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敵役

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 高度三万三〇〇〇フィート上空。アメリカへの帰路についた大統領専用機――通称エアフォース・ワン――は徐々に上昇角度を緩めていく。ロシアを発ち、ドイツ領空内へと銀翼を閃かせる。何一つ変わったことのない、いつものフライトだった。
 巡航高度に達してまもなく、黒服に身を包んだシークレットサービスの男が機内を大股に歩いていた。男はすれ違う同僚たちに気さくに声をかけ、ある部屋の前でちらりと腕時計に目をやる。エアフォース・ワン機内には会議室が設けられている。そして現在、そこは大統領含めた大勢の官僚たちが雑多な題目について議論を行っている。
 扉の向こうにいる奴らは、これから起こることを何も知らないでいる。男は皮肉げな笑みを浮かべると、なに食わぬ顔で会議室の前を通りすぎる。
 機体後部に位置する武器保管ロッカーの前には三人のシークレットサービスが座席に腰かけて他愛ない談笑をしていた。

「居眠りか? みんないるな、これが選抜隊の資料だ」

 男は手前に座っていた男の肩を軽く叩くと、持っていた資料をシークレットサービスたちに配っていく。全員が資料に視線を落とした瞬間、男はスーツからサイレンサー付きハンドガンを取り出すと、立て続けに三人を撃ち抜いた。気を許していたシークレットサービスたちは抵抗らしい抵抗をするまもなく弾丸に貫かれてぐったりと座席に倒れこんだ。
 男は息を吐いて周囲を見渡して異変に気づいた者がいないことを確認すると、武器保管ロッカーの暗証番号を素早く叩いて開ける。中からライフルとモンスターボールを取り出し、ボールを床にばらまいた。光と共に現れた四匹のポケモンたち。そのうちの一匹、さながら狼男のような風体をした夜の姿のルガルガンが、男を見上げてニヤリと笑みを浮かべた。――


――

「……はあ」

 夜ガルガンのシャードはため息を共に封筒をゴミ箱に投げ捨てると、リビングテーブルの上のリモコンを手に取った。興味なさげにテレビへと顔を向ける。画面の向こうでは、シークレットサービスとテロリストが派手に銃撃戦を繰り広げている。場面が変わり、夜ガルガンが狭い機内を縦横無尽に跳ね回りながら次々とスーツの男達を始末していた。袈裟懸けに切り裂かれて倒れた男を跨ぎ越え、爪にべったりと付着した血糊を座席になすりつけながら赤い瞳で次の標的を探している。その悪意に満ちた表情には残忍な笑みが張り付いていた。我ながら良い演技だと思う。つい先日ロードショーで公開されたばかりだが、初週にも関わらず批評家達からは絶賛の嵐だった。ポケウッドを代表する"名悪役"は、今回も良い仕事をしている、と。

「はあ……」

 何度吐き出したか分からないため息を漏らしながら、シャードは乱暴にテレビの電源を切った。シンと静まりかえった室内に、ドアの向こうの喧噪が思い出したように流れ込んでくる。撮影の合間の休憩時間。午後からの撮影までの間、スタジオなど施設内が一般向けに解放されることになっている。今日もどこかのツアーがやってきているのだろう。特に今日は人気シリーズ物の第三弾の撮影がある。セットも含めて、見に来る者は大勢いるに違いない。
 その映画には自身の登場も予定されている。通常、自分の出演する作品がこれだけ注目されていれば役者の端くれといえど浮き足だって仕方がないに違いないが、シャードの気持ちは沈む一方だった。

「……出演つっても、どうせ悪役なんだろうな」

 誰にともなく呟いた言葉は、無人の部屋を跳ね返って自分の心に突き刺さる。どうせ、と諦めてしまえるくらいに自身の来歴は悪役ばかりだった。子役時代――記憶にある限り、生まれて間もないイワンコの頃――からいじめっ子や悪役側の手持ちなどの役割ばかりを回されてきた。目つきや体格等、いわゆる生来の悪人面は演技も相まって好評だった。双子の兄である昼ガルガンのデインが優しい顔立ちと対になっていることもあり、両極端のムービースターとしてメディアや一般大衆達には大いに売れた。実際、自分がここにいるのも全部そのおかげだろう。――今にしてみればひどく腹立たしい。

 心奥に悶々と蟠ってく気持ちを追い払うように、シャードは首を振るとソファにうつぶせに倒れ込んだ。とにかく寝よう。そうすれば撮影までの自由時間を嫌なことは考えて過ごさなくて済むだろう。

 目をつぶり、欠片すらない眠気を懸命に呼び覚まそうとしているときだった。ドンドンとドアがノックされた。何事かと顔を上げたシャードは、次いで聞こえてきた声に顔をしかめた。

「おーい。開けてくれー」

 双子の兄、昼ガルガンの陽気な声がドアの向こうから聞こえてくる。返事をするのも億劫で無視を決め込もうかと思ったが、

「中にいるのは分かってるんだぞ。"かぎわけ"てるんだからな」

 どおりでさっきから的確に神経を逆撫でするわけだ。ドンドンと間断なく叩かれるドアにとうとうシャードは立ち上がると、ドアを乱暴に引き開けた。

「おわっと。急に開けないでくれよ」

 両手一杯に手紙の束を抱えた昼ガルガンがよろよろと後ずさる。前足が塞がっているため、自分のように後ろ足で立って足でノックしていたらしい。上げかけた足の行き場を失い、懸命にバランスをとろうとするのを見てシャードは小さく笑う。

「悪いな。きゅうしょに当たって悶えてたんだ」
「もしかして寝てたのか? 起こしたんなら謝るからさ。ちょっと両手が塞がってたんだ」

 よたよたと室内に入った昼ガルガンのデインは、リビングテーブルにドサッと手紙の束を乗せた。ほとんど小山のようなその量を前に、デインは満足げに頷いた。

「よしっ。なあ兄弟、ちょっとこいつを見てくれよ」
「見てくれったって。何だよその大量の手紙はよ」
「貰ったんだよ。ちょうど今ツアーで子供が大勢来ててよ。廊下でバッタリ会って、そりゃあもう離してくれないのなんのって」

 誇らしげにそのときの様子を語る兄を、シャードは苦々しい思いで見つめる。人間かポケモンかを問わず、自身の双子である昼ガルガンのファンは多い。それもそのはず、兄の演じる役のほとんどは正義の味方や主人公など、ヒーローサイドのものばかりだった。優しく穏やかな顔立ちに魅了される者は数えきれず、出演を重ねるたびファンが増えていく有り様である。

「全く嬉しいったらないよなあ。あとでご主人にも自慢しないとな」

 手紙を一枚一枚手にとって眺めながら、千切れんばかりに尻尾を振り回すデイン。それを冷ややかに見つめながら、シャードは鼻をならす。

「へえ。さぞかし嬉しいんだろうな。俺はそんなに手紙を貰ったことないから分かんないけどな」
「そっちもよく貰ってるじゃないか」
「悪口や脅迫文の入った封筒は数に入らねえよ……」

 シャードがゴミ箱に目をやりながら吐き捨てる。どうも世界には現実とフィクションに違いが分からない輩がいるようだ。

「あー……。そうだ。お前宛の手紙もあるんだった」
「俺宛だって?」

 デインが励ますようにしながら、手紙の山に頭を突っ込んだ。

 自分への手紙、という言葉に自然期待が高まる。子供からのプレゼントと思えば尚更だった。――が。

「ぷはっ。ほら、あったぞ」

 言って、デインは俺の手に手紙を咥え渡してきた。デインほどの数はないが、量は多い。が、その内容はどれもシャードの演じる役への悪口ばかりだった。

「いやあ。よかったじゃないか。お前の分もちゃんとあって」
「…………」

 恐らくデインは手紙の内容を見てないのか。手紙を見つめて固まるシャードを、きっと感激のあまり固まっているものだと思ったのだろう。デインが背中をさすってくる感覚が、まるで自分のものではないかのように感じられた。

「……どうして、俺ばっかり――」
「そうだ! たしか今この前のやつ、やってるんじゃなかったか!?」

シャードの言葉を遮ってデインが声を張る。ソファの上のリモコンを見つけ、尻尾を振りながらソファに飛び乗る。尻尾の先がシャードの前足に当たった。乾いた音をたてて手紙が手から落ちる。が、当のデインはそんなこと気づいてもいなかった。

「始まってから結構たってるよな、まったく、なんでテレビ点けておいてくれなかったんだよ。気が効かないなァ」

 冗談めかして口を尖らせながら、デインはテレビを点けた。先程とは場面が進み、画面には脱出ポッドの射出孔が映っていた。危機に瀕した大統領をポッドで脱出させ、誰もいないはずの脱出孔がアップになっていく。と、その影からちらりと顔を出す人影がいた。それは脱出したと見せかけて機内に残った大統領と、その手持ちである昼ガルガンの姿だった――

「あーだいぶ見逃してるなあ。せっかくシャードの活躍するシーンを見たかったってのに」

 デインが言っているのは冒頭の殺陣のことだろう。シークレットサービスや護衛のポケモンを切り殺していくあのシーン。

「そういえば、シャードの演技めちゃくちゃ評価されてたよな。たしか、ポケウッドの名悪役がどうのこうのって――」
「いい加減にしてくれ!!」

 シャードの怒声が控室に木霊する。我慢ならなくなった怒りに満ちた目を、呆気にとられて固まるデインに向ける。

「評価されてるだって? 名悪役? そんなんで俺が喜ぶと思ってんのか!」

 力のこもった拳が震える。今まで溜め込んだ不満が一気に爆発したようだった。なぜ自分ばかり。次から次に怒りが沸いてくる。こうなるともう、歯止めが効かない。

「どんなに演技を評価されたって、人気は下がっていく一方だ。ファンはいなくなるわ、クソみたいな説教や脅迫状が届くわ。どうして俺はいつも悪役ばかりなんだ。俺が正義の味方になったらダメだってのか。ああ!」

 苛々と部屋の中を踏みしだきながら、兄弟の豹変に硬直するデインの前を行ったり来たりする。ふと、手紙の山の影に目がいった。午後から撮影される映画の台本だった。それをシャードは切り裂かんばかりに握りしめてデインに突き出す。

「人気シリーズだかなんだか知らないが、どうせ俺はこれでも悪役なんだ。そして最後は悪役らしく、無様に死ぬんだ。
 なあ、今度の俺はどうやって死ぬんだ? 宇宙船に仕掛けられた爆弾に巻き込まれるのか?*1 手榴弾のピンを持たされて主役の道連れにされるのか?*2 それとも首を折られて飛行機から投げ落とされるのか?*3

 そこまで一気に怒鳴り散らして、シャードはぜえぜえと肩で息をする。リモコンを抱き締めたまま動けないでいるデイン。するといきなりドアが開いた。部屋の前を通りかかったとき声が聞こえたのだろう。心配そうな顔をした撮影スタッフが顔を覗かせた。

「デイン? シャード? 何かあったのか」
「デイン? おいにさん、そこにデインがいるの!?」

 二人が答える前に、廊下から子供の声が聞こえてきた。感激する声が数人あとに続く。スタッフが止める間もなく、小さな子供が部屋になだれ込んできた。嬉しそうに色紙や手帳を持って入って来た子供たちはしかし、シャードの姿を見て一様に足を止める。

「夜ガルガンだ! 夜ガルガンがデインを襲ってる!」
「デインから離れろ!」
「あっちにいけー!!」

 口々に野次を飛ばす子供たち。シャードは慌ててデインから離れる。

「違う違う。別に襲ってない。誤解だって」

 両手を胸の前に必死に弁解するが、当然ポケモンの言葉は人間には聞こえない。爪を振り回して喚き散らすルガルガンを、子供達は悲鳴を上げて後じさる。

「助けてシャードが襲いかかってきた!」
「怖いよ!」

 シャードの言葉もむなしく、子供達はどんどん距離を開いていく。子供達の過剰な反応がシャードを苛立たせていく。だんだんと語気が荒く乱暴になっていく。そして……

「ガアァァァッ!!」

 シャードは吠えた。ただならぬ雰囲気に子供達が口をつぐむ。壁に追い詰められてガタガタと身を寄せ合うのを一瞥すると、床の手紙を拾い上げてデインに突きつける。

「人気がなんだ。演技がなんだ。努力するたびに嫌われていくのなら、俺はもう降りる。何せ俺は嫌われ者の敵役だからな!」

 言ってシャードは控室を飛び出した。後ろでデインとスタッフが何かを言うのが聞こえたが、どうでもよかった。

――――

「くそっくそっくそっ!」

 シャードの悪態が倉庫の中を響き渡る。忌々しさを足裏に込めて踏みしだくが、一向に沸き上がる怒りは収まらない。とにかく一人なりたい。その一心で走る内、シャードは使われていない古い倉庫を見つけた。埃を被った撮影機器や古い映画のポスターが所狭しと壁に掛かっている。
 その間を行ったり来たりしながら、シャードは歩き回る。

「どうして俺ばっかり嫌われ役なんだ。どうして俺ばっかり……くそったれめ」

 理由の如何に関わらず、誰もがヒーローであるデインを庇おうとする。映画でも現実でも、シャードは悪役にされる。面白くない。
 悪態を込めて丸めた投げ捨てた手紙が、音を立てて壁にぶつかる。それを目で追い、ふと近くに掛かったポスターが目に入る。すっかり色あせているものの、そこに写る俳優は誰もか知ってるような有名人だった。

「……あんたらはいいよな。どうせ役だって選び放題だったんだろ」

 吐き捨てるように言って、シャードは物陰にうずくまる。控室に戻る気はない。映画にも出る気はない。かといって俳優以外の生き方を知っているわけでもない。どうしたらいいのか。

「選び放題……か」

 ふと聞こえた声にシャードは顔を上げる。いつの間にか入って来たのか、一匹のバリヤードがシャードを見下ろして立っていた。

「そうでもないかもしれんぞ」
「……俺に何か用か」

 シャードの素っ気ない言葉に、しかしバリヤードは呵々と笑って目を細める。

「いやなに。お前さんの声が聞こえたもんでな。若いの。何か悩みでもあるのか」
「ほっといてくれじいさん。今は誰とも話したくないんだ」

 言って、シャードは横に顔を逸らす。それを追いかけるようにバリヤードがシャードの隣に腰掛けた。シャードはため息を吐く。

「あのなあじいさん」
「そう硬いこと言うな。どうした、口に出して言ってみたら意外とスッキリするかもしれんぞ」
「言ってもどうせわかんねえよ……」

 シャードはまじまじとバリヤードを見つめる。他種族の年齢はよく分からないが、少なくとも自分より二回りは年上だろうか。筋の目立つ指先や顔つきなど年齢を感じさせる風貌こそしているものの、どこか矍鑠とした雰囲気を感じさせる。

「そうでもないかもしれんぞ?」

 バリヤードが空中に肘を置いて頬杖をついた。倉庫の中に沈黙が流れる。静まりかえった室内に何となく居心地の悪さを感じたシャードは、背中を押されるようにぽつりと口を開いた。

「……悪役をするのが嫌になったんだ。昔から悪者役しか回されないのに嫌気がさしたんだ。こんなこと見ず知らずのじいさんに話すようなことじゃないかもしれないんだが」

 ちらりとバリヤードを見ると、男は先を促すように無言でシャードを見つめている。シャードは息を吐いて足を崩した。

「評価はされてるんだ。批評家やレビューで素晴らしい演技だと褒めてくれる。だけど、そう思わない連中がいるんだ」
「妙な手紙を送りつけてきたり、握手を拒むようなやつらだろう」

 弾かれたようにシャードが身を起こす。バリヤードが困ったように苦笑する。

「あー。想像だよ。そういうヤツは一定数いるもんだからな。当たりかい?」
「ああその通りだよ。そういう連中の相手をするのが疲れたんだ。いくらやっても嫌われていくなら、誰も見向きしてくれないなら、もう何もかも辞めちまいたくなったんだよ」
「それでこんな辺鄙なところにやってきたのか」
「一人になってゆっくり考えたかったんだ。これからどうしようかってな」
「どうしようか、か。それなら最初から決まってるだろう」

 バリヤードがシャードの肩に手を回す。励ますように肩を叩きながら、

「撮影に戻るんだ。いいな」
「……じいさん俺の話聞いてたのか? 俺は、ん゛ー!?」

 バリヤードがシャードの顔の前でファスナーを引くように指を動かして、シャードの口を強引に閉じさせる。

「まあ聞け、若いの。お前さんが嫌になった気持ちは分かる。努力が報われないのは辛いことだ。お前さんのように兄弟と比較されればなおさらだろう」

 だが、とバリヤードは遠くを見据えるようにする。

「たったそれだけですべて捨ててしまうのは、お前さんにはもったいないことだ。お前さんを評価してくれる者もいるんだろう」

 そこまで言って、バリヤードは指を鳴らしてシャードの口に掛けた念力を解いた。憮然として鼻を鳴らす。

「批評家の連中はな。だが、俺に直接浴びせ掛けられる言葉はいつも悪口ばっかりだ。デインのファンからは嫌がらせされるし、子供からは目の敵にされる。もう我慢ならないんだよ」
「どうして子供達がお前さんのことを嫌ってると分かるんだ」
「そりゃあ――」
「本当に嫌ってたら見向きすらしないだろう。どうして嫌ってるはずのヤツにわざわざ会いに来たり手紙を送ったりするんだ。矛盾してると思わんか」

 シャードは反論しようと開き掛けた口を閉じる。たしかに、矛盾してるといえばそうかもしれない。偶然会って罵られるならともかく、わざわざ手紙をよこす理由がつかめない。

「教えてやろう。みんな、お前さんの演技が好きなんだ。素晴らしい悪役ぶりに、すっかり心を奪われとるんだ。まるでその悪役が本当にいるみたいに思い込んでるんだ。そういうことだ」
「俺の演技を、だって?」

 思わず聞き返す。バリヤードは笑う。

「ああ。その証拠に悪口を言われるとき、誰もお前さんの名前で読んだりしないだろう」
「あ、ああ。たしかに、そうだ……。言われてみればたしかに。でもなんでそのことを知ってるんだ?」

 シャードが聞き返すと、バリヤードはくしゃくしゃになった手紙を差し出してきた。先ほどシャードが投げ捨てたものだ。

「つい目に入ってな。読ませてもらったんだ。たしかに悪口ばかりだな。だが、どれも君に直接投げかけられてはいない。そのことをよく考えてみるんだな」

 突き出すように手紙を差し出して、バリヤードはやれやれと立ち上がる。

「お前さんの演技はお前さんにしかできない。ま、頑張れよ」
「待って」

 シャードのいた物陰から出て行こうとするバリヤード。それをシャードは引き留める。

「じいさん。あんたの名前を教えてくれないか」

 バリヤードは苦笑する。

「ゲイリー。悩める若者を見ていられなくなった、ただの老いぼれ(オールドマン)さ。まあ、何かの拍子に思い出してくれ」

 言ってバリヤードは物陰から出て行く。「待ってくれ」とシャードが追いかけようとしたが、彼が物陰出たときには、そこに誰の姿もなかった。忘れられた古い倉庫の一角。くたびれたポスターに描かれた有名な俳優が、静かにシャードを見下ろしていた。


――――


 デインは目の前を行ったり来たりするスタッフたちを悶々とした気持ちで眺めていた。もうすぐ午後の撮影が始まろうとしている。とりあえずスタジオに来てくれというスタッフの指示には従ったものの、何せメインの俳優が消えたのだ。撮影まで時間がないにもかかわらずご主人を含めたスタッフたちは総出でシャードの行方を捜している。本当のことを言うと、デインも捜索に参加したかったが、自分には別の仕事が課せられていた。

「うーん。やっぱり口を動かすと違和感が出るなぁ」
「仕方ないって。顔のよく見えないスタントしかやったことないんだから」

 シャードそっくりに変身したメタモンが鏡とデインを見比べながら顔を弄る。最悪シャードが見つからなかったときの対応策としてスタント専門のメタモンが連れてこられた。シャードの演技に近くなるように指導を任されたのだが、どんなに頑張っても違和感が出てしまう。

「あと、もっと演技にもっと狂った感じが欲しいな」
「狂った感じって、どんな感じだよ」
「薬物中毒の捜査官がヤクを決めたときみたいな?」
「具体的過ぎて逆に分からないんだけど」
「……あー、やっぱりシャードの代役なんて誰にも無理なんだ! あんな演技はアイツにしかできないんだからよぉ!」

 頭を押さえて項垂れるデイン。やれやれとメタモンがそれを見下ろす。と、メタモンの後ろからこっそり近づいてくるポケモンがいた。ポケモンはメタモンの肩を叩くと、何か言いかけたメタモンの静かにするよう合図し、そっとメタモンと場所を入れ替わった。

「たとえば、こんな感じか?」

 デインが顔を上げる。ニヤニヤとシャードが笑ってるのを見つけて目を見開いた。

「シャード! お前どこ行ってたんだよ」
「ちょっと道に迷ってたんだよ。ついでにちょっとスタッフにも怒られてきた。もう戻ってきたことは伝えてある」

 メタモンに手を振って感謝を伝え、シャードは手に持っていた手紙をテーブルの上に大切そうに置いた。台本を手にとる。今から読み込めば十分間に合うだろう。

「なあ、さっきは悪かった」

 パラパラと台本を繰っていると、おもむろにデインが詫びてきた。シャードは首を振る。

「いいさ。あの後色々考えたんだ。たしかに、俺はデインに比べて嫌われてるさ。だけど、それはそれでいいかなって思ったんだ」
「それは、というと?」

 シャードが答えようとしたとき、ふとスタジオに先ほどの子供達が見学に来てるのが見えた。にやりとシャードは笑う。

「ちょうどいい」

 シャードはデインに台本を押しつけて近くにあった塗装用のペンキ缶を掴むと、子供達に近づいていく。組み上がっていくセットに夢中になっていた子供達のうち、誰かがシャードに気づいて声を上げた。先ほどのことがあるからだろう。わっと蜘蛛の子を散らすように子供達がシャードから距離を取る。そのうちの一人に追いついたシャードは、子供の手から色紙を取り上げた。先ほど控室でデインが押したのだろう。真ん中にくっきりとデインの手形がついている。
 返せと喚く声を無視して、シャードは片手をペンキにつけ込むと、デインの手形と重ならないように注意しながら、色紙の端に自分の手形を押しつけた。擦れた手形はいかにも自分らしい。あっけにとられた子供に色紙を返すと、早く行けというように吠えた。

「お、おい。そんなことしたらまた嫌われるぞ」

 走り去っていく子供を満足げに見送っていると、デインが背後から追いついてきた。

「早く宥めにいかないと」
「まあ見てみろって」

 慌てるデインを制して、子供の行方を眺めるシャード。子供は他の子供たちに追いつくと、先ほどの色紙を誇らしげに掲げて笑った。

「見て見て! シャードのサインだ! あのシャードがボクに吠えたんだ。あの有名なシャードが!」
「おまえすごいな! 怖くなかったのか!」
「いいなあ。俺の分も貰ってきてくれよ」

 ワイワイと盛り上がる子供達に、シャードは満足げに頷いた。

「俺は正義の味方にはなれないさ。だからきっと、これからも嫌われていくんだろう。だから、今度は悪役を極めることにした。俺が演じる役を見たやつが、まるで俺を本当に悪い奴だと思い込んでくれるなんて、俳優として光栄なことだからな」

 シャードは言うと、デインから台本を受け取る。

「俺は嫌われ者の"適役"だからな。シャードという役者の演じる登場人物が、観客の心をつかむんだ」


【合計枚数】 13.2枚(42字×34行)
【総文字数】 9395文字
【行数】 449行
【台詞:地の文】 32:68(%)|3041:6354(字)
【漢字の割合】 全体の約23(%)|2141(字)


◇あとがき
 
 遅刻しました……。それも二日も……。ぐわあああああ……

 っというわけで、てるてるです。いやあ、期限に間に合わせるって難しいですね…(汗
投稿期間は一週間もあるしへーきへーきと余裕かましていたがために、二日も期限を過ぎるという盛大な大遅刻をしてしまいました。
本当に申し訳ありませんでしたorz
『てき』→『てきやく』ということで、ゲイリー・オールドマンという有名な映画俳優をテーマにした物語を思いつきました。ゲイリーとは、マルフォイで有名なトム・フェルトンやMr.ビーンでおなじみローワン・アトキンス等、映画のイメージが強すぎて実生活にまで影響を受けてしまった俳優の一人です。現在は違いますが、昔は悪役ばかりオファーが来るため、自分の子供に映画を見て貰うことができないと相当苦しんだという話です。
そういう俳優特有の苦悩をお話に盛り込めないかなぁと出来上がった作品がこちら、『敵役』です。
自分の役柄に苦労するシャードを見たゲイリーという謎の老人が、かつての自身を重ねて励ましにやってくる、そんな作品となりました。
ちなみになぜバリヤードなのかというと、『ウィンストン・チャーチル』でゲイリー・オールドマンの特殊メイクを見たときの衝撃と、『探偵ピカチュウ』のバリヤードを見たときの衝撃が同じだったからだったり(笑)

 さて、そんな初めての短編小説大会、結果は5.6票(-20%ペナルティ)で三位となりました。
読んで頂いた方。投票していただいた方。本当にありがとうございました!



以下コメント返し

"てきやく"のダブルミーニングがなんともかっこいい。お題に忠実で素敵! (2018/11/29(木) 22:21)

ありがとうございます! ストーリーを考えている際、『敵』と『適』どちらも同じ読み方だなっと思い、作品に盛り込みました。

敵役の適役。言葉の遊びも内容も楽しく読めたひと作品でした。でもシャード君、手につけたペンキどうするんでしょう( (2018/12/01(土) 23:28)

二つの『てき』を入れて一粒で二度おいしくしたいな、という思いで作品を作りました。ペンキは……おそらくスタッフに怒られながら落として貰ったんだと思います(笑

王道にして爽快!
ドロドロした作品が多い中遅刻を犯してでもトリで読めたことですっきりしました (2018/12/01(土) 23:53)

一万文字という字数制限もあり、テーマに沿ってシャキッと物語を組み上げることができたと思います。実在の人物をテーマにしていたので、明るく爽快なお話にできたらなと思い、執筆しました。

実は悪役をやっている人のほうが、本当はいい人なことが多いらしいですね。迷いに迷って、入れました。あとは、関係ないですけど、惜しいかな、よくできているのに、マイナ ス20%ってのが。 (2018/12/02(日) 11:47)

プロレスのヒール役と同じで、必要があって演じているだけで心はお互い通じ合える存在ですからね。人間でもポケモンでも。演じているのは単にどうしても必要な存在だからなのかもです。遅れてしまったのは本当に申し訳ないです。ギリギリ一日遅れでいけるか? なんて最後の方は頑張ってみましたが、叶いませんでした(汗

シャードのファンになりました。 (2018/12/02(日) 20:09)

ありがとうございます! ぜひシャードにファンレターを送ってあげてください。きっとすごく喜んでくれますよ!!(

作品内容とテーマと物語性がきれいにまとまっていたので投票します。シャードが自分にしかないものを見つけられたようでほっとしました。 (2018/12/02(日) 20:39)

文字数が制限されてる分、テーマをぶらさずに描写や会話を必要最低限に抑えることができたのが良かったのかもです。俳優として、悪役として、これからもシャードは頑張っていくでしょう。

悪役……今風に言えばヴィラン、でしょうか。イメージ通り、ならではの葛藤もあるとは思いますが、悪役の美学ってありますよね。
彼もこの先、より渋くより味のある演技をしてくれるのではないかな、と期待しちゃいます。
分かりやすくテーマを伝えてくれた今作に一票を。 (2018/12/02(日) 23:42)

今回の出来事をキッカケに、きっと迷いなく演技に打ち込むことができるでしょう。ちなみに、作中に出た人気シリーズの第三弾とは『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』をイメージしています。モデルであるゲイリー・オールドマンは、この作品をキッカケに『バットマン』や『チャーチル』等、ヒーロー側を演じることが増えたということです。シャードの明るい将来を暗示してみたつもりです。


 感想、意見等。何かありましたらお気軽にどうぞ。

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お名前:

*1 1997年公開『フィフス・エレメント』より
*2 1994年公開『レオン』より
*3 1997年公開『エアフォース・ワン』より

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Last-modified: 2018-12-05 (水) 17:57:50
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