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昨日の敵は

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作者:ユキザサ



「ごめん。風邪ひいちゃったみたい……」
 親友と打ち合わせをするために親友の住処まで来たチルタリスの目に映ったのは、ゲホゲホと気だるげに咳き込む親友の姿だった。
「昨日から調子悪くなっちゃって……代わりの人見つけてもらえると助かる」
「大丈夫よ、サーナイトゆっくり休んで」
 チルタリスが優しく笑顔を向けてそう言うと、サーナイトは申し訳なさそうにしながら住処に戻っていった。その姿が見えなくなってから、チルタリスは小さくため息をついた。

「さて、どうしましょうか……」
 先ほどはサーナイトを安心させるためにあんなことを言ったが、実際の所チルタリスには当てがなかった。一年に一度この森で開催されている音楽祭、そのイベントの一つで歌唱大会が開かれる。そして、このチルタリスその大会で例年優勝をもぎ取っているポケモンであった。もう一つの問題点。それは今年の歌唱大会が例年と違い参加条件が『二人一組』での参加であった。例年通りの参加方法であればソロで出場することもできるが、今年はそれが出来ない。サーナイトにはあぁ言ったが実際の所はもう出場する友達は他の友達とペアを組んでいる事だろう。そう考えチルタリスはまたため息をついた。
「そんなにため息ついてると幸せ逃げちゃうよ?」
「何しに来たんですか、アシレーヌさん?」
「冷たいなぁ」
 チルタリスが木の上から覗くとひらひらと前鰭を振りながら、笑顔で見上げているアシレーヌがいた。数年前から参加し始めたばかりだというのに、このアシレーヌは歌唱大会の上位常連で去年は僅差でチルタリスが優勝とチルタリスにとってもライバルのような存在であった。木の上から降りてアシレーヌの前に降りるとチルタリスは冷たくあしらった。
「いやぁ、困ってそうだったから声かけたんだけど」
「あなたには関係ない事です」
「それが僕にとっても関係ないとは言えないんだよね」
 やれやれといった様子で首を振りながらアシレーヌは本題を口にした。
「偶然さっきの話聞いちゃってね。僕で良ければ手伝おうかなって」
「あなたに何のメリットが?」
 実際このアシレーヌの人気はチルタリス以上である。チルタリスの対応が冷たいのも、去年の大会の後に彼のファンの牝たちから嫌な目を向けられていた事も起因していた。そんな彼の事だから、ペアは選び放題であろう、そんな中わざわざ敵になりそうな自分を選んだことがチルタリスには理解できなかった。
「メリットとかそう言う話じゃなくて、僕はチルタリスさんのいない大会で優勝しても意味がないって思ってるだけだよ?それに、正直今から見つけるの難しいと思うけど?」
「そうですけど……」
「チルタリスさんの音に僕の音が合わなかったら容赦なく僕の事を切っても構わないし、ほら良く言うじゃん。昨日の敵は今日の友って」
 事実ペアのいないチルタリスにとって、この提案は存外悪い物ではなかった。今から彼以上の相方を見つけることは容易ではない。それにチルタリスにとっては大会に出れないことの方が問題である。
「やるからには本気で勝ちに行きますよ?」
「当たり前!」
 そう言って、右前鰭を出してきたアシレーヌに対してチルタリスは少し戸惑いながらも右羽を差し出した。

「こんな感じかな?」
 握手の直後すぐに二匹は練習を始めた。最初にお互いの音域を確かめるためにそれぞれ少し歌ってみたが。彼はチルタリスの歌に合わせる様に即興でハモリを入れた。合わせるのは間違いなく初めてのはずなのに、少しの違和感はあるものの即興でここまで合わせたアシレーヌにチルタリスは驚愕していた。
「多少違和感のある個所はありましたが、そこまで気になるほどの物ではありませんでした……」
「うーん、やっぱり即興じゃ完璧にはいかないよねぇ」
「むしろ初めてなのに、なぜここまで合わせられたのかが私には分かりません」
「えっ?好敵手の曲は自分も歌えるようにするのが普通でしょ?それに僕チルタリスさんの歌好きだから、結構自分でも歌ってたし」
 その直後、音域は違うがチルタリスが十八番にしている曲をアシレーヌは苦しげもなく歌い始めた。ブレスのタイミングも抑揚の付け方もほぼ完ぺきであった。
「ね?」
「正直私はあなたの十八番をここまで完璧に歌える自信はありません」
「そうかな?チルタリスさんならすぐに歌えると思うけど。まぁ今回は僕から頼んだんだし僕が合わせる形取るのは当たり前。それに合わせるなら適材適所でしょ?」
 何も問題はないといった様子でアシレーヌはサラリとそう告げた。
「そうですね。ここまでやってもらったからには私も貴方の十八番を歌えるようにしておかないとですね」
 透き通った声でチルタリスは静かに声を出した。
「別にそんなことしなくても良いのに。じゃあ、今度大会とか関係なしに歌おうよ」
 そう言って子供っぽく笑うアシレーヌの姿にチルタリスはどこか懐かしさを感じたが、この時はその正体に気付くことはなかった。

「ここが少し変ですね」
「僕が少し高すぎるのかも、ちょっと音下げてみる」
「じゃあもう一度最初から行きますよ?」
 チルタリスの掛け声と共に歌が始まる。祭りまであと一週間。この調子であれば、もうすぐにでも合わせは完成する。今回の旋律はお互い特にズレもなく最後までメロディは続いた。
「今日はこのくらいにしましょう」
「えっ、まだ僕大丈夫だけど?」
「喉の酷使は控えるべきです、まだ時間はあるんですからそこまで慌てる必要はないでしょう。それにもう日も沈みます」
 チルタリスの言葉通り、太陽も沈み始め辺りは茜色に染まり始めていた。
「へぇ、始めたの昼過ぎからだったのにもうこんなに時間たってたんだ」
「良ければどうぞ?」
 そう言ってチルタリスはアシレーヌに木の実を差し出した。実際、酷使とまでは言わないが喉は確かに乾いていた。
「ありがとう」
 チルタリスの羽から木の実を受け取り、アシレーヌは軽く礼を言った。
「ナナシのみ?」
「えぇ、水分も多く取れるので昔からずっとお気に入りです」
 木の実を齧りながら、チルタリスは静かに答える。その横でシャリシャリと良い音をたてながらアシレーヌも木の実を口にし始める。口の中に広がる優しいみずみずしい甘さが疲れた喉を癒していく。
「あのさ、こんな事聞くの失礼かもしれないけど、どうしてチルタリスさんは毎年この大会に出るの?」
「どうしたんですか突然?」
「いやぁ、別に賞金とかもそこまで出る訳じゃないのにと思って」
「それを言うならあなたも一緒でしょう?」
 持っていた木の実を食べきってから、ふぅとチルタリスは小さく息を吐いた。
「約束をしたんです」
「約束?」
 懐かしむように笑顔を浮かべてチルタリスはそう口にした。
「五年くらい前ですかね、祭りが終わった後に迷子を見つけたんです。そう言えば、あの時も今みたいにこの木の実を渡しましたね」
「へ、へぇ」
「どうしたんですか、下を向いて?」
「な、何でもない。続けて」
 俯いたまま鰭を振ってアシレーヌは話を続ける様に促した。少し不審に思いながらも、あまり気にせずチルタリスは話を続けた。
「その時に泣いてるその子と歌を歌ったんですよ。そうしたらその子がいつかあの大会で私に勝つと言ったんです。だから、私はその子以外には負けれないんです。まぁ、昔の事ですし、本人は忘れてるかもしれないですけどね」
「大丈夫。きっとその子は忘れてないよ……よし!」
 そう言うと先ほどまで下を向いていたアシレーヌは自分の頬を両鰭でぱちんと叩いてまっすぐ前を向いた。
「絶対優勝しようよ」
「当たり前です」
 
「さぁ!今年もやって参りました!この祭り一番の盛り上がりを見せる歌唱大会の始まりです!」
 司会のパッチールの声に合わせて観客たちからも歓声が上がる。今回の大会に参加したのは合計十組。会場は森の中心の広場。その近くに参加者は集められていた。
「いやー、毎回の事だけど始まる前は緊張するよねぇ」
「緊張するときは掌に人って書いて三回飲み込むと良いらしいですよ?」
「僕の場合手じゃなくて鰭なんだけどそれ効果あるの?」
「まぁ、私も羽なのでやった事ないですけどね。そんな事しなくても今日まで練習はしっかりやってきたんです。心配は何もいりませんよ」
 そう言って笑いながらチルタリスは羽を広げて大きく深呼吸をした。その姿を見て真似る様にアシレーヌも深呼吸をした。練習で一緒に居る機会も多かった為か、相変わらず冷たいが最初の頃のような当たりの強さはもう無かった。
「喉の調子は大丈夫そうですか?」
「うん」
「なら良かった。最後まで気を抜かずに頑張りましょう」
 そんな他愛のない話をしていると、一組目の歌が聞こえ始めた。今回の大会でトップの認知度を誇る二人は主催者の意向なのか最後の十組目に登場する。一組の演奏時間は大体5分ほど、各々の組はそれぞれ調子を整えることや、最終調整をしている。しばらくして一組目の演奏が終わり、拍手が聞こえてきた。その拍手が止み少しすると今度は二組目がステージに登場し拍手が起きる。この緊張感も楽しんでいるチルタリスとは違い、隣のアシレーヌは緊張からかそわそわしていた。
「全く貴方も何度か出場しているんですからそこまで緊張しなくてもいいのでは?」
「いや、僕トリになるとか初めてだから……」
 今にも泣きそうな表情を浮かべるアシレーヌとあの時の迷子の泣き顔が重なった。チルタリスは練習で今まで見たことが無かった彼の表情や仕草を見ていた。それを見るたびにどこか懐かしい気持ちになっていた事の答えを今の泣きそうな顔で漸く見つけた。
「全く、私の好敵手なんですから、いつまでもうじうじされてたら困ります。そんな事ではいつまでたっても私には追い付けませんよ?」
 そうして、あの時と同じ笑顔を浮かべながらチルタリスは彼の頭を片方の羽で撫でた。その行動に驚きながらチルタリスの浮かべる笑顔を見て、アシレーヌは顔を赤くした。
「き、気づいてたの?」
「確信を持ったのは今の貴方の泣きそうな表情でですけどね」
「こんな事で気づかれるの死ぬほど恥ずかしいんだけど……」
 先ほどまでとは違う理由で俯いたアシレーヌにクスリと笑いながらチルタリスは言葉を続けた。
「それを言うなら私もですよ。本人の前で昔の話をしてしまったんですから」
「あ、あの時も死ぬほど恥ずかしかったよ」
 そうしてクスリとお互いを見合って笑い合う。その穏やかな笑顔は、緊張に包まれていたアシレーヌの心を解すには十分だった。
「また助けられちゃったね?」
「ふふっ、何度でも言いますが私たちの歌は完璧です。何も心配はいりません、楽しんで歌えば良いんですよ」
「そうだね!」
 気づけば大会も進んで、今は九組目の演奏が終わった所。鳴り続けた拍手が終わると、九組目のペアが戻ってきた。
「さて、大盛り上がりを見せたこの大会もいよいよ最後のペアとなりました!最後のペアは今大会の優勝候補!いっぱいの拍手でお出迎えください!」
「さぁ、行きましょうか」
「よし!頑張ろう!」
 晴れやかな笑顔を浮かべながら、二匹はステージへと向かった。

今年の祭りも終わり、多くのポケモン達が広場に集まっている中、二匹はその広場から少し離れた所に居た。結局、歌唱大会は練習通りの歌を披露して二匹は無事に大喝采に包まれながら優勝した。
「さぁ、優勝した訳ですけど。あの約束はどうします?」
 祭りも終わりに向かい少し広場から離れた場所で二人は木の実を食べながら話をしていた。大会が始まる前にした約束。いや、実際は初めて会った時に交わした約束。
「うーん、また今度にしてもらおうかなって」
 スパっと言い切ってアシレーヌはまっすぐにチルタリスを見つめた。余りにも真剣な表情だったために、チルタリスは一瞬動揺して、顔をそらしてしまった。
「優勝できたけど、今回も色々助けて貰っちゃったし、僕がチルタリスさんと勝負とか関係なしに歌うのは僕がチルタリスさんに追いついた時って決めてたから」
「そうですか」
 彼がそう言うなら、これ以上言うのも失礼だとチルタリスは黙った。少しの沈黙の後に背を向けていたアシレーヌが振り返った。
「ねぇ、チルタリスさんは世界で一番綺麗な音って聞いたことある?」
「綺麗な音ですか?」
 その質問に自分が思う綺麗な音をチルタリスは思い浮かべた。森のざわめき、鳥の声、波の音、雨音。様々な音を思い浮かべたが、世界一綺麗な音は思い浮かばなかった。
「僕はさ、恋に落ちる時の音だと思うんだ。だから……」
「?」
 ポカンとしていたチルタリスに近づいてアシレーヌはそう言った。そして、顔を真っ赤しながら言葉を続けた。
「その音を聴かせられる様に頑張るから、覚悟しててよね!」
「な…!」
 油断大敵。この時チルタリスの心の中に浮かんだのはこの言葉であった。先ほどまでは良き好敵手と思っていた相手に、歌以外でここまで心を揺さぶられるとは思っていなかった。
「じゃ、じゃあまたね!」
「え、えぇ」
 慌てたように去っていくアシレーヌの背中を見つめながら小さくため息をついた。この胸の高鳴り、上がる体温、そして脳裏にちらつくあの笑顔。危うく彼の言う世界一綺麗な音をチルタリスは聴いてしまうところだった。いや、実際にはもう聴いてしまったのかもしれない。
「いえ、これはきっとまだ完成していない音なんでしょう?全く……早く聴かせてくれないと他の誰かに聴かされてしまうかもしれませんよ?」
 そう小さく呟いてからチルタリスは翼を広げアシレーヌの行った方向とは逆を向いた。こんなにも来年の大会が楽しみに感じたのはいつぶりだろうか。そんな事を考えてチルタリスは穏やかな笑みを浮かべて自分の住処に戻るために羽ばたいた。

後書き 

 今回もいましたユキザサです。今回の結果は4票で同率6位、投票してくださった方々本当にありがとうございました!
まーた音楽ネタです。「てき」というテーマで真っ先に浮かんだのは「敵」。後はもうタイトル通りです。
女性慣れしてそうな見た目の野郎が本命の前では強がってるけど、実際は……って言うの個人的にすごく好きです。
まぁ蓋を開けるといつもの自分って感じですが、楽しんでいただけたなら幸いです!

以下投票コメ返しです!

全体を通して文章が読みやすかった。あとうぶなアシレーヌくんと優しいチルタリスの掛け合いが読んでて和んだ。 (2018/11/27(火) 02:20)


読みやすかったと言っていただけるととても嬉しいです。最後の掛け合いは個人的にも気に入っている場面でもあるので、楽しんでいただけて良かったです!

初心な恋バナとそれを覆い隠す様が、こう、もう、素敵! (2018/11/29(木) 22:20)


アシレーヌ君としても今回の大会は色々思うことがあったのかもしれません。少しヘタレな彼が出来る精一杯の自己表現、気に入っていただけてとても嬉しいです!

尊い……とひとことで済ませてしまうのはもったいないのできちんと感想を()柔らかな雰囲気もキャラクターも、歌や音というテーマも素敵でした。これからの二匹を温かく見守ってあげたいです。 (2018/11/30(金) 04:55)


尊いありがとうございます!「敵」という言葉が飾りと言われても仕方ないくらいの気持ちで書いていましたので、そう言っていただけるとすごくありがたく思います。
これからの二匹の周りにはきっと綺麗な音が溢れていくのだと思います!

二匹のやり取りにクスリとなりました。平和な雰囲気がとても良かったです (2018/12/02(日) 16:35)


個人的にも掛け合いのシーンは気に入っていましたので楽しんでいただけて安心しました!

何かございましたら 

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Last-modified: 2018-12-03 (月) 22:05:11
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