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星音・灰灰

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Writer:赤猫もよよ

 焼灼にて一つ目の檻を抜ける。
 気が付けば軒並み枯れ木めいた肉体は、てのひら一杯弱の灰と脆軽い骨片とに変わり果てていた。
 そうして形を失くしたからにはこここそが最終幕で、いよいよ退場の時が来たのだと、そう思っていたのだが。
 
『まだ終わりませんよ。僕は義理堅いのです』
 その声は青錆びた鈴を転がすようにくぐもっていて、伽藍洞()の内側に嫌というほど響き渡る。
 視界はおしなべて散漫だ。夜めいていく街並みは水にふやかされたようにぼやけていて、思考だけが不可解なほどに明瞭だった。
 流れてゆく地面は今までより遙かに近く、しかし俺は地平より遙か遠くにいるような、不可解な感覚に包まれていた。
 俺のみしりと詰まった袋を視線の高さまで持ち上げ、お前は心底楽しそうな、悪戯めいた黒い眼差しを此方へ向ける。
 ほんとうに手癖の悪い奴だ、と思った。昔からよく人様のものを盗もうとしていたが、まさか人様そのものを盗みに走るとは。遺された家族などひとりしかいないので構わないと言えば構わないが、俺に関与した面々は騒然としているに違いない。俺が俺たるそれが無ければ、もはやだれに対する葬儀であったのかすら分からなくなるだろう。職員の首はいくらか飛びそうだ。
『けどほら、僕だっていやがらせ目的だけで貴方を盗んだ訳ではないのです。僕にも僕のつとめというものがありまして、貴方を盗まなければいけない理由があったのです。でないと首が飛んじゃうのです。首級を挙げ連ねるというのは、人生の縮図ですよね』
 人でもなければ生きてもませんけど、と締めるその言葉の意味が何かは不明だが、とかく浮遊感伴う歩幅に揺らされながら、彼が驚くほど感情豊かで饒舌であったことに俺は驚きを禁じ得なかった。生前の印象は寡黙でゆらりふわふわと浮いている暇霊という感じだったのだが、死んでみないと分からないものというのもあるらしい。
『なんですか。貴方僕のことそんな風に思ってたんですか。まあ暇なのは事実なんですけど。……でもそれって、貴方が生きてたのが悪いんですよ』
 むう、と不服そうに単眼を歪める。これも生前には見ることのなかった表情だった。
 しかし怒られていることの心当たりはない。俺ははい? と言った(灰だけに)。言うというか灰なのでそんな感じの雰囲気を出した。彼は露骨に無い筈の舌で舌打ちをした。ハイセンスでウィットに富んだジョークはお気に召さなかったらしい。
『トンでますね。ユーモアのセンスが。ローの方向に。感性までカサカサの灰になりましたか』
 うへえ、とヨノワールはコミカルな所作で肩を竦め、難色を示した。
 と言いつつ、お前もあんまりうまいことを言えていない。ナントカはナントカに似るという奴だった。
『ええいうるさい。なんなんですかもう、生きてるときはあんなに静かだったのに。今になって騒がしいなあ』
 やっぱりなんとかはなんとかに似るという奴だ。
『ところで、聞かないんですか』
 彼はわざとらしく咳払いをする。
『どうしてお前は俺を盗んだとかとか、そもそもどこへ向かってるのかとか』
 僕にも仕事、という言葉を聞いた時点で、その辺りのことを聞く必要は既に無くなっていた。なぜならお前はヨノワールだったからで、俺はヨノワールというポケモンがどういう逸話を持つのかを熟知していたからだ。
 ――ヨノワール。
 ――夜後の果ての運び屋。
 死した魂をその大きな手で掴み、霊界へと連れていく役目を担っているという。
『合ってますよ大正解ですよ。うわなんですかもう、僕のこと熟知してるじゃないですか。気っ持ち悪いなあ』
 彼は頬に手を添え、仏頂面で袋をぐるぐると振り回す。
 しかし熟知しているのは当然だった。あくまで定義上というか、曲がりなりにも俺はお前のトレーナーなのだから。
 結局、それらしいことは何一つできなかったが。
『ふふふ、でも違うんですよ。現状から推理できる考えとしては百点満点なんですけどね。でも正味なところ、僕は貴方をそう易々と楽な場所へ連れていくつもりはないんですよ。何故なら僕は貴方を心底恨んでいますからね』
 彼は再び俺を視線の高さまで持ち上げ、不気味に赤黒く眼差しを光らせながら、渾身のあかんべぇをした。所作がいちいち古びていて、埃さえ舞っているようだ。
『うるさいなあ』
 しかしお前には恨まれたり怒られたりしているが、やっぱり心当たりはない。俺がお前をゲットした時から常々ほどほどに良好な関係を築き上げてきたと記憶しているのだが、無自覚に悪感情を煽ったりなどしていたのだろうか。
『そう、そこです。そもそも貴方が僕をゲットしてしまったのが問題というか、怒りを禁じえないのですよ』
 はあ。
 というと。
『よくもまあ捕まえてくれやがりましたなという話です。貴方が偶然たまたま枕元にボールを忍ばせといて、たまたまのラッキーパンチでぼくを捕獲してくれたせいで、本来はあの時に貴方の魂を引っこ抜いて霊界に連行するはずが、叶わなくなったんですよ』
 彼は微動だにしないまま、膨れっ面の気配を顔面に忍ばせた、ように見える。彼の表情はすこぶる推し量りにくい。
 なるほどつまり、俺はあの日にたまたま枕元にボールを忍ばせといたお陰で命拾いをしたわけだ。
 もうないが。
『ですから恨みを晴らします。楽に死ねると思っちゃだめですよ』
 ヨノワールはぐふぐふと下手な笑声を上げた。お前は本当に笑うと不細工になる。
『うるさいですよ』
 というか、もう死んでいる。
『あああうるさいですよ。言葉のあやです! ない口が良く回る方だなあ』
 繋がれた管が邪魔で、上手く舌が回らなかった少し前までと違い、今はもう回す舌もないというのに、言われてみれば確かによく舌が回っていた。今までずっと考えるだけに留めていた言語が、不思議と零れ出てきているようだった。
『いいですよもう勝手に喋れば。僕は僕で勝手に恨みを晴らすだけなので』
 絶対に離さない、と言わんばかりにヨノワールはその大きな両手で俺を抱え直した。恨みを晴らすというものだから、そのままバラバラになるように引き千切ったりするのかと思えば、そういうことはしないつもりらしい。
『それはしませんよ。だってほら、バラバラにしたらバラバラになるでしょう』
 ヨノワールは当たり前のことを言い、肩を竦めた。『絶対に話しませんよ』
 じゃあどうするんだ――という俺の問いに。
『だから、はなさないですって』
 ヨノワールは、横顔を道の先に向けたまま、珍しくなにもかたらない。
 そうして、これ以上の追及を逃れるように、彼はずんぐりと歩幅を速めだした。骨片と灰とを抱えたまま、迫りくる夜の先から逃げるようにして。





 生ける者の街を抜け出す頃には、夜は果てまで満ちていた。
 新月の濃夜に月は見えない。散漫に広がる星明りは街中を浸す光濫より遙かにか弱く、舗装された道の端を歩く俺達は終わりの見えない、深い心地よさを感じさせる薄暗さに包まれていた。
 言祝ぐような風の音色に草は(そよ)ぎ、昼止みの雨に潤んだ土は薫る。鈴を打つように煩雑な虫の音が反響しては寄せ返し、単体では煩雑なそれは、共鳴の果てに秩序を身に着けているようだった。
 音、香、そして夜。
 そのどれもが自由に満ちた幼年期を追想させるもので、こみ上げてくるのは遠くへ消えた筈の郷愁の感情だった。
 鼻腔の奥まで清潔の沁みついたかつての鼻では、もう二度と嗅ぐ事などないだろうと思っていたし、耳に優しいだけの小刻みな機械音が耳を埋め尽くした今では、もう思い出すこともないと思っていたものが、すぐ目の前にあった。
『いちいちノスタルジックになるのは止めて下さい。浸らなくたって、こんなのはこれから幾らだって聞けるし見られるものです』
 水を差すような冷たい言葉。とは裏腹に、そう言いつつ、彼はずっと足を止めたまま俺を抱え上げている。
 お前は何時でもそういう奴だった。俺が先へ進むように促せば、彼は口を尖らせるのだ。
『言われなくても、行きますとも』
 俺は、それがいいと言った。彼はそれには何も返さないまま、ゆっくりと、夜の底溜まる下り坂の先へと歩んでいく。
 そうして、やがて背後に灯っていた街の明かりさえ届かなくなる頃に、俺はふと思い出したことを口遊んだ。
 ――昔、俺の身体がまだちゃんと動いていた、頃。
 ――俺は、宇宙飛行士になりたかったんだ。
『なんですか、それ』
 あすとろのぉと――なぞるように呟き、彼は首を傾げた。
 道明かりの代わりに、と眼前で灯していた紫紺の鬼火が、合わせてくたりと揺れる。
 宇宙飛行士。
 アストロノート。
 それはまあ、つまるところ。
 
『――ははあ。つまり、僕らのつとめみたいなものですか』
 彼は合点がいったようで、ぽんと軽く手を打った。得心を得たようだが、代償として俺がもうない首を傾げる羽目になる。
 彼がつとめと語るものの正体を、俺はあまり理解していない。死者の魂を冥界へと運ぶ――という逸話があり、それを否定しなかったからには、多分それは本当なのだろう。
 しかし、それと宇宙飛行士とが果たしてどのように繋がるのか。
『その、宇宙飛行士という方がたは、宇宙に行って帰ってくるのがお仕事なのですよね。僕らも、ある意味ではそうなのですよ』
 野道に点在する水溜りに、切り取られた星空の写しが焼き付いていた。ヨノワールはそれらの隙間を縫うようにして歩き、まるで子供に読み聞かせるかのような口ぶりで語り始める。
『僕らは、貴方たちが宇宙、或いは銀河と呼ぶその場所を、冥界としています。そういえば、貴方達はしばし冥界を地の底としますね。でもそれは、ある意味では正しくとも、少し外れています。あらゆる空間の先の果ては、総じてわれわれのもと(冥界)へ繋がっているのですから』
 地の底も、海の際も、山の端も、空の最果ても、その全てが――と、彼は謳うように言を並べる。
『もっとも僕らは、「連れていく」ことと「還してあげる」ことがお仕事なのです。ですから、自らが辿り着く事と帰ることを目標とする宇宙飛行士とは、僅かに差がありますね』
 でも、似たようなものです――と運び手は結んだ。心なしかその口振りには、誇らしさが混ぜ込まれている。
『面白いと思いませんか。僕らとあなた方はまるで異なる信心を持つというに、目指す場所はただ一つであるらしく。やがて辿り着くだろう場所もまた、同じなのですよ』
 宵にでも酔ったのか、彼の編む言の葉は、振れば詩的な音でも響き渡りそうなものだった。
『ときに、どうして急にそんなことを思い出したのですか。白昼夢に眩んだにしては、少しばかり時期が遅過ぎますよ』
 どちらかと言えば逆だった。白昼夢に眩んだというよりは、夜夢に暗んだが故の想起。
 天を仰げば黒。清潔に、冷たく広がる白天井ばかり眺めていた網膜、に焼き付いた白を洗い流すように、夜天は黒暗く溢れ、それは清んだ消毒液の底だまりに沈んでいた幼な頃の古輝きを浮かび上がらせた。あの時と同じ色の空が、今、一面に広がっている。
 今更のことゆえに、殊更にそれは美しい。しかしもう、灰ばんだ身体には無縁の夢だろう。
 ヨノワールは水溜りを踏み、内側に渦巻いていた星のいくらかを散らした。
『ま、叶うといいですね。いつの日か』
 彼は他人事めかして言祝いだ。
 無縁の夢だと言っているのに。
 


 
 またいくらかの歩幅に揺られた。
 抜けるような暗天の星空、その縁がほの僅かに灰白む頃合いへと差し掛かる。
 丑三つを過ぎた頃合いから、口遊むような草の歌も虫の音も皆沈黙の中に浸されている。雲の流れる濃淡に合わせ、弾けては萎む星の破音ばかりが耳の名残に姦しく。静寂の夜の空洞を埋めるように、それは凛凛と眩く輝き連ねていた。
 暫くの間会話はなかった。旅路は舗装道の別れへ達し、今ではせせらぐ大河の(みぎわ)を傍らに進んでいた。規則正しい歩調に揺られ、囁きつけるせせらぎの音が合わされば、星河を揺れる船床のような錯覚に堕とされる。
 天頂の光が増すにつれ、世界は擦り硝子を通したように歪み始めていた。それは睡気に惑うときの感覚によく似ていたが、鎮痛剤の秩序めいた慈悲によってもたらされるそれよりは、幾分か心地よく感じられた。
『眠れば、もう覚めませんよ』
 ヨノワールは意識の間隙に言葉をねじ込んだ。語り口は先ほどに増して平坦だが、その語気には僅かな憔悴が見て取れる。
 眠るべからず、とでも言いたいのか、彼の歩幅は僅かに早まっていた。何故に、そして何処へ向けて彼は急くのだろうか。彼の意を何一つとして知らない。
『あと少しですから。もう少しです。約束が果たされるまで、どうか眠らないで頂きたい』
 睡気の波が押し寄せるたびに、剥離の感覚が強まっていく。地に足つかず反重力、天への回帰を希う引力めいた欲求は、即ち昇動とでも定義すべき未知なる感触だ。意識の瞳を完全に閉ざしたならば、そのまま逝き別れとなるだろうと、直感的に理解をする。直感をその根拠として、ヨノワールの告げる言葉は真実味を帯びていた。
 そんなに急いて、はて何処へ向かうのか、と問う。言葉は曖昧に返される。
『もうじき聴こえますよ。香も漂うでしょう。見えますよ、すぐに』
 ほら、今にも――と彼は接いだ。
 何のことやら、と思う間もなく、ヨノワールの語りを理解する。
 湿った夜気に紛れ、囁くように、隙間を縫って漂い始める潮香、にやや遅れ、騒ぎ立てるように波音が鳴り始める。
 その、香と騒の延長線上に伸び、交わるところにいる物象の名を、俺はしばらくの間思い出せなかった。それは、ともすれば我が人生、そしてその只中で始まった余生において、宇宙よりも無縁の代物であるかもしれず、それ故の不知だった。
『何を言いますか。知らないなんて、そんなことは言わせませんよ』
 戸惑う俺に向けて、彼は一瞬固く口を結び、ややあってまた開いた。
 指先に提げた俺を抱え直し、さながら我が子をあやす父親のようにして、両の手を押し上げ天高くへと掲げる。
『ほら、貴方が見たいと言ったのでしょう』
 彼が伸ばした体のぶんだけ、世界の全てが下降する。
 視界は漫然に膨張し、やがて豁然(かつぜん)とする。
 傍らを流れる大河の果てに、海境が鮮明に表れる。そしてその先に現れる水平線は、やがて黎明を告げるだろう仄明るみに縁取られ、柔和な輝線を波浪の隙間へと転写していた。
 その、大河の果ての先に脈動する水流の編み布を、物寂しくも力強くうねる渾天眼下(そらのした)の広庭の名を、知らないはずはなかった。回帰を秒読みに待つ今だからこそ、それが万象あらゆる生命がやがて出で、いずれ還った場所であることを理解していたが、そうでなくとも。
 
 ――消毒液の清潔臭に沈下した、去りし日の記憶が。
 ――浮上する。今、いっとう鮮明に。

「海に、行きたいな」
なら、一緒に行きましょうか

 今はもう昔、まだ口があり、喉があり、そこを通る管がなかった頃。
 俺は一人。寡黙な幽霊が漂うばかりの病室にて。そう独り言ち。
 それは彼だけにとって、心の内で交わされた最初で最後の約束事となっていた、らしい。
『霊は、生ける者にかたるべからず。それが僕らの原則です。それだけが王と交わした約束事です。僕らの放つ引力は強すぎて、まだ留まることの出来る魂さえ引き上げてしまいかねないのです』
 でも、とだけ言い、次の言葉を送らぬままに、ヨノワールは静かに笑んだ。
 彼は俺を宙へと放り、地面を蹴って浮遊し、隣に並んだ。
 緩く海の方へと進みながら、火の垣間見えようと輝く水平線を、互いの眼下に見やる。
『気は晴れましたか』
 彼は問う。
 答えず俺は問い返す。
 お前の恨みは晴れたのか――と。
 
 
『――』
『まさか、晴れるわけがないでしょう』

 彼は目を丸くした。そうして、未だ呪われたように、(のろ)くかぶりを振った。
 水平線上の空は間もなく夜を抜け、黎明に差し掛かろうとしていた。
 回天し、去りゆく星は夜に形を映そうと、いっとう破音を強く増す。見上げる海鏡は星を映し、去りゆく夜を名残惜しむように波音の響鳴を色濃くさせていた。
 喧騒で組まれた静寂の中に、ヨノワールのかたりが揺らぐ。
『だから、楽な場所なんて連れていきたくありません。もっと、もっと、貴方をこの星の下に引き摺り回してやりたいとさえ、強く思います』
 青寂しく輝く眼下の大海原に、彼は一瞬だけ視線を向け、瞳を瞑った。
『貴方という人に捕らえられたせいで、僕は貴方という人を知ってしまった。病床に括り付けられ、なに一つとして夢想を叶えることが許されず、苦痛に苛まれながら、それでも誰一人として恨まなかった、貴方という人を』
『そんな、愛おしく美しい貴方の幕を、何処へも行かせないまま引くことなどどうして出来ましょう。すくいきれないまま、貴方が旅立っていくことを、その無味な予後の路を導かなければいけないことを、僕はどうしても許せなかったのです』
 彼は懺悔するように呪いを吐き連ね、それから胸いっぱいに、大きく息を吸った。
 そうして、大きく吸われた息をふんだんに使い、か細く震えるような、魂を凍えさせるような小声で、『でも』と続ける。
『貴方は夢を、まだ忘れずに持っていた。もしそれが今は――この最果てでは叶わない夢だとしても、僕が導いた先、形より出でた貴方がまた別のものになって、もう一度この星に帰り着く先で――』
 彼は渾天を見上げた。
 今にも溢れ、零れ落ちそうに。映すのは、満天の星の浅き海。
 
『あなたの夢が、叶うかもしれない』

 黎明(よあけ)を告げる生まれたての火が、水平線の彼方から零れ出る。
 ヨノワールは袋の紐を丁寧に解いて、それから『ばいばい』と囁いた。
 
 
 吹き上げる海風が()を散らし、陽は静かな熱にて純化を促す。
 焼灼(カータライズ)
 二つ目の、青々とした檻を抜け、空の果て――或いは水底の先へと、進んでいく、その先に広がるものは。

 反響し、攪拌し、きらきら瞬くように、静かに歌う光の群。
 耳に姦しく木霊す(アストロ)の音を、忘れないよう刻んでおこう。
 義理堅く嘘つきなお前に、もう一度会いに行くために。
















 手癖が悪い、という貴方の評価は、極めて的確だったと感じます。
 そうでなくては、貴方の骨片が今、僕の掌の上で転がされているわけがないのですから。
『貴方だけが希望を見出すのも、やっぱりフェアじゃないと思うんですよね』
 誰に届くでもない贖罪を語ろうと、それはやはり誰にも届きません。当たり前です、僕が貴方と呼ぶ美しい人は、もうこの星のどこにだって居はしないのですから。
 貴方の骨片を腹の口に放りこんで噛めば、それは存外に固いものでした。無理に嚥下すれば喉が傷つくだろうと考えて、僕は骨片を吐き出します。まあそもそも、僕に喉があるのかなんて、知りませんけども。
『まあ、仕方ないから、片時も離れてやりませんよ。欲しければ取り返しに来いという話です』

 いくら言葉を畳みかけようと、さりとて静寂(しじま)はなにも返さない。
 虚しさに溜息を吐いて、数秒後。
 僕は一言だけ、騙ることを止めにした。


『ああ、放さなければよかったなあ』


 寂しいですよ、本当に。
 
 だから、いつか会いに来てくださいね。



あとがき
タイトルは「あすとろのおと・ばいばい」と読みます。難読タイトル選手権だったらぶっちぎりの優勝のような気がします。もよよです。
自分が話を組み立てる際、同音異義の言葉からネタを拾えないかと考えることが多いです。宇宙飛行士(アストロノート)と星(アストロ)の音、はなんだか似ているなあと気づいたことからこの話が始まりました。
1万字以下の短編なので、あまり多くキャラを出すと自分の手腕ではまとめ切れないだろうと思い、二人のキャラの関係性に焦点を絞ることにしました。ヨノワールくんの立ち位置は実は最初はフワンテがいました。視点主である「俺」が最初は子供だったからです。ですが子供の視点だと、相手側の感情の機微を感じ取らせることがとても困難だったのでボツになりました。ついでに、もう少し表情豊かなポケモンの方がやりやすそうだなと感じたので、魂を運ぶ逸話のあるヨノワールが起用されました。起用ついでにどこかでおはヨノワールと言わせたかったのですが(面白いギャグ)雰囲気がめちゃめちゃになるのでやめました。英断。
テーマ「かた」に関しては、最初は「形」から出てゆく=死ぬ、というクリアの仕方を目論んでいましたが、ヨノワールくんがいっぱい喋ってくれたので「語る」「騙る」を主軸に添えることができました。他にも色々織り込んだのでよければ探してみてください。
 お読み頂きありがとうございました。投票してくださった方もありがとうございました。気の利いた返しが出来ないので申し訳ないのですが、コメントはきちんと読ませて頂いています。
 ではまたどこかで。

余談
 ヨノワールくんがちらりと漏らした「王」とやらは別の作品にでかでかと顔を出しています。王さまはやさしいので、ヨノワールくんたちももう一度会えるかしれないですね。

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Last-modified: 2020-07-19 (日) 20:39:41
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