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星空が満開の笑顔を照らして

/星空が満開の笑顔を照らして

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 緑に茂る木々を焼いて貫いた西日が、小さな泉を紅に染め上げる。
 その紅い煌めきの中に、白金色に輝く私の腹が映し出された。
 泉の中から身を出したにも関わらず、我が身に水滴ひとつなければ水面にも波紋ひとつ立たない。私がきたのは水底からではなく、水鏡に映る向こうの茜空からだから。
 可憐な曼珠沙華がか細い花弁を揺らす岸辺に6本の脚を降ろし、銀色をした牙の如き突起に覆われた首を周囲に巡らす。
 人里は遠く、生い茂る木々の向こうに古びた建物がひとつ見えるだけ。この地の土地神を奉る社らしい。この泉はいかにも我らギラティナが好んで顔を出しそうな厳かな丘陵地の谷間にあるから、我らを神として居場所を守るよう人間たちが気を使ってくれたのかもしれない。ありがたいことだ。周囲で季節を謳歌している曼珠沙華には紅ばかりでなく白いものも混じっており、華やかな色彩で目を楽しませてくれる。
 さて、私が好んでこの日暮れ時に好んで泉を訪れるのは、風景と静謐を楽しみたいからだけではない。 
 紅が山陰に落ちた黄昏の下、草地に繋がる獣道を踏む足音が近づいてきた。
 やがて秋景色に朽ち葉色の光沢を加えたのは、ススキほどの身の丈をした虫ポケモン、コロトック。
 黒く艶やかな複眼に私の白金色を写した彼は、傍らにきて細長い触覚を前に垂らし一礼。無口で口下手な奴だし、互いに気心も知れている仲だから挨拶の言葉なんていらない。
 ナイフのような鋭い双腕を、瓜の実を立てたような形の胸元で交差し、ゆっくりと深呼吸したコロトックは大きく胴を膨らませ、そして――

 凛、と、旋律を奏でた。

 淡く点る星灯りを静かに映していた水面が、激しく波を立ててさざめく。
 森の木々がざわめいて輪唱し、紅白の曼珠沙華たちが楽しげに舞い踊る。
 虫のさざめき。虫ポケモンが身体を駆使して放つこの音撃は、ポケモンによってはまともに浴びたらひとたまりもないほどの騒音となるのであろうが、霊体である我が身には風に乗って伝わりくる涼やかな振動が心地良いばかりだ。
 しばしの間私は、秋の黄昏に響く荘厳な旋律に聴き入っていた。

 ●

 コロトックは、丘ひとつ越えたところにある街に住むトレーナーの下で作業に従事しているポケモンだ。
 その日の仕事を終えた後、彼は丘を越えてこの泉を訪れ、誰にも知られない場所での独奏を楽しんでいた。
 水鏡の向こうからその音色を聞きつけた私が顔を覗かせた時は、それはもうハイパーボイスばりの絶叫を上げて盛大に驚かれたものだったが、ただ演奏を楽しみたいだけだと訴えると、脅えと恥じらいを交えながらも私を聴衆として受け入れてくれた。今ではもう脅えることもなく私の前でさざめきを奏でてくれる。数少ない、いや正直に言えば唯一の我が友達だと言っていい。

 ●

「何かいいことでもあったかな?」
 ひとしきり演奏を終えたコロトックに、ふと私は尋ねてみた。
「どうしてそう思うんです?」
「さざめきの伸びがいつもと違って聞こえた。4日前の祭り帰りに聴かせてくれた音色も実に楽しげに弾んでいたが、今日の旋律はことによるとそれ以上に澄んで聞こえたぞ。地平を越えて星空まで届くかと思えたほどだ」
 今日から4日前の祝日、その前の日である日曜日にコロトックはトレーナーに連れられてジョウト地方のコガネシティへと旅行し、秋祭りの音楽祭で盛大にさざめきを披露してきたらしい。翌日はるばる帰ってきた彼は、朗らかな旋律と共に祭りの思い出を語ってくれたものだ。今日はその時以上に昂揚した音色だったのだから、さぞ嬉しい想いをしたのだろうと感じられた。
「あ~、分かっちゃうものなんですねぇ……」
 既に黄昏も色を落とし、新月も間近な細月さえ山陰に隠れた宵闇の中、少し困ったような彼の笑い声だけが響く。
「あまり話すようなことでもないと思ってたんですが……そうですね。良かったら聞いていただけますかね?」
 このコロトック、普段は無口で口下手なのだが、本質的には話したがりでもあるようで、切っ掛けを作ってやると止め処なく喋り出す一面もある。さてさて、どんな面白い話が聞けることやら。
「同じトレーナーのポケモンに、グランブルの雌がいるんですけどね」
 おや、見かけによらず隅に置けない種類の話かな? と期待したのが表情に出たらしく、触覚の影が横に振られた。
「あ~、雌と言っても結構いい歳したおばさんですが」
 そう語るコロトックも、虫ポケとしては結構な壮年である。彼がおばさんと呼ぶのなら、実際には婆さんと呼ぶような歳だと考えるべきか。
「そのグランブルさんがですね、なぜかいつも僕を避けてたんですよ。通路で顔を合わせると引き返して物陰や脇道に隠れたり、近づいただけで露骨に顔を背けたり悲鳴まで上げたりして。同じトレーナーと言ってもパーティは別のことが多い方ですし、普段の交流も乏しくて嫌われるようなことをした覚えもないので何でかなって」
「トレーナーに相談とかはしなかったのか?」
「それがですね、僕とトレーナーさんが通路で会ったときにトレーナーさんの後ろにグランブルさんがいる場合『危ないぞ。くるな!』ってグランブルさんに向かって指示を出すんです。何が危ないのかって訊いたんですけど、「何でもない。お前には関係ない」って。トレーナーさんだけじゃないです。他の先輩たちも同様に顔を合わせる度、背後に『きちゃダメ』『アレがいるぞ』って言ったり、突然グランブルさんが引き返したのをみた先輩が僕の顔を見て『あぁなるほどね』と納得したり」
 アレって。
 随分な扱いを受けているとしか思えないのだが。
「で、避けられてるお前には何の心当たりもない、と」
「はい。でも今朝、どうして避けられていたのか判ったんです」
 なるほど。原因さえ判明すれば、状況を改善する糸口も掴める、と。
 だから上機嫌だったわけか。話が見えてきた。
「それで、何が原因だったのだ?」
「それがですね。今朝も仕事場の前でグランブルさんと鉢合わせして、逃げるような早足で先に仕事場に入られたんですけど」
 ふむふむ。
「その後控え室で身支度してたんですがね。隣の控え室から、別の先輩であるカバルドンおばさんとグランブルさんが大声で話しているのが聞こえてきたんです。彼女たちが言うにはですね……」
 瞬く秋の星座に照らされて、ようやく眼に映ったコロトックの顔には、本当にすっきりとした穏やかな笑顔が浮かんでいた。



 ――ちょっと、どうしたの? 随分息切らして。
 ――アレよアレ! 分かるでしょ!?
 ――何? アレって……?
 ――だから、バイ菌よバイ菌!
 ――あ~、バイ菌ね。分かった分かった。
 ――まったく、朝から酷い災難だったわ~。
 ――でもまぁ、感染しなかっただけ良かったんじゃないの?
 ――そりゃそうだわ。アハハハハ……。
 ――アハハハハハハ……。



 ……………………。
「ね? 笑っちゃうでしょ?」
「どこがだっ!?」
 どう反応していいものやら困ってしまったが、どうやらツッコみ待ちだったらしい。
「今の胸糞悪い話から笑える要素を無理矢理探すとすれば、そんな理不尽な扱いを受けた貴様が平気な顔をしてコロコロ笑っとるところだけだ! 何なのだバイ菌だの感染だのと!? 貴様、毒ポケでもなければ毒技も持ってはいなかろう!? 何ぞ悪い病気などを煩っているわけでもあるまい!?」
「はい。いわゆるポケルスのような良性ウイルスさえも特に罹った憶えはありません」
 仮に毒や病気持ちだったりしたところで、差別的に拒絶していい理由などありはしないが。ましてや事実無根となれば話にもならない。
「つまりはまるっきりの偏見、否、どう偏って見ようがあり得ぬ妄想に基づいた誹謗中傷と言うことではないか!? ますますもって何でそこまで嫌われておるのだ!? 原因が分かったのではなかったのか!?」
「はい。答えは既に出てますよ、ギラティナ様」
「何?」

「トレーナーさんが言っていたと言ったでしょう。『お前には関係ない』と。つまりそれがすべてですよ」

「……っ!?」
 理解した。状況の酷さを、だ。
 バイ菌扱いされていることについて何らかの原因がコロトック側にあるのであれば、トレーナーなり他のポケモン仲間なりがその原因を正すようコロトックに忠告なりなんなりしているはず。していなければならないのだ。それをしようともしていない上で、バイ菌だから嫌っているというのがグランブル側の言い分だというのなら、つまりそんな中身のないレッテルだけを嫌う根拠にしているという事実自体が、コロトックに何の落ち度もないことを決定的に証明している。
 だから、こんなにもスッキリした顔で笑っているのだろうか。何の落ち度もない以上、何をしてもどうしようもないという諦観で……?
「……すまん。理由もなく迫害されているお前に説明を求めるなど、理不尽への荷担だったな」
「いえいえ、お気にめさらず」
「結局のところ、手近な者を加虐の捌け口にしているだけか。まったく、いい歳をした老婆どもが揃いも揃って! 遊び仲間ではないのであろう? 仕事仲間なのであろうが!? その上あろう事か監理するべきトレーナーまでもが村八分を止めさせるどころか煽動とは、一体何を考えておるのだ!? そんな幼稚な嫌がらせ、卵から孵ったばかりの種ポケモンですら良うせんだろうが!?」
「いえ、それは違います」
「違う? 何がだ?」
 どこに対する〝それ〟なのか判別できず首を傾げると、やはりコロトックはコロコロと笑いながら言った。

「〝バイ菌〟って、僕がコロボーシ時代に種ポケの育成場にいた頃、周囲の種ポケ仲間から頻繁に呼ばれていたあだ名でしたから。いやぁ、懐かしいものです」

 懐かしがるようなところかぁぁぁぁぁぁっ!?
 全力でツッコみたくなる衝動を我慢するのに苦労した。私までもが彼を責めるわけにはいかない。悪いのはあくまで虐めの加害者どもだ。
「……要するに貴様、種ポケ時代から虐められ続けている、ということか。そのことを、今のトレーナーや仲間共は……?」
「知らないはずです。当時の僕は虐められることに我慢しきれず、育成場を逃げ出していますから。その後あちこちを巡った末にトレーナーさんに拾われていますので、誰も誰からも育成場時代の僕のことなんて聞いていないはずなんです。なのに悪口は完全に一致するんですから、不思議なものですよ」
 コロトックの言葉にも表情にも、自嘲の陰は見当たらない。まるでお伽噺の一節を語ってでもいるかのように、コロコロと楽しげに笑い続けていた。
 こっちはそろそろ水面にシャドーダイブして逃げ出したかった。何なのだこの世界は!?。私とて稀少種族の色違いに生まれた身、不愉快な対応をされたことも少なくはないが、叩きどころさえない者を寄ってたかって排斥するなど、あまりに闇が深すぎる。
「何とか……ならんのかそれは? バイ菌呼ばわりされたのを聞いたとトレーナーに訴えるとか……」
「僕を避けるようグランブルさんに命令しているような人が、まともに取り合ってくれると思いますか? 盗み聞きと密告者のレッテルがバイ菌の上に重ね張りされるのが、育成場以来お決まりのオチですよ」
「ならばいっそ、そんなトレーナーのところからも逃げ出してしまえば良いのではないか?」
「無駄ですよ。無意味です。オフでグランブルさんと鉢合わせして逃げ出されたこともありますから、どこに行ったって一緒です」
 ようやく、コロトックの表情が影に曇った。
 それは落ち沈むというより、意地の悪い企てに昂揚するような笑みだったが。
「僕からできる手段なんて、せいぜいが死んであの世に逃げることぐらいですかね」
「……貴様っ!?」
「冗談ですよ。死んだりなんかするものですか」
 不適なほどに毅然と、コロトックは言い放つ。
「死ぬのも逃げるのも冗談じゃありません。僕は何もしていないのに、何で僕の方が退かなきゃいけないんですか? 逃げたがっているのは相手の方なのに」
 言おうとした言葉を飲み込んだ私の前で、コロトックは続けた。
「放っておけばいいんですよ。育成場時代のように、物陰で取り囲まれて滅菌と称して啄まれたり火をかけられたり飛礫をぶつけられたりしているわけじゃなし。避けられてるだけで何ら危害は加えられていないんですから」
 そこまで酷かったのか育成場時代。殺されかけておるではないか。今回ここまで平然としていられるのも、幼虫期にそこまでの目に遭わされてきたからこそか。
 しかしそれは、あまりにも悲しすぎる達観ではないのか……?
「逃げても余計な抵抗をしても僕が損をするだけ。だったら放っておくのが一番です。バイ菌呼ばわりされることぐらい、今更我慢できないことじゃありません」
「…………」
 はてさて、どうしたものか。何か私にできることはないものか。コロトックの話を聞けば聞くほど、ますます途方に暮れるばかりだ。
 逃げるのならこのまま泉に写る星空の向こうへ連れて行って永遠に共に暮らすよう誘おうか、あるいは我が友に仇をなす不埒者どもにこの爪牙をもって天誅を食らわすべきかとさえ考えたが、そんな力任せの解決は苦難に毅然と向かい合っているコロトックの覚悟を穢すものであるかとも思える。
 だからといって、このまま何もせず見捨て同然に放置するのが正しいのか。どうにも釈然としない。
 こんなおかしな話があるか。年寄りが年寄りらしい分別もなく、無駄で無意味で無情な…………。

 そこまで考えて、不意に笑いがこみ上げた。

 ……なるほど。だからコロトックは笑ったのか。
 確かに、これは笑える。こんな可笑しな話はない。
「そうか。無駄で無意味なのだな。奴らのしていることは」
「はい」
「そんな無駄なことを、わざわざ老骨に鞭打って毎日のように繰り返しているわけだ。仕事に支障を来してまで」
「はい」
 ならばコロトックの言う通り、放っておけばいい。愚かな徒労を繰り返せば繰り返すほど、損をするのは奴らだけ。こちらから手を下すまでもなく、奴らに罰は下される。
 私から奴らにすべきことなど、せいぜいが、
「いい気味だな!」
「ですね!」
 コロトックと一緒に、その無様さを嘲笑ってやることぐらいというわけだ。
「すっかり夜も深まってしまったが……帰る前に、もう一曲お願いできるかな」
「喜んで!」
 双腕が宵闇に弧を描き、夜風を済んだ音色で震わせる。
 星灯りに踊る旋律は、しかしコロトックが笑顔で隠した涙声であるかのようにも思えた。
 漆黒の翼を大きく広げ、白金色の身体全部で私は彼のさざめきを抱き締める。
 高潔な友が、孤独を我慢などしなくても良いように。

 ~Fin~


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Last-modified: 2019-12-02 (月) 22:48:23
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