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日捲り兎

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 《急募》ポケモンシッター募集中!

・仕事内容
 契約期間中、不在の飼い主(雇用主)に代わって下記のポケモンの世話をすること
 ◇ヒバニー♀

・給与
 日給 3万円(飼育結果によりボーナス付)

・年齢
 満12歳以上

・勤務時間
 契約期間中は配属先にて長期宿泊

・待遇
 屋敷内の専属スタッフが身の回りのフォローを致します
 
 下記まで御連絡下さい!
 株式会社○○○○
 TEL ***-****(担当:秘書)



 上手い話には大抵裏がある。ワケアリ仕事ならなおのこと。
 健全な金銭感覚を持つものなら先ず怪しむのがセオリーだろう。
 従ってこの様な仕事に手を出すのは金に困っている者か、面白半分で首を突っ込む無謀者、或いは何も考えずに条件反射で賃金の厚待遇に飛び付く愚者。
 そして特ダネを求めて腐肉を漁る記者だ。
 記者歴も十を超せばそれなりの場数は積んでおり、ここには何かがあるという直感に踊らされる。
 上司にその旨を報告するとGOサインが下り、流れ作業で該当先との接触、面接を経て、そして採用通知が来ると同時に無職になった。
 正確には接触するより前に解雇されているのだが、上司曰く辻褄合わせとして一時的に記者の任を解くための措置であった。
 特ダネを掴み次第何時でも本社に戻って来れるが、それは逆を言えばヤマを掴めなければ記者として戻ることも叶わない、崖っ縁に立たされた境遇とも言う。
 まぁ長期休暇を貰った様なものとも言えるし、潜入スパイだと考えると妥当の調整ではあろう。
 不安があるとすれば、勤務中の間は下宿先に帰ってこられない為、突然の宿無しに落とされる可能性もある。
 念の為に大家には話を通しておくべきだろうが、あの大家はごうつく婆なのであまり信用できるものでもない。
 精神衛生上においても期待はしない方が望ましいだろう。
 必要な貴重品等は常備携帯し、持ちきれない分は貸金庫に預けておく。
 一先ず思い付くだけの準備は済ませたので、後は当日がやってくるのを待つのみだ。
 鬼が出るか蛇が出るか。
 頭の中で様々なシミュレートを想定する内に睡魔が忍び寄る。
 脳内の選択肢はこれ以上拡がらず、瞬く間に広がる闇はこれからの結末を暗示する無だけがあった。



――一日目――

 しくじった。
 初日の感想を述べるならばこの一言に尽きる。
 別に世話をする子兎に粗相があった訳ではない。
 昨日の自分に、そしてこれから過去を振り返る未来の己へ告げる、どうしようもない事務報告。
 ここは監獄だ。
 自分以外に人間は居らず、出会う専属スタッフは全てポケモンで統一されている。
 会話によるコミュニケーションを挑もうにも、彼等の応対は事務的で意志疎通が全く取れない。
 幸いなことに配属されているスタッフの多くは何かしらの制服の一部を着こなしており、観察を怠らなければ誰がどの職務に就いているかは把握できた。
 今のところはフリルをあしらったメイド服を纏う者しか区別できないが、慣れていけば各々の事も察せよう。
 スリーパー、バリヤード、ルージュラ、ソーナンス、ニャオニクス。
 以上が私室へ案内される傍らに確認できたグループで、おそらくは案内人を務めるこのニャオニクスがメイド長だろうか。
 彼等とすれ違う度に挨拶や指示を飛ばして業務を回しており、一介のメイドではない風格を感じる。
 気掛かりなのは彼が執事服で無い事だろう。
 雌雄を問わない職場の雰囲気は、未だに旧世代の価値観からアップデートできてない自分には肩身の狭い環境になりそうだった。
 それ故に固定観念も古臭く、メイド長は総じて氷像の如く寡黙であり、鬼の如く手厳しく、キャットアイフレームの眼鏡の奥で目を光らせているのが個人的なイメージ像なのだが、その要素を彼は全て満たしていた。
 少しばかり親近感を覚え、勝手だが彼とは仲良くやっていけそうな期待感もあった。
 そう思っているのは自分だけで彼は特別に何かを感じているわけではないので、始終無表情のまま淡々と屋敷を案内されていた。
 私室に通されると彼とはそこで別れ、完全に一人になった所で個室の内装に目星をつけていく。
 絢爛豪華な華美に目を奪われがちだが、仕事柄この手の洋装は初見では無い為、さっと周囲を見渡した辺りで切り上げた。
 移動と緊張からの疲労感に自然と足がベッドの方へと吸い寄せられる。
 全身を投げ出すと程よいクッションの反動に包まれ、気を抜くと一瞬で意識を持っていかれそうになる。
 このまま寝転んでいるのは不味い。そう解っていても抗えない誘惑が両の目蓋を閉ざしていく。
 微睡んでいく意識を手放さぬ内に、掌を握っては開いて血流を送り込み、意識の活性化を図る。
 そうしていると突然掌に柔らかな感触が芽生えた。指先が毛束の海に沈み、じっとしていると汗ばんでくる程に熱い。
 その正体の心当たりに意識が急激に覚醒し、重い目蓋は嘘のように軽くなり、埋まっていた顔面を起こして視界を広げる。
 予想が的中し、挨拶代わりにその名を呼んだ。
 掌の子兎が小さく鳴く。
 それはとても儚げそうで、軽く握り締めるだけで直ぐにでもかき消えてしまいそうな灯火に見えた。
 そして何故だか緋色の双眸からは強い怯えを孕んでおり、縋りつく様に掌から離れなかった。



――七日目――

 子供の成長は早い。
 人間の成長速度は他の動物と比べて遥かに遅く、実に緩やかな時の流れに生きているが、彼等ポケモンはそんな動物の枠組みからは外れた生き物なのだということを如実に感じる。
 初日に見せていたあの印象も二日目には薄れていき、日が経つにつれて夢でも見たのでは無いかと混濁する自身の記憶を疑う。
 彼女はよく笑う子で、非常に活発で、そして電池切れも早い子だった。
 業務内容には彼女の世話をとあるが、正直なところ放任していても勝手に育つ逞しさからほぼやることが無かった。
 育児は磨り減る精神力との戦いだと身構えていたものだが、この辺の認識も練り直す必要がありそうだ。
 何から何まで全ての出来事が目覚ましく、この世界は二重の世界が重なっていて自分はその中枢に居るのではないかと思う程に異質だった。異質だが今の自分にとっては好都合の環境でもある。
 子兎が屋敷内を駆け回り、度々姿を消すので自分は彼女を捜索せねばならない。本来の目的である潜入捜査も同時に遂行できてこの上無い好都合だが、あまりにも事が綺麗に進みすぎると警戒心を強める必要がある。
 特にメイド長である彼やその部下達には下手な動きはおろか、思考を読み取られる可能性が非常に高い。
 彼等は単なる屋敷の侍女ではなく、屋敷を守る番犬的な側面も併せ持っている。
 子兎の成長を見守る自分は宛ら亀として徹底的に振る舞うべきだろう。
 あらかた屋敷を探索し終え、子兎が隠れ潜んでそうな場所も絞られてきた。
 玄関ホールを繋ぐ部屋は六つ。左右には屋敷をぐるりと取り囲む様に長い廊下が続き、左の廊下を突き当たるとそこは先の玄関ホールと同様の巨大なメインホールが広がる。
 そのメインホールは全てが赤の装飾品で塗り込められ、火のエンブレムがあしらわれた調度品が至る所に配置されている。
 何より目を引く規則的なラインが引かれたフィールドコートは、その筋の者なら一瞬でここが何をする場所であるかが分かるだろう。
 赤のホールを繋ぐ扉は先程入ってきた分を入れて四つ。左側には外へと続く出入口が二つ。正面の扉を抜けると再び長い廊下が続く。廊下の配色までもが赤に染め抜かれているが、その景色も徐々に色褪せていき、夕陽を連想させる橙色へ、それも色褪せて紅葉に混じる黄色が見栄え、さらに色褪せて緑葉へと戻っていくと次の扉が見えてきた。
 その先もまたメインホールが広がり、先の構造と同じで、違うのは全てが緑一色の調度品で染め抜かれているのだった。
 火のホールでは焦げ付いた残り香があったが、ここでは若草から放たれる香りに満ち満ちており、森の中を散策している心持ちへと変化していく。
 草のエンブレムが来訪者を歓迎するかの様に地上を見下ろす。歩を進めるにつれて香りが強まり、このままここに寝転がって自然に包まれる至福の一時を味わっていたくなる心地好さが芽生えてくる。
 心名残を無視してその先を抜けると緑の廊下へ、深緑から色が抜け落ちて青色へ、深く水底へと潜る様に濃い藍色を抜けると、渦巻く水のエンブレムを中枢に水のホールへ躍り出る。
 光の射さぬ水底は闇のように暗く、勝手に呼吸を止めては息苦しさを自ら演出してしまう厳かな空間が広がっていた。
 落ち着かなくなってさっさとその場を離れると藍色の廊下へ、水面に向かって泳ぐ内に色褪せていく景色は紫色を通り越して玄関ホールへと一周する。
 残る四つの内一つは玄関、二階へと続く大階段を抜けた先はこれもまた廊下を通じて左右に繋がるドーナツ状の構造になっており、来賓を迎える客室の扉と一階のバトルフィールドを展望できるスペースが無限に続く。
 大階段の裏に隠された最後の扉は食堂、書斎、屋敷の主の個室、従業員の個室、倉庫、中庭、非常口――。
 これが一週間を経て確認できた大屋敷の構造だった。
 屋敷と呼ぶよりは最早城と呼ぶのが似つかわしい造りであろう。
 これだけの規模を維持するとなれば莫大な資金源が必要でありそれは何処から得ているのか。
 現在は観光地としても本来の目的用途であるポケモンバトルさえもここでは行われていない。
 そして維持するとなれば資金だけでなく管理等の人員数も必要であろう。だが同じ人間の姿を誰一人とも見つけられない。それらに代わって彼等ポケモンだけが屋敷の全てを管理している。
 あまりにも奇妙で、異質で、異常な世界がここにあるのに、未だに謎の尾ひれすらも掴めない。
 掴めるのは方々を探してやっと見つけた子兎の尻尾のみである。
 今日は中庭でバリヤードが掃き集めた落ち葉のベッドに埋もれていた。
 電池切れが近づき、近場に休憩できる場所や隠れられる場所を探した末でここに行き着いたのだろう。
 発見が遅ければ危うく落ち葉回収係のメタグロスに運ばれ、落ち葉の山へと放り出されるところである。
 移動する籠の中までは調べられないし、途方もない作業と短くとも多少なりの情はあったので、徐々に肥大化していく不安と心配と自責の念に押し潰される自分を思うとぞっとする。
 子兎の体に付いた細かな塵を平手で払い、簡易にボディチェックを済ませて自室へと戻る。
 初日の頃は抱えても然程に重さを感じなかったのに、今では目に見えて背丈が伸びた分だけ重さを実感する。
 この調子だと明日にでも進化を迎えているだろうか。
 抱えきれなくなる程に育った場合を考えて今の内に対処を考えておくべきだろう等、思考を巡らせていると通り際にソーナンスから「お疲れ様です」の労いの言葉を掛けられた。
「ソーナンスも今日一日お疲れ様でした」
 再び同じ鳴き声としか思えない掛け声がフロア一面に響き渡るが、なんとなく「ありがとうございます」と聞こえた気がした。



――十八日目――

 いい加減ここから脱出したい。
 そう思うのはあれから捜査の手懸かりが進展していない理由もあるが、一番の原因は子兎の成長度合いにあった。
 八日目にラビフットとなって成長した彼女は以前の様に駆け回ったり、屋敷の何処かに隠れ潜む遊びをする事が無くなった。
 それだけなら仕事の手間が省けて目的を遂行するのに好都合だろうと思っていたが、そう事は簡単に進ませてくれなかった。
 子兎は自分が移動する度に後ろを着いて歩く様になり、それが四六時中続くものだからとてもじゃないが捜査どころでは無かったのだ。
 何故着いてくるのか原因を推察すると恐らくだが――

・親として認識している為
・遊び相手が欲しい為
・おやつが欲しい為

 このどれかだろう。特に怪しいのはおやつが欲しい辺りか。
 進化祝いにルージュラがくれたおやつの一つを格別に気に入ったらしく、それ以来自分がそのおやつの管理として毎朝三本を手渡されている。
 試しに舐めてみたが、ニンジンの風味が広がり、後に青臭さが酷く残って人間の口には合わないかもしれない一品だった。
 携帯をしやすいその形状からもかなり既視感を覚えるもので、意識していないのにそれを歌ったCMソングが耳に流れてくる。
 便宜上それを「バニちゅ~る」と呼ぶことにするが、何となく名を呼ぶのも憚られる気がしたので普通におやつと呼ぶ。第一に名前が長すぎる。
 おやつを貰うと上機嫌でステップを踏んだり跳ねたりするのだが、落ち着くとまた後ろを着いて回る様になるので遊び相手が欲しい説も有力かもしれなかった。
「サッカーでもするか?」と語り掛けると再び上機嫌で玉蹴りを催促すべく中庭まで疾走する。
 記者は体力仕事ではあるが正直四十路も見えてくるおっさんにはキツい。後を追うだけで既に息切れを起こして肩で呼吸をしている。
 遊び相手として付き合ってあげればあげるだけ体力は削られ、捜査をする余力等残るわけがない。
 そんなこんながここ数日のルーチンワークとして続く折、十五日の夜に子兎が突如として熱を出した。
 全身が熱く、息も絶え絶えで慌ててスタッフの誰かを呼びに行く。
 ニャオニクスとスリーパーが付き添い、スリーパーの催眠術と熱冷まし入りのおやつを飲ませて落ち着いた。
 翌日になると何事もなかったかの様に元気な姿を披露するが、後ろを着いて来るのは相変わらずだった。ただ、投げ掛ける視線の色が何処と無く違うような気がした。
 様子を見に来たニャオニクスが何かを察したのか、いつもは無表情な彼が珍しく舌をしまい忘れている。
 そして夜になり、再び子兎は熱を出した。
 二回目で連日ともなると普通ではなく、昨日と同じ連れを呼びに行こうと廊下を出ると、部屋の前でニャオニクスが既に事の準備を整えて待機していた。
 昼間の様子からして彼だけは子兎の異変に何か心当たりがあるように見えた。
 こういう時ポケモンの言葉が分かれば意志疎通も穏便に捗るだろうのに、無力な自分が歯痒くて、無意識に奥歯を噛み締める。
 だが彼はそんな自分を諭すように首を振り、そして短い手で自分を指差しては子兎へと誘導する。
 動揺していたのもあるとはいえ、意識を悟られた身としてはあまりいい気分はしない所だがそうも言っていられない。
「分かった。俺は何をすればいい?」
 空中に浮いた彼はベッドの側に座るよう誘導を促し、その指示に従った。
 彼が目を閉じ、瞑想すると淡い紫色のオーラが彼の輪郭を歪ませ、その思念波に手繰られた子兎が宙を浮いて目の前に運ばれる。
 距離が狭まり、目と鼻の先まで運ばれた子兎の姿は最早ある一部のみしか見えなかった。
 だがそれで十分だったし、彼が何を意図しているのかも大いに理解できた。
 必要なのは覚悟と凝り固まった常識の破棄だけだった。
「……ありがとうニャオニクス。後は任せて、二人だけにして貰えるか」
 子兎を抱き寄せると彼は思念を解き、首を縦に一振して肯定とともに部屋を退室した。
 入れ替わって室内に残された器具の数々は用途が分かればどれも納得のいく揃い踏みであったが、どれも自分の手が持つには小振りすぎて使い勝手を推し測りかねていた。
 思慮の末、それ等一切は使わず自身の力で子兎を鎮める事にした。
 混濁した意識で虚ろな眼差しを向ける子兎の額に口付けると、短くか細い声音が耳鼻を擽り、酷く甘い香りと声色に心臓が爆縮する。
 子兎を横に寝かせ、細い両足の付け根である臀部を割り開き、親指で陰部の位置を探るように優しくなぞり当てる。
 密集した黒の毛束は指先を飲み込み、一撫でした程度では分からない。交互に左右の親指が毛並みを掻き分け、淡い桃色の皮下脂肪とひくつく陰線が露になった。
 軽く横に臍肉を引くとはっきりとは見えないものの、確かな肉の色が垣間見える。
 仕事をしている男の手ではどの指であろうと挿入に難色を示す。ならばそれよりも優しく手解けるであろう機能に頼る他は無い。
 狭まる鼻に獣臭と尿臭が広がり、陰唇に口付けた口と舌はただただ塩辛い不快さしか無かった。普通ならばそうだった。
 だが長く職場に宿泊している都合上、自分の性欲は行き場の無い鬱憤だけが溜まり続いており、種族が違っても対峙している相手が雌であると脳が認識している以上、目の前の獣を同列に導く思考のバグが起きていた。
 男の、雄特有の悪い癖であり、抗えぬ宿命の、呪いに似た楔。
 それを雌に打ち付け、とこしえに自分の物とし、所有の契約を結びつける。
 八百万の神でさえも、その呪縛からは逃れられない一つの真理であるだろう。
 舌先の愛撫を伴侶として認めた陰唇は自らの雌汁と涎でふやけ、指で固定せずとも開花する程に開ききっていた。
 舌を抜き、人差し指に熱く爛れた舌を絡め、子兎に次は固さが混じる快楽を植え付けるべく、指が陰唇の奥へ、奥へと沈み混む。微かな抵抗力として媚肉が締まり、一端進入を止めて様子を見ると、圧力が緩んで挿入の余裕が生まれる。
 だが子兎の雌は全てを受け身には取らず、停滞していた指を自らの膣力のみで奥へ、奥へと飲み込み出した。
 とても初めてとは思えぬ淫らな精巧さは既に子兎とは呼べぬ成熟化を目の当たりにした。
 第一、第二関節を曲げて蠢く指の感触に雌兎はベッドシーツを巻き込んで狂い咲き、全身が仰け反りそうになる快楽の果てに堪えきれず、意識すら流れ出す様に潮を噴いた。
 初めての快楽に呑まれた虚ろな眼差し、頬を染める赤らみ、隠すことさえも忘れた丸見えの前歯とだらしなく開いた口腔、口腔の奥からは未だに咽び無く快楽の悲鳴、指を抜いても綴じられない花弁は自ら見せ付けるかの様に開脚を晒して雄を誘惑し続けた。
 甘過ぎるその色香に理性が切れ、迸る性欲を持て余す男根を突き入れたくなる衝動へ、唇を噛み千切らんばかりに食い縛って堪える。
 子兎の視界を掌でそっと塞ぎ、全てが加速化している超過速度を緩やかに平常時へと戻していく。
 やがて寝息が静寂に混じり、月明かりが子兎の姿を照らす。
 一方で影になる自分がどんな表情をしていたかは考えられず、気取られぬ内にその場を離れて事後処理を挟む。
 一人、独り、ひとりきりに。
 自らを縛って毒を吐き出す。
 神ですら殺す猛毒の呪歌が吐き出された。一度では終わらず、二度も。三度も。
 自身を殺し尽くす迄、呪いの儀式は夜更けまで行われた。
 内に宿る獣の性を雁字搦めに縛り付ける。

 親代わりで在り続けたいのならば――



――三十日目――

「では此方が追加の報酬になります。本日に至るまで誠心誠意を籠められた仕事へ、感謝申し上げます。以上を持ちまして契約満了とさせて頂きます。長い間お疲れ様でございました」
 事務的に淡々と話す秘書の口調は何故かあのメイド長の顔を思い出す。
 あれから自分が今日までをどう過ごしていたのか、全く記憶にないままに日々が過ぎていった。
 楽しいことや憎らしい記憶もあったはずなのに、覚えているのはあの夜以降の子兎の情景ばかりである。
 連日続く子兎の淫行に堪えるべく自我を殺し続けた結果、全てが終わった自分の心境はもう何もかもがどうでもいい悟りの粋に達していた。
 本社に戻り、記者として復帰する選択肢も馬鹿馬鹿しくなり、全てを投げ出すついでに頭を垂れる秘書にこれまでの疑問点をぶつけ出した。
 当たり障りの無い答えは納得に足るものではなかったが、それで良かった。
 それよりも最後の本題こそが最も知りたい結末の一つであり、執事にその旨を突き付ける。
 
「あの子兎はこれからどうなるんですか」

 秘書は顔色を変えること無く、ボトルラックから酒を取る。
 机の上に置かれたショットグラスに注がれたアルコールの臭いは度数の強い酒として誰もが知るウイスキーを。
 もう一方は水としか思えない無色透明の液体が同じ分だけ注がれている。
「答えを知りたければお選び下さい。老婆心ながら一つだけ忠告を申し上げれば、何も選ばずにお帰り頂くのが最良と存じます」



 薄暗いモニタールーム。
 モニターの明かり以外に何も光源はなく、その光源ですらも人物の表情を照らし出す事は難しい。
 かろうじて陰影から男性であるというのがわかる程度だ。
 男はある映像の記録を眺めていた。
 それは子兎と子兎へ直向きな愛情を注ぐ労働者の淫密なシーンだった。
 子兎がどれだけ泣こうが喚こうが労働者は子兎を貫く事を止めず、子兎もまたそれに順応して雌として仕上がっていく。
 クライマックスが近い折で不躾なベルの音が鳴り響き、不機嫌そうに男は映像を一時停止して電話機を取る。
「旦那様。事の処理等全てが完了致しましたので御報告申し上げます」
「そうか、ご苦労」
「それと新たにサンプルを調達致しました。メッソンの♂です」
「では今度はそれを使え。いや、待て。それを子兎に世話を任せてみるのも面白いかもしれんな」
「ではその様に取り計らいます」
 男が通話を切り、映像の続きを再生する。
 あらん限りの呪いが世界に蔓延り、蔓延って尚、呪いは止まらず。
 ただただ連鎖する世界だけがそこにあるのみだった。


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Last-modified: 2023-12-09 (土) 23:52:48
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