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星葬

/星葬

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Writer:赤猫もよよ
 
 黒曜に満ちた宙間を飛ぶ。
 幾重にも降り積もった灰の粒子を私は六本の黒脚で掻き集め、固め、燦然と輝く蒼い星に向けて押し流す。
 宙間と蒼星の狭間に広がる星葬圏の吐息に炙られた灰粒が、やがてからからと青鈍色の淡光を迸らせながら堕ちていくのを見届ける。
 一様に、みな輝いていた。
 やがて受ける生を待ち遠しく思うような、希望の色をした光だった。
 
 灰は生き終えた魂の残骸であり、それらは少しの眠りを経た後、もう一度魂となるべく蒼い星へと旅をする。
 そして蒼い星での役目を終えた魂は灰となり、また再び灰溜まりの宙間へと流れ着く。
 即ち循環であり、輪廻であった。灰の死と魂の生を流転的に繰り返し、形成される完全螺旋。
 私の――ギラティナと呼ばれる存在の役割は、その循環する旅路に少しばかりの介添えをすることだ。
 そこに理由はない。蒼星の創世より幾星霜が経過したいまも、私の成すことは変わらない。ただ私は私であるがために間断なく灰を捏ね繰り回している。
 命が完全な螺旋を描き続ける様に、私は成すべきことの輪廻の中に自己を見出す他になかった。
 
 やがて習慣は退屈を生み、退屈は思案を生む。灰をかき混ぜる火掻き棒としての役目を果たす傍ら、私は或る疑問を抱いた。
 いずれ灰になることを知っていてなお、なぜ魂は旅をするのだろう。行き着く先はか細い灰粒だと知っていてなお、定められた螺旋を辿ることを愛おしむのはなにゆえか。私が相まみえることのない生の過程の中に、旅路の理由は存在するのだろうか。
 仮に希望の色に輝けるほど生が愉快なことならば、死という概念に属する私は何の為に灰を掻き集める役目を担わされているのか。
 ――私という存在は、果たして必要なのだろうか。
 
 私は理解する必要があった。
 自己の存在理由に陰りが見られた今、それでも私が"私"であり続けることは耐えられなかった。
 灰を捏ね繰り回すだけの私という存在が、存在に耐えうるだけの価値と重さを所持しているのか、知る必要があった。
 故に決意した。そしてその身を翻す。
 灰に塗された宙間を掻き分けて、星葬圏を抜ける。
 加速。
 追随する酩酊。
 それによく似た浮遊感を黒翼に浴びて。
 
 私は、やがて灰になる誰かに会いに行くことを決意した。
 

星葬

 ◆


 星葬圏より沈下し、水底より飛翔する。
 深海は宙間に似た黒曜で満たされており、時折胎動する流水の寂音ばかりが蔓延していた。
 蒼星の中で最も私の存在する宙間に近いこの深海は、ある程度の居心地の良さと共に私に退屈さを享受させる。根付く魂の輝きはいくつか存在していたが、そのどれもが生と死との境界線が不明瞭なものである。観測するには些か凡長だった。
 黒翼を羽ばたかせ、私は浅層を目指す。
 次第に陽光の糸が垂れ始め、それを手繰るようにして浮上する。
 視界の端を高速で流れる水の色が夜を超えて朝へ変遷し、やがて視界に広がるのは潤った蒼原を筆頭にした明朗な色彩の束。
 海面の薄窓に遮られた天頂には潤んだ太陽が顔を覗かせ、陽の溶け込んだ浅層の海は温度と呼ばれるものに満ちていた。
 伴い息づく魂の多様性も豊かである。興味深いことにここでは生と生との輪廻が発生していた。
 即ち大が中を喰い、中が小を、小が死した大の残骸を、と続く連鎖的な生存の螺旋。それは一つで完結するものではなく、幾つもの輪が連なりあい、交差しあい、謂わばフラクタル的に大きな一つの輪形を形成していた。
 その繊細かつ美麗な様相に、私は嘆息する。
 かつてわだつみの王が海域の様相を愉快そうに語っていたが、さもありなんという他にない。

『美しいか。うむ、うむ。そうであろうよ!』

 噂をすれば、潮騒のような声が響く。
 流水の圧が僅かに強くなったと思えば、次の瞬間には私を取り囲むようにして海渦が立ち上っていた。
 攪拌され混入した酸素が銀の泡沫となり、視界一杯を埋め尽くす。
 強烈な水流に全身を揉みしだかれ、私は海面に投げ出された。
 
『随分と、随分な歓迎だな』

 浮遊感。
 燦然と輝く陽光に、思わず感覚器を鈍らせる。
 海中でその身を翻すわだつみの王に、私は上空から憮然とした声を投げかけた。
 
『うはは。そうむくれるな、わが友よ。久方ぶり故、少し気合が入りすぎてしまったのだな!』

 ややあって海面から飛び出したわだつみの王は、いかにも悪びれない様子で破顔した。
 蒼星に役割を構える神獣は少しばかり型破りな性質を持っていることが多く、眼前のわだつみの王――ルギアもまたそのひとつだった。
 群青のしみ込んだ銀の鱗は陽光を浴びて輝いていて、私はその眩しさに知覚を鈍化させる。
 海神の王がその双翼をはためかせる度に、残光の軌跡が海面の白波の中に刻まれていく。かの存在すらも海の活動の一つであるかのように、海神の肉身は広い海洋の中に泰然と融和していた。
 眼前の存在は自然と神域との融和の美しさを想起させるとともに、己の黒翼がどこまでも浮いた存在であることを実感させる。蒼星に属さないために陽光を受けることのない私の身体は、どこまでも死に伏した灰色のままだった。

『して蒼星にはいかなる用向きか、友よ。カイオーガは今出払っている、言伝ならば吾輩が請け負うぞ』
『いや、必要ない。……しかし、あの海王が出払っているとは。奇異なこともあるものだ』

 私の呟きに、わだつみの王は同感とばかりに長い首を竦めた。
 浮かぶ私の足元に広がる雄大な海原の生みの親である海の女王――カイオーガは、やはり子と同じように雄大な精神性を肉身に宿している。
 それ故に、女王は大抵のものごとにおいて傍観を決め込む傾向があった。
 波浪も世界も流れる向きにしか流れぬのだ、とはいつに漏らした言葉だっただろうか。

『まあ、詳しくは知らんが首を突っ込むような事でもあるまいよ。……して友よ、用向きは果たして何だろう。友は気紛れに遊びに訪れるような柄でもあるまい?』

 わだつみの長い首が私を覗き込んだ。
 まるで私が遊びを知らぬ堅物だと揶揄するような口ぶりに、貴方はいささか柔軟が過ぎるのだと返そうかしばし迷ったが、止める。
 私は揺れる水平線に視線を滑らせ、遠洋に見える陸地に焦点を合わせた。

『命が、見たいと思ったのだ』

 私はわだつみの王に経緯を話すことにした。
 即ち、宙間に流れ着く魂の残滓、灰についての疑問を。
 やがて灰になり、死によって生のすべてが無駄になってしまうというのに、魂はなぜ次の生に希望のような輝きを見出すのか。
 希望を見出せるほど生が美しく、楽しいものであるならば、そうではない死は何の為に存在するのか。
 生が美しく、楽しいものであるならば――死という概念に属する私は、何のために存在しているのか。

『……ふうむ、成程。友にもついに煩悶の時期が訪れたのだな』

 私の言葉を受け、わだつみの王はどこかしみじみとした様子でそう呟いた。
 私を見つめる蒼海の眼差しの中には、歓喜とも共感ともとれる暖色の感情が渦巻いているようだった。
 
『友よ。君は命に触れ、その過程で魂らが何ゆえ歓喜に輝くのかを知りたいと言ったな。なれば吾輩は、君を導いてやろうと思う』

 しかし、とわだつみの王は続けた。騒々しい賢者の双眸が微かに細まる。
 潮騒が弾ける音がほんの少し遠くなり、そして彼は言葉をつづけた。

『命の輝きは、友には理解しえない領域の可能性もある。理解出来ないだけならまだしも、それは君にとって非常に癪に障ることである可能性も否めない。それによって友が――君が粗暴な行いに走ってしまわないか、吾輩は少し心配だ』
『私は……』

 わだつみの王は案じているようだった。新しい概念に触れることが、必ずしも私にとっての薬になるとは限らないことに。
 王はどこまでも優しい。仮に毒であった生に触れてしまうことで苦悶する私だけでなく、それによって苦しめられる周囲の双方を案じた言葉だった。
 そしてそれに対して、私は胸を張って否定することができなかった。

『ああ、すまない。水を差す訳ではなかったのだ。ただ、もしもそうなってしまったなら、吾輩は君を正さねばならない。そしてそれは、吾輩にとってとても悲しいことなのだ』
『……ああ、分かっているとも。もしそうなったならば、貴方が止めてくれ』

 わだつみの王は一瞬の沈黙の後、重く頷いた。
 何か言いたげな様子であったが、彼はそれ以上何も言わないことを選んだようだった。
 
『……うむ、任せておくといい。――さて友よ、君は、きっと人間を観るべきだと吾輩は考えたのだが、どうだろう』
『人に……?』

 わだつみの王は水平線の向こう、はるか遠洋に見える陸地を指し示した。
 彼のことだから、恐らくは海に住まう命に触れることを勧めるだろうと予想していただけに、私はかすかに困惑を浮かべた。
 私の困惑を慮り、わだつみの王は補足のように言葉を付け足す。
 
『しめて百億の生が根付くこの蒼い星で、なぜ人という種を指し示すのか。友が聞きたいのはそのことだろう?』

 私は頷いた。彼は破顔する。
 
『うはは、簡単なことよ。あれは眺めていて飽きないのだ。不遜にもわれらが父に力の代わりに知恵を強請った欲張りさんであり、それ故に精神構造の複雑さは他の追随を許さぬ』

 それが他の生き物への優越の証拠ではないことを、彼らは知らぬようだが――と、わだつみの王は苦言を潮騒に紛れさせる。

『なんにせよ、友にとって良い刺激となることは間違いない。どうだろう』

 私は僅かな思案のあと、もう一度、先程より深く頷いた。
 知恵持つ民ならば、生への希望を私に説いてくれるかもしれない。
 そんな輪郭のぼやけた希望が、私の胸の内の黒曜に小さな光を射し込ませる。

『行こうと思う』
『そうか、行くのか。では吾輩は、深き海の底より友の旅路の無事を祈るとしよう。ここは少し眩しいのでな』

 わだつみの王はその流麗な肉身を翻す。ではな、と軽い挨拶。
 一度中空の澄んだ空気をかき混ぜた後、彼は猛烈な飛沫を立てて波間へと飛び込んだ。
 跳ね上げられた飛沫が視界を覆い、やがて晴れたとき、わだつみの王の姿は小さな海嘯に紛れて消えていた。
 唯一まだ、揺れる蒼い海が僅かに渦巻いていて、それだけがかの王の残像として在るばかりだった。
 それらをじっと見つめながら、彼にも私のような時節があったのだろうかとふと思う。
 
 彼が己の存在理由について煩悶したとき、それに道を指し示したのは誰だったのだろう。今となっては聞くこともできないが、何故だか私はそれが無性に気になって仕方がなかった。
 いずれまた出会うときに問いてみよう。思考の片隅に質問を押しとどめ、私は黒翼をふわりとはためかせる。
 視線の先にはか細い陸地があり、視界の一杯には遮る雲一つない青空が広がっていた。
 人と呼ばれる存在が私にどのような叡智をもたらすのか、そのことばかりを思慮しながら私は空を駆ける。
 
 
 
 快晴。
 
 
 
 ◆◇


 三度の昼夜を通り過ぎた夜半、私は辿り着いた小さな入り江の岩陰へとその身を滑らせた。
 世界は凍てついたかのように群青色の静謐を湛えていて、打ち寄せる波音すらもどこか遠くの事のように感じられた。
 天頂には見慣れた濃紺の宙間と、やはり輝きを放つ灰の粒群。私の潜む宙間は、蒼星の土地からは見上げる位置にあるらしい。
 
 私が陸地にその身を漕ぎだそうとした矢先、枯れかけた生命の気配を感じてとっさに身を隠した。
 私達のような神獣から他の生命への大規模な干渉は、父より禁じられている。その為、その身を触れ合わせることのできる生命は精々がひとつ、ふたつといった極少数であり、私は選り好みをする必要があった。
 仮に不用意に人前に飛び出した結果、それが著しく知性に欠ける存在であったとしたなら、対話すら叶わず私は退散する羽目になるだろう。それだけは避けたかったのだ。
 私は岩陰より、砂浜へと歩く生命の影を見やる。それは小さな人間――死の香りの大層強い、老いた女性であった。
 いささか灰交じりになった、微睡と夜明けの合いの子のような薄紫の髪を肩先に掛け、今にも宵闇に溶けてしまいそうな儚さを紗のようにして纏っている。
 その枯れ枝のように小さい細腕には茶毛の毛玉が抱かれていて、私はそれに新鮮な死出の香りを嗅ぎ取る。
 即ち、やがて灰になる亡骸だった。
 女性は覚束ない足取りで海の半ばまで歩むと、萎んだ毛玉を穏やかな海面に横たえた。そのまま、ほんの少しの力を添えて、毛玉を沖の方へと押し流す。
 女性の、毛玉を見送る横顔は毅然としている。その双眸は年老いた賢者のものだった。
 双眸は毅然としたまま。
 青鈍色の世界の中で、灰粒の燐光に照らされた老女のしわがれた素肌からしたたる雫粒だけが、ただつめたく瞬いていた。

 その横顔が音のない悲嘆に暮れていることを私は理解し、その感情の起因をなにひとつとして理解できなかった。
 生ある者がいずれ死出の旅に漕ぎ出すのは事実で、蒼星に住まうすべての命は生まれた時からそれを知っている。分かり切ったことだというのに、なぜ私の眼前の女性はさも初めてそれを知ったかのように、感情を揺り動かすのだろうか。
 
「そちらにいらっしゃるのはどなた? ポケモンさんかしら」

 薄紫の毛先を濡らした人間は、先程の哀憐を引きずるように、しかし好奇にも半身を浸したような眼差しで私を見つめていた。
 
「ずっとわたしのこと、見ていらしたでしょう? まるで珍しいものをごらんになるみたいに」

 私は困惑した。
 こちらから接触を試みる筈が、まさか向こうの方からこちらへと意思の疎通を試みようとしてくるとは考えていなかった為である。
 そして彼女の言う"ポケモン"とは、恐らくはこの世界の多くに根付く生き物の総称だろう。
 まさか蒼星の外側、宙間より訪れた神獣だとはいう事が出来ず、話を合わせるしかない。
 
『ああ、いや……その、まあ、そのようなものだ』
「まあ。あなた、ポケモンさんなのにわたしの言葉が分かるのですね」
 
 裏目だった。
 どうやら"ポケモン"とやらは、人間の言葉を解せず、さらに人間と同じ言語を話すものではないらしい。
 私が狼狽している合間にも、その小さな人間は腰ほどに浸かる海をさぷさぷと掻き分けてこちらへと歩み寄り、妙にからかうような表情で私を見上げる。
 
「ねえ、あなたはどこからいらっしゃったの? お名前は」
『私は……』

 宙間を仰ぐ。
 はて、なんと答えるべきか。
 過ぎた叡智は生あるものにとって毒となる。とはいえあまりに堅牢な突っぱね方は逆に追及心に火を付けかねない。
 いくばくかの思惟ののち、私は端的な言葉を並べた。
 
『とても、遠いところだ。それから……名は言えない』
「この海の向こう側? それとももっと遠くかしら」
『もっと遠くだ。とても、とても遠方から旅をしている』
「そう……」

 果たして宙間は"遠く"という距離概念が適用される場所なのか、という問題はあるが。
 
「ええ、それは素敵ね」

 老女は理解し得ぬ遠方に思いを馳せたのか、すこしばかり頬を紅潮させた。
 ともかく、納得してくれたのならばそれでよいだろう。
 
 「ところで、あなたの旅路はまだ半ばなのかしら。もしも引き留めてしまったのなら、わたし、謝らなくてはならないわ」
 
 老女の表情は波面のように良く変わる。ほんの微量、申し訳なさそうな顔だった。
 
『……決めあぐねているところだ。だが案じなくてもいい。きみが私に気付かなければ、私の方からきみに声を掛けただろう』

 私がそういうと、老女は少し安堵した様子を見せ、それから華奢な首をかしげた。
 
「もしかして、わたしになにか御用があってこちらを見ていらしたの?」
『そのようなものだ。……あの時、きみは涙を流していただろう。その理由を知りたいと思ったのだ』

 私のその言葉に、老女は呆けに取られたように一瞬目を丸くした。
 それから少しして、さざなみのような微笑をひとつ。
 
「ほんとうに不思議なことをお聞きになるのね。……また、大切な友だちを失くしたわ。だからとても悲しいの」
『だが、生ある者はいずれ死ぬだろう。そのことが分かっていてもなお、死は悲しいものなのか』

 眼下の女性は、どこか困ったような面持ちで眉をしかめた。
 潮風に煽られる度、濡れた髪先から飛沫が跳ね、そのまま宵闇の中へと溶けていく。
 
「そうね。……分かっていたとしても悲しいのね、きっと。どうして悲しいのか、まるで分からないけれど」

 老女の視線が、もう一度海の彼方へと向けられる。最早波に呑まれて消えた、茶毛の毛玉への追悼だった。
 老女の瞳の奥には無数の灰が輝いていて、私はそこに刻まれた追葬の歴史を痛いほどに感じていた。それほどの遍歴を経てもなお、悲嘆の最たる要因を掴むことはできないらしいということも。
 知恵持つ民とは、もしや幻想でしかないのだろうか。歳経た賢人にすら分からぬというのなら、他のどの人間が私に説けるだろう。 旅路の一歩目から暗澹に包まれたような気持ちになる。
 
「ねえ。貴方は、どうしてその事について知りたいのかしら。ただの興味? それとも、どうしても知らなければならないこと?」
『後者だ。その理由は言えない。教えを乞い、納得するまで、私は旅を続けねばならないのだ』

 老女の問いに、私は毅然とした面持ちで答える。いくらこの先が過酷であろうと、腐る訳にはいかなかった。私が私である理由を見つける為には、やはり生への希望のすべてを識らねばならない。
 
「それは、とても難しい事だと思うわ。だって、きっと、悲しさの理由を言語化できる人は、そう多くないもの」
『……』

 私は沈黙した。
 でもね、と彼女は続ける。

「教えを乞うことは難しくても、貴方自身が学びとることは出来るわ。……例えば、わたしからだって」
『……それは、どのようにして成せばいい』

 私の問いに、老女はもう一度さざなみを浮かべた。

「お話をしましょう。わたしはあなたのことを、あなたはわたしのことを知るの」

 いつの間にか、夜半の海には黎明の寂光が射していた。
 微弱な眩さを帯びた波間が、老婆とわたしの合間を縫うようにして砂浜の方へと流れていく。
 彼女との談話が、私に何をもたらすものかとんと想像がつかない。
 この選択の先が果たして正しいものなのか、今の私には知る由もない。
『……良いのか』
「いいのよ。いつまで掛かるか分からないけど……ええ、貴方は賢そうだから、きっと直ぐに分かるでしょう」

 だが、眼前の老女の儚げな出で立ちを見ていると、不思議なぐらいに胸の内がざわつくのだった。
 そしてそのざわつきは、雑音ではない。今はなきかつての追憶から発せられた遠雷――記憶すら存在しない過去からの、正しき道であることを告げる福音のように聞こえたのだ。
 最も、そう感じた理由は、何一つわからないのだが。

『聞かせてほしいことがある』
「なにかしら」
『貴方の事はなんと呼べばいい』
「そうねえ……貴方の呼び方を教えてくれたら、教えてあげる。わたしだけ教えるのは、少しばかり対等ではないと思うの」

 彼女は少しばかり悪戯めいた面持ちをした。
 しわがれた枯れ肌の内側に潜む少女性の表れとも言うべきその表情には、ほのかな瑞々しさと憎たらしさが半在している。

「……どうかしら?」
『ううむ……そう、だな……』

 彼女の言い分も最もであった。しかしそれでも、やはり私の正体を明かす訳にはいかないのが事実だった。
 つかの間の逡巡の後、私は苦し紛れに言葉を吐く。

『やはり真名は明かせない。だが、君の好きに呼ぶといい』
「あらそう? じゃあ、貴方は“星の王さま”ね」
『……なんだって?』

 私が思わぬ返しに目を白黒させていると、老女はくすくすと薄黄色の笑い声をあげた。
 星とは、即ち灰の事である。根源は不明だが、蒼星に住まう生き物は何故か灰をそのような名で呼ぶのだと聞いたことがあった。
 王様とは近域を統べる者を指す冠詞であり、私の友であるわだつみの王にもその冠は被せられている。
 つまり、彼女は私を星――灰を統べる者だと呼んでいるに等しく、それは等しくその通りであった。蒼星に住まう者が知る筈のない事実を、偶然とはいえ言い当てられてしまえば、流石に戸惑いが隠せない。

「あら、御不満?」
『い、いや……それで構わない、のだが。何故その名で呼ぼうと思ったのだ』
「それは内緒」
『なんと』

 私の問いをするりと潜り抜けて、老女はふわついた足取りのまま砂浜に上がる。
 未だ海中に浸かる私へ向けて静かに振り返ると同時に風が吹いて、黎明の淡い陽光に照らされた灰紫の長髪がなびいた。

「わたしはアメイシャといいます。よろしくね、星の王さま」

 歌うように述べて、彼女ははらりと破顔する。
 その視線に奇妙な高揚を覚えて、私は宙を仰いだ。夜明け過ぎの静かな光が、灰まみれの夜空を押し退けて広がっていく。
 夜の最後の輝きを受けて瞬く星たちは、私に撹拌されて輝く灰の粒に酷くよく似ていた。
 
 灰星。
 
 
 
 ◆◇◆


 晴天より降りしきる秋季の涼光が、入り江の岩陰から見つめる規則的なさざ波が、うららかな午睡のまどろみを促している。
 蒼星に至って幾十日かが経ち、私の肉体と精神はほんの少しばかりこちらの規則――つまり、睡気より始まるいくつかの欲求――に順応したようだった。
 とはいえ、生物とは本質の違う存在故に嗜む程度の欲求量しか存在しておらず、それが要因となって肉身に不調をきたすという程の問題が生じる余地はない。
 それは私がこの地の生命に物理的に干渉しない、という点に対して優位な特質であったが、反面心惜しくもあった。
 脳芯を起点としてじわりと痺れが広がっていく睡気の感覚や、存在しない筈の胃の腑が逆立つような食欲の感覚は大変興味深く、願うことならばもう少し現実性の高い体験を味わってみたかったのだ。
 しかしまあ、蒼星体験は本来の目的より逸れることもあり、さして重要なことではないだろう。
 問題と言えばやはり、蒼星に住まう生命が生と死に向けて感情を昂らせることの、その起因について解することなのだが。

『あれから色々考えてはみたのだが、やはりまだ解しないのだ。アメイシャよ』

 私が見上げる岩場の淵に悠然と腰掛ける灰紫髪の老女は、むき出しの足先で押し寄せる波間をあやしている。
 
「王さまは気が早すぎると思うの。王さまが遠くからいらっしゃるほどの問題ならば、すぐには解けないのも道理よ、きっと」
『そういうものだろうか』
「そういうもの。それより王さまは、今目の前にある果実パイに意識を向けて考察すべきではないかしら」
『うむ?』

 彼女は膝に抱えていた藁編みの籠より、厚みのある楕円形のなにがしかを取り出した。
 潮風の酸っぱさに紛れ、陽を受けた大地に近い類の香ばしさが鼻腔をくすぐる。直感的に、その楕円が逆立つ胃の腑にふさわしいものだと理解する。多幸感がこれでもかと詰まったような雰囲気の小麦色に、私の視線は反射的に注がれた。
 
『アメイシャよ、それはなんだろう。それを見ていると、私は妙に落ち着きを失くしてしまうのだ。見ろ、かくも尻尾が跳ねている』
「あら、そう感じるのであれば王さまはお目が高いわ。これはパイというのよ」

 そう言いながら、彼女は手に持ったナイフで楕円形を切り分けていく。楕円の断面より覗く赤や黄色の粒を目の当たりにするたびに、私の仮初の胃の腑は逆立ち、脳の淵がじわじわと熱を帯びてくるようだった。

『パイか。私が考察するに、それはきっと幸福と同類のものであろう』
「ふふ、正解です。これがいかように幸福をもたらすかは、貴方が直接体験すべきね」

 アメイシャは私の鼻先に向けて、楕円形の断片を差し出した。

「ところで、王さまのお口はどこなのかしら?」
『ここだぞ』

 私が大口を開ける(この所作は三日三晩の思案の途中、睡気によって偶然発見されたものである)と、彼女は断片をそこに投げ入れようとして、一瞬手を止めた。

「あら。王さまの口の中って、なんだか宇宙のようね。真っ暗な中に星が煌めいていたわ」
『私とはそういうものなのだ』
「……ふうん、貴方とはそういうものなのね。やっぱり王さまは不思議だわ」
『不思議と言えば、きみがそれを未だ私の口に投げ入れないでいることがとても不思議なのだよ』
「あら、これはごめんなさい」

 彼女は言葉とは裏腹に、いささかも謝辞というものを見せない。
 私の訴えを軽やかに一笑に付しながら、私の口に改めて断片を投げ入れる。

「なんとなく、王さまが好きそうな味にしてみたの」
『ふむ』

 断片は反射的に咀嚼され、幾星霜に等しい時間をかけて嚥下される。
 数瞬、仮初の胃袋より吹き上げる至福の潮流が滋味の渦を巻き、口腔内には澄んだ楽園の幻像が広がっていた。
 大変に甘美であり、或いは歓喜でもあった。
 やりようのない熱狂が尻尾の先へと滑り落ち、何の罪もない海面は幾度となくばちばちとその表面を打ち付けられ、飛沫が迸る。

『アメイシャ。私は幸福を知ったぞ』
「あら、やっぱりお口に合ったのね。それはなにより。もっといります?」
『たべたいぞ』
「はい、どうぞ」

 それからしばらく、私は彼女の細んだ手より繰り出される小麦色の幸福論に舌鼓を打った。舌で鼓を打つことに忙しなかったため、私はその至福を言語的に理解することが出来なかったが、不思議と満足感ばかりがそこにはあった。
 彼女はそんな私をじっと見つめていた。それは芽を出したばかりの木花を慈しむような表情でもあり、どこか遠い場所に独り残された、錆びて朽ちかけた原風景を想うような、悲しさの薄雨に撫でられたような表情でもあった。

『アメイシャ、きみは今何を考えているのだろう。私はきみが嬉しそうでもあり、悲しそうにも見えるのだ』
「貴方によく似たひとの事を考えていたわ」
『私に?』

 これには驚いた。
 何故ならば、私は全域において唯一の存在として父の腕より生み出されたと聞いていたからである。

『それはとても不思議なことだ。私は私以外の私を知らないのだ』
「……どことなく、貴方と雰囲気が似ていたの。とてもいいひとだった」
『それは、ぜひ会ってみたいものだ』

 私がそう返すと、彼女は同調するように頷いた。

「わたしもよ。……ええ、出来ることならば、もう一度」

 彼女は遠方を見つめた。その視線の先から、熟成された死出の香りを感じ取る。
 生まれ柄、私は死に対してたいへん敏感であった。
 ゆえに、彼女の視線の先にいるだろう誰がしかが、もうどこにもいない事を理解するのだった。

「王さま。貴方の口の中の宇宙を見た時、わたしはどうしてかそこにあのひとがいるような気がしたの」
『……』
「わたし、貴方が誰なのか、少しだけ思い出したわ。ええ、少しだけ……」

 アメイシャは手を伸ばし、私の頭を緩く撫ぜた。
 まるで赤子をあやすかのような、慈しみに溢れた手付きだった。

「ねえ、王さま。貴方のいらっしゃった遠い場所に、わたしを連れて行っては下さらない?」

 彼女は囁くように、しかし途方もなく強い感情を込めてそう言った。
 彼女の枯れた手を伝い、疲弊しきった痛々しいものが私の内に流れ込んでくる。しかし、私は首を横に振る。
 まだ生きている者が、私の住まう場所に至ることは許されないのだ。
 
『それは出来ない』
「どうして?」
『私のいる場所は、流れ着く場所ではあっても、自らの意志で向かうべき場所ではないのだ』
「でもわたし、きっともうすぐ流れ着くと思うの。そうでしょう?」
『そうであっても、今はまだその時ではないだろう』

 私は諭すように言葉を並べ、彼女は納得したようなしていないようなどっちつかずの様子で口を閉じた。
 音もなく佇む彼女の背には、いくつもの灰たちの影法師が浮かんでいるようだった。彼女もきっと、私と同じように、いくつもの灰粒たちを見送ってきたのだろう。
 私が無数の灰の粒を蒼い星の彼方へと押し戻すように、彼女は多くの灰たちを蒼い海の遠方へと押し流してきたのだ。
 私は一息を吸い、しばしの間の後口を開く。

『アメイシャ。私のいた場所にきみを連れていくことはできない。そういう決まりであるのだが、それ以上に、私はまだきみのことを知らないからだ。私はきみの感情の起因を理解しなくてはならないし、きみを手放すのはまだ先の事でありたいと思うのだ』

 私の言葉を受け、彼女は目を伏せた。
 
「……無理を言ってごめんなさい、分かっているわ。そういう約束だったものね」
『……』

 私は沈黙した。長らく死を見送る存在であった筈なのに、同じく死を見送ってきた後進の彼女に向けて、どのような言葉を掛ければ正しいのかまるで判らないのだ。
 彼女の郷愁は、私のように頻度への退屈より生じるものとは別だった。
 それは一つ一つの死と向き合い、心を痛めきったが故の眼差しであり、全てを灰粒としてしか認識していなかった私には持ち合わせぬ視点だったのだ。
 しかし、私は先達として、彼女に何かをもたらさなくてはならないと思った。
 それは使命というより、己の内に生じた意思より来たる衝動であり、私は不思議なことに、その正しさについて思惟するよりも早く口を開いていた。

『アメイシャ。……君を連れて行きたい場所がある。次の月が満ちる夜まで、しばし待ってはくれないだろうか』
「……?」
『私の友の管轄だ。きっと、君も気に入ってくれると思う』
「まあ、王さまのお友達?」
『うむ。彼もまた王なのだ。わだつみの王と呼ばれている』

 私より遥かに長い時を生きたかの王ならば、或いは彼女の痛みに応えることが出来るかもしれない。
 そしてなにより、深い海の底は私の住まう世界によく似ていた。彼女も、あそこなら或いは気を紛らわせてくれるのではないだろうかという淡い希望が、海底までの道のりを照らしていたのだった。



 いくばくかの時を越え、天頂に月が満ちる。
 入り江は玻璃を渡したかのように凪ぎ、静寂の中に月光が融ける僅かな音ばかりが木霊している。

「ここで待てばいいのかしら?」 
『うむ。この宵は無欠の月輪と平定の綿津見が交じる須臾であり、大地の子が鱗の子に惹かれ海底へと向かう日なのだ』
「王さまは時折、とても難しい言葉を使うわ」

 アメイシャは白い砂浜に腰を下ろし、私は足先を凪いだ水面に浸していた。
 月が満ちるにつれ、次第に静寂が鳴りを増し、連なるようにして夜空の星々の光が増していく。
 私は銀色の吐息を吐き、海底で待つ王に信号を送る。
 
『さあ括目せよ、アメイシャよ。次第に水鏡の橋門は開かれる。見逃してはならないぞ』

 天で揺らめく月輪が紺碧の海に白をひとつ落とし、それがきっかけだった。
 声を失くし凪いだ海に大きな水音が立ち、飛沫の柱が吹き上がる。
 柱はうねり、無数に分かれ、入り江を満たすようにして広がっていく。周囲は霧に満ち、ぼんやりとした空白が視界を埋めていく。

『水鏡の橋だ』

 立ちこめた霧が晴れる頃を見計らい、私はアメイシャに向けて声を掛けた。
 無数に立ち上った飛沫の柱の間から、まだ生まれたての海を材料にして作られた透明な橋が遥か沖の方まで伸びていて、その先の水中には、水面を地表にして逆さに反転した、碧色に輝く岩礁の宮殿の入り口が大きく存在感を放っていた。

「まあ――!」

 彼女は生まれたてのひな鳥のように、その双眸をきらきらと輝かせる。
 しばし尾を引いていた憂い気な表情は、新鮮な海の空気に吹き飛ばされて消えてしまったようだった。

「あれがわだつみの王さまの住まう場所? 素敵ね」
『いいや、あれは入り口だ。本拠はもっと海の深くにある。さて、刻限の前に向かおうか』

 私はアメイシャを背に乗せ、水鏡の橋の上を緩やかに走り出した。
 やがて橋は緩やかに下る。彼女の身を水が包む寸前、どこからともなく至った白銀の水泡が私達の身体を大きく囲った。
 海中は異様なまでに明るく、天頂に見やる夜の星々はまるで灯火のようにして瞬いている。それに似た輝きを全身に纏う青鈍色の生物達が、私とアメイシャに追随するようにして橋の周囲を泳いでいた。

「王さま! あの子たちはなに?」
『あれは私達と同じ客人で、海星とよばれる者だ。何せ今日は、わだつみの王に謁見を許される唯一の月の夜だからな』
「かいせい……ふうん。なんだか懐かしい感じがするわ、どうしてかしら」
『前にも来たことがあるのではないか?』
「まさか! お姫様になったのは今日が初めてよ!」

 私達の周りを泳ぐ青鈍色の生き物――海星たちに、彼女は十二分な興味を示したらしい。
 私は一瞬どう応えるか迷って、当たり障りのない返答をすることにした。彼女は合点のいったような、いってないような表情をするが、やがて眼前の幻想的な風景に心を奪われたように目を輝かせ始める。
 実際、彼女が懐かしいと感じるのは当然の事だった。
 何故ならあの青鈍色の海星こそ、今ひとたび蒼星を抜けて私の住まう宙間に向かおうとする灰粒達だったからだ。
 深海と宙間は繋がっている。蒼星での生を全うした命は、満ちる月に招かれわだつみの王の元へ向かうのだ。そこで当生の残滓を洗い流し、私の元へと流れ着く。わだつみの王は、いわば蒼星のろ過装置のようなものだった。

「海星たち、どんどん増えていくわ。まるでパレードみたいね」

 実態のぼやけていた青鈍色の海星たちは、宮殿の入り口が近付くにつれて原初の形を取り戻し始める。
 それは鳥であり、人であり、獣たちであった。全身を蒼鈍色の半透明に透き通らせているが、きっとアメイシャにも見覚えのある造形だろう。
 彼らは水鏡の橋を渡るにつれ、次第に増えていく。私を超える速度で走るものもいれば、緩やかに歩くような速さで進むものもいる。
 多種多様な役目を終えた生命たちが連なりあい、交差しあい、謂わばフラクタル的に大きな一つの輪形を形成していた。
 海星たちの乱舞に目を見張りながら、やがて私達は宮殿に辿り着いた。壁面の全てが透き通って輝く結晶のようなもので覆われており、淡く瞬く海星たちの光を吸い込んで、七色の鈍い輝きを前面に散らしていた。

『よくぞ参られた、友よ。そしてその隣人、うら若き人の子よ』

 唐突に妙に浮足立った声が宮殿に響き、泡沫のように薄い銀粒が一瞬視界を染める。
 やがて晴れる頃、眼前にはわだつみの王が悠然とした面持ちで佇んでいた。深い海の青を浴びて、その鱗は陽の元よりまぶしい青鈍色に輝いている。

「ごきげんよう、王さまのお友達。会えて光栄ですわ」
『うむ、うむ。此度の旅路、大変御苦労であった。友も、久しいな』
『う、うむ』

普段より僅かに泰然とした口振りなのは、アメイシャという異人を眼前にして気取っている為だろうか。彼はそういうところがある。

『して、人の子よ。これより美麗にして端麗たる水生の民達の演舞に案内しよう。だがその前に召し物を用意した。おい、誰か案内を』

 わだつみの王が泰然と吠え立つと、どこからともなく現れた色彩豊かな魚群がアメイシャの身体を囲んだ。

「まあ!」
『気に召すかは分からぬが、我らの叡智を集合させて拵えたものだ。ぜひ拝見してくれたまえ』

 ひゅう、とわだつみの王が喉の奥の海を鳴らすと、魚群達はアメイシャを担ぐようにしてどこかへと連れ去って行く。突然のことに彼女は驚いているが、しかし恐怖というよりは未知への興奮が勝っているようであった。
 彼女が退場し、場に私とわだつみの王だけが残される。わだつみの王はふへえ、と気の抜けた重い溜息を吐くと、十二分に湿り気を含んでじっとりとした双眸で私を睨みつける。

『全く、突然すぎるぞ友よ! 急に人の子を連れて来たいなどと! 言い出すなど! 吾輩びっくりだぞ!』
『す、すまない』
 お陰様で突貫工事だ、とわだつみの王は頬を膨らませた。
『まあよい、偶には温かい血の通う命にも触れねばならないのは事実だからな。……して、どうだ友よ。その様子だと、君の求める答えは見つかっていなさそうだが』
『……ご明察の通りだ、友よ。答えはまるで見えてこない』

 私はかぶりを振り、僅かにうなだれた。アメイシャと過ごす内に生への輝きの答えの糸口でも見えてこないかと楽観的に考えていたが、どうもその兆候は見当たらない。

『うむ。吾輩の示した道は間違っていたか?』
『いや、そのようなことはないと思うのだが……』
『君がそう感じるのならば、そう焦るな。どのような夜嵐であろうと、夜明けの光明はいずれ差すものだ』
『……』
『そんな顔をするな、友よ。我ら神獣といえど全能めいた父とは違うのだ。我々には理解と成長の余地が残されているのだと考えるべきだとも』

 わだつみの王は消沈する私の頭を撫で、妙に優しい声音で私を諭した。
 ふと思う。千本の腕で世界を作った我が父は、何のために我々に無知の余白を残したのだろうか。私が最初から役目の全てを把握していれば、このように煩悶に喘ぐことも無かったのだろうに。
 或いは、私より永く生きた神獣達ならば、役目に対しての答えについて辿り着いているのだろうか。

『時に、わだつみの王よ。君は己の役目に疑問を抱いたことはあるか?』
『……む? 吾輩が、か?』

 蒼海を含んだ双眸を瞬かせる。難しい質問だ、とわだつみの王は唸った。

『うむう。ほんの昔、一度だけ思い煩ったことがある。若気の至りというやつで、あまり掘り返されると吾輩は恥ずかしいのだが……』

 よほどの事だったのだろう。彼は苔むした岩肌を誤って齧ったような顔をした。

『詳しくは聞かない。……わだつみの王よ、君は未だ迷っているか?』
『いいや、既に吾輩の道は定まった。吾輩は吾輩であり、吾輩でしかないと諭されたのだよ』

 地が割れるほどの拳骨を交えてな、と彼は冗談めかす。
 
『私にとっての君のように、君にも先達がいたのだな』
『うむ、そうだとも。名は故あって明かせぬが、それはそれは偉大な先達であった! 君もいずれそこを目指すと良い』

 誰かが行く道を迷っている時、正しい方を照らすのは非常に難しいことだ。そして、それを承知でわだつみの王は私に道を示した。
 私は彼に敬意を払い、そしてまた、そのように彼を導いた先導者に対しても敬意を払わなくてはならない。
 なぜわだつみの王が名を伏せるかは不可解だったが、彼にも秘め事の一つあってしかるべきだろう。しかし、海に住まう神獣で、なおかつわだつみの王に拳骨を振り降ろせるほど偉大な人物と言えば、カイオーガしか思いつかないのだが。
 
『そういえば、カイオーガはまだ不在なのか?』
『……うむ、まあな』

 人の子を許可なく海に招き入れることは、本当ならばあまり好ましい行為ではない。それを承知でわだつみの王に無理を言ったのだが、妙にすんなり許容されたので拍子抜けだったのだ。
 
『友よ、君は知る権利がある。カイオーガのことだが――』
『カイオーガがどうかしたのか?』

 彼は言い淀んだ。発する言葉を選ぶように眉根を寄せ、少しの沈黙の後言葉を発する。

『カイオーガは……愛しき大海の女王は、いま輪廻の眠りの最中に居る』
『……なんだと?』
『ままの意味だ。彼女はいま蒼星にはいない。海の命が少しずつ減っている事に気付いたか?』
『……まあ、違和感程度だったが』

 言われてみれば、海に渦巻く命のフラクタルは少しずつその形を薄れさせていたように思う。ほんの微細な差だった。意識しなければ異変に気付くことはないだろうほどに。

『しかし、彼女が輪廻するにはもう幾百年の猶予があったはずだろう?』

  我ら神獣は、蒼星の民とは根本的な生命のあり方が異なる。
 死した蒼星の民は灰となり、行き着いた宙間から私の手で蒼星に押し流され、その過程で穢れを落とされた魂が蒼星に根付くことで新たな生命に生まれ変わる。
 一方、我々神獣は数百年単位のサイクルを経て磨耗した肉体と精神、記憶の全てを逸脱し、また無垢になった同じものに転生するようになっている。
 あまり良い言い方ではないが、例えるならば、いわゆる魂の脱皮のようなものだった。

『そうだとも、普通であればな。……時に友よ、イベルタルと呼ばれる神獣を知っているか?』
『知っている』
 イベルタル。
 死と磨耗、破滅を司る終末の紅い鳥。私が死後より生の前を司る神獣であるとするならば、彼が司るのは死そのものだ。
『彼がどうかしたのか?』
『彼は己の不手際によって、傍の青い獣を亡くしてしまったのだ。故、均衡を崩して不安定になっていた』
『そうか……』
 対になる形で生み出された神獣達は、その大抵が互いに引き合う性質を持つ。
 そのため傍が消滅すると均衡を崩してしまう場合があるのだった。大抵の場合同じ時に生まれ、同じ時間に逸脱する為に影響はないのだが。

『カイオーガは不安定なイベルタルに懸念を抱き、しばしの眠りに就くよう命じたのだが……まあ、なんだ。イベルタルは癇癪持ちでな。反目した彼の暴走に巻き込まれてしまったのだよ』
『……』

いくら広大な海を束ねる神獣といえど、死そのものを掌握する神獣に襲われてしまえば死にゆくしかない。神獣ですらも、無常の理からは逃れる術が存在しない。

『イベルタルは今も暴れているのか?』
『いや、既に抑え込まれた。だから案ずることはない。彼もまた死にゆくのみだ』
『……そうか』

 対になる存在のない私には、真のところは分かりかねない。しかし、己の半身であり、ある意味では己の役目を担保する存在を喪う悲しみは、相当のものであるだろう。
 それが己の手で引き起こされた喪失であるならば、なおのこと痛ましい。
 私が己の役目に疑問を抱いたように、彼もまた、死を司る己の存在に意味を見出せなくなっていたとすれば、それはとても苦しいことなのではないか。

『友よ、あまり深く考えるな。事態はすでに収束したのだ、君が首を突っ込む謂れはない』

 考え込む私に、わだつみの王の諫言が飛ぶ。
 普段の泰然とした雰囲気からは想像もできないほど、静かで冷淡な口ぶりだった。

『君は君自身の問題に取り組むべきであろう? ほら、人の子が呼んでいるぞ』

 わだつみの王が指す先には、夜の星空のような青鈍色のドレスを纏ったアメイシャが佇んでいた。

「行きましょう、星の王さま。もうすぐパレードが始まるそうよ」
『アメイシャ……』

 まるで海の波の中に溶けて消えていく星達のように、その姿はとても美しく、そして普段よりも儚く見えた。

「どうしたの、王さま。なんだか難しい顔をしているわ」
『……いや、なんでもないのだ』

 その美しさと同時に、私は彼女の姿に何故か途方もない不安を覚えた。
 魂だけになり、やがて灰になる海星達に、彼女の出で立ちと香りは途轍もなく良く似ていたからだ。
 ――まるで、それがいずれ来たる彼女の姿であるように。



 海星。



 ◆◇◆◇


 夜半まで続いたもてなしが終わる。
 宮殿の外の海を突き抜けて尚色濃い月の光も、少しずつ薄れていく。
 海の大半は眠りに就き、宮殿の中も凪いだ静寂の中に閉じ込められる。一切の音のない宮殿の中を歩き、私とアメイシャはバルコニーへと足を踏み入れていた。
 パレードの残響は未だ近くにある。暴力的なまでの色彩の束と、さんざめく鱗達の煌めきが、まだ瞼の裏側に染み付いていた。

『楽しかったか、アメイシャ』
「ええ、とっても。なんだか夢みたい」
『連れてきた甲斐があったというものだ』

 横目で見やる彼女は満ち足りた様子で、そのしわがれた顔には目一杯の喜色が讃えられていた。静寂の中に融け込んだ祭典の余韻を慈しむように、彼女の纏う雰囲気は未だ華やかだ。
 しかしやはり、彼女の内に感じた海星達の面影、そして死したる者の香りは色濃いままであり、寧ろ強くなっている気さえする。
 人の身には到底触れ得ないような光景と共にある事で、彼女の死への思索が遠ざかることを願っていたのだが、逆効果なのだろうか。

「王さま。貴方と共にいると、なんだか昔のことを思い出してしまうの」
『昔……?』
「私がまだ子供で、とても大切な知り合いと出会った時のこと。ほんの少し前まで霞みがかっていた筈なのに、貴方と出会った時から少しずつ霧は晴れていって……今はもう、鮮明に思い出せるの」

 不思議ね、と彼女は呟いた。
 そのまま身を傾け、アメイシャの細ばんだ身体は私の方へと寄り掛かかる。
 彼女の身体は薄い氷細工のように軽く、殆ど体重を感じなかった。

「王さまは懐かしい匂いがするわ」
『君達がやがて来て、いずれ向かう場所に住んでいるからな』
「ふふ、昔もそんなことを仰っていたわ」

 彼女は確信を得たように微笑みを見せ、対照的に私は目を丸くした。
 まるで、私と彼女がいつかどこかで出会ったことがあるような口ぶりであったからだ。
 しかし、少なくとも過去の私の記憶の中には宙間を彷徨う以外のものはなく、延々と己の習慣性に対して自問自答を繰り返す日々しか存在しなかった。
 そもそも、蒼星に向かうのすらこの旅路が初めてだというのに。

『君は、私に遭ったことがあるのか』
「ええ、今なら確信を持って言えます。自分を『星の王』と呼ぶ貴方と、子供の頃に一度だけ」

 記憶の中の宙間をひっくり返しても、やはり少女だった頃のアメイシャとの接触はない。だが、彼女の口ぶりは真に迫ったものであり、私をからかう為の冗談であるとはどうしても思えずにいた。
 となれば、最早可能性は一つしかない。

『君は……ああ、そうか。ひとつ前の私と遭ったのだな』

 私達神獣は、心身が朽ちて果てる度、全てのものを逸脱して新たな身を授かるようになっている。
 全てのものとは、全てのものだ。
 思惟も、怨嗟も、煩悶も、希望も――そしてそれらを統括する記憶すらも火に焚べてしまう。
 その為に、彼女との邂逅の記憶が失せてしまっているのだとしたら。

「あら、覚えていないだけだと思っていたわ。もしかして、昔のあのひとと今の王さまは違うひと?」
『本質は同じだ。ただ、君との記憶はとうに消えてしまっている。……そういう風に、私達は出来ているのだ』

 断片すらも存在しないかつての記憶に、私は空を切るようにして想いを馳せた。
 私でない私は、アメイシャと何を語り、そこから何を得たのだろうか。

「そう……。やっぱりそうなのね」
『……すまない』
「謝らないで。約束を果たしてくれたのだから、わたしはとても嬉しいのよ」

 彼女は慈しむようにして、垂れた私の頭を撫ぜる。
 約束、とは何のことだろう。私である前の私と、まだ幼子であっただろうアメイシャの間に交わされたなにかを、私は知らない。
 だがそれがとても貴いものであることは、懐古するアメイシャの顔を見ればわかる事だった。

「気になるでしょう、王さま? わたしと貴方とが、最後に交わした約束のこと」
『……聞いてもいいのか?』
「話してあげて、と貴方に言われたの。いずれ、私と貴方が再会した時にって。きっと貴方の悩みの手助けになるだろうって」
『……そうか』

 ひとつ前の私――「星の王」は、私がアメイシャと出会うことを見通していたのだろう。私が私に悩み、惑うことすら見越したうえで、星の王は彼女に一つの約束を残したのだ。
 
『聞かせてくれないか、アメイシャ。私と君は、どのような約束をしたのだろう』

 アメイシャの細い手が、私の顔にそっと添えられる。彼女のつめたい吐息が掛かるほどに、お互いの顔が近い。

「『もし、もう一度出会えたなら、わたしはもう一度、貴方の大切なひとになります』と――貴方とわたしは、そう約束したの」
『……そうか。きみと私は、とても仲が良かったんだな』
「ねえ王さま、わたしの約束は、もう一度叶えられそう?」
『私は……』

 彼女の薄紫の双眸に映る私の顔は、宙間に居る時よりも幾分か穏やかな表情をしていた。
 私は、私に思いを馳せる。瞳を瞑り、裏側の暗闇より彼女への想起を探る。
 
 ――ひとつ、考えていたことがあった。
 死はいずれ来たるものであり、アメイシャがそこにとても近い存在であることを、私は理解していた。それゆえに、彼女が死を想うことも当然である筈なのに、私は彼女の死への旅路の先導を拒んだ。
 それは、死はいずれ来るものであるが今すぐ現れるものではないという信念に基づいたものだったが、私の動機はそれだけではなかった。その為に、私は死に沈む彼女をわだつみの王の宮殿へと誘ったのだ。

『私は、きっと君を大切だと思っているのだろう。何故なら、私はきみに死んでほしくないし、居なくなってほしくないからだ』

 死を拒む理由は、単純なことだった。彼女と別れることは、私にとって途方もなく悲しいことだったのだ。
 
『ああ、そうか――』

 私は気付く。出会ったあの日、彼女に問うた別離の悲しみの理由に。
 生あるものはいずれ死に至る。
 それは当然の事実であり、皆が理解していることの筈なのに、どうして遺されたひとは悲嘆に暮れるのだろう、と。
 その理由に、私は今辿り着いたのだ。

『会えなくなることは、とても悲しいことなのだな』

 言葉にしてみれば、子供でも分かりそうな道理だった。
 傍にいたひとがいなくなるというのは悲しいことで、それはいずれ来ることだと分かっていたとしても苦しいものなのだ。

『死が避けられず、故に悲しみも避けられないのならば――アメイシャ。この世界は、蒼星というのは、苦しいばかりではないか』

 そこまで思い至って、私は僅かに慄然とした感情を抱く。
 全ての命は死を避けられず、死に対面することも避けられないというのなら。これではまるで、苦痛を味わうために生まれて来たようなものではないか。

「……わたしもね、王さま。ほんの少し前までそんなふうに思っていたの。でも、それは違ったのよ」
『アメイシャ……』

 彼女は身体を動かし、私にその身を埋もれさせた。か細い心音が、身体を伝って私の中に響き渡っている。

「貴方にもう一度出会った時、わたし、今まで生きてきた意味が分かったの。わたし、きっと大切なひとにもう一度出会うために、いままでずうっと生きてきたのねって」

 歌うようにして、アメイシャはささやかな言葉を並べ始める。星を繋げて星座を作るように、彼女は慎重に言葉を選んでいる。

「勿論、同じひととは二度と出会えないわ。でも、大切なひととの幸せな記憶というのは、ふとした瞬間に蘇るの。そのひとの面影が、そのひととの積み重ねた記憶が目の前に浮かぶたびに、わたしは大切なひととの再会の喜びを手にするの」

 彼女の並べる言葉は難しく、そこには彼女なりの確信が存在していた。
 アメイシャは、きっと蒼星に住まう生き物たちの、生への答えに辿り着いたのだろう。何故生きるのかと問われれば、再会の喜びの為だと彼女は答える。ふとした隙間において大切なひとの幻影を見る度に、魂は生への希望に輝くのだと。
 別離の悲しみがひとを消沈させるのと同じぐらい、再会の喜びは存在するのだ。そのようにして、世界は調和を保っている。

 或いは、と私は思う。
 宙間より星葬圏に流れ、青鈍色の淡光を迸らせる灰粒達。彼らの輝きも、誰かとの再会を夢見た故の希望によって輝くのだろう。
 いずれ灰になる事が分かっていても、それでも魂達が蒼星への旅路を繰り返し続けるのは、彼らの巡礼が別の魂との再会を夢見るが為なのだ、と。
 私は、ようやく私の役目を自覚した。灰をかき混ぜるだけの火掻き棒などではなかった。
 灰たちの再会への巡礼道を繋ぐ仲介者であり――つまり、私の行いは無駄ではなく、必要なものなのだ。

『……君に出会えてよかった。アメイシャ』
「わたしも、貴方にまた会えてよかったわ。王さま」

 私は出会いを、彼女は再会を喜ぶ言葉を交わす。互いに交わることはなく、しかしそれでも、今日という日は喜ばしい。
 海に潤んでふやかされた月を仰ぐ。
 私もやがて、誰かとの再会を喜ぶ時が来るのだろうか。長きを生きる神獣たちにとって、別離も再会もそうそう存在するものではないが、きっといずれは体感するものなのだろう。
 胸の内に希望が満ちていく反面、私の頭の中には一つの引っ掛かりがあった。
 別離の悲しみと再会の喜びで調和を取るのなら、喜びが欠けたまま朽ちていく生命とは、途方もなく救われない存在なのだということを。
 私は死と磨耗、破滅を司る終末の紅い鳥――イベルタルの事を思い出していた。彼は対になる存在を失って以来、悲しみに暮れ続けているのではないだろうか。再会の喜びすら知らず、苦しいまま神獣としての一つの生を終えることは、果たして正しいのだろうか。
 私とイベルタルの間に面識はない。その性質上、神獣たちの中でも、おおよその者がイベルタルの存在を知らないだろう。彼は死の概念そのものであり、しかし同じように輪廻する神獣たちには本来の意味での死というのは存在しないからだ。
 だれも見向きをしなければ、彼は世界を呪ったまま、悲しみに暮れたまま命を終える。それはとても悲しい事だった。
 ――故に、私は説かなければならないのだ。教わった私から、まだ知らぬ彼の為に。

『アメイシャ。私は行かなくてはならないところが出来てしまった。君はこれからどうする? 地上に戻るなら送っていこう』
「どこにも行かないわ。もう、わたしの生きた理由は見つかったもの。ここはとても綺麗だから、暫くここにいたいと思うの」

 彼女の死の匂いは滅法強く、死に伏すのは秒読みの段階であった。そして、彼女はそれを受け入れるつもりでいる。
 私にとってその事実は胸の内をきつく締め付ける痛みの荊であったが、彼女の意は固い。瞳の奥が懐古に揺れていて、彼女は今までの生の旅路を回想しているようだった。

『アメイシャ。私は、君と別れるのはとても悲しい。出来る事ならば、きみともっと話がしたかった』

 黒翼を広げ、私は彼女の今にも手折れてしまいそうな身体を包んだ。
 このまま離したくないと切に願い、そしてそれは叶わない。叶わせるわけにはいかないのだ。
 傍に居たいと思うより強く、私は、彼女の意志を尊重するべきだった。

「大丈夫よ、王さま。わたし達は、きっとまた出会えるわ」

 この胸を満たす、夕凍みのような寂寞こそが、別離の悲しみであった。
 しかしそれは、希望でもある。
 全ての生が別離の悲しみと再会の喜びにて完結するものであるのなら、私はきっと、アメイシャと再び出会える日が来るのだろう。
 やがてアメイシャは海星となり、灰となる。灰になった彼女の燃えがらは、私の住まう宙間へと届けられる。
 その時が再会の日だ。その時を待つのか、或いは待たせるのかは分からないが――

『約束をする。やがて、灰になったきみに会いに行こう』
「また会いましょう、王さま。約束よ」

 最後に寄り添う私達を照らすようにして、星と呼ばれる灰粒たちは柔らかく、大きく輝いていた。
 再会への喜びに満ちた、希望の色の光だった。



 恢星。



 ◆◇◆◇◆
 
 
『どこへ行くのだ、友よ。その先にはかの終末鳥がいるだけだ』

 アメイシャと別れ、深き海の底に封じ込められているイベルタルの元へと向かう最中、私はわだつみの王に呼び止められた。
 彼の凛々と澄ました王の顔の中に、いつものような泰然はない。冷たく、鋭く、そして私の身を案じる優しさに溢れた双眸が、私をじっと射竦めている。

『戻るといい、友よ。きみが成すべきことなど、この先には何もないだろう』
『ある。私はイベルタルに会わねばならない』
『会ってどうする。彼の傷は最早埋まらぬ。このまま朽ちて、また新しい神獣として役目を全うするのが一番ではないか?』

 わだつみの王の言うことは至極全うだった。彼の負った傷に、私がどうこうと口を出すのは意味がないことだ。
 それよりかは、次の輪廻によって全ての苦痛と後悔を取り去り、綺麗な状態でもう一度やり直す方がよいに決まっている。
 だが、私はその事を理解したうえで、やはり彼に遭わねばならないのだ。

『確かに、それこそが正しいのだろう。だが私は、何の喜びも知らぬまま朽ちていく今の彼に、せめて喜びがどこかに存在することを教えてあげねばならない。苦しみのまま一つの生を終えることなど、あってはならない』
『それは君の役目ではない。終末鳥は未だ今生への呪詛をまき散らしている。行けば君とて無事では済まないかもしれないのだぞ……!』

 わだつみの王――ルギアは吠えた。その声音は王としてではなく、一人の友人として私を案じるものだった。
 しかし、私は首を横に振り、彼の意志を拒んだ。最早私の意志は揺らがないのだ。
 
『私の役目だ。きみが私に道を示したように、アメイシャが私に説いたように、私も誰かの黒曜を照らす灯火でありたい』
『イベルタルの記憶が消えれば、それすらも無駄になるだろう!』
『それでも、誰にも教わらないまま、彼が見捨てられていくのを看過することは出来ないのだ』

 かつて灰をこねくり回すだけの火かき棒だった私は、友の先導を得、大切な誰かとの出会いを以って真の"私"を得た。
 もしもあの孤独なまま、宙間で灰をかき混ぜ続けていたならば、私はいずれ、存在に耐えうるだけの価値を見いだせずに壊れていただろう。自己の存在理由についての陰りに、光明をもたらしてくれる誰かたちが居たからこそ、私はいまここにいる。
 人は誰かと出会い、自分を得る。だからこそ、誰かの誰かになる為にこの命は存在するのだろう。
 そのようにして、命の輪は繋がれていく。

『分かってくれ、ルギア。君も、私が名を知らぬ偉大なる誰かによって自分を得たのだろう。君とて、先知れぬ暗闇を一人進むのがどれほど恐ろしいか知っている筈だろう。恐怖を知ったからこそ、誰かに手を差し伸べてやりたいと思うのは道理ではないか』

 ルギアの視線が僅かに揺れる。彼は私の背後の誰かの面影を幻視したようだった。
 凪いだ海面のように動かない表情が、ほんの僅かに緩む。些か呆れ混じりに、ルギアは口端を歪めた。
 
『ギラティナ。君は、君と同じことを言うのだな。何度輪廻しようとも、君という存在はずっとそこにいるのだな』

 ルギアは嘆息する。口から僅かに泡沫が漏れる。
 その蒼海を含んだ双眸の中に、彼はひとつ前の私の姿を見ている。蒼海の双眸が、再会の希望にわずか輝いたように見えた。

『……ああもう、分かった、分かったとも! さっさと行けばいい! 全くもう、本当に困った友だ!』

 ルギアは観念したように翼をはためかせ、拗ねたようにぷいと背を向ける。
 
『君はいつも、吾輩を置いていくのだな。……至極、君らしい』

 ルギアの口端から僅かに漏れる銀粒が海の深くに溶け込むより早く、彼は私の眼前から姿を消していた。
 唯一まだ、揺れる蒼い海が僅かに渦巻いていて、それだけがかの友の残像として在るばかりだ。

『有難う、友よ』

 私の耳の内に残るルギアの最後の呟きは、百の憂いと、一握りの誇らしさに満ちていた。



 深海の果てに至る。
 もはや私の住まう宙間とほぼ変わらない、無辺の黒曜が全てを満たす空間。
 宙間と違って灰達すら存在しない、音も、光すらも到達しえない孤独の場所に、彼は独り閉じ込められていた。
 終末の朱い鳥――イベルタル。対になる存在を失い、誰に諭されるでもなく自己を見失い、歪みきった神獣のなれの果て。或いは、私が至るかもしれなかった顛末の可能性。
 彼に迫るにつれ、周囲を満たす呪詛が、より強いものになっていく。死に属する私であっても、長く居座ればこの身が朽ち果てていくだろうことは間違いがなかった。現に今も、黒翼の先端がじりじりと少しずつ腐り焦げている。

『起きているか、イベルタル』
『……だれだ』

 彼は微睡に身を浸していたようで、私が声を掛けると些か不機嫌な様子で目を開けた。
 若い快晴に似た色の瞳が、不可思議に二三度瞬く。じろり、と私を一瞥して、彼は怪訝な顔で私を見た。

『おまえも、ぼくを罰しにきたのか。……いいとも、ぼくはそれだけのことをしたのだ』

 彼の瞳は、痛みの色にすっかり染まり切っていた。もはや彼の世界には己に下される罰しか存在せず、視線の先には淀んだ絶望と永遠の闇に浸かった旅路しかない。一縷の希望すら潰えて長いのだろう、身じろぎひとつすら彼はしない。

『違う。君への鞭打ちは私の役目ではないし、それはもう終えられた事だ。ただ単に、君に逢いに来たのだよ』
『ぼくに……?』

 訳が分からない、という表情だった。無理もない、彼と私の間には接点はなく、ただ私が会いにきたというだけなのだから。

『イベルタル。きみが重々理解しているように、君の罪はたいそう重いものだ。だからこそ、私は君に説くべきだと思った』

 どんな罪人であったとして、それが救われない理由にはならない。
 罪の重さとはまた別のところに、救いの手を差し伸べる動機は存在していた。

『君は今、世界の全てに絶望しているのだろう。一縷の光明すらなく、世界には絶望しか存在しない。死を与える己の役割によって、大切な物を傷付けた自分が、堪らなく憎く、恐ろしいと感じている』
『……そうだ、そうだとも。ぼくはすべてを殺すものだ。だからゼルネアスは死に、カイオーガさまも消えてしまった。ぼくにそんなやくめが無ければ、だれも傷つけることなどなかった。なぜぼくはこんなやくわりをあたえられたのか、わからない』

 彼もまた、己の役目のあり方に惑っている。死などなければだれも苦しむことはなかったと、己の役目に疑問を抱いている。
 彼は私だった。いや、見識を広める機会すら与えられないという点において、私より幾分か救われないだろう。だからこそ、無理やりにでも救うべきだと私は考える。

『……イベルタル。君は死を、死による別離を救いようのないものだと考えているだろうか』
『そうだとも。ぼくは別れをもたらす。それはとても悲しいことで、救われないことだと、いまも軋むこころのなかがさけんでいるのだ』
『ならば、それは間違いだと私は言おう』

 アメイシャと別れた時、私はそれを途方もなく悲しいことだと思った。
 ひりつくような夕凍みに似た寂寞が、胸の内をじりじりと焦がしていく感覚に悶えそうになった。
 だが、もたらされたのはそれだけではないのだ。悲しみと同じだけ、やがて来たる再会への希望に心の内は輝いていた。

『そもそも死は、別離は関係の終着点ではない。再会への出発点だ。もう一度出会うために旅をする魂達の、始まりの場所である』
『始まり……?』
『君はこのまま死に至り、そしてもう一度新しく生まれるだろう。再誕の場所を始まりと言わずして、どこを始点とするのだ。始まりを示す君の存在は、かくも尊いものではないか』
『……それは、ぼくじしんが見つけるべき答えだっただろうね』

 彼は少しの逡巡の後、そう言った。私は僅かに苦笑する。

『ああ、先導役とは難しいな。本当は、きみ自身が見つけなくてはならないのに……答えを述べてしまった』
『かまわない。どうせいまのぼくはすぐ消えてしまう。……だが、つぎはぼく自身の手で答えにたどりついてみたいよ』
『それがいい。己自身で自分を理解することは、途方もなく心地がいいものだ』

 彼は生まれたての赤子のように微笑む。
 快晴色の瞳に、ほんの少し先への光明が差したように見えた。

『もういちど、ゼルネアスにあいたいな』
『会えるとも。世界は全ての命に別れを与え、返す手で全ての命に出会いを与えるものだ』
『そっか。……ぼくはあなたにも、もう一度会いたいよ』
『私もだよ、イベルタル』

 彼の緋色の肉体は、少しずつ瓦解して深海に溶けていくようだった。ひとつの命の終わりが近づいているのだと理解すると同時に、私の肉体も少しずつ溶けていることに気が付いた。

『ありがとう、名も知らない誰か。ぼくはすこしねむるよ。……あなたはもう行くといい。ここにいれば、焦げてしまうだろう』
『そうしよう。……お休み、イベルタル。良い夢と、よい目覚めを祈っている』

 イベルタルに見送られ、私は朽ちつつある翼をはためかせ、宙間へと向かい沈下した。
 星葬圏を抜ける。
 加速。
 追随する酩酊の最中、私は祈った。
 幼子のように無垢な顔つきで眠りに就く彼が、どうか澄み切った青空の元で、幸せな目覚めを迎えることを。



 快晴。


 ◆◇◆◇◆◇


 朽ちた翼では速度は出ない。ゆったりとした旅路を経て、長らく放棄していた宙間へと舞い戻る。
 宙間は思いの外片付いていた。もう少し灰まみれになっているかと思ったが、寧ろ私が蒼星への旅路を決意した時よりも綺麗になっている気さえする。

『お帰り。……おや、随分と身体を汚してきたようだね。翼が朽ちてしまっている』

 酷く懐かしい、父の声がした。
 見上げれば、偉大なる白銀の身体と、千本の腕が私の傍にある。
 アルセウス。全能の神獣にして、万物の父。その慈愛に満ちた眼差しが、珍しく私ひとりだけを捉えていた。

『ギラティナ。きみが姿を消したと聞いて、わたしは酷く驚いたよ。だが無事でよかった』
『……すみません、お父様。役目を放棄していたこと、いくら詫びても足りません』
『気にしていないよ。随分と大冒険だったようだ、お疲れ様』

 私は頭を垂れたが、千本の腕のひとつは私の頭を優しく撫でるだけだった。
 父はきっと、私の旅路の全てを見通していたことだろう。その上で、父は私にねぎらいの言葉を掛けたのだ。

『怒っておられないのですか』
『子の自立を祝わない父など居るものか。きみがひとりでに考え、沢山のひとの力を得て答えに達し、さらに誰かに手を差し伸べようとした。――おめでとう。君はもう、一人前の神獣だ』

 父が私の翼を撫でると、朽ちかけて萎びていた黒翼が即座に形を取り戻す。
 私は六つ脚の正装に身を変え、もう一度父に傅いた。

『ギラティナ。わたしに傅くより、君には遭うべき人がいる。彼女はずうっと待っている、遭いに行ってあげなさい』
『私に……?』

 弾かれたように顔を上げる。私が今遭うべき人など、一人しか思い当たらないからだ。
 父にもう一度頭を下げて、私は全速力で宙間を駆ける。約束の刻に、これ以上遅刻するわけにはいかないだろう。
 無辺にも思える宙間を飛び、飛び、そして私は辿り着く。
 再会の約束を交わした、彼女の元へと。


「遅いわ、王さま。もう待ちくたびれてしまった」
『すまない、アメイシャ。少しやることがあったのだよ』

 ほんの少しぶりに見た筈なのに、彼女の灰交じりの紫髪が途方もなく懐かしいように思える。
 同時に、私の心の内が酷く眩く輝いたように思えた。世界に陽光が射すようだった。
 これがきっと再会の喜びで、全ての魂はこの喜びを目指して旅をするのだろう。魂が希望の為に輝く理由が、ここにあった。

「わたしね、王さま。もうすぐ生まれ変わるの。今度は鳥になって、世界を渡り続けるわ」
『……そうか。それは、とても素敵な命になりそうだ』

 彼女の無垢に清められた魂が、ちかちかと淡い光によって輝いていた。
 私は、ゆっくりと彼女の背を押す。つかの間の再会だったが、悲しくはない。
 いずれ彼女の魂がもう一度宙間に流れ着くとき、私達は再び出会う事が出来るからだ。

「さようなら、星の王さま。きっとまた、会いましょう」
『さようなら、アメイシャ。君と出会える日を、待ち遠しく思っているよ』

 押し流され、星葬圏に炙られ、からからと淡光を放つ彼女の魂を眺める。
 私は彼女の旅路が――否、彼女だけでない、全ての魂達の旅路が、快晴に満ちた暖かいものになることを祈る。

 そうして、私は。
 幾星霜の時を超えて、やがて灰になった君に会いに行くことを決意した。



 回生。


あとがき
もよよです。第十回仮面小説大会非官能部門にて8票を獲得、優勝を頂きました。
改めて頂いた感想を読み返しながら、本当に読み手の方々に恵まれた作品だなあと感じました。中々に読みづらいところもあったでしょうが、自分の今の精一杯を出して苦心しながら描き切った作品なので、沢山の好い評価を頂けたことが純粋にうれしいと感じています。ポケモンクラスタ以外の方々からも評価を頂けたことに関しても、身に余る光栄だなあと心から思っています。
長い作品でしたが、ここまでお読みいただき有難うございました。読み手の方々に何かを残せる作品であったなら、作者冥利に尽きるというものであります。
ところでやっぱ未亡人ルギアくんいいよね!

以下コメント返信です。
>夜の静かな草原をゆっくりと進んでいくような、この世ともあの世とも取れぬ物語の雰囲気がとても素敵でした。ギラティナが自身の存在理由を得られたシーンに大変心を動かされました。 (2018/10/08(月) 13:43)

感想ありがとうございます。伝説ポケモン、特にギラティナという存在はどこかふつうのものとかけ離れた雰囲気があったので、作品の雰囲気としてどことない浮遊感というか、常世から少しずれたようなものを出そうと意識しました。夜の静かな草原、とはまさしく言い得て妙だと思っています。

>止まらない感想に吐き続けられる文字数エラー、削っても削っても長すぎますと投票できないため、後程コメ欄つけられればそちらに感想をなげようと思います。
 今言えるとすれば、動揺するルギア様可愛い。 (2018/10/11(木) 09:50)

ルギアさまはかわいいですね。どうしてもキャラクターの都合上、どうしても静かな対話が多くなってしまう為、ルギアさまという清涼剤的なポジショニングのキャラ造形には苦心しました。
彼の口ぶりに愛嬌を感じて下さったなら幸いです。

>伝説ポケモンたちによる雄大で神秘的な雰囲気、なかなか見られる作品ではないと思います。こういう作品は読後感に他にはない清涼さがある反面、最初の雰囲気がなんとなくとっつきづらい宿命がある気がしますね。希望につながりこの先がどうなるか想像させる終わり方もこれは上手いと思いました。 (2018/10/12(金) 23:54)

やはり伝説を起用するのだから、雄大で壮大な作風にしようと思っていました。しかしテーマや規模が大きくなるにつれ、やはり取っつきづらさというのは付いて回る課題でして、これは中々解決が難しいと感じます。このへんの折り合いを上手いことつけられたら、もっといいものが出来上がるような気がしています。

>自らの存在意義に疑問を持ちつつも、最後には、自らの存在意義を見出だしたギラティナの姿に泣いた。 (2018/10/13(土) 00:49)

「存在意義」とは今作品における非常に大切なテーマでして、そのあたりの感情の機敏というか、成長の過程というものについては非常に悩みつつ文を並べた記憶があります。
その様に仰って頂けるなら、悩んだ甲斐もあったのかなあと思う次第です。

>星の王とその友が、輪廻の始まりに出会うその刻に想いを馳せて。

 快声。 (2018/10/14(日) 03:00)

大変粋なコメントだと思いました。「かいせい」の同音異義に関しては非常にこだわって並べたのです。快晴にはじまり快晴で一つの物語が終わり、やがて回生から新しい物語が始まり、回生で閉じられるのです。

>流れるようなお話の展開、伝説のポケモンの存在や設定がとても、とても素晴らしいと思いました。ギラティナの儚さが存分に表された小説だと、私は感じました。本当に素晴らしいです。書かれた作者様とそのあて がった時間に、最大級の敬意を評します。 (2018/10/14(日) 22:19)

ギラティナというポケモンはどこか異質な雰囲気が漂っていて、非常に魅力的だなあと常々思っていました。内に秘められた儚さを感じ取って頂けたのであれば、文を並べた甲斐もあったというものです。

>コメント打ち込んだら長すぎって怒られたので端的に。ちゃんとした感想はまたいずれ。
 ここ数年見たwikiの中の小説でも指折りの傑作。短編小説とは斯くあるべしという私の理想のど真ん中を突き抜けていきました。読ませてくれてありがとう。 (2018/10/14(日) 23:52)

「読ませてくれてありがとう」という感想は正直生まれて初めて頂いたものなのですが、ここまで胸を打つものだとは思いませんでした。苦心しつつも書いた甲斐があったなあと思います。
こちらこそ、お読み頂いて本当にありがとうございました。

>伝説ポケモンのお話に相応しい厳格な文章でありながら、読みやすく心情も分かりやすく伝わり、すぐにこの作品の世界に引き込まれました。
 ギラティナやイベルタルの存在意義。かなり難しい題材にも関わらず、そのキャラクターの揺れる心情や行動などがとても美しく、
 素直に感情移入して楽しませていただきました。
 本当に心にグッとくる、素晴らしい作品でした! (2018/10/14(日) 23:52)

感想ありがとうございます。うまく言えないのですが、とても真摯に読んでくださったのだなあとひしひし感じます。
何か少しでも心の中に残るものがあるのならば、作者冥利に尽きるというものです。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 新たな命を授かり全うするのではなく、輪廻という形で巡る神獣の命と与えられる使命。始めこそ、自らの使命感に燃え、時には奮起、あるいは粛々とこなしてきたのであろう一柱も、ぶつかったのは深くてそれでいてシンプルな疑問。
    教えを乞う先代がいなければ、同じ使命を持つ片割れがいるわけでもない生にはもはや約束された悩みなのかもしれない。
    「死」というシンプルでかつ難しいテーマを、王様の冒険とともに書き上げることができるその想像力と創造力にただただ感服と脱帽です。
    また、一柱一柱のキャラが濃く、物語に惹きつけるいいスパイスとなっておりました。同じ使命を持ったものがおらず、直接答えにたどり着くことはできない。それを支えるのが、友という存在か。互いに煩悶の苦しみが分かっているからこそ、支え導き合える。輪廻する伝説ポケモン達の関係とは、なんと尊いことなのだろう。

    語彙力すごすぎて語彙力がたりないぼくがこれ以上無理して書くのもあれなので、簡単な感想書きます。
    動揺するルギアさま可愛い。あと一人称ぼくのイベルタルは安定感がある -- ?
  • とても美しい表現の数々が清流のように流れてきて、物語をすんなりと受け入れられて種も寿命も超えた友情に心が温まりまして、夢中で読むことができました。
    表現の美しさや読みやすさ、それは今回の大会において最も優れていたと思います。
    お互いの価値観を伝え合うことではぐくまれる友情、種が違うからわからないことだらけ、それを理解できなくとも、想像できるということの幸せを感じました。 -- リング
  • 僕はミステリものを好んで読むのですが、その中でとりわけ気に入っているシリーズがあります。そのミステリの主人公は読書に飽いて一切の本を読まなくなったのですが、唯一の例外として、この世のすべての定理が淀みなく明快に完璧に、かつエレガントに書かれている『The Book』と呼ばれるものを探し求めています。それは彼の求める『本そのもの』であり、それは命を懸けてでも手に入れたいものなのだそうです。
    彼の求める完璧な本がThe Bookと呼称されるなら、僕はこのページに書かれているおおよそ二万と六千字の文字の連なりをThe Storyと呼びたいと思います。つまり何が言いたいかというと、『星葬』は僕の求める完璧な物語でした。淀みなく、明快。エレガント。極致と言うべきでしょうか。
    文章は美麗というか流麗というか。数年前、大震災の影響による大規模な停電のさなか、わけあって人のいない山中のガソリンスタンドにいたのですが、そこで見た星空は見たこともないくらいに綺麗で、感動と同時に恐怖すら覚えたのですが、この小説を読んでいて巻き起こった感情はそれに似ていました。もともと美文には定評がある氏ですが、今回は輪をかけて洗練されていたと思います。
    物語はギラティナが存在事由(レゾンデートル)を探究し、そして他者理解へと歩み、かけがえのない繋がりを得て、見つけた答えをさらに別の他者へ返す、といった風に展開されますが、この起承転結はサブテーマである輪廻転生の概念とリンクしているように感じました。ギラティナの眩い成長ですが、他の登場キャラクタがいい味を出しているからこそさらに眩しいです。ルギアは、ギラティナの友ではありますが兄らしい側面もありますね。イベルタルは過ちを犯した幼い弟のようにも思えます。アルセウスが万物の父として登場してますからそういう解釈をしてもいいですよね。
    素晴らしい物語なので好きなシーンはいくらでもあるのですが、アメイシャがパイを焼いてギラティナに食べさせるシーンが好きです。理解の一歩目、物語が動き出した部分ですね。あと、星の王様という呼び名が果てしなく好き。影とか灰とか闇とかじゃなくて星――素敵メーターが振り切れてる。
    いい加減そろそろ締め括らないといけないので最後に。
    めっっっっっちゃ好き。必修科目。全人類必読。聖書。ギラティナかわいい。あとルギアとイベルタルもかわいい。おわり。 -- 朱烏
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Last-modified: 2018-11-05 (月) 00:23:34
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