱え、翅でそっと包む。フレンドガードが効いたのか、やがて呼吸は落ち着いていった。
「覚えてる? コフーライの頃、初めてパパに運んで貰った日」
「あぁ、あの日もここで、観覧車の軸で翅休めしたね。あの日の風も心地よかった……」
「あの時私言ったよね。ママみたいな素敵なビビヨンになれるかなって。どうかしら? 今の私は、ママに負けないビビヨンになれてるかな?」
「それはもう。シータは、最高に素敵なビビヨンに育ってくれたよ」
「ありがとう! えへへ、嬉しいな……」
 至福の笑みを複眼に輝かせて、私はパパの両鋏を揃えて前肢で挟み、顔を寄せて囁いた。

「じゃあ私、パパのお嫁さんになってあげるね」

 月色の眼が熱を帯びる。
 ひと度落ち着いていた呼吸が、荒々しく騒ぎ出す。
 ボールの中で運ばれていた時から、パパはそんな眼で私を見ていた。今更逃がしなどするものか。
 尻尾の付け根も切なく震わせちゃって。元夫が私を求めていた時も腹をそうやって震わせていたものだ。バツイチの複眼は誤魔化せない。
「踊ろう、パパ。あの日教えてくれた踊りを。今夜は最後まで……ね」
 ふたりの顔が完全に重なる。
 唇が触れ合う刹那、月明かりを穏やかな笑みが遮った。
「まったく……そういうところは幼虫のままだな、お前」
「……そんなこというパパは嫌いです」
「ほらな?」
 膨れた顔までからかわれた。照れ隠しにはぐらかしているつもりなのか。仕切り直しを促そうと父の顔を覗いて、
「それに引き替え俺は、老いたよ」
「……?」
 ふと差し込んだ暗い翳りに、行く手を阻まれた。
「お前を、求めてるんだよ。この身体が、ずっと……」
「え……そうでしょ? だから、だったら……」
 欲情に自覚があるなら、何を躊躇する事があるのか。こっちは応えるにやぶさかではないというのに……?

「生きた証を残したがっているんだ。老い先短いから、てな」

「…………!?」
 落雷に撃たれたような衝撃を感じて、硬直した私の前で、父は自己嫌悪に凍てついた声を悲しげに吐き出した。
「もう一緒にいられないのに。お前を幸せになんてできないのになぁ……浅ましい父親だよ、俺は」

 ○

 父はもう、余命幾ばくもない。
 触れないようにしていたが、ジョーイさんからも聞かされていたし、ふたりとも覚悟していたことだ。
 父の飛膜は、墜落したから開かなくなったのではない。まともに開けなくなったから墜落したのだ。
 長年荒野での警邏活動で酷使された結果、父の身体は限界を越えて傷ついている。食欲や体重の低下も、内蔵の衰えによるもの。今割と平気な顔をしていられるのは、私のフレンドガードで苦痛を和らげているから。回復の望みはなく、近く肉体の崩壊は終焉を迎える。
 父と結ばれるなら、今が最後の機会だった。私を見る父の熱い目線が、死に行く命が子孫を残そうとする種族維持本能に加え、フレンドガードという苦痛を和らげられる甘い蜜に誘われてのものだということも承知の上。これなら父も受け入れてくれるだろうと狙って連れ出したのだ。
 だけどこんな、私のそれこそ浅ましい欲情に根ざした据え膳など、父にとっては余計なお世話だったのだろうか? 徒にプライドを傷つけてしまっただけの……?
 …………それでも。
「ちょっと待ってよ、パパ」
 あの台詞だけは、聞き捨ておくわけにはいかない……!
「『もう一緒に行られないから、私を幸せにできない』ですって!?」
「シータ……!?」
 気圧された父に、私は畳みかける。
「じゃあ、ママは私を幸せにできなかったってパパは言うの!?」
「そ、そんなわけ……」
「ないよね!? だって、ママの想いはパパがちゃんと私に伝えてくれたもん」
 再度父の顔を強引に引き寄せ、私は叫ぶ。

「だったら! 何で私にそれができないと思うのよ!?」

「あ……っ」
 父の顔と口が、茫然と開かれた。
 父を持ち上げることもできない私だけど、絶望からは引っ張り上げて見せる。父のことなら、誰よりも私が一番よく知っているのだから。
「パパはずっと私を幸せにしてくれてたよ。だから私だって、パパの残したものを幸せにして見せるよ。私、もう幼虫じゃないんだよ? もっと信頼してよ!!」
 激情を複眼から迸らせて、私は想いの丈を父に叩きつけた。
「皆の為に毎日荒野を警邏してこんなにも傷ついたパパが自分の幸せを求めたって、浅ましいなんて誰にも言わせない! それでもパパがそう思うなら、浅ましくたっていいじゃない!? 無理に飛膜を張らないで、だらしなくくつろいだっていいんだよ!? パパの止まり木は、ここにちゃんとあるんだか、ら……」
 不意に暖かな感触を頬に添えられ、私の声は掠れて途絶えた。
「塩辛いな。こんなに甘そうな顔をしてる癖に」
「パパ……」
「見誤っていたよ。こんなにも立派に成長していたなんてな。すまない。お前を幸せにしてやれないなんて、侮辱も甚だしい愚考だった……」
 謝罪を呟いた唇が、今度こそ私の、待ち望んでいた唇に重ねられる。父の舌がうねって私の口腔を満たし舌同士が絡み合う。緒を引いた糸が照明に照らされて煌めき落ちたあと、すっかり昂った顔を見合わせて微笑み合った。
「もう昔のようには踊れん。エスコートを頼む。俺の残されたすべてを、お前に刻ませてくれ」
「任せて。この世の天国まで連れて行ってあげる」
 改めて父の鋏を取り、藍色に雪を散らした翅を羽ばたかせて、父を中心に私は輪舞した。
 父の腕を伸ばさせて遠ざかり、曲げさせて近づいてを繰り返しては、近づく度に唇を交わし、頬や瞼に口づけ、触覚で撫でては頬擦りを重ねる。吐き出す呼吸が絡んで蕩け合う。
 七色に輝く遊園地のイルミネーションが、遠く煌めく街明かりが、頭上を照らす満月が、ふたりの回りを巡り流れ、銀河のように渦を巻いた。
「綺麗だよ、シータ……」
 ほろ酔い加減な声を父が上げる。
「雪国の翅模様は雪景色だと思っていたけど、こうして見るとまるで星空のようだね。満月や街明かりにも掻き消されない、鮮やかに輝く満天の夜空だ……」
「私はパパの瞳を、ずっとお月様だと思ってたよ。夜色の飛膜の中、いつだって私を照らしてくれてたふたつのお月様……」
「俺が月空でシータが星空か。この夜に似合いのカップルだよな俺たち」
「えへへ、本当だね。パパと私、もう恋ポケ同士だよね……」
 一歩一歩高みへとムードを盛り上げて、私たちは舞を重ねていく。幾度もの交錯の果て、遂に……。

「シ、シータ、俺、もう……あ、あぁ……っ!!」

 官能の呻きを喉笛から漏らした父が、狂おしく尻尾を戦慄かせる。何が起こったのかはすぐに察した。
 本来なら父の方から私の手を引いて導くのが作法だが、今は私の方から歩み寄らねばならない。
 肩を喘がせる父をそっと押して退かせると、腹の下、足場のコンクリートに白い塔が屹立していた。
 これが精莢。父が産み落としたタマゴの種。私への愛の証。
 愛おしいそれに顔を寄せ、張りつめた外皮が弾けてしまわないようにそっと口づけたあと、私は精莢を跨ぎ越して、腹の先端を白い頂点へとあてがった。
 と、父の尻尾が私の腹に巻き付く。
「最後のひと突きは、俺にさせてくれ。ママが一番悦んでくれた角度で突いてあげるよ」
「もう、パパったら……うん、お願い。パパの全部を、私に教えて……!」
 尻尾に引かれて、私の腹は下方へと落とされる。
 鋭く尖った精莢が、私の真芯を貫いた。
「ああぁぁぁ……っ!?」
 潤う雌穴に父の雄を迎え入れ、敏感な急所を穿たれた瞬間、ふと元夫であるストライクとの夜の思い出が脳裏を過った。……それぐらい許して欲しい。父だって私に母を重ね見ていないこともないだろうし。
 今頃彼も、あのフライゴンと幸せに暮らしているのだろうか。
 そうであればいい。当てつけではなく本気でそう思う。
 私も今、父と幸福の直中にいるのだから……!
「嬉しいよ、パパぁ……コフーライ以来の初恋が、今叶ったんだね……」
「長いこと待たせてしまったね。愛してるよ、シータ……」
「私も……大好きだよ、パパ……あぁっ! 飛んじゃうっ! パパと一緒に天国までイッちゃうよぉぉぉぉ~~っ!?」
 火がつくくらいに摩擦され、沸点を超えた熱情が精莢を締め上げた刹那、弾けた奔流が胎内に迸る。
 心身に染み通っていく父の愛を噛みしめながら、私は翅の星空を瞬かせて悦楽の彼方へとフライトした。

 ○

「ありがとうな、シータ」
 くたびれた身体を互いに寄せ合い蜜月に浸る中、陶然と父は囁いた。
「最高の一夜だった。最高の生涯だったよ。この幸せが罪になるのなら、どんな地獄に堕ちようと、もう俺は怖くないよ……」
「それ、生まれ変わったママと私が、恋のライバルとしてパパを奪い合う地獄だったりして」
「怖っ!? アハハハハ、でも、そうだな。そんな来世も悪くないなぁ……」
 真円の満月を同じ色の瞳で仰ぎながら、父は心底楽しそうに、快活に笑っていた。

 ○

 程なくして、私は父とのタマゴを産み落とし、
 その孵化を待つことなく、父は母の待つ天へとフライトしていった。

 産まれてくる我が仔には、どんな未来が待っているのだろう。
 悔いのない幸せな生涯であれ、と心から祈りたい。
 最期の最期まで、満ち足りた表情で笑って逝った、私の、そしてこの仔の父親のように。

 ○完○

~2022年6月19日・第三日曜日に~


*1 アサギマダラの学名『パランティカ・シータ』から。その大元はインド神話の女神より。
*2 配布限定色。
*3 本作の舞台はイッシュ地方ライモンシティ。イッシュのモデルはニューヨークであり、ニューヨーク州に登録されたDSのビビヨンは雪国の模様になる。
*4 ポケモン技のはねやすめ=英名Roost=止まり木。
*5 サソリの婚姻ダンス。互いに鋏を掴んで踊った末、雄が排出した精莢を雌が回収する。

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Last-modified: 2022-06-19 (日) 23:29:24
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